風のささやき

夕日とモグラ

 モグラは、森の中のあちらこちらの地面を、その小さな手足を一生懸命動かして掘り返します。もぐらが二回、三回と通った後の地面は、こんもりと小山のように盛り上がります。それからモグラは、いらない雑草の根を土の中からぐいぐいと引っ張り、邪魔な石をどかします。それできれいに柔らかくなる地面には、小鳥たちが空から、いろいろな花や草の種をまきます。
 その種はやがて、銀色の雲から落ちてくる、雪解け水のように冷たく澄んだ雨をたくさん吸い込んで、ひょっこりと土の上に芽を出すのです。そうして小さな芽は競争しながらぐんぐんとのび、やがて小鳥たちの食料になる立派な花や草に育つのです。
 もぐらの仕事は小鳥たちの畑を耕してあげることなのです。固い地面の上に落としてもなかなか芽を出さない花や草も、モグラが耕す地面からはスイスイとのびてきます。それで毎日のように、小鳥たちが訪ねてきては、もぐらに仕事を頼みます。

 もぐらの掘り起こした花畑は今では森のあちらこちらにあります。それでたくさんの種類の食べ物がなるので、小鳥たちは食事の時が楽しみです。春には赤いコケモモの実を、くちばしを真っ赤に味わいます。あるいは、ラッパのようなスイセンに顔を埋めて飲む蜜の甘さ、小さなオレンジの甘酸っぱさ。露草の上にたまる朝露は体をきれいにしてくれます。
 それで、この森にはたくさんの小鳥たちが集まってたいへん賑やかなのです。明るくなるころから鳴き始める小鳥たちの声は、この森の美しく楽しい音楽です。時折、木の枝の葉っぱなどが楽しさのあまり、風に吹かれてキラキラと太陽の光りを反射します

 そんなモグラのところには、今日も顔を黄色く化粧したメジロたちが来ています。なんでも冬の食料になるナナカマドという赤い実の種を植えたいのだそうです。  モグラはそれで、小鳥たちのためにまた一生懸命、小さな手足を動かし働きます。地面の上では、ほんとうによちよちと亀よりも遅いモグラですが、土の中ではたいそう立派に動けるのです。時々は、その勢いにそばで眠っていたミミズが、びっくりとして目を覚まします。
「ごめんよ、ミミズ君。」
「やあ、モグラさん、また一生懸命に働いているね。」

 モグラが土の中で作業をしている間、小鳥たちは、近くの梢でモグラを励ます歌を歌います。それでますます、モグラは頑張れるのです。
 モグラは、土を掘り起こして雑草をきれいに抜いた後、土の中から小鳥たちに「もういいよ」と声をかけます。
 ですから雑草が無くなるころには、小鳥たちは歌う事をやめてじっと耳をすませます。土の中からモグラの声が小さく響くといっせいに飛び上がって、足の間や羽根に挟んでいた種を落とすのです。何匹かの小鳥は、葉っぱで作ったバケツにたくさん水をくんで種の上にかけてやります。それで、最後にはみんなで実りの歌を歌うのです。  モグラもほんとうは、土の上に顔を出して実りの歌の輪に入りたいのです。けれどモグラは、陽射しの強い昼間は、地上にはでられないのです。それは、あまりの光りのまぶしさに、目がグルグルとしてしまうからです。
 だからモグラは土の中で、小鳥たちが飛んだり歌ったりする様子を思い浮かべます。小鳥たちが喜んでいると思うと、モグラも思わずウキウキとした気分になります。  けれど時折は、想像するだけじゃつまらないなとも思います。
「一度でいいから思いきって、地面に顔を出して見ようか。そうしたら、小鳥さんたちもきっと歓迎してくれるだろうし。」
 そんなことも考えますが、まだ怖くて試したことはないのです。


 小鳥たちは、土を掘るお礼にモグラに色々なものをくれます。たとえば、畑でとれたいい香りのする果物、甘い味のどんぐり。人間が忘れていったキラキラと光るガラスのビー玉。あるいは、自分の自慢の羽根を、きれいな色だからと引き抜いてくれる小鳥もいます。
 モグラは、小鳥たちがくれるものは何でも喜んで受け取ります。モグラに一生懸命お礼をしようとする、小鳥たちの気持ちがうれしいからです。モグラは、そうしたものを大事に自分の穴蔵にしまいます。けれど、土の中では光りがたりないのです。どんなきれいな石でも羽根でも、土のなかでは黒い塊になってしまいます。
 モグラは、ほんとうに残念に思います。みんながきれいだと思う色が、暗い土の中では見えないからです。けれどそのことは誰にも言ったことはありません。小鳥たちが贈り物に困るといけないからです。土の中の灰色の世界を、モグラは少し寂しく思います。

 そんなある日の夕方でした。モグラが土の中で休んでいると、一羽の年老いたヒヨドリがやってきました。
 モグラの家はわかりやすいようにと、こぶのように土を盛り上げてあります。その上には、小鳥たちが目印のために置いていった、たくさんのどんぐりが転がっていて、中には小さな芽を出しているものもあります。
 ひよどりは、モグラの家の上の枝に止まり声をかけます。
「モグラさん、モグラさん。今日は森の中で、珍しい花の種を二粒ほど見つけたんだ。どうかね、私のために小さな畑を作ってくれないかね。この花の蜜は本当においしんだ。もし花が咲いたら君にもおすそわけするから、頼まれてはくれないかね。」
 そこは気持ちの優しいモグラのことです。ほんとうは、今日の昼間、つぐみたちのために大きな畑を作ってあげたので、まだ手足がジンジンとするのです。それでも小さな畑だからとモグラは働きはじめます。
 種二粒のための畑は、ものの十分とたたないうちにできあがりました。それでもぐらは、いつのように声をかけます。
「もういいよ。」
 けれど、しばらく耳を澄ませていても、鳥の羽ばたく音も鳴き声も何も聞こえません。
 それでもぐらはもう一度「もういいよ」と声をかけます。
 けれどあいかわらず返事がありません。きっと年老いたヒヨドリのことです。少し耳も遠くなっていて、土の中から呼びかけるモグラの小さな声が聞こえないのでしょう。「どうしよう」ともぐらは考えました。そうして、しばらく考えているうちに、地面から顔を出して声をかけてあげようと思ったのです。あたりはもう夕方。今だったら、モグラにも地上はまぶし過ぎないでしょう。
 それで久しぶりにモグラは、勢いよく土の上へと顔を出し「もういいよ」と年老いたヒヨドリに聞こえるように、大きな声で言ったのです。 「おお、そうかい。それは、それは、ありがとう。」
 こんどはヒヨドリに聞こえたようです。ヒヨドリは羽根の間の種を探し始めました。


 ほっとするモグラの小さな目には、ゆっくりとあたりの景色が入ってきました。最初は、夕方でも明るい外に、目をパチパチとさせていたモグラです。けれど慣れてくるとあたり一面が、すっかりときれいなオレンジの色に染まっているのがわかりました。土の上に波打つオレンジの陽射しには、小さな葉っぱもキラキラと光ります。モグラは、木の間からもれてくるその光りの方を見上げました。すると、真っ赤な空には大きな夕日が、クルリクルリと静かに燃えています

 

 モグラは、初めて見る夕日に、すっかりと心を奪われてしまいました。オレンジにツヤツヤと輝き空に浮く夕日。
「ああ、何てきれいなんだろう。何て、きれいなんだろう。」
 もぐらは、胸がつまって何度も何度もつぶやきました。
 種をまき終えたひよどりは、そんなモグラの様子をしばらく不思議そうに見ていました。
「モグラさん。あれは夕日だよ。太陽は毎日私らが家に帰る時間になると、ああして赤くなって空から落ちるんだよ。もっとも今日の夕日は、いつもよりも見事だがね。」
「夕日・・・・・。」
 モグラは、まだ一生懸命に夕日を眺めています。いつも空の高い所から、きれいな景色をたくさん見ているヒヨドリには、そんなモグラの気持ちはわかりません。それで、一度、二度と首を傾げた後、そろそろ家に帰ろうとモグラに伝えます。
「モグラさん。悪いけど、私はもうそろそろ失礼するよ。夜になると私らは、目が見えなくなるからね。今日は畑を掘ってくれて本当にありがとうよ。」
 そうして森の中へと消えていきました。

 夕日は少しずつ赤さを増して、山の陰に隠れようとします。モグラはそんな夕日をもっと見ていたくって、土の中に潜ると、夕日の落ちる方へ土を掘り、グングンと進んでいきました。夕日が落ちるより早いスピードで進めたら、いつまでも夕日は見えるはずです。モグラはそう思ったのです。


 それでしばらく一生懸命に堀り進み、息を切らせながらモグラは、土の上にひょっこりと顔を出しました。けれどどうしたことでしょう。もう夕日は空からいなくなっていて、あたりは真っ暗な夜です。さっきまでは金色に波打っていた雲も、すっかりと姿を消しています。夕日の沈む速度の方が、モグラの土を掘る速度よりも早かったのです。夕日に追いつくのは、空を切るように飛ぶ燕でも無理なことなのです。
 けれどモグラは、ほんとうにがっかりとしました。モグラは、あんなにきれいなものを見たことがなかったのです。あのオレンジの玉を土の中に持ってくることができたら、それはどんなに素敵なことでしょう。土の中はキラキラと光って、少しも寂しくなくなるのでしょう。
 すっかりと暗く、土の中とかわらない地面の上にがっかりとして、モグラは今掘った穴をスゴスゴと引き返しました。夕日のかわりに空を飾った星影だけが、そんなもぐらの様子を静かに見守っていました。

 ずっと夕日を眺めていたせいでしょうか。モグラの目の中には夕日の色がはっきりと残っていて、目を閉じると頭の奥の方でピカピカとオレンジの玉が光ります。それでその夜、眠ろうとすると夕日のことを思い出すモグラは、ずっと溜息をついたまま休むことができませんでした。

 次の日からモグラは、毎日夕方になるとヒョッコリと土の中から顔を出し、夕日を眺めるようになりました。そうして、夕日が山の片隅に隠れ始めると一生懸命に土の中を掘って、夕日に追いつこうとするのです。「今日こそは、今日こそは」と思いながら。けれど土の中から顔を出すモグラの上にはいつでも、紫色に変わった暗い空が広がっているのです。

 そんな夕方が何日も続いたある日、モグラはとうとう病気になってしまいました。きっと夕日を追ってあまりにも一生懸命に穴を掘る毎日に、疲れがたまったのでしょう。そうして何よりも、手には入らない夕日にがっかりとしてしまったのです。もぐらは土の中でじっとしながら、溜息をつくばかりです。

 さて、それで困ったのが小鳥たちです。おいしい食べ物がいっぱいあると言う噂を聞いて、この森には新しい小鳥たちがたくさん集まってきます。今までは、モグラがどんどんと新しい畑を作ってくれたからそれでも良かったのです。けれど、働き者のモグラがすっかりと働くのをやめてしまったので、食べ物が足りなくなってきたのです。


 あんなに仲のよかった小鳥たちが、今ではささいなことでけんかをするようになりました。小鳥たちは楽しい歌を歌う気分にはなれません。食べ物を見張るために、畑のそばで眠る小鳥たちも増えました。みんなの目つきがギョロギョロとしています。そんな小鳥たちの様子を見守る木々もつらそうで、心なしか葉っぱが元気ありません。モグラの病気が森中にうつってしまったようです。

 ある日、小鳥の中でも体の小さな鳥たちが、ふくろうの長老のところへやってきました。
「長老さま。何とかして下さい。食料が足りないと、僕ら小さな鳥は、いじめられて、何も食べられないのです。」
 ふくろうの長老も近頃のけんかの多さにはすっかりとこまっていました。それで、大きな目をバチリバチリと閉じて、しばらく考えていた後、片足をあげて小鳥たちに命じました。 「いいかい。みんなを呼んできてくれないかい。それで、みんなで話し合おう。」
 その言葉を聞いた小鳥たちが飛び立つと、すぐにたくさんの小鳥たちが集まってきました。その数の多さといったら、太い木の幹も重さで折れそうなほどです。
「いいかいみんな。よく聞いてくれ。」
 ふくろうの長老がお腹に力を入れて話しだしました。
「近頃、食料のことで、みんなが、けんかばかりしているが、それでは、みんなも楽しくないだろう。」
 ウンウンとすべての小鳥たちがうなずきます。それは、みんなが思っていることなのです。
「そこでだ、やはりもっとたくさんの畑を作って、食料を増やさなければならないだろう。だから、我々には、モグラ君の働きが必要なんだ。」
「そこでだ、」
 長老は一層声を大きくします。
「太陽へ頼みに行こうと思うのだ。どうぞ、モグラ君の穴の中へ降りてきてくれませんかとね。」
「それは良いアイデアだ。」
 誰かが言いました。
「太陽が降りてきてくれるわけないじゃないか。」
 また誰かが言いました。
 とたんに森の中は、小鳥たちの話し合う声で一杯になりました。そのやかましさと言ったら、木に成っている実が揺れています。そうして、その声はいつになってもやみそうにありません。
 その様子を黙って見ていたふくろうの長老が大きな声を出し、ようやくみんなが静かになりました。
「聞いてくれ、みんな。他にいいアイデアがないんだったら
やってみようじゃないか。今日が駄目でも明日。それでも駄目だったら次の日。毎日毎日みんなで、交代交代でお願いすれば、太陽だってきっと降りきてくれるだろう。」


 それからです、太陽のところへ三時間ごとに小鳥たち飛んできて頼みます。
「太陽さん。お願いだから地上に降りてきてくれよ。そうじゃないと僕らはお腹が空いて死んじゃうよ。」
 太陽が地上に降りるなんてとてもできることではありません。それに太陽には、小鳥たちが何を言っているのか、よく解らなかったのです。太陽は最初そっけなく、「それは無理だよ」と返事をするだけでした。けれど小鳥たちのあまりのしつこさに、ついには親切に説明をしてあげたのです。
「いいかい、小鳥さんたち。僕は昼間の間中みんなのことを照らしているんだよ。僕が空からいなくなったら、毎日が夜になるよ。そうしたら、君たちだって目が見えなくなって困るだろう。森の中を飛んでいるとすぐに木に頭をぶつけてしまうよ。」

 

 その言葉を聞いて小鳥たちはシュンとして帰って行きました。それから、一日、二日は静かだったのですが、しばらくするとまた小鳥たちがやってくるようになりました。小鳥たちは忘れっぽいのです。
「ねえ、太陽さん。お願いだよ。地上におりてきてよ。頼むよ。」
 これにはすっかりと太陽も困ってしまいました。
 それである日のことです。いつものようにバタバタとやってくる小鳥たちに太陽は、一つの小さな種を渡しました。
「いいかい、この種をあげる、これを植えてごらん。これは僕の炎からできているんだ。きっと僕のかわりをしてくれるから。」
 そう言われて小鳥たちは、わけもわかないままに、その種を受け取りました。羽根にはさんで、ふくろうの長老のところへと持っていくと、太陽の言葉をそのまま伝えました。
「ほう。それはよかった。」
 ふくろうの長老は満足そうにホーッと鳴きました。


 小鳥たちは太陽にもらった種をさっそく植えてみました。大切に育てようと毎日、木の葉のバケツにきれいな小川の水をくんで、種にかけてやりました。  芽を出した種はグングンと育ち、みるみる間に太い茎になりました。そうして、大きなつぼみを持ったかと思うと、ある暖かな昼下がり、大輪の黄色い花を咲かせたのです。
 それはヒマワリでした。小鳥たちは、生まれて初めて見るヒマワリの花ににたいそう驚きました。何故ならそれは、太陽が地上に降りて咲いているようだったからです。  小鳥たちは、さっそくその夕方、モグラの家を訪ねました。
「モグラさん。夕日が地面に降りてきてくれたよ。」
 その言葉に、今までため息ばかりをついていたモグラは、急に元気になりました。
「ほんとうかい。」
 小鳥たちは、モグラにヒマワリの咲いているところを教えると、一足先にそこに飛んで行って、モグラが顔を出すのをワクワクしながら待っていました。

 やがて、土がモコモコと盛り上がって、モグラが顔を出しました。小鳥たちは歓声をあげ、モグラは頭の上のヒマワリを見ます。
「アッ、夕日だ。」
 モグラの上でゆっくりと花びらを風に揺らすひまわりの様子は、クルクルとまわりながら落ちていく夕日のように見えました。
 それでモグラは首が痛くなるぐらい長い間、ヒマワリを見上げていました。けれどヒマワリは、夕日のように沈むこともなく、モグラの目の前にあるのです。モグラは胸が一杯になって、小鳥たちにお礼を言いいました。
「小鳥さんたち。夕日をとってきてくれたんだね。どうもありがとう。」

 もぐらはその日から今まで以上に元気に小鳥たちのため働くようになりました。新しい畑が森の中にどんどんどんと増えていき、小鳥たちの争いも無くなりました。きっとふくろうの長老も喜んでいることでしょう。

 モグラは、小鳥たちの畑を耕す合間に、せっせとヒマワリの世話をします。ヒマワリはやがて花の中に一杯の種をつけました。モグラはその種を、耕した柔らかい土の上に丁寧に一つ一つおいたのです。それで、森の回りにはやがて、数え切れないほどの黄色いヒマワリの畑ができたのです。
 暖かい太陽に向かって咲く背の高いヒマワリ。それは立派なものです。
 モグラは、畑を耕す合間を見てはヒマワリ畑の中にヒョッコリと顔を出し、しばらくそれを見ては、また仕事にはげむのです。
 もうモグラは、夕日のことを思い出すことはありません。今のモグラには、いつでも見ることのできるこんなに素敵なヒマワリ畑があるからです。すっかりと生い茂ったヒマワリ畑ですから、今では昼間に顔を出してもまぶしくありません。

 太陽はヒマワリ畑を少し恥ずかしい気持ちで見ています。そこには自分がいるようだからです。それでも、今では訪れなくなった小鳥たちを思い、よかったなと微笑み、たくさんの光りを森にそそぎこみます。

 モグラが元気になった森はすっかり今までの明るい調子を取り戻しました。小鳥たちは、毎日のように楽しくさえずり、新しい仲間をむかえます。
 モグラは、自分の仕事がそんなにも森を楽しくしていることなど考えもせず、今日も一生懸命に小さな手足を動かすのです。