クマに会ったらどうするか

2009年4月21日改訂版

 ツキノワグマの話をしていて,決まって聞かれることのひとつに,もし山の中でクマに会ってしまったらどうしたら良いのか? ということがあります.もちろん絶対という方策はないのですが,いくつかのヒントをお教えします.
※クマに会う状況として,1)地域に生活する人がその生活空間周辺で会う場合,2)登山者・キャンパー・釣り人など,レクレーションに訪れた人たちが会う場合に分けられます.それぞれに原因と対策法は異なりますが,ここでは後者の2)について説明します.また以下の話はクマ類一般に共通する部分も含みますが,ここでは「奥多摩のツキノワグマ」について話を進めます.

  1. クマに会わない努力をする
     掲げたタイトルとは異なりますが,しかしこのことがまず基本的なポイントとなります.
     多くの場合,先にクマが人間に気がつけば,自分からその場を離れていきます.クマも人間が怖いのです.ツキノワグマが人に危害を加えた例では,自分の防衛がその第一の理由と考えられます.ツキノワグマは植物質を中心とした食生活を送っており,人間を食物として襲った例は,ごく希な事例を除き確認されていません.
     クマに会わないためには,常にクマに対して自分の存在をアピールすることが大切です.風の強い日や激しい雨の日,ガスで見通しの効かない時,また瀬音の高い沢の遡行などには特に注意が必要です.クマも人間の接近を察知しずらくなっています.ザックにクマ避け鈴などを取り付けることはひとつの方法ですが,鈴音を気にしないクマがいる地域もあることと,また何より鈴の音が自然に浸る雰囲気を損ねることもあり,万全な方法とはいえません。私たちが調査の時にとっている方法ですが,要所要所で大きな声を出したり,また大きく手を打つのもひとつの方法でしょう。
     一番大事なことは,今自分がツキノワグマの生活空間に入っているのだという自覚を常に持つことです.自覚を持てば,山の歩き方も変わってくるはずです.奥多摩は東京の近郊にあるため,気軽に入山する人が多いのですが,ツキノワグマの生息を知らない人が大部分なのは残念です.
  2. クマを呼び寄せないための努力をする
     ツキノワグマも私たち人間と一緒で,楽な生活をしたいはずです.もしおいしそうで,労せずして手に入れられる食物があったらどうするでしょうか? 最近オートキャンプが奥多摩でも流行っています.それ自体は悪いことではないのですが,バーベキューなどの残飯を,鍋や釜ごと放り投げていく人たちが少なからずいます.こうした残飯はクマたちを惹きつける大きな原因になり,人間とクマが出会ってしまう機会を増やします.最低限,自分で山に運び込んだものは,すべて自分で家まで持ち帰ることがマナーです.
     またもし,ゴミの処理がずさんなキャンプ場を利用したときは,管理人にそのことをそれとなく注意して下さい.皆が気がつかないだけで,クマたちは周りにやってきています.
  3. クマに会ったときのことをイメージしながら歩く
     緊張して山を歩く必要はありませんが,もし今ここでクマが出てきたらどうしようかというイメージを頭に描きながら行動できれば最高です.慣れてくれば自然にできるようになるはずです.こうしていれば,いざ本当にクマに会ってしまったときに,スムーズな判断が下せ,もしもの時の危険回避にも有効です.
  4. それでもクマに出会ってしまったら
     落ち着いて状況をよく判断しましょう.距離はどうですか.クマはあなたに気がついていますか.子グマはいますか?
     もしクマとあなとの間に十分な距離があり,クマも気がついていない時は,すぐにその場から離れましょう.あるいはクマが自分の進行方向とは異なる方向へ移動中の場合は,静かにやり過ごしても良いかも知れません.
     出会い頭にばったりクマと出会ってしまったら,クマはすぐに攻撃してくるかも知れません.しかし多くの場合,それでもクマは人間を攻撃せず逃げていくようです.もしクマが立ち止まっていたら,慌てて後ろを向いて逃げ出したりせずに,クマに向き合ったままゆっくりと後退していくのが有効なようです.決して急激な動作をしてはいけません.クマの攻撃の引き金となりかねません.
     山道で子グマを見つけたとしても,ぜったいに近づいたり,ましてや捕まえようとしてはいけません.必ず近くには母親がいるはずです.母親は子グマに危害を加える可能性のあるものに,攻撃してきます.
  5. クマが攻撃してきたら
     あらゆる策を講じたのにも関わらず,クマが攻撃してきました.
     防御法の一つとして,クマ避けスプレー(商品名「Counter Assault」Bushwacker Backpack and Supply Co., アメリカ製)を使用して,クマを撃退するものがあります.このスプレーはトウガラシの主成分である”カプサイシン”を液状にしたものを噴出するもので,クマの目,唇,鼻といった粘膜質の場所に浴びせかけて攻撃意欲を喪失させます.私たちも調査入山の際は携帯しますが,噴出時間が数秒であること,また3〜4メートルまでクマを引きつけ正確に狙いを定めて浴びせかけなくてはいけないことなどから,もし携帯していても過信することなく,前述の通りクマに会わない努力をすることが大前提です.
     また,腹這いになってクマの攻撃をやり過ごす方法もあります.この場合,両手を首筋の後ろでがっしりと組み,またその両jひじで顔面側部を保護します.背中は多くの場合ザックで保護されているはずです.こうして体の急所を出きる限りカバーして,最初の一撃を耐えます.ツキノワグマの攻撃は,ほとんどの例では最初の一撃で終わり,その後人間から逃げていくようです.また逆の方法ですが,鉈やナイフを携帯していれば,あくまでクマを撃退する意志を示すことも,場合によっては有効という報告もあります.
  6. 誰にクマのことを知らせたら良いのか
     クマに攻撃された場合はただちに下山し,最寄りの警察署,国立公園管理事務所,町村役場などに状況の詳細を報告し,またもし不幸にして負傷している場合は救急車の要請も必要でしょう.残念ながら現状では,こうした連絡を受ける決まった窓口がなく,また事態への対応もまちまちで,その時々で整合性を欠いている面があります.また多くの場合は,事件が起きた状況を詳しく検分することもなく,当該グマの捕殺という方向で対応策は進みます.状況はそれでも少しずつ改善されつつありますが,まだ適当な対応システムは策定されていません.
     目撃だけにとどまった場合は,まずその幸運に感謝しましょう.襲われなかったということではなく,自然の中で野生のクマを見ることができたということにです.そしてできれば,例えば奥多摩ビジターセンターのような機関に,その詳細を連絡しましょう.公園利用者に対しての,適切な情報提供が期待できます.もちろん私たち研究グループ宛にも併せて詳細のメールを送っていただければ嬉しい限りです.
     山中や林道でクマをただ見ただけで,危険だから駆除をしろと,警察署に連絡してくる人がけっこういるそうです.警察としても通報があれば放置しておくわけにもいかず,苦慮しているようです.山にクマがいるのはあたりまえで,それが自然の健全な姿なのだという意識を我々が持つことが必要なのではないでしょうか.
  7. クマ避け製品を購入したい
     最近は登山用品店などで,クマ避け商品が購入できるようです.ただもし身近でそうした店がないという方は,以下に連絡を取られてみてはいかがでしょうか.クマ避け商品各種の輸入・販売をしています.
    (株)アウトバック岩手県盛岡市手代森16-27-1 TEL: 0196-96-4647

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