近くて遠い国とは韓国についてよく言われることですが,韓国でのツキノワグマの生息状況についも,読んだり聞いたりする機会は,なかなか少ないのではないかと思われます。
 少し古い話になりますが,1997年に韓国環境部の韓尚勲博士(現・韓国野生動物連合代表)と日本ツキノワグマ研究所の米田一彦さんが共同で実施した,全羅南道求礼(くれ)智異山(ちりさん)国立公園でのツキノワグマの痕跡調査に参加する機会がありました。また2000年には,茨城県自然博物館が2001年3月からの開催を予定している,朝鮮半島(韓半島)の野生動物や環境保全の取り組みについてを紹介する企画展調査のために訪韓しました。その時に得た情報を,少しですがここにご紹介したいと思います。

野生生物保護行政

 韓国において野生生物の保護管理に関わる行政機関としては,環境部自然保全局,文化庁文化遺産局があります。環境部自然保全局は希少野生生物についてを所管し,また内部には専門の研究者で構成されるリサーチセクション(生態系調査團)を持っています。文化庁文化遺産局では,主に天然記念物についてを取り扱っています。また山林庁の国立樹木園内(ソウル市郊外)には,研究部を擁する山林博物館が併設されており,野生動物の標本が収蔵保管されているほか,希少野生動物の繁殖計画も立てられています。国立公園の直接の管理運営は,国立公園管理公團が行っており,野生生物について学位を取得した研究員が在籍しています。

ツキノワグマの現況

 韓国におけるツキノワグマの生息数は,現在30〜40頭程度と推測されています。しかも国内に散らばるいくつかの国立公園に分散している総数であるため,遺伝的な浮動などが起こる危険性なども加味すると,将来的に健全な個体群を維持するためには,かなり危機的な状況にあるといえるようです。
 ツキノワグマは,韓民族の母と考えられており,したがってクマの胆嚢のみにとどまらず,肉も含めたクマすべてに対する信仰に近い需要は,きわめて大きいものがあります。戦争などによる生息環境の質の低下と併せて,密猟の問題は深刻で,現在の憂うべき状況を招いたと考えられています。現在,韓国産の生きた野生のツキノワグマは,日本円で4000万円で取り引きされるという話も聞きました。
 訪れた智異山国立公園は,韓国で初めて設立された国立公園です。面積が440平方kmに及び,韓国の中でも比較的良好な生息環境と,またツキノワグマ自体が残っている場所といえるそうです。智異山にはツキノワグマの他に,ベンガルヤマネコ,リンクス,ジャコウジカ,ヒョウ,ノロジカ,イノシシ,キエリテン,カワウソ等多様な哺乳類が生息しています。智異山生態保存會の禹斗晟会長(後述)によると,ジャコウジカは20頭程度と推定されており,3年前には2頭が密猟されたということです。オスのジャコウジカで100万円程度で取り引きされるということです。トラはすでに絶滅したとされています。
 2000年11月初旬には,韓国のテレビ局によって智異山に仕掛けられた無人ビデオカメラに,2個体と考えられるツキノワグマが写っており,2001年1月のテレビニュースで放映されたそうです。

智異山生態系保存會

 智異山麓の求礼に在住する自然愛好家や元猟師等の有志が結束し,クマ,カワウソ,キエリテン,ツルクイナなどの希少野生動物保護のために立ち上がりました。会長は禹斗晟氏で,現在会員数は70名を越え,この動きが,智異山の自然環境保全運動を推進する大きな原動力になっています。智異山生態保存会のホームページ(http://www.koreanbear.com/)には,詳しい会の活動が紹介されています(残念ながらハングルのみです)。

智異山で行われたクマの一斉痕跡調査。100名を越える人々が,20チームに分かれて全山の踏査を行った。韓国の主要なTV局,新聞社等が取材を行い,国をあげて取り組む雰囲気が感じられた(1997年11月)。 肝心の踏査結果については,予想していた積雪が暖冬のためほとんど無かったことなどもあり,まとまった数の生活痕跡の確認にはいたらなかった。
今回のような大がかりな調査をぶちあげることにより,国民に対しツキノワグマ保護の堅い意志を示す,プロバガンダの意味合いが強い性格のものであったようである。 智異山生態保存会の事務所
智異山国立公園西側に位置するノゴダン峰(標高1,507m)から北側の稜線を望む(2000年11月) ノゴダン峰から南西方向に走るの尾根を下る
野生動物連合の韓尚勲博士と生態保存会長の禹斗晟さん くち発破(エサ団子に爆薬が仕込んであり,クマがくわえると爆発してクマを殺す仕掛け)・くくり罠にかかったツキノワグマ・樹皮に付けられたクマの爪痕等の写真。生態保存会の事務所にて。

朝鮮半島(韓半島)で確認されている哺乳類リスト(大韓民国・北朝鮮人民共和国両域を含む)

韓尚勲博士(未発表資料)を一部改変

INSECTIVORA Erinaceidae Erinaceus amurensis マンシュウハリネズミ
(食虫目) Talpidae Mogera wogura アズマモグラ
Soricidae Sorex araneus ヨーロッパトガリネズミ
Sorex caecutiens トガリネズミ
Sorex gracillimus ヒメトガリネズミ
Sorex isodon
Sorex minutissimus チビトガリネズミ
Sorex mirabilis
Sorex shinto
Sorex unguiculatus オオアシトガリネズミ
Neomys fodiens ミズトガリネズミ
Crocidura suaveolens コジネズミ
Crocidura lasiura チョウセンジネズミ
Crocidura dsinezumi ジネズミ
CHIROPTERA Rhinolophidae Rhinolophus ferrumequinum キクガシラコウモリ
(翼手目) Vespertilionidae Myotis daubentoni ドーベンコウモリ
Myotis macrodactylus モモジロコウモリ
Myotis bombinus
Myotis brandtii ブラントホオヒゲコウモリ
Myotis ikonnikovi ヒメホオヒゲコウモリ
Myotis frater カグヤコウモリ
Myotis formosus クロアカコウモリ
Plecotus auritus ウサギコウモリ
Nyctalus aviator ヤマコウモリ
Nyctalus noctula ユーラシアヤマコウモリ
Pipistrelus javanicus ジャワアブラコウモリ
Pipistrelus savii モリアブラコウモリ
Eptesicus serotinus コウライクビワコウモリ
Eptesicus nilssoni ホリカワコウモリ
Eptesicus kobayashii
Vespertillio murinus ヨーロッパヒナコウモリ
Vespertillio superans ナミヒナコウモリ
Miniopterus schreibersi ユビナガコウモリ
Murina ussuriensis コテングコウモリ
Murina leucogaster テングコウモリ
Molossidae Tadarida teniotis ユーラシアオヒキコウモリ
CARNIVORA Canidae Canis lupus オオカミ
(食肉目) Vulpes vulpes キツネ
Nyctereutes procyonoides タヌキ
Cuon alpinus ドール
Ursidae Ursus arctos ヒグマ
Ursus thibetanus ツキノワグマ
Mustelidae Mustela nivalis イイズナ
Mustela sibirica チョウセンイタチ
Mustela altaica アルタイイタチ
Mustela vison ミンク
Martes zibellina クロテン
Martes flavigula キエリテン
Martes melampus テン
Meles meles アナグマ
Lutra lutra カワウソ
Felidae Prionailurus bengalensis ベンガルヤマネコ
Lynx lunx オオヤマネコ
Panthera tigris トラ
Panthera pardus ヒョウ
ARTIODACTYLA Suidae Sus scrofa イノシシ
(偶蹄目) Cervidae Moschus moschiferus シベリアジャコウジカ
Caproelus capreolus ノロ
Cervus nippon ニホンジカ
Cervus elaphus アカシカ
Hydropotes inermis キバノロ
Bovidae Nemorhaedus caudatus ゴーラル
LAGOMORPHA Ochotonidae Ochotona hyperborea
(ウサギ目) Leporidae Lepus mandshuricus マンシュウノウサギ
Lepus coreanus
RODENTIA Sciuridae Sciurus vulgaris キタリス
(げっし目) Tamias sibiricus シマリス
Pteromys volans タイリクモモンガ
Dipodidae Sicista caudata オナガネズミsp.
Muridae Rattus norvegicus ドブネズミ
Rattus rattus クマネズミ
Mus musculus ハツカネズミ
Apodemus agrarius セスジネズミ
Apodemus pennisulae ハントウアカネズミ
Apodemus sylvaticus モリアカネズミ
Micromys minutus カヤネズミ
Tscherskia triton
Cricetulus barabensis
Ondatra zibethicus マスクラット
Clethrionomys rufocanus タイリクヤチネズミ
Clethrionomys rutilus ヒメヤチネズミ
Eothenomys regulus コウライビロードネズミ
Microtus fortis ヨシハタネズミ
Lasiopodomus mandarinus
Myocastridae Myocastor coypus ヌートリア

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