中国東北部(小興安嶺)には,ツキノワグマとヒグマが同所的に生息しており,生物地理的に極めて興味深い地域といえます。今回,ニホンツキノワグマ研究所が行っている獣害対策事業に同行して,黒竜江省を訪れる機会がありました。短い期間であった上に,道路状況が想像以上に厳しく,クマの生息環境を歩けた時間はあまりありませんでしたが,概略をご紹介したいと思います。
訪問の時期は2003年10月25日から31日までの一週間で,すでにクマたちは冬眠に入っている時期でした。日中の気温も氷点下で,山地には積雪があるという状況で,そのため今回の目的の一つは,黒竜江省北部でのクマ類の分布ラインを,各地の林業所や資料館などで聞き取りを行い調べることでした。黒竜江省の首都であるハルビンを出発した後,黒竜江(ロシアでの呼び名はアムール川)沿いの黒河,遜克,伊春,帯嶺と回り,再びハルビンに戻るというコース。しかし,冒頭にも述べたように,道路が凍結している上に黒河以降はすべて未舗装路ということもあり,ひたすら走って日が暮れてからその日の宿にたどり着くという日々が続きました!
同行してくれたのは,黒竜江省野生動物研究所教授の朴仁珠先生です。小柄な体に驚嘆すべきエネルギーが満ち満ちていて,とても陽気な先生です(文化大革命の頃は大興安嶺で森林伐採に何年も従事しなくてはならなかったということですが)。チベットで野生のヒツジ類などをジョージ・シャラーと調べたこともあるそうで,数多くの自然関係の著作や論文があります。専門は数理生物学で,いろいろなモデルを使って野生動物の個体群トレンドなどを推量しています。中国全土でのクマ類の個体数も行っており,「中国熊類資源調査報告」(中国野生生物保護協会編1996)の編纂にも関わっています。
また今回は同行はしませんでしたが,東北林業大学野生生物資源学院の王文先生にもお会いして話を伺うことができました。
現在中国ではクマ類は二級保護動物として守られれ,狩猟での捕獲は禁じられています。しかし過去の森林の大規模伐採などによる生息環境の現象と不連続化により,個体数を減らしているようです。朴先生らの推定では,黒竜江省でのクマ類の生息密度は,ツキノワグマが0.0072頭/平方キロ,ヒグマで0.0031頭/平方キロという数値です。帯嶺周辺のクマについての話では,やはり年々数が減っているとのことで,密猟なども問題もあるかも知れないとのことです。人身事故もあって,最近は怪我程度で終わることが多いそうですが,10年以上前には,クマが人を襲って食べ,土饅頭を作って隠すというようなこともしばしばあったようです。ツキノワグマの日本のものと比較してかなり大型で,200kgに達するものもいるそうです。実際,いくつもの剥製を資料館等で私も見ましたが(剥製は多くの場合トロフィーサイズが作られると言うセオリーを差し引いても),大きな個体が多い印象を受けました。
まだ地域個体群ごとでの詳細な調査研究は緒についたところで,2004年からは電波発信機を装着してのクマ類の生息環境利用調査を開始するとのことです。
ハルビンから黒河に向かう途中の風景。大規模農業地帯となっており,森林は地平線まで見えない。 | 黒河の黒竜江。対岸はロシア。川面をシャーベット状の氷が流れてくる。 | |
黒河からの道は未舗装で,トラックが泥に掴まっている。 | 伊春市林業局の小興安嶺資源館。スチーム施設の漏水により臨時閉館中であった。 | |
資料館に展示されていたツキノワグマの剥製。かなりの数の標本が展示されていたが,停電中のため仔細には観察できない。 | 帯嶺の調査予定地での朴先生。小型トラックが調査の足であるが,維持費はかなり高額である。 | |
帯嶺の風景。クマの生息環境である。 | 帯嶺の山中にかけたDNA分析のためのクマのヘアトラップをチェックしている。 | |
帯嶺市林業局の資料館。 | 資料館に展示されているヒグマの剥製。 |