カテゴリーIIの症例

「Brain Matters : Missing Link」 より抜粋
「脳の話ー未知なる連環」:邦題
出版:CAVU Conceps, LLC 2019年刊
著者:Jaseph Unger*
訳者:前田滋
2026.10.15
*Joseph F. Unger., Jr., DC, FICS:
1979:Logan Chiropractic College卒業
1984~同学にてインストラクターを務める
Fellow International Craniopathic Society(FICS).
国際頭蓋療法協会におけるフェロー
訳者からのコメント:
著者のDr. Ungerは、訳者がその昔SOTのベイシック、アドバンス、 クラニオパシーの認定試験を受けにオマハへ行った時(1987年、1988年、1990年)、若手のスタッフとしてセミナー会場や試験会場で走り回っていたので、 頻繁に顔を合わせていたことがある。
また、2012年にはPAACの主催のセミナー講師として来日している。
症例-ミセスC
ミセスCは長年にわたり、首、肩、腰の痛みに悩まされていた。 そして驚くほど活動的だったが、ほとんどの時間をこれらの痛みに 悩まされていた。全国各地の多くの医師を訪ねてみたものの、 症状はほとんど改善しなかった。毎日運動し、食事にも気を配っていた。 彼女は絶望的になっていたが、強い意志を持っていた。 そして、常に疑問を持ち、好奇心旺盛だった。

彼女は、「なぜ?」と尋ねない日は一日たりともなかった。 私はできる限り彼女の好奇心を満たそうとしたが、残念ながら うまくいかなかった。彼女はおそらく気づいていないだろうが、 彼女は私にとって最高の師の一人となった。 彼女の理解を求める絶え間ない姿勢は、私にさらなる答えを 探し求めるように促したのであるから。

ミセスC、この本が、少なくともあなたの疑問のいくつかに対する答えに ならんことを願っている。

私が調べたところ、ミセスCはいわゆる「カテゴリーIIサブラクセイション複合体」 であることが判った。この点については、後の章でさらに詳しく説明する。 カテゴリーIIの構造的歪みに対処するために考案された一連の治療は、 ミセスCにとって非常に効果的であることが分かった。彼女の痛みは徐々に 軽減し始め、その後の治療によってさらに改善していった。

残念ながら、私たちの治療はきわめて散発的だった。 この素晴らしい女性は、様々な慈善団体や活動に深く関わっており、 これらの活動のために、しばしば長期間家を離れていたのだ。

彼女の回復は喜ばしいことだったが、そのペースはあまりにも遅すぎた。 ミセスCは継続的な治療を受けることができなかったため、私たちは 治療を加速させるための戦略を検討し始めた。

私の師の一人であるDr. DeJarnetteが編み出した治療法を思い出し、 ミセスCにはDeJarnette頭蓋症候群(DCS)に対する完全な縫合操作が 必要だと判断した。施術の手配が調えられ、治療が実施された。

次にミセスCがオフィスに来たとき、興味深い話を聞かせてくれた。 治療を受けた夜、突然、喘息発作が急速に起こったというのだ。 ミセスCは約20年間、喘息の症状に悩まされていた。 薬で症状はコントロールされていたが、時折、発作が 起きることがあったという。今回もその発作が起きたが、 いつもとは違っていた。発作の特徴が、典型的なものとは 異なっていたのだ。

症状は驚くほど急速に悪化した。ところが、病院からほんの数ブロックしか 離れていない所に住んでいたにもかかわらず、彼女が救急外来に 到着する頃には、ほぼ元の状態に戻っていた。とても不思議だった。 その後どうなったか訊ねると、その夜以来、彼女は 「ここ数年で一番呼吸が楽になった」と答えてくれた。

その夜が、ミセスCが最後に喘息の症状を経験した夜となった。 前回の治療時において、彼女は最初の縫合操作から5年以上にわたり 無症状で、喘息薬も一切服用していなかったのである。

この経験を与えてくださったミセスCには、心から感謝している。 彼女を治療するまで、私はDCS(DeJarnette Cranial Syndrome)が 人間の健康に及ぼす可能性を十分に理解していなかった。 適切な条件が整えば、身体が本来持っている治癒力についても、 より深く認識するようになった。ミセスCのカテゴリーII サブラクセイション複合体とDCSが矯正されるにつれて、 彼女の状態が変化していく様子を目の当たりにしたのは、 非常に示唆に富み、刺激的な経験だった。

しかし、疑問は残っている。頭蓋サブラクセイションを矯正することで、 なぜ喘息の症状が消失するのか?それは一体どういう仕組みなのか? そして、なぜもっと多くの医師やセラピストがこれらの治療法を 知らないのか?以下のページが、これらの疑問に対する答えの一部と なることを願っている。

ミセスCは縫合操作を含む治療を継続して受け、それによって 多くの慢性症状や疾患が大幅に軽減された。この症例は、 科学的に言えば逸話の部類に属するもので、統制された研究の制約を 受けていない経験談である。治療に関する一例である。しかしながら、 これは紛れもない真実の物語である。これは科学的調査ではない …まあ、ある意味ではそうとも云えるが。逸話的であり、 構造化された科学的研究デザインに従っていないからといって、 それが真実でないとは限らない。この経験は、現実に生きている人物に 起きたことである。世界中の多くのカイロプラクターが、 カイロプラクティック頭蓋療法を用いた治療で、 同様に驚くべき結果を報告している。

奇跡的な出来事は日常的に起きているが、医学界ではほとんど 無視されている。多くの点で、これにはもっともな理由がある。 人の心と想像力は、時に非常に誤解を招くことがあるからだ。 優れた科学は、治療における誠実さを保証してくれる。 しかし、これは人々が日々経験する現実の臨床体験を完全に 否定するものではない。

残念なことに、医療の現場では、私のような治療師やミセスCのような患者が 遭遇した事例では、多くの医療従事者が大きな過ちを犯してしまうものである。 彼らは、同じ疾患を持つすべての患者に対して、同じ治療法が 有効であると考えがちなのだ。つまり、特定の症状と特定の治療法を 安易に結びつけてしまう傾向があるのだが、実際には必ずしも そういうわけには行かないのである。

本書を読み進める中でご理解いただけるように、 ミセスCの状態を変化させたのは、その施術そのものではない。 私は単に、彼女の身体が本来あるべき姿で自らを癒やせるよう、 その働きを促したに過ぎないのである。縫合部への施術が呼吸に どのような影響を及ぼし得るかを知ると同時に、 呼吸そのものもまた、縫合部のメカニズムに影響を与える という点も理解していただけるだろう。人が経験する症状の多くは、 極めて複雑なものであるから。したがって、この縫合部への施術が、 喘息を患うすべての人に有効であるわけではない。この経験から、 そのような単純な結論を導き出すことは、非科学的であるだけでなく、 完全に誤ったことと言える。

しかし、科学的探究の基本の一つは「観察」である。縫合処置が 喘息を持つすべての人に有効だと結論づけるのは非科学的だが、 DCS(DeJarnette Cranial Syndrome)に対する完全な縫合処置が、 ある喘息患者にとって、きわめて大きな効果をもたらしたという事実を 無視するのも、同様に非科学的なことと言えるだろう。 本書を読み進める中で、ご自身が健康について 「知っているつもりでいること」と「実際に知らないこと」を 改めて認識していただければ幸いである。また、ミセスCとその治癒体験から 得られる貴重な教訓を、読者の方々の人生において最大限に役立つ視点から 捉え直すことができればと願っている。

ミセスCが、喘息の症状が治まったと知らせてくれるまで、 私だったらこの出来事は不可能だと思っていたことだろう。 これが起こるという科学的証拠はないのだから。 それでも、とにかくそれは起きたのである。非常に多くの場合、 非伝統的な方法によって健康を回復できるということを、 私たちは往々にして信じようとしない。 私たちの科学的な知見では起きるはずがないと思っているときに 開放感を感じると、私たちはしばしばそれを「自然寛解」とさえ呼んでいる。

これらの奇跡的な出来事は、私たちがそのことを理解しようと しないために、しばしば無視される。 その出来事を単に眺めるだけではなく、それを可能にした治癒システムを 探究し、そこから学ぶことこそ、はるかに主体性を高める戦略となるだろう。 奇跡というものは、そのメカニズムが解明されれば、 もはや神秘的なものではなくなる。私たちには、柔軟な心を持ち、 さらに多くの研究を行なうことが求められている。
症例-Anthony
アンソニーは鋼のような強靭さと、鋭敏な頭脳の持ち主だった。 彼は軍の空挺部隊員としてキャリアを積み、何事においても卓越した能力を 発揮していた。常に集団の先頭に立ち、あらゆる競争で一番となり、 成績も常にトップクラスだった。ところが、ある「信じがたい出来事」に襲われた。 航空ショーでの降下中、仲間の隊員が彼の真下をあまりに近い距離で通過し、 彼のパラシュートに流れ込む空気を遮ってしまった。その結果、アンソニーの パラシュートはしぼんでしまい、彼はそのまま地上へと真っ逆さまに 落下したのである。奇跡的にも一命を取り留めたが、全身を多発骨折し、 その後の回復への道のりは長く、困難なものだった。

アンソニーにとって何よりも重要だったのは、その「姿勢」だった。 彼は決して不平を漏らさず、常に前向きな態度を崩さなかった。 自分を哀れむようなこともしなかった。それどころか、負った怪我を 新たな方向へ進むための好機と捉えたのである。彼はカイロプラクティックを 学ぶ決意を固め、ローガン大学に入学した。しかし問題があった。 精神的には極めて強靭なままであったものの、あの事故によって、 彼の身体と記憶は深刻なダメージを受けていた。絶え間ない痛みや 不快感にもかかわらず、彼は食事療法や運動の習慣をひたむきに続けていたが、 かつては鋭敏だった記憶力は著しく損なわれていた。

検査の結果、彼がカテゴリーIIサブラクセイション複合体を 患っていることが明らかとなった。外傷により、仙腸関節をはじめとする 多くの関節が過可動性(緩すぎる状態)を呈していた。 骨盤の過剰な可動性によって生じたストレスは、硬膜を伝って 頭蓋骨にまで及んでい。その結果、頭蓋骨は極度に固定された状態となり、 本来の頭蓋の動きが著しく制限され、脳脊髄液(CSF)の流れも深刻な 阻害を受けていた。脳は、最適な機能を維持するために必要な要素を 十分に受け取れない状態だった。この外傷は、重度のDCS (DeJarneete Cranail Syndrome)を引き起こしていたのである。

アンソニーは誰よりも熱心に勉強し、トレーニングに励んだ。 身体的には、かつてないほどの痛みを伴いながらも何とかこなすことが できたが、以前のように情報を記憶できなくなっていることに気づいた。 そこで彼は、さらに懸命に勉強した。勉強に費やす時間が増えたことを 補うために、体調を維持しようと、トレーニングにもいっそう激しく 打ち込んだ。

猛烈に勉強したが、彼はしばしば試験を受け直さなければならず、 授業を再履修することさえあった。挫折に直面しても決して落胆せず、 決して不平を言わず、ただひたすら努力を重ねて不足分を補おうとした。 他の人ならもっと早い段階で諦めていただろう。彼には揺るぎない夢が あった。カイロプラクティックの博士号を取得し、 オーストラリアで開業することだった。

夢を実現するには、まず4部構成の国家資格試験に合格し、米国で免許を 取得しなければならなかった。アンソニーはこれらの試験の多くに 何度も不合格となった。彼は恥辱と経済的負担(試験費用は高額)に耐え、 さらに努力を重ね、最終的にすべての試験に合格し。しかし、 彼の試練はまだ終わっていなかった。オーストラリアの資格試験にも 合格しなければならなかったのだ。オーストラリアの資格試験は、 教育制度が異なるため、外国人にとって難しいことで知られている。

私の提案を受け入れ、彼は縫合部への包括的な治療を受けることに 同意した。アンソニーは学生時代を通じて、カイロプラクティックの 矯正やその他の治療を数多く受けていたが、それらのいずれもが ISP(Integrated Sutural Protocols=統合的縫合操作)と同様の 作用をもたらすものではなかった。

幸いなことに、この最初の処置によって痛みが大幅に軽減し、身体機能も 向上した。彼はパラシュート事故以来、最も体調がよいと感じた。 私たちは正しい方向へ進んでいるようだった。

彼は、次回のオーストラリア国家資格試験の受験枠を確保し、面接を 受けるために。ある種の「賭け」とも言える決意でオーストラリアへ 渡った。それは多大な労力と費用を要するものであり、精神的、感情的、 そして経済的にもリスクを伴う挑戦だった。

アンソニーが資格試験を受けるためにオーストラリアへ向かう2週間前、 私たちはあるカイロプラクティックの学会で顔を合わせ。 そこで私は、彼に再び「頭蓋縫合への包括的な施術」を行なうことができた。 今回は施術への反応が良好だった。最初の施術の時よりも、彼の頭蓋骨が より敏感に反応しているように見受けられた。 治癒のプロセスが始まっていたのだ。

翌日彼に会ったとき、私はその容貌の変化に驚かされた。 彼の顔つきは明らかに変わっており、前日とは別人のようだった。 幸いなことに、私は施術前後の写真を撮影していた。頭蓋縫合への 包括的な施術によって顔つきに目に見える変化が生じるかどうかを 調べていたのだ。その変化は驚くべきものだった。

彼は、激しい頭痛とともに目覚め、その痛みが一日中続いたと話してくれた。 しかし、どんな困難に対してもそうであるように、彼はその状況を淡々と 受け止め、むしろ回復に向けた前向きな兆候だと捉えるていた。 実際、それはまさに前向きな兆候だったのだ。

その翌日に会った際、彼はまるで「脳のスイッチが再び入った」ような 感覚だと語ってくれた。記憶力が戻り、パラシュート事故以来、 最も頭が冴え渡り、思考が明晰になっていると感じていた。 かつての活力も戻ってきたようだった。心身ともにあらゆる面で 負担が軽くなり、数年前の状態に近づいているのを感じていたのだ。

しかし、真の試練はまだ待ち受けていた。オーストラリアの医師国家試験に 合格し、夢を実現するために必要な記憶力を、彼は発揮できるだろうか。 何しろ、オーストラリアの教育システムで学んだ現地の医師たちでさえ、 その多くがこの試験に一発で合格できずにいるのだから。

その後数週間のうちに、アンソニーはオーストラリアのカイロプラクティック 国家試験にすべて合格しただけでなく、当時の受験者の中で2番目に高い成績を 収めた。現在、彼はオーストラリアでカイロプラクターとして活躍し、 夢を実現している。

今もなおアンソニーは、かつての負傷による後遺症の影響を 多少受けてはいるが、頭蓋縫合に対する一連の処置を受けて以来、 今日に至るまで(10年以上が経過した現在も)、その良好な状態をほぼ 維持し続けている。オーストラリアのかなり辺鄙な地域で生活しているため、 継続的にカイロプラクティックによる頭蓋治療を受けることはできない。 しかし彼は、取り戻した身体構造の整合性と頭蓋縫合の機能を維持するために、 運動や健康的な食生活を実践し、前向きな姿勢を保つことに尽力し続けている。

負傷により、アンソニーの認知機能は甚大な打撃を受けた。 その影響は、切り傷や打撲、数々の骨折といった身体的な傷が癒えた後も 長く続いた。また彼は、身体的な原因が見当たらない激しい痛みにも 苦しめられていた。頭蓋骨に対する本格的な処置に対する自身の体の反応は、 彼にとってまさに奇跡としか思えないものだった。

外傷性脳損傷を経験した人々にみられる執拗な症状が、 少なくとも部分的にはDCS(DeJarneete Cranail Syndrome)に よるものだということは、驚きに値しない。多くの要因が関与している ことは間違いないが、頭蓋縫合系は、医療界全体、そして大多数の カイロプラクターの間で認識と理解が不足しているため、 おそらく最も見過ごされている部分であろう。頭部外傷の場合、 縫合系全体の処置は「当然」のように思えるかもしれない。 しかし、次に挙げるマイケルの症例のように、激しい腰痛を訴える場合には、 この処置が必要であるとは必ずしも想定できない。
症例-Michael
マイケルとは近所のドッグランで知り合った。最初のころ、彼の連れている犬たちの 名前は知っていても、彼の名前は知らなかった。何度か顔を合わせるうちに、 私たちは言葉を交わすようになった。

マイケルは背が高く、金髪で、がっしりとした体格をしていた。知的で自信に満ち、 親しみやすい人柄でもあった。彼から聞いた話では、数ヶ月前に交通事故に遭って 人生が一変するまでは、教師をしていたという。不注意なドライバーに 横から衝突され、その衝撃で首を横方向に激しく振られる「ラテラル・ ウィップラッシュ(側方からのむち打ち)」を負った。事故直後の痛みを 和らげるため、彼は保険が適用される期間中は理学療法や医師の診察を受けていた。 しかし、やがて保険の給付期間が終了すると、「これ以上できる治療はない」と 告げられ、治療を打ち切られてしまった。

日常生活もままならないほどの激しい腰痛が続いた。痛みに苦しんだ経験の ある人なら、それが精神面にどのような影響を及ぼし、その対処がいかに心身を 消耗させるものか、分かっていただけるだろう。マイケルは疲労やうつ症状に 悩まされるようになった。病状の悪化に伴い仕事のパフォーマンスも低下し、 やがて彼は職と健康保険を失ってしった。見た目には、このような事情は わからないだろう。歩行は問題なくできているように見えたが、立つことや その他のあらゆる動作において、絶えず不快感や、日常生活に支障をきたすほどの 痛みを伴っていた。これらの症状は、仙腸関節の過可動性すなわち典型的な 「カテゴリーII」サブラクセイション複合体に合致する。そこで私は、 彼に仙腸関節(SI)ベルトを提供すると申し出た。これは、捻挫した足首を固定する サポーターのように、緩んでしまった仙腸関節をしっかりと支えるためのものである。 骨盤の不安定性が著しい場合、このSIベルトは治療の過程において、回復を早める ために欠かせないアイテムとなる。

困窮し、障害を抱えていた彼は、さらなる治療を受けるための資金がなく、 かといって無償の支援を受け入れるつもりもなかった。マイケルは自分の境遇について あくまで自力で対処しようとしていたが、必要な助けを得る方法は見出せずにいた。 近所の友人が自宅の地下室を彼と彼の犬たちに提供してくれており、 彼は主に住宅の塗装といった副業を請け負うことで、食費や現金、その他の諸経費を 賄っていた。

彼は私の申し出を受けるのをためらっていたが、自身の体の状態を考えると、 明らかに助けを必要としていた。そこで、オフィスに未使用のSIベルトの 予備があり、それを彼に使ってもらっても構わないと伝えたところ、 彼は快く申し出を受け入れてくれた。

彼と再び会うまでに数週間が経過した。彼は、そのベルトを装着している間は 確かに痛みがかなり和らいだと報告した。しかし、ベルトを外すと、 すぐに痛みは元のレベルに戻ってしまうと言った。

この話を聞いて、仙腸関節が過度に伸展し、緩んでいることが腰痛の大きな原因だと 分かった。しかし、ベルトで支えても仙腸関節は回復しなかった。この状態は 適切な治療が必要なカテゴリーIIサブラクセイション複合体だと判断した。 彼が抱えていると思われる症状のメカニズムについて少し説明し、 もし彼が興味があればどのように治療できるかを伝えました。

彼がタダで助けを受けることに抵抗を感じていると分かっていたため、 私はある提案を持ちかけた。私のオフィスに来てくれれば、 その深刻な症状を克服する手助けができるかどうか、診察・治療を行なうという 提案だった。その代わりとして、彼の保険の補償限度額は完全に 使い果たされていたが、自動車事故に関する請求書を保険会社に 請求することを提案した。彼はこの条件を快諾し、予約を入れてくれた。

最初の検査で、私は概ね予想通りの所見を確認した。マイケルには、 カテゴリーIIのサブラクセーション複合体を示すあらゆる兆候が見られた。 治療を開始したところ、マイケルは順調な反応を示したが、一つだけ例外があった。 治療直後には症状が改善し、痛みの大部分が消失した。また、SIベルトを装着して いる間も、痛みはほとんど出なかった。しかし、立位などの動作を行なうと、 依然として痛みが生じていた。

骨盤の安定性が得られないこと(具体的にはカテゴリーIIのサブラクセーション 複合体)は、私が治療にあたったDCS(骨盤不安定症候群)の徴候の一つだった。 しかし、治療を重ねても症状が再発してしまうため、期待通りには改善しなかった。 治療方針自体は適切だったが、追加の処置が必要だった。 そこで、次回の来院時にはマイケルに対して ISP(Integrated Sutural Protocols=統合的縫合操作)を行なうための 時間を確保することにした。

ごくまれな例外を除き、完全な治療は月に一度のみ安全に実施できる。治癒エネルギー と活力が異常なほど流入するため、身体システムにとって過負荷となる可能性が あるからである。治療を短期間に過剰に行なうと、望ましくない副作用、 特に精神的・感情的な不均衡が生じることがある。これは有害ではないが、 患者にとって不快な状態となる可能性がある。完全な縫合処置の合間には、 他の治療を週に1~3回実施することになる。

こうした施術がもたらす身体的な効果に加え、その人の持つ治癒エネルギーや 活力が全般的に高まるという効果も伴う。これは単なる身体的なエネルギーに とどまらず、創造性やインスピレーションをもたらすエネルギーでもある。 このようなより深い治癒エネルギーは、身体的な改善効果を補完するものとして 患者が実感できるような作用をもたらす可能性がある。

したがって、ISP(Integrated Sutural Protocols=統合的縫合操作)を 実施する際には、患者と共に人生の目標を特定し、それに焦点を当てることで 成果を高めることができる。個人のより深い意図を認識することで、

私たちは時折、彼らが人生におけるより大きな目標に向かって取り組めるよう、 その治癒システムにさらなる力を与えることがある。私はマイケルと暫く話し、 彼の人生の目標を聴いてみた。

彼には、山間部へ移住するという夢があることを知った。彼はそれまでずっと 中西部で暮らしてきたが、ロッキー山脈での生活を常に夢見ていたのだ。 しかし、無一文で職もなく、頼れるものも何もないという現在の境遇は、 その夢の実現を不可能に思わせるものだった。愛犬たちを連れて現地へ 向かうための移動手段を確保すること、自分と愛犬たちを養うのに十分な 収入が得られる仕事を見つけること、そして絶え間ない痛みを抱えながら 働き続けること――これらはすべて、乗り越えるべき高いハードルだった。 先行きは極めて厳しいものだったが、その将来の目標に向けて治療を 行なうこととした。

その後数ヶ月にわたり、マイケルはゆっくりと着実に回復していった。身体的な 痛みの軽減は以前よりも長く続くようになり、体力も徐々に回復していった。 そして、より顕著な変化は彼の気分だった。最初の治療後、うつ状態は すぐに改善し始めた。その後6ヶ月間で、マイケルの身体的な回復はほぼ90%に 達し。体力も向上し、痛みもほとんどなくなった。

しかし、彼を人生の新たな一歩へと突き動かしたのは、精神的・感情的な 回復だった。うつ状態は消え去り、生きる意欲が戻ってきたのだ。 将来を支える物質的な基盤や確実な保証がなかったにもかかわらず、 マイケルは人生の夢を実現したいと強く願っていた。 DeJarneete Cranail Syndrome(DCS)の治療を続ける中で、 彼は思い切って新たな挑戦に踏み出すための意欲とインスピレーションを 取り戻した。あらゆる困難を乗り越え、彼は愛犬たちを連れて山へと移り住んだ。 身体的な健康を取り戻すにつれ、自分自身への信頼もまた、彼の中に蘇っていた。

彼が引っ越した後も、私は1年以上にわたって彼と連絡を取り合っていた。 彼は、週に70〜80時間も働く、非常に過酷な仕事に就いた。

彼は、かつては深刻な制約を強いていた痛みや症状を再発させることなく、 それらの課題を見事に乗り越えたのである。 もし、重度のカテゴリーII複合体やDeJarneete Cranail Syndrome(DCS) が適切に診断・矯正されていなかったら、彼の人生がどのようなものに なっていたか……そう考えると、身震いするような思いがする。

これまで述べてきたように、DeJarneete Cranail Syndrome(DCS)は、 頭蓋縫合に対する完全な手技、あるいはその強化版である ISP(Integrated Sutural Protocols=統合的縫合操作)以外の治療法には 十分な反応を示さない。カイロプラクティック・クラニオパシー (頭蓋療法)におけるこれらの専門的な手技を習得するには、 多くの施術者が費やす以上の時間、労力、そして献身的な取り組みが求められる。 認知度が高まるにつれ、SOT(仙骨後頭骨テクニック)や カイロプラクティック・クラニオパシーの専門的な手技を習得する カイロプラクターが増えることを願っている。

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