管理人:前田 滋のプロフィール

略   歴 2008.7.17
PAACを支える人たち PAACニュース誌
(2006/5月号)

「頭蓋縫合」の翻訳を終えて 月刊「手技療法」
谷口書店刊
2000年12月号より
転載
目崎・前田両氏に聞く カイロ・ジャーナル紙
第13号(1993.01.27号)
より転載

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・・・ 略 歴 ・・・


 1950年: 鳥取県生まれ、5才の時大阪に移り住む
 1975年: 京都工芸繊維大学繊維化学科修士課程修了
      ↑
            この間は横浜の化学会社に在職
      ↓
 1979年: 長生学園卒業後、按摩・マッサージ・指圧師免許取得
 1980年: シオカワ・スクール・オブ・カイロプラクティック卒
 1986年: PAAC関西支部長就任
 1987年: SORSIのSOTベイシック認定試験合格(於米国オマハ)
 1988年: SORSIのSOTアドバンス認定試験合格(於米国オマハ)
 1989年: SOT認定試験委員長就任
 1990年: SORSIの頭蓋骨調整法認定試験合格(於米国オマハ)
 1992年: PAAC教育委員長就任
 1996年: インターネットにカイロプラクティックを紹介するサイト
      <Chiropractic in Japan>を開設
  PAAC関西支部長、PAAC教育委員長、SOT認定試験委員長などを歴任。
   大阪・梅田で開業


 主な翻訳書:
 「SOT 1979(355p)」、「CRANIAL SUTURE (466p)」
 「THE ART & PRACTICE OF CHIROPRACTIC (462p)」
 「CRANIAL TECHNIQUE 1979-1980 (238p)」、
 「CRANIAL STUDY GUIDE (209p)」 (以上スカイ・イースト刊)
 「CLINICAL CHIROPRACTIC (520p)」(共訳:科学新聞社刊)
 上記を含め11冊を翻訳。
 全てA4版で合計2500ページあまり、要した年月はおよそ15年。
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PAACを支える人たち


PAAC:パシフィック・アジア・カイロプラクティック協会
   本サイトの管理人が所属するカイロプラクティックの団体

<カイロプラクティックを始めたきっかけは?>

 ミイラ(患者)がミイラ取り(カイロプラクター)に。
 14才で腰痛を起こしてから、26才でカイロプラクティックに
 巡り会うまでに10年あまり費やしました。


<大変だったのはどんなことですか?>

 特にありません。会社での出世街道(?)を放棄して自分で
 選んだ道ですので。世間一般には私のような者のことを
 「脱サラ」などと呼びますが、気分は落伍者です。

 苦労した、とは思いませんが、英語のテキストを日本語で
 読めるようにしよう、という活動をPAACが推進したことが
 印象深いですね。4半世紀前にはカイロプラクティックに
 関する日本語のテキストが皆無の状態だったので、
 セミナー屋さんたちがセミナーで自分勝手なことを教えても、
 文献がないので、受講者にはそれが判断できず、説明を
 鵜呑みにするしかなかったのです。英語のテキストを翻訳する
 ことによって、それ以後、勝手な説明ができなくなりました。

 そもそも物事を極めるのに、テキストがない状態というのは、
 どのように考えても異常です。もちろん、テキストに詳細な
 ノウハウまで書かれていると期待するのはバカげていますし、
 ある技術の内容を完璧に文章で表現できるはずもありません。

 玄妙な技術を修得するには、昔ながらの徒弟制のように、
 名人上手に教えを乞うことも必須です(これを補うものとして
 セミナー形式の技術講習会があります)。しかし、この方法では
 技術を広範囲に伝達することは不可能です。近代科学は
 何と言っても論文・テキストの発表という形式で世界中に
 広まったのですから。

 翻訳活動が一般的になって、流れに乗り遅れるなとばかりに、
 他団体でもチラホラ翻訳書が出てきたのは喜ばしいことです。
 しかし、翻訳の仕事は一朝一夕には完成しない仕事ですし、
 濡れ手で粟のような報酬は期待できませんので、
 相変わらず訳書の刊行は少ないですね。

 WEBサイトにも書きましたが、私が翻訳した英語のテキストは
 全てA4版で、かき集めると2500ページ余りになります。
 翻訳に要した年数はおよそ15年。決して英語が好きで
 始めたわけではなく、必要に駆られて始めた仕事です。

 本来なら、英語に頻出する、無生物や抽象名詞が
 平気で主語になるような文章ではなく、仕事を終えた夜には、
 のんびりと日本の歴史小説でも読んでいたいところでした。

 翻訳作業は短いテキストで3〜4ヶ月、長いものになると1年近く
 かかります。長丁場ですので、気を抜くと前半部と後半部で
 文体が変化したり、微妙な訳語が変化したりします。
 従って、文体がブレないように、訳語がブレないように、
 常に気をつけていないといけないので、寝ても覚めても
 心中に緊張の糸をピンと張りつめた状態を強いられます。
 ですから、もう横文字を見るのも嫌になりましたね。


<有意義だったのはどんなことですか?>

 カイロプラクティックに巡り会うまでの10年あまりの間に、
 いろいろな治療法を体験したことです。

 整形外科を手始めに、あちこちの鍼灸院、接骨院を
 渡り歩きました。そして患者として得た結論が、
 「下手なヤツほど看板がデカイ」ということでした。これは、
 実際に看板が大きいことだけを言っているのではなく、
 「医療・治療の業界で宣伝に力を注いでいる病院、治療院は
 避けるべし」というほどの意味です。

 このことを全く理解していない患者さんや一般人が殆ど
 であることに気づいたのは、インターネット上に
 カイロプラクティックのサイトを開設してからです。

 私のサイト(Chiropractic in Japan)は、腰痛を患って
 いる時にいろいろな治療を受けた体験を基にしていますが、
 サイトを開設してからカイロプラクティックに関する
 いろいろなトラブルの相談が寄せられるようになりました。

 相談内容は大きく分けて治療過誤に関することと、
 カイロの勉強に関することの二種類に分けられます。

 治療過誤に関しては、治療院の宣伝ホームページを見て、
 設備の見栄えや通院しやすさなどから治療院を選び、治療を
 受けたのは良いが、ヘッドピースを何度も強くドロップして
 頚椎をアジャストされ、目眩や頭痛が止まらなくなった、などと
 いう相談が主流を占めます。

 勉強熱心なPAACの先生方には信じられないことでしょうが、
 世間一般のカイロ治療院のレベルは我々の想像以上に低いと
 言わざるを得ません。殆ど素人同然の技術レベルなのに、
 宣伝に力を注いで患者さんを集めることだけに躍起に
 なっている治療院が、世間では圧倒的に多いことを
 知っていただきたいと思います。


 そして私は、患者さんに向けて治療院の選択目安を提供している
 のであって、ご同業の方たちに「看板を出すな」などとは決して
 言っておりませんので、ここのところ誤解なきよう、お願いします。
 このようなことはPAACの先生方に向けて言うほどのことではなく、
 全くの蛇足でしょうが・・・。

 もう一つのカイロの勉強に関する相談については、何と言っても
 マルチ商法に関することが多いです。そして数年前から、
 カイロプラクティックをエサにした資格商法とマット売りの
 マルチ商法を抱き合わせた悪徳商法団体が、日本のカイロ界を
 牛耳ろうという動きが活発になっています。

 これら二つの事柄は日本のカイロ界にとって極めて憂うべき
 状況ですので、インターネットを通して一般の方々に知って
 貰う努力をしていますが、私一人の力では如何ともしがたい
 ところです。

 さて早いもので、「Chiropractic in Japan」 も、この2006年3月で
 満10年を迎えました。少しはカイロプラクティックの啓蒙に
 貢献したと言えるでしょうか?


<PAAC会員の方にメッセ−ジがあればお願いします>

 絵画でも音楽でも書でも、なんであれ一流の芸術に
 親しまれることをお奨めします。日々美しいものにふれ、
 感動・感銘を受けることによって、自ずと仕事のセンスが
 磨かれるはずです。

 カイロプラクティックのさまざまなテクニックの修練に
 没頭するだけでは、診断やアジャストの技術レベルは
 そのうち頭打ちになります。その時に頭一つ分抜け出すのに
 必要なのは「美的センス」です。

 話は飛びますが、カイロの定義に出てくる「哲学・科学・芸術」
 というのは、正確には「哲学・科学・技術」と理解すべきかと。
 英語の「ART」という言葉には「技術」という意味も含まれています。

 そしてカイロプラクターとしてアルチスト(芸術家)を
 気取るのも結構ですが、私自身はアルチストではなくアルチザン
(職人・技術者)に徹したいと考えています。


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月刊「手技療法」2000年12月号より転載


 2000年9月に(株)スカイ・イースト社からマーク・ピックD.C.による 
 『頭蓋縫合』の翻訳本が出版されました。頭蓋マニピュレーション 
 を行なうにあたっては、頭蓋と顔面の縫合に関する構造と働きの完 
 全なる理解が必須とされています。本書は、それに応えた待望の書です。 
 今回は、この466頁にわたる大著の翻訳をされた前田滋先生を、 
 治療院のある大阪にお訪ねしました。


  翻訳を始めるきっかけ

本誌 先生はいつ頃からカイロプラクティック関係の翻訳の方を 
   手がけられるようになったのでしょうか。 

前田 始めたのが1987年ですから13年ほど前でしょうか。 

本誌 きっかけというのは? 

前田 元々は自分の勉強のために始めたというところです。 
   その頃、わずか13年程前には、日本のカイロプラクティックの 
   技術指導書の類の本はほとんどなかったものですから、何とか 
   翻訳されていかないとアメリカとの技術の差は埋まらないので 
   はないかと思っていました。その頃PAAC(注1)にいてSOT(注2) 
   をやっておりましたので、SOTのちょっとした英文資料を翻訳する 
   機会がありました。で、その翻訳が読みやすいと好評だった 
   もので、これが切っ掛けになって翻訳の依頼が来るように 
   なったのです。 

本誌 翻訳なさった本は今回で何冊目になるんでしょうか。 

前田 大小合わせて10冊目になります。日本人でカイロ関係の翻訳を 
   しているのは、私が最も多いと思います。この本が初めての 
   ハード・カバーですね。一般の書店にも出回るんでしょうか? 

本誌 一般の書店となるとよく分かりませんが、当店では出ております。 

『頭蓋縫合』表紙

前田 そうですか。もっとも、旭屋だとか紀伊国屋などに出されても 
   あまり売れないでしょうがね。 

本誌 そういうことはないと思います。 

前田 ああいった本は読む方にもある程度の基礎知識が必要に 
   なってきますから…。 

本誌 翻訳の方も手慣れてこられたと思いますが、最初の頃は 
   いかがでしたか?

前田 カイロプラクティック関係の文章は、そう難しいわけでは 
   ないんですね。文学的なレトリックなどは使われない。 
   ただし内容となると難しいことも多いですね。 

本誌 実際にカイロプラクティックを分っていないと訳せない 
   ものでしょうか。 

前田 著者が説明を省略して書いていることもあるので、ある程度意味を 
   補わないと日本語として通じないことがあります。ですからカイロ 
   プラクティックの専門分野を知る人間がやらないど難しいかもしれ 
   ませんね。ただ、この本のマーク・ピック博士の文章に関しては、 
   論理の飛躍などもなく、比較的訳しやすかったです。 

本誌 マーク・ピック博士は塩川先生なども以前からよく招いておられ 
   ましたね。PAACでは今回で二回目でしょうか。 

前田 PAACでは二回目になりますね。 

本誌 マーク・ピック博士と直接会われたことは? 

前田 何度がお会いしていますよ。PAACが後押ししたセミナーで、 
   私がオブザーバーとして参加する機会がありましたし、 
   個人的にも何度がお会いしています。 

本誌 マーク・ピック博士はどのような先生ですか? 

前田 治療をなされているときにお会いしたことはないのですが、 
   非常に穏やかな先生で…。少しミステリアスな雰囲気も 
   ありますね(笑)。 

本誌 アメリカでも有名な方なのですか。 

前田 SOTを勉強している人々の中では、やはり有名ですね。 

     腰痛がきっかけでカイロプラクティックを学ぶ

本誌 カイロプラクティックを始めることになられたきっかけ 
   というのは? 

前田 ミイラ取りがミイラ(笑)。そのころ頑固な腰痛を抱えておりまして、 
   どこを訪ねても駄目だったんですが、カイロプラクティックの治療を 
   受けると本当にあっという間に良くなりまして。 

本誌 どちらの先生でいらっしゃいますか? 

前田 蒲田の大越(勝衛)先生です。 

本誌 大越先生ですか。もうお亡くなりになりましたね。 

前田 そのときから随分おじいさんだなあと感じていたものですが。 

本誌 それは何年ぐらい前になりますか。 

前田 25,6年ぐらい前でしょうか。 

本誌 大越先生の会に入っておられたということはなかったのですか。 

前田 最初からPAACに入っていました。大越先生を紹介して下さったのは 
   大阪の西先生です。ピアース・テクニックで有名でしたが、 
   10年程前に亡くなられました。その先生の所へ1,2回ほど 
   通ったんですが、当時横浜に勤めていましたので、東京の先生を 
   紹介してもらうという形で。大越先生の所へは月2回ぐらい 
   ずっと通っていました。実際にはお弟子さんに治療を受けることが 
   多かったのですが。 

本誌 その腰痛が治って、自分で勉強しようとなされたのですか。 

前田 ええ、通っているうちに、これは面白いなあと、今まで受けた治療と 
   全然タイプの違うものだと感じましたね。それまでにも鍼灸や 
   整形外科など色々行ってみたのですが…。鍼灸にしても長い間 
   通っていましたが、別に鍼灸師になりたいとは思いませんでした。 
   でもカイロプラクティックにはそれがあったんですね。 

本誌 症状はどういったものだったんですか。 

前田 一般的な腰痛でした。ただひどいときには軽い坐骨神経痛のような 
   痛みもありましたね。 

本誌 そうですか。足の方まで…。勉強はどういった形でされたのでしょうか。 

前田 大越先生のお弟子さんに、どうすればあなた方のような技術を身に 
   つけることができるんですかと尋ねたら、まずは鍼でもマッサージ 
   でもいいから、免許を取った方がいいよと言われまして。大森に 
   東京衛生学園、雑色に長生学園というのがありまして、どちらにも 
   行ってみました。当時は按摩・マッサージは2年、鍼灸は2年半、 
   鍼灸と按摩マッサージ両方だと3年だったんですが、会社に 
   勤めながら3年というのは体力的にキツイので、短い方がいいなと 
   思っていると、長生学園の看板の「脊椎矯正療法教えます」という 
   文字が目に入り、これは悪くないなと。それでそちらに行くことに 
   決めました。 

本誌 何歳頃ですか。 

前田 27歳のときですね、入学したのが。 

本誌 卒業されてからは…? 

前田 学校の友達が、PAACの前身と言いますか、今のように分かれる前の 
   塩川スクールに行ってるんだと言っていたもので、それなら 
   自分もと、塩川スクールに。その頃は、日本でカイロプラク 
   ティックを勉強しようとするとあそこしかないような状況 
   でしたね。 

本誌 塩川スクールにも入学されたんですか。 

前田 そこも1年、夜学で通って卒業しました。その頃に習った先生は、 
   PAACの兼古先生(現最高顧問)や平塚先生(現JOA会長)ですね。 
   私は塩川スクールを卒業して、すぐ大阪に帰って開業しました。 

本誌 何歳でいらしたのですか。 

前田 ちょうど30歳ですね。この十月で、開業してから20年になります。 
   先に卒業した友達から、デントンのSOTセミナーが5回シリーズで 
   開かれるぞと聞かされまして、SOTのセミナーだったら自分も是非 
   参加したいと、それで1回目に行ったそのときに、改めてPAACの 
   入会手続きをしました。 
中央:SOTの創始者、故デジャネットD.C.

右:兼古将先生(現PAAC最高顧問)

左:前田滋
本誌 それまで先生はSOTの方は…? 

前田 塩川スクール時代に一通り教わっていましたよ。開業しても 
   暇だったもので、SOTの79年度版などは読んでいました。ただ 
   原書で読んでもあっちこっち色々なことが書いてあるもの 
   ですから、治療のときに見返そうとしても困ってしまうので、 
   日本語に直しておいた方が利便性があるだろうと思い、 
   その頃から翻訳をやっていたのです。自分でまとめたり 
   していました。 

本誌 SOTには以前から興味を持っていらしたんですね。 

前田 ええ、あれも一つの理屈に過ぎないかもしれませんけどね。 

本誌 ディジョネット博士にお会いになったことはありますか。 

前田 ありますよ。日本に来られたときなどにも、オマハでも直接 
   お会いしています。 

本誌 直接ご教授を受けられたことは…? 

前田 セミナーで教わったということであれば、あります。 

       SOT治療法とは

本誌 SOTとはどういうものか。読者の方に簡単に説明するとなると、 
   どういう感じになるでしょうか。 

前田 簡単にというのは…難しいですね。一言で言ってしまおうと 
   すると、骨盤の仙腸骨関節の病理状態によって患者さんを3つの 
   タイプに分けて、主にブロックを用いて治療していくやり方… 
   でしょうか。滑膜関節の部分に着目する、あるいは硝子軟骨の 
   部分に着目する、あるいは主に腰椎の結合組織の部分にと、 
   この3つのタイプに分ける。それぞれのタイプに適合した 
   ブロックの配置法、骨盤の下にブロックを置くという方法で、 
   骨盤の状態、仙腸関節や軟部組織の病理状態を改善していく、 
   というのが、SOTのブロッキングの説明になります。 

本誌 なぜ先生はSOTに興味を持たれたのですか? 

前田 SOTというものに限らず、私が特に興味を持っていたのが 
   CMRT(内臓マニピュレーション)なんです。胃の具合が悪い、 
   便秘だという患者さんに、背骨だけ治療しているというのも 
   物足りない。ぽ一んとアジャストして、はいサヨウナラ、 
   というのではなく、他に何かできることはないのかなと、 
   内臓を積極的に治療するやり方はないのかなと勉強 
   していたら、CMRTというのがあるということを知りまして、 
   ここに各内臓に向けた治療の仕方があると、それを勉強したい 
   というのがあって、本格的に学び始めることになりました。 

   SOTというのは、私の考えでは、ディジョネット流の 
   オステオパシーということではないかと思います。 
   ディジョネット博士が若いころ学んだオステオパシーの 
   各技法を自分で集大成し、そうして、カイロプラクティックに 
   持ってきたのがSOTだと言って間違いないのではないかと 
   思いますね。四肢テクニック、内臓マニピュレーション、 
   頭蓋骨療法もあれば背骨を治すためのブロック療法もある、 
   全身色々な所を治療するわけです。オステオパシーも全身 
   色々やっていますね。 

本誌 ではディジョネット博士というのはオステオパシーでも有名 
   だったのですか。 

前田 オステオパシーで有名という訳ではなかったようですが、 
   例えばサザーランド博士等とも親交があったようですね。 

本誌 今日本でSOTを勉強しようと思うとPAACにしか門戸はありませんか。 

前田 公式に認められているのに加えて、アジア関係のことはPAACに 
   一任されていますね。 

本誌 PAACに入らなければならないという訳では…? 

前田 いえ、入会しなくても、PAACの主催するセミナーを受ければ 
   いいでしょうね。初心者用のコースもあったはずです。べ一シック、 
   アドバンス、頭蓋骨療法の三段階に分けて毎年やっているはずです。 

本誌 先生はSOTの入門編といったものを、PAACからという形で出される 
   ことはないのですか。 

前田 すでにこういう類の本はありますからね。私ごときが入門など 
   書くよりも、原著者の書かれたものの翻訳書を買って読んで頂いた 
   方が余程いいかもしれません(笑)。 

      カイロプラクティックを目指す人へのアドバイス

本誌 これからカイロプラクティックを目指すという人に何か…? 

前田 技術というのは、何もカイロプラクティックに限らず、どんな 
   技能であれ、一に根気、二に根気、三四がなくて、五に根気ということ 
   ですね。根気がないと駄目です。諦めないことですよ。喰らいついて 
   離れないぐらいの粘りと根気があれば何とかなりますね…私のこの 
   20年を振り返ってみますと。 

   例えば翻訳にしても、原本を見てみますと、大学生や高校生レベル 
   でも読めるような平易な文章で書かれていることが多い。構文は簡単 
   ですからそれほど難しい文章ではないんですね。カイロプラク 
   ティックを勉強していて、医学用語など、ちょっとした専門用語を 
   知っていれば、「こんなの簡単じゃないか」と思えるものです。 
   ですから、たかだか数ページ程度でしたら訳すのは簡単でしょう。 
   ですが、これを最初から最後までやり通すだけの根気がある人と 
   いうのがなかなかいないので、私のような者がやっていると 
   いうことです(笑)。 

   振り返って考えてみると、私がこれをやっているのは多分に  
   根気の良さ、粘り強さ、途中で諦めない、投げ出さない性格の 
   おかげのような気がします。それまでは自分がこんなことに向いて 
   いるとは思ってもみなかったんですが、やってみるとそこそこ 
   やれましたし、他になかなかやってくれる人もいなかったので、 
   相対的に見れば自分も根気のある方なのかなと思います。諦めないと 
   いうか、しつこいというか(笑)。それがカイロプラクティックの技術を 
   習得する上でも役に立っているという気がします。 

作者の治療室

本誌 普段の臨床で使われるテクニックというのは…? 

前田 SOTばかり訳しているので、私はSOTしかやらないものと 
   皆さん遇っておられるようなんですが、実は私はガンステッドが 
   得意なんです(笑)。 

本誌 そうなんですか。 

前田 ガンステッドが得意というというか好きなんですよ。 
   ハーモニックというテクニックも使いますが…ガンステッドも 
   SOTも使いますし。どちらか好きかと言われるとガンステッドです。 
   ターグルというのもありますけどね。お陰様で塩川スクールで 
   色々なテクニックを一通り教わることができましたのでね。 

本誌 最近はカイロプラクティックの翻訳書が沢山出版されていますね。 
   勉強するには不自由しないですね。 

前田 最近は本が多いから勉強する人は資料を入手するのに困難と 
   いうことはないですね。お金さえあれば入手できますから。 
   昔はお金があっても買う本がなかったですからね。 

本誌 20年前と今とでは随分違うと。 

前田 状況は変わりましたね。ただ、色々なテクニックが出てきました 
   けれども、頭で理解したからといって手足がうまく動くとは 
   限りませんので、これはやっぱり実践主義といいますか…。 
   手足がうまく動かないことにはうまく治ってもらうことが 
   できない…矯正は出来ないしアジャストも成功しない。 
   ですから結局は練習ということになりますね。根気よく練習を 
   続けていかないと、患者さんを治すまでには技術レベルは 
   上がりません。 

本誌 先生ご白身何か健康に気を使ってやっておられるようなことは 
   ございますか。 

前田 健康法といえば…食べ過ぎないことと、仕事をしない 
   ことですよ(笑い)。それに、十何年もずっと夜に翻訳を 
   続けていると、もう疲れてしまいました。翻訳の方は 
   そろそろ勘弁してもらい、引退しようと考えています(笑)。 

本誌 では先生は翻訳の方は…? 

前田 引退させて頂きます。もう50歳ですから。老眼で小さな文字は 
   見えないわ、根気は続かないわで。特に45才を過ぎてからは、 
   大阪で夏場に翻訳をやると身体に堪えるようになりました。 
   夜も暑くて、とてもじゃないですがやってられません。 
   今年8月末までこの(両面を見せて)モジュールの翻訳を 
   やっていて懲りました。 

本誌 ではこれからの目標などは…? 

前田 遊んで暮らす。ぐうたらぐうたらと。睡眠をよく取って、 
   仕事をしない、これが目標です。 

本誌 それは素晴らしいですね。本日は貴重なお時間、本誌のために 
   ありがとうございました。 

注1:PAAC=パシフィックアジア・カイロプラクティック協会 
注2:SOT=仙骨後頭骨テクニック(Sacro Occipita1 Technic) 


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☆☆☆  目崎・前田両氏に聞く  ☆☆☆


  米国ロイド社の極東総代理店である江崎器械(株)の
  江崎健三社長が、ロイド・テーブルのユーザーである
  PAAC(パシフィック・アジア・カイロプラクティック協会)の
  目崎勝一氏と前田滋氏に、翻訳に際しての苦労話や、
  これからカイロを学ぶ人へのアドバイスなどについて
  聞いてみた。

<目崎・・・特有の用語に苦労>

             <翻訳は最初自分のために・・・前田>

(前略)

江崎  本題に入りますが、先生方が、はじめにカイロを志された動機を 
   お聞かせ下さい。

前田  手短に言いますと、ミイラがミイラ取り(?)になったと言うのに 
   近いと思います。私自身、長年腰の調子が悪かった。最初に腰が 
   痛くなったのは中学二年の頃でした。原因はきつい運動をしたり、 
   姿勢が悪かったりということだったんでしょうけれども。 
   お決まりのコースで整形外科へ行ってレントゲンを撮られ、 
   何か訳の分からないことを言われました。そして痛みがひどくなる 
   たびに、人づてに聞いてあちこちの鍼灸院や接骨院へ通うような 
   ことを繰り返しながら、大学を終えて就職しました。 

   入社して一年たった頃に、カイロプラクティックという治療が 
   あると言うのを知って、それで紹介されたところへ治療に通いだした 
   わけです。それがまた劇的に効いたのです、私の場合は。普通なら、 
   ああよく効いた、それで万々歳でそのままなんでしょうけれども、 
   どういうわけか、この技術をマスターしたくなり、それで資格を 
   取るためにまず夜学に行きまして、その後カイロの学校に入学した 
   ということです。 

江崎 おいくつのときに。 

前田 資格を取る学校、長生学園に入学したのが27歳のときです。 
      スタートとしては非常に遅いほうです。 

<整形外科療法では納得ができずに・・・>

江崎  目崎先生の動機は? 

目崎  前田先生と同じで自分自身の腰痛がきっかけだったんです。 
      同じように整形外科へ行きまして、いろいろ治療を受けました。 
      どういう治療かというと、牽引療法と低周波療法と温湿布です。 
      レントゲンを撮ってみたら非常に曲がっていた。 
      それで一応入院して牽引しましたら非常に真っ直ぐになりました。 
      しかし、症状は依然痛くて我慢できないくらいだったのです。 

      そのときの整形外科の先生いわく、東京オリンピックの金メダリスト 
   三宅選手は脊椎分離症でも重量挙げで世界記録を出している。 
   君の腰痛は精神的なものだと(笑)。あなたも少しいろいろな運動を 
   しながら自分を鍛えて腰痛を克服しなさいと言われました。しかし、 
   自分自身は結構運動していたものですから、この言葉は非常に心外 
   だったわけです(笑)。 

      それで納得いかないと思って、自分で腰痛に関していろいろ 
   本を読み出したんです。でも、あまり良い本がない。理屈が 
   どうしてもわからない。あるのは指圧の本とかそのたぐいの 
   本です。そういう本を買ってきて読み、わが家の母親も腰痛 
   でしたので本の通りにやってみた。そうしたら、動けなかった 
   母親がその場で立ち上がったわけです。非常に不思議な体験を 
   しました。自分が本を読みながらやってもこのような効果が 
   あるのに、病院で精神論を聞かされるというのは、おかしい。 
   今の医療におかしなものがある。そういうことがきっかけで、 
   医療と言うのは整形外科的な考え方以外に何かあるんじゃないか 
   と。最初は鍼灸の治療を受けました。そうしているうちに鍼を 
   打ちながら背骨を矯正するという先生に出会いまして、 
   非常に腰痛が改善しました。そういうことがきっかけで、 
   この業界に入ったということです。 


 <カイロを学ぶには本物の専門書が不可欠>

     <情報への飢餓感から翻訳を始める>

江崎  お二方は翻訳を何冊かお出しになっているんですが、 
      私なんかからすると、もし私に語学力があったとしても、 
      あれだけ分厚い本を訳すという大変な仕事を、まずやってみよう 
   とは自分自身思いません。先生方はその点、翻訳しようと思われて、 
   また成し遂げられたわけですが、その辺の動機と苦労話などを 
   お聞かせいただけますか。 

目崎  最初は先ずあちこちの本屋へ行き、カイロの本を探しました。 
      もちろん紀伊國屋とか丸善とかも行きましたが、カイロ関係の本は 
   ほとんどないんですね。また、図書目録でカイロ関係の英語の本を 
   探してもなかなか手に入らないんです。要するに情報の飢餓状態 
   なんです。 

      そういう飢餓状態の中で、たまたま手に入った最初の本が 
      「ローガン・ベイシック・テクニック」という本でした。 
      手に入れたときはその本が宝物のように思えました。 
   そしてそれを翻訳し始めた。読んでいると非常に 
   おもしろいんです。 

      それがきっかけになりました。前田先生とほとんど同じ頃で 
   15年前くらい前のことになります。その当時、英語のカイロの本が 
   ほとんど手に入らない。ですからそれが運よく手に入ったときには、 
   とにかく端から端まで読んでいきました。しかし英語があまり 
   得意じゃありませんので、読んだだけで理解するという訳に 
   いきませんで、結局なぐり書きのようにして訳してゆくという形を 
   取りました。そういう風にして読んでいったんです。必要性が 
   あったということと、情報の飢餓状態であったということで翻訳を 
   始めたようなことですね。 

江崎  翻訳をなさるときに苦労された点というのは? 

目崎  カイロプラクティック独特の用語ですね。 
      それからカイロの業界では用語の定義自体があまり厳密に 
   行なわれていないんです。同じことを表現するのに違う言葉を 
   用いたりする。そうすると我々としては非常に混乱するんです。 
   その前に大きな問題は我々の語学力がちょっと足りなかった(笑)。 

前田  足りなかったというじゃなくて、今でも足りないんじゃないか 
   という、そういう危惧を抱きながらやっているんです(笑)。 

目崎  そう思いながらも、知識欲の方が先行してしまったということ 
   ですね。一番苦労したのは、そういう用語の問題でしたね。 
   あとはリスティングが各テクニックの間で統一されていない。 
   そういうことでテキストを読んで理解することに当初混乱が 
   あった。その点も大きな問題でしたね。 

   <最初は自分の勉強のために翻訳を始める>

江崎  前田先生にも同じ質問なんですが。 

前田  いろんな分野で文献学というのがありますよね。 
      あることについて過去を振り返ってみる、あるいは現在の最新の 
   情報を得るために文献を検索して閲覧するという。私は大学の 
   専攻が化学でしたが、そういう文献学の訓練を受けてきたわけです。 
   自分の研究している分野で、他の人達がどのあたりまでやっているか、 
   どういうようなことを目指してやっているかを調べるために文献を 
   常に調べながら自分の研究を進めるということを常にやかましく 
   大学時代の先生から言われていたわけです。 

      そういうことを踏まえながら、私が勉強し始めた当時の日本の 
   カイロ界の状況を見ますと、日本語の文献というのはほとんど 
   なかった。英語の文献と言うよりテキストそのものが先ず手に 
   入らないと言う状態だった。アメリカに留学しないで、国内で 
   カイロを勉強したいと思っている人たちは、米国に留学して 
   帰って来た先生たちから、セミナーなどを通して口づてで 
   教えを乞うという状態だったのです。で、こういう状態は 
   かなりおかしいのではないかと私は思いました。 

      自分自身の勉強のためもあって、なんとかしてカイロの 
   一次情報、米国の文献・テキストを読みたい。人のためでも 
   何でもないんです。それで最初に手に入れたのが、SOTの79年版 
   テキスト。これをカイロの学校に通っている頃に手に入れまして 
   読み始めたわけです。 

   <英和辞書や医学辞書と首っ引きで>

      最初は通読しながら、ああそうか、こういうことかという感じで 
   読んでいましたが、その後、あっ、あのことはどこかテキストの 
   前の方に書いてあったな、というのを思い出すんですけれども、 
   どこに書いてあったのかすぐに出てこないんです。日本語の本 
   でしたら斜め読みができるからすぐ探せるんです。英語の本と 
   いうのは斜め読みができないんですよ。それで、これはちょっと 
   まずいなと思って、自分のために翻訳をしたわけです。それは 
   手書きで、その後、友達に清書してもらって、 
   お前にもやるからって。私、字が下手ですから(笑)。 
   そういうところから出発したわけです。 

      最初、私も語学の力がありませんので、常に英和辞書と 
   医学辞書が必要でした。おかげさまで最近は医学辞書の方は 
   あまり用いることがなくなってきたのですが、英和辞書のほうは、 
   相変わらず必需品です。いまだに1ページ読むたびに何度も 
   お世話になっているようなありさまです。 

      また、単に英単語を日本語に置き換えるだけでは意味の通じる 
   日本文にはなりませんので、同じような意味を現す日本語に移し 
   換えるにはどうすれば良いかということを常に考えながら翻訳 
   しているつもりです。しかし、英語の表現というのは日本語には 
   全くない表現法がありますので、それをどのような表現にするかと、 
   そこでしばらく作業が止まったりすることはありますね(笑)。 

江崎  ご苦労されてますね。 

前田  それから、カイロのテクニックの創始者である先生が書かれた 
   文章は、ある種の省略が結構あるんです。翻訳の際には、 
   そういうところを補わないと日本語の文章として通じないことが 
   ありますので、そのあたりで私たちの出る幕があるのではないかと 
   思っています。単に英語の堪能な方にテキストを訳してもらっても、 
   なかなか意味の通る日本語の文章にならないんじゃないかなと。 
   そういうところに私たちの入り込む余地があるのではないかと 
   思っていますけど(笑)。 

江崎  それはとても意義のあることだと思います。 

目崎  カイロの先生たちは理論家というよりも感覚的な人が 
   多いんですよ。理論的に積み上げていったという学問ではなく、 
   経験則の積み重ねの学問ですから、どうしてもそうなっちゃうん 
   ですね、特にSOTなんかそうですよね。 

   <基本に関する情報がまだまだ不足>

江崎  まだこれからも翻訳はずっとなされますか? 

目崎  自分にとって必要なものをどんどん訳していきたいと思います。 
      また、いままでカイロにおいて、翻訳対象になっているのは、 
      ほとんどテクニックなんです。テクニックもいろいろ日本に 
   紹介されてきており、資料もたくさん増えました。でも、 
   もっと基本的な要素が不足しています。たとえばサブラク 
   セイションはどういうメカニズムなのか、そういうことが 
   判らないわけです。より基本的な問題にかかわるような資料が 
   あれば、我々としてはまことに喉から手が出るほど欲しい情報 
   なんです。そういう情報に関しては、日本は十五年前と 
   全く同じ状態ですので、これからもずっと翻訳を 
   続けていきますけどね。 

江崎  昨年の11月25日にカイロ連合会ができて、これからますます 
   カイロを勉強される人が多くなってくると思うんです。 
   そういう人たちに向けて、先生方から何かアドバイスとか、 
   望まれることはありますか。 

目崎  いきなりテクニックから入るのは結局遠回りになると思います。 
      一番基本的なことは、テクニックではなく診断力をいかに確実に 
   ものにできるかということです。我々が対象としているのは 
   骨格ですから、骨格の機能障害を確実に診断できなくてはいけない。 

   そういうことが確実に判定できるようになれば、テクニックは 
   自ずと後から付いてくる。しかし、それが判定できないなら 
   テクニックに振り回されてしまう。ですから非常に地味な 
   ところから勉強を始めていただきたい。 

      そうすることが、カイロの本当の面白さを体験できる一番の 
   近道だと思います。その地味な世界を怠るとカイロの 
   素晴らしさは永久に判らないだろうなと。ただテクニックの 
   セミナーに出て学ぶというよりも、まず基本的な形を 
   身につけてもらいたい。 

      それには、たとえば我々の協会のUCCとか、そういう学校に 
   入っていただくのが一番近道で、そういうところの基礎的な 
   セミナーをまず受けていただいて、基礎を積み重ねてゆく。 
   その中で少しずつテクニックに入っていくという形が 
   ベストだと思います。 

  <正しいテクニック伝えるセミナーを>

江崎  同じ質問ですが、前田先生。

前田  私は目崎先生と少し考え方が違います。テクニックを学ぶことは 
      とても大切だと思います。テクニックばかりが先行しているから 
   基礎へ戻ったほうがいいという意見をよく聞きますが、それは 
   正しいテクニックを伝えるセミナーが日本で少なすぎるから 
   出てくる意見だと考えています。ですから、テクニックを 
   正しく伝えるセミナーを増やせば良いと思っています。 

      カイロというのは治療の技術体系ですから、技術が身に 
   付かなければいくら理屈がわかっても治るものも治らない。 
   実践哲学ですから、カイロは。逆に言いますと、理屈は 
   わからなくても実践できれば治る可能性はあるわけです。 
   私もいままで何度かそういう経験をしたことがあります。 
   何か判らないけど治っちゃったと。しかし、それだけに 
   ぶら下がっていては駄目なんです。診断の技術も含めて、 
   あらゆる技術を高めるということを意識しながら、 
   特に名人クラスの先生の技を「盗む」ということを意識して 
   勉強していただきたいと思います。 

      そして書物で勉強するときには、二次的な資料ではなくて、 
   米国の一次資料を手に入れていただきたい。あるテクニックを 
   勉強するなら、それを創始した先生が書かれたテキストで 
   勉強していただきたい。そのための翻訳を、これまでに我々が 
   行なってきており、カイロのテクニックに関する翻訳書は 
   ずいぶん増えてきました。だれかがあるテクニックを 
   解説したというような本で最初の勉強を始めるというのは、 
   決して勧められる姿ではない。 

      日本に帰ってこられた先生たちが50人近くいらっしゃると思います 
   けれど、その先生たちが一人一冊でいいから英語のテキストを 
   翻訳して下されば、五十冊の日本語のテキストができる。しかし 
   現状はそうではなくて、ご自分の名前で書いた本が出版されている。 
   ひどいのになると、どう見ても売名行為としかいえないような、 
   ずさんな内容の本が出版されていることが多い。こういう本が売れる 
   ということは、とりもなおさず日本のカイロ界のレベルが依然として 
   極めて低いことの証明になっているように思えるんですが。こういう 
   悪書を駆逐するためにも、もっと第一級の翻訳資料を増やしたほうが 
   日本のカイロ界にとって、ひいては国民の健康にとって良いことだと 
   思っています。 

江崎  前田先生自身が本を書かれるのはまだずいぶん先ですね。 

前田  こういう考えですから、今のところ私自身がカイロの本を 
   書くなどとは全く考えておりません。私なんかが書くよりは、私が 
   翻訳して第一級の資料を日本語にしたほうが日本のカイロの発展の 
   ためになると思っていますので。お金にはなりませんが(笑)。 


   <地道に足元を固める努力が第一>

江崎  業界全体に対するリクエストを聞かせて下さい。 

目崎  我々が社会においてカイロを認めてもらおうと思うなら、 
      厚生省を動かすよりも何よりも、厚生省が依頼している整形外科の 
   先生方を納得させなければならない。そのためには、てんでん 
   ばらばらな治療では困る。すなわち再現性のある治療を行なわ 
   なくてはいけない。一人の患者に対して複数の治療家が異なる診断を 
   下して異なる治療を行なってしまうなんていう現状では整形外科の 
   先生方を決して納得させることはできない。 

      したがって、我々としては基本的な問題で同じ結論が出るような、 
   もっと地味な世界で、同じ答が出るような人々の集団であってほしい。 
   そういうようになれば、社会に対してある程度我々の存在を主張する 
   ことができる。しかし、そこまでいっていないなら、まだまだ我々は 
   地道な努力を続けなければならない。まず第一に足元を固めてほしい。 
   翻訳をしていると、そのことをつくづく感じますね。 

前田  ほとんど目崎先生がおっしゃった通りですけれども、 
      これから日本のカイロが今まで以上に国民にも受け入れられ、 
      お役所にも受け入れられるようになるには、やっぱり永田町で 
   やっているような派閥争いのようなことをいつまでもやっている 
   ようでは駄目でしょうね。 

江崎  両先生、今後も頑張って下さい。 
   本日はどうもありがとうございました。 


目崎 勝一 氏の略歴


 1972年:中央大学商学部卒業、 
 1980年:東京鍼灸柔整専門学校卒業、 
 1981年:シオカワ・スクール・オブ・カイロプラクティック卒業、 
 PAAC関東支部長歴任後、現在PAAC理事。東京・世田谷にて開業。 
 主な翻訳書に「頭蓋仙骨治療」、「CMRT」、「SOTセミナー・ガイド」 
 (いずれもスカイ・イースト刊)がある。 
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著作権所有(C)1996-:前田 滋(カイロプラクター:大阪・梅田)