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(09.06.02更新)


・『fate encounter 混乱の狂想曲』

 

     4

 戦闘が始まって、もう数時間が経過していた。
 カルディアに仕向けられた重戦機軍は、じわりじわりとカルディアを追い詰め、時間と
体力を削っていった。
 激しい雨の中で、レーザーの光とミサイルの閃光がキラキラと輝いている。
 そんな光景と反対に、戦場は正に地獄絵図のようだった。
「クソっ、数が、多すぎるんだよ!!」
 必殺のマチェットを振り上げつつ、カムラッドは忌々しげに吐き捨てる。
 カムラッドの後方で援護するフレーズも、同じ気持ちだった。
「きりがありませんわ! く、わたくし……負けませんわよ!」
 ぎりり、と敵を睨むが、フレーズの体力は既に半分をきっていた。
 フレーズとカムラッドは既にVRを三機沈めていた。ドルドレイ一機に、グリスボック
が二機だ。
 だが、まだまだ敵はいる。
 フレーズは杖を掲げ、一気に意識を集中させる。
「普段はあまり呼びませんのよ? この子達、――凶暴ですもの!」
 フレーズの頭上で光が弾け、そこから幻獣の雄たけびが漏れる。
「おいきなさい! 楓! 紅!」
 光から湧き出るように二匹の氷の竜が姿を現し、カムラッドを追い詰めていたグリスボ
ックに食いかかる。
「うわぁっ!?」
 食い上げられたグリスボックは、悲鳴すら飲み込まれそのままどさりと崩れおちた。
 赤く散らばった氷が、まるで血の花の様で、まさに散華だ。
 だが。
「……すみません、も、う……」
 エンジェランの背中に、ドリルが突き刺さっていた。
 華奢な体を守るアーマーが砕け散り、フレーズはその場に崩れ落ちる。
「くそっ!」
 慌ててカムラッドが駆け寄るも、戦闘不能となったエンジェランはもう指一つうごかせ
ないでいた。
 フレーズがこれ以上損傷しないようにコンテナの陰に避難させ、カムラッドは再び前へ
出た。
 降りしきる雨が、冷たい。
「くそ、視界がっ」
 バイザーの雫を弾いた、その瞬間、警告音が響く。
 目の前にグリスボックが一体居たのだ。
「てめぇっ!」
「カルディアのコマンダー、もらったぁっ!」
 若い声がカムラッドの耳に飛び込む。
 そして同時に、ミサイルが至近距離で放たれた。
 しかし、カムラッドに怯む様子など全く無い。
「ここは近接の間合いだ! 若造があああああっ!!」
 一足飛びに踏み込み、マチェットを一閃する。
「う、うああああああああ!」
 装甲が一気に裂け、若いグリスが悲鳴を上げる。
「くそ、次! 上だ!!」
 疲労が押し寄せる体に鞭をうち、上を見上げる。
 カムラッドの勘は鈍っていなかった。
 そこにはもう一機、グリスボックが浮かんでいたのだ。
 しかし。
「……俺もここまでか、悪い、隊長!」
 上からばらばらと無数の弾が落ちてくる。
 最早、避ける力は残っていなかった。
 せめて、と、思いっきりマチェットを投げつける。
 激しい爆音の中、雨に打たれてカムラッドが沈む。
 だが、カムラッドの放ったマチェットは空中のグリスにふかぶかと刺さっていた。
 マチェットが刺さったままよろりと落下するグリスの前方から、朱色の風が迫る。
「さすがカムラッドさん、いい攻撃だ」
「テムジン……だと!!」
 RNAカラーのテムジンが、前方に一気にダッシュし、正確に狙い打つ。
「ぐっ! がッ!!」
 テムジンの放った全弾を受け、グリスが反動で後ろにのけぞりそして――
「いいね、無駄の無い攻撃だ。お前と組むのは、嫌いじゃないね」
 はるか上空で、サイファーがにやりと笑う。手の中に光を現出させ、それを一気に下へ
と放つ。光のダガーが、宙を縫う。
「うゴッ……!」
 三者の連携の前になすすべなく、グリスボックは沈む。戦闘不能だ。 
「……ったく、休む間もねぇよ」
 ノイは戦場をぐるりと一周し、状況を素早く把握し戦況を報告する。

「隊長。現在、敵残機八、ドル二、グリス三、ライデンが二、でスペだ。フレーズとカム
ラッドさんが落ちた。……俺様も、若干ヤバイ」

 この激しい雨の中、戦況を正確に把握できるのはサイファーのノイだけだった。
 だが、偵察しながらの戦闘は普段の回避能力を存分に出す事も出来なかった。
 しかも、この雨だ。
 不意に、ノイの耳元に警告音が響く。
「ったく、空気読めよ!」
 下を見ればグリス三機が自分を狙っていた。
「ねーよ。マジでありえねぇ」
 ノイの姿が、人ならざるものへと変形する。
 それはまさしく戦闘機その物だった。
「うらあああああああああっ!」
 全速でミサイルの雨を擦りかわし、正面にいるグリスへと突っ込む。
 狙いは正確、ど真ん中だ。
「見やがれ! これがSLCダイブだっ!!!!」
「っ!」
 グリスは声すら出せず、引き裂かれた。
 グリスの体が、無残に真っ二つになる。
「悪いな、死んじまったな?」
 物言わぬ亡骸を見下ろして、ノイが吐き捨てる。
「生死など……関係ない! 打ち倒すまでだ!」
 ノイとクロスするように、朱色のVRがすれちがう。
 狙いは、サイファーを目で追っていたグリス二機だ。
 アラムがニヤリと笑う。
「まとめて粛清してやる!」
 愛用のランチャーを持ち替え、ソードに変え、そして一気に回転をかける。
「うおおおおおっ!」
 まるでヘリのプロペラに巻き込まれたように、グリス達が悲鳴をあげがくり、がくりとい
その場に沈んでいく。
 旋回する視界の中で、アラムは戦場の中央へと特攻していくドルドレイの姿を見た。
 狙われているのは――
「……アルシオン! 後ろだ!!」
 はっきりと通るアラムの声を聴き、その先で交戦中のアルシオンが素早く身をかわす。
「……はぁ、くっ」
 スペシネフは肩で息をして回りを見渡した。
 ライデン二機と、ドルドレイが一機が自分の周りを囲んでいた。
「重くて堅いのばかりだ」
 アルシオンは隊長のエルンと連携を組んでいたが、今はそれが無意味な状態になってい
た。
 エルンは半ば強引に引き離され、アルシオンは囲まれ集中攻撃されている状態だった。
 ぐらり、と視界がゆがみ、その感覚をはねのける様にアルはもう一度構え直す。
 歪みに引っ張られてはいけない。
 その歪みは精神の歪みだった。スペシネフであるがゆえに、付きまとう負の力。
 その力に任せれば、この情況は打破できるだろう。
 だが。
「そんなわけには、いかないんだ。エピカに、誓ったからな」
 自分の背後から伸びる黒い怨念を振り払い、凝縮させ、アルはそれを投げつける。
 所謂『大玉』だ。
 間髪いれず、鎌を振り下ろし、アルは前へと走った。
「どうせ落ちるなら、せめてもう一機は道連れにしないとな!」
 特攻を終えたドルドレイが気がつくと、時既に遅く、逃げる場所がなくなっていた。
 右に大玉が。左には壁のような鎌から放たれたレーザーが。
「……っ!」
「カルディアの死神を、なめるなよ?」
 ドルドレイの目の前に、鎌を振り上げた銀髪の男が笑っている。
「!」
 振り下ろされた鎌に斬られ、そして追い討ちをかけるように大玉がぶつかる。
 沈んでいくドルドレイを見下ろし、だが。
「……っ、あああっ!」
 黒い意思が、アルシオンの肩を掴む。
「来るな、やめろおおおおっ!」
 精神の波に抗うアルが次の瞬間見たのは、交差する四本の閃光だった。
 二つは己を焦がす為の必殺のレーザー。
 もう二つは、その発射元を焼ききる為のレーザー。
「……隊長……!」
 背をレーザーで焦がされながら、アルは呻いた。
「……すまない、遅れた」
「いや……いい、ある意味、たすか……った」
 がくりと崩れるアルシオンを見て、エルンはアルシオンを撃ったライデンの姿を目で追
う。雨はさらに強くなり、視界は悪くなる一方だった。
 すかさず、ノイから報告が入った。

「隊長、現在、敵残機五、ドル二、ライデンが二、こちら残り戦力、三だ」

 一旦、集合をかけ、エルンは残った二人の様子を確認する。
「アラム、どうだ」
「体力は四割だ。まだ、いけます」
「ノイ、お前は」
「体力は二割、もう沈む寸前だぜ」
「二人で組め、ドルドレイは任せる。ライデンは……俺がやる」

「「了解ッ!!」」

 アラムとノイがドルドレイを挑発し、上手く誘導する。
「こっちも……大分削られたな」
 撃破された仲間を思い、ぎしり、と拳が軋む。
 ぎりぎりと奥歯が鳴り、体の底から熱い何かが溢れ出す。


「あら、あのライデン、私たちと二対一するのかしら?」


 甲高い女の声が、エルンの耳にはいる。
 きゃぴきゃぴとした、耳障りな声だ。
「ね、サキ、あの人、結構かっこよくない?」
 問いかけに答えるように、艶のある低めの声が答える。
「そうね、リア。……私、欲しいかも」
「じゃ、またサキのおもちゃにするの?」
「いい体してるから、きっと楽しめそうよ?」


 くだらない会話だ。
 何余裕ぶっこいてるんだ。


「二対一だもの、こっち勝つわよ〜」
「じゃ、私、彼手に入れるわ。……噂のフェイイェン、泣くかしら?」


 お前らが勝つだと?
 エピカが、泣くだと?

 ありえない。


 それは静かに。
 エルンの中で蓄積された怒りが、じわり、じわりとにじみ出る。 


「言いたい事は、それだけか」


 エルンの奥底で眠る獣が、目を覚ます。 
 エルンの中で、戒めの鎖がはじける。


「……ただですむと、思うなよ?」 
 


 エルンの表情が一変する。
 鋭い眼光から溢れる殺意に、DNAのライデン、リアは思わず一歩、下がるのだった。

     5

「な、何?」
「さあね、キレたんじゃない?」 
 怯んだリアと違い、サキの方は今だ余裕の構えだった。
「たった一人、しかも手負いのライデンじゃない。ライデン二体に勝てると思う?」
「う、ううん、思わないよ、そうよね」
 サキの言葉に威勢を取り戻し、リアも胸を張る。

 サキとリア、背の高い二人の女は、如何にも女であると主張するような見た目を有して
いた。
 ライデンの分厚い装甲からでもわかる豊かな胸、緩やかなラインを描く腰。
 それらは彼女達にとって自慢の武器でもあった。
 そんな彼女らは、いつも二人で組んで戦場に出かけては、気に入った男を捕まえ、下僕
にしているのだった。
 今またいい獲物を見つけたとばかりに、サキの目が輝く。
「ね、噂のフェイイェンから引き剥がしてさ、忘れさせちゃうのよ、楽しそうじゃない?」
「サキ、趣味わるいー。でも賛成」
 にっとリアが笑うと同時に、サキのライデンがバズーカを構える。
「さ、遊びま……」

「ふざけるな」

 ライデンとは思えぬ速さで、エルンは二人の間に飛び込んでいた。
 そして問答無用で左の拳が飛ぶ。
 素早く振りぬかれた拳はサキの頬を正確に捉えていた。
「っ!」
「サキ! おのれぇっ!」
 リアがバズーカを数発発射するが、むしろそれをくらいながらエルンはバズーカでリア
を殴打する。
「っあ!!」
 吹っ飛んだリアに、間髪いれずバズーカを振り下ろす。
「ぐあっ!」
 肩の装甲が破壊され、リアはくぐもった悲鳴を漏らしその場にうずくまった。
「ふぅん、やってくれるじゃないの!」
 背後からサキがバズーカを連打する。エルンはそれを滑るように交わし、ギっとサキを
にらみつけた。
「さすが、カルディアの隊長ね。怖いわねぇ。でもね」
 話しながら、サキはボムを投げつけ、そして肩のレーザーユニットを展開させる。
「男になど、負けはしないのよ!」
 レーザーユニットが素早く変形し、フラグメントクローとなり、そして一気にレーザー
の網を張った。間髪いれぬコンボにエルンの体が網にかかる。
「かかったわね!」
 空中でしびれるエルンの前に立って、サキはにやりと笑った。
 嗜虐に震える、そんな笑みだった。
「さっきの、おかえしよ!!」
「あぁっ、私も! 私の分もっ!」
 サキが殴りかかり、そして背後からはリアがレーザーを放った。
 エルンの装甲が弾け、鍛え上げられた体に血が滲む。
 激しく打ち付ける雨がエルンの体を濡らし、水滴で血が滲んで、体は真っ赤に染まる。
「んふ、気分いいっ」
「リア、あんた危なかったでしょ。ライデンの装甲に感謝なさい」
「えぇ。堅くてよかった」
 そう言いながら、リアも拳を握ってエルンに殴りかかる。
 ドス、と鈍い音がして磔のようになったエルンの体が浮き上がった。
「どう、従う気になったかしら? 降参して?」
「私たちに勝てるって、思わないほうがいいわよ?」
 リアが勝利を確信してエルンの顎を掴み、その顔を覗き込む。
 敗北と屈辱に満ちた表情を期待して、覗き込む。

 が。


「……な、満足か?」


 エルンは笑っていた。
 ひゃっ、と声をあげ、リアは思わずあとずさった。
「こいつ、笑ってるよ!」
「な、何なの?」
 ネットの戒めから放たれ、エルンはゆらりとその場に下りる。

「ぬるいんだよ」
 
 パ……ン! とまばゆい閃光が二人の目を眩ませる。
「何!?」
「アーマー、ブレイク!?」
 元からそんなに残っていなかったアーマーを自ら散らして、エルンはバズーカーをリア
に向けた。
「嘘! 装甲を脱ぎ捨てるなんて!!」
 その言葉がリアの最後の言葉になった。
 バズーカの直撃を受け、リアはその場へと沈む。
 いや、息絶えていた。
 リアの腹は打ち抜かれ、ぽっかりと穴が開いていた。

「あなた……リアを、殺したわね!?」
 
 サキはバズーカを構え、撃てるだけ撃った。
 だが、エルンにあたりはしない。
「許さないわ!」
 ボムを放り投げ、レーザーを置き、あらゆる攻撃を駆使してサキは攻撃した。
 だが、どの攻撃も当たるどころかかすりもしなかった。

「ほら、もっと撃てよ」

 口の端をニィッとゆがめて、エルンが笑う。
「くっ! くっ!!」
 幾度もパターンを変え攻撃するが、全く当たらない。全ての攻撃がかわされる。
 読めなかった。
 サキにはエルンの動きを予測する事も出来なくなっていた。

 ドウッと、エルンのバズーカが唸る。
 レーザーを放った後のサキの隙をねらった、バズーカだった。
「きゃああっ!」
 女はそれを全弾くらい、その場に倒れこんだ。
 ダメージにうずくまるサキの前に、男が立ち尽くす。
 バイナリーロータスを展開させ、笑っている。
 その様は、不気味なほどの異様な圧力があった。
「や、やめて、そうよ、私を、自由にしていいから」
 精一杯女を主張し、サキは笑いかける。
「戦場に『女』は必要ない」
 冷酷に吐き捨て、エルンは笑う。
 バイナリーロータスにエネルギーを集中させ、ぼうっと青い光が灯る。
「な、何よ、あなたいつも女連れて戦ってるじゃない! 有名よ!」
 一瞬、エルンの目から殺気が消え、そして即座に殺気が戻る。
「戦場にいるアレは『女』じゃない。ただの『戦士』だ」
「う、うそね、噂じゃかなり入れ込んでるって聞いたわよ」
「関係ない」
「あのフェイ自体は強くは無いんでしょ?! しかもかなり奔放な性格っていうわ。だから
いつも貴方が守ってるんでしょ?! そんな子供のお守り、やめなさいよ、どう考えても私
と組んだほうが、断然有利じゃない!」
 まくし立てる女に、エルンは一瞬ほうけたような表情をみせ、そして堪えきれないとい
ったように笑い出した。

「ははははは! 強い? 弱い? 奔放? 守っている?! ……はん、お前は何一つ解っ
ていやしない」

 高らかに笑い、エルンは目を見開いた。

「アイツが弱いならもうとうの昔に死んでる。そんな甘い姫君じゃないんだよ、あの女は。
奔放? 知りもしないでよく言う。守っている? 正確には違うね。俺はあいつの好きに
させてるだけだ。…………な、言いたい事はそれだけか」

 バズーカーでサキの腹を押さえつけ、エルンは笑う。
 まるで見下す様に。冷酷で残忍な表情で。
「コイツ……壊れてる」
 サキの零した言葉に、エルンはくくくくっと笑う。
「あぁ、なるほど。俺は壊れるほどアイツに夢中なのか、そうか」
 何か納得したのか、澄み切った表情で嬉しそうに笑い、そして直ぐに表情を戻す。
「な、もういいよ、消えろ。焼いてやる」
「やっ、やああああああああああっ!」
 女は悲痛に叫んだが、男は聞いてなどいなかった。
 バズーカーで放り投げるようにサキの体を宙に浮かせ、エルンはニィッと笑う。


「焼けろ。『雌』の匂いで固めた『女』なんぞ、……興味ねぇんだよ」



 青い閃光が、戦場を突き抜ける。
 同時に遠くで同じように撃破する音が聞こえた。
 アラムとノイがドルドレイを仕留めたのだろう。

 ステージの最奥で、狂気じみた笑いが漏れる。
 笑っているのはスぺシネフだった。
 何が愉快なのか。もう味方は自分しか残っていないのに。

「やはり女はあてにならんな。まぁ、いいか。敵は皆ぼろぼろだ……それに」

 雷鳴がとどろき、その光でスペシネフの顔が映し出される。
 死人の様な顔だった。
 生気のないよどんだ瞳が、うろうろと戦場を彷徨う。


「それに、時間は十分に稼げた」


 にぃっと笑うスペシネフを見て、ライデンの瞳が凍りついた。
「アラム、ノイ。……なるべく早く叩くぞ」
 じっと敵を見据える隊長を見て、アラムが首を振る。
「隊長、どう見てもあんたが一発で落ちそうなんだが?」
 アラムの意見に頷きながらも、ノイがにやりと笑う。
「アラム、くらわなきゃいいんだよ、くらわなきゃ。……っていってもマジで体限界だぜ、
本気で早く終わらせたいね」
「あぁそうだ、……一刻も早く、戻らなくては」
 声を低くしてつぶやくエルンに、アラムは眉を寄せる。
「隊長、この期に及んで自分の女に気を使ってるのか? いくらあんたでも、ふざけるの
もいい加減に……」

「違う」

 つっかかるアラムを、エルンは強く否定した。
 雨に打たれながら、エルンはぎしりと眉を寄せる。

「早くしないと、……カルディアが、カルディア自体がヤバイ」

 エルンの言葉に、ノイがひくつく。
「……まさか」
「あぁ、どうやらそういう事らしい」
「……なんだよ、解らん」
 事が把握できず、アラムは首を振る。
 が、即座にランチャーを構え意識を集中させた。

「俺が一番体力があるからな。――先に行かせてもらうッ!!」
 
 不気味に笑うスペシネフに向かって、アラムが駆ける。
 再び雷鳴がとどろき、雨は一層激しくなっていった。

      6

 時刻は少し遡る――
 
 戦艦リーベルタースの後部にある巨大倉庫。その壁に大きく開いた出口の前で、一人の
少女がじっと外を見て立っていた。
「はぁ、いっちゃった」
 少し寂しげに、エピカが呟く。
 いってらっしゃいのキスをして、手を振って。
 あの大きな出口から、エルンは出撃していったのだ。
「エルン……」
 まだ名残惜しそうに見送るエピカを見つけ、様子を見に来たガルが笑った。
「んだよ、今日はやけに長く見送るのな?」
「うん……」
 どこか元気の無いエピカに、ガルはむぅと口を尖らせる。
「心配ねえよ。お前の男はそんなに弱い男か?」
「ううん、そんなわけないじゃない。……ただ」
「ただ?」
 エピカがガルの服の裾を握って、ガルを見上げる。
 瞳が、僅かに揺れていた。
「……うん、なんていうか、変な感じなのよ。……うぅ」
 不安か何かで揺れているのか、それとも何かを感じているだろうか。
「……ったく」
 ガルはエピカの頭をくしゃくしゃと撫でると、いつもの明るい表情で笑ってみせる。
「そんな顔すんなよ! あのオッサンの言った事が、そんなに気になるか?」
「わかんない、わかんないから困ってるのにっ!」
 頬を膨らますエピカを更に撫でて、最後に拳でおでこを軽く小突く。
「きゃっ、なによぅ」
「まぁ、大丈夫だって。皆いるだろ?」
「うん、……そうね」
 エピカはくしゃくしゃにされた髪の毛を治し、ふん、と胸を張る。
「エピカねえさま!」
 とてとてと、シュトラが駆け寄り微笑む。
「ん、なぁにシュトラ」
「あの、演習、付き合ってください!」
「うん、いいわ。やりましょ。気晴らしにはちょうどいいわね! 屋外は雨だし……、ラ
ボの手前の室内用の演習場でやろ?」
「はいっ!」
 エピカはシュトラの手をとり、走り出す。
「ちょ、俺もつきあうぜっと!」
 倉庫を駆け抜ける二人を追いかけ、ガルも走り出した。


「……ちょいと、ひっかかるよな、ラロ」
 倉庫の出口近くで、タバコを燻らせながらゲルトナが呟く。
 その脇に積み上げてある木箱の上に座っていたラロが、こくんと頷く。
「やはり、気にかかりますか」
「そりゃなぁ。長らく軍人やってないぜ?」
 スパぁと煙を吐き、ゲルトナは苦笑する。
「一から考えてみましょう。今回の作戦、あまりにこちらが不利な情況を指定された。そ
して指定されたのはこちらの主力とも言えるメンバーばかり。相手さんは、余程、名を上
げたいのか、どうか」
「だな、あともう一つ気にかかるぜ」
「なんですか?」
「なんで向こうが嬢ちゃんを外したのかってことだよ」
「エピカを、ですか」
 確かに不自然ではあった。
 余程特殊な作戦で無い限り、エルンとエピカはいつもセットだし、なによりカルディア
で一番有名なのはこの二人なのだ。
 名を上げるためにそこまでやるなら、エピカをいれて叩いた方がいいに決まってる。
「わっかんねぇな。カルディアを本気で倒したいなら、わざわざ強いメンバーを指定する
必要があるかね。それとも強いメンバーを叩き潰してこそ、か? でもエピカが……」
 ゲルトナの呟きに、ラロがピクンと反応する。
「今、……なんと言いました?」
「あ? カルディアを本気で倒したいなら……」

「それだ……おそらくは……ッ!!」

 ラロが立ち上がったその時だった。
 けたたましくリーベルタースの全域に警戒音が鳴り響く。
『みなさん、僕です、エイヤです!』
 エイヤの焦った声が、艦内に響く。
『緊急警報が作動してます、えと……』
 画面を見て事態を確認しているであろうエイヤの声を聞きながら、ラロは倉庫の壁をト
ンと叩いた。すると、何もない鉄板の壁からコンピューターの画面が立体表示で現れ、そ
れにERLを無造作に突っ込むと、ラロは落ち着いた様子で話し出した。
「エイヤ、聞こえますか、ラロです」
『へ!?』
 急に離しかけられたエイヤがびくりとなり、その様子をみてゲルトナもぶふぉっと噴出
す。
「まてぃ! 倉庫にそんな仕掛けねえよ!」
「いやいや、私にかかれば、これくらい簡単な事です。こういうのなら、リーベルタース
のいたるところに仕掛けてありますよ」
「いやいや、いつ改造したんだよ! つか、配線とかどうなってんだよ!」
「――何のために自販機裏に篭ってるとでも?」
 常に無表情な筈の顔を強引ににやりとさせて、ラロは話を続ける。
「エイヤ、どういう警報ですか」
『それが、所属不明の何かが、凄い速さでこっちに来ていて……!!』

「やはり、そうですか」

 細い目を一層細めて、ラロは呟く。
「みなさん、一度倉庫へ集まってください。重要な話があります」
 ラロはエイヤの放送に割り込み、皆に知らせる。
 じわり、といやな汗をかきながら。


 数分しないうちに、全員が倉庫へと集まった。
 エピカにガル、メル、ゲルトナ、ラロ、ラキエータにシュトラ、そしてエイヤだ。
「何事なの? 説明して、ラロ」
 演習中そのまま抜け出してきたのか、エピカはリバースコンバートしたままの状態だ。
「何者かが向かってきています。おそらくは隊長達が戦っている敵と関係があるでしょう。
そして彼らの目的はおそらく――」
「おそらく?」
 

「カルディアの壊滅です」


「……なによ、それ」
 目を見開き驚くエピカに、ラロが頷く。
「ご存知のとおり、うちはそこそこ有名です。まぁ、疎まれる事もある。邪魔に思われて
いる事も、無いとはいえない。そろそろ潰しにかかろうとする勢力があってもおかしくは
ないかな、と、僕はそう思っていました。……まさか、本当にそうなるとは、思っていま
せんでしたけどね」
 なにやらERLをあちこちへ飛ばしながら、ラロはぽつぽつと説明する。
「つまり、これから攻撃されるって、事なのですか?」
 シュトラの問いに、ラロが頷く。
「……って事はだな、戦力次第じゃ、つぶされる……って事か!?」
 ガルの言葉に、またラロが頷く。
「こちらを不意打ちで襲撃するなど、明らかに協定違反ですし、だから秘密裏に行われて
いる可能性が大です。ですから、そこまで大規模な戦力投入はされないと見ますが……」
「ね、ラロ」
 ラロの説明を、エピカが遮る。
「カルディアを壊滅って事は……。そうよ、エルンが、エルンたちも危ないじゃない!」
 エピカの声に頷くように、シュトラがさっと手をあげる。
「えぇ、多分そうです。見てください!」
 シュトラが手持ちの小型パソコンを弄り、ノイがこちらに送ってきた向こうの状況を把
握する。そして、シュトラの手がふるふると震えだした。
「た、大変です、ドルドレイ五機にグリスボックが十機、それに……ライデンが三機にス
ペシネフが……一機」

「うん、……解ったわ」

 エピカはかつかつと歩きだし、外へと開いている出口を睨む。
「敵がどれだけ来るかは知らないけど、ぶち倒してエルンたちを助けに行くわ」
「いや、エピカ、助けるのは違反に……」
「だまってラロ。……こっちを襲撃する方が余程違反じゃない。許さないわ」
「……まぁ、確かに」

「ラロ、絶対敵のしっぽを掴んで。残りの皆で、この艦を徹底防衛よ、いいわね」

「しゃあねえ、やるか!」
「了解」
「わかりました、姉さま」
「了解、まぁ、派手にやろうぜ?」
「……了解です」

「絶対負けないわ。カルディアは、潰させないッ!!」

 不意にブサーが激しくなる。
 ラロがコンピューターを操作しふむ、と頷く。

「敵機把握、……おや、奴さんなかなかに本気だね。テムジンが二機、サイファーが二機、
スペシネフも二機、そして……フェイが一機、計七機ですね」
 
 フェイはうん、と頷き、そして笑う。
「エルンたちに比べたら全然ましね。一人一機、二人一組でいきましょ。ガルとメル、ラ
キとゲルトナさん、シュトラとエイヤ、私は一人で……」
「いや、そりゃダメだ」
 ゲルトナが割って入る。
「俺は一人で十分だ。嬢ちゃんはエイヤとだ。ラキエータ、お前も一人だ。シュトラはラ
ロのサポートをしろ。シュトラは実戦には早すぎる」
 ゲルトナは経験豊富なだけあって、指摘は的確そのものだ。
 頼りになる仲間の存在に、エピカの表情がほころぶ。
「……そうね。ごめんなさい、そっちの方がいいわね。シュトラ、無茶いってごめんね?」
「いいの姉さま。私、ラロさんを完璧にフォローして見せます」
 シュトラは笑顔だ。
 エピカはもう一度気合を入れなおし、ふん、と構える。
「この戦艦に被害が出るのは避けたい所です。だから僕の指定する場所までどうにかして
戦力を分散させてください。なんとかします」
「解ったわ。頼りにしてるわ、ラロ」
「お任せを。場所は三箇所。甲板演習場中央、三階カフェテリア、この倉庫のいずれかに
誘導して、そして出来るだけ敵に寄っていてください」
 説明が終わると同時に警報が鳴り止む。
 敵がもう近くまで来ているという証だった。
「OK。……さ、みんな、出るわよ!」 

 皆、一斉にリバースコンバートし、倉庫の出口から出撃していく。
 先頭のエピカがこぼす、テイルフランジャーの光の欠片を追いかけるように。

「……さ、シュトラ、手伝ってくれるかな?」
「了解です!」


 はるか上空。リーベルタースを捕捉して、フェイ―イェンの少女がにこりと笑う。
「あれがリーべル……なんとかかぁ。あれをのっとれば、いいのよね! ね? 私の愛し
いカウサ……っ☆」
 きゃいっと身をくねり、フェイ―イェンはキリっとポーズを決める。
「さーいきますよー! みなさーんっ!」
 のんきな掛け声とともに、一斉に部隊が急降下する。
 それを見下ろす少女は、あくまでも普通の女の子のそれだった。



『fate encounter 戦場に響く恋唄』へ続く>


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