7
ざあざあと冷たい雨が頬を叩く。
「ははん、おいでなすった、あれが俺らの敵か」
黒くよどんだ空のはるか上空より、一筋の光がまっすぐに降りてくる。
それを見上げてラキエータはにやりと笑った。
重々しい、まるで二人羽織のような装甲を背負うように装着しているというのに、その
表情はあくまでもさわやかだ。
「じゃ、やつらをバラすぜー。……くらええええっ! 俺の濃いのをぶっかけてやらあぁ
!!」
一団となって降りてくるVRに向かって、ミサイルをフルで打ち込む。
いくつもの白い軌跡を空に描いて、雨雲を引き裂きVR達へ奔る。
ラキエータの射撃の腕はカルディアでも一、二を争う。その正確な打ち込みに気づき、
DNAのサイファーが味方に拡散するように指示をだした。
――まさに、狙い通りだ。
「うらぁ散りやがった、ビンゴだぜ! んじゃ、皆、よろしくやれよ!」
「おうよ! トンファーでぶん殴ってやっぜ」
「あぁ」
戦艦の前方へ散ったサイファー&スペシネフを確認し、バトラーのガルとストライカー
のメルが気合十分で追いかける。
「さすがラキ、やらしい狙い方するぜ。じゃ、いっちょやるかね」
倉庫の方角へと飛んだスペシネフを狙い、ドルドレイのゲルトナが滑るように追いかけ、
「じゃ、俺はあの紫な」
「うん、お願いね」
ラキエータは若干外れて飛ぶサイファーに照準を定め、エピカにピッと敬礼しゴウッと
飛び去っていった。
「シュトラ、現状はどうなっていますか?」
ひじ先でキーをたたきながら、ラロが小さく尋ねる。
「はい。皆上手く敵をひきつけています。現在、演習場近くでガル・メルがサイファー・
スペシネフを、倉庫前でゲルトナがスペシネフを、カフェテリア付近でラキエータがサイ
ファーを。上空でエピカ・エイヤはもうすぐテムジン二機と遭遇する様です」
「いい具合だ。さすがはカルディアメンバーズ。……じゃ、順番に行きますよ?」
ゆらりと立ち上がり、ラロが強引に口の端をあげる。
「この艦は、絶対に沈めさせませんからね?」
戦慄するほどの気迫を発するラロに、シュトラがびくりとなる。が。
「じゃ、まずはガル組から〜」
その気迫と無表情のまま、ラロはくねくねと踊りだす。
(ぷふううう!! って、え!? 何!?)
急に始まった奇妙なダンスに、思わずシュトラが噴出す。
だがその表情はすぐに変化させられた。
「そいっ!」
ラロはモニターに写るガル達をみて、くいっと腰を動かす。
「ワープ♪」
緩やかな掛け声とともに、水色の光がわわん、と四人のVRを囲む。
VR達の頭の上に、ERLがいつの間にか設置されていたのだ。
「ERLだと!?」
「うぇっ、何!?」
驚く敵の事など(ついでに味方も)まったく無視してラロは四人を瞬時にどこかへと転
送する。
「そーれ♪」
同じようにして、ゲルトナも、ラキエータもそれぞれ同時に敵と一緒にどこかへと転送
されていったのだった。
「う……うそ、いつの間に?」
あんぐりとするシュトラをみながら、ラロはくるくると踊りを終える。
「いつだって、先手先手ですよ。できる限り、ね?」
VR達を追うモニターは、それぞれが異なる場所へと飛ばされた事を示していた。
ガル達はエアポート、ゲルトナはウォーターフロント、そしてラキエータはアウトバー
ンへと。
ラロはそれを確認した後、エピカとエイヤに回線を開く。
「エピカ達はそのまま降下して甲板で戦ってください。さすがに、少し疲れました」
ぱたん、と座り込みラロはあとをシュトラに任せる。
『了解よ、ラロ。後は私達がやるわ』
凛としたエピカの声に、ラロがこくんと頷く。
「――シュトラ、彼らのサポートはまかせました。僕は僕にしかできないことをやりまし
ょう」
「わかりました。がんばります」
シュトラは小さく細い指を正確にうごかし、キーを叩く。
戦いが、リーベルタース防衛戦が今はじまったのだった。
8
散っていく仲間たちを確認して、エピカは真っ暗な空を見上げた。
残ったVRはテムジン二機だ。
一緒にくるかと思ったフェイ―イェンは降りてくる気がないのか、はるか上空で留まり
動き出す気配もない。おそらくは雨雲の上にでもいるのだろう。
おそらく、フェイ―イェンがリーダー機なんだな、とエピカは睨む。
よほどの事がない限りは降りてこない、という事なのだろう。
「こないのね、フェイ−イェン。高見の見物とはいい身分ね」
エピカは愛用の剣を握り締め、ふふん、と笑う。
だが、それは決して余裕から来る笑みではないことを、隣に立つ10/80――、エイヤは知
っていた。
少女の手が、僅かに震えているのを見つけてしまったからだった。
エピカが出撃する時は、いつだってエルンが、あのライデンが一緒なのが常だった。
彼女は彼がいるから自由に舞い、その彼女を完璧に知る彼だからこそできる戦いを二人
は繰り広げていた。
その戦いは、見るものを魅了するような、鮮やかな一撃必殺。
エピカが斬りかかり、それを阻止しようとする者がいれば、エルンが問答無用で妨害し
片付けていく。
エピカの戦い方は完全にセオリー無視のやり方だ。アラムはいつも、『あんなめちゃく
ちゃな戦い方は認めたくはない』とこぼしている。
自由で、でも強くて。
エイヤは、そんな彼女から目が離せなかった。
エイヤの知る戦場でのエピカは、いつだって笑顔だった。
そして、目もくらむ程まぶしく輝いて見えた。
彼がいるという安心感が、そうさせていたのは間違いなかった。
そう、彼がいるから、彼女は輝いているんだ。
「フェイ、僕だと、不安?」
エイヤが小さく尋ねる。
ぴくり、と肩をゆらし、紫の髪を揺らしてフェイ−イェンが振り返る。
「……馬鹿ね。テンパチは強いから、この部隊にいるんじゃない。何が不安だって言うの
よ」
「僕、階級は二等兵だけどね」
「階級なんて関係ないわ。あんなの、飾りよ。あんたがRNAの試験をトップで抜け出た
事、私知ってるわよ。ていうか、正直、なんであんたがテンパチなのかが不思議なくらい
なんだけど」
「まぁ、ね」
エイヤは苦笑し、あははと笑った。
エイヤは、決して自分が弱いと思ったことはなかった。
シュミレーションをすれば必ず成績はトップだったし、演習で負けたことも殆どない。
カルディアに来てからも、まだ戦場では一度も撃墜されていないのだ。
RNAの試験を終えた時、監督官であったガイツが、こう言った。
「君は最優秀の成績だ。好きな部隊を選び、好きな機体を選択する権利がある」
ガイツはずらりとVディスクを並べ、にやりと笑った。
どれも良質なディスクばかりで、テムジン、アファームドはもちろん、高価なライデン
等のディスクも揃えられていた。
「……じゃ、僕はこれで」
エイヤが示したのは、10/80のディスクだった。
それを見て、ガイツが驚いたように笑う。
「何故。これを?」
「……こいつが、一番しっくりくるから、呼んでるから……です」
シュミレーションで全機体を試したが、一番自然に動けたのはこの10/80だった。
量産機だの旧型だのといわれるこれが、エイヤの体には一番なじんだのだった。
「なるほど、それは重要だ。……まぁ、好きにしたまえ」
Vディスクを手に取り、意識を集中させる。
するとディスクが光を発し、体の中へと溶け込んでいく。まるで、欠けていた何かが埋
まっていくような、不思議な感覚だった。
即、リバースコンバートさせてみる。
10/80の装甲がエイヤの体を包み、まるで元からあった体の一部の様にしっくりとなじん
だ。
氷堂鋭矢が、エイヤに、10/80になった瞬間だった。
「希望する部隊は……特になし、か。ならばカルディアへ行くといい。君の力があれば、
きっと楽しめるはずだ」
ガイツの指示に従い、カルディアへと来て……
――そして、エイヤは出会ってしまった。
自由に戦場を走り回る少女。
自分を見切っているが故に、エイヤは自由な彼女から目が離せなかった。
負けを知らなかった自分を打ちのめしたのは、彼女を守る男だった。
自分のあらゆるセオリーをうちくずす力を見せ付けられ、心の底から尊敬した。
気がつけば、二人を目で追っていた。
そのうち、少女のみをじっと見つめていた。
少しでも彼女を理解してみたくて、戦闘中も目で追った。
その度にエイヤは思い知った。
彼女の可愛さと強さと、無邪気さと、存在の大きさを。
そして、無条件で諦めてしまえる程の、あの男の――隊長の大きさを。
「……ね、フェイ」
「なぁに?」
少年の小さな呼びかけに、くるりと少女が振り返る。
赤く澄んだ瞳に少年を写し、少女は不思議そうに首を傾ける。
降りしきる雨にさらされる少女の体には水が滴り、頬を伝う雨粒はまるで流れる涙の様
だ。
どくん、と心臓が脈打つ。
名前すら呼ばせてくれない副隊長。
どんなに思っても、触れられない副隊長。
恐怖に震えても、愛する人を思い、それでも凛と立ち向かう副隊長。
あどけない表情を見せる、副隊長。
あぁ、そんな彼女が、どうしようもなく愛しいんだ、本当に。
僕は、そんな彼女の為に、何ができるんだろう。
いや、僕は何がしたいんだろう。
僕は――
「ね、フェイ。僕、ううん、俺、絶対君を守り抜くから」
「……馬鹿言わないで。私よりもあなた自身をちゃんと守り抜いて」
「そんなの、当然だ」
「……誰一人、欠けるなんて許さないんだから。あなただって、そう」
一瞬、フェイがすごく心配そうに、俺をみるんだ。
あぁ、なんでそんな目でみるんだよ、
やさしいんだよ。
可愛いんだよ。
なんで、なんであの男のもんなんだよ。
「心配しないで、フェイ。俺は絶対負けないから。……隊長の代わりになんか、なれない
だろうけど」
「……? 何言ってるのよ、一緒に戦うんだし……別に代わりとか関係ないわよ」
「ははは、そうかな」
隊長はフェイのすべてを知ってる。
戦闘の癖から、思考、……それ以外も、なにもかも。
俺には全部なんてとても分からない。知るはずも無い。
でも、俺はずっと、ずっとフェイを見てきた。
「相手はこっちの部隊そのものをつぶしにかかってきている。それだけの力があるやつが
来てる筈だと推測できる。数が少数な分、隊長達の所のVRよりも単体の力は上の可能性
が高いよ」
「……なるほど、冴えてるわね、テンパチ」
「……あはは、ありがとう」
フェイが少し微笑んで、やさしい言葉をくれる。
あぁ、どうしよう。彼女にほめられると、こんなに素直にうれしい。
気持ちがうわつく。熱くなる。
もうすぐ戦闘が始まるっていうのに。
――本当にどうしようもない。
俺のこの気持ちは、――どこへ行けばいい?
「ね、フェイ、お願いがあるんだ」
「なぁに?」
急降下してくる二体のテムジンを確認して、俺とフェイは甲板にある演習場へと下りる。
ここでテムジンを迎え撃つ。
やつら、動きがいい。……間違いない。アレはかなりの場数を踏んでる。
だけど、負けるなんて許されないし、何より俺自身が許せない。
少年はランチャーを構え、少女はソードを構える。
雨が激しく叩きつける甲板に、二体の青いVRが降り立つ。
何もいわず睨みつけてくるVRは、正に戦闘兵器といった雰囲気を漂わせていた。
「で、何よ、お願いって」
「この戦いの間だけでいいから」
「なぁに? いいなさいよ」
「この戦闘の間だけ、……エイヤって呼んでほしい」
「……え? え、う、うん? 分かったわ」
「あと」
「何?」
「エピカ……って呼ばせて」
「……、好きにしていいわよ。その代わり、負けるなんて許さない」
ゴゴゴ、と雷鳴が轟く。
それを合図にテムジンがガシャリとランチャーを構えた。
「俺は、絶対に守らなきゃいけないんだ」
「……?」
あぁ、エピカが僕の言葉を不思議がっている。
守るもの。
僕が守るべきもの、それは……
「何かあったら、隊長に、おこられるじゃすまなさそうだし」
この言葉の半分はそのままの意味だ。
でも半分は違う。
「エピカ……俺」
「……何?」
「俺、決めた」
小さくつぶやいた言葉が、爆音にかき消される。
「え……?」
「エピカ、いくよ!!」
「……え、何て……、――って、もうっ!」
雨のようにテムジンの弾が降り注ぐ。
降り注ぐ弾の隙間を縫うように、エイヤは甲板を走った。
9
激しい雨の合間に雷音が響きだす。
海は荒れ、高くうねった波が戦艦の腹を打ちつけていた。
テムジン達の動きは早かった。
まるで一気に戦闘を終わらせようとしているかの様に。
連携の取れていない二人をあざ笑う様にして、問答無用で追い詰めていく。
「きゃぁあっ!」
狙われたのはエピカだった。
エピカの動きが悪かったわけではない。むしろ普段となんら変わらない動きだった。
普通の敵ならば、エピカの気まぐれな動きにペースを崩され、幻惑され、エピカの剣で
両断される所なのだが――
「……くそ、マジで潰しに来てるのかよ」
テムジンのけん制をかわしながら、エイヤが眉を寄せる。
奴らの動きは、明らかにエピカを『知っている』動きだった。
あの気まぐれな動きと攻撃を悠々と避け、いたぶる様に一番嫌がるタイミングで打ち込
む。
まずい、とエイヤの直感が告げていた。
前ダッシュからの射撃に挟まれ身動きができないフェイーイェンを狙い、手前に居たテ
ムジンがソードを振り上げ斬りかかる。
「ったく、つまんない攻撃しないでくれる!?」
斬りかかったテムジンの攻撃をガードし、エピカは素早く剣を振りぬいた。
エピカの斬戟が浅く入り、テムジンの腕に赤い筋が浮かぶ。
「……」
テムジンは押し黙ったまま、一歩後退する。それを追って剣を振りかざすエピカの背後
を、もう一体のテムジンが狙っていた。
背後から狙っていたテムジンが、ぴたり、と動きを止める。
肩口をざっくりと斬られ、赤い血がごぷりと溢れる。
「俺がいること、……わすれんなよ!」
エイヤの赤い瞳が、熱い意思でめらりと揺れる。
「……貴様っ!」
テムジンは苦痛に顔を歪めたが、そんな事など気にもしないかの如く剣を振り上げた。
「……」
それに対してエイヤは冷静だった。
素早く剣を持ち替え、下から一気に斬り上げる。
エイヤのビームソードとテムジンのブリッツセイバーがギィンとぶつかり合い、二度、
三度と光の火花を散らす。
「…………お前、唯の10/80じゃないな」
ソードを競り合わせながら、テムジンがくぐもった声を漏らす。
「……さぁね。まぁ、そこら辺の素人と一緒にされたくは……ないね!」
テムジンのブリッツセイバーを弾き、エイヤはタタンと素早くテムジンの脇に回りこむ。
その時。
「んあぁあああっ!」
エピカの悲痛な叫びが、エイヤの耳に届いた。
いやな予感がエイヤをぞくりとさせる。
「エピカ!」
斬りあっていたテムジンをランチャーでけん制しつつ、視線を叫び声の方へと走らせる。
そして、目に飛び込んだその光景に、息が止まった。
腿から膝まで深く切り裂かれ、少女はその場に倒れこんでいた。
「……っ!」
溢れる怒りを、必死に冷静な心で落ち着かせる。
どうしてそうなったのか、エイヤにはすぐに理解する事ができた。
エピカは天性の勘とも言うべき能力で戦場を飛び回る。
だが反面、教科書どうりの様な型にはまった攻撃に弱い所があった。そして、挑発にも
のりやすい。
テムジンたちは勝つためだけの攻撃をしている。なんの派手さも演出もない。
一見地味な、じわじわと追い詰めるような戦法だ。ある意味、エピカが一番嫌うタイプ
とも言える。
エピカはそんな攻撃――執拗に打ち込まれるダッシュからの攻撃に、痺れを切らしたの
だろう。
前へ出た所で脇に回りこまれ、そして――
「――くそッ!」
10/80は全速力で走り、少女の元へと向かう。
だが、それを阻むように二体のテムジンがエイヤに銃口を向けた。
ドウ、ドウと進路を塞ぐ様に打ち込まれ、だがそれをエイヤは滑る様に回避していく。
「……そんな攻撃が、俺に当たる訳ないだろ!」
エイヤはボムを投げつけ、叫んだ。
バルカンやカッターでけん制、そしてレーザー打ち込み、エイヤはテムジンを怯ませる。
狙いすました一撃が、テムジン達の足を捕らえたのだ。
そして、両テムジンが攻撃を受けた反動で怯むと同時に――雨が強くなった。
空は一層暗くなり、雷雨が激しく甲板を打ちつけ、戦闘するには不向きな状況へと変わ
る。二体のテムジンは雨に紛れ距離をとり、少し遠くから様子を伺っているようだった。
それを確認し、エイヤはエピカの元へと一気に駆け寄った。
「エピカ!」
「……ぁ」
足を押さえ、がくがくと震えながらエピカは見上げる。
アーマーが砕け、素足が剥き出しになった足の傷口からは白い骨が見えていた。雨に濡
れ、血がどんどん広がっていく。
「……ミス……っ、ちゃった」
震えながら、少女は悔しそうに、そして安心させようとするように少年に微笑む。
「……っ」
ぎりりと奥歯をかみ締め、少年は首を振った。
目の前の事実が、心に突き刺さった。
「――ごめん、エピカ」
「……え、何? 私……は、ひゃっ!?」
少年は一言謝り、少女を抱え上げた。
雨に濡れた少女は、予想よりも軽かった。
人としての重さは十分にある。だが、意外な程軽く感じたのだ。
光の欠片になって、そのまま消えていなくなってしまいそうだった。
触れちゃいけないものに触れている気がして、腕が震える。伝わるぬくもりを感じては
いけない気がして、離してしまいそうになる。
緊急事態だからしかたないんだ、と心のどこかが言い訳を始める。
揺らぐ心を現実に引き戻したのは、抱き上げた腕に絡みつく血のぬめりだった。
首を左右に振り、少年は顔を上げた。
「走るよ、黙ってて? 舌、噛むから」
エイヤは甲板でも比較的安全そうな場所を探してぐるりと見渡す。
船首近くに大き目のコンテナがおいてあり、そこならばまだ安全だと判断しエイヤは走
りだした。
コンテナの陰に下ろし、エイヤは簡単な応急処置を施す。
止血程度にしかなってはいなかったが何もしないよりはましだろう。
「……エピカ、もう動かなくていいよ。――俺が、あいつらを始末するから」
エイヤはエピカの前に立ち、ランチャーを握り締める。
「……何いってんのよ、あいつら、強い……のよ?」
それでもまだ立ち上がろうとするエピカを制止して、エイヤは笑う。
「そうだね、でも俺、ああいうやつらの――殺り方、しってるから」
「……何、それ」
「隊長程じゃないけどね。……俺、今ちょっとマジなんだ。これ以上、――君を傷つけさ
せやしない」
今まで見たこと無い程の真剣な表情の少年を見て、エピカは少し驚いた顔をみせる。
その表情は、あの男と少しだけ似た気迫があった。
少女の体が、思わずじわりと熱くなる。だが同時に、少し怖くもなっていた。
「……ね、どうしてそんな、真剣なの? 少し、怖いよ」
何故怖いと思ったのか、少女は分かってはいなかった。
ふと、少年の後姿が、その背中が少女の赤い瞳に大きく写る。
その背中が、よく知っているあの背中とかぶって見えた。
――まるで、あの男の背中の様に。
それは他のメンバー達の見せるそれと違う、何か強烈な想いを秘めた、そんな背中だっ
た。
「怖い? ……ごめん。でも、ホント、今マジなんだ。こんなにマジになるはずじゃ……、
なかったんだけどね」
「どういう、事?」
戸惑う様に見上げる少女に振り返り、少年が苦笑する。
「正直に言うよ、エピカ」
「……、何?」
雨に打たれ濡れたまま、少年は少女を見下ろす。
「俺、エピカの事、好きなんだよ」
「え……」
少女は少年の言葉の意味が分からず、だがその言葉を心の中で反芻してすぐに意味を理
解した。
「え……、え?」
思わず赤面する少女を見て、雨に打たれ濡れた少年は本当に困ったような表情で笑って
いた。
「……好き、好きって……その」
「うん、そういう、好き、なんだよ。でも分かってる、エピカには隊長がいるし。ていう
か隊長とやりあう気はないよ? 勝てる気もしないし、勝負する気になんかなれない。て
いうか、エピカは僕の事なんかより隊長の事、……愛してるだろ?」
「…………そりゃ当然よ」
頬を膨らませ、だが愛する男を思い出し少女はほんの少し表情を緩ませた。
そんな彼女を、やはり可愛いと思う。
(……困ったなぁ)
少年はどうしようもない自分に、もう笑うしかなかった。
彼女が好きというのも真実だったが、どうも、隊長の事を愛している彼女の事も好きら
しかった。
本当に、どうしようもない。
「ね、どうしてそんなこと……言うの?」
「わかんないよ。でも困らせる気はないんだ。だから、別に俺、エピカに嫌われてても…
…別に構わないんだ。これは、俺の勝手な気持ちなだけだから」
「……私、別に嫌いなんかじゃないわよ?」
「……そうな、の?」
「うん、好きよ」
迷いの無い少女の言葉。でもその好きは、決してそういう『好き』ではない事を少年は
解っていた。
それでも、嬉しかった。
「……ありがとう」
少年はランチャーを構え、微笑んだ。
心はもう、決まっていた。
その決意はこの部隊を守り抜く決意。
その決意はこの戦艦を守り抜く決意。
その決意は、この少女を守り抜く決意。
敵は俺たちを殺す気だ。
エピカの足の状態はよくない。一刻も早く、戦闘を終わらせラボへ連れて行きたい。
今まで戦闘で負けたことは殆ど無い。
だがその勝利はあくまでも『試合としての勝利』に似たものだった。
今この場で展開している戦いは、国際戦争公司の目の届かない、非公式の戦いだ。
今までと一緒なんかじゃない、それじゃ絶対にだめだ。
できることならと避けてきたけど、やっぱり戦いは戦いなんだと、思い知る。
どんどん血の気が引いていき、青くなっていく少女の姿がなによりもの真実だ。
綺麗事じゃ勝てない。変な気を回していたんじゃ、奴らから、この少女を守れない。
足元に広がる、赤い帯。
それが、何よりの証拠じゃないか。
奴らは、本気でエピカを殺そうとしたんだ。
そうだ。――これは、本当の、俺の戦争だ。
少年は決意する。
力があった故に避けてこれた道を、今まさに、踏破する気だった。
「俺、VRを、あいつらを殺すよ。君を守る為なら、人も殺せそうだ」
「……エイ、ヤ……?」
声を震わせ、少女は少年の名を呼んだ。
その声その一言に、少年の心が一気に熱を帯びる。
それだけで、もう十分だった。
「いってくる、エピカ。俺、あいつら殺してくる」
雨が不意に弱くなり、雨雲が薄くなる。
それを合図にテムジンたちが動き出す。
戦士としてのひとつの壁を、少年が越えようとしていた。
報われることの無い筈の心は、なぜかいつもより幸せだった。
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