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(09.06.01更新)


・『fate encounter 戦禍の序曲』

 

「それは、あまりに厳しい条件ではないですかな?」
 RNA前線基地。
 その最奥にある上官専用の部屋に、怪訝そうな声が響いた。
 自慢の八の字髭を整えながら、ガイツ少将はモニターを細目で見ていた。
『いやいや、そうは思いません。この戦いにそちら、RNAが勝利すれば、破格の賞金が
手に入るではありませんか』
 ガイツが話しているのは国際戦争公司の仲介人であった。

 国際戦争公司は、限定戦争を管理する戦場の管理人だ。
 大企業やなんかのスポンサーの意見を汲み取り、それをDNAとRNAに分配して争わ
せる。スポンサーの意思次第では大規模の戦闘を組まれる事もあり、そして今回も、そう
いった大規模な戦闘の提案があったのだが……、

「それでもこれはふざけているな。こちらが数の上で、あまりに不利ではないですかな?」

 相手の――DNAの戦力は正確に明らかにされてはいない。だがグラフである程度示さ
れているので予想は可能だ。数だけで言えば、こちらの三倍だ。ふざけているにも程があ
った。
 しかも、向こうはこちらの戦力を指定してきていた。
 指定されている戦力は、ガイツの庇護の元にある部隊。

 独立部隊カルディアだ。

 カルディアは、ライデンとフェイイェンを中心とする独立部隊で、その強さはほぼ無敗。
仕事も早く、汚れた仕事すらやってのける『便利』な部隊だった。
 ただ、その功績のせいで、DNAはもちろん、同じRNAからも疎まれている部分があ
る。
「わざわざ、カルディアを指定、ねぇ?」
 カルディアを撃破したとなれば、相手の名はそこそこ上がるだろう。
 だからこそ、この戦力投入なのだろう。
 カルディアは決して弱くはない。チームワークも取れている部隊だ。
 だが、ただ数で押せば勝てるわけではない。
 相手もそれをわかっているのか、指定はそれだけではなかった。
 出撃VRの指定まで、してあったのだ。
(全く、これほど解りやすい喧嘩もないね)
 ガイツは脇で控えていた少年を呼び寄せると、ちょこんと膝に座らせる。
「ガイツさま、……また、厄介ごとですか?」
 心配そうに小声で尋ねる少年に、ガイツはにこりと微笑む。そしてマイクを手で遮って
少年の耳元でそっと囁いた。
「君は気にしなくても構わない。君がここにいてくれれば、私は心穏やかだよ」
 それはきっとガイツの本心なのだろう。
 だが、それとは逆に表情は潮が引くように鋭くなっていく。
「……賞金だけ、というわけではあるまい?」
『もちろん、特典がつく。ボックシリーズの優先配給、だ』
「……なるほど、ねぇ」

 ガイツは思考を巡らせる。
 あらゆる損得を勘定にいれ――、そして、ニヤリとわらった。


「勝率が、きわめて低い。いいねぇ。RNAは受けてたつよ」


『了解した』
 契約が交わされ、交信が途切れる。

 ガイツは、やれやれと首を振りながら、それでも笑っていた。
「……ガイツ様?」
「気にするな。愉快なのだよ。……さて、通信可能な会議室を手配してくれ。カルディア
に、事をつたえてやらねば、な?」
「了解です!」
 少年兵は軽快な返事ととも膝から飛び降り、ぴっと敬礼してみせる。
 その様子にガイツは満足げに表情を緩めた。


 モニターの向こうで若い将官が腕を組んでいた。
 返信を待ち、ただじっとモニターを睨んでいる。
 ふと、モニターが明滅し、画面の向こうに見慣れた仲介人が現れる。
「で、どうなりましたか?」
『RNAは条件を飲んだ。あとはそちらも書類どうりの機体を配備してくれ』
「えぇ……、もちろんです」
『くれぐれも違反は無い様にしてくれ。……それ以外の事は、こちらは一切関与しないか
らな。……わかっているな?』
「当然ですとも。国際戦争公司『様』?」
 通信が途切れ、男はぎしりと背もたれにもたれかかる。

「さぁ、戦争だ。君の望む、凄惨な戦場だ。……存分に、いけ?」
「――了解」

 男の後ろで、狂気じみた笑みがこぼれる。


 戦争が、始まろうとしていた。

      1

 戦艦リーベルタース。
 独立部隊カルディアの本拠地であるこの戦艦は、衣食住からある程度の娯楽施設、もち
ろん軍備の施設も整っているという、戦う者にとっては天国に等しい場所だった。
 そして、ここは一人のわがままから特別に作られた特異な場所でもあり、ここを使用す
るのもたった一つの部隊に限られていた。
 リーベルタースを独占するその部隊の名は、独立部隊カルディア。
 隊長であるライデンのエルンを中心に十四名で構成される自由奔放な部隊である。

「くぅ〜! 飯うめー!!」
 バトラーのガルが満面の笑みで昼ごはんをかきこむ。燃えるような赤い髪の毛と灼熱の
赤色の瞳が印象的な、いかにもバトラーなガタイのこの男は、三杯目のご飯をおかわりし
ようとしている所だった。
「フアハハ、おめぇ、食いすぎだよバカ」
 その隣で同じく食事をしているのは、ガルとは真反対の外見を持つ男だった。
 眉目秀麗、容姿端麗、薄く筋肉ののった細めの体に、さらさらの金髪。やわらかい夕焼
けの様な瞳。女心をいとも簡単に射止めてしまいそうな外見を持っているのは、グリスボ
ックのラキエータだった。
「んだよ、ラキだってうめえっておもうだろ?」
「まぁな? だけどな……」
 ラキエータはこれ以上無い程切なげな表情を作り、窓の外へ目をやる。

「いかんせん、この部隊は、女が少ない」

 この台詞に、そのまたとなりで食事をしていたテムジンのアラムがげんなりとした顔で
首を振った。
「お前、また『女』か。お前、二言目には女って言うな?」
 怪訝そうなアラムの物言いに動じる事も無く、美形の男はフフンと笑う。
「女はいいぜー。やわらけぇし。可愛いし。あー! こう、あれだな! 毎日とっかえひ
っかえ女の子と遊びてぇよな!」
「お前の見た目ならできるじゃん、てか、やってるだろ? うおぉ、このチャーハンうめ
ぇ」
「まぁな? まぁ、オレはVRとしても、そこそこは優秀だしな!? ふひひ、オレのミサ
イルはいつでも準備万端だぜ……」
 箸を持ったままおもいっきりポーズをキメるが、その台詞のせいか今一きまらない。
 そう、ラキエータは無類の女好きなのだ。
 そして外見と相反して、その口から出てくる言葉は粗暴……というより下品なのだった。

「お兄ちゃん。もっと普通にしてて」

 甘える子猫のような可愛らしい声に、思わずラキエータの背筋がピンと伸びる。
 男達の背後に立っていたのは、若干十三歳のシュトラールだ。
 黒髪を左サイドでくくり、飴玉のようにまるい瞳はきらきらと赤い。きゅっとひきむす
んだ口元は意思の強さを垣間見せる。機体はシュタインボック。シュトラールは幼い外見
からは想像もつかないほどの知識を頭に詰め込んだ、なかなかに『出来た』女の子なのだ
った。
 そんなシュトラールは、このラキエータの妹だった。
 ラキエータに強引にカルディアに見学に連れてこられ、そこでフェイ―イェンとエンジ
ェランの演習をみて、入隊を決意。必死の努力あって、見事入隊して見せた若き有望株だ。
「おぉお、いとしの妹、シュトラじゃないかっ!」
「やん、こっちこないで! スープがこぼれます!」
 抱きつこうとするラキエータをヒョイと避けて、少し離れたテーブルに食事の乗ったト
レイを降ろした。
「くぅう、兄ちゃんの何が不満だって言うんだ。こんなに愛していると言うのに」
「お兄ちゃんの愛なんていりません」
「ちくしょう」
 本気で悔しがるラキエータを見て、アラムがにやにやと笑う。
「女好きでシスコン……、お前、終わってるな」
「シスコンの何が悪い!?」
「……私が迷惑です」
「しょげんなよ!! ほら、から揚げもうめえから、食えよ!」
 リーベルタースの食堂は、いつもこんな感じで賑やかだ。
 窓の外は快晴。
 明るい初夏の日差しが差し込む食堂に……、不意に全艦放送が響き渡った。

『はーい。みなさーん。エピカですよー』

「んあ?」
 チャーハン用のれんげをくわえたまま、ガルが顔を上げる。
 アラムはイラッとした表情で天井に設置してあるスピーカーを睨みつけた。

『現在一二時二十四分。十三時三十分より緊急会議があります。大事な事みたいだから、
全員集合ね? 場所は大会議室! じゃっ!』

「大事な事『みたい』だから……って、なんだよ!」
 アラムが思わず空中へつっこみをいれる。
「……ホント何事だよ。普通の指令、って訳じゃないのかよ?」
「だな」
 不思議そうな顔をするガルに、その向かいに座っていたストライカーのメルが相槌を打
つ。
 普通の出撃命令なら携帯に連絡が入るだろうし、会議など一年に数回も無い。しかも、
緊急会議など、今まで開かれた事も無い。
「なーるほどな。久々にでかい作戦でも来るってか? みなぎるな」
 ラキエータはにやりと口の端を上げて、不敵な笑みを浮かべる。
「こんな放送、僕初めて聞きましたよ」
 10/80のエイヤが若干驚きながら食堂に入ってくる。
「なぁ、何事だろうな? あ、チャーハンうめぇぞ、オススメ」
「さぁ……、僕にはちょっと判断しかねますが……チャーハンですか? って、もう無い
ですよ」
「マジで!? わりぃ、俺がくっちまったみたいだ!」
「……いや、いいですけどね?」
 ガルに悪気が無いのが解っているだけに、エイヤはただ涙目なだけだ。

「……まぁ、僕が危惧しているような事にならねばいいのですが」
「ヒィっ!?」

 背後からの穏やかな声に驚き、エイヤが思わず悲鳴を上げる。
「ら、ラロ、さん! 急に現れないでくださいよ!」
「いや、失敬」
 腕の代わりのERLをピシッと斜めに、バルバドスのラロが無表情のまま謝る。
 ラロは神出鬼没のVRで、普段は自販機の裏にいるという謎だらけの人間だ。
 常にリバースコンバート状態でうろついているし、エイヤにとっては鬼門のような人物
だったりする。
「ラロさん、何か心配することでも、おありなのですか?」
 ラロの言葉を気にするように、少女が顔を上げる。そんな少女にむかって、ラロはふる
ふると首を振った。
「いやいや、シュトラ、きっと僕の思い過ごしだから。気にしないで?」
 そう言いながら、ラロはくねくねと踊ってみせる。
「……頼む、踊るな。精神力が吸われる」
 アラムが俯き、いやいやと首を振る。
「このダンス、バル仲間には結構評判いいんですがね?」
「バルは変態ばっかかよ!」
 明るく笑うガルに、ラロは「さぁ」と目を細める。
 だがその表情は限りなく無表情だ。
「さて、今日は……麻婆丼にしますかね」
 ラロはERLの両手で器用に丼を持つと、一番端の席に座り、そして……
「ズゴゴゴッ!!」
「何今の音!?」
 食堂の端から聞こえてきた音に驚き、エイヤがびくりと身を震わせる。
「あー、エイヤは初めて見た? ラロ、手ないからさ、ああやって吸い込んで食うんだぜ
?」 
 ガルがすっかり慣れた様子で笑うが、周りの全員が笑ってないところからして、やはり
アレは異常なのだろう。
 っていうか、ご飯を吸い込んで食べるとか聞いた事がない。
「嘘だ……ありえない」
「全くだ。ダ○ソンかってんだ」
 渋面のアラムは、ラロを掃除機に例えてうんざりとうなだれる。

「ま、なんにせよ一時半になりゃわかんだろ? それまではゆっくりしようや」
「そ、そうですね」
 ラキエータになだめられ、エイヤはうんうんと頷く。

 外では海鳥がにゃーにゃーと鳴いている。

 穏やかな昼時。
 カルディアのメンバー達は、各自思うように時間をすごしていた。

     2

 リーベルタース内、大会議室。
「……みんな集まったな?」
 円形のテーブルを囲み、それぞれが席に着く。
 最奥の窓側には隊長のエルンスト、その隣はお約束の様に副隊長のエピカが座っていた。
「で、緊急会議とは穏やかじゃないが、何事だ?」
 テーブルの真ん中にお菓子をばら撒きながら、サイファーのノイモンドが問いかける。
「実はねノイ。私もまだ知らないの。ていうか、あの変態が「まずみんなを集めろ」って
言ったのよ」
 ノイのばら撒いたお菓子を手にとって、エピカはその問いに答える。

『……一応上官なんだが、まぁ、君のいう事なら許そう、エピカリス君』

 スピーカーからの緩やかな低音のボイスに、皆が注目する。
 ブン、と中央のモニターが明滅し、そこに大きく映し出されたのは……
「変態登場ね」
「変態がきたな」
「……変態だ」
 皆が一斉に小声で呟く。
『全く、ガイツ少将と呼びたまえ』
 両脇に少年と少女をはべらせながら、ガイツはやれやれと首を振る。
「……少将、用件の方を」
『ふむ、そうだな』
 エルンの低い声に頷き、ガイツは緩んだ表情を軍人のそれに差し替える。
 その様子に、カルディアのメンバー達の間にもぴりっとした空気がはしった。

『近々大規模な戦闘が行われる。正確には二日後の正午からだ。DNAの守る三箇所の戦
域を、我々RNAの三つの部隊がそれぞれぶちのめすというわけだ』

「んだよ、結構単純じゃねえか」
 ラキエータの呟きに、スペシネフのアルシオンが首を振る。
「……事はそんなに単純じゃないんだろう。教えてください、何が、問題ですか?」
 アルの問いかけに、ガイツはにやりと笑う。

『お前達カルディアには、第三プラント・ムーニーバレーが提供するアセント・コリドー
で戦ってもらう事になる。これは相手方の指名だ。しかも、出撃VRは指定済みだ』

「少将、……だれが行く事になるんですか?」
 アラムの言葉に、ガイツが素早くキーを叩き、モニターにその名を表示させる。
 それを一瞥したエピカが、一気に表情を曇らせた。
「ね、このメンバー……、エルン、ノイ、アル、フレーズ、アラム、カムラッド、みんな
うちの主力みたいなもんじゃない……っていうかなんで私が居ないのよ!?」
 立ち上がろうとするエピカの腕を掴み、エルンが首を振る。
「だってエルン……!」
「……エピカ、落ち着け。な」
 うなだれるエピカを軽く抱き寄せつつ、エルンは眉を寄せる。
 抱き寄せられたエピカは、眉を寄せつつもとりあえず落ち着きを取り戻す。
「名の知れた戦士をわざわざ指名してくるか……余程相手は名をあげたいらしいな」
 エルンの言葉に、向かいに座っていたコマンダーのカムラッドがふむと頷く。
 カムラッドの年齢は三十六だ。だが、外見はそうは見えないほど屈強で若々しい。刈り
込まれた銀髪に鋭い赤い瞳は、今でも十分前線に立てるほどの迫力がある。
「俺が指名されるとは、めったいない事だ。確かに昔は名を馳せてはいたが、今はただの
新人教育係だ……というのに」
「いいじゃないっすか。マチェットは健在だし」
「まぁ、な?」
 ガルにひじでぐりぐりされつつ、カムラッドは頷く。
「だが、問題は相手の戦力……ですね?」
 ラロの問いかけに、モニターの向こうのガイツの表情が僅かに鋭くなる。
『あぁ。少し覚悟がいると思うね』
「ど、どういう事、ですか?」
 若干戸惑いつつ、エイヤが呟く。

『相手の正確な数や機種は解っていない。ただ言えるのは……数にして三倍、という事だ』

「なんですって!?」
 思わずエピカが叫ぶ。
 それを止めるようにして、エルンがエピカを抱きしめる様にしてなだめる。
「……なるほど、相手は本気で勝ちにきている、というわけですか、少将」
『そういう事だ、エルンスト君。だが、私は君たちが負けるとは思っていないね』
「絶対不利な状況からの制圧、いいね。俺様向きだ」
「二日後に向けて出撃組は十分なメンテナンスをしなくては。あぁ、忙しくなってきまし
たわ」
 ノイとフレーズは乗り気なのか、既にやる気に満ちた表情をみせている。
 それと相反してエピカの表情は暗い。それをみてアルシオンがすかさずファローに入る。
「まぁ、いくら多数とは言え、そんなに強い機体を何体も入れてはこれないだろう。……
だから、エピカ、心配しなくてもいい」
「そうは言うけどね……アル」
 エピカはエルンの胸元にしがみ付き、しゅん、と目を伏せる。
 一大舞台に一緒に立つ事が出来ないのが残念なのか、それとも離れるのが悲しいのか。
 前者もあるだろうが、おそらくは後者だろう。
 こういった大きな作戦は数日拘束されることもざらだ。いくら他の仲間がいるとは言え、
そうなるとエピカは一人になってしまう。
 この隊長の代わりなど、だれも出来ないのだ。
「エピカ、心配するな。……出来るだけ早く、終わらせる」
「エルン……!」
 エピカの頬に大きな手で触れ、エルンは微笑んで見せる。
 エピカにとって、エルンの存在は絶対だ。たったそれだけの事で、いとも簡単にエピカ
の表情が溶けていく。
『……まぁ、あとはいつもどおりやってくれたまえ。勝てば破格の賞金が手に入る。機体
の増強も、施設の拡張も思いのままだ』
「破格……、なるほどな」
 アラムがにやりと笑い、赤い瞳に闘志を滾らせる。アラムにとって金はステータスの一
部だ。破格と聞かされて燃えない筈が無い。
『じつはこの戦役には私の直下の部隊も参加することになっているのだよ。もう一つは、
バーニ准尉のアファームドの特選部隊だがね。出来ればRNA全勝、と行きたいところだ』
「少将直下……って、あの『桃源郷部隊』、ですか」
 『桃源郷部隊』とは、ガイツ直属の少年少女のみで構成された部隊で、ヴィジュアル的
なインパクトもさながら、戦闘力も侮れないという、テレビなどではかなり有名な部隊だ。
 噂のあの部隊まで出撃なのか、と、エイヤはふるふると首を振る。
「なんつーか、本当にRNAを潰しにきたみてぇ……な勢いだな」
 ドルドレイのゲルトナが不精髭を撫でながらにっと笑う。
『と言うわけで以上だ。詳しい資料はフレーズ君に送っておく。質問は……』

「はい」

 シュトラが元気良く手をあげ、それを見たガイツがとたんに表情を変える。
 変態紳士の顔の、それだ。
 だが、シュトラは絡み付くような視線をものともせず、はきはきと問いかける。
 この程度で動じないあたり、この子の意思の強さがわかろうというものだ。
「質問です。何故、わざわざ全員集合で会議なのですか? 出撃メンバーだけでも、よか
った気もします」
『なるほど、いい質問だ』
 シュトラをかばうように画面の前に身を乗り出していたラキエータも、シュトラの質問
に「そういやそうだな」と頷く。
 少し間を置いてから、ガイツは口を開いた。

『今回は少し、事が大きすぎるのだよ。だから、見えない部分がきっと出てくる。いざと
言う時の何かに気付くように、対策を打っておくのが上官の役目なのだよ。わかるかね、
シュトラール君?』  

「……真意が、みえません」
『ここでは言えないことも、あるのだよ。何も無ければそれでいい。何かあったときは、
――まぁ、お前達ならば大丈夫だろう』
「そう思っているから、全員に聞かせたんですね?」
『そうだね、ラロ君。まぁ、気にする事はないかもしれん』
 八の字髭を整えつつ、左右の少年少女を愛でるガイツの表情は明るい。


『では、出撃の六名の戦士達! 武運を祈る!』

「了解!」

 全員が立ち上がり、モニターに向かって敬礼をする。
 そしてブゥンと画面が消える。

「明後日ですわね。さ、忙しくなりますわ」
「フレーズ姉さま、私お手伝いします!」
「助かるわ。お願いねシュトラン」

「じゃ、ワシは倉庫で物資を引っ張りだしてくるかな。ラキ、手伝え」
「オレ!? うー、しゃあねぇなあ。まぁ、いきますぜ!」

「エイヤ、ガル、メル、一対多数の演習に付き合ってくれ。慣らしたい」
「了解です、アラムさん!」
「うし、行くかな!」
「了解」
「おっと、その演習、俺も混ぜてくれ。久々にマチェットを振り回すことになりそうだか
らな」
「もちろんです」
 
 各々のメンバーがそれぞれ予定を組み立て、会議室から去っていく。
 その場に残ったのはノイとアルとエルンとエピカだった。
「あの変態の最後の言葉が引っかかるよな……なんだよ、アレ」
 眉を寄せるノイに、アルも表情を曇らせる。
「もしかしたら、戦場にワナでもあるのかも……な」
「何かあったら協定違反よ。その時は私が絶対駆けつけるんだから」
 息巻くエピカに、エルンは僅かに微笑み、頷く。
 負ける気などさらさら無い。
 どんな無茶だろうがひっくり返してみせる。そうしてきたのだ。

「……俺達がいない間のカルディアはお前に任せる。……大丈夫だな?」
 
 前髪をかきあげるように撫で、エルンはエピカに問いかける。
 エピカは極上の笑顔でそれに答えるのだった。

「当然よ。任せなさい? ……でも」
「……でも?」
「早く、帰ってきて、ね?」
「あぁ」
 もたれかかる少女を両手で抱きしめ、エルンは短く答える。
 そんな二人をみて、ノイはフフンと、アルは微妙な表情を浮かべているのだった。

     3

「んぅ……」
 日も昇らぬ早朝に、少女が目を覚ます。
 いつもどおりの目覚めの時間だ。
「んん」
 目を擦り、赤い瞳をじわじわと開ける。
 少女の隣で、黒い髪の男がまだ静かな寝息を立てていた。
「んふふ」
 男の寝顔を見て、少女は目を細める。何度見ても飽きないのが不思議だ。
 ふと、視線を動かし、天井を見上げ、そしてぐるりと部屋を見渡す。
 自分の部屋とは異なる風景に、少女は嬉しそうに目を細めた。
 あまり物の無い殺風景な部屋は、いかにもこの男の部屋らしかった。窓側に隣した広め
のベッドが一つ、服などを詰めた箪笥が二つ、ふかふかの絨毯に無造作に並んだクッショ
ンが複数、そして部屋の隅に小難しそうな本が二列ほど積んであるだけだ。
 少女はもう一度「んふふ」と笑い、こうやって朝をむかえる事を本当に運が良いと思う
のだった。
 本来なら、こういったことは軍の規則では規定違反にあたる。だが、軍部の管理の届か
ないこの艦内ではそんなことは関係ない。
 だから、出撃の前の晩は必ずこうして一緒に眠るのだ。
(そろそろ起きなくちゃ)
 少女は毎朝、日の出を見るために早く起きているのだ。今日もそのつもりでベッドから
抜けだそうとして……
「きゃッ!?」
 寝ていたはずの男に腕をつかまれ、びくりとなって声を上げる。
「……起こしちゃった?」
「急に、体が軽くなったからな?」
「……馬鹿」
 男に強引に腕を引き寄せられ、少女は男の胸へとダイブする。
 広くて分厚い胸板は、これ以上無い安心感を少女に与えていた。
「……エルン、ね、朝日見に行きたいんだけど。日が昇っちゃう」
「……だめだな、行かせない」
「え? ひゃうっ!」
 ぎゅっと抱きしめられ、嬉しい半分、困惑半分だ。
「それに……カーテン開けてみろ」
「?」
 抱きしめられたままの状態で頭の方向へと腕を何とか伸ばし、窓を覆い隠すカーテンを
一気に引く。
「……あ」
「……な? どっちにしろ、無理だ」
 耳を澄ませば海面を叩く雨音が聞こえてくる。
 波も少し荒くなっているのか、若干戦艦も揺れているようだった。
「朝日は、諦めろ」
「うん……」
 少女は観念して男の腕の中で丸まる。
「折角の出撃の日に、なんで雨なのよ」
「雨を嫌ってやるなよ。俺は嫌いじゃない」
「そうなの? 私は嫌い」
「そうか? こうやって、少し長く一緒にいれるだろ?」
「……もう、馬鹿」
 甘いひと時に身を委ねながら、少女は小さくため息をつく。

 今日が、エルン達の出撃の日なのだ。
 今まで無かったほどの大規模な作戦に、どこか不安が拭えない。
 しかも、天気は雨だ。
 不安の原因もわからず、ただ、少女は男にしがみ付いた。

「エピカ」

 男が少女の名を呼ぶ。
 それだけで、少女の心は一気に幸せな気分になる。
「心配するな。俺の体調だって万全だ。……夜、無茶しなかったからな?」
「も、もう!! 馬鹿っ!!!」
 真っ赤になって、少女は蹲る。
「……じゃ、ホントに万全か、見てあげる」
「どうやって?」
「え、演習に決まってるでしょ!? ウォーミングアップに、付き合ってあげるの!」
「ふぅん?」
「もう、そんな目で見ないでっ!」
「解ったよ。帰ってから存分に苛めてやるよ」
「もうっ! さ、先に行ってるからねっ!」
 少女はベッドから飛びのくと、身支度を整えるために隣の自分の部屋へと帰っていく。

 外からは、依然と雨音が聞こえてきている。

「……雨か。クソ」
 今だ暗い空を睨んで、エルンは僅かに眉を潜めた。




 地球圏最大規模のVR生産拠点を持つ第三プラント「ムーニー・バレー」。
 彼らが国際戦争公司に提供した戦域に、アセント・コリドーと呼ばれる場所がある。
 そこは地下要塞都市を流用した物流施設で、ぱっと見た外観は巨大なエレベーターとい
った所だ。

 依然、雨は強く降っていた。
 視界は良好と言えず、レーダーなどの機器がなければ相手の捕捉も難しい状況だった。
「やな雨ね。隊長、どう攻めますの?」
 貨物の影に隠れながら、フレーズがエルンに問いかける。
「こっちは六名だ。三つに分けて攻める。……といいたいが、一度出て相手を確かめない
事にはなんとも言えないな」
 まだ開戦時刻までは三分ある。
 濡れた黒髪をかきあげながら、エルンは向こうを睨む。
 だが、向こうは不気味な程静まり返っていた。

「アラム、ノイ、お前達で組んで右から攻めろ。カムラッド、フレーズ、お前達は左だ。
俺とアルは中央だ。最初は戦力分析だ。ノイ、フレーズ、頼むぞ」

「「了解」」

 程なくして耳元に戦闘の開始を告げるアナウンスが流れはじめる。

 
 ――get ready?


 機械音声が戦闘の開幕を告げる。
「行くぞッ!! ……って、マジかよ」
 バズーカを構え、前に出て、エルンは思わず声を上げた。
 向こうにずらりと並ぶVR郡。
 妙な重々しさに思わず距離をとる。
 素早く、ノイから通信が入る。
 おそらく開幕と同時に飛び、空から敵機を把握したのだろう。
「やべぇぜ、これ」
 若干、ノイの声が震えている。武者震いか、それとも。


「報告する。敵機、総数十九。内訳はドルドレイ五機、グリス十機に、冗談みたいだがラ
イデンが三機だ。そしてリーダーはおそらく最奥のスペシネフ、だな」


「……本気すぎるな」
 アラムが思わずひくついた笑いを浮かべる。

 カルディアVS重戦機部隊。

 一瞬動きの鈍ったカルディアを見て、黒髪のスペシネフが笑った。
 狂気じみた青い瞳が真っ直ぐに黒いライデンを捉える。
「いいぜ、怯えろよ。……ばらばらにしてやるよ!!」
 激しい雨に打たれながら、スペシネフは背を反らして高らかに笑う。
 狂ったように笑うスペシネフの声を合図に、一斉に手下のVR達が動き出した。



『fate encounter 混乱の狂想曲』へ続く>


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