「はぁっ、はぁっ……」
宇宙に出てからは移動の度に戦闘の連続だった。
DNAのVRと幾度も撃ちあいになり、徐々に体力が限界に近づいてきていた。
「もう、なんでこんなに居るのよ!」
正面からダッシュしてくるテムジンの弾を喰らいながら、一気に斬りつける。
瞬間、火花が散り、剣がランチャーで弾かれた。
「RNA、一体ココに何しに来た!」
「うるさいわね、多分貴方達と同じ目的じゃないかしら!?」
右足に感じる激痛を無視して、一歩踏み込む。
相手も同じように剣を振りかざしたけど、残念ね、私のほうが速いわ。
「なんだ……と!?」
懐を深く斬られたテムジンは、ぐらりと崩れ膝をついた。
「ね、私急いでるの、通して?」
「そういう訳にはいかないんだ! こっちだって、仲間を探してるんだ!」
再びテムジンは立ち上がり、ブリッツ・セイバーを振り回した。切っ先がかすり、ふっ
とばされる。
痛い。でも直ぐに小さくジャンプして愛用の剣を構え、振りぬいた。
「どうでもいいわよそんなこと!!」
回転し終わったテムジンに、輝く閃光が食い込む。
「かはっ!?」
カッターの直撃が止めになったらしく、そのままテムジンは倒れこんだ。
「テムジン、個体認識名ゼナ、戦闘不能、確認。……さ、急がなきゃ、この先にっ……!」
肩で息をしながら、顔を上げる。
戦場であるブランク・フランクから見えたのは青くて馬鹿でかい地球と、そして淡く光
る月。そしてそこに……
大好きな人が、エルンが、居る――
ラロからの情報を頭で反芻しながら、小さく呟く。
目指すのは月周回軌道に位置するサテライトプラント。
灰燼に帰した穢れた大聖堂、アンホーリーカテドラル。
本来は第五プラント「デッドリー・ダッドリー」に所属していたその場所は、タングラ
ムに繋がる特異点がある事が判明し、今は再整備され限定戦争用のフィールドとなってい
るらしい。
そして今、そこは一大激戦地になっているのだと、ラロは言っていた。
(だからこんなにわんさかVRが居るのね)
この敵の多さは、ラロの情報が正確だという事を示しているんだろう。
足に響く痛みを無視して、すぐさまブランク・フランクを後にして宇宙を駆ける。
ただ、一つの強い思いを胸に抱きしめて。
穢れた大聖堂の入り口は思ったよりも静かだった。
「……なによ、お出迎えも、無し?」
誰も居ないがらんどうの侵入口から奥を目指すも、やっぱり人の気配が無い。
またVRが居るんじゃないかってと気合入れたのに、もう。
ふいに、ゴウッ……と耳慣れた爆発音が聞こえた。
「これ、ライデンの……!!」
間違いない、何度も何度も聞いてるから間違えるはずが無い。
あれはランチャー・バズーカの音。そう……
「エルン!」
どくん、と心臓が強く波打つ。
間違いない、この先にエルンがいる、そして戦闘中……
「エルン! エル…………!?」
目の前に広がる光景に絶句する。
焼き尽くされたDNAのVR達。
VRの残骸なら見慣れたものだ。だが数が尋常じゃない。
そして、その中央に居たのは傷だらけの黒いライデンだった。
鋭い眼光を走らせ、生き残ったVRがいないか確認している。
(戦闘不能、じゃない、みんな、死んでる……!)
息絶えたVR達の真ん中に佇むライデンの姿は、異様そのものだった。
それは私が見たことの無いエルンの姿だった。
「エ……エルン」
小さく漏れた声に気付き、ライデンが瞬時にこちらに視線を向けた。
今まで向けられた事の無い殺意の篭った鋭い視線に、びくりと体が震える。
だが、殺意に満ちた顔はこちらを確認した瞬間、直ぐに知っている『顔』に変化した。
「……エピカ、エピカ、か?」
目の前の私が信じられないのか、エルンは驚いたように目を見開いていた。
殺伐とした聖堂に、二体のVRが対峙する。
二人の足元に散らばるのは、施設の残骸ではなく、死したVR達だ。
床は血に濡れ赤黒く染まり、鉄錆びの匂いがあたりに充満していた。
「エピカ、なのか?」
大きなライデンが、動揺した声で問いかける。
「そうよ。何? それとも私が解らない?」
ただならぬ光景に飲まれないように必死になりながら、私は胸をはる。
どうしてそんなに動揺しているの?
どうしてそんなに悲しい顔するの?
私が来た事が、そんなに意外?
エルンを前にしてぐるぐると頭を駆け巡る疑問たち。
それらの意見を飲み込んで、私は一番聞きたかった疑問をエルンにぶつけた。
「どうして、……どうして黙ってこんなトコまで来たのよ、説明、してよね」
今にも駆け寄りたいのを必死にガマンして、強く言い捨てる。
「……お前こそ、何故こんな所まで来たんだ。危ないだろうが」
血塗れたライデンが、足元のVRを踏み越え、私に近づく。
「何よ、エルンだって危ないじゃない! こんなに怪我して……きゃッ!?」
不意に抱きしめられ、どくんと心臓が跳ね上がる。
抱き潰しそうなほどの強さで、エルンはぎゅっと私を抱きしめる。
「馬鹿野郎、なんで……来たんだよ!」
強く抱きしめながら、エルンは低く唸るように呟く。
苦しそうに、せつなそうに。
でもだめ。
私だって、せつないのよ。
力強い腕が、エルンの温かさが、耳にかかる吐息が、余計にそう感じさせる。
何も言わずに置いてかれた気持ち、解る?
「バカ。大好きな人がお姫様放ってどっか行っちゃったのよ? しかも、もう会えなくな
るかもしれないとか。絶対に許さないんだから」
「……ラロから、聞いたのか」
エルンはゆっくり私を放すと、目を伏せて首を振る。
「ね、私を置いていくつもりだったの? 私の前から――消える気なの?」
怖い。答えなんか、聞きたくない。
お願い。帰ろう?
離れてしまったぬくもりが、急に私を不安にさせる。
エルン、答えてよ、エルン。
「……あぁ。そうだ」
冷酷なその答えに、ぐらりと視界が揺れる。
「な、なんで、すって?」
声が上ずる。最悪の返答だ。
不安が溢れて、目の前が真っ暗になる。
「ラロから、聞いたんだろう。なら俺が何なのか、もう知ってるはずだ。俺は――この世
界の人間じゃない。過去がない。名前も解らない。俺にあるのは、『今』だけだ。だが、
今の俺はこれ以上ないほど、幸せだ。何故か……解るか?」
「な、何よ」
エルンは私の目を見つめ、僅かに微笑む。
「――お前が居るからだよ。エピカ」
エルンに名を呼ばれ、お前が居るから、と言われ、一気に頬が熱くなる。
「でもな」
エルンが目を伏せる。
でも、でも何?
心臓が激しく暴れてる。鼓動がばくばくと暴れてる。
「俺は……お前の様に、強くないんだ」
予想外の答えに、私は眉を寄せる。
「何言ってるの? エルンは十分に強いわ。このVR、全部エルンがやったんでしょ?
十分――」
「違うんだ」
エルンが言葉を遮る。
「今に、今だけに夢中になれればよかった。最初はそれでよかったんだ。お前と出会って、
生きる理由もできた! ……だが、その分、過去のない空っぽの自分に、耐えられなくな
ってきたんだ」
「……そんな事っ!!」
「――そうだよな。お前にはそんな事だろうな。でもな、怖いんだよ。本当に居た世界に
俺は何かを置いてきたんじゃないか、本当の俺の名は何か、空っぽの過去が、俺を揺らす
んだよ」
「やめて」
「お前の事が大事になればなるほど、不安になっていくんだ。そんな弱い自分が、許せな
い。詭弁かもしれない。でもこのままじゃ、俺は、俺はきっとお前の横に居られなくなる」
「やめて、やめてエルン」
「エピカ、俺は――」
「やめて!!」
穢れた大聖堂で声を張り上げ、私はエルンに剣を向けた。
エルンは悲しそうな瞳のまま、その切っ先を見つめていた。
「タングラムで、タングラムの力で過去を確かめに行く気だった、とでも?」
「……あぁ」
「危険を承知で?」
「あぁ」
「私の居るこの世界からいなくなる可能性があるのに? それでも行くの?」
「……あぁ」
「私の事、どう思ってるのよ!」
「――愛してる」
迷いもなく放たれた言葉に、剣先が揺らぐ。
体が上気して、熱い。あばれていた鼓動がより一層暴れだして、音が外に漏れ聞こえそ
うな程だ。
でも、心を溶かす最強の言葉は、今は残酷なナイフでしかなかった。
わからない、わからないのエルン。
「その気持ちに、間違いはない」
「……なのに、私を置いてでも、黙ってでも確かめたかったんだ」
「……あぁ」
「…………そう、解ったわ」
頬に伝う一筋の涙。
涙はやがて、ぼろぼろと溢れて頬を濡らしていく。
「じゃ、私を殺して先に行きなさい! 私、絶対行かさないんだから!」
「エピカ……!?」
「私ね、エルンが大好きよ。もう貴方が居ない世界なんてありえないの。いなくなっちゃ
うなんて絶対許さない。そんなの、そんなの……」
「絶対に許さないんだからああああっ!!!!」
背中のディスクが反応し、ガードの無かった頭にバイザーを出現させる。
視界に数字が刻まれ、ライデンをダブルロックした音が耳に響く。
問答無用で剣を横薙ぎに振るった。
「っ!」
だけどライデンはいとも簡単にそれをガードし、横へダッシュし一気に距離を開けた。
「何よ! 攻撃しなさいよ!! リバーサルできたでしょ!?」
「出来るわけ……ないだろ!」
「関係ないわっ!!」
涙で霞む視界。でもロック音がライデンが何処にいるかを示している。
簡単。あとはその音を頼りに、放つだけ。
「ばかああああああっ!」
全力で放つセンターウェポン。
特大のハートが、幾つものハートの軌跡を残しながらエルンに向かって直進していった。
「……ッ!!」
俺は迷っていた。
まさかこの場に彼女が来るとは思っても居なかったのだ。
エピカの姿を見た、その時から、迷いがより大きなものになった。
愛する少女を置いてこの世界を去るなど、考えられない。
だが、それ以上に過去への渇望は深いものだったのだ。
過去を求め動き始めたのは、エピカと出会う以前からだ。
自分が何なのか、それを知るために始めた事だった。
最初に浮かんだエルンストと言う言葉がそのまま名前になり、RNAの上司は、勝手に
ファミリーネームをつけた。
アンカラハイト、曖昧な、という意味だと上司は笑っていた。
俺は流れのままにRNAに飼われ、試された。
戦果を上げるたびに情報と報酬がもらえた。その時はそれでよかった。
だがある日。
月夜の晩に一体のフェイーイェン・ザ・ナイトと――エピカと出会った。
エピカは、勝手で、わがままで、とんでもなく自由な少女だった。
だがその自由はただの自分勝手ではなく、自分の力で手に入れた『自由』だった。
エピカは決して突出した戦闘能力を持ってるわけじゃない。
だが、心が強かった。
その心の強さで、幾度もの戦闘を潜り抜けていた。
何時だって確固たる自分を持ち、信念を貫き、前だけを向いている。
だからこそ、俺はエピカに惹かれたんだ。
エピカは俺が必要だと言い、カルディアへ俺を迎え入れた。
「エルンは強いのね」
戦果をあげ帰還したとき、笑顔で迎えてくれるエピカはたまらなく愛しい存在だった。
俺がやっと息をつけた時、エピカは隣に居てくれた。
難儀な俺のメンテナンスも、進んでやってくれた。
素直に嬉しかった。
この少女を守りたい、そう思うようになるのに、そんなに時間はかからなかった。
俺は決して心が強いとは思わない。
だが、敵に負けないだけの戦闘力が、この手にはある。
ならばそれをこの少女の為に使おう。
だが、穏やかな日々が不意に終わりを告げる。
「みつかりましたよ。過去への、手がかりが」
ラロに告げられた一言が、俺を夢から現実へと引き戻す。
そうだ、俺は過去を探していたんだ。
甘い日々に流され、忘れていた事実。
そのまま忘れていたいかったが、俺の心は揺れ始めていた。
何故俺は漂流者になったのか。
何故他の漂流者と違い、記憶が無いのか。
俺は、一体何なのか。
気丈に戦うエピカを見る度に、心が揺れた。
愛する度に、迷いが生まれる。
彼女を慕う人間は多い。
どこかで、俺が居なくても――と思っていたんだろう。
だが。
「絶対に許さないんだからああああっ!!!!」
目の前の少女は、あまりに真っ直ぐだった。
俺の事が好きだという。
俺の居ない世界が『ありえない』という。
小さな体で、怯むことなく俺に向かってくる。
あまりに真っ直ぐなその気持ちに、心が震える。それは愛される恐怖なのか。
いや、恐怖なんかじゃない、俺が、その真っ直ぐすぎる心に怯えてるだけなんだ。
見ようと、してなかったんだ。
それ程に、少女は俺の事を思っていたのだ。
急に過ちに気付いたかの様に、視界が開ける。
「何よ! 攻撃しなさいよ!! リバーサルできたでしょ!?」
「出来るわけ……ないだろ!」
出来るわけがない。
今やっと気付いたんだ。取り返しが着かなくなる前に、お前が教えてくれたんだ。
「ばかああああああっ!」
エピカが全力でセンターウェポンを放つ。
俺にむかって直進してくるハートのビームを、俺は敢えて受け止める。
「ッ!!」
「やだ、エルン!?」
少女がそれを見て顔を青ざめる。
あぁ、避けると思ってたんだな。残念だがハズレだ。
「エルン!」
肩膝をつき崩れる俺に、エピカが駆け寄る。
「痛くない!? 平気!?」
おいおい、俺を殺す気満々だったろうが。
なんだ全く……。
そんな少女が余計に愛しくて俺はエピカに手を伸ばし、倒れこむ。
「きゃっ!?」
少女を抱え込み、転がる。
あぁ、こんな小さかったっけな。
よくココまで一人で来たよな。ありえないだろ。
「な、何笑ってんのよエルン!?」
「悪かった。俺が悪かった。もう何処にも行かない」
「……本気?」
「あぁ。気付いた。悪かった」
「……あやまって」
「ごめんなさい」
「……いいわ、許してあげる」
エピカは小さく呟いて頬を膨らます。だが、頬が染まっている。
あーもう、なんでコイツはこんな素直なんだよ。
「エルン、キスして」
「……」
言われなくてもしてやる――その時だった。
――warning・warning
繰り返される機械音声、歪む空間。
「え、エルン!?」
「……特異点が、開いた」
「……う、嘘!?」
歪む空間の向こうに巨大な珠が見え隠れする。
「アレ……まさか……!!」
「あぁ、そうだ」
間違いない、タングラムだ。
曖昧だった記憶の欠片が鮮明になり、あれが間違いなくタングラムだと告げる。
「エピカ、俺から絶対に離れるな」
「こっちの台詞よ! 絶対離さないで!!」
強引に引き込まれる感覚に揺さぶられながら、俺は震えるエピカを強く抱きしめた。
タングラムが居るのは電脳虚数空間、通称CIS。
CISへと引き込まれる中、タングラムは目を細め、確かに呟いた。
「貴方に会うのは二回目ですね。ライデン。 今回は何を思い、ココへ?」
CISの中へ引き込まれた俺たちが実体を持つと同時に、タングラムはクラスターシェ
ルへと閉じこもる。
「……エピカ、戦闘が始まる」
「……え!?」
左腕に少女を抱え、右手にバズーカを出現させる。
限界に近い体だが、攻撃をくらわなければどうという事は無い。
「こうなったら撃破しない限り戻れないな。……負ければ、いや、勝っても元の世界に帰
れるかは解らん。俺の責任だ。悪い」
「そうね、エルンのせいだからね? だから、負けるなんて許さないんだから」
「了解」
俺たちは思い思いの武器を手に、戦乱の根源へと立ち向かう。
――get ready?
機械音声が戦闘の開始を告げる。
「開始と同時に散開だ! シェルがはじけるまでは攻撃するな!」
「了解!」
広大で閉塞した空間のなかを二体のVRが駆ける。
タングラムは触手の様な腕を広げ、明確な殺意を俺たちへと向けた。 |