(何……これ……)
エルンの腕に抱かれながら引き込まれた空間は、例えようも無いおかしな空間だった。
閉じた、それでいて無限に広がっているようにも感じられる床の無い空間は、まるで抵
抗の無い水の中の様。空を自由に飛ぶ魔法でも手に入れた気分だ。
そして二人の目の前には、馬鹿でかい大きな珠がゆらりと浮かんでいた。
珠の中央には見覚えのある目の文様。
「タングラム……」
ふと、エルンが小さく呟く。
そう、アレがタングラムなのね。
本当に来ちゃったんだ。そして、ここがCISなんだ。
「……エピカ、戦闘が始まる」
「……え!?」
エルンは私を抱いたまま、右手にバズーカを出現させる。
どういう事なのかさっぱりだけど、ヤバイって、事よね?
なのに体は限界。一撃だってもらいたくない感じ。
でも、そうも言ってられないわよね。
「こうなったら撃破しない限り戻れないな。……負ければ、いや、勝っても元の世界に帰
れるかは解らん。俺の責任だ。悪い」
エルンったら申し訳なさそうな顔で私に謝るの。
元の世界に……帰れないかも、か。
フレーズやノイの顔が頭に浮かぶ。
折角手に入れた私のカルディア。
そこに戻れないかもしれない、なんて、そんなの絶対嫌よ。
でも、エルンの顔を見上げたらそんな不安は吹き飛んでしまったの。
だって、エルンってば少しも困った顔してないのよ。
「そうね、エルンのせいだからね? だから、負けるなんて許さないんだから」
ちょっと意地悪言って、エルンの腕からするりと抜け出す。
「了解」
うん、いい返事。
そうよ許さないからね?
っていうか、エルンって本気でヤバイって思ったら、そんな顔しないもの。
きっと、大丈夫なのよ。私、信じてる。
そうでしょ? エルン。
――get ready?
耳元で機械音声が私に囁く。
そうね、やるしかないなら全力でやるだけよ!
「開始と同時に散開だ! シェルがはじけるまでは攻撃するな!」
「了解!」
エルンと反対の方向に跳んで、旋回する。
その瞬間だった。
タングラムが閃光を放ち、一瞬目が眩む。
「エルン……エ……えっ!?」
数秒後に目を開けたら、エルンが消えて居なくなっている。
「嘘、ちょ、ちょっと、どういう事よ!?」
慌てる私に、タングラムのリングレーザーが容赦無く追いかけてくる。
まって、冗談じゃないわよ、エルンを何処にやったのよ!?
「ちょっとタングラム、なんとか言いなさいよ!」
大声で怒鳴りつけても、アレはなにも言わず私に向かって攻撃してくるだけ。
「隠したの? まさか消したんじゃ無いでしょうね!?」
「あなたは、何故ここに来たの?」
「え?」
一瞬、珠が喋った気がして思わず聞き返す。
クラスターシェルに閉じこもったタングラムの声は、妙に寂しげに聞こえた。
「ねぇ、喋れるの?!」
問いかけるも応答は無く、タングラムのやる事はと言えばリングレーザーと触手で私を
狙う事だけ。
それらをなんとかかわしながら、私はとりあえず「何故ここに来たの?」というタング
ラムの問いに答えてみる。
「大好きな人と、一緒に居たくて、探して、……そしたらココに来ちゃったのよ!」
そう叫ぶと同時に、タングラムはパァンとクラスターシェルを弾かせて目をこちらに向
けた。
大きな目に見つめられて、一瞬ぞくりとする。
でも怯んでなんかいられないわ。
むき出しになった目に向かって私は叫ぶ。
「ちょっと、なんとか言いなさいよ!」
だけど相変わらずなんの答えも無く、タングラムはCISに漂うだけだ。
ふと、エルンの言葉を思い出す。
『シェルがはじけるまでは攻撃するな』
つまりは……
今はクラスターシェルが開放されていて、そう、これはエルンの言ってた攻撃のチャン
スだ。
……でも、攻撃して、いいの?
右手をタングラムに向けて翳しながら、私は攻撃できないでいた。
あんなこと私に聞いて、タングラムは何を考えてるの?
でも、タングラムはそんな事はお構いなしだ。戸惑う私にむかって、ライデンのレーザ
ーにも似た破壊力のありそうなレーザーを複数本放って来たのだ。
で、私がまごまごした結果……
「ッた!!」
避け損ねて背中を思いっきり焼かれる。
ちょっと自分が情けない。
そうよ、目の前に居るのは敵なのに。
自分を消そうとしてる敵なのに。
ちょっと話してきたからって、動揺しちゃダメ。
体力はがくんと低下し、イライラも頂点に達する。
急にCISに引き込まれて、エルンをどっかにやっちゃって、おまけに背中焼かれて。
もーやだ! 許さないんだから!
「んもう! 何なのよ! エルン消しちゃうし! 話しかけときながら攻撃するし!!」
体が黄金色に輝き、力が漲る。
「もう! くらええっ!」
法則性も戦略も何も無く、ただ破壊力のあるものを無秩序に撃ち込む。
バイザーに映るタングラムのメーターががくっと一気に下がり、半分をきった。
不意に、タングラムの瞳が僅かに細くなる。
「ひとりが、怖いのね」
聞こえた言葉に一瞬硬直する。
そんなの……当たり前じゃない。
一人なんて、絶対に嫌よ!
寂しいじゃない。辛いじゃない。寒いし、自分が消えてしまいそうじゃない。
「当たり前、でしょ。あなただって一人は……、っ!?」
目玉が光っていた。
そして、それはありえないほどの極太のレーザーを私に向かって撃ってきた。
ちょっと、あんなの喰らったら死んじゃうわよ!!
レーザーをダッシュで避けながらも、私はタングラムにロックをあわせる。
そして、少し考える。
待って、あのタングラム、ここに逃げて行ったって話よね。
もちろん一人よね、ずっとこんな空間で、一人……。
生み出されて、その力故に逃がされて。
逃がされたけど、やっぱり追いかけられて。
それって、凄く悲しい……よね?
「タングラム……」
長い間、レーザーは放たれた。
涙、に例えてもいいんだけど、それにしては豪快ね。
レーザーを見ているうちに、私の心に少しお節介な気持ちが働く。
タングラムは私達に会っても逃げたりしなかった。
それどころか、戦いを挑んできた。
逃げるのを諦めたの? 終わらせたいの? それとも……
なら……
「ね、もしかして、倒されたい?」
レーザーが止む。
私達は向き合って、ただ空間に浮かぶだけ。
「私は一人。絶望も、希望も無く、唯」
「今、ここでは二人よ、寂しく無いわ」
「私は羨望の念で、見守っている」
「何? うぅ、えっと、難しい事言うわね、んと、つまり、つまんないの? ならCIS
からでも私を見てなさいよ。絶対退屈しないわよ? 保障するわよ?」
難しい事を言うタングラムの気持ちは私にはさっぱり解らない。
でも自分なりに解釈して、答えを返す。
私だって退屈は嫌いよ。その辺は解る。
で、タングラムから返ってきた答えはというと、予想の斜め上のものだった。
「あなたは、あのライデンが、好きなのですね」
急な台詞に、私の心臓が跳ね上がる。
「な、ななな、え、えぇ!?」
顔が熱くなって、どくどくと心臓が暴れる。
自分ではよーく解ってる事なのに、他人にはっきり言われるとなんでこんな照れるの!?
うーん、タングラムって思ったより人間の事、解ってるのかもしれない。
私の気持ちを、こんなに知ってるんだもの。
びっくりしたけど一呼吸おいて、私は胸をはって答えた。
「そんなの当然よ。だって、あのライデンは、私から孤独を消した張本人なんだから」
一瞬、その言葉にタングラムが揺れた気がした。
気がつけば私は反射的にハートビームを放っていた。
「あ、ちょ……! 逃げてっ!」
出しときながらアレだけど、思わず叫ぶ。
けど、タングラムは動かなかった。
珠のど真ん中にビームが命中し、タングラムはがたがたと激しく揺れだす。
耳元で激しい警告音が流れ、空間が歪みガラス細工の様に端から壊れていく。
「え、何? 何?!」
バイザーに映るタングラムの体力ゲージは0。
まって、もう少し話をしたい。
それにエルンは、エルンは何処……!?
「タングラム、待って!!」
言葉をかき消すように、タングラムから閃光が放たれる。
私はその眩しさに思わず目を伏せた。
−−
「エピカ!!」
激しい光の後、横に居たエピカが消えた。
一体どういう事なのかとタングラムを睨みつける。
「見つけたのですね。探していたものを」
思わぬタングラムの台詞に俺は眉を寄せた。
「……俺の、昔を知っているんだな? 教えてくれ! タングラム!」
タングラムは問いに答えず、リングレーザーと触手で攻撃してくるだけだ。
「力を見せろ、そういう事か?!」
クラスターシェルが弾けとんだ瞬間、俺はレーザーを放つ。
ふと、同じ光景が脳裏にダブる。
やはり、一度タングラムと戦っている。
鈍い確信を胸に、撃ちこめるだけ撃ちこんでダメージを重ねる。
タングラムの目が光ったのを合図に、俺は回避行動に移った。
俺は知っていた。
この次に極太のレーザーが来る事を。
「やはり、知っている!」
レーザーを避けきり、そして再び攻撃を打ち込む。
バイザーに示されるタングラムのゲージが0になり、タングラムはぴたりと動くのを止
めた。
「教えてくれタングラム! そしてエピカを返してくれ!」
タングラムがガタガタと激しく揺れ、閃光を放ちながら電脳空間を壊していく。
その光に包まれている間、俺の脳裏に幾枚もの記憶の絵が流れた。
戦乱で荒れ果て、崩れ去った大地。
いくつも散らばる、死したVR達。
たった一人佇む俺。
もう誰も生きちゃ居ない。
バカな争いで、もう誰も残っちゃいないんだ。
俺はずっと探していた。
幾たびの戦場を渡り、共に生きていける者を。
だが。
一人になった世界で、どうしろというんだ。
そんな時、タングラムと出会った。
今まで誰にも見つからず、誰にも見つけられなかったお前が、今更俺に一体何の用があ
ると言うんだ? 何故姿を現した?
俺にはもう何も無いのに。
タングラムは唯黙して俺に攻撃してきた。
虚無感に苛まれていた俺は、それでもやつの攻撃をかわし、自ら攻撃を仕掛けていく。
俺は、生きる事を諦めた訳じゃなかったんだ。
まだ、俺は俺の真実を見つけちゃいない。
手に入れたいものも手に入れていないし、見つけたいものも見つかってないままだ。
いや、そんなことよりも、ただ死にたくなかっただけかもしれないが。
殴りあうような戦いの末、タングラムが俺に話しかける。
「あなたが、探し続けるなら。その向こうを、私は見てみたい」
タングラムは俺の居た『世界』を壊した。
そして俺をよく似た他の『世界』へ放り投げる。
そうか、もう一度生きてこい、と言うんだな。
「解った。タングラム、もう俺には記憶は要らない。無くしてくれ」
やり直すと言うのなら、いっそまっさらになればいい。
その言葉を聞いて、タングラムは笑う様に目を細め、
「さよなら」
と、言った。
揺らぐCISの中で、俺は断片的に記憶を取り戻していく。
あぁ、そうか。
俺は自ら望んで、記憶を失ったのか。
ふとタングラムを見ると、まるで笑っているように見えた。
自ら失う事を望んだにもかかわらず、記憶を求め奔走する俺の姿は滑稽だっただろう。
少し恥ずかしくなる。
「あのフェイ―イェンが、あなたの探し物だったのですね」
「あぁ、やっと見つけたよ。……道を間違えそうにも、なったけどな」
「私は、とても嬉しい」
「俺は感謝しているよ」
震えて歓喜するタングラムに、俺は頷く。
「さようなら」
あの時のように、タングラムは別れを告げる。
「あぁ、……そうだタングラム。あいつは本当に面白いぞ。見ていて飽きないからな」
エピカの姿を思い描きながら、俺は崩れ消えていくCISを見つめる。
タングラムが一体何を望み、何を考えているかは知らない。
だが、あれは俺にまたチャンスをくれた。
「エピカ……」
あぁ、また探しに行かなきゃならんな。
きっとまた怒るんだろうな。あいつはそういう奴だ。
もう一度、タングラムを振り返る。
崩れゆくCISの境界の向こうで、タングラムは確かにこう言った。
「あなたに出会えて、良かった……」
目も眩む様な閃光に包まれながら、俺は行くべき世界へと戻っていった。
――
ふわふわと大の字で宇宙を漂う。
あぁ、タングラムの居たCISから戻ってきたんだ。
ここ、私達の『世界』なのかな。
それとも、ちがう『世界』なのかな。
「エルン……」
エルンの姿を思い描きながら、地球の引力に引かれて落下していく。
違う世界だったら困るなぁ。
エルンを探すの大変になっちゃうじゃない。
ていうか、タングラムはエルンをどこに持ってったのよ。
返してよ、全く。
大気圏に突入し、シールドの役目を果たすVアーマーが激しく燃え上がる。
とにかく今は、疲れ果てて動く気にもなれない。
服が燃えちゃうのは困るけど、ちょっと今はどうでもいいや。
落ちるだけ落ちてから考えよっと。
地球に戻ってきて、引力のままに落下していく。
結構な勢いだ。
困ったなぁ。どっかで浮上しないと死んじゃうよ。
「エピカぁああーーーーーーっ!」
あれ、なんか聞いたことある声がする。
「今、今助けますわああああああああああああああ!」
赤い翼を思いっきり広げて、落ちてくる私を興奮気味に受け止めるエンジェラン……
もしかして、フレーズ?
「エピカ! 大丈夫ですの!? 心配したんですのよ!!」
涙目で私をお姫様だっこするエンジェラン。
凄く涙目なのに、焦げて服の無くなったお腹を見て、つ……と鼻から赤い筋が……
うん、これ間違いないわ、フレーズだ。
「もう、フレーズ、なんで鼻血だすのよ」
「なにも喋らなくていいんですのよ? あぁもう、なんてひどい姿に……!」
っていいながら、なんでそんな嬉しそうに首振ってるのよ。
変なフレーズ。
でも助けに来てくれたから、とっても嬉しい。
「大好き、フレーズ」
「……!!!!」
……あれ、今度は黙って泣いちゃったよ?
ああもう、ますますわかんない!
でも、ほっとした。
とりあえずここは私の知ってる『世界』なのね。
タングラムありがとう。私、今凄く嬉しいのよ?
「そうだ、フレーズ、エルン、知らない?」
「あんなダメ男、どうでもいい……って言いたい所ですけどね」
「ダメ男で悪かったな」
低くて、少し照れたような声。
ノイとアルに抱えられて、そこにはぼろぼろのライデンが一体。
「全くだわ。私をこんなにして」
「全くですわ」
二人分の文句に、ライデンは苦い顔。
「全くだぜ。俺様達にも謝れ」
「全くだ! 部隊の危機だったんだぞ!?」
さらに二人分の文句を追加されて、ライデンは口を真一文字にして眉を寄せてる。
ふふ、困ってる困ってる。
「いけよ、バカ隊長」
ノイに空中へ放り投げられ、ライデンは私に手を伸ばした。
「エピカ!」
「っ……!」
私も手を伸ばして、迷わずその胸に飛び込むの。
そしてライデンは私をぎゅって抱きしめる。
もちろん二人共飛べはしないから落下していくんだけど。
「ね。後で全部話しなさいよ? 記憶、戻ったんでしょ?」
「全部じゃない。少しだけだ。でも、もうそんなものは……必要ないさ」
「ふぅん……、で、私はなんて呼べばいいの? ライデンさん?」
「名前、って事か?」
すこし考えてから、ライデンは笑うの。
「俺はエルンストだ。前の名前何ざ覚えちゃいないし、俺はこの名前でいいんだよ」
「そう」
あぁ、目の前のライデンも、私の知ってるあの人なのね。
じゃ、名前、呼んであげなくちゃ。
「お帰り、エルン」
「ただいま、エピカ」
どちらともなく唇と唇が触れあい、そして互いの温もりを伝え合う。
「ん……はぁっ」
すこし長いキス。
あぁもう、きゅんきゅんしちゃう。
でも口から出ちゃうのは、文句だったりするのよね。
「……もう、バカ」
「くそ、ここに戻ってからバカって何回言われたと思ってんだよ」
「だってバカじゃない」
「うるせぇ、もう無事すんだんだから許せよ」
「やぁよ、って、んんっ!?」
再び唇を塞がれる。
やだ、文句言い足りないわよ!
でもどうしよう、あぁ、ちょっと凄く幸せ。
「な、あいつら、あのまま落下していってるんだが。なぁ、アル?」
「心配ないだろう。ラロとゲルトナが下で待機してる筈だ」
「あぁもう! 私もキスしたいですわ!」
「……お前な」
空を落ちていくと、下には海が、そして戦艦リーベルタースが、つまり我が家がそこに
あった。
ラロとゲルトナが手を振ってる。
そしてガルとメルも居る。
あぁ、本当に帰ってきたんだ。
果てしない弧を描く海の向こうは、生まれようとする太陽の光で水平線が虹色に光って
いる。
長い一日が終わったんだ。
空では相変わらず海鳥がみゃーみゃーないてる。
ね、今日は一杯歌ってね? そうね、歌うなら愛の歌がいいわ。
だって今日はそういう日だもの。
「お帰りなさい。隊長、副隊長」
「ただいまっ! ラロ! みんな!!」
私は皆に向かって走って、おもいっきり飛び込むの。
ね、タングラム、見てる?
これが私の仲間達なんだから!
「さ、一休みしたら騒ぐわよ! 我がカルディアの二回目の結成式、やるんだから!」
「うるせえ! そんなことよりもよ、さっさとラボ行って回復して寝て来い! 心配させ
やがって!」
「さ、ラボへ行きますよ〜」
「きゃー! ラロ、わき腹こそばいから!! 小脇に抱えて走っちゃいやあああああ!」
そして夜が明け、生まれたての日差しがみんなを照らすの。
あぁやっぱりこの瞬間は最高ね!!
こうしてたった一日の大騒動は幕を閉じた。
隊以外の誰にも知られず(ラロとフレーズが全力で情報操作してくれたの)、あくまで
もひっそりと。
私達以外は、タングラムだけがこの事を知ってる。
あの子が何を考えてるかなんて知らないけど、私は私で一生懸命生きるだけ。
ね、タングラム。
CISからしっかり私を見てなさいよ?
絶対退屈させないんだから!!
|