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(09.03.27更新)


・『LiebeLied-リーベリート- 真実への午後零時』

 

 俺は一体……なんだ?

 重い目蓋を持ち上げ、ぼやける視界であたりを見まわす。
 体中が重い。
 俺が今居る場所は、どうやら何処かのラボのようだった。
 幾らまばたきしても、視界は赤く染まりやんわりと歪んだまま治らない。という事は、
俺は治療カプセルの中に居るのだろう。

 何処のプラントの?
 いや、ココは何処だ?

 俺の本能がここは知らない場所だと告げている。
 何度も世話になっている筈のこの溶液も、いや、この世界の全てというか、なにか全て
に違和感がある。
 大体、治療カプセルに突っ込まれている事自体が何故なのか良く解らない。 

 俺は戦闘に負けたのか?
 いや、そもそも何と戦っていたんだ?
 何故戦っていたんだ?

 次々に駆け巡る疑問。

 赤く染まった水溶液の中で自分の体を確かめる。
 両手、両足はついている。体にも大きな傷は無い。
 左足の腿には見慣れた所属のマーク……所属?

 俺は、何処に所属していた?

 いや、まて、


 俺は、何だ?
 俺の名は、何だ? 


 曖昧な記憶。曖昧な世界。
 曖昧な自分の存在。

 俺は……俺は……

 歪む視界。暴れ始める鼓動。
 フラッシュバックするように記憶が現れては消え、より心を乱していく。
 その記憶の波の中に僅かに光る何かがあった。記憶の端々で遠く揺れる馬鹿でかい目の
向こうに、何かが光っていた。
 千切れかけたの縄につかまるような気持ちでそれを手繰り寄せ、何度も反芻する。
 それは『言葉』だった。
 その『言葉』はどこか自分の輪郭を明確にするようだった。

「……気がついたか?」

 カプセルの向こうから聞こえた鋭い声に我に返り、俺は顔を上げる。
 医者の様な男と、その後ろにもう一人奇妙な男が立っていた。

 医者はボタンを押してカプセルをゆっくり倒すと、中の液体を抜いていく。
 同時にカプセルが開き、溶液で濡れた俺に医者はタオルを渡した。
「ココが何処か解るか?」
 医者の問いかけに、俺は眉を寄せる。
 それを見て更に医者は問いかけた。
「名は? 名は解るか?」
 その質問に、またさっきの『言葉』が脳裏で反芻される。
 揺れる頭の中で明確なのはその『言葉』だけだ。
 ぐらぐらと揺れる視界の中で、俺はその『言葉』を必死に吐き出す。

「……エルン……スト」

 名前かどうかもはっきりしないその『言葉』を聞いて、医者はにやりと笑った。
「――、エルンスト、ね。なるほど。『ようこそ』、RNAへ」
 何か含みを持ったその言葉の意味を、その時の俺はまだ理解できては居なかった。





 RNAの独立部隊、カルディア。
 そのカルディアが基地にしているのが海に浮かぶ戦艦、リーベルタースだ。
 このリーベルタースは何処をとっても完璧なの。そう、私の自慢の戦艦なんだから。
 廊下を歩いて、簡易休憩所へと向かいながら、私はやだやだと首を振った。
「もう、紅茶は絶対に自分で淹れるくせに。どうせ『こんなの飲めやしない』って文句い
うんだから、馬鹿ノイ」
 渡されたコインを握り締めて、ちょっと頬を膨らませてみる。
 ノイの紅茶に対するこだわりは半端じゃない。なのに自販機の紅茶を買ってこいだなん
て。飲んでしわい顔になっても知らないんだから。(別に自販機のはまずい訳じゃないの
よ? それなりなだけ)
「……自販機……」
 会議室の先にある、簡易休憩所。
 そこには気軽に渇きを癒せるように自販機が設置してある。(有料)
 でも、そこにはこの部隊で最強に怪しくて変なのが居る……

「おや、エピカじゃないですか、いらっしゃい」
「ひゃウ!!!?」

 ぬっと現れてポーズを決める影に、心臓がびくんと跳ね上がる。
 自販機の陰から現れたのはバルバドスのラロ。見た目は黒い忍者みたいな外見で、何か
あるたびにポーズキメたり踊ったりする怪しいVRだ。切れ長の瞳が印象的で、常にリバ
コンした姿で過ごしていて、ノリもよくって面白い。(常にそんな姿なのは、OMGで両
手足を無くしたから、なんだそうな)
 でも常に真顔で、あんまり笑ったり怒ったり表情を変えない人でもある。
 でも真顔で変なポーズするから、こっちから見れば余計に面白かったりするわけで。

 んでまた、今回も真顔で変なポーズをキメつつ、にゅっと現れるから……
「もう、毎度ながらビックリするわよ! たまには穏やかに現れてくれない? いや、面
白いけど」
「失礼♪ でも、ここが一番好きな場所で、ほら、この低い振動が……」
「知ってるわよ。解ってるから、うん」
 どきどきと波打つ胸に手を当てて、ゆっくり呼吸を落ち着ける。
 ていうか、なんで真顔なのに声だけテンション高いのよ! ていうか、自販機の低周波
が好きとか、ラロはホントに謎い。
 でも、面白いし、何より色々詳しいから結構頼りになるのよね。
「で、何をご希望ですか? 今のエピカのマイブームは……ナタデココヨーグルト、OK?」
 白とブルーの可愛らしい缶を指して私をじっと見るラロ。
 いや、だから真顔でびしっとポーズを決めないでよ! 笑いそうになるでしょ!
 っていうか、ナタデココヨーグルト、大正解なのよね。うん、今一番好きよ?
 ……っていうか、ラロはみんなの飲み物の好みを知りすぎなのよ! 全員分バッチリ把
握してるのよね。
 自販機の主だわ、全く。
「でも残念ね、今日は自分の分じゃないの。ノイの分なのよ?」
 手早くコインをいれ、ぽちっとスイッチを押す。
 ガゴガゴンという音と共に、紅茶の缶が出てくる。
「あのノイ君が、ねぇ??」
「絶対文句言うくせに、ねぇ??」
 思わず目が合って、ぷっと笑っちゃう。
 でもラロは笑わないからどうもずれちゃうのよね。
 紅茶缶を手に会議室へ帰ろうとした、その時――

「――で、隊長は何処(いずこ)へ?」

 急に冷たくなった凍るようなその声に、びくりとなってツインテールが跳ね上がる。
「な、何?」
 振り返って笑ってみる。
 だめだ、きっと引きつってる。
「泣きはらした真っ赤な目、気付かないとでも?」
「べ、別に……!」
 思いっきり目を逸らしたその時、ラロは小さく呟いた。
「……と、そう言ったら?」
 ふいにラロが呟いたその言葉に、私は再びラロへと視線を戻す事になった。
「ラロ、今、なんて?」
「……知っている、とそう言ったら?」
 いつも真顔のラロの表情が、僅かに鋭く変わる。
「何、知ってるの?」
「エピカ、君は彼をどう思っているんだい?」
「質問に答えてよ!」
「ううん、先にこっちに答えて? それ次第だから」
 ラロは腕組みをして私を見つめる。
 とりあえず私は缶を長椅子の上において、すっぱりと言い切った。

「大好きよ。エルンのこと。この上なく大事よ」

 答えに満足したのか、ラロは小さく頷いて目を細めた。
「じゃぁ、聞いてみよう。彼がもし、裏切り者だとしても、愛する心はかわらないかい?」
「どういう意味よ!? ……って、変わらないわよ。でもそうだったら……」
「だったら?」
「……私が殺しちゃう。嘘つきなんか、嫌いよ」
「うんうん、怖い姫君だ」
 どういう事? エルンは裏切り者なの?
 再び心を覆う不安に、足が震える。
「――まぁ、今のはたとえ話だから、気にしないで」
 ……たとえ話ですって!? 冗談じゃないわ!
 紛らわしい事言わないでよ!
「もう! やな例えはお断りよ!」
 怒りで震える声を慰めるように、ラロは自販機でナタデココヨーグルトを購入、んで私
に持たせたの。そして座れって。
 腕組みして立つラロの前に座って、私は缶を見つめる。

 エルン、貴方は何故……

「じゃ、一つ真実を提供しよう」
「……何よ?」
 ドクンと心臓が波打つ。
 真実? 知りたい、お願い何でも良いから、早く教えて?

 
「携帯に連絡したのは、この僕ですよ」
「……なんですって?」


 真顔のラロに向かって、問いかける。
「何の為によ? フレーズが足跡追えない様な連絡する必要が、どこにあるのよ?」
 フレーズは本部からの履歴はないといっていた。
 もちろん、それ以外のルートも調べただろう。無かったからこそ、困惑してたんだ……
と思う。
「僕はね、隊長に頼まれていたから。早朝に情報を手に入れてね? DNAの一部隊が宇
宙へ向かった、と」
「何? それをどうしてエルンが知りたがるのよ。私を置いていく程の何かがあるって言
うの?」
「エピカ、君は自分が自分である実感が、あるかい?」
 ラロは私の質問を斜め上な質問で返してきた。きっとこれもこっちが先に答えないと、
話が進まないわね。
「実感? あるわよ。私は私、当然じゃない」
「隊長を、愛しているんだね? 何があろうとも」
「当然よ」
 ラロは私をじっと見つめた後、ゆっくりと口を開いた。


「ならば……急いで宇宙へいきなさい。何も出来なくなる前に」


「……は?」
 な、何? いや、エルンが宇宙に行ったならそこに向かって追いかける、それは解るわ
よ。何よ、その『何も出来なくなる』って……
「エピカ、君の思いは真っ直ぐで純粋だ。迷う彼を止めるのは、きっと君が相応しい。な
ぜなら、彼もまた、君を深く愛しているから」
「……や、やだ、ラロ」
 不意に顔が真っ赤になって熱を帯びていく。
「止める事が、できるなら、ね」
「な、なんだか知らないけど、絶対に見つけるわ。何も言わずに私を放置した事、後悔さ
せてやるんだから。……って止める?」
 今日のラロはいつもに輪をかけて意味が解らない。
 だけど、その疑問も次の一言で一気に氷解した。


「彼は、この世界の人間じゃない。急ぎなさい。でないと、きっと彼はタングラムを見つ
けて、最悪、居なくなってしまうから」


「――なんで、すって!?」
 居なくなる? タングラムを見つける? 
 それ以前に、『この世界の人間ではない』?
 目を思いっきり見開く私に、ラロは続けた。
「おそらく彼は並行世界の漂流者。タングラムと邂逅した事のある犠牲者。噂くらい、き
いた事があるんじゃないかな? 所属も型番も曖昧な所属不明なVRが、時おり海に浮か
んでいる事を。そして、彼らは一様に「自分はタングラムをと対峙した」と言っていると
いう話を」
 その話は聞いた事があった。
 彼らの精神状態は良好で、『タングラムに会った』という事があながち嘘ではないとい
う事も。
「エルンは……違う世界から、きたって、事?」
「そう。でも彼は唯の漂流者とは少し違っていた。発見された当初、精神状態は極めて不
安定で…………しかも、記憶が無かったんだよ」
「…………記憶、が?」
 エルンは確かにRNAに入る以前の事を話してくれたことが無い。
 気にはなっていたけど……覚えてないだなんて、思いもしなかった。
「彼は聡明だ。だから、きっとその事を何処からか聞いてきて自分が漂流者だと確信した
んだろう。そして、僕にタングラムに関する情報を求めてきた。僕は幾つもの情報を彼に
渡したが、期待通りの情報は少ない。でもその度に彼は密かに出かけていった。だけど僕
は、DNAの一部隊が極秘に何かを掴んだらしいという精度の高い情報を手に入れた。そ
して朝、隊長に連絡したんだ」
「まって、えと、エルンは漂流者で、タングラムにあった事があって、んで、記憶が……
無い?」
 困惑する私に構わず、ラロは話を続ける。
「そう、彼には過去の記憶が殆ど無い。いくら愛するものが居ても、自分の根本が、足元
がぬかるんだ状態では踏ん張る事もできない。エピカ、君は沢山の人に愛されている。だ
から、余計に彼は真実を求めたのかもしれない」
「つまり、タングラムにもう一度会って、過去を、取り戻す……って事?」
「おそらくそう考えたんだろう。でもきっとタングラムはそんなに甘くは無い。ましてや
もう一度会えるとも限らない。だが、今回は少し危ない。かなりタングラムに近い情報だ
ったからね。皆、アレが欲しくて仕方なくて、誰しもが必死に探しているからね」
「……迷惑なものを作ったものだわ。リリン・プラジナーは」
 ふるふると首をふって、私は小さくため息をつく。
 全く、もう。
「さぁ、急いで。座標はココだ」
 ラロは私に座標データを送り、OSのデータをその場で宇宙用に換装させる。うそ、こ
んなこと、なんでこんな所で出来るのよ! ……凄いわラロ、やっぱりあなた変よ。
 で、換装を終えたら、ラロは再び何事も無かったかの様に自販機の脇へと戻っていった。
「ね、ラロ、口止めされてたんじゃないの? エルンの事だし」
 体の具合を確かめつつ、ラロに問いかける。
 みんな黙ってたくらいだもの、ラロだって当然口止めされてる筈だわ。
「あぁ、されてたよ。でもね、僕だってエピカには感謝してるんだよ。こんな快適な場所
をくれたからね?」
「……もう」
 自販機脇でポーズを決めるラロに、思わず苦笑する。
「僕は何も出来ないまま終わるのが大嫌いなんだ。さぁ、あの記憶も名前すらも覚えてい
ない彼を、ここまでひっぱっておいで」
 そう言って、真顔のラロが『にこり』と微笑む。
 !?
 うわ、笑った所初めてみた!!!!!!
 貴重なものを見た喜びと、真実を知った安心とで俄然やる気になってくる。
 
 エルンをタングラムになんか会わせてやんない。
 っていうか、私を置いてった事が何より許せないわ。
 大好きな人の一番になりたいのは当然の事。
 記憶も何もかも超えて、私が一番だって解らせてあげるわ。
 ごめんなさいって謝っても、簡単には許さないから、覚悟してよねエルン?


 本気になった乙女は、何よりも強いのよ?


「もちろんよ、ラロ。だって、このままじゃまたきっとエルンは違う場所に飛ばされちゃ
うわよ。並行世界だろうがなんだろうが、エルンはエルン。私の大好きなエルンだもの。
そう、私のものよ。ありがとうラロ。あ、紅茶、ノイに渡しといて!」
 ぶんぶんと手を振って、私は船尾へと走る。
 後は簡単。追いかけて、捕まえて、解らせるの。
 乙女を泣かせた罪は、何よりも重いのよ? エルン。 





 なにもかも吹っ切れた表情で、我らが副隊長は駆け出した。
 速い速い。
 自販機の低周波を感じながら、僕は目を細める。
 あぁ、それにしても表情を動かすのは本当に大変だ。不便な体になったものだ。
「エピカなら、きっとなにかできる、そう思えるんですよ。隊長、約束を破らせてもらっ
たよ。何も知らないで失うだけなんて、そんな人の姿、もう見たく無いからね。……僕だ
けで、…………十分だ」
 腕の先に装着された手の代わりのERLを見ながら、ほんの少し、過去に思いを馳せる。
「さて、ノイにコレを届けにいかないと。今頃いきなり出立したエピカに驚いているだろ
うし、ね」
 缶を片手に、僕はクルクルと踊る。
 簡易休憩所から出るのは何週間ぶりかな。
 さっさと渡して、軽く説明して、またここに戻ってこよう。
 ここは誰も知らない僕だけの『良い場所』なんだ。
 
 安心できる場所って、うん、いいね。最高だ♪


『LiebeLied-リーベリート- 黄昏の宇宙で』へ続く>


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