独りだったの。
誰か一緒に居てくれる人が、解ってくれる人が欲しかったの。
だから私はめいっぱい頑張った。
自分の力、フェイ−イェンの力を存分に使って。
ここ(RNA)は戦果がものを言うから。
それさえあれば、誰も何も文句を言わなくなるから。
成績悪かったけど、勝率も低かったけど、それでも必死にもがいたの。
大変だけど辛くなかった。
何度も何度も、いやな目にも痛い目にもあったけど、そんな事は全然平気。
手に入れるためなら。私の『自由』を手に入れるためなら。
だから、どんなにキツくても迷わず戦いに行くの。
ミサイルの飛び交う戦場へ、レーザーが走る戦場へ。
戦う事が生まれてきた理由だから。
それ以外の生き方はできないから。
そう、戦う事が生まれてきた理由。
なのに。そうやって生まれてきたのに、最初の私は上手く戦えなかった。
何かが欠けてる気がして、何時だって不安だった。
敵を倒す瞬間、何かに迷って、いつも負けていた。
心によぎる不安は何?
この寂しさは何?
私は何が欲しいの?
それが「何」なのか気付いた時、全ての迷いが消え去った。
同時に強くなれた。
目的を手に入れたから。戦う理由が出来たから。
その時から私は私の為の戦いを始めた。
……気付いたの。
何が欲しかったのか。何が私に必要だったのか。
価値観を共有できる仲間。
ゆっくりと穏やかな時間を過ごせる仲間。
そう。……自分を、誰かを……大事にしたい、大事にされたいんだ……って事に。
「お前は生き残ったみたいだな? フェイ−イェン」
そんな時、一つの転機が訪れた。
乱戦状態のフィールドで出会ったのは、透き通るみたいに綺麗な男の人だった。
青みがかった紫色の刺々しいアーマーを身に纏って、レーザーのナイフを両手に潜ませ
て。それはRNAのサイファーだった。
顔は超級のハンサムで、風に靡く薄く青い髪、バイザー越しにみえる薄赤の瞳。ピンと
尖ったヒールで撃破した敵を踏みつけてその人は私を見ていたの。
自信に満ちた笑みを浮かべて、じっと。
「お前、変わってるな。戦場でバイザーつけないなんて、どうかしてるぜ?」
このサイファー、涼やかな綺麗な声で、なのにちょっとバカにしたみたいに笑って言っ
たの。
……でも、あれ? 不思議と嫌な感じがしない。
だから素直に彼の問いに答えることにしたの。
「バイザー? 私、アレ嫌いなの。アレつけてたらつい甘えちゃうのよ。便利だから。負
けたら勝率下がっちゃうじゃない。そんなわけにはいかないの。やりたい事、あるから。
それに、今日のは数が多いだけで雑魚同然! 負ける筈も無いわ。だから要らない」
「……真剣に戦う為に? 相手が雑魚だから? まぁ、事実ものの見事に殲滅成功な訳だ
が。……敵機の把握はどうするんだ?」
「ちゃんと見て戦ってるわよ。その証拠に、ほら、ほとんどダメージないわよ?」
私はその場でくるりと回ってみせる。
見て御覧なさいよ。あの乱戦の中、私はほぼ無傷よ。ふわりと広がるスカートも、お気
に入りのオーバーニーも、来た時のまんまなんだから。
それを見てサイファーはフッて笑うの。
「なるほどねぇ。だけどな、見えない所から出てきたらどうすんだよ?」
うぅ、そう言われると弱いのよね。実際、腕の傷と背中のリボンが焦げちゃったのはそ
のせいだし。でもちゃんと最小限の被害よ? だから胸を張って私は言ってやったわ。
「出てきたら……って避けるわよ? んー、……勘で」
「……っ、ぷ、……ふははははははは!!!!」
「な、何よ!」
「ふははは! 面白いぜ? いいなぁ、お前!」
淡い色の赤い瞳に涙まで浮かべて、サイファーはお腹を抱えて大笑い。
あ、その上座り込んで笑いだしたし! (敵、踏んづけたまま)
な、何? 何なの?? このサイファー何なのよ!?
「戦場でここまでフリーダムな奴は初めてだ! よほど腕に自信があるのか……いや、唯
の馬鹿か?」
涙目で震えながら、サイファーはようやく立ち上がる。
立ち上がるなり私を見下ろして言った言葉が……『馬鹿』ですって?! もうっ、許せな
いんだから!
「失礼ね! 私はいつだって真剣なの! 私は! 私は、……自分で、……自分だけの部
隊をつくるんだから!」
びしっと指差し一閃、おもいっきり言ってやったわ。
上の人以外、誰にも言った事のない秘密だったけど、ココまで馬鹿にされだら黙ってい
られないもの。
あー、すっきり。
だけど、部隊と聞いた瞬間、サイファーの瞳がぴしって鋭くなったの。
不敵な笑みもすっと消えて、表情も凄くクールになって。
怖いくらい冷たい。
そうだ、この人だってこの乱戦を生き残った力があるんだ。力を持ってるんだ。
怖くて当然。鋭くなきゃ戦場では真っ先に死んじゃうものね。
でも……、これはちょっとぞくっとしちゃう。
鋭い視線のまま私を見下ろして、サイファーは涼やかな声を一層冷たくして私に話した
の。
「……ふぅん? 自分だけの部隊、ねぇ?」
「な、何よ」
「何の為に? 自分で部隊を作るなんざ、金もコネも力も必要だ。それこそ、RNAの上
部の奴らに文句を言わせないだけの、な?」
「そ、そうよ。だからその為にこうやって頑張ってるんじゃない」
サイファーの冷たい視線に怯みそうになる。
この人、アレだけ軽い雰囲気出してたのに、きっと本質は違うんだ。
――まるで、凄く切れ味の良い、ナイフみたいな。
恐ろしく冷酷な、何かが、じわって滲んでる。
でも、こんな所で怯んでちゃ駄目。(しかも味方相手じゃない!)
高まる何かに震える体を必死で抑えながら、それでも私はサイファーから目線を逸らさ
なかった。
でも、目の前のサイファーはやっぱり鋭かった。
震える私をあっさり見抜いて冷たく言い放ったの。
「……、はっ、震えてるじゃないか。俺様が怖いのか? ……そんなか弱い少女が、何を
求めて、何の為にそこまで必死になるんだ?」
サイファーの問いかけに体がビクリと震える。
どうしてだろう、尋ねられてるだけなのに。
攻められてるわけでもないのに、なぜか泣きそうで。
少しの間の後、私は正直に自分の決意をサイファーに明かした。
恐怖から?
ううん、違う。
この人になら、明かしてもいい気がしたの。
……唯の勘だったけど。
「自分だけの、自分の場所をつくるの。最強に信頼できる仲間が欲しいの。……それだけ」
「居場所、ねぇ?」
サイファーは踏みつけていた物言わぬ敵機から足を下ろすと、一歩近づいて薄赤の瞳で
私を見下ろす。
凄みのある、冷たい視線。
もう一歩近づけば鼻先が触れてしまいそうな距離でにらめっこが続く。
しばらくの沈黙の後、怖いほど真剣な表情のままサイファーはすっと口を開いた。
「……今回みたいに雑魚相手でも、装備くらい万全にしていないと、いつか死ぬぜ?」
「……っ!」
「……で、どんな部隊を作る気だ?」
「え、……、何?」
なにか説教でもされるのかと思ったら……、あれ、質問?
っていうか、表情が、戻って……る?
「べ、別に。自由がいいけど。強いて言えば、居心地のいい……」
「解ったわかった。OK、OK」
何を納得したのか、サイファーはうんうんと頷いて、私の頭をぽんぽん叩くの。
何するのよ!? 乙女の頭に気安く触れないで……!?
「お前の話、乗るぜ」
「……え?」
「え? じゃねぇよ。俺様が部下その一になってやるよ」
「ちょ、……え!?」
「俺様はノイモンド。サイファーのノイモンドだ。俺様はお前の望むコネも強さも持って
いるぜ? どうだ、部下としては申し分ないだろう? よろしく。無茶な姫君?」
不敵な笑みを浮かべながら、ノイは仰々しく頭を下げる。
「え、え!?」
戸惑う私の手をとって、ノイは手の甲にキスをするの。
ちょ、なにこの気障っぷり!?
そしてこの日、ノイの上部への働きかけと私の戦場での功績もあって、申請していた部
隊の設立が認められ、私はめでたく自分の部隊と戦艦を手に入れた。
(どうやらノイは相当上の方まで顔が利くみたい。本人は何も言わないけど)
そして……、ノイは私の最初の部下になった。
「――やぁ我らが姫君、泣き止んだかな?」
戦艦リーベルタース一階の会議室の椅子の上。
膝を抱えて、エルンの上着に埋もれる私の頭を、ノイがぽんとたたいた。
叩かれた拍子に左右で括った髪が揺れてふわっと揺れる。
「……っ、ちょ、もう! べ、別に、ちょっと動揺しただけよ。なんでもないわ」
「また解りやすい強がりを。大丈夫だ。もう直ぐデータを確認に行ったフレーズが帰って
くる」
ノイは二つ分の紅茶を机に置き、その横に何かを盛大にばら撒くと、隣の椅子に足を組
んで座ってフッと笑う。机の上にばら撒かれたのは、大量の個包装のお菓子だった。
「心の栄養だ。美味しいぜ? 食えよ」
甘党のノイはどんな時でもおやつを持っている。
あんなに大量のお菓子、袋を持っているわけでもないのに全く何処から出してくるんだ
ろう。
ばらまかれたお菓子を一つとって、ぴりっとあけてみる。
中に入っていたのは、掌サイズのガトーショコラだった。
「……」
そう言えば朝から何も食べてない。
時刻は十一時だ。甘い匂いに反応してお腹がきゅうと鳴く。
「……いただきます」
ひとくち齧ってみる。ほんのり甘くて、優しいチョコレートの味が口の中に広がる。
でも、泣いてたせいかちょっと塩辛い上に味の輪郭がぼやけて感じる。ノイの事だ、こ
のお菓子もきっと上等なものなんだろう。なのに、まともに味わえないなんて。悔しい。
「……おい、アル。怖い顔するな。菓子がまずくなるだろ」
「……」
奥に座ったアルを見てノイがぼそりと呟く。
会議室に入ってから、スペシネフのアルシオンは一言も口をきかない。
物凄く怖い表情のまま、一番奥の席で腕組みしてる。
「ったく、コレだからガルやメルから『お父さん』だ、って言われるんだ」
「……うるさい」
お父さん扱いが不服なのか、アルは少し眉を寄せて低く呟いた。
ガルとメルはカルディアのメンバーで、アファームドの兄弟だ。
ガルはバトラーで、メルはストライカー。
ガルは解りやすくいかにも体育会系な若い兄貴だ。近接大好きの明るい奴で、私との訓
練にもよく付き合ってくれるホントに良い奴なの。逆にメルは目深に帽子をかぶってる上
に紅い布のマスクしてて、その上軍服みたいなのを着込んでるから顔も性別もわからない
謎な人物だ。しかもエルンを上回る無口で、話しても「了解」とか「断る」とか最低限し
か言わないの。でもメルも悪い人じゃないの。じゃなきゃカルディアには入らせてあげな
いもの。
そしてカルディアにはもう二人仲間が居る。
ドルドレイのゲルトナとバルバドスのラロだ。
ゲルトナは常にVRの姿のまますごしていて、(でもきっと中身はおじさんだと思うの)
船尾の倉庫を部屋みたいにして過ごしている。倉庫の管理もやっていて、在庫管理なんか
の仕事は確実安心。機械音声で話すけど、皆に優しいから雰囲気的には頼れるおじさまっ
て感じ。
あとはバルバドスのラロ。
ラロは常にリバコンした姿のままで、そして何故か簡易休憩所の自販機の横が定位置。
そしていつも妙なポーズで仲間を驚かせるの。一言で言えば変な奴。でもノイもエルンも
信用してるみたいだから、大丈夫……だと思う。
……ラロは本気で不思議で謎い。
そんな事を考えてたら、がちゃりと会議室の扉が音を立てた。
「遅くなりましたわ。少し、手間取って……」
「お、帰ってきたぜ。我らがブレーンが」
ラボから走ってきたのか、エンジェランのフレーズが息を切らせて入ってくる。揺れる
真紅の髪はいつだってさらさらで綺麗だ。
「エピカ。お待たせしましたわ」
「ううん、ありがとう。……それで?」
フレーズは私の向かいに座ると、机の中央に幾つかのヴィジョンを並べる。
ヴィジョンに映し出された沢山の数字の羅列は、細かすぎて私には全く意味不明。って
いうか、こういう難しいのは苦手、わかんないんだもの。普段だったら眠くなっちゃう所
だわ。
「RNAの本部のデータベースに気付かれないようにハッキングなんて、もう二度とした
くありませんわ。全く。どれだけ対策されてるんだか」
「そりゃ……なぁ。で、誰が隊長に連絡入れたか、わかったか?」
お菓子を片手に、ノイがヴィジョンを覗き込む。
「……それが妙なんですの。『本部の誰も発信していなかった』。これが正解ですわ」
予想外の答えに、頭が真っ白になる。だって、確かに着信音が……!!
「う、嘘! そんな筈……!!」
「まぁ、おちつけエピカ。フレーズが調べたんだから、間違いないだろ?」
「あらゆる履歴を探ったのですが……発信した形跡すらありませんでしたわ。ただ、一つ
分かった事が」
「な、何?」
身を乗り出す私に、フレーズはすっと新しいヴィジョンを差し出す。
……いや、だから私は見ても解らないんだけど。
「RNAは何の動きも無かった。……でも、少し前に、DNAで何かあったという情報を
みつけましたわ。全く関係ないかもしれませんが」
「DNAで、だと?」
「なにそれ。エルンが破壊(こわ)したの?」
私の問いに、フレーズは首を振る。
「いいえ、それは違いますわ。RNAの情報部が掴んだのは、『DNAの一部隊が宇宙へ
と向かったらしい』という事。それが隊長と関係があるかはわかりませんわ。でも、タイ
ミング的には一致するの。そう。隊長が居なくなったのとその情報が入ったのが同時とい
う事なのよ」
フレーズの報告に、ノイの表情が変わる。何処か挑戦的な鋭い笑みだ。
「RNAが指示していないのに、DNAと同じタイミングで出て行った、ふぅん?」
ノイの冷たい視線の先の何かを感じて、私は首を振る。
「なによ、……エルンが、エルンがDNAと通じてるとでも言いたいの?」
「何が違う? RNAからの発信記録が無く、同じタイミングで出て行った。……何をし
にいったんだろうな。隊長は?」
ニヤリと口の端を歪ませて、ノイは私を見る。
「違う! フレーズは関係ないかもって言ってるでしょ!?」
ノイの言いたい事が何なのかが解って、私の胸の奥が締め付けられていく。
違う、エルンは――裏切ったりなんかしない!
違う、絶対に――!!
「やめろ! ノイモンド!」
がたん、と立ち上がり、アルが叫ぶ。
「なんだ? なにか他にあるとでも?」
椅子の背にもたれかかりながら、ノイは視線をアルにむける。
でも、ノイの視線を弾き返す勢いで、アルはギロリと睨みかえした。
「……確信は無い。だか、DNAはおそらく関係は無い筈だ」
「ほう? 何か知ってるんだな? ――言えよ」
アルは少し迷うような表情を見せた後、私に目を向ける。
穏やかな視線だった。アルの視線は何時だって優しい。
「隊長は時折、ああやって出撃していた。単独任務だと言って出て行ったり、それこそエ
ピカにも言わずに行ったこともある。流石に俺も気になってな、……一度、尋ねた事があ
るんだ。その目的が、何なのか」
「目……的? ね、何? 何なの?」
私は深い赤色のアルの目を見つめ返し、必死に問いかけた。
裏切り以外の答えが欲しかった。
わずかな静寂。
その後で、アルは予想もしなかった単語を呟いた。
「タングラム」
「……タングラム、だと?」
「この戦いの……覇者が手に入れられるって言う、都合の良い、アレの事?」
「そう、あれだ。おそらくだがな」
タングラムとは、この未曾有の大戦役、オラトリオ・タングラムのきっかけにもなった
とんでもない代物の名前だ。
時空因果律制御機構と言われるそれは、解りやすく言えば好き勝手に思うままに事象を
コントロールできてしまう都合の良い力を持っているらしい。
上のお偉方はそれの恩恵に与ろうと必死になって、その結果、オラトリオタングラム―
―この戦争が始まった――と言われている。
アルの一言を聞いて、ノイが眉を寄せ手を止める。
「何故だ? ……隊長はタングラムを狙っているのか? なんだかんだ言って、エピカを
大事にしてる隊長がエピカを泣かせてまで単独で探しに行く、そこまでする程タングラム
が必要な何かがあると言うのか? 俺達にも言わずに? 解らないじゃないか」
私達の部隊に課せられた任務の一つにも、タングラムに関する事項は記載されている。
だけど、それは直接タングラムに関わるような事ではないし、DNAの部隊への攻撃な
どの任務に比べれば優先順位は低い方なのだ。
あくまでもカルディアはRNAに所属しつつも独立した、自由に動ける戦闘集団であり、
タングラムの捜索隊ではないのだ。
それに、タングラムはCIS(電脳虚数空間)へ旅立ったとされていて、何処に居るの
かすら全く解っていないのだ。
「エルン、タングラムが……欲しいの? エルンは……何を隠してるの?」
タングラムに近づく方法は、最近の調べで少しずつ解って来ている。が、タングラムと
接触できると予測されるポイント近辺は激戦地になっていて、とても一人で行ける様な状
況ではないのだ。
いろんな考えが頭に浮かんでは消えていく。
ぐるぐると回る思考を遮るように、ノイがふと私に声をかけた。
その声はいつもと変わらぬ涼やかな声だった。
「――あ、エピカ。一つ頼んでもいいか?」
「え、何?」
「……紅茶が、切れた」
この上もなく悲しそうに、ノイは目を伏せる。
「俺様は今すぐにもう一杯の紅茶が飲みたいんだ。自販機で構わない。買ってきてくれな
いか?」
「……なん」
「よし、頼んだぞ」
否定も肯定もする隙を与えず、ノイは私に小銭を握らせる。
速い。
「……もう、自販機の紅茶じゃ納得しないくせに」
お菓子もそうだけど、ノイの紅茶へのこだわりは半端じゃない。なのに。
「よし、頼んだぜ?」
無駄にさわやかな笑顔でノイは手を振る。
うぅ、さわやかな笑顔が眩しい。もう、カッコイイなぁ。断れないじゃない。
……いや、エルンが一番だけど。
――エルン。
エルンを思い出して、胸がきゅっと切なくなる。
信じてるの。エルンを。
エルンは言ってくれたの。
――私を大事にするって。
肩にかかったエルンのジャケットに抱かれながら、あの日の事を、そして数時間前の事
を思い出す。
大丈夫、そうじゃなきゃ、そうじゃなきゃ駄目なの……!
強く思えば思うほど、勝手に目が潤む。私は目をこすって立ち上がると、重い足取りで
会議室を出ていった。
「……で、フレーズ、他に何がわかったんだ?」
ノイは一瞬で表情を切り替え、鋭い視線でフレーズに問いかける。
ヴィジョンの隅に、氷の欠片のイラストが小さく点滅していたのだ。それはフレーズの
『エピカにはまだ言えない』というサインだった。
「……調べているうちに、妙な事に気がつきましたの。これは、隊長のデータなのだけれ
ど……」
フレーズがすっと引っ張り出してきたのは隊長であるエルンのデータだった。
一見、何でもないような普通のプロフィール画面だ。
顔写真に機体名、所属や履歴などがずらっと並んでいる。
長々と並ぶ戦績は見事なもので、短期間で隊長まで上り詰めた実力の程を物語っている
ようだった。
「これになにかあるのか?」
アルは目を細めて、画面を覗き込み、――そしてピクリと眉を動かす。
「気付きまして? ……そう。何かでプロテクトされていますの。もう一枚、裏に何か書
いてあるみたいですのよ?」
素早くキー操作するフレーズを見ながら、ノイはふっと笑う。
「……だろうな」
「……ノイ、どういう事ですの?」
怪訝そうに眉を寄せるフレーズに、ノイは口の端を上げる。
「ま、俺様の勘が当たっていれば、エピカ本人が真実に到達するだろうさ。俺様達は俺様
達でそいつに近づいてみようぜ? 面白いじゃないか。――まぁ、最後は二人の絆次第っ
て所だろうけどな?」
ノイは立ち上がると腕組みをして小さく笑う。そして素早く指示を出した。
「フレーズはそいつの解析だ。アルと俺様は部隊の他の連中に勘付かれない様に工作だ。
仕事が入ったときは俺様達で片付けちまおうぜ。きっと隊長もエピカもこの事に気付かれ
たくない筈だからな。やんわりと済ませようぜ? ……それに隊長に恩を売る良い機会だ」
どこまで本気なのか、ノイは肩を震わせて小さく笑う。
「……まぁ、意地悪な顔ですこと。私ラボに戻って解析しますわ。エピカの事よろしくお
願いしますわ」
「……こっちも了解だ、ノイ、先に行くぞ」
フレーズは並べた資料を回収し、アルと共に会議室の外へと向かう。
そして一人になった会議室で、ノイはまた表情を変える。
「さぁ、隊長、アンタは何を選び、何を優先させるんだ? エピカはお前を信頼している。
この上もなくな。だが、これ以上余計な事をしてひっかきまわすなら、――責任はとって
貰わなきゃ、なぁ? 折角姫君が必死になって手にした部隊(場所)なんだ。いや、俺様
だって、アルもフレーズも、皆そうなんだ。……易々と壊すわけにはいかないんだよ」
冷たい視線、凍るようなされど激しい何かを秘めた表情、それはノイの本質であり隊の
誰も気付いていないノイの一面だった。
唯一、エピカを除いて。
「エピカを――俺様の『妹』を泣かせた罪は重いぜ? ――エルンスト・ アンカラハイ
ト!」
誰も居なくなった会議室で、淡い赤い瞳を細めてノイは唸るように言い放った。
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