いつもどおりの朝。
戦艦の上を穏やかな海風が走っていって、空では海鳥がみゃーみゃー啼いてる。
朝、といっても、まだ周りは暗い。
何故なら、まだ太陽が海の下に隠れている時間だから。
私は太陽が出てくる瞬間が好き。
だから決まってこの時間に甲板に出てくるの。
早起きは苦じゃないわ。
ほら海の稜線が赤く染まって……
「エピカ、またこんな所にいたのか」
「……エルン」
お日様が少し顔を出したのを確認して、私は振り返る。
少し眠そうに頭をかきながら、大好きな彼が私を探して起きてくるの。
毎朝。いつもこう。
いつもどおりの変わらない朝。
「今日は良い天気だから、お日様、綺麗よ」
「そうだな。俺はもう少し寝ていたいんだが」
眠そうな彼。
別に私なんか放っておいて寝ていても全然構わないのに。
「寝てれば?」
「……さぁな」
彼は問いに答えずに自分の黒いジャケットを脱ぐと、そっと私掛けてくれる。
暖かい。
少しだけ男くさいけど、その匂いも好き。
「寒いだろう。これからの季節もっと寒くなる。そんな格好じゃだめだ」
黒のノンスリーブにミニスカート、オーバーニーを穿いただけの私を見て、彼は険しい
顔をする。
「平気よ。だってエルンがこうしてジャケットを掛けてくれるもの」
にこりと笑う私に、彼はやれやれと首を振る。
「なぁに? 心配で寝てられない? ……キャッ!?」
ちょっとからかおうと思って意地悪言った瞬間、彼は私を後ろから抱きしめたの。
しっかりとした両腕、広い胸。
筋肉のせいで少し硬いけど、それでも私は彼の腕の中が好き。
溶けていきそうな程安心するし、暖かい。
誰もまだ起きて来ない朝の時間。
太陽が少しづつ昇ってきて、ぴたりとくっついた私達を穢れない光で照らす。
とても静か。
海風と波の音、そして海鳥が啼く音だけが甲板に流れる。
「エルン、ちょっと苦しい。ぎゅってしすぎ」
「……そうか?」
「ね、エルン。おはよう、ってして?」
「……」
毎朝の恒例。エルンは私におはようのキスをするの。しなきゃだめなの。
これは私が決めた勝手なルール。
エルンは少し困った顔をした後、そっと唇を重ねてくれる。
すっと離れようとするエルンを、今日は……なんとなく呼び止めてみた。
「……ん、まって、もっと」
「……」
エルンは何も言わずもう一つキスをくれる。
でもそれはおはようのキスじゃなくて、もっともっと甘いキス。
「んん、……っ」
繰り返されるキス。
次第に舌が絡んで、触れ合うたびに絡み合う音が響く。
じんと体の奥が熱くなって、切なくなってきた時、エルンはそっと唇を離した。
「……部屋に帰ろう」
「エル……」
ピピピピ。
良い雰囲気だったのに。
けたたましい音がエルンの腰元から響いた。
こんな早朝に……通信?
携帯をみたエルンの表情が強張る。
この顔は……戦場に居る時に見せる顔だ。
「緊急指令? ……エルンにだけ?」
変だわ。
指令なら副隊長の私にも、ううん、隊の皆に届くはずよ?
何故エルンにだけ……
「……」
機嫌悪そうに眉を寄せて、エルンはぱたんと携帯を閉じる。
「ね、なんでエルンだけ……」
「たまには外でもいいか」
「ちょ、……エルン!?」
エルンは私を片手で抱え上げると、そのまま見張り台へと上がっていく。
私の問いにも答えず、少し強引に。
「エルン? 呼び出しは……!」
見上げたエルンの顔が少し上気している。
あぁ、そっか、エルンも熱いんだ……。そう気付いた瞬間、私の体は思い出した様に一
気に熱くなった。
「こんな熱くなったまま、放っておけんだろ。……俺だって嫌だ」
「エル……ひゃう!」
上へ上がった瞬間、エルンは私の上に重なる。
「エピカ」
切なそうな顔で私の名前を読んで、再び唇が重なる。
熱くなったエルンの大きな手が、ゆっくりと体に触れて、頬、首、胸、腰。次第に手は
下がって行って……
「……こんなになってるじゃないか」
「……馬鹿。あんなキス、するからでしょ。こんな風に、さわるし」
小さな声でエルンに抗議するも、触れられるたびに押し寄せる感覚に声は次第に吐息に
変わっていってしまう。
疑問なんか直ぐに忘れてしまう。
今は体中がエルンを欲しがってるの。
もう、それだけで一杯。
お願い、頂戴?
精一杯甘えた目をして、エルンに訴えかける。
すると、やらしい音をたてながら、エルンの指がするりと滑り込むの。
待ちわびた一瞬に、体が震えて心が揺れる。
「んぁっ……!」
なんの抵抗もなく入っていく指は、じわじわと動いて少しずつ、少しずつ……
探られて、刺激されて。
もっと、もっとと体が要求するの。
それ以上の快楽を知っているから。
エルンが私に教えたから。
「エピカ……」
「お願い、もう頂戴? これ以上……っ、がまん……んあぁあっ!」
言い終わる前に、異物が体に入ってきてびくりと体が反応する。
「や……エル、まだ、痛い……」
時間をかけていないせいか、入り口が大きさに耐えれず悲鳴を上げる。
「……狭いな。確かに」
彼は私を抱き起こすと、見張り台の壁にもたれて私をそのまま膝の上に乗せた。
「ふあぁん!」
「声、出すなよ。ばれるぞ」
「……んぅっ!!」
恥ずかしさで耳まで熱くなる。でもその気持ちとは逆に、じわりと濡れてエルンをのみ
込んでいく自分。
そんな私を少し意地悪な顔でエルンは見てるの。
やだもう。解ってて言ってるんだ。
許せない。
「っ、こら、締めるな!」
「し、仕返し、……ゃっ!」
仕返しはあっけなく仕返され、そして私は動けなくなる。
突き上げられるたびに声を漏らし、押し寄せる快感にただ身を委ねるだけ。
愛する人と重なる瞬間。
一番心が落ち着く。心が熱くなる。
「えるぅ……もう、らめ……きちゃううう……」
きっと凄くだらしない顔になってるのに、エルンはそんな私をじっと見たままで。
見ないで欲しいのに。
こういう時だけ、エルンは少し意地悪になる。
「あぁ。見ておいてやる」
「もう……変態すぎ……っ、ふあ、ああああああっ!」
彼に見られながら、……あっけなく達してしまう。
彼は私を知りすぎている。
歓ぶ所も、心の溶かし方も。
体は素直。心なんかよりもずっと素直。
嬉しいと直ぐに反応してしまうの。
どう抗っても駄目。エルンが、大好きだから。
「……っ!」
強烈な快楽で震える私の少し後で、彼が精を放つ。
じわりと暖かいものが広がって、満たされていく感覚。
もう、全てが……
「……」
しばらくしてエルンが立ち上がる。
あれ、何処行くの? エルン?
「大丈夫だ。直ぐに戻る」
くったりと横になる私にジャケットを掛け直して……
あれ、リバースコンバート?
エルンはライデンの装甲を身に纏い、誰かに連絡を入れる。
「あぁ、朝早くすまない。エピカを……頼む」
「える……ん……」
「心配するな。大丈夫だ」
優しい笑顔を見せて、エルンは私の頭をそっと撫でる。
やだ、行かないで? 何処行くの?
独りで、戦場へ行くの? 私も……
「んぅ……」
エルンはそっと口づけて、薄い水色の朝の空へ去っていく。
行かないで? 行かないで……!
朝の空へ手を伸ばす。
「エ……ル……」
快楽の余韻が意識を奪う。
急激な脱力。
伸ばした手は力なく、ぱたりと床に落ちる。
「やだ……」
抗う事も出来ず意識は遠のき、私はそのまま……眠ってしまった。
「あら、目覚めまして?」
起きたら自分の部屋だった。
目の前に居るのはフレーズ。
あれ、そうだ。エルン、エルンは!?
「ね、フレーズ、エルンは!?」
まだ少し熱い体を無理やり起こして、私はフレーズに問いかけた。
「……だ、大丈夫ですわ。直ぐに帰って……」
「……ね、フレーズ。何を知ってるの?」
私の問いかけに、フレーズは表情を強張らせる。
「……詳しい事は私も知りませんわ」
「こういう事、初めてじゃないよね。きっと。独りで緊急に出かけていくの」
「……エピカ」
……実は何となく感じてた。
私の知らない所で、エルンが独りで戦いに行ってる事。
「エピカ、あのね?」
「黙ってたんだ。フレーズ、知ってたのに」
「エピカ……!」
あぁ、フレーズが悲しそうな顔してる。
私、意地悪だ。
きっと私が不安にならないように黙ってたんだって、何となく解るのに。
「他に誰が知ってるの?」
「……」
「教えて。副隊長命令よ」
こんな事言いたくない!
でもそれ以上に、フレーズがエルンの秘密を知ってるのが、……少し悔しかったの。
「……ノイ、アル。それ以外は知らないわ。でも私が知ってるのは時々こうやって出て行
ってる事だけよ。それは……本当……」
俯いて目を潤ませるフレーズを見て、私は酷いことしたんだと思った。
「……ごめん、フレーズ、許して」
「いいえ。私達も、何時までも隠せるだなんて思っていないもの。許すも何も……!」
「ありがとう、フレーズ」
今にも崩れそうなフレーズを私は慌てて抱きしめる。
コレでいいのか解らないけど、人の慰め方なんて私はこれしか知らないから。
「……ね、ノイとアルを叩き起こして。私。知りたい」
「……解ったわ。会議室で待っていてね。……エピカ」
去り際にフレーズは私を抱きしめ、そして去っていった。
窓際に立って、海を眺める。
体に残っているのはわずかな快楽の余韻と彼が確かにそこに居たという感覚。
彼は強くて、優しくて。
私を理解してくれて。愛し方を教えてくれて、愛してくれて。
「エルンの馬鹿。……何を秘密にしてるのよ。独りで……死んじゃったらどうするのよ!」
胸から溢れ出てくる不安。
怖い。怖い。
独りはもういや。
誰も欠けて欲しくない。
一番、一番居なくなって欲しくないのは……!!
涙が勝手に溢れてくる。
怖い。怖い。
足が震えてその場に崩れる。
エルン、エルン……!
「エピカ!!」
部屋の扉が勢い良く開き、アルが血相を変えて入ってくる。
「あるぅ……怖い。怖いよう……」
「くそっ……こうなるのは解ってたんだ……!!」
震える私の肩をアルはそっと抱いた。
少しほっとしたのか、不安が頂点に達したのか。
「あるううううう! エルンは何処!? うああああっ!」
大声で泣く私を、アルは強く抱きしめ、胸を貸してくれた。
エルン、何しに何処へ行ってるの?
中々涙は止まらず、私はしばらくの間アルの胸で泣いていた。
いつもどおりの朝。
彼の居ない朝。
いつもと違う朝。
何かが、少し動き出した感じがした。