・novels−小説&SS
(10.03.03更新)


・『序章・その者の名は『フェイク』』』

 

「ご苦労だったね『フェイク』。君はやはり、使える人間だったようだ。VRの操縦技術
になんら問題は無い。支給したアファームドも無傷。上等だ」
 
 若く凛々しい、青年の声がコクピットに響く。
 機体色の青が眩しい、テムジンから発せられた通信だった。
 リーダーからの通信を受け、『フェイク』と呼ばれた男はゆらりと顔を上げる。
 
  
 ――『フェイク』、偽者と呼ばれしその男は、少し普通じゃない印象の男だった。
 
 
 歳の頃は20代後半だろうか。
 切れ長の目は鋭く、しかし何処か虚ろ。
 刺々しい黒髪は、まるで全てを拒絶するかのよう。
 そういった鋭利な印象もさることながら、彼を『普通じゃない』と印象付けていたのは、
その『顔』が理由だった。
 幾重にも刻まれた深い傷跡。
 中でも、頬から額にかけて亀裂のように走る傷跡はかなり目立つ。
 それは、見る者が思わず目を背けたくなる程に、激しいものだった。
 
「……これで、終わりか」
 
 『フェイク』は、擦れた声で小さく問うた。
「今日の所は、な。あくまでもこの戦闘は『お前の有用性』を確かめる為の戦闘だからな。
さ、引き上げよう。気づかれる前に消えるんだ」
 リーダーであるシアンは、『フェイク』の問いに淀みなく答える。
 きっぱりと言い切るその話し方は、いかにも軍人のそれだった。
 
 シアン・フィデール中尉。
 DNA所属の若き兵士で、現在はフレッシュ・リフォーの一部隊を任されるテムジン乗
りである。性格はまじめで厳格。戦場での立ち回りの特長は、『まるでお手本のように正
確な動き』。任務を正確に遂行する、優秀な軍人だった。
 容姿もそれなりにいいほうで、少し長めの金髪に緑の瞳は、兵士というには少しやさし
すぎる印象がある。
 
 不意に、そんなシアンの優しげな表情が険しく変化する。
 彼の緑色の目に映るのは、撃破された部下のグリスボックだった。
 仲間(グリス)を回収する部下達(シュタインボック)を目で追いながら、小さく呟く。
「……こちらにも損害が出たのは、予想外だったけど……ね」
 ひやりと冷たいその声に、思わず部下達は背筋を震わせる。
 
 ――彼(シアン)の元で戦う限り、失敗は許されない。
 
 それは、この部隊に定められた絶対のルールだった。
 シアン率いる部隊は、そういう部隊なのだ。
「た、隊長! グリスボック、回収しました」
 緊張した声で、シュタインのパイロットが報告する。
「破片一つ残すなよ。……で、パイロットは」
 すこしやわらかい声音。
 だが、それは部下を気遣ってのものではない。
「ま、まだかろうじて生きています!」
「……よかった。…………また叩きなおせば、それで」
「……っ」
 部下達はシアンの声に、ビクリと震える。
 しくじれば、血反吐を吐くような地獄の特訓が待っている。
 皆、それを知っていた。
 だから、いっそ死んでいればこいつも楽だったろうにと、何も知らず気絶している仲間
に思わず同情してしまう。
 だが、シアンも唯厳しいだけのリーダーではない事も、皆解っていた。
 なんだかんだ言って、この部隊は生存率100%という実績がある。
 厳格なリーダーは指揮官としても優秀で、彼に従ってさえいれば、従えるだけの力があ
れば、生き延びていける。
 なんだかんだ言って、皆生き延びたいのだ。だから、彼に従うのだ。
  
「よし、帰還する!」
「「了解!!」」
 シアンの号令にあわせて、部下達がいっせいに飛び立つ。
 小さな戦場だったそこを、静寂が支配していく。
 その場に残ったのは、RNAのVRの残骸達と、……『フェイク』だった。
「……」
 『フェイク』は何を思ったのかその場に残り、宙に浮かぶ屍となったRNAのアファー
ムドを眺めていた。
「…………RNA」
 小さく呟く。
 彼の虚ろな目に、哀れなアファームドはどう映っているのだろうか。
 何かを思い、彼の視線は虚空を唯漂う。
 
「『フェイク』! 遅れるな!!」
 
 シアンの突然の怒声に、『フェイク』は現実に引き戻され、思わず眉を寄せる。
 この部隊にいると、ゆっくりモノを考えることも出来ない。
 いつだって、せわしないのだ。
「……了解」
 短く返事をし、『フェイク』は操縦桿を握る。
 赤く塗られたDNAのアファームドは、宙を走り、その宙域を離れ上官であるシアンを
追いかけた。
 
(……)
 アファームドを全速で走らせながら、『フェイク』は自分の左腕を見ていた。
 左腕の骨には、兵士は皆ICチップが組み込んであった。
 それは彼らの兵士達の身元を示す、唯一の証だった。
 『フェイク』は、自らの腕をコクピットの脇にあるICリーダーに翳す。
 ピピという短い音と同時に、ICチップから読み込まれた情報が正面のモニタにざっと
表示された。
 
 そこには、こう書いてあった。
 
 
『所属・RNA。現在、死亡扱い』
 
  
 ――元RNAの兵士である。それ以上のデータは破損していて出てこない。
 名前も、自分の過去さえもこの世には残っていないのだ。
「……『フェイク』、か」
 RNAの兵士を騙りRNAの兵士を殺す、DNAの兵士『フェイク』。
 自らの因果な運命思うと、最早笑いしかでてこなかった。
 
 オラトリオタングラムが始まって、5年。
 DNAもRNAも、互いにまだタングラムを追って、もしくは己の利益の為に、戦い、
争い続けている。
 終わることのない戦乱はこんな汚い手段まで必要としてるのかと、半ば呆れてしまう。
 だが、所詮は『フェイク』も唯の兵士で、駒でしかなかった。
 考えた所で、何か変わるわけではなかった。
「…………俺は、生きている」
 両手の操縦桿を握り締め、奥歯をかみ締める。
 『フェイク』の両足が、ギシリと軋んだ。



『序章』へ   →

<swear memory>トップへ

novelsトップへ    サイトトップへ