事態は切迫していた。
「くそ、なんてこった……!」
「二号、三号、五号機、応答なしだ! どうします、エア隊長!」
「俺達二人か……で、あいつらをなんとかしろってのか」
うんざりした表情で、青年隊長――エアは顔を上げた。
延々と広がる宇宙空間。キラキラと輝く星々。
そこにぽつんと浮かんだ補給用のプラント。
向こう側で、青い光が煌く。
「来たっ!」
青年は叫び、回避行動をとろうと機体を旋回させる。
「持ってくれよ、BT!」
愛機のアファームドBTを励まし、最大出力でその場を離れる。
瞬間、4wayレーザーがBTの脇をかすめ、消えていく。
助かった。そう思った次の瞬間、激しいノイズと共に断末魔の絶叫がコクピットに木霊
した。
「ぐああ!」
「ベッカー!?」
青年は声のする方向へ機体を向け、そして表情を強張らせた。
音も無く、爆散。
仲間が宇宙の塵になった瞬間だった。
「くっそおおおおおおおお!」
ぎりりと奥歯を鳴らし、エアはトリガーをひいた。
そう、さほど危険ではない任務の筈だった。
RNAの宇宙空域担当の上官から下された命令は、こうだった。
『ダンシングアンダー・ストレージデポ付近で、巡回部隊のVRが数体姿を消している。
何があったかは把握できていない。あそこはRNA(我ら)の支配区域で、しかも非戦闘
区域なのだからな。何が起きているのか、その異変を確認し、報告せよ』
ちょっと見回り程度、それでいいと言われていた。
だからこそ任務を了解し、部下を引き連れてここへ来たのだ。
まさか。
まさか、DNAのVRが出てくるだなんて。
いや、予想はしていた。
このご時世、いつどこで戦闘になってもおかしくないからだ。
陣取りゲームは地球だけじゃモノ足らず、戦火は宇宙へと広がっている。
そこかしこで、戦闘は繰り返されてる。
たとえそこが非戦闘区域であっても、だ。
そんな事は、兵士達の中では常識の範囲内の事だ。
だから、問題はそこじゃない。
問題は、6体ものDNAのVRがそこに居た事(まるで待っていたかのように)なのだ。
テムジンを頭にして、グリスボック3機、シュタインボックが2機。
完璧な布陣だ。
自分の率いる部隊は、待ち伏せにあい、3機が同時に落ちた。
生き残った部下のベッカーとグリスを2機落としたものの、結局は押し切られ、自分一
人を残してベッカーも死んだ。
「俺の失態だ、くそ、一端退くしか……!」
仇討ち的な気持ちは正直あった。
だが、1対4では分が悪すぎた。
区域から離脱しようと、あたりを確認しつつ、だがどうしても消えない疑問が頭をよぎ
る。
(奴ら、なぜ『ここ』に居るんだ)
ここは唯の宇宙の通り道の一つにすぎない場所だった。
たくさんある宇宙の道路の一つなのだ。
この先にあるのは廃プラントで、もう誰も見向きもしない廃墟だ。
こんな場所、言ってしまえば『どーでもいい場所』なのだ。
だからこそ、解らなかった。
戦争公司を通さない無断の戦闘は重大な違反で、多額の罰金を課せられる事になる。
だが、そこまでのリスクを犯して、ここに一体何があるというのだろう。
DNAの目的は何なのか?
RNAの戦力を削ぎたいにしては、あまりにも小規模で無意味だ。
しつこく追い掛け回してくるシュタインをどうにか振り切り、区域を離脱しようとした、
その時だった。
「な、アレは!?」
向かう方向の少し先に、一体のVRが浮かんでこちらを伺っていた。
赤い、アファームドBTだった。
(ラッキー、仲間だ!)
脈打つ鼓動を抑えつつ、あわてて識別番号を確認する。
パイロットの所属は『RNA』だとモニターに表示された。
名前、その他詳しくはノイズが激しくて見えない。だが、それだけで十分だった。
「仲間か! おおい! お前も離脱しろ! 後ろにDNAの小隊が居る!」
RNA共通の回線を開き、呼びかける。
だが赤いBTはその場に仁王立ちしたまま、動かない。
通信機器が壊れていて聞こえていないのか、それとも……。
不意に、赤いBTが片腕を上げた。
両腕のトンファーを展開させ、戦闘の構えを見せたのだ。
「……あいつ、もしかして、二人でやつらを撃破しようぜ……って言ってるのか?」
エアは正直、腕に自信があった。
不意打ちでなければ、あんな奴らぐらい、なんとかやってやるとさえ思っている。
事実、4機のVRに追われてここまで無事に逃げてきたのだ。
「解った! 誰か知らないが、お前、付き合ってくれ! やるならやろう……」
ドン、とコクピットに大音量が響き、機体が激しく揺れる。
激しい衝撃はエアの体を容赦なく打ちつけ、エアは言葉を詰まらせた。
「な、あ」
ガクガクと体を震わせ、顔を上げる。
赤いアファームドが、すぐ目の前に、居た。
赤いアファームドのトンファーが、自分のBTの腹に、突き刺さっている。
「どういう、事、だ」
目の前のBTは、黙したままトンファーを引き抜き、そして再びトンファーを振り下ろ
した。防御も回避も出来ず、エアは打ちのめされる。
そして、理解した。
DNAの部隊と、コイツ。
獲物を逃がさない為の、二重の罠だったのだ、と。
「……きたねぇ」
短い一言を残し、エアのBTは爆散する。
「……」
赤いアファームドを駆る男は、それを何の感慨も無く見送っていた。
心ここに在らず、そんな虚ろな目で宇宙の海を、眺めていた。
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