−辺境屋台屋純平の野望− おいらの名前は純平。 地球生まれの宇宙育ち、歳は14。 ……ガキって言うな。これでも一人前の宇宙屋台屋だぜ。 「小惑星帯の純平」と言えば外惑星航路(地球より外側の惑星)を行き来する奴らはたいてい知っている。 てか、こんなへんぴなとこに常駐しているヤツはおいらくらいしか居ないってのが本当のトコだ。 21世紀に有人火星着陸をはたした人類は、どんどん無くなっちまう地球のエネルギーや物資の不足を当然のごとく月や他の惑星に頼るしか無かったんだ。 色々調べてもどうやら太陽系には地球生命体以外は居そうも無いってんで、だったらいっそ太陽系全体が自分達のモンと前世紀の人達は思ったんだな。 以来、人類は月、金星、火星、木星圏、土星圏とおいらが居る小惑星帯から欲しいモンを採っては地球にせっせと運んでいる。 木星圏や土星圏に行っている連中は独身や何らかの事情が有る連中が多い。 行ったは良いが地球に帰って来るまで早くて数ヶ月から遠い時は1年以上掛かるんだから、大抵普通の家庭のヤツなら近い月や金星や火星で仕事をする。 おいらは主に遠い木星圏や土星圏に行って帰ってくる奇特な連中に温っかくて新鮮な弁当を売って生活している。 「マスター、タイタン32号から注文です」 おっと、仕事だ。 「ポチ、注文と軌道データを渡せ」 ポチってのはおいらの屋台船のAIの名前だ。大和民族の伝統とかでおいらのご先祖がまだ地球に住んでいた頃から代々うちの同居人(人じゃねぇけど)の名前は「ポチ」と決まっている。 「幕の内弁当16人前。メインは肉希望が9人、焼き魚希望が7人っと。すぐにとり掛かるぞ。ポチ、シャリと玉子焼きは任せた」 「了解しました。マスター、肉の在庫を確認したところ、鶏肉が規定在庫を15パーセント下回ってます」 おいらが散髪が面倒で伸ばしている髪をきつく縛って、前掛けを付けているとポチから困惑の声が聞こえた。 「あ、しまった。この間大量注文が入った後、補充すんの忘れてた。ポチ、おやっさんに今すぐに連絡して規定在庫マイナス5パーセント以上の品物を全部注文しといてくれ」 「了解しました。玉子焼きとシャリは後回しで良いですね?」 ポチの暢気な口調にむっとしておいらは怒鳴りつけた。 「ばっかやろう! 大事なお客さんを待たしてどうする? シャリ、玉子焼き、注文全部同時に決まってるだろ。お前の能力でできねぇとは言わせねぇぞ」 おいらは厨房に入ると素早く牛肉と鮭を取り出した。 タイタン32号はその名のとおり、土星の衛星タイタンから鉱物資源を運ぶ大型運搬船だ。 タイタンベースは設備がしっかりしている方だが、火星や月に比べるとまだまだロボットの開発設備が充実していないから人力で重機を動かしている鉱山も多い。 航路の乗組員は屈強の男達が多いから、おいらは迷わず肉料理は牛の煮込みを選んだ。 魚も常に身の大きい物を仕入れている。 丁寧に皮をむいた玉ねぎを素早く切って鍋に放り込む。そいつに解凍した牛肉とおいら特製のダシを入れて、鮭と別々の加熱ブースに入れる。 壁に取り付けられたヘッドセットを被り、通信回線を開く。 「こちら屋台純平。タイタン32号のクルーの皆様、ご注文ありがとうございました。ご注文の品は地球標準時間でこの通信到着2400.3741秒後、タイタン32号軌道ベクトルに32.87.25でお届けします」 384秒後にタイタン32号から返答が返ってきた。 『サンキュー、純平。相変わらず良い計算と腕だ。楽しみにしている』 「毎度ありがとうございます」 おいらはヘッドセットを外して、料理の仕上げに取り掛かる。 一旦、真空状態にしてボタン1つで解凍、温めができるパックに、ポチがよこした玉子焼きの横に予め仕込んでおいた野菜の煮付けを入れる。 メインの肉や魚の横には彩りの良い野菜、真っ白なシャリの上には梅干しとゴマ塩を乗せて完了っと。 うん、毎度の事だが我ながらほれぼれする出来だぜ。お客さん達の喜ぶ顔が目に浮かぶ。 おいらって天才! パックをカプセルに入れて、二重にロックをする。 カプセルをシューターに放り込んでおいらはブリッジに向かった。 シートに着くと併走する微惑星3個に取り付けたブースターのベクトルを確認する。 タイタン32号から注文が入った時に入れておいた座標数値を確認してカセットを射出する。 「ポチ、タイタン32号からの軌道変更の連絡は無いな?」 「はい、マスター。タイタン32号は予定どおりの軌道と加速を続けています。マスターが入力した数値を私も支持します」 「よっしゃ。納品すっぞ」 3つの微惑星のマスドライバー(磁気重力加速装置)を起動させる。 重心ポイントにカプセルが入ったのを確認して、地球に向かって加速し続けるタイタン32号の相対速度にピンポイントで合わせる。 こいつが1番緊張する瞬間だ。 ちょっとでもずれようモンならおいらが丹精込めて作った弁当も、お客さんの手には届かずに宇宙のゴミになっちまうし、当然金も貰えない。 それどころかおいらの宇宙屋台屋としての信用が一気にがた落ちで、仕事を貰えなくなっちまう。 「いっけぇーーーーっ!」 計算値に寸部の狂いも無くカプセルは加速して飛んでいく。 8分後においらの口座に入金の合図が入った。 やれやれ、ちゃんと届いたな。 おいらの母ちゃんはデリバリーランデブー時の事故で死んじまったらしい。 何で「らしい」かってとその時、おいらはまだ2歳で母ちゃんの顔はフォロブックでしか知らねぇ。 お客さんが金星周回軌道に乗るのに失敗して、予定軌道よりちょいとばかり早く(つまり高い軌道を)飛んでしまったのが原因だったそうだ。 親父もおいらが12の時に酷い宇宙放射線病で死んじまった。爺ちゃんもおいらが生まれるずっと前に同じ病気で死んじまったと親父が教えてくれた。 親父は爺ちゃんの代から金星軌道で屋台をやってたんだ。 当時は惑星大気の95パーセントを占める純度の高い二酸化炭素を利用できないかって巨大プロジェクトが有った。 結局、コストが全く見合わないとかで30年でその計画はぽしゃっちまった。 その30年って年月は爺ちゃんと親父の身体を蝕むには充分過ぎる長さだったんだ。 「マスター、おやっさんから通信が入っています」 「あ、繋いでくれ」 おいらは親父が死んでから、1人で宇宙屋台を続けている。 おやっさんは月ベースに住んでいて、おいらみたいに零細屋台の面倒を色々と見てくれている男気の有る人だ。 爺ちゃんの代から色々世話になっていて、おいらは親父の次におやっさんを尊敬している。 モニターにおやっさんの白髪交じりでごつい顔が映った。 「おう、純平。結構商売繁盛してるみてぇだな。味が良いって評判も聞いているし、わしとしても鼻が高いぞ」 「へへっ」 相変わらず元気なおやっさんの顔を見て、おいらもにやりと笑い返した。 数分後に(遠いから仕方無ぇんだけど)おやっさんの表情が変わって声が聞こえてくる。 「急ぎって話だから特配便で荷を送っておくが、料金は通常の2割り増しのペナルティはいくら純平でも変えらねぇぞ」 「分かってらい。おいらのミスだもんな」 ずっと世話になってるから当たり前だけど、在庫管理の不手際をあっさりとおやっさんに見破られちまった。 「そっちで頑張ってるのは解っちゃいるが、たまには休みがてら月にも遊びに来いや。わしも直に純平の顔を見たいからな」 「うん、そのうち行くよ。ありがと。おやっさん」 「お前は忘れっぽいからな。待ってるぞ」 おやっさんは笑って通信を切った。 親父が死んでおいらが孤児になった時におやっさんは「自分が後見人になって月で面倒を見ても良い」って言ってくれた。 それをおいらが無理を承知でしつこくおやっさんに頼み込んで、ここで商売ができるように取り計らって貰ったんだ。 おいらが「勉強は学校に行かなくてもできるから、親父の後を継ぎたい」と言ったら、おやっさんは「平太(親父の名前だ)の息子らしい」って笑って頷いてくれた。 「小惑星帯軌道で店を開きたい」って言った時は、さすがのおやっさんも呆れてたよなぁ。 おいらは月軌道上の中継ステーションを出発したら各惑星、衛星開発ベースを往復する間の何ヶ月もの間、不味い携帯食で我慢している連中に心の底から美味しいって言える物を食べて貰いたいって思ってんだ。 その為に少々割高だが上質な材料をおやっさんに頼んで回して貰っている。 親父が「重労働後の人達の喜ぶ顔が見たいから」って金星軌道に常駐して商売を続けたように、おいらもこの辺境で「美味い、早い」と評判だった親父以上の名を上げたいって思ってる。 「マスター、注文が入ってます」 「おう。こっちに回してくれ」 こうやって商売繁盛で言うこと無しってな。 『○印ドックフード30袋、保存用ピザ200食分、台所用洗浄剤1ケース』 ……。 たまーに居るんだよな。うっかり月基地で補給し忘れたモンに気付いて慌てて注文してくるヤツ。 ええい。それでもお客様はお客様だい。 おいらの腕が泣いているけど、視界も潤んでいるけど、きっと気のせいだ! 「ポチ。急ぎのお客さんみてぇだからちゃっちゃとやるぞ。お前の分担は……」 ブリッジから倉庫に走りながら、ポチに細かく指示を出していく。 「マスター。ずいぶん切り替えが早くなりましたね」 「一言多いっての。細かい座標計算も任せたぞ」 「……はい。マスター」 ポチはまだ何か言いたそうだが、これも気付かなかったコトにしとく。 注文品を確認してヘッドセットを被って元気な声で言った。 「こちら屋台純平。イオ156号のクルーの皆様、ご注文ありがとうございます!」 おわり
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