Introduction

   たとえば、自分が患者として病院に行ったときの情景を想像してみよう。受付を済ませて順番を待つ。(これが長いんですよね)呼ばれて病室に入り、医者から「どうされました?」と聞かれる。「かくかくしかじかで・・・」と説明する。その説明をもとにして医者は「じゃあ、胸の音を聞きましょうね。」「お口を開けてください。」といろいろな確認をする。一通り終わると、医者はカルテに向かってなにやら書き出す。しばらくすると、「風邪ですね。」なんて、言ったあとに、「のどの炎症を抑えるお薬を出しておきますね。何か薬にアレルギーはありますか??」なんてやりとりをする。そして最後に「お大事に」といわれ、診察室をあとにする。

   一般的な病気で病院にかかると、多少の違いはあっても、こんな感じだろう。これを医者の視点から考えると、

(問診)->(理学的検査)->(各種検査)->(診断)->(治療)

と言うプロセスをとるはずである。つまり、医者は、患者が医療を求める理由にあげる様々な症状を聞いて(問診)、その様々な症状から可能性のある疾患を列挙して(鑑別診断)、この疾患であるという直線的な思考と平行して、鑑別診断を否定する根拠として、その後の各種の検査をオーダーする。つまり、ここには

(症状)->(疾患)

と言う診療上のプロセスがある。

   では、私たちが日常学習している内科や外科と言った科目はどうだろうか?おそらく、「今日は、胃がんについての講義をします。」と言う言葉に始まって、定義、診断基準、疫学、病因、病態と続いて、症状、診断、鑑別診断、そして、治療と言うプロセスで講義が展開されるのではないだろうか?

(疾患)->(症状)


   現場と私たちが教室の中で日頃学んでいる「医学」と言うものには、思考の逆転が起きていると言わざるを得ない。「症状から、疾患を考えること」と「疾患から症状を考えること」では、大きな違いがあるからである。このギャップを埋める訓練はいつなされているのだろうか?少なくとも、産業医科大学においては、その卒前教育においては皆無であると思われる。臨床系の系統講義から臨床講義への移行が、それに当たるとも考えられるが、診察のプロセスに対する系統的な講義がなされていない現状を考えると、基礎医学と臨床医学の間にある断絶のように、その間には大きな溝があるように思われる。

   診察のプロセスに対する系統的な講義といったが、ここで提案したいのは、チャートの書き方、プレゼンテーションの技術(回診や症例検討会やインフォームドコンセントの場での)、論文の読み方・集め方、検査データーをどう見るか(ナトリウム値が上昇したら、それはなにを意味するのかとか)、Common Clinical Problem に対するアプローチの仕方(問題に対する考え方・鑑別診断・なにに注目して、なにをなすべきかなど)などを学ぶことをさす。

   つまり、このような体系的な学習をした上で、疾患でなく、症状を軸にした問題解決型(Problem-Oriented) Case Study を行うことで、研修医になったときに対応できるように一つの症状に関する鑑別診断と治療が思い浮かぶことを目標とする。ベッドサイドでの手技などは、学生時代に身につけることはできないが、簡潔かつ正確なカルテ書きと Case Presentation の能力は十分今から学べることであり、かつ研修医にな ったらすぐに求められる重要な能力と思われる。

physical examination
理学的(身体的)検査,診察
視診,聴診,打診,触診など診断のための情報を集めるために行われる検査方法
 

differential diagnosis
鑑別診断
類似の症状を呈する2つ以上の疾病のうち,どれが患者の罹患しているものかを臨床所見の系統的な比較や対比により決定すること

具体的に何をどう進めるのか


   では、今からどのような学習をしていけばよいのか。重箱の隅をつつくような診断基準を隅から隅まで覚えることも確かに大切なことかもしれない。事実、試験では聞かれることの大半が、そのような細々とした事項である。しかしながら、次のようなケーススタディーをすすめていくことも重要である。一つには、チャートの書き方のフォームを学習できる。チャートのCC、HPI、PE 、LabsやImaging から、疾患を想像するに当たって、病態生理、解剖などを理解しながら基礎医学との有機的なつながりを作り上げることができる。そして、医学用語を学ぶことができる。低学年でこの方式の学習を行う場合には、特に後者の2つが強調され、すでに臨床医学を学習している高学年では、これに加えて、疾患を想像するという部分、つまり、できるだけ鑑別診断を考えながら学習を進めることができるという点が強調されることになる。そして、病理像、治療と言った臨床の現場に直結する知識をより具体的、有機的に疾患と結びつけて学習ができる。(もちろん低学年でこの方式で学習を行う際には「こんなかね」くらいでいいとは思うが。)

   具体的には、以下の具体例で説明しようと思う。

 

ID CC:

A 29-year-old male comes to the medical clinic because of

palpitations, weakness, and fatigue that does not allow him
to walk more than five blocks, together with coldness of his
right foot.

HPI:

He underwent surgery four weeks ago for a penetrating stab-

wound injury in his right groin that he sustained during a
fight.

PE VS:

marked tachycardia. PE: continuous murmur and easily

palpable thrill over area of wound; skin over wound warm to
touch; right foot cold to touch with diminished pulse;
tachycardia diminished when pressure applied to site of
fistula (= BRANHAM'S SIGN).

Labs:

CBC/Lytes:normal. LFTs, glucose, BUN, creatinine

normal.

Imaging MR/Angio:

Iarge AV connection (fistula) in groin area with

significant diversion of blood flow. US: color flow doppler
shows rainbow-colored turbulence in fistula; high-velocity
and arterialized (pulsatile) waveform in draining vein.

Gross Pathology:

Abnormal communication between

artery and vein, in this
case as a result of a penetrating injury.

Micro Pathology:

N/A

Treatment:

Surgical repair if symptomatic and

large; angiographic
embolization if smaller. Ultrasound-guided direct
compression is sometimes an option .

Discussion:

May clinically present as high-output

cardiac failure.
latrogenic AV fistulas may be seen after arteriography.

ARTERIOVENOUS FISTULA

   これは、最後にも挙げられるようにARTERIOVENOUS FISTULA に関するClinical Vignettesである。でも、これらを知らないことにして、自分が診察しているつもりになって、上から順番に考えてゆくことにすると、まずは、CC(chief complaint)の部分について

A 29-year-old male comes to the medical clinic because of palpitations, weakness, and fatigue that does not allow him to walk more than five blocks, together with coldness of his right foot.

   29才の男性、主訴は、5ブロック以上歩くことができない動悸、weakness、疲労感で、そしてまたこの症状は右足が冷たいと言う症状を伴っている。

   動悸、weakness、疲労感というのはなにによると言う部分が漠然としすぎているので、ここまでの情報では、おそらく

・足に関係する何らかの障害がある。
・右足が冷たいと言うことから、血流が途絶していることが疑われる。

と言うことがわかれば十分だろう。
   次にHPI(History of present illness) に注目すると、

He underwent surgery four weeks ago for a penetrating stab-wound injury in his right groin that he sustained during a fight.

    過去の病歴は4週間前にケンカの最中の右鼠径部に受けた刺創(ナイフあるいはナイフ状の物で刺すことによってできたもの)を治療目的で手術を受けている。他に疑われる病歴が書かれていないので、この右鼠径部に関する術後の障害が疑われる。

以上を整理すれば、「右鼠径部で術後の障害によって血流が途絶している。」のではないかと言うことが疑われる。この時点で、鼠径部に関する一般的な解剖が確認できていればいいだろう。ここまでが、上記の例に挙げた病院でのひとこまの「問診」にあたる。高学年の勉強会ならば、ここからのアセスメントを考えるべきだが、低学年ならば、予想がつかなければ、すぐに先に読み進めていってかまわまない。ただ、この場合は、「右鼠径部で術後の障害によって血流が途絶している。」と言うことが予想されているので、PE(Physical Examination)では、右鼠径部を中心に注目すればいいと言うことがわかるだろう。

VS : marked tachycardia. PE: continuous murmur and easily palpable thrill over area of wound; skin over wound warm to touch; right foot cold to touch with diminished pulse; tachycardia diminished when pressure applied to site of fistula (= BRANHAM'S SIGN).

VS (vital signs)の頻脈は、様々な理由が考えられるが、別表のCommon Clinical Problemの鑑別診断の表によれば(高学年はここで鑑別診断とその機序をきちんと説明できなければならない)、様々な可能性が疑われるので、ここでは一応保留しておいて、PEでは、BRANHAM'S SIGNが見られることで、そこに説明があるようにfistulaの存在が疑われることがわかる。

vital signs
生命徴候(呼吸、脈拍、血圧維持などの現象)

次に、いわゆる検査が行われるわけだが、高学年の場合には、これらを確定するためにどのような検査が必要かオーダーを出すべきかを考えるべきだが、低学年の場合には、ここで、次のLabs とImaging に書かれている検査によって確定していると言うことを一応理解しておく。そして、来るべき臨床の講義で、その検査がどのようなもので実際にどのような要領で検査が行われるのかを確認すればいいだろう。だから、この場では検査名とおおざっぱにどんなものかがわかればいい。

Laboratory data では、

CBC/Lytes: normal. LFTs, glucose, BUN, creatinine normal.

血算、電解質、そのほかの検査にも以上はないようである。生体としてのバランスは保っているので、局所的な問題であることがわかる。

Imaging

MR/Angio: Iarge AV connection (fistula) in groin area with significant diversion of blood flow. US: color flow doppler shows rainbow-colored turbulence in fistula; high-velocity and arterialized (pulsatile) waveform in draining vein.

Magnetic Resinance imagingやAngiographyでは、右鼠径部に動脈と静脈のConnection が見られていて血流の迂回が見られる。これは、UltraSoundでも確認ができ、動静脈のfistulaが確認できた。

以上のように流れの中でなにを確認すべきかを明確にして、特に低学年の場合には、生理学や解剖学と言ったもので確認できる部分をきちんとこなせばよい。さらに、病理や薬理をならっていない段階では治療や病理像がどうという議論は予想しがたいものがあるので、Gross Pathologyや MicroPathology 、Treatment などは一応読んでおく程度でいいと思う。言葉になれることも大切なことである。知っている事柄、つまり、生理や解剖で知っている事項をフル活用することででも問題解決の糸口はある程度はつかめるはずだから。それを病態生理や症状に徐々に結びつけていけば、その後の病理、薬理、それから臨床系の科目にも十分に役立ち、「研修医は使えない」と、教えるべき事柄も教えずに無責任な発言をする教師に対しての自己防衛と言うよりも、自分の実践すべき医療への助けになると思うのである。

メリットとデメリット


このような勉強を進める上でのメリットとデメリット
  メリット
    ・臨床現場でのプロセス・問題への対処法を学ぶことができる。
    ・適切な用語に早い時期から接することができUSMLE への対策になる
    ・具体例であるので、ただの丸暗記に比べて頭に残りやすい。
  デメリット
    ・実際のプロセスは学べるが、具体的にどのような診察をするのかを
     落とす可能性がある。
    ・未知の分野であるために、ロジックをつなげていくためには、ある程度
     経験を積んだ人をアドバイザーに据える必要がある。
    ・普段の学習のように単に、これらのVignettes を暗記すればいいと
     思いこんで病態生理という側面を軽視してしまう危険性がある。

メリットに関しては、最初の項目に関しては、すでに具体例を示して説明した。さらに、2点目、USMLEへの対策であるが、これは、USMLE: United States Medical License Examination は基礎と臨床、正規の臨床留学のためには、これらの試験が必要とされているが、 最近の傾向として、基礎の試験でも、上記に挙げたようなClinical Vignettesが問題として与えられて、その臨床像にからめた形の基礎の問題がでるという基礎と臨床の有機的な融合がはかられている。この形式の問題が全体の65%にもなるというデーターもある。下に示したような問題を1分に1問のペースで解答してゆく必要がある。つまり、形式になれなければ、用語に対するFamiliality を持たなければこれだけの長文を1分で対処し切れなくなる。

28. A 60-year-old afebrile man has group O, Rh-negative blood. The man has a massive lower-gastrointestinal bleed and must be given group O, Rh-positive blood, because no group O, Rh-negative blood is available. In the pretransfusion workup, the patient has a negative antibody screen and a compatible major crossmatch with 8 units of group O, Rh-positive blood. Midway through the second unit of blood, the patient develops hives. The transfusion is stopped and a transfusion workup reveals the following on a posttransfusion specimen of patient blood.

Patient temperature: 100.0'F
Patient blood pressure: 130/86 mm Hg
Patient pulse: 1OO beats/minute
Patient plasma: no evidence of hemoglobinemia
Patient antibody screen: negative
Patient direct Coombs': negative
Patient urine: negative dipstick for blood

The patient's transfusion reaction was most likely caused by which mechanism?

(A) Type I, immunoglobulin E (IgE)-mediated hypersensitivity reaction
(B) Type II, cytotoxic antibody-mediated hypersensitivity reaction
(C) Type 111, immune complex-mediated hypersensitivity reaction
(D) Type IV, cellular immunity-mediated hypersensitivity reaction
(E) Anaphylactic reaction

そして、これらは人ごとというわけではなく、2001年から改訂が予定される我が国における医師国家試験においても、必要とされる能力となる。さらに、ただマルチョイの問題をただこなしていくと、言うことの機械的な繰り返しをしたところで、その時期には頭に残っていても、大学受験の歴史の年表や英語の単語のように、結局はすっかり忘れてしまう。と言う全く無意味な代物に化してしまう。これを防止する意味合いもあると考える。

次に、デメリットに挙げた事柄に関して少し考えてゆきたい。これらに関しては、「意識すれば」改選できると考えられる。アメリカの医学教育からの引用で行くと、身体所見の取り方や、問診の仕方は4年ある医学教育の前半の2年間でみっちりと仕込まれる。と言うことは、逆に言えば、全く医学的な知識のない状態でもある程度学ぶことができると言うことである。さらに言えば、これらは、ある程度基本となる文献をベースにして、友人とのやりとりなどからも学ぶことができる。だから、これらに関しては、以下の本が参考になると思われる。
  

メディカルインタビュー (メディカル・サイエンス・インターナショナル)
A Guide to Physical Examination and History Taking (Lippincott)


2つ目に関して、臨床的な知識があるのとないのでは、議論の深まりが全く異なるのは明らかである。ただ、医学的にロジカルな発想を磨くというのを目的とすれば、たとえば、胸痛に関して考えてゆくと、これは心筋梗塞や狭心症などの心疾患か、肺などにできた腫瘍が胸膜を超えて浸潤しているしている場合かなどの鑑別診断が挙げられるが、ここら辺の部分は低学年だけでは無理である。不幸にして理解のある上級生や、ドクターに恵まれない場合には、別表1に示したような、鑑別疾患の一般的な一覧表があれば、この問題に関してもクリアーできる。

3つ目に関して、あくまでも、生理学や解剖学の確認を目的して行うものだから、これらの知識をフル活用しなければ意味がない。なぜを考えてゆく姿勢を作っておかなければならない。なぜならば、Clinical Vignette に述べられている症状や病歴は、あくまでも、なんの合併症もなく単一の疾患が、教科書的に書かれているにすぎないからである。実際の現場では、様々な症状が見られない場合もあるので、単純に暗記するというのもいいが、国試のマルチョイを一生懸命勉強しても結局は忘れてしまうと言うことを考えれば、全く意味がない。医者は未知の疾患に対して様々な症状を整理して対処療法しながら、根本を考えてゆくと言う姿勢が必要であると思う。


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