yumeno



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はじめに

この作品は手紙でやりとりする同人サークル(2年前ぐらいだったかな…)に入っていた頃に同人誌に掲載した作品です。かなりいま読むとはずかしいです(まじめなまじめな内容)。ダブルについては書いてから90年代だったかなあと自信なくうだうだうだ…。あまり時間に余裕のない頃のわりには、よくできているなあと思います。たいして考えて作っていませんが読んでいただければさいわいです。



『夢の日』

               たかさき はやと


 パシャシャッッッ!
 広い幅の川に波紋が広がる。ビルから流れてくる風に茶色がかった腰まであるストレートヘアがゆれる。
「チクショウ!」
 土手に立つその女性は二十代後半だろうか。力いっぱい手に持った石を、川に投げ込む。その石のどれもが二回か三回波紋を作りだしただけで消えていく。
「オネエさんヘタだね」
「なんですって?!」
 女性はふりかえる。そこには小学生くらいの少年が土手の斜面にすわり、女性の方をながめている。
「ボクゥ…ウ、言ってくれるじゃない…あら?」
 女性は草が生えている土手をのぼり、少年のかたわらに来る。
「あなた…絵を描くんだ」
 少年の前にはキャンパスと絵の具が広げられている。
「でも、なにこれ?」
 キャンパスには色々な絵の具が筆でかきなぐったように塗られている。
「ボクは抽象画が好きなんだ」
 少年はそう言うと、無造作に筆をキャンパスに叩きつける。
「ハハーン、そうなんだ。いいわね、素人は絵を楽しんで描けて…」
「オネエさんも絵を描くの?」
「まあね、あなたみたいにお遊びじゃないけどね」
 女性は少年の横に腰かける。
「ボク、吉川史朗って言うんだ。オネエさんは?」
「私? 私はねえ…伊藤リーナ」
「ふーん、オネエさんダブルなの?」
 八十年代、混血児のことをハーフ(半分)ではなくダブル(両方)という呼び名に変える運動がはじまった。少年の言葉に伊藤はなぜか頭をかかえる。
「知らないかなあ…、いちおう漫画家で、これがペンネームなんだけど…」
「知らない」
 史朗は絵を描きつづける。
「シロウ君は漫画なんか読まないんでしょ。ダメよ、いまどき漫画くらい読まないと友達の話しについていけないわよ」
「友達いないから」
 はじめは冗談かと思ったが、史朗の言葉に冗談ぽさはない。
「オネエさん、どんな漫画描くの?」
「うーん…コメディの中に深いテーマを入れる恋愛冒険活劇ってところかな」
 まったく意味不明な説明に、史朗はにが笑いを浮かべる。
「でもねえ、担当の編集者が解からずやでねぇ…、二言めには人気が落ちただのなんだ の…」
「漫画家ってたいへんなんだね」
「そうよぉ…編集者に、作品の世界を危機にしてもりあげろとか、魅力的な新キャラを 出せとか口出しされて…テーマなんて二の次なんだから。まあ、プロだからしかたない んだけどさぁ」
 伊藤はかたわらに生えている葉っぱをなげやりにむしる。史朗は絵を描きつづける。
風が流れた、二人のあいだを……
「もう帰らないとアシスタントが来る時間だ。そうだ、ちょっと聞いていい?」
 冷たい風は季節の変化を心に理解させる。史朗がここに来る時間を伊藤は聞いた。ま た逢う約束をして……


 「だから、ここはこうじゃなくて…」
「どう違うって言うのよ! いくら茅野さんでも横暴じゃない!」
 伊藤の担当編集者である茅野は作品内容を抗議するが、二人はいつものごとく…
「こうしろ!」
「いやだっ!」
 決裂した。
「ねえ、サユリさん。夢を作りだす大人がこうだって知ったら、子供達はさぞガッカリ すると思わない…?」
 おさげのような茶髪に、少し太めの二十代前半の女性がイスにもたれかけながら、も う一人のアシスタントに話しかける。
「なーに言ってんのエリコは…。いまの子は早熟よ。大人の実態や、夢なんてないこと イヤッ…てほど知ってるわよ」
 腰まである黒い長髪に、背の高いやはり二十代前半のさゆりが答える。
「ですから伊藤先生、ここらでパターンを壊し、新しい展開が必要なんです!」
 短い黒髪から手を離し、茅野は伊藤の下描きを前にだす。三十代後半だろうか? 顔 だちもととのっており、ちょうど男性としてのシブさがでてきたところか。
「奇をてらった展開じゃ読者はあきれるだけだわ。どうしてそれが解からないのっ!」
 伊藤も負けてはいない……声の高さにおいて、だが…。
「もっと女性らしい感性でですねえ…」
「あら、インテリの茅野さんともあろう人が女性差別するつもり?」
「そんなことは言ってないでしょう! それならそちらこそ男性差別だっ!」
「売り言葉に買い言葉……どちらかがゆずればいいのに…」
 江利子は一人言のようにグチる。
「ダメダメ、あの二人には読者なんてどうでもいいんだから」
「……それもそうね」
 江利子と沙由梨の二人は、自分の絵の練習をはじめる。うるさくても描くことに夢中 になれる。二人がアシスタントをはじめて得た、最大の成果がこれだった。


 「まったくムカつく!」
土手の下方から風がふきあげる。史朗と伊藤は、たまに土手の上で逢うのが習慣になっ ていた。
「オネエさん…、また担当の人とケンカしたの?」
 史朗はいつもの姿勢で同じ絵を描いている。
「まあね、ああーっ漫画家なんてやめようかなぁ…なんだか描いててつまんなくなって きちゃった……」
 伊藤は史朗の横でねっころがる。
「昔はこうじゃなかったのに…、昔は気らくに楽しんで絵を描いたもんだわ。きっと商 業主義に毒されちゃったのね…私。シロウ君はいいなぁ、アマチュアで…。私、絵を描 いてた意味さえ、いまは思いだせないわ…。ねえ、シロウ君はどうして絵を描くの?」
 史朗は筆をとめる。
「夢を…描きたいから」
「ゆめって…あの夢?」
 史朗はうなずく。
「まえに、夢は実現した時点で現実になるから、夢なんてないんだって父さんが言って たんだ」
「最悪の父親ね」
「だから…絵を描いたんだ」
「…えーと、もっと解かりやすく言うと?」
「絵なら、その時の描いた夢が残ると思って…」
「なるほどね。でも、こういう絵も売ってみれば売れるんじゃない。シロウ君、売って みる気はないの?」
「ん…と、いちおう売ってるし、売れてるけど」
 伊藤はいきおいよく起き上がる。
「それじゃプロじゃない。なんで黙ってたの?」
「え…、そんなたいしたことじゃないしィッ?!」
 伊藤は史朗の背中をおもいきりたたく。
「すごいことよ、やっぱり。でも身内が買うなんてのじゃないでしょうね?」
「え、違うけど」
 史朗はまた絵を描きはじめる。
「あーっ怒った? シロウ君怒らないで、ねっ!」
 史朗の背中をたたこうとした伊藤の手がからぶりする。史朗がよけたのだ。
「よく解かったわね…」
「…なんとなく…」
 伊藤は史朗の絵に見入る。筆を無造作に入れているようだが、芸術という観点から見 ると味わいが感じられるな、と伊藤は思いなおしていた。
「こういう絵の値段てよく知らないんだけど、シロウ君の絵って、一枚いくらで売れる の?」
「だいたい三十万円くらい」
「ふーんって三十万円っ?! こんな描きなぐりでっ?!…私、芸術家になろうかな……」
 史朗が笑いだす。
「どうしたの?」
「ううん、オネエさんて正直な人なんだね…」
「まあね、よく言われるわ」
 けっしてほめているわけではないのだが、伊藤は胸を張る。
「一枚三十万か…それじゃさぞやお金がたまるでしょ、お金の使い道なら私は得意中の 得意よ。旅行にグルメにバクチにあとは……」
「お金はないんだ」
「なんで? 悪い親父がとっちゃうのね?!」
 史朗がおどろいたように首をふる。
「障害者基金にほとんど寄付しちゃうんだ」
「もったいない。自分で使えばいいのに。いまは個人主義中心なのよ」
「昔、障害者基金のボランティアの人達に、ずいぶん助けてもらったから…」
「シロウ君どこか悪いんだ」
 そういう視点から史朗を見ると、体はかなり小柄なのが感じられる。
「体が弱いのもあるけど…目が見えないんだ」
「でも、この絵…あ」
「そう、だからこんな描き方なんだ。でも、目が見えない障害者がこういうふうに描く 絵として、評価してくれる画廊の人と買い手がいて…こんな売れ方、ずるいのかもしれ ないけど…」
 伊藤は少し黙りこんで…ぽつり、と「ずるいわね」と言った。その後すぐに「でも、 私もシロウ君の絵を一枚買いたくなったわ」と言って笑った。史朗も、不思議とつられ て笑ってしまう。
「どこに行けば買える?」
「順番待ちになるけど…」
「何番目くらい?」
「えーと三十…」
 その数の大きさにおどろきつつも、伊藤はさらに画廊の場所も聞く。夕日に彩られた 土手の上を、軽自動車が走ってくる。この時間まで、史朗と一緒にいたのは初めてだっ た。車から四十代だろうか、短かいパーマにした女性がおりてくる。伊藤におじぎする と、道具をしまい、史朗を立ちあがらせて車に乗せる。
「…ひとりでだいじょうぶだっていってるだろ…」
「そんなこといったってねやっぱり…」
 なんだかんだといいながら、車の窓をあける史朗。
「そういえば、十二才の誕生日、今月だったよね」
「うん、二十日だけど」
「なにかプレゼントあげるから」
「それじゃあ、オネエさんの絵が欲しいな…。それで、お互いの絵を交換しょうよ」
「テーマはなににする?」
「…夢…」
「オッケイ! それじゃまた来週にっ!」
 史朗と別れてからも、伊藤はしばらくそこにすわっていた。星が、空をうめるまで… …


 ガリガリ…
 筆圧の強い伊藤のエンピツ画を描く音が部屋に響く。
「先生どうしちゃったんだろう…」
 江利子がいぶかしげにささやく。
「明日は地球滅亡ね」
 沙由梨が首に手をやり、白目とベロを出す。
「プッ…そ、そうだね」
 江利子が笑いをこらえながら席を立つ。伊藤が描いてるものを見に行ったのだ。
「…先生、なにを描いて……えっ?」
 伊藤はハサミで絵の人物を切り抜いていく。
「こう…すれば、目が見えなくても絵の盛り上がりで感じらるはず…」
 江利子は疲れたようすでもどってくる。
「どうしたのエリコ」
「先生……原稿じゃない、別の絵を描いてる…」
ドテッ…。
 沙由梨が机にたおれこむ。
「格闘ゲームでもしょっか?」
沙由梨はその提案にうなずくと、テレビの前にすわる。ゲーム音とエンピツの音の協奏 曲が、七メートル四方の部屋に響きつづけた………


 風が舞った。太陽のかたむきからして昼すぎだろうか? 伊藤はあの土手で茶色の封 筒を持って待っていた。空はまばらな雲をおおいつくす[青]がすきとって、どこまで も大地を包む。
キィッ…
 車の止まる音に伊藤はふりかえる。車から二人が降りて来る。
「あの…シロウ君は…?」
 そこには、史朗の母と、四十代くらいの中年男性が立っていた。二人とも黒い服に白 のワイシャツ、そして、史朗の母親は木の位牌を、両手で持っていた。
「やだなあ…なんの冗談です? そんな深刻な顔しちゃって…」
 伊藤の手から封筒が落ちる。
「そんな…そんな顔しちゃって二人とも…ウソでしょ? だまされないんだから……」
 伊藤の声は涙声に変わりつつあった。
「伊藤さん…ですね。私は史朗の父です。一昨日…史朗は……」
 男はそう言うとキャンパスを差し出す。それは、史朗が最後に描いていた絵だった。
「あなたにもらっていただくのが、一番いいと思って…。どうか、もらってやってくだ さい」
 史朗の母親が突然泣きだす。
「…あんたのせいよ!」
 伊藤が声をしぼりだすように言う。
「あんたが悪いからシロウが死んだのよっ!」
 その言葉を史朗の父親は肯定も否定もせず、史朗の絵を草の上に置く。史朗の父親は 伊藤に対して深くおじぎをすると、車に乗り込む。母親の方もおじぎをすると、黙って 車に乗り込み走り去る。その場に、伊藤だけが残された。いや、正確には伊藤と史朗と 二人で描いた二枚の絵とともに……


 「それで先生の最新作ですが…」
 あれから何年がすぎただろうか…。伊藤の部屋のテレビに、伊藤と女性のインタビュ アーが写っている。
「先生の新作はまた、この浮き上がっている漫画なんですよね?」
「ええ…」
「作品のテーマはなんですか?」
「…すべての人が、おなじように暮らせる…、そういう日がくるんじゃないか…。そん な日がくることを願って、この作品を描いたんです……」
「どうしょう?!」
 沙由梨が立ち上がる。
「ビデオこれでとれてるのかなぁ?!」
「いまどきビデオもとることができないのっ?」
 江利子があきれたように沙由梨の頭をたたく。
「じゃあ、エリコは解かるの?」
「………先生に聞いてくる」
「あ、あたしも行く!」
 二人は部屋から出ていく。
 同じ土手の同じ場所で、伊藤はキャンパスを広げ、油絵を描いている。
「オネエちゃん…、なにかいてゆの?」
 伊藤がふりむくと、四才くらいの少女が伊藤の横に立っている。
「これはねえ…オネエさんがこうだったらいいなぁって思ったことを、ここに描いてる んだ」
「ふーん、そやんだ…」
 その絵には、土手に座る伊藤と史朗の姿が描かれていた。青い空の下に座る二人が… ……







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