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『バランスソード』

たかさきはやと



 「よ、よるなっ!」
 男が賢明に小さいナイフを振りまわす。
「グルルルッ……」
 巨大な二本の牙を持つ、サーベルタイガーがうなり声をあげる。六匹のサーベルタイガーが、中年の男を取り囲んでいる。サーベルタイガーの見事な体格と、口から伸びた巨大な二本の牙が、六匹のすべてが成獣であることが解かる。
「か、金ならあるっ」
 男は、腰の金貨がつまった袋をかざす。もちろん、そんなものでサーベルタイガーが満足するばずがない。この男は、そうとう混乱していた。
ザザザザッ……
 風が、森の木々の葉をゆらす。森にかこまれた細い一本道は、村への近道だ。だが、それゆえにここを通る者はほとんどいない。早朝ならば、なおさらのことだ。
「ああ、神様 お助けください! ワ、ワタシはいつも極上のお供え物を、そなえてきましたーうぅ……」
 すでに半泣き状態だ。
「召使いのメリルとの不倫を怒っているのですか? もうしません。どうか、どうかおゆるしください!」
 半分ハゲあがった頭が輝く。日の出だ。
「ガルルルッ……」
 いよいよサーベルタイガーが近寄って来る。 もう終りだっ! 男は、心の中で死をさとった。
「クソッ、あんなにお供え物したのに、神のバカヤロ〜ッ!!」
 男は覚悟を決めて目を閉じる。だが、一向にサーベルタイガーは襲ってこない。
 目を開けると、サーベルタイガーはすべて後ろの方をふり返って、森の一点を見ている。
ガサガサ…
 男も気ずいた。森からなにかがでて来るのを……
「やった! やっと抜け出せた!」
 出て来たのは…十才ぐらいの少年であった。腰まである黒い長髪。ボロボロのマントに服。おまけに武器はなにも持っていない。
「ーーー期待して…ソンした」
 中年の男は再び肩をおろす。
「グルルルッ…」
「グアオッ!」
 二匹のサーベルタイガーが、同時に少年に飛びかかる。
 死んだ。男はそう思った。
ドドギャッ!
 だが、次の瞬間二匹のサーベルタイガーがふっとぶ。
「なん…だ?!」
ドギュドドド!!
 男の驚きの声が終らぬうちに、残りの四匹もふっとぶ。そして最初にいた場所に、少年が無傷で立っていた。
 サーベルタイガーは足をひきずりつつ、森の中へと逃げていく。
「いまのは魔法か? だが、呪文の詠唱をしていないぞ…? アンタなにをしたんだ?」
「村へはこっちでいいのかな?」
 少年が一方の道を指差す。
「あ、ああ。そうだ」
 少年はうなずくと、なにも言わずさっさと村の方へと歩いていく。
「ま、まってくれ」
 男は荷物を拾うと少年の横にならぶ。
「助けてくれてありがとう。ワタシは村一番の商人で、グラハムと言う。キミの名前を教えてくれないか?」
「オレは、ヴァラ」
 ヴァラが答える。あらためて見ても、十代後半くらいにしか見えない。こんな少年がサーベルタイガーをすべてやっつけたなど、目の前で見てなかったら、とても信じることができなかっただろう。
「ぜひウチによってくれないか。お礼がしたいんだ。金貨四十枚を…良かったら受け取ってくれないだろうか」
 金貨四十枚といえば、この村で家が買える金額である。グラハムがいまできる、最高のお礼だった。もちろん、ヴァラはとても喜んでー…いない。
「いらない。それよりも、二日分の食料をくれないか」
「は?」
 イチたすイチは…ニ。グラハムは、頭がおかしくなっていないことを確かめると、再びヴァラに話しかける。
「ヴァラ君、ジョーダンだろう?」
 二日分の食料といえば、銅貨三枚分にすぎない。金貨二十枚を断る人間がいるはずない。グラハムは気をもちなおす。
「金貨だよ、金貨。金貨って解かるかい?」
「銅貨二十枚で銀貨一枚。銀貨十枚で、金貨一枚…でしょ?」
 グラハムがため息をつく。
「なんだ、知ってるんじゃないか。それじゃあ…」
「いらない」
「ど…うして?」
 グラハムは冷や汗を浮かべながら、ヴァラに聞く。
「オレは、腹が減ったら獣をとるし、眠たくなったら木の上で眠る。金なんて必要ないから」
「そんなバカな! 子供がそんな生活してちゃいけない」
「それよりもグラハムさん、護衛人でも雇ったほうがいいんじゃない?」
 ヴァラが、するどいところをついてくる。
「いやあ、ここいら辺は泥棒も出ない田舎だし、サーベルタイガーが出たなんて話しは、聞いたこともないから。決してケチだからじゃないんだ」
 その部分だけ、やけに誇張する。どうやら、気にしている部分らしい。
「そうだ、それならキミが護衛人に雇われないか? 待遇良くするよ」
 ヴァラが首を横にふる。
「やらなくちゃならないことがあるから」
「そうか…しかしそれならば、なおさらお金が必要だろう? あって悪い物でもないし、お金があれば、いろんなことで助かるだろうし…」
 グラハムが食い下がる。
「でも…」
「でも?」
「オレの目的は金貨じゃ買えないものだから」
 ヴァラがはっきりと言いきる。
「そうか…」
 しばらくすると、村が見えてくる。
「泊まる宿屋は決まってるのかね?」
「いえ、野宿だから」
 グラハムがヴァラの肩を叩く。
「いやいや、命の恩人を野宿させたとあっては、ワタシの名がすたれる。ワタシの顔を立てると思って、ウチに泊まってくれないだろうか…?」
「ーーそれじゃあ、よろしく」
 村といっても、六十軒の家がところせましに並んでいる。街だと言っても不思議ではないところだ。
「あれは…?」
 所々、巨大な石像がある。
「この町には巨大な岩柱が多くあってね、町に売って家を作る時に利用したり、ああしてアーティストが石像を作ったりしてるんだ。大半は、ワタシが所有しているんだけどね」
 得意満面で、グラハムが説明する。  しばらく歩くと、道が広くなってくる。
「ここがワタシの家なんだ」
 そこは村の中でも一際大きい家だった。庭もかなり広く、豪邸と言ってもいいくらいだ。 二人は家の中に入る。ヴァラは木製の大きなテーブルのある部屋に通される。どうやら食事をする場所らしいが、それにしても広い。窓も大きく、陽の光りが部屋の隅々まで、いき届いている。
「座ってくれ」
 グラハムは召使いに冷たい水を頼む。
「お店はここにはないみたいだけど…」
 ヴァラが不思議そうに話す。
「ああ、この町の商店は息子に任せてあるし、都会の方は女房にまかせてあるんで、ワタシはここでゆっくり夏休みさ」
「どうぞ」
 召使いが水の入った木のコップを置く。かなり美形な二十代前後くらいの女性だ。肩まである金色のポニーテールが、風にゆれている。
「昼はパスタヴォレにしてくれ」
 召使いはこころよく返事をして出ていく。
「彼女がメリルですか?」
 ヴァラが聞く。
「ぐふっ」
 グラハムが飲んだ水をコップに戻す。
「グホッゴホッ…な、なぜそれを…」
「あれだけ大きな声で叫んでいれば、聞こえますって」
 グラハムが咳払いをひとつする。
「ウ〜ア〜、その、だな。女房には〜その〜」
「言いません」
「約束してもらえるかな?」
「いいですよ」
 グラハムとヴァラが、右手どうしをあわせる。用は指切りと同じである。中には魔法を使って、約束を破った方に災厄(さいやく)が訪(おとず)れるようにする者もいる。だが、たいていは相手を信じることですます。
「はぁーあっ…」
 グラハムは安堵のため息をつく。
 この約束を守ることが自己の確立になると、多くの人達は信じている。もちろん、破られる確立も低い。
「いやあ、ヴァラ君には救われてばかりだな。こりゃなにがなんでも、お礼をしないとな…」
「いいですって」
 ヴァラが困ったように笑う。
「そういえばヴァラ君は、やらなければならないことがあるって言ってたな……ワタシで良かったら、力になるよ」
 急にヴァラの顔が曇る。
「聞いちゃ、悪かったかな?」
「いえ…この村の方向に、精霊(せいれい)の異常な動きを感じたもので…」
「もしかして…ヴァラ君は精霊使(せいれいつか)いなんじゃないかね?」
「ええ、まあ」
 ヴァラがあいづちをうつ。
「やっぱりヴァラ君は精霊使(せいれいつか)いだったのか。どうりであのサーベルタイガーをやっつけられたわけだ」  グラハムが、うれしそうに笑う。魔術師(まじゅつし)とは何度も話したことがあったが、精霊使(せいれいつか)いは、見るのも話すのもはじめてだった。
 精霊使(せいれいつか)いは、だいたい魔術師(まじゅつし)の三分(さんぶん)の一(いち)くらいしかいない。別に精霊使(せいれいつか)いの数自体が少ないわけではないのだが、グラハムは会う機会がなかった。
「いやあ、実(じつ)にうれしい」
 その言葉(ことば)にウソはない。精霊使(せいれいつか)いと話すのは、グラハムの小さな夢のひとつであった。
「精霊(せいれい)とはどんなことを話すんだい?」
「え、えーと…」
 それから小一時間、ヴァラはグラハムの質問攻めにあうのだった。
「そういえば…」
 グラハムが思い出したように話しだす。
「先日裏山で、変な棺(ひつぎ)が見つかったんだ」
「ひつぎ?」
 ヴァラの顔がこわばる。
「ああ、どうやっても開かないんで、不思議だなあって、みんなで話していたんだ」
「それで、いまはどこに…?」
「ウチにあるよ」
「え、ここに?」
 ヴァラは、ここにはなにも感じていなかった。
「ヴァラ君に見せてやろう」
 いまさら見たくないとは言えず、ヴァラはグラハムに続いて、木製の階段を下に降りていく。
ギギィ…イ……
 木製の扉が、いやな音をたてて開く。中は石作りの部屋で、地下室のわりには結構広い。
 巨大な壺やら、木箱が乱雑に置いてある。
「スゴイな…」
 ヴァラは驚きの声をあげる。素晴らしいからではなく、あまりにも汚れているからである。
「いやーそうだろう、そうだろう」
 グラハムがうれしそうに笑う。
「これだよ」
 それは、見たこともない黒い金属でできた棺だった。
 ヴァラは触ってみたり、叩いてみたりする。
「ムダだよ。銅製(どうせい)のハンマーで、屈強な男達が何度も叩いたが、壊れなかった。こんど魔術師(まじゅつし)を呼んで、魔法で開けてもらおうと思っているんだがね…」
「これは…」
 ヴァラは棺(ひつぎ)の横に付いている紋章のような物を見つけた。
「知っているのかね?」
「魔族(まぞく)が使う紋章(もんしょう)に、似ているような」
 グラハムの顔が青ざめる。
「そ、それじゃ、この中には魔族(まぞく)が…!」
 グラハム達は、古い先祖(せんぞ)の棺(ひつぎ)ぐらいに思っていたのだろう。
「いえ…この中に生命の存在はない…な。この感じは…?」
「ゾ、ゾンビとか、アンデッド系のヤツラじゃ…」
 グラハムが後退りながら聞く。ヴァンパイアともなれば、この村に太刀打ちできる者はいない。
「いえ、それでもない…」
 ヴァラは慎重(しんちょう)に探る。
「どういうことかな?」
 グラハムが、そそくさとヴァラの横に戻って来る。
「生命を感じない……でも、意思は感じる」
「意思?」
「それも、かなり高密度な…」
 グラハムが息を飲む。ヴァラがゆっくりと、結論をつげる。
「すくなくとも、神に劣らぬ高いレベルの存在が、この中に…」
「というと、ここに神の意思が…でも、そんなはずは…神話と食い違う」
「……」
 ヴァラが苦しげな表情をする。
 神話(しんわ)によれば、神々(かみがみ)は人間が生まれる太古(たいこ)の昔、神々(かみがみ)どうしの戦争(せんそう)によって、すべての神々(かみがみ)は肉体(にくたい)が滅(ほろ)びた。エネルギー体(たい)となった神々(かみがみ)は、それぞれの人間(にんげん)の信者(しんじゃ)に、みずからの肉体(にくたい)を再生(さいせい)させるように命(めい)じた。
 ある宗教団体(しゅうきょうだんたい)は祈(いの)りで、またある宗教団体(しゅうきょうだんたい)は魔法(まほう)を使(つか)って……なかには、人間(にんげん)を殺(ころ)しててっとり早く(ばや)復活(ふっかつ)させようとするカルト集団(しゅうだん)まででる始末(しまつ)だ。また、それを推進(すいしん)する一部(いちぶ)の神々(かみがみ)を、人々(ひとびと)は魔神(まじん)と呼(よ)んだ。
「なぜここに神(かみ)の意思(いし)が…」
 グラハムはあまりのことに狼狽(ろうばい)する。
「もしかしたら、物質(ぶっしつ)の中(なか)に神(かみ)の意思(いし)を復活(ふっかつ)させた者達(ものたち)がいたのかもしれない…」
 ヴァラの考えには、かなりの説得力がある。グラハムにはそう思えた。
「しかし…神を復活させたなんて話しは、聞いたことがない」
 グラハムが、反論する。
 ヴァラが立ち上がる。
「敵対する宗教団体に攻められて、宝を隠すことはよくあるし、それに最近の魔法学では、神とはもともとエネルギー体の種族であることが解かってきて、弱いエネルギー体ならば召喚できると、理論が確立しているとか…」
 ヴァラが明快に説明する。その知識は、魔法学(まほうがく)を学んでいるグラハムの知らないものまである。心なしか、口調(くちょう)まで学者(がくしゃ)っぽい。
 グラハムは、まるで大人(おとな)と話(はな)しているような錯覚(さっかく)におちいる。
「しかし…それではこれからどうすれば…」
「まずは、首都(しゅと)の魔法学会(まほうがっかい)に……」
ーーーそれが…オマエの願いか?
 声が聞こえた。成熟(せいじゅく)した、女(おんな)の声(こえ)が……
ーーーだれだ!
 ヴァラは口(くち)にしたはずが、声がでない。
ドクン…
「ヴァラ君(くん)?」
 立ったまま、ヴァラは答えない。
「どうしたんだ、ヴァ…」
ドサッ!
 ヴァラがその場に倒れる。
「だ、だいじょうぶかっ?!」
 どうやら息はしているのを確かめると、グラハムは駆け出す。急に倒れたなら動かさず、医療魔術師(いりょうまじゅつし)を呼んでくることを、グラハムは知っていた。
 暗い地下室に、ヴァラだけが残されていた。


「おかーさぁーん」
 黒髪(くろかみ)の幼児が、母親と父親のもとへと走っていく。
「ヴァラ…」
 だが、母親はけっしてヴァラを抱きしめない。ヴァラの母親も父親も、緑色の髪の毛をしていた。いや、親だけではない。種族すべてが緑色の髪の毛をしているのだ。アルド族は、エルフ族のように精霊を自由に使い、人族の姿、寿命を持つという独特の種族だ。
 そして髪の色だけが全員、緑なのである。
「どうしてボクだけ、クロいカミのケなの?」
「それは…解からないの。解からないのよ…」
 なぜか、母親はいつも悲しそうな顔をしていた。
 それからヴァラは順調に成長した。だが、十二才になった時、体の成長が止まってしまった。なぜ止まったのか、どんな魔術師(まじゅつし)でも精霊使(せいれいつか)いでも解からなかった。
 そして季節は過ぎ、ヴァラの精神年齢はすでに十六才になっていた。
「オマエの母さん、人族と浮気したんじゃないかあ?」
「あー、それなら気持ち悪い髪も理由つくぜ」
「ヴァラの成長が止まったのも、そのせいだ」
 三人の青年が、ヴァラを囲んでいる。かつてのクラスメートだ。
「なんだと、ふざけるなっ!」
 ヴァラは風の精霊(せいれい)を召喚(しょうかん)するが、相手は地の精霊を召喚し、突風をなんなく防ぐ。これを防がれてしまっては、ヴァラはなにもできない。ヴァラは風の精霊法(せいれいほう)以外、使うことができないのだ。
ドゴオオ!
 地中から突然あらわれた岩に、ヴァラが吹き飛ばされる。
ドサッ
 地面にしこたま、叩きつけられる。
「いつでも相手になってやるぜ、坊や」
「プッ、ククッ、ハハハハッ!」
 三人の笑い声が、遠ざかっていく。
「グホッゲホッ…」
ーーーチクショウ、負けないぞ!
 ヴァラは、いままでつらいことがあっても、なんとか乗り越えることができた。それは苦しい時、いつも母親が味方になってくれたからだ。
ーーーでも…あれは本当だろうか…?
 そんなことは聞いてはいけないと思いつつ、つい好奇心に負けて、その日母親に聞いてしまった。
「バカなこと言わないで! 母さんがそんなことするはずないでしょう!」
 すぐにヴァラは後悔した。そもそも人族とアルド族の混血児に、そんな子供が生まれた記録はない。いままでにないから、魔術師(まじゅつし)にもお手上げなのだ。
「ゴメン…」
「いいから、部屋に行ってろ」
 父親が間に入って、母親をなだめる。ヴァラは部屋に行く。様子が心配だったので、ドアを少し開けて、聞いていた。
「あの子まであんなことを…」
「まあまあ」
「だいたい、なんでアタシだけこんな目にあわなくちゃならないの?! アタシは普通の子供が欲しかったのよ! あんな気色悪い子なんて、生まれてこなければ良かったのよっ!!」
「うぁ…ああ…」
「ヴァラ?!」
 父親がふり向く。
「うあぁああぁああぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」
 ヴァラが家を飛び出す。
「まて、ヴァラ!」
「アタ…シのせいじゃない…アタ…シのせいじゃない…」
 ヴァラの母親が、ぶつぶつと独り言をくり返す。
 そして、ヴァラは家に帰らなかった。母親を憎んでのことではない。逆に、自分がなぜ成長しないのかを確かめ、年相応の体格になって、帰るつもりだった。
 そして、ヴァラの冒険(かけ)ははじまった。
ーーーあれからどれくらいたったのだろう……いまだに、成長しない謎は解からないケド…でも、必ず探しだしてやる。成長する方法を……必ず……
ーーーそれが…オマエの願いか?
 成熟した女の声が、心に響く。
ーーーその願い…ワタシならば、かなえることができる……
ーーー本当か?
ーーーウソではない……我が、ネスティールの名にかけて……
 女の声が、近くなったような気がした。
ーーーどうすればいいんだ?!
ーーー簡単なことだ。この選ばれた呪文(エンブ)を唱えるだけだ……
 それは確かに、ヴァラには難しくない呪文だった。
ーーーこの呪文(エンブ)を唱えるだけで…オレは……家に帰れるんだ……
ーーーそうだ…さあ、呪文を唱えろ…!
ーーーグルディーナグルヴァーグルエスハ…ー呪文の詠唱が終わる。
ーーーさあ、そして、ワタシの名前を呼べ。それで終わりだ…!
 ヴァラが呼ぼうとしたその瞬間。
ズズ…ン…
 振動(しんどう)がヴァラの体を揺(ゆ)する。
「?」
ーーーオレはなにをしていたんだ…?
 ヴァラが起き上がる。
ズズ…ン!
 壁がゆれ、砂が落ちてくる。
ーーーなにが起きているんだ?!
ーーーなにをしている。はやくワタシの名前を呼べっ!
 ヴァラは頭をふる。
ーーーどうやら…
「オマエの呪縛(じゅばく)にかかっていたようだな……」
ーーークッ…なにを言っている。成長したくはないのか?! 家に帰りたくはないのか?!
「帰るさ、ただしオマエの力は借りない。成長する方法は、自分で探す!」
 ヴァラは、急いで外に出る。
ゴオオオォ……
 辺り一面は、火の海だ。
ーーーなんだ、これは……
「あっヴァラ君。だいじょうぶだったのか?」
 グラハムが駆けてくる。
「それよりこれはどういうことです?!」
「それが突然モンスターが暴れはじめたんだ」
ーーーモンスターが?!
「まさか、オマエじゃないのかっ?!」
ーーーワタシは知らん。
 ぶっきらぼうな答えが返ってくる。
「なんだ、精霊が関係あるのか?」
「い、いえ…それより、なんとかしないと」
「そうだな」
「モンスターはどこに?」
 ヴァラはグラハムの指差す方に走る。
「ま、まってくれ」
 グラハムがついて来る。
「危険だから、来ないで!」
「そっちはウチの店のある方なんだ。金貨が燃えちまう!」
 そう言うと、グラハムはヴァラよりも早く走る。ここまでくると、なにやら立派な気さえしてくる。
「ギャオォオオ!」
 長い首に堅いウロコ…まぎれもない[竜(りゅー)]がそこにいた。 「やっぱり、間近で見るドラゴンはスゴイな……」
 グラハムは感激している。
「種類としては、レッサードラゴンか…」
 ヴァラが断言する。
「ああ、獣並に知能の低いヤツ」
「でも、竜族(りゅーえん)だけあって、強さは折り紙つきだけど…」
ゴオオオ…
 辺りは破壊され、燃えている家だらけだ。
ーーーオーオー、豪勢にやってるわね。
 ヴァラの心の中で、女がわめく。けっこう美声だ。
「なぜこんな村をレッサードラゴンが…本当にオマエじゃないんだろうな?」
ーーーウッサイわねぇ、違うって言ってるじゃないの…!
 だんだん、ネスティールの言葉に品が無くなっていく。
「ワタシの金貨(きんか)ーっ!」
 グラハムが、燃えている家に突っ込んで行く。
「危ない!」
ドガッ
 ヴァラが、タックルでグラハムを止める。
「正気か?! 本物のドラゴン相手に素手でなんて!」
「あれはドラゴンじゃない」
「は?」
「あれは……でっかいトカゲだ。だから、だいじょうぶなんだっ!」
 グラハムは、そう自分自身に言い聞かせているようだ。ヴァラはあきれはてて、声も出ない。
ボシュォオオオオオ!!
 レッサードラゴンが、ヴァラ達に向かって口火、ブレスを吐く。
「うわちちちっ!」
 ヴァラは風の精霊でブレスを拡散させるが、それでも熱いものは熱い。
「ぜーっ、ぜーっ、ぜーっ」
 二人とも、肩で息をしている。
「良し、呼吸はととのった。再チャレンジ!」
ドサッ!
 再び走りだそうとするグラハムを、ヴァラはショルダーアタックで止める。
「なに考えてるんだっ!」
「金貨のことに決まってるだろう!」
 ヴァラはだんだんグラハムを引き止めるのがバカらしくなってきた。この男は死んでもこりないだろう。
ザッ!
「あいかわらずだな、グラハム! オマエの薄汚い心は、たとえ死んでもなおらないだろうな」
 瓦礫(がれき)の上に、茶色いマントを羽織(はお)った若い男が立っている。 「どうだ、このレッサードラゴンは。気にいってくれたかな?」
ーーーアイツがあんな力をもつレッサードラゴンをあやつっているのか?!  もしそうであるならば、かなりの実力者だ。
サアアッ…
 男の腰まである緑色の髪が、風にゆれている。
ーーーこいつ、アルド族だ…
 ヴァラが欲しくて欲しくて、それでも手に入れられない物を、この男は持っていた。ヴァラは、やるせない気持ちになる。
ーーーとにかく、この男をなんとかしなくては……
 ヴァラは冷静に男を見るが、見たことのない奴だった。どうやら、他の地域のアルド族らしい。
「オ、オマエは…」
 グラハムの肩が震える。
「ダ…ダレだ!」
ズデッ!
 ヴァラがこける。
「忘れたとは言わせないぞ!」
ボソッ…
「忘れ…」
「冗談言ってないで、あれは誰なんだ?!」
 ヴァラが怒る。
「アイツは…確か、昔不倫したフィリシアの不良息子…ヴァルディ」
「すべての元凶はアンタか!」
 ヴァラがグラハムの肩を揺らす。
「い、いや…ワタシは神様に誓って、彼に恨まれるようなことはしていない!」
 まったく説得力が無いのは、どうしてだろうか……
「オマエは忘れても、オレは忘れないぞ! とにかく母さんの恨み、晴らさせてもらう!」
「ヴァルディ、村の人達は関係ないだろう!」
 ヴァラが叫ぶ。
「うるさい! そもそも、オレのサーベルタイガーをやっつけたのはオマエだろう! 聞く耳もたん!」
 ヴァラはなにかを必死で考えている。顔を上げると、手を叩く。
 ヴァラはロープをバッグから取り出すと、グラハムをぐるぐる巻きにする。
「チョ、チョット。なにを…」
「グラハムは渡す! だから、村の破壊をやめてくれ!」
「げ、ヴァラ君本気かっ!」
「ーーとにかく、この場をおさめないと……誤解だって言うなら、後で話しあってくれ」
 ヴァラが強引にさとす。
 ヴァルディが声をあげる。
「もちろんグラハムは殺す! だが、この村の連中もグラハムの仲間みたいなもんだ!
みんな死ね!!」
 すでに正気の沙汰ではない。
「グギャオオオ!」
 レッサードラゴンが、こちらに向かって来る。
「しばらく、レッサードラゴンをひきつけてください」
「え?」
 ヴァラはグラハムのロープをはずすと、レッサードラゴンの方にグラハムを押す。
「グギャォオ!」
「ひきつけろったって、うひゃぁああ!」
 グラハムが、山の方に走って行く。それを追いかけて行くレッサードラゴン。
ザザッ!
 ヴァラは、ヴァルディと対峙する。
「なんだ、子供がオレを倒すって言うのか?」
 ヴァラの体格を見て、ヴァルディがからかう。あきらかに、ヴァラをあなどっている。
ーーーそれも、計算の内さ。
 ヴァラは、ヴァルディとの距離をつめる。
「グルルルルッ……」
 瓦礫(がれき)の向こうから、複数のサーベルタイガーがあらわれる。 「だがな、オマエの精霊法は本物だ。オレは、決して手を抜かないぜ」
 二十匹以上のサーベルタイガーが、ヴァラを囲む。
「精霊法や魔法は、使っている時が無防備になる。だが、獣使いならば、そんなことはない。オマエは、オレには勝てない。絶対にな…!」
「グガオッ!」
 サーベルタイガーが、四方から一気に攻撃する。微妙にタイミンがずれており、一方のサーベルタイガーを倒した瞬間、残り三方のサーベルタイガーがヴァラを襲う作戦だ。
ヅガッ!
 ヴァラは、サーベルタイガーの中に見えなくなる。
「フン、なにが精霊使いだ。他愛もない」
ドサドサッ……
 サーベルタイガーが倒れ、ヴァラが無傷で立ち上がる。
「なにっ?! キサマ…なにをした?」
 ヴァルディが驚きの表情をあらわにする。
「精霊使いがなんだって?」
 ヴァラがヴァルディの方に歩いて来る。
「クッ、一斉に全員攻撃だ!」
 残りのサーベルタイガーが、四方八方から、さらにタイミングをずらして一斉に攻撃してくる。
ギャギャギャギャギャギャギャン!!
 一瞬にして、残りすべてのサーベルタイガーが吹き飛ぶ。
ドサドサドサドサドサドサッ…………
 ヴァラを中心に、サーベルタイガーが転がっている。
「バ、バカな!」
 ヴァルディがあとずさる。
「オレは、一度に複数の風の精霊、シルフを召喚することができる…」
 ヴァラがヴァルディの前に来る。
「そんなこと…そんなことはどんな精霊使いも不可能だ!」
「…そう…だな」
 ヴァラも同意する。
ドボオッ!
 ヴァラのひざ蹴りが、ヴァルディに決まる。
「グホッ」
 たまらず、ヴァルディが倒れ込む。
「すぐにレッサードラゴンを止めろ!」
 ヴァルディが首をふる。
「できんな…」
「ふざけているばあいか! 死人がでる前に止めるんだ!」
「オレの実力では、レッサードラゴンにひとつの命令しか与えられなかったんだ」
「まさか、それは…」
「そうだ。その命令は……すべての人間を殺せ! だ…」
ズズ…ン…!
 裏山の方に粉塵(ふんじん)が上がる。
「山の方に、村人達が逃げて行ったぜ。そして、グラハムのヤロウが逃げて行ったのも…」
 ヴァラが、しゃべるヴァルディを縛りあげる。
「オレの命令は、夕方まで消えることはない。 オマエがたとえ、複数の精霊を召喚できようと、あのレッサードラゴンを止めることは…できない」
「やってみなければ解からないさ!」
 ヴァラは山へ向かって駆け出す。太陽は、まだ真上にのぼったばかりだった……


ズズ…ン…
「もっと上へ!」
 村人達は、山の上に逃げる。避難用の洞窟にいたままの場合、ブレスの一撃で全滅する可能性があるからだ。
「だけど、この先どうするのよ!」
 この山は岩でできており、反対側は崖になっている。
「それでも、他に逃げ道はない」
 白髪の村長が答える。村人達の中には、ちゃっかりグラハムまでいる。
 村人達は、頂上目指して走る。総勢六十人強といったところか……
ビュゥウウウッ…
「もう後がないぞ!」
 山の頂上は平坦になっており、なかなか広い。
「このままじゃオレ達は全滅だ!」
ザワザワ…
 村人達がざわめく。
「だいたい、なぜグラハムさんはここにドラゴンを連れて来ちまったんだ!」
「責任とれ!」
「オマエが先に食われろ!」
 険悪な雰囲気が、場を包む。
「まあ待て。ワタシは考えなしにこっちに来たのではない。我々が時間稼ぎをしている間に、レッサードラゴンをあやつっているヤツを、精霊使いのヴァラ君がやっつけてくれる手はずだ」
 グラハムが余裕で答える。
「おお、そうだったのか。さすがグラハムさん。やっぱり考えあってのことだったのか」
 責任をとれと言っていた男が、こんどはグラハムを誉めている。
「精霊使いの知りあいがいるとは、さすがグラハム殿」
「いやあまあ、それほどでも」
 村人達は、グラハムが今回の元凶であることを、まだ知らずにいた。
ズシン…ズシン…
 レッサードラゴンが近づいて来る。
ズシン…ズシン…
 近づいて来る。
ズシン…ズシン…
 さらに近づいて来る。
ズシン……
 ついに頂上まで来た。村人達と、百メートルぐらしか離れていない。
「一向に止まらないじゃないか!」
「このままじゃ食われちまう!」
「どうするんだ、グラハムさん!」
 村人達の不安が、怒りに変わる。恐怖も手伝って、収集がつかない。
「いや、そのあの…」
 グラハムが困り果てて、あとずさる。
「グギャォオオオオ!」
 レッサードラゴンの咆哮(ほうこう)に、村人達は言い争いをしている場合でないことに気づく。
ザッ!
「ド、ドラゴンめ!」
 グラハムが一歩前に出る。
『オオッ…』
 村人達から、喚声があがる。
ジャリッ
「この金貨をやるから、見逃してくれ!」
シーン……
ビュゥウウウッ…
 冷たい風が吹く。
ドコ! バキ! ドコオ!
「きゅう…」
 グラハムが、村人達に殴られてノックアウトする。
「グギャオオオ!」
 レッサードラゴンは、口を開け…そしてブレスを吐いた。
ドゴオオオオオオオオ!!
「ウア!」
「もうダメだ!」
「………?」
 だが、いっこうに熱くない。
ビュゥウウウッ……!
 冷たい強力な風が、炎を防いでいる。
タッタッタッ…ザザッ!
 十才くらいの少年が、レッサードラゴンの前に立ちふさがる。
「誰だあれは…」
「見たことのない子供だが…」
「あんな少年が炎を止めているのか?」
 混乱していた村人達が、落ち着きをとりもどす。
「そうだ。あの少年こそが、ワタシの親友の精霊使い、ヴァラ君だ!」
 いつのまにか、グラハムが復活している。
「あんな少年になにができるんだ」
「いや、彼の力はワタシが保証するぞ!」
 グラハムが説得する。
「それが信じられないんだ」
「ドラゴンをあやつっているヤツを、やっつけるんじゃなかったのか?!」
「う…それはその…」
 グラハムが困惑する。
ドギュゥウウウウウウウウッ!!
 強力な突風が、レッサードラゴンの前進を防ぐ。
「やった!」
「すごいじゃないか」
「どうだ、言ったとおりだろう!」
『ヤンヤヤンヤ…』
 村人達が活気づき、ヴァラを応援する。
ググッ…
 突風で動きは鈍くなったが、それでもレッサードラゴンはヴァラに近よって来る。
ブンッ!
 レッサードラゴンのシッポが、ヴァラに迫る。
ズズ…ン…
 ヴァラは、寸前で避ける。精神集中がとぎれ、レッサードラゴンが動きだす。
「クソッ!」
 ヴァラが舌打ちする。
ーーーあれが、オレの使える最高の精霊法だっていうのに……  レッサードラゴンは、そのまま村人達の方に歩いていく。
「こっちだ! こっちに来い!!」
ズシン…ズシン…
 レッサードラゴンはヴァラの挑発を完全に無視している。 ーーータイヘンねぇ…
 ネスティールの声が心に響く。ヴァラはその声を無視する。 ーーーどうやら全滅という命令を実行するには、人間が多くいる方を先に攻撃するのがいいって判断したようネ。知能が低いわりには適格な判断じゃない。
 ヴァラはレッサードラゴンの前に立つ。
ゴォオオッ!
 シオンが再び突風でレッサードラゴンの動きを鈍らせる。だがレッサードラゴンの前進を防ぐことはできない。
 風の精霊法の中には、かまいたち現象によって相手を斬り裂くというものもあるが、レッサードラゴンの厚いウロコには効かない。
ヴッ…
ーーーなに?!
 瞬間、ヴァラはなにかにはじき飛ばされる。
ドゴオ!
 壁にしこたま叩きつけられる。ヴァラをはじき飛ばしたのは、レッサードラゴンのシッポであった。
ドサッ
「うっ、ゲホッ! グホッ…」
 ヴァラはなんとかひざをつく。
ズシン…ズシン…
 レッサードラゴンがさらに村人達に向かって行く。だが、ヴァラは立ち上がることもできない。
「キャー」
「うわあーっ!」
 村人達が悲鳴をあげる。
「どうすればいいんだ…オレには…オレには……!」
ーーーあんなヤツでも最強無敵の竜族だからねェ……でも、アタシの力なら一撃!…だけどさァ。
 ネスティールが、意味ありげに話す。
「ほん…とうか?!」
ーーーウソは言わないワ。でも、そのためにはアタシの封印を解かなくちゃならないケドさ。
「コイツ…!」
 ネスティールの言葉に確証は無い。言うとおりにしたからといって、約束を守るともかぎらない。だが、いまのヴァラには、他にあてが無かった。
ズシ…
 レッサードラゴンが止まり、息を吸い込む。村人達にブレス攻撃するつもりだ。村人達には逃げ道がなく、ブレス攻撃されれば全滅はまぬがれない。
カーーーッ!
 レッサードラゴンの口が光り輝く。
ーーーどうにでもなれっ!
「ネスティーーーールッ!!」
ボシュォオオオオオッ!!
 レッサードラゴンがブレスを吐いた。村人達はすべて焼け死んだ。
「なんてことだ…!」
 ヴァラが肩をおろす。
「ネスティールッ! 約束はどうしたっ!!」
 ヴァラが悲痛な声をあげる。
ーーーあわてなさんな。良く見てみなさいヨ。
ゴオオオオ…
 見ると、炎は村人達の両脇で燃えている。村人達の前に、一本の棒がつきささっている。 ーーーアレが、いまのアタシの本体よ。棺の中に封印されていたの。サア、手にとって。
 ヴァラは呆然と村人達を見ている。まだ全員無事だとは信じられずにいた。
ーーーなにしてんの! さっさとアタシを手にとって!
「あ、ああ…」
 ネスティールにうながされ、ヴァラは走りだす。
 近よってみると、二メートルぐらいの黒い杖であることが解かる。
ジャリッ!
 地面から引き抜く。
「軽いな…」
 色が黒く木製であること以外は、これといって特徴のない杖だ。
「グルルル…」
 レッサードラゴンが、不思議そうにこちらを見ている。ブレスが効かなかった理由が、解からないらしい。
「ヒュゥウウウ…」
 レッサードラゴンが息を吸い込む。
「えっ、しまっ…」
ボシュォオオオッ!
 炎がヴァラを包む。
ゴオオオォォ…ォ……
 炎が弱まると、そこにヴァラが立っている。ヴァラはとっさに杖を前にだしたのだが、炎は杖の前でふたつに割れたのだ。
ーーーアタシにはね、あのくらいのブレスは効かないのよぉ〜ん。
 ネスティールが自慢げに笑う。
「ドラゴンブレスを防ぐなんて…なんて防御力だ……」
ーーーエヘヘッ、アタシッてスゴイでしょ?
「ああ、スゴイ。じゃあ、レッサードラゴンをやっつけてくれ」
ーーーできないワ。
「ハ?」
ーーーアタシにはできないのヨ。
 ネスティールが冗談ぽく言いきる。
「冗談きついぞ」
ーーー冗談じゃないワ。封印が解けても、物質の体じゃこれがせいいっぱいなのヨ。
「じゃ、どうするんだ…」
 一向に行動を起こさないヴァラを、村人達が不安そうに見ている。
「あの精霊使い、どうしたんだ」
「なんだか精霊とケンカしているみたいだぞ」
「だいじょうぶなんだろうか…」
ブンッ!
「ウオッ!」
 ヴァラは寸前のところでレッサードラゴンのシッポをかわす。
ーーーレッサードラゴンのヤツ、ブレスが効かないんでシッポ攻撃に変えたみたいネ。知能が低いわりに、ナイスアイディア!
「ほめてるばあいじゃないぞ」
ーーーそりゃそうね。
ブオッ!
 再びレッサードラゴンのシッポがヴァラに迫る。
「クッ!」
 ヴァラは風の精霊でレッサードラゴンの動きを封じようと、精霊をよびだす。
ビュゥウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウッ!!
ズズ…ン……
 レッサードラゴンは、あまりの突風に後ろにたおれる。
「ヴァルキオーネだ……」
 ヴァラが呼び出した精霊は、風の精霊の中でも五本の指に入る強力な精霊だ。突風を司どる中では一番であり、もちろん呼び出したのは今回がはじめてだ。
ゴオオオオォォ……
 ヴァルキオーネが消えていく。このクラスの精霊を物質界にとどめるには、かなりの精神力を必要とする。いまのヴァラには、これが限界だ。
「ネスティーヌ、オマエがやったのか?」
ーーーアタシじゃない。アタシはアンタの素質を最大限ひきだしてやっただけ。アンタは最初から、ヴァルキオーネを呼び出せるだけの素質を持っていたってコト。アタシは手伝っただけヨ。
「オレが、それだけの素質を? そんなバカな! いままで召喚しょうとしてみたこともあったが、ダメだったんだぞ」 ーーーそれはアンタが、自分の素質を心の底から信じてなかったからじゃないの?
「ーー自分の素質を…信じてなかった?」
「ギャォオオ!!」
 レッサードラゴンの声がとどろく。レッサードラゴンはすでに立ちあがり、態勢をととのえている。
「クッ!」
 ヴァラは横に駆けだす。
ズシンズシン…
 ヴァラの後を、レッサードラゴンは追って来る。
ーーーおやおや、あんなに怒らせちゃってぇ、アタシは知ーらないっと。
 ネスティールは無責任なことを言っている。しかしヴァラにとっては、村人達から注意をそらすことができて好都合だった。
 ヴァラは必死に岩山を降りる。
バサッバサッ…
 飛んで追ってくるレッサードラゴン。
ーーーヴァラ、アンタどうするのサ? レッサードラゴンから走っても逃げられないし、ここじゃあ隠れる場所もない……こりゃあ死ぬしかない!…かもネ。
ザザッ
「こうするさ」
 ヴァラは精霊法を唱えだす。
ーーーなーにやってんのよ、風系の精霊法でレッサードラゴンをたおせるものなんてないわヨ。
 ヴァラの心に、精霊法を教えてくれた老人の言葉が思いだされる。
ーーーゆいいつ、風系の精霊法でドラゴンのウロコを破壊できるものがある。
 白髪の老人は幼いヴァラに、解かりやすくその精霊法を教えてくれた。ヴァラは精霊法を母親の父、祖父から学んだのだ。そして、その精霊法とは……
「……精霊界の扉よりいでて、我が世界、ガリアにて舞え!」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……
 またたく間に空が曇っていき、黒雲が空をおおう。
ギュンギュン…ギュァアアアアッ!
 白い布をまとい、姿の透きとおった若い女があらわれる。長い金髪をもつ、かなりの美形だ。
ーーーこの精霊は……雷雲最高精霊、エルマライラ…
 ネスティールは感嘆の声をあげる。攻撃力だけならば、風系最高の力をもつ精霊だ。ネスティールがエルマライラを物質界で見たのも、数百年ぶりだった。
ーーーアタシの力があるとはいえ、やってくれるじゃない。
ギガ、ギガオ! ヴィシャァアアッ!!
 エルマライラが、最高の雷撃をレッサードラゴンにあびせる。
「グギャォオ!」
 苦しむレッサードラゴン。だが、たおれる気配はない。
ーーーこのクラスのドラゴンにまで、対魔法効果があるなんて……
 ネスティールは舌打ちする。
「ウォオオオオッ!」
 ヴァラの体は、強い重力に耐えるかのようにふるえている。いまヴァラの精神力は、湯水のように減っていた。エルマライラを物質界にとどめることは、並大抵のことではないのだ。
ーーームリだわ! このままじゃアンタ、精神崩壊をおこすわよっ!!
「ォァアアアアッ!」
ビシッ! ビビシィッ!!
 レッサードラゴンの体から血が吹きだす。
ーーーヤッタ! アトすこしよっ!!
「ぐ…はっ」
ドシャッ!
 ヴァラがその場にたおれる。
ヴァギュゥウウム!!
 エルマライラが消えていく。
 煙りが消えた後、レッサードラゴンは、まだ立っていた。
ーーーそんな……
ズシャッ! ズシャッ!
 レッサードラゴンはこちらに歩いてくる。
ーーーばかやろーっ、こっちくんなー!
 聞こえるはずもないが、ネスティールが叫ぶ。
ズシャ…
ーーーオヤ?
 突然、レッサードラゴンの動きが止まる。
ズズズ…ン……
 レッサードラゴンは地響きをたてて、たおれる。
ーーーイヤッターッ!
 ネスティールが、ほとんど奇声のような喚声をあげる。
「やっ…た……か」
 ヴァラが顔だけあげて、確かめる。
ーーーいやーっ、ひさしぶりにハラハラしたよぉーっ。
なんとか立ち上がるヴァラ。
ズシ…ン…
そして、立ち上がるドラゴン。
「そんな…」
ーーーまさか…ア、アタシのせいじゃな……
バサッバササッッ…
だが、レッサードラゴンはヴァラにも村人達にも目もくれず彼方へと飛びたつ。
ーーーどうやらアイツの呪縛が解けたようネ…
「ふぅーっ」
 ヴァラがこんどこそ心底ため息をついた。そのとき身体がこわばった。
ーーーな…に?
 ヴァラの身体(からだ)が勝手に動きだす。
ーーーさあ、おためし期間もここまでよ、アタシの報酬はヴァラ、アンタのからだで払ってよね…アタシには時間がないのよ…
ーーーどこへ行く…気だ、なにをするつもり…くっ
 それは祖父に教わった封印の方法…
「ネスティ…」
 だが、ヴァラの言葉は途中でいきおいを失う。
ーーーおーっとそこまでよ、名乗ったのは失敗だったわね……でも、チェックメイト…え?
「…ール! ネスティールッ!」
バシュゥウウウウウ……ィウ…  ネスティールが杖にその精神体を封印される。
ーーー…そ…んな、なにアンタ、いったいなんなのさ?……
「そんなのわからない……ヴァラ…、それ以上でも、それ以下でもない者…さ…」


 夕日が沈みゆく時…もう村は灰色になりはじめている。崩れ落ちた廃墟に人々の影…。
「もし…」
 グラハムは連れて行かれる獣使いに話しかける。
「もしよければ、でてきたら一緒に…暮らさ…ないか」
 うなだれる獣使い。ヴァラはその答えを聞かずに村を後にした…ふたりの旅ははじまったばかりだった………


つづく



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