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その他(た)呪紋(じゅもん)設定(せってい)未設置(みせっち)
はじめに
これはパロディと呼(よ)ばれるジャンル(あるいは形式<けいしき>)で、他作品(たさくひん)の設定(せってい)でお話(はな)しを作(つく)るというものです。『美少女戦士(びしょうじょせんし)セーラームーン』という作品(さくひん)のパロで、確(たし)かテレビアニメがR(アール)シリーズをやってた頃(ころ)に書(か)いてました。テレビアニメの第一部(だいいちぶ)のラストに感激(かんげき)して、いてもたってもいられずに書(か)きました。エヴァ以前(いぜん)ではそうとういれこんでました。しかし、いつものわたしのこだわりグセがでて、二作目(にさくめ)の『決戦(けっせん)の日(ひ)』はまだ未完成(みかんせい)のままです。おりをみて、完成(かんせい)させたいなあ…と思(おも)ってます。※、パロディは、元(もと)の作品(さくひん)を知(し)らないとたいてい読(よ)めないのですが、この追憶(ついおく)の彼方(かなた)もそうなっています。
ではおたのしみください。
『追憶(ついおく)の彼方(かなた)』
「ハイパー・シュープリームサンダーッ!」
ヴァゴァア!
緑色のドレスを着た茶色い髪の少女が雷撃(らいげき)を放つ。
と、同時に三つ首の巨大な狼が爆発、四散(しさん)する。
「やるわねパァル」
「まあナ」
ーーーあれ? パァルって人、まこちゃんにそっくり。ポニーテールをやめて、髪をおろしたらこんなふうになるんだろうなぁ……でもここ、どこだろう?
ある意識(いしき)がそう考えた。
周囲(しゅうい)を見ると古(ふる)めかしい石の壁でできた通路(つうろ)が広がっており、大理石(だいりせき)の柱が延々(えんえん)と奥(おく)に続いている。
そのひとつひとつに、仰々(ぎょうぎょう)しい装飾(そうしょく)が彩(いろど)られている。
ダタッダダッダタッ……
金色の毛並(けな)みと翼を持つ四つ脚(あし)の獣が、石畳(いしだたみ)の上をかろやかに走り来る。
それが殺意(さつい)に満(み)ちた行動であるのは十分(じゅうぶん)すぎるほど解(わか)っていた。
「来(く)る!」
「まかせてっ」
長い金色の髪が風になびき円(えん)を描く。
「イレーザー・レグウィングス!」
ヴァシュァァア!
背中に光り輝(かがや)く翼が生まれる。
ズヴァッ!
はばたいた光の翼に包まれ、砕(くだ)け散(ち)る魔獣(まじゅう)。
「お前もやるな、サファイアス」
茶色の髪をした少女が金髪の少女に話しかける。
ーーーサファイアスって人、美奈子ちゃんにクリソツ。
「大丈夫ですか、クィーンセレニティ」
水色のドレスを着た青い髪の少女、ルヴィが問いかける。
ーーーこの人は亜美ちゃんそっくり。あ、レイちゃんも居(い)る。相変わらずイジワルそうな顔してるナ。
「大丈夫です。ルヴィ」
クィーンセレニティと呼ばれた女性はやさしく答える。
「それよりプリンセスがどうなったか心配で…」
「大丈夫です。先に裏門の方からお逃げになりました」
茶色の髪の少女、パァルはクィーンセレニティにやさしく微笑(びしょう)する。サファイアスはパァルの方を向く。
「次の敵(てき)が来る前にこちらからいきましょう」
パァルに提言(ていげん)する。パァルはニッコリ笑うと腕を上げ、金髪の女性にOKの合図(あいず)を送る。
「そうだな。行こう!」
「クィーンセレニティ…それではいって参(まい)ります」
敵は城を完全に包囲(ほうい)しているのに対し、味方はほとんどが全滅(ぜんめつ)している状態(じょうたい)だ。大軍団の中に二人で突(つ)っ込(こ)むというのである。それはあまりにも無謀(むぼう)すぎた。
生き残れる確率(かくりつ)はまずなく、パァルは永遠の別れの言葉として今のセリフを言ったのだ。
サファイアスとパァルはクィーンセレニティが逃げるための、時間稼(かせ)ぎの囮(おとり)になる覚悟(かくご)はできていた。
二人にとって、それは本望(ほんもう)なのだ。いくら家臣(かしん)といえど、これほどまでの忠誠(ちゅうせい)と尊敬(そんけい)を受けるクィーンセレニティという人物の器(うつわ)がうかがえるというものであった。
「気をつけて………」
クィーンセレニティは止めなかった。それが無駄(むだ)なことは解(わか)りきっていた。
二人の肩(かた)に手を置くと静かに話だす。
「二人共、生きて帰るのですよ……」
パァルとサファイアスはハッとした。クィーンセレニティは両腕(りょううで)にひとつずつしている腕輪(うでわ)を外し、二人に渡す。 それは全包囲(ぜんほうい)に対してある程度の魔法防御(まほうぼうぎょ)がある特殊(とくしゅ)な腕輪(うでわ)で、クィーンセレニティが母親からもらった形見でもあった。 この状態(じょうたい)でクィーンセレニティは本気で言っているのだ。
家臣(かしん)とはいえ今は一介の兵士にすぎない二人にこの好意(こうい)、二人は感激(かんげき)した。
あたりまえのことだと思うかもしれないが、この状態(じょうたい)でそのあたりまえのことが平然(へいぜん)とできてしまうのがクィーンセレニティのすごいところであった。
「ありがとうございます……ルヴィ、クィーンセレニティをよろしく」
サファイアスは蒼髪の少女にそう言うと後ろを向き歩きだした。パァルは会釈(えしゃく)をし、サファイアスに続く。
そして二度とこちらを振(ふ)り向かなかった。
その頃(ころ)この話の生き証人(しょうにん)となるはずのうさぎは…
ーーーまこちゃんと美奈子ちゃんが離(はな)れてっちゃう。なんでだろ? あ、そっかトイレか!
………なにも考えていなかった。
「ヴィーナス・スターパワーーッ!」「ジュピター・スターパワーーッ!」
ふたつの呪紋(じゅもん)が同時に交差(こうさ)する。
『ハイエンシェント・ライジングレーザーッ!!』
ピキィィン…キキ…キュン、ヴィキュゥゥム!
複数(ふくすう)のレーザーが生まれ何度も屈折(くっせつ)しつつ、巨大な多頭龍(たとうりゅう)を八(や)つ裂(ざ)きにする。二人の融合魔法(ゆうごうまほう)が決まった。
「ハァハァ…ずいぶん倒(たお)したわね、パァル」
肩で息をするサファイアスは、緑色に赤茶けたドレスを身にまとう少女に話しかける。
「あぁ…、もう30体くらい倒(たお)したかな」
サファイアスの金色のドレスも、魔獣(まじゅう)の血に染(そ)まり、どす黒く変色していた。
いくら魔法とはいえそれだけの数を操る精神力(せいしんりょく)、体力の消耗(しょうもう)は非常(ひじょう)に大きなものになっていた。
二人は何時(いま)にも倒(たお)れそうになる身体をささえるので精一杯(せいいっぱい)であった。
後何発撃てるだろう? パァルの脳裏(のうり)をいやな思いがよぎる。力尽(つ)きた時が二人の最後なのだ。
「オヤオヤ、もうヨロヨロじゃないか。大丈夫かい?」
「だれだ!」
パァルが人影にむかって叫ぶ。既(すで)に味方の軍はほぼ全滅(ぜんめつ)しており、声の主が敵であるのは一目瞭然(いちもくりょうぜん)であった。
長い通路(つうろ)の柱の影に、紫(むらさき)の髪と赤い髪をした二人の女性が立っている。
その女性達は武器(ぶき)ひとつ持っていない。パァルは肩の力が抜(ぬ)けるのを感じた。赤い長髪の女性が前にでる。
「いいものをやろう」
「いいもの?」
サファイアスはキョトンとする。パァルにいたってはあきれていた。
「なんの冗談…」
「理想境(りそうきょう)への招待状(しょうたいじょう)をな! ディスペランサーッ!!」
ギィイッ…ドゴオッ!
生まれいでた黒い槍状(やりじょう)のエネルギー波が、寸分(すんぶん)の狂(くる)いなくパァル達を射(い)る。
ドゴゴォォオオオ……
爆発が二人を包む。左右にあった装飾(そうしょく)の柱が粉々(こなごな)に砕(くだ)け、四散(しさん)する。
ーーー直撃(ちょくげき)だ、骨(ほね)さえ残(のこ)らんな。
「クックックッ。金(かね)はタダだよ」
「いらないワよっ、そんなモノ!」
「なに!?」
黒い炎が晴(は)れるがパァル、サファイアス、共に無傷(むきず)であった。
イイィ……
二人の足元に光り輝く魔法陣(まほうじん)が浮(う)かびあがっている。
ーーー感謝(かんしゃ)します。クィーンセレニティ。
サファイアスは心の底(そこ)からそう思った。魔法陣(まほうじん)が次第(しだい)に光を失(うしな)う。それは腕輪(うでわ)が発動(はつどう)した防御結界(ぼうぎょけっかい)であった。
ふたつの腕輪(うでわ)が共鳴(きょうめい)している。
「あたし達をみくびるなよ」
パァルが勝(か)ち誇(ほこ)った笑みを浮かべる。
暗闇(くらやみ)から紫(むらさき)のあざやかな長髪を持つ女性が前にでる。たいまつのゆらめきが妖(あや)しい瞳を淡(あわ)く照(て)らす。
「こざかしいウジ虫めが。我がクィンメタリアの手にかかることを光栄(こうえい)に思え!」
「なんだって?! 何故(なぜ)敵の総大将(ソウルクィーン)がこんなところに…」
パァルは震撼(しんかん)した。あまりに強大な存在(そんざい)であった。しかし現時(いま)は戦闘中(バトルゾーン)なのだ。考えている余裕はない。
「サファイアス、呪紋(じゅもん)をあわそ…どうした?」
パァルはサファイアスの腕(うで)が震(ふる)えているのに気がついた。
サファイアスは悪鬼(あっき)のごとく怒(いか)りに満(み)ちた顔をしている。
「どうしたんだっ」
声は聞こえず、サファイアスのその瞳(ひとみ)には一面の焼(や)け野原(のはら)が映(うつ)っていた。
「助けてぇっ!」
逃げ惑(まど)う女子供や、魔法兵士(バジェッツ)達を悠然(ゆうぜん)と殺しながら歩いてくる女のシルエットが浮かぶ。
血しぶきを受けながら笑ったその顔は………
「ェヤァアアアッ!」
サファイアスは右腕を伸(の)ばす。
「クレッセントヴィーム!!」
ピキィン!
膨大(ぼうだい)なエネルギーが一瞬(いっしゅん)で手の指先に集まる。光がすべての闇(やみ)を打(う)ち消(け)した。
ヴィームがクィンメタリアに届(とど)く瞬間(しゅんかん)。
「シャワーッ!」
パキュゥゥゥム!
エネルギーはある一点を堺(さかい)に無数(むすう)の光に別れる。
ヴィシャァアァアァア!
死角(しかく)なく、円(えん)を描くようにクィンメタリアに降(ふ)り注(そそ)ぐ。
決まった! サファイアスは確信(かくしん)した。まばゆい光が視界(しかい)を彩(いろどる)る。
「やったな、サファイアス」
パァルは安堵(あんど)の息(いき)をつく。
「それはどうかな?」
「?!」
二人はクィンメタリアの方を見る。こちらもまったく無キズでその場に立っていた。
「クックックッ、バカな。わざわざエネルギーを分散(ぶんさん)して防御(ぼうぎょ)しやすくするなど」
エネルギーを分散(ぶんさん)したのは事実(じじつ)だが、あの状況(じょうきょう)でとまどいもせず魔法防御(リセット)した敵には感嘆(かんたん)を禁(きん)じえない。
二人はかまえなおす。生半可(なまはんか)な攻撃(こうげき)では効(き)かないことに気づいたのだ。
「いくぞっ!」
サファイアスの前にパァルが立つ。両手を前に突(つ)き出(だ)す二人。
「ジュピター、スターパワーーーッ!」「ヴィーナス、スターパワーーーッ!」
二人共同時に呪紋(じゅもん)の詠唱(えいしょう)に入る。短時間ですさまじい量(りょう)のエネルギーが生まれる。
パァルが膝(ひざ)をつく。二人の声が共鳴(きょうめい)した。
『デッドエンド・フォース!』
ギィン!
一筋の光が帯(お)び状(じょう)にクィンメタリア達の周囲(しゅうい)を高速回転する。二人の姿がグニャリと曲(まが)り始(はじ)める。
ギュンギュンギュン!
光速(こうそく)の繭(まゆ)が完成(かんせい)した瞬間(しゅんかん)。
イィィィ……ドギュ・オ!!
繭(まゆ)は一瞬(いっしゅん)にして縮小(しゅくしょう)し、爆発した。パァルとサファイアス、最大のプラスルーンが決まった。
ヴィシ! ヴ…ヴヴ…ン……
あまりのエネルギーに一種の滋場(じば)が発生(はっせい)し、あたりを放電(ほうでん)が包む。
クィンメタリアが立っていた場所を中心に床(ゆか)、天井(てんじょう)、壁(かべ)がへこみ、無数(むすう)の亀裂(きれつ)が走っている。
風が煙(けむ)りを晴(は)らしていく。
「おもしろい芸(げい)を見せてくれるものだな……」
そこに平然(へいぜん)とクィンメタリアが立っていた。服さえ傷ついてはいない。
ーーーなんて奴(やつ)だ……あの時なにをしたんだ?
パァルは困惑(こんわく)していた。プラスルーン最大のメリットは短時間で巨大な破壊力(はかいりょく)をもつ魔法を放(はな)てることであり、中級防御魔法(ちゅうきゅうぼうぎょまほう)程度(ていど)ならばそれごと破壊(はかい)できるはずなのだ。冷や汗がパァルのノドをつたう。
「さて、遊びは未(ここ)までだ。……死ね」
ヴォオォオォオォオ!
膨大(ぼうだい)な黒いエネルギーがクィンメタリアの両腕に収束(しゅうそく)されていくのが解(わか)かる。パァルは血の気がひいた。ここからでも並大抵(なみたいてい)な魔法ではないことが解(わか)る。受ければ間違(まちが)いなく死ぬ。そう感じた。
「サファイアス、あと何回ヴィームを撃てる?」
「後…十回ぐらいよ。でもどうして?」
「残りの力をすべて集めて、二人の魔法をあわそう」
「なんですって?!」
二人の魔法をあわす、それ自体は別に危険なことではない。だが、残りの魔力をすべて注ぎ込み、魔法をあわすのは危険を通りこして無謀(むぼう)でさえあった。しかもこれだけ疲労(ひろう)してのことである。
魔法の制御(せいぎょ)さえままならぬ状態(じょうたい)なのだ、二度目はない。パァルは死さえ覚悟(かくご)していた。
「…そうね、やりましょう」
サファイアスは反対しなかった。壁を破壊(はかい)すれば逃げることもできた。だが二人共そうしなかった。
ーーーここでクィンメタリアをしとめるなり重傷を負わせるなりすれば敵軍の侵攻(しんこう)も鈍(にぶ)るはず。
二人はほんの一瞬さえ迷うことをしなかった。覚悟(かくご)はもうあの時にできていたのだから………
サファイアスは両腕を前にだす。
「ファイナル・クレッセントヴィーム!!」
突きだされた両腕の、一本一本の指に膨大(ぼうだい)なエネルギーが収束(しゅうそく)される。
普段(ふだん)からサファイアスは二本以上の指からヴィームをださないようにしていた。それをやれば制御(せいぎょ)がほとんど効(き)かず、デメリットのほうが多くなってしまうのだ。さらに多くのエネルギー波を撃(う)ちだす衝撃(しょうげき)に耐(た)えられず、身体(からだ)は吹(ふ)き飛(と)ぶ。
だがサファイアスはあえてそれをやった。
結果(けっか)、指から血が吹きだし、身体(からだ)は木(こ)の葉(は)のようにもろく弾(はじ)け飛んだ。
ドガッ!
壁に激突(げきとつ)する。もちろん受け身をとるひまはない。激痛(げきつう)と共に意識(いしき)が遠のいていった。
太陽がきらめく。雲ひとつ無い青空を白い鳥が飛んでいく。波(なみ)が風とともに舞う。
まるで鏡のように海が空を映す。地平線(ちへいせん)の彼方(かなた)まで島はない。
ーーーーーザザッ!
澄(す)みきった海の上を影がよぎる。帆(ほ)がついたごく普通(ふつう)のボートだ。しかし船底(ふなぞこ)は水に触(ふ)れていない。
空中に浮いているのだった。
ギャウッ!
風を斬りつつ高速旋回する。十人ぐらい乗れそうな浮遊ボートに五人の少女達が乗っていた。
「いい風だな」
パァルは笑う。風が彼女の茶色い髪をなびかす。彼女達は色鮮(いろあざ)やかな布(ぬの)をビキニのように身体(からだ)に巻(ま)いている。
「そうね」
ダイアは晴天の青空を見上げながら答える。
「最高よ!」サファイアスは叫(さけ)ぶ。
ーーーそうだ、これは五人で飛行(ひこう)ボートに乗った時のことだ……ーーー夢? だとしたら最高の夢ね……
ボートの上でサファイアスは笑った。まるでイヤなことをすべて忘れるためのように。みんな、なにも言わないが心の中は悲しみで満(み)ち溢(あふ)れているはずだった。
全員クィンメタリアに国を滅(ほろ)ぼされていたのだから。
少しでもみんなの気分が晴れるようにと、プリンセスが提案(ていあん)したのだった。
みんなプリンセスには感謝(かんしゃ)していた。自分の国だというのに少しもイヤミなところはなく、やさしいプリンセスにみんなしたしみを抱いていた。
パァルは黒髪の少女、ダイアの近くに来ると腰かける。
「帰ったらみんなにケーキ作ってやるよ」
「ええっ、それじゃ胃薬用意しなきゃ」
ダイアが毒ずく。
「アーヒッドォ、うまくできてもダイアにはあげないよ」
「え〜そんなぁっ」
「アハハハ」
「キャハハハ…」
ーーー楽しかったなぁ…またあんなふうに話ができるかな? でもそれは夢……夢見るだけならいいかな?
夢見るだけなら………
サファイアスは静かに、眠るように瞳を閉じる。その穏(おだ)やかな顔から一筋(ひとすじ)の光がこぼれ落ちた。
サファイアスが放(はな)った十のヴィームはひとつに収束(しゅうそく)すると巨大なエネルギーの渦(うず)となりパァルに迫(せま)る。
パァルはジャンプして巨大なヴィームの渦(うず)をかわす。と同時にすべての力をこめた魔法を発動(はつどう)させる。
「…シュープリームサンダーッ・ドラゴン!!」
ギィシャアアアァァッ!
空中で放った最大最高級(さいだいさいこうきゅう)のサンダードラゴンが巨大なエネルギーの渦(うず)と交わる。するとサンダードラゴンの体が数倍(すうばい)にふくれ上がる。あまりにも巨大な雷竜(らいりゅう)がクィンメタリア達をおおいつくす。
ドゴオオオオオオォォッ!
「やった!」
着地(ちゃくち)する前に爆風(ばくふう)に弾(はじ)き飛ばされるパァル。
ーーー…死ぬの…かな?……
パァルの脳裏(のうり)を、未(いま)まであった出来事(できごと)がめまぐるしく過(よ)ぎる。
「ハァハァ……もう…動けない」
「そんなことで国を守れると思うか? 立て、立つんだ!」
ーーーアナタはアタシをまるで男のように育てたね……父上……
「私がいない間も鍛練(たんれん)を怠(おこた)るな!」
「待って父上! 話が…」
「クィンメタリア討伐隊(とうばつたい)、出陣(しゅつじん)!」
ーーー……話したいことがある…のに……
そして二度とパァルは父と会うことはなかった。
ーーーアナタは勝手(かって)だ! アタシのことなんてなにも考えてなかったんだろう。バカヤロウ!
涙は流れなかった。いや、流さなかった。
「シューティング・サイコプラッシャーーッ!」
…ギュィィィィイイイ……ドゴアァァッ!!
砂塵(さじん)のあと、砂浜(すなはま)に巨大なクレーターが現(あらわ)れる。波(なみ)が再(ふたた)びその穴を埋(う)めていく。
「あきずによくやるね、毎日毎日…」
ダイアはパァルに話しかける。
「まあネ」
「パァルってさ、なんか危機(きき)迫(せま)るものがあるんだよなぁ…まるで死にたいような…」
「まさか、アタシには夢があるんだから」
「そう? だったらいいんだけど…」
ーーーそうさ、別にアナタの敵(カタキ)を討(う)ったわけじゃない。
ーーー…でも……なんだか…とてもいい気分だ。……とても………
パァルは笑っていた。それは今までで最高の笑顔だったろう。
ヴィシッ! ジジッジッ…ドゴアッ……ゴゴ…ゴ…!
度重(たびかさ)なる雷爆(らいばく)の後、床(ゆか)が割れ二人は瓦礫(がれき)の中に飲(の)み込(こ)まれていく。
二人の身体(からだ)を包み込むように瓦礫(がれき)が折(お)り重なる。
……そして天井(てんじょう)を彩(いろど)るクリスタルが砕(くだ)け、雪のように積(つ)もっていく。まるですべてを覆(おお)い尽(つ)くすかのごとく………
ズズウゥゥン!
「なに? 地震(じしん)?」
ダイア達は歩みを止める。少し立ち止まっているが、それ以上(いじょう)振動(しんどう)は伝(つた)わってこない。
「さあ、急(いそ)ぎましょう」
蒼(あお)い髪の少女、ルヴィはすぐに歩きだす。
ルヴィは悩んでいた。
今はクィーンセレニティのことしか考えてはいけないと思いつつもサファイアス達のことが頭をよぎる。
今にも役目(やくめ)をダイアに託(たく)してパァル達の後を追いたかった。だがこれから先なにがあるか解らない。
ーーー今は役目(やくめ)を果たさなくては…、サファイアス達が託(たく)したこの役目(やくめ)を……
ルヴィはふと朱色の髪の少女、ダイアのほうを見る。なにかを必死に隠そうとしているのが表情(ひょうじょう)からも解(わか)る。
どうやらダイアも似たようなことを考えていたようである。
ルヴィはひとつ溜(た)め息(いき)をつくと前を向いた。
その瞳(ひとみ)は沈着冷静(ちんちゃくれいせい)な本来(ほんらい)の瞳(ひとみ)であった。
ーーーなんだか亜美ちゃんとレイちゃんとクィーンセレニティだけになっちゃったナァ。なにしてるんだろ?
うさぎはあらゆる状況(じょうきょう)を見ることができたが、声をだしたりなにかに干渉(かんしょう)することはできなかった。
小さないらだちがうさぎを襲(おそ)う。
「そこにいるのは誰!?」
ダイアは廊下(ろうか)の先に立つ人影に声をかける。いつでもファイアーソウルを撃てるようにかまえる。
人影はゆっくりと近ずいて来る。たいまつの炎に映ったその顔は。
「エンディミオン様」
それはまぎれもなくエンディミオンであった。
「クィーンセレニティ、おひさしぶりです」
エンディミオンはクィーンセレニティに会釈(えしゃく)する。
「エンディミオン様、なぜここに?」
「貴女(あなた)の城が襲(おそ)われたと聞いてすぐに軍勢(ぐんぜい)をひき連れてまいりました。今ごろは形勢(けいせい)が逆転(ぎゃくてん)しているでしょう。
とにかくここは危険です、私の城に避難(ひなん)されるといい。外まで護衛(ごえい)しましょう」
現代の地場衛はキザで今イチ好きになれない人もいると思うが転生前の彼は生粋(きっすい)の戦士であり、一国の王としての才覚も十分にそなえたまさに一時代の英雄であった。
これだけの人格(じんかく)を持つクィーンセレニティが彼に頼(たよ)るのも当然(とうぜん)といえた。
事実(じじつ)、ひんぱんに現(あらわ)れる魔獣(まじゅう)を一撃(いちげき)のもとに切(き)り捨(す)てるその腕は、屈強(くっきょう)な戦士であるダイアを感嘆(かんたん)させるに十分(じゅうぶん)であった。
一行(いっこう)は祈(いの)りの間である、広間に出た。
ドーム状(じょう)に広がった天井(てんじょう)には、一面に壁画(へきが)が描かれている。ここを抜ければ裏門はすぐである。だが、そこには一人の少女が膝(ひざ)をまげて地(ち)に向かい、祈(いの)りをささげていた。
「プリンセス!」
「エンディミオン!」
二人は駆(か)けより、抱きあう。
「プリンセス、なぜここに?」
エンディミオンの問いは当然のものであった。
ーーー月の王国の血を絶(た)やさないために、クィーンセレニティが先に逃がしたのになぜ!?
エンディミオンは困惑(こんわく)した。
「お母様が戦っておられるのに一人だけ逃げられません」
その瞳には強い意思(いし)の光が感じられた。
「それで祈りを…」
現在のうさぎとは天と地の差があるようだ。
ーーー…ウ、ウルサイワネ!
「オヤオヤ、こんなところにいたのカイ?」
ふりかえるとそこには女性が二人、立っている。意味もなく露出度(ろしゅつど)の高い、水着のような物を着ている。
「なにをしている。こんなところにいないで早く逃げないか!」
ダイアは二人に呼びかける。それに対して二人はいきなり笑いだした。
「なにがおかしい!?」
ダイアが詰(つ)めよる。異常(いじょう)な雰囲気(ふんいき)をルヴィも感じとっていた。
「ひさしぶりですね……」
その声をだしたのはクィーンセレニティであった。
「ほう…覚えていてもらえるとは光栄(こうえい)のいたりだ」
背の高い、紫(むらさき)の長髪をした女性が話し返す。瞳がどす黒く光る。
「忘れようとしても忘れられません。……クィンメタリア」
「ええっ?!」
その言葉はルヴィとダイアを驚愕(きょうがく)させるのに十分なものだった。
「なぜここに敵の女王が…」
ダイアは狼狽(ろうばい)を隠しきれないといった顔をする。
「私の軍勢(ぐんぜい)に恐(おそ)れをなして逃げる途中かな?」
エンディミオンは自身げにそう言った。
おごりではない。彼の十五万の軍勢に対しクィンメタリアの軍勢は八万といったところだろう。
それもクィーンセレニティの軍勢と戦い、格段に数が少なくなっているはずであった。
余裕(よゆう)の笑いが口からこぼれる。
「アア、あのザコどもか。我が魔法攻撃によってほとんどいなくなったがな」
その場にいる全員が慄然(りつぜん)とした。形勢(けいせい)は一気に劣悪になったようだった。
「でも数ではこちらが上よ」
ルヴィが前にでる。
もちろんクィンメタリアの実力をあなどっているわけではない。
このせまい場所では対個人用(たいこじんよう)の中級魔法(ちゅうきゅうまほう)しか使うことができないはずであり、数からいってもこちらが有利と見てとったのだ。恐ろしいまでの冷静(れいせい)な考えであった。
転生後、水野亜美となったのも納得(なっとく)できることである。
「四天聖(してんせい)二人と剣王の異名(いみょう)をとるエンディミオン様を相手に勝てると思ってるのか?」
ダイアも前にでる。クィーンセレニティとプリンセスを守るように。
「四天聖? もしかしてコイツらのことかい」
天井の壁が崩れるとそこから人影がふたつ現れる。
「サファイアス! パァル!」
それはまぎれもなく先程別れたふたりであった。青白い顔をしており、生気がないのがひと眼で解(わか)る。
ダイアの脳裏(のうり)に始めてパァルと会った時のことが思いだされる。
火星のプリンセスであったダイアは12才の時にここに連れてこられた。クィンメタリアに国を滅(ほろ)ぼされたのだ。
最初高ぴしゃで礼儀(れいぎ)を知らず、友達がまったくできなかった。そんな時パァルとあった。
「昼飯未だかい? 一緒に食べよう」
最初は媚びへつらう大臣のような奴等と一緒に考えていた。国が滅ぼされた時に態度を豹変させた大臣達の顔を今も忘れることができない。
だが話すうちに違うことが解った。この茶色の髪の少女も木星のプリンセスであり、木星の浮遊大陸(ふゆうたいりく)を滅(ほろ)ぼされたのだという。
「いつかアレスティア国を再建し、平和な国を作るのが夢なんだ」
そう話した彼女の言葉を今も覚えている。今も…
ーーーパァル! アナタ達を犬死ににはさせない!
「天・地・風・炎・水・霊・神! …ヴァーニング・ラグナフレア!!」
ヴァ…ォォォオオ!
クィンメタリアの足元に曼陀羅陣(まんだらじん)が浮かぶ。同時にクィンメタリアを包む形で、灼熱(しゃくねつ)の星の幻像が浮かぶ。
瞬間、灼熱(しゃくねつ)の星が実体化する。
ヴァゴォォオ!
数億度(すうおくど)の超・超高熱がクィンメタリア達を飲み込む
。あまりの高熱に一部の床(とこ)が溶(と)けだす。
「みたか!」
ォオ!
熱気が広間の端(はし)にいるクィーンセレニティ達の方にまで及ぶ。
「フフッ、四天聖の力はこんなもの?」
もう一人の女性が平然(へいぜん)と灼熱(しゃくねつ)の海からでてくる。
この魔法は呪紋の詠唱が長いため、易ーと魔法防御をすることができる。だが上級防御魔法さえ消滅させるだけの絶大な威力を持つ魔法を耐えたのだ。
ーーーなんだ? ……それだけの力を持ってるということ?……
「何者だ、貴様は!」
「私はヴェリル、死に逝くあなたに教えてあげるわ本当の強さってものを」
クィンヴェリルとして、強大な力をつける六千五百万年前の姿である。
「クックックッ、でも貴女達なんて私の部下で十分ね」
ギャギャ、ギャオゥッ!
長い角を持つ飛龍、巨大な蜂(はち)、蒼い針のような体毛をした四つ脚の獣。
三体の魔獣が現れる。不気味な瞳がギラギラと輝いている。
「やれっ!」
一斉に魔獣(まじゅう)達が襲(おそ)いかかる。
「シャインアクア・スプラッシュ!」
キュイ…ピキィーン!
空間に次元の波紋(はもん)が生まれ、三体の魔獣(まじゅう)を弾き飛ばす。
「最時(いま)よダイア!」
「ハイグレード・フレアマグナム!」
ドドドム!!
二体の魔獣(まじゅう)が炎に包まれ灰になる。四つ脚(あし)の魔獣(まじゅう)はなぜか燃えあがらない。
態勢(たいせい)を整(ととの)え、再び襲(おそ)いかかる蒼(あお)き魔獣(まじゅう)。
「シャボンスプレーッ・フリージング!」
キャキィィィイン!
凍りつき、砕ける魔獣(まじゅう)。
「たいした部下を持ってるな」
ダイアが皮肉(ひにく)を込めて言う。
「倒した気になるのは速いぞ」
「なにっ!?」
氷のクズは一瞬で溶(と)けると、再び元の蒼(あお)い魔獣(まじゅう)の姿になる。
「ヴァイオスは特殊(とくしゅ)な水液(すいえき)で身体(からだ)が構成(こうせい)されているのだ。凍(こお)らそうが燃やそうが何度でも蘇(よみが)える」
「ならばこれはどうかしら?」
ルヴィが余裕(よゆう)の笑みを浮(う)かべる。ダイアとルヴィは両手を振(ふ)り上げ、詠唱(えいしょう)のため構(かま)える。
「マーキュリー・スターパワーーッ」「マーズ・スターパワーーッ」
二人の呪紋(じゅもん)が同時に交差する瞬間(しゅんかん)。
『クラスターレヴォリューション!!』
ピキィ…キキ…キィ…サーーーッ
二人のプラスルーンの前に、魔獣(まじゅう)は白い砂の山に姿を変える。
燃やしたのでも凍(こお)らせたのでもない、構成(こうせい)を塩に変化させたのだ。
「……どうやら私が相手をするだけの価値はあるようだね…」
ヴェリルは十字に腕を組む。
「ダークフレイム!」
ヴェリルは両腕を前に押しだす。そこから黒い炎の塊(かたまり)が現れる。
ギュォオッ!
黒い炎の塊(かたまり)は物理の法則を無視するかのごとく、初速を超えたスピードでダイアを襲(おそ)う。
「ラ・フレイアス!」
ダイアの防御魔法(ぼうぎょまほう)が間一発完成し、黒い炎を消滅(しょうめつ)させる。だが、衝撃破(しょうげきは)まで消せず弾き飛ばされるダイア。
ヴァゴオ!
「グホッ」
ダイアは壁に激突(げきとつ)し、大量の血が吐き出される。
薄いピンクのドレスが赤く染まった。
ドサッ
その場に倒れ込むと、ダイアは二度と動かなかった。
ーーー……そんな、一撃で……強すぎる。
ルヴィはダイアのもとにはいかず、構え続ける。一瞬の差が勝負を決めるのを感じていた。
ーーーレイちゃんっ。イヤァッ、やめてぇ!
うさぎは絶叫(ぜっきょう)する。が、聞こえるはずもない。
ーーー耐(た)えるのです。
どこからか声がする。
ーーーこれは真実なのですから……
うさぎは思わず横を向いてしまう。頬(ほほ)が暖(あたた)かい、涙がとめどなく流れていた。
ーーー眼をそむけてはなりません。真実を見るのです。
うさぎは静かに瞳をあける。戦いは未だ続いていた。
ズズヴァッ!
一瞬で、二体の魔獣(まじゅう)がエンディミオンの神技によって斬(き)り裂(さ)かれる。
「ウオォッ!」
エンディミオンが唸(うな)り声をあげてクィンメタリアに斬(き)りかかる。
一寸の狂いもなくクィンメタリアの首を捕らえる。
ーーーとった!
ギィィイン!
だが、折(お)れたのは精巧(せいこう)な銀製(ぎんせい)の剣のほうであった。
「なに?」
「フフッ、我には物質的(ぶっしつてき)な攻撃(こうげき)は効(き)かぬ」
それはクィンメタリアが無敵(むてき)の名を欲(ほ)しいままにする理由のひとつでもあった。
「ならばこれはどうかな? サイコヴレイド!」
…ィイィ…
蒼(あお)いエネルギーを放射(ほうしゃ)した刀身(とうしん)が現(あらわ)れる。それは精神世界面から攻撃(こうげき)する、かなり強い位(くらい)に属(ぞく)するものであった。「クッ」
クィンメタリアが狼狽(ろうばい)するのが解(わか)る。エンディミオンはふたたび斬(き)りかかった。
「マーキュリング・クリスタルブリザードッ!!」
キィンキュン、キィン………ドゴオオオオッ!
色とりどりなクリスタルのかけらがヴェリルの周囲(しゅうい)を、嵐(あらし)とともに高速回転する。
「ダークシィールド!」
黒い濁流(だくりゅう)がヴェリルを包む。ルヴィの魔法をよけようともせずに受けるヴェリル。
ヴァシュウウゥ……
濁流(だくりゅう)に触れたクリスタルが次ーと滅えていく。
「効かんな、そんなもの」
ルヴィは連続して呪紋(じゅもん)を唱(とな)える。
「シャボォーン・スプレーッ!」
「くそっ、どこにいる? 正ー堂ー(せいせいどうどう)と姿を現せ!」
確かに卑怯(ひきょう)な技かもしれないが、ルヴィはこういった魔法を好んで覚えた。
彼女にとって戦いとはいかにあぶなくなく、楽に勝つかということであった。それはまるで戦略に長けた指令官のような印象を受ける。戦略(せんりゃく)に長けた者ほど自分の部隊が傷つかない戦略(せんりゃく)を使い、覚えるものである。
冷静(れいせい)であり、戦いに慣(な)れたルヴィならではの戦い方だった。しかし、だからといってルヴィは戦いは好きではなく、なるべくなら戦わないで逃げられる為(ため)にもこの魔法を覚えたのだ。
だが今は状況(じょうきょう)が違う。敵はサファイアスやパァルの敵なのだ。容赦(ようしゃ)するつもりはなかった。何時(いま)ならどんなにも残虐(ざんぎゃく)な手も使えるだろう。そう、みずから封印(ふういん)したあの呪紋(じゅもん)でさえも………
「グリスクラッシャーッ!!」
「同じことを、ダークシィールド!」
ギュィイ…ヴィシュアアア!!
「ウガァァアッ」
濁流(だくりゅう)が一瞬(いっしゅん)で滅(き)え、ヴェリルの右腕が消滅(しょうめつ)しだす。原子崩壊(げんしほうかい)である。細胞(さいぼう)の一片(いっぺん)まで破壊(はかい)するこの魔法は、死ぬまで激痛(げきつう)が襲(おそ)う残虐(ざんぎゃく)な魔法であった。
「ヒィイイイ! た、助け…てぇっ!」
ーーー……以前(いぜん)にもこんなことがあったような…
「やめてぇっ!」
「あっ」
ルヴィは一瞬(いっしゅん)、魔法の進行を遅(おく)らせてしまう。
「ウガアッ!」
ズヴァッ!
ヴェリルは剣をひき抜くと右肩から腕を斬(き)り離(はな)す。あまりにも壮絶であった。大量の血があたりを紅(あか)く染(そ)める。ルヴィは声がでなかった。現在(いま)までにない恐怖(きょうふ)を覚える。
「イャァァアッ!」
ヴェリルは掛(か)け声と共に魔力(まりょく)を秘(ひ)めた剣を放(はな)つ。エネルギーを放射(ほうしゃ)しつつ剣が迫(せま)る。
ーーーーリィーン……チリーン……
「……ママァッ…」
果てしない草原の海の上に幼(おさな)い少女と一人の女性が立っている。
「ママァッ、はなわつくったの、あげるぅっ!」
「ありがとう…。かわりにこれをあげるわ」
ーーーあの頃の母さん、若かったなぁ……懐かしい日ー……
…リーンーーーーチリーン……ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー「ルヴィ、いい人と一緒(いっしょ)になって幸せになってね」
「アラ、私が選ぶ人なんだからいい人に決まってるわよ」
「口だけは一人前なんだから」
「だったら約束してもいいわよ」
「じゃ、約束ね」
「ええ」
ルヴィは母と右手どうしを合わす。理屈(りくつ)は現代での指きりと同じである。
ーーー母さんのあの手、暖(あたた)かかったなぁ……とっても…
…チャリーン、リーンーーー…リィーン……ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー「ヒィィイ!」
妖魔の群れに首をしめられるルヴィの母。
「やめてぇ!」
必死で駆けよるルヴィ。
「来ちゃダ…メ…」
だが一心不乱(いっしんふらん)にこちらに来る。
ーーールヴィだけは守らなければ……
「…クリスタル・アクア…プリズム!」
キィ、キュゥン!
特殊なクリスタルがルヴィの身体を覆(おお)う。そして見るまに姿が滅えていく。瞬間転移(しゅんかんてんい)の魔法なのだった。
ーーー…これでいい……これで………
リーン………チャリーン!
「……かわりにこれをあげるわ」
それはルヴィの母の夫。ルヴィの父親の形見であった。拳(こぶし)くらいの大きさの鈴が、ルヴィの手にのっていた。
……リーン……キャ・リーン………カッシャーン! シャーン…シャン……ーーーーーーーーーーーーーーーーーーその鈴が砕(くだ)け散(ち)る。
ヴェリルが放った剣は、寸分違わずルヴィの胸を貫いていた。
ーーー…約束…守れなかった……ゴメ……母…さん………
ゴトッ
ルヴィが仰(あお)向けに倒(たお)れる。そのルヴィのドレスを血が染(そ)める。まるで大輪のバラが咲いたようだった。
「ハァーハッハッ、殺ったやったぞ!」
「ファイヤーソウル・ヴァードッ!」
キィシャァァア!
炎の鳥が天を舞う。
「なにっ?!」
いつのまにかダイアが立ち上がっている。傷が重いせいかソウルヴァードのスピードが今いちでない。
ヴェリルは安心していた。体力が根こそぎ奪われ、防御魔法を唱えることができなかったのだ。
「ハハッ、こんなもの眼をつぶっていてもよけられるわ!」
ヴェリルは右斜め上にジャンプして悠ーとかわす。
避けられる瞬間! ソウルヴァードがはばたく。一気に上昇して、距離が縮(ちぢ)む。
「…そんな、エネルギー波がはばたくなど……ギャァアア!」
烈獄(れつごく)の炎につつまれるヴェリル。身体(からだ)がケシ墨(ずみ)と化(か)し四散(しさん)する。
「ざまあ…みろ…」
ダイアはよろけながら歩きだす。右足を引きずりながらゆっくりと茶色い髪の少女、パァルのもとに来る。パァルの横に倒れ込むダイア。
「……あの時、話かけてくれてうれしかった。ずっと言いたかった………今度また会うことがあったら……また友達…なれたらいい…な……」
ーーーなれるさ、必ず……
そこにパァルがいた。ただし、姿が透き通っていたが……
「…そう…だね……」
ーーー大丈夫……いつだってアタシ達は……
ダイアがパァルの肩を叩いた。彼女の姿も透き通っている。静かにうなずくパァル。
消えていく二人。後には冷たくなっていくダイアの身体だけが残っていた。
ドゴアッ!
エンディミオンはぎりぎりのところで、クィンメタリアの魔法攻撃をかわす。クィンメタリアも、連続して魔法を唱えるのはそうとうこたえるらしく、かなり足どりがあやしくなっているようだった。
「!」
瞬間、クィンメタリアの右脇にスキができたのをエンディミオンは見逃さず、一瞬で攻撃に移った。
だが、エンディミオンがそこで見たのは、クィンメタリアの右手に黒くうごめく魔法力の固まりであった。そして、エンディミオンの後ろにはプリンセス達がいた。
ーーーしまっ…
「ギガ・スマッシャーッ!」
ヴィギュゥゥウ………ヴオオオオオ!
エンディミオンが切り裂かれ、無残に吹き飛ばされる。身体中傷だらけで、すでに虫の息なのが見ただけで解(わか)る。ーーーイヤァァアァァアァァアッ!
うさぎが声にならない叫びをあげる。あまりのことに顔を伏せる。だが、プリンセスは違った。まだエネルギーを放射しているエンディミオンの剣をつかむとクィンメタリアに斬りかかった。プリンセスの心を怒りだけが支配していた。
「エヤアアアッ!」
気合いと共に斬りかかる。しかしクィンメタリアはおもしろいように寸前でかわす。
「しょせん力も受け継いでいない人間か……」
ズドォッ!
クィンメタリアの爪が伸び、プリンセスの腹を抉(えぐ)る。
「カハッ」
ーーーこれでまた一緒になれる…ね……
「セレニティ!」
それは一瞬のことだった。クィーンセレニティは止めることもできず呆然(ぼうぜん)としていた。
「私達は力を引き継(つ)いでいくのです。そしてその証(あかし)として名を受け継(つ)ぐのです。あなたはそう、プリンセス・セレニティ……」
記憶はいつのことだったろう?
ゴオウッ!
風がクィーンセレニティの周囲(しゅうい)を巡(めぐ)る。ただ静けさが心を満たしていた。
クィンメタリアが頬(ほほ)を強張(こわば)らせる。
「…バカなことをするな、オマエを救(すく)ってやったのだぞ! 何故(なぜ)一時(いっとき)の感情(かんじょう)に支配(しはい)される?!」
残酷(ざんこく)なまでに冷静(れいせい)なクィンメタリアが感情的になっていた。
なにも答えず、平然(へいぜん)とたたずむクィーンセレニティ。
「まさか……力を解放(かいほう)するのか? おまえの崇高(すうこう)な意思が解禁(それ)を許さないのではないか?」
強大な力を持つクィンメタリアが恐れていた。たった一人の女性を。
「クリティカル・ライトプラズマ!」
ヴィシャァァア!
無数の雷撃がクィーンセレニティに迫(せま)りくる。
「ラグナレス」
その一言で雷撃(らいげき)が消滅(しょうめつ)する。クィーンセレニティの額(ひたい)に光の紋章(もんしょう)が浮かびあがる。
「クィンメタリア、貴女(あなた)を封印(ふういん)します」
クィーンセレニティは呪紋(じゅもん)を唱(とな)え始(はじ)める。するとクィンメタリアのまわりを光が覆(おお)い始(はじ)める。
「ググ…オノレ! こちらが先におまえを始末(しまつ)してやるわ。シュークリフ・サーディス・グレイク・ヴァース……」
ズゴゴゴゴ………
「ヴァーグレスト・メガヴラスターッ!!」
キィキュキュン…ズゴゴゴオオオ!
月全体に向かって隕石(いんせき)が飛来(ひらい)する。美しい湖を山を海を、すべての自然を破壊(はかい)していく。大気は滅(き)え、命あるものはすべて息絶(いきた)えていく。
「ハァーハッハッ、おまえの国が世界が滅(き)えていくぞ。そしておまえの身体(からだ)では真空の世界は耐(た)えられまい? クィーンセレニティ……いや、女神(めがみ)セレーネ。人間などに執着(しゅうちゃく)した結果(けっか)がこれだ。苦(くる)しめ! 苦(くる)しみぬいて死ぬがいい」
ズズ…ン。ドカドカドカ…
ムーンキャッスルが崩(くず)れ落ちる。クィンメタリアは天井を壊すと宇宙空間に逃れる。月は無数の隕石に破壊(はかい)され、クレーターだけの無残な姿をさらす。
「クックックッ、破壊だ破壊してやる! すべてを……」
あの時の言葉がクィンメタリアの脳裏(のうり)を過(す)ぎる。
「…これを…貴方(あなた)に託(たく)す」
六人の手がクィンメタリアの前に差しだされる。そしてその上にあるものは………
ーーーそうだ! ーーーー我が意思こそが………なのだ!!
ーーークィンメタリア、貴女(あなた)のすべての業(ごう)と共に、貴女を封印します。
クィンメタリアの心に声が響く。
「なに? 何故宇宙空間で生きていられる?!」
クィンメタリアは振(ふ)り向く。そこにクィーンセレニティがいた。ルヴィ、ダイア、プリンセス、パァル、サファイアス、エンディミオンの六人がクィーンセレニティを導るようにまわりに浮かんでいる。みんな姿が透き通っていた。全員が輝き、その光が球体となりクィーンセレニティを包んでいる。
「シルティス・ラーグ・ディーク……」
ギイイイイイイ………
光の粒子がクィンメタリアを覆(おお)う。
「うぬうう……こうなれば、みな道ずれだ! サイコギィーヴ!」
地球の第二の衛星(えいせい)であるカルナが、地球に降りそそぐ。激突(げきとつ)と同時に原爆数千発分の爆発が起こる。
灰が地球の表面を覆(おお)い暗黒(あんこく)の闇(やみ)が支配(しはい)する。
地球人とその支配下にある恐竜達が暗い空をふり仰ぐ。二度と見ることのない青空を夢見つつ……
クィンメタリアはクィーンセレニティが動揺(どうよう)するのを期待(きたい)していた。六人が導(まも)り、神としての力を発動(はつどう)させたクィーンセレニティに生半可な攻撃は通じないことは解(わか)っていた。だが、クィーンセレニティは動じなかった。強靭(きょうじん)な意思(いし)が心を覆(おお)っていた。
「セレント・ディアース!」
キャキィーーー…ン!
「ウガァァァァアアアッ!!」
光と共に消滅(しょうめつ)するクィンメタリア。静寂(せいじゃく)が濁(くら)い宇宙(そら)を支配(しはい)する。
静かに瞳を閉じるセレニティ。
ーーー最後にこの身体の生命をかけてやらなければ……
「フォーチュン・フィールカウントダウン」
ーーーーーーーーーイイイイイイイィィィ………
六人の姿が消えていく。六千五百万年先に転生させたのだ。
ーーー……これでいい……これで………
ピ…キィーーーン……
周囲(しゅうい)の水分と共に凍(こお)りつくセレニティ。そして地球の周囲を漂(ただよ)い続けていた。永遠に………
「…ヒィック……」
うさぎはとめどなく流れる涙をぬぐう。
ーーー泣いてないで、先にゆくのよ……
先程(さきほど)の声が再び聞こえる。
「でも、クィーンセレニティ……」
振(ふ)り向くうさぎ。だがそこにいたのはクィーンセレニティではなく、プリンセス…いや、うさぎ自身だった。
ーーー覚醒(かくせい)するのよ……力を受け継(つ)ぎ、クィンメタリアを消滅(しょうめつ)させるのよ。さあ……
まるで鏡(かがみ)に触(ふ)れるように近ずき、透(す)き通りながら重(かさ)なりあう二人。
パァァア……
光がうさぎを包む。闇(やみ)が消滅(しょうめつ)していく。
チチ……チュンチュン……
雀(すずめ)の声が聞こえる。目覚(めざ)めている。気ずくのに少し時間がかかった。まだなにが現実なのか困惑(こんわく)していた。
ーーー夢…だったのかなぁ……
ふと脇(わき)にある鏡を見る。うさぎの額(ひたい)に光輝(ひかりかがや)く紋章(もんしょう)が刻(きざ)まれていた。
ーーー夢じゃない、ホントのことだったんだ。
うさぎは目頭(めがしら)が熱くなるのを感じていた。
「シュープリームサンダーッ!!」
ヴァ…ヴァリ! ヴィシィイイ!!
「ギャァァア!」
消滅(しょうめつ)する妖魔。
「まこちゃんやっるぅ〜」
うさぎは意味もなく、はしゃぐ。まことは後ろに手をやると髪をほどく。
「少し上で結(むす)びすぎちゃって、痛くて痛くて…」
うさぎはハッとした。髪をほどいた姿がパァルにそっくりだ。
「パァル……」
つい言葉がもれてしまう。
「…うさぎちゃん、まさか覚醒(かくせい)したの!?」
亜美が驚(おどろ)きを隠(かく)せない様子(ようす)で問う。
「…覚醒(かくせい)って、みんな覚醒(かくせい)してたの?」
「もうとっくの昔にね」
レイがごくあたりまえというふうにうさぎの方を見る。
「うさぎちゃんが自然に覚醒(かくせい)するまで待とおって約束してたの」
美奈子が説明する。
「どうせうさぎのことだから、まだほんのちょっとしか覚醒(かくせい)してないんでしょうけど」
レイに図星をさされ、震(ふる)えるうさぎ。だが次の瞬間(しゅんかん)にはもう立ち直っている。
「ダイア! パァルにまた逢えてよかったね☆」
うさぎがレイに向かって飛びつく。
「な。なんであたしがパァルに逢(あ)って喜(よろこ)ぶのよ。それにあたしはダイアじゃないのよ、今更こんな奴(やつ)と逢(あ)っても一文(いちもん)の価値(かち)にもならないのよね。…彼女も離(はな)れられて清々(せいせい)したんじゃない?」
酷(ひど)いことを言うレイだったが、うさぎはそう思わなかった。
なんとなく解(わか)っていた。現代(いま)に、何時(いつ)も変わらずあの時の友情が存在(そんざい)していることを………
「あー、そういうこと言う。ダイアの秘密バラしちゃおうかなぁ?」
まことが意地悪そうにレイのほうを見る。ひねくれ者の扱(あつか)いには慣(な)れたものである。
「えーなになになに?」
うさぎが聞き耳をたてる。
「実わねぇ……」
「あんた達、ファイヤーソウルかけるわよ」
「ウソだってば。レイちゃん目がマジだよ」
「キャハハハ……」
ーーー…貴女(あなた)が夢みたことほんとになったよ、サファイアス。うれしい? うれしいわよね……
美奈子は自分の心に問うてみる。
あたりまえのようにみんな笑っていた。うさぎはふと空を仰ぐ。
月の中にプリンセスとクィーンセレニティが寄(よ)り添(そ)いあい、やさしくこちらを見ている。うさぎも思わず笑顔になる。
ーーー必ずクィンメタリアを倒(たお)して、平和な世界にすることを誓(ちか)うわ。生命(いのち)に変えても……
うさぎは決意(けつい)する。それはまだ小さな決意(けつい)ではあったが、大きな希望が持てるものであった。
闇(やみ)が夜を彩(いろど)る。そして月が地を照らす。まるで闇(やみ)を拒(こば)むように…。静かに夜がふけていく。静かに……そして深く………
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