roujin
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『老人の家』
家は暑い地方にあった。
家は海が近く、波の音が始終した。
一軒家。
瓦屋根の家に二階はなく、他に隣家もない。
黒い瓦に木の家。
辺りはまばらに緑がある。
暑いというのに家の住人である老婆は着物を着ていた。
紫の着物だ。
白と灰色の混じった白髪を後ろで丸くまとめた髪。
老婆は裨益(ひえき)清音(きよね)といった。
やさしそうな顔つきは人あたりがよさそうだ。
夫の頑蔵(がんぞう)と二人で暮らしてる。
清音(きよね)は昼飯を作ろうと台所に行く。
狭(せま)い台所には先客がいた。
薄くなった白髪。
一見強面(こわもて)だ。
シャツに短パンを着てる。
頑蔵(がんぞう)が台所に立っていた。
「わしが昼飯を作ってやる」
「どうしたんですか。めったに料理などしないのに」
「おまえもいつも作ってたら疲れるだろう。
たまには作ってやる」
そう言うと頑蔵(がんぞう)は台所で秋刀魚(さんま)を調理しょうとしてる。
清音は心配そうに見てる。
「だいじょうぶだからあっちいってろ」
できあがった秋刀魚定食はうまいとはいえないものだった。
「おいしいですねえ」
清音は心からそう言う。
「そうだろう」
頑蔵は満足気だ。
「夕食も作るからな。
期待はするなよ」
頑蔵はそう言うとさっさと散歩にでかける。
夕方。
潮の流れの音だけが自然に流れる。
鳥は海鳥よりも山の色彩豊かな小鳥が多く見られる。
夜。
闇が濃くなる。
ぽつんと蛍光灯が灯(とも)る。
清音がふとんを敷きに寝室に入ると頑蔵が眠っている。
清音はふとんに寝かせる。
夕食を作る清音。
しばらくすると頑蔵が起き出してきた。
「うまいなあ」
頑蔵は満足気だ。
「明日は晴れるそうだ」
頑蔵はそう言って笑った。
夜は更けていく。
まだ夜は明日の夢を見ていた。
夜は明け、空に朝日のカーテンがかかる。
なにごともなく過ぎる一日。
と、昼過ぎに頑蔵(がんぞう)と清音(きよね)は出かける。
食材を買いに出かけたのだ。
食材のため、町の中心にあるスーパーまで行く。
清音は八十五才。
頑蔵(がんぞう)は八十六才。
清音(きよね)はいつもの着物。
頑蔵(がんぞう)もいつものシャツに短パンだ。
清音(きよね)は買い物が重いため、いまは頑蔵(がんぞう)に荷物を持ってもらっている。
清音がカゴに食材を入れていると、頑蔵が小学生くらいの男の子たちと楽しそうに話している。
その子たちはよく頑蔵と一緒に遊んでいる子たちだ。
食材も集まり、レジに並ぼうと清音は歩く。
と、頑蔵は子供たちにお小遣いだと言って一人に五円玉一個渡している。
頑蔵がスーパーの外に出たのを確かめてから、清音は子供たちに一人百円を渡す。
「いつもおじいさんと遊んでくれてありがとう。
これでアイスでも買いなさいな」
「ありがとう」
「どういたしまして」
子供たちはちょうど百円のアイスを買う。
頑蔵の五円が消費税になる。
清音はスーパーの出口から歩き出す。
「荷物を貸せ」
頑蔵が食材の入った複数のビニール袋を持ってくれる。
「あなたが来てくれて助かったわ」
清音がそう言って笑う。
「なに気にするな」
頑蔵が味のある顔でそう言う。
しばらく歩くと道は土になる。
土の道を歩く。
緑の中を歩く。
歩くたび虫が飛び跳ねる。
頑蔵は虫が飛び跳ねるのがおもしろくて楽しげだ。
一歩遅れて歩く清音はなにかうれしそうだ。
「おじいさん、食材は大事に持ってくださいよ」
「そうか。そうだな」
頑蔵はそう言うとゆっくりと歩く。
道は一歩また一歩進んでいるのに、まるで終わりのない道を歩いているような、そんな思いがよぎる。
「おまえももっと散歩しなさい」
「そうですね」
そう答えた清音だが、散歩してる頑蔵を見るのが一番楽しいのだった。
「あら雨でしょうかねえ」
「なに天気予報では晴れるからだいじょうぶだ」
小雨が二人を包む。
それは霧のようでもある。
「これだから散歩はいいんだよ」
頑蔵はうきうきと歩いていく。
清音がそれに続く。
今日は楽しいと清音は思った。
夕暮れは空の衣装替え。
夜は赤く挨拶(あいさつ)をする。
夜の闇はまた始まろうとしていた。
頑蔵と清音は歩いていく。
家が見えてきた。
そんな日だった。
海鳥が朝の光りと遊ぶ。
陽(ひ)が木々の葉に活力を照らす。
木々の輝きに山の鳥も起き出す。
鳥たちのさえずりに清音(きよね)は目をさます。
いつもの着物に着替えると居間に行く。
お茶を飲む。
テレビは日々のおこないを語る。
清音(きよね)はあくびをひとつすると朝食を作る。
頑蔵(がんぞう)は清音が作るものはなんでも食べた。
だから清音はメニューにはこまらなかった。
スクランブルエッグとサラダにコーンスープ。
頑蔵(がんぞう)が起き出してくる。
「うまいな」
「まだ食べてないじゃないですか」
頑蔵は食事を口にする。
「うん、食べてもうまいな」
テレビの番組では今日の運勢を占っている。
「AB型は落ちている石に注意です」
「そうか!」
頑蔵はひとつうなずくとなにか考えている。
「今日は家から出ないぞ」
「どうしてです」
「外に出なければ石も危なくないだろう」
「そうですか」
清音はお茶を頑蔵に出す。
朝食の後はお茶で一服というのが頑蔵の生活スタイルだった。
「本当に家にいるぞ」
「お好きになさいな」
清音は洗い物を洗っている。
「つまらんな」
頑蔵が洗い物をしてる清音に話しかける。
「だからそういうわけなんだよ」
それから30分間頑蔵はずっと清音に話しかけてる。
そして一分に一回は「つまらんなあ」とグチをこぼした。
清音は黙ってそのたびにうなずいた。
そんな繰り返しが昼まで続いた。
「ちょっとだけならいいかな」
頑蔵は昼飯を食べながら散歩について考えている。
散歩は頑蔵にとって一番のこれだけがという趣味で楽しみなのだった。
「どうすべきかそれがな、難しいんだなあ」
「そうですか」
清音はお茶をすする。
「散歩に行きたいんですよねえ」
清音が頑蔵に言う。
「そうか。一人で行ってこい」
「最近ぶっそうですし、おじいさんが一緒に行ってくれるとうれしいんですけどねえ」
「……そうか! 今日はわしはあまりいい日じゃないんだけどな、おまえのためなら仕方ないな」
「お願いします」
二人は散歩に出かける。
緑が二人を出迎えた。
小鳥がうたっている。
「いいなあ、うん、これがいいんだよ」
頑蔵は今日一番の笑顔だ。
そして清音も今日一番の笑顔だった。
夕闇が映えるまで二人は歩いていた。
海鳥の声が聞こえる。
二人は家に帰って来た。
「今日も一日いい日だったな」
夜が家を包む。
暖かい光りが家から大地をうっすら照らしていた。
朝が陽(ひ)の光りであいさつする。
鳥がちゃんとそれに答える。
緑の深呼吸が葉をきらめかせる。
清音(きよね)と頑蔵(がんぞう)は朝食を終える。
なにやら頑蔵(がんぞう)がそわそわしてる。
散歩にも行かず清音の方を気にしている。
「どうかしましたか」
清音の(きよね)の問いかけに頑蔵は「なんでもない」とおどおどと答える。
「なあ清音、今日は……」
「なんですおじいさん」
清音が頑蔵に向き直る。
「いやそのな、今日は」
そこまでで頑蔵は口ごもる。
清音は今日がなんの日か考えるが、おじいさんの誕生日でもないし、なんだろうと頭をめぐらせるが答えは出ない。
そういえば今日は頑蔵は一向に外に出ようとしない。
「散歩には行かないんですか」
清音の問いかけに頑蔵は。
「うん、そうだな。今日はふたりででかけないか」
と言った。
「いいですよ」
清音と頑蔵はゆっくりと履(は)き物を履(は)く。
外に出る二人。
緑の中を歩く。
頑蔵は自然には目もくれず清音を気にしている。
「なにか私に話しがあるんですか」
清音は頑蔵にそれとなく聞く。
「いやなんでもない」
清音と頑蔵は歩く。
緑の葉の影の雨が降る中を歩く。
道は土からコンクリになり、家が目につく。
町まで出て来ていた。
頑蔵はそわそわしてる。
それがある十字路に来た時頑蔵が止まる。
「どうしたんです、おじいさん」
「ここ、だったな」
「なにがです」
「おまえと初めて会ったのは今日この場所だったな」
頑蔵の顔は真っ赤だ。
清音ははっとする。
確かにこの場所だった。
日時までは覚えていなかったが確かにここだった。
朝からの頑蔵の態度はこれだったのだ。
清音は頭を下げる。
「気づかないでごめんなさいおじいさん」
「いや、いいんだよ」
頑蔵は清音におじぎする。
「これからもよろしくな」
「ええ、よろしくお願いします」
二人はお互いにおじぎしている。
頑蔵も清音も満足して家路に着く。
帰りに空を見上げる。
夕闇が星々を輝かせる。
清音は頑蔵の横にともに歩く。
「おまえがいてくれてよかったよ」
「私もですよ」
「なにもプレゼントはないんだがな」
「いいえ、もうもらいましたよ」
「そうかそうか」
頑蔵が活気づく。
そして清音も。
家路についてどれくらい歩いただろうか。
家が見えて来る。
それは二人の日々がつまった場所だった。
まだ空は光りの歌をうたう。
そこに夜が家を影におおっていく。
清音は玄関のライトを点(つ)ける。
ポッと夜に光りがともる。
消えない思いとともに淡(あわ)く光りはまたたいた。
朝は変わらぬ日々を告げる。
すでに朝食を終えた清音(きよね)は荷物を持っていた。
頑蔵(がんぞう)はもくもくと飯(めし)を食べていた。
「お昼は冷蔵庫の中のものを食べてくださいね」
「わかった」
頑蔵(がんぞう)は新聞を読んでいる。
読書の苦手な頑蔵には珍しい光景だった。
清音(きよね)は町内会の温泉巡りにこれから行くのだ。
「ちゃんとごはんは食べてくださいね」
「わかってる」
頑蔵は憮然(ぶぜん)としている。
頑蔵は馬があわんと言って温泉巡りには行かないと、一日中家にいるというのだ。
と、頑蔵は清音にお守りを渡す。
清音が受け取ったお守りは安産祈願だ。
そのお守りは遠くの街の神社のものだった。
家の近くは無人の神社が多いから遠くまで頑蔵は歩いて行ったのだ。
遠くまで行ってくれた頑蔵に清音は「恩に着ます」と言った。
「気にするな。散歩のついでだ」
そう言って頑蔵はたくあんを食べる。
「それじゃ行ってきます」
清音は玄関に行く。
ゆっくり座り草履(ぞうり)を履(は)く。
「気をつけてな」
「はい行ってきます」
清音は温泉巡りで頑蔵のおみやげはなにがいいか考えていた。
結局考えた末(すえ)、清音は長寿のお守りを買った。
清音は家に帰って来る。
夕闇の中、玄関にはぽつんと光りがついている。
清音は玄関を開けると「ただいま」と言った。
「お帰り」と頑蔵の声が出迎えた。
夜は夕暮れのマントを翻(ひるがえ)す。
淡(あわ)い闇が家を包む。
今日はおやすみと明日に言う。
夜は朝を夢見て眠りについた。
夜は朝に眠りにつく。
暗い影が消えていく。
朝の白光が昨日の喧噪(けんそう)を消していく。
朝は寝坊知らず。
だが頑蔵(がんぞう)は寝坊しか知らなかった。
「朝ですよ」
「ん、ああそうか」
朝食は魚のサンドイッチだ。
頑蔵(がんぞう)はうまそうに食べる。
だが一転して頑蔵が険しい顔をする。
「お中元のお返しはするなよ」
頑蔵は突然そう言い放つ。
「わかりました」
清音(きよね)はうなずく。
「あいつが勝手に送ってきたんだ。
お中元なんてのは古いしきたりみたいなものだ」
「そうですねえ」
清音(きよね)は洗い物をすますと掃除を始める。
頑蔵は散歩に行くでもなくテレビを見ている。
なにもない一日のように家は静かだ。
昼になると清音は出かける。
「食事の買い物に行って来ます」
「そうか」
しばらくして頑蔵も散歩に出かける。
木々の住処(すみか)を越え、町の家並みが目立ち始める。
と、清音がお中元をくれた相手にお返しの品を渡している。
頑蔵は清音に声をかけずに家に帰る。
「ただいま」
清音は履(は)き物を脱ぐと台所へ行く。
清音が夕食を作りだす。
「なあ清音」
頑蔵が清音に話しかける。
「なんです」
「今朝のことを怒ってないか」
「別に怒ってませんよ」
「そうか」
頑蔵はテレビを見る。
出てきた夕食に舌打ちして「うまい」と頑蔵が言った。
家は暗闇にほのかに光り立つ。
風が通りすぎる。
それはいつものこと。
そしていまの日常という風であった。
人の思いも人の影に沈み眠りにつく。
夜はゆっくりと闇をふとんに眠りについたのだった。
朝は昨日を思い出す。
いい日だったと影は答えた。
朝の陽(ひ)に影は薄くなっていく。
頑蔵(がんぞう)は朝食を食べるとさっそく散歩に出かける。
「いってらっしゃい」
清音(きよね)はいつもの調子で送り出す。
清音(きよね)は洗い物をすますと庭に面した廊下のサッシを開ける。
庭はそのまま玄関の先の自然に続いている。
清音は廊下に座り、木々を眺めている。
風に揺れる緑。
陽(ひ)は緑の影を踊らせる。
小鳥がどこかでさえずる。
姿は見えないが、その鳴き声からは緑の鳥だと清音は思った。
時は日々の木陰に揺れる。
清音はあくびをひとつすると、うとうとする。
どのくらいたっただろう。
そろそろ昼食の用意を始める清音。
つい作りすぎてしまう。
ピーマンときのこを炒(いた)めたものだ。
居間でテレビを見ながら頑蔵(がんぞう)を待つが、一向に帰ってこない。
それはまあよくあることだとテレビを見る。
ドラマは家族をテーマにした昼の番組だ。
つい見入ってしまう。
それが見終わっても頑蔵は帰ってこなかった。
清音は廊下から見える道とその脇に映(は)える自然を見ている。
風はまぶしいほどの光りで木々を照らす。
波音がいつしか心の音のように浸透していく。
もうおやつの時間だ。
そしてそろそろ夕暮れ時という時、頑蔵が歩いて来る。
「おかえりなさい」
清音は朝と同じ調子で頑蔵を出迎える。
頑蔵は釣り竿と魚を持っている。
「いやあ釣りを始めたのはよかったが、なかなか二匹釣れなくてな」
頑蔵は川魚を清音に渡す。
「夕食に間に合わせようと思ってな」
頑蔵はそう言って笑った。
夕食を作りだす清音。
夕暮れが家を包む。
夜はゆっくりとやってきた。
眠りという魔法とともに。
家もまた一日という日々を越えるのだった。
朝の白光を浴びて、緑の平原が土手の下に広がる。
清音(きよね)はいつもの着物で頑蔵(がんぞう)は
いつものシャツと短パンだ。
清音(きよね)と頑蔵(がんぞう)はしゃがむと、
でんぐりがえしする。
二人はころんと転がった。
年のわりにはいい前転だ。
清音の着物がくしゃくしゃになる。
清音の髪には草が何本かはさまっている。
清音と頑蔵は笑った。
土手の坂を利用してダンボールレースをする清音と頑蔵。
女座りしている清音は早いことこのうえない。
いつも清音が勝つのだ。
その度に頑蔵は怒るのだった。
清音と頑蔵は川の始流まで来る。
素足になって川の水にたわむれる頑蔵と清音。
頑蔵が水を清音にかける。
清音が陽(ひ)の光りに輝く。
まるで美の女神のようだと頑蔵は思った。
まてよ、と頑蔵は思う。
清音はそんなに美人だっただろうか。
はっとふとんから起きあがる頑蔵。
夢。だった。
「ごはんですよ」
頑蔵は清音の声に呼ばれ居間に行く。
朝食を食べながら頑蔵は清音の顔をまじまじと見る。
「なんですか。私の顔になにかついてますか」
いつもと変わらぬ清音の顔がそこにあった。
「いや、なんでもない」
頑蔵は夢でこんなに美人ではないと思ったことを言うまいと思った。
また変わらぬ日が二人に訪れた。
朝は眠そうに赤い顔を出す。
夜は変わりに眠りにつく。
夜と朝の交代に時間は早く動き始める。
そんな気さえする。
寝室にふとんで眠る頑蔵(がんぞう)と清音(きよね)。
清音(きよね)は起き出す。
頑蔵(がんぞう)は居間でラジオをチャンネルを合わせている。
清音(きよね)がハヤシライスを丸テーブルに用意する。
「朝食が冷めますよおじいさん」
「んああわかった」
頑蔵(がんぞう)はさっさっと食べるとまたラジオのチューニング
を始める。
なかなかラジオのチャンネルがあわない。
頑蔵はラジオと格闘している。
昼が過ぎても頑蔵はラジオをいじっている。
「新しいラジオを買ったらどうですか」
「ん、ああそうだな」
おやつの時間を過ぎた時、やっとラジオのチャンネルが
あった。
「どうだ、聞けたぞ」
「それはよかったですね。それでなにを聞かれるんですか」
「あ、時間がとっくに過ぎてたなあ」
「それは残念でしたね」
夜は空にあいさつする。
小鳥が眠りにつく。
ふくろうが目を覚ます。
夜行性の動物には朝が始まる。
もう二度とない一日が影という過去に沈みゆく。
生物の自然の合唱はまだ鳴り響いていた。
夜の合唱が命が眠りを歌う。
時は走馬燈を星の光りにまたたいた。
朝は寝ぼけ眼(まなこ)で朝日は陽炎(かげろう)している。
夜は旅に出る。
朝はそんな夜を見送った。
家はまた朝日の衣をまとった。
清音(きよね)は朝食を作る。
そばをゆでて水で洗う。
丸テーブルにそばを並べる頃には頑蔵(がんぞう)が起き出して来る。
「うんうまいな」
頑蔵(がんぞう)はさっと朝食をたいらげると散歩に出かける。
清音(きよね)は洗い物をすますとテレビを見る。
番組は生活バラエティーものが流れている。
清音はせんべいを食べながら呑気(のんき)に見る。
つい内容に引き込まれ、昼の時間になってしまった。
清音は台所へ行き、昼食を作る。
とん。
頭になにか乗っかる。
それは草冠(くさかんむり)だった。
頑蔵がこっそり帰っていて、作った草冠を清音の頭に乗せたのだ。
「どうだい」
頑蔵は得意げだ。
「まあまあどうしましょう」
清音は真っ赤になる。
「ありがとうございます」
清音と頑蔵は昼食を食べる。
清音は草冠をずっとつけていた。
夕食をすませ、ふとんをしき、眠るだんになっても清音は草冠をしていた。
「もう草をはずしなさい」
頑蔵の言葉に清音は「そうですね」と言って草冠をはずした。
夜は空のベッド。
夜は心を寝かすベッド。
星は眠りについた心。
朝は風といういびきを吹き鳴らす。
夜は日々を思い出に書き記していた。
夜の物語は始まったばかりだった。
朝は眠りから覚める。
朝はその寒さに蜃気楼を着ている。
朝は夜から地球というバトンを受け取る。
清音(きよね)はいつもの着物にいつもの朝食作りだ。
頑蔵(がんぞう)が起き出してくる。
牛乳にひたされたコーンフレークが食卓に並ぶ。
頑蔵(がんぞう)は朝食をたいらげる。
お茶を一杯飲んでさあ散歩とはいかず、だらだらテレビを見ている。
清音(きよね)もテレビを見ている。
さして大きくないテレビを二人は見ている。
頑蔵は散歩に行かない。
まだ行かない。
清音は別段テレビを見ている。
呼び鈴が鳴る。
清音が玄関に出るため立ち上がる。
すごいいきおいで頑蔵が玄関に走っていく。
「裨益(ひえき)さんお荷物です」
頑蔵は配達の人にお金を払う。
「どうしたんです」
清音が歩いてくる。
「うん、頼んだ商品がきたんだ」
頑蔵はテレビショッピングで買った商品を箱から出す。
それは足マッサージ器だった。
頑蔵は居間に置くとさっそくスイッチをつける。
「これはいいこれはいいな」
頑蔵は至極悦にいってる。
「清音もどうだい」
「私は後でいいですよ」
「そうかそうか、そりゃしかたないな」
頑蔵は昼までそうしていた。
清音が昼食を並べる。
頑蔵はあまりうきうきしていない。
「どうかしたんですかおじいさん」
「う〜ん、あれはなんだ、あきるな」
「そうですか」
頑蔵は昼食を食べると玄関に行く。
「散歩に行ってくる」
「いってらっしゃい」
清音が笑顔で送り出す。
清音は洗い物をすますと昼寝する。
夕暮れが家を包む。
清音が目を覚ます。
「ただいま」
頑蔵が帰ってくる。
夕食の後、頑蔵はマッサージ器を押し入れに入れる。
それ以来頑蔵はマッサージ器を使っていない。
夜は急速に色を深める。
風が夜の色を空に描く。
今日という日の鐘が鳴る。
そうして頑蔵と清音は眠りについた。
朝は思い出を日の影に託して歩き出す。
昨日という日々を朝日がすべて肯定していく。
夜は眠り、日は透明な空気で深呼吸した。
清音(きよね)はいつものように朝食を作り出す。
「おはよう」
頑蔵(がんぞう)が起き出してくる。
朝食が丸テープルに並ぶ。
チャーハンがほかほか煙りを上げる。
「うんうまいな」
テレビが今日は敬老の日だと報じている。
「やっぱり老人はいたわらなくちゃな」
頑蔵(がんぞう)がそう言う。
「そうですねえ」
清音(きよね)が相づちをうつ。
「よし清音、老人のおまえになにかプレゼントしょう」
頑蔵は自分のことは棚に上げ清音にそう言う。
「そうですねえ」
清音は考えている。
清音が口をひらく。
「おじいさんが元気でいてくれたらそれがいいですねえ」
「そ、そうかプレゼントはいいのか」
「おじいさんがいればだいじょうぶ、いりませんよ」
「そうか」
頑蔵は照れ笑いした。
「清音、おまえも元気でな」
「はいわかりました」
頑蔵は一息つくと散歩にでかける。
昼が過ぎ、なにごともない一日が過ぎていく。
夕暮れ。
食事もすませ、しばらくテレビを見ていた頑蔵と清音は寝室に移動する。
ふとんに眠る頑蔵。
清音も着物の寝間着に着替えて横になる。
「おやすみ」
頑蔵がそう言う。
「おやすみなさい」
夜は闇というあいさつをしながらやってくる。
朝は去り、夜は雲というたばこに月で火をつける。
また眠りの妖精が夜を舞った。
一日が終わろうとしていた。
夜は夜明けの歌をうたう。
朝は生きるものに光りという力を放つ。
眠りを覚ます空気を夜は去り際に風と成す。
眠気眼(ねむけまなこ)の空は大気のまぶたを開く。
朝食が食卓に並ぶ。
今日の朝は食パンにバターをぬったものだ。
食べ終えた頑蔵(がんぞう)は珍しく食事に不満を示す。
「量が物足りないな」
いつものように朝食を食べ終えた頑蔵(がんぞう)は
散歩に出かけようと玄関に行く。
「サンドイッチを作ったんです」
清音(きよね)がサランラップに包まれたサンドイッチを差し出す。
「おお、ありがとう。もらっていくよ」
頑蔵はサンドイッチを受け取ると散歩にでかける。
しばらく歩くと川のせせらぎにたどりつく。
木々にかこまれた石の小川だ。
と、水の音にまじってネコの鳴く声が聞こえる。
川のふちでもがいている子猫がいる。
「どうした」
頑蔵は子猫をひっぱりあげる。
子猫は「にゃー」と鳴いた。
虎縞(とらじま)の毛並みだ。
頑蔵は子猫を道に置くとまた歩きだす。
「にゃー」
子猫がついてくる。
「なんだ腹がすいてるのか」
頑蔵はサンドイッチにはさまっているサケを差し出す。
子猫は「にゃー」とうまそうに食べる。
「ゆっくり食べろよ」
頑蔵は歩き出す。
「にゃー」
子猫がついてくる。
「どうした。親のとこに帰っていいんだぞ」
「にー」
子猫はなおも着いてくる。
どうしたものかと頑蔵は考える。
だがなにも浮かばない。
頑蔵は家に歩く。
子猫も着いてくる。
家まで着いてくる子猫。
「ただいま」
「お帰りなさい」
清音(きよね)は頑蔵の足下にある子猫に気づく。
「どうしたんですか」
「ん、まあ着いて来てしまってな」
「まあそういうこともあるでしょう」
「そうかな」
「親猫はいないんですか」
「うん、見あたらなかった」
子猫は玄関から家に上がり込む。
「まあまあまあ、足を拭かないといけませんよ」
清音はぞうきんを持って子猫を追いかける。
子猫は足をふいてもらうとすぐに柱で爪をとぐ。
「あらあらあら、どうしましょうねえ」
頑蔵がベニヤ板を柱と壁に貼る。
子猫の腕が届くところまで貼る。
「にゃー」
子猫は体を丸めると寝てしまう。
頑蔵と清音は子猫を見ながらお茶を飲む。
「どうしたもんですかねえ」
清音がそう言う。
「なあに、日が落ちる頃には帰るさ」
めずらしく頑蔵と清音は話して一日を過ごす。
話題は子猫だった。
夕暮れが沈みかけた頃、清音がぽつんと言う。
「帰りませんねえ」
「そうだなあ」
「にゃー」
清音は起き出してきた子猫にみそ汁のだし用のにぼしをあげる。
子猫はかたそうに食べている。
なんとなくなごんだ一日だったと清音は思う。
それは頑蔵もそうであった。
「うちで飼いますか」
清音の提案に頑蔵は「そうだな」と言った。
夜は静けさを引き連れて来る。
鳥は眠り、子猫はまだ起きていた。
夕食を終えてふとんに横になる清音と頑蔵の横で毛玉とたわむれている。
「明日猫のトイレを作ってやらにゃあなあ」
頑蔵は静かにそう言った。
「それはいいですねえ」
清音は答えた。
夜は問われることのない静けさに風景を包む。
明日への夜という黒い扉が開く。
夢がこぼれた。
頑蔵と清音は眠りについた。
子猫とともに。
夜は波とともに去る。
夜は風とともに去る。
朝は光の波と風とともに訪れる。
朝食はそばだ。
頑蔵(がんぞう)はたいらげると、清音(きよね)に帽子を渡す。
それは麦わら帽子だ。
「散歩に行こう。今日は日差しが強いらしいからな。
帽子をしていったほうがいいぞ」
着物に麦わら帽子はあわないが、清音(きよね)は帽子を着けて頑蔵(がんぞう)とでかける。
頑蔵は帽子を着けている。
「おそろいですね」
頑蔵とおそろいなのが清音はうれしかった。
清音は帽子がえらく気に入ったようだ。
帽子が作り出す日陰に清音は安らかな気持ちになる。
頑蔵は小川に入り水遊びする。
そして清音は頑蔵の水遊びを見ているだけで楽しそうだ。
頑蔵が清音に水をかける。
「楽しいですねえ」
清音はそう言って笑った。
昼。
頑蔵と清音は家に帰って昼食にする。
昼食後にはサッシを開け、陽(ひ)の光りにひなたぼっこするふたり。
なにもしないでも時間は過ぎていく。
夕暮れがゆっくりと空をかける。
夕食を食べる頑蔵。
清音はまだ帽子をつけていた。
眠る時になってやっと帽子をとり、清音は眠りにつく。
夜は眠りの始まり。
朝まで続く夢のふとん。
今日という本がそうして夢に閉じる。
そうして眠りが始まった。
流れ星が朝を告げる。
夜は深い眠りから覚める。
清音(きよね)は朝飯を作る。
今日はおにぎりだ。
頑蔵(がんぞう)が起き出してくる。
おにぎりをおいしそうに食べる頑蔵(がんぞう)。
お茶をすするとテレビを見る。
それから頑蔵は散歩にでかける。
清音(きよね)は洗濯物を洗い、干す。
家の掃除をすますと一息つく。
昼飯を食べに肝臓が帰ってくる。
なにもない一日。
夕方になり、夜は暗くなっていく。
頑蔵と清音は居間のガラスドアから見える空に流れ星を見つけた。
流れ星は一瞬で消えた。
「なにかお願いしたか」
頑蔵が清音に聞く。
「おじいさんが幸せであるように、と」
「そうか、おれは明日いいことがあるようにってな。いや、おまえの分もな、頼みだしといたんだぞ」
なにかとってつけたように頑蔵は言う。
「それはありがとうございます」
清音は頭をさげる。
「ナー」
子猫が鳴く。
「そうだなあ。おまえも元気に育つように願おう」
頑蔵は子猫の頭をなでる。
清音は笑顔でその様子を眺めていた。
夜。
夕食をすませた二人はふとんに入る。
「おまえも明日は幸せだといいな」
頑蔵はぼそっと一言言った。
「はい。おじいさん」
清音はいつもの口調、いつもの笑顔で笑った。
頑蔵は眠りにつく。
清音も眠りにつく。
子猫も眠りにつく。
夜は朝との出会いを約束する。
また闇の歌が空を包んだ。
それは明日のはじまりにすぎなかった。
朝は風のように夜を包む。
昨日が目覚めて今日となりゆく。
家は朝日に色を取り戻す。
清音(きよね)は台所で食事を作る。
前日のカレーをはさんだパンだ。
「うんうまい」
頑蔵(がんぞう)はそう言うとすぐに食べてしまう。
頑蔵(がんぞう)はカメラを持ち出すと散歩にでかける。
自然を木々を草花を撮ってみる。
どうもなにかものたりない感じが頑蔵はする。
だがそれがなにかわからない。
頑蔵はなんとなく自然を撮り続ける。
昼。
頑蔵は昼飯を食べるために家に帰る。
そこに清音(きよね)がいた。
ああそうかと、肝臓は思った。
なにか足りないと思った存在がそこにいた。
頑蔵は昼飯を食べ終わると清音をカメラに撮る。
「あらあらなんですか」
清音は苦笑いだ。
笑った清音。
ちょっとまじめな清音。
あくびをしている清音。
それが頑蔵にはすべて新鮮に感じた。
「にゃー」
「おまえも撮らないとな」
頑蔵は子猫も捕る。
気がつくと夕食の時間になっていた。
充実した一日だと頑蔵は思った。
夜が更ける。
日は沈み夜はすべてを闇に帰す。
静けさが夜を包む。
ふとんに眠る頑蔵には波の音だけが響いた。
今日撮った清音の笑顔が脳裏にいつまでも映っていた。
夜が明ける。
眠り子たちは朝の歌をうたう。
なにも変わらない朝がまた始まる。
清音(きよね)が朝食を頑蔵(がんぞう)の前に並べる。
日本そばを頑蔵(がんぞう)はすする。
頑蔵は食べ終わると散歩にでかける。
清音(きよね)が洗い物をかたずける。
いつもと変わらない日だった。
昼。
昼飯を食べ終わる頑蔵と清音(きよね)。
清音は髪をおろすとくしをかける。
髪の長い清音を頑蔵は珍しそうに見ている。
そういえばと、頑蔵は思う。
確か若い頃、清音は髪をストレートにしていた。
「おはよう」
若き日の清音はモデルのように美しかった。
それに対して頑蔵はいまいち冴えない顔に寸胴だ。
「清音の髪型好きだな」
頑蔵がそう言ってから清音はずっとストレートだった。
頑蔵はなつかしくあの日々を思う。
いまの清音が髪を結っていく。
「たまにはストレートのままでもいいんじゃないか」
頑蔵は清音に言う。
清音はきょとんとしている。
「おじいさんがこの髪型がいいと前に言ってましたよ」
「そうだったかな。でも今日はストレートの髪が見たいな」
「そうですか」
清音はその日、髪型をストレートにしていた。
「なんだか昔を思い出してな。その髪型がなつかしい」
「もうずいぶん昔のことですよ」
清音はそう言って笑う。
「初めて清音を見た時もこの髪型だったな。まるでなにも変わらないようだ」
「そうですねえ、あなたは坊主でしたね」
「ああ、学校がそうだったからな。すぐにはのびなかったんだ」
頑蔵は苦笑いする。
「海の見える公園で踊りましたね」
「そうだな」
どちらからともなく踊る二人。
それはゆっくりと踊る。
「にゃー」
子猫も参加する。
気づくと、もう夜になっていた。
「あらあら、夕食の支度をしないと」
そう言うと清音は天ぷらを揚げる。
頑蔵はしばらく一人で踊っていた。
食事をすませ、ふろの後、ふとんに入る二人。
「今日はよく眠れそうだ」
「そうですか。よかったですねおじいさん」
頑蔵はすでにいびきをかきはじめている。
清音もそれを見て眠りにつく。
夜は星の宝石箱。
夜は眠る者に夢を送る。
夜という時は、朝の光を待っている。
夜は静かに広がった。
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