aruhi





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『ある日の午後の秋の旅』



おれはなんのとりえもない男だ。
28才。
サラリーマンをしている。
短い黒髪。
黒い背広とズボンに白いワイシャツを着てる。
まあネクタイはしてないが。
今日は休日。
街を歩く。
20分くらいで電車で池袋で映画でも見るか。
道路をてくてく歩いていると老人の女性が道路のはじに座(すわ)っている。
「ちょっとあんた」
老婆に呼び止められる。
「なにか。どうかしたんですか」
「田舎(いなか)に帰ろうとしてたんですが、
 どうにもつかれてしまってねえ。
 あんた。連れてってくれんかねえ」
「は? おれ?」
老婆は茶色い地味な着物を着てる。
白髪を頭の後ろで丸くまとめている。
いかにも田舎に住んでますという格好だ。
この人の田舎はなんか遠くそうだな。
かかわると面倒そうだ。
「いまいそがしいから」
おれはおじぎひとつして歩き去る。
一歩二歩三歩。
と、老婆を見る。
ぼけーっと空を見てる。
青空だ。
あーこういうのいやなんだよなあ。
でもこの老婆に時間使ったら映画見れないエンジョイは……
あーえーまーいいか!
おれは老婆に歩く。
「いいよ。田舎はどこですか」
「田舎は……」
都心から電車で一時間半。
まあいいか。
とりあえず動けないという老婆を背負う。
若い頃はおれのばあちゃんにもっとやさしくしていたらな。
おれは老婆と旅に出る。
電車は席をゆずってもらったから助かった。
電車から見る窓の景色は、じょじょにビルは低くなっていく。
たまに田んぼがある。
もう東京でもないのか。
「おばあさんは家族が田舎にいるの」
「うんそれがのう」
老婆の話しは田舎から東京に出てきて、いまは一人だということだった。
「そうかもうすっかり田舎も変わっちゃってるでしょう」
「そうじゃなあ。
 コンビニくらいできてるじゃろう」
ガタコンガタコンガタタン……
電車は風景を人を次々と風の流れと化す。
ああ、こういうのもいいもんだ。
電車を降りるとずいぶん過疎(かそ)な町だ。
二階建ての建物ばかりだ。
「それでおばあさん。
 どこへ行きますか」
老婆の話しだと大通りの横の商店街を通りぬけた先のとこを……。
「なあおばあさん」
おれは背中の老婆に話しかける。
「なんだい」
「家もないのに田舎なんてどうでもいいんじゃないこともないのかい」
「ないねえ。楽しいことばかりじゃったよ」
「ふーん。おれも年をとったらそんなふうに思えるかなあ」
空は青から赤に変わる。
夕日に彩られた大地。
一面が緑の平原だ。
まだこんな自然があるっていいなあ。
「ここで降ろしてくれないか」
「疲れたかい」
「なつかしいんじゃ」
「んーこんな風景おれもなにか懐(なつ)かしいよ」
トンボが飛んでいる。
カラスが飛んでいる。
いやハトだろうか、カモだろうか。
「帰ってきたんじゃなあ」
「そりゃよかった。
 おれも休日をこんなとこで過ごせて良かったよ」
「もう思い残すことはない」
「縁起でもない。
 まだまだ長生きしてくれよ」
「そうじゃなあ。
 そうかもなあ」
「なあ、おばあさんどこ住んでんの。
 また話したいなあ」
振り返ると老婆がいない。
辺り一面平原を探す。
誰もいない。
と、おじぞうさんが、老婆のいたところにある。
「ばあさん……」
後で知ったがそこは東京湾を埋めるために土を根こそぎ削(けず)った所だそうだ。
そう、きっとたまには帰ってみるのもいいには違いない。
そこには出迎えてくれる者がいるに違いないから。
おれはまた歩きだす。
道はどこにでもつながっているに違いないのだから。
きっと……。









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