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『レムとヨウタ』





 女は沙蔵(さくら)レムといった。
 男は松風(まつかぜ)ヨウタといった。
 二人はテレビ局の食堂で食事をしてる。
 芸術してるパイプイスにすわっている。
レムはイスをずらしながら、身を乗り出して言う。
「だから言ってやったのよあたしは。
 そんな男はやめなさいって」
「それで」
 ヨウタは企画書を見ながらレムの話しをうながす。
「でも好きだから別れないって。
 ひっどいでしょ」
「ひどいのはうちの先輩だよ」
「またおれの企画落としたんだぜ」
「ドラマの企画」
「そう。学生たちのピュアなひとときを自然に描く企画だったのに」
「それは残念ね」
 レムはメークアーティストの助手。
ヨウタはお笑い番組の企画マンのひとりだった。
 忙しい社会人のふたりには、いつもお昼を一緒に食べられるという時間帯があった。
 レムは三十九才。
レムは肩まであるストレートの黒髪をかきあげる。
メイクの練習で何度も染めたりカットしたりしている。
 レムは童顔でまだ笑うと幼い感じさえする。
ヨウタは二十九才。
 短い髪を金髪に染めている。
染めたのはレムだ。
 ヨウタの細い顔は笑うと目が線になった。
「聞いてよようた。  女優のオーディション落ちたよ」
 レムは残念そうだが、元気にめしをほおばる。
「あー、れむの念願の夢だもんな女優は」
「ようたのドラマに出るのはいつになるやらよ」
「れむのほうが先に女優になれるよ。
 おれの企画はボツばっかり。
お笑いの企画ばっかり通りやがる」
「仕事があるだけ安全よう」
「このご時世だもんなあ」
 ヨウタはとっくに食べ終わったレムのついで食べ終わる。
「それじゃ、れむ。またな」
「んーそれじゃね、ようた」
 二人はそれぞれ仕事にもどる。
レムは女優のメークを。
ヨウタは企画会議で頭をひねる。
レムはレムの仕事仲間との飲み会。
ヨウタはヨウタの仕事仲間との飲み会。
一日が終わった。
 深夜二時。
マンションの一室。
風呂から出たレムはヨウタにメールを送る。
「あしたもはやい〜。
 女優の友達はいてもツテもつながらない。
でも明日こそ女優になっちゃる」
 レムは送信する。
 ヨウタはアパートの部屋でメールを受け取る。
企画書が散乱している部屋だ。
ヨウタもメールを送る。
「いま笑いとドラマの企画を同時進行。
 今度のドラマはすごいのだぜ。
れむ、そっちもがんばれ。
夢はあったほうがいい」
ヨウタはふとんで眠る。
レムはベッドで眠る。
それぞれの夜がふけていく。


 メークアーティストが助手のレムに話しかける。
「ほらぼけっとしてないで」
「は、はい」
「朝からぼけっとしていて、ちゃんとしてよ」
「はい」
 昼。
食堂でレムとヨウタはめしを食べる。
「どうしたれむ」
「それがさ、朝えっちしてる夢を見たんだ」
「へえ、おれも見たよ」
「相手が誰か覚えてないんだけどさ」
「あーおれも覚えてないなあ」
「でもすっごく気持ちよかったなあ」
「おれよりもか」
「ばかっ」
 レムは真っ赤だ。
「おれも気持ちよかったなあ」
「あたしよりも?」
「れむが一番だよ」
「へへへ」
 レムはうれしそうだ。
「しょうか」
 レムがヨウタに聞く。
「あー企画が忙しいし、また今度な」
「あっそう」
「また企画がボツッた」 「あら残念」
「フランスが舞台の国境を越えた愛を描きたかったのに、くそ〜」
「またがんばればいいじゃない」
「そうだな、ありがとう。  それじゃもういかないと」
 ヨウタは仕事ももどっていく。
 レムはデザートをほおばると笑顔になった。
夜。
自分の部屋でメールを送るレム。
「また女優のオーディションを受けることになったよ。
 ようたもドラマの企画がんばってね。 らう゛らう゜それじゃーね」
 ヨウタはメールを見る。
ヨウタも返信する。
「次の企画は自信があるんだ。
 次こそは。
女優のオーディションがんばれよ。
それじゃ」
それぞれの夜がふけていく。


 「また企画落とされた」
 ヨウタは食堂の水を飲み干す。
「ふーん」
 レムはストローをいじっている。
「戦いの戦場でむくわれない男の兵士と宿屋の娘とのひととき の純情を描く感動作だったのに……」
「たいへんねえ」
 レムは空返事だ。
「戦争に咲くむくわれぬ愛が、なあ、聞いてるか、れむ」
「まあね」
「なんだよ空返事してさ、おれはな、このすさんだ世の中に ピュアな気持ちを忘れないで欲しいと思ってだな、 なあわかるかこの気持ちが!」
「あーわかるわかる」
 やはり空返事のレム。
「なにかあったのか、れむ」
「んーもうひとりの自分がね」
「はっ?」
「もうひとりの自分が旅のとちゅうで動けないでいるのよ」
「なんだそりゃ」
「あたしはね、いろんな日々をすごしてきて、いまはね、ようた、 あなたといるのよね」
「あ、ああ」
「あたしがここであんたとぼけーっとしてるあいだにも、 みんながんばってるのよね」
「れむ、おまえだってがんばってるだろ」
「そうじゃなくてあたしが今日眠りにつくまでに、あたしに なにができて、なにが残ったのかってこと」
「よくわかんねーけど、おれはれむがいたからがんばれる。 それだけじゃ不満か」
「不満じゃないけど、なんでもっと自分は力がないのかなって」
「おれは作品の企画作っていてさ、感動っておれがどう人といた かってことなんじゃないかって思うわけさ」
「ふーん」
「その時まで、人の心を響かせるってなにか、まあとりあえず それには時間がいるんだよ」
「女優になればあたしは思い通りの人生になるのか、人の心に 声が演技がとどくのかなって」
「おれの心にはれむの声はとどいてるけどな」
「そんなのどーでもいいのよ」
「傷つくなあ」
「まあ、感謝してるわよ。ありがとうようた」
「そうだろう。がんばってくれよ。未来の女優様」
「んーサインいる?」
「そうだな。それよりどっかデートしょうぜ」
「いつも食堂で逢ってるじゃない」
「そうだけどさ、休日あわせて遊ぼうぜ」
「いいけど。ま、あんたといると退屈だしね。 そのだらだらしたの好きだし、ね」
「それはどーも」
 夜。
 それぞれの仕事を終え、レムは自宅からメールを送る。
「れむより。あなたはあたしにとってひまな人。大事な人。
 それがわかりました。あー今日はてんぷらにしたらうまかった。
 いつもあたしにつきあってくれてありがとう。
 これからもよろしくね。
 それじゃカゼひかないようにね。
 んじゃ」
 ヨウタはレムにメールを返信する。
「悩んだから答えが見つかるとは思えない。
 れむが目指すところは遠くいがいと近いところかも知れない。
 と思ったり。
 おれも企画がんばる。
 おまえもオーディションがんばれ。
 悔しい時はみかん食って眠れ。
 んじゃ、な」
 夜が更けていく。
 日々は戻らずとも、二人の時間は過ぎていく。
 帰り道は忘れた大人がいた。
 道は明日へと続いていた。
 そして、夜は人の願いに暗闇を深くしていく。
 そんな日々のことだった。


 ディズニーランドはにぎやかだった。
 レムは髪をおさげにして、赤いドレスのような私服だ。
 ヨウタはジーパンに白シャツ、熊のプリント付きだ。
「あれ乗ろう!」
 レムは元気いっぱいにヨウタを引っ張っていく。
 暗闇のジェットコースター。
 とろっこ。
 船。
 いくつもいくつも乗り物に乗るレムとヨウタ。
 夕方。
 レストランでお茶を飲むレムとヨウタ。
「あーおもしろいおもしろい」
 レムはデートを楽しんでいた。
「あー疲れた疲れた」
 ヨウタは疲れていた。
「なによ、あたしとデートして楽しくないの」
「だからってこんなに乗り物に乗ることないだろ。雰囲気を楽しむだけでも いーじゃん」
「それはそうかも知んないけど、さ」
「まあせっかくのデートだ。楽しくいこう」
「そうね、まあここまで乗れればあたしも満足だから」
「そうか。でもよかった。うまくスケジュールがあったからな」
「まったくね」
「たまにはデートしたいからな」
「あたしは乗り物堪能したからもういいや」
「夜のパレードどうする?」
「あたしはどっちでもいいよ」
「おれは見てみたいな」
「それじゃそうしましょう」
 夜。
 二人はパレードを見る。
 色とりどりのパレードが目の前を通る。
「なあれむ」
「なによ、ようた」
「いいものやるよ。これだ」
 ようたの手にはなにもない。
「なにくれるのよ」
「これはな、心のきれいな人にしか見えない指輪だ」
 そう言うとヨウタはレムの指に指輪をはめる仕草をする。
「ありがとうようた」
 レムは見えない指輪をパレードの光りに照らした。
「これはあたしからのお返し。心の純粋な人にだけ見える指輪よ」
 レムはヨウタに見えない指輪をつける。
「今日のこと忘れないよ」
 そう言ってレムは笑った。
「そうだな」
 ヨウタも笑った。
 夜が更けていく。
 二人の夜が更けていく。
 その夜はレムとヨウタはメールを交わす必要はなかった。









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