シューマン : ピアノ協奏曲イ短調 CDレビュー III




III.  1990-2000年録音
    ♪タニエル♪ウーセ♪デ・ラローチャ♪キーシン♪アルゲリッチ♪
    ♪ルイサダ♪ペライア♪仲道♪チッチャレッリ♪グリモー♪
    ♪中村♪ブレンデル♪ラーンキ♪エゴロフ♪

◆シータ・タニエル(Pf)デ・ブルゴス/ロンドン交響楽団(1990年1月 Collins)★★★★☆
 アルメニア出身の女流ピアニスト、シータ・タニエルはこのレーベルにベートーヴェンとブラームスの変奏曲やショパンのソナタなど録音していますが、あまり一般的には知られていません。しかしこのシューマンのピアノ協奏曲は彼女の幅の広い表現力を余すところ無く聴かせてくれる快演といえます。冒頭のオーボエの明るく澄んだ響きに続くピアノは、その粒立ちの良さとクリアな音色で聴き手の耳を一瞬のうちにくぎ付けにさせます。とりわけ高音のひんやりした感触は、とかく分厚い音の塊で身を纏いがちなシューマンの音楽にあってはとても新鮮に感じられます。響きのいいホールにしてはオーケストラのトゥッティは美しくなく、弦楽器のシャリシャリした音はせっかくの気分に水を差しますが、タニエルは構うことなく自分の世界に入っていきます。ゆっくりしたところは愁いを引きずるように時には立ち止まりつつ弱音を美しく聴かせます。しかし、最初のクライマックスでは切れ味の良い瞬発力も見せてくれます。Andante espressivo ではピアノはほとんど霞みっぱなしで木管が前面に出て歌います。フルートなど木管といっしょに歌う展開部の後半ではソフトなタッチから硬めのするどい打鍵まで変化に富んだピアノを聴かせてくれます。カデンツァでは力で押しまくるところもあり、今までなかったこのピアニストの側面を垣間見ることができます。コーダはその余勢をかって一気に駈け抜けます。 

 第2楽章冒頭のヴァイオリンのスタカートにも潤いがないのが残念です。ピアノは余計なことを考えずにひたすら自然な音楽づくりに徹しています。中間部での幸福感に満ちたチェロの旋律にピアノは静かなオブリガートをつけています。第3楽章に入る直前、フルートによる突き抜けるような吹き伸ばしが実に効果的に響き、しかもこのピアニストの音色にもピッタリ合っているのはなんともうれしい発見です。第3楽章に入ると、ピアノは溌剌とリズムに乗り、速いパッセージはクリスタルを思わせる透明感のある輝きに満ち、しかも細部にまで表情をつけることを忘れません。小股の切れ上がったとでも言える軽さと艶っぽさを湛えるだけでなく、クライマックスでの力強い打鍵でもってシューマンの魅力を余すところなく表現しています。かえすがえすも残念なのが高音がつぶれ気味のオーケストラです。

◆セシル・ウーセ(Pf)マズア/ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団(1990年2月 EMI)★★★★☆
 フランスの女流ピアニスト、セシル・ウーセは意外にも1975年にこのマズアとブラームスの2番の協奏曲を録音していまして、1993年に来日した時も同じブラームスをNHK交響楽団と共演していました。ドビュッシーやラヴェルを得意とするウーセによるブラームスやシューマンといったドイツものはどうかと思われますが、なかなかどうして立派な演奏を披露しています。ちなみにこのCDでシューマンとカップリングされているのはチャイコフスキーです。

 ウーセのピアノは全体的に丸みのある音と明るく豊かな響きに特徴があります。弱音では繊細で丁寧な歌い方をし、フォルテでは決して荒々しくならずに音を鳴らします。低音から高音までバランスのとれた打鍵に支えられたウーセのピアノは協奏曲としての刺激と興奮こそありませんが、温かみのある幸福に満ちた音楽を作り上げています。木管が歌うところでのピアノの細かい音符(下降アルペッジョ)の艶っぽさはかなりの年季を感じさせます。また、音型につられてやみくもに喧しい弾き方をしたり、アクセントやクレッシェンドを強調することもしません。シューマンの音楽が赴くままに、オーケストラと共に息の長いフレージングと傾斜の緩やかな起伏をもって音楽を組み立てていきます。Andante espressivoでの静寂感は見事で、この上なく美しい音楽を聴かせてくれます。再現部直前のフルートとユニゾンで旋律を歌うところでは、輝くばかりに響くフルートにぴったりと寄り添っています。トゥッティでのオーケストラはやや堂々としすぎる傾向にありますが、ウーセの音楽とかけ離れているという印象はありません。第2楽章では感傷を排し、弱音には拘らずに輪郭のはっきりした弾き方をしています。中間部のオーケストラもテンポを一定に保って明るい音色を作り出しています。第3楽章でも落ちついたテンポですべての音を明るく鳴らしています。全音域にわたって均質な打鍵は相変わらずで、オーケストラとのバランスもよく保たれています。しかも、めざしている方向が常に明解でしっかりした構成観を感じさせます。これは、指揮者のマズアに負うところかもしれません。決めるところをおさえた好サポートと言えますが、もう少し洗練されたところもほしい気もします。しかし、ウーセのピアノは最後まで気品と繊細さを失うことはなく華やかに曲を閉じます。

◆アリシア・デ・ラローチャ(Pf)C.デイヴィス/ロンドン交響楽団(1991年12月 BMG)★★★★☆
 第1楽章。冒頭のオーボエのゆったりした歌いまわしと暖かみのある音色がこの録音のすべてを物語っています。ラローチャのピアノは丸みのある音でありながらすべての音を的確に捉えてクリアに鳴らします。高音の輝きは見事であり、低音も粒の立った響きをつくっています。和音の連続するところでは太く溶け合う音、複雑な伴奏音の中から旋律を紡ぎ出すところでは際立つ音と、喩えて言うならば同じ丸い音でも直径が異なるようにタッチを曲想に応じて使い分けていて、どんなところでも決して耳障りならない的確な音をピアノから引き出しています。曲の出だしから遅めのテンポがとられていますが、Andante espressivoでは木管楽器に思う存分歌わせているために、ピアノも一層遅くなってじっくりと弾きこみます。このあたりの音楽が時に停滞するのが気になるところです。また、フルートとユニゾンで旋律を弾くPiu animatoで、ffの時に意図的に見得を切るようなところがありますがやや重い印象を与えます。しかし、音符を無理なく鳴らし、fとffとをきちんと弾き分けて闇雲に鍵盤を叩かず、しかも過度な緊張を強いないラローチャの演奏はシューマンの愁いこそ感じられないものの、この曲の持つ魅力を十二分に引き出しています。指揮のデイヴィスはラローチャのめざす音楽にピッタリとつけた見事なサポートを行なっています(例えばオーボエとピアノとの掛け合い等)。また、聴き取れない音や曖昧な音がひとつもないばかりか、すべての音に意味を持たせているといってもいいほど説得力のあるシューマンを聴かせてくれます。

 とりわけ第2楽章のオーケストラは素晴らしく、中間部のチェロ、ヴァイオリンと受け継がれる恍惚とした旋律は単純であるだけに音楽作りが非常に難しいところですが、この曲がピアノ協奏曲であることを忘れさせる程感動的な瞬間を与えてくれます。しかも、ここでのピアノはすべての音をしっかり弾いていますのでムード音楽に堕することがありません。第3楽章は、ピアノの装飾音がきちんと聴こえる落ちついたテンポで弾かれています。鳴らすべき音を完璧に捉えた濁りのない音とオーケストラの伴奏の中から識別されるクリアな音は健在で、軽やかに弾ける高音の輝きとコロコロとした歯切れの良さに耳を奪われます。また、オーケストラがスタカート付きで2拍子を思わせるリズムを奏する個所ではいくつか微妙なアクセントがつけられています。単なるリズムでなくこれも旋律であることを雄弁に語っていると言えます。クライマックスに向けてオーケストラと一体となって突進する熱っぽい演奏を求める人には薦められない演奏ですが、最初から最後まで1音たりとも疎かにしないスタイルには感心させられます。最後に駈け上がる音型でも決して崩れないフォームにはただ脱帽あるのみです。


◆エウゲニー・キーシン(Pf)ジュリーニ/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団(1992年5月 SONY)★★★☆☆
 このCDがリリースされたとき、巨匠ジュリーニとウィーンフィルの組み合わせによるシューマンにソロがキーシンということで大いに期待して聴いた記憶がありますが、演奏は今ひとつ印象に残りませんでした。今回、再度聴きなおしてもやはり、キーシンらしさが感じられないのは何故か、答えはCDの解説に書いてありました。このCDはライヴ録音で、当初はアッカルドの独奏でブラームスのヴァイオリン協奏曲を録音する予定だったのが、アッカルドが急病で出演がキャンセルされたので、ソリストがキーシンに変わったとのこと。そこで、さらに調べたところ、ジュリーニはこの録音が行なわれた1992年5月21日から26日に先立つ5月7日にアムステルダムのロイヤルコンセルトヘボウでキーシンとこの曲を演奏会で共演しています(なお、この時メインのドヴォルザークの「新世界」はライヴ録音されています)。この日の演奏の模様はFMで放送されていますが、オーケストラとの息もピッタリの見事な演奏でした。こういう状況でアッカルドの穴埋めにキーシンが呼ばれたのはごく自然だったと思われます。しかし、5月24日のウィーンフィルの演奏会での録音がFMで放送されていまして、その演奏を聴くとキーシンはオーケストラとあちこちでズレまくり、あろうことかミスタッチも連発しています。オーケストラのピッチも合わないのか楽章の間でウィーンフィルにしては珍しくチューニングまでしています。定期演奏会ですから同じプロを2回演奏しているわけで、別の本番とリハーサルからこのCDが作られたと思われ、24日の出来に較べればCDの演奏は別物もののようにうまくまとめられています。しかし、よく聴くと最初に書きましたようにいろいろ物足らなさを感じる演奏といえます(ちなみに24日のメインはブラームスの交響曲第1番)。さすがの天才キーシンをしても突然の代役ではウィーンフィル相手にナーバスになることは避けられなかったようです。

 キーシンのピアノは高音の美しさと打鍵の力強さに特徴があり、どんなときでも落ちついたスタイルを堅持しているところにあります。テンポは速めで、オーケストラと合わせるところはほとんどテンポを動かさないで慎重に弾かれています。速いパッセージではそのことが裏目に出て、フレーズの終わりが雑というか端折って聞こえます(例えば下降アルペッジョ)。テンポにはめすぎているのですが、これではキーシンの持つどちらかというと古い演奏スタイルからくる特質が失われているような気がします。しかし、メロディーラインと伴奏型を音量の面でかなりはっきりと分けて弾くところはさすがで、クライマックスへ向けての技巧的な冴えも見事です。時々聞こえる美しい弦楽器の合いの手には思わず耳を奪われ、Andante espressivo でもクラリネットだけでなく弦楽器の主張も忘れられません。また、オーボエとピアノが対話をするところでもヴァイオリンとヴィオラによる和音が対等に加わっていて3者の会話になって聞こえるところはとてもユニークです。展開部の後半ではかなり速いテンポで弾かれていて、キーシンの若きヴィルトォーゾぶりが発揮されていますが、オーケストラと何かをする暇もなく駈け抜けていくため、シューマンらしさがあまり感じられないとも言えます。カデンツァは力強さと技巧の確かさはあるものの、ここでもシューマン特有の陰翳といったものは感じられません。コーダは快速で弾かれていて抜群の歯切れのよさが光ります。

 第2楽章はオーケストラもピアノも弱音に拘らず、しっかりとした音を出していて感傷的にならないところに好感が持てます。中間部での弦楽器の控えめながら艶のある音色が魅力ですが、ピアノの元気がよすぎるのが気になります。第3楽章。全体によく鳴り響く豪華な印象を受けます。速めのテンポ、迫力ある和音、弾むリズム、速いパッセージでの力強さ、高音の冷たいくらいの冴えた音、とキーシンの持ち味が十分に出ています。ただ、メローディーラインと効果音としてのアルペッジョが同じタッチで弾かれているためにやや単調に聴こえるのと、アルペッジョが整理された音列になっていなことが喧しく聴こえるところがキーシンの若さを感じさせます。しかし、そこが目の覚めるような華やかな技巧として感じられることもありますから、この辺は紙一重かもしれません。コーダに入って、速いパッセージが続くところではやや単調になる傾向にあります。その分、オーケストラがメリハリの効いた合いの手を入れているところは見事です。ここまで、ほとんどテンポの変化をつけずにきましたが、コーダの途中において装飾音付きの付点音符のリズムを効かした歌謡性のある旋律を弾くところで、急にテンポを落してますが(ジュリーニはルービンシュタインとの録音で同じことをしています)、今ひとつこなれていないように聴こえます。総じて、破綻なく演奏することに主眼がおかれ、ソリスト、オーケストラの自発性が発揮できずに終わったといった印象が拭えない演奏といえます。


◆マルタ・アルゲリッチ(Pf)アーノンクール/ヨーロッパ室内管弦楽団(1992年7月 TELDEC)★★★★☆
 アルゲリッチのピアノは輪郭のはっきりした太い音でありながら、高音の輝きと低音のクリアさを常に維持しています。美しい音を出そうというより、それを彼女は表には出さず、結果としてさりげなく美しさがこぼれ落ちる程度にしか意識していない節があります。とどまるところのない技巧の冴えとパワーを本能に任せてピアノにぶつけ、パッセージをひとつの塊としてその中を自由に崩して弾いたり、時としてピアノの能力を越えた表現をたたき出そうとします。とりわけ速いところではアクセントを強調してたたみかけるようなアッチェランドを爆発させます。鍵盤上を縦横に駆け巡る様はリストの曲を演奏するときのピアニズムの快感を思わせますが、果たしてシューマンのこの曲でこういったスタイルが相応しいかどうかは意見の分かれるところでしょう。オーケストラと一体になってクライマックスへ向けてテンポを煽っていき、白熱した音楽を作り上げていくところではあまりの速さに打鍵が少し流れて輪郭がぼやける瞬間があります。スリリングでいいという意見もあれば、こういうところこそ明瞭に弾いて欲しいという意見もあることでしょう。しかし、ここぞという個所で、たとえオーケストラが強奏していてもピアノを突出させるパワーと瞬発力はさすがです。オーケストラは、アルゲリッチの攻撃的でかつ抒情的な演奏によく反応しています。しかし、木管や金管の古楽器的な奏法と現代のピアノテクニックの粋を極めたところにあるアルゲリッチのそれとが同居しているところに矛盾があり、アーノンクールの意図がよくわかりません。

 第2楽章では間奏曲らしくサラッと弾いています。全体に引き締まった音で大きく感情を込めてはいません。中間部でチェロとヴァイオリンは現代奏法で弾かれているようですが、これも不可解なところです。終楽章でのアルゲリッチは快速のテンポに乗って絶えず挑発的な音を撒き散らしています。その高音の輝き、強烈なスタカート、ピアノのハンマーの限界に挑むアクセントの連続、激しくつけられるクレシェンド・ディミュニエンド、低音部における大音響とピアノの魅力を十二分に聴かせてくれます。これらがエクセントリックに聞こえないのは小気味のいいテンポで演奏されているからでしょう。最初から最後まで興奮に満ちたシューマンを聴かせてくれますが、シューマンの時代のピアノでは決して聴くことのできなかった絢爛豪華な演奏といえます。


◆ジャン=マルク・ルイサダ(Pf)トーマス/ロンドン交響楽団(1993年5月 GRAMMOPHON)★★★☆☆
 ルイサダというピアニストは、あのブーニンがショパン・コンクールで衝撃的な演奏をして優勝をさらったときに個性的な演奏を聴かせてくれたフランス人(結果は5位)ですが、着実にキャリアをのばしているようです。最初から最後まで演奏しながら唸ったり、歌ったり、難所では掛け声をかけたり、なんとも賑やかな人ですが、極めてユニークな演奏を聴かせてくれます。曲が始まって早々、すっかり自分の世界に浸りきっているようで、どのフレーズもたっぷり時間をかけて美しく歌い上げています。タッチはとても柔らかで細かなニュアンス付けも忘れず、フォルテでも豊かな響きを出しています。ただ、音色の変化がやや乏しいのと、テンポが遅い分生気に満ちた活き活きとしたところがないため、全体にベタッとした平板な印象も拭えません。最初のクライマックスに向けて盛り上がるところも、スピード・アップを促すフレーズであるにも拘らずテンポが変わらないため苛立ちをも感じてしまいます。しかし、オーケストラは立派な響きでピアノによくつけている、というかむしろ率先して細部を歌い上げているように見うけられます。両者共、あちこちて立ち止まったり、つまずいたり、わき見をしたりと、リズムを壊してまでもフレーズのひとつひとつを気の向くままに歌い込んでいます。ひと世代前の個性的なピアニストたちを思わせるような弾き方を連想させるところもありますが、果たしてこうしたスタイルがシューマンの音楽に相応しいかどうかは議論のあるところでしょう。構成的にも最初からテンポが遅いために、Andante espressivo に入っても雰囲気が変わらないという問題も生じています。再現部の前でもテンポは速くなるどころか全く前に進まないために、フルートを始め木管が音色の面で苦労を強いられています。

 第2楽章でもこうした雰囲気をそのまま引きずっていて綿々と歌い続けます。少々乙女チックながらここだけを取り出せば素晴らしく美しい世界と言えますが、間奏曲としては大仰な印象を受けます。また、中間部の弦楽器もこよなく美しい音楽を作り上げているのですが、弦が美しく弾く程、打楽器としてのピアノの限界が露わになるわけで、それに優るためにはただ美しい音を叩くのではなく、ピアノの特質を活かした弾き方が求められることになります。優れた演奏ではありますがこの辺の弾き方に今ひとつ工夫がほしいところです。第3楽章も相変わらずの遅いテンポです。第2楽章でもそうでしたが、装飾音のついた音型が変わったリズムで弾かれています。全体に音は明るく、技巧的なところもそれを誇示するより響きを楽しみながら弾いているように思えます。オーケストラはしっかりした音で弾いていてとても好感が持てますが、少しはソリストの尻を叩いて熱くなるような演奏にしてほしい気もします。


◆仲道郁代(Pf)フロール/フィルハーモニア管弦楽団(1994年4月 RCA)★★★☆☆
 ヘンリーウッド・ホールという残響の多い所で録音されたことがこの演奏に致命的なマイナスを与えています。他にもこのホールでの演奏もありますが、こんなに素直に響かせてはいません。仲道はよく演奏しているのにその良さがマイクに入りきっていないようです。中低音が濁るし、残響がありすぎて和音に透明感がなく、次の音にかぶってしまうところが多くあります。仲道のピアノは力強さを感じさせるながらも終始ていねいな音楽作りに徹しているだけに残念です。オーケストラもトゥッティで大交響曲であるかのごとく大仰に構えすぎ、仲道の音楽とのギャップを感じさせます。第1楽章でオーボエとピアノが掛け合うところなどはまるで別物に聞こえてきます。ピアノもオーケストラも音色としては明るい印象を受けますが、fのところでは重々しく感じられます。これは仲道の打鍵が力でfを出そうとする傾向にあって和音が続くところで音列が平板に聞こえるのと、オーケストラのトゥッティが喧しいのが原因と思われます。また、よく聴くとオーケストラのアンサンブルが結構雑なのですが、これは残響のせいである程度は救われているようです。しかし、静かな第2楽章ではこうした欠点が出ないこともあって、とても美しく仕上がっています。和音の少ない単旋律の歌い方は我等東洋人の得意とするところかもしれません。第3楽章に入る直前の小節のフルート(2分音符のミの音)を突出させて吹かせているのには驚かされますが、いまひとつ意図が不明です。第3楽章では、8分音符による細かい動きが多いせいか音響的なデメリットは少なく、仲道の素直さがよく出ている演奏になっています。


◆マレイ・ペライア(Pf)アバド/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団(1994年12月27−31日 SONY)★★★☆☆
 ペライアとアバドはこの年のジルベスターコンサート(12月31日)でもこの曲を演奏していて、その模様はNHKのBS放送で見られた方も多いと思います(オール・シューマン・プログラム)。このCD録音はその録音日を見てわかる通りジルベスターコンサートのリハーサルを兼ねて行なわれたことになります。なお、両者は前の年のザルツブルグ音楽祭(1993年8月23日)でもこの曲をウィーンフィルと共演しています。その時のメインはブルックナーの第5番の交響曲でした。ペライアのピアノは1978年の1回目の録音、1993年のウィーフィルとの演奏、そしてこの1994年の録音及びコンサートの映像と、基本的に大きな違いはなく、シューマンへの取り組み方が変わっていないとことがわかります。ただ、細かい歌いまわしの上で、爽やかな印象を受けた1回目と較べて、この録音ではやや濃厚な表情付けがなされていると言えます。1975年から1984年の間にモーツァルトのピアノ協奏曲全集を完成させたペライアですが、その期間中に行なった1回目の録音と、モーツァルトの録音以後リストなどロマン派の作品に取り組むようになってからとではフレーズの端々における処理のしかたに違いが出ているようです。

 第1楽章。オーボエの豊かで艶のある響きがこの演奏の全体を一瞬のうちに印象づけています。ペライアは1回目の録音同様の速めのテンポに乗った自然なフレージングと時折見せる力強い打鍵とをもってベルリンフィルの分厚い音に身を委ねます。録音のせいでしょうか、低音の響きが多くて和音に透明感がなく、中低音における速いパッセージもすっきり聞えません。ベルリンフィルの木管群のソロはでしゃばることなく、ピアノのフレージングによく呼応しています。しかし、トゥッティでは音が拡散していて解像度は良くありません。もっと引き締まった音がほしいところです。BS放送ではもっとクリアに聴けて違和感はなかったのに残念です。SONYのベルリンフィルハーモニーでの録音はバレンボイムの幻想交響曲やメータのR.シュトラウスなどでも同じような印象を受けた記憶があります。Andante espressivo では、充実した低弦に支えられたクラリネットとフルートが感傷的にならず比較的淡々とメロディーを歌いますが、どこかインスピレーションを感じさせない吹き方をしています。続くPiu Animato では音楽の流れが今ひとつでピアノが時折輝くこともありますが、全体的に混沌しています。フルートも大きな音を出そうとしているせいかフレーズのラインが波打つように聞えます。ここで何を表現しようとしているのか、あまり整理されていないように思えます。カデンツァの前やコーダにおけるオーケストラの緊迫感の欠けるキリッとしないところは、録音の問題だけではないのかもしれません。

 第2楽章でもピアノの音には響きが少し多めに感じられ、輪郭がぼやけることがありますが、それはそれとして一種独特な雰囲気を出してはいます。中間部のチェロの音色もどこかキリッとしません。フレージングもテンポの中に無理に入れようとしているのか、やや不自然な印象を受けます。最後のところでようやく少しリテヌートをかけていますが、最初からこうしたほうがよかったのにと思っていしまいます。第3楽章。やはりここでも和音がモヤモヤしていて「切れ」がなく、低音の細かい動きがはっきりしません。しかし、鍵盤を駆け巡るペライアの指は止まるところを知りません。その動きには淀みが無く、時には力強く、時には撫でるように鍵盤を鳴らし、自在な音楽を作り上げています。オーケストラはスケールの大きな演奏をするかと思えば歯切れの悪い、乗り遅れ気味の勢いの欠ける伴奏をしたりで、ベルリンフィルの実力が発揮できていない情けない演奏になっています。コーダにおいてもペライアの勢いは衰えることがなく、溌剌としたテンポ感とパワー溢れる打鍵を聴くと、かつてモーツァルト弾きとしてその名を馳せたピアニストとは別人の感があります。なお、最後から数えて2小節目と4小節目にピアノの和音を1つずつ弾いているのですが、スコアではピアノもオーケストラも全休符です。何か根拠があるのでしょうか。この手のマニアックな研究が大好きなべルリンフィルのオーボエ奏者、シェレンベルガーがまた何か発見でもしたのでしょうか。ペライアはジルベスターの本番でも同じことをしていますが、前の年のウィーンと1978年の録音ではやっていません。


◆エンリカ・チッチャレッリ(Pf)レイヤー/モンペリエ・フィルハーモニー管弦楽団(1995年6月 AGORA) ★★★★★
 名前からするとイタリア人かと思われますが、ミラノにあるヴェルディ音楽院を卒業した女流ピアニストです。その後ローザンヌやザルツブルグで学び、さらにかのチェリビダッケから音楽現象学(?)なるものを学んでいます。モンペリエは地中海に面した南仏の街で、マルセイユとスペイン国境の間に位置します。筆者は初めて聴くオーケストラですが、こうしたマイナーレーベルの協奏曲に使用されたオーケストラとしては異例なくらい演奏水準、録音とも素晴らしい出来になっています。冒頭でのオーボエのソロの音色はいいのですが、やや落ち着きのない感じで吹かれています。弦楽器による主題提示も前傾姿勢でこれから始まる音楽への意気込みを思わせ、ピアノとのバランスもよく取れています。ピアノは軽快で無駄のないクリアな響きで、全域に渡って均質な打鍵に特徴があります。速いパッセージでの粒立ちも見事で、ダイナミクスの変化に応じてバランス良く鳴らすだけでなく、クライマックスへ向けての盛り上げ方も堂に入っています。ホールのせいか細部がクリアでないことがあるのと、中音域がやや軽く感じられることがあります。ピアノとオーボエが対話するところは見事で、特にオーボエの音色と歌いまわしに耳が奪われます。Andante espressivo でのクラリネットはしっかり吹いているものの音が現実的に響くのと、この場の音楽からは少しズレを感じる硬さがあります。また、ピアノとオーケストラが遠慮し合っているのか音楽が方向を失う時があるのが気になります。クレッシェンド、ディミュニエンドのかけ方が急激すぎるのと、それが何度も同じように繰返されるために単調に感じられるせいかもしれません。続く Piu animato では爽快なテンポで力強い打鍵ながら引き締まった音で弾かれていて、オーケストラが少々気圧されているようにも感じられます。カデンツァはじっくり歌いこみますが、コーダでは一転して活力に溢れた演奏を繰り広げ、とりわけ速いパッセージにおける装飾音の煌きに耳を奪われます。

 第2楽章。最初の8分音符のスタカートはテヌート気味に弾かれています。しかし、同じような音型を繰返すときは少しずつ表情を変えるといった考え込まれた弾き方をしています。オーケストラもよくピアノに反応した繊細な伴奏をつけています。中間部ではチェロの抑制の効いた軽い弾き方に好感が持てます。もう少しヴァイオリンの音色に魅力があればいいのですが、ピアノの大げさにならない自然で端正な佇まいがインテルメッツォとしてのこの楽章の性格にうまく溶けこんでいるように思えます。第3楽章。冒頭のピアノによる和音の連続では音のバランスが見事に取れていて、歯切れのよいリズムと相俟って生気溢れる音楽を作り上げています。3拍子なのに2拍子のように聞こえる個所ではやや落ち着きすぎる印象を受けますが、細かいパッセージをきちんと音にすると同時に力強さと勢いを維持しています。しかもフレーズ毎に微妙な変化をつけたり、装飾音を完璧に鳴らすところも並々ならぬ才能を感じさせます。オーケストラは軽々と伴奏をつけていますが、ここはもう少し積極的に音楽に参加してほしいところです。展開部でも落ち着いたテンポながらきめの細かい引き締まった音楽になっているものの、トゥッティでは激しさや力強さに欠けています。コーダに入ってもその傾向は変わらず、オーケストラの真面目な伴奏が続きます。しかし、ピアノはすべての音符を鳴らし切って、フレーズの求める音と見事に引き出し爽快感溢れる演奏を最後まで聴かせます。名演です。なお、このCDにはクララ・シューマンのピアノ協奏曲と、演奏される機会の少ない「メッシーナの花嫁」序曲がカプリングされていて、シューマン・ファンにはこたえられない一品です。


◆エレーヌ・グリモー(Pf)ジンマン/ベルリン・ドイツ交響楽団(1995年6月 ERATO)★★★☆☆
 エクサン・プロヴァンス出身の女流ピアニスト、グリモーがわずか15歳にしてラフマニノフのピアノ曲を引っさげてCDデビューを果たして大きな話題を呼んだのが1985年ですから、このシューマンはその10年後の録音ということになります。このCDはR・シュトラウスのブルレスケをカプリングしているところがユニークで、演奏も予想に反して抒情的というより逞しいものになっています。テンポは終始速めで透明な音が印象的です。とりわけ高音の輝きは素晴らしく、その弾むような活発さが淀むことない爽快な音楽を作り上げています。タッチは全体的に柔らかく響きが多いせいか時に中音域がモヤモヤすることがあります。しかし、フォルテやアクセント付きの音符における無理のない響き、和音での不思議とソフトな響きが魅力的です。また、常套的なリテヌートを多用せずにインテンポで次のフレーズを開始する個所もあって新鮮な印象を受けます。しかもせわしさを与えることもなく、速いパッセージはクリアに聴き取ることができます。下降アルペッジョの終点から次のフレーズへ移る時の活きの良さは抜群で、打鍵のクリアさと音楽の流れを掴むところは注目に値します。オーケストラはグリモーのピアノに合ったコンパクトな響きで要所をしめています。展開部後半は小気味の良いテンポで進行し、オーケストラとの息もピッタリです。若干スポーティな感じではありますが、胸のすくような気分を覚えるのは事実です。カデンツァではこれまでの雰囲気にデーモニッシュな激しさを加え、さらに技巧の冴えも見せつけています。

 第2楽章では弱音に拘らずしっかりとした音を出し、テンポを緩めず淡々と音楽を進めます。中間部のチェロも感傷的にならず、むしろピアノが主体になっています。後半では一転して弱音をかなり意識した演奏となっていますが、オーケストラは今ひとつ反応が鈍いようです。第3楽章。ここでも速めのテンポで弾かれていて打鍵も男性的な力強さを感じさせます。オーケストラとピアノが同時に演奏するときでもピアノは負けていません。音質は硬くなく、重くならないのはいいのですが、響き過ぎが災いしているのか速いパッセージの粒立ちがあまり良くないのが残念です。オーケストラのトゥッティは少々硬い音ですが、細部にわたって緻密な演奏を繰り広げています。コーダでは豊かな響きに華麗さと迫力を加えた見事な演奏を聴かせてくれます。オーケストラがもう少しパワーある伴奏をしてくれればもっと熱気溢れる演奏になったと思われます。



◆中村紘子(Pf)キタエンコ/ベルゲン・フィルハーモニー管弦楽団(1996年5月 SONY RECORDS)★★☆☆☆
 冒頭から腰の重い感じを受けますが、オーボエは実に豊かな響きで歌います。ピアノは音をひとつひとつ丁寧に弾いていて、どの音域もすっきりした響きで鳴らされます。オーケストラの主題呈示はキビキビした感じでバランスよく奏されますが、ピアノだけになるとどんどんテンポが遅くなるように感じられます。細かいパッセージでのすべての音がきちんと聴こえる程のテンポで弾かれていて、躍動感に欠けるきらいがあります。打鍵の力強さはありますが、高音の輝きは今ひとつです。オーケストラはトゥッティでも端正さを失わず、快適なバランスでピアノによくつけています。Andante espressivo に入ってもテンポはあまり変わらず、気分の変化もありません。ピアノは表情付けが乏しく平板な印象を受けます。しかし、続くピアノが跳躍するところでは、堂々としたよく鳴る打鍵に驚かされます。Piu Animato では、やはりテンポがあまり上がらずメリハリのない音楽に終始します。シューマン特有のたくさんある音符に耐えかねるかのように腰の重い演奏になっています。コーダでも同様で、溌剌とした感じはなく、ひたすら丁寧、真面目にフレーズを綴っています。

 第2楽章もあまり起伏を感じさせない平板な印象を受けます。チェロの深みのある音に耳を奪われますが、ピアノのオブリガードがあまり正直に弾かれ過ぎていて邪魔に聞こえることもあります。第3楽章も遅いテンポが採用されていますが、それ程重くはなく、音楽に生気は感じられます。しかし、丁寧過ぎてフレーズ内のメリハリが欠けるのは相変わらずです。3拍子なのに2拍子のように聞こえる個所ではオーケストラが弱すぎて音楽に参加していないのと、ピアノが慎重すぎて音楽的でないのが残念です。しかし、低音から高音までバランスよく見事に鳴りきるピアノは一聴の価値はあります。フーガにおけるオーケストラは立派で、ガッチリした演奏を聴かせます。しかし、あまりシューマンの音楽を感じさせる演奏ではないようです。この演奏はご多分に漏れずグリーグとカプリングされていますが、オーケストラがベルゲンですからこのCDの目玉はグリーグであってシューマンはオマケなのかもしれません。


◆アルフレード・ブレンデル(Pf)ザンデルリンク/フィルハーモニア管弦楽団(1997年7月 PHILIPS)★★★☆☆
 冒頭のオーボエの繊細で今にも壊れそうな歌い方に耳を奪われます。しかし、ブレンデルはやはり堅牢で安定した演奏を展開します。相変わらず考え抜かれ研ぎ澄まされたタッチは健在で、最初から透明感のあるピアノを聴かせます。オーケストラが奏する主題を伴奏するピアノのバランスは見事で、主旋律の陰に見え隠れするピアノの細かい動きはこれから始まるシューマンの世界に大きな期待を抱かせるに足る躍動を秘めています。落ち着いたテンポで奏され、全音域にわたってクリアで粒立ちのよいタッチが維持されます。ブレンデルに特徴的な硬質な音はここにはなく、穏やかな音楽が展開されます。オーボエとの対話もたっぷり時間をかけて抒情的な面を見せています。最初のクライマックスに向かうところも激情に走らずに端正なフォルムを崩さないためやや肩透かしといった感じを受けます。Andante espressivo ではさらに一層穏やかで平安な世界が艶のある木管によって作り上げられます。ピアノはバランスよくその木管を支えることに徹しています。続くピアノが跳躍するところでは、堂々としてはいるものの迫力は今ひとつで、テンポもアップするどころか次第に遅くなっていきます。Piu Animato に入ってもテンポは上がりません。音符をしっかり捉えていて旋律部も伴奏音型もクリアに鳴り、がっちりと弾かれているために荘厳な雰囲気さえも感じられますが、どこか違和感が残ります。やはりここではシューマンの感情のほとばしりに圧倒されたいところです。再現部に入ってもブレンデルの落ち着いたスタイルは変わらず、ひたすら堅実で丁寧な音楽が進められます。さすがに平板な印象を受ける個所もあります。カデンツァも一部の隙のない見事な演奏ですが、安定しすぎていてシューマンの危うさがないのが物足りないところです。コーダでも雰囲気は変わらず、真面目なまま楽章を閉じます。最後はまるで大交響曲のような終わり方です。

 第2楽章はやや速めのテンポで、サラッと開始され淡々と音楽が進められます。ブレンデルのピアノは極めて繊細でオーケストラもそれに見事に応えています。指揮のザンデルリンクは中間部のチェロとヴァイオリンに対して色々な仕掛けを用意して山あり谷ありの起伏ある世界を演出します。ピアノのオブリガードは大きめの音量でしっかりと弾かれ、断片的に参加する木管もその役割を十分にこなしています。名演です。第3楽章に入ると、再び落ち着き払ったスタイルで、重々しくはないけれども丁寧な音楽が展開されます。細かい音符はすべてあるべき姿で弾かれ、オーケストラとのバランスも見事にとれています。3拍子なのに2拍子のように聞こえる個所では遅いテンポでソフトな弾き方をしています。時々ブレンデル自ら声を出して歌うところもあり、すべてにおいて完璧ではありますが、こんな弾き方をするとはいつのまにかブレンデルが歳をとったなと感じられてなりません。このテンポではオーケストラは余裕で演奏していますが、フーガのあたりはややもてあまし気味で音楽の流れが停滞しがちです。コーダに入っても変わらぬテンポで正確に弾かれていて、熱くなることもありません。フレーズを繰り返すところでの工夫もあまりなく、物足りなさを覚えます。録音もバランスもよく、音楽全体としては見事な出来なのですが、シューマンのピアノ曲として何かが欠けるように思える演奏です。


◆デジェー・ラーンキ(Pf)レーヘル/ハンガリア・フィルハーモニー管弦楽団(録音年不詳 Vivace)★★★☆☆
 ラーンキはコチシュ、シフと共にハンガリーの若手三羽カラスと言われ、3人の中でも最も早くから国際的に華々しい活躍を展開しました。1969年、18歳でツヴィッカウのシューマン国際コンクール優勝という経歴を持っていますが、シューマンの録音はあまりないようです。冒頭のオーボエのソロは極端に遅いテンポで歌われ、続くピアノのソロも透明なタッチでじっくり弾かれます。オーケストラは今ひとつノリの悪い演奏です。響きすぎるせいか、ピアノの速いパッセージでは低音がほとんど聴き取れず、ラーンキの歯切れのよい打鍵が活かされていません。ラーンキのピアノは非常にロマンティックで、歌いまわしもさることながら、テンポを激しく動かすことでシューマンの感情の揺れを大胆に表現します。速いところは驚くほど完璧なテクニックを披露し、遅いところはほとんど止まりそうになるほどです。とりわけAnimatoでのピアノは激しさのあまり叩きつけるように聞こえるところもあります。Andante espressivo ではオーケストラが主体となった音楽作りで、ピアノは見え隠れするといった趣ですが、クラリネットの音が直接的過ぎるようです。 Piu animato ではあまりテンポが上がらず、旋律ラインははっきりしすぎるほど強調されている一方、伴奏部の細かい動きはほとんど聴き取れません。ただ、オーケストラとの息はピッタリです。肩をいからしたシューマンの意気が伝わる演奏です。カデンツアは見事で、力強い打鍵に圧倒されます。ここでは低音の濁りはありません。コーダではただ技巧を見せつけるだけでない、変化に富んだ音楽つくりになっています。

 第2楽章。朴訥とも言えるポツポツと爪弾くといった弾き方がユニークです。中間部ではフレーズの終わりにたっぷりとリテヌートをかけるといった、あまり美しくはないものの素朴な雰囲気は出しています。チェロ、ヴァイオリンはその頂点では陶酔せんばかりの派手な歌い方をしていますが、ピアノは相変わらず大きな音でポツポツ叩いています。第3楽章ではやや遅めのテンポの中、一音一音しっかり弾かれ、しかも強い打鍵で貫かれています。この楽章ではマイクの位置を変えたのか低音部の濁りがありません。ラーンキのピアノは全域にわたって均質であるものの、必要以上に強打しているようで結果的に平板な感じがします。3拍子なのに2拍子のように聞こえる個所では、こうまですべての音を叩き出すこともないのにと思うくらいで、ピアノばかり聞こえてオーケストラの存在感がほとんどありません。オーケストラは全体的に参加の度合いが低く、とりわけフーガにおける演奏は緊張感が欠けています。コーダに入ると、やっとラーンキは強弱をつけるようになりますが、テンポは上げずに確実な打鍵を最後まで続けます。少々疲れる演奏です。


◆パーヴェル・エゴロフ(Pf)クロッキ/ペテルブルグ・アカデミック・カペラ管弦楽団(録音年不詳 AUDIOPHILE CLASSICS)★★★☆☆
 ペテルブルグ生まれのエゴロフはモスクワ音楽院を卒業後、1974年、26歳でツヴィッカウのシューマン国際コンクール優勝という経歴を持っています。第1楽章。とても変わった響きのするピアノで、中音域が太く豊かな音、低音がバスのように響きを持っています。そのせいか、最初に弦楽器が主題を弾く際、ピアノが伴奏する音形がいびつに聞こえたりします。テンポの突然の変化、強調する音とそうでない音との落差の大きさに特徴があり、しかしそれが単なる思いつきでなく、考えて弾きこまれた跡を十分窺わせます。その他にも右手の輝かしい弾き方、中音域の厚みのある響きで速いパッセージを弾くところも見事です。見得を切ったり、粘ったりと古風なスタイルでデーモニッシュな面と洗練された面を併せ持った不思議なピアノを聴かせます。オーケストラはかなり後方から聞こえあまり主張が感じられません。Andante espressivo ではチェロ・バスの持続音がいい効果を上げています。ここでのピアノは今にも止まりそうなくらいにロマンティックに演奏され、クラリネットもよくピアノにつけています。むせぶようなとはこんな演奏か、と思うくらいやりたい放題です。ここの最後で跳ね上げるようにしてテンポを上げるのはなかなかユニークです。Piu animato ではあまりテンポを速くせず、旋律部と低音を強調し、少し与太るような動きを見せます。再現部では提示部とは違うスタイルで意表を突きます。同じ音の繰返しでは2つとして同じようには弾かないといった感じで、変化をつけています。カデンツァも一筋縄ではいかない演奏で、デフォルメをとことん楽しんでいるようです。しかし、強靭な打鍵と透明感のある和音、輝く高音と柔らかい中低音の絶妙さは聴き応え十分です。コーダは軽快なリズムに乗って、聴かせたいところの強調を忘れません。最後は交響曲のように堂々として楽章を閉じます。饒舌なシューマンとでも言いましょうか。

 第2楽章は真面目に開始されます。第1楽章であれほど好き放題やっていたのに、どこかしゃちこ張っているように聞こえます。次第にテンポが遅くなり、中間部に入るとチェロがゆったりと主題を奏します。ピアノはおかまいなしに大きな音量で弾かれますが、いつのまにか与えられたスペースの中でこぶしをつけるように自由なフレージングで歌い出します。第3楽章。遅めのテンポの中、豊かな音でやや引きずるように弾き始めます。速いパッセージも軽妙に弾くというより太い音で厚みを意識させます。テンポが安定している分、オーケストラの腰は重く、よく鳴るピアノの低音と相俟って堂々としていてスケールは大きくても重苦しい雰囲気も感じられます。この楽章でも速い所と堂々とするところを対比させれば面白い演奏になったかもしれません。オーケストラが遅いテンポにつられて重く弾かずにひたすら軽くリズミカルに弾くことをすればよかったのかもしれません。コーダに入ってからのピアノは別人のようにテンポを上げて歯切れの良い打鍵を聞かせ出します。しかし、オーケストラはなかなかエンジンがかからず、ノリの悪いまま終曲を迎えます。途中ピアノは色々な仕掛けを用意して楽しませてくれますが、成功しているのもあれば今一つというのもあります。たいへんユニークな演奏です。



Copyright (C) Libraria Musica. All rights reserved.