R.シュトラウス : バラの騎士 CDレビュー V



V.  1980-1998年録音
       ♪カラヤン♪ハイティンク♪エッシェンバッハ♪

                ( )内はマルシャリン、オクタヴィアン、ゾフィー、オックス男爵の順

アンナ・トモワ・シントウ(マルシャリン) カラヤン指揮  キリ・テ・カナワ(マルシャリン) ハイティンク指揮  ルネ・フレミング(マルシャリン) エッシェンバッハ指揮

◆ カラヤン/ウィーンフィルハーモニア管弦楽団(1982年 GRAMMOPHON)★★★★☆
(トモワ=シントウ/バルツァ/ペリー/モル)
 戦後のヨーロッパ音楽界においてこの曲の演奏の歴史を築いてきたカラヤンにとって決定版とも言える録音です。細部に至るまでカラヤン流に磨き上げられた演奏で、歌入りの交響詩と呼んでもいいくらいオーケストラが雄弁に音楽をリードしていきます。序奏はどっしりした重量感のある演奏で開始されます。カラヤンの老練さばかりが目だって、オペラの始まりというワクワクするという雰囲気はありません。しかし、R.シュトラウスの純粋な管弦楽作品としては最高の演奏です。

 オクタヴィアンを歌うバルツァは、厚ぼったいオーケストラと対等に渡り合う十分な声量とよく響く声質で密度の濃い歌唱を聴かせますが、いつもの独特な節回しと押し込むような歌い方には違和感を覚えます。マルシャリンを歌うシントウが終始自然な発声で歌っているために一層そのことが目だっています。また、貫禄がありすぎて17歳の少年の若々しさが表現できていません。全体にテンポが遅いことも落ち着いた雰囲気をつくっているのかもしれません。オーケストラだけの個所ではさらにテンポを落として丁寧に音楽を紡いでいきますが、例えば黒人の少年が朝食を持ってくるシーンでも全く調子を変えないために軽さや洒落っ気が表現できず、ウィーンフィルの実力が発揮できないでいます。しかし、ここぞというところでのオーケストラの瞬発力には眼を見張るところがあります。第1幕の終わりにおけるカラヤンの音楽つくりは、これまでの録音と同様かなり力が入っています。オーケストラはシンフォニックでありながら室内楽的な緻密さも備え、どんな音符にもカラヤンの意思が100パーセント反映されています。時が鐘を打つシーンでの沈潜していく音楽、第3幕でマルシャリンがオクタヴィアンから去るシーンと同じ旋律における音楽などでは、カラヤンの完璧で完結した世界をウィーンフィルは見事に創出しています。シントウはこのカラヤンのどんどん遅くなるテンポにめげずに終始美しい歌唱を聴かせていますが、主役は常にカラヤンです。この第1幕が終わるとお客さんは帰ってしまうくらいのとてつもないクライマックスを築いています。
  
 第2幕もシンフォニックで豪華な音楽で始まります。テンポも遅く、「ばらの騎士」が到着する前においてもじっくり歌われるのはあまり例はないでしょう。「ばらの献呈」においては、その音符のすべてがあるべき場所にあるべき姿で演奏されます。水も漏らさぬ完璧さです。オクタヴィアンとゾフィーの二人はひたすら美しく歌います。しかし、表面を滑るみたいに単調で起伏が少ない音楽つくりであるために、そこには若さ、戸惑い、緊張、畏れといった心の動きは感じられず、しかも、ゾフィーの持つ可憐さだけでない他の性格が表現できないばかりか二人の感動までが伝わってきません。音楽は確かにクライマックスへと盛り上がっていきますが、その主体はオーケストラで歌はオブリガートに終始しているように聴こえます。オックス男爵を歌うモルは全域に渡って時には朗々と時にはソフトに歌っていますが、真面目すぎて滑稽さが出ていません。ワルツを演奏するオーケストラがあまりに美しいために、男爵も優しい上品な人物になってしまっています。しかし、純粋なワルツとして聴く分にはこれほど見事な演奏はないでしょう。

 第3幕の開始も、遅めのテンポであらゆる音符がきっちり演奏されます。完成度の高い管弦楽曲みたいに聴こえますが、ダイナミクス・レンジが広いわりに鋭角的なメリハリやするどく爆発するシーンに乏しいようです。しかし、終幕での三重唱の完成度は高く、なだらかで息の長いフレージングを用いた美しく調和の取れた演奏に仕上っています。ここではひとりひとりの歌がどうというところでなく、演奏者全員がひとつの方向をめざして大きな頂点を築いていきますので、これまでのカラヤンの音楽つくりと曲の性格が一致しているように思えます。しかし、続く二重唱では、これまでの調子をそのまま引き継いでいるために単調な音楽になっています。ここでも二人の感動が希薄で美しさだけが存在し、しかもマルシャリンの別れも若者二人の退場も舞台の動きに音楽がなんの反応を見せないように感じられます。すばらしい音楽を美しく表現しているという点ではこれ以上完璧な演奏はないと思いますが、オペラとしてはその魅力は十分に表現できていないようです。


ハイティンク/ドレスデン国立歌劇場管弦楽団(1990年8月 EMI)★★☆☆☆
(テ・カナワ/フォン・オッター/ヘンドリックス/リドル)
 ウィーンフィルに次いで録音の多いドレスデンによる演奏ですが、これが現在のところ最新録音とは残念なことです。レコード業界の不況で出演者を数多く必要とするこの曲の録音が企画できないのはわかりますが、今が旬の『ばらの騎士』歌いたちの記録が残せないのは大きな損失になることでしょう。
 ハイティンクらしい中庸で無難な開始ですが、よくまとまってはいるものの慎重すぎるように思えます。そのため、あまりワクワクした気分になれません。また、木管のソロなどの味付けに乏しく、全体にメリハリに欠ける演奏になっています。幕開け早々のオクタヴィアンとマルシャリンのやりとりもなかなか調子が出ず、フォン・オッターのオクタヴィアンはまだ目覚めていないのか、テ・カナワのマルシャリンの方が若々しく感じられます。オッターの声を聴くと、額に皺をよせた難しい顔をしているみたいですが、ここははちきれるばかりの若さを出してほしいものです。二人の発声の仕方が似ているせいか相乗的に暗く重い方向に向かっているように感じられます。官能的な雰囲気を出そうとしているのかもしれません。オーケストラも真面目すぎるのかイマジネーションに欠け、黒人の少年が朝食を持ってくるシーンにおいてコケットな雰囲気は全く感じられません。しかし、テ・カナワはマルシャリンのモノローグで様々な質の声を使い分けて歌っています。知的になりすぎず、もったいぶることもなく、自然の流れに乗って歌っているところは好感が持てます。また、オクタヴィアンが戻ってからの劇的な音楽の変化は面白く聴けます。

 第2幕ではゾフィーを歌うヘンドリックスが不調なのと、オックスを歌うリドルが真面目で貫禄ありすぎるのが、この幕の興味を台無しにしています。ばらの献呈のシーンでのヘンドリックスは、高音が苦しいのに加えて声全体が太く暗いところがあり、このシーンにおけるこの役としては最悪の出来と言えます。リドルは優等生的に上手く歌いすぎます。傷を負うシーンでのオーケストラの真面目さも災いしているようで、まるでワーグナーの楽劇のような迫力満点の音楽に聴こえます。ここでは「真面目な滑稽さ」を出してほしいものです。男爵がワインを飲んで眠くなるところも、リドルは朗々と歌うためにちっとも眠気が感じられず、ワルツを演奏するオーケストラが中身の詰まった重い音を出すのも問題があります。ちっとも浮き浮きした気分を出せずに生気のないまま幕を閉じます。

 第3幕の冒頭でハイティンクはその至難極まる音符を見事に整理していますが、舞台でどんなパントマイムが演じられているかまるで関心がないかのようなつまらない音楽を聴かせています。男爵をめぐって登場する様々人たちもよく整理されていますが、どうも整然としすぎていて、ドタバタした喜劇の雰囲気は伝わってきません。最後の三重唱でもはやりヘンドリクスの太く力みを帯びた声が歌全体に暗いトーンを与えています。3人とも同じような調子で歌っているように聴こえ、混沌とした三重唱になっています。オッターの声は元々オクタヴィアンには高音の明るさが欠けるところがあり、二重唱での胸の高まりを抑えきれずに歌うところがどうしても落ち着いた格調高い調子にならざるをえません。ゾフィーの声がもっと軽く明るい声質であればオッターの声も効果的に響いたかもしれません。ビッグ・ネームを揃えた割には成功作とは言えないようです。


エッシェンバッハ/ウィーンフィルハーモニア管弦楽団(1998年12月 DECCA)★★★★☆
(フレミング/グラハム/ボニー)
 クラシック音楽界の景気がよかったらきっとこの組み合わせで全曲が録音されたことでしょう。フレミングとグラハムは2001年のメトリポリタン歌劇場の日本公演でこの曲を歌っていますが、フレミングはしばらくこの曲を歌わないとか。また歌う頃には景気が戻ってきてほしいものです。しかし全曲ではないながら、このCDが録音されたことには感謝しなくてはいけません。このCDでは、第1幕モノローグから終曲、第3幕三重唱からフィナーレが収録されています。フレミングが主役のCDであるため、第2幕の「ばらの献呈」が入っていないのは残念です。

 モノローグでのフレミングのマルシャリンは本来あるべき姿である歌を主体としたもので、低音から高音まで全域にわたってムラのない発声で、声を十分に響かせています。シュヴァルツコプを聴きなれた方には歌い過ぎと感じられるところもあるかもしれません。ウィーンフィルの演奏は悪いはずはなく、フレミングと対話をするようにお互いに寄り添いながら音楽を紡いでいきます。テンポはいくぶん速めで、もたれることはありません。これだけ余裕で歌っているのですから、クライマックスでもう少したっぷり時間をかけてほしい気もします。エッシェエンバッハの指揮は読みの深さを感じさせる見事なもので、終わり近くのオーケストラだけで弾くところで大きなパウゼを取って効果を上げています。

 三重唱では、一音一音かみしめながら進む演奏で、史上最も遅いテンポかもしれません。3人はそれぞれの声を競い合っています。クライマックスに向けてテンポがあまり上がらず、やや興奮が足らないようです。マルシャリンがファニナルと退場するところでエッシェンバッハはカラヤンと同じくらい止まりそうになるくらいの遅いテンポを採用していますが、その前も遅かっただけにややもたれる感じがします。二重唱でのグラハムのオクタヴィアンがもうひとつ踏み込んで歌ってほしいところですが、ボニーとの音色的な調和は見事に取れています。ボニーはショルティとの映像収録のころと比べると声にみずみずしさが失われていますが、非常に安定した歌を聴かせています。聴き終えるとやはり全曲歌ってほしかった・・。このCDにはあと、歌劇『アラベラ』の第1幕の二重唱と『カプリッチョ』の最終場が収録されています。


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