マーラー : 交響曲第1番 CDレビュー U




U.  1974-1985年録音
         ♪メータ♪テンシュテット♪オザワ♪ノイマン♪ケーゲル♪
         ♪メータ♪アバド♪スラトキン♪ショルティ♪ムーティ♪インバル♪
                    
◆ メータ/イスラエルフィルハーモニー管弦楽団(1974年 DECCA)★★★★★
 3回録音しているメータ最初の演奏です。70年代前半のものとは思えない質の高い録音でもあります。第1楽章の序奏は、勿体をつけたりエクセントリックになったりしない自然なスタイルで開始されます。主題部に入ってからは、最初こそチェロが慎重になりすぎていて、ヴァイオリンもやや硬質な響きがしますが、速めのテンポで進むうちに生命感を感じさせる音楽を作り上げていきます。テンポを動かすことはあまりせずに、ごく自然にダイナミクスの変化を積み上げていき、提示部の終結部では溌剌とした輝かしいクライマックスを築き上げます。展開部では各パートが輪郭のはっきりした吹き方をしています。とりわけ、落ち着いたクラリネットと存在感のあるフルートによるカッコーの掛け合いは見事です。その後のホルンの音色は今ひとつですが、音楽は自然に流れていきます。再現部に向けて動くところは、次第に高まる緊迫感の中、ワーグナー風のトロンボーン(イスラエルのオケに対して相応しくない形容ですが、メータは敢えて意識しているように思えます。)を交えて一気に頂点へと駆け上がっていきます。ここから終曲まで、活力は失われること無くこの楽章の持つ若々しさを見事に表現しています。

 第2楽章。筋肉質な音楽を得意とするメータらしく、躍動感の溢れた、無駄な響きのない引き締まった演奏になっています。コントラバス出身だけに低弦には重量感があり、ヴァイオリンも充実した音を聴かせます。さすがに70年代の録音ということで、ピアニッシモでの低弦による8分音符はややぼけ気味ですが、終結部に向けて竹竿がしなるように絶妙な加速をかけつつカチッと締めくくるあたり、メータの棒さばきには感心させられます。トリオは、のっけから弦楽器がポルタメントをかけたりテンポを伸び縮みさせたりしていますが、全体的にテンポは速めで、もたれることのない爽やかな音楽を聴かせます。第3楽章。やや印象が薄いコントラバスのソロの後を木金管がつぶやくように受け継ぎます。楽器が移り変わるごとに潤いを加えていくところはメータの腕の見せ所と言えましょう。見通しとバランスの良さも冴えています。第2主題でのオーボエの音色にはやや魅力が不足していますが、速めのテンポで割って入る軍楽隊やルバートのかかったヴァイオリンのアウフタクトなど、色彩豊かな世界を創出しています。中間部ではハープやファゴットが支える低音の響きに弦楽器が絶妙に溶け合います。悲観的になったり、ウエットになったりせずにサラッと流すあたりはとてもユニークです。再現部に戻ると雄弁なヴァイオリンのソロに続き、メータらしい堂々とした音楽を展開します。最後のファゴットをくっきり際立たせるところはとても印象的です。

 第4楽章。ヴァイオリンの動きがはっきり聴き取れ、かつ速めのテンポで常に音楽の勢いを失いません。金管を抑え気味に吹かせているのがいい効果を上げています。この理想的なテンポ設定の中にも曲想に応じたわずかなテンポの揺れを交えるあたりは脱帽ものと言えます。第2主題では響きを絞ったヴァイオリンの淡々とした歌いまわしが光っています。この楽章冒頭からの張り詰めた緊張感を背後に維持しているようにも感じられますが、これによって第2主題のクライマックスを自然と作り出すことにも成功しているようです。最後におさまるところで見事に吹かれるホルンがとどめを刺しています。展開部では再び音楽の勢いを取り戻し、イスラエルフィルの反応のよさと、どんな大音響下でも見事に交通整理するメータの巧い棒によって、マーラーが意図したストーリーを忠実に再現していきます。テンポを微妙に動かしつつ緊張と弛緩を繰り返すメータの指揮は、第1主題に戻るところでもその威力が発揮され、非常に説得力のある演奏を聴かせてくれます。その後のヴィオラから導かれるところから緊張感を徐々に高め、小気味の良いテンポに乗ってコーダを目指していきます。ここでは各パートの持つ役割が手にとるようにわかるほど明晰でクリアな表現になっています。コーダではあまり無理をしませんが、最後に1ケ所だけ派手にルバートをかけてから終結部に飛び込んでいきます。名演です。


◆ テンシュテット/ロンドンフィルハーモニー管弦楽団(1977年10月 EMI)★★★☆☆
 「遅れてやってきた巨匠」という異名をもつテンシュテットは1970年代に音楽界の表舞台に登場したものの、去るのも早く1998年に癌で惜しまれつつ世を去りました。この演奏は1977年から1986年にかけて行なわれたマーラー全集録音の最初に取り上げられたものです。

 第1楽章序奏は春を思わせる暖かい雰囲気が印象的で、主題部へもそのまま自然と移行していきます。チェロは柔らかい響きをそっと鳴らし、木管は豊かな音色を湛え、トランペットのソフトな吹き方で全体の音楽に溶け込みます。ヴァイオリンは厚みのある音で淀みなく旋律を歌うことで幸福感をあたり一杯に撒き散らしています。強奏時は音量を抑えていますが音がぼやけてしまうのが残念です。音楽が盛り上がっていく時はもう少し緊張感がほしい気がします。また、クライマックスにおけるスケール感は極めて大きいのですが金管の不鮮明な発音も気になります。テンシュテットの音楽作りは無理のないスタイルでマーラーのツボをおさえているのですが、響きが豊か過ぎて焦点が定まらないといった感じがします。

 第2楽章。残響が多いためか遅めのテンポが採用されていて、全体的に開放的でのんびりした演奏になっています。細部はモヤモヤしていますが、まとまりとバランスがいい上にそのテンポでも推進力を感じさせるところが好感を持てます。トリオは無理のないテンポでとりわけ木管の活き活きとしています。しかし、フレーズのおさめ方などがありきたりで、マーラーの仕掛けがなどがあまり感じられません。第3楽章では、これまでマイナスだった響きの多さが幸いして広い空間を感じさせる演奏になっています。楽器が増えるとやや雑然とした感じを受けますが、低音の動きが優っているところがユニークです。第2主題のオーボエがトランペットの影に隠れていますが、そのトランペットの伸びのある音は見事で、ゆったりしたテンポで豊かに響かせています。ドラが効果的に鳴るのも面白く聴けます。しかし、マーラーが意図したアイロニーとか突然挿入される異質な要素とかは表に出てきません。中間部はハープのリズムに乗って夢見るような世界が展開されます。フレーズを受け渡す時の各楽器間のバランスがうまくとれていて、ようやくマーラーらしさが出てきます。再現部ではトランペットを始め豊かな響きを楽しむことができますが、どぎつさを抑えた演奏でやや物足りなさを覚えます。

 第4楽章。響きが多すぎて、力が抜けたような感じを受けますが、テンポの緩みがないために好感は持てます。金管が上品というか角のない音で朗々と気持ちよさそうに吹いています。大仰にならないスタイルはいいのですが、もう少し切迫感がほしいところです。第2主題は感傷に溺れず、密度の高い音で淡々と演奏されます。小細工は全くなく、ダイナミクスをきちんとコントロールして大きなクライマックスを築きます。展開部以降は衰えを知らない金管のパワーがその威力を発揮しますが、変化が少ないせいか単調に聴こえます。金管のスケールは大きいものの弦楽器がそれについていけないように聴こえるのは録音のせいかもしれません。第1楽章に戻るところは弱音でじっくり弾かれていて見事な音楽に仕上がっています。コーダではスケールの大きな演奏になっていますが、もう少しがむしゃらな面が出てもいいかと思われます。金管が弦楽器を圧倒しているのは惜しいところですが、トランペットは最後まで見事な演奏を聴かせます。全体としてうまくまとめあげていて完成度は高いのですが、マーラーらしさが希薄という印象派拭えません。


◆ 小澤征爾/ボストン交響楽団(1977年10月 GRAMMOPHON)★★☆☆☆
 「花の章」を第2楽章に挿入した演奏として発売当初はかなり話題になったものです。当時は最終稿に「花の章」を挿入することへの問題点を指摘する声はなかったかと記憶しています。

 第1楽章の序奏は遠近感をあまり感じさせないこじんまりした空間の中で丁寧に音楽を進めていきます。オーボエの音程が時折不安定なのが気になります。いつの間にか主題部に入ったという感じで序奏からのカラーとか気分とかが変わりません。これではせっかくマーラーがヴァイオリンにフラジオレットで弾かせる意味がなくなってしまいます。木管は明確に吹いていますが、語尾がはっきりせず、ヴァイオリンは滑らかではありますが、録音のせいか実体感のない音に聴こます。強奏時にその傾向が顕著に表われ、あまり音楽的でない音や、ティンパニ、トライアングル、ハープといった効果音が響きすぎて肝心の旋律が霞んでしまいます。しかしテンポ感はとてもよく、フレーズに応じた微妙な変化を与えていることが音響的なマイナスを補っています。クライマックスでは明るく陽気な感じがよく出ていて、心地よい快速なテンポで駆け抜けます。最初からこうしたメリハリをつければよかったのかもしれません。

 第2楽章「花の章」。トランペットがとても良く吹いているのですが、やや陽気すぎるように思えます。ただ、ムードに浸りすぎずに各パートの音を明解に表現させる小澤の進め方はそれなりに評価していいと思います。テンポも速めで揺らすこともしません。現存する最も若い時期にマーラーが書いた管弦楽曲である「花の章」ということを考えると、洗練した響きより荒削りの表現がふさわしいとも言えます。第3楽章。ここでもヴァイオリンのシャリシャリした音が音楽の足を引っ張っています。速めのテンポでありながら難所も楽々弾きこなしているのですが、そうしたモヤモヤのために奏者の熱気が伝わってきません。締めくくりで音階を駆け上がるところも見事なのですが・・。トリオは全体にノーテンキで何事も起こらずスルスル進んでいます。「花の章」を聴いた後ということもあって聴き手は集中を欠くのかもしれません。第3楽章。コントラバスは大きな抑揚をつけてソロを弾いています。平らに淡々と弾く例が多いだけにかなりユニークです。それに続く楽器群も豊かな響きで表現の幅を広く取っているのが特徴です。但し、第2主題でのオーボエのアウフタクトはいただけません。ほとんど棒立ち状態で色気も何もありません。他のパートもテンポを速めに切り替えることに気をかけているのか面白みの無い演奏に終始し、マーラーの世界を作り上げることができません。中間部もこれまでと変わらない雰囲気が続き、再現部に戻っても腰の重い、色彩の変化に乏しい音楽になっています。

 第4楽章ではさすがに勢いのある活き活きとした演奏が展開されます。しかし、途中どうしたことかヴァイオリンは先を急ぎ、金管は後ろに引っ張るというせめぎ合いがしばらく続きハラハラさせます。しめくくりはなんとか堂々とした音楽を鳴らしています。第2主題でのヴァイオリンはひたすら平らで抑揚をつけない弾き方に徹しています。しかし、後半で急激なクレシェンドをかけるあたりは場当たり的に感じられ、弦楽器に厚みがないため大きなクライマックスを築けないでいます。展開部以降は部分的には鳴りきった音で見事なフォームを形成していますが、全体の流れが続かず、先行きが見えにくい演奏になっています。第1楽章に戻ったところはじっくり音楽を作っていて好感が持てます。もう少し音色の魅力があればと惜しまれます。速めのテンポでコーダになだれ込み、一気にクライマックスに持っていくところは見事です。


◆ ノイマン/チェコフィルハーモニー管弦楽団(1979年10 SUPRAPHON)★★☆☆☆
 マーラーを自国の作曲家として疑わないノイマンとチェコフィルは2回もこの曲を録音し、他のマーラーの作品も度々演奏会で取り上げました。ノイマンによるこの1回目の演奏は1977年から82年にかけて録音された全集録音の中のひとつです。

 第1楽章は、序奏からこの時代のチェコフィル特有のソフトで潤いのある音色と各パートが絶妙に溶け合ったバランスの良さを十二分に発揮させます。柔らかい響きのホルンをはじめ木管金管群は互いに親密な響きで霞のかかったしかし奥行きのある雰囲気を作り上げます。主題部に入ってからは、速めのテンポでノスタルジーに浸ることなく音楽は淀みなく流れます。このあたりの音楽つくりは絶品といっていいでしょう。全体的に派手さはなく、やや物足りなさを感じさせます。しかし、コーダの直前ではテンポを落として少々もったいぶったところがあり、最後の盛り上がりに向けての焦点が定まらない印象を受けます。

 第2楽章は遅いテンポで丁寧に弾かれるせいか、やや重ったるく田舎じみた感じを受けます。それでいてことさら弦楽器の厚みを誇示することはなく、シンフォニックに鳴らすこともしません。トリオでもあくまで田園地方から出ることのない素朴なワルツを踊ります。昨今の演奏スタイルからするとずいぶんと大人しい、のほほんとした楽章に仕上がっていますが、不思議と惹きつけられるところがあります。第3楽章でもその素朴さは続いていて、コントラバスのソロの後、楽器がどんどん増えていくあたりも、ゴチャゴチャしたスコアを速めのテンポでそのまま音にしているために決して耳あたりはよくないのですが、そこが却って新鮮に聴こえます。第2主題や中間部でも音楽の流れを停滞させることなく、芝居がかった演出もせずストレートにマーラーの音楽を語るところに共感が持てます。

 第4楽章では、これまでとは打って変わって張りのある音で緊張感の漲る演奏になっています。独演会ともいえる一際抜きん出て聴こえるトランペットには最大級の拍手を贈りたい。常に勢いのある中身の詰まった音で、しかもどんな時でも金属的でない艶のある、まさに理想的ともいえる音を聴かせてくれます。また弦楽器の演奏も素晴らしく、速いパッセージでも充実した音で細部まできっちり弾かれています。各楽器間のバランスもよく、オーケストラ全体が極めて高度に統率されていることを印象づけます。派手さや芝居気のないスタイルは第2主題に入っても変わらず、ほんの一瞬のためらいだけでマーラー音楽の醍醐味を知らしめてくれるところも見事です。オーケストラのテクニックとパワーを見せつけるというより、この曲の見事な構成と様々な魅力を教えてくれる演奏といえます。


◆ ケーゲル/ドレスデンフィルハーモニー管弦楽団(1979年11月 Deutsche SchallPlatten)★★★★(★)
 ケーゲルのマーラー録音は少なくこの他に4番があるのみですが、伝統的なものと新しいものが混ざり合ったスタイルで紛れもないマーラーの音楽を聴かせてくれます。また、録音会場がブルックナーの録音などで数多く使用されている有名なルカ教会でありながら残響の少ない引き締まった音で録音されているのが興味深いところです。

 第1楽章序奏では緊張感を誘うヴァイオリンのフラジオレットに乗って木管は明解でモヤモヤせず、金管は鋭角的なファンファーレを遠くから響かせます。しかし、主題部に入ると意外にも穏やかな表情でチェロが歌いだします。バス・クラリネットはマイクに近いせいか生々しく聴こえ、トランペットは無駄のない引き締まった響きを聴かせます。速めのテンポの中、ヴァイオリンは驚くほどの正確さで弾かれていますが、ここというところで僅かなテンポ・ルバートをかけています。強奏時はややバランスの乱れがあるものの凝集したエネルギーを感じさせ、テンポの弛緩は全くなく、むしろつんのめり気味に前進を続けます。展開部に入っても木管の明解な吹き方は変わらず、ストイックでありながらドライにならない演奏に好感が持てます。序奏に戻るところでも最初と同様霞むことはなく、きちんと音をはめ込んでいきます。展開部では、かなり速いテンポで吹かれるホルン、強い意志を感じさせるフルートのトリル、説得力あるチェロの主題と有無を言わさない強固な音楽がそこにあります。しかし、ここでも微妙なテンポの揺れがあって、冷たく無機的な音楽に陥ることから救っています。クライマックスに登りつめるところも過度な緊張を強いることもなく、頂点でのホルンにもサラリと吹かせています。その後は快速なテンポで終結に向けて突き進んでいきますが、途中意表をつくテンポ・ルバートを大胆にかけていているのがユニークです。

 第2楽章。冒頭のヴァイオリンとヴィオラで奏される主題のアウフタクトは8分音符と16分音符及び16分休符をからなりますが、そのふたつの音符をスラーでつなげて後の16分音符にはスタカートがついています。ケーゲルはこの記譜を極端に強調して、スタカートでおもいっきり飛びはねてから、一瞬空中で静止するような感じで演奏しています。ヒャックリをしているようなぎこちなさと滑稽さが感じられますが、スケルツォ楽章ということで、単に奇抜なことをやろうという意図からそうしているとも考えられます。しかし、マーラーはこの最終稿に到るまでは16分休符を入れていなかったという事実を仮にケーゲルが知っていたとすると、マーラーが敢えて2個目の音符の長さを短くしたという狙いを的確に表現しているとも言えます。テンポが遅いのと、それ以外はまともに演奏しているということが一層おかしさを強調しているように思えます。ただ、ルバートを時折かけるのは第1楽章と同じです。トリオでは全パートがそのルバートをかけまくります。これほど徹底的にやるのも珍しいですが、それによってマーラーの音楽が損なわれるどころかますますマーラーらしくなるから不思議です。再現部はほとんど何も手を加えずに一気に聴かせます。ケーゲルのバランス感覚が光っています。第3楽章は開始から沈んだ感じで演奏されますが、オーボエだけは明るく丸みのある音色で歌っているのが印象的です。カノン風に旋律が複数進行するところは濁ることなくどの楽器も良く響くのも興味深いところです。第2主題のオーボエは大きくルバートをかけて見得を切り、ヴァイオリンはそれに負けじともったいぶって登場します。中間部は淡々とした中に、はかなげな雰囲気を漂わせます。このあたりは単調になりがちなだけにケーゲルの全体を見通した見事な設計と言えます。再現部はチェロ・バスが刻むリズムに乗って、濃厚な音色でメリハリのある演奏を展開します。まるでマーラーが繰り出す様々なカードを1枚1枚開いていくようです。

 第4楽章は一転して極めてテンションの高い荒れ狂うような演奏になります。速めのテンポで坂を一気に転げ落ちるように聴かせるところは爽快そのもの。ヴァイオリンの殺気立つほどの気迫も聴き手をぞくぞくさせます。もちろんところどころで見得を切ることは忘れていません。トランペットの潰れたような音は気にはなりますが、金管の迫力もなかなかのものです。第2主題。待ってましたとばかり弦楽器は濃厚な音を揺らしつつやりたい放題リズムを伸び縮みさせます。しかもそのクライマックスはかなり大げさと言っていいものです。しかし、マーラー自身がこの曲を振ったらこんな風になろうかと思うほど説得力があります。展開部以降も鬼気迫るほどの緊張感の中、体当たりの演奏を続けます。第1楽章に回帰するところは低弦の分厚い響きが支配し、たっぷり時間をかけて歌い込みます。コーダに入るとさすがに雑然とした印象はありますが、テンポの急激な加速とティンパニの割れんばかりの強打の中、興奮のうちに曲を閉じます。活劇を観ているような手に汗にぎるなんともユニークな演奏です。

◆ メータ/ニューヨーク・フィルハーモニー交響楽団(1980年11月 SONY CLASSICS)★★★★★
 1978年9月にメータがニューヨークフィルの音楽監督に就任してから2年が経過したときの演奏。メータらしい恰幅のよさとニューヨークフィルの名人芸とがうまくかみ合って極めて完成度の高い仕上がりを見せています。後任のマズアの時代では音楽界の景気低迷の影響があってライヴ録音が増えることでムラの多い演奏が多いだけに、ニューヨークフィルの実力を再認識させる演奏といえます(先程、マズアの後任としてマゼールが就任するとのニュースが飛び込んできました。)。

 第1楽章。ヴァイオリンのフラジオレットと低弦のがっちり弾き伸ばす音が絶妙に混じりあい、そこを管楽器がおもむろにフレーズの断片を奏するという重量感のある序奏で始まります。この部分の一般的な捉え方である自然の描写ということには目もくれずに、厳かな雰囲気を音符から引き出すことに集中しているようです。主題部に入ると一転して動きのある明るい音楽が流れ始めます。クライマックスでは乱暴になることはなく極めて自然なスタイルで歌い継いでいきます。金管をむやみに咆哮させず、殊更スケールの大きさを強調させません。遅いところでは中低弦の充実した響き強調してゆったり歌い、速いところではグイグイと押し切っていきます。この楽章に対する取り組みが明確に伝わる演奏と言えます。ヴァイオリンの音にもう少し潤いがほしい気もします。

 第2楽章。力強い弦楽器による厚みのある響きに乗ってダイナミックな演奏が展開されます。眉間にしわを寄せたメータお得意の顔が目に浮かんでくるようです。曖昧さのない木管、遠くで鳴るゲシュトプフのホルンやミュートをつけたトランペットとマーラーが思い描いたシーンが見事に再現されます。トリオでは各パートがフレーズ毎に思いっきり崩して歌っていて、これは近年の演奏ではあまり聴けないものです。その崩し方は奏者によってまちまちで、必ずしも洗練されてはいないのですがそこが却ってマーラーの意図するところに近いように感じられます。第3楽章は、いかにもトボトボ行進しているといったなんとも侘しい雰囲気で開始されます。順番にソロを受け持つ各パートの表現力は見事でニューヨークフィルの実力が遺憾なく発揮されています。その後、フレーズ毎にめまぐるしく色合いを変えていくメータの手腕にも目が離せず、中間部を導くハープの登場あたりからの音楽はこれまでにない濃厚なつくりを見せています。

 第4楽章ではこれまで貯めてきたパワーを一挙に全開させ、力の漲るヴァイオリン、重心の低い金管、がっちりとした低弦とティンパニによってスケールの大きな世界がバランスよく展開されます。第2主題では音の密度を下げずに遅いテンポでじっくり歌われます。小細工を弄さず、書かれた音符にそのまま語らせることに徹しているかのようです。楽章全体を通しても緊張感が途絶えることはなく、ニューヨークフィルのパワーとテクニックは決め所を外しません。大立ち回り的なスタイルを排しつつも、テンポやダイナミクスを自在に変化させる様はメータの持つ確固とした構成感と相まってこの楽章を見通しの良い音楽に仕立てています。不器用と一般に評されるこのコンビですが、これほどマーラーの音楽を多彩にかつダイナミックに聴かせる演奏は他にないと言えます。名演です。


◆ アバド/シカゴ交響楽団(1980年2月 GRAMMOPHON)★★★★☆
 第1楽章の序奏はゆったり開始され、各楽器がその場にふさわしい音色で見事な遠近感を出しています。低弦の持続音は深遠な響きを作り上げ、これから始まるドラマへの期待を高めていきます。まさに朝靄の中から次第に姿を現わしてくるといったビジュアルな効果をあげつつ主題部になだれ込みます。右からチェロ、左からバス・クラリネットが互いに対等にかつ張りのある音で主題部を開始させますが、この2年半後にシカゴ響がショルティとこの曲を録音した時も似たようなバランスで演奏をしているのは興味深いところです。わくわくするようなテンポで弾かれるヴァイオリンの音には瑞々しさが溢れ、木金管はバランスの取れた合いの手をからめていきます。強奏時においては重量感があってしかも引き締まった響きのトランペットがとても印象的です。ダイナミクスのレンジは広いのですが、弱音時は人工的なレヴェル調整が施されているような感じがします。展開部ではじっくりと音楽を進行させ、再現部では幸福感を充満させるといった、メリハリのある音楽作りはこの頃のアバドの特徴と言えます。とりわけ再現部冒頭のホルンの有名な雄叫びを劇的にするための場面つくりは絶品で、そのフレーズのおさめ方や繋ぎ方にはマーラーの刻印を明確に打ち出しています。コーダでは、大仰にならないスリムなサウンドで一気に駆け抜けます。

  第2楽章。低弦は抑え気味で各パート共分離のよい演奏を聴かせます。とりわけヴァイオリンの粒立ちの良さは抜群で、前傾姿勢で推進力のある弾き方を披露します。トリオでは意外にもヴァイオリンはポルタメントを多用し、木管はこぶしの効いた歌い方をしています。しかし速めのテンポであることが安っぽい音楽に陥ることから救っています。この速いテンポでも細かい表情をつけたりわずかなルバートをかけたりしています。ただ、ここでも弱音に拘るせいか録音レヴェルが急激に変化するなど不自然に聴こえる時があります。第3楽章はひっそりと開始されますが次第に色彩感を増していきます。整然ときちっとした中で木管のソロが美しく歌いますが、生々しさやどぎつさは聴くことはできません。中間部でのハープの深い響きはとても印象的です。弱音に徹した弦楽器はポルタメンを多用しつつも淡々と音を紡いでいきます。

第4楽章。ここまではどちらかというとこじんまりした音楽でしたが、いよいよためてきたパワーを炸裂させます。引き締まった響きは相変わらずで、ここでは緊張感と熱気を伴い速めのテンポでぐいぐいと押しまくります。第2主題に入ると一転してテンポを落とし、ひっそりとした世界を作り上げます。アクのないスタイルに終始し、クライマックに向けてもストレートに登りつめていきます。もったいぶる老獪さより若々しさをうまく表現していると言えます。大音響と静寂というコントラストを効かせ、力強さと室内楽的な緻密さをうまく使い分けます。どんな局面でもビクともせずに完璧に反応するシカゴ響にはあらためて感服させられる演奏です。決して一線を越えないアバドの指揮はかっこよすぎるところもあり、ドロドロしたところや泣きわめくところも聴いてみたい気もします。完成度の極めて高い演奏と言えます。


◆ スラトキン/セントルイス交響楽団(1981年5月 TELARC)★★★☆☆
 1983年にタイム誌でセントルイス交響楽団をビッグファイヴの第2位(1位はシカゴ交響楽団)にランクインさせた立役者が音楽監督のスラトキン、現在はこのオーケストラを辞してワシントン・ナショナルフィルを振っています。必ずしもマーラーを多く取り上げる指揮者ではなく、録音もこの曲の他に2番と10番があるのみです。このCDには1906年の第2版を使用していると銘記されていますが、何を意図してこの版を使用したかの説明は書いてありません。また、通常使用される版とどう違うのかもよくわかりません。

 第1楽章の序奏では書かれた音符のすべてがきちんと聴こえ、霞むことはありません。ストーリーを追わずに純器楽作品として捉えているようです。どのパートも互いに寄り添って弾いているかのような室内楽的な演奏になっているのが印象的です。主題部に入ると溌剌とした速めのテンポで進行します。決して乱暴ではないけれど粗野な感じがあって、肩で風を切るような爽快感に満ち溢れ、響きには厚みとボリューム感があります。この楽章の演奏としては極めてユニークです。展開部に入ってまもなく始まるホルンによるアンサンブルは実に見事で、室内楽的な緻密さを越えた親密な演奏というべきものです。クライマックスにおいても芝居じみたことは一切なく、真面目に徹するところは好感が持てますが、我を忘れて熱狂するような瞬間が少しでもあればよりマーラーらしさが出たかもしれません。

 第2楽章でもスッキリ、スマートなスタイルを堅持します。速めのテンポの中をいささかも狂いのないアンサンブルでわき目も振らずに驀進します。低弦のリズムがややノーテンキに聴こえますが弦主体ながらバランスのよい演奏になっています。第3楽章ではこれまでと違ってソフトフォーカスをかけて輪郭を強調しない演奏になっていますが、ほとんどインテンポで細かなニュアンスをつけることをしません。そのため、旋律によってはやぼったく聴こえたりします。十分気持ちを込めて中間部へと導くハープは印象的ですが、その後のテンポに弛緩はありません。しかし、再現部に入ってからは音楽の輪郭をはっきりさせてコントラストをつけるあたりは、何も考えていないわけではないことを示しています。クラリネットやトランペットは相変わらずやぼったい音を出しています。

 第4楽章もテンポを緩めることせず、困難な個所も限界に近いスピードで演奏されます。決して一線を越えない手堅い金管とそれに負けない力強い弦楽器は常にバランスが取られていて、確実にマーラーの音楽を再現しています。第2主題ではこの曲で初めてだと思いますが大胆なポルタメントがかけられます。しかし、テンポが揺れたり弛緩したりすることはありません。一糸乱れぬ完成度の高いアンサンブルで、背筋がピンと伸びた正攻法のマーラーが聴けます。若きマーラーを爽快さという側面で捉えた演奏で、マーラーが悩みもだえ苦しむ姿はここにはありません。コーダにおいても一瞬たりともためらいを見せずに一気に駆け抜け、最後まで崩れない完璧な演奏を聴かせます。


◆ ショルティ/シカゴ交響楽団(1983年10月 DECCA)★★★☆☆
 ショルティにとって2回目のマーラー全集録音の最後を飾った演奏です。複数のオーケストラを使った1回目と異なり、2回目はすべて手兵のシカゴ交響楽団で録音しています。

 第1楽章の序奏では、昨今の細部を磨き上げる演奏とくらべると冒頭のフラジオレットからなんとも雑然としているし、主題部に入ってからのチェロやホルンもあまり揃っていません。しかし、細かいところに拘らずグイグイと力で押し捲るところはショルティの真骨頂でして、クライマックスに向けて盛り上げていくところも見事です。展開部以降はアンサンブルも持ち直し、ホルンの雄叫びを頂点としたこの楽章を興奮に満ち溢れたものに仕上げています。残念なのは録音に今ひとつ鮮明さに欠け、ffでモヤモヤするところがあります。なお、チェロが奏する主題提示部でバス・クラリネットが同時に吹く別の旋律をくっきり聴かせているところはとてもユニークです。後にマーラーの特徴のひとつとなるこうしたところをきちんと着目しているショルティの慧眼には感心させられます。

 第2楽章は颯爽と開始され、各パートの反応もよく実に活き活きとした音楽になっています。金管とりわけ低音部の充実さは他では聴けないものがあります。これに支えられて、弦楽器の気合のこもった切れ味鋭い演奏にはショルティの持ち味がよく出ています。トリオではやや硬い歌いまわしながらダイナミクスのよくコントロールされた緻密な仕上がりを見せます。第3楽章の葬送行進曲における各パートの表現力には素晴らしいものがあります。第2主題の性格づけは丁寧すぎるのかやや曖昧に聴こえますが、中間部では昨今の演奏にありがちな美しく磨き上げたり細部を強調したりすることなく、気取らず素朴な感じを出すことで、却ってメルヘン的な世界を作り上げることに成功しています。

 第4楽章。シカゴ交響楽団のパワーが炸裂します。突き抜けるトランペット、くっきり鳴り切るチューバ、これでもかとたたみかけるトロンボーンとホルン、聴きたい音がすべて完璧に鳴っているためにフラストレーションは全くありません。第2主題では、丁寧にまとめることをせずに、ショルティにしてはめずらしく激しい感情をぶつけているのが興味深いところです。テンポに動きがあればなおいいのですが、ショルティにそれを望むのは無理でしょう。弦楽器はその力強さを聴かせるだけでなく、潤いのある音を維持しつつ最後まで緊張感を絶やさずにスケール感ある音楽を聴かせてくれます。


◆ ムーティ/フィラデルフィア管弦楽団(1984年2月 EMI)★★★☆☆
 イタリア生まれの指揮者としては、シノポリ、アバド、シャイーに比べてムーティはマーラーをあまり演奏せず、この録音は彼にとって唯一の録音となります。フィラデルフィア管弦楽団もこの曲の録音はオーマンディ以来で、その後レヴァインとマーラーの別の曲を録音しているのみです(5,9,10番)。ムーティの後任者で現在の音楽監督サヴァリッシュもマーラーをレパートリーとしていないことから、この録音は貴重なものと言えるでしょう。つい先日サヴァリッシュの後任にエッシェンバッハが決まりましたが、彼はすでにこの曲を録音していますし、日本に来日した時にマーラーを取り上げていることから、今後フィラデルフィア管弦楽団のマーラーを聴く機会は増えるものと思われます。

 第1楽章。序奏では弱音で霞むことはせずに各パートをくっきりと際立たせています。木管群の上品さはいかにもこのオ−ケストラらしいところです。主題部に入っても豊かな響きは変わらず、とりわけヴァイオリンが厚みのある音でレガートを強調した弾き方をしているのが印象的です。また、トランペットの首席キャデラベックが吹く弱音によるスケールからなる主題には思わず聴き惚れてしまいます。ただ、強奏時での金管の低音部とティンパニの響きが濁って少々重く聴こえます。テンポは速めで有無を言わさずグイグイ引っ張っていくところはムーティの真骨頂で、この楽章の音楽によく合っています。展開部に入ってからのホルンには柔らかい響きでゆったりと吹かせていますが、弦楽器に主題が移ると再びテンポアップし、活力に満ちた推進力のある音楽が展開されます。ヴァイオリンの音は瑞々しく、金管・木管とのバランスも見事で、ムーティが目指す音楽にオーケストラ全体が敏感に反応しているのがよくわかります。コーダに入ると身振りは急に大きくなり、頂点においては大上段から振りかざすようなマーラーらしい気持ちの高ぶりを音にしています。ホルンはこれまでの上品な吹き方とは打って変わって豪快な雄叫びを上げ、そこからはリズムを効かした熱狂の中を一気に駆け抜けます。カンタービレと突進するエネルギーを身上とするムーティのよさがよく出た演奏です。

 第2楽章。快速なテンポに乗ったダイナミックな演奏で、すべてのパートが一丸となって適度な緊張感を維持しています。録音にやや鮮明さがないのが残念です。トリオにおいても常に明解な音楽が展開され、よそ見をせずにどんどん先に行くといった感じです。再現部でも自信に満ちた足取りが続きますが、聴いていて少し肩が凝りそうです。第3楽章は弱音でひっそりと開始されます。徐々に楽器が増えていくところでは、伴奏にあたるパートがテヌートを効かしてうねるように音をつなげるといったユニークな演奏をしてます。第2主題でもクラリネットがレガート奏法を取っていて、ムーティの一貫した主張を聴くことができます。また速いテンポの中でもヴァイオリンに思い切ったルバートをかけるのも大きな効果を上げています。中間部では一転して清楚な室内楽的な雰囲気を出しています。再現部では速めのテンポのくっきりした音に戻り、次々と現れるマーラーの仕掛けを開いていくといった面白さがあります。

 第4楽章。響きの多い録音でヴァイオリンとティンパニがぼやけ気味ですが、演奏には力が漲っていてきちんと合わせることより勢いを絶やさないところがいいところです。第2主題では厚みのある弦楽器の明確なフレージングが印象的で、よくコントロールされている上に間延びせずに感傷的にならないスタイルはここの演奏としては他ではあまり聴けないものです。その後は集中力の高い、たたみかけるような演奏が展開されます。音楽の場面が変わるところもためらうことなく踏み込んでいき、劇的なシーンを興奮に満ちた大きなスケールで聴せるムーティの指揮はまさにヴェルディのオペラを指揮するスタイルそのものです。マーラーを楽しむにはずいぶんと偏ったところがありますが、ムーティのファンにとってはこたえられない演奏と言えます。


◆ インバル/フランクフルト交響楽団(1985年2月 DENON)★★★☆☆
 1985年から1992年(但し、『大地の歌』と10番以外はすべて1985年と86年)にかけて録音されたインバルの全集は、あまり例の無いことですがすべて番号順に録音されています。つまりこの1番はその第一弾ということになります。なお、同時期にブルックナーの全集録音を進行させています。

 第1楽章。序奏は木管のアンサンブルとホルンの完璧な吹き方が光っています。主題部に入ると速めのテンポの中、チェロとヴァイオリンの潤いと張りのある音が魅力的です。滑らかではなくむしろゴツゴツした感じを受けますが、生命力が漲っているのがいいところです。しかし強奏時には金管が弦を圧倒するなどバランスを崩しています。また、音楽運びはどこか整然としていてあまり面白みは感じられません。金管が余裕のある吹き方をしていて無機的になることがあり、フレーズのもつ感情の起伏を表現しきれないようです。展開部に入ってからもチェロは見事に均整の取れた音で朗々と歌います。続くホルンの主題のバックに刻まれるヴァイオリンのトレモロもイメージ豊かに弾かれています。その後チェロに楽想が受け継がれるときっちりスコアの指示通りテンポを上げていますが、そのチェロが実に活き活きと爽やかに弾かれているのが印象的です。チェロ奏者必聴の演奏と言えます。再現部でのホルンは意外にも大人しい吹き方をしている上に、その後のコーダも荒れ狂うようなことはありません。かなりの加速をしていてオーケストラが苦しそうですが、若々しさがとてもよく表われた演奏に仕上がっています。

 第2楽章。引き締まったスタイルと無駄のない響きで弾かれています。速めのテンポで低弦の音量を押さえ気味にして、ヴァイオリンをスタイリッシュに弾かせているのはとてもユニークです。細部まできちんと音にし、バランスも完全にコントロールした演奏ですが、さすがにこうまで完璧ですと逆に物足りなさを感じます。スケルツォとしてのユーモアなところや、マーラーのアイロニーなどは聴くことはできません。トリオでは一転してダイナミクスの幅を大きく取った濃厚な表現を試みます。艶っぽい音でフレーズひとつひとつに細かい表情づけをしていながら、音の張りを維持し、勢いを失いません。欲をいえばもう少し気を抜いた遊びがあればよかったかと思われます。第3楽章。平坦に演奏される各パートの中でオーボエがスリムな音色でいい感じを出しています。ただ、全体にスイスイ流れすぎて葬送曲には聴こえません。第2主題ではオーボエを押しのけてトランペットがユニークな吹き方をしています。しかし、あまり崩した演奏はしていません。ヴァイオリンも登場するときの音をたっぷり弾き伸ばすのですが、期待を抱かせるだけでその後は普通の演奏をしています。中間部はひっそりとしかしテンポ感を失わない演奏になっていますが、やはり物足りなさを感じざるを得ません。再現部でもトランペットもクラリネットも真面目すぎて、アクの強いマーラーの音楽は聴けずじまいです。

 第4楽章。技術的に安定した中にも、豪快さとスリリングな面がよく出ています。録音に関わることと思われますが、弦楽器と金管が少し乖離して聴こえるのとトランペットの音がやや軽く聴こえるのが気になるところです。しかし、ティンパニの大きめ叩かれるロールが音楽に緊迫感を与えています。第2主題では、無理の無いアプローチで大人しい表現に徹しています。ここにおけるチェロの主張溢れる演奏は必聴に値すると言えます。展開部では金管があまりに整然としすぎている上に無機的に響くところがあり、耳障りとまではいかないもでも潤いがほしい気がします。第1楽章に戻るあたりは一音一音非常に神経を使っていて、どんな細部もピタリとはまっている様は驚くばかりです。チェロとヴァイオリンとが対話をするところも実に見事でその表現にはイマジネーションに溢れています。しかし、コーダに向けての音楽つくりには今ひとつ必然性に欠け、パワーは充分なのですが、ぎこちない足取りでクライマックスへ登っていきます。最後のステージに上がると急にブレーキをかけ、力を誇示するかのようにスケールの大きな音楽をつくろうとしますが、音は荒れ気味で緊張感が欠けているように感じられます。各奏者たちはそんなことはないと思われますが、音楽は息も絶え絶えと言った印象も受けます。


                                  2000年11月16日現在


Copyright (C) Libraria Musica. All rights reserved.