マーラー : 交響曲第1番 CDレビュー T




T.  1940-1974年録音
         ♪ミトロプーロス♪バルビローリ♪ワルター♪スゥイトナー♪ショルティ♪
         ♪クーベリック♪ホーレンシュタイン♪ジュリーニ♪ハイティンク♪レヴァイン♪

◆ ミトロプーロス/ミネアポリス交響楽団(1940年11月4日 SONY CLASSICAL)★★☆☆☆
 この曲の正規の録音としては最古のものとされています。ギリシャ出身の指揮者ミトロプーロスはマーラーの交響曲第3番のリハーサル中に倒れて帰らぬ人となったことでも知られていまして、当時まだ演奏される機会の少なかったマーラーを積極的に取り上げた指揮者でした。

 第1楽章。古い録音にしてはノイズが少なく、どのパートもクリアに聴こえます。ただ、どのパートも同じ音量レベルで録音されているために遠近感というものがないようです。主題部は遅めのテンポながら軽やかで、最初のクライマックスでも軽快でスタイリッシュな印象を受けます。主題部の繰り返しはありません。展開部では淡々と音楽が進行し、大きな身振りはありません。時折音楽が淀むことがあり、また木管楽器の音色の妙まで収録されていないためにあまり楽しめません。再現部から楽章の最後まではまとまりのない雑然とした演奏に終始しています。

 第2楽章。開始は遅くして次第にテンポを上げるという、アバドが採用した方式をとっています。テンポが速いために全体的にバタバタしていますが、オーケストラの破綻を物ともせずにせき込むように演奏する様は、スケルツォとしての性格は見事に捉えているとも言えます。トリオは速めのテンポの中に、いかにもマーラーらしい独特の歌いまわしを活かしていて、この時代のマーラー演奏の一端を聴くことができます。再現部は猛烈なスピードで駆け抜けます。第3楽章。コントラバスのソロはかなり危ない演奏ですが、同じミトロプーロスがニューヨークフィルを指揮した海賊盤のライヴ録音ではもっと悲惨なソロだったことを思い出しました。当時はこんなものだったのです。木管のソロはそれぞれ個性的で古色蒼然とした録音と相俟って無声映画でも見ているような印象を受けますが、いかにも葬送行進曲といった雰囲気がよく出ています。第2主題では弦楽器にアクセントを効かせたユニークな弾き方をさせています。中間部では音が古いだけに不思議な気分が出ていて、しかも速めのテンポというもの一層の効果を上げています。

 第4楽章。ヴァイオリンの気合は十分な演奏で、分離のよい録音に助けられて金管がどんなに吼えようとどの音もちゃんと聴こえてきます。打楽器がやや遠いというか乾きすぎている感じでチャチに感じられます。第2主題のヴァイオリンはこれまでの嵐を忘れさせる見事な演奏で、陶酔することなく、速めのテンポでメリハリのある歌い方をしているのが印象的です。チェロの合いの手もきっちり決まっています。展開部以降も、緊張感は途切れることなくどのパートも時代を感じさせない見事な演奏を聴かせます。問題なのは録音のバランスだけでしょう。第1主題の序奏に戻ったところではテンポをあまり落とさずに、しかもフレーズを充分に歌わせ、さらに細かなニュアンスを随所に聴かせていて、現代の演奏に全く引けを取らない見事なものです。また、音符をそのまま弾かせずに少しデフォルメしているところもあって面白く聴けます。再現部での緊張感の作り方もうまく、さすがに曲を掌中にしているだけに聴き手の心を見事に掴んでいます。コーダにかけてはやや金管がへばり気味ですがそこは強引に力を引き出し、最後は大仰な身振りで曲を閉じます。


◆ バルビローリ/ハレ管弦楽団(1957年6月 DUTTON)★★★☆☆
 1970年の大阪万博で来日直前に亡くなったバルビローリの日本公演のプログラムにはこのマーラーの1番が予定されていたことや、ベルリンフィルとの9番の歴史的名演など、バルビローリにとってマーラーは極めて重要な作曲家であったことがわかります。大戦前にニューヨークフィルの常任を7年間勤めていましたが、戦後15年ぶりにニューヨークの指揮台に上がった時もこの交響曲第1番でした。その際、終楽章で7人のホルン奏者を立ち上がって吹かせたことを批判する記事が新聞に載りましたが、聴衆の中にいたマーラーの未亡人アルマから感謝の電報を受け取ったことも知られています(但し、当時アルマは80歳前後で幼児期から片耳が不自由だったことから晩年はかなりの難聴だったそうです。)。このハレ管弦楽団との演奏はそのバルビローリの片鱗を窺わせるところはありますが、録音が古いのとハレ管のレヴェルがイマイチでして、バルビローリの真価が発揮できていないのが惜しいところです。

 第1楽章の序奏では素朴な雰囲気をうまく表わしています。ホルンが吹きはじめる直前のクラリネットのカッコーをリタルダントさせてホルンが吹くテンポに自然と移行させるあたりはユニークな処理といえます。主題に入っても序奏での長閑な気分を引きずっていますが、弦楽器の柔らかい音が印象的です。しかし、主題部の終結部で突如弾けるような快活さが出てくるところは非常に面白く聴けます(ついでながら、勢い余ってか録音が飛んでいる箇所があります)。主題部の繰り返しはありません。展開部に入るといかにも小鳥がさえずるといったほのぼのとした世界に戻ります。チェロやヴァイオリンが主題を奏するところもゆったりとしていて幸福感に溢れています。録音がよければ弦楽器の音色がもっと楽しめたことでしょう。再現部に向けて盛り上げていくところは、極めて自然な音楽つくりがなされていて何時の間にかテンポが上がり活気がついてきます。コーダではヴァイオリンがつんのめり気味ですが、それが却って興奮と緊張を生み出しています。

 第2楽章は遅めのテンポで演奏されます。バランスとしては低弦を抑えてヴァイオリン主体にしているために重々しくはなっていません。しかし、オーボエをはじめ木管の音色に魅力がなく、この楽章の面白さは伝わってきません。激しさや緊迫感が全くないのは録音のせいでしょうか。トリオは逆に速めで開始され、その先もどんどん速くなります。忙しさを感じることはありますが、全てを分かった上でのテンポ設定らしく、フレーズ毎に細かい表情をつけようとする気配は感じられます。第3楽章では、録音のせいか演奏せいかやや見劣りのする木管が却っていい効果を上げていて、とりわけオーボエは、か細い音で現実感のないメルヘンの世界をうまく表現しています。第2主題ではテンポを一段上げ、さらにフレーズ毎に緩急の差を大きくつけているところがユニークです。中間部ではソフトな響きの中で弦楽器がフワフワした弾き方をしているのが印象的です。再現してからは表現の幅を大きく持たせ、大仰ではないけれどマーラーの意図を嫌味なく音に表わしています。振り返ってみると、色々なことを仕掛けている演奏ですが、そのことが耳障りにはならず、それなりのマーラーの音楽に仕上がっているようです。

 第4楽章では一貫して気を抜かないスタイルで緊張感と音楽の勢いを維持した演奏を展開します。金管の迫力は今ひとつですが、ヴァイオリンの切れ味するどいスタカートは見事で、曲の冒頭においてこの楽章の性格をピシッと示しています。第2主題ではヴァイオリンのポルタメントがタイミング良く決まっているのはいいのですが、あまり揃っていないのと人数が少ないように聴こえるのがマイナスになっています。展開部以降は、冒頭では冴えなかったトランペットも復活し、パートによって温度差は多少ありますが、それぞれ決め所を外すことなく熱気のある音楽を聴かせます。ただ、シンバルの一撃が時折ズレルところは気になるところです。


◆ ワルター/コロンビア交響楽団(1961年 SONY CLASSICAL)★★★☆☆
 このマーラーの交響曲第1番の語る時には避けては通れない演奏であることは、ワルターがマーラーの弟子であったとかよき理解者、名解釈者であったという事実をだけでなく、この曲の録音史の最初期に位置するにもかかわらず40年を経た現在まで常にランキングの1位を誇ってきたことからも明らかなことです。

 第1楽章。穏やかにゆったりと演奏される序奏はいかにも平和な音楽がこれから開始されるといった佇まいを見せます。各パートはメリハリのある明瞭な吹き方をしていて、決してモヤモヤとはしていません。ホルンの後で吹かれる2回目のトランペットのファンファーレに続くヴァイオリンとヴィオラのピチカートがゆっくり弾かれるのに驚かされます。スコアにはアッチェランドが記されていますので、他の指揮者は皆トランペットに急かされるようにやや緊迫感をもってつんのめるように演奏しているところです。ワルターは実際に見たマーラーの指揮を記憶していてこのようにしたのでしょうか。主題部に入ると、先程の幸福感を維持しつつ軽快に音楽が進行します。盛り上がるところでもテンポを上げず、いきり立つこともしません。こじんまりしたところはありますが、ヴァイオリンなど美しく軽やかに演奏されるのが印象的です。提示部の繰り返しはありません。展開部ではフルートの付点でこぶしを効かした吹き方が気になりますが、終始木管は曖昧さのない吹き方をしています。フルートはいかにも小鳥がさえずるかのように弾み、チェロは引き締まった音で奏され、ハープは決め所でアルペッジョをかき鳴らすなど、どのパートも一幅の絵のなかに自然と収まるような調和のとれた演奏を展開します。テンポ感もよく、音楽の流れが淀むことはありません。再現部のクライマックスに向けて盛り上がる時のトロンボーンがワーグナー風に見得を切るところはとても印象的です。その後、明るいトランペットのファンファーレに導かれてホルンが豪快に登場します。これまでの穏やかな音楽とのコントラストが見事についた設計と言えます。この楽章でマーラーが言わんとしたすべてをワルターは自信たっぷりに表現しているように思えます。

 第2楽章。よく弾むチェロ・バスに元気のいいヴァイオリンと、多少バラける箇所はありますが、まとまった仕上がりを見せます。とりわけティンパニの一撃がとてもいい効果をあげています。音楽が盛り上がっても、第1楽章同様決してテンポを上げることはしません。トリオではテンポを落とさないのですが、その中でできる限りの表情づけをしています。しかし、やや忙しさを覚えるのと、チェロがもう少し厚みのある音で弾いてくれればと思われるところがあります。第3楽章。淡々と各パートが全く同じスタイルで演奏します。とりわけ朴訥とした吹き方をするファゴットがユニークです。ここでも速めのテンポで演奏され、その取り憑かれたように音符を繰り返すところは不思議な雰囲気を作り上げています。第2主題はそっけなく、ダイナミクスの変化も乏しく聴こえます。中間部では濃厚な表現、再現部では明瞭でわかりやすい音楽運びが特徴ですが、いわゆるマーラーのアクの強さは感じられません。

 第4楽章。落ち着いたテンポで開始されますが、聴かせどころをしっかり弾くヴァイオリンの白熱した演奏に耳を奪われます。途中、ホルンとトランペットが威勢のいいテーマを吹くところで、テンポを一段落とします。いざ出陣という出鼻を挫かれた感はありますが、おかげでヴァイオリンは8分音符をキチッと弾けています。しかし、最後は息も絶え絶えといったところもあります。第2主題では、弱音に拘らず自然なスタイルで音楽が進行します。特別なことをせず、音符そのものに語らせるような弾き方に好感が持てます。欲を言えばヴァイオリンに震えるような美しさがあればいいのですが、その混じりけのない音質は見事です。提示部をしめくくるチェロもいい演奏をしています。展開部以降は安全運転に徹しているようで、もう少し激しさがほしいところです。しかし、どのパートも気取らないストレートな表現で、荒削りながら音に生々しさを持っているのがいいところです。音楽が盛り上がるにつれてここでもアッチェランドをかけません。コーダでは、音に厚みが足らないために鋭角的な音が時折気になりますが、かなり遅いテンポのまま悠々と進行し、堂々と曲を締めくくります。


◆ スゥイトナー/ドレスデン・シュターツカペレ(1963年 BERLIN Classics)★★☆☆☆ 
 録音があまり良くなく、鮮明さに欠け細かい動きが聴き取れないところがあります。主題部では弦楽器と管楽器がうまく溶け合いなめらかな音楽運びが印象的ですが、ティンパニと低弦が重いために強奏時にせっかくのいい気分がぶち壊しになります。しかし、全体的に落ち着いた雰囲気でクライマックスにおいても威圧的にならないところは好感が持てます。力が全てではないことをスゥイトナーは言おうとしているみたいです。第2楽章は遅めのテンポを採用してのんびりした雰囲気で演奏されています。ヴァイオリンは丁寧に入り組んだテクスチャを解きほぐしていきます。各パート間のバランスは見事で、何故かこの楽章ではティンパニは歯切れがよく低弦もクリアに聴こえます。トリオに入って最初の木管は濃厚に表情が付けられていますが、その後はサラッとしていて、くどくならないなかなかうまい聴かせ方をしています。第3楽章。広く奥行きのある音場で各パートが立体的に聴こえてくることで、様々な楽器による同時進行というマーラーの意図をわかりやすくしています。とりわけハープがくっきり聴こえるのが印象的です。第 2主題ではどぎつい表現を避けたソフトな弾き方をしていて、ここまでのスゥイトナーの演奏スタイルを象徴しているようです。

 ところが第4楽章に入ると事態は一変します。かつてNHK交響楽団で振っていたスィトナーからは想像もつかない、まさに体当たりの熱演というべきものです。3楽章までの穏やかなスタイルとは打って変わって、速めのテンポでグイグイ押しまくります。左からヴァイオリンとホルン、右からその他の金管と低弦とクリアに分離して聴こえてくるのもユニークです。第 2主題でもその勢いを失わず、未練を残さず一気にクライマックスへと登りつめます。展開部はややバタバタしたところはありますが、弦楽器の切れ味は鋭くテンポも維持されます。ややトランペットとホルンが軽く響くためにこの楽章の厳しい音楽作りからはかけ離れた感じを受けます。コーダに入ってから息切れ気味なのが惜しまれるところです。ヘルマン・プライ独唱による『さすらう若人の歌』がカプリングされていますが、指揮はザンデルリンクです。


◆ ショルティ/ロンドン交響楽団(1964年2月 DECCA)★★☆☆☆ 
 1958年に始まって64年までかかったショルティによる歴史的録音(ウィーンフィル)とも言えるワーグナーの『ニーベルンクの指輪』4部作、その最後のセッションの直前に録音されたのがこのマーラーの1番です。まさに、飛ぶ鳥を落とす勢いのショルティ絶頂期の演奏で、この時代にしてはバランスに優れた録音です。

 第1楽章序奏では木管金管共に弱音には拘らない輪郭のはっきりした吹き方をしていますが、バックステージのトランペットだけは音量が乏しくて影が薄く感じられます。主題部に入ると最初は落ち着いた雰囲気で開始されるものの次第に熱を帯びてきます。しかしフレージングは極めて自然で無理がなく、とりわけヴァイオリンの瑞々しい音色には心を奪われます。ショルティらしいリズムを効かした活気に満ちた音楽が展開され、この楽章にふさわしい若さがうまく表現されています。展開部のホルン、木管どれもストレートでくっきりした発音で演奏され、ヴァイオリンは人数が少ないように聴こえますが時折交えるポルタメントが音楽を粋に仕上げています。コーダの音楽の作りは今ひとつ冴えがなく、テンポに乗り切れずに空回りのまま終わってしまいます。

 第2楽章では快速のテンポで憑かれたように弾いていて、とても面白く聴けます。快活なリズムに乗ってグイグイ強引に押し捲るところはショルティらしいところですが、ついていけないところもあって雑然とした感じも受けます。トリオでは弦楽器が艶っぽい歌いまわしをしていてショルティにしては意外な演奏と言えます。第3楽章。ティンパニの確固としたリズムに乗って各パートのソロがキリリと引き締まった演奏を展開します。途中テンポが緩むことがなく、淡々と進みますが不思議と説得力があります。それぞれの場面であるべき音が明解に聴き取れるからだと思われます。ただ、シンプルすぎてマーラーの複雑で屈折した心境を反映したテクスチャが浮かび上がってこないようです。

 第4楽章。バイタリティー溢れる演奏なのですが、時折隙間が感じられるといった響きがやや不足しているように思えます。逆に各楽器の生の音が聴こえるスリリングな演奏ともいえますが、ヴァイオリンのパワーがもう少しあればいいかもしれません。一定に保たれたテンポがアダとなっているのか相対的に遅く感じられるところで緊張感が緩むところがあるのが残念です。やや不満の残る第1主題ですが、第2主題に入ると驚くほどの名演が繰り広げられます。薄い響きのヴァイオリンは弓を浮かせ気味に弾いています。ゆったりと丁寧に音を紡いでいて、フレーズの語尾に到るまで完璧にコントロールされているのが印象的です。パート内の全員が気持ちを込めているのがよくわかります。また、提示部の終結部における中低弦の深遠な響きも他の演奏では聴けない素晴らしいものがあります。展開部ではスリムな響きを基調としていて、弱音時でも張り詰めた緊張感と勢いを失うことはありません。コーダへの盛り上げ方はさすがショルティだけに豪快な力強さをも見せてくれますが、肝心のトランペットが息切れ気味でもう少し豊かな響きがほしいところです。


◆ クーベリック/バイエルン放送交響楽団(1967年10月 GRAMMOPHON)★★★☆☆
 1967年から1971年にかけて行なった全集録音の第3弾です。おそらく、同一のオーケストラによる最初のマーラー全集ということになります。開始早々ピリピリした雰囲気が漂い、遠くで鳴るトランペットのファンファーレがさらに緊張感を高めていきます。これから始まるマーラーの書いた音符との戦いを控えて殺気立っているといった感じです。主題部では速めのテンポでグイグイと突き進んでいきますが、フレーズに応じて微妙にテンポを揺らすことを忘れていません。パートによってその感じ方に差があってフレーズの受け渡しの時にぎこちなさが散見されますが、それが却ってスリル感を覚えさせてくれます。しかし、各パート内における演奏の完成度は極めて高く、とりわけヴァイオリンパートの正確なアンサンブルとそのスリムな音質には驚きを禁じえません。展開部以降はやや雑然としたところがあり、トランペットの安っぽい音色が気になります。コーダに入ってから猛烈に飛ばすところは爽快ですが、途中ブレーキをかけてテンポを落とそうかどうしようか迷うところは結構面白く聴けます。

 第2楽章。比較的明るい響きで開始され、整然とまとまったアンサンブルを聴かせます。ところが、進むにつれて走り出すパートもあったりして危なっかしいところがあります。ただ、ひるむことのない推進力を常に感じさせる演奏であることはまちがいありません。トリオは速めのテンポながら丁寧に弾かれます。だいぶコブシをつけて歌おうとしていますがあまり徹底されてはいないようです。第3楽章。左からコントラバス、右からティンパニが聴こえてくる不思議な配置です。速めのテンポで淀むことなく様々な楽器にテーマを受け渡していきます。第2主題でオーボエの背後からトランペットが唐突に角の立った音で割り込んでくるところはとてもユニークで、どこかクルト・ワイル調にも聴こえます。全体的にアクセントを効かせたアクの強い演奏でそれなりに楽しむことができます。中間部は静寂感よりも色彩感を表に出した演奏です。

 第4楽章。興奮と活気に満ちていながら、ヴァイオリンだけでなく弦楽器の各パートがくっきり聴き取れる演奏ですが、録音が良ければもっと細部が聴こえてスリリングだったろうにと残念に思えてなりません。第2主題でも力強さを失わず、感傷に浸らずに常に前を見据えた演奏と言えます。速めのテンポの中にもごくわずかなルバートが施され、それが聴く人の耳を惹きつけるのに絶大な効果をもたらしています。ややトランペットが鋭くて細い音であるために他のパートから浮き上がっているところもありますが、この時代の録音としてはやむをえないでしょう。最後まで緊張を絶やさずに、しかも随所に手に汗握る危うい見せ場を撒き散らしつつ曲を結びます。名手フィッシャー=ディースカウが歌う『さすらう若人の歌』がカップリングされています。


◆ ホーレンシュタイン/ロンドン交響楽団(1969年9月 UNICORN-KANCHANA)★★★☆☆
 第1楽章の序奏は穏やかに開始されます。長閑な雰囲気は主題部に入っても変わらず、肩の力を入れずテンポも遅いまま進行します。そのリラックスしたスタイルにおいてホルン、ハープ、トライアングルがとても効果的に聴こえます。ただ、録音のせいか低音がモヤモヤしていて、主題部のクライマックスでは音楽がやや重たく感じられます。展開部でもホルンの活躍はめざましく、普段聴き慣れないフレーズが鮮明に浮き上がるところもあって、面白く聴けます。再現部に向けて盛り上がるところでは、大仰過ぎるほどのスタイルで驚くほどの遅いテンポで演奏されます。頂点においてパッと音色が明るくなるのはとてもユニークところです。これまでなんとなくモヤモヤしていたこともあり、ここではじめて目覚めたかのような演出なのかもしれません。その後も遅いテンポのまま進行し、堂々と楽章を閉じます。

 第2楽章。テンポは中庸ですが、ここでも低弦の音がこもっていてすっきりしません。張り詰めたところはありませんが、音に勢いがあり、決めどころは外しません。ティンパニも鮮明ではありませんが、頂点における有無を言わさない強打を聴くと、ようやくホーレンシュタインの面目躍如たるところが出てきた感があります。トリオは速めのテンポで躍動感のある一風変わった演奏です。しかし、1,2楽章の音楽作りからすると理に叶った解釈とも言えそうです。再現部では、パワー溢れる金管と肉太な弦楽器の響きに支えられた男性的な演奏を聴かせますが、これまでなかったスタイルです。第3楽章では速めのテンポで淡々と演奏されます。冒頭はあまり聞き取れないところがあります。オーボエはセカセカと素っ気無く、すべてが平坦でクールに聴こえます。

 第4楽章。これまでと打って変わって、ティンパニの凄まじい強打の中、ヴァイオリンが血相を変えて音符に食らいつく嵐のような演奏が展開されます。ついにホーレンシュタイン節の全開で、随所に劇的な演出がかかっていて面白く聴けます。全体的にテンポが遅くなるとすかさず手綱を引き締めるといったスリリングなところもあります。ルバートを多用しますが、音楽の勢いは衰えることはありません。第2主題はその前と対照的に淡々と小細工なしで、背筋がピンと伸びた演奏といえます。その後方でホルンが絶妙なバランスで歌うところも心を捉えて離しません。展開部に入ってもテンションの高い演奏を繰り広げ、とりわけホルンが決め所を外さないで堂々と吹くさまは圧巻でトランペットが霞むほどです。第1楽章に戻るあたりはたっぷり時間をかけます。その後は、何度も止まりそうになるくらいテンポが揺れ動き、最後は喘ぐように曲を閉じます。なんともユニークな演奏ですが、ホルン奏者必聴のCDと言えます。


◆ ジュリーニ/シカゴ交響楽団(1971年3月30日 EMI)★★★★(★)
 イタリアの指揮者ジュリーニによるマーラーの録音は、この曲の他に9番と「大地の歌」しかないのですが、いずれも素晴らしい演奏を聴かせてくれます。この交響曲第1番の演奏もヴィルトォーゾ・オーケストラを指揮しながらも力任せにならず、各パートの役割を明確に浮き上がらせつつ丁寧な音楽つくりを展開しています。この曲を演奏するアマオケにとってたいへん勉強になる1枚と言えます。

 第1楽章。序奏では、ヴァイオリンのフラジオレットの響きを聴かせるというより、どっしり構えた低弦の重厚な音を強調させています。管楽器も最初から存在感のある発声で吹かれ、とりわけホルンの確固とした吹き方はこの曲への力の入れようがハンパでないことを感じさせます。主題部に入ると、どのパートも曖昧さのない明確なフレージングで大きめの音量でかつゆったりと演奏されます。ハープが前面に出ているのも特徴的です。ヴァイオリンの音はその後ろのプルトからも聴こえてくるほど厚みを感じさせますが、重くはなく開放感のあるところが、音楽に生気を与えています。最初に迎えるクライマックスではパワー溢れる金管に支えられてスケールの大きな堂々とした音楽を打ち立てますが、若いマーラーがここで描こうとした世界が期待と不安の交錯するものであるとすれば、やや立派すぎるかもしれません。展開部でもメリハリのよさは変わらず、しかも各パートが微妙な変化をつけてそれぞれの役割を演じているのがユニークなところです。たっぷり時間をかけてホルンが息の長いフレーズを吹くところは、まるでこの楽章の音楽的頂点といわんばかりです。その後、弦楽器がテンポを自然と戻して弾くことでさりげなくホルンを引き立てています。再現部に向けて盛り上げていくところも過激さと奇抜さを求めることなく、しっかりした低弦に支えられてクライマックスを作り上げます。金管セクションの一体となったスケールの大きな響きは見事で、頂点におけるホルンの輝きを導きます。この後も極端な変化はなく、あくまで正攻法で、分厚い弦楽器と重量感のある金管による自信に満ちた音楽が繰り広げられます。

 第2楽章。硬く引き締まった低弦にリードされて全体に力の漲る剛毅な音楽になっています。ヴァイオリンは常に音量全開で弾かれ、管楽器のどのパートも同じ方向を見据えた統一の取れた音色で驀進します。テンポの変化はここでも少なく、欲を言えば少し遊びがあるとスケルツォの感じが出たかもしれません。トリオは速めのテンポで演奏されます。ここという時のヴァイオリンのポルタメントと最小限のルバートが効果的です。憂いや憧れといったものがあまり感じられない、純器楽的なスタイルを堅持していますが、木管の音に微妙な色づけがほしい気もします。第3楽章。冒頭のコントラバスのソロから堂々と自信に満ちた音楽が聴けます。それを受け継ぐどのパートも同様に決然とした歌い方が印象的です。マーラーの意図からは隔たりを感じますが、その統制の取れた音楽作りには説得力があります。第2主題でもマーラー特有のアクの強さがなく、オーボエはせき込むこともなく、軍楽隊も大人しく通り過ぎていきます。テンポだけでなく、音量のレヴェルもあまり変わらないめずらしい演奏です。中間部も濃厚な音楽がハープの重々しい足取りに乗って進行します。

 第4楽章。重量感満点、余裕の演奏です。荒れ狂う凄まじさや緊張感はあまりないのですが、無理なテンポを取らずじっくり弾き込むといった感じです。弦と管のバランスが見事にとれ、聴こえるべき音がすべて明確に聴き取れます。第2主題では、ヴァイオリンの後方から聴こえる厚みのある響きをホルンと木管が絶妙なバランスで支えます。長いクレシェンドの後、この主題の頂点における落ち着いた深みのある音には共感が持てます。展開部でもすべてのパートが明瞭に聴き取れ、遠近感もよく出ていてこの楽章の特質を浮き上がらせます。ただ、丁寧すぎるきらいがあり、音楽の推進力が途切れることがあります。しかし、金管のパワーは衰えることを知りません。再現部前の低弦の充実した響きも見事で、ヴィルトォーゾ・オーケストラの魅力を余すところなく発揮している演奏といえます。コーダに向けてオーケストラ全体がこれまでためてきたエネルギーを全開させます。極端なテンポや音量の変化はなく、最後まで堂々としたスタイルを貫き通します。マーラーの弱さを微塵にも見せないユニークな演奏です。


◆ ハイティンク/ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団(1962年9月 PHILIPS)★★☆☆☆
 録音がぼやけているのが幸いしてかゴソゴソうごめく低弦が序奏らしい雰囲気を出しています。クラリネットやトランペットはあまり抑えずに鋭い音で吹かせていてマーラーらしい気分を盛り上げています。主題部に入るとヴァイオリンも木管も落ち着いたテンポできっちりと旋律を紡いでいきますが、急に天気が晴れたみたいに明るくなるところは不思議な印象を受けます。音楽が盛り上がっていく時もテンポを動かさず、堂々としたスタイルを堅持します。強奏時は音が濁ってドロドロしていますが、木管は相変わらずストレートなきつい音を出していて、それが却ってマーラーの音楽であることを印象づけています。ただ時折聴き取れないところがあったり、のんびりした基調でテンポの動きが少なかったりしてもどかしく感じられことがあります。コーダに向けてはさすがに大きく盛り上げていきますが、終わりに近づくにつれて勢いがなくなり息切れしているように聴こえます。

 第2楽章は速めのテンポでリズミカルに演奏されています。細かいパッセージもきっちり弾かれている上に、適度なワイルドさもあっていい感じに聴こえます。しかし、この楽章もあまり変化がなく、四角四面の真面目さが曲の面白さを半減させています。第3楽章の冒頭は侘しい気分がよく出ています。しかし楽器が増えてくるとバランスが取れていないのか雑然としていきます。第2主題での遅いテンポがやや不自然でオーボエの背後で吹かれるトランペットの合いの手が何の効果も上げていないように思えます。そのテンポでじっくり歌うのもいいのですが、続く中間部に入っても気分が変わらないのはいただけません。よく「中庸」という形容詞を献上されるハイティンク、確かに変化や特徴の少ない演奏でして、この評を書くのに何度も聴き返す必要がありました。繰り返し聴くうちに味わいが出てきたような気もします・・。 

 第4楽章はこれまでと打って変わって張り詰めた緊張感に溢れた演奏になっています。ヴァイオリンの生々しい音、深い響きのバス、ドロドロしたティンパニ、耳をつんざくシンバル等などがこれまでなかった切迫感を煽っています。やかましいばかりでまとまりのつかない第1主題部をこれほど見通しの良い形に仕上げているのは見事です。第2主題では一転して遅いテンポでじっくり歌わせていて、細かいところまで神経の行き届いた演奏になっています。ハッとさせるところはありませんが、マーラーの音楽としてこうあるべきといったところは忠実に再現しています。第1楽章に回帰するところも緻密さと手馴れた安定感を感じさせ、フィナーレに向けて盛り上げるところも豊かな響きを効果的に使って堂に入ったスケールの大きい音楽を作り上げます。


◆ レヴァイン/ロンドン交響楽団(1974年8月 BMG)★★★★(★)
 シカゴ交響楽団、フィラデルフィア管弦楽団、ロンドン交響楽団の3つのオーケストラを使ってマーラーの交響曲全集を録音し始めたレヴァインですが、2番と8番には手をつけずに頓挫してしまいました。現在君臨しているメトロポリタン歌劇場のオーケストラ、合唱団にソリストを加えれば両曲ともレヴァインにとって難しいことはないでしょう。なお、『大地の歌』は最近ベルリンフィルと録音しています。

 第1楽章。序奏からすべての音が明確に弾かれています。どのフレーズもよく訓練されたことを思わせる完璧さで演奏されます。神秘性はないけれども、マーラーが書いた音の世界を克明に滞ることなく表現します。主題部に入ってもスタイルは変わらず、速めのテンポできっちり弾かれます。しかし、マーラーがあちこちに書き込んだテンポを微妙に変化させる指示をレヴァインはほとんど無視し、リタルダントやルバートもかけずにグイグイ進んでいきます。録音当時31歳という若さもあるでしょうが、並み居る巨匠たちに対抗すべく新鮮な音楽をマーラーのスコアから引き出そうとしているのがよく伝わってきます。引き締まったサウンド、エネルギッシュで推進力溢れる見事な演奏です。ただ、クライマックスを迎えるときなど、ここというところでさらに熱気をかき立てるには至っていないのが残念です。

 第2楽章。速めのテンポでスタカートを効かし、崩れることのないアンサンブルでひたすら前進を続けます。緊張感の漲る演奏ですが、ややメカニカルで冷たい印象も受けます。トリオでもリズムの伸び縮みが少ない演奏になっています。しかし、その澄みきった明るさは他にあまり例のないことですが、きわめて自然に聴くことができます。どの音符も丁寧に扱っていることも主題部とのいいコントラストをなしています。再現部からコーダにかけては、快速なテンポをコントロールするあまり、やや物足りなさを感じさせます。こういう箇所では、マーラーなのですから憑かれたような熱狂を聴きたいものです。第3楽章。過度な表現を避けた品のいい演奏です。どんな時でもピシッと決まっているのは心地よいのですが、さすがにこの楽章ではマーラーの毒気も聴きたい気がします。途中挿入される軍楽隊の音楽も何の抵抗もなく風景に溶け込んでいるのではマーラーの意図から離れてしまうように思えます。しかし中間部では、穏やで崩れることのない美しさとその滑らかさは絶品で、悲しみのないメルヘンの世界を創出しています。

 第4楽章。最初はおおげさにならず、冷静に、しかし快速で演奏されます。過度な緊張を強いることはなく、ひたすら一定のテンポで押し捲る、といった感じです。金管はやや軽く、決めどころでも素っ気無いくらいあっさりしていますが、ティンパニが実にクリアでその音程が明確にわかる心地よい演奏を聴かせます。第2主題に入ると一転して叙情的になります。レヴァインは全曲中、ここを一番聴かせたかったのでしょう。そこにはお涙頂戴の節度ない感情移入はなく、磨き上げられたひとつひとつの音を丁寧に、しかも美しくすっきりと聴かせる、きわめてユニークな演奏と言えます。展開部では先とは異なる切れ味するどい表現で緊張感を出しています。その後再現部にかけての大きな求心力は見事で、これまでになかったドラマチックでスケール感ある音楽を作り上げています。コーダへは勿体つけることなく一気になだれ込み、爽快感溢れるしめくくりを導きます。最近やや安易な演奏の多いレヴァインではありますが、若い頃はこんなにエキサイティングでかつ構成感のしっかりした演奏をしていた時期もあったのです。名演です。


                                  2000年11月16日現在


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