ブルックナー : 交響曲第7番ホ長調 CDレビュー T




T.  1949-1974年録音(11種)
         ♪フルトヴェングラー♪コンヴィチュニー♪ワルター♪シューリヒト♪ヨッフム♪
         ♪ムラヴィンスキー♪マタチッチ♪セル♪カラヤン♪チェリビダッケ♪マズア♪


◆フルトヴェングラー/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団(1949年10月18日 EMI 改訂版) ★★★★☆
 フルトヴェングラーのブルックナーの7番はこの他に1951年の演奏旅行でのライヴ録音(カイロ、ローマの2種)があるのみで、いずれもオーケストラはベルリン・フィルです。現在ではブルックナーが教会のオルガニストであったことが強調されていて、その交響曲の演奏にはオルガン的な響きや残響の多いゆったりしたスタイルが欠かせない条件とされているように思えます。しかし、若きフルトヴェングラーがベルリン・フィルにデビューした時に取り上げたのが初演されて間もないブルックナーの9番の交響曲であったことからもうかがえるように、並々ならぬブルックナー演奏への自信を持ちつづけたフルトヴェングラーの演奏はそうしたオルガン的という形容からは全くかけ離れたものです。こうした違いを意識することこそ、ブルックナーの演奏様式の変遷を考える上で重要なことと思われます。

 第1楽章。チェロはフレーズの起伏に即してダイナミクスを大きく変化させながら歌います。また、トレモロを行なうヴァイオリンの反応も半端ではなく、チェロを煽りたてるように激しいうねりをつくっています。この曲で開始早々からこのように熱い音楽を展開させる演奏は最近ではあまり例はないと思われます。チェロからヴァイオリンに旋律を受け渡すところで、ホルンがアウフタクトで吹く一音の絶妙さは版の問題を越えて心打つものがあります(ノヴァーク、ハース共にこの音はなく、改訂版によるものと思われます。他にシューリヒト、マタチッチ等が採用しています。)。ヴァイオリンは音のつながりを重視したテヌートで弾かれていて、長い音符では音を減衰させず逆に音量を増やしていきます。ここでも自然な強弱の変化がつけられていて、頂点に向けて前のめりに驀進するフルトヴェングラーならではの演奏が聴けます。第2主題は速めのテンポに終始しますが、さらに先をいく感じでフルートによるブリッジは途中でかき消されるほどです。個々の楽器の音色や名人芸を楽しむ暇もなく、言いかえれば個々の音符やフレーズの求める美しさや輝きといったものには目もくれず、ひたすら音楽全体の流れと曲が求める構成的な面を追求している演奏といえます。第3主題ではがっちりした安定感と弱音の指示を無視した無骨さに特徴があります。ここでも早めにクレシェンドとアチェランドがかけられて、めざす頂点に向けて奏者が一丸となっているのがよくわかります。展開部での木管はどのパートも淡々と歌いつぎ、最後のフル−トだけがリテヌートをかけてフレーズを締めくくります。続くチェロは息の長いフレージングで第2主題を展開させますが、ここで初めて恍惚とした趣をみせます。これまでの厳しい姿勢とは打って変わり、感情を抑えきれないでいるかのように、大きな振幅のある音楽を聴かせます。上降音階における熱っぽい弾き方は、金管によるロマンティックで壮大な響きに迎えられます。その頂点で割って入るトランペットの憧憬に満ちた咆哮を聴くと、この個所が第1楽章の音楽的頂点であるとフルトヴェングラーは考えていたに違いありません。ノヴァーク、ハース版共にここはホルンとトロンボーン、チューバが響きを作っていて、トランペットの出番はありません。筆者の聴きまちがいかもしれませんが、それらしき音を際立たせていることは確かです。なお、この楽章の最後の小節でもどこからともなくトランペットが割って入るのですが、ここと似たような手口と思われます。感情の昂ぶりは、通常はチェロの余韻としてかたづけられるヴァイオリンのフレーズまで飲みこみ、続く金管による爆発まで緊張感を持続させます。展開部の後半におけるヴァイオリンの跳躍は前につんのめりながらも大きな起伏のある音楽を作り上げます。再現部に入っても嵐は静まるどころか逆にテンポを速めていき、ヴァイオリンの自棄的とも言える凄まじいトレモロを誘発します。第2主題の再現でも圧倒的な音楽の高揚とヴァイオリンによる気迫のオブリガードを聴くことができます。

 第2楽章。弦楽器は穏やかに第1主題を弾き始めますが、次第に熱を帯びてくるのとフレーズとフレーズの間で待たないために、めざす方向が常にはっきりしています。また、フレーズの最初から最後まで同じ調子で弾かれることはなく、常に起伏のある演奏を聴かせます。第2主題でも最初はゆっくり弾き始めますが、フレーズの音型に伴って少しずつ動きや音量の変化をつけて、音楽の密度を高めていきます。フルトヴェングラーが作り上げる音楽には、このようにして聴き手をいつのまにか音楽の流れの中に同化させていく不思議な魅力があるように思えます。こうした曲想に応じた自然なフレージングこそフルトヴェングラーの持ち味と筆者は確信していますが、一般的評価はそうではないようです。第2主題の終結部から第1主題の再現部に入るまでの音楽の運び方は、その大きな流れに身を委ねつつ常に強い意志を感じさせる様はこの楽章のあるべき姿を端的に示しています。第1主題の再現部に入ると緊張感を高め、激しくアッチェランドをかけて一気に頂点へと登りつめます。その後も一瞬たりとも音楽を弛緩させず、たたみかけるように次々とフレーズを段階的に積み重ねるようにして、もうひとつの頂点である金管のファンファーレに持っていく構成力は余人を寄せ付けないものがあります。しかし、強奏時における音の濁りはこの古いライヴの録音からはどうしようもありません。第1主題の再々現部での旋律部は極めて大人しく、ひっそりと静かに音をつないでいきます。テンポの緩みのない厳格な音楽運びの中でヴァイオリンの6連符がかすかな緊張感を漂わせます。次第に盛り上げてはいくものの、はやる気持ちをじっとこらえているといった感じです。そしていよいよ頂点に達する直前で驚くほどの急激なクレッシェンドをかけるあたり、速めのテンポで演奏していることもあって絶大な効果を上げています。音楽がおさまった後のワーグナー・チューバとホルンは深い思索を思わせる見事な演奏を聴かせてくれます。続くヴァイオリンは淡々とした弾き方にも前に進もうという意志を強く感じさせる弾き方になっています。

 第3楽章。ここでも最初はゆったりと開始されますが、直ぐに拍車がかかって適度なアッチェランドと激しいクレッシェンドで大きなクライマックスを築きます。この音楽を高揚させていくやり方は見事ですが、常に弦楽器が主導権を握っているのは録音のせいかもしれません。中間部では手綱を緩めて歌謡性のある旋律を伸びやかに演奏させるところも、音楽にコントラスとつける意味でもよく計算されていると思われます。しかし、主題部に戻ると再び明確な音で構成感のしっかりした音楽を作り上げます。トリオでは濃厚でありながら厳しさをも併せ持つヴァイオリンがじっくり歌います。しかし直ぐに熱気を放出してくるのは言うまでもありません。木管は音楽の流れに自然に身を委ねつつパート間のアンサンブルをの良さを際立たせる演奏を繰り広げます。もったいぶらず端正なクライマックスを築きます。

 第4楽章はリズミカルに開始されますが、木管と低弦が遠くに聞こえるバランスの悪さが気になります。しかし、ここでも音楽が熱くなるとアッチェランドがかかっていきます。第1主題で頂点を築くクラリネットはつんのめりながらもフルートの見事なサポートで求心力のある音楽を作り上げています。第2主題ではテンポを落として中味のぎっしり詰まったヴァイオリンの音を聴かせます。木管の音色は望むべくもありませんが、各パートが確固とした統一感ある吹き方をしています。第3主題直前における弦楽器によるクレッシェンドは恐ろしいほどの気迫を感じさせます。続く金管の強奏は厳粛そのもの。乾いた響きが気の毒ですが、それでも正確なバランスと重量感のあるサウンドは見事です。途中からテンポをアップさせてヴァイオリンの激しいトレモロを誘発します。展開部においてもテンポを緩めず、絶えず緊張感のある演奏を繰り広げます。第2主題の展開の直前で譜面にはないのですが長大なゲネラル・パウゼ(総休止)を置いていて、すべてが一瞬凍りつくほどの大きな効果を上げています。あるいは、改訂版には指示があるかもしれません。再現部に入ると風雲急を告げるが如く、テンポは激しく揺れ動き始めます。コーダからは終曲に向けて躊躇することなく一気に駆け抜けます。このフルトヴェングラーの演奏は、決して陶酔することがなく、厳しい姿勢に貫かれたものと言えます。また、貧弱な音ではありますが、フルトヴェングラーの作り出す音楽がどんなに横に揺れようとも、縦に伸び縮みしようともびくともせずに熱気溢れる演奏をし続けるベルリンフィルに大いに感動させられます。


◆コンヴィチュニー/ライプチッヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団(1958年6月 BERLIN Classics)★★☆☆☆
 この年代にしてはもう少しいい音で入っていていいのにという録音です。随所にいい感じで演奏されているのに録音が悪くてその良さが伝わりません。1960年に録音された5番はそれほど悪い録音ではないのであと2年後に録音してくれれば評価もちがったでしょう。しかし、この7番を初演したオーケストラによる最初の録音としての意義は大きいかもしれません。

 第1楽章。冒頭のホルンが分散和音の頂点を心地よく吹き鳴らすのが印象的です。第2主題で木管から弦楽器へと旋律が移るとテンポが少しづつ遅くなります。そればかりか、充実した低弦と堂々としたヴァイオリンが複雑に絡む直前で大胆にテンポをリテヌートさせます。ダイナミクスの幅も大きく、この第2主題の終結部では大きなクライマックスを築きますが、音が大きいところは録音のせいで鮮明さに欠けます。第3主題ではややテンポを持ち直し、金管の重量感のある響きでこれまでの音楽と違った趣を出しています。展開部での木管は元気で健康的な音ですが、少々素朴過ぎるかもしれません。チェロによって展開される第2主題には力が漲っていて説得力ある音楽を作り出しています。全奏によるフォルティッシモはゆっくりですが、続くヴァイオリンが出て来るところは少し速くなって緊張感が高まります。フレーズ毎に微妙にテンポが伸び縮みするところは興味深いところです。再現部では集中力を欠くようで、クライマックスの頂点がぼやけている印象を受けます。コーダの直前でも各パートのテンポ感にズレがあり、ぎこちない音楽になっています。

 第2楽章。骨格のしっかりした音楽で、音色の魅力がないものの音の勢いは伝わってきます。第2主題では充実した低音に乗って音楽の流れが自然に感じられます。音量を故意に落としたりせず、テンポも弛緩することはありません。強奏時のヴァイオリンの高音が聴き取れないのは録音のせいでやむを得ません。音楽が進むにつれてダイナミクスやテンポの変化が少なくなってくるため単調さを覚えます。しかし、第1主題の再々現部でのヴァイオリンの6連符には力強さが漲っていて確実な足取りで頂点を目指している様がよくわかります。金管のコラールも荒削りながら息の長いクレッシェンドを作り上げて、見事なクライマックスを準備します。しかし、ハーズ版に忠実であるためにシンバルがなく、頂点がどこにあるのかよくわかりません。

 第3楽章。ゆっくりめのテンポで、カチッとしたスリムな響きと軽く弾き流さない堅牢なスタイルが印象的です。途中音飛び(3拍分)があり、これはなんとかしてほしいものです。トリオでは、コンヴィチュニーの辞書に p という文字はないというくらい常によく鳴る輪郭のはっきりした音楽が展開されます。音量の変化の少ないベタッとした感じです。第4楽章。小気味のよいリズムに乗って落ち着いたテンポで開始されます。ガッチリしたスタイルは相変わらずで、常に音楽の勢いが衰えないところがさすがです。第2主題ではしっかりした低弦のピチカートとイン・テンポの厳しい表現に特徴があります。その後の第3主題でもテンポを変えず、熱くならず、ことさらに緊張感を高めることはしません。展開部におけるヴァイオリンも落ち着いた弾き方をさせていて、悠然と構えているといった印象を受けます。コーダに入ってようやくテンポに変化が見られますが、最後まできっちり弾く落ち着いたスタイルは変わることはありません。少々真面目過ぎるところもありますが、録音がもう少しよければ味のある演奏になったかもしれません。


◆ワルター/コロンビア交響楽団(1961年3月 CBS)★★★★☆
 第1楽章。最初のチェロによる分散和音をレガートでなく音の頭を少し突くような弾き方をさせているのに特徴があります。ヴァイオリンのトレモロは明確に刻まれ、それに乗ってチェロは常に前傾姿勢で旋律を歌っているため、そこには緊張感が漂っています。続くヴァイオリンと木管による主題提示では確固とした足取りで中身の詰まった音が奏されます。金管が加わるとギャラントな輝きのある世界が展開されますが、録音が古いこともあってヴァイオリンの高音があまり良く聴こえません。第2主題ではカラフルな木管の音色に心が惹かれます。弦は最初から厚みのある音で弾かれていて、低弦による主張あふれる対旋律と深みのある持続音にささえられて複雑に入り組むテクスチャを力で押しきっています。ここでこのような演奏をする指揮者はあまりいませんが、他ならぬワルターがこのようなスタイルを取るというのも意外なことです。しかし、ワルターに対して「優しい」とか「滋味深い」といったレッテルをこれまで無造作に張ってきたのがまちがいだったのでしょう。人数が少ないオーケストラであるためにひとりひとりの奏者が大きな音を出そうとしているらしく、音色への細かい配慮は今ひとつです。しかし、肉太な筆でたっぷりの絵の具をキャンバスに塗りつけたゴッホの絵画を思わせる色彩豊かなブルックナーがこの演奏には描かれています。ピチカートは明解かつクリアで、クライマックスへと一気にもっていく勢いには感心させられます。弦楽器の音には遠近感はあまりなく、すべての奏者がマイクの前に集まっていように聴こえます。小人数をカバーするためにやむを得ないことなのでしょう。第2主題の終結部の頂点における金管の輝かしさと明るさには好感が持てます。第3主題はやや引きずるように弾かれていてとてもユニークですが、ここでも音の勢い、起伏の大きさがものを言って、第1,2主題とは大きく違う世界を見せてくれます。とりわけブラスの下降音階にはワーグナーを思わせる重厚さがあります。展開部での木管はそれぞれが個性的で、またフレーズの終わりでリテヌートせずに早めに切り上げて吹いてしまうところが興味深く感じられます。チェロによって奏される第2主題の展開では激しい感情をぶつけていて、金管の分厚い響きをバックに思いのたけを音にしているといった感じがします。ヴァイオリンがオブリガード風に弾くところではどうしたのかとびっくりするくらい突然テンポが落ちます。再現部の後半でやっとテンポはもとに戻り、さらに加速して大きな頂点を築きます。第3主題の再現は迫力満点でまるで巨人がドスドス足を踏み鳴らして踊っているみたいです。コーダではヴァイオリンがきっちり刻めるテンポが維持され、スケールの大きな音楽を作り上げます。

 第2楽章は速めのテンポで進みます。小人数のヴァイオリンだけあって正確な音程とアンサンブルで骨組のしっかりした音楽が披露されます。とりわけ高音に潤いがあり、この時代の録音にしては魅力的な演奏になっています。第2主題ではさらに動きが加わります。フレーズの出だしの気持ちの込めた弾き方、フレーズの終わりでの丁寧な処理、内声部の積極的な弾き方などが小気味の良いテンポと相俟って、新鮮な響きを作り上げています。いくつかの山を迎えますが、スケール感はないものの、どの局面においても自然なフレージングと最適なバランスでのサウンドを楽しむことができます。速めのテンポの中、これしかないという弾き方でワルターの棒に完璧に応えているオーケストラからは心地よい緊張感が漲っているように思えます。第1主題の再々現部でも室内楽的な緻密なアンサンブルと金管群のバランス感覚は維持されます。小人数ゆえの端正なクライマックスの築き方とも言えますが、シンバル等打楽器を入れず、金管もがなりたてない大人しい表現になっています。最後のヴァイオリンによるフレーズも均質な音で意志のはっきりした演奏になっています。速めのテンポでありながら、この楽章のもつ美しさを見事に表現していると言えます。
 
 第3楽章。極めて小さな音量で開始されますが、引き締まった音で活力に満ちた演奏です。トゥッティでも金管と弦楽器は対等に聞こえるほどバランスよく録音されています。また、木管はきちっと吹かれていて、弦楽器の活きのいい弾むようなスタカートも印象的です。トリオは一転して遅めのテンポで、ベタッとした弾き方で一音一音たっぷり時間をかけて濃厚に歌われます。室内楽のように全パートからアンサンブルへの配慮を感じさせる演奏ですが、テンポの変化に乏しく、ややダレた印象を受けます。第4楽章はゆったりと開始されます。パート間の分離がよく、メリハリの効いた明瞭な音楽をまず打ち出します。第2主題は多少違和感のあるチェロ・バスのピチカートに乗って奏されます。木管が際立った主張をしています。第3主題に入ってもテンポは上がらず、やや重い足を引きずるようなトゥッティになっています。展開部におけるヴァイオリンは相変わらず安定した見事なアンサンブルを聞かせてくれます。間に挿入される金管のコラールで突然テンポを落とすのには驚かされますが、同じことをヴァントがやっていたと記憶しています。途中でテンポがどんどん遅くなるのはどうしたのか、再現部に向けても一向にテンポがアップしません。オーケストラ全体が疲れたのか腰の重い演奏になりかかっています。この遅いテンポのまま再現部、コーダへと入ります。どこか喘ぎ喘ぎ坂を登っていくような感じがします。最後の力を振り絞ってパワーを全開して駆け抜けてほしいものです。


◆シューリヒト/ハーグ・フィルハーモニー管弦楽団(1964年9月 Denon 改訂版)★★★★☆
 1938年のSP録音に続く2回目の録音です。ブルックナーを得意としていたシューリヒトが遺したこの録音は我が国でも長い間名演として高く評価されてきました。筆者も久しぶりに聴きましたが、あらためてシューリヒトの造詣の深さに感服すると同時にローカルなオーケストラの割りに極めて高い水準で指揮者の要求に応えているという意外な印象を受けました。

 第1楽章。速めのテンポで開始されますが、最初はチェロよりホルンが前面に聴こえてきます。セカンド・ヴァイオリンが右側に配置されているようです。全体的にセカンド・ヴァイオリンのトレモロが明瞭で、とりわけチェロのフレーズの最後にある四分音符の動きが強調されてあたかもトレモロを外して普通に弾いているように聴こえます。これはのちにジュリーニが踏襲していることです。また、ヴァイオリンと木管が旋律を受け継ぐ直前のアウフタクトにホルンが四分音符をひとつ吹きますが、ハース版にもノヴァーク版にも見当たりませんので改訂版の指示かと思われます。これはフルトヴェングラーやマタチッチの演奏でも聴くことができ、共にそれなりの効果を上げています。ヴァイオリンと木管は弾き出すと直ぐにパワー全開といった感じで、中央から迫ってくるヴィオラ以下のトレモロの主張に負けじと張り合っています。さらに右からはセカンド・ヴァイオリンのトレモロが寄せたり引いたりしていて立体的な構造を見せてくれます。この部分をこれほどまでに面白く聴かせる演奏は他にはありませんが、録音のせいか肝心のファースト・ヴァイオリンの高音が今ひとつ冴えないのが惜しまれます。第2主題におけるテヌート気味の8分音符による伴奏はユニークで全体に重厚な雰囲気を作っています。弦楽器が複雑に絡み合うところはどのパートも対等に扱われ、とりわけセカンド・ヴァイオリンはファースト・ヴァイオリンを凌駕する個所もあります。終結部に向けては思い切ったクレッシェンドとアッチェランドがかけられていて、使用している版の違い云々を超えた熱気と興奮を肌で感じることができます。改訂版のスコアは見ていないので正確なことはわかりませんが、ハース版とノヴァーク版ではこのあたりの指示は「常に目立って」となっていて、クレッシェンドして頂点のフォルティッシモの直前でノヴァーク版にのみ「やや活気づいて」と最後の2小節で括弧付きのリテヌートがあるのみです。アッチェランドせよというのはブルックナーの指示ではないということで原典版の両者はそれを外したのだと思われますが、このいずれかのスコアを使用している指揮者のすべてがここを譜面通りに演奏しているとは限りません。ここは続く第3主題のテンポをどうするかでその前との調整を行なう個所とも言えます。テンポを徐々に変えるか、いきなり変えるか、全くテンポを変えないか、この3つしかないのです。ブルックナーのスコアを改訂した人々は演奏家としての本能に従ってアッチェランドの指示を加えたとなると、現在でもそうする指揮者がいても不思議はないでしょう。しかし、シューリヒトはアッチェランドして第3主題をその速いテンポで演奏するのではなく、第3主題に入るとガクンとテンポを落とします。改訂版のテンポの指示はわかりませんが、聴き手の心を掴むに余りある効果を上げていることはまちがいありません。第3主題は迫力ある金管と抒情的な弦の歌い方が印象的で第1、第2主題とはまた違った濃厚な色付けが施されます。展開部でのチェロは冒頭でのやや様子見のおとなしい表現とは打って変わって、芯のある音で堂々とした恰幅のよい音楽を歌い上げます。金管のサポートも調子を上げてきています。フォルティッシモでの全奏ではオーケストラが一丸となって大音響を生み出し、まるで嵐を呼ぶが如く荒々しい音楽が始まります。セカンド・ヴァイオリンが第1主題を展開させるところは一音一音アタックをつけて荒々しくも大胆な弾かせ方をしています。それにファーストがオブリガード風に絡むところも食らい付くように弾かれていて迫力十分です。ドラマティックで緊張感溢れる展開部と言えます。続く再現部はその余韻がまだ覚めやらないといった不安感が漂います。第2主題の再現での盛り上がりも見事で、ヴァイオリンのオブリガード、金管コラール、低弦の持続音とすべてがバランスよく溶け合っています。この個所の表現ではトップクラスの演奏と言えます。第3主題の再現では無骨な感じを出しながらも突如ピアノにする演出も交えた精度の高いアンサンブルで演奏されます。コーダの前で息の長いクレッシェンドとディミュニエンドを行なうところでトランペットがアドリブ調に吹くところはなかなか面白く聴けます。改訂版ならではの音符なのでしょうか、原典版のこの個所にはトランペットの出番はありません。コーダにおけるクレッシェンドは物理的な音量の増大にとどまらず、激しい感情の昂ぶりを感じさせます。最後の音に入る直前に駄目押しのクレッシェンドをかけていますが、その体力の限界に飽くなき挑戦をする奏者たちにはただ脱帽するのみです。

 第2楽章。弦楽器が適度なテンポで滑らかな音楽を紡いでいきます。小細工を弄せず、スイスイ前に進んでいきますが、そこに忙しさは感じられません。足元を見つめず先の目標を見据えた演奏と言えます。第2主題はやや落ち着いたテンポで起伏を大きく取っていますが、自然な歌い方に好感が持てます。第2主題提示の終結部の近くで右から聞こえてくるセカンド・ヴァイオリンの美しさには思わず耳を奪われます。第1主題の再現に入ると、やや前傾姿勢になって音に一層の活力が与えられ、頂点めざしてテンポを上げていきます。この辺りではアンサンブルの乱れが生じていますが、奏者たちの気持ちの昂ぶりが如実に顕れていると言えます。ピークを越えるとさらにテンポは上げられ、もうひとつのピークである金管のファンファーレめざして音楽を収斂させていきます。頂点では勢いあまってバランスを崩し、やや忙しい感じになっているのが残念です。第2主題の再現ではヴァイオリンが左右に分かれて配置されているステレオ効果が物を言います。ここでも感傷に浸ることなく推進力のある音楽を展開します。その後は何の気取りもなく、第1主題の再々現部に入ります。ここではセカンド・ヴァイオリンの凄まじい迫力に圧倒されます。あまりリテヌートはかけずに前進しつづけ、一段テンポが速くなります。しかし、そのテンポはそれほど変化はなく、急激なアッチェランドやリタルダンドはかけずにストレートに頂点になだれ込みます。ここには大見得も気取りもなく、コンパクトできちんとしたクライマックスを築いています。音楽がおさまった後のフルートは自然なスタイルでヴァイオリンとうまく溶け合い、ヴァイオリンはこの楽章の様々なシーンを振りかえるように静かに歌います。

 第3楽章はとても速いテンポで、メリハリのある体当たり的な激しさを持っています。しかし、トランペットの音はあまり魅力的ではなく、トゥッティもまとまりに欠けます。木管は調子外れの音を出しますが、普段あまり聞こえないいろいろな音が耳に飛び込んでくる面白い演奏とも言えます。トリオは一転しておだやかに弾かれていますが、これまでと同じ緊張感を漂わせています。ヴァイオリンが1個所だけ派手なポルタメントをかけていて絶大な効果を上げています。第4楽章。右からセカンド・ヴァイオリンのトレモロ、左からファースト・ヴァイオリンの旋律が聞こえてくる面白い録音です。各パート共、慎重に音楽を築いていくといった趣です。第2主題は強弱のコントラストを大きく取っていながら作為のない演奏になっています。木管にはたっぷり時間をかけて吹かせていて、背後で吹かれるホルンとティンパニのトレモロとのアンサンブルは互いに近くに集まって演奏しているかのように聴こえます。第3主題では、金管のスタカートをつけた吹き方が諧謔さを出していてとてもユニークです。展開部に入ると、木管のアンサンブルや金管のコラールにたっぷり時間をかけます。続く、両ヴァイオリンがユニゾンで第1主題を展開するところは、さすがに左右に分かれていることもあって、縦の微妙なズレを感じさせますが、2回目にファーストが歯切れのいい旋律を弾き、セカンドが8分音符をスラーで演奏するところは、両者が対等に渡り合っていてステレオ効果も相俟って面白い世界を作り上げています。コーダに入る直前、ファースト・ヴァイオリンのトレモロによる下降分散和音とそれに続くセカンド・ヴァイオリンのトレモロには凄まじい気迫が込められています。オーケストラはもうヘトヘトらしく、あちこちで精度を落としていますが、テンポを維持する冷静さは失われません。最後のホームストレッチに入る前、セカンド・ヴァイオリンの8分音符についたトレモロを外して狂ったように大音量で弾かせているのには驚かされます。初めての方にはお勧めできませんが、随所に工夫を凝らした名演奏と言えます。


◆ヨッフム/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団(1965年7月 GRAMMOPHON ノヴァーク版)★★★★★
 ヨッフムによる最初のブルックナー全集で、この約10年後にドレスデンで再度全集を録音しています。この録音で驚くべきことは1965年とは思えない素晴らしい音で録音されていることです。ベルリンのイエス・キリスト教会での収録ですが、この6年後に同じ場所、同じオーケストラで録音したカラヤンのひどい音に較べると、録音年の記載が間違っているのではないかと思う程です。録音スタッフの腕前の差でしょうか。

 第1楽章。冒頭のチェロはゆったりと構え、肩の力を抜いた音を鳴らしています。ヴァイオリンのトレモロは終始はっきりした音で刻まれます。改訂版の指示かと思われますが、ヴァイオリンと木管が旋律を受け継ぐ直前のアウフタクトにホルンが四分音符をひとつ吹きます。のちのドレスデンでの録音では採用していません。ヴァイオリンと木管は、チェロの静かな主題提示とは一転して厚みのあるゴージャスなサウンドを聴かせます。背後で吹かれるホルンのコラールは極めてクリアに且つ味のある響きを作っています。第2主題は速めのテンポで演奏されていながら、ベルリンフィルの名手達が余裕で各パートの役割を演じます。オーボエは豊かな音色で歌い、チェロは厚みと張りのある音を聴かせ、ヴァイオリンは安定した淀みない音楽を作り上げます。ヨッフムは終結部に向けてテンポを緩めることなく一気にクライマックスへと導いていきます。しかし大爆発はさせず、節度を失うことはありません。第3主題でも速めのテンポを維持します。締めくくりの個所もベルリンフィルは少しも慌てずビシッと決め、しかもコンパクトな響きでまとめているのには舌を巻きます。展開部に入るとこれまで大人しくしていたチェロがいよいよ本領を発揮し、厚みと伸びのある音を聴かせてくれます。テンポが速いこともあって感傷に浸ることはありません。第1主題を展開するところでは、さすがに録音の古さが気になります。高音のヴァイオリンの音に生気がないせいか、テンポはいいのですが緊張感の高まりが今ひとつです。再現部に入る直前の小節の4拍目はヴィオラだけがトレモロで残るのですが、ヨッフムはその4拍目にフェルマータをつけて時間をかけます。この長いアウフタクトが次の再現部のテンポを形成することになります。これによって展開部から再現部へとテンポを急激に変えても違和感が残らないことになります。多くの指揮者がここのテンポの設定で苦労しているだけに、このヨッフムの解決方法は見事と言えます(2回目のドレスデンでも同じことをしています。)。第2主題の再現ではホルンのリズムを効かした8分音符と弦のピチカートが音楽に躍動感を与えています。次第に盛り上がっていく中、弦楽器は厚みと力強さを増し、金管は抑制された響きを大切にしつつ、興奮に満ちたクライマックスを築き上げます。その頂点においても金管は過度にならず、冷静さを維持します。コーダではたっぷり時間をかけて息の長いフレージングでピークを作りますが、終始一線を越えない均整の取れた響きを聴かせます。

 第2楽章。冒頭ではワーグナー・チューバよりヴィオラの音が優って聴こえます。その響きをさらに厚みのある弦楽器が受け継ぐあたりはベルリンフィルの面目躍如たるところがあります。遅めのテンポで中身の詰まった音は魅力に溢れ、時間いっぱいに切れ目なく歌い込んでいきます。第2主題においてもこの感じは続き、充実した低弦に支えられたヴァイオリンのパワーは衰えを知りません。第1主題の再現に入る時に、ヨッフムはまたしてもその直前の8分音符をめいっぱい伸ばすことで、次の遅いテンポを作っています。第1主題の再々現部ではしっかり弾かれるヴァイオリンの6連符に乗って旋律は時間をかけてじっくり歌われます。古い録音の割には息の長いクレッシェンドの間でも各パートの音は鮮明に聴き取ることができ、頂点におけるトライアングルもきちんと聞くことができます。この頂点でようやく金管はパワー全開といった感じでファンファーレを鳴り響かせます。

 第3楽章。躍動感のあるトランペットと堅実なホルンにリードされて、速めのテンポでグイグイと押し捲ります。弦楽器は引き締まった音で演奏され、全奏においてもバランスの崩れない見事なサウンドを作り上げます。また、ここぞという時のティンパニの一撃は大きな効果を上げていて、フレーズの最後のアコードを弾き切る音もキッパリとしていて爽快感を覚えます。細部まで神経の行き届いた見事なアンサンブルはさすがですが、ベルリンフィルからこれほどスリムで緻密な音を引き出すヨッフムの腕前には感心させられます。トリオでは、テンポを揺らさずにうねるような音楽を作り上げる弦楽器の弾き方は驚嘆に値します。おそらく、ひとつひとつの音をパート間でバランスを緻密にコントロールしているものと思われます。また、木管や金管が加わってもバランスが崩れることはありません。充実した勢いのある音で大きなクライマックスを築いていきますが、旋律を部分的になぞる金管や木管の響きがとてもユニークに聴こえます。名演です。

 第4楽章。比較的穏やかな表情で開始されます。テンポは中庸で、ヴァイオリンのトレモロ、木管のソロとすべて完璧なバランスで演奏されます。第2主題はやや速めのテンポで奏され、木管とホルンの絡みがクリアに聴けます。低弦の確固としたピチカートに乗ってヴァイオリンは張りのある音で旋律を歌います。展開部ではテンポの動きがあって緊張の高まりはありますが、スケール感や迫力といった面でやや物足りなく感じます。弦楽器が p で主題を複雑に絡めながら奏するところのアンサンブルは見事で、低弦のピチカートも絶妙です。コーダに入ってもパワーを誇示することなく、常にバランスを最適に維持した演奏を行ないます。ヴァイオリンのトレモロの動きや木管の合いの手がクリアに弾けつつ、クライマックスに向けて大きな高揚感を作り上げます。しかし、何故か低弦の存在感が薄く感じられ、盛り上がりも今一歩のところに留まっています。この年代の録音ではやむを得ないかもしれません。


◆ムラヴィンスキー/USSR交響楽団(1967年2月25日 Russian Disc)★★☆☆☆
 ムラヴィンスキーとブルックナーという組み合わせはどうもしっくりきませんが、7,8,9番の録音を遺しています。この7番はモスクワ音楽院でのライヴ録音で、音質はともかく演奏の水準からいってムラヴィンスキーには気の毒な出来といえるかもしれません。オーケストラがまだこの曲に馴染んでいないせいでしょう。しかし、ムラヴィンスキーのアプローチは予想を覆す、極めてロマンティックものです。ショスタコヴィッチやチャイコフスキーの演奏でみせる冷徹なムラヴィンスキーはここにはいません。この曲が初演された当時のヨーロッパではこんな演奏が普段聴けたのかもしれないなどと考えたりもします。

 第1楽章。冒頭からたっぷり時間をかけて主題を歌わせます。ヴァイオリンがマイクに近いせいかトレモロの音が生々しく聞こえ、全体的に起伏を大きくつけています。ヴァイオリンに主題が移ると活気と力強さが加わり、金管がするどい音で入ってきます。ここには通常とちがうブルックナーの姿があります。第2主題では、ダイナミクスの変化が激しく、テンポも大きく揺れます。フレーズの終わりではリテヌートがかかりすぎてあわや音楽が止まりそうになる程です。弦楽器が錯綜するところもゆったりと演奏され、表情豊かに歌い込みます。また、トランペットがヴィブラートをたっぷりつけて吹くのもユニークです。おそらくブルックナーでこんなラッパは空前絶後でしょう。第2主題の終結部に入るところはまたしても止まりそうになるくらいにテンポをルバートさせ、その後激しいアッチェランドをかけて頂点をめざします。しかも、その頂点に到達する直前で大胆なリタルダントをかけていて、そのやり放題ぶりには恐れ入ってしまいます。第3主題はとんでもなく遅いテンポで演奏され、金管のファンファーレは遅すぎて音がスカスカに聞こえます。展開部でのチェロとヴァイオリンが対話するところは、ふんだんにテンポをルバートさせ、音量を極限にまで小さくしたり、大きな起伏をつけたりと、その是非はともかくありとあらゆる手を使って楽しませてくれます。展開部の後半ではテンポを速めて緊張感を高め、ドラマティックな世界を作り上げます。ある意味ではツボを押さえた演奏とも言えます。

 第2楽章。生々しい音が飛び交う、動きの激しい演奏です。弾き始めると直ぐに熱気を帯びてくるのはいいのですが、大音量で録音されているために音が割れてしまっています。第1主題の頂点では荒々しい金管とキンキンするヴァイオリンの音が耳に突き刺さります。第2主題はゆったりとロマンティンクな表情で演奏され、絶えず揺れるテンポで綿々と歌われます。随所に芝居がかったところがありますが、たまにはこんな演奏のいいかもしれません。しかし、如何せん音の貧弱さが鑑賞を妨げています。クライマックスでの音は壮絶とも言える大音響で録音されています。ところが、あれほど熱っぽい演奏を聴かせたヴァイオリンは、楽章の終曲においては何とも素っ気なくつまらなそうに弾いています。第3楽章はこれまでと打って変わって小細工の一切ない演奏になっています。快速なテンポに対して厳しいリズムでオーケストラが機敏に反応しています。トランペットをはじめ金管のつぶれ気味の音はやむを得ませんが、ムラヴィンスキーのよく知られた厳格な面がようやく顔を出していると言えましょう。トリオも至ってシンプルで自然なスタイルになっています。クライマックスでも見得を切ることなくストレートな盛りあがりを見せます。

 第4楽章。主題提示では前傾姿勢で激しく熱気のこもった演奏です。この提示部のしめくくりでのスタカートを効かした弾き方はとてもユニークです。全体的に多少忙しいことを除けば、緊張感の高め方、テンポの変化のさせ方、音楽の組み立て方に違和感はありません。しかし、フレーズや曲想が切り替わるポイントでオーケストラが反応しきれていない、又は音をきちんと取れていないために最後の音の処理などが乱暴に聞こえることがあります。コーダに向けて集中させていくところは見事で、貧弱な録音ではありながら熱気あふれる終曲を聴かせてくれます。ただ、この演奏がムラヴィンスキーのブルックナー観をどれだけ示しているものなのかはわかりません。正規の録音ではないこともあり、必ずしも十分なリハーサルをやってはいないようで、ムラヴィンスキーの意図がどれだけ奏者に浸透しているかはわからない演奏と言えます。


◆マタチッチ/チェコ・フィルハーモニー管弦楽団(1967年3月 Spraphon ハース版)★★★★☆
 この年代にしては古さを感じさせないクリアな録音です。かつてLP時代に聴いた感動はCDになっても失われず、当時は突出して聴こえたフルートの音量は何故かCDになって改められています。

 第1楽章。冒頭のチェロによる第1主題は最初だけホルンの音がかぶさっているのですが、ホルンを大きめに吹かせていることと一風変わったその音色に特徴的があります。チェロは程よいテンポに乗って非の打ちどころがないくらい自然なスタイルで主題を奏します。その奥行きのある中身の詰まった音で力強い運弓を交えながらブルックナーの音楽を磨き上げています。ヴァイオリンのトレモロはいかにも霞んでいる状態から大きなクレッシェンド、時として旋律と対等にわたり合うなど変幻自在さを見せてくれます。木管とヴァイオリンに主題が移る直前、セカンド・ヴァイオリンのトレモロによる絶妙な音の動き、改訂版に存在するアウフタクトで吹かれる幽玄なホルンの四分音符(ハース版やノヴァーク版にはない。)、すべてが静止してその風景が記憶に永遠に留まるような思いがする瞬間です。その直ぐ後からは分厚い中低弦のトレモロに乗って木管と弦が絶妙なバランスで主題を密度濃く演奏します。中低弦のトレモロはオルガンのような持続音を表現しているばかりか、激しい起伏をもって主旋律に大きなうねりをもたらしています。こうしたお膳立てを積み重ねて迎えるクライマックスにおける金管の咆哮を聴くとブルックナーの素晴らしい音楽作りへの感嘆を新たにせざるをえません。さすがにこのあたりはもう少し録音が良ければと悔やまれてなりません。第2主題では、ホルンとトランペットがピアニッシモに拘らず旋律と対等にリズムを吹かせているところがユニークで、作為のない朴訥さがよく表われています。木管群はそれぞれ個性的で、とりわけフルートの堂々とした吹きっぷりには感心させられます。ここから頂点へと昇りゆくところはやや重心が低くすぎる感じは否めせんが、時折艶っぽく聴こえるヴァイオリンのため息を絡めて、これでもかというコントラバスによる四分音符の連続が圧倒的なクライマックスを築いていきます。続く第3主題はワーグナーを思わせる金管の響きを背景にしてやや重い足取りで演奏されます。しかし、安定したテンポに乗っていて暗く沈んだ感じはありません。提示部の終結における金管のファンファーレは付点音符の短い2つの音が少し間延びしているせいか厳しさがあまり感じられないのは惜しいところです。展開部では、チェロの激しいながらも感傷的にならないところとフォルテにおける金管の見事なサポートが光ります。この後のところで気付いたのですが、フルートのソロに妙な雑音が混じるのと、ソロを吹いていた時の音量が途中オーボエの加わる小節(183小節)で突然大きくなるという不自然なことが起きます。LPの時に大きすぎると思っていたフルートの音量ですがデジタル化する時に操作したのでしょう。フルートが突出していてもLP時代は名盤の誉れ高い演奏でしたし、当時繰返し聴いた筆者としてはそのままでもよかったのではないかと思います。展開部では2つの旋律線が同時に進行するところに特徴がありますが、各パートが輪郭のはっきりした音で演奏されていて大きな効果を上げています。しかし、この楽章の中で最も動きや起伏の多いところにしてはおとなしい感じがします。第2主題を再現するところで、ヴァイオリンがオブリガード風に弾くところは生真面目すぎるところがあるものの、主旋律とのバランスはよくとれています。コーダに入ってもテンポは大きく変わりません。ヴァイオリンの跳躍するトレモロを聴くと奏者たちが必死に右手を動かしている様が目に浮かびます。

 第2楽章。遅いテンポで一音一音踏みしめるように弾かれています。弱音の指定にも拘らずに十分鳴らし、ブレスを大きく取った自然なフレージングに特徴があります。芯のある音弾かれ起伏が大きいことが遅いテンポでももたれることから救っています。ヴァイオリンの高音が輝きと伸びがないのが、張りのある音で弾かれているだけに悔やまれます。第2主題も同じく遅めのテンポでこれまでと雰囲気はあまり変わりません。このテンポにも拘らずフルートが朗々と響かせているのが印象的です。しかし、ここではさすがに弦楽器の音色に魅力がないせいか、やや単調に感じられます。第1主題に戻っても最初と大きな差はなく、楽章の開始からずっと同じ調子が続いているため、音楽の行方が定かではない、とりとめのなさを感じさせます。金管のファンファーレに向けて音楽が高潮していくところでも、テンポの変化は見られず、頂点を過ぎてからもそれまでと同じ遅いテンポに貫かれます。ここまで徹底した演奏は他に例がありません。第1主題の再々現部においては厚みのある旋律部に対してヴァイオリンの6連符が霞むことなく常にはっきりと弾かれます。遅いテンポの中を徐々に盛りあがり、金管の鋭角的な咆哮を伴って大きなクライマックスを築きます。ハース版のはずなのにシンバル等打楽器が派手に打ち鳴らされます。この後のワーグナー・チューバとホルンは控えめで大人しいコラールになっています。しかし、最後のヴァイオリンとフルートは芯のある音でしっかりと奏されています。

 第3楽章。この楽章も遅いテンポで、きちっと音を取った端正な音楽になっています。冒頭ではトランペットよりホルンの動きを強調させているのに興味が惹かれます。弦楽器はスタカートを活かしたクリアな演奏を展開させ、木管もよく聴き取れる力強さを持ち、金管はパワーを全開させながら、バランスのよいサウンドを聴かせます。トリオは相変わらず遅いテンポで奏され、やや重々しい印象を受けます。ヴァイオリンが一瞬いい音を出しかけますが長くは続きません。第4楽章。これまでと一転して、冒頭からリズミカルで溌剌とした音楽を展開します。しかも、フレージングには粘りがあり、充実した低弦を始めどのパートも輪郭がはっきりしています。第2主題は分厚い響きで重みのある音楽になっています。とりわけチェロ・バスのピチカートはその弾むようなリズム感と深い音色で旋律部を見事に支えています。また、フルートを始め木管楽器も太い音で応えていて音質的にバランスのよくとれた演奏になっています。第3主題の金管も堂々としていて弦楽器とのバランスもよく取れています。この楽章ではテンポの設定はフレキシブルで曲想に応じて微妙な変化が施されています。展開部では、落ち着いたテンポで弦楽器は端正なスタイルを堅持し、木管と金管との掛け合いは見事で共にしかっり弾かれているのが印象的です。再現部でもしっかり弾かれるスタイルは変わらず、終曲に向けての微かな気配を感じさせますが、もう少し踏み込んだ緊迫感がほしいところです。マタチッチ独特のテンポ感に貫かれた演奏で、その説得力は各パートへの的確な指示とバランス感に裏付けられたものと思われます。


◆セル/ウィーンフィルハーモニー管弦楽団(1968年8月 SONY 原典版)★★★★☆
 ハンガリー生まれの名指揮者セルは、1946年から亡くなる1970年までアメリカのクリーヴランド管弦楽団の常任として数々の名演をレコードに遺しましたが、ヨーロッパのオーケストラとの共演のレコードはあまり多く残されていません。しかし、演奏会となるとその関わりは決して浅くはなく、ザルツブルグ音楽祭でウィーンフィルとは1949年のデビュー以来度々共演しています。最近になってこうした演奏会のライヴ録音が正規にCDとしてリリースされることはたいへん喜ばしいことです。このCDは、セルとウィーンフィルとの出会いという記念碑的な記録というのにとどまらず、のちのブルックナー演奏を先取りしているところに注目したいと思います。なんとこのセルの演奏は、1992年にウィーンフィルと録音したアバドと極めてスタイルが近い点に興味を覚えます。演奏時間の比較はあまり意味はないのですが、共に64分前後で各楽章の時間もほとんど同じです。

 第1楽章。チェロによる主題は速めのテンポで流れるような自然さとコントロールされたダイナミクスの変化に耳を奪われます。弦と木管に受け継ぐ直前には改訂版に存在するホルンのアウフタクトがかすかに聞こえます。その後の音楽は大げさに盛り上がることはなく、コンンパクトにまとめられています。第2主題は比較的ゆっくりめでじっくり歌うことに徹していますがテンポは常に一定に保たれています。木管同士のバランスなどライヴとは思えないくらい見事なアンサンブルを聴かせてくれます。残念ながら古い録音ですので弦の艶といったところまでは聴き取れませんが、弦楽器は恐ろしく正確な音程でこれぞお手本とも言うべきレガート奏法を披露しています。充実した内声部も目を見張るものがあり、起伏の大きな息の長いフレージングで歌う主旋律を支えています。最初に迎えるクライマックスにおいては金管が突如大音響で鳴りわたりますが、その厳格なリズムと割れた音を聴くと、ウィーンフィルにここまでやらせるセルの厳しい姿勢をうかがうことができます。第3主題では、落ちついたテンポで生真面目な弾き方をさせています。メカニカルでぎこちない印象を抱かせてそこに諧謔性を感じさせるのが狙いかもしれません。続く金管によるファンファーレは先程同様厳しいスタイルで吹かれますが、その後展開部に入る直前の弦とホルン、クラリネットによる牧歌的なところは一転して穏やかに歌われ、見事なコントラストをつくりあげています。展開部に入っても木管によってこの長閑な雰囲気は維持されます。その後テンポは再び速くなり音楽は次第に熱を帯びてきます。ヴァイオリンによる第1主題をオブリガード風に変形させるところではたたみかけるように激しさを増していきますが、その音程の正確さは失われることはありません。再現部での木管のクールで正確なアンサンブルを聴くととてもライヴとは思えません。そればかりか、その速めのテンポの中でもしっかり歌わせているのはさすがです。再現部の終結部では壮大なクライマックスを築き、続くコーダではもったいぶらずに、金管のパワーを全開させ一気に駆け抜けます。最後の音をきっぱり弾き切るところも印象的です。スリムでありながらこの曲のツボを外さず、速めのテンポでありながら歌うところはしっかり歌う見事な演奏となっています。

 第2楽章。前の楽章とは対照的にたっぷり時間をかけて奏されます。一音一音噛締めるように弾かれますが、緊張感と推進力は常に維持されます。第2主題は憧憬に満ちたウィーンフィルの特質を活かした美しい音楽を作り上げます。録音が良ければ、と悔やまれる瞬間です。美しいだけでなく、細部まで神経の行き届いた表現も忘れてはいません。しかし、音楽が盛りあがると急激なダイナミクスの変化もあってバランスが崩れ、さらに高音が金属的な音になって聴きずらくなります。それでも、一瞬たりとも緊張感を失わずめざす頂点へ向けて次第に求心力を高めていくあたりは見事な棒さばきと言えます。第1主題の再々現部では計ったような正確なリズムと快速なテンポで進められます。音程の正確さはもとより、いささかの弛緩もなく一気に頂点をめざす姿は、あまり例のない演奏であるだけに新鮮な印象を受けます。

 第3楽章は小気味の良いテンポで弾かれていて、各パートの反応の良い腰の軽さが光る演奏で、とりわけ低弦の食いつきの良さが見事です。コンパクトな響きでありながら、決めるべきところはきちんと抑えています。フレーズの最後の音を短くはしょるところはユニークです。途中、ゆっくり吹きたい木管と先に行きたい弦楽器との間で食い違いを見せているのは面白いところです。トリオは感傷に流されない引き締まった演奏ですが、与えられたスペースの中で自然に歌うところはさすがです。第4楽章。セルらしい緻密な音楽に仕上がっています。計算されたダイナミクス・コントロール、決して横道にそれない勢いのあるテンポ感に貫かれています。常に先を見つめた演奏で、堅固な構成感を意識させます。金管は最後までパワーを失うことなく、引き締まったサウンドを維持し、弦楽器はウィーンフィルの特質としての潤いのある美音を聴かせます。一般的なこの曲のイメージからは遠くかけ離れた演奏ではあります、ブルックナーのスコアからこういう演奏も引き出せ、それはそれとしてブルックナーの音楽になり得ることをこの演奏は示しています。


◆カラヤン/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団(1971年 EMI ハース版)★★★☆☆
 なめらかで横に広がりのある音で演奏されますが、どっかりと腰を降ろさずにやや前傾姿勢になっています。ヴァイオリンはクールでフレーズの後半では壮大なクライマックスを築くかに見えながらあと一歩のところで踏みとどまっています。熱くならないというスタイルを堅持しようとしているようです。第2主題は重心の低い響きに支えられつつ、弦楽器の各声部がくっきりと浮き彫りにされます。しかしなかなかエンジンがかからず、淡々と音楽が進められるところは少し物足りなく感じられます。また、録音に生彩さとクリアさがないだけに一層欲求不満を覚えます。第2主題の終結部でようやく巨漢が起きあがるかのごとくベルリン・フィルの重量感あるサウンドを鳴り響きます。しかし、決して荒々しくなって一線を越えるようなことはありません。第3主題にはいるとすぐさまひっそりとした音楽を作り上げます。金管はワーグナー風の雰囲気を出しつつもツメを隠しているといった風情です。ここでのファンファーレも流麗そのもので、この頃のカラヤンの演奏でよく耳にするスタイルといえます。しかし、音楽がおさまった後のヴァイオリンの静寂さや、続くフルートの冴えた音などは単に流麗だけでは言い表わせない、カヤランの美への飽くなき追求ともいえる執念を感じさせます。展開部のチェロはたっぷりと時間をかけて歌い上げていて、金管とのバランスにも秀でた演奏といえます。しかし、起伏が少なくベタッとした弾き方は好悪が分かれるかもしれません。ここでも熱くなることもなく、どこか醒めているのが特徴的です。展開部後半でのヴァイオリンもオブラートに包まれているような弾き方になっています。これまでの雰囲気を維持しているために、落ち着いたテンポで緊迫感があまり感じられません。再現部の見事なホルンの響き、金管群によるソフトなコラールとこのまま何事もなくコーダに行くかと思わせます。しかし、第3主題の再現でようやく金管がワイルドさを出し始め、ヴァイオリンが熱っぽい弾き方をほんの一瞬ですが聴かせてくれます。必ずしも成功しているとは思えませんが、他の指揮者がやらないここにクライマックスを置こうとカラヤンが意図的にこうしたとすればなかなかの策士といえるかもしれません。

 第2楽章は比較的速めのテンポで進行し、相変わらず重心の低い弦楽器のサウンドが迫ってきます。とりわけ低弦の存在感が光る演奏です。しかし、特別な表情をつけることもなく淡々と進み、第2主題に入ってもテンポは変わりません。再び第1主題に戻ると弦楽器の高音から低音まですべてが完璧に鳴り、かつ見事にブレンドされます。ただそこには情熱とか力強さといった奏者の何らかの意志が感じられないように思えます。この辺がカラヤンの表面的で空虚な音楽づくりと批判されるところかもしれません。しかし、神経質に細かい表情づけを行なわず、ダイナミクスの変化に過剰に反応することもなくひたすら音符をあるがままに再現しているという見方も一方にはあるように思えます。これはあくまで好みの問題でしょう。第2主題の再現でややテンポは速められますが、ゲネラル・パウゼの後は再び元のテンポに戻ります。しかし、第1主題の再々現部に入ると、徐々にテンポはアップし、ヴァイオリンが奏する6連符の連続では次第に緊迫感を高めていきます。オーケストラ全体が一点めざしてパワーを集中させていく様は圧巻で、これまでためてきたエネルギーを一挙に爆発させます。カラヤンも人の子、このあたりではさすがにコントロールを失っているようですが、それがかえって音楽に生気と躍動を感じさせてくれます。なお、ハース版でありながら、ここの頂点ではシンバルとトライアングルが派手に入っています。ティンパニの凄まじいロールも見事です。

 第3楽章。超重量級のブラスを安定したテンポで吹かせます。迫力満点なだけに録音の悪さが気になってきます。とりわけクリアさに欠けるために、金管の迫力の前に弦楽器の各パートの動きを想像で補わないといけません。トリオの重厚さは特筆すべきで、全体になだらな音楽を作り上げています。第4楽章。複付点を活かした躍動感と滑らかさが同居する主題提示をおこなっていて、全体に明るい雰囲気を作り上げています。第2主題ではダイナミクスの細かな変化と確固としたチェロ・バスのピチカートが印象的です。金管は角のとれた音ではありますがパワーは十分で、低弦のずしりとくる音に支えられて安定したバランスのよい世界を展開します。もう少し録音がクリアであれば透明感のある演奏になったことでしょう。ヴァイオリンの音も録音のせいかいつも霞みがかかっているように聞え、金管の咆哮の前には遥か彼方で弾いているようでほとんど無力に見えます。コーダに入ってややテンポに動きが生じ、ややリズムに活気が生まれますが、それほどダイナミックな盛り上がりをみせずに終わりを迎えます。最後までカラヤンは醒めているといった感じです。


◆チェリビダッケ/シュトゥットガルト放送交響楽団(1971年6月8日 GRAMMOPHON ノヴァーク版)★★★★☆
 音質の劣悪な海賊盤の横行に待ったをかける意味でも、チェリビダッケの残した放送録音の正規リリースは歓迎すべきかと思われますが、鳴り物入りで発売されたわりには思ったほどいい音質でなかったのが残念です。しかし、1994年に録音されたミュンヘンフィルとの録音に較べるとチェリビダッケのブルックナーは極めて自然なテンポ設定で演奏されていて聴きやすいものなっています。

 第1楽章。チュロは音をひとつひとつ大切に弾いていて、ゆったりと穏やかな雰囲気を作り出します。長い音符を必要以上に弾き込まないように意識しているようで、この楽章の行方をじっと見据えつつ歌いたいという気持ちを抑えているように聞こえます。ヴァイオリンが旋律を引き継ぐ時、いっしょに吹く木管群はヴァイオリンとほぼ対等に吹いていて、とりわけオーボエの音が際立っています。遠くに響くホルン、端正なトロンボーンと最初のクライマックスをバランスよく作り上げ、この時点でチェリビダッケは第1楽章をどんな姿にしていくかを決定付けています。第2主題でもオーボエの音色やフレージングに冴えが見られ、ホルンの絶妙な8分音符の刻みと相俟って洒落た世界を築きます。遅いテンポながら、軽く弾むようにな音の出し方を意識しているようで音楽が停滞することがありません。クレッシェンドをかけるのに伴なって、テンポが僅かながらアップして音楽が動き出します。後年のミュンヘンフィルとの演奏では見られないところです。第2主題の終結部ではアッチェランドまでかけて見事なクライマックスを創出しますが、大音量も録音のせいか窮屈な感じに聞こえます。第3主題はテンポの大きな変化や激しさはなく、流れを重視した安定した演奏で、金管のファンファーレも端正な佇まいを見せています。展開部では木管の各パートがじっくり時間をかけて思う存分歌います。しかし、各楽器間の音色面での連携はあまりみられないようです。最初に奏するチェロは控えめでクールな印象を受けます。その後は威圧的にならず、なだらかなピークをつくります。外に発散させるというより足元をみつめるといった、思索に満ちた音楽を感じさせます。その頂点でチェリビダッケが足踏みをする大きな音が入っていますが、チェロはそれに反応せず、大きな感情を入れ込むことはしません。展開部後半ではセカンド・ヴァイオリンによって第1主題が力強く熱のこもった弾き方を見せる一方、ファースト・ヴァイオリンは他の楽器に押され気味です。緊迫感は漂わせてはいるものの跳躍する高音では見せ場を作るのに到っていません。再現部では音楽の自然な流れが際立ち、クライマックスめざして長いクレッシェンドが効果的に演出されています。残念なのはヴァイオリンのオブリガードが録音のせいで突き抜けるように聞こえないことです。しかし、頂点でのオーケストラの集中力は見事で、とりわけトランペットがいい響きを作っています。コーダもその全貌がマイクに入りきれていないようで、不鮮明な音の塊になっているのが残念です。

 第2楽章。ヴァイオリンは音の頭にアクセントをつけない弾き方で引きずるように演奏します。フレーズ毎に細かい起伏をつけ、何か考え事をしているような歩みを見せますが、遅さがあまり感じられないのは弾かれる音に勢いがあるからかもしれません。ただ、ヴァイオリンの音色にはあまり魅力を覚えません。しかし、クライマックスに近づくにつれて張り詰めた雰囲気を作り出していくところ、頂点においてヴァイオリンが残って高音部から下降分散和音を弾くところでの緊張感の高まりは見事です。第2主題では流れるような弾き方に特徴があり、バランスも良く取れています。フレーズに即したテンポや音量が自在に変化するところなどは思わず惹き込まれてしまいます。第1主題に戻ってからは、冒頭の時より一層柔らかい響きになり、それぞれの楽器が音楽を丁寧に紡いでいきます。しかし、テンポが遅くなることはなく、クライマックスに向けて集中力を増していきます。多少縦の線が揃わないことと、録音の精度からくるトゥッティでの音の濁りは致し方ありませんが、躍動感に満ちた見事なピークを築きます。第2主題の再現からのところも明解な音楽が涌き出るように自然に流れていきます。奏者たちがかなり弾き込んでいるということが窺える演奏と言えます。第1主題の再々現部でのヴァイオリンの6連符はクールで無表情な感じがしますが、旋律部の熱っぽい弾き方に不思議とはまっているように思えます。さらに、金管の力強いコラールに引っ張られるように、大きな推進力で音楽が前に進められ、一直線にクレッシェンドして頂点へとなだれ込みます。そのちょうど1小節前にチェリビダッケがいつもの唸り声を発しているのがとても印象的です。音楽がおさまってからはテンポをグッと落し、ワーグナー・チューバとホルンのコラールにはたっぷり時間をかけます。続くヴァイオリンはまさに消え入るかのごとく美しい光芒を描いて楽章の幕を降ろします。ヴァイオリンにからむフルートはよく合わせてはいるものの、ヴィブラートが多すぎてヴァイオリンの描く世界からは少々ズレているように思えます。

 第3楽章は、くっきりとした段階的なクレッシェンドにスリムな響きがまず耳に飛び込んできます。さらに、あいまいさのないリズム感と躍動感あふれる弾き方がここの音楽を輪郭のはっきりしたものにしています。録音に鮮明さが不足してはいますが、頂点めざして全体が収斂していくところなど、言いたいことがよくわかる演奏です。各パートがめまぐるしく入れ替わって旋律を受け持つところでもくっきりとしたメロディーラインが浮かび上がっています。トリオは速めで、ヴァイオリンの音は引き締まった張りがあり、感傷に拘泥することがありません。やや奥まって聞こえる木管どうしのバランスが今ひとつなのが悔やまれます。淡々と音楽が進められ、クライマックスでも大見得を切ることもなく、あっさりとトリオを終わらせます。

 第4楽章。細かい絹のような肌触りのトレモロにまず驚かされます。ヴァイオリンやチェロが弾き始めの音量を相当抑えているために、やや生気に欠けるような印象を受けます。しかし、すぐ持ちなおしてコンパクトでリズムのしっかりした音楽を展開し、パワー全開で呼応する木管が第1主題をキリッと引き締めています。第2主題ではホッと落ち着くようなテンポで温かみのある弾き方を見せます。ホルンと木管のアンサンブルは見事ではありますが、ここでもフルートの大きすぎるヴィブラートが気になります。トゥッティに向けて緊張感を煽ることはせず、強奏の直前でクレシェンドさせずに逆に消え入るように弾かせるところはユニークです。チェリビダッケは後年、ミュンヘンフィルとの録音でこの手法は多く取り入れています。この強奏においては決して激することなく、響きを確かめるように端正な佇まいを見せます。展開部の木管は、そのフレージングにおいて楽器間に温度差があるように思え、ややぎこちなく聞こえます。また、ヴァイオリンの跳躍する旋律もテンポが遅くひっそりとした弾き方であるため緊張感に欠けます。しかし、再現部に入ると次第に躍動感を増し、多少の音程に精度を欠くもののコーダに向けて集中を高めていきます。途中テンポを急に上げるのには驚かされますが、そのまま一気にクライマックスにもって行きます。ライヴ録音であることや録音状態の悪さやオーケストラの水準から、チェリビダッケにとって決して万全な演奏とは言えませんが、この演奏ではチェリビダッケが音楽を支え、ドライヴさせて、ブルックナーの世界へとオーケストラを導いていることがよくわかります。この時代にチェリビダッケが打ち出したブルックナー像が現在でも十分通用するものであるという認識を新たにさせる名演奏と言えます。


◆マズア/ライプチッヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団(1974年6月 BMG ハース版)★★★★☆
 マズアは1974年から1978年の5年間でブルックナーの交響曲全集を完成させていますが、全9曲のうちこの7番が最初の録音ということになります。また、現在のニューヨークフィルの音楽監督就任記念演奏会でこの曲を取り上げ、ライヴ録音されているところをみると、マズアにとってお気に入りの曲なのでしょう。

 第1楽章。遅いテンポで開始されます。チェロは冒頭の分散和音を一音一音踏みしめるように上っていき、自信溢れる運弓から威厳ある音で主旋律を歌います。また、ここの最高音でのホルンの響きはいい雰囲気を出していて、さすがこの曲を初演したオーケストラだけあって開始早々から聴き手の耳をくぎ付けにさせます。続くヴァイオリンもチェロ同様確固とした足取りで音楽を引き継ぎます。落ちついた低弦のトレモロ、くっきりと聴こえるチューバの下降音階、ホルンの咆哮と各パートが各自の役割を見事に演じます。第2主題へ向けてややテンポを上げていくところはユニークで、のちにニューヨークフィルとの演奏のような不自然さはありません。第2主題で木管は細かな表情付けには乏しいものの音符を忠実に再現しています。弦楽器は明るい雰囲気で次第にテンポをアップさせます。金管も同様に明るめの音色で吹かせているところに特徴があります。第2主題提示の終結部におけるトランペットのファンファーレはメリハリの効いた鋭い音で奏され、マズアが描こうとするこの曲の姿がここではっきりと打ち出されることになります。直前の最強音が鳴り終わらぬうちに第3主題になだれ込むといった大胆さ、速めのテンポで鋭角的なリズムによる弦楽器、重みのある金管群といくつもの仕掛けを楽しむことができます。3つの主題をそれぞれ色を変えて提示するあたりマズアの巧みな演出が光っています。展開部に入ると木管群はくせのない豊かな響きで競い合います。各フレーズの終わりでリテヌートはかけていません。それでもフレーズの終わりを待ちきれずにチェロは入ってきます。チェロは幅と奥行きのタップリある音で堂々と第2主題を展開しますが、決して旋律に溺れない冷静さを備えています。続く全奏によるフォルテッシモの個所は相変わらず鋭いトランペットと重量級のトロンボーン、チューバによる下降音階によって威厳にあふれた圧倒的な迫力を見せつけます。この後テンポは遅いままでその威厳を維持し続けます。ファースト・ヴァイオリンが高音部を駆け巡るところは、あたかも王侯貴族が舞うように優雅に弾かれます。そのままテンポは変わらず再現部に入ります。遅いテンポの割には木管の音色への配慮は今ひとつです。第2主題の再現でグンとテンポが上がり、ヴァイオリンのオブリガードが効果的に繰返されます。最高音はさすがに音がつぶれていて、録音がもっとよければと悔やまれます。コーダの前にある長いクレッシェンドとディミュニエンドでは大きな頂点が作られ、さらにコーダでは明るい金管の響きと際どいトランペットが作り出す音の洪水には圧倒されます。この楽章におけるテンポの移り変わりはどこも自然でオーケストラ全員が見通しと自信をもっているように感じられます。名演です。

 第2楽章。冒頭のワーグナー・チューバとヴィオラによる透明感のある響きがまず耳を捉えます。弦楽器の充実した勢いのある音はもったいぶらない素直な弾き方と相俟って爽やかさな印象を与えます。強弱のメリハリのついた、均整のとれた響き、フレーズに即した適度なテンポの動きと、自然な音楽作りに徹しています。第2主題は速めのテンポで考える暇もないほどですが、それが却ってストレートに音楽が伝わってくるように感じられます。しかもその中で、内声部が味わいのある音色で奏されているのには驚かされます。第1主題に戻った後も音楽は停滞することがありません。弦楽器の各セクションが統一感のある弾き方しているのですが、マズアが強引にオーケストラを引っ張って緊張感に満ちた音楽を作り上げているのがよくわかります。その勢いは止まらず、次第に高揚させて金管のファンファーレへと一直線に盛り上げていく手腕はなかなかのものがあります。第1主題の再々現部においても音楽の勢いは衰えず、旋律部の厚みのある音はフレーズ毎にその力強さを増していきます。頂点に迫るにつれて金管のスケール感のあるサウンドが時間をかけて誇示され、トランペットは輝かしいファンファーレを高らかに響かせます。この頂点においてハース版では打楽器がないのですが、マズアは譜面通りの編成で演奏していながら、その打楽器を補って余りあるブラスの迫力ある咆哮によって圧倒的な頂点を築きます。音楽がおさまった後のワーグナー・チューバのコラールはやや不鮮明なところがあり、何かを訴えるには到っていません。しかし、この後は弱々しく衰えていくのではなく、しっかりした音楽が最後まで維持されます。澄みきった音色のフルートが印象的です。

 第3楽章はのんびりした雰囲気の明るい音色のトランペットで開始されます。続く弦楽器にも厳しさはありませんが、音に勢いはあって、無骨にまで同じ音型を繰返すブルックナーの一面をうまく表現しています。残響が多いホールであるようで音が濁らないようにやや遅めのテンポを採用しています。木管の引き締まった音に耳を奪われます。トリオも速いテンポでありながら、弦楽器の弾く音には潤いと熱いものの息づく様子が伝わってきます。トランペットにからむ木管ものびのびと歌い、色彩感豊かな音楽を作り上げています。深刻さも諦観もない明るく心なごむ演奏と言えます。第4楽章もゆっくり噛締めるように進行します。しかし、複付点を活かした溌剌とした弾き方であるため、ヴァイオリン、チェロ、木管とそれぞれが輪郭のはっきりした演奏になっています。第2主題では木管やホルンが穏やかな表情で奏されていて長閑な雰囲気を作り出しています。第3主題における金管はゆったりとしたテンポのせいか少々大人しすぎるように聞こえます。展開部に入っても緊迫感を煽ることもなく、堅実なアンサンブルできちっとした演奏に徹しています。強奏時でも決してがなりたてることをせず、ヴァイオリンの高音をかき消すこともありません。テンポの設定は全体的に遅めですが、譜面にあるテンポの変化の指定には忠実に従っています。再現部に入ってようやく活気のあるやや速めのテンポを取りますが、十分に鳴り響くことを妨げるほどではありません。コーダに向けて音楽を盛り上げていきますが、スケールをことさらに大きくしたり、大げさな身振りをすることもなく、どちらかと言えば腰の低いコンンパクトな音楽になっています。コーダに入ってもこの感じは失われず、大人しいまま終曲を迎えます。かなりユニークな終り方と言えます。

                                 2000年6月現在


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