惑星9の休日

 詳しく覚えていないけれど、たむらしげるという人がいて、絵本なんかを描いていて、その絵本を元にした「ア・ピース・オブ・ファンタスマゴリア」という映像作品が劇場で公開されたことがあった。ファンタスマゴリアという小さな惑星で起こる不思議で心温まる出来事を、連作のように綴っていく内容で、観れば現実の世界では起こりそうもないけれど、起こってくれたら心がほっこりとして楽しくなる、そんなエピソードがいっぱい詰まっていた。

 そのたむらしげるが推薦文を寄せているだけあって、町田洋という人のこれが初めての単行本で、そして書き下ろしという漫画出版の世界ではとても異例の段取りを経て刊行された「惑星9の休日」(祥伝社、743円)に綴られている“惑星9”という星でのさまざまな出来事も、ちょっぴり不思議でときどき悲しくもなるけれど、それでも心がほっこりとして来て、これからもゆっくりと進んでいこうという気持ちにさせられるものばかりだった。

 砂漠ばかりが広がっているような、どこか辺境とも田舎とも思わせる“惑星9”は、それでも暮らすのにはとても楽しそうな場所だった。誰もが仕事をしてはカフェでくつろぎ、星をながめてはぐっすりと眠る、そんなのんびりとして穏やかな毎日を送っている。そんな“惑星9”は、恒星に対して地軸が垂直になっているそうで、だから極点には日が当たらなくって、そこにある穴の中にある街はずっと氷付けになっていた。道を歩いているたちも含めて。

 もちろん現実にはあり得ない風景で、地軸が傾いている地球でさえ、北極や南極は氷付けになっていて普通ではちょっと近づけない。日常生活を送っていた街がいきなり凍りつくこともない。そこは漫画だけあって、街には散歩に出たような人がそのまま凍りついていて、誰でも極点までいってそんな様子を眺めることができる。もしかしたら凍りついている人間を引っ張り出せば溶けて生き返るかも、なんて想像もしたくなるけれど、それを思いついた人は前にもいて、好みの女性を引っ張り出しててみたらサラサラと崩れて砂になってしまった。

 だから、今も凍りついている女性に恋をした主人公の男性は、引っ張り出すような真似はしないで、ただひたすらに穴の縁ら女性を見守るようにしていた、そんなある日……。表題作のそんなエピソードを冒頭において、“惑星9”を舞台にして起こる不思議なエピソードを連作で描いていく手法と、そんな惑星から醸し出される不思議な感じはまさしく「ファンタスマゴリア」のシリーズで味わったもの。それだけにもう1度詳しく「ファンタスマゴリア」を見てみたくなる。

 膨大な上映後のフィルムが保管された倉庫で働く爺さんが、どんな映画にも良いところがあると若いバイトに諭していたりする「UTOPIA」。現存していないと言われ、大金になるという幻のフィルムを探して強盗がやって来たけれど、その映画のラベルが貼られた缶には違う映画が入っていて、強盗たちはガッカリする。でも、それも良いところがある映画と爺さんは言う。クリエイティブへ敬意が見えて嬉しくなり、すべてにの物に対して好奇心を持つことの素晴らしさというものも浮かんで、自分もそうありたいと思えてくる。

 まもなく惑星から遠く離れていってしまうという月に、かつて調査で赴いたことがあるという老人が、カフェのウエイトレスに語ったその月での不思議なできごとを描く「衛星の夜」。クラックにおちて身動きがとれなくなっていた彼を救う手があって、そこで驚きの出会いがあって、交わされる心情があって、そして離別があって漂いだした哀しみに涙が滲む。永遠に1人でいるってどういうことだろう。それでも生き続ける方が良いのか悪いのかを問いかけられる。

 重力制御装置なんてとんでもないものを発明できる天才だけれど、女性には奥手の青年が彫刻家の夫と死別した女性に恋をして、先輩とかの余計なお世話を受けつつアプローチしていく「それはどこかへ行った」なんて、引っ込み思案な人間にはとてもシンパシーが感じられるエピソード。少々のトラブルを経験しながらも、ふんわりとしてゆるゆるとした日常を送る青年と少女が出てくる「午後二時、横断歩道の上で」、今は大女優となった女性が故郷の惑星9に戻り幸せを探していた頃を思い出す「灯」。どれも読むと心が軽くなる。

 突拍子もなくって唐突なところもあって、それでいて読んでいて面白く説得されるようなところもあるけれど、基本はゆるゆるとしてふわふわとした感じなのは、からてという作家の「マカロン大好きな女の子がどうにかこうにか千年生き続けるお話。」(MF文庫J)にも連なり重なる印象。漫画としては、その描き出される線のシンプルさと、淡々としつつ異色なところも混じってギョッとさせられれるエピソードの繰り出し方は、「二十五時のバカンス」「虫と歌」の市川春子さんにも重なる。ほのぼのとしてちょっぴりの驚きもある展開は坂田靖子にも近いか。もちろんたむらしげるも。そういうのが好きな人はいろいろと合わせて読んでみたいし、ここからそれらに目を向けてみても面白い。


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