ボカロは衰退しました?

 2015年の大晦日に放送された「NHK紅白歌合戦」に特別出演した小林幸子が、VOCALOIDソフトの「初音ミク」を使って作られた「千本桜」を歌って評判となったことをもって、ボカロはまだまだ隆盛だと見て良いかとなると、これが迷うところだったりする。

 そもそもが「千本桜」は2011年の楽曲で最新のボカロ曲といったものではないし、それを紅白で歌ったのも初音ミクではなくて小林幸子という人間の歌手。作られる楽曲に新陳代謝が起こらない上に、声としての初音ミクも人間にとって変わられている状況を、ボカロ全盛とはなかなか言いづらい。

 もちろん今もボカロ曲は日々、ネット上にアップされているし、そこで初音ミクなり巡音ルカなり鏡音リン・レンなりGUMIなりといったVOCALOIDの声が使われていることも多いだろう。そうしたキャラクターたちをそのまま歌手として使わずとも、ツールとして合成音声が用いられたボカロ曲だって作られているだろう。

 ただ、かつてほどの勢いがあるかといった部分で、問われて戸惑いが浮かぶというのが実際のところ。話が大きく伝わってこないのは、それが特別に持てはやすものではなく、日常になった現れかもしれないけれど、やはりどこかで“初音ミクが歌っている新曲”としてのボカロ曲が使われ、流されていないと隆盛といった言葉を紡ぎにくい。ボカロは衰退したのか、それとも。

 「ココロ」という、トラボルタが手掛けたボカロ曲を原作にした舞台を作り、小説版の「ココロ」も書いた石沢克宜の小説の表題は、その名も「ボカロは衰退しました?」(PHP、1200円)。そこに紡がれた物語たちが、ボカロは隆盛なのか沈滞しているのか衰退してしまったのかといった問いに、何か答えを出しているのかもしれない。

 「ボカロを探して2000年」という中編は、誰かの漫画みたいに机の引き出しを出入り口にして未来から青年がやって来ては、自分たちの時代には音楽がないから探しに来たといって、バンドを始めたばかりの女子高生といっしょにCD屋を回って楽曲を集めたり、出たばかりの「初音ミク」を使って音楽を作ったりして、だんだんと音楽に親しんでいく。

 でもそこに追っ手が。青年は逃げられるのか。そして未来に音楽は伝えられるのか。タイムトラベルの要素を混ぜてSF的な面白さを感じさせつつ、未来に音楽の、何より初音ミクというボーカロイドから生まれた音楽の記憶を伝えようとする前向きさにあふれた物語になっている。

 2008年に発売された「初音ミク」がだんだんと使われるようになり、人気になっていく様子を振り返ってもいる中編で、女子高生たちが自分でバンドを組んで曲を作りVOCALOIDの歌わせ、やがて自分たちでも歌うようになる青春ストーリーにもなっている。その一方で、未来に本当に音楽は残るんだろうか、誰も音楽なんて聴かなくなるんじゃないのかといった不安も感じさせる。

 ボカロが衰退したどころではない、そんな乾いた世界は本当に来るんだろうか。今のこの賑わいだって最後の燃え上がりかもしれない、その後に飽きが来て諦めた漂って音楽は消える、そんな可能性。分からないけどでも、「ボカロは衰退しました。」という別の短編を読むと、そういう可能性も浮かんでしまう。

 ロボットとしてのボーカロイドが歌い踊って一世を風靡した時代があったけど、今は廃れてそのボーカロイドは場末のバーにいたりする。会いに行った男が思い出すのは、そのボーカロイドを発掘して売り出し大ヒットさせたという記憶。苦闘の果てに人気者に仕立て上げたら、剛腕プロデューサーが君臨する稼ぎ頭の部署に引き抜かれてしまい、男もついていってプロデュースに勤しむ。

 けれども、やがて合成の音声ではなく人間の音声をデータとして利用した、いわゆる“中の人”がいるボーカロイドが隆盛となって、人工音声のそのボーカロイドはもう古いとお払い箱になってしまう。それも運命かもしれないけれど、どこかもの悲しい。レコード会社の伏魔殿ぶり、剛腕プロデューサーの貪欲さも垣間見える。

 「底辺Pのぼくが文豪になるまで」は、ボカロ小説のみならずネット小説も含めスカウトされ本を出し、キャーキャーと言われる夢を抱いた人たちに、希望と絶望をもたらす短編だったりする。3ケタの再生がやっとの底辺Pが、ボーマスでCDを売っていたら、眼鏡の美女にスカウトされ、小説を出してこれが底辺なのに本を出すとかいった注目も集めて大ヒット。けれども。

 有頂天になったものの書けなくなってどうすると提案され、呑んでも悪くない条件なのにプライドが邪魔して拒否して背を向け、今は浮薄の身。そこでかかる声。さあどうする? そんな話。これは刺さる。あらゆる表現者の心と体に。グサグサと。

 もう1本、「オワコン先輩」というショートショートを入れた4編を収録。ボカロ小説というよりボカロ界隈小説といった感じで、ボカロがある日常に生まれるSFや青春を描いた作品集になっている。ボカロを知る人も知らない人も、読んで誕生から2016年で8年経ったボカロの今とこれからを感じよう。

 そして考えよう。ボカロは衰退しているのか、それとも。答えは自分たちで出そう。ボカロを使って。音楽を作って。聞いてもらって。大勢に聞いてもらおうとして。


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