星海大戦

 敵を倒したからといって、油断して酒盛りとかしておらず、これからの戦いに必要な武器を、故障したままにしておいたりするようなこともない。そんな、穴が1つ開けば空気が抜けて、全員が藻屑となって散るような、シビアでシリアスな宇宙を舞台にした、本当のプロフェッショナルたちによる戦いというものを、笹本祐一が「ミニスカ宇宙海賊」シリーズで見せてくれている。

 莫迦も間抜けもいない戦いというものが、こんなにスリリングでエキサイティングだと教えられる、そんな大ベテランの描くスペースオペラに負けじと、長くゲームのシナリオライターとして活躍し、「飛鳥井全死は間違えない」(後に改題して「全死大全」)や「ヤクザガール・ミサイルハート」といった小説も書いている元長柾木が、精緻にして壮大なスペースオペラの分野に参戦した。

 そこには、間抜けと自虐的に呼ばれる存在はいても、本当の間抜けなど誰ひとりとしていない、天才秀才英才たちの知力気力をかけたぶつかり合が描かれていて、読む者たちの手に、どっぷりとした汗を握らせる。興奮に胸を躍らせる。

 その名も「星海大戦」(星海社FICTIONS、1060円)は、地球から人が宇宙へと出て、太陽系全域へと広がった時代が舞台。あらゆる物理法則から逸脱できる場で宇宙船を覆い、そこにAIを介して意識を浸潤させることによって、宇宙船を自在に操る力を持った人類は、とてつもない速度で宇宙空間を移動できるようになって、ロケットでは届かなかった遠い惑星へと、進出していくようになった。

 やがて起こった、水星から木星までの圏域に生きる人類と、土星以遠に暮らす人類との間に生まれた、諍いめいた感情。そこでただちに、争いへとは向かわなかったものの、宇宙の彼方より現れた謎めいた美少女が、関係を大きく崩してしまう。双方に微笑む美少女に、双方とも微笑みたいと願った2つの勢力の間に生まれた、相手より先んじたいという真理。それれが、日頃の鬱憤もあって戦争へと発展してしまう。

 さらに、「私のために争わないで」と割って入った美少女が、その巨大なテクノロジーを振り回して大暴れしたものだからたまらない。どちらの勢力にも甚大な被害が出て、火星以内の地球を含めた内惑星から、人類はパージされてしまった。

 そして、木星にひとつと、土星にひとつの勢力圏が生まれ、それがまたぞろ諍いを始めた時代が、「星海大戦」に描かれる宇宙の今。木星の側にマクシミリアン・ルメルシュという天才艦長が現れ、クラウディオ・チェルボという天才機関長が現れ、つばぜりあいを演じている一方で、土星の方にも九重有嗣という天才艦隊司令が現れ、やがてそれらが宇宙を舞台に邂逅し、ぶつかり合うところから、物語の幕は切って落とされる。

 木星側のマクシミリアン・ルメルシュは、体に秘密をかかえながらも、飽くなき上昇志向を燃やし、軍でのし上がろうとして、若くして艦長の座をつかむ。彼と争ったクラウディオ・チェルボもまた天才で、マクシミリアン・ルメルシュが操る艦の機関長として才能を発揮している。

 同じ艦にふたりの天才。クラウディオ・チェルボはマクシミリアン・ルメルシュが操る艦のAIの支配を乗っ取ろうと企み、マクシミリアン・ルメルシュは逸脱した行動をとったクラウディオ・チェルボから権限を剥奪するといった具合に、互いに相手を毛嫌いし、隙があれば追い落とそうと画策している。それでも、目の前に現れた敵に対しては、理性の艦長に野生の機関長といった好対照を見せる組み合わせで、角突き合わせながらも実は互いに足りないところを補いながら、絶体絶命の危機をしのぎきる。

 その危機とは、土星で名門の家に生まれ、強い上昇志向と高い才能で艦隊司令官を任されるに至った、九重有嗣との邂逅。大勢が死んだ先の大戦を憂慮して、決定的な事態に向かうことを避け、おざなりのぶつかり合いしか演じてこなかった木星と土星との関係をぶちこわし、お見合いに等しかった紛争を、一気に血みどろの戦闘へと転換させようと企んだ九重有嗣は、艦隊を率いて向かった先で、偶然を装って木星の戦隊を見つけ、ここぞとばかりに襲いかかった。

 その数相手の7倍。もはや余裕で木星側を粉砕できる規模だったにも関わらず、7隻しかいない木星の戦隊を相手に、九重有嗣の艦隊は決して楽ではたない戦いを強いられる。

 取り囲み、動けなくしてから、ゆっくりと料理すればいい。それが、数にものをいわせた土星の戦い方だったはず。けれども木星は、とりわけマクシミリアン・ルメルシュとクラウディオ・チェルボが乗った艦は、機関長の血気にはやった行動が、艦長の冷静沈着な振る舞いを疎外するように見えて、実は巧みに効果を発揮しあって、彼らの艦を窮地から逃れさせる。

 そして見えた、ひとつの終着のその先にあるのは、今ふたたびの邂逅か、それともさらに大きな展開か。気がつくと誰もが、続く展開を早くも読みたくて仕方がなくなっている。

 それは、田中芳樹の「銀河英雄伝説」に描かれた、知将ヤン・ウェンリーと天才軍略家ラインハルト・フォン・ローエングラムの拮抗に、劣らず勝るかもしれないぶつかり合いになりそう。楽しみたい。心残りがあるとすれば、木星側に所属していた美しいトカチェンコ少将の早々の退場か。美人でスタイルも良かったのだが……。彼女に花束を。

 本編以上にあとがきが、SFというジャンルに対して、ある種の見解になっているのも興味の置きどころ。「今では憶えている人も多くありませんが、かつてSFという物語ジャンルがありました」で始まる1文。それは、SFという恐怖を間に介在して優しく伝えようとしつつもその実、相手を怖がらせて惹かせていただけの是までの状況に、痛烈な批判を加えている。

 そして、「無数の声なき絶望を踏みにじったうえで営まれた自堕落な宴席が、読者を益することはありえません」と続け、気にせず読んで面白がれと訴える。SF専門誌にも小説を寄せていた元長柾木に、いったい何があってどう考え、こう至ったのかは分からない。ただひとつ、言えることがあるとしたら「星海大戦」は、SFが好きだった自分が、好きなSFだということだ。

 スリリングでエキサイティングなスペースオペラ。負ければ藻屑の刹那の戦いを、天才たちが丁々発止でやってのけるその感じを楽しめる以上、文句もなければ異論もない。夢枕獏ではないけれど、「この物語は絶対に面白い」と断じたい。だから読めとしか言えない。それだけだ。それだけで十分だ。


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