< TITLE>裏日本工業新聞98・5中

縮刷版98年5月中旬号


【5月20日】 なーんもネタがないんで岡山の「わんぱくこぞう」なアクトから来ていたFAXで記事を想像して創造する。これぞくりえーちぶ、って別の言葉では捏造とも言うが、大袈裟だけど嘘でも紛らわしくもないから、とりあえずJAROには文句は言われないだろー。中身は簡単に言えば例のカードゲーム「マジック・ザ・ギャザリング」を取り扱うお店を、今の120店舗から200店舗くらいにまで拡大して、それから関西大学前に開いているカード専門店を地元の岡山市とほかに3カ所ばかり来年7月までにオープンさせるって内容で、これに本業のTVゲームが軒並み伸び悩みにあるなかで、TVゲーム専門店としてもあったらしい商材を確保して育てて広げていくことをしないと、いずれジリ貧になる可能性があるよってバックグラウンドをつけて、それなりの記事に仕立て上げたって寸法。

 とりあえず「MTG」が何かくらい知っていれば書ける話ではありますが(もちろん新聞記者の大半はMTGなんて知らないのではあるけれど)、少なくとも今いる会社で「MTG」知ってそーな人もいないので、原稿をスンナリ通すために、「ファンタジー調の絵柄にあれこれ指示が書いてあって2人で対戦して優劣を競うゲーム」ってなクドい説明を付けなきゃならんのがちょっと手間。ましてや「モンコレ」とか「カオスギア」とか言っても通じないだろーし、アニメのトレカってったらもっと分からないかもしれない。コンプリートの偉大さも含めて。

 ふーんトレカねえ、それが国民経済的に何か意味があって? と言われると返す言葉もないのがちょっと辛いけど、だったら経団連の会長交代が国民経済にどれほどの意味があるの? 役所の次官人事があなたの生活にどれだけの影響を及ぼすの?? と問い返してみたくもなるものの、だけどそうはいかないところにバリューの判断において新聞が、孤高の存在になりつつあることが、なんだか透けて見えてくる。ジャカルタがどーこーしたって、オレの暮らし、変わんねーもんなー。

 矢口敦子さんの「人形になる」(中央公論社)をスパ!っと読む。うーむ「矩形の密室」でも身体障害者とボランティアの偽善っぽい関係が出てきて心に結構イタかったけど、「人形になる」はとりあえず好意が純粋な愛から発生しているようで、世の中打算のない愛なんかあるもんかとスネて見ている人たちには、読んで結構お尻がかゆいストーリーなんじゃないかと思った。最後の方に来るとどーやらそーでもないことが分かって安心なんかしてしまうけど、それはそれで善の心(全体のほぼ1割、もあるかな)にズキズキと刺さり、あー嫌な本読んじゃった、と思いながらもあれやこれやと考えさせられてうーむと唸る。

 カップリングの「二重螺旋を超えて」も親は幾つになっても親という、絶対に超えられない運命を否応なしにつきつけられているよーで、悔しいけれどしゃーねーけど、でも嫌ーんな気持ちにさせられる。昨日の「矩形の密室」は北村薫さんの推薦で、「人形になる」は渡辺淳一さんの推薦、ってことはこの2人ホノボノしてたりラブラブしてても結構本音は冷徹な所があるのかもしれない。青くも赤くもなれるリトマス試験紙みたいな作家。ってことでさらに探してもっと嫌ーんな気持ちに・・・なりたくはないなあ、やっぱ。

 「水滸伝」の昔から割拠する英雄たちが星のもとに集い闘うって話が好きだし血肉にもなっているよーで、中国生まれで滞日している作家・葉青さんの「慟哭のリング」(読売新聞社、1600)を読みながら苦労を背負った少女たちがプロレス団体に集まっていくプロローグ部分に、葉青さんに流れる中国人としての血の濃さを、なんだか見たよーな気がしてくる。まあこーゆー話を盛り上げるためには、いつでもどこでも使われる手法ではありますが、ただし「慟哭のリング」で活写される女子プロレスラーたちの相剋は、生半可な知識では絶対に書けないくらいに含蓄に富み示唆に富みバラエティーに富んでて驚かされる。プロの女子プロレスウオッチャーが読むとボロもあるかもしれないけれど、生半可な通にはこれくらいの情報量が都合よく、かつ物語の存在感に圧倒されてぐいぐいと引き込まれてしまった。明日には読了の予定、良い話だといーな。

 名古屋の秘密重宝部員から馳星周さんのサイン会の報告がはいる。聞くと何でも重宝部員の知り合いのダンナが角川書店の営業で、あろーことか天下の大ベストセラー作家をつかまえて、どーも人が集まりそーもないから読んだことなくっても来てねと誘いをかけたらしー。これをして角川が馳さんを見くびっていると読むのは大間違いで、たぶん名古屋の排他的かつ保守的な風土を考慮して、名古屋が一番意識しつつもしないフリをしている東京の、一番の繁華街を舞台にした小説ごときにサインなどもらえるかと名古屋人なら思いかねないと、そんな計算が働いた故にあえて呼び込みを行ったのだろーと推察する。実に分かるぞその気持ち。

 実際のサイン会が果たして盛況だったのかそれとも開店直後の景品交換所みたく閑散としていたのかは不明だけど、これからもし仮に名古屋で紀伊国屋書店なみの長蛇の列を欲するのならば、今すぐ「不夜城」シリーズなんか書くのをやめて、午後の11時にはネオンの灯が落ち始める名古屋は錦3丁目、あるいは女子大小路(今はウオーク待とかゆーのか)とかを舞台にした「有夜城」「長夜城」でも書いて、それも清水義範さんの「大名古屋語辞典」を参照に全編名古屋弁で書き貫いて、出版する必要があるだろー。コビられることに名古屋人、面はゆいなんて取り繕いながらも実はすっげー嬉しいんだわ。ちなみに馳さんの印象は「頭きんきらで分厚いからだのファンキーなにいちゃん」だったとか。月イチブリーチの賜でしょーが、身体は本当に分厚かったのかな、それともただぶっとかっただけなのかな。


【5月19日】 大田区産業会館にセガ・エンタープライゼスが誇る”次世代機”を見に行く。100人も入ればいっぱいになりそーな区営かなんかのホールでひっそりと公開されたのは意外だったが、そこはさすがに”次世代機”、早くから報道陣も詰めかけて会場はまあそれなりの賑わいを見せていた。受付を抜けてアメリカのインディかCARTで走っていそーな黄色いマシンの横にハイレグのお姉ちゃんが2人いて、華やかさを演出していたよーだけど、片方はともかく片方がちょっち小さかったかなって何がと聞かれて赤面しちゃう私は独身者。でもあれじゃーポリゴン積んでも揺れないだろーなー。

 ごほん。話を戻そう”次世代機”だ、噂には聞いていたけれどやはり凄い描写力、もー走るコースの両脇の、テーマパークやら市街地やらがいらんレベルまで克明に再現されていて、会場奥にしつらえられた16面マルチモニターに拡大してもほとんどレベルが落ちない。それから最近はやりのデュアルショックとかいった体感も、さらにとゆーかとてつもなくグレードアップされていて、何しろ背中に震動が伝わり、右に左に体ごと引っ張り倒される感覚まで味わわせてくれるんだから驚きだよね。噂にあった通信機能もばっちりで、聞くと何と16人までが同時にゲームを楽しめちゃうってゆーから、これはもー「プレイステーション」も「NINTENDO64」もかなわない。

 さらに驚いたことにこの”次世代機”、どこにもCD−ROMドライブが見あたらないんだよね、もちろんDVD−ROMドライブも。見るにきっとマシンの中のチップに全部押し込まれているよーで、さらに言えばこの”次世代機”には巨大なモニターまで付いていて、テレビを新しく買う必要がない。ただし残念なことにどーやら1種類のゲームしか出来ないみたいで、他のゲームをやりたければディスクとかチップじゃなく基板ごと取り替えなくっちゃいけないみたい。まあ世界最高峰のゲームが楽しめる”次世代機”なんだから、それくらいの出費は当たり前だと覚悟しなきゃーね。それがファンの心意気ってもんで、とりあえず広報サイドによれば1万台は売りたいとか。まー売れるでしょーね、だって世界ですでに3万台をうったあのゲームの”次世代機”なんだから。「デイトナUSA」の、ね。

 とバレバレなお約束ボケをかましつつ見たセガのアミューズメントマシンのプライベートショー、目玉はハイレグ、じゃないズラリ並んだ「デイトナUSA2」で、何と6種類ものマシンと3種類の難易度別のコースが用意されていて、それらがハンパじゃないリアルさで描画され機動する。レース物は苦手なんでデモ機には腰は下ろさなかったけど、ハンドル切った時の遠心力のかかり具合ってのが素人目に見ても結構迫力物に再現されていて、しばらく離れていた自動車の運転もこれならあるいは他人に迷惑かけずに楽しめるんじゃないかって気になった。そーなるまでには数千円の出費は覚悟が必要だけど。

 会場ではさらに素晴らしい発表が。「デイトナUSA」と同じ名越さんが関わっている格闘ゲームが映像だけだけど発表、そのなも「スパイク(仮)」は円形の闘技場とかで2人が向かい合って闘ういわゆる普通の対戦格闘ゲームとはガラリと趣を異にして、4人のプレーヤーが協力しああって共通の的を倒すとゆー、3DCGのキャラで筋肉モリモリのマッチョがパーティー組んでボスきゃら倒しに行く肉体派アクションRPGって印象を受けたし、名越さんも分かりやすくそー説明していた。

 もちろん格闘ゲームだから敵キャラとは闘うんだけど、その場所も町中だったりエスカレーターの途中だったりと実にアトランダム。聞くとデパートの中も1階から屋上まですべて描画してフィールドにしているそーで、とんでもない場所で始まる闘いに新鮮な驚きを与えられる、ことになるらしーけど格闘ゲームを知らない自分にはよく分からない。終わるまでに時間がかかりそーだし、値段とかが幾らになるんだろー。後正真正銘の夢の次世代機への移植を聞かれて、とりあえずは」ありません」と否定していたのが印象的。でも時間とか気にせずやるんだったら、やっぱ家庭用に落として欲しいゲームだなってな感じは受けた。関係ないけど全員がマッチョなパーティーのRPGって、あったら熱そーで暑そーだな。んでもって夜とか抱き合って寝るんだ。

 ほとんど開放台状態のプライズマシンでクレーンに挑戦、普段だったらきっとバネを緩めてあるんだろーね、絶対にとれない熊のプーさんの縫いぐるみが簡単にゲットできて拍子抜けする。これなら800円バージョンのでっかいミッキーも頂いてくれば良かったかなー。3本指のクレーンでもガシャポンタイプのクリアボールに入ったドナルドの人形をゲット。あまりのカッパギぶりに広報からヤリこんでる奴だと思われたかもしれないけれど、誓ってクレーンもビデオもやりません。おや机の下にある永倉えみりゅんの「フィギュアコレクションVol.2」って書いてある箱は何だ? 遠藤晶ってのもあるぞ??

 プーさんを抱えて会場を外に向かうと入り口付近でメルセデスから降りて来た中山取締役の副会長とすれ違う。久しぶり(ってもAOUの会場で見掛けていたけど)に見る中山御大、大川超御大に比べてもまだまだ色つやよろしく、会場に待ち受ける全国から集まったアミューズメント施設のオペレーターの人たちに、きっと健在振りを見せつけていたことだろー。京急蒲田から日本橋まで矢口敦子さんの「矩形の密室」(トクマ・ノベルズ、800円)なんかを読んで過ごす。メタ・ミステリって書いてある割にはメタの部分にからめとられて現実と虚構がドロドロになるって感じをあまり受けず、ちょっと拍子抜けした感じを抱く。

 挿入される劇中劇ならぬ小説中小説の小説としての面白くなささってのがあんまり嬉しくなく、物語もメタならではの大ドンデン返しとか期待してたら意外とあっさり終わってしまった感じで、昨日今日からメタな本を読み始めた人ならいざしらず、竹本健治な人とかSFな人とかはちょっと肩すかしを喰らうかもしれない。あと物語の主人公の双子って男女だからきっと二卵性、だからそんなに似るもんじゃないと思うんだけどどーでしょー。似ないのはあるいはウチだけなんだろーか。いや頭は(光具合が)よく似てはいるんだけど。

 秋葉原で買って来たDVD「ENO THE GAME IDOL」を見る。自分を○○と信じている男がいて、けれども東京国際フォーラムに自分を信じてくれる人を5000人集めたら晴れて正真正銘の○○と呼ばれるよーになると思い、不眠不休でフィギュアに色を塗り、テープをダビングし、販売するパンフレット用にガリ切って印刷して丁合してホッチキスでとめ、自分がかつて講師を務めたゲーム学校の生徒たちをまとめて招待し、出入りの業者も総動員したその甲斐あって、当日は会場をあふれんばかりの人々が集まり、巨大なお釈迦様の手のひらの上で会場を見おろすENOに向かって、客席にいる人たちは口々に「ENO 唄ってー!」と叫ぶのだった。

 唄った歌はもちろん「パーマン」、ってあたりで目がさめた。どーやら「KEY THE METAL IDOL」の最終巻をDVDで見たのが頭に残っていたらしー。本家「KEY」の方はもうこれで当然ってなエンディングを迎えて、半年近くつき合ってきた憑き物がストンと落ちた。やっぱりこーゆーストレートな話には弱いんだよね、僕って。剣さんとかさくらちゃんの辿った運命ってのにもジンと来たし。歌手云々ってあたりがいかにもレコード会社が仕掛けましたってな臭いが感じられて、でも「KEY」関係で岩男潤子がブレイクしたって話も聞かないし、そーゆー意味ではメディアミックスは失敗しちゃんたんだろーね。かつては大得意だったフジサンケイのメディアミックスも、こーゆーオタなマーケットにはとことん弱かったってことでしょーか。早急に改善しないと、「DTエイトロン」も夜明けのガス灯で終わってしまうぞ。香山哲さんってば(だから誰やねん)。


【5月18日】 バーボンを飲んで気分が良くなった勢いでもう10度めかの「パトレイバー2」をLDで聴きながら大石圭さんの「死者の体温」(河出書房新社、1600円)の感想文を書く。後ろでは川井憲次さんの音楽と竹中直人さんの太く抑制された声が鳴り渡り、三沢基地を飛び立った自衛隊機にスクランブルをかける場面とか、一部の隊員が反乱を起こして東京中の重要な場所を爆撃したり銃撃したりする場面とかが聴こえて来て、ありえるかもしれないその時を、自分はいったいどんな気持ちで迎えることになるんだろーかと考える。楽しむだろうか、怒れるだろうか。

 徳間書店から出たアニメージュスペシャルの宮崎駿監督と庵野秀明監督に関する記事やら対談やらを収録したムックの中で、庵野監督は田原総一郎さんから「君たちは戦争がやりたいのか」と詰め寄られてそうじゃないと答えつつも、実は戦争になれば面白いのかもと思っていることを打ち明けている。安閑とした世間が震撼し、けれども自分の暮らしを大きく変化させることにはならない、そんなご都合主義の戦争が起こったら、この行き詰まった日常から脱却できるんじゃないかと、読んで期待している自分に思い至る。

 それなのに自衛隊機がジャカルタの争乱に備えてシンガポールへと飛び立つことに釈然としない思いを覚える、支離滅裂な気持ちもあって頭が混乱する。戦争は悪いと教えられ、戦争は悲惨なものだと知り、それでも戦争が起こる可能性は絶対に否定できないこの現実に生きていることに、どうすれば正しい答えが出るんだろうと、左側の意見に耳を傾け、右側の意見にフラフラと漂っていく、それは生来の優柔不断故のあらゆる責任からの逃避が、なせる技だと分かっちゃいるけどやめられない、ああまたきな臭い季節がやって来た。

 自信でいっぱい、という点では「セキュリタリアン」はなるほど絶対的な存在だろー。だって防衛庁が編集協力している自衛隊に関する情報誌、なんだから記事は自衛隊の体育の現状だったり、自衛隊の民生協力の実状紹介であったりで、何故かジャイアント馬場に輪島功一へのインタビューが載っていたりはするけれど、おおむね全編が自衛隊関係の記事で埋められている。かといって自衛隊は宗教じゃないから、自らを正義と声高に叫ぶことはないし、だからといって自らの存在を否定することもない、微妙で難しく不思議な立場を小牧の「第5術科学校」に取材した米田淳一さんのルポが5月号に掲載中。そーか機器類の画面に太明朝はやっぱり無いのか。

 太明朝な庵野さんとムックで対談している宮崎監督が、今の現状を見るに見かねていよいよ時代を担うアニメーション監督の育成に乗り出す、って勢い込んで書いて良いものかどーか分からないけれど、少なくとも新しい才能を見つけたいってな意志のもとに宮崎監督、「東小金井村塾2」とゆー講座をスタジオジブリに開講して、若手演出家の発掘・育成に乗り出すことになった。18歳から26歳までの演出志望者が対象で、宮崎監督が直々に面接して受講者を選ぶとゆーから、認められればもうそれだけで、何かしらの才能を持っていると思ってもいーのかな。もっともブームだけに大勢の応募があっても、つとに厳しい宮崎監督のお眼鏡にかなう人材が10人も集まるかどーか。集まっても厳しい講義をくぐり抜けて無事卒業し、かつ大成するかどーか。刮目して成果を待ちたい。何歳になっているかは別として。

 日本IBMでべったら漬けの取材、じゃない香取慎吾が「べったら漬け」の名を全国に知らしめた音声認識ソフトに対応したアプリケーションソフトが6月に発売されるとかで、その発表を見に行く。緑色したおよそ可愛くない猫のキャラクター「カルロ」が、ちょこまかと動いている画面に向かって(ホントは内蔵マイクに向かって)「おはよう」と言うと「おはよう」と言い返してくる、まるで「HAL9000」のよーな、あるいは「ブレードランナー」のデッカードん家のモニターのよーな、音声によるインタラクティブ性が現実のものとなったことは知ってはいたけど、実物を見てあらためて技術の進歩は果てしないなーと感嘆する。ジャンケンが後出しだったのはちょっと頂けないけどね。

 音声で稼働スルタスクランチャー、とでも考えればよくわかるこのソフト、一太郎と立ち上げとと言えば一太郎を立ち上げ、ワードを立ち上げろといえばマイクロソフトは嫌いだからいやだ、とは言わずに入ってないよと教えてくれる、そのお利口さにも感心することしきり。別のソフトのデモでは、しゃべったとおりに電子メールを書いてくれる機能を見せてくれたけど、デモンストレーターの女性はきっと江戸っ子だったんだろーね、「退避勧告」が「大使勧告」と「ひ」が「し」になってちょっとおかしかった。「し」が「すん」になったり「でしょう」が「だがや」あるいは「だらー」になっても、コンピューターはちゃんと文脈を理解できるのか? アプティバ買って実験するか。「おみゃーの好きなべったら漬け」「分かんなーい」

 香取と言えば元SMAPの森且行の活躍が続いているよーで、毎朝届くよーになった「サンケイスポーツ」でも競馬の大きな欄じゃなく、隅にこっそりと載っている「川口オート」のコーナーを毎朝見ては、森がレースに出ているのか、とすればどんな評価になっているのか、前走はいったい何位だったのかを確かめて、結構良い成績を納めてるってことを知る。ネット系の情報によれば、一昨日から2回1着に入って今日の決勝でも1着でゴール、前の新人王に続いて2回目の優勝を獲得したとか。良くは知らないけれどまがりなりにもプロのひしめく業界で、1度ならず2度優勝できるのは運とか人気とかじゃー絶対に無理、ってこてはやっぱり森くん選んだ道はとりあえず間違っていなかったと、自分を見極める能力の高さにあらためて感嘆する。にしてはテレビも新聞も知らんぷり、ってのはやっぱりアレなんでしょーか、ねー。


【5月17日】 さたでーないとふぃーばー。まずは「サイバー美少女テロメア」だぁ。先週はほとんど出番のなかったボンデージ風コスチュームが今週は最初っから最後まで出ずっぱり、おまけに寝台に仰向けになって寝かされているから普段は重力で胸当て部分におさまっている柔らかな半球が、容器から皿へと移されたプッチンプリンあるいはハウスゼリーの如くに頭頂部が崩れ裾が広がり、胸当て部分からいささかはみ出ているよーに見えて肉感をたっぷり味わえた、ってもテレビを見てただけなんだけど。

 肝心のお話の方は、赤いコスチュームの新鋭が登場していよいよ佳境へと向かう兆し、悪と闘う訳でもないのに超能力持ってボンデージルックに変身する彼女たちを待ち受ける運命はいかに、ってな展開が近づく最終回まであれやこれや続くだろー。もっともっと世間的に盛り上がってくれたら夏コミとかでコスプレの期待も出来るんだけど、それまではとてもじゃないけど人気、保ちそーもないからなー。ってゆーかすでに人気があるかどーか妖しいんだけど。ここはやっぱ本まで出したパナソニック・ワンダーテインメントさんに、今1度人気を盛り上げるべく3人娘を連れて新聞社あたりに向けて最後のお願いキャンペーンを展開して頂こー、ってことで竹内倫さん(誰なん?)そこらへんをヨロシク。

 お次ぎはSF界が無期待するアニメ「DTエイトロン」だぁ。予想したとーり取り囲まれていったんは逃げ出したもののスパイがいてとっつかまってしまったリターナーとデータニアから逃げて来たシュウ、いよいよ近づくリセットの危機に、宇宙から放射されたよく分からん光に照らされて分子だか原子だかが再構成されて作られた正義の見方「エイトロン」が登場、赤いマフラーとかアニメ版「幻魔大戦」のサイボーグ戦士「ヴェガ」にも似た頭でっかちな平幹二郎演じる王女メディアも吃驚のスタイルが、いかにも弱そーで泣けて来る。スニーカーをイメージしたとかゆー末広がりの足は、伝統形式に照らし合わせれば手塚石森と続くビッグフット系。だけど歩いても流石に「ピコピコ」言わないのは構成物質がだだの分子だからかそれともSEがサボったのか(嘘)。

 おまけに良くよく見ると胸の模様って「8」の字じゃん、なーんだ「エイトマン」の系譜も入っているってことはつまり平井和正&桑田二郎の血も入ってるってことで、だったら「エイトロン」が「ヴェガ」似って事も、ドリーがソニー・リンクス似ってこともなんとなく頷けるし、SF者にどこか懐かしい感じを与えてくれるのもよく分かる。まあ作り手側はそんなん一切気にもしてないだろーけど、血中に刷り込まれた手塚石森平井桑田の血が、隔世遺伝的に発露しているに違いない、あるいは呪いとか。

 真面目に言えばフィアの正体に管理社会のやりきれなさを感じつつ、来週以降いよいよ明らかになっていく謎のコンピューター内エージェント「クラスター」の正体とか、シュウの能力とかデータニアとリターナーとの関係とかに、過去の類似の作品に依拠しない良い意味での裏切りを期待してるんで、野球中継で放送が明け方になって、そのお陰で視聴率に米印も付かない厳しい環境を乗り越えて、とにかく最後までちゃーんと放送して頂こー、ってことで香山哲さん(誰やねん?)そこらへんもよろしゅう。

 「DTエイトロン」を見ながら裏で録画しておいた「マイラ」を明け方にかけて見返す。ゴア・ヴィダルのサンリオ文庫「マイロン」と多分一緒の内容なんだと思うけど、「マイロン」は10年以上も昔に図書館で借りてすらーっとしか読んだことがないし、改めて読もーとすると4000円も大枚はたかなくっちゃいけないから、ちょっと確認は難しい。映画の方は70年の制作で、性転換して女になったマイラと女になる前のマイロンの姿が交錯しつつ展開される物語に、内容の進行を暗示する昔の映画の名場面とかがインサートされるめまぐるしい作りは、1度見ただけではなかなかその面白さが理解できず、原作を読む必要性を感じさせる。でも高いしなー。主演のラクエル・ウェルチが70年代っぽい綺麗さで、その彼女が机の上に飛び乗って多分残ったままのアレを披露する(見えないけど)クライマックスには、なかなかソソられる物がある。ビデオになってないみたいなんで結構貴重なテープかも。暇があったらまた見よー。

 ぐっどもーにんぐ。新聞屋で新聞買って本屋であれやこれや新刊を仕込んでかえってこもって「キリンカップサッカー」だ。瞬間の強さは感じてもパラグアイ、日本の早いプレスに苦戦したのか、前半の早い時間に点を取ってから後半の終わり掛けで日本も疲れて来た時間帯まで、アルゼンチンに次ぐとかゆー南米ならではの華麗な攻撃をほとんど見せてくれなかった。逆に日本は珍しくパスが通りまくって、抜群のアイディアでゴール前まで迫って何度も得点のチャンスを見せてくれたけど、流石に南米でもトップクラスのゴールキーパー・チラベル、危なげないキャッチングセービングを見せてゴールネットを揺らさせない。

 それでも日本、早いリスタートに中継してたカメラも吃驚のまま得点、1対1となって試合を終えてホームでの面目を何とか保つことが出来た。相手がどれだけのメンバーを揃えていたのか知識がないから分からないけど、印象だけなら「ヤルじゃん日本」」ってことで、これで中田が出てきてパスとサイドチェンジがバシバシ決まるよーになったら、あるいはアルゼンチン相手にだって良い闘いが出来ちゃうのかもしれんと狸を取る。しかしチラベル四角な顔と彫りの深い表情、短い頭髪がほとんど「AWOL」の隊長さん、まんま軍服来てバグ相手に機関銃をブン回しても似合いそうな体型に、日本人プレーヤーがいかにもひ弱に見える。ドイツ人なんてさらにゴツいしクロアチアのボバンあんてモロ軍曹、って感じなんで日本もこーなれば全員坊主頭にして、無表情の僧形でブキミな旋風を巻き起こしてみるってのもアリ、だと思うがいかがでしょー。

 まもなく世界的に大旋風を巻き起こす、かもしれない「ジターリング」のデモプレイを収録したビデオを見る。あの重たい真鍮の輪っかをどーしてそんなにグリグリ回せる? それこそハイパーヨーヨーをストリングスに引っかけて何度も体の前で回転させるプレイにも似て、体の前で高速回転してみせるその技は、たがグルグルと両手を使ってビーズを止めないよーにしているだけのド素人の目から見ると、やっぱり華麗に見えるから不思議。放り投げて手に取って、どーしてビーズが止まらない? 持ち変えてひっくり返してどーしてビーズを回し続けられる? 映像を見てもさらに深まる謎に、一段の精進を固く誓う。夏までには、夏のSF大会までには鍛えて名古屋の星となろー。別にSFとは関係ないんだけどね。


【5月16日】 青山スパイラルホールで開催中の古橋悌二の展覧会「LOVERS」を見る。360度水平に回転する積み上げられた複数台のプロジェクターから、周囲の四角い暗幕の壁へと重なり合い追いかけ合う素っ裸の男と男、女と女、男と女、両腕を体に回して崩れ落ちる男や女の映像が映し出される作品、と言えばおおよその雰囲気が伝わるかな。「自己/他者、ヘテロ/ホモセクシャル、性差といった領域を透過しようとする愛の強度によってむしろゆるやかに開かれる地平が微細な緊張感をもちながらも見据えられている」とゆー解説もあるけれど、とにかく見れば1発、見栄とか偏見とかいろいろあって難しかったりするけれど、それでも分かり合いたいと懸命な人間の優しい姿が見えて来る。

 休日とゆーこともあって四角い部屋の中には数10人が入り込んでプロジェクターの前に立つもんで、周囲の壁に映像が映らずいったい何を見に来たんだろーと最初はイライラしてたけど、隅の方で観察してたらやがて1人2人と壁際にしゃがみ込んで自分の体でプロジェクターから発せられる映像を遮らず、かつ周囲に展開される映像を見られるよーにする人たちが現れて、それがだんだんと周囲に広がって最後は入って来るひとがまずは壁際へと移動して、そこに座ってぼーっと映像を見るよーになった。そんなこんなを観察にながら壁際でしゃがみ込んでいたら、妙に眠くなってしばらくウツラウツラ、気が付くと何やら目の前で手をヒラヒラされていて、もしかしたら壁際に配置された作品か死体が何かと思われたかもしれんと慌てて首をカコカコ、生きているところを見せてむっくりと起きて、1時間ばかり過ごした部屋を出て神田神保町へと向かう。もちっと空いている時期を見てまた行こー。

 久方ぶりに日本文芸社の隣りのビルの3階にあるカスミ書房に行くと、レジの前に帽子を被った長髪のどこかで見た顔が。おおこれは唐沢俊一さんではないかとしばし観察、8000円ばかりを買い込んで側にあったでっかい黒いダッフルバッグへと詰め込み、つたたたっと去って行った。ちょうど2年くらい前にオープンした当初から、SFとか演劇とかアニメとかアイドルとかの結構良い品揃えをしていた古本屋さんだったけど、いよいよもって有名人も来るお店、って地位を古本屋の都・神田神保町でしっかと確立したのかと別に知り合いでもない店長に心の中だけでエールを送る。でも相変わらず高いぞ値付けが。

 サンリオ関係の品揃えはたぶん神保町で1番で、有名所が結構揃っていて来たら狂気して散財する若者が出そーな印象を改めて受ける。ねえ溝口くん。今晩映画が放映されるゴア・ヴィダルの「マイロン」とか「フィメール・マン」とか「ブロントメク!」とかいろいろが、だいだい3000円から4000円ってな値段で並んでいる。まあこれは仕方がないとして、ジョージ・R・R・マーティンの「サイドキングズ」が3000円ってのには吃驚、これってこないだまで本屋で売ってなかったっけ、なんて時間惚けした頭で考えながらも実際は数年で絶版となってしまう早川青背の運命に暗澹たる思いを抱く。上京(千葉だけど)の際に厳選して持って来た本に入れたストールマンの「野獣の書」3部作は5000円。これもなんかちょっと寂しい。同じ値段でハードカバーで合本にして再刊して頂きたいけど、それだとマンドリルみたいな野獣の表紙絵が見られなくなるからなー。うーん、困った。

 「マイロン」には惹かれたけれど流石に金が厳しいので、新井素子さんの「ネプチューン」が入っている「SFマガジン・セレクション1981」を500円で購入。本誌を買い始めたのがちょうど81年で、貪るよーにSFを読んでいた時期だったこともあって懐かしさもひとしおで、なんだか卒業アルバムを読んでいるよーな感覚にとらわれる。「まだ地上的な天使」が2500円くらいで出ていた亀和田武さんの「夢みるトランジスタ・ラジオ」とか、水見稜さんの「ジギー・スターダスト」なんかが特に懐かしい。最後の登場だった鈴木いづみさんの「カラッポがいっぱいの世界」(だったかな)が入っていないのは残念、森下一仁さんは「先祖がえり」でご登場。帯の裏側にある「新鋭書き下ろしSFノヴェルズ」、未だに完結してないなー。

 他には森奈津子さんのヤングアダルト作品やら、荒神伊火流って人の「銀河を駆ける少女」やらを購入、アニメの棚では永野護氏が表紙を手がけたエルガイム本を見つけたけれど、1が1万2000円に2が1万5000円とあってはちょっと手が出ない、とゆーか出た時に買っておけば今ごろ大儲けが出来たのに、と金の無かった学生時代を主お換えして遠い目になる。さしづめ今なら「テロメア」本なんて将来値段が出そー、かな(無理無理)。

 ワールドカップ直前で、本屋に行けば山ほどに積んであるサッカー本の中でも、最近のベストに挙げるとすれば、何と言っても「誇り ドラガン・ストイコビッチの軌跡」(木村元彦、1500円)を1番に押す。名古屋出身って理由もあるけれど、1番華麗なサッカーをする名古屋グランパスエイトの指令塔にして、世界でも屈指のタレントの宝庫であるユーゴスラヴィアで、10番キャプテンを張っている男の半生を綴った本ってのは、それだけで手に取る価値がある。祖国が分裂した中で長い間国際舞台からパージされ、自らもケガと慣れない日本での暮らしにストレスを貯めながらも、サッカーの為に全力を尽くすその生き様は、中田の語録とか評論家の戯れ言なんか以上に強い説得力を持って語りかけて来る。

 著者はまだまだ無名のフリーライター。密着しながらの名古屋での取材もさることながら、ユーゴへ、そしてユーゴにとっては愛憎入り交じる適地と化してしまったクロアチアへと飛んで、やはり愛憎入り交じる新ユーゴやピクシーについて、かつての同僚であったボバンに、ボクシッチにインタビューを敢行する行動力には目を見張る。ほとんどの国民がその顔と名前を知っているという英雄のプレイを、間近に見られる感動をもっと中央の新聞は書くべきじゃねーのかと、グランパスの闘いをほとんど報道しない在京スポーツ紙への怒りもフツフツと湧いてくる。東京のつかない中日スポーツ、やっぱ必要かなー。

 出版されたのは知っていたけど、神田の本屋をあちこち探し、書泉ブックマートでようやく見つけることの出来た本名。前的にもドゥンガとかに比べればメジャーじゃないし、発行部数もきっと少ないせいだろーから、ファンなら(そうでなくてもバルカンに興味があれば)見掛けたら即ゲットをお勧め。写真家でライターの宇都宮徹壱さんが書いた「幻のサッカー王国」(勁草書房、2700円)と合わせてよむと、”東欧のブラジル”ユーゴスラヴィアの全貌がもっと良く分かる。とくにクロアチアは日本と予選で当たるんで、予習がてらにいかがでしょーか。


【5月15日】 をーいをいをい。と半泣きになりながら「星方武侠アウトロースター」を見る。お話自体はごくごくありきたりのシチュエーション、海賊船に襲われてステーションへと逃げ込んだアウトロースター号、停泊中の合間を縫って生き抜きに出かけたジムが、公園で太極拳かなんかをする少女と猫に出会い、楽しく遊びちょっぴり恋愛の感情も芽生えて、また合おうねって言って別れその後に宇宙へと船出せざるを得なかった、ジムの前に再び現れた海賊船をジムのメカニック的才能で撃破して・・・・って言えばだいたい予想がつくよねこの展開。ほーら泣けて来た。

 ただしジムは海賊が誰だったのか最後まで知らず、向こうも誰にやられたのかも知らずってゆーのがよくある泣かせのシチュエーション(裂け目からのぞいたランバ・ラル、って感じ。分かるかなあ)とはちょっと違って、それがよけいに哀しい気持ちを誘う。それすらもよくある話っちゃーそうなんだけど、やっぱねえ世の中こーも理不尽が多いと、臭うほどストレートな悲劇でもやっぱりジクジクと泣けてくるんだ。しかし最初の1人はフロックだったから別として、意外にあっさりとやられていく海賊のエラい人たち。これもまたお約束なんだけど、こっちはちょっと眉ひそめたくなるねえ。次くらいは30分以内にやられない海賊、出してちょーせ。

 小川洋子さんの「凍りついた香り」(幻冬舎)をスパ!っと読む。突然自殺した調香師の彼の過去を探して歩くうちに、どんどんと自分の知らない過去が出てきてとまどう女性が、さらに過去を求めてプラハに飛んで不思議な体験をするって物語は、帯にあるよーな「ミステリー」では断じてなく、どっちかってーと「密やかな結晶」に近い「ファンタジー」の系譜に連なる作品じゃないかと思う。「SF」は論外としてその対極として「ミステリー」って書けば売れる、なんて状況にあるんだろーか世の中は。あと物語の最後でたどり着く場所で、どーして彼が香りを作る人になろーかって理由がちょっとだけ見えたよーな気がしたけれど、これって正しい見方、なんだろーか。まあどんな見方をしよーとも、人はなかなか分かりあえるもんじゃなく、そんなギャップを埋めながら確かめていく愛の形、なんて赤面物の考えも浮かんで来たりするんだけど。

 朝の9時なんて新聞屋にとっては丑三つ時に等しい時間帯に蒲田まで出向く。あんまり早い時間に着いてしまったので最寄りの「矢口の渡し」でベンチに座って読書していると、妙にスタイルが良いお姉さんたちが何人も登場しては蒲田とは反対方向に向かう電車へと乗り込んでいく。ミニスカートからスラリとのぞく細い足に惹かれて、そのまま電車に乗ってベンチシートの向かい側に座りたい、なんて欲望がムラムラと湧いて来たけれど、流石に時間も余裕もなく(ってそーゆー問題でもないのだが)、あきらめて大人しく宮部みゆきさんの再新刊「理由」(朝日新聞社、1800円)を読む。同じ朝日でもこれより薄い藤田宜永さんのモダン東京シリーズが2千数百円はしているのを考え、やっぱ宮部さんでベストセラー作家なんだとの意を強くする。

 事実「理由」は圧倒的に面白い。小説、とゆーよりかある高級マンションで発生した一家4人の惨殺事件をめぐって関係した人たちが、順繰りに登場しては証言していくってな事件調書を読まされている感じがするけれど、証言者のすべてに過去があり現在があって間違っていようと正しかろうと吐かれる言葉には何らかの「理由」があるってことがつまびらかにされ、そうした「理由」を持った人たちがどこかで関わり合ってこの社会を複雑怪奇に形成しているんだって事がしだいに浮き彫りになって来て、それこそ昨日読んだ大石圭さんの「死者の体温」(河出書房新社)が描き出す、長い歴史において人は実にちっぽけな役割しか果たしていないんだってな主張の対極を行っているよーな気がして、この2冊を相次いで読んだ自分との何らかの因縁めいたものを感じてしまう。ちょい自意識過剰かな。

 ゲコゲコと原稿を書いてからラフォーレ六本木で開かれた「ファイナルファンタジー8」の発表会に出る。流石にソニー・コンピュータエンタテインメントの次のゲーム機に載せるんだ、なんて世間を驚かせるよーな内容の発表はなく、大勢の報道陣や多分バイヤーの人たちに向けてデモ用のCG映像を流し、質問を受け付ける実にあっさりした物だった。ただし構成はあっさりでも紹介されたデモ映像のクオリティーたるや、CG映像をちょい苦手にしている僕が珍しく嫌いにならなかったほどの出来の良さで、ゲーム部分も生ポリゴンにテクスチャーを張り付けてムービー部分に遜色ないものを作ろーと意気込んでいる、らしい。

 とにもかくにも素人目にだってはっきりと分かるCGの驚くばかりの美麗さにはただただ仰天、棒っきれな手足に人形めいた顔、ってなCG映像ばかりが頭にあったので、かくも実写めいた映像が作れるんだったらスクウェア、これはCG映画も期待できるんじゃないかって思えて来る。ただしムービーが美麗になればなるほど、何よりも映像を見せるんだってな発売元のコンテンツに対する思いがなおいっそうこめられているよーで、だったらゲームにしないで最初っから映画を作れば良いのにってな印象も受ける。古くからの自力で世界を切り開いていくRPGが好きな人たちは、やっぱり離れていかざるを得ないのかな、などとも考える。

 「スーパーマリオ64武蔵小次郎編」とでも呼べばいーのか「武蔵伝」のテレホンカードセットと置き時計を記念にもらって帰社して記事を入れてそれから品川へ。毎年恒例になってしまったソニー・コンピュータエンタテインメントの大パーティーをのぞくも、既に大量の人間が寿司詰め状態の会場に足を踏み入れることかなわず、寿司を食べることもかなわないまま入り口付近でボケランとモニターを見たり出てくる人を観察したりして時間をつぶす。これだけ大量の人たちがご飯を食べられるって意味で、「プレイステーション」がわずか数年であっとゆー間に築き上げた市場の大きさには愕然とするけれど、市場が広がればやっぱりいろいろな人が増える訳で、純粋無垢にゲームの善し悪しだけを拠り所とした評価じゃない、何か別の例えば政治とか経済とかってな要素も加わっての市場なんだと思うと、パーティーに来ている上から下まで年寄りから若者まで、バラエティーに富んだ人たちとすれ違い会話をしながら、ちょぴり胸が焼けて来る。ぐえっぷ。

 いろいろな人たちがいろいろな思惑で参加していた大パーティー、帰りがけに赤ワインをもらいこればっかりはパスタを食いつないでいる身にはありがたいと胸にかかえて帰途に着く。帰ってから今度は「カウボーイビバップ」を観賞。お約束に胸を焼いた先週とは違って、スリリングでサスペンスフルな展開にわくわくしながら最後まで楽しむ。いったい例の紫色のあざをつくる原因って何だったのかが1回見たたけじゃ分からなかったけど、少なくとも冷蔵庫の中のものはちゃんと早めに始末しようって教訓はズシンと胸に響いた。おやっこの野菜、いったいいつ頃から冷蔵庫の中にあるんだっけ?


【5月14日】 幽霊の正体見たりじゃないけれど、VM Labsについてあれやこれや聞くとどーやらそれに近いニュアンスの答えが帰って来て、来週にも発表の夢がモリモリ、じゃない夢のカリフォルニア、じゃない夢芝居、これはちょっとニュアンス近いけど、まあそんな羽田の次世代ハードとは比べててはいけないくらいに眉が唾でべっとりとなる品物らしー。品物とゆー言葉も正確じゃなく、確かに最初はゲームコンソールとしてアナウンスされていたものが、今週11日のアナウンスだとDVDの技術がそのまま使えて家電とかに組み込んでゲームをやって遊ぶこともできるメディアプロセッサーをライセンスしていくってな内容に変わっていて、これはまるで「3DOだね」って観測も出ているとか。けれども新しモン好きの業界だからどこか関心を持って飛びつかないとも限らず、ってことは再びパナソニックワンダーテインメントみたいな幸福な会社が出てくる可能性もあるのかと考える。

 パナソニックワンダーテインメントを幸福と呼ぶのはどーしてと、働いている人「3DO」にも「M2」にも見捨てられれた御大に聞かれそーだけどそれは書店に行けばわかる。たぶん写真集のコーナーに今日あたりから平積みになっているボンデージな衣装の表紙の本が、何とパナソニックワンダーテインメントの発行なのだ。本のタイトルは「サイバー美少女テロメア」。そうあの三輪ひとみがボンデージルックで昼日中から街中で乳揺らしまくる現在幾つも登場している特撮美少女ものでも圧倒的にエッチ度の高い番組の、何と写真集をパナソニックワンダーテインメントが作っていて、番組自体にもCGかなんかで関わっているらしー。

 社員になれば堂々と、撮影現場の三輪ひとみの側に行って、ボンデージルックを触りはしないけど間近に見たりタニマを上から見おろしたりできるんだ、それがかなわなくても写真集に使われた写真をもっとたくさん手にいれることだって不可能じゃないんだと、思えばほらあなただってたちまちパナソニックワンダーテインメントの社員になりたくなって来たでしょー。「M2」からの撤退戦もとりあえず終えであと2年とかで会社として独立独歩できる体制を作ろーと賢明な会社、だけにやる事に歯止めがかかってなくて良いです。それもこれも結局は「3DO」のお陰だと、言うとやっぱり松下ニアンな人たちからは石ぶつけられそーなんで軽く前言は翻します。パナソニックワンダーテインメントは不幸だなあ(フォローになってないって)。

 しかし何を考えてかこんなん製作したってなツッコミの1つ2つ入れてやりたい円谷一夫社長の福々しい写真も合わせて掲載してあるこの写真集、番組自体に決して人気があるとはいえないのに、どーしてここまでってな造本になっていて、あるいは存外ファンが多いのかも、って思ってみたりもするけれど周辺で見ている大好きって人の噂をとんと聞かず、さていったい誰が買うのかこの写真集とやっぱり悩みは尽きない。TV版「ねらわれた学園」か映画「ラブ&ポップ」か映画「エコエコアザラク3」か最近では「D坂の殺人事件」に出演してその細いほそいついつい締めたくなる首筋を存分に披露してくれている三輪ひとみの大々々々々々々々々々ファン、くらいになればやっぱり買わなきゃいかんでしょう。だからすでに家にあったりするんだけど。

 細い首を締めたくなったら大石圭さんの最新刊「死者の体温」(河出書房新社、1600円)でクールダウン。何ってったってこの小説、主人公のごくごく平凡なサラリーマンの男性が、家に泊まった女性から隣りの主婦からかつての恋人の子供から近所を歩いていたガキのお子さままで、ありとあらゆる場面で首を締めて頚椎をへし折って殺していくとゆーストーリー。じゃー全然クールダウンにならないむしろ助長するんじゃないかってご指摘もあろーけど、存在の無意味と意味の狭間でゆらゆら揺れ動く男が、とるにたらない存在じゃないかと他人をその魔手にかけて殺していく情景描写に、いささかのスプラッタもホラーもなく、主人公の当人によっては必然な殺人が、淡々として透明感のある乾いた文体によって描かれるのを読んでいると、逆に己に内在する同様な衝動が、見透かされているよーな気がしてついつい伸ばした手が引っ込むのです。

 流行の言葉でいう「自分探しの旅」の物語、だけど全然参考にならないし参考にしてもらっては困るあたりに、なんらかの反響なり読者からの絶縁なりを受ける問題作としての可能性が見えるけど、読んでいると1点死者を思って悲しむ少女のエピソードが盛り込まれていて、ここに誰かが死んだ時に関心だ過去、誰かが死ぬと悲しむかもしれないという未来を投影して、だから首を絞めるのはやめよう、殺人は取るに足らないことじゃない、ってな着地点を見出すことが出来る。まあちゃんと着地するにはもうちょっと場数を踏まなきゃいけないよーで、結論までたどりついた果てに見えて来た当然とも言える帰結に、ポンと憑き物落としをされた気分になって本を閉じることが出来た。殺人評論家に是非とも読んでみてもらいたい本。殺人愛好家は美学がないと怒るかもしれない。殺人志願者は? まだるっこしいやね、首しめるなんてだから買うならやっぱナイフだ。

 突発的に八房龍之介とゆー人のコミック「仙木の果実」(メディアワークス、850円)を買う。なぞの青年貴族が憑き物落としの行脚をし、彼に付き従ってる美少女が格闘技によって悪霊を退治していくとゆー真っ当なエクソシスト物かと思ったらさにあらず。この青年悪霊に憑かれた美少女を救わず雷で黒こげにし、桃源郷に誘おうとした妖精をひねり殺してすでに身を委ねていた大勢の人々の夢をたたき壊す。従っている美少女自体に曰く因縁がありそーで(世紀末ロンドン、ってったらやっぱ例の事件と関係あんのかな)、だからこそそんな伏線を張りまくった挙げ句にとりあえずは1巻で終わり、と来られてちょっと途方に暮れている。絵的に好みでお話も好み、とくにワルプルギスのご老体の艶姿デフォルメ顔に惹かれますねえ。本当の歳は怖くて聞けないけれど。とりあえず続き、描かせてやって下さいな。


【5月13日】 どっひゃー、って感じですか、朝日新聞に載っていた「ねこぢるさん自殺」の記事を読んで最初に思ったことは。とくに面識があった訳じゃないけれど、大和堂ってよく行くCD−ROM屋さんの1番の売りが、ねこぢるさんのCD−ROMとかTシャツその他のねこぢるグッズで、つい先月も取材に行った折、人気バンドのラルク・アン・シェルのリードボーカルがねこぢるのTシャツ着てたよ、ってな話を社長の人から聞いていて、カルト的だけど確かな人気を持っていたねこぢるさんが、キャラクターの世界で大メジャーへといよいよ歩み始めたなーってな感想を、その時は持った記憶がある。

 おまけに14日にはCD−ROM第2弾の「ねこぢるうどん2」が発売だ。メディコムトイから販売されてる「ねこ神さま」も人気沸騰で、本業の漫画を含めてどこをとっても順風満帆に見えた漫画家の突然の死は、やっぱり順風満帆だったロックミュージシャンの突然の死と、やっぱりどこか重なって見えて来る。その選んだ方法も含めて。たぶんこれからいろいろなメディアで、死の真相についての墓荒らしが始まるだろーし、その過程で傷つく人も出るだろー。メディアに生きる者として、ヤジ馬的な興味がないわけじゃないけれど、個人としてはさっきメディコムトイで手に入れて来た「ねこ神さま」のフリクションコレクションをジーコジーコと歩かせつつ、静かにそのご冥福をお祈りしたい。Tシャツ、買っておけば良かったなー。

 「VIRUS」の第6巻が発売、ボックス付きの仕様に「とりあえずこれで最後なんだー」ってな思いを強くする。あれはもう半年以上も前のこと、始まった番組に説明不足をなじりキャラクターの顔に忌避感を示した時期もあったけど、だんだん良くなる法華の太鼓、って訳じゃなく大張監督自身には徹頭徹尾変化はなし、ただ自分の方の見方感じ方が変わっていって、ついにはLDを全部揃えてトレーディングカードをコンプリートしノベルズを買って劇場版の完成を待ち望む、まさに感染者となってしまった。今もって決してメジャーとはいえない番組だけに、未来はあんまり明るくはなさそーだけど、そこはメディアの権力を使いハドソンに「大人気番組だったんですよお」と吹き込んで、何としてでも劇場版の実現を願う昨今、ですね。

 とりあえず1つのシリーズが終わって、フトコロに余裕が出来たのも束の間、LD屋でみかけた「機動戦艦ナデシコ」の中古盤コンプリートセット(3万円くらい、だったかなあ)とか「魔法使いたい」の中古盤コンプリートセット(2万円、くらいだったかねえ)とかに胸揺れつつ、仕事場に持っていける訳もないのでとりあえず我慢し、週末まで残っているかなあ、などと考えてるのがちょっとアレですが、そこは月に10万はLDを買い込むとゆーダビマガなお方に比べれば、まだまだ修行が足りん。ってことで店でもらったパンフレットをながめつつ、「チキチキマシン猛レース」とか「魔法のスターマジカルエミ」とか「ガンバの冒険」とかって名前に、心トキめかす自分がやっぱり怖い。

 気持ちを落ちつかせるために仕事。昨日に続いて兜クラブで決算を聞く。同じ部屋で同じ時間に始まっていたタカラと光栄の決算を、最初はタカラで「リカちゃん」とか「ビーストウォーズ」とかテレビゲームとかが売れたお陰で増収増益になりましたって話を聞き、間が空いたところで席を移って今度は光栄で今年はネットワーク版「信長の野望」にPS向けのロールプレイングゲームとかをリリースして増収増益を目指すって話を聞き、それからタカラに戻って「ビーストウォーズ」のライオンコンボイがバカ売れしてて品切れ状態になっていたり、水玉螢之丞さんが「ニュータイプ」で紹介していたバーチャルスポーツの「バーチャルゴルフ」がまあ手堅い売れ行きを示している話を聞く。

 某日経だったら決算発表に必ず1人がベッタリ張り付いて根ほり葉ほり聞くところを、みっともないのを承知で1人でハシゴしなくっちゃいけない所が貧乏会社の哀しさよ。でもまあ面白い事をやってる会社の話をいっぱい聞けるのは個人的には面白く、これで記事さえ書かなくて良かったんだったら、何て楽しい生活なだろーと怠惰な虫がムクムクと頭を持ち上げて来るのを無理矢理抑えて、モバイルギアでペコペコと原稿を打ち、送稿してそのまま別の取材先へと移動する。明日はCSKの決算発表、いよいよ明らかにされるのかアスキーの次期社長、ってひと事みたいに言ってて良いのかオレ?

 リアルタイムの3次元CGに関係する会社に行って近況をあれこれ。そこでもらったアメリカで発表されたとゆー資料を読んでひっくり返る。何でもアメリカにVM Labsって会社があって、そこんとこが今年の年末にネットワークとかにも対応している次世代ビデオゲームのプラットフォームを発売するって書いてある。その名も「プロジェクトX」だって。年末って言えば例のセガの夢がなんとかってのが出るとは聞いていたけれど、すでに家庭用ゲームはアタリで死んだと思っていたアメリカで、こんな動きが進んでいたことを知らなかった僕はやっぱり脇が甘い。しかしいったいどんなプラットフォームになるのやら、OSもMPUもメディアも全く不明なだけにちょっち不気味な感じがするけど、本当に年末に出るのかなー。とすればセガさんもちょっと大変、かな。


【5月12日】 嗚呼なんとゆー事だ。あれほどしばらくやらないと社長の人が言っていた「はれときどきぶた」のLD−BOXが、どーゆー訳か8月21日に発売されてしまうではないか。もちろん悪い事じゃないけれど、社長の人の言葉を信じてビデオも買ってしまっていたから、これはちょっと早まったかもしれないと、積み上げたビデオに向かってボワーッと溜息を付いている。LD−BOXはとりあえず8枚組16面の32話まで収録予定で価格は4万円。2話入って1980円のビデオの方が値段は安いから子供なんかには良けれど、あくまでも業務の一環としてアニメを否応なしに見させられている僕のよーな大人(嘘)にとって、頭出しが用意で画質音質のクオリティーも高いLDの方が、業界研究の上でLDの方が何かと都合が良い(大嘘)のです。

 8月末にゃー「ガンダム」のLD−BOXが出るし、「吸血姫美夕」(フィギュア売ってねー! 着物ヴァージョンの方ね)のリリースも「トライガン」も「アウトロースター」も「ビバップ」も何もかにもが集中して来る時期だけに、きなり飛び込んで来た「はれぶた」のBOX化はちょっとフトコロに痛いけど、そこは最初から注目して誰も見てない新聞(もちろん紙の表新聞)で幾度となくプッシュして来た作品だ。無くしちゃったけど非売品で貴重だった「はれぶたピンバッジ」ももらった間柄だし、やっぱ買わずにはいられないね。かくして支給される夏のボーナスは3分の1が映像関係に消え、3分の1がフィギュアと同人誌とSF大会に消えることが確定しました。残り3分の1は・・・・・借金の返済に消えますから残金はゼロ、いやマイナスか。こりゃー引っ越しも独立もまだまだ先のことになりそーだね。

 電話代を払いに行ったついでに早川書房の側にある酒屋で2500円で買った「OLD EZRA」をカポカポを飲んでいたらすっかり良い気になって、そのまま勢いで「時空転抄ナスカ」を見てしまい酔いが一気に醒める。うーむ話がよく見えん。いちおー第1回からずーっと見てるから、古代文明から転生した「魂人」(たましいびと、と読むんだよ)が現代の日本で邂逅し、昔の因縁これありで敵と味方に別れて闘ってる、ってな大枠はだいたい掴んでいるんだけど、突拍子もない展開に1度見て2度見返す勇気がなかなか出ず、為に今もってタイツ姿でチャンバラする理由を正確につかみきれていない。

 そもそもが話の舞台となっている一方は日本だとしても、もう一方が絵文字のあるナスカなのかインカのマチュピチュなのかマヤなのかアステカなのかオルメカなのかシカンなのか、ってつまりは中南米の古代文明総ざらえして、どこが1番ドンピシャなのかすら分からない。そんな大昔には多分唄われていなかった「コンドルは飛んでいく」が流れる展開に、ますます時代も場所も分からなくなって来るけれど、そこは日本が中華風で登場する欧米の山とある番組を思い出し、とにかく「中南米」ってことで理解しておくのがお利口な姿なんだろー。タイツ姿が中南米かどーかは別にして。

 それにしても企画の真木太郎さん、発売中の「電撃B−magazine」で映画化なんてことおっしゃってくれていて、醒めたはずの酔いが今度はぶり返してクラクラと目眩がして来る。それでもあれやこれやと仕掛けて成立させているプロデューサーだから、どーにでも劇場公開を成し遂げてしまいそーな気がする。メディアミックスってなー、つまりは人と人とのつながりが唯一絶対みたいなところがあるからね。製作陣でもノリノリでウハウハな角川書店は良いけれど、華原のともちゃんに逃げられちゃった真木さん古巣のパイオニアLDCは、妙なもん掴まされちゃってちょっと可哀そーな気がするなー。まあ始まったばかりだし、これからどんな化け方するか分からないんで、とりあえずは観察していこっと。

 画鋲に昇天した「JUNPMAN PRO」に代えるため、サンケイビルの1階にある運動靴屋でたったの5400円で「エアジョーダン12」を買う。最新の「13」じゃーないけれど、型押しの素材に爪先を包むラバーの素材と全体にシンプルな作りだった「12」は今も結構人気があるよーで、履いてる人も結構見掛けるし、ショップじゃーまだ10000円近い値段で売られている。それがたったの5400円、もちろんだからと言ってサイズ切れの展示品のみなんて状況じゃなく、黒地の赤のラバーのブルズカラーから白地に青いラバー、白地に黒いラバー、青地に白いラバーとだいたいのモデルがほとんど全サイズそろっているから選ぶ方はよりどりみどり。そんな中から買ったのはブルズカラーの26・5センチで、これさえあれば雨の日でも安心して仕事に行けるって思うあたりが、ちょっと普通のサラリーマンじゃないけれど、まあそこはエンターテインメント担当ってことで。サイズ色ともまだまだ残量豊富、なんでご近所にお立ち寄りの際はちょっとのぞいて見ましょー。

 日販週報をベラベラ。「陀木尼の紡ぐ糸」(だったっけ?)でデビューした藤木稟さんの第2弾となる「ハーメルンに哭く笛」が徳間ノベルズから15日に発売の予定で、売れ筋アラカルトとして紹介されてる、ってことは前作はちゃんと売れたのか。ともかく期待の1冊でしょー。それから早川書房からかのピーター・S・ビーグルによる「ユニコーン・ソナタ」が6月中旬に発売の予定。「最後のユニコーン」とどーゆー関係にあるのかは知らないけれど、訳者が井辻朱美さんなんでやっぱり強く期待してる。続編では「ローズマリーの息子」(早川書房)が来そーかな。ゲーム関係では長尾剛さんの「ポケモンはわが子の敵か見方か」(廣済堂出版)が6月下旬に発売予定、「ポケモン・カルト」みたいにイっちゃってる本ってことはないだろーけど、とりあえずは要チェックってことにしておこー。

 珍しく仕事。タイトーの決算発表を危機に東京証券取引所に行く。例年この時期は決算発表でごったがえして発表資料をボックスに投げ込んだそばから通信社の人とかがバケツリレーならぬ手渡しリレーで端末のところまで資料を運び、即座に数字を打ち込んでネットに流す光景がひんぱんに見られる。まだ早期なんでそれほど酷い混雑にはなってないけど、これが今週末とか来週末になるとボックス前は立錐の余地もなくなり、片や資料を投げ込むおじさんたちの毛が生えた手が千手観音のごとくボックスへと伸び、こなた裏側から資料と取り出そーとする社員やアルバイトの若いお姉ちゃんたちの白魚のよーで中にはちょとだけ練馬ラディッシュな手が伸びて、記者クラブは年男に触ろーとする稲沢は国府宮の裸祭みたいな様相を呈してくる。

 こうなるともー資料を取りにいくフリをしてお姉ちゃんの胸にこっそりタッチし放題、なんて妄想にもかられるけれどそこは男だ、外資系通信社のアルバイトの人たちが少しでも早くと他をなぎ倒して資料を運ぶ邪魔にならないよー、我慢してしずしずと歩く。こーゆー時って消極的な正確は損だなあ、って問題じゃないけどね。とまれまだ静かな兜クラブで聞いたタイトーの決算は、どこを切っても当然ながら「電車でGO!」一色で、業務用アミューズメント機の販売は「電車でGO!」に続編「電車でGO!2高速編」が快調に推移し(=新聞的表現)、家庭用ゲームソフトでもやっぱりPS版「電車でGO!」がミリオンに迫る売れ行きで、ゲーセンの運営とか機器のレンタルが落ち込んだのを軽くカバーして増収増益にしてしまった。

 これがなかったら、なんて考えると経理の人はきっと夜も眠れなかっただろーけど、同じ悩みはきっと今期末には再び出てくるよーで、タイトル数が減る家庭用ゲーム機に、次を果たして開発できるのかな業務用ゲーム機部門はともに横這いあるいは微減を予想。かわりにオペレーション(ゲーセンの運営のことね、新宿歌舞伎町に出来た新しいゲームタワーみたいなのも含めて)とか他のオペレーター向けゲーム機レンタルとかでカバーする、としている(=超不思議新聞的言い回し)。「電車でGO!高速編」の家庭用ゲーム機落ちってのはあるのかな。夢の運試し(まさに運試しだね)な次世代機に対しても何やらうにゃうにゃ言ってたけれど、さて実際に腰を上げるかどーか。やっぱコントローラーとセットでこそのソフトって感じもするから、出すならセットでってお願いしたいもんです。


【5月11日】 新装なったニュースステーションのスポーツコーナーで聞き慣れたBGM、アニメ耳が聞き分けてこれは「VIRUS」のサントラから抜いているなと気付く。ちょっと前に「エヴァ」のサントラが頻繁に使われた事があったけど、こーゆーのっていったい誰が聞いてセレクトするんだろー。アニメは使えるってな申し送りが選曲の人たちに伝わっているんだろーか。ちなみに朝のワイドショーでは「吸血姫美夕」のサントラが使われていたりして、どちらも持っている偶然になんか因縁めいたものを感じる。持っているから言うわけじゃないけどどちらも秀作、番組はマイナーだったけどこーゆー所で地道に生き残るってのはちょっとは喜んで良いのかも。

 新聞を肴にあれこれ。10日付け日経新聞の書評欄はエンターテインメントに榊東行さんの「三本の矢」が登場、したのは良いんだけれど評者がファンタジー評論家の小谷真理さんってのがちょっと意外で、もしかしたらこの本ミステリーどころかSFあるいはファンタジーだったのかな、なんて山の下から掘り返してベラベラと読み返してみたりしてる。ことのほか怜悧な筆者だけに編集部から押しつけられてファンタジーでもSFでもないけど仕方なく、なんてことは無いと思うから、やっぱりどこかに自分のフィールドに相応しいエッセンスを感じたんだろー。

 けれども例えば大臣が官僚の作った答弁を棒読みしてるだけってのがファンタジーかというと大間違いでこれは紛れもない事実、マスコミがリークによって操られて政争なり権力闘争の具となるって描写も哀しいけれどやっぱり事実だったりして、ってことはこれはありうべき事柄を描いた経済小説ってことになる。そもそも舞台が近未来だなんて思っているのだとしたら、今現実に怒っているこの金融危機はいったい何? ってことになる訳で、たぶん小谷さんはそのあたりを分かった上で、昔流行った言葉で言えばポリティカル・フィクション、最近で言うとシミュレートノベルズといった一種SFともとれるジャンルに相応した小説として、「三本の矢」を書評したんだろー、と思うけどやっぱりもしかしてこーゆー日本はいささかオーバーに戯画化された物だと思ってる? だとしたら貯金は郵貯に移しておいた方がいいかもね。

 軍司貞則さんの新刊「ラジオパーソナリティ 22人のカリスマ」の広告記事に取りあげられたDJたちの名前がズラリ掲載されていて、中に東海ラジオで活躍していた宮地佑紀生さんの名前を見て今でも活躍してるんだーと懐かしくなる。そしてさらに何とあの「つぼイノリオ」の名前も発見、そうか今でもカリスマの地位を維持しているのかと思って書店で現物をパラパラと読んだら、実は最近の朝からの番組「つぼイノリオの聞けば聞くほど」でよーやくメジャーになったってな事が書かれていて、ちょっとガッカリする。だって名古屋の人間にとってつぼイノリオは、昔っからアンネ提供「のりのりだ歌謡曲」でそのエッチぶりがカリスマとなっていた、名古屋が誇る名DJなんだもん。

 「オールナイトニッポン」こそ既に降板してはいたけれど、他にも「バックステージパス」ほか各種の番組に出演し、そして再び中央にてあのNHK人形劇の名作「プリンプリン物語」にアナウンサーの役として抜てきされて、「ザンザザンザンザーーーーン」のどーでも良いセリフとともにそのクチビルぶりを見せつけてくれていたじゃない。挫折青年の大変身だなんてようやくにして掴んだ地位、みたいなことを書かれてしまうとあの「プリンプリン物語」そのものが否定されているよーな気がして、さらには放送禁止楽曲の歴史に燦然と輝く名曲「金太の大冒険」すらも無視されているよーで、ちょっと寂しくなる。

 でもまあ中央に出てたけしの番組なんかですっかりメジャーになってしまった兵藤ユキに比べると、ほとんど地元に止まり続けた関係で中央では特に現在はほとんど知られていないのも事実だし、こーゆー単行本で再びスポットが当てられるのも当人にとって決して悪い事ばかりじゃないのかもしれない。母校の有名OBは誰って聞かれた時に答えて「誰それ」と言われないためにも、是非ともつぼイノリオさんにはもっともっと頑張って頂きたいものです。「プリンプリン」のビデオでも出れば再びあの勇姿(とゆうより勇声)を拝めるのになー。レッドアンドブラックの歌とかといっしょに。

 朝日新聞の12日付け朝刊に「TV、ゲームの暴力シーン 子に影響は? 遅れる研究」の見出しで特集。よーするにテレビやゲームの暴力的だったり破壊的だったりする場面を見せていったいどんな心理的効果が現れるのか、漠然とその影響が語られながらも明白に断言されないのはそーいった点に関する研究が少ないからだ、ってな導入で国内で行われているさまざまなTV、ゲームと暴力の関係に関する研究を紹介している。佐々木輝美・獨協大助教授による米国で提唱されている「理論」の紹介は、脱感作」(暴力への無反応)って現象がメディアによる暴力のとりわけ笑いと伴う暴力描写が効果を促進させる、といった言われてなるほどと思わせられる理論があって、長い歴史を感じさせる。

 一方、国内については、ようやく端緒に付き始めた研究から坂元章・お茶の水女子大助教授の研究を紹介し、何らかの影響があるのではいだろーかってな感触を得ていることを紹介している。始めのころは影響なんてないと思ってたのに、最近ちょっと心変わりしているらしく、その要因として実験結果のほかに現実に犯罪が起こっていることなんかを挙げている。さて坂元助教授が行っている実験ってのは、ゲームをやらせるなり見させた後で「全く別の実験」と説明して別の学生に電気ショックを与えるよう求めて、何秒くらいショックを与え続けているかを調べると、旧式のインベーダーゲームをやった学生が11秒24で新式ゲームをやった学生が7秒87でってな数字が出て来るとゆー。

 旧式のゲームは直裁的に敵を撃ちまくる点が攻撃性を喚起させるってことらしーけど、後ろからゲームをながめていた学生は旧式が5秒22で新式は6秒72と実際のプレーヤーとは逆の結果。さらに至極全うにして健全な「赤毛のアン」を見ていても5秒72も電撃をくらわし、「森のシンフォニー」にいたっては6秒94とゲームを見ていた総の反応を上回っている。「森の師フォニー」って知らないけれどそんなに攻撃性を呼び覚まされるのか? としたらちょっぴり勇気を振り絞ってグーパンチを喰らわしたい時には、「森のシンフォニー」を見ていくのが正解なんだろーな。

 個人的にはゲームにも攻撃性を増す効果はあると思う。けれども小説にだってドラマにだって映画にだってバラエティーにだって同じかそれ以上に攻撃性を増す力を持っていて、けれどもそんななかで日本が徹底的な無法地帯にならないのは、大多数が攻撃性を意思によって押さえ込むだけの良識を持ち、仮想と現実を明確に切り分けるだけの自意識を持っているからなんだろー。実験というお墨付きで人に電撃を喰らわせられる環境で行った実験にどれだけの意味があるのか、攻撃性の増した感情がそのまま現実世界の現実社会でタガが外れ、暴力の発露へと至るのかどうか、ちょっと分かりにくいところもあるし、よしんば暴力性が発露したとしても、それを非とする世間の声によって修正され得るものだろー。

 映画館で見た網走番外地に健さん気取りの兄ちゃんが、いかり肩あたるを幸いなぎたおしたいってな気持ちで歩いていても、こわーい本職の人がいればハッと我に返る、そんな仮想と現実の違いってのを認識させ、仮想と現実の間合いの取り方を覚えさせるよーな行動の方が、声高にゲームの暴力性を訴え現実から遠ざけるよりも求められているよーな気がするけれど、そーいったゲーム擁護の声って一過性な夜郎自大でテクノロジーは大嫌い、とにかく何でも反対なマスメディアじゃーなかなか出ないからなー。さても今後のフォローがちゃんとあるのか、暇を見ながら観察していきたいですぢゃ。


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