縮刷版97年12月中旬号


【12月20日】 経済記者が大騒ぎする年末がやってきましたこの街に。夏の間にせっせせっせと積み上げて提出した予算の概算要求に大蔵省が大鉈をフルって返してくるって日が今日、そして経済記者たちは「大蔵省は俺たちの甲子園だっっちゃ」とは言わないまでも三々五々と集まって来ては会見室に出たり入ったりしてこんな予算がついたりあんな予算がつかなかったりと資料をひっくり返し役人をとっつかまえては調べ聞いて原稿を書くのであった。

 例年だったら大蔵原案という予算案の内示の事前レクは、だいたい夜の8時ごろから始まるんだけど、この何年かは予算の方針決定が真夜中とゆーか未明(記者にとってじゃなく普通一般の人にとっても未明)に開かれて、それから開けて朝からレクチャーが始まることになっているみたい。朝の4時にデスクにたたき起こされてレクがあるからを知らせを受け、ちょっと寝て起きて鞄をもってヨタヨタと大蔵省の辛気くさい建物へと向かい、赤い絨毯をふんで会談をのぼるとおなんと、すでに有象無象な新聞記者にテレビ記者らがわんさと廊下に繰り出して、レクが始まるのを待っているではないですか。

 その数およそ100人くらい。世の中にこんなに記者って人種がいるものかと驚くけれど、これですらたかだか役所に詰めてる経済記者が大半だから、もしも社会部記者に政治部記者が加わったら、きっと東京ドームだって埋まっちゃうんじゃないかとゆー気がしてきた。んでもってこいつらのほとんどが、自分を最低限の基準に置いての倍とか3倍とかの給料をもらっているのだと思うと、世の中にはこんなに高給取りたちを養うほどに情報とゆーものへのニーズが高いのか、つまりは日本は誰もが情報を欲しがる極めて進んだ高度な社会なんじゃないかと、まあそんなことを想像してしまった。石を投げればブン屋に当たる環境、まみれていると有難みがないねえ。

 とかいいつつ座ったり立ったりして、偉そうな主計官が偉そうにしゃべるのを見ながら眠気を押してレクを聞く。なんとか3時にはひととおりのレクが終わりさあこれからが本番とゆーか自分たちの役所に帰って仕事だと思うと、急にお腹が空いてきたので虎ノ門の富士ソバに言って2玉入った天ぷらソバをむしゃぼりかきこむ。別に美味でもないけれどちゃんとお腹が膨らむのがありがたい。何故かソバ屋なのにラーメンが売っていたりするのが立ち食いソバ屋の常だけど、そこでラーメンを頼めないのは正統を追いたがる気取り屋ゆえのことなのか。カレーは平気で食べられるのに、なあ。

 などとそろそろ寝不足でヨレ始めた頭で脈絡のないことを考えつつ、記者クラブにもどってひたすら資料と格闘し、記者会見が始まるまでを待機する。弁当をかきこみいよいよ運輸省としての予算の概要を発表する記者会見が始まったのが夜の9時。もはや土曜日とゆー概念はなく、ただただ惰性でレクを聞いては要点だけをチェックして、すべての説明が終わった午後の11時からちゃこちゃこと原稿を仕上げる。要点ってのはつまり例の「復活折衝」って奴で、折衝して復活するくらいならはじめから削らなきゃいーじゃんか大蔵省さんなどと言うなかれ、それをやってしまうと最後の最後でさっそうと登場しては怪傑ゾロよろしくすべてを解決してしまう、大臣の見せ場がなくなって後で怨まれてしまうのだから。つまりはすべては儀式の範疇で、なのにつき合わざるを得ない日本のメディアのヨーイどんどん横並び意識に、なんと楽なんだろーと怠惰な記者は思うのであった。眠いのも横並びだけど。

 日にちが代わってしまい午前2時に運輸省を出てタクシーを拾って霞ヶ関インターから首都高速を抜けて家路へと向かう。途中やたらとスポーティーカーが走っていて、おいおい今は夜中の3時だぜっと訝りながらも、おそらくは「湾岸トライアル」ちゃんたちじゃないだろーかと類推する。走っているのは決して竹槍出っ歯じゃなく、もちろんヤンキーホーンも付けていない見かけは弩ノーマルのMR2とかRX−7とかシルビアとか180Xとかスカイラインとかいろいろ。それらが夜中の2時、3時にツルんで走っていれば、たぶんそーなんだろーね。江戸橋で銀座方面へと続々と離脱していくスポーティーカーたちを見ながら、ああ僕もあのケンメリを持って来ていたら、存分に彼らの意表をつけたのに。意表を付くだけなんだけど。

 てなもんでさっき帰って今はだいたい朝の4時か。儀式を見るために1日以上を潰す不毛なやりとりも是正の兆しが見えないのはやっぱり儀式とゆーか伝統芸能だと思っているからなんだろー。きっとあと10年たっても50年たっても、紙の資料を束にして配ってそれを持って庁内を走り回っては記事を書くことになるんだろーなー。そのままポンとインターネットに公開しちゃえば、んでもってチャット形式で質疑応答が出来たなら、誰も苦労して朝から晩まで霞ヶ関を走り回らなくっても良いのに。それが彼らと僕らの存在意義だから、おそらくは絶対に不可能なことなんだろーけど。

 情報がないから分からないけれど深夜叢書社とゆーところから出た松岡龍美さんとゆー人の「ブルークリスマス」とゆー童話を買う。奥付の略歴もあとがきも解説もないと、本分からすべてを判断しなくちゃいけないから、読む時にも相当集中できるよーな気がしてきた。はずれたら目も当てられないけれど、でも表紙が大島弓子さんだったりするので、それだけでなんか5割増しくらいに安心してしまうから不思議、やっぱ漫画世代なんだね。同じ漫画が表紙なのは仁川高丸さんの新刊「文月に不実の花咲く」(集英社、1300円)。こっとはさべあのまさんの表紙だけど、へーさべあのまさんてこーゆートーンの色を使ったんだと、表紙絵の透明感のある色遣いにすごく引き込まれて感心する。タイトルは意味不明だけどきっと読めば分かるんだろー。「薔薇の木に薔薇の花さく」はいしかわじゅんさんか。似てたりしたらやだなー(似てない似てない)。


【12月19日】 鈴置洋孝さんは言いました。「わたしと、このハルシオンブラックの力を恐れぬならば、掛かってこぉいっ!!」。腰が砕けました「VIRUS」最終回には。これまで散々っぱらデフォルメきついとかストーリーが思わせぶりとか女性キャラがメロン胸とか同じキャラなのの毎回顔が違うとか言ってケナして来ましたよ「VIRUS」を。しかしこのセリフを聞いた時、僕は全部許そうと思ったね、んでもって大張監督の足下にひれ伏そうと思ったね。「世のため人のため」って頭に入れてくれれば、靴だって舐めちゃったかもしれない。少なくとも20代後半から30代の古強者の富野由悠季さんファンは、最終回を見て感動の渦に叩き込まれたはず。見逃した人は是非ぜひ是非、LDがビデオでも買って見てくれい。10代は絶賛発売中の「ダイターン3 LD−BOX」で予習しよーね。

 今回はほかにも「私はあなたの人形じゃない」なんてセリフがあって、スタッフの遊び心満載に感謝感激雨霰。「おろかな」ってのもどっかで聞いたよーなセリフだけど、ちょっと思い出せないのが忘れっぽくなって来た歳故の現象を認識させられて辛い。それから物語の最初のパートと後のパートでキャラの顔も姿形もまるっきり違うとゆー、過去数多くのアニメを見てきた僕でも異常異様な展開に頭をひねらないでもなかったけど、爆発シーンでのバリアブル・ギアの動きとかアクション、それからハルシオン・ブラックのてかり具合とかメカの見せ方とか、だいたいにおいて合格点を与えられるクオリティーだったからやっぱり許す。

 問題はストーリーが性急に進みすぎてインキュベーターが何だったのか、サージって何者だったのかを駆け足で説明しつつ、最後は高次元へと向かってしまったエンディングで、この辺をもっと上手くもっと巧妙に証していけば、26回とか54回とか保ってかつ評判を取れる作品になったのにと、わずか12回でまとめなくてはならなかったことへの遺憾の意をここに表明する。ラスト2人があのまま大気圏に抱き合って突入すれば、それも結構ウケただろーなー。こっちは大分40代が入っているけどね。LDではディレクターズカットで絵が加わったりするよーなので、一応全話録画に成功したビデオを見つつ、直されたLDを見返して違いを探してみよー。ってことはLDも買うのか。やっぱ「VIRUS」好きだったんだな、俺。

 などと思いつつ仕事に行って昼になってレコード屋で「ダイターン3」のLD−BOXを・・・・買えないさすがにでっかいBOX持って霞ヶ関をウロ付くのは恥ずかしい。ピカチュウは机の上に置いていても、LD−BOXは流石にカンベンしてってことで、代わりに今関あきよし監督の名作にして永遠の傑作となるであろう「タイムリープ」のLDを購入。これなら重くはないし袋に入れておけばLPレコードに見えてもしかしたらDJ辺りと間違えてくれる(訳ない)かもしれないから、安心して霞ヶ関を持って歩ける。本当だったら背広のポケットにだってすっぽり入ってしまうDVDで欲しかったんだけど、バンダイビジュアルもまだあんまりDVDのマーケットに自信が持てないみたいだし、LPサイズのLDを持って歩くのも後しばらくは続くんだろー。

 しかし佐藤藍子といえばあの巨大な空をも飛べる耳なんだけど、不思議なことに「タイムリープ」はジャケットの写真からして両頬がすっぽりと髪の毛で被われていて耳のみの字も見えない。ぱかっと開けてライナーを見ても掲載されている写真には耳がほとんど映っておらず、もしかして当時はまだ耳が小さかったんだろーかと不思議に思う。んな訳ゃないんだが。劇場で見た時はたしか何度かチラチラと覗いていたはずだから、週末にLDを見るときに注意してみよう。あんまり注意し過ぎて場面にのめり込んで、チラチラを髪の隙間から覗く巨大な白い耳の片鱗に、刺激を受けて卒倒してしまうかもしれんなあ。どーせだったら草むらからチラつく土手とかいった部分を見て卒倒したいもんなんだがなー。

 駄目だよニッポンは。光刺激が原因かどうか因果関係がはっきりしないのは分かるけど、妖しいものにはフタをしよー、その方が後腐れないし前向きな努力と見られるからってな具合に、外面作りばかりを行うテレビやビデオショップの態度には、ユーザーサイドの自己責任って部分がすっぽりと抜けた、なんとなく傲慢なものが伺えて嫌になる。もう結構な数を発売している「YAT安心!宇宙旅行」だってとばっちりで販売自粛なんだもん、だとしたら「イサミ」だって透過光使った部分結構あったし、どーして止めないの、ってことになる。こうした論調が出てくること事態恐ろしいから困るのだが、目先の懸念を覆い隠すことだけに懸命な態度には、やはり腰砕けな印象を免れ得ない。

 本当だったらテレビの放映休止だって、親が子供にテレビを見せる時の親の責任を無視してただ送り手側だけが責任をしょい込む不遜さが伺えないわけじゃないけれど、まああまりに対象が不特定多数だから仕方がないとしておこー。買う買わない、借りる借りないは買う借りる人の自由で、それを見る見ないも自由なんだから、ビデオくらいは売って貸せよ。それから任天堂も決してゲームボーイ版「ポケットモンスター」の出荷を止めるよーな行動をとってはならない。そりゃあブームを盛り上げる役割を果たした、一般の人にとってむしろこっちが正統とすら思われているかもしれないアニメの挫折によって、ゲームにとばっちりが及んで、売れ行きに影響が出る可能性がない訳じゃないけれど、ここで任天堂が降りたら、せっかくのキャラクターが完全に死んでしまうよ。声高になる必要はないけれど、卑下する必要なんかまったくない。だってキャラクター自体が悪い訳では絶対にないし、ゲームだって関係ないんだから。聞いちゃいないだろーけど、任天堂さん逃げちゃだめだ逃げちゃだめだ逃げちゃだめだ逃げちゃだめだ死ぬのはいや逃げちゃだめだ。


【12月18日】 「少女革命ウテナ」見る。冒頭にテロップが入って昨日の「ポケモン」は見るなとか流しているけれど、ポケモンを見ている子供たちのどれだけが「ウテナ」を見ているんだろーかと悩み、仮に「ポケモン」ゲットな小学生が両方見ているんだったらなんておませと吃驚するし、あるいは「ウテナ」目当ての大きいお友達が「ポケモン」もやっぱり見ているんだったらとってもガキンチョと仰天する。僕は半分仰天ってところか。ともかくもそもそも同じアニメだからテロップを入れておけば良いってな発想が間違いじゃないかってことで、その当たりテレビ東京とばっちりを恐れて臭い物にフタ的行動に出つつあるなと憶測しつつ懸念する。

 実際、今日の動きを見ているとまずは「ポケモン」は当面放映休止で、他のアニメについてもチェックを急ぐとゆー。明確な原因と因果関係は分かっていないながらも、おおよその原因は特定できそーなものなのだから、ちょっち気を付けてさえ居れば放映したって構わないと思う。ましてや「ポケモン」に比べれば「はれときどきぶた」が追随するくらいで後は乾期の椎茸みたくひからびてカサカサな視聴率しか取れていないんだもの、ねえ。

 ちょっと意味不明な例えはおいといて、ともかくもいっしょくたにして考えようとする辺り、とにかくアニメは悪いってな論調を盛り上げていこうってな姿勢だと、ファンからとられても仕方がないと思うぞテレビ東京。すでに放映されてほとんど影響の無かった「ポケモン」のビデオだけ撤去して、他の従来から使われている透過光の技術をバリバリ導入した他の山ほどのアニメを撤去しないTUTAYAのスタンスにはもっと大笑いするけれど。ってゆーと「じゃあアニメは全部撤去」ってことのなりかねないから怖いんだけどね。

 とかいいつつ心配していた事態が僕とか元担当者とは関係のないところで発生して、波瀾万丈ハラハラドキドキな1日だったよーで、そーした心配に見事答えてくれたのか、世界中が某紙の記事で怒り沸騰しているとゆー情報が伝わってくる。もう100度なんてものじゃない、そうねだいたい6000度くらいか。確かにアニメの話でゲームは関係がない、ましてや年末商戦前に因果を取りざたされたくないとゆー姿勢は分かるが、一方でかつて同様の事態を引き起こした前例がある以上、関連づけて考えられるのは仕方がないと思う。

 ただ、思うけど後は文脈の作り方で、問題となったのは未だ対策が整えられていないかのごとく書かれている点らしく、やはり英国とかの光過敏に関する訴訟で鍛えられているゲーム業界、マニュアルとか倫理規定とかを作って遵守に余念はなく、その当たりをちゃんと紹介しさえすれば、関連づけられたことに怒るそのこととは別として、文脈としては決して間違っていなかったとは思う。今さら言っても遅いが、後への影響は甚大故に胃がキリキリと痛む。食べ過ぎか。

 珍しく9時ちょっと過ぎに職場に行く。およそ現代人にとって早朝とも未明とも言える時間に何をと不審がられる方も多々あるとは存じますが、よーするに今日出す予定の謎のアルバイトの原稿をまだ1行も仕上げておらず、記者会見が始まるまでの1時間ちょっとで書いてしまおーかと思ったのが早朝(自分にとってのあくまでも)に会社へと行った理由。焦る気持ちが良かったのか寝ぼけていたのが幸いしたのか、1時間ほどで目的の3本分の原稿をフィニッシュ。頭でっかちに三白眼な子供たちを、モティーフとしてよく取りあげている奈良美智さんの画集なんかの紹介も入っていたのが、好きこそ物の上手なりでやりやすかったのかも。

 しかし先週は朝の6時までか何回も手直しした原稿が、今週分では朝にちゃちゃっと書いてだいたいOK。これつまり自分には思考能力よりも場当たり的な直感の方が優れてるってことで、冷静さこそ特徴と自分を見ていただけにちょっとショックがでかい。がまあいい早く書いても遅く書いてもお金はいっしょでございまーす、おめでとーございまーすで多分来月くらいから人様のお目に触れることでしょー。

 本屋で山ほど本を買う。まずは青弓社から発売された宝島ムックとかアスペクトムックとかオルタブックスを高尚っぽくした評論誌「ポップ・カルチャー・クリティーク」の零号と1号。ゼロは今サブカル系では外すことのできない「エヴァ」をフィーチャーした「『エヴァ』の遺せしもの」で1もやっぱり外せない「宮崎駿」。薄い割にはどちらも字が多くって内容も小難しく、寝ぼけた頭にはちょっと理解が及ばないのでこれからじっくりと寝て、後にもー1度手に取ってみよー。しかし高尚な割には取りあげる対象の通俗ぶりにはちょと幻滅してしまう。他に取りあげる対象がないってのも問題ではあるんだけどね。「はれぶた」頑張れ。

 鬼頭莫宏さんの「ヴァンデミエールの翼」の第2巻はやっぱり胸打たれる機械人形の少女の物語。ほかには昔あちこちで絵を眼にしてなんて上手い人なんだろーと感心していたMEIMUの最新作品集「ハウス・オブ・ザ・ホラー」を買って絵柄の違いに年月を感じて腰が痛くなる。そうそう西原理恵子さんが生きている幻の雑誌「UNO!」に連載していた「鳥頭紀行」(スターツ出版、1000円)が本になってまとまたので早速購入。情報量の多さにくらくらっと目眩がしたけれど、これもつまりは寝不足の後遺症なので西原さんは悪くない。「ジャングル編」ってことは別の編が出るってことか。スターツ出版、いよいよ西原さんと心中を決めたんだねー。


【12月17日】 真夜中過ぎまでSMAPの「ス」を見ながら踊って唄ってランランランしていたので朝起きるまで全然知らなかったぜこんな大事件が起こっていたとは。夕方だって会社に午後の9時頃までいたのに通信社からの速報はほとんど聞かなかったから、騒ぎ始めたのはきっと夜も10時とかを過ぎたあたりからなんだろー。ニュースステーションではやったのかな、まーいーやともかくも今朝の新聞はスポーツ新聞から一般紙から何から何までが「ポケモン」1色、かつて番外地とまで呼ばれたテレビ東京のそれもアニメがかくも騒然と世間を震撼させる事件を起こすなんて、いったい誰が想像できたであろうか。まさに世の中でこの「ポケモン」が高く広く遠く認知されていることを示すことになった。

 事件そのものは発生原因とか因果関係は抜きにして、単純に光誘発性発作とかショックとかいった類のことが起こったんじゃないかと思うけど、どうしてこれほどまでに大事になったのかを想像すると、1つには「ポケモン」がとっても人気があって大勢の人たちが見ていたこと、そしてその大半が光刺激の影響を受けやすい子供だったこと、さらにはあんまり面白くって作品世界へと引きつけられ、んでもってクライマックスもクライマックス意識が画面に吸い付けられる場面でチカチカなんてやるとゆー、かくも2重、3重の要素が重なった挙げ句の大量発作・入院だったんじゃないかと思えてくる。例えばこれが万年米印な深夜アニメだったら、それも大人のお友達しか見ないよーな番組だったら、きっと事件になんてならなかったと思うよ。某「VIRUS」とか。この番組なんてまさに画面を明滅させてスタンドたちの意識をすっ飛ばす描写が出てきたからね。

 しかし新聞各紙の扱いってものまた千差万別で、こういった時に騒ぎ立てるスポーツ新聞が比較的真っ当なアプローチの仕方で光過敏が影響したんじゃないかってなトーンで記事をまとめていたのに対して、朝日新聞なんかは電脳社会の落とし穴的発想で記事をまとめてコメントもサブリミナルっぽい影響を危惧する声が使われていて、さらに毎日新聞なんかは光過敏についてはほとんど触れずに番組の持っていたメッセージ性を影響の要因として上げていて、どうした一般紙ぜんぜん事情が分かっていないぞってな印象を受けた。ちょっと前に世間を騒がせたゲーム機が誘発するショックの問題を、思い出せなかったんだろーか。その点でたぶん共同通信あたりの配信を使っているスポーツ新聞に産経新聞に東京新聞あたりは、光過敏ショックの可能性を指摘した香山リカさんのコメントを踏まえて、論旨を展開することが出来たんだろー。自前の記者をおけない貧乏も、こーゆー時には役にたつ。

 おおよその原因は分かって来ているから、つまりはこれから番組で派手な透過光とかフリッカーを使わなければ済む話なんじゃないかと思うけど、そうとは言ってもこれだけの大騒ぎになった以上は、平気な顔して放送を続ける訳にはいかないってことらしく、来週からはしばらく「ポケモン」、放映されないってことになってるらしー。子供たちの助命嘆願が山と届いて再開って美しい展開は予想の範疇にあるけれど、それは出来すぎだし仕込みっぽいから多分なく、ってことは声は聞きつつも大人の世間体に配慮して、このままフェイドアウトってことになり、さらに来年予定の映画もいっしょにパーとなり、かくしてアニメ「ポケットモンスター」は、耳を殺ぎ落としたキラー・コワルスキーの試合の映像(フレッド・ブラシーだったっけ?)と同様、記憶には残るけど記録としては消滅してしまう幻の作品となるのだろーか。

 怖いのは今回の話をゲームの分野に敷衍して考えてゲーム叩きに走るメディアが出ないかってことで、でも前例としてゲームが話題に上っている以上はすでに何らかの対策が打たれているのではと考えるのが常道、現に任天堂とかはゲーム機の使用説明書とかに使用上の注意を書いているし、ソフトを作る方だって訴訟とかが怖いから無理してヘンな光パチパチのソフトなんて作らないだろー。それからある程度ユーザー層が限定されているゲームの場合は、ユーザー側の自助努力が働くってゆーか自己責任が認められるってゆーか、とにかく全てを送り手側の責任に転嫁するのが酷な部分がないでもない。一方テレビのアニメは不特定多数を対象に作ってあるから責任の幅とか大きさもケタ違いで、それを一緒にして並列で論じると、きっとおかしなことになるんじゃないかと心配している。とばっちりな任天堂、果たして今後どう出るか。ポケモンを育てていくのかそれとも見捨てるのか、ちょっと注目したい、って他人事じゃねーんだよな、来月からは。

 とか言いつつ記者クラブの受け付けの女の子が月内で辞めるので送別会を銀座で開催。開始時になっても運輸省で開かれている航空交渉のレクが始まらず、おまけにもっと別のニュースを書かなくっちゃいけないといって時間をさらに遅らせるように求める会社があって一時場内は紛糾するも、はじめに決めたルールを守れないのはJR以下じゃなかった国鉄長期債務処理問題を仕切った国以下だってことで一蹴、結局は中身の無かったレクを聞いた後で、国家の一大事的ニュースは放ったらかしてそのまま銀座へとゴーする。自己都合で決めるなってーのさ。とっても辛いカレーを食べた後でかカラオケでSMAPを熱唱して帰途。ノドが痛い。眠いけど仕事も結構あってちょっと寝られそうもないのが辛い。なんだか目の前がチカチカしてきたけれど、これは別にしょぼしょぼとも言い替えられるから、絶対に光誘発性のショックじゃーない。つまりはたた眠いだけ。困ったぞー、明日どーしよー。


【12月16日】 すべてにおいて時代を1歩でも2歩でも先取りするよう務めるのが、およそジャーナリストにとって必要不可欠な要素であると言えるだろう。右に行列の出来るベルギーワッフルの店があったとしたらたとえ背広姿の中年膨れが醜かろうともたった1つのワッフルのために30分を並び、左に女子高生で賑わうハローキティーのグッズのお店が開店したと知ったらたとえ禿頭を丁髷で束ねた髭面であろうと立ち寄っては何が彼女たちをしてキティーに走らせるのかをつぶさに観察しなくてはならないのだ。つらいなあ。

 と前置きをして、銀座の山野楽器に寄って「ス」を買う。何それって思った人は男性だったら自分のお腹のマルミをさすり、女性だったら目元に指を這わせてシワを数えよ。そうだぞ今日は16日、本当だったら17日が発売予定のあのタイトル、そう今世紀最後の超アイドルグループ「SMAP」様さま様のライブビデオが店によってはぐらわーんと並ぶ日なのだぞどうだ参ったか参らねえよな。しかし今さら「SMAP」のライブビデオごときにベルギーワッフルだのハローキティだのと前振りをする必要があるのかと言えば実はあるのだ。今回のライブビデオにはなんと、ビデオのほかにLDと、そして今世紀最後の大型家電(東芝&松下称)であるところのDVDプレーヤーに対応した、DVDバージョンも発売されたのだあああああ。ふぐっ。

 たった2枚のディスクに片方は片面2層で86分、もう片方にも片面1層で52分とおよそレーザーでは考えられない容量の映像がぎっしり、んでもって大きさは当たり前だかCD並みであり、鞄の中にすっぽりどころか隙間に埋まって見えないくらいのコンパクトさで、これなら買って帰っても会社の人から「またウテナ買ったの」などと言われなくっても済む、ってことはつまり僕は「ウテナ」しか買わない人間だと思われているのか思われているのだ。脱線復旧、さてDVDバージョンの「ス」であるが、メニューをいじくるとバックステージの映像が現れたりする仕掛けがいろいろあるみたい。これからじっくり探していくとして。

 とにかく映像は綺麗の1言、音声はクリアの1言で仮にマルチアングルなんて凝ったことがしてなくったって、コンパクトさでLDよりももちろんビデオよりも、いっしょに並んでいたならDVDを買っちゃった方が良いんじゃないかと確信する。LD派には異論はいろいろあるけれど、とにかくこのコンパクトさかつ明晰さにだけは群を抜く。チャプターつかってポンポンと好きな曲に飛べるしね。ディスクの交換だってジャケットから取り出してビニールを外してぐわーっと開いて取り出して取り替えるなんて手間はない、ぱかっと開けてポンと取り換えるだけの簡便さは、1度試すともうヤミ付きになるのだよ。ファン層のフトコロ具合を勘案すると、「エヴァ」ほどキラー度合いがるとは思えないけれど、同居人が好きとかいった年配者だったら是非この際、ハードともどもおひとつDVD版「ス」をいかがっすかあ。ナイナイ岡村は映ってないけどね。

 病気の人を増やすお誘いはいい加減にして会社で仕事を粛々と。昨日から始まった日米航空交渉は一行に進展の兆しをみせず、おまけに今日なんて午前中は休会ってんだからおい米国人、いったいナニしにはるばる日本まで来てるんだって愚痴の1言も言ってやりたくなる。来日しているのはいつもながらのベンゲルばりな知的な表情がクールでナイスなラーソン国務次官補と、髭面が可愛いと評判じゃないハニカット運輸次官(でよかったかな)の2人組。およそ異種格闘技な2人が実ややおいで昨晩あちゃこちゃな結果教はむにゃむにゃなんて、国際問題級の想像をしてしまったけれど、まあ昨日は米国大使館のレセプションがあったみたいだし、忙しかったんだろーねー。しかし誰か作りませんかラーソン&ハニカット本。米国のオタコンで売れること間違いばかり。

 思い出した「COMIC CUE」を買ったんだ。合作がテーマの今回は、何といってもとり・みきさんと京極夏彦さんの合作が超目玉っぽくミステリー界隈ではささやかれていたよーだけど、こと漫画に関してはやっぱり圧倒的にとりさんの勝利に終わったというか、半分くらいのネームに加えて絵も担当したとりさんのテイストがやっぱりビジュアルだけに勝っているように映って、京極さんのネームのギャグはとりさんの絵に取り込まれ、京極さんが描く頓狂なキャラは埋没していたような印象を持った。京極さんより以前にとりさんファンだった者のタワゴトです。気に入ったのは1つは貞本義行さんと奥さんのたかはまこさんの合作。たかはまこなんて妙な名前だと思っていたらおおなんと、かの愛知県は高浜市に貞本さんは在住なさっておられるのかまたマイナーな。

 秀逸はやっぱり巻末の高橋ツトムさんとおおひなたごうさんのコラボレーション作品「天使のわけまえ」でしょう。美麗な絵のなかに脱力なキャラが同在するこの異常さが逆に作品の不思議なイメージを増幅している。すべてが美麗なキャラだったら当たり前の救済の物語にしかならないところを、おおひなたごうさん描くコミカルなキャラが加わることによって、人間存在の軽さとゆーかそっけなさとゆーか、とにかくたいしたことないじゃん人間なんてってな達観のレベルにまで作品が昇華されているよーな気がすると、まあそんな事を言っておけばちょっち評論家っぽいじゃんか。この勢いで仕事原稿もやっつけよー、さあ読むぞこれから「天から光が降りてくる」の下巻を。


【12月15日】 ぐがっぐがっと本を読み嗣ぐ。まずは藤原智美さんの短めの話ばかりを集めた「メッセージボード」(読売新聞社)。「海燕」とか「evah」とか「東京人」といったバラバラな媒体に訥々と発表された作品なのに、不思議と共通するイメージがあって、読んでいるうちにそれは多分都会に暮らしている人たちの、孤独な気持ちが様々な形で爆発したり凝縮していく話が集まっているんだなーとゆーことに気が付く。郵便受けに届いた手紙をまとめてはモノサシで図って高さを確かめる兄ちゃんは、届かないことが怖くって自分で手紙を出しているし、物が捨てられなくってなんでも集めてしまう兄ちゃんは、部屋の中に新聞紙を天井まで積み上げて、コンビニの弁当はパックを洗って重ねている。それら手紙や新聞紙やら弁当パックを眺めながら、自分が確かに存在していることの証とするなんて、よほど寂しい人たちに違いない。

 寂しいならば外に向かって叫べばいいのに、声高になれるほど自分に自信がないのだろうか、内に篭って家で出来ることでしか、自己を主張できないんことに近親憎悪と共感の裏腹な感情を抱いて頭が痛くなる。叫ばないことをいじらしさと見るか、いじけ虫と見るかは立場によって代わだろう。自分はといえばテンションの上がり下がりが激しく、陽気に遊んだ後で陽気に遊んで良かったんだろーかと、すぐさま自己嫌悪に陥る性質なので、今はどっちかってーといじましさと思って共感してしまう。

 考えてみるにこうしてページを作っているのも、リアルな世界で声高になれない臆病者がネットを介して主張してみちゃったりしてるって感じの、極めて他力本願な自己の主張の仕方に違いない。中には自分のためだけにページを作ってWWWサーバーにアップして、カウンターをつけて自分がアクセスした分だけした数字が増えず、それでも世界に向かって開かれているというそのことだけに、ささやかな望みを託している人が、存外多かったりするのかもしれないこの都会には。自分でさえハッキリしないんだもの、他人のことなんて全然分からないけどね。

 とかいいつつ、激しく自己主張するために激しい自己主張が肝要な出版界を描いた、ジェイ・マキナニーの新翻訳本「空から光が降りてくる」(講談社)を読む。ダウ・ジョーンズが2000ドルってゆーから、1990年代に入るか入らないかって頃のニューヨークが舞台なんだろーか、出版社に務める30代前半の、ちょうど今の僕と同じくらいの中堅で結構ヒットも出している編集者とその妻が、なんでもひと博打うった挙げ句に仲間だった作家を破滅に追いやるってなストーリー。まだ200ページを読んだだけだからハッキリとは分からないけどね。

 で出版社の人たちってのがまた他をけ落としてのし上がろうって競争社会では当たり前だけど気の弱い僕には読むだけで当たりそうな人種で、そんな人種を相手に作品を売り込む小説家たちも、第1作を書いてから20年も第2作を書かなずにいる癖にじらし方が上手いのかずっと第1線に居続けて、編集者から年に500食とか600食をありつく機会があるんじゃないかと計算している超俗物ほかいろいろ。こんな魑魅魍魎どっかんどっかんな世界に、憧れつつも未だ足を踏み入れていないのはもしかしたら正解なのかもしれないと、読みつつふっと思う。

 それでも夜な夜なパーティーを回っては作家や編集者やモデルや美人やべっぴんたちとオダを挙げて大騒ぎできる人種ってとこに、およそそーいった世界とは縁のないしがない経済記者としては、とっても憧れてしまうのであった。田舎にいればそんな事なんて遠い異国の出来事だなんて思っていられたのに、都会に出てきてそんな世界があることを壁1枚隔てて見られるような立場になって、ますます興味が深々と湧いて来る。

 ってんで今や飛ぶ鳥も飛行機もスーパーマンでさえもその足下にひれ伏すゲーム業界のメガ雑誌、我らがアスキー刊行の「ファミ通」の忘年会をのぞき、米国のらんちき騒ぎもおとなしく見えるほどの馬鹿っ騒ぎぶりに、溜まった毒気を抜かれてふにゃふにゃになる。入り口を入った時から会場はマスカレードの狂騒地帯、プラスティックの安売り鬘にヒゲに眼鏡に付け鼻付け耳の兄ちゃん姉ちゃんがぞやぞやぞやと練り歩き、およそ上場企業の記者懇親会では考えられない状況に、足どりもおぼつかず場内をウロウロと見て歩く。ちなみにあたしゃ丁髷姿の落ち武者顔の仮装・・・じゃないぞこれは地だ。くすん。

 入ってすぐに同僚が見つけたのが。ああ。これが。なんと。富野由悠季さんであった。うわー。「ニュータイプ読みました」と言ったら「あなたのような会社の人がそんなの読んでちゃいけません」と言われてギャフンと根を上げたものの、予想に反して富野さん、陽気で腰が低くてとにかくあれこれ喋りまくりで怖いとか凄いとかゆー印象はあんまり受けなかった。せっかくなので「ブレンパワードどーですか」と聞いたら、やっぱり「ニュータイプ」に書いてあったよーにスポンサーも局も決まっていなくって、それでもあれこれ頑張っていくのだと聞いて、来年は是非是非と期待を持ってしまった。

 猫でいっぱいのナンジャタウンの暗闇に富野さんを見送った後、上のマカロニ広場でセレモニーを待っていると、グアラングアランとメリーゴーラウンドが回ってエンターテインメント関連のトップである廣瀬専務が登壇、それも亀仙人の格好での演説に場内おおいに沸き立つ。こないだの懇親会もそっちの格好で出てくれれば盛り上がったのにい。来年は是非鶴仙人の格好でお願いします。続いてやっぱりメリーゴーラウンドに乗って、メガ雑誌を率いる編集長の人が登場、あまりの入り口でのはしゃぎぶりを、富野さんが見て「あれ誰」って聞かれて「あれが浜村さんです」と言ったら「ふーん」ってな顔をされていた。富野さんも感心を持つほどの押し出しぶりってことでしょうか。どうでしょうか。

 たぶん水玉螢之丞さんらしい人を見て、スケッチブックもった超小柄な姿に「やっぱりいさましいチビのイラストレーターなんだなあ」と感動する。側にいたちょっちころんとしたお姉さんは、後で名札を見て須藤真澄さんと確認、「いちまだあ」「ご近所冒険隊だあ」とか思いながら都会のパーティーって、出版社のパーティーってやっぱ華やかなんだなーと感嘆する。とにかく屋内のスペースに2000人からの人が詰め込まれていた忘年会、食事を取るなんてとても無理だと思ったので、もっぱら同僚が知っているゲーム関係の人のゲットにうろつきまわり、ボールの中に何人かゲットして持ち帰ったら誰か交換してくれってゆー人がいないだろーかと考える。

 お目にかかった人でゆーなら、例えばダビスタな薗部さんなんて結構な引き合いがあると思うし、ダビスタマガジンな成沢さんだって、やっぱりな引き合いがあるだろー。他にもありゃりゃこりゃりゃなゲーム関係の大量来襲に、写真をとってトレーディングカードを作って売れば売れるんじゃないかとふと思う。富野さんは超越大別格なのでさておいて、他の方々の強い弱いの順番は、とてもじゃないけど僕には付けられません。どうでしょうメディアファクトリーあたりから発売しちゃっちゃーくれませんか。


【12月14日】 例の「究極版」を買いにデパートに行く。クリスマス前のおもちゃ売場は、お子さまなガキたちでごった返していたのだが、目的のためには臆していられないと波をかきわけ模型コーナーへたどり着くと、あったあったぞ山積みで、あの巨大な箱がこっちに1山、あっちに1山ずどーんと積んであって、ちょっぴり大人なお子さまたちが「すげー」とかいいながらたかっている。やいやいてめえら見るだけだったらタダだぜいとちょっとだけなお金持ちの特権をふりかざして人垣を突破、むんずと1つ手にとって勇んでレジにいくと、奥から緑と赤のクリスマス仕様で包装されたブツを持ってこられて、見透かされてるなあと思いつつも1万円札と500円玉を1コ渡して、箱に取り付けられた取っ手を握ってプレゼントのポスターを別の手に握って、再びガキなお子さまたちをかき分け、買っちまったぜやっちまったなあってな自慢と自己嫌悪が入り交じった気持ちで、家路へと向かうのであった。

 たぶんしばらくは作らないとは思うけど、あれだけの完成度あれだけの大迫力、粗組でも立派な置物になること請負なのだが、欲を出して色縫ってパテ埋めて改造も施して背景なんかも作ってしまって床の間あたりに飾っておきたいとの意も強い。床の間なんて今はないけどいずれ出世して稼いで100畳くらいの床の間のある家をぶっ立てて、そこにこれまで集めては作らずにいる「初号機」やら「量産機」やらをずらり並べて悦に入るんだと手を握りしめ太陽に向かってしばし吼える。しかし現実問題としてそのあまりの巨大な外箱にすでに本で床も見えない我が部屋には、置場所すら作り出せないのがすっげーイタイ。押入に突っ込んでおきたくっても押入すら本でいっぱいなので、当面はテレビの上の空きスペースに立てかけておくことにする。摩沙雪さんの箱書きがよく見えないのは残念だが、ちょうど同じ絵柄のポスターをもらったのでフレームを付けて壁に張り、どうした訳か胸ぽっちりが見えないように構成された裸な綾波と裸なカオルと、シンジと初号機と地球と月と太陽の図案を眺めながら、夏の思い出にしばし浸る。

 いっしょに買い込んで来た「ニュータイプ」を読むと、裏表紙に完成塗装済みの写真がどぐわーんと掲載されていて、やっぱり作りてーなーとの想いがムクムクを頭に浮かんでくるが、とにかく今週来週と年末で忙しい日が続くんじゃないかと思うので、しばらくは完成写真や封入されている映画のプログラムなみの取り扱い説明書なんかを見ながら、自分を慰撫することにしよー。しかし来年もいろんな新作が始まるみたいだねー、「ニュータイプ」は冒頭から新作がぞらりと紹介されていて、マリーガルな(?)富野由悠季さんの「ブレンパワード」は永野護さんといのまたむつみさんがデザイナーな実現すればヒットおそらく間違いなしな企画と確信しつつ、「スポンサーもいなければ」の言葉にいったい実現は何時なんだろーと不安に胸をいっぱいにする。

 「万能文化猫娘」はまあそれなりに当たるでしょう、あと高橋良輔さんの「ガサラキ」に渡辺信一郎さんの「カウボーイビバップ」に伊東岳彦さんの「星方武侠アウトロースター」と続いて、来年はサンライズがバリバリな予感を抱かせる。しかしいくら記事で綺麗に描かれていても、いざ動き出すとなんとゆーかなんだろーなな経験を、大ラッシュとなった今年の秋にたっぷり感じさせられているので、ドタバタと始めるなんて無理なんかしないでじっくり作りこんでから放映へとこぎ着けて頂きたい。あっと「パトレイバー3」だけは期待してますとり・みきさんの脚本だし。

 そのとり・みきさんが18日の夕方から青山ブックセンターで「石神伝説1」の出版記念サイン買いを挙行するんだけど、残念にも当日は用事があってちょっと行けそーもないので、本屋で既に絶賛発売中(だと思う)な「石神伝説1」(文藝春秋、819円)を買って読む。「トマソンの罠」に収録済みの短編をイントロダクションに展開された日本の闇の古代史をえぐる異色作、描き込まれた線に貼り込まれたトーンが力の入れよう気合いの入れ方を現していて、1コマたりとも読み飛ばすことができない。テーマがテーマだけに世代的にどうしても諸星大二郎さんの「暗黒神話」を思い浮かべてしまうけど、自分が「暗黒神話」から今へと至るさまざまな影響を受けたよーに、この作品が新しい世代にとっての「暗黒神話」となって、古代史好き歴史好き石好き自衛隊好きな人が生まれて広がっていけば良いなーと感じる。でも冒頭のルーズソック姉ちゃん、いったい誰なんですかあ。


【12月13日】 朝方5時ごろまで原稿書き。書いては直し直しては書くを繰り返した挙げ句に結局どれほども納得のいかなさそうな仕上がりになったことを海の側にむかってわびるが、まあいいやともかくも仕上がった原稿を納品して一段落。ベッドに入って惰眠を貪る。起きるとだいたい午前の10時頃でつらつらとメールを呼んでいるとかの快作「プリンセス・プラスティック」の作者である米田淳一さんがホームページを持っているとの情報が入っていたので早速チェック、内容に反して異様かつ頓狂な雰囲気を醸し出していた表紙絵やイラストとはまた違う、米田さんオリジナルの登場キャラクターのイラストがあって、なんだいこっちの方がはるかにイメージじゃんと思いつつ日記を読むとおおなんと。凄い凄い凄い言葉の行列に出版社というところの必殺手のひら返しな恐怖を他人事ながら感じて身の毛をよだててしまう。

 イラストはもちろん冒頭の学園美少女コンテストの場面もたぶんに編集さんの意向が入っていたとかで、まあそれはそれでツカミはオッケー(コンテストの方。イラストは逆効果、だもん)と納得できないこともないけれど、しかし「エヴァ」が入ってる云々を意識して書いている時から心配して相談したらあしらわれて、収めて出版されて惹句に「エヴァ」の文字が踊っていてその驚くことといったら。まあそれも編集サイドのツカミはベリグットな商売っ気だから仕方がないことと説得されたとしよう、しかし評判にならずあんまり芳しくないと判明した途端に「エヴァ」入ってることを売れない理由に挙げられたら、やっぱ作者としても怒るよね。

 日記によると、事実相当に怒っているみたいで、けれどもあんまり怒ってばかりもいられないみたい。なんとゆーか本をもうこれ以上出してもらえる見通しがないらしく、それならばと自分で自分の書いた小説をホームページにアップして自由に読めるよーにしている。「プリプラ」の原型になった作品なんか現在工事中のよーで、ほかにもまだ工事中のところがあるけれど、冬の時代にせっかく登場した期待のSFの若手だ、潰されないようになんとかフォローできないものかと、ここに広く喧伝することにした次第。なんか在庫もう出版社にはないみたいなので(増刷も当然ない)、大森望さんの手になる「本の雑誌」のレビューを読んで作品に関心を持った人は、明日にでも今すぐにでも本屋へ急いで探しましょう。

 西炯子さんの超初期の作品を集めた「学生と恥」(小学館キャンバス文庫、619円)を読む。今のような絵柄がうかがえない訳じゃないけれど、どっちかってゆーと大昔の内田美奈子さんてゆーか、ハードなタッチの線で割とデフォルメされてない人物を描いた絵で物語も青春のややこしさにあふれていて、今のギャグタッチがとても信じられない。キャンバス文庫なのに大半が漫画ってのも変だけど、文章も何本か入っていて学生時代の友だちの話とか、友だちの彼氏が友だちに虐げられた挙げ句に車を買って授業料が払えなかった話とか書いている。

 後半の話はどっかで読んだと思って手近にあった「ラブ・ソング」(小学館)を明けたら、冒頭の同題の漫画がモロそんな話だった。経験が役に立ってますね。合間に登場する4コマ漫画は今のタッチでギャグの流れも今風。登場人物ですました美人の新田さんが家に訪ねて来てお茶を入れてあげてる隙に新田さん、「ふーんレトラ使うてはんねんなー。あっマクソンあるわ。なるほど最近のマクソンはワックスタイプも出てるんやなァ」とお道具を見て1人ごちるそーな。さっぱり解らん単語の羅列、月末にビッグサイトあたりで聞けば誰か教えてくれるだろーか。

 家を出て秋葉原をウロウロ。歩道を歩いているといきなり巨大なイルカ風のトリが歩いていて驚く。「あっフィンフィンだっ」と抱きつきたいのをこらえてチラチラ横目で見ていたら、前がよく解らないのか両脇に人を連れてヨタヨタと横断歩道を渡っていった。コケないでねひかれないでね。石丸で新作ソフトをあれこれチェック入れるも「SMAP」のライブのDVDは未だ発売されておらず、「タイムリープ」のLDも「ナディア」のビデオCDも「フォトン」の2も来週以降に発売の様子。とりあえず「VIRUS」のサントラ買って後にする。

 なにサントラ? お前「VIRUS」のファンだったのか、あれだけページでケナしておいてとのお叱りはもちろん覚悟しています。覚悟はしていますがでも音楽は割と好きなんですよエンディングテーマとか予告の時のBGMとか。音楽は「残酷な天使のテーゼ」の編曲なんかを手がけた大森俊之さん。エンディングは青少だったかの高野蘭さんが唄っていて、いつもバックの絵といっしょにジンとしながら聞いてるんです真夜中に(1人で)。ジャケットのエリカが垂れ下がる西瓜胸でどーやってポケット開けるのか不思議。エクストラトラックが見られない・・・・何故だ?

 安かったので「ニモ」のボックスを買う。聞くと相当にお寒い内容のアニメだそーだが、5000枚限定のボックスにはメビウスのポスターとか設定資料に絵コンテとかが入っているので、まあ一種の記念品だわな、家宝になるかどーかは別にして。他にチェックすると「ナディア」のボックスが安い物で6万円台から出ていたっけか、あと別の店では「オーガス」が3万円とか、「エコエコアザラク」が1万数千円とかいろいろ。TV版「神秘の世界エルハザード」のセット物もあったけど、とても20数話を見ている余裕がないので遠慮して、とりあえず「ニモ」と「VIRUS」のサントラを抱えて混雑する秋葉原を後にする。フィンフィンいないなあ。


【12月12日】 「VIRUS」を見る。たぶん「VIRUS」だと思う・・・けど違うような気がしないでもない。だってキャラがまるで違う。大張正己さん風でも中沢一登さん風でもないこれまでのどの回よりもも人間っぽいキャラなのに、すっげー違和感を覚えてしまうのは頭がすっかり目デッカチでエグレ頬で胸なんか西瓜なキャラクターに、魅せられ洗脳されてしまったからなのだろー。動きは今までに増してよかったね。さても結局ろくすっぽ説明のないまま、いよいよ次回は最終回を迎えるとゆーことで、予告編を見たらふたたびエグレ頬に西瓜胸な美少女軍団とそれから筋肉突っ張らせた男性キャラが登場の予定でひと安心。さてどこいらあたりで物語を収斂させてくれるのか。「ウテナ」ともども目が離せない月末、ですね。ほかに目はいかんのか。

 吉祥寺の人間なソフト屋さんに行く。なんでかってゆーと理由は秘密ながらソフト屋さんに行かなければならない用事が出来てしまったためで、前進座の向かいでしばし骨董をながめた後で時計塔を登ってあれやこれやと雑談。スクールの生徒が集まりにくくなっている問題とか、いろいろな意見を持った人がひとつの団体に呉越同舟しては日進月歩に侃々諤々している問題とか、話し込むほどに話がヤバい方向へと長引いていくので、適宜切り上げて辞去する。熱い人だったねえ。関連会社でやっているPC−FX関係もとりあえずは続けるみたいだけど、プラットフォームがいまや幻と化した以上は、これからは移植あたりが中心になっていくってことか。

 井の頭線に乗って渋谷へ。某まんだらけの入っている建物にあったナムコのアミューズメントスポットが、オープンから半年を経ずして改装されてしまったとゆーことで、なんでかってゆーと理由は秘密ながら見物に行く。っても前がどーなっていたのか知らないから、いったいどこが変わっていたのか検討もつかないんだけど、どーやらDJブースが増えていたり、ゲームの種類が変わっているよーで、大人向けと以前聞いていた内容からは、確実にヤング、ジャリ、ガキ、お子さまな方向へと変身を遂げていた。とっても奥まった場所だけに、知名度上げてお客集めるのは大変だと思うけど、さて改装による勝算はいかに。地下2階派にとってみれば、質の高いコスプレ店員を上へ上へと押し上げることで、いっそうの集客が図れるんじゃないかと思ってるけど、それはきっと迷惑だよね。やっぱり

 暖かいと美味しいとゆー饅頭をもらったけど、全日空の記者会見があって食べるヒマもなかったので、終わってから戻って冷たくなったところを1つ、2つ、3つ、4つ、5つ、6つとつまむ。1箱に6つ入っていて、あらあら全部食べちゃった。昼御飯を食べるヒマがなかったから、まあ代わりみたいなもんだ。饅頭を食べながら阪急が発表した新しい宝塚歌劇団の組の名称発表のリリースを呼んでおよよよよ。雪月花星に加わる新組はその名もなんと「宙(そら)組」とか。地上の雪花空の月星をすべて包括するのが宇宙すなわち「宙(そら)」。ってことは後発ながらこの「宙組」、およそすべての宝塚の組を傘下に置いて、全宇宙へと打って出るための宝塚の遠大な構想を反映した名前なのかと、勝手な邪推をしてみる。出し物はそうだね名前に合わせてキャプテンハーロックなんてどうだい。「宇宙の海は俺の海ー」。あと娘役も全員ヒゲを付けること。「宇宙の女房にゃヒゲがある」by小松左京。

 旧国鉄債務の処理に関してJR各社にも負担が求められている問題で、藤井孝男運輸大臣は12日JRグループ7社の社長を呼んで年金の厚生年金への移管金の不足分を負担してもらうよう求めたが、JRは金がなくって信用を失うしそもそも筋合いがないものと、これをすっぱりこんと拒否しちゃた。これは昨日の次官との会談でもいっしょだけど、今日はこれまでJRが負担しない理由として上げてきた今年春の閣議決定について、空前絶後の解釈が出たので頭をかかえつつ運輸省のなりふりかまってらんないのよねby葛木ミサト的スタンスを思いやって笑う。はっはっは。

 確か閣議決定では移管金を清算事業団とJR各社で応分に負担した時に、清算事業団に回った分を確か「国において処理する」とゆーことになっていた。これはさらに遡る87年の国鉄分割民営化で清算事業団へと回った債務22兆円を「国において処理する」とセットになった言葉で、ってことはつまりどう考えたって切り分けられた分で国とJRの負担をそれぞれにしっかと応分するて意味じゃないかいな。ところが運輸省じゃあ「国において処理する」を国が責任を持って処理するんじゃなくって、国があれこれ方法を決めて結果的に処理する、つまり負担を求めるような法改正を行ったりすることも「国において処理する」ことになっちゃうらしい。すっげー詭弁。もちろんJRも即座に反論をしたよーだけど、しかし日本語の拡大解釈をしてまで、悪く言えば詭弁を労してまでゴリ押ししたらかえって無理筋だって国が不利になってしまうんじゃなかろーか。明日の新聞の論調が楽しみ。


【12月11日】 「少女革命ウテナ」を見る。いよいよ終局に向けて動き始めた物語は、姫宮アンシーのダークな部分がじくじくと画面上に染みだして来て、背筋に氷柱をあてられる思いがして身震いがする。なんとなく見えてきた結末だけど、たぶん残りの2話で大きく期待を良い方向に裏切って、とてつもない絵と物語を見せてくれるんだろー。決闘広場で椅子を並べて会話するとか、パン食って駆け足している姫宮にぶつかるなんてベタな展開はあるはずもない、と思う、けど。合間に「フォトン」のCM、肝心の裸が全然映ってなくって、これだけであの作品の魅力を伝えているのか不安になるけれど、CMが入ったことでキングの力の入れ方も見えて来たから、ちょっとは知名度も上がって来るだろー。ポチ人形、出ないかな。

 宝島社から年末恒例の「このミステリーがすごい!」が発売、表紙がなぜか佐々木倫子さんだったりしてミステリーとの関係性に悩むが、思い起こせば佐々木さんはかの傑作エスピオナージ・コミック(?)「ペパーミントスパイ」を上梓したこともある立派なミステリー漫画家。いささかも「このミス」の表紙に相応しくないということはないのである。委員長とドナルドの今いずこ。さてランキングは本を読んで頂くとして、暮れも迫って発売された皆川博子さんの「死の泉」が時期の悪さを補って上位で検討しているのを見て嬉しく思い、森博嗣さんも我孫子武丸さんも西澤保彦さんも摩耶雄嵩さんも二階堂黎人さんも山田正紀さんも上位に入っていないことに、自分との趣味との隔たりを強く感じる。

 もっとも内田康夫さんも西村京太郎さんも赤川次郎さんも入ってないから、世間一般的な趣味とも隔たっている訳で、だったらいったいどーゆー層の趣味なんだろーかと思案して、10周年を記録する一大権威をなった「このミス」も、実は存外狭いジャンルのガイド本なんじゃないかと考えてみる。「SF」はさらに狭くなるからここでは触れない触れられない。ベストテンではやっぱり恒例の「本の雑誌」の97年度ベストテンは、第1位の佐藤多佳子さんの「しゃべれども しゃべれども」を筆頭に1冊も読んだことがなく、改めてやっぱり読書傾向の恐るべき狭さを強くつよく実感する。もしや僕が読んでない本だけ選んでやいないかと電波系な邪推もしてみるが、超有名な片岡義男さんや愛好家も多い飯嶋和一さんが入っていたりもしているから、やっぱりこっちの傾向が狭過ぎるってことなんだろー。仕事で若干広がりつつはあるけれど、さらなる精進が必要か。担当編集はなおのことだけど。ね。

 珍しく運輸省の会議室前に張り付く。会議を終えて出てくる人にぶら下がりをして取材するってゆー、おおこれぞ新聞記者の鏡かなってな仕事をしなくちゃならなかくなったんだけど、会議が終わるのがいつなのかちょっと解らなかったから、持っていった(持っていたのか)「このミス」の正体ほぼバレ覆面座談会を読みつつ「つぶれかけた藩のお家騒動のような・・・・」などとちょっと前の「クズ論争」を評する「O」さん(誰でしょう彼でしょう)の言葉に「それでもお家騒動なら瓦版でも話題になったものを」と「SFマガジン」でしか広がらなかった「SF」をめぐる論争の広がらなさに涙ぐむ。まあ「このミス」で触れて頂いているだけでも相当に嬉しいことなんだろーけど。「本の雑誌」もちゃんと鏡明さんによる「SFベスト10」が載ってるし、読書好きの一定層にやちゃんとSFの存在が認知されてるってことを、両誌の対応をみつつとりあえず誇ろう。10年先は知らんぞ。

 おっとぶら下がりだった。例の旧国鉄債務処理問題でたば税やら郵便貯金の黒字やらを借金返済に充てる引き替えに、JRにもちょっと負担をお願いしようって話の続きで、未だに「株主に説明できん」とこれを拒否するJRのエラい人たちを呼びつけて、諄々と諭そうとしたのが今日のイベントだった訳。まあ予定調和とゆーか理論武装で徹底抗戦の構えを見せているJRが、対案も譲歩案もなしに追加負担に応じるはずがまったくなく、やっぱり平行線で終了したその内容を、1時間ほど会議室の前で立ちんぼして待ったその挙げ句に、出てきたJR東日本の社長をワッと囲んで聞き出す仕事をやりました。仕事っても見かけはテープを鼻面に近づけてるだけなんだけど。

 内容的にはいつまでたっても平行線で、平行は平行故に決して交わることがないように、こっちの話も未だにまとまる兆しがない。夏から航空交渉に港湾協議と難物の交渉事をこなさなくっちゃいけない運輸省に、新たに持ち込まれたこっちは日本人が相手の、けれども市場への責任を大義名分にぶら下げた難しい仕事。年の瀬まで面倒に巻き込まれるのは叶わないから、どっちにしても早く決めて頂きたいねえ。28日あたりまで引っ張ったら、コスプレで役所に行っちゃうぞ、んでもって言うんだ、「あなたは世界を革命するしかないでしょう」、とか、「スタンバイ・リンケージ・マーク」、なんて。

 山ほどの本が出る年末だけど、嬉しい本は幾つもなくって、その1つともいえる今市子さんの「百鬼夜行抄」(朝日ソノラマ、760円)の第4巻が発売されて、買い込んで読み込んでやっぱり良い漫画家さんだなあと溜息を尽きながらむふふな妖怪のしんみりした物語を堪能する。怖くないし逆におかしい部分が多いんだけど、ちょっぴり寂しく残酷な部分もある奇妙な妖怪物語。もっともっとメジャーになって欲しいと思う一方で、ひっそりと玉手箱のように大切に思いながらそれでもしっかり描き続けてもらいたいと、手前勝手な思いにもとらわれている。だって映像化なんかされちゃって、某百太郎みたくボロボロにされたらタマらんもんなあ。律って誰なら配役ぴったりなんだろー。晶は葉月里央奈にしたんだけど、イメージちょっと違うかな、うーん。


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