縮刷版2021年5月上旬号


【5月10日】 ただの大学教授だったら何を言おうとそれは本人の自由であってひんしゅくを買うのも本人だから世間がとやかく言うことではないけれど、内閣官房参与という国家公務員の身分を有する立場で内閣総理大臣に意見を具申する職務に有る人が何か世間から異論を呼ぶようなことを言ったら、それは政府としても総理大臣としてもあずかり知らぬとはなかなか言えない気がするけれど、そうした組織の責任であり任命者の責任から逃れ続けてきた前の総理大臣から続く今の政権では、そうした意識はまるでなくって今回もそのまま知らぬ存ぜぬで通しそうな高橋洋一案件。やれやれ。

 月刊ニュータイプ2021年6月号がぎっしりと『シン・エヴァンゲリオン劇場版』特集。パラパラと読んで目にとまったのがアバン作画総監督とAパート・Cパート作画監督、原画を手がけた井関修一さんへのインタビューで「『カラーでいう変態アニメーターなら井関だろう」というお墨付きをいただいたような気がしたので、特にアスカの寝返りのカットに関しては『言わなくてもわかってるよね?』というような、丸投げ感があったように思えたので、念入りにお尻まわりの修正を加えてました」と話してた。すばらしいbyボンドルド卿。どれだけの修正が加わっているかは過程を見たいところだけれど、結果として目の離せないシーンになったのはそうした修正が全体を整えて違和感なく意識を向けられるラインに仕立て上げてくれたからだろう。

 あとやっぱり第3村のアスカで「アスカがレーションをシンジの口に押し込む長尺カットに関しても、表情修正だけでなく、小さな胸をさりげなくわざわざ揺らしを足したりやたら色気にこだわりました」とのこと。あのシーンはカメラの長回しも異様なら視点も移動が激しくアングルが揺れ揺れで手持ちカメラで暴力シーンを撮っていたかのよう。そうした激しさの中に細かい修正が乗っていたからこそ1毎絵を揺らして撮っているんじゃなく意思を持った人間が憤っている様を心の中まで感じさせるシーンに仕上がったんじゃなかろうか。

 あとコヤマシゲトさんへのインタビューでラスト近く、登場するユイが最初は裸で登場する予定だったのを、庵野秀明総監督がプラグスーツを着せたいとリテイクを出してきたことでコヤマシゲトさんが「『:Q』の時にユイの施策型プラグスーツの原画を担当しているんです」ということで引っ張り出されて「ユイのプラグスーツの羽根の構造を一本ずつ数えながら描いていきました(笑)」とか。あのシーンでプラグスーツを着ていたからこそかつてあの姿でエヴァに消えたユイが、それでもずっと存在していて成長して決断したシンジの代わりにすべてを引き受けシンジを現実に押し戻したといったニュアンスが、よりくっきりとはっきりと感じられたから庵野秀明総監督の直感めいたリテイクはやっぱり正解だったということだろう。

 庵野秀明総監督が舞台挨拶で言っていた、それなりの費用をかけてラストの空撮シーンについて置いたものについては、CGIアートディレクターの小林浩康さんが「現在の宇部市にはないある建物も3DCGで置き換えています。当時の図面を取り寄せて、みんなが気づかないくらいにナチュラルに再現してくれています」と話してて、なるほど言われてみればそうかもしれないけれど、言われなかったら一生分からないくらいにナチュラルに建ってて馴染み具合に感心した。

 というかCGI監督の鬼塚大輔さんが、宇部新川駅での空撮で「電車もモブ(住民の人々)も3Dで作って言います。その電車も「クモハ42」でと、モブは学校の制服まで指定がありました」と話しているように、現実の風景にちょっとだけ違和感を残した電車が走りシンジやマリを含めた3Dっぽい人間が歩いているのを見てしまうと、その後のシーンに何か混じっているなんて余計に気づかなくなる。さらに他にもこっそり追加されているものがあるのかな、なんて目をこらしてみたくなる。

 金が今だとだいたい1グラムで7000円くらいだから、1000グラムだと700万円くらいが相場とするなら、そのくらいの重量を持った機動戦士ガンダムのRX−78−2ガンダムがビームライフルを構えている純金の立像が、2640万円もするのはちょっとプレミアムも乗りすぎって気もするけれど、加工費とそれからモチーフのプレミアム性を考えるならそれくらいの値段になっても仕方が無いかなあ。KOUGEIというところから販売が始まったそんな純金製ガンダムは、ポージングも決まっているし造形もエッジが立っててなかなかソリッド。飾って良しの逸品ならファンとして持っていたいという人も少なくないかも。

 同じガンダムでビームサーベルを振り下ろしたバージョンはさらに140グラムと小さめなこともあって396万円とややお値打ち。こちらも1000グラムあるシャア専用ザクは色が百式ではあるものの角が立ってて造形もソリッドなだけにガンダムと同じ2640万円を出して買う人もいそう。ガンダムとそろえて5280万円となるとさすがにフェラーリ級だからまとめ買いするのは普通は無理だけれど、世の中には奇矯な人もいるから金細工ならガンダムだろうとイデオンだろうと買って飾っておくのかも。10年経ったら倍になるって確実性があったらガンダムだけでも買うんだがなあ。そこで買ってしまえる余裕が金を金に換えるんだろうなあ。


【5月9日】 712人が感染して13人が亡くなった、ダイヤモンド・プリンセス号での新型コロナウイルス感染症の拡大が上を下への大騒ぎとなった1年前から、状況は改善したというよりむしろ悪化の一途をたどっているにも関わらず、意識の方は逆に馴化が著しいといった感じ。神戸市にある介護老人保健施設で133人もの入所者や職員が感染し、25人とダイヤモンド・プリンセス号を上回る方が亡くなっているにも関わらず、神戸市は未だ事態を重大視している感じがないし、施設の方も会見とかせず対応に忙しいといった状況だ。

 内部から訴えかけていた人の声がようやくメディアに届いて、NHKが報じたから変化はあるだろうけどそこまで隠蔽されていたというより仕方が無いといった感じで流されていた事に、今の八方ふさがりの中で諦めがまん延している雰囲気が色濃く漂う。なるほど高齢者の上に認知症も患っていて感染の拡大が防ぎづらいという事情もあっただろう。その中で頑張ったと言えなくもないけれど、それでも病院に入って酸素吸入を受ければ助かったかもしれない人が、目の前で酸素投与と点滴だけで回復することなく命を失っていく様を目の当たりにして、どれだけ心が苛まれただろうかと思うとやりきれない。

 それすらも日常になっていきかねない恐怖もあるだけに、どうにかならないかと願うけどどうにもなりそうもないのが辛いなあ。大阪で50人とか41人とか東京をはるかに上回る人数が新型コロナウイルス感染症で亡くなっていて、その惨状に筋肉少女帯の名曲を引っ張り出して「大阪印度化計画」とか言っていたらそれを上回って「日本印度化計画」だなんてタグが出回り始めた。今のままでは2週間後にそれこそインドのような感染の拡大が見られるかもしれないという可能性。そうならないために水際での検疫だとか検査の拡大なんかが行われ始めているけれど、すでに広まり始めた変異株がわっと発症するのは避けられそうもない。その時に病床が不足して大勢の方が亡くなるかもと思うと心が痛む。どうしてこうなったとマジ思う。

 延長された緊急事態宣言を受けて映画興行もままならないのか、既に公開されていた作品が続映される感じの中でIMAXでのラージフォーマットによる「シン・エヴァンゲリオン劇場版」上映も続く上に上映館が拡大されて、千葉県でもこれまでの流山おおたかの森、松戸、成田に続いてちはら台での上映も決定。完全制覇を目指すならこれは行かずにはおられないと、京成電車を乗り継いでちはら台まで行ってUSシネマちはら台へと駆けつける。大昔に「ガールズ&パンツァー劇場版」の4DXを見に行って依頼で、駅から結構歩いたっけと思い出そうとしたけど浮かばない。まあ行けば分かるだろうと現地に到着。この階段は上るんだっけどうだっけってところで、前は上って引き返したから少し歩いたんだったと思い出した。

 普通に歩けば割と近いUNIMOちはら台の中にあるIMAXで鑑賞。せっかく大きなスクリーンで見るんだから最前列で見ようとしてばかりいたけれど、成田がどうにも調整が行き届いておらず映像にズレがあって最前列だとボケボケになっていたので、今回はやや引目にスクリーン全体を見られる位置に陣取ったら、音の割と全体から響いて聞こえて来た。音響もやっぱりセンターあたりに合わせてあるんだなあ。そんなIMAXは成田とは違ってしっかりと調整されていて、映像もクリアな上に明るさもあって見やすかった。視線を大きく移動させなくても、冒頭のパリかちこみ作戦で伊吹マヤのお尻を左右のどちらに出てもしっかりたっぷり堪能できたから、これはこれで良いのかも。次もセンターで見るかなあ、って見る気かよすでに11回も見ているのに。

 まあでも何度見ても面白いし発見もあるから見に行かざるを得ないのだった。パリかちこみ作戦での伊吹マヤのお尻だとか北上ミドリの「激ヤバですー」といった叫びを見たり聞いたするのはもちろん、第3村で寝返りを打つアスカのアンダーウエア姿だとか目にも嬉しいシーンが幾つもあるし、「VOYAGER」が流れ始めてからの展開は、手をかざして槍を受け止める碇ユイのポージングから微笑みから見て心が浄化されるのだった。パリが舞台のアバンとこのエンディングが連続上映されてくれれば10回転でも見に行くかなあ。BDが出たらそこらだけ繰り返し見そう。いつ出るんだろう。

 それにしてもやっぱり分からない鈴原サクラの突然のぶちキレっぷり。なるほど碇シンジへの愛情がズレてスレた果てに病んだ形で現れたって説も理解できるけれど、「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q」で14年ぶりに宇宙から戻って来た仮称碇シンジを見たのが実物には初対面で、そしてニア・サードインパクトを引き起こして日本をメチャクチャにした主犯なのにそこで一目惚れするかとうとちょっとあり得ない。おまけにあれだけ「エヴァにだけは乗らんでください」と釘を刺したのに、乗りくさってまたしても世界を滅ぼしかけた相手を憎んでこそすれ愛情を抱くなんてちょっと思えない。

 それでも兄の知り合いで世話を頼まれたんだとしたら面倒を見ようとは思うだろう。それ以上となるとどういった回路から進んでいくものなのか。そこが分からないからシンジが初号機に乗りに行くといった時、愛情から止めようとしたといった理解になかなか至らないのだった。そこは複雑な人間の心で、憎さが余って可愛さに転じて自分が面倒を見続けたいと思い怪我をさせてでも管理下に置こうとしたのかもしれない。

 あるいは同室の北上ミドリがどこまでもシンジを恨み続けているのを耳にして、すり込まれて無茶しようとするシンジをミドリの手を汚させることなく自分で処置しようとしたとか? そっちの方が納得性はあるかなあ、あの2人の関係ってどれくらいなんだろう、マヤとリツコくらい行ってる? そこは不明だしそもそもそうとも限らないけど、色々と想像をかき立てられるので何度も見返したくなるのが11回見てもまだ見たい理由かな。今度は川崎のLIVE ZOUNDかなあ。


【5月8日】 緊急事態宣言の延長に関連して演劇だとかライブだといったエンターテインメントに関しては制限に緩和があったみたいで、人数に配慮して開催が出来そうだけれどこれまでクラスターを出したという話のいっさいない、場内の換気も完璧に行われていて消毒も丁寧に行われているはずの映画館は、東京都について引き続き営業停止の措置がとられるみたい。1000平方メートル以上といった条件はあるもののやっぱり誰もが見たい映画はシネマコンプレックスでの上映が中心だけに、閉鎖は映画館にとっても映画会社にとってもやっぱり相当にいたいだろう。

 演劇とかライブとかについては業界が団体を挙げて声明なんかを発していたけれど、映画の世界からは果たしてそうした声は挙がっているんだろうか。映画館の運営会社で作る東京都生活衛生同業組合とか日本生活衛生同業組合なんかも、そして日本映画製作者連盟もサイトにそうした声明が掲げられている感じがしない。諾々と東京都の命令を受けているのが反骨の映画会社にしてはちょっと信じられない。これでかつての東映は岡田茂さん、東宝は松岡功さん、松竹は奥山融さんで大映は徳間康快さんがトップにいる頃の映連だったら東京都なんて飛び越して国に働きかけて興業を認めさせたんじゃなかろうか。それをしない映画界の及び腰が、日本映画の現況にも関わっているとしたらやっぱりってことになるんだろう。宮崎駿監督が上映にかかっていたらやっぱり何か言ったかな。

 大阪での新型コロナウイルス感染症による死亡者が41人も出たそうで、連日の東京を遥かに上回る死亡者数にいったい大阪で何が起こっているのか気になってくる。100万人あたりの死亡者数だとあのインドすら上回るというから大変な事態。人数ではケタが違うから比べるなんてと擁護する人もいるけれど、とりあえず先進国で医療だって設備だってそれなりに整っている大阪という日本で2番目の都市が、インド以上だなんて事態がやっぱり拙いんじゃないだろうか。

 だって4年後には万博をやろうって都市なんだよ、そこが防御どころかまん延すら食い止められないんだから、もしも新しい感染症が流行し始めたらとてもじゃないけど行こうなんて思えない。ここに来て府知事も大阪市長も本腰を入れて対策を打つかといえば、やっぱりテレビに出続け頑張っているふりをし続けるだけ。あとは近隣の県やら自衛隊に頼んで溢れた分の面倒を見てもらうだけというから能の無さでは日本で1、2を争うに違いない、誰とって菅義偉総理とだけど。東京だって緊急事態宣言に入って10日くらい経って大型連休を挟みながらも1000人以上の感染者を出している。死亡者こそ少ないけれどこの状態でオリンピックなんて開こうというのが無理な話。なのに未だに辞退も中止も言い出さないのは言い出せないからなのか。チキンレースの真っ最中だからなのか。そんな面子のために死んでいく人がいる。酷い国になったなあ。

 扶桑社がネットで展開していたニュース&オピニオンサイトのハーバー・ビジネス・オンラインが突然に更新を停止して廃サイトとなった。コンテンツ自体は見られるようにしておくし、連載もいくつかは扶桑社の他のサイトに移すみたいだけれど、どちらかといえば反権力で人によってはサヨクと小ばかにして呼ぶような記事が多くあって、政権だとか権力者とかライティな人には耳の痛い話も多く載っていたサイトだっただけに、今というこの権力が横暴を極め始めている時期に消えてしまうのは残念であり勿体ない。

 なるほど牽強付会も度合いが過ぎる感じの記事が結構あって、真っ当な議論の妨げになるケースも皆無ではなかったけれど、それも含めて問題を可視化する意義は持っていた。そんなサイトだっただけに、フジサンケイグループというどちらかといえば権力を向きがちなメディアグループで異端視もされていた。だからこその廃サイトなんだろうか、それとも昨今のコロナ禍で出版社自体の運営が厳しくなる中で、収益性とアクセス率の低いサイトを運営していく余裕がなくなったってことなんだろうか。産経新聞社の方もそういえばオピニオンサイトのIRONNAを止めてしまったからなあ。かくしてお金をかけてオピニオンとかコラムを集めるサイトは消え、情報を寝転がって右から左に流すコタツなコラムばかりが増えていくのでありました。やれやれ。

 最大75%オフとかいうネットの広告に唆されて久々にスレンダートーンを購入。といってももうちょっとオフ率は低い奴だったけどその分グレードが高くて値引き幅も大きかったから良しとしよう。どうやらスマートフォンとかから操作も可能みたい。振り返れば最初のは本体に電池を挿入するタイプでシンプルだったけどいつしか壊れて動かなくなった。その次のはコントローラーを充電して接続するタイプだったけど使っているうちに充電器が消えたりコントローラーが行方不明になったりで使わなくなった。今回はUSBから充電するタイプで電池の買い換えはいらなさそうだし、操作もスマホからと本体からの両方で可能。あとは効果の方だけれど過去に使っていた時と比べると、使っていない今が太っているならきっと効果はあったんだと思いたい。気休めでもやらないよりはマシってことで。マッスルマッスル。


【5月7日】 「Baron von Ripper−off」とはよく言ったものだよワシントン・ポスト。日本の新聞だったらスポンサーになっていない中日新聞=東京新聞くらいしか書けそうにもない上に、そんな中日=東京であっても取材パスをもらうためには上目遣いで仕事をしなくちゃいけなくって、聖火ランナーをめぐるどんちゃん騒ぎを報じる時も撮影した映像や画像を定められた時間を超えて掲載できないという縛りを明かしつつ、逆らわないで取り下げている。

 ましてやマークを使って宣伝する権利をもらっている全国紙とか準全国紙とか道新に親玉中の親玉、IOCのバッハ会長を指して「ぼったくり男爵」だなんて書く勇気もないだろうし、そもそも思いつきもしなかっただろう。恐れ入ったよワシントン・ポスト。ところで、気になったのは「Baron von」という呼び方が英語なのかドイツ語なのかってことで、vonとあるからドイツ語っぽいけどドイツで出た「ほらふき男爵」はドイツ語でも英語でも「バロン・ミュウハウゼン」であってvonとかつかない。

 この場合、ミュ右派羽前のような固有名詞ではない呼称としての「Ripperーoff」に対しては、「と呼ばれる」的な意味合いのvonをつけるべきだったのかどうなのか。だったらプロレスラーのバロン・フォン・ラシクのラシクもなにかの呼称なのかと考えると夜寝られなくなりそうだったので、アメリカ人記者が考えるいかにもドイツ貴族っぽい表記の仕方が「Baron von」だったと理解することにしておこう。別にバッハ会長、元弁護士でアディダスで仕事をして成り上がった感じで、貴族の出でも叙勲を受けてもいなさそうだけど、そこはそれ、スポーツ貴族って意味合いで。

 そんなバッハ会長が、17日にも来日する予定だったのが昨今の新型コロナ情勢もあって吹っ飛びそう。いやいや現実において日本でいくつかの競技予選も開かれるようで海外から選手たちが来ていたりするか来ていたかしていたし、日本のオリンピック組織委員会だって選手には優先的にワクチンを接種させてコロナ対策は万全であることを満天下にアピールしようとしている。偉い人たちが全力をあげて日本安心安全をアピールしようとしているのだから、受けてIOCの超偉い人だってそんな日本を訪れて日本安全オリンピック大丈夫と世の中に向けて訴えかけるのが筋だし、そのためには何としでも来日してもらわなくちゃいけないはずだったのに袖にされたかご遠慮願ったか。まるで整合性がとれない。

 オリンピックではそれこそ9万人とかいう選手とコーチら関係者と大会の関係者とメディアが入国する予定で、それに観客も加われば百万人単位の流入があった訳でそれだけの数を入れようとしている国が、たった1人の来日すら成し遂げられないのだとしたらいったいオリンピックなんて開催できるのか、って思ってしまう。そこはそれ、男爵で貴族なのだから1人で9万人の選手やコーチや関係者やメディアの命よりも重たいものを背負っているって判断でもしたのかもしれない。

 1人が地球より重いのだから、バッハ会長の命はいったい地球何個分になるんだろう。それとも1銀河系分? やんごとないやんごとない。あるいはすでに中止が決まっている中で、来日して帰国してから中止となったら沽券に関わるといった判断が、双方になってここはご遠慮願ったなんて見方もできるか。その場合は中止か延期か。いずれ判断が出るだろう。延期となったらさらにいっぱいのお金が必要となって、バッハ会長も「ぼったくり男爵」から「ぼったくり子爵」に“出世”するかも。  一方の日本では緊急事態宣言の期間が延長されて11日で終わる予定だったのが5月の31日まで続く感じ。多少の緩和なんかもあるかと思ったもののTOHOシネマズを始め都内の映画興行はずっと閉まったままになりそうで、いろいろと公開される予定だった映画にも影響が出て来そう。「名探偵コナン」にしても「るろうに剣心」にしても大型連休という最大の営業チャンスを潰された上に、このまま最大の集金地である東京都内を潰されたままでどれだけの興行成績にたどり着けるのか。「コナン」とかそれでも50億円とか行っているのは凄いけれど、何もなければ100億円は突破できたポテンシャルを持っていただけに、1年も延期した東宝としてはこれなら去年のうちに公開しておけばといった思いもあったりするかもしれないなあ。

 一方で千葉とか埼玉とか神奈川では映画館も夜遅くはないけど興業は続いている様子。その上にIMAXでの「シン・エヴァンゲリオン劇場版」の上映が期間延期となってそして新たな上映館も加わった。流山と松戸と成田でやっていたIMAXが新たにちはら台にも追加されたみたいで、完全制覇したと思っていた身に挑戦してきたのでこれはやっぱり行かねばならぬ。前に「ガールズ&パンツァー劇場版」の4DXを見に行ったことがあるので場所は知っているし、時間も昼前からなんでのぞいてこよう。成田のIMAXの上映環境が今ひとつで心残りもあっただけに、県下で最も新しいIMAXの実力とやらを見せてもらおうか。ついでにガルパンも観てくるかなあ


【5月6日】 成田のIMAXは調整が今ひとつだったけれどもそんな会場で見たことも数字に乗っかったようで、「シン・エヴァンゲリオン劇場版」が庵野秀明総監督作品としては「シン・ゴジラ」の82・5億円を上回る興行収入を上げてキャリア最高のヒット作になったとか。ここからあとは未踏の領域だけに見れば見るほど記録に貢献できるってことになるけれど、念願の100億円にはちょっとまだ遠くって再度のブレイクでもないとちょっと厳しそう。何か特典でもあれば駆けつけるって人もいるからここは伊吹マヤのお尻アップ場面を切り出したフィルムだとか北上ミドリの「激ヤバです」「エヴァっぽいなにかです」「超いっぱい」等々の雑だけど感覚的によく分かるオペレートを録音したボイスエッグでも作ってくれれば駆けつけるんだけどなあ。やらないかなあ。

 「BLACK LAGOON」について喋ることになったのでちょっとだけ作品について考えた。元をたどればOVAののアニメが好きで読み始めた「ジオブリーダーズ」の伊藤明弘さんが「ワイルダネス」をサンデーGXで連載していて、その流れで「BLACK LAGOON」の第1巻に帯文を寄せていたので存在に気が付いた。「ジオブリーダーズ」がリアルな銃器描写によるガンアクションに定評があって好きだったので、読んだらこちらは「ジオブリーダーズ」のポップさとは違った暗さと苦さにあふれた物語で好きになった。

 このころのサンデーGXは高橋慶太郎さんの「ヨルムンガンド」もほどなく始まってガンアクションが売りのマンガが3作品も読める面白いマンガ誌だった。伊藤明弘さんは闘病を経て¥「ワイルダネス」が復活。高橋慶太郎さんも女子高生の殺し屋たちがバトルする『デストロ246』の前日譚にあたる「デストロ016」の連載が始まってこれで「BLACK LAGOON」がそろい踏めば他にない圧巻のガンアクションバトルノワールマンガ誌として君臨できると思うのだった。

 作品については、普通に働いていたそれなりに優秀なサラリーマンが、会社の都合で切り捨てられて謀略のど真ん中に叩き込まれてあたふたする。流行りの異世界転生ではないけれど、ある意味で別世界へと"転生"させられた主人公が、どん底にあってしっかりとしがみついて生き抜こうとする様は、ただ堕ちていくだけの展開とは違って希望をあたえてくれた。

 あとはレヴィにしてもダッチにしてもロアナプラ出会ったものたちがそれぞれに過去を抱えながらも今を享楽的に生きている。そんなあり様にも惚れた。ガンアクションの描写はまるで映画を見ているかのよう。戦争映画もあれば香港ノワールもありウエスタンもあってと原作者が好きなバトルアクションの場面がロアナプラという架空の街でがっちりかみ合って成立している。これは発明だと今さらながらに思ったりする。

 そんな「BLACK LAGOON」がアニメになって、完璧以上の再現度に恐れ入った。声もぴったり。最初は豊口めぐみさんのレヴィ役にちょっと可愛すぎるかなとも思ったりした。どちらかといえば元気な女の子を演じていたから、レヴィという殺人すら平気でこなす女ガンマンを演じていたので意外に思ったのかもしれないが、だんだんとなじんでいった印象。そうした変化も含めてキャラクターに過去を与え生きてきた歴史を感じさせるようなキャラクターになっていった。

 表面的にただぴったりなことを求めていないような気がする。フィクションのキャラクターといっても、誰もがしっかりと過去を持ってそこに存在している。バラライカはオリンピックを目指していた愛らしい少女が泥沼のアフガンでの戦いと国家の崩壊を経てロシアンマフィアになった。それでも軍隊の矜持だけはどこかに忘れず持っていて、ロベルタとの闘いで爆発させる。すっかり悪に染まったように見せかけながらも、引きずる過去を持っていることがキャラクターに厚みをもたせている。それらをマンガに描き添えたアニメの工夫によって感じさせたところがすごい。

 日本編でのエンディングの変更には少し驚いた。屋台がならぶ境内で最初に雪緒と出会ったのだからそこで決着をつけさせる流れはとてもきれいだったが、やくざの家でドンパチして非常線がはられた街で、ロックやレヴィがゆうちょうに誰かを気にしているいる時間はない。雪緒だって銀次さんの最後の望みをかなえるために着物に着替えて決戦に臨む意味がない。というか銀次自身が自分の強いガンマンと戦いたいという願いをお嬢より前に出すはずがないなら、そこはお嬢の本願、バラライカとの決着をつけるためにレヴィやロックをとらえ、連れて行かせようとしながらも果たせずそこで決着をつけることになったという流れにしことで、物語がすっきりとしたし、無念さとはかさなさも際立った。

 Uボートの物語でも原作にはなかった乗艦者たちの日々、第2次世界大戦の中でナチスではないドイツ海軍の面々がどのような矜持を持って日々の任をこなし、戦っていたのかといった背景がわかって、なおのこと白骨になって転がってしまっている"今"の残酷さが際立った。そこに感情を乗せようとするロックと、ただのものとしてみるレヴィとの対比も鮮明になった。ロベルタ復活編の最後も、あれだけの狼藉を果たしてアメリカ軍の前からただ身を引いてすむはずもないのなら、壊れた存在とせざるを得ない。キャラクターとしては今後も残したいけれどここでしっかりと決着をつける。そこに現実を見極め地に足の着いた物語を作ろうとするリアリストとしての片渕監督の意識を感じた。なんてことを喋ろうとしてほとんど喋れなかったあたりに精進の足り無さを感じる。通おうかなあアナウンス学院。声優目指して(目指さない)。

 まさか莫迦は内閣官房だったとは。朝の鉄道が減便になったとかで今日から日常に戻って通勤通学に向かった人たちをさばききれずにホームが人でいっぱいになる事案が続出したとか。そりゃあ人を減らさず列車を減らせば当然に起こる事態なんだけれど、ど阿呆なのか内閣は列車を減らせば人も減るとか勘違いしていたみたい。それとも人も減るとでも思っていたんだろうか。調べによるとどうやらJRなんかを所管する国土交通省には相談もなく直接鉄道会社に働きかけたとかで、そりゃあ相談されれば国交省だって戯けじゃないから輸送に支障が出るって止めただろう。それをせずただ減便したという実績だけを得たいがために内閣官房が頭越しに先走ったのだとしたら、よくよく世間をしらない頓馬の集団ってことになる。その親玉が官房長官でその上が内閣総理大臣だとしたらこの国はトップからトロいってことになるなあ。どうしたものか。


【5月5日】 亡くなられたことにはお悔やみを申し上げるものの、やっぱり大晦日に宴席に出て症状がありそうな人の近くにいたりして、案の定発症してもすぐに保健所とかに連絡をとらず全身に痛みが出てからようやく大学病院に向かうという筋が違った道を選んで当然のように保健所に行ってくれと言われ、そこですぐさま向かうならまだしも怒り心頭、大学病院を批判しつつ家に籠もってそのまま病状ばかりを悪化させてしまい、遂には亡くなられてしまったことを新型コロナウイルス感染症における“医療崩壊”だと取りあげるテレビの報道には違和感がある。

 そもそもが1月あたりならまだ保健所も対応してくれただろうし、入院だってできただろうから亡くなられた人がすべきは保健所に連絡を取るか救急車を呼ぶことだった。大学病院にいきなりいっても受診できないことは広く知れ渡っていたのだからそうしたルールに則り治療をうけるべきだった。そう注釈をして段取りを間違える人が今後出ないことを強く売ったつつ今はそうした訴えも届かないくらい大変なことを紹介すべきだったのに、そうはしない報道なりテレビのスタンスはやっぱりどこか人心から乖離してしまっている。センセーショナルな方が受けると思って入るんだろうなあ、報道であっても。

 そうした意識をどこかで改めないと、この国はセンセーショナリズムのメディアと夜郎自大の政治によって地獄へと連れて行かれてしまう。というかもうすでに地獄か。この大型連休で人出は高尾山とか江ノ島で、去年の大型連休時の4倍とか3倍とかになっているという。緊急事態宣言のまっただ中で大きく人出が減ったとはいえ7割減とかそんなものだったとするなら、その3倍4倍なら例年とほとんど代わらないってことになる。そんな人手を傍らに見ながら菅義偉総理は「人流は間違いなく減少している。効果は出始めているのではないか」と緊急事態宣言を自画自賛しているからやってられない。

 それでいて緊急事態宣言を1週間とか長ければ1カ月くらい延長しようと考えているらしいから本当はどっちなんだと言いたい気分。念頭にあるのは7月の東京オリンピックで、ここで1カ月伸ばして大きく減らせばほら大丈夫、オリンピックだって開催できますよって言えると思っているんだろうけれど、緊急事態宣言を解除した途端に大きく増えた過去を鑑みるなら撲滅には至ってないとみるのが必定。それこそワクチンの接種が全国民に行き渡って始めてニュージーランドのように5万人のライブだって開催できるんだけれど、それをしないで上っ面だけで収まったかのごとく振る舞えば、反動が出て秋から冬にかけて日本は地獄のさらに奥底へと叩き込まれることになるだろう。

 その時に責任を誰が取る? 総理が取る? 取ろうにもその地位にない可能性だってあるからなあ。本当に言うだけ番長by北上ミドリな政治家たち。そしてスポーツ界の大物も。選手村の村長を務めることになっている日本サッカー協会元会長の川淵三郎さんが、言うにことかいて「東京オリパラ開催に向けて組織委員会をはじめ多くの関係者が毎日ベストを尽くしている。中止が決定しない限り最大の努力をするのは日本を代表して世界に対応しているのだから当然の話。スポーツドクターや看護師にボランティアの呼びかけをするのもその延長線上での事。なぜこの事が批判の対象になるのか」なんてツイートをして非難を浴びまくっている。

 なるほどに開催に向けてスポーツドクターや看護師を募ること、それ事態は間違っていない。でもそんな組織委員会をはじめとした関係者の誰もが仕事として有償で仕事をしていて、その延長線上で大会の開催に必要なスポーツドクターや看護師を募っているのにどうしてそれがボランティアになるのか。必要ならばそれだけのコストを支払って雇うのが、同じ雇われ人としての真っ当な態度なのに一方のお仕事を認めつつ、一方には奉仕を求めるズレっぷりをどうして意識できないのかが分からない。それが突っ込まれていることすら分からないのだとしたら、いよいよもって乖離が激しくなってしまった。女子サッカーに光を当ててくれたことには感謝しつつ、そっとご退場を願おう。

 TOHOシネマズ流山おおたかの森に続いて松戸のユナイテッド・シネマで見たIMAXでの「シン・エヴァンゲリオン劇場版」を、それなら千葉県下で最大のIMAXシアターで見てやろうと成田にある成田HUMAXシネマズまで出かけて鑑賞。なるほど巨大は巨大で池袋のグランドシネマサンシャインに次ぐ迫力を感じられたものの、どこか調整が悪かったのか映像にズレめいたものが発生していてアヤナミのプラグスーツの腕に出る文字が読めなかったりして気になった。エンディングだとはっきり分かって白い字から少しズレて赤い影みたいなのがかかっていて、これが上映中の映像全体をブレた感じにしていたみたい。明るさを出すために2つの映写機から映像を重ねるだけに、ズレてしまうのかもしれない。直るまではIMAXは池袋で見よう。この緊急事態宣言が終わったら「シン・エヴァンゲリオン劇場版」もまた上映してくれないかなあ。


  【5月4日】 女子高生が転がり込んできたらヤってしまうのが大人の物語における“常識”だとしても、そこで踏みとどまって何もしないまま女子高生がどうして他人のそれも若い男性の家に転がり込まざるを得なかったのかを考え、見守ってあげようと考えるのが生き方としての“良識”だったりする。そんな物語を嘘くさいと否定するべきかそれとも理想のビジョンと認めるべきか。問われる“見識”をしめさばさんの「髭を剃る。そして女子高生を拾う」(スニーカー文庫)は求めてくる。

 最初に読んだ時にはどうして吉田という会社員は女子高生を拾ったのならすぐに通報して家元へと返さなかったのか。追い出したら体を売ってまで放浪しようとするからしばらくは家に置いたとしてもそれが永遠に続くなんてことはない。社会が存在するならいずれ折り合いを付けなくてはいけない訳で、だったら早く社会に戻してあげるのが筋だろうという意識が先にたって受け入れられなかった。同時期に出たトネ・コーケンさんによる「スーパーカブ」(スニーカー文庫)の淡々としながらも一生懸命に生きている少女の、カブに出会って変わって行く自分と周囲の物語に惹かれて、その分「髭を剃る。そして女子高生を拾う」に厳しい意識を向けてしまった。

 巻が進むにつれて女子高生がどうして家を出たのかが明かされて、その仕方なさに家を出たことに同意せざるを得なかったものの、それもある種のモラトリアムであって直接の解決にはならないところに、やっぱりいつかは壊れる箱庭だったことが見えて来る。そんな箱庭でもしばらくの間、成立していたところに救いがあったのなら吉田というサラリーマンの“良識”も、決して幻想や虚構に塗れたものではなかったと言えるのだろう。同時に会社の同僚なり後輩なり先輩なり、女子高生のバイト先の同僚なりが示したその立場への“良識”に彩られた理解もまた、虚くさいと笑わずに認め受け入れることで自分なりの“見識”を示したい。次の巻で社会と向き合って果たしてどこに着地するのだろう。震えながら刊行を待とう。

 立命館大学の政策科学部だから別に感染症の専門家で医療に詳しい訳でもない学部の教授の人が、「東京オリンピックは開催すべきだ」と言ってワクチンの接種が広まらなくても開催できるんじゃないかと訴えていたりする。なるほど世界各地でスポーツ大会は開催されていてテニスの全豪オープンでは大坂なおみ選手が女子として優勝し、ゴルフのマスターズでは松山英樹選手が日本人選手として初優勝を果たすと言った快挙を演じた。そうした各所での感染に対するとりくみを、そのまま運用していくのなら日本でだってオリンピックは開けるといいたいんだろう。

 けれど、1週間くらいの期間にテニスコートなりゴルフ場といった限定された地域に“隔離”できる大会なら可能でも、関東一円からそれこそ北海道まで広がる東京オリンピックの大会を、開催するにはいったいどれだけの厳重な警備が必要となるのか。どれだけ厳密な隔離を維持できるのか。そのコストとその間に国民が被る迷惑と、そして選手や関係者が受けるプレッシャーを思えばむしろ開催しない方が良いんじゃないかと思えて仕方が無い。あと聖火リレーを自治体が中止するのは越権行為で、走者がウイルスをばらまいて走る訳じゃないので沿道に集まる人が密を作らなければ大丈夫というけれど、そんなことを言ってる先から密にならないでと沿道で呼びかけていた関係者が何人も、新型コロナウイルスに感染したことが明らかになった。

 何という出落ち感。リレー走者どうした淡々とトーチを受け渡して誰もいない街道をひた走る訳じゃないんだ。そこには関係者たちがいて周囲をガードしながら宣伝なんかも行いつつ動いていくんだ。たとえ沿道から人を排除したって集まる人が大勢いる以上は感染の可能性はゼロにはならない。そんな危険を避けようと道路の使用許可を与える権限を持った自治体が、拒否するのも理にかなっている。そんな見識すら持たずに東京オリンピックは開催できると嘯く人の文章を、掲げて平気な媒体があるっていうのがどうにも不思議でならない。どこかの漫画家は大々的なイベントを行った後で参加者が50人も集まり出せないはずの酒を出す場で宴会したことを喧伝していた。そこからクラスターが出たらどんな顔をするんだろうなあ。ましてや亡くなった人が出たら。寿命だったと良いそうだなあ。過激な逆張りで食える言論の世界に“良識”はあるのか。

 「みんな身内に甘すぎ。誰のおしっこかも分からない再生水と同じ。清めればいいと思ってる」と言ったのはAAAヴンダーで何をやっているのか分からないけど大切なことをやっている北上ミドリ。その言説をそのまま当てはめたくなるのが安倍晋三事務所で、「桜を見る会」とやらに大金を勝手に事務所費から支出したとして政治資金規正法だかに問われてクビになったはずの公設秘書が、間を置かずに私設秘書として再雇用されては隠れもしないで活動しているという話しがしんぶん赤旗によって明らかに。ほとほと身内への甘さが過ぎるというか、それは安倍晋三氏が総理大臣にいた時からの習い性でもあるんだけれどそうやってボロボロにされた国を率いて菅義偉総理が辻褄合わせに四苦八苦。自業自得ではあってもちょっと可哀想になって来た。ここを咎められないで何が自民党総裁かと思うけれど、何もできなんだろうなあ。かくして誰のおしっこか分からない人が清められたふりをして表通りを大手を振って歩きまくる。やれやれ。


【5月3日】 500人の看護師を募集する次は、200人ものスポーツドクターを募集するというから東京五輪・パラリンピック組織委員会の頭はどこかネジがぶっ飛んでいる。日本スポーツ協会公認スポーツドクターってのが今の新型コロナウイルス感染症のパンデミックにどんな対応を行っているかは知らないけれど、スポーツドクターといっても整体だとかが専門のトレーナーではなく、医療に関わる医師なのだとしたらやっぱり今ですら手一杯になっているだろう。

 そんな人たちを「ボランティアとしての活動になるため、交通費相当額などを除き謝礼は支給されない」条件で雇用しようだなんて無理も無体で無茶が無謀としか言い様がない。そんな施策をこんな間際で打ち出してくること自体がポン酢としか言い様がないんだけれど、今さら言うのが空虚なくらいにポン酢な施策の乱れ打ちなんでまたかやれやれといった気持ちしか浮かばない。ネットの求人サイトには今から参加者の中に感染者が出た場合の追跡システムなんかを作る人とかセキュリティを手がける人とかを募集していたりするくらい。すでに完全な仕組みが出来上がって当然なものが未だに途上というのも堂よな無様さに溢れている。これで開催されてもされなくても、永遠の歴史に刻まれる無様として語られ続けるんだろうなあ。

 新型コロナウイルス感染症といえばワクチンの接種が行き届けば、感染とかあまり恐れずに東京オリンピック・パラリンピックを開催できるって希望的な観測もあったりするけれど、そんなワクチンの接種で船橋市がスケジュールめいたものを発表していて、5月6日からいよいよ85歳以上の人に接種券が配布されることになったとか。接種は1回目が5月24日からで、2回目が6月中旬から7月中旬とオリンピック前になっているけれど、それで進むのはあくまで75歳以上。74歳から65歳で1回目の接種が7月上旬から7月下旬で2回目が7月下旬から8月上旬としっかりオリンピックにかかっている。2回目を接種して2週間でようやく抗体が出てくるワクチンの性質上、間に合わないと言う方が正解になる。

 横浜だと予約の受付が始まったんだけれど50万人もいる75歳以上を対象に電話だとかネットで早い者勝ちで受け付けるという、およし前時代的な仕組みを使っては回戦をパンクさせてこの日の受付を中止せざるを得なかった。全員に行き渡るまでにはそれこそ10年とは言わないまでも1年2年はかかりそうな雰囲気で、オリンピックなんか開催できるわけないだろいうとう思いも強まっているのに政府も組織委員会も未だに撤退中止延期といった方針を打ち出さないでいる。どうなっているんだろう。言い出したら負けといった空気が漂っているんだろうなあ。そんな最中に小池百合子都知事が5月10日も何か言うとかいった噂が漂う。この日も結構な数の感染者を出して止まらない拡大に、怯える感情を思えば中止を言いだした方が支持されるて感触を得たのかな。ちょっと注目。

 アメリカのマスタ・マガジントというウエブマガジンが日本のアニメ映画歴代トップ100ってのを発表していて1位は大友克洋監督の「AKIRA」でやっぱりな世界的人気ぶりを感じる。2位は宮崎駿監督の「戦と千尋の物語」で以下、6位に「風立ちぬ」、9位に「となりのトトロ」、12位に「もののけ姫」、24位に「風の谷のナウシカ」と30位までに5作品を叩き込んでこちらもやっぱりな支持を見て取る。そんな中にあって5位に「パプリカ」、7位に「PERFECTBLUE」、17位に「千年女優」、そして30位に「東京ゴッドファーザーズ」と存命中の映画4作品をすべて入れてきたのが今敏監督。美術として携わった「メモリーズ」も23位に入っていたりして、新作はなくてもいつまでも見られ続けるクリエイターになっているって実感を得る。それだけにやっぱり死去が寂しいし悔しいなあ。

 意外な作品では39位の「インターステラ5555」って作品があって、これはなにかと調べたら先だって解散を発表したダフト・パンクが、松本零士さんとコラボレーションして作った「ONE MORE TIME」から始まる例のアニメーションPVの集まりだった。まとめて見ると1本のストーリーになっているみたい。海外版のBDなかはあるけれど日本ではどうやったら見られるんだろう。気になる。あとは70位の「ギョ」。ご存じ伊藤潤二さんの漫画を平尾隆之監督が映像化した、ufotableのアニメ文庫の1作品だけど日本でだって一部にしか知られていない作品を良く見ているもんだ。
< BR>  これも知らない84位の「Sweat Punchi」はスタジオ4℃による短編集らしいけど日本ではパッケージ出てたっけ。1991年の「注文の多い料理店」は川本喜八郎さんの作品だから、これもまあよく見ていると感心。全体にプロダクションIGと押井守監督と大友克洋さんとスタジオジブリ今敏監督スタジオ4℃新海誠監督細田守監督マッドハウスが強いかなあ、「REDLINE」も入っているし、ってそれがやっぱり海外から見た日本のアニメーションの風景か。ここにMAPPAが加わってもやっぱりマッドハウスの系譜と思うとその歴史的な意義はやっぱり抑えておく必要があるんだろう。「この世界の片隅に」はないのが残念無念。世界では知られてないのかなあ。


【5月2日】 どうやら昨日に東北で深度5強という割と強めの地震が発生したみたいだけれど、こちらでは寝ている時にゆらっと来たくらいで大きい揺れにはならなかった。東日本大震災で震度4クラスの余震を立て続けに喰らっていたから、それ以下の震度だとほとんど気にならなくなっていたりしてずっと寝ていたけれど、じわじわと大きくなっていった揺れがガクンと強くなる可能性もあるから油断は禁物。とりあえず目が覚めたら意識をはっきりとしてすぐに起きられるようにはしておきたい。それなら積み上げた本をさっさと整理しなさいな。それだできれば苦労はしないって。

 そんな地震に続いて昨日、松戸から帰ってきたら空からゴロゴロと雷の音が。夜を経て朝になっても鳴り響いていて春雷というにはすでに季節は初夏な空を、どんな形で走っているかを見に出たいものの億劫なんでそれはパス。それにしても地震に雷と来たら次は火事とかだったらちょっといやなので、暖かくなって暖房器具はほとんど使わなくなっているけれど、コンセントとかには気をつけて漏電なんかを起こさないようにしなくっちゃ。その次に来るのは親父よりも恐ろしい感染か。こっちはこっちで万全の体制を。だったら出かけるなって? それはそれで。

 いよいよNetflixで配信が始まった湯浅政明監督の「映像研には手を出すな!」を見始めたら止まらず一気に12話分、最後まで見てしまう。冒頭の浅草氏金森氏に水崎つばめが加わる展開から、新しい部活動を立ち上げて予算をもらうために作品を作り上げるまでを1続きのエピソードとして、続くロボット研のプロモーションのためのアニメ作りから、同人誌即売会でDVDを売るためのアニメ作りまでの3つのエピソードに時間を割り振って見応えのあるストーリーとそして何よりアニメーションを語っている作品ならではのアニメーションを見せてくれる。原作自体が現実から浅草氏の申しへとシームレスに入っていってSFの世界へと流れていくイリュージョンにあふれた作品だけに、それがアニメになると余計に変幻が楽しく今いる現実がするりとそちら側に流れていくような感覚を味わえる。

 すでに実写版の映画の方は見ていてこちらはCGによるVFXが現実を改編して浸食しSF特撮映画の世界に引きずり込まれるような感覚を楽しめたけれど、やっぱりアニメーションがテーマの作品ではアニメーションがどのように表現されるかが重要。そこをやっぱり天才的なアニメーターである湯浅政明監督だけのことはあって、どうやたら面白いアニメーションになるか、そしてどうやったら手間がかかる部分を削ってギリギリの労力で最大の効果を出せるかを描いてみせてくれていた。ズームインしていったりして枚数を減らすとか。でも解像度が足りないからそこは原画から再スキャンする必要があるとか。個人でアニメーションを作っている人には学べるところも多いだろうなあ。

 ずっと評判になっていた伊藤紗莉さんの浅草氏ぶりはなるほどあのキャラクターの持つ面倒くささとしつこさをしっかり再現していた。実写の斎藤飛鳥さんもしっかり演じてはいたけれどもやっぱりアイドルだけあって可愛らしさが底に残ってしまていた。それもまた嬉しい演技であはったんだけれど、そのものだったソワンデ役のグレイス・エマさんに持って行かれちゃってたからなあ。金森氏の梅澤眉波さんは長身ぶりがしっかり役にハマってたし山下美月さんの水崎氏もアイドルだけに読者モデルらしさが出ていた。そんな2人のうちの金森氏を声で演じた田村睦心さんはさすがにしっかり金森氏。男の子を演じることが多いけれどもここでは大人っぽさを感じさせる女性が実に感じられた。

 なにより水崎氏の松岡美里さんが良くって天真爛漫な上に琴線をひっかくような声音がとても響いたんだけれど、経歴を見るとまだそれほど多くの主役級を演じていないのがちょっと不思議。そこは愛らしい声が引っ張りだこの世界で特徴を持った声が避けられる傾向でもあるんだろうか。でもまあきっといずれ出てくる人あと信じて待とう。「機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ」にミヘッシャ・ヘンスという役で出ていたらしいだけに公開延期はちょっと残念。アニメの方は12話で終わっているんだけれど原作ってあの後まだ続いていたっけ。貯まってくれば第2期とか期待したいけれど、湯浅監督が「犬王」のあとちょい休息に入ってしまうからあっても数年先かなあ。これをやって「日本沈没2020」も作って「犬王」に行ける湯浅監督はやっぱり凄いなあ。

 仕事もかねてふんころりさんの「佐々木とピーちゃん」(MFブックス)をつらつらと。中堅商社で働く40歳近い男性サラリーマンが無聊を慰めようとペットショップで文鳥を買ったところこれが異世界の賢者が転生したもので、魔法の力で異世界へと行き来できたり魔法を振るったりといった能力を見せては佐々木の人生を変えていく。まず異世界へとおかしやらボールペンやら紙やらを持って行かせて取引させてはお金を得させ、居場所を得させつつ魔法を教える。そんな魔法の力をふとした拍子に放った佐々木を国家機関が見つけて対超能力者の組織に引っ張り込む。

 現世では警察として超能力者を相手にした仕事をしつつ異世界では商人として稼ぎつつ子爵ら権力者ともお近づきになっていってやがて国をめぐる政争から国家間の紛争にまで巻き込まれていく。そんな隙間でアパートの隣に暮らしていて、親からネグレクトされて食べ物もろくに与えられていない中学生の少女に食べ物を与え続けたことから関心めいたものを向けられているといった具合に、いくつもの要素が絡み合って重なり合って進んでいくストーリー。「ひげを剃る。そして女子高生を拾う」だけでも1本の話になるのに異能バトルと異世界成り上がりのエピソードも絡み合っているといったところか。そんな中心いなりながら野心がなく淡々としている佐々木のキャラクターがホッとする。いつか生きていたら彼のような幸運に巡り会えるかなあ。とりあえず文鳥飼ってみるか。


【5月1日】 一昨日は流山で観たわ。今日は松戸。明後日は成田は流石にないか。ってことでNHKオンデマンドで「さようなら全てのエヴァンゲリオン 庵野秀明の1214日」を見てからIMAXレーザーのある新松戸のシネプレックスへと出向いて「シン・エヴァンゲリオン劇場版」。9度目か10度目。もはや数えていなければ覚えてもいない。いろいろ気になったところも出てきたのが冒頭のパリへのカチコミ作戦でリツコが踏み下ろした足と、終わりがけの第3村から近い水辺に残された足跡の対比だったり、加持がニア・サード・インパクトを止めようと乗ったVTOL機と第3村でシンジがケンスケに連れ回されている時に残骸として転がっているVTOL機の対比だったりと間を置いて引っ張り出されるモチーフの関係性か。

 加持の乗機が落っこちて乗っていた加持はどっかで生きてて岬カヲル司令とともに還って行ったりしたのかとも妄想したけどそれはさすがにないか。あとゲンドウにシンジがDATを返す場面、尻ポケットから取り出す時に紙片が挟まっていたように見えたけど気のせいか。アヤナミがヒカリ宛てとは別に書いたメモが挟まっていたりしたのか。とにかく色々と気になるのでBDが出たら見返そう。あるいは配信が始まったら。

 手前に大きなものを置いて億に小さく並べるアングルの多様についてどうしてそこまでともやっぱり思ったけれどこれ、見ていて気持ち良いんだよなあ、格好良くて。おかげでマヤのピチピチスーツでのペタンと座ったお尻を左右からでっかく見られたり、タラップを降りてくるミドリのお尻越しにマヤたちがパソコンを叩く姿を楽しんだり、梅干しを下から眺めるアヤナミの不思議な表情を拝めたりしたから良いんだけれど、これを現実のカメラで撮るとなるといったいどういった配置が必要なのかと考えつつ、単純に絵で描けばできるものでもないからいろいろと実写カメラで撮ったりCGで角度を変えたりしながら見いだしていったんだろう。そんな試行錯誤によってベストを切り出していった積み重ねだからそりゃあ、何度見たって飽きないわけだ。また行こう。

 帰りがけにショッピングモールで1500円のシャツを2枚購入。シャンブレーとオックスフォードのボタンダウンならまあそれなりにシュッとした格好になるだろう。同じショッピングモールの自転車屋で「バーリントン」というブランドの自転車を発見。三角形のクロモリフレームにカンティブレーキで650Cという懐かしくもスタンダードな構成な上にギアが内装5段とちょっと珍しい。バーはドロップではなくフラットなオールラウンダーでもなくミドルアップで背筋を立てた姿で走れそう。これでサドルをブルックスに替えたら良い雰囲気で軽く走れるバイクになりそう。470ミリとは小さいけれど大きくて大変なよりはコンパクトで良いかなあ。乗りたいなあ。でも運べないし。悩みます。

 1262人とはまた増えたなあ、大阪府の新型コロナ感染者数。死亡者も41人で数日前の44人に近い数の方がお亡くなりになってしまった。東京だって多いことは多いものの1040人に留まり死亡者は6人と大阪にくらべて随分と少ない。重症者の規準があるいは変えられていたりしたとしても、死亡者にそうした作為が入れられないからやはり少ないんだろう。それだけ救命の体制が整っている一方で、大阪は入院すらできず自宅だとかで療養中に無くなったり悪くしたりしてしまう人が多いのかも。そんな状況にしてしまった責任について未だ認めようとせず、44人って1日の数字じゃないと嘯くポン酢ぶり。だったら何の数字だよ。発表しているんだから1日の数字だろうに。そんな状況がまだ続いたら大阪封鎖なんて事態も起こりえるかも。

 猫猫が薬剤師なら桃花は検死官ってことで同じ後宮にいながら役割はちょっと違うけど、でもやることはそんな知識を活かしての謎解きといったところで小野はるかさん「後宮の検屍女官」(角川文庫)は日向夏さん「薬屋のひとりごと」と同様にやっぱり面白い。後宮だけに出てくる男性っぽいキャラはやっぱり宦官で、後宮にいる少女の才能を見極め後宮で起こる不思議な事件に挑ませる。まず起こったのは皇帝の妃嬪が懐妊したことで寵愛を受けている別の妃嬪のいじめをうけた果てに死んでしまったものの、棺桶の中で出産をしてその子が母親への恨みを晴らそうと化けて出ては死王として後宮を徘徊しているという。

 噂が立つのは拙いと後宮から女官たちが警備にあたることになって、孫延明という宦官の下にかり集められた女官の中にまったく怖がらず「死体が分娩することなんて普通だ」と嘯く。耳ざとい宦官が聞きとがめた直後に後宮で新たに苦悶の表情を浮かべたままで女官が死亡。やっぱり死王が徘徊しているのか。そして始まる桃花の検屍からの大推理。ひとつひとつの事件で発揮された果てに全体に通底した事件の裏にあったある出来事が浮かび上がって来る。すごい美少女だけれどふだんはぐうたらで寝るのが大好きで寝てばかりだったりするけれど、検屍となると眼が覚めるギャップがなかなか楽しい。妃嬪に好かれて守られているって感じじゃなく、勘気に触れれば処分だってされかねない立場はちょっと珍しい。そんなヒロインと屈託を抱えた宦官によるバディ関係が誕生した角川文庫キャラクター小説大賞の大賞受賞作が、次にどんな展開を迎えるか。続きが楽しみ。


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