縮刷版2020年6月上旬号


【6月10日】 「声優のライブに1万2000円ってさすがに」 「『鬼滅の刃』の禰豆子役の子だよ」「1万5000円でも円オッケーっす」的な反応はあるかどうか。『鬼滅の刃』で竈門禰豆子の声を演じた鬼頭明里さんが、開催予定のライブの料金を予定の6800円から倍近い1万2000円にするってことで、ちょっとしたトレンドが出来ていた。いろいろ演じてはいるけれど、最近で話題の役はやっぱり禰津子。その子が見られるならばと思う一方、「鬼滅の刃」で禰豆子はうーうー唸っているかうんうん頷いているだけだったから、それをライブで繰り返されても困るだけかもしれない。可愛いけれど。

 「安達としまむら」で安達を演じるらしいけれど、そっちのアニメは放送未定。他に役柄として自分がベストにハマっているものがあるかというと迷うところがあるから、物珍しさを実感しに1万2000円払ってまで観に行くことはなさそう。仮に声優さんのライブで1万2000円を払ってでもと思えるとしたら、林原めぐみさんか花澤香菜さんか田村ゆかりさんか水樹奈々さんか、あとは「ラブライブ!」とかのグループなり、アニメイベントで出演声優大集合のライブなりに限られるそう。そこら辺なら2万円でも確実に入れるとなれば行く人は出そうで、キャパを半分にしても採算はとれるのかもしれない。

 もっとも、そうしたビッグな声優さんになると会場が横浜アリーナとか東京ドームとかになってキャパを半分にしたら値段も3倍くらいになりそうだし、キャパが半分でも集まる人の多さから開催が難しそう。かといってなかのZEROホールとか名古屋市公会堂クラスをいっぱいにようやくできるアーティストが、1万2000円が8000円でも果たしてお客さんを呼べるのか。5000円60000円だから見ておこうって気にもなる分岐点をはるかに超えてしまった時、ライブそのものが成立しないような気がする。キャパが半分だから値段は倍ねと言われても、注げる愛情は倍にはならない。

 声優でなくても1万2000円を払ってまで行きたいアーティストとなると、外国人でなければそれこそ山下達郎さんのように滅多にとれない人とかで、あとは例えば米津玄師さんとかサカナクションとかPerfumeとかBEBYMETALといったあたりになるのかなあ。そもそも行っても立てず叫べず動けない中を聴き入るだけのライブを、それでも現場にいることが重要と行って楽しめるのかどうなのか。まあ達郎さんのライブなんて終盤までずっと座っていたりするし、叫びとか嫌がるからそもそもないので実は適しているのかもしれない。この機会に回数を増やして会場も広げて値段1万6000円くらいでやってくれないかなあ。5回くらいは行くのになあ。10万円券使って。

 春の選抜高校野球が開かれず、出場できなかったチームを対象に8月、甲子園球場を使って1試合ずつの交流戦を開くことが決定したとか。1試合だけだから長期の宿泊はないし、応援もないから大勢の移動も発生しない。貸し切りバスでの移動で公共交通機関で遠方から人が乗り込むといった状況にも陥らないという点で、これはなかなか巧い解決方法かもしれないと。

 選抜高校野球の参加校は32校だから、1日3試合で6校が出て4日間で終了。優勝の栄誉はないものの活躍の場は見せられるし、甲子園の土だって持って帰れる。勝ち負けとかあまり気にしないから、代打代走によって多くの選手が出られるようにすれば、レギュラーじゃない選手たちにとっても思い出になるだろう。とはいえ開催は8月10日から12日と、15日から17日で夏真っ盛り。炎天下で野球などという高校野球にとって古くからの課題はどう解決するのかな。早朝から初めて午前中で終わるとか。昼間は抜いて午前と夕方に限るのか。そこも含めて何か手段を講じて欲しいところ。

 夏の甲子園については各地の地方予選が行われていないから、秋にこうした交流試合を甲子園で開きたくてもできないだろう。それはそれで選手たちにとっては残念なところか。サッカーでも似たようなことはできないだどうか。全国都道府県の代表校が48校だから国立競技場と埼玉スタジアムで24校づず、1日3試合で4日間で開催して終わりとか? 冬になって新型コロナウイルス感染症の発症が増えてくるようだと予選や本選の中止なんて話も出てくるだろうから、解決策として何か検討して欲しいところであります。

 ふと見たら面白くってNetflixでアニメの「バキ」3シーズン分39話を一気に見てしまう。いわゆる最大トーナメント戦が終わって範馬刃牙がチャンピオンになって以降のストーリーだけれど、もはや若い格闘好きの少年といった雰囲気はなく、超人へと迫るような圧倒的な強さを持った男達を相手に、やはり怪物クラスの男共が対決していく展開で、スポーツ物なんて範囲を超えた伝奇的でライトノベル的でSF的な格闘って奴を味わえる。最凶死刑囚編では噂の花山薫の強さって奴が堪能できたし、ビスケット・オリバの頑強さという奴も楽しめた。中国大擂台賽ではやっぱりオーガこと範馬勇次郎の強さかなあ。それを感じて死んだふりして逃げ延びた郭海皇もやっぱり凄いけど。あと100年だって生きて勇次郎と対決しそう。ここからもう少したつとSFを飛び越え異次元になってしまうのかな。いずれアニメ化もされるだろうからその時にまた楽しむか。


【6月9日】 名古屋のローカルタレントとして人気の新間正次さんが参議院議員に立候補して当選したけど、選挙公報に「明治大学中退」と書いて公職選挙法違反で在宅起訴され、有罪判決を受けて当選が無効となったことがあるから、学歴についてはさすがに虚は書けないだろうとずっと思っていただけに、ずいぶんと以前に小池百合子東京都知事のカイロ大学卒業という学歴が問題になってから、現在までに国会議員になって何回も当選を重ねているし閣僚にもなっているし東京都知事にだってなったにも関わらず、経歴詐称を言われないということはそれを告発する人がおらず、あるいは告発しても起訴に持ち込めない話なんだろうって気はしてた。

 それなのに何かあるたびにカイロ大学卒業の経歴がおかしいといった話が出続けるのは、どこかに抜けがあるのかもしれないけれど、そうやって印象面を揺るがすことによって何か影響を与えられる素材であり、与えたい人たちもいるということなんだろうと理解している。どうにも人間として寒々としている感じがあるとか、権力欲がすごいといったパーソナリティはそれとして好き嫌いもあるだろうし、東京都知事としてやって来た施策に拙い点もあるのかもしれない。

 それでも猪瀬舛添といった面子のように中途で放り出さざるを得ない事態にはなっていない点も、それだけ支持者がいる現れなんだと思う。カイロ大学卒業の経歴についても、こうやって駐日エジプト大使館経由で声明が出されては、それをひっくり返すような話はまず出せない。これで一件落着とは言えないとしても、そして漂った不穏さはぬぐえないとしても追及しきれないまま都知事選を迎えることになるんじゃないかなあ、そして圧勝すると。自分は都民じゃないから投票権もないからどっちでもいいんだけれど、森田健作と交換してくれるならそれはそれで歓迎だ。

 2020年サンリオキャラクター大賞が発表になっていて、国内総合1位はシナモロール、2位はポムポムプリン、3位はポチャッコとハローキティじゃないのがベスト3に来た。ちなみにハローキティは5位で4位はマイメロディ。ポチャッコの人気がちょっと気になった。ってかあまり知らないし。そして海外ではアメリカとブラジルでアグレッシブ烈子ことAggretsukoが3位。世界では強いなあ。日本でももうちょっと人気が出て欲しいところ。ちなみにアメリカの1位はハローキティでブラジルの1位はYOSHIKITTY。2位はどちらもポムポムプリン。人気あるんだなあポムポムプリンって。

 まあ、そうなるかとは思うけれども東京都で新たに新型コロナウイルス感染者が12人出たという話は、これが2週間前の反映だとするなら、先週あたりから今週にかけて急に混みだした東京都下の交通機関や繁華街なんかの状況を反映した数字が、来週あたりからまた出て月末にかけて結構な感染者数を出しそうな予感。それを「東京アラート」という警告めいたものでスルーして、都庁と東京スカイツリーとレインボーブリッジを赤くライトアップして異形感を出したところで、外出の自粛にはつながらず感染は広がりそして対数的に感染者の数が伸びて使者もまた出始める、なんてことになるのかも。

 そうなると夏休みの集客を当てにせざるを得なかった映画館も、また休業となって「ドラえもん のび太の新恐竜」も公開がまた伸びて文明堂のコラボどら焼きがまた余ることになるのかな。というか「エヴァンゲリオン新劇場版」はいったいいつ公開になるのだろう。あちらこちらからコラボが出ていてあのタケオキクチなんかもTシャツやらプリントシャツやらサコッシュやらを出している。そうしたコラボが一段落して間があいて公開なんてことになったら、コラボした甲斐もないかと泣く企業も出るのかどうか。まああまり映画と関係なしにエヴァのコラボって出ているし人気だから関係ないのかもしれない。

 「鬼滅の刃」読みたさにちょっとだけ連続して買った「週刊少年ジャンプ」でクライマックスに向けて動いていた「ゆらぎ荘の幽奈さん」が8日発売のジャンプで完結したようで、長きに亘って連載ご苦労様でしたと言いつつ新作のアニメーションが単行本に付くという話に、いったいどこが作るんだろうと興味津々。2018年に放送されたアニメはジーベックが手がけたけれど、2019年に解散となって今は手がけるスタジオはなし。ファフナーなんかを引き継いだI.Gツヴァイはあるけれど、そこが手がけるとも思えないし……。原作のエロティックさを受け継ぎつつアニメで表現できたスタッフがまた集うのか。どこに集うのか。興味は尽きない。コンテもなかなかエロいのでまとまって出ないかなあ。


【6月8日】 いやまあ確かにオリンピック合わせの内容だったから2021年4月の方が合ってるっちゃあ合っているけど劇場版「名探偵コナン 緋色の弾丸」の公開日、それで東京オリンピックが2021年も開催されなかったら映画的に盛り上がるんだろうかといった気がしないでもない。さすがにロックダウンがまた行われて映画館が閉鎖されるということはないだろうけれど、選手たちが練習環境が整わずアスリートとしてのパフォーマンスを発揮できなずそして世界的な流行がまだ続いていて、海外への渡航が憚られるような状況にあったら中止もやむなしってことになる。

 さすがに2022年への再延期はないだろうから、東京オリンピックは2度目の幻として消える。そこに映画だけはオリンピックのようなスポーツの祭典が登場するストーリーのものが1年遅れで公開されるという、なにか矛盾だらけのシチュエーションが生まれそう。それでも新しいのを今から作る余裕もないなら、これも仕方が無いってことで。「ドラえもん のび太の新恐竜」は3月6日の予定だった公開が8月9日になったみたい。それでも年内だからまだ良いか。「サイダーのように言葉が沸き上がる」はいつ公開になったんだっけ。そっちはちょっと気になります。

 資本業務提携ではなく、業務提携となっているから出資ではないのかな。バンダイナムコアーツによるアニメーション制作会社のエイトビットとの業務提携話。「転生したらスライムだった件」を手がけた会社でバンダイナムコアーツも期待している作品だから、それを一緒にもっとぎゅんぎゅんとやりましょうよという話だと思うけど、一方で新型コロナウイルス感染症の影響で放送予定が先に伸びてしまったこともあるから、業務提携をすることによって事業の幅を広げてお互いが放送まで保つようにしたのかもしれない。

 バンダイナムコアーツと言えば前に「ガールズ&パンツァー」のアクタスと資本提携をして、「ガルパン」を一生懸命作れる体制を整えたことがあるし、「宇宙戦艦ヤマト2202」の続きになるだろう「宇宙戦艦ヤマト2205」を手がけるstudioMOTHERにも確か出資をして作品を支える構えを見せた。バンダイナムコグループではすでに傘下に「機動戦士ガンダム」のサンライズがあるし、キッズ向けを手がけるバンダイナムコピクチャーズも作って映像制作の”内製化”を進めようとしている。

 あまりに取り込みすぎるとグループ外の仕事も多くしているアニメ制作会社がかえって身動きできなくなるから、出資は抑えつつエイトビットのような業務提携の範囲に抑えて関係を深めようとする所も出てくるのかも。寄らば大樹な訳でもあるし。アニプレックスもそういえばA1−Pictures以外への関与を確か深めていたっけか、どうだっけ。そうやってパッケージメーカを軸とした輪が広がる一方で、ウルトラスーパーピクチャーズとかツインエンジンといったグループも登場して来たりと変化が進むアニメ制作の現場。プロダクション・アイジーなんかがそうした変化をずっと先取りしていた感じがあるとはいえ、他が出口も含めて模索する中でどういった路線をとっていくのか、チャネルを確保するところまでいくのか逆にチャネルに確保されるのか。

 何かのための覚え書き。新海誠監督の「君の名は。」に美術監督のひとりとして参加した丹治匠さんが2017年1月31日にデジタルハリウッド大学で講演を行った。背景美術といっても、都会なら都会、田舎なら田舎を風景画のように描けば良いというものではなかったようで、「君の名は。」の場合では、丹治さんは新海誠監督が描いた絵コンテから、場所や時間帯などを読み取って、そのシーンにぴったり合って、キャラクターが芝居をするに相応しい舞台を整えていったという。

 「君の名は。」だとの冒頭付近に登場する、横に湖がり、奥に対岸が見える場所で三葉と妹の四葉が階段を降りるシーンでは、「絵コンテを元にラフに美術ボードを描いて、対岸はどのくらい近いのかといったことを検証した」と丹治さん。その後で、新海誠監督が「現代日本の田舎としての実在感」というコンセプトを元に修正点を指示して、石段の上にブロック塀が置かれ、奥に鉄のフェンスがある構造へと変えられていったらしい。

 当初はやや朝焼けのような赤みがあったが、「朝のさわやかな田舎の風景なので、空の色とかを変えた。横から光が来ている感じも強調した」と丹治さん。そうした指示に納得がいかないことがあるかと尋ねられ、「それはない。アニメーションは新海作品しか携わっていないが、新海さんは分かりやすく、納得できないことはないようちゃんと考えている。監督自身に明確なビジョンがない場合はお任せしますと言われるが、だいたい明確」とのこと。ビデオコンテを作りレイアウトからタイミングからすべてイメージを想定して作る新海監督にとって、背景美術も含めて浮かぶシーンがすべて頭にあるのだろう。
B  そうしたビジョンをさらに補足するように、スタッフが創造性を発揮しているところも、新海誠監督作品に生身に近い感性が乗る理由なのかもしれない。「君の名は。」では「できるだけ美術スタッフの創造性に頼りたいところがあった」とか。三葉の部屋で、女子高生らしく小物が置かれ、ドライヤーが転がされた部屋は頼んだ女性スタッフが細かい部分は自分で考え整えていったという。「壁際にポップアートのようなものが置かれていて、良いなと思った。田舎の女子高生という記号的なものに収まらない何かがある」。ひとりでは描けない、想像もつかないものが集合して総体となって良い物になる。それがやっぱり映画の面白さ。そして新海誠監督の懐の深さ。それが新海誠監督の描く世界に生命感を与えているのかもしれない。

 17歳と10カ月と20日という史上最年少で将棋のタイトル戦に登場となった藤井聡太七段が、渡辺明棋聖に挑んだヒューリック杯棋聖戦の第1局は後手番ながらも藤井七段が勝ってまずは戦勝。日をまたがない1日での決着でなおかつ5番勝負だから、3連勝すればそのまま藤井七段が初タイトルを獲得して、屋敷伸之九段が持っている18歳6カ月での史上最年少タイトルを大きく更新しそう。史上最年少でのタイトル挑戦はギリギリになったけど、戴冠ならまだ少し余裕があるからこれで敗れてもって見方はあるけど、チャンスを掴んだのなら早いうちに決めないと、羽生善治九段の100冠のようになかなか訪れなくなってしまうから今後に期待。一方で渡辺三冠の検討にも。


  【6月7日】 現実だとかアニメの世界だとかを縮小して並べつつそれを見たり、そこに入り込んだりできるようにした「スモールワールズTOKYO」が6月11日にグランドオープンの運びとか。ライブエンターテインメントがもてはやされ、夢のような世界をリアルで体験させてくれる状況下だったらそのひとつの形として注目されただろうヴァーチャルなリアルという仕立てが、新型コロナウイルス感染症のパンデミックの中で極力接触を避けよう、可能なら遠隔地から眺めようといった方向へとシフトし、リアルなヴァーチャルが開拓されようとしている今の状況で果たしてどれだけ賑わうか。そこがなかなか判断に迷うところだったりする。

 時期的にはちょっと拙くても、いずれ以前のような体験を求める動きの中、チームラボがお台場だとか豊洲で展開しているようなテクノロジーを空間で満たした体験型施設ともども活況を取り戻していくのか、それともいったんシュリンクした心情は、リアルな体験への心理的なカーテンとなって行く足を鈍らせるのか。そこにしかないという欲求、そこでしか味わえないという快感がパンデミックの恐怖を超えるなり、その恐怖自体が医学と技術の進歩によって減衰されるかすれば変わるのだろうけれど、それもいつになるのか今は見えない。

 道を歩くと車がほとんど通っていなかった道にぎっしりと車が渋滞するようになっていて、人通りも以前と変わらない雰囲気の中で浮かんでくる第2波の懸念。というより第1波がちょっとだけ静かになっていただけなのにザブザブと水に入って盛り返した波にさらわれそこに第2波が訪れるような事態だって想定しなくてはいけなさそう。それを超えてどんな面白さが味わえるのだろうか「スモールワールズTOKYO」では。行くしかないんだろうなあ1度くらいは。エヴァもいるし。

 そんな会場には「ウイルスや菌を不活性化する『噴霧器』を館内要所に配置しております」だそうで、はやりの次亜塩素酸水のミストかと思ったら違ってSEGRIOブランドの「安定型次亜塩素酸ナトリウム」を出すものだった。その違いについてリリースが出ていて、冒頭で「問題の『次亜塩素酸水』は次亜塩素酸ナトリウム NaClO(アルカリ性)を基に、効能を上げる目的に塩酸系物質の異物を混合し、アルカリ性から酸性に物性も変化しております。(そのため、『次亜塩素酸』という名前だけが残り『ナトリウム』の部分が消失しております。また、次亜塩素酸水についての化学式も不明です)」と冒頭からけちょんけちょん。

 次亜塩素酸水の方もそういえば北大名誉教授の研究結果を基に声明を出していたけれど、実験2回で大丈夫だったと言ってしまっておいおいそれで良いのかと突っ込まれていた。次亜塩素酸ナトリウムだったらどうなんだというところは調べる必要があるけれど、割と前から空間除菌を謳い製品化されているものだから、効果はともかく危険性については大丈夫なのかもしれない。

 何かのための覚書。新海誠監督の「天気の子」について、公開直後、将来への不安におびえ、息苦しさを感じながら生きている若い人たちが、あがいた果てに自分たちだけの幸せを得ようとする、ともすれば身勝手と捉えられそうな内容が知れ渡るにつれて、フィクションには甘い幻想を求めたい観客から反発を喰らうのではないか、といった懸念も出た。けれども実際には、ささやかでも幸せを得ようと突っ走る森嶋帆高の意思に共感する人が多く出た。それだけ現実が不安に満ちているのか。ヒットの裏にある社会心理を今いちど、掘り起こしてみたくなる。

 そんな「天気の子」について、新海誠監督が企画書に書いた言葉が発売されたブルーレイディスクに書かれていた。「果たしてこの”物語”はハッピーエンドを迎え、世界は調和と安定を取り戻すだろうか? 無理そうだというのが大勢の実感だろう。『正しい物語』は今、かくも空々しく見えてしまう」「なにかが狂っていく。世界がおかしくなっていく。気候は狂い、世界は排外主義を強め、人を自由にするはずだったネットが相互監視と愚かさ装置になり、日本の地面は揺れ続けている。既に中年である自分自身の実感に即して言えば、これはやはり僕たち自身が選んだ世界だ。僕たちはそれを止めるこができなかったし、結果的にやはりそれを選んだのだ。でも、僕たちが映画を届けようとしている若い観客にとっては、これは選択の余地がなかった世界だ。彼らが選ぶ前に、世界はすでに狂っていたのだ」

 「だから今、若い観客のために映画を作ろうとしている僕たちが、世界の調和を取り戻すような物語を押し付けてはいけないと強く思うのだ。それはあまりに身勝手で無責任だ。では今、僕たちは観客になにが言えるだろう。この映画の最後で、少年はこう叫ぶはずだ。『天気なんて狂ったままでいいんだ!』と。少女はその叫びに応じて、狂った世界で生きることを力強く選ぶだろう。少年と少女が自分から世界を選ぶ映画を作りたいのだ。引き返せない場所まで行ってしまう彼らの姿を、明るくポジティブなタッチで描こう。

 なるほど。若い世代を通り越して大人の世界に歩いていった新海誠監督が、自分たちの歩いてきた道をそのままたどらせることなく、若い世代ならではの歩き方を考えて示そうとしている物語。「君の名は。」でも少しだけ描かれた、悲しみや苦しみを乗り越えて探し続ける大切さを描き社会の歩き方に続いて子どもたちが、若者が世界をどう歩いていくのかを描いてそれを後押ししたのが「天気の子」なのかもしれない。自分の感性を押しつけるだけでなく、若い世代にとっての指針をちゃんと示せるエンターテイナーにしてメッセンジャーにしてアジテーター。そんな新海誠監督が次にいったい何を作るのか。気になって仕方がない。

 中国が香港に対して国家安全法性を導入しようとしていることに、アメリカやイギリスが反発の声明を出しつつ日本にも参加を呼びかけたけど断れたと共同通信が報じたことについて、フェイクじゃ無いかと言った声が起こっていて、それについて長尾たかし議員は「誤報の可能性が非常に高いです。日本政府が否定したようで、某紙が記事を削除。『米国や英国などの共同声明に日本政府も参加を打診された』という事実はない、ようです。明日詳細を確認します」とツイート。共同電を貼り付けていた産経が消したことを挙げて誤報だといった見方を示していた。

 一方で片山さつき議員は「たった今外務次官と話しましたが、G7で香港問題につき中国大使を呼んで抗議したのは日本だけ! 外相も官房長官も明確に発言!その声明には独仏も参加しておらず、突然言われても、というだけの話だそう」とツイート。「突然言われても」といった感じに打診はあったものの独仏も参加していない声明には即応できないといったニュアンスは、ある意味共同電の正しさを裏付けていたりする。つまりはただちに誤報とは言えない話だけれど、メディアの横暴を言いたい人は誤報誤報護法童子と叫ぶのだろうなあ。やれやれ。


【6月6日】 新海誠監督に関する何かのための覚え書き。「君の名は。」から「天気の子」へと続いた作品の次に作る作品が、また少年や少女の話になるのか分からない。ただ、このところ新海誠の描く主人公たちの年齢が、だんだんと下がってきていることは感じられる。だからティーンがメインの話になるような気がする。もうずっと前、「秒速5センチメートル」ではまだ中学生だった2人が東京と栃木に分かれて暮らすようになったけど、少年は鉄道を乗り継いで少女に会いいに行く。そして種子島を経て東京に戻った時、もはや少年ではなくなっていた男は、少女と大きく離れてしまった歩みを重ねる道は選ばず、それぞれに違った方向を向いて歩き始める。

  大人というものの寂しさと、強くなければいけないという自覚を感じさせる物語でもあった。その寂しさに「ほしのこえ」で新海誠を青春の描き手と感じた人たちは驚き、嘆きもした。そして「星を追う子ども」はいちおうは小学生女子の物語でもあるが、同時に妻を亡くした男が消せない思いをどこまで追い続ける話でもあった。その勢いが強すぎて、分かれてしまった少年を追う少女の物語がかすんでしまったころが、「星を追う子ども」で新海誠監督が一気にポスト宮崎駿監督、あるいはポストジブリのトップランナーに立たせることを、遅らせてしまったのかもしれない。

 そして「言の葉の庭」。ここで大人の女性教師と高校生の少年へといったん落ち着け少しだけ背伸びした恋の行方を見せてくれた新海誠監督が、「君の名は。」では一応は高校生の2人にターゲットを絞り、そして『天気の子。』でもう少し下のミドルティーンの主人公たちによる冒険を描いて、同世代の少年少女に今という時代の歩き方を見せた。面白いのは、そうやって作品でメッセージを伝える相手が下がっているのとは対照的に、作りてである新海誠監督の年齢が上がっていることだ。

 それはまだ見ぬ未来に対していろいろと想像をめぐらせる想像力が潤沢だった若い頃は、大人の世界に対するいろいろな考えを肯定も否定も含めて描いていけたのが、自分がそうした年齢に達しやがて超えていった時、同時代の同世代の現代を肯定や否定するような物語ではなく、自分のような大人を目指す子供たちが未来の歩き方を模索するために役立つ作品を、作りたいと考えたからなのかもしれない。

 「天気の子」で示されたのは、大成功するような派手な夢なんて見られない社会を、流されるように生きていくしかないようなこの状況で、それでも自分の幸せを探し夢をかなえたいと願う生き方はあるのだといったメッセージ。未来には暗雲が立ち込めていても、惹かれあう2人なら生きていけるのだという、ミニマルな幸福への道を示すストーリーに、同意するならそれで良し、反発して上を目指し突破を狙うのもまた良し。そんな歩き方を誘う言葉に連れられて行った先、次に見せられる作品でいったいどこに連れていかれるのかも興味深い。もっともっと大人になった新海誠監督が、どんな歩き方をしたいのかも伺えるだろうから。

 第18回広島アニメーションフェスティバルのコンペティション作品が発表になって、日本から226本の応募があったにも関わらずコンペに取った作品がゼロという自体にやっぱり広島は日本に辛いなあと思いつつ、どうしてこうまで辛いのかといった部分が気になって来てしまう。片渕須直監督がしばらく前にいろいろと話題になっていた発言の中で、世界のアニメーション映画祭で上映される作品にドキュメンタリー的なものが増えているといったことを話していて、それが主流になっているなら日本からのはなかなか通らないという状況を示唆してくれた。

 だからドキュメンタリー的なものを作るべきだとか、子供向けのに取り組むべきだということではなく、そうした傾向の中で日本のアニメーション作家がどこを向くべきか、いま一度問い直すべきって話なんだろうけれど、賞は権威でもある一方で道を先へと延ばすための通行手形でもあるので、そこを傾向だとか心情だとかでぶった切ってしまっては、アニメーションが持つ表現と同時にテーマといったものの多様性も失われてしまう気がして仕方が無い。

 ましてや日本で開かれる世界の4大アニメーションフェスティバルのひとつである広島が、日本のクリエイターの傾向が世界と違うならそれを取り上げプレゼンする機会として映画祭を使わず、世界の流れに飲み込まれてしまうというのは寂しい話。国際水準も大事だけれど日本オリジナルも大切にしたいという思いを両立させられる道はなかったのか。いろいろ考えてみたくなる。

 振り返ってみれば前回の第17回広島国際アニメーションフェスティバルでも341本の応募があった日本からコンペティションに入ったのはたったの1作品。それも東京藝大院映像学科アニメーション専攻の修了制作として、山村浩二さんの指導を受けた留学生のコウ ブンエイさんが作った、イスラエルのガザ地区にある動物園を描いた「SOUTH FOREST」だったからテーマに時事性社会性国際性政治性といったものがあって訴えかけてくる内容だった。身辺をミニマルにとらえ内面を吐露するような作品が多い日本にあってそこは違っていたけれど、そうした感性だってひとつの作品であるのならばやっぱり選ばれても悪くはないと思うのだった。

 千葉県の袖ケ浦にあるのに「東京ドイツ村」を名乗っているのだから、茨城県にある空港はいっそ「東京シャルルドゴール空港」とでも名乗れば、東京がある日本にある空港でそして茨城県が姉妹友好を結ぶフランス(とはいえ提携先はエソンヌ県だけど)にも顔が立ったんじゃないか。でもそれだと茨木にあることがまったく伝わらないだろうから、現地の名産も入れて「東京シャルルドゴール鮟鱇納豆アントラーズ空港」とでもしておけば日本人にもああ茨城ねと伝わった気がしないでもない。所在は小美玉市で距離的に近いのはかすみがうら市であり土浦市でありつくば市といったところ。水戸よりは東京よりで常磐線にさえアクセスしていければ東京だって割とすぐだから「東京」が入ってもそんなに間違ってはいない気もしないでもないか。いややっぱり間に千葉が入っているからには東京を名乗らせるわけにはいかないか。


【6月5日】 ネットの掲示板に書き込まれたたつき監督らへの殺害予告ですらあっという間に誰か調べられて摘発されるのだから、電通の企業ホームページに爆破予告なんて書き込んだらあっという間に調べがついて摘発されるような気がするし、そういうことくらい世間の人ならだいたいわかっているはずなのに、こうして爆破予告を書き込んでしまうんだから人間ってのは間違えると何をするか分からない。

 というか電通なんて昔だったらマスコミ志望の学生が行きたい企業に挙げていたくらいで、世間の多くの人が名前を知って”悪の帝国”呼ばわりをして、正義を下すんだといった義憤から爆破予告をする対象になるなんて、なんか不思議な気がしないでもない。それだけネットにアクセスする人が多くいて、SNSなりで回ってくる情報のそれも拡散されつつ濃縮された情報に触れる機会が増えたことで、電通という存在とその”悪の帝国”的な立ち位置だけを頭に入れて増幅させ、こうして正義執行の対象にしてしまう事態になってしまっているんだろう。

 ネトウヨ的な言説がはびこるのもまあ似たような背景。今ほどネットが盛んではなかった1990年代半ば過ぎまでは、小林よしのりさん的な煽りだって週刊誌を読んでいたりする層を中心に出回って動きが起こっていった。それが今ではネットであっという間に出回っては、ある程度の支持層を得てしまう。もちろんそうやってはびこるだけの要因となる世界情勢もあるし、社会状況もあるんだろう。けれど、東アジアに対する見方だって少なくない部分で濃縮され拡散された偏りのある情報に支えられていたりする。この状況が変わらないなら似たような事態も起こり続けるんだろう。行き過ぎたことにならないといいけれど。赤報隊しかり京アニしかり。

 北朝鮮に娘の横田めぐみさんを拉致され、返還を求めて家族会の初代代表を務めた横田滋さんが死去。無念だっただろうと思うと残念でならず、これからも他の拉致被害者も含めて一刻も早い返還を求めていくべきだろうし、拉致しているうなら北朝鮮も返還に応じるべきだろう。口惜しいのはそうやって返還を求める声の最先頭に立つべき安倍晋三内閣総理大臣が、一丁目一番地だと言って拉致被害者の返還を求めていく態度を示して人気を獲得しながら、その最長という在任期間に一歩も1ミリも話が前進した感じがないところ。トランプ大統領がさっさとシンガポールへと会いに行き、そして板門店でも会っているのにより関係が近いはずの日本の総理大臣は未だに会えず仕舞い。会うという気すら見せているのか分からないにも関わらず、どうして今までの総理大臣たちより北朝鮮政策で評価されているのか意味不明。今回の件でそのあたりもクローズアップされるだろうなあ。どう言い訳するだろう。そしてどんな擁護が出るだろう。気になる。

 何かのための覚書。新海誠の歩き方について考える。歩き方といっても、それは新海誠作品を観て歩いて歴史をたどるという意味だけではない。新海誠自身が作品を通して歩き方を探している、あるいは提示している感じがするということだ。「言の葉の庭」のパッケージに収録されたインタビューで、新海誠監督はこの作品を、歩き方を探す話だと答えている。作品の世界観にかかわりノベライズをいくつも手掛けている加納新太による指摘を受けた。

 ユキノという女性教師が自分の足ではうまく歩けなくなっているのを、年下だけれど将来は靴職人になると決めている高校生のタカオが支えるという展開。タカオは歩き方を教えるわけではないけれど、彼との交流を経て自分を取り戻したユキノは学校を辞め、不倫を清算して故郷へと戻って教師としての仕事を再開する。いつか会いに行こうととタカオが言うところに2人の永遠の離別ではなく、少し離れてはいるけれどもいつか重なる可能性を持った歩みの先が見える。

 新海誠監督の作品も、「言の葉の庭」を通して改めて、しっかりと歩いていった先が重なるような物語になっていったような気がする。「君の名は。」は別々の時間を歩んでいた2人が時空を超えてすれ違って入れ替わる。それを繰り返しながらそれぞれに歩いて行きながら自分たちが抱えるモヤモヤを見つめ出口をさがす。そして訪れたカタストロフィ。途切れた一方の歩みへと乗り込んでいって道を曲げ、そこから先へとつながる道を与えた結果、数年を経て2人の歩みは重なり合って「天気の子」へとつながっていく。

 「天気の子」もまた離島で閉塞感にあえぐ少年と、東京で親を亡くして子供たち2人で流されまいと必死に生きる少女と少年が出会い、道をひとつにする物語だ。たとえ引き離されても少年の帆高は虚空へと駆け上がって少女の陽菜を地上へと引きずり戻し、大きく変わる世界をものともせずに自分たちの足で立ち、そして歩き始める。その先はまだ示されていないけれど、きっと次の作品に新しい世界、新型コロナウイルス感染症の影響で何かが変わってしまった世界の中で歩き方を探す人々を描いてくれるだろう。期待して待とう。


【6月4日】 秋葉原のサブカル情報を拾い集めて伝えてくれるアキバblogの主宰の人が脳梗塞でちょっとばかり更新が止まるとか。幸いにして頭に影響はなく手足の運動にも支障がないそうで、休めば復帰してくるだろうけれども原因が取り除けなければやっぱり再発の恐れもある訳で、アグレッシブな毎日を見せてくれるかはこれからの回復次第か。そういう自分も運動不足でお腹が出始めていて、ちょっとヤバイ感じ。食べるのを減らし動くのを増やしたいけれど、三鷹の仕事は前ほどでななく代わりにあるのは家での書きものが中心。なおかつ朝から歩き回らず昼過ぎからようやく動く体たらくでは、遠からず体が壊れてしまうかも。夏を機会に改めたいけれど、どうなるか。

 Netflixで観始めたら止まらず最後というか公開中の第6話まで一気に見てしまったウィットスタジオ制作の「GREAT PRITENDER」。いわゆる詐欺師の物語って奴で第1話では日本で外国人相手に財布を拾ったと行ってたっぷり入っている中身を見せ、そして結果としてお礼をせしめて財布はすり替え新聞紙の束入りを渡すという小っちゃい詐欺を働いたら、逆に騙されなおかつ警察に踏み込まれ、逃げ出したエダマメこと枝村真人が遠くロサンゼルスへと渡り、自分をひっかけたローラン・ティエリーを相手に勝負を挑むといったところからスタートする。

 相手はハリウッドのプロデューサーとは名ばかりでもないけれど、スティーブン・セガールの沈黙シリーズを模したような、箸で何百人も倒すようなヒーローが主人公という不思議な作品シリーズを手がけ、アカデミー賞ならぬラジー賞に何度もノミネートされているくらい。そんなプロデューサー業の一方でマフィアのボスをやっている男を相手にインチキなドラッグを売りつけるというもの。ローランが示した額は何と600万ドル。それを上回る額で売れればエダマメの勝ちといった勝負から始まってエダマメがどうして詐欺師になったかが、どうも父親が何かしでかして母親が入院する羽目となったあたりからつづられ、入った会社が拙くて前科がついてしまって混沌としているところで、だったら詐欺師になってやろうと一念発起した過去が明かされる。

 そうやって詐欺師になって一勝負、しかけようとしたものの相手はマフィアでなかなか手ごわい。でもそこは頑張るエダマメのドラッグは扱いたくないし、息子がいるボディガードは罪に問いたくないといったやさしさなんかも示された果て、とんでもない大勝負が行われてとてつもない展開が待ち受けているといった寸法にこれはヤられたと頭を垂れた。各話単体でも見どころがないわけじゃないけれど、6話まで一気に見て浮かぶ面白さ。そこでいったんのケリがつけられたエダマメの人生が、よりデカい場面へと進んでいくのかが気になるところ。早く続きが見たいなあ。

 「進撃の巨人」とかやっていて「甲鉄城のカヴァネリ」なんかもあるウィットスタジオの重厚さとはちょっと違って、トリガーとかボンズとか思わせる軽快さがあふれる画面がなかなか新鮮。貞本義行さんのキャラクター設定ではあるけれど、エヴァとかに滲む貞本さんっぽさとはちょい違った感じがしたのは総作画監督の加藤寛宗さんか浅野恭司さんの持ち味なのかどうなのか。声はエダマメの小林千晃さんが各地方言が混じった英語の日本語訳といった感じで不思議な方言の言葉をしゃべり、そしてローラン役の諏訪部順一さんが妖しい男をちゃんと演じてくれていた。

 何よりマフィアのボス役の斧アツシさんが最初は小林清志さんかと思ったくらいに枯れて渋い声を出していて、このまま次元大介を演じても大丈夫なんじゃないかと思わせてくれた。もちろん年齢もそれなりだけれどクリカンあたりと並んで遜色がなくなるから、あるいはって可能性も想像してしまう。あとはやっぱり園崎未恵さんかなあ、デキる女を演じてぴったり。そしてその仕事ぶりも。いろいろある見どころが後半もそのまま続くか、がらりと変わるか。脚本見ればわかるけれど見ないよ絶対に見ないよ。

 例の香川県の子供のゲームやネットの時間を制限するような条例が、憲法違反じゃないかと弁護士などから突っ込まれ訴えられてもいる件について、県議会議長の反論がどうにもポン酢でそんな程度の知識で導入したのかと頭がいたくなる。朝日新聞とかによれば、弁護士側が「公権力が一定の時間制約を押しつけることは、子ども及び保護者の自己決定権の侵害のおそれがある」と指摘したらしいけど、県議会ではこれに対して西川議長の見解をサイトにアップ。「『子どもに義務を課すものではなく、何らかの行為を禁止するものではない』と主張し、『自己決定権を侵害しない』と反論した」とか。

 でも、そんな議長見解では「ゲーム時間の規定についても、単なる『努力義務』」であり「目安にすぎない」「多少超過しても保護者に不利益は課さない」「保護者への制約の度合いは著しく低い」と列挙しているとか。ここで「努力目標」じゃなく「義務」と使っているのが曲者で、日本語でいう「義務」とはつまりは「従うべきとされること」であって、そうしないといけない空気が世間には満ちる。結果として子供の「自己決定権」を侵害する可能性が高い。何かのキャンペーンならまだしも条例まで制定しているんだからなお思いんだけれど、そういう意識はないんだよなあ。どうして引っ込めないんだろう。メディアが絡んでいるからなのかなあ。

 17歳10カ月20日だから屋敷伸之九段の17歳10カ月24日を4日間だけ短縮する藤井聡太七段による将棋のタイトル挑戦最年少記録。新型コロナウイルス感染症の影響がなければもしかしたらもうちょっと早まっていたかもしれないけれど、それでも31年間破られなかった記録がまたしても藤井聡太七段によって破られる。これでいったい幾つの最年少記録を突破してきたんだろう。このままヒューリック杯棋聖戦へと挑戦してタイトル奪取となって、同じ屋敷九段が持つ18歳6カ月の記録を一気に大きく塗り替えて欲しいもの。とはいえ相手は渡辺明三冠だから、容易には勝てそうもないなあ。もっともそんな渡辺三冠に5番勝負を挑むんだからこれは見物。一期一会ではない戦いぶりが始めて見られるこの機会を追いかけたい。産経新聞もネーミングライツは入れてもタイトル戦はこれで手放せなくなったかな、でも賞金は最低だし。どうなることか。


【6月3日】 4月の書き込みから被害届が出て特定へと至って容疑者逮捕といった事態に及んだ「けものフレンズ」のたつき監督に体するネットへの殺害予告書き込み。調べる手法も確立しているんだろうし、ネットの方でも書き込んだ人の情報を出すような態度を取っているんだろうけれど、他にも多々あるここまで犯罪的ではなくても、誹謗中傷といった書き込みの相手を探す時、こうまですばやく事態が動くかとなると、やや異例のような気もしないでもない。それだけ穏当さを欠く内容だったこともあるのだろう。京都アニメーションの一件もあるし。

 あの事件ももしも書き込みがあってすぐに動いていたら起こらなかったかもしれないけれど、そうした手順を誰もが踏むとは限らないだけに、これからも用心は必要ってことで。ボンズもアイデアを盗用されたと訴える人が出ることを要人して、企画とか郵送で送られても開かずに廃棄すると宣言。そしていろいろなアイデアを日々練っているから似てくるものだってあるよといったメッセージを出していたっけ。ともあれこれでとりあえず不安は晴れたたつき監督だけれど、前みたいにコミティアとかでブースに立って売り子を務めるようなことがあるかというと、イベント自体があまり開かれないこともあるだけに難しいかな。

 星雲賞を「ケムリクサ」で獲得して夏に福島で開かれる予定だった日本SF大会に来臨とかも考えたけれど、どうやらノミネート候補からは確かはずれていたっけ。でも別にあれに投票しなくちゃいけないってことではないから、是非にと思う人たちが入れて獲得し、来年3月に延期となったSF大会に来臨とかってあったら楽しいかもしれない。その頃には「へんたつ」の中でちょい示された次回作の話も出ているんだろうか。そもそも何をやるんだろうか。「けものフレンズ(クイック賄派版)」をやってくれたら超たのしーいんだけれど。本当に「けものフレンズ」の味を受け継いでいるんだよ。

 原作が徳間書店から出ているから、という理由はもはやあまり関係なくって、以前に手がけた「ハウルと動く城」と同じダイアナ・ウィン・ジョーンズによる童話が原作だからという理由で選ばれたのだろう「アーヤと魔女」の宮崎吾朗監督によるテレビアニメ化。3DCGでやるというのは宮崎吾朗監督の場合は「山賊のむすめローニャ」があるから経験は皆無じゃないけれど、場所がポリゴン・ピクチュアズではなくスタジオジブリというのが少し意外。「毛虫のボロ」で宮崎駿監督が、3DCGのアニメに挑むっていった話が以前にドキュメンタリーで放送されて、その難しさなんかを見せてくれていただけに作画でいくのをポリシーにするかと思ったけれど、そこはやはり時代ということなんだろう。

 それともジブリは元請けだけれど3DCGが得意なスタジオに出すのかな。気になる。 宮崎吾朗監督との相性については僕は「ゲド戦記」が実は大好きで、というのもアーシュラ・K・ル=グゥインの原作シリーズをそれほど熱読している訳ではなく、思い入れがあまりなかったから「シュナの旅」ライクなアニメ映画版「ゲド戦記」もすんなりと受け入れられた。ご飯を食べるシーンの丁寧さとかさすがジブリと思ったし、そこをねっちりと描いた宮崎吾朗監督の関心も気に入った。そして「コクリコ坂」では徳間康快さんライクな人物の登場なんかもあったし、全体の流れも良くてこれは良い映画だと思った。父親には描けない世界だとも。

 アニメーション会社に関する話題が豊富な日。例の所得隠しによる脱税で国税局の査察を受けたといった話があったユーフォーテーブルに関して、4億6000万円の所得隠しがあって1億4000万円の脱税額に達していたことが報道された。告発もあったからこれを受けて捜査がはいって起訴とかされて裁判の果てに有罪判決とはなるだろうけれど、それが実刑になるかどうかがこれからの関心事か。前にアニメ制作会社の脱税が発覚した時も実刑になって社長の人が収監されたから。あとは追徴課税もあるだろうからいったいいくら払ったのかが気になる。

 仕事を発注しているアニプレックスは早速、指摘に応じて追徴課税も払ったよってアナウンスを出していたけれど、いわゆる見解の相違とは違うからそのあたり、すんなり受け取られるかどうか。発注元のコンプライアンスに関する意識の違いによって外されたりするのかな。それはないかな。アニプレックス的にはとりあえず劇場版「鬼滅の刃 無限列車」を完成させて欲しいところだろう。

 それにしても隠すにあたって隠し場所とか考えていないところが無邪気というか、ある意味で計画的とはちょっと違った雰囲気というか。「同社長の自宅兼事務所にあった金庫からは現金約3億円が見つかった」なんて記事にはあって、誰もいない時に抜き足差し足忍び込み、金庫を開けて持って行く人とかいなかったのかが気になる。1000万円の束が30個はそんなに巨大ではないけれど、家庭用の禁固に入れるとびっしりとなりそう。金塊にでも変えていたんだろうか。錬金術で。それができそうなキャラクターをいっぱい登場されているアニメ会社ではあるし。


【6月2日】 洋食屋で有名な神保町のキッチン南海が6月26日でビルの建て直しに伴って閉店だとか。以前にもそういった噂が流れたことがあったけれど、その時はすぐどうなるって話ではなく経営は続いてカツカレーもちゃんと販売されていたらしい。らしいというのはその時から後にキッチン南海に行った事はなく、そして以前に行ったことも1度しかなくって本当にカツカレーがずっと売れ続けているのか、確かめてはいなかったのだった。1度行った時に食べたのはカツカレーだったはずだけれど、それも遠い昔の事であまり覚えていないのだった。どんな味だったかなあ。

 写真とか見ると黒々としてあんまりコッテリとはしてないっぽい感じ。お皿の片側に寄せられたライスの上に大きなカツがどかんと乗っていかにも洋食屋のカツカレーといった風情。食べればきっとお腹いっぱいになりそうだけれど、このニュースが出ると毎日のように行列が出来て入るのも結構大変になるんだろうなあ。なおかつ東京アラートが出て新型コロナウイルス感染症の予防のために自粛が始まったらそのまま閉店って可能性もありそう。行くならこの数日がベストだけれど昼頃に通りがかるといつもサラリーマンで行列が出来ているから無理かなあ。南海だけなら分家が下北沢にあるし、すぐにのれん分けされた店が神保町にできるから、そこかその時に行けば良いかな。ちょっと様子見。

 というか、週が明けてから一気に人手が増えたようで三鷹へと向かう地下鉄も閑散としていたのがシートに何人もかけるようになっていて、そして帰りの地下鉄も大手町あたりから隣が埋まるようになってきた。ギュウギュウ詰めにはならないけれども隣に人が立つくらいには混んで来ている。この状態が続けばまたぞろ感染の拡大なんて可能性もありそうというか、今日あたり40人近い感染者が出て来て再びの警鐘を投げかける東京アラートなるものが発動されるなんて話も出て来た。その結果また人が減るのかそれとも自粛が始まるのか。東京に限らず千葉とか埼玉とか神奈川でも同じ状況になならいと、意味がないから巻き込まれたりするのか。そういう閑散とした街が実は嫌いじゃなかったから、また戻って来てほしいかもしれないなあ。こちらも様子見。

 そもそもがあいちトリエンナーレのメインの展示ではなくいくつかある企画展のひとつで、そして内容についての異論もそこに法律に触れる部分はなく、表現の自由とも絡む問題だけに批判はできてもそれを理由に否定はできる性格のものではない。にも関わらず自分たちが嫌いなものはダメだといった頭でもって正規の手続きを踏んで開かれた展覧会を、その権能から主導することになった首長に対して、役割を超えた信念だったととらえてリコールだなんて言い出す態度のどうしようもない不可思議さを、満天下に披露してどうとも思わない人たちが存在するこの地上に、どうにも心がささくれてくる。

 ってか中部大学の武田邦彦教授と名古屋が本拠の高須克也ドクターは地元だから良いとして、作家に編集者に玄孫様がどうしてそこに名前を連ねているかがまるで分からない。というかお仲間だということは分かっているんだけれど、お仲間だからといって愛知県民にとっての首長のリコールに出張ってくる面倒くささを果たして愛知県民が受け入れるのか。あれで保守王国かというとそうでもなくて、民社党の時代から野党への支持は結構高くて総選挙でも結構な成績を収めている。東京とか大阪ほど高須克也ドクターを崇めて奉ってもいないから、あんまり盛り上がらないんじゃないかなあ。東京とかでの持ち上げられようからちょっと、勘違いしているのかも。こちらも様子見。

 没後10年ということで、いろいろと企画が動いているのかもしれないけれど、果たして上映があるかどうかとなるとちょっと分からない今敏監督作品。その中でも唯一のテレビシリーズとなった「妄想代理人」に関する文章とかコンテなんかがまとめられて1冊の本として刊行されるらしい。題して『KON’S TONE 「妄想」の産物』には「妄想代理人」の制作の記録とそして自身による解説が収録されるとか。ブログなんかでも綴られていることなんだろうけれど、それに加えて絵コンテなんかも収録されるらしいから、もうそのまま切り貼りしたらアニメになるとまで言われている緻密な今敏監督の絵コンテを見られることになりそう。できるなら第8話「明るい家族計画」を演出も含めて手がけたうつのみや理さんの絵コンテも見たいし、第10話の「マロミまどろみ」を手がけた殺竜雄さんの絵コンテも見たいけれど、そこはどうなんだろう。ちょっと高いけどこれは買い、かなあやっぱり。発売日前後にイベントで上映会があれば最高。


【6月1日】 早くに亡くなった従兄の家で「週刊少年チャンピオン」を買っていて、行くとそれを読ませてもらっていたから手塚治虫さんの「ブラック・ジャック」も吾妻ひでおさんの「ふたりと5人」も連載時から知っていて、その名前もその時に覚えたような気がする。永井豪さんももしかしたら「あばしり一家」で覚えたかもしれない。そしてジョージ秋山さん。「ゴミムシくん」から「よたろう」「花のよたろう」へと流れていく連載を読んでその作風を知った気になっていた。

 もっとも、その名を知って作品を過去へとさかのぼる中で「アシュラ」があり「銭ゲバ」がありそしてSFとしても今に残る金字塔と言えるかもしれない「ザ・ムーン」なんかがあって、ギャグと人情だけじゃなく、世の中をシニカルに辛らつに描ける漫画家だったんだなあといった思いを抱いた。SFとしても今に残る金字塔と言えるかもしれない「ザ・ムーン」なんかがあって、世の中をシニカルに辛らつに描ける漫画家だったんだなあといった思いを抱いた。

 でもたぶん、世間のジョージ秋山さんへの印象は「浮浪雲」からになっていそう。今となっては最長の連載作でジョージ秋山さんの代表作にもなっている作品で、渡哲也さん主演でテレビドラマにもなったっけ。のほほんと暮らす元武士の雲を主人公とした人情味にあふれるお話を中心に、実はすごい剣の腕を持っていたりする秘密なんかも描かれていて、終われる日々の生活に夢を見たい大人を憧れさせた。そんな「浮浪雲」を30歳の頃から描いていたんだと、振り返ってみてやっぱりすごい漫画家だったんだと再認識。でも「ザ・ムーン」のような作品ももっと読んでみたかった。鬼頭莫宏さん「ぼくらの」の元にもなった作品だったわけだし。

 そんなジョージ秋山さんが死去。1カ月以上も前の4月12日に亡くなっていながら今まで明かされなかったのは、新型コロナウイルス感染症の影響で葬儀などを大々的に開くのもはばかられたからなのかな。近親者のみで営まれてそして発表。77歳はやっぱり若いというか、ここから逆算して「浮浪雲」とか「ピンクのカーテン」とか「恋子の毎日」ですら相当に若くして描かれていたものだったことが分かった。天才だったのかもしれない。

 「アシュラ」はそういえば東映アニメーションが何を意図したのか突然にアニメーション映画にして驚かせてくれたっけ。先だって会長を退いた森下孝三さんが確か副社長くらいで絵コンテを手掛けていたっけ。フルCGアニメーションという触れ込みではあったけれど、絵柄が絵柄だけに2Dのセルルック云々といった肌触りすら吹っ飛ばすインパクトでもって目に迫ってきたような記憶がある。作画制作協力でプロダクションI.Gも関わっているらしいけど、試写で見てから劇場で見た記憶がない。改めて公開してくれれば行くかな、どうしようかな。ともあれ、ご冥福をお祈りします。

 打ち上げられたクルードラゴンがISS国際宇宙ステーションにドッキングされるまでは見ていたけれど、そこからハッチを開けるまでの準備が長くかかったせいでだんだんと目が閉じてしまって、ハッチが開いて宇宙飛行士が出て来てISSの人たちと出会う場面は見られず残念。まあでも初の民間宇宙ロケットが無事にISSまでたどり着いたことは確認できたから、あとは宇宙飛行士たちがISSを離れて大気圏に突入して、無事に地上へと帰還する場面を見たいもの。ここでよぎるのはスペースシャトル「コロンビア号」の悲劇だけれど、モビルスーツだって大気圏突入シートなりバブルなりを周囲にめぐらせ大気圏突入を果たすんだから宇宙船なら大丈夫、ってアニメと現実がごっちゃになってる。

 Netflixの方で「乙女ゲームの破滅フラグしかない悪役令嬢に転生してしまった…」の第9話「パジャマパーティで盛り上がってしまった」を見る。今回はカタリナ・クラエスについているメイドのアン・シェリーの目から見たカタリナの奔放だけれど優しい姿が描かれると同時に、いろいろな男性から思われているにもかかわらずまるで気付いていない鈍感ぶりも暴かれるといった感じ。自身はシェリー男爵の令嬢ながらも母親がメイドだった上にその母が火事でなくなり、自身も腕に火傷を負ったことから父親に疎まれ追い出され、クラエス公爵家のメイドになってカタリナにつく。

 当初は中身そのままの我が儘お嬢様だったのが前世の記憶が甦った後はまるで意味不明に。それでも何を言われても絶えることでしのいでいたアンの固まってしまった心をほぐし、自分を出すことを厭わなくさせたあたりに王族であろうと貴族であろうと女性であろうととろかせて来たカタリナの本領めいたものが伺える。そんな王族ではジオルドの絶対に離すまいとする思いを気付かず婚約解消しようとするは、弟のアランの誘いにものらず弟のキースの勘定にも気付かず、当人たちをヤキモキとさせる。

 傍目のアンからは丸わかりのそうした男性陣の思いをどうして当人だけが気付かない? それはやっぱり破滅フラグの相手と警戒しているからなんだろうなあ。女性陣もメアリは本気でカタリナと暮らしたいと思っているしソフィアは前世も前世だけにいっしょにオタクをしようと虎視眈々。マリアもいっしょにお菓子を作って食べてくれる相手として好意を寄せている感じ。そんな男性陣女性陣に囲まれているカタリナに破滅フラグなんて訪れるのかというとそれは来週以降の展開で。ゲームのルートが別から開きそして隠しルートも開いていった果てにカタリナの運命は? ってそれは分かっているけれど、そうした困難でもあっさり乗りこえていくカタリナの強さを改めて感じるには必要なエピソード。見極めようその素晴らしさを。


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