縮刷版2020年3月下旬号


【3月31日】 ロックダウンが行われるって噂が流れたこともあって、耳目が集まった3月30日夜の小池百合子東京都知事による会見は、何か目新しい事態があったといったものではなかったけれど、志村けんさんの新型コロナウイルス感染症による死去といったニュースもあって、その感染経路とも噂されている夜の飲食を伴う接待業なんかでのクラスター発生なんかを念頭に、そうした場所への立ち入りなんかに注意しましょうと呼びかけるものだった。

 ニュアンスとしてはもうちょっとキツめにお客さんによる利用の自粛、店舗による営業自粛めいてはいたけれど、命令ではなくってそれで店が休んでも一銭にもならない厳しさがあって、果たして守られるのかが気になるところ。気にするものかと営業を続け、通い続けた挙げ句にさらに感染が拡大しようものなら将来にわたって営業できなくなる可能性もあるとなれば、さすがに自粛するだろうか。風営法とか絡めば警察なんかに影響力を行使させればコントロールはできる訳だし。果たして夜の歌舞伎町、どんな光景になっているんだろうなあ、見てみたいけどさすがに行かない、年寄りなんで。

 とはいえ、最新の感染者では7割が40代より下だったりして、病気そのものはジワジワと輪を広げている感じ。問題はそうした若い世代は発症しても軽く済んでしまう一方で年寄り世代は発症すれば重くなるといった差があって、若い人が罹っても気にせず広めることで死亡者では年寄り世代が多くなってしまうこと。自分がいくら気をつけたって街に溢れる若い人たちを避ける訳にはいかないかならあ。だったら出ないでおくしかないけれど、それもメンタルに厳しい話だし。

 とはいえアメリカでは25才の若者が新型コロナウイルスで亡くなり、ベルギーでは12才の女の子も亡くなったとか。若いから重くならないとは言えなくなったこの病気。日本でも果たしてそうした世代から亡くなる人が出てくるか、ってあたりでさらに一段の転換を迎えそう。感染が明らかになった赤レンジャー(違う)の方、17才だけど無事でいて。そして宮藤官九郎さんも。まだ49才はお年寄り世代ではないわけで、それで重症化なんてされたら困ってしまう。腎盂炎の既往症があるだけにそこは健康体な若者とは違ってちょっと心配。「いだてん」が前振りとなった東京オリンピックが先に伸びた今、がんばって「いだてん2」を作ってぶつけて欲しいのだ。

 オリンピックといえば当たったチケットが1年伸びたけどよろしくね、行けなくなったら払い戻すからって案内がきていて、とりあえず権利は保持される模様。問題は東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会の高橋治之理事に9億円近いお金が組織院回から支払われていたことがフランスの捜査当局によって判明したと、ロイターが報じていたりすること。もちろん高橋理事がそれで私服を肥やしたのではなく、そこから招致に影響力を持った人のところに回ったってことなんだろうけれど、正規ではないルートからお金が回って票集めに一役買ったといったこと事態が、やっぱり何かに抵触しているってことっぽい。

 摘発されれば浮かぶ印象はダークネス。結果として開催権が剥奪なんてことになったら1年後でも開けなくなる。USAトゥデイは新型コロナウイルス感染症がこれから猖獗を極め、いつ終わるともしれない戦いが始まっているにもかかわらず、1年後の開催を発表すること時代が「無神経の極みだ」って書いている。そうした論調が世界規模で広まれば、それこそK−1を開いた団体だとか、営業を続けるナイトクラブなんかに対する日本人の目と同じネガティブな視線が、何万倍にもなって世界中から日本に注がれることになる。それを避けられるか。耐えても強行するのか。向こう半年くらいの情勢がやっぱり重要になって来る。

 霜月美佳の顔芸が面白くってAmazonPrimeVideoで配信されている劇場版「PSYCHO−PASS サイコパス3 FIRST INSPECTOR」の第3パートの終わりの方を繰り返し見てしまったけれど、それだともったいないので改めて第1パートから順に見ていって、劇場では展開に流されて把握しきれなかったストーリーラインを確認。個々のキャラクターたちのスキルなんかが時々に発揮されるよう、うまく配置を考えているなあと関心する。地下にいる小宮カリナ東京都知事の元秘書を助けに行く役回りを、エレベーターシャフトを身ひとつで降りていけるパルクールの才能を持った慎導灼にして、そこから梓澤廣一との対決に単身で乗り込ませる展開とか、やっぱり考えられている。

 入江一途と如月真緒をああいった場所に動かしておいて、だからこそ活躍できる場面を与えてみたりとか、海外の映画を見ているように展開と配置がうまくいっている。テレビシリーズの方でそこへと至るルートもちゃんと作ってあったから、決して唐突じゃないところも良い。冲方丁さんと深見真さんが練りに錬って作り上げたシナリオなんだろうなあ。そして結果としてたどりついた新しいフェイズから、どんな物語が始まるのかってところで、また考えなくちゃいけないシナリオの人たちは大変そう。あるいは塩谷直義監督とか。今度はテレビになるのか映画でいくのか。いつになるかも分からないけど待とう命ある限り。


【3月30日】 「ドロヘドロ」観終わる。長い漫画版のまだまだ触りの部分らしくここで終わっては話がまとまらず先も見えない状況なだけに、続きがあって欲しいけれども最後までアニメ化できるような人気を獲得しているかがちょっと分からない。Netflixでの配信が世界にどこまで届いていて、そして続編の要望があるかに関わってきそう。とにかく奥深いビジュアルを3DCGとそして手描きによって作り上げた意欲作。キャラクターの3DCGに手描きの味なんかを加え汚しもしっかりとした実在感のある背景の上で動かしたことが勝利を招いた。なおかつ話も面白く、声優さん達もぴったり。それだけに続いて欲しいけれど……。期待して待とう。

 「ID・INVADED」観終わる。飛鳥井木記さんという人が夢を垂れ流す体質で、それに巻き込まれて世界が開いてしまったけれどもどうにかとめて回復、そしてイドに潜って殺人犯を捜す仕事が再開されたといったところか。もともとああいったイドを経由しての犯人捜しは飛鳥井木記の能力をより所にしたものなのかな。なおかつハザードもあるからずっと眠らされている状況にあったと。それは可哀想だけれど、自身が死よりもそちらを望んだのだから今は仕方がない。本堂町小春がすっかり陽気な名探偵になって活躍しそうなだけにこちらもスピンオフの小春ちゃんメインな話が見たいかも。

 ロック・ハドソンの死によって、HIVという病気が性的マイノリティの間にひっそりと流行している病気という段階から、世界の人々を相手に大きく流行し始めている病気だという段階へと認識が切り替わった。そしてクイーンのボーカリストだったフレディ・マーキュリーがHIVによって亡くなり、プロバスケットボール界のスーパースターだったマジック・ジョンソンの罹患によってさらに強く印象づけられることになった。マジック・ジョンソン自身がいわゆる性的マイノリティのコミュニティでの罹患ではなかったことが、誰にだって罹り得る病気だという認識を新たにさせ、そして血友病患者に投与された血液製剤を介した感染が、事態の深刻さといったものをより強く印象づけた。

 誰もが知る人が時時の流行病で亡くなることで、一気に認知が広まり危機感も増大するといった前例が、こうしたところにもあっただけに新型コロナウイルス感染症でコメディアンの志村けんさんが亡くなった事態もまた、一般の人に対して危機感といったものを大きく抱かせそう。海外に旅行に行ったわけでもなく普通に日本で暮らしていた志村さんがどこでどのように感染したのか、ってところが明確にされておらず、クラスター化しているかどうか分からないのが難で、プライバシーに関わることだから詳細はおくとしても、おそらくはそうだと言われている飲食等の場での濃厚接触が原因なら、ほかにも感染している人はいそうだし、感染させている可能性もありそう。

 そうした追跡をパパラッチ的な関心からメディアがスクラム的に行うのではなく、保健所なり行政が、しっかりと行い経路を把握した上で、原因となり得るそうした機会をしっかりと指摘して同じ様な経路での感染を防ぐよう、呼びかけをしないといけない気がする。また、ロック・ハドソンやマジック・ジョンソンのHIV罹患のように志村けんさんの新型コロナウイルス感染症による死去がどういった引き締めをもたらすかも、考えてみる必要がありそう。そうした検証の一方で、志村けんさんという希代の、そして不世出のコメディアンが与えてくれた笑いについても、今一度振り返ってその偉大さを噛みしめたい。

 荒井注さんが抜けたドリフターズで、見習いだった志村けんさんが昇格を果たしてメンバー入りしたあたりから「八時だよ!全員集合」を見ていたからまだ若くて滑り気味の志村けんさんも知っているけれど、トップだった加藤茶さんを抜くようにして数々の笑いをドリフのステージの上にもたらし、一気に中心的な存在へとなっていった。その転機は何だったんだろう。東村山音頭だろうか、カラスの勝手でしょうだったか、髭ダンスだったか早口言葉だったか。ともあれそれらの「ドリフ」といって真っ先にあがってくる笑いの数々を立ち上げた人ってだけで、凄さが伝わってくる。

 仲本工事さんの体操も、加藤茶さんのタブーも荒井注さんの「ディスイズアペン」「なんだバカヤロー」もそこには挙がってこないから。そして、人気絶頂のグループに後から加わり色を塗り替えたその凄さを、40年以上も保ち続けた凄まじさ。タモリもビートたけしも明石家さんまのダウンタウンもナインティナインもかなわないその息の長さ。上回っているのは萩本欽一さんくらいかなあ。それくらいの笑いの中心が欠けてしまったこの状況、欠けさせてしまったこの事態を10年後に振り返った時、そんなこともあったなあと思って懐かしめるような世界が来ていれば良いけれど。ともあれ合掌。ありがとうございました。


【3月29日】 28日に行われた安倍晋三内閣総理大臣による会見という名の自己主張では、ジャーナリストの江川紹子さんがたぶん初めてくらいに当てられて質問をしていた。以前の総理会見で手を上げながらもあてられず物議を醸したことを反省し、当てたと思いたい一方でここで当てておけば良いわけも立つと判断し、あとは元通りになってしまう可能性もあるだけに今後の注意が必要。いつであっても質問は質問な訳だから。そんな江川さんは、新型コロナウイルス感染症の蔓延を予防するため、イベントなんかを自粛するよう言っているけれど、それについて助成や保障の話がないと突っ込んでいた。

 「自粛の要請はあってもお金の話がないから、K−1のように強行されるイベントもあった。要請するなら補償について方針は示せないのか? 要請に応えたら補償しないのか?」と江川さん。答えて安倍総理は「要請段階から検討はしてきた。自粛に答えマイナスになったところもある。文化スポーツは重要で火が消えて復活は大変だ。ただ損失を補填する形で税金で補償することは難しい。そうではない補償の仕方はないかを考えている」と答えていた。つまりは出す気はないってこと。海外なんかだとそこを補填することで世間に安心感を与えているだけに、対応に差が見える。

 税金だからというけれど、エンターテインメント業界だってスポーツ界だって税金は納めている訳で、それで補填されることにどうして問題が生じるのか、そこはちょっと考えなくちゃいけない。あと「キャッシュフローが大変な方々の支援に無利子無担保融資も有る、借りても大変だというから給付を考える」と言うけれど、それだってエンターテインメント業界に届くのか。騒動が一段落した後で、旅行や外食、輸送といった業界に対してお客さんが増えるような支援を行うというなら、エンターテインメント業界の振興を図るため、観劇券とかスポーツ鑑賞券とかを配るべきなんじゃないのかなあ。「Perfume券」とかあったらちょっと嬉しいかも。

 今日も今日とて外出自粛なんか受けなくたって出かける気力もない週末。それでも本くらい読まないといけないと、方波見咲さんによる「超高度かわいい諜報戦 〜とっても奥手な黒姫さん〜」(MF文庫J)なんかを読む。女子高生だけど秘密諜報機関を率いる橘黒姫さんが学校でひとりの男子に惚れちゃった。名を凡田純一という冴えない彼を知りたいと部下を使い監視するけど感づかれるようなアプローチはできず悶々とする。

 一方で凡田純一の方では、どうやら周囲から監視されていることに勘づく。プロ中のプロたちの監視に彼がどうして勘づいたかがひとつの鍵というかポイント。そして巨大で複雑な組織の常で、トップの意思が届かない末端から予想を反したアクションが発生する。凡田純一に積極的にアプローチする長身でナイスバディの女子がひとり。でもぎこちない。どうして? その事情は知らず凡田純一と女子が仲良くしている姿を見て黒姫さんは悶々とする。「超高度かわいい諜報戦 〜とっても奥手な黒姫さん〜」に描かれるのはそんな複雑な三角関係だ。

 プロ中のプロだけれど平凡な男子に恋をしたと思っている黒姫さんと、こちらもプロの殺し屋ながら平凡な男子と友だちになれと命令を受けて必死になる芹沢明希星。そんな2人の黒姫さんからはとてつもなく遠巻きに監視され、明希星からは積極的すぎるアプローチを受けて戸惑うかというと、凡田純一は違うことを考える。それはどうしてか。凡田純一とは何者か? 橘黒姫が追う「飛鷹」なる工作員の探索とも絡んで内心でも葛藤が渦巻きながらも、表ではそれぞれが相手の事情を知らずラブコメを演じるギャップが面白い。妹なる要素も加わってさらに荒れそうな続刊が楽しみ。凡田と黒姫は近づける?

 リアルサウンドブックで朱戸アオさんの「リウーを待ちながら」を紹介したことが、少しは影響したのか、ネットなんかで作品の認知度が急激に上がっているような気がする。このとろの新型コロナウイルス感染症をめぐる情勢の中、都市封鎖(ロックダウン)なんかも取り沙汰されていることもあってか、そうしたことが作中に描かれている「リウーを待ちながら」を手に取る人が増えたみたい。同時に、プロトタイプとして描かれ、こちらは富士山麓ではなく湾岸を舞台に感染症にともなうロックダウンが描かれた「Final Phase」も読まれている感じ。

 ネットで全話が公開されていて、読んだらなるほど感染症が広まり、封鎖が行われる中で感染者が増え、なくなる悲劇が繰り広げられている。どちらも目の前の悲劇にいかんともしがたい無力感を味わわされるだけに、今のこのネガティブな心境を増幅させかねないところもあて、扱いには慎重さが必要だけれど、そこに描かれた感染爆発の原因をまずは理解し、そうはさせないための努力をするために学んでおくべき知識も描かれて居る。そして離別の苦しみを乗り越えて来た世界で、希望をあらためて灯しつつ差別なり風評といったものを抑えて生きていく必要性もしっかり学べる。苦いけど前を向く力を得るために、読んで欲しいかもしれない、とくに政府関係者に。読んでないだろうけれど。

 「幽遊白書」で浦飯幽介なんかを演じ、「この世界の片隅に」では叔父さんを演じている声優の佐々木望さんがあの東京大学法学部を卒業したという報が流れて仰天するやら感嘆するやら。決して暇ではない身だろうし、勉学にだって浸れる環境でもなかっただろうに勉強してセンター試験から東大法学部に入学を果たし、そしてしっかり通って卒業までしたその努力たるや、考えるだけに凄まじいものがある。リストラからこっち、沈んで日々をただ稼ぐことしか考えられない身にグサッと突き刺さるその行動力。東大に合格することを思えばTOEICで良い点を取るとか、何かひとつ資格を取ることくらいたやすそうだけれど、それすら踏み切れない我が身をここに恥じる。とはいえ動き出す力がまだ出ない。生きるか死ぬかの瀬戸際に追い込まれないといけないのかなあ。それも辛いなあ。頑張ろう少しは。いやもうちょっと沢山。


【3月28日】 そしてコミックマーケットの休止が発表されゴールデンウィークまで大型イベントの自粛は続くことが見えてきた。東京都の感染者数が1日で60人を超えて、40人台ののって小池百合子都知事があわてて緊急事態であることを訴え週末の外出自粛を求めた直後で、この数字ってことは過去の2週間において相当に感染が広がっている可能性を感じさせる。それだけに春分の日を加えた3連休に早々と自粛を出しておかなかったことが、後々で悔やまれる状況を生み出すかもしれない。

 そうした予測の延長線上で、4月に事態が猖獗を極める中で大型過ぎるイベントなんてやはり開催が難しくなるだろうっていう予測も働いたのかもしれない。収まりかけているのかそれとも広がる一方なのか。いずれにしても微妙な状況にならざるを得ない今年の大型連休は、令和入りを挟んでの祝福ムードで迎えた10連休とはうってかわって地獄のような雰囲気になりそう。まあこちらはリストラに推されて放り出されて先行きも見えない中、悶々と過ごした大型連休だったから状況的には変わらないけれど。深刻さはちょとtだけ増したかな。困ったなあ。

 コミックマーケットについては過去、幕張メッセでの開催が急遽できなくなって急いで代替地を探して晴海に戻ったことがあったけど、その時だって延期にはせずにちゃんと開催した。過去にだから中止という状況は1度としてなかった訳で、それだけ歴史的に大変な事態だとも言えそう。黒バス事件で場内の一角がぽっかり開いてしまった寂しさが、今度は全館で起こるというのは何ともやりきれない。とはいえ事態が事態なだけに仕方がないとも言えそう。カタログの印刷は始まっているそうで、販売するので買えば開かれなかった幻のコミケの出展できなかったサークルたちという一覧を、そこに見て何か考えることができるかもしれない。買うか1冊。

 自粛要請を受けてどこにも出かけず部屋から出もしないまま、午後時過ぎまで布団でごろごろ。外にも出ないで買い置きのカップラーメンとあんパンをかじって夕食にしつつ、身心の起動も兼ねて安倍晋三総理大臣の記者会見をネットで聞きながら売っていく。まずは安倍総理から発言。新型コロナウイル死感染症が世界で猛威をふるっている。感染者は50万人はこえた。わずか2日で10万人増加し爆発的ペース。連日数百人規模で死者が増えて、十分な医療を提供できていない事態も発生している。これは対岸の火事ではない。日本でも短期間のうち同じようになているかもしれない。最大限の警戒をもってくれって話が出る。

 続けて、我が国では現場の責任者らの努力によってクラスターの発生をコントロールしなんとか持ちこたえていた。しかし足下では感染経路の分からない患者が東京や大阪、都市部を中心に増加している。どれくらいの規模の感染者がいるか知る事が出来きない。今後、制御できない感染がひろがれば爆発的感染が起こる。オーバーシュートだといった認識が示される。現時点で欧米に比べ感染者の総数が少ないと考える人がいるかもしれないが、今のは2週間前の新規感染の状況をとらえたもの。今まさに爆破的感染が発生していたとしてもすぐには察知できない。週間後に数字となって現れると制御できないものになっている。それが恐ろしいこと。不屈の覚悟で戦い抜かねばならないとも。確かに。だからコミケも中止せざるを得なかった。

 さらに安倍総理。政府も不安を解消できるよう治療薬やワクチン開発を叡智結集して行うとのこと。6つの薬を治験しアビガンは数十例で投与が行われている。症状改善が出ているという報告が出ている。アビガンの臨床研究を拡大するとともに増産をスタートしたと。これは朗報か。エボラのワクチンは日米が中心となった共同治験がスタート。5つめの有力候補としてフサンの観察研究をスタートする予定とも。治療薬やワクチンの開発、大学や民間企業でも行われており政府が後押しすることで可能性を追求する。日本は持ち前のイノベーションの力で規模の火をともす存在でありたいとのこと。何か自慢話だねえ。

 聞きたいのはむしろこの後。厳しい状況に陥っている経済情勢にも思い切った手を打っていく。来年度予算で社会保障や教育の無償化などを執行できる。緊急経済対策の策定を支持すると安倍総理。活動自粛で日本経済に極めて甚大な影響が生じている。バス予約は9割減で航空業界も営業利益が1年分も減った。音楽業界では売り上げがゼロどころかマイナス。中小規模事業者から死活問題。政府としては窮状を下支えし、雇用を守り抜き、人々の心を癒す芸術や文化、スポーツの力が必要。文化の灯は絶やしてはいけないが、まずは難局を乗り切るとのこと。とはいえ手元のお金がなければ生きられないから何とかして欲しいんだけれど。

 それについては、実質無利子無担保の資金繰り支援策を講じたし、無利子融資を民間金融機関でも受けられるようにしたと。そして、融資だけでなく困難を乗りこえていくための給付金制度を用意するとも。仕事が減り収入が減少し生活に困難が出ているから、これまでの施策にくわえ給付を実施すると言っていた。この点は質疑応答で、厳しい状況に置かれている方々、日々の資金繰り、キャッシュがないかた、中小事業者やフリーランス、個人事業主の生活維持のため現金給付を行いたいと話していた。対象はどれくらいで規模はどれくらいかは曖昧だけれど、まあ有り難い。あとはいつかだな。

 オリンピック・パラリンピックは延期し遅くとも来年夏までに開催することとする、というのは既に出ている話。「聖火は人類の希望の象徴として我が国でその火を灯し続け来たるべき日に送り出す。長く暗いトンネルを出口に導く灯である。人類が困難に勝った象徴として来年のオリンピック・パラリンピックを実施する」って何か格好いいこと言っているけど、本当に来年夏に開けるか、ってあたりでは、「いつ終わるか、現時点で答えられる首脳はいない。オリパラ開催のためには日本だけがそうなっていればいいことではない。世界がそうなる必要があるので治療薬とワクチンの開発に全力をあげる。それらが出てくることで収束に向かい目処を立たせる」とのこと。それが出来なければ中止もあり得るか。長い戦いになりそうだ。


【3月27日】 なぜ新海誠監督の「天気の子」がアカデミー賞にノミネートされなかったのか、といった状況に対して増田弘道さんがネットに発表した文章に、「あれっ? と思ったのは、期待度の高かった『天気の子』ではなく、ノーマークの「失くした体」がノミネートされたこと」とあってちょっと驚いた。世界のアニメ状況を知る増田弘道さんらしからぬ書き方で、カンヌとアヌシーで賞を獲得した「失くした体」がノーマークなはずはないと分かっているんだろうけれど、そこは日本人一般の感覚を代弁してのことだろう。そうした立脚点を示すことで日本の”異質さ”というものを改めてしめそうとしたのかも。

 それは「アニメーションも実写映画と同じく現実社会を反映する表現手段になってきたということは、その存在が一般化してきたということなのである」という一文から感じられる。これってそう、「この世界の(さらにいくつもの)片隅に」の片渕須直監督がいろいろな場所で指摘してきたことで、最近も朝日新聞の人から受けたインタビューでぶっちゃけていてちょっとした騒動になった。そうしたテーマ性に公開規模、というか『失くした体』は規模はそれほどではなくてもNetflixの協力な推しがあってアカデミー賞を選ぶ人たちの耳目に届いたって感じがする。

 それに追いつくにはいろいろ必要。増田さんは「問題なのは認知度の獲得である。どのようにアカデミー会員にアピールするのか。ベストは北米での拡大興業である(公開時3000〜4000館)。これが実現すれば、映画を生業とする会員の耳目に否が応でも触れざるを得ない」と書く。あとは娯楽性をより高めてディズニー/ピクサーに迫ることだけれど、どっちもなかなか追いつけそうもない。それならやっぱり日本の異質性を飛び抜けたところまで持っていく? 大変だけれど日本ならやれそう。湯浅政明監督だっているし新海誠監督だって次も次も作ってくれるだろうし。

 「失くした体」に関して増田さんは「『失くした体』に垣間見られるのは、今敏監督の影響である。彼のリアリスティックな映像表現や鮮やかなカッティングの影響を受けた作家は実に多く、世界中の至る所で散見される」と書いて、その飛び抜けぶりを紹介している。存命ならきっと今ごろアカデミー賞にだってカンヌ映画祭にだってノミネートされては受賞を果たすアニメーション監督になったに違いなさそう。それがかなわなかったからこその今だけれど、その後を継ぐクリエイターはきっと出てくる。あるいは出ている。そう期待して見ていくしかない。とりあえず細田守監督の次回作品が早いかなあ。片渕須直監督の次回作はいつごろ出てくるんだろうあな。

 明日では映画館が閉まってしまうので、新型コロナウイルスの感染予防と、あと全体の予算もあって行く回数を減らしている仕事を休んでTOHOシネマズ上野まで出向いて「PSYCHO−PASS サイコパス 3 FIRST INSPECTOR」を観る。何か「PSYCHO−PASS サイコパス4」がありそう。まだ始まったばかりなのでストーリーについては語らないけれど、とりあえず語るなら、テレビシリーズ「PSYCHO−PASS サイコパス3」の第8話「Cubism」で、元厚生省公安局刑事課一係の執行官だったものが、色相が改善して潜在犯ではなくなり、外に出てジャーナリストになった六合塚弥生が事故に遭ってさてどうなるとハラハラされた場面のそのまま続きからスタートする。

 そこまでに至るプロローグ的な説明は一切なかったから、ちゃんとテレビシリーズを見ていかないと何が起こっているかさっぱり分からない。テレビでその事故を仕組んだのが、何やらシビュラシステムをかいくぐって社会や政治や経済を相手に賭け事をしているビフロストなる組織のコングレスマンと呼ばれる3人の人物達の配下にあって、支持を受けていろいろと工作をするファースト・インスペクターの梓澤廣一だということは明らかにされているからここでは指摘。その梓澤が六合塚弥生をなぜ襲ったかは、次へと進んでいく展開が示している。それは……。

 映画のトレーラーもあるし、そしてAmazonPrimeVideoで3部に分けた配信も始まっているから、映画館に行けない人はそれと見てもらえば良いし、映画館で観たい人はトレーラーも見ずに我慢して展開にワクワクして欲しいからここでは言わない。ただ、割ととんでもない展開になっていって、結果としてビフロストが何のために作られたか、コングレスマンとは何をする人たちか、そのひとりで法斑静火という人物の目的は何かも示される。ああそうだったのかと納得の展開。そして捕らえられていた常守朱は……ってこれも本編をお楽しみに。

 ここで言うならだから「PSYCHO−PASS サイコパス4」があるんじゃないかということ。ないと僕たち困っちゃう。あったらProduction I.Gが困ってしまうかもしれない。ファンとしての僕はある方を応援したいけど、お世話になっている場所でもあるし……。迷うところであります。トレーラーは上手い作りで見てもどこで何が起こっているかはよく分からないようになっているから、まあ見ても安心かもしれない。

 梓澤廣一が目先の敵で、小畑千代も絡んで来ていて、そして元刑事課一係で今は外務省行動課の狡噛慎也、宜野座宣元、須郷徹平に外務省行動課を率いる花城フレデリカも登場します戦います。狡噛慎也はやっぱり強い。劇場版で傭兵の親玉とタイマン張っただけのことはある。あと注目は我らが刑事課課長、霜月美佳のお顔かあ。テレビシリーズでもペッツだから口に叩き込んでいたけれど、今回は活躍もした果てにすばらしい表情を見せてくれます。お楽しみに。


【3月26日】 そして小池百合子東京都知事の会見から1夜明けて千葉県と埼玉県と神奈川県から東京都への流入なり、東京都からそうした他県への移動なりを自粛するように要請が出てリアル「翔んで埼玉」な状況が図らずとも実現してしまった。これで例えば東京と千葉だったら江戸川の橋上にバリケードが作られ列車すら往来できないようになれば凄まじいけれど、そうした移動まで止めてしまう強制的かつ強権的なロックダウンは行われないのはさすがに日本。行き来しようとしても検問で止められ入れてもらえない国とはまだ違う。

 あとはフランスのように勝手に出歩いて警察に見つかれば罰金となるような事態も今は避けられている感じ。とはいえこのまま東京での感染者が爆発的に増えていって、発病して入院して集中治療室がいっぱいになって亡くなる人も増えていくようなら、本格的なロックダウンも行われるかもしれない。そうなったらいったい社会は、そして経済はどうなってしまうのか。予想もつかないけれどパリだてロンドンだってニューヨークだって、そうした事態は過去に経験していなかっただろうから、日本だけが避けられるといった楽観はしない方が良いかもしれない。そうなったら家でずっと引きこもっているしかないのかなあ。暑さは耐えられないけれど、寒さはしのげるから6月くらいまでは耐えるか、それか実家に引きこもるか。

 しかし週末の28日と29日はついに映画館も首都圏で閉館となる模様。劇場だとか美術館なんかが続々と休館になる中で、映画館は叫んだりしないし換気も行き届いているから安心な場所として興業を続けて来た。でも外出の自粛が言われ移動をしないよう求められる中、映画館が開いたところでお客さんが来てくれるとは限らないし、来てくれたお客さんが途中で感染してしまっては意味がない。そういう点からここは協力して休館するのが良いって判断があったのかもしれない。おかげで「Fate/Stay Night」のシリーズ3部作最終章の公開が4月末に延期となってしまったけど。でも今公開してもお客さん来ないならそれが正解かなあ、ゴールデンウィーク公開予定の映画も続々後ズレしているなら、そこにぶっ込めばいいわけだし。

 そうした中で割を食いそうなのが「PSYCHO−PASS サイコパス 3 FIRST INSPECTOR」か。公開が金曜日な上に2週間限定の映画で初の週末となる28日と29日に上映できないと、収入面で受けるダメージはとてつもないものになりそう。いくらネットで配信するからといって、ペイ・パー・ビューじゃないから観られてもお金は入ってこない。そして映画館で観られずそっちで観てしまった人が映画館に足を運ばなくなる可能性だってある。一種のイベント性でもって最初にかっぱくスタイルの映画な気もするだけに、出鼻をくじかれるのは相当に痛い。ただでさえテレビシリーズの延長で来客も限られるうのに……。ついてないなあ。

 リアルサウンドブックで週に1本くらい本に関するレビューなんかを出し始めているけれど、それとは別に今の事態をとらえている漫画があるんだよってことを伝えたくて、大昔に書いた朱戸アオさん「リウーを待ちながら」の感想文を引っ張り出しつつ、現在の状況に合わせて描き直して出稿したら採用されて掲載された。富士山の麓にある街で海外から持ちこまれた肺ペストが流行し始めるといった導入から、一時はそれをどうにか抑えきったと思ったものの、抗生物質による変異で薬が効かない肺ペストが新たに流行し始めて、耐えられず大勢が亡くなっていくというパンデミックの物語。まさに今の新型コロナウイルス感染症による世界的な大流行を描いた作品といえて、どうやって予防するか、あるいはどういった感じに医療崩壊が起こるかってあたりをしっかり抑えている。そして都市がまるっと閉鎖されるロックダウンの大変さも。

 それは感染予防のために仕方がないことかもしれないけれど、そうしたことを行った結果として分断が起こり差別が起こって禍根を残す。これは新型コロナウイルス感染症でも起こっていたりすることで、前に呼んだ時は「リウーを待ちながら」に描かれたような差別を他山の石としたいと主張していたけれど、今のこのご時世ではやっぱり受け入れられなかった。でもまだ間に合うから今からでも呼んで他山の石として欲しい。もうひとつ、以前は大勢が亡くなっていく状況に人が慣れてしまって、そうした中にささやかな嬉しさを見つけることしかできない諦観を感じたけれど、現在進行形で早くも諦観してはやっぱりいけない。そこはだから以前の感想文から割愛し、今を頑張って欲しいと訴えた。でもいつか来るかも知れない事態をどう受け入れるか。それも考えておく必要があるかもしれない。来週は明るいか、それとも。


【3月25日】 そして東京オリンピック・パラリンピックは開催が延期に。安倍晋三内閣総理大臣が決断してIOCに要請したみたいなことになっているけれど、事前にIOCの古参理事とかが延期は決定事項だと話していたし、アメリカのオリンピック・パラリンピック委員会が選手達の声として開催延期を求めていたこともあって、そうした声を受けたIOCが安倍総理に延期するよう求めたのを、ようやく引き受けたってことになるんじゃなかろーか。日本ではイニシアティブを発揮したような言動を見せるけど、海外からは本当のことが伝わってくる。

 そんな構造を世間は知り尽くしているのに、取り繕うのを止められないところに困ったお人柄が表れている。そういう見栄が森友での文書改竄なんかも引き起こしたというのに。やれやれだ。やれやれといえば麻生太郎財務大臣も新型コロナウイルス感染症の拡大で経済がダウンしている状況で、現金を配れといった声がふくらむのを受けて現金じゃあ貯蓄に回る、商品券だと言い出して顰蹙を買っている。銀行にはまだまだ貯蓄があるから平気だなんて言うけれど、それはいったい誰の話だ。自粛で仕事がなくなったイベント関係者だとか演奏がなくなったミュージシャンだとか上演がなくなった演劇関係者といった人たちが、明日払う家賃にすら困っているにもかかわらず現金がないとか言う神経が分からない。

 よしんば口座にお金があったところで、今はキャッシュレスでクレジットカードなんかも使いつつ銀行から引き落としていく経済構造。だから貯蓄じゃなくて仮置きに過ぎないお金を、吐き出したら今度は信用が収縮する。それで経済が回るのか、なんて考えないんだろうなあ、そして周囲の記者の誰も諫めない。そうした国民生活との乖離をもっと露見させないと、いつまでたっても空論を振りかざした実効性のない施策ばかりが打ち出されることになる。自民党なんかは和牛を買う商品券を配って打撃を受けている和牛畜産を助けようなんて言い出した。和牛商品券で家賃が払えるかってんだ。旅行業界外食業界を助けるって話も、最初は収益を補填するかと思ったら一般の人に外食券や旅行券を配り利用を増やすって話。いやいや外出できないからシュリンクしているんだろう。そういう頭が働かない政治家と、突っ込まないメディアの共犯がこの国を沈める。困ったなあ。
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 さていろいろと進展があったのは東京都も同様で、何と一度に41人もの新型コロナウイルス感染症への感染者が出たということで、池百合子東京都知事の会見が急遽おこなわれた。会見室に来ている記者があまりマスクを着けていないのが気になったけど、始まった会見では、まず小池都知事が、新型コロナウイルスに感染した患者が都内で多数発生したことを報告。感染者の爆発的増加、オーバーシュートを防ぐには協力が必要、危機意識をもってほしいと訴える。

 先月に発表した対応方針では換気の悪い密閉空間、大勢が密集する場所、密接した会話を避けてほしいと要望していた。今後も屋外屋内を問わずイベントの参加も控えてほしいと良い、さいたまスーパーアリーナで大なわれたK−1の興業に大勢が来たことへの批判があったことを紹介しつつ、週末に後楽園ホールで開催されるというK−1の試合を、都として主催者として検討いただくよう要請した結果、実行委員会から連絡あって、感染拡大防止する趣旨にそうよう、無観客試合で対応するといった連絡があったとか。さすがに踏み切れないよねえ。

 あとはライブハウスも自粛をお願いする要請を行い、小人数でも飲食を伴う集まりはできるだけ控えてほしいと要望。オーバーシュートの懸念が高まっている、今がまさに重要な局面なので理解いただき平日の仕事は自宅で行って、夜間の外出も控えて、そして週末は急ぎでない外出は控えてと訴えていた。つまりは外出禁止要請。サイコパスの映画があるけどこれは週末じゃなく金曜日だから関係ない……って訳にはいかないか、まあそれだけ言ったら即座に帰って引きこもろう。

 会見で響いたのは、医師の方が海外では治療を受けている姿を自撮りし映像で伝えている人たちについて、映像を使い自分のありようを示すかた尊敬すると言い、新型コロナ感染症の凄まじさを伝えるうえで重要と話したこと。医師によれば、この病気の怖さは8割は軽kて歩けるし動けるけれど、残り2割確実に入院必要で、そのうち5%は集中治療室に入らないと助けられないし、症状が悪化する進行も早いという。もう数時間で目の前で一気に超悪化するということ。ものすごく怖い。だからかかっちゃいけないと強く思うと話してた。それは脅しでもなんでもない。そういう意識が伝われば、自分は大丈夫と出歩く人も減るだろうけれど、果たして若い人たちに伝わるのか。それこそ有名人が犠牲になるしかない? それも哀しすぎるから避けて欲しい。だから志村けんさんには回復して元気になった姿で大変さを訴えて欲しい。頑張れけんさん。

 犬村小六さんの「プロペラオペラ2」を読了、前半こそイザヤとリオの両内親王の水着姿を撮ろうと兵士たちが頑張り、それをクロノが助けようとするラブコメチックな展開が見られたけれど、中盤からは現実でいうところのマレー半島あたりを舞台にして陸軍が攻め入るのを空海軍が仲の悪さもあって放っておこうというのを、それで負けるのは愚策だとクロノが勝手をいって飛行艦を動かし戦局を塗り替え、そして敵を甘く見た空海軍が苦戦しているところに乗り込んでいって、起死回生の一手を放って戦局をひっくり返す。1人の叡智が軍隊の硬直で愚劣な状況を打破して勝利を掴む様に、現実の太平洋戦争でもそんな局面があったかもと思ったけれど、物資でかなわない相手に局所で買っても結果はやっぱり敗戦必須。そこは変えられるのかどうなのか、ってのが目下の結末への関心か。どう描く?


【3月24日】 ついにというかようやくというか。安倍晋三内閣総理大臣がIOCのバッハ会長を話して、2020年の東京オリンピックとパラリンピックを1年程度、延期する可能性について検討を行うことになったとか。延期というあたりが諦め切れ無さを感じさせるけれど、せっかく作った施設も何もかも無駄にしてしまうなら、1年塩漬けにしてでも開催した方が入場料によって少しは元がとれると踏んでいるのかも知れない。IOCだって中止にするより延期にしてでも開催した方が放映権料が入ってくる。これがないと立ちゆかないからなあ。

 とはいえ1年後だと世界陸上だってあるだろうし、欧州ではサッカーのUERO2020が1年後の開催予定となっていて立て込みそう。いやEUROは元々がオリンピックと重なる大会だから気にはならないんだろうけれど、1年の行事が2倍になればやっぱり隙間も減ってくる。そこに五輪が重なればやっぱりいろいろ大変だろう。じゃあ2年後は? こっちはこっちでサッカーのワールドカップがあってなお大変。3年後にはラグビーのワールドカップともはや世界のスポーツ興行日程がギチギチの中、可能なのは4年後への繰り越しだけれどそれじゃあ日本が死んでしまうからなあ、ビッグサイトも幕張メッセもそこまで明けておけないから。

 じゃあやっぱり1年後? その時に新型コロナウイルスの騒動が収束している保証はない。ってことはもういっそ中止……と言えないところがIOCもJOCも苦しいところか。それはそれとして新型コロナウイルスではもっと深刻に経済的な苦況が起こっている。世界じゃあそうした苦況に支払い延期だとか現金の支給といった“徳政令”を次々に発して国民を保護しようとしているけれど、この国では現金支給は貯蓄に回るから意味がないから商品券で払うとか、低収入の子持ち世帯にしか支給しないといった間抜け極まりない施策が打ち出されようとしている。

 家賃だの公共料金が払えず苦しい人に商品券など無意味だし、子持ち家庭でなくても自粛や不況の影響は出ている。むしろお金保ちに支給した方が気前よく使って経済を回してくれるかもしれない。そうした頭を示さず支払いたくない気持ちを前面に出して踏み込まない政治に何ができるのか? って考えると1年後、経済が死んで修羅の国となって治安が大きく悪化して、ヒャッハーな輩が通った後にはぺんぺん草も生えない国で開かれる五輪に、世界から人が来てくれるかどうか不安になってきた。出でよ英明な政治家よ。国民に金を。僕に仕事を。

 ナポリピッツァの美味しい店が下にあるアニメーション制作会社でアフレコ台本に続いてDVDとかBDとはHD DVDなんかを100数十枚ほど袋詰めしてバーコードを貼る作業をこなしてから、アップリンク吉祥寺で八代健志監督によるストップモーションアニメーションの「ごん GON, THE LITTLE FOX」を観る。2回目。今回は、NHKでやってるストップモーション『ニャッキ!』の伊藤有壱さんが来られていて、八代監督を「誰でも無いどれでも無いどれでも無いオリジナリティがある。日本にとっても世界にとっても大事な存在」と讃えてた。

 そして八代監督に「燃え尽きてない?」と質問。答えて「燃え尽きてない。やりたいことはある」と八代監督は意気軒昂だった。「すごく高い位置から作品を作っているというよりは、手で作りながら手で考える発想を大事にしたい」と話していた八代監督。伊藤有壱さんとの対談では、以前に「何で人形で作ったか?」と「ごん GON, THE LITTLE FOX」について聞かれたことがあって、「答えは簡単。僕が人形を作りたかった。人形を作る手段で何か作ろうと考えた」と話してた。それくらい、人形を作るような手を動かす作業が好きらしい。

 ストップモーションアニメーションを手がける人は、なぜCGではなくストップモーションでやるのかと、始終聞かれるだろう。物質を人が動かしたものに宿る”何か”を探求したいという答えもあるし、それがあるから観るという人もいる。八代健志監督にもそれはありそうだけど、作りたいという気持ちも大切。ただ、そこでこだわり過ぎると人形の凄さを見せようとしてお話が疎かになる。伊藤有壱さんは、「ストップモーションをやる方はクラフトに愛着があって、これが作れたから凄いとなってアンバランスさが出る。アードマンの『羊のショーン』のようにそれが可愛らしさになることもある」と分析していた。

 逆にいうならアンバランスさが目立って物語として、映画として至らないものも生まれるということ。それはストップモーションに限らずアニメーション全般に言えることかもしれない。手描きで何千枚描こうと、描かれたものが大事なように。その上で「八代健志さんには、そういう意味でのいびつさがない。美しいと思った」と「ごん − GON, THE LITTLE FOX 」を評した伊藤有壱さん。八代自身は「多重人格で、監督的にやっている時もあれば、虫とか動物を作る時は見せたいというのもある」と答えつつ、「最後は監督の自分が勝っていた」と答えてた。物語であり演出であり撮影であり。それらが統合されて素晴らしい作品になった。

 伊藤有壱さんは、「ごん − GON, THE LITTLE FOX 」ではたとえば兵十の母親の葬儀で女性の人形は口が動かないのに頷きながらの姿勢で喋っているように見えたと話してた。八代健志監督は「タイミングを合わせごまかしながらやっている」と話したけど伊藤さんは「確信犯」と操作を絶賛。そんな部分も見所な「ごん − GON, THE LITTLE FOX 」はアップリンク吉祥寺で3月26日まで上映。最終日は八代健志監督の登壇もありそう。

 何より通路の映画に登場する人形や絵コンテや撮影風景の再現といった展示が素晴らしい。八代監督がいくら作るのが好きだからといって、ここまで作り込んでしまえるなんてやっぱり驚き。なおかつ動かし撮って物語りにしてしまう。伊藤有壱さんが凄いというのもよく分かる。そんな「ごん − GON, THE LITTLE FOX」を首都圏で観られる機会が次にいつくるか分からない。それだけに大切にいたい。とやっぱり次回作も気になるところだけれど、「ストップモーションを作っていく部分に関しては、迷い無く次の何かをすると思います」と八代健志監督。「次が作られそうな予感がある」という伊藤有壱さんの予想が当たることを今は願おう。


 映画「ねむの木の詩がきこえる」が公開された時に強くその名前を印象づけられた宮城まり子さんだけれど、ハンディキャップを持った子ども達を応援する施設を立ち会え運営している凄い人という以前に女優であり声優としても活躍していたことをだんだんと知って、今ではむしろそうした活動で長く日本のエンターテインメントを引っ張ってきた人だという印象を持っている。日本最初のフルカラー長編アニメーションだった「白蛇伝」で森繁久弥さんとともに声優を務めたという経歴は、アニメーション史において忘れてはいけないトピックだろう。

 個人的にはNHKのFMで放送されたラジオドラマ「モモ: 時間泥棒と盗まれた時間を人間にとりかえしてくれた女の子のふしぎな物語」での声が忘れられない。もう結構なお歳のはずなのに少女の声を演じて違和感がない可愛らしさを聞かせてくれたし、そんな宮城さんの周囲を「白蛇伝」からの縁になる森繁久彌さん当時はまだ舞台俳優という印象でもあった橋爪功さんなんかが出演し、そしてナレーションを山崎努さんが務めていた。90分という長さがあったけれどもそれを感じさせない密度でもって繰り広げられた傑作ラジオドラマ。配信があったら今でも聞いてみたいと思っている。そんな宮城まり子さんが死去。最近の活動は知らなかったけれど、改めてこれまでのご活躍に敬意を表し、謹んでご冥福を祈りたい。

 カナダのオリンピック委員会が今年夏のオリンピックとパラリンピックに選手を派遣しない方針を決めたとか。それはつまり東京オリンピックと東京パラリンピックで夏に開催されるようならカナダから選手は来ない。その1国だけなら問題はないと言えば言えるかもしれないけれど、同じ理由を掲げて選手を派遣しない国がどんどんと増えていったらオリンピックがとても寂しいものになる。それでも無理に夏の開催を強行するのかどうなのか。判断すべき時期が近づいてきている。

 というかきっとおそらくはとっくに決まっているんだろう。安倍総理がいつかの会見で、完璧な形で開催すると言ったのは、不完全な形では開催しないということであってこうした不参加の国が出て来たり、実施できない競技があったりする状況では開催を延期すると言うための、布石のようなものだったんじゃなかろーか。今日も今日とて延期の可能性なんかもあり得ると国会で答弁したとか。そうやって地ならしをした上で、世界各国の参加情勢を見極めIOCの判断を受け入れ延期となれば、自分には傷は付かないと考えていそう。

 問題はだったらいつに延期するかだけれど、それなら10月からだと言っても新型コロナウイルスによる感染症の拡大が、本気で止まったかどうかはそれこそ夏を過ぎて冬が来てまた春が来るあたりまで待って見極めないと判断できない。夏に経るというならどうして今が夏のオーストラリアやニュージーランドが大変なことになっているのか。そう考えると季節性だと言い切るのもちょっと難しい。ゆっくりと免疫を獲得していってピークを抑えた状態で厄災が過ぎ去るのを待つには1年2年といったスパンが必要になる。

 だったら2022年に開催できるかというとその年はサッカーのワールドカップが開かれる。オリンピック以上の祭典をズラすなんてとても無理ってことはもはやオリンピックに逃げ道はない。いっそだったら次のパリを東京にするか、その次のロサンゼルスを東京に返すか。 それも無理なら2032年にアジアで開催されるオリンピックを東京に持ってくるしかなさそう。あと12年、日本は待てるか。それはさすがに無理だろうから2度のオリンピックを幻にした土地として、東京の名は永遠に歴史に刻まれることになるだろう。すごい時代に行き当たったなあ。

 犬村小六さんの架空戦記的なライトノベル「プロペラオペラ2」を読み始める。上空1200メートルを境にしてそこから上を飛行機は飛べない世界では、浮遊層を漂う物体にゴンドラをぶら下げるようにした飛行艦が空を行く手段として用いられていて、そしてそれを戦艦のように使って戦争をする国々が出ている。太平洋戦争時を模した世界の上でアメリカと日本をモデルにした両国が戦っているという設定の上、飛行艦という実在しないギミックを使ってどんな戦史を描けるかに挑戦しているシリーズでは、天才的な戦略家を得て日本が優勢に戦いを進めているけれど、今後どうなるかがやっぱり気になる。内親王2人を乗せた飛行戦艦でラブコメチックな描写を交えつつ繰り広げられる架空戦記。次はいつ出るんだろう。


【3月22日】 AnimeJapan2020とか出かけてかもしれない用事がまるでなくなって、体を起こす必要がないと家にずっといて寝転がったまま起きられなくって、そのまま夕方になってしまった3連休。それでもさすがに何もしない訳にはいかないので、目を覚まして書かなきゃいけない原稿のために読まなきゃいけない本を読みつつ、アニメーション版を見返して時間を過ごす。それでもやることがつきてきたのでNetflixでトリガーによる新作アニメーション「BNA ビー・エヌ・エー」を見るバンダイナムコアーツの略、ではない。

 ルックはなるほど「プロメア」で、どはでな色彩の中、動きがところどころカクカクとしつつもカクカクとした背景なんかとマッチさせつつ導入を見せ、そしてアクションへと繋げてトリガーらしいというか吉成曜さん的というか今石洋之さんとも通じるデフォルメだとかレイアウトだとかを見せつつ目を画面へと引きつけ、描かれる物語に関心を持たせる。その物語は獣人なるものが存在する世界。ずっと人間からは離れて暮らしていたらしいけれども開発なんかで境界がなくなってしまって同化するかというとそれもうまくいかず、結果として人間社会で虐げられる存在になっていく。

 けどそうした状況を脱しようと製薬会社のスポンサードもあってアニマシティなるものができ、そこに獣人たちが集まって暮らすようになる。ゲットー、というような隔離され差別された感じはなくって獣人たちは多くは普通に暮らしているようだけれど、格差もあるようで貧民街では泥水をすすって生きている獣人たちもいる。福祉の街で格差があるってどういうこと? まさに弱肉強食の論理、強いものが勝つというなら草食動物はどうして生きていられるの。なんて不思議もあるけど気にはしてられない。そこにはべつの技術なり知識なり権力なりっていった要素も働いているんだと思おう。

 とりあえず、外には獣人たちの楽園と見られているアニマシティに今、逃げ込もうとしているのが影森みちるという少女。普通の人間の少女だったけれど、突然に獣人化してタヌキのようになってしまった。しばらくは家に隠れて暮らしていたけど、アニマシティのことを知って家でして向かう途中に襲われて、そこでイタチじゃなくミンクのマリーの助けをもらって海かなにかを超えてアニマシティへとたどり着く。マリーの声は新谷真弓さんではなく村瀬迪与さん。映像研にも出ている人らしい。

 そしてたどり着いて有り金を要求され出して残ったお金をすりにすられて大騒動。そして起こった巨大ビジョンが倒れる事故でかけつけたオオカミ獣人の大神士郎に助けられ、そのまま士郎がソーシャルワーカーをしている協会で暮らすことになるというのが「BNA ビー・エヌ・エー」の発端。そこからみちるが様々な事件に巻き込まれながら、獣人たちがアニマシティで置かれた状況が明らかにされ、獣人たちがどういう修正を持っているかも紹介され、そしてみちる自身が普通の獣人とは違い、体の部分を自在に変えられるという不思議な能力を持っていることが示される。

 それはどうしてか。人間から獣人になるなんてあり得ないこと。獣人は遺伝子が違うから人間とはまったく違う存在。交わることはなかったのに、そういう状況が生まれたこと、そしてみちるの不思議な能力に注目が集まる。そしてきっとあるだろうその事情も。第6話あたりまで来てピースの大部分がはまって、人間の時の友人だったなずなという少女がみちるとともにたどった状況が見えてきて、そこから、推察される何か謀略めいたものがこれから描かれていきそう。第7話以降はまだNetflixで公開されていないけれど、テレビ放送と平行してか放送途中に公開されるだろうから待って見よう。
B  獣人というと、板垣巴留さんによる「BEASTARS」がマンガとして描かれテレビアニメ化もされて世に広まって、獣人どうしの間にある緊張した関係性、草食と肉食の差といったものが示されて人間社会と重なりつつ、少し違った弱肉強食をどう埋めるのか、動物の本能をどうやって社会性の中に落とし込むのかといった思索が行われていた。そいうした部分が「BNA ビー・エヌ・エー」では強くは描かれず、獣人と人間との対立に主脚が置かれている。そこの獣人間のあれこれを混ぜては混乱もするから仕方がない。互いを補完するように見るのが良いかもしれない。

 銀狼様という存在が何で誰でなんていった展開もいずれ起こりそう。それが顕在化した上で、物語の帰結が獣人と人間とが同等になるなり同化するなりした社会の実現を目指すかそれぞれが居場所を得つつ仲良く暮らす未来を示すのか。といった想像も可能な物語を大きくぶちこわしてくれる展開をちょっと期待したい。とりあえず野球回があるアニメは傑作という法則は「ドロヘドロ」ともども成立中。第5話はデフォルメな作画も展開も最高だった。

 万事自粛の中でK−1が開催されていろいろと議論が噴出中。会場のさいたまスーパーアリーナは埼玉県も出資している施設なのだから、そっちから何か権限を使って中止命令を下せば中止させられそうな気もしないけれど(やられたら迷惑この上ないけれど)、そうした強権を発動しての中止命令となってしまうと責任の重心が中止させた側にかかって埼玉県がなにがしかの補償を行わなくなる、ひいては埼玉県にそうした指令を下した国も責任を負うなんてことがあるのかもしれない。

 だから西村康稔経済再生担当相は、埼玉県知事に対し「自粛」を促すよう「要請」はしても、中止を「命令」するよう「命令」は下さなかった。これで主催者が屈して自粛したところで、あくまで自らつつしんだものであって責任は主催者にあって要請をした国も促した県も自分たちはそうして欲しいと言っただけ、って言い抜けられる。損を全部かぶって自粛なんてしてられるか、っていう主催者が思うのもだから仕方がない。ある程度までは感染予防の対策をとって開催したのだから頑張ったとも言える。

 とはいえ、集まる人数の多さと密集の度合い、歓声が起こりアクションもあったりするようなイベントをこの時期に開催するべきか否かといった判断を、自分たちの収益とは別に公衆衛生の観点から判断する必要もあるのではとも最近は思えるようになって来た。ニューヨークで飲食店がすべて閉鎖され全米で映画館がすべて閉鎖されるほどに事態は深刻化しており、そうすることによってしか感染爆発は防げないといった認識もあるいは生まれている状況で、果たしてK−1の判断は適切だったのか違うのか。そこのところを考え出すとやっぱりうまくまとまらない。

 選手たちの健康は。世界から参戦した選手たちが戻れなくなるような場合へのアフターケアは。そうした可能性を鑑みつつ事態が表面化した2月末から3月頭にかけ、検討をして判断を下すことはできなかったのか。判断した上で今回の催行だったのか。結論めいたものが即座に出せない問題だけに難しいなあ。いずれ他の開催を挙行するイベントにも出てくるだろう話だけに迷う。東京都知事が東京都の施設に対する権限を発動してくるような事態もあるしなあ。それがまた自粛という責任まるなげの上で家主としての権限を振りかざす二枚舌だとさらに厄介。その点で埼玉県は踏みとどまったとは言えそうな。


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