縮刷版2019年10月下旬号


【10月31日】 朝からネット上では沖縄の首里城が燃えているといった報が並んで画像とかも流れて来て、まだ薄暗い空に真っ赤な炎が吹き上がって普通でも赤い首里城を真っ赤に染めていた。これが犬山城のように創建された当時から残る城だったりするなら文化財的な貴重さという意味では大変だったけれど、1990年代に入ってから再建されたものだったこともあって、ちょっと受け止め方にバラつきが出ていた。つまりはレプリカなんだからまた作れば良いじゃんといった意見があり、一方で沖縄戦という過酷な戦いの中で焼けたものをようやく再建したものであって、沖縄県民にとっては復興のシンボルだといった意見もあって、そこは沖縄県民ではない僕にはちょっと判断が出来なかった。

 想像はできる。自分たちが夢みていたものがようやく出来上がった、それも一生懸命に設計したり材料を集めたりして昔のまんまに作り上げてようやく、城趾だったものの上にちゃんとしたお城が出来ていつでも見られるようになったのに、焼けてしまってまたぽっかりと穴が開いたような気になったと沖縄県民なら思って当然だろう。いろいろと立て替えの噂もある名古屋城だけれど、その下に作られた本丸御殿なんかは本当に木造でしっかりとしたもので、これが焼けたら寂しい気はする。そんな気持ちにもっと強い郷土への愛が籠もった感情が、焼失によって震えるのも当然だろう。

 だからここは安易にまた作れば良いとはちょっと言えないけれど、でも強い願いとして作られて欲しい。そこにお城がある風景を、確かブラタモリで見たような記憶があって、とても美しかったように覚えている。沖縄という地勢が日本列島だけでなく中国を向き台湾にも向いてあのあたりの中心であり得るような雰囲気の、その要にもなっていたような首里城が、失われることによって空く穴は沖縄県民の気持ちだけに留まらず、あの一帯の雰囲気すら虚ろにしてしまいかねない。

 本土の方では政治の無責任やら社会の無関心でもってどこか虚無的な空気が漂う中、日本というには歴史的な経緯がいろいろあるけれど、同じ日本国という意味で強烈な主張を持ってある種のアイデンティティーを惹起してくれる場所が、廃れて良いはずがない。国はだからお金を出して再建に当て、そして地域もそれを応援して盛り上げる。そんな将来を抱きたいけど、国の今の知事に対する冷淡さが出てしまうのかなあ。それで県民の怒りを知事に向けさせようとするなら、それは県民の怒りを買うと思いたい。そんなところで分断なんかされないで欲しいけれども果たして。

 連載中とかあんまり読んだことはなかったけれど、漫画家本の「小山ゆう本」に「お〜い!竜馬」の評論を書くことになって読み通してみてなるほどこの竜馬だったら経営者とかのニッポンの夜明けがなんたらとかいった自己中心的で自己啓発的なシンボルにはならず、もっと真摯に前向きに主義主張より目的にために進んでいこうって人が増えて、日本も豊かになったかもしれないなあと思ったというか。だってあの徳川家茂とだって仲良くなっちゃうんだから。幕府側の中心でつまりは敵の中の敵。でもそんな家茂も理解があって優れた意見なら聞き入れる度量があって、そうした人間とだったら仲良くなっていっしょに夢を見られる坂本竜馬に倣えば、助け合いだとか慈しみといった気持ちが広がり格差なんてなくそうって方に傾いたかもしれない。

 でも経営者も政治家も旧態依然とした「竜馬がゆく」あたりの坂本竜馬を脳内に描いて自分がなにかをやって英雄にはなっても、誰かを助けて英雄に仕立てるなんて考えはなさそう。果たして「お〜い!竜馬」を読んで育った層がどれくらいになっているか分からないけれど、そんな竜馬に触発されて吾こそはって行ってくれないものかなあ。今の時代だとむしろ「龍馬伝」の福山雅治に憧れてイケメン気取った龍馬の方に行っちゃっているのかなあ。ともあれ気になる竜馬像。それはそれとして「小山ゆう本」では原作の武田鉄矢さんが登場していてインタビューに答えていた。原稿では小山ゆうさんが武田さんの考えとかぶっちぎって突っ走っていることに触れていて、そこで武田さんを蔑ろにしてなかったかとちょっと恐々。読み返して武田さんを下げてはなくて安心。本当に原作書いたのとか書いてたら怖かったなあ。

 宮崎駿監督についてとてつもなく深く深く研究したスーザン・ネイピアさんの「ミヤザキワールド 宮崎駿の闇と光」の日本語版が早川書房から発売。冒頭で愛知県青少年公園が変じて愛知万博の会場となった後、万博記念公園となった場所に今も立つサツキとメイの家に行ったネイピアさんが、そこにだけ人はいるけれど公園事態は寂れて人気がなかったと書いていて、かつて青少年公園時代が普通に人がいっぱい遊びに来ていたけれど、万博後に尋ねたら夏休みなのに人気がなかったことを思いだし、やっぱり寂れているんだなあと感じ入る。そんな場所にジブリパークが出来て果たして人は来てくれるのか。サツキとメイの家だけじゃ来ないけどジブリ全体だったら行こうという気になるのか。目下の興味。でもそれをつくらないと寂れっぱなしは免れないものなあ。サツキとメイの家だってそろそろ改修しないと大変だろうし。

 本自体は宮崎駿の生い立ちから触れて戦時中の空襲で母子を置いてトラックで走りさった記憶が残っていることに振れ、そうしたある種のトラウマが例えば「未来少年コナン」でダイス船長を砂漠に置き去りにしなかったエピソードを描かせたとかいった分析に始まって、それぞれの作品について深く深く検証をしていて読み応えがある。「千と千尋の神隠し」なんかは最初に描いた構想ではまとまらないからと、大胆に改変を行った話とかあってその原因として「もののけ姫」でクリエイターが消耗して止めてしまって若手しか残ってない中で作るのは大変だったからとか、経営事情にも踏み込んだ分析があってなかなかに興味深い。

 そしてもちろん内容においても、湯婆婆のモデルが誰とかいった話から、最後に豚の中に両親はいないと千尋が決然といったのはそこで千尋がもう両親を豚とは思わなくなっていたからといった解釈があって、なるほど見分けたんじゃなく改心していたからなんだと得心した。「魔女の宅急便」での少女の成長であったり「ルパン三世 カリオストロの城」でのクラリスに対する性的な視線を避けようとする試みであったりと、女性の書き手だけあって女性に対する宮崎駿の視線なんかをしっかり受け止め分析しているあたりも重要。その解釈の深さと読みの広さは批評というものを行う上でメソッドとして勉強になりそう。自分はそこまで考え込めないなあ、ストーリーとビジュアルありきなんで。でもそうしないと生き残れないなら頑張ろう。まずは読み込まないと。


【10月30日】 記者じゃないから行かなかったけれどもアニメツーリズム協会が毎年出している「訪れて見たい日本のアニメ聖地88」の2020年版が発表されて愛知県名古屋市から遂にアニメ聖地が誕生した様子。もちろん「やっとかめ探偵団」……ではなくって「八十亀ちゃんかんさつにっき」の方で名古屋が舞台のアニメだったからまあ入って当然とは言え、過去に幾つも作品はありながらこれまで入ってこなかったのがなかなかに辛いというか、あったといっても「織田信奈の野望」みたいに戦国系だから入ってもあまり現在に響かないから仕方が無いというか、ともあれこれを機会に名古屋を聖地巡礼してみてはいかがって、言えるほど見てなかったんだよなあ「八十亀ちゃんかんさつにっき」。名古屋のどこらへんが出てたんだろ。

 ほかで気になったのは「ゲゲゲの鬼太郎」が今さらながら入ったというか鳥取県の境港市ってずっと昔から妖怪ロードのある街を、アニメ聖地だからと言ったところで知ってるよと言われそう。それでもやっぱり入った方が得だと思ったのかどうなのか。東映アニメーション的に入れたかったのか違うのか。ちょっと謎。「ガーリー・エアフォース」で石川県小松市が入るのは当然。小松基地が舞台だから。でもだったら「ひそねとまそたん」で岐阜県各務原市が入らないのはおかしいよなあ。そういうところでの取捨選択があるのがやっぱり謎。「JustBecause!」で神奈川県藤沢市が入ったのは嬉しいけれど、藤沢市多すぎるんだよなあ。入れ替えがあってどこかが外れたかは調べてないから不明。太宰治系で船橋市が入ることはないよなあ。

 文化功労者に漫画家の萩尾望都さんが選ばれたそうで、漫画家では過去に横山隆一さんちばてつやさん水木しげるさんが選ばれているけれど手塚治虫さんは選ばれなかった。亡くなられたのが1990年でそして横山さんが受賞したのが1994年。あの横山さんですら85歳での受賞だった訳で、それより以前に60歳で没した手塚さんではどれだけ文化に貢献してもあげられる時代ではなかったのかもしれない。横山さん以降ですら石ノ森章太郎さんは受賞せずちばてつやさん水木しげるさんと納得ではあっても水島新司さんとか松本零士さんとか受けて不思議のない人たちは並ばず。それでも萩尾望都さんへの授賞は少女漫画家でありSF漫画家であり日本SF作家クラブ会員であるって点で新たな時代の幕開けかも。次はだから大友克洋さんを。世界を変えた漫画家だから。

 ネットを検索していてずいぶんと前に、秋葉原ラジオ会館がいったん取り壊しとなる時期に海洋堂で買ったボイスラッガーのフィギュアが実は寒河江弘さんの原型だったことを思い出した。声優さんが顔出して変身ヒーロー物を演じていた特撮企画で、買ったのはエメラルドとルビー。そのうちのエメラルドは関智一さんがモデルでそしてルビーは池澤春菜さんがモデルだった。つまりは池澤さんの似顔フィギュアが入っていた訳で、どういう顔だったか思いだそうとしたけれど、買ったフィギュアは箱詰めして倉庫送りしにしたかでちょっと探しても出てこない。ネットで検索したらああなるほどといった顔立ち。そして今と変わりないというのはつまり池澤さんの保ちっぷりが良いってこと。チリで戒厳令かと思うような騒動の中を生きて一時帰国するのかな、会いに行って来ようかな。

 人はカメラを持つと前のめりになってしまうのだろうか。ニコニコ動画で生主だったらしい人が雪のつ持った富士山の上から配信中に滑落したみたいで、しばらくたって遺体で発見されたそう。性別不明なくらいに損傷が激しかったそうで、生主が誰か分かってそうなのにそれが分からないくらいになってしまう山のどこまでも滑り落ちてしまう事故の怖さを改めて感じた次第。そういえば「クレヨンしんちゃん」を描いていた臼井儀人さんも荒船山に登っていた途中で撮影しようとして足を滑らせ転落して亡くなったっけ。残されたデジカメに画像が残されていたそうで、どういうスタイルで撮影していたか分からないけれど、ファインダーごしに見ているとつい、距離感が掴めなくなってしまうのかもしれない。山なんて登る身じゃないし配信もしないけど、撮影はするから気をつけよう。

 6週間と3日くらい伸ばすと逆に毛が立たなくなって寝たままべったりと頭にはりついて、薄毛が目立つんだなあってことに気がついた。リストラされてから就職活動でもするかと縛っていた髪をばっさり切った薄毛専門の美容院「INTI」に久々に行って、鏡に向かってもしかしたら随分と進んだんじゃないかと心配になったけれど、ばっさばっさとサイドを刈り上げ後も刈り上げトップも短くしたら額がちょっと広めの人に見えてきた。まあ広い以上に広いんだけれど、それが額とつながっているからあまり分からない。これが刈る前だと額にちょろりと張りついて逆に下地を浮かび上がらせてしまっていた感じ。だから刈って短くして差が分からなくする。薄毛は薄毛の中に隠せ。これぞテクニック。まあでも4週間に1度は無理なんで、次は5週間後くらいに行くことにするか。それまで保ってくれよ、最近ストレスで抜け毛が気になるんだよ。


【10月29日】 もしかしたらこれは日本が「どこでもドア」の開発に本格的に乗り出すきっかけになるかもしれない2020年東京オリンピックのマラソン競技と競歩競技の札幌開催”決定”。コーツ事務局長がもう決まったことだと言ってそして大会組織委員長の森喜朗元総理もその気満々だとどれだけ小池百合子東京都知事が言ったところでひっくり返ることはないだろう。あとは開催の費用を札幌が持つか東京が持つか国が持つかどこが持つか、ってところか。

 商業主義的にがっちりとスポンサーが決まっている五輪で、地元で新たなスポンサーを募ることは不可能。ゼッケンが「白い恋人」に変わることもなければビールがサッポロに変わることもないとしたら、あとは既存のスポンサーが北海道市場を狙ってお金をぶち込むくらいだけれど、とてもじゃないけどそれだけの市場はないからなあ、どれだけ冬に中国とか海外からスキー客が来たところで。だとすればやっぱり東京若しくは主催社ってことで東京五輪組織委員会が国経由で負担しさらに出費が重なるという。もう踏んだり蹴ったりだ。

 いっそだったらその分を、科学に注ぎ込んで空間を自在に移動できる「どこでもドア」を開催までに開発して、ゴール手前の5キロくらいに設置してそこをくぐって選手が新国立競技場に戻ってくるようにすれば東京も売った観客席を払い戻さずに済むし観客だって納得するし選手だって東京でゴールできてそのままショッピングにだって出かけられる。問題はだから開発された「どこでもドア」がちゃんとその日の東京につながるか、ってことで間違えて56年前の東京に繋がってしまったらいったいどうなってしまうのか。観客席から飛び出し走ってゴールするキプチョゲ選手の老いた姿とか見られたりして。そんなSFな。いやでも東京五輪の札幌開催の方がSFだよ。

 日本SF作家クラブが主催している日本SF大賞のエントリー締め切りが近づいてきたけど「ケムリクサ」の圧倒的なエントリーの前に小説とかが霞んでいる現時点。いやもちろん「ケムリクサ」は立派にSF大賞の候補作になり得るアニメーションだけれど、小説だってもっといっぱいあったはずでそれがエントリーされないことには、投票の候補にすら挙がらないので自薦でも何でも気になる人はエントリーした方が良いんじゃなかろーか。とりあえず「やがて恋するヴィヴィ・レイン」はエントリーしたけど他にもライトノベルから幾つか出したいところ。とはいえ目下気分がダウで起き上がるのすら大変なので、キーボードに向かって物を考えるのも億劫。週末に向けて気合いを入れ直そう。えいやっと。

 とかいいつつ決まらないブッキングのスケジュールに朝からずっと倒れたままで起きられず、布団に潜り込んでメールを見ながら時々半身だけ起こしてパソコンを叩いてミステリマガジン向けの原稿2本を仕上げたり、「コトブキ飛行隊」のゲームアプリのレベル上げをしたりして午後の4時ぐらいまでを過ごす。途中でお断りの内容かもしれないメールも届いて慌てて確認したら別の意味があったらしいと判明。安心してとりあえずスケジュールだけを頂戴し、これでどうにかなったと思って会議に行ったらいろいろとひっくり返ってあたふた。まあでも出て頂けることだけは確定したのであとはどうやってソフトランディングさせるかか。テレビって本当に面倒くさい。でも金回りは良いからなあ。数分の取材でいったい幾ら使うんだ。その一部でもライターに回れば……。頑張ろうとりあえず。幾らになるかしらないけれど。

 いつの間に「杉並アニメーションミュージアム」に「東京工芸大学」が付いたのかはしらないけれども、その「東京工芸大学 杉並アニメーションミュージアム」で11月27日から「キラッとプリ☆チャン」&「プリパラ」5周年展が始まるとか。キャラクターの紹介パネルとかアニメの制作資料とかあるそうで、行けばどっぷりと浸れるけれども場所は確か荻窪だっけ、どこかから結構歩くかバスに乗っていく必要があるんだよなあ、そこがネック。まあ行くけど。そういえば前に東京アニメセンターinDNPでも「プリティーシリーズ」の展覧会があって行ってオープニング集とか見ながら泣いたっけ。今回もそういうのがあれば見て泣くし、プリチャンの方は見て今時感を味わうことになりそう。テレビが壊れてこの数カ月、というかリストラ喰らって半年くらい「プリチャン」も見てないんで、これを機会に再加入しよう。そして年末の幕張メッセに備えよう。


【10月28日】 東京国際映画祭が始まってレッドカーペットなんかが行われたみたいで、例年だったら土曜日に行われて観客も多いはずなのがどうして月曜日なんだという不思議はさておいて、今年は取材に行きたくてもそういう身分でもないことを改めて感じてちょっと寂しくなる。いやまあパスならとれないこともないし、レッドカーペットは過去も取材したことがなかったので寂しくなるのも烏滸がましいんだけれど、取材できるてやらないのとできないのでやれないのとでやはっぱり越えられない壁というものがあるのだった。今年は「この世界の(さらにいくつもの)片隅に」の上映があって片渕須直監督とのんさんが歩いたようで、見て応援してあげたかった。まあ今は大勢が応援しているから僕が今さらって感じもあるけれど、それでもそこに居たかったなあ。映画ヒットすると良いなあ。

 映画といえば「カメラを止めるな!」の上田慎一郎監督による新作「スペシャルアクターズ」が上映されて2週間でどうにも観客が伸びない感じで上映が終わってしまう劇場もあるとか。単館でスタートして拡大公開してロングランまでして大ヒットとなった「カメラを止めるな!」の勢いで、それこそ何十億円だって行きそうな感じだったし前評判も避ければ見た人の反応も悪くないのにどうして、って感じ。まあでもテレビとかで宣伝見たことないし映画館でも予告編とか見なかった。どういう映画か分からないのに口コミだけで見に行くとなると相当な覚悟がいる。それを持った人のキャパが単館くらいで、そして爆発した評判が大きな劇場へと人を招いたのが「カメラを止めるな!」だったんだろー。ちょっと規模を欲張りすぎた? とはいえそう言っているうちに見逃しそうなので今度の週末こそ立ち直って見に行きたい。行けるかな?

 急におはちが回ってきたリアルサウンド・ブックに原稿を書くために2話まで見ていたアニメーション版「本好きの下克上 司書になるためには手段を選んでいられません」の第3話をやっと見て、ようやく紙作りの手前まで言ってそこで甘い汁を搾った滓からパンケーキをやいてみたり、存在していないかぎ針を創作してもらってレース編みを作ってみたりと異世界で無双している少女にどうして親が不信感を抱かないのかがちょっと不思議。鳥のエサだよ鳥のエサ。それを食べられるようにするなんて、普通の神経じゃ考えつかないことを目の前でやって不信がらない親が不思議。あるいは食べて美味しいと気付いたのが過去に誰もいなかったのかも。そこはだからやっぱり常識とか固定観念い囚われやすい人間の性格ってことなんだろう。

 このあとはいよいよ紙作りとなったりケーキとか花の髪飾りのライセンス展開となったりと少女の無双が本格的に始まりそう。見ていてきっと誰もが思うだろう、手に技術はつけておこうと、そうすれば異世界に行っても役立つと。普通は異世界になんかいかないから役に立てる場所なんてないんだけれど、それでも駕籠編みとかレース編みなんかは趣味として覚えておけば一生を楽しめそう。紙漉きは……それはいいかな。時々ちびっこくなって跳ね回る描写とか可愛らしい。本郷みつるさんならではの演出って感じか。世に数多ある異世界転生系の小説でありそのアニメ化にあっても、淡々として派手じゃなくチートでもなしに技術と知識で生き抜いてく展開は、より自分もと思わせてくれるから大いに受けそう。それこそ普通の人が見られる時間帯に放送すれば良いのになあ。子供とか。勿体ないなあ。

 マンガ大賞を受賞した板垣巴留さんの「BEASTARS」のテレビアニメーションもようやくNetflixで3話くらいまで視聴。本当にこれ3DCGなのかと思わせるくらいに生々しくて漫画っぽいキャラクターをしっかり描いて動かしている。もっと人形めくかと思ったけれど、元がちょい劇画っぽい線なのを整理しつつもちゃんと雰囲気は残している。レゴシが本能に目覚めるあたりとか3DCGっぽさをわざと出して草食動物の臭いが脳へと浸透し、全身の血液をたぎらせる描写にしているのは漫画では描けないアニメーションならではの表現か。ちょいギャグっぽいけど事が事だけに本能って奴の自動的な発動ぶりを感じさせもする。それにしてもハルは実にエロティック。下着姿のウサギをあんなにエロティックに描けるなんて板垣巴留さんしかいないだろうし、それをアニメ化できるのもOrangeくらいだろうなあ。凄いところがアニメを手がけた。だから凄いアニメになった。どこまで続くか。見守りたい。


【10月28日】 ひとつのことが気に掛かると他のことが出来ない性格で、しかかりの原稿があると本が読めなくなって読書感想文も滞ったりする。最近はそれとは違って将来への不安から本なんてとてもじゃないけど読めず感想文なんて書いてる場合じゃないって感じでもあるけれど、それでもちょっとだけ安定していた暮らしを将来に向けてアップテンポしていこうと、受けた仕事で滞りが生まれてほかのことがまるで手に付かず、土曜日曜の連休を家からほとんど出ないで過ごすという拙い暮らしを送ってしまう。

 それこそ夕方になってコンビニに出かけてサンドイッチとおにぎりを買って野菜ジュースとともに食べるくらい。朝は前日に買い置きのコッペパンでしのいで台風の時に買った電気ポットで2リットルの買い置きの水を注ぎつつ湧かしてコーヒーを淹れてそれで完了。あとはひたすらベッドで横になりながらゲームのレベル上げをしつつメールをのぞいて連絡が来てないかを確かめる。別に外に出ていたってメールのチェックはできるし受け答えだって出来るんだから、どこにだって行けば良いとは思うのだけれど、気にし始めると気になりすぎる性格がそれを許さない。

 日曜日も前日に買い置きの総菜パンで朝を凌いであとはひたすらベッドでごろごr。シェイクスピアの演劇が間違ってないかを取り締まるシェイクスピア警察が跋扈する世界が舞台の小説を開いては閉じたりしつつ「コトブキ飛行隊」のアプリのレベル上げをしていていたら、ようやくレベルが60にまで到達した。だからといって何かご褒美がある訳ではなく時間が埋まっていくだけ。それでも1日を過ごせるのなら安いレジャー。なるほどスマホアプリが流行る訳だし本も雑誌も売れなくなる訳だけだと身をもって知る。新聞開いたてろくな記事、載ってないものなあ。

 本当だったら池袋に行ってハロウィンの様子とか、ニコニコが新しく開いたスタジオの様子だとか見てみたかったけれど、そこまで行く気力もなければ財力……は決してない訳じゃないけれど、どうにも使う気がしない名古屋人、蓄えを減らすことに恐怖感すら覚える性格は東京で30年近く過ごしても抜けないのだった。そうこうしているうちにメールが入ってなかなかスケジュールが合わないことが判明。そこを調節するのは僕にはもう無理だからあとはプロに任せたいところ。新聞みたいに1回会えれば記事にできる媒体と違い、テレビって打ち合わせを経てカメラの前に立たせなくちゃ放送できない大変さがあるって身をもって分かった。だからこそ完璧なものが出来るんだってことも。乗りこえればスキルになるかなあ。その前に潰れるか。勝負だ。

 東映は東映でも動画ではなく時代劇とかのセットがあったりする東映太秦映画村からなぜか日本で最初の長編カラーアニメーション映画「白蛇伝」の制作資料が発見されたとかで大騒ぎ。絵コンテがあったりキャラクターのデザイン画があったり動画があったりで、当時のアニメーションがいかに丁寧に作られていたかが分かるという。あと人形もあって平面に描かれるアニメーションの中でキャラクターをどうやって立体的に表現できるかを、それを見ながら書いたらしい。

 そういえば大泉に東映アニメーションミュージアムが最初に出来た時に、資料の中に何かのアニメーションの人形が混じっていたのを見たっけか。それもきっとアニメーターが作画の時の参考にしたものだったのだろう。ってかアニメーションミュージアムに「白蛇伝」関係の資料ってなかったっけ、実は良く覚えていないのだった。手塚治虫さんが参加して描いた絵コンテはあったけれどあれはもうちょっと後の作品か。きっとそこでは見つからなかったものが、遠く東映ということで太秦に運ばれ保管されていたのかもしれない。それとも東映動画のは前からちゃんとあって復刻もされていたけれど、それをネグって太秦で見つかって騒いだだけ? まあともあれ大発見であることには違いが無い。そういえば「白蛇伝」のブルーレイボックスが出たんだけれどその資料は反映されているのかな。いずれ盛り込まれた決定版が出たらその時は買おう。生活もしっかり立て直して。それとも年金生活しているかな。生活保護だったりするのかな。

 資料といえば朝日新聞が沖縄に関連した文書を公開請求したら外務省が出せないと言ったそうで、それはないよと調べていったら前に公開されていたことがあったらしい。出ていたものを今さら出せないってどういうこと? つまりは今は何も出しちゃいけないっていうお触れが出て回ってそれに従って流れ作業的に処理しているだけで、過去に何を出して何を出さなかったかなんて調べもしなければ考えもしないってこと。それで不開示と言われたところで誰が納得するんだろう。考えて出して何か言われるくらいなら何も出さないという態度が蔓延した行政が、国のためにいったい何を出来るのか。滅びは近いなあ。ってか朝日新聞も前に公開されていたの知らなかったの? とは思った。


 あれはICAFで見たんだっけか、それとも東京アニメアワードフェスティバルの中での学生作品を対象にした上映会でだったか、顧傑さんという人が東京造形大から来ていて「I CAN SEE YOU」というアニメーションを出していたんだけれど、これがまた凄くって四角い部屋の奥の方が暗闇になっていて、そこに向かってアーチェリーの矢を打ち込むと向こうからアーチェリーの矢が返されるように飛んでくる。そして始まる打ち合いは柱を削り矢を貫くくらいのスリリングさ。そしてスピード感。圧倒的な緊張感をもたらしてくれる映像を作ってICAFでも観客賞を獲得してた。その顧傑さんがあの話題の中国アニメーション「羅小黒戦記」に参加しているとか。スピード感あったものなあ。こうやって日本から中国へとアニメの中心地がシフトしていくのかもしれないなあ。どうなる僕の今の職場。


【10月26日】 なぜかテレビ番組のお手伝いをすることになって、最初はどういう風に作られるのかを見学して今後につなげてもらえればということだったのが、番組にいろいろな人を出したいということで、そうした人たちに協力をお願いする役目をもらってメールを書いて連絡をし、返事をもらい面会にいくところまでは取り付けたものの、多忙な人たちなのでスケジュールがなかなかマッチせず、同時に出てもらう日程を決めるのが滞ってもしかしたら誰に出てもらえないんじゃないかといった不安が浮かんで、どうにも家から出られなくなってしまって1日中、布団に埋もれながら依頼されていた原稿を仕上げる。

 原稿だったら自分から書けば進んでいくけれど、相手があることだと反応を待たなくちゃならずその間、自分ではいかんともしがたくただひたすらに気が焦って心労が募る。こんなことなら途中で全部、慣れた人たちに引き渡せば良かったなんて思うものの、そこで逃げたらさらに一生、逃げ続けなくちゃいけない感じもあるだけに、今はとりあえずやれるところまではやってみるしかない。とはいえ番組がかかっているだけに、いつまでもこっちに関わってはいられないだろうから、どこかで手放さないといけないかもしれないなあ。それもまた気鬱な話。慣れないことには手を出すなって戒めか。ライター仕事に精だそう。

 鬱鬱とした気分で寝たり起きたりしていたら、ネットに寒河江弘さんの訃報が流れて来てしばし黙祷。しばらく前から入院していて、なかなかに厳しい病気だとは感じていたものの、当人はいたって活発にツイッターとかやっていて、面会の人と撮る写真も痩せてはいても元気そうだっただけに、こうも急に逝ってしまわれるとはちょっと思いもよらなかった。造形作家でフィギュアなんかを作っていて、怪獣もやればヒーローおやるけど独特だったのは実在する俳優とか女優とかリアル系のフィギュアを本当にそっくりに作り上げること。似顔絵フィギュアとも呼ばれるそれらでは郡を抜いて評判を得ていた原型師だった。

 見知ったのは随分と前のはずで、吉野紗香さんが演じたブギーポップのフィギュアなんかを手がけた人だなあとは感じていたけれど、2002年に京都で開かれたアミューズによる芸術系のアーティストのオーディションに出展していて、ワールドカップの試合を大阪で見た帰りに寄ってご本人とも確かお目にかかって話してからというもの、個展にも行ったりワンフェスで話を伺ったりしつつその活動を眺めてきた。バンプレストが展開している造形天下一武闘会にも参戦していて、そこで「ドラゴンボール」の人造人間18号を作って2013年、見事に優勝を成し遂げた。

 2010年の暮れにツイッターで「人造人間18号を作った人を優勝にしたい」と、そういったキャラがなかなか出てこない造形天下一武闘会へのリクエストをつぶやいたのを見てくれていたのか、寒河江弘氏さんが人造人間18号を作る中で、僕のツイートを掘り出してくれたことがあって、そうか作ってくれているんだと様子を眺めつつ応援していたら、本当に優勝してしまった。チチとかもいたりした決戦で競り合いながらも最後は抜け出して得た栄冠。そして商品化。キャッチャーではとれなかったけれどセットをネット通販か何かで買って取り寄せたっけ。しばらく手元に置いていたけど部屋が手狭になる中、実家に送ってしまった。

 その後もワンフェスなんかで活動を拝見し、ご当地怪獣なんて物を作って展開していた寒河江さん。大阪芸術大学の芸術学部で造形を教える先生もしていて、彫刻とかじゃなくフィギュアだって立派に大学の学問になるんだってことを身をもって証明してくれていた。寒河江さんに作られたがっていた俳優さん女優さんもきっと多かっただろうなあ。最後に近い仕事って感じだとあの大ヒット映画「カメラを止めるな!」の出演者たちを見事な再現力でミニチュアのフィギュアにしていたっけ。小さいのに豊かな表情と決まった仕草。寒河江さんの造形力が光っていた。夏のワンフェスに気が滅入って行けずお目にかかれなかったのが残念。それとももう来られていなかったのかな。冬には確かお目にかかってた。それが最後。でも作品は残る。永遠に残り続ける。それらを見つつ凄い造形作家がいたってことを語り継いでいきたい。合掌。

 世界は温かい。空野進さん「ポーション売りの少年〜彼のポーションは実は何でも治す伝説のエリクサーでした〜」(集英社スーパーダッシュ文庫)は錬金術師を目指しつつポーションを作って銅貨8枚で売って日に宿代の銀貨4枚を稼いで十分という少年が、事故に遭う中で願ったら女神さまから力を授かり、それで作るようになったポーションがとても良く効くと評判になっていくんだけど、効くのも当然でそれはエリクサー、すなわち万能薬で傷もふさげば難病だって治してしまう。けれども当人は自分が作っているのはポーションだと思い込んでいて、銅貨8枚以上はとらないし時にはただであげたりもする。

 それを無知とみてつけこんで来る大人がいそうなんだけれど、少年のあまりの純粋さに周囲も騙したりなんてできないみたい。謙遜して売っているだけとも感じて少年を見守りつつ、悪いことから守ってあげたりもしている。そんな少年に関心を寄せる少女たちも現れたりする中、果たして波乱なく人生を送っていけるのか。あまりに凄いエリクサーの効き目に少年が気付いてしまったらどうなるのか。きっと続いていくなろう展開に興味。まあ「小説家になろう」で読めはするんだけれど、そこはじっくり文庫本で。まだ買えるだけの余力はあるから。


【10月25日】 任命責任があるならその責任を取れよと言ったら地位に留まって再発を防ぐのが責任だと言い返して来そうだけれど、そんな責任を取る事態が何度も発生したのなら再発を防げなかった責任を取って欲しいところを、やっぱり何も責任を取ろうとしない安倍総理を仰ぎ見て、人はどうやって責任を取れば良いのか分からなくなるというか、責任なんて取るものじゃないというか。そんなマインドが世の中を埋め尽くして失言も失政もなにも咎められないし、発生しても攻められない雰囲気にしてしまっているのかもしれない。生きやすい? 権力のある人には。そうでなければ袋だたきのこの世界。不公平だねえ。

 キューダップワールドノベルプロジェクト、なんてものが始まったそうで個人がライトノベルを投稿して、それが優れていたら翻訳しして世界へと展開してくれるらしい。入賞してももらえるのは奨励金が10万円だけで、100万円くらい出るコンテストに及びもしないけれど、世界でガンガンと売れまくったらその印税が果たしてもらえるのだとしたら、それこそ1億部くらいいって10億円くらいもらえてしまうのかどうなのか。そこはちょっと分からない。ただ日本で売れるラブコメとかSFとかなろう系の異世界転生ものが世界で売れるのかどうなのか。挑戦してみたくなるなあ。暇ならあるし書いてみるか。

 ノイタミナの今や看板になているシリーズの最新作「PSYCHO−PASS サイコパス3」の放送を受けて元ノイタミナのプロデューサーが「NetflixやAmazonが高額で購入して世界に向けて配信するようなフィルムを、25時台のローカル枠で流してるのが、関東ローカルのテレビ局の社内力学」とつぶやいているのが何というか、だったらその社内力学をひっくり返して欲しかったけれどもそれでひっくり返らないからこそ、外に出てツインエンジンを立ち上げて「バビロン」を作っているんだろう。画期的で注目を集める作品がいっぱい出たのに、テレビ局が全社をあげてそれを朝から晩まで番組で紹介することなんてなかったものなあ、広報が宣伝をすることも。力学なのか不見識なのか。

 「テレビのメディアパワーが強かった時はスポンサーと社内を向いていてもコンテンツの中心にいられたけど、集中して、戦略持たないと戦えなくなる」。だから……。逃げて正解かもしれないね。そんな「PSYCHO−PASS サイコパス3」でメンタリストの能力がどう考えても超能力にしか思えないんだけれど、そうじゃないって言うからには何か実在するそうした能力者がいるんだろう。あらゆる条件あらゆる状況あらゆる想像を駆使してなり切るという能力。それでどうして色相が濁らないのかがやっぱり不思議。なり切る前の自分がそれこそ無色相で、そこにすぐに帰って来られるとか。そういや壬生局長が違う名前になっていた。顔立ちはいっしょなのに。いろいろあったんだなあ。霜月がペッツを連発で喰らうくらいに。

 「札幌で開催は決定」ってコーツ委員長に言われてしまったらもうひっくり返しようがないんだろう。それなら東京の開催だってひっくり返して欲しいところだけれど、そこは譲らないあたりがやっぱり選手のことなんて考えているのかいないのか。目立つことをやりたくないだけだとも思えてしまう東京オリンピックのマラソンと競歩の札幌開催。小池百合子東京都知事はまだ決まってないしこれからいろいろ対策を打つと説明したけど、聞き入れられない状況にかつて豊洲への築地市場の移転を勝手にひっくり返した自分の言動の拙さを感じているかというと、それはそれでこれはこれって思っているのかも。

 ただ、対策といっても午前3時からの開催とかっていうともうメチャクチャ。そんな時間に選手達は集まれたとしてもスタジアムにどうやって観客が集まるのか。前日の最終で来て泊まり込めっていうのか。いやそれなら電車を動かすというけれど、ボランティアは早朝からの競技では前日の最終で来いとか言っててマラソンのためにはそれだったら、不平等感も高まって暴動だって起きかねない。いっそだからオリンピックの間は終夜営業をすれば外国から来た観客だって、夜遊びをできるようになるから嬉しいのに。午前3時で沿道に人はどうやって埋まるんだろう。そっちも謎。それこそ前日から徹夜して沿道で寝ているのかなあ。そして目覚めたら選手たちは通り過ごしていた、と。アンツィオかい。


【10月24日】 いろいろなことが起こるというか、HDDレコーダーの調子が悪くてテレビが映らず深夜アニメもまるで観られてない中で、「星合いの空」という作品のエンディングが既存のダンス動画をそのまま参考にしていながら、振り付けについての言及がなくっていろいろと問題になっている。1人だけじゃなくほかにもいたりして、特徴的な振り付けがそのまま描かれているからこれは言われれば問題になってしまうだろう。誰でも簡単に思いついて一般化している振り付けだったらまだしも、意味性を持たせた振り付けな訳でそれをそのまま描いたら、やっぱり異論は出るよなあ。

 問題は、そうした事態がどうして起こったかで、エンディングを1人で作画した人がいるんだけれどその人が何かを参考に描いたとして、参考にして良いよという許可が得られていると感じていたのか、そもそも許可なんて必要がないと作り手側が考えてしまっていたのか。ダンスのアニメはバズるから観れば誰かが気がつもの。「かぐや様は告らせたい」の1回だけのエンディングが、全部作画だったからって話題になった時もあった。それにはちゃんと振り付けが添えてあったっけ。今回はだから調べてクレジットに協力とか入るころになるんだろうなあ。できれば問題化する前に最初から許可を得て描いて欲しかった。そういう業界だと観られたら悲しいから。

 AmazonPrimeビデオで先行配信が行われた「PSYCO−PASS3 サイコパス」はあの霜月美佳監視官が厚生省公安局刑事部の刑事課課長に出世していて、部下を従え現場に乗り込み指揮する姿が出てきて成長したものだと感心。前作でいろいろあってトラウマも抱えただろうに、劇場版SSではしっかり自分のヤマだと主張し解決してシビュラシステムにもたてついた。それで上に上がれるんだからよほどキレるんだろうなあ。だったらその上にいた常森朱監視官はというと、冒頭でパソコンになにやら打ち込んで一人語りしたあと、どこかに出向いたかどこかにとらわれている感じ。潜在犯になって隔離されてる? そう簡単なものでもないみたい。

 いろいろあったらしいということで腫れ物扱い。霜月が上に上がってしまって現場の公安局刑事課一係の中では、2から登場した雛川翔だけが一緒に働いたことがあって知っているということで聞かれていた感じだけれど、応える間もなく展開は次に。いったい何をやったんだろう。そして新しく来た2人の監視官に期待なのが疑惑なのかどちらを抱いていたのだろう。

 世界の動きを闇からディールする3人とか出てきて陰謀論めいた展開も混じり、厳密なシステムとその闇と公安局の面々といった図式から全体にふくらんできた感じ。国家レベルの謀略となれば公安局なんて吹っ飛ぶだろうに。それとも宜野座が移った組織が対抗する? 外務省だろうか。だとしたら咬噛もいたりするんだろうか。続きが気になる。1時間で全8話。どこまで進むか。追っていこうこればかりは。お仕事先の作品でもあるし。

 遠く東所沢にKADOKAWAが文化の殿堂を作ろうとしているけれど、講談社はといえば今やポップカルチャーの総本山となりつつある豊島区池袋に新たなライブエンターテインメントの殿堂を作るみたい。以前にシネマサンシャインが入っていた建物をまるっと使って改装し、中にシアターやらライブハウスやらをしつらえてそこでいろいろな催しを行うようにするとか。もとが映画館だから客席つきでの利用は可能。以前にシネセゾンの跡地がそのままライブハウスになったケースもあるから、運用されうまく行けばいろいろな催しが行われることになるだろう。とはいえ平日とか集客はあるのかな。そこは気になるけれど、ライブがなければ映画を流せば別に良いのか、映画館だし。東所沢への客足を止めたりするかな。

 ライトノベルに批評だとか書評だとか評論だとかがあったらと思うことは多々あるけれど、実際問題としてライトノベルはカテゴリーであってジャンルではないので例えばSFだとかラブコメだとかミステリといったジャンルで語るとなると膨大な出版物の中からそれらを探して並べて比べたりしなくちゃならず、SFマガジンとかミステリマガジン向けにそうしたジャンルでライトノベルを紹介するコーナーを長くやっていると、見つけ出すのが結構大変だったりする。

 一方で、そうしたジャンルにばかり偏っているとラブコメだとか異世界転生といったライトノベルで主流となってる本を見逃すことになる。あるいは日常系とか。そうした多彩なジャンルが同じレーベルに混在している現象そのものをライトノベル的ととらえるならば、すべてを読んで傾向を感じて紹介する必要があるけれど、どんどんとレーベルが増え大人向けキャラクター文芸とかへと広がり、さらになろう系のソフトカバー群が加わるともう追い切れない。なろう系異世界転生だけを専門においかけるレビュアーがいれば済むかというと、それもなかなか大変そうだからなあ。いずれにしてもライトノベルの評論では今は食えないし、将来食えるとも思えないので他で稼いで読むしかないか、それとも食わしてくれるライトノベルの神様とか現れるのか。期待したいが、さてはて。


【10月23日】 焦りからいろいろと詰め込んではみたものの、こなせるかどうか不安になってついつい先送りしてしまった挙げ句、すべてが間に合わなくなってパンクしてしまうそうで不安を増大させるという不安スパイラルに陥りかけていたので、午後から三鷹の仕事場に回る予定を削って昼時に開かれる記者発表1本に絞って今日は活動。秋葉原のUDXシアターで開かれたNetflixによるアニメーションラインナップの発表会は、新作が発表されて驚かされることはなかったけれど、映像が流されてイメージがグッと湧いてくる中身にはなっていた。

 筆頭が「攻殻機動隊 SAC_2015」で神山健治監督と荒牧伸志監督という「ULTRAMAN」のコンビがそのまま手がけるシリーズでは発の全編3DCGによるアニメーションになるみたい、って話はすでに出ていたから目新しくはなくて、今回はその映像。まあゲームのムービーのようでもあって、やっぱりものすごく目新しさを覚えた訳ではないえけれど、キャラクターデザインが「バースデー・ワンダーランド」なんかでも活躍したイリヤ・クブシノブさんって辺りで今までとは違ったテイストの3DCGによる草薙素子が見られた。草薙素子で良いんだよね? それとも単純に少佐だけ? そこは今はまだ不明。

 とうか、SACと付いているなら神山健治監督の「S.A.C」シリーズと同じ舞台設定なのかも気になるところ。そこは開かされてはいないけれども映像に出て来た少佐の声が田中敦子さんで、「攻殻機動隊ARISE」から担当した坂本真綾さんでないところに「S.A.C」シリーズとの繋がりみたいなものも感じられる。ストーリーはどうなるかなあ。そこは神山監督だからしっかりと社会性をもったものにしてくれるかな。Netflixで2020年春には配信開始。そこまでは頑張ってNetflixに入り続けよう。「ULTRAMAN」は配信開始時にリストラ喰らって気鬱が増大してたんで、未だに見ていないのだった。

 他の作品では「鋼の錬金術師 FULLMETAL ALCHEMIST」 の方を監督した入江泰浩さんが監督を務め、川元利浩さんがコンセプトデザインなんかを務める「エデン」に興味が。日本のほかに台湾や中国、フランスといった各国のクリエイターが集合し、台湾のスタジオで作られるという作品は日本のアニメーションの文脈からも、西洋のアニメーションの雰囲気かも外れてそれぞれが取り入れられた不思議なものになりそう。

 ストーリー事態は人類が滅亡してしまったはるか未来、ロボットたちだけが暮らすエデン3って都市があって、そこにいたロボット2体が見つけたカプセルから赤ん坊が出て来たからさあ大変。人間は迫害されるその都市には置いておけないと、2体はサラと名付けた少女を抱えて都市を出て暮らし始める。そんなあたりはティーザービジュアルでも確認できたけれど、新しく公表された映像からは少女が大きくなって楽しそうに遊んでいて、そこにエデン3から何か声が届くといったものになる。人間が生きていたのか。そもそも人間はどこに行ったのか。ロボットはどうして人間を嫌うのか。サラはどうして生き延びたのか。いろいろと明らかにされる秘密から、エデンという名の知恵を得た人間の道に対する答えなんかも見られるかもしれない。配信開始に期待。

 あと「Levius」ってアニメがあって字面だけ見て「無限のリヴァイアス」のリブートかとか思ったらまったく関係なかった。ポリゴン・ピクチュアズによる漫画原作のアニメ化で、機械化された体を持った人間たちがバトルする機関拳闘がスポーツみたいになっている世界で、まだ若い主人公が動かない右手を抱えながら戦うといったストーリー。あしたのジョーとか銃夢とか、そんなあたりを創造してしまった。出演する島ア信長さんいよればキーワードは「過保護」だそうで、孤高のヒーローに見えて周囲が結構気をつかって可愛がってくれるらしい。見れば慰撫されるかな。テレビ壊れているけどNetflixなら見られるしな。大塚芳忠さんが演じるキャラクターが何か凄かった。待ち遠しい。

 言われてみれば両手を相手に向ける万歳は降参にための万歳で、軍人さんなんかがよくやる万歳は両手をまっすぐ上に上げて掌は内側を向けているような気がする。つまりは気をつけの市井から180度腕を回転させるといった感じ。たぶんそうするのがスッキリしているような気もしないでもない。ただ作法として万歳の掌は内に向けろというのはないらしく、そう書いたのは1990年代に書かれた偽書らしい。もっともらしい言葉でそれを真に受けそうだと言う人が今回発生。そして偽書に騙されていると煽られてた。結論としてどっちでも良いそうだけれど、久美沙織さんなんかは内に向けろと教えられたそうで、世代から僕より上だろうからその頃には、まっすぐ腕を上げる万歳の感じが残っていたのかもしれない。いろいろと写真を調べてみたくなるなあ。片渕須直監督ならとっくに調べ上げているのかな。

 新海誠監督がアメリカでの「天気の子」の上映に登壇してトッド・フィリップス監督の「ジョーカー」について喋ったという話が英語のサイトに載っていた。思ったようにやっぱり共通性は感じているようで、ジョーカーは陽菜に出会わなかった帆高かもしれず拳銃を持って社会に不満を抱いているといった点を上げている。ただ帆高がジョーカーになることはないとも。とはいえ共通した社会への不信や不満を抱いた層が主人公としてあがく物語が日本とアメリカで同時期に作られ公開されている状況は、それが心理としてメジャーになりつつ現れでもある。将来においてどこへと噴き出すか。それはどんな形になるか。気になるなあ、そんな時代に生きていられるとも思えないけれど。


【10月22日】 ヤマザキマリさんがイタリアに留学していた頃に、よくテレビで放送されていてイタリア語の主題歌を覚えてしまったということで吾妻ひでおさん原作のマンガをテレビアニメーション化した「おちゃめ神物語 コロコロポロン」を紹介していて、そうかイタリアで放送されていたんだとそのイタリア語のタイトルから検索したら、何とイタリアの有名な新聞とかメディアがこぞって吾妻ひでおさんの訃報を流していた。中には映像つきのサイトもあって調べたらラ・レプッブリカといってイタリア最大の日刊紙。日本で言うなら読売新聞とか朝日新聞クラスがそれだけやるんだからイタリアでの人気のほどがよく分かる。

 トリノという大都市で発行されてて影響力も強いラ・スタンパも報じてて、そこではロリコンであるとか「不条理日記」であるとかいった「失踪日記」以前の吾妻ひでおさんの本質というか特徴的な仕事をちゃんと紹介している。日本で新聞とかがどれけ報じたか。凄いのはイタリアという地球の反対側にある国が、訃報から間を置かずにそれだけの報道をするっていうことで、日本で思われている以上に世界で日本の漫画家とかアニメーション監督は評価されているってことなんだろう。これは日本のクリエイターが亡くなった時にいつも感じることだったりするけれど。今敏監督なんてロサンゼルスタイムズのサイトのトップページで訃報が紹介されていたからなあ。

 直前い「失踪日記」がイタリアの漫画の賞を取ったから、ってこともあるけれどそうした漫画がイタリアで翻訳されて読まれていたのは、「コロコロポロン」のアニメが放送されていたから。それを見てヤマザキマリさんは歌詞を覚え現地の子供たちはポロンとかに扮するコスプレをするようになった。そうやって浸透していった結果、吾妻さんはポロンのパパとまで呼ばれる状況に。いつか来て欲しかったんだろうけれど、一度行く機会を逃してとり・みきさんに譲りそしてこれで永遠に行けなくなってしまった。もしかしたら藤子・F・不二雄さんクラスの人気者だったのかもしれないイタリアでの吾妻ひでおさん。これを機会にもっといろいろな漫画がイタリアに、そしてドイツやスペインや世界に出て行って欲しいなあ。読んで思うんだ。新井素子さんて何て可愛いんだろうって。

 いつだったか徳間康快さんにインタビューする時があって、新橋のビルに尋ねたら入れ違いにおじいさんが出て行って、誰だか知っていると聞かれて誰でしたと尋ねたら植村伴次郎さんだと教えられてああ、あの人が東北新社を作った人かと気がついた。サンダーバードの日本での権利を持っている会社として知られているけれど、そうした海外の番組を日本へと持ちこんでは広めたり、吹き替え版を作ったりして日本の映像文化に着実に足跡を残した会社。同時にCMとかCGのプロダクションもやっていて、オムニバスジャパンなんかを傘下に持っていたりする。つまりは日本の映像業界の中心。そこを立ち上げ育て上げた。

 植村さんがそうしなかったらサンダーバードは日本で人気とならずああした特撮に感化されて自分で作り始めるクリエイターも出なかったかもしれない。所属していた真木太郎さんが「機動警察パトレイバー The Movie」に関わることもなく映画も作られずパトレイバー2から「攻殻機動隊」へと続く押井守監督のフィルモグラフィーに影響が出たかもしれない。「創聖のアクエリオン」も搭乗せず合体がブームになることも……って別にブームにはなってないか。いやでもサテライトがこれでパチンコと汲んで結構儲けたりしたことが、あるいは「マクロスF」とか「マクロスΔ」に繋がっているなら河森正治監督のフィルモグラフィーにも影響を与えているのかもしれないなあ。

 そんな東北新社を立ち上げた植村伴次郎さんが死去。90歳というからもう結構なお歳だけれど、そもそもが徳間書店ですれ違った時で70歳近かったってことで、それでディレクTVとか作ろうとしたりしていた訳で、起業家という人のアグレッシブさを今さらながらに感じたりする。一種カリスマではあったけれども後進に譲って東北新社事態は「宇宙戦艦ヤマト」なんかの権利も確保し実写版パトレイバーも作って悠々自適……ではないか、パトレイバーは大変だたから。でも今もパトレイバーは動いているしサンダーバードは永遠に不滅。植村さんの偉績は令和の時代も受け継がれるだろう。合掌。

 令和という元号が発表になった日からリストラによる“無職”に突入して1カ月後に令和となったあたりで身心ともに持ち崩し、今に至っている状況から令和と聞くと手足が震えて立てなくなりそうな気がする感じ。だから目出度い日であるにも関わらず、三鷹へと出向いて行って窓のない部屋で1日中、というか4分の1日をかけてカット袋を撮影したり、カット袋にバーコードを貼って過ごす。いやちょっと別件でなかなか三鷹に行けそうにもないんで、稼げる時に稼いでおかないと干上がるかもっていった理由からだけど、世間はお祝いムードで繁華街に人はいっぱいなのにも関わらず、三鷹の方でも出社してPCに向かっていろいろやっている人がいつもくらいにいたりした。こういう人たちによってアニメーションはちゃんと毎週放送されたりするのです。僕はあまり関係ないけど。


【10月21日】 5月の半ばくらい、通い始めたキャリア支援会社が履歴書の書き方と面接の受け方を教えるだけで、具体的に就職可能な会社を紹介してくれる訳ではないと分かって絶望から沈み込んだあたりで、これはもう居たたまれないと予約したクリニックに最初に寄ったのが6月の頭。それから4カ月ちょっとくらい、3週間おきに通っては話を聞いてもらい、そして不安に抗うための薬を処方してもらってどうにかこうにか生きてきた。7月からはとりあえず、通う場所も出来てそこを基点にライター仕事も乗せて月にそれなりに稼いで来たけど、それで調子が戻るかというと一進一退。テレビも見られて映画にも行けて展覧会だってのぞいて回るようなアグレッシブさにはほど遠い。

 前ほど自由に使えるお金がないって意識が、出歩くのをセーブしているところはもちろんあるけれど、本すら読めないのはそこに描かれている状況を現実に重ねてしまって立てなくなるから。映画も同様で、とりわけ監督へのインタビューのために「ジョーカー」を見たのがやっぱり良くなかったのか、なかなか立ち直れないまま10月に入ってしまった。同じ様な貧困層の絶望が描かれた「天気の子。」には何ともなかったのに。そうこうしているちに、自分がやらせてもらいっている仕事は本当に役にたっているんだろうか、少ない予算を食いつぶしているだけなんじゃないのかといった不安が何とはなしに浮かんでまとわりついて、仕事に行っても良いのかといった気分になって、それが将来への不安をぐっと押し上げている。ここ数日の不調はそんなところから来ているっぽい。

 それでもひとつ、お手伝いを依頼されているテレビ番組の件で、とある有名人への出演交渉を担当してどうにかこうにか面会するところまではとりつけられた。これはまあ成果といえるんだろうけれど、出てもらって喋ってもらって放送されてようやく完成というのがテレビの世界な訳で、そこまで引っ張っていけるのかといった不安がこれまた身を苛む。そちらに関わっているとレギュラーの仕事が出来なくなるといったジレンマもあって、将来のために見聞を広げるか今を確かにしようとこまめに稼ぐか、そんな狭間にあるのも不安を煽っている要因かも知れない。結果、効き目が大きくはないってことで薬を変えることになりそう。

 即効性の抗不安剤では脳内への作用も一過性になってしまうんで、もうちょっと染みて効くものに変えることにするとか。どうなるか。それで変わる厄介な性格でもないけれど、何でもやってみるしかないなあ。とか行ってるうちに古巣が巨大なメディアグループのお膝元にようやく入れてもらえるとか。だったら我慢してそこまでいれば巨大なグループのどこかに居場所を用意して貰えたかというと、ずっと巨大なグループにあった出版社ですら厳しい中で人を減らした訳で、年配者を数百人も引き受ける余地はどこにもないだろう。粛々と整理を進めつつ業容も狭めて首都圏関西圏だけでの発行に絞り、オピニオン色を強めて存在だけは保つ。ウエブ向けコンテンツの充実もお金になりそうもないからやらないとなると、やっぱり居場所はなかったと思うしかないのかなあ。でもあと2年とか3年、楽していたかったという思いもチラホラ。運命は変わらないなら自分が変わるしかないのだとしたら、それを変える力に薬はなってくれるか。しばらくお試し。

 吾妻ひでおさんが死去されたとの報。ずっと以前からアルコール依存症で入退院を繰り返していて、その様子を書いた「失踪日記」でなぜか再脚光を浴びていろいろと活動も再開。漫画だって描いていたし復刊も相次いでいたけれど、ここしばらく体調を崩して入院もしていたみたいで、最近はさらに復刊ドットコムが吾妻さんの苦境を救うべく復刊を相次いで行っていた、その矢先の訃報にもうちょっと生き延びて欲しかったなあと思う一方で、悪い体を引きずってこの世知辛い世の中を生き続ける難しさを思うと、ひとつのタイミングだったのかもと思ったりもするのだった。69歳は若いけれど、自分の69歳が想像できなくなっている人が多いこの世間では、長く生きた方になるんじゃなかろーか。いや本当に。

 出会いとなるとやっぱり「週刊少年チャンピオン」の「ふたりと五人」で、家族の全員が同じ美少女の顔をした一家を相手にしたドタバタ劇は、今にして思えばお父さんに弟といった男子も混じりながら女装している家族といった、ある意味でぶっとんだ設定が1970年代の週刊少年漫画誌に平気に掲載されていたってことになり、その画期的で先験的な作品に改めて驚く。あの時代、おまわりさんが子供おちう「ガキでか」もあったり医者がモグリという「ブラック・ジャック」があったりと尖ってた少年チャンピオン。ジョージ秋山さんの漫画とかも載ったりして、今とは違った青年も読んで驚きで子供も読んで楽しい雑誌だった。

 今はたぶん子供が読んで人気じゃないと打ち切られてしまいそうな感じがあるけれど、週刊少年チャンピオンには「刃牙」があって「BEASTARS」もあってといろいろと先見の明が光りそうな作品が相次いでいる。ジャンプだとかマガジンみたいにメジャーにはならず、かといってキングのように消えもしないでサブカルでポップなサンデーとは対局の濃さを持った漫画を掲載して生き延びている。いや「弱虫ペダル」のような今を象徴する男子萌えな作品も載せているか。そんな漫画誌の興隆を支えた一人だったなあ、吾妻ひでおさん。後をとり・みきさんが継いだけど、その系譜は今どこにあるんだろう。

 その後はSF系の漫画家として「メチル・メタフィジーク」だとか「不条理日記」といった作品で熱狂的なファンを呼び、「ななこSOS」がテレビアニメ化されてメジャーなところにも立ったりした。これにはちょっと驚いた。あるいは「陽射し」から影響をされた人たちが集まって描いて一大勢力へと発展し、今に繋がるロリコン漫画の元祖的な位置づけも。その意味では日本の“萌え”文化の源流に手塚治虫以上に君臨してしかるべき漫画家だったかもしれない。1度そういえば西の方で開かれた個展に行って絵が描かれた石を見たっけ。コミケでは直筆の何かを買ったんだけれど、あれは今どこに、掘り返して眺めて追悼しよう。天国では浴びる位にお酒、飲んで下さいませ。


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