縮刷版2013年3月下旬号


【3月31日】 届く荷物を待っている間に海原育人さんの「蓮華君の不幸な夏休み4」(C★NOVELS)を読んでいたら、蓮華君の“そげぶ”が炸裂して強敵の日下部って女性をぶち殴って粉砕していた。強いなあ蓮華君。何か刺青を入れるとそれに紛れ込ませた何かによって精霊とリンクして異能が発生するとかいう事件が続出して、それを企んだ科学者の女性が最強の力を得て逃げまくっているのを妹が追いかけ、それに巻きこまれる形で力を持たされてしまた蓮華君って少年が助けるという展開もこれで打ち止めかあ。

 「とある魔術の禁書目録」に出てくる学園都市第1位でベクトルを操作する一方通行(アクセラレーター)もかくやと思わせる力の使い手だった日下部も、これで大人しくなたっとは思うけれども、ずっと捕まっていてくれるタマでもないんできっと何かをやらかして、そして異能を失わえなかった蓮華君も再び巻きこまれていくんだろうなあ。しかし胸の谷間が肩にめり込み両足が腰に絡められて人間抱き枕にされながらも喜ばない蓮華君の巨乳嫌いは勿体ない。敵で引っ込み思案だけれど巨乳の吉田って娘なんてとても素晴らしいのに罵倒して萎縮させるし。呪ってやる。

 そして届いた安野モヨコさん描く「バッファロー5人娘」の特装フルカラー版とかいうのは、自分の名前が印刷されてて直筆サインにも溜め書きがあってと個人仕様。これで1万円ちょいは高いか安いかというとううん、たぶんフルカラーの漫画という意味なら3000円くらいで出せるけれども、それは商業ベースに載った刷り部数でのことで、数百といった単位ではやっぱりこれくらいになっても仕方がないんだろうし、版型だって造本だって普通の本より凝っているからまあ妥当。何よりこうやって何かを始めようとしている人たちの、未来につながりそれが出版の未来につながるんだったらひとつ乗っておくのも吝(やぶさか)かではないってことで。

 もちろん作家エージェントって意味では、ずっと新人の発掘と売り込みに邁進して来たボイルドエッグズの活動の方を凄いと見ているし、仕事の中身だって画期的だと思う、だって誰も知らない新人を世に出して直木賞まで獲らせたり映画化作品まで送り出したんだから。すでに出来上がった作家の忙しさを肩代わりする程度のことじゃあ、まだまだマネジメント委託とかわりない。そうでないって言えることはだから新しい人の発掘と育成をやって、世に大きく問うてみること。それがあって始めてコルクって作家エージェントの、両輪が回り始めたって思うことにしたい。

 さて荷物も届いたことだしと、やっぱり気になっていた「アニメミライ2013」のブルーレイディスクを買えるんだったら買いに行こうと幕張メッセで開かれている「アニメコンテンツエキスポ」へ。こういう時にメッセまで1時間かからない場所に住んでいると便利というか、家を出て駅まで3分で電車で3駅、そこからバスで10分とかで近くまで行くんだからもう至便、一方の東京ビッグサイトだって1時間くらいで着けてしまうんだから東京の西に暮らすよりもよほど文化的に高度な暮らしを送れているんじゃなかろうか、高円寺とか阿佐谷とか下北沢で飲み会っていう文化には縁遠いけど、まあ一緒に飲んでくれるような人もいないから別にいいんだと強がり。

 到着した「アニメコンテンツエキスポ」では普通に入場チケットを買って普通に入って普通にアニメイトの物販ブースへ。そりゃあプレスでだって入れるけれどもそれで並んで限定グッズを買うのって、ちょっと違うような気がするってのが昔から割と持ってる心境で、あとは入場待機列が外まで伸びているなかでするっと入って買うのは気が引けるけれど、もう外にも中にも行列がまるでなくって普通に余っているようなものならプレスで入った時でも買うかなあ。ワンフェスだとプレスで入って行列ってことがないよう入場時間を一般より遅らせるってことをやってたけど、そういう不届きが蔓延った挙げ句の規制だとしたらやっぱり、自重も必要ってことで。

 今回は、昨日に眺めた時に物販行列に1時間待ちとかいった感じだったんで、遠慮して身を退いたけれど、今日見たらまるで行列がなくって買うまでの時間はゼロタイム。なおかつ「アニメミライ2013」のブルーレイも普通にあったんでこれならプレスで入っても悪くなかったかもと思って周囲をぐるりと回ってみたら売り切れてた。ああ、やっぱり一般入場で入ってそれも午前のうちに辿り着いてストレートに買いに行って良かったよ。何かパンフレットもついて3800円はブルーレーディスクでオリジナルのアニメーションが4本入って100分とう分量を考えれば破格の値段。「デス・ビリヤード」とか「リトルウィッチアカデミア」とか単体で見ても優れていろいろ楽しめる作品もあるだけに、買っておいて損はないというか買えてよかった本当に。

 ただやっぱりああいった場所に行かなければ買えないというハンディ、そして早々に売り切れてしまうという状況を見つつ、分業化が著しいアニメーション作りの現状を変えたい、そのために若手がひとつ場所に集い作品が作れる環境を整えたいという「アニメミライ2013」の趣旨を知ってもらい、より多くの人の支持を得るためにもより多くの人が手に取れる機会を作ってあげるのが、やっぱり公平なような気も。どれだけ売れるか分からないなか、在庫を抱えるリスクも鑑みつつ1000本も作ってしまったことを英断と讃えつつ、売り切れてしまって手に取れない人が全国に大勢いるだろうことも鑑みて、何とか善処をお願いしたいもの。難しいかなあ、4月には権利がそれぞれに戻ってしまうんだったっけ。でもどうにか。

 目当ての物が手に入ったんであとは会場をうろうろ。やっぱりワーナーのブースにいた神崎火織さんがとっても良かったなあ、背丈はないけど腰がくびれてお腹が平らで可愛かったよ。ジョジョは第2部のアニメ化によってスタンドの彼方に忘れ去られていた波紋疾走の格好良さを、改めて世に示してくれた意味があった。今の若い人じゃあ確実に読んでないし、知らないからなあ。歩いていたら何か遠くの方で新海誠さんの声が聞こえていたけど新作アニメーションのプレゼンテーションに来ていたのかな、顔は人垣で見られなかった。吉田アナがそろぞ歩いていた。ムシブギョーは大きかった。進撃の巨人も大きかった。ニトロプラスのブースで「サイコパス」の本を売っていたので買ったけれどもそういやあ、上巻まだ持ってなかったよ、セットにするなら特装版だけれどももう売ってないだろうなあ、とりあえずK−BOOKSをのぞいてみるか、割と何でもある店だし、桜井光さんの「灰燼のカルシェール」もそこで買ったし、普通の店ではまず売ってない、スチームパンクな破滅のストーリー、読んで欲しいなあ、大勢に。


【3月30日】 最終回だったよ「絶園のテンペスト」は、おおまかに言えば連載されてた「月刊少年ガンガン」の最終回とほぼシンクロしていたから、描きながら原作を渡してシナリオも作り映像化を進めてたってことになるのかな。すでに誰が絶園の魔法使いかは分かっていてそれで最後の戦いに羽村めぐむが頑張って、挑んでどうにかこうにかはじまりの樹の殲滅に成功。そして訪れた平穏の中で、愛華とつきあっていたことを黙っていた吉野は、義兄の真広に殴られるという区切りを経てそして、これからは葉風が真広とくっつきいちゃいちゃするような未来が待っているんだろう。そもそもどうしてこんな事態が起こったのか、っていった部分には説明があったっけ、漫画だとあったような、それもでっかいスケールの。まあともあれ人は大勢なくなったけれどそれでも世界は続いていく。関わった人たちもそれぞれの道を歩んでいく、その先にふたたびの終結なんてあるのかなあ、あったらちょっと面白いかも、あれだけの個性を持ったキャラクターたちな訳ななし。フロイライン山本はいったい誰とくっつくんだ?

 せっかくだからと「ちはやふる2」を見たら富士崎高校のかるたぶ監督で乳が立派な翠ちゃんの声が林原めぐみさんだった。あと翠ちゃんって39歳だった。連載でそう説明があったかもしれないけれども登場したのも昔だし、すっかり失念していたよ、というかもっと若いと思ってた。クイーン位に5年連続とかで挑戦していたのっていったい何歳くらいの時だったんどう、そしてその時に専ら対戦していた猪熊元クイーンはいったい何歳くらいなんだろう。翠ちゃんよりもうちょっと若いかなあ、っ敵もするけれども絵からは不明。それは翠ちゃんもいっしょか。そして試合は明石女子の逢坂恵と千早との対戦で、クイーン挑戦者決定戦にも出てきてモメ由美に負けたくらいの実力ぶりがさらに磨かれ千早ピーンチ。でもそこは千早だけあって気を取り直し、奏ちゃんのサポートもあってまず1枚、そして1枚と逆転に向けて進み出す。この試合ってどうなったっけ、それも単行本を読めば分かるんだけれどどこかの下で埋もれてしまって……。まあ良いアニメを観ていけば。恵たんしかしどSだなあ、天然なのに。

 そして起き出して幕張メッセへ。風で京葉線は止まっていなかった。去年はそれで総武線へと人が回ってバス停にとてつもない人が並んで乗れそうもない中を幕張本郷から幕張メッセまで歩いたんだっけ。そして到着した会場も入場待ちの列が凄い上に早々と当日券まで売り切れ、ようやく辿り着いたのに入れない人もいっぱいでて寂しい思いをした。その轍は踏まぬとばかきに今回の「アニメコンテンツエキスポ」は会場も広くなってだいたい6ホールぶんくらいだっけ、ぐばっととってはどれだけだって入れるようにしてあったから、午前10時の段階ですでに入場待ちって人はいなかった。もちろん中に入ればブースでの物販なんかに人も並んでいたけれど、そういったものを目的としないで会場内をそぞろ歩いてはあちらこちらで開かれているイベントに顔だけのぞかせ雰囲気を味わい、蔵ばれているバッグやポスターなんかをもらいコンパニオンさんを撮影しているだけで何となく、新しいアニメーションに触れられたような気分になれる。もちろん新作発表会とか見たければ、頑張って券とか取る必要もあったんだろうけどそれも後からリポートされるのを見れば良いって人には、アニメ浸りの1日を過ごせる会場になっていたんじゃなかろーか。これがだから東京国際アニメフェアのパブリックデーで再現できていればなあ、昔はそうだったんだよなあ。

 とはえいそれを言っても老人が悪いとしか言いようがないんでスルーして「アニメコンテンツエキスポ」ではまず入って「常住戦場ムシブギョー」の巨大なオブジェにでくわす。いやあでかい。こんなのと戦うのかあいつらは。それにしても連載が始まった当初は確かに面白くって僕も読んでいて大好きな作品ではあったんだけれどこれほどまでに大きな作品になるとはちょっと思わなかった。時間帯もなかなかな放送だけに国民的、とまではいかなくてもより遠くへと届く作品になってくれるんじゃなかろーか。昔はそういうのっていっぱいあったんだよ、っていうかどうして「ちはやふる」が深夜の2時とかに放送されていなくちゃいけないんだ、これこそ平日の夜7時から放送されて日本全国に競技かるたブームを引き起こしてしかるべき作品じゃないか、とか思ってもやっぱり詮無いんでスルー。ワーナーのブースでは神裂火織がなぜか「うる星やつら」のブルーレイボックスのポスターを配ってた。あと「進撃の巨人」の巨大な顔があったけれども顔だけなら怖くないよね。「アニメミライ」のブルーレイはアニメイトの物販コーナーにあったそうだけれども見て2時間待ちとかそんなもんでは届かないので諦める。明日また行ってどうにかなりそうならどうにかするけど、そういうのってやっぱりキツいなあ、地方の人にも買えるような方策を出すべきなんじゃないかなあ、とは思う、うん。

 発表会とかもあったけれども体調すぐれずとりあえず退散して帰って眠ってそれから起きて、新宿三丁目のバルト9まで「劇場版花咲くいろは HOME SWEET HOME」の舞台挨拶付き上映会ってのを見に行く途中で、三田誠さんの「レンタルマギカ 未来の魔法使い」(角川スニーカー文庫)をぴらりぴらり。あのグランフェーデから2年後の話ですっかりおちついたアストラルに協会から送り込まれた新人くんが不平も覚えつつ世界の命運をかけて戦った魔法使いたちの間にあって恐縮しつつ仕事をしていたら、ひとつ頼まれ事を得て隻蓮さんのところに出かけていったらその先で強敵と出会いそして今ふたたびの戦いが始まるという展開。まったくもって驚きの敵だったけれどもそうやって、強い相手があるからこそ引き立つ正義の味方。切磋琢磨しつつ良い方向へと持っていくだけとうそぶく伊庭いつきって魔法使いの凄みが改めて感じられたという次第。だからアディリシアも寄り添うんだろうなあ、勿体ないなあ、穂波でも良いのに眼鏡っ娘なのに、捨てやがってまったくもう。これで終わりみたいだけれども世界は続き魔法も続く。そんな未来があるいはいつか、描かれたらまた戻って来よう、この世界へ、この物語へ。

 さあて「劇場版花咲くいろは HOME SWEET HOME」だ。本当のことを言うとテレビシリーズの「花咲くいろは」をろくすっぽ見ていなくって出てくるキャラクターの顔も関係もよく分かっていなかたりしたんだけれどもそこは初見すらも考慮に入れなくちゃいけないだろう劇場版だけあって、地方にある古い旅館で親に逆らい飛び出すといいつつ何がしたいのか分かっていない少女がまず現れて、そして見知った現代の旅館で働く中居さんたちの日常とドタバタが繰り広げられる間に再び、過去のその旅館での女将と娘との確執めいたものが描かれていくうちにだんだんと、その女将が祖母で娘とはつまりヒロインの母親でその母親が今は東京で活動しているのに対してヒロインは田舎で中居の修行なんかをしているという関係性が見えてくる。それはだから3代にわたる女性たちの自覚と自立のストーリー。何がしたいか、何をしなければならないかを時に誰かを見渡し、時に自答して決めていく姿が描かれてそれなら自分だって頑張らなくっちゃと思わせる。

 あの放蕩に見える緒花の母親の皐月にしたって、旅館をきりもりする母親で女将のスイを見て、逃げず苦闘にうち勝つと決めていったんは戻ろうとした田舎から引き返した。緒花はそれを見た訳じゃないけれど、電六さんのつけてた日誌から推測して母親の挙動を感じて自分もと思ったんじゃなかろーか。そう、想像が浮かんでくるくらいにエピソードが並び散りばめられているから、初見でも苦労せずに作品世界に入っていっては、家族というものが持つ有り難み暖かみって奴を感じ取れるだろう。だから行こう、アニメだからと臆さずテレビを見ていないからと逃げないで映画へ、家族で、あるいは知り合いと。でも三十路に近い独身女性を連れて行くと結構大変かも、巴さんのはじけっぷりは見て同種の人に頑張ろうって思わせる以前に自分もああなのかと思わせ身を退きさせかねないから。凄かったなあ、そんな演技をし切った能登麻美子さんも。舞台挨拶では能登さん、巴さんの感じをつかんだのはその劇場版だって話してたし、それだけテレビよりもはっちゃけてるってことで、演技も、ボディも。民子かわいいのにどうして徹は振り向いてあげないんだろう。とまあいろいろ見どころたっぷりなのに時間はたったの66分。でもちゃんと濃密な映画になってて損した気分はまるでない。それだけ作りが巧いってことなんだろう。また行こう。そしてお風呂場シーンを目に焼き付けよう。


【3月29日】 新章ということで主人公たちも代わって始まった石田敦子さんの「球場ラヴァーズ 私を野球につれって」が、少年画報社から単行本にまとまって第1巻として発売されたんで早速購入、そうかミッキーってこういう登場の仕方だったんだ。東京ドームのビールの売り子にあって背が高くスラリとして可愛いけれども引っ込み思案であんまり売り子に向いていないという感じ。それでもだんだんと自分を出すようになり、広島カープ好きの女の子とも仲良くなって前向きさも出たのか次第に売り子としても人気が出ていくという。そして明らかになったその真実! でも良いのだ可愛いから。そして可愛いは正義だから。たとえこれまでもそしてこれからも、ミッキーはミッキーとして支え応援していくぞ。でも今だからまだなんだけれどこれからはどうなる。そこはだから工事でも何でもして保って欲しいと願う強く。

 そして高木信孝さんの「ココロ図書館」が復刊されたんで上下巻で購入、今度はメディワークスじゃなくってワニブックスからなんだなあ、どうしてだろう、メディアワークスでは復刊しなかったってことだけれど、これだけの作品を絶版で放り出しておいたってことがそもそもの間違い。それをちゃんと、カラーページも含めカラーイラストまでつけて復刊してくれたんだからワニブックスは偉い。とっても偉いと褒め称えたい。この勢いで傑作だったアニメーション版「ココロ図書館」もブルーレイボックス化してくれると嬉しいんだけれど、DVDですら最初に発売されて以降、廉価版とかにならず出ていないところを見ると難しいかもしれないなあ、アスキー・メディアワークスのアニメーション20年祭でも確かかからなかったし。

 それがどれくらい傑作かというと最終回が終わった日記に「ナジカ電撃作戦」に継ぐくらいの年間ベストだって書いたほど。「ナジカ」はだからパンツがいっぱいなアニメーションだからこその最高評価なんだけれど、純粋真面目な心でいうなら「心図書館」は21世紀にのこり語られるアニメだったと断言できる。「マギ」の舛成孝二さんが手がけたハートウォーミングな作品で、田舎町にある私設の図書館を3姉妹が守り育んでいるというストーリーを見ていてその可愛らしさと健気さで、ぐいぐいっと引き込まれてしまった。可愛かったなあ、ひめみやきりん先生、ってそこかよ、こころじゃないのかよ。まあ眼鏡っ娘だし、ひめみやきりん先生は。

 それはさておき図書館の維持というシリアスな問題もはらんで進んだ展開の、最後で訪れるハッピーエンドに涙もわいた傑作アニメが、今なかなか観られないっていうのはもったいない。舛成さんの活躍に黒田洋介さんの活躍も受けて是非に、BD化を願いたいけれども無理だろうなあ。だったらせめて最高にキュートな山野裕子さんのオープニングとエンディングだけでも見て欲しい。保刈久明さんのサウンドを聞いて欲しい。最高だからどれもこれも。ともあれこうやって高木信孝さん原作の漫画が復刊されただけも大きいところ。黒田洋介さんが脚本に携わっているからトーンはアニメと共通で、そして何よりふくふくとして可愛らしい3人娘のドジも含んだ活躍を、見て取れるようになったのはとても嬉しい。だから今は漫画を買って、ながめてそして映像の再発売を、願いその日が来るのを待とう。待ち続けよう。

 まだ申し込んでないから権利もないんだけれど星雲賞の参考候補作ってのが発表になってて漫画部門に「鉄腕バーディーEVOLUTION」が並んでた。取るね、まあ取るだろうねバーディーだし。ゆうきまさみさんは確か前に「究極超人あ〜る」でも星雲賞を受賞しているんだけれどそれもかれこれ25年は昔の話。そこから延々と描き続けてこうやって、現役最先端に居続けられるってのはやっぱり凄いよなあ、だからこそこれからも続いて欲しいよなあ、連載、何が始まるんだろう。日本長編部門は「断章のグリム」が入っているのが意外だったけれどもあとはだいたい。「南極点のピアピア動画」はどうして並んでないんだろう、並べば確実だからか、期間違いってことはないと思うけど。気分的には長谷敏司さんの「BEATLESS」なんだけれどやっぱり来るかな伊藤計劃×円城塔さんの「屍者の帝国」が。メディア部門は……「モーレツ宇宙海賊」で。「アイアン・スカイ」も「エウレカセブンAO」も悪くないけどやっぱり僕はミニスカが好き。

 ずっと咳が続いていて治すためには早く寝た方が良いんだろうけれども読み始めたら面白かったんで松岡万作という人の「もえぶたに告ぐ 〜DRAMATIC REVENGE STORY〜」(HJ文庫)ってのを読み切ってしまう。ああ面白かった。とある財閥の御曹司とは幼なじみの萌蔵って少年が、ある時女装して御曹司の前に立ったらなぜか嫌われ「去ね」とまで言われて大激怒、その後も言葉を撤回させようとずっと女装してはその周辺につきまとい続け、御曹司のことをずっと好きだと言い続けていたけど相手は高慢いして尊大な態度をまるで崩さず萌蔵のことを無視しつづける。それでも諦めなかった萌蔵の前に現れたのが謎の妖精。この世に「萌え」を集めに来たその妖精を手伝うことにした萌蔵は自分の復讐もそこに乗せてある計画を立ち上げた……。

 ってのが大まかなストーリーだけれどそこで普通だったら自分の女装姿をよりパワーアップして朴念仁の尊大な御曹司に萌え心を抱かせようとする展開だけれどさにあらず、逆にその尊大だけれど冷静でもある御曹司が誰かを自分に萌えさせるような方向へと持っていき、そのために御曹司に細工をしてしまうといった無茶がまかりとって極大的にツンデレがそこに繰り広げられることになる。いやもう凄いツンぶりは細工の結果とも相まって、読む人にさまざまな意味での“萌え”心を抱かせることだろう。踏んで欲しいとすら思わせてしまうかも。けど考えてみればどうなろうと首尾一貫して尊大な御曹司と比べると、猫を被って彼を好きだと言い続けた萌蔵しかり、お嬢さま然としていながら内心は超腹黒な少女しかり、おとなしそうに見えて実はヤクザの家ならでは喧嘩っぱやさを備えた少女しかりと誰もが裏表在りすぎ。それもまた人間らしいところだけれど、だからこそ御曹司の真っ直ぐぶりが引き立って見える。曲がらない人間って、貴重だなあ。まあそんな感じに異色で楽しい1冊。続くかな。続かないか。


【3月28日】 せっかくだからと日本橋に行ったついでに高島屋の8階で開かれている展覧会の「鳥山明 The World of DRAGON BALL」をのぞいたらそんなに混んでいなかった。それぞれの絵の前に立ってじっくりと見ても大丈夫なくらいの混雑ぶり、というよりむしろ空きっぷりは、同じくデパートで開かれていた「少女革命ウテナ原画展」の平日よりも混んでないなあって印象。鳥山明さんだと前に見た「ドラゴンクエスト展」とかが入場待ちとかになっていたのと比べても、作家にとって1番の人気コンテンツというか、世界的に最も認知されている日本の漫画でありアニメーションって気もしないでもないけれど、オタク層を熱烈に引きつける「ウテナ」とは違ってファミリーがメーンの作品なだけに、平日の午前10時の日本橋高島屋ではこれだけ来ているってことだけでも凄いのかも。

 そんな展覧会はもはや世界遺産ともいえる鳥山明さんの生原稿がズラリと並んでもう目に嬉しいというか凄まじすぎるというか。「Dr.スランプ」を経て絵も存分にこなれて来てからスタートした「ドラゴンボール」だけに第1話から孫悟空は可愛くてブルマは美しくってそしてアクションも楽しくテンポも快調に読ませてくれる。後に「天下一武道会」を始めとしてエスカレーションする戦闘描写ばかりが話題になってしまった作品だけれど、初期はちょっとした不思議を持った少年の孫悟空とそれからブルマって少女との出会いから始まって、何でも願い事をかなえてくれるドラゴンボールを探す旅っていうワクワクするようなストーリーがあったんだよ。それを彩ってくれたのが悟空でありブルマであり旅の途中で会うヤムチャとかクリリンといったキャラクターたち。あと桃白白とか天津飯とか牛魔王とかチチとか。そんな群像劇混じりのロードムービーで続いてもまあ、今ほどの人気にはならなかたったけれどもそういう話だった時代の雰囲気に、生原稿が醸し出す優しくて楽しげな空気感ともども浸れるって意味でも貴重な展覧会って言えそう。

 展示にも凝っていてブルマとかが眠っている股間に悟空が頭を乗せて枕を探したらなくて吃驚したという、男の子の官能をくすぐってくれる場面から、ブルマがシャツをぐばっと脱いで胸を乳首まではだけてみせたりしている場面まで抜き出して原画が張ってあって目をこらしてまじまじと見てみたくなる。いやあ美しいなあ。後半になるとバトルばっかでこういうエロい日常描写がどんどんとなくなっていくんだよ。あとエスカレーションするバトルシーンの中でも天下一武道会の対決だけを軽く抜き出し、例えば人造人間18号とベジータとのバトルを追っていたりと工夫をこらして好みの対決、記憶に残る対決を選び出せるような感じになっている。でも僕は人造人間18号の圧倒的な戦いぶりが好きだなあ、女性キャラでは「ドラゴンボール」世界で最強じゃね、彼女。そんな彼女を射止めたクリリンがだから小憎らしいというか。うまくやりたがったというか。

 原稿は続いて最終回もちゃんと写植の貼ってある手書きの原稿が並んでいるんだけれどその結末が、2005年とかに刊行された完全版では連載では2ページだったものが4ページへと伸ばしてあって、にも関わらず原画ってものは展示されていない。複製。それはだからもはや手書きではなくってコンピュータ上で描いているんだってことの現れなんだろうなあ、集合写真的な原画も昔のはホワイトがいっぱい塗ってあるけど最新のは出力の1枚でどこにもミスの修正はなし。あたりまえとはいえそういった試行錯誤とそれからちょっとした治しがどれだけ表現の結果に大きく影響を与えるか、ってのが確認できなくなるのは、そうした方面を志す人にはちょっと残念かもしれない。これからそういう傾向はどんどん強まるだろうなかで、だからこそ並ぶ大量の原画はとても基調。いつもいつまでも展示されるものとは限らないだけにこの機会、まだ空いている開幕間もない時間帯を選んで見に行くべきだと訴える。僕もまた行こう、ブルマを見に。とくに胸。あれは良い物だ。

 いったいどうした、去年までは文化放送の上で開かれていた「アニメロサマーライブ」の発表会が、いきなり白金なんてシロガネーゼが済んでる高級な街へと移ってなおかつそこにあるゴージャスな式場めいた場所で開かれることに。現れた司会の鷲崎健さんまでもがそのままアプリポワゼしそうな銀河美少年的ゴージャス衣装に身を包み、関西弁もおさえてクールな司会に徹してみせたりとアニメソングがエンターテインメントのセンターを突っ走っているかのような印象を醸し出していた。いや実際に音楽ビジネスにおいてもはやアニメソングは重要なポジションを占めているんだけれど、それを会見場も含めて世間に強く印象づける意味ってのも、今回はあってああいった発表会になったのかもしれないなあ。単に気分転換なのかもしれないけれど。

 ただ今回から3日間の開催となったのも大きな変化の1つで、初期が代々木で1日とか武道館で1日だったのと比べると格段の進化。あれだけのキャパシティを2日間、埋め尽くしてもまだ足りないくらいにファンも押し掛け出たいアニソン歌手もいたりする現状が、こうした結果を生んだんだとしたらまさしく今は歴史上でも最高のアニソン時代。その証拠を見せてくれるイベントとして凄いアクトを誰も彼もきっと見せてくれるだろうなあ、期待しよう。出演者はまだ全員が発表になっていないけれど、May’nさんは出るし栗林みな実さんもいるし茅原実里さんもいたりするし黒崎真音さんも出演するし宝野アリカさんも当然に出演、ほか水樹奈々さんとか宮野真守さんとかいろいろゴージャスな出演者に加えてきっと、凄いシークレットゲストもいたりするんだろう。誰が出るのか何をやるのか。期して待て、その日を。でも3日間連続で行く人はきっと死ぬな、足とか手とか、飛びすぎで、振りすぎで。

 ふと気がつくと角川キャラクター文芸編集部なんてものが立ち上がって活動を始めていたみたい。なほどこれがいわゆる”キャラノベ”ってやつを作り出す部署なんだなあと昨今の、とりわけ「ビブリア古書堂の事件手帖」なんかが流行り始めて以降、各出版社がライトノベル的にキャラクターが立っているというか突出している一方で、ストーリー的にはラブコメとか異能バトルに向かわず、日常を中心にちょっと不思議だったり推理だったりするストーリーを見せてくれる作品を、ドンドンと刊行されている状況なんかも鑑みつつ、それに本流の角川も参入するんだなあと思ったものの、ふり返ってみれば角川は「ビブリア古書堂」が刊行される半年も前に、ライトノベル的なキャラクター性を持ちながらも、一般文芸からははみ出る作家や作品を集め「ノベルアクト」というムックで紹介してたっけ。

 そこでメーンに特集されていた、「心霊探偵八雲」の神永学さんなんかの作品も、今回の角川キャラクター文芸編集部から本が出ていたりするのを見ると、「ノベルアクト」が試したことに時代が追いついて、それを組織としてキャッチアップしようとし始めた、なんてことになるのかも。とはいエブリスタのようなネット向け小説を展開しているセクターから、引っ張ってきた作品をそのままヨコタテで本にしていたりするケースもあったりと多種多様。ネット向けにジクジクと配信されている文体が、紙の上に文字として定着した時に果たして同じよなリズム感で読めるのか、って問題については角川とも縁の近いエンターブレインを版元に、角川コンテンツゲートが文庫としてKCG文庫を創刊して、そこでエブリスタあたりから作品を引っ張ってきて刊行して、読んでみてうーんと悩んでページを閉じたりした記憶からも考慮する必要があるけれど、今の時代にネット小説を読んで育った人には、あのダイレクトにネット的な言語が編集もされず突きつけられても、気にせず受け入れてしまうのかも。その割にはKCG文庫って最近出てないけれど、うーん。

 とか角川書店絡みの話を思い出していたら何と、その角川書店とエンターブレインとアスキー・メディアワークスとメディアファクトリーと富士見書房とほか、諸々な角川グループホールディングス傘下にある出版社が、ことごとくホールディングスに吸収合併されて株式会社KADOKAWAという会社の中に入ってしまうという話が。つまりはホールディングスという持ち株会社がもはや事業会社とも同一になって、その中に事業統轄本部とかが作られ、その下に様々な出版社が事業部門的に並べて置かれるような感じになる訳で、個々に出版社として持っていたカラーなり、人脈なりノウハウなりがどういう風に混ざり合ってしまうのか、それともこれからも独立の気風だけは守られていくのか、ちょっと分からずどうなってしまうんだろうと、揣摩憶測が乱れとんでいたりする。

 とりあえず販売とか制作といった部分は、これまでもそうだったようにひとつにまとめられることになるんだろうけれど、広告展開とかも含めてカラーを出していたエンターテインメント出版を、ただ編集機能だけ抜き出しグループカンパニーとして事業本部の下に並べては、果たしてどこまでカラーを保ち続けられるのか、独立の気分を携わっている人たちが保てるのかがちょっと見えない。あの会社がっ、って思う気持ちと隣の編集部が、って思う気持ちでは似てやっぱり違うんだよなあ、モチベーションが。自分たちが頑張れば自分たちで何とかできると思ってやっていくのと、自分たちが頑張ってもほかが頑張っていないとそれが自分たちにも御世bうかもしれないと思ってやっていくのとではやっぱり違う。モラルにも響きかねないこうした事態を、それでも推進する以上はいろいろと考えもあるし、配慮もあるんだろう。そう思うしかない。

 影響が出るとしたらこれまでは個別の会社宛に送っていたファンレターが、これからは「あれやこれや先生へのはげましのおたよりは、株式会社KADOKAWAエンターテインメント・コンテンツクリエイション事業統括本部どうしたこうしたBCうんたらかんたら編集部内なんたらかんたら誌気付あれやこれや先生宛にね! 待ってるよ」ってことになることか。確実に封筒から宛名書きがはみ出そう。ってまあこれは冗談としても、人や金が左右に移動し刊行物の調整も行われたりする中で、本当だったら1つのレーベルの中で調整の果てにエイヤっと出されるはずだったものが、全体の刊行物のなかで見送られ見捨てられる可能性はあるかもしれない。大統合の目的が効率化っていうものなら、それがまさしく効率化だから。まあこれもやっぱり推測でしかないんで、やっぱり秋以降の様子を見るしかないか。巨大過ぎる翼下は安泰だけれどきゅうくつだと、飛び出てひとり、あるいは数人で何かを始めるような動きとか、あったりするかも。それすらも可能な環境にはある訳だし。ひとつの時代が始まった。


【3月27日】 微睡みながら眺めていたら、リードされていたサッカー日本代表ことザックジャパンが気がつくとさらにリードされていたりして、そして追いついたりしそうになったところで遠藤選手がPKを獲得して、ああこれは追いつけるなと思ったら外してた。なんだろうなあ遠藤選手のコロコロPK最強神話が、だんだんと崩れていっている感じ。それはいつかのナビスコカップでのPKでも見られたことだけれど、当時は絶対神話の中での失敗だったから話題になった。今は何か失敗しても不思議じゃないかもって思えるくらいに、どこかに不安が漂っている。

 それは年齢からくるものなのか、それともザックジャパン全体に漂うそこそこだけれど飛び抜けていない停滞感によるものなのか、分からないけれども本田圭祐選手が抜けて長友選手もいないと、こうもチームは攻められず守れないものになるのかってことは見えてしまった。どうするか。どうもしないだろうなあザックだし。豊田陽平選手が入るとかいろいろ話はあるけれど、入ったところで使うのはやっぱり前田選手が1択で、その意味ではあんまりジーコ監督勝負しっぽさもしないし、オシム監督のような未来を見据えたディベロッパーって感じもしない監督って感じ。だからこのままオーストラリア戦もコンフェデも行っちゃうんだろうなあ。阿部勇樹選手が入るだけでディフェンスも中盤も引き締まるのになあ。

 「館長庵野秀明 特撮博物館」の地方巡業が松江に続いて新潟県の長岡で開催となったようで流石に四国の松山は遠くても、新潟だったら行けそうな気がして日程を調べたら11月8日から来年1月21日までだった。真冬の長岡ってどんな感じなんだろう。っていうか長岡って新幹線で行けたっけ。そんなくらいに裏日本、じゃなかった日本海側の状況って知らなかったりするんでこれも良い機会だと蓑傘身に着け行ってみようか、イタリアンも食べたいし。松山の方は間もなく始まるみたいだけれどもトークイベントがあったり限定チケットが完売していたりと盛況な様子。東京で行われているって話を聞いてみんな、指折り加えてこの開催の時を待ち望んでいたんだろうし、秋からの長岡にもそんな人がいっぱいいるんだろう、新潟なら秋田や富山なんかからも人来られるし、ってそういう地理だったっけ。

 こういうサブカル系の展覧会に、果たして地方でどれくらいのニーズがあるのか分からないけれど、たとえ地方だってそこにはしっかり特撮のファンがいて、特撮番組を今も見ている子供たちがいる。それらは昔の特撮とは違うかもしれないけれど、だからこそ歴史を振り返ってそこに掛けられた情熱の詰まった品々を見れば、絶対に得られる何かがあってそれが未来の特撮の、あるいは映像表現の進歩に繋がるクリエーターを生み出すきっかけとなる。それなら地方で開かれる意味は十二分にある。都心部でノスタルジーから見る人たちよりもむしろ前向きかもしれない。だからこそ松山とそして長岡と続く開催を、東北九州北海道へと広げていって欲しいもの。そしてはるか海外いんも。無理かなあ。頑張れ日本テレビ放送網、それが庵野秀明さんというクリエーターを、エヴァンゲリオンというコンテンツを手に入れた局としての責務だ。

 「うる星やつら」のブルーレイボックス第1巻が届いてこれはこれでとっても嬉しい品、ずっとテレビでは見ていたけれどもパッケージでは手を出してこなかっただけにこうやってディスクの1つの頂点としてまとまった時に手に入れておくのもこれで押井守監督というクリエーターを知り、高橋留美子さんという漫画家を深く知り、何よりアニメーションを観る面白さを再確認させられた者として、半ば責務のようなものなのかもしれないなあ。本当のことをいうと高橋さんが描く漫画のポップさと比べて、高田明美さんがデザインしたアニメはどこかラムちゃんの可愛らしさが違っていたような気もしたんだけれど、それもすぐに慣れたし何より話がトンでいた。

 そこに詰まっていた何でもありのスピリッツが、時代を経て例えば新房昭之監督の一連の作品みたいな形だったり、高松伸司監督の「イクシオンサーガDT」とか「銀魂」といった作品だったりと、あれやこれや革新的な表現が試し試されるようなアニメの登場に繋がっているんだとしたら、やっぱりエポックメーキングな作品として、位置づけられるべきなんだろう。そしてこうやって見られるようになることも、大きな意味を持つんだろう。ノスタルジックという面だけでなく。続く2巻3巻4巻と先は長いけれども頑張って揃えよう。「らんま1/2」と「めぞん一刻」はパスかなあ、漫画には思い入れが深いけれどもアニメはあんま、見てなかったんだ実は。

 「うる星やつら」と言えば気になるのがいったん発表になりながらもペンディングされてしまった「うる星やつら劇場版2 ビューティフルドリーマー」のBDの発売で、それを元にした上映なんかも1度だけながら行われたことを考えればちゃんとデータとしては出来上がっているんだろうけれど、それからもう何年も経っているのに音沙汰がないのはやっぱりいろなことがあるんだろうなあ、いろいろと。でもレーザーディスクは出ているしDVDだって出ているのにBDだけ出ないってのは不思議な話。それは劇場版全体に言えることだけれど、企画が進まないのは何だろうなあやっぱり「2」がしこっているからなのかなあ、版権もいろいろ違うみたいだし、うーんよくわからないけれどもこうやって、テレビシリーズがボックス化されるなら劇場版も是非に進めて欲しいなあ、パッケージが売れるのって今のこの時期くらいが最後のピークになるんだろうし。

 亡くなった納谷悟朗さんの言葉が伝えられたり、東京アニメアワードで大平透さんや斯波重治さんが語ったりして草創期世代の声優さんや音響に携わる人たちの苦言が漂った一方で、発売された「アニメスタイル003」では「魔法少女まどか☆マギカ」や「ささみさん@がんばらない」の新房昭之監督が「ベテラン声優の一部の人たちについて『この人、本当にアニメに興味あるのかなあ?』と思ったこともあったんですよ。アフレコの前に芝居を組み立ててくるわけでもないし、現場でも口パクを合わせるつもりもない」と言っている。アニメが好きでアニメ作品を原作まで含め知りつくし、その上で芝居をきっちり作り込んだ上で作品に合わせて声を出す、アニメ世代のアニメ声優の必要性ってものをうかがわせる新房昭之さんの言葉だけれど、草創期世代だって強く芝居を意識して声を出していた。その間のある世代に何か違和を抱いているのかそれとも個々の資質によるものか。スタジオジブリとか細田守監督とか声優さんをあんまり使わない人もいたりする中で、ちょっと考えてみたい話かも。

 という訳でもないんだけれども若手の声優さんの中でもダントツに人気があってそして実力もピカイチな宮野真守さんが登壇する「伏 鉄砲娘の捕物帳」の舞台挨拶付き上映会ってのがあったんで見物に。開演前に4月発売のBDを予約すると抽選で10人に宮野さんとそれから冥土ちゃん役の宮本佳那子さんとあと監督の宮地昌幸さんのサインが入った色紙が当たるそうだったんで早速予約。けど抽選券が001番だったんで宮野さんがイワンに頭が上がらない限り引かれそうもない数字だと諦めていたらその宮野さんが009であるにも関わらず009を引いてくれたぜラッキー。でもこれで今年の運は使い果たしたアンラッキー。まあいずれ届くだろう。そして舞台挨拶では真っ白な宮野さんと真っ白な宮本佳那子さんが並んで黒い宮地昌幸監督も加えてサンキュータツオさんの司会で楽しくおしゃべり。宮本さんは「キングサーモン」のポーズを何度も決めてくれたけれどそれが何を意味するかは、BDかDVDに入っているオーディオコメンタリーを聞くか、4月27日に科学技術館であるらしいイベント「伏の森で逢いましょう」だかに行こう。きっとわかるその凄い秘密が。そして見られるキングサーモンのポーズが。


【3月26日】 半ば風邪で意識が朦朧とする中を、それでも感動を再確認しようとネットなんかを漁りっていたら見つかった、Daniel Gallagherって外国の人がきゃりーぱみゅぱみゅの「にんじゃりばんばん」をアコースティックギターの重ね録りで唄い演奏している映像。それは日本語が巧くて歌が巧くてギターが巧くて重ね録りされたサイドギターやパーカッションやコーラスの水準が高いことでも感動物だけれど、こうやって聞き直してみるとその楽曲の旋律がなかなかに切なくてメロディアスだってことが浮かび上がってきた。本家の曲はエレクトロでキッチュな日本風のアレンジが加えられているけれど、芯はなかなかに強くてしっかりした曲だったんだなあ、そしてそういう曲を作れる中田ヤスタカさんややっぱり面白いミュージシャンなんだなあ、ってことで。ちなみにこのダニエルさん、どうやら出雲に在住の様子。東京でも大阪でも呼んで弾かせて聞いてみたいなあ「にんじゃりばんばん」アコギ版。

 緊迫するラオ情勢とか垂直尾翼が吹っ飛び墜落寸前のジェット旅客機の行方とか気になって仕方がなかった「イブニング」の最新号では、日本橋ヨヲコさんの「少女ファイト」にいよいよ練が参加したバレーボールの全日本女子代表チームが登場、キャプテンが変態だった。もしも本当の全日本女子でもああした新入りの“歓迎”が行われているとしたら何て微笑ましくも美しくそして恥ずかしい光景なんだろうと想像したけど、さすがにないよなあ、あんなこと。詳しくは雑誌の連載で。しかし全日本のメンバーに名前だけで記憶されているとは練の姉の真理って凄い選手だったんだなあ、それを重荷にしつつもしっかり自分も上に来る、練も流石の選手ってことか。志乃にも早く上がってきて欲しいなあ、田上って瞑想している選手と髪型被るけど。

 そして遠藤浩輝さんの「オールラウンダー廻」はマキがヘンだった。変態までは行かないけれども巨大なぬいぐるみのポルナレフを抱きかかえてのたうち回って醜態を見せて、そこに妹が栗羊羹を口に突っ込みかろうじて収まりはしたものの、脳内に浮かんだ妙な妄想は消えずさらにふくらむ様相。ああ恋の季節。しまたけひとさんの「敗走記」は漫画を続けるかもう消えるかの瀬戸際で良くない方向を選んでしまった挫折が。でもそれが描かれこうして載っているということはつまり。虚構と現実の狭間で揺れる漫画家の矜持って奴が見え隠れしてこれからの展開に興味が浮かぶ。佐々木拓丸さんの「Eから弾きな。」はギターを弾く覚悟って奴がいよいよ試される時。やっぱり弾きたいのか? 弾くことが人生だと見つけたのか? だったら進むっきゃないってことだ。立てステージへ。その瞬間に爆ぜるエナジーが楽しみ。

 つまりそこに上条当麻さんがいて、モヤモヤを都市的に発生させるユウギリの所まで近寄っていっては「そのふざけた幻想をぶち殺す!」と叫びながらユウギリをぶん殴ればすべて1発で解決したんじゃないかとか、思ったりもしたけれどもそこは大人のアンディ・ヒノミヤ、最初にユウギリを優しく抑えて能力の発動を治めた兵部京介が、今度は力を抑えきれずに暴走し始めたところまで行ってそして殴らす全部吸い取るようにうち消して丸く収めてしまった。何という平和主義者。逆に言うなら上条さん女の子の顔ぶんなぐりすぎ。なのに相手に惚れられるというこの不思議。あの拳には何か愛を感じさせる魔術でも仕込んであるんだろうか。それはないか、魔術も超能力もうち消してしまう拳だから。ともあれ兵部は生き残りユウギリも加えP.A.N.D.R.Aは再会に向けて動き出す。協力したように見えてB.A.B.E.Lも兵部たちとの戦いを続けていく、その間に立ってアンディ・ヒノミヤはどこに行く? 余韻が次回に繋がることを願おう、最終回はあんまり不二子ちゃんも活躍しなかったし。

 オーソン・スコット・カードの「エンダーのゲーム」が映画化されているとかでいかにもハリウッド超大作めいたポスターなんかが掲げられてはエンダー少年が宇宙規模で何かとバトルするような雰囲気を醸し出していた。もちろんSFファンは原作が既読だからエンダーが何をどうしてどうなったかはお見通し。その逆転の恐ろしさとそしてその後に続く長い旅路をもってひとつのシリーズと観ている訳なんだけれど、映画のファンにそんなまだるっこしい展開が通用するわけもなければ、ハリウッド的に続編がいきなり辛気くさくなるような展開も通用しない、ってことでやっぱりここはハリウッド的に「俺たちの戦いはまだ続く」めいた余地を残しつつ、ヒットすれば続編のそれも1話目をよりスケールアップしたバトルが繰り広げられるような展開へと、突き進むに違いない。

 たとえばエンダーにはすぐに次なる敵が現れ戦いを挑んで来るんだけれどそれは、巨大な姿をした神様のような恰好をして手足を振りまわして攻撃してくるから、小さいサイズの人間が相手ではかなわなければ宇宙船のようなものでも戦えない。ならばと開発したのが巨人の戦士でそれを人類はスティックとボタンで操作できるようにしつつ、一方で地上ではそうしたスティックとボタンの操作で巨人の戦士を自在に操り技を繰り出せるような技能を持った者たちを、場末のアーケードをめぐり炎天下で大会なんかも開いて探し出しては優秀な4人を選び出し、それぞれサラにジャッキー、ブンブンマルとそしてジェフリーといったニックネームをつけてエンダーとともに戦場に送り出した。果たして人類は勝てるのか。そのスティック捌きとボタン操作は敵を上回れるのか。36度の体温ではいられない戦いが始まる。題して「エンダーのゲーム2 仮想の戦士」。何か行けそうな気がして来た。

 そして好評を得て製作された第3作目は、シューティングでも格闘でもかなわないと観た敵が、人類の中にある恋情に作用して侵略をしようとしてあらゆるネットワークに入り込み、そこから男子には美少女の姿で、そして女子には美青年の姿で誘いをかけ籠絡しようとし始めた。これは拙いとエンダーたちは、ネットを通じた仮想の恋愛に長けた猛者だちを召集。あらゆるパラメーターを駆使して誘いかけてくる敵を、逆に籠絡できるような技量の持ち主たちを並べて挑み、ついに相手からの告白を得て懐柔に成功して地球を守り抜いたという、そんなストーリーを持った「エンダーのゲーム3 ときめきの記憶」なんてものが公開されて世界は多いに沸き立ったという、そんな未来を想像したりもしているだけれど果たして。まあきっと当たらないだろうなあ、続編というより本編も。ハッピーエンドじゃないもん。

 池口恵観さんについては大昔に明石散人さんが知り合いだったみたいで、持っていた最福寺の桜島をモチーフにしたマークがはいったステッカーを何枚か頂戴したこともあったりして、それ以来あちらこちらで名前を見ても、単なる得たいの知れない怪僧というよりは、誰でもかまわず受け入れ思うところがあれば行動する一種の豪傑なんだろうなあという受け止め方をしていたから、今回のように朝鮮総連のビルが競売にかけられたのを応札したことにも、北朝鮮との長いつきあいなんかも含めて何か思うところがあって行ったんだろうなあといった感覚で見ていたりする。

 不思議なのはそうした池口恵観法主を慕って、プロ野球選手や文化人が集まる中に安倍晋三さんもしっかりいたにも関わらず、安倍さんを応援しまくっている新聞グループはそのことに触れようとしないこと。北朝鮮を悪の帝国呼ばわりし、そうしたスタンスを見せる安倍さんを応援している以上は、北朝鮮を敵視していない池口さんが安倍さんと親しい間柄にあるなんて、書いて安倍さんを非難するような方向へと筆を運ぶのは拙いと、知ってしらんふりをしているんだとしたらこれもまた情けない話。端から見れば瞭然なのに、自分たちでは頬被りして見ようとしないその態度が、全体としての信頼に響いているとどうして気付かないのかなあ。気付いていたらとっくに改めているか。だからこうなったというだけのこと。その先は。考えるのも怖いなあ。


【3月25日】 みんな揃ってハイペリオンになった割には、敵が強すぎて蹴散らしきれない辺りは紺も含めてエカルラート姫にマリアンデールともプロフェッショナルな戦士ではない現れか。1人セングレンが頑張ったところで、それでは相手もハイペリオンを真似たか何かした人造ハイペリオンたち、その数も大勢で繰り出されては疲弊もやむなしといったところに現れたEDたちご一行、こちらはしっかり鍛錬された面々だけあってハイペリオン化したら強い強い強すぎる。集まった敵を蹴散らし進んでそして辿り着いた戦場で、空を行く島を見せて相手の気勢を削いで、どうにか戦いも収まるかに見えたところにモリゾーだかキッコロだかが巨大化して、すべてを踏みつぶしにかかって以下次回。謎の女も結局、空に浮かぶ島のことをよく知らないみたいだし、何を目的にしてどう落とすかも見えなくなっている最終回をいったいどうまとめ上げるのか。大団円でエイエイオー。それでも良いような気がしてきた最近。

 今日も今日とて折角だからと「少女革命ウテナ原画展」とか見物に行ったら土曜日と比べて各段に透いていて、飾ってある原画とかセル画をじっくり見るには最高の日和だったけれども代わりに会場限定グッズは図録も含めて売り切れで、どうしてなんだとプリンセス・オブ・ザ・クリスタルはとてもとてもお怒りだっという。イマージーン。絵ではやっぱり長谷川眞也さんの描く絵は耽美さ凛々しさ可愛らしさ強さがすべて詰まって凛として、見ていて引き込まれるけれどもそれに含めて大胆な構図で描かれたキャラクターたちの姿が、アニメになった時にメリハリを感じさせスピード感もしっかり出していたりするから素晴らしいというか、オープニングなんて何回見ても最高だよなあ。場内ではそのオープニングが上映されていて、後ろの方にはその原画もあって見比べてああなるほどこう描かれているからこう見えるんだって分かって面白かった。展覧会ならではの味わい方。それも今日で終わってしまうのか。東京近郊でまたやってくれないかなあ。

 「ケモノガリ」が殺伐としまくっていた東出祐一郎さんの「オーギュメント・アルカディア」(朝日新聞出版)を読み終えた。ハンバーグ作りの巧い忍者が日本刀でデジタルデータを両断する話だった。本当だってば。あと幼なじみとは仲良くしておくに限ると思った。それと情報体はドジっ娘に限るとも思った。以上。ってそれでは説明にならないからもうちょっと足しておくと、ARというか仮想現実をほとんど“体感”できるようになった世界に生きる人たちが、そうした世界に生まれいでた1人の仮想人格の少女を廻り奪い合って戦い合うというストーリー。あんまり殺伐とはしていないけれども割と人は死んでいくのは東出さんならではって感じかも。

 彼女がどうして生まれたか、そしてどんな力を持っているのかは分からないけれども、普通によくあるARの仮想人格とはちょっと違って謎めいたところを持っていた。それを知って謎を解き明かすために動いたのが忍者の末裔という1人の探偵。喧噪とした都市でそれなりに仕事をこなして食べていた彼にとっても身に余る仕事ながら、それでも頼まれたことはやり遂げるという信念と、受け継いだ忍者の力を駆使して仮想現実が身に及ぶ戦いをくぐりぬけ、肉体の損傷すらもかわして突き進む。仮想現実を身にまとい生きているからこそそうした仮想現実へのクラッキングが肉体への損傷にもつながりダメージを食らうなら、いっさいのデジタルとの接触を断ってその身ひとつて動き戦えば相手の攻撃も効かないんじゃないか、なんて思いつつそれだと日ごろの暮らしがなりたたないくらいに、あらゆることが仮想現実との関連を持って動いていたりするんだろう。

 そうした世界でいかに相手を上回って勝ち抜くのか、といった辺りでのテクノロジーと体術の双方が絡み合ったバトル描写がなかなかに斬新。絵で描けばいったいどういう表現になるんだろうかとも思うけれど、忍者が日本刀を持ってばったばったと敵をねじ伏せ美少女を守るシーンなんてちょっと絵でみてみたい気もしないでもない。そんな忍者の青年を導く謎のハッカーがいて、その目的が明らかになった時とその正体が分かったとき、浮かび上がるひとつの過去から続く繋がりが、ちょっぴり胸を打つ。友達は大切に。しかし最高峰の情報体って割にはヒロインのディーが阿呆過ぎるのが面白いというか、そんな天真爛漫さも誰かの企みなのか、それは明らかにされるのか、続きがちょっと読んでみたい。主人公が作るハンバーグを食べて情報体がほっぺを落とす場面も見てみたい。そんなことが可能なのか? 可能らしいよこの世界では。

 なんか寒いけど暖かくなれそうなイベントが開かれるってんでZepp Tokyoへと回ってきゃりーぱみゅぱみゅの世界ツアーの東京公演初日を見る。イベントとかで入ったことはあってもそういう場合は席があるからどんな感じになるか分からなかったスタンディングのだいたい2000番目くらいに入ったら前から半ば過ぎまでいっぱいだったけれど、段差がついた後ろの方は割りに余裕目でそこにバーの後列に位置を確保してスタートまで暫く。前へと出られないこともなかったけれど、棚のない平場に降りてそこに背の高い人間が前に立ったりするともうまるで見えなくなるのがZeppの構造なんでこの位置取りはまあしょうがなかったし、実際に公演が始まって現れたきゃりーぱみゅぱみゅがステージの上に立って唄って踊る姿をちゃんと見られたんで結果オーライ、むしろベストポジションだったかも。

 でも小学生とか中学生の子とかは辛かったかもしれないなあ、そういう層も割と居たりするだけに、前の方にそういう層向けのスペースを作って上げると良いかも。でもそれやると俺中学生って背の低い大人が紛れ込む可能性もあるからなあ、難しい。しかし小中学生もいればスーツ姿のおっさんもいて女子もいて年輩の女性もいたりと実に多種多様な観客層は例えばAKB48ではあり得ないだろうし、ももいろクローバーZでだって多分ない。Pafumeでもないだろうそれを実現してまるで誰も飽きさせないライブを繰り広げるっていったいどういうアーティストなんだろう、ってところがやっぱり凄さの秘密なのかも。自分をエンターテインメントだと称してディズニーランドになりたいと喋っていたきゃりーぱみゅぱみゅ。なるほどディズニーランドなら老若男女を問わず誰だって楽しめる。なるほどそういう生き方か。それをプロデュースする中田ヤスタカさん。これまた凄いと喝采。

 さてライブだ、だいたいの知ってる曲をやってくれた上に最新の「にんじゃりばんばん」も聞かせてくれて、サビの部分でPVと同様に忍者ポーズを決めてから上でぱんぱんと手を叩く動きをみんなで一緒にやって楽しかった。その時にサビをアカペラで唄ったけれどちゃんと音程とれていたし声も歌といっしょだったから唄える人なんだと思ったよ、ああ思ったさ。パフォーマンスでは本人の踊りも楽しかったしキッズも可愛かったけれど、途中から出てきた男性2人のダンサーさんが表情も仕草もコミカルに踊っていたのが印象的。スタイリッシュに踊るなら大勢の人がやっているしいろいろな場所で見られるけれど、ユニークなのに切れ味も鋭いダンスってあんまり見ない。その意味ではきゃりーぱみゅぱみゅのライブはとってもとっても見る価値があるってことで。歌ではカプセルの「Jelly」を珍しく唄ってくれたなあ、良い曲だった。そして良い歌声だった。また行こう、渋谷公会堂とか、チケットとれるかな、頑張って。


【3月24日】 猫には超能力があるのはずっと昔から分かっていたことで、たとえば行灯の油を舐めては尾を2又に別れさせ、化け猫となって人を襲ったり大事な人を守ったりもすれば、夏への扉を探し求めて人を昔の時間へと連れて行ったりしてくれる。他人の心を操る力をもって海賊課の刑事となって宇宙を跋扈する海賊と戦ったりもしていたっけ。ともあれ猫には超能力がある。それはずっと分かっていたことなのに、人間はなかなか気付こうとしなかった。だから爆発したんじゃないかなあ、泉和良さんの「猫の彼女のESP」(星海社FICTIONS)という物語の中で、最初にESPを暴走させて地球の回転を巻き戻したりして、世界に甚大な被害を与えたエグエリって猫は。

 それがきっかけとなって発見され始めた、超能力を持つ猫の存在。もちろん人間はそれくらいの力を持った猫を危険視して、取り締まり殺したりしようとしたけれど、中には人間を操ったりして、どうにかこうにか逃げだそうとする猫もいたりと、追いかけっこも始まった。そんな猫とひとりの女性の関係が、驚くような結末を迎えてから10年、事件にかかわった青年も歳をとって、今は日本に生まれた“猫殺し士”となり超能力を持った“特殊猫(ルナ)”のアサキを相棒として傍らに置いて、一緒に超能力を持った猫が起こす犯罪なんかを取り締まっていた。

 そんな矢先に飛び込んできた、猫を飼う少女の家で両親が殺され少女が異能を発揮した特殊猫と立てこもっているという事件。かけつけどうにか解決したものの、少女は猫と一緒にいたいと叫び、けれども政府は許そうとしない。危険を承知で少女を猫と一緒に置くなんてできないとうのはもっともな理由だし、猫の力が少女に同化して共に異能を発揮するような現象も起こり始めていた。感情の起伏が激しい少女にそんな力を持たせるのは無謀。だから押さえ込もうとしたものの、そこに暗躍する1匹の特殊猫がいた。

 といった感じに進む展開は、人間が猫という存在に寄せるある種の行為めいた感情があり、一方に猫はそうした人間の感情を愛として受け入れるものもいれば、人間を敵とみなしてただ利用してやろうとするものもあったりと様々で、なかなか一筋縄ではいかなさそう。昔から言うじゃないか、猫だって生き物さって。いやそれはあんまり関係ないけど、そんな敵対する最悪の猫が起こした事態を前に主人公はどう立ち向かい、新たに誕生した最年少の“猫殺し士”のペアはどう関わっていくのか。そんな辺りを続く展開では楽しめそう。特殊猫をあくまで研究の対象として見て冷徹に接する栗山ヒロミの内奥にある複雑な感情を、誰がどうやって解きほぐしていくのかも。

 家にいても重苦しいので、ららぽーと横浜に入った新しいブランドの視察に行くことにして途中で榊一郎さんの「仮想天使は魔術を詠う」(スマッシュ文庫)なかをペラリペラリ。ネットの奥底から配信されている、一種のボーカロイドソフトをダウンロードした少年が、やたらと細かい設定を終えるとそこから現れたのが3DCGどころか立体視ですら飛び越える実体を持った少女だった。おまけに幼なじみそっくり。どういうことだ。それは何やら魔術を駆使した戦いなんかが行われていて、少女は呪歌詠唱用仮想人格(ガルドロイド)としてその戦いで武器となる存在だとか。勝ち抜けば何でもひとつ、何かを<失わせる>ことが出来るらしく少年は、パソコンから出てきた少女の元となった幼なじみで、病気により声を失ってしまった少女の声を取り戻すべく戦いに身を投じる。

 ずっと魔術を使い続けると体力が削られるとかいった設定もあったりして、使うのになかなか大変そう。いっそだったら家ごとデータが入っているパソコンをぶち壊したらどうなるの? って思ったりもしたけれど、そいういう卑怯を選ぶ敵はおらずそれでもふいを襲ったりビギナーを狩ったりする不届き物はいたりして、そういう輩に少年も襲われそうになったけれど、そこに学校の知り合いで、銀髪で長身で性格は肉が大好きという親父みたいな美少女にして大金持ちの令嬢が現れ、やっぱり戦士として卑怯を糺しつつ少年い戦いを挑んできたりして、少年はやっぱり戦うのかと迷いながらも頑張って撃破し、そして最後の決戦へと向かっていく。

 最後に現れた敵はいったい、プロローグに出てきて決勝に敗れた男と同一なのか、だったら最初の戦いで勝った少女はいったいどこにいったのか、なんて疑問も浮かんだりするし、最終的に勝利をしたならこうやって、魔術を使って競わせる戦いそのものを<失わせ>れば少年が参入することになったきっかけも失われ、二度と戦いも起こらなくなるんじゃないかとか思ったけれどもきっとそれはルールに反するんだろうなあ、矛盾もするし。だから闘い続けると。ボーカロイド的なソフトを使って化身の戦士を作り出す設定の割りには、音楽そのものの差異が力の差異となって現れるような描写が少ない気も。そこは「神曲奏界ポリフォニカ」で音楽の力が精霊を癒し世界を整えるストーリーを書いた榊さんだけに、もうちょっと踏み込んでいって欲しいところ。だから続きに期待。

 そしてはるばる到着したららぽーと横浜は鴨居って別に大きくもない駅から歩いて5分ほどの場所にでっかくあって映画館まで入って近所の人なら使い勝手は良さそうだけれど横浜市街地からだとやや遠そう。長津田から新横浜あたりまでを商圏に考えているのかな。入っているブランドは多彩だし来る人も多くて中は通路まで人がいっぱい。豊洲のららぽーとともまた違ったファミリーな感じにあふれてた。そこで「チャールズ&キース」って香港生まれのブランドをちょい見物、なるほどカラフルな上に素材の割りに安かった。これならなるほどファストファッションのムーブメントの中でも差異化は出来そう。決して超安でもないけれど高くもなくって質は良い、そんなあたりがこのちょい景気が上向きに感じられる状況では売れるのかも。実態がどうなっているかはちょっとまだ分からないけれど。

 酔って羽目を外すってことも正直、好ましいことではないけれども人間、完璧じゃないから時にたがが外れて行き過ぎてしまうこともある。でもなあ、まったくの素面でもって完璧なまでに法に背くようなことをやってそれに加えてアクシデントまで呼び込んでしまってはもはや反社会的行為としか思われなず、それをやってしまった人間に対して何か擁護するような言葉も紡げない。問題はそれをどこまで周囲が察知していかってことで、明らかに法に背いているにも関わらず普段から黙認していたのか、それとも申告がなく気付かなかったのか、ちゃんと気付いて普段は止めていたのを個人が目の届かない場所だからと法に背いたのか、いろいろパターンは考えられてどこに責任を帰結されれば良いのか分からない。とはいえ最終的にはやってしまった個人に最大の責任がのしかかる訳で、その立場を考えた時に、そして日ごろから何を言ってきたかを考えた時に生半可な対応ではすべてを失う可能性もありそう。さてどうする。連日連日困ったなあ。だから僕が困ることじゃないんだってば。


【3月23日】 早起きしたんで「絶園のテンペスト」を見てフロイライン山本の胸とか楽しんだ後に家を出て、折角だからと池袋西武で開かれている「少女革命ウテナ&輪るピングドラム展」をのぞいたら長蛇の列だった。入るまでにだいたい20分くらいかかってそれから中も普通に見るには行列つくって後をついていく感じになっていたんで、そんな列の後ろからのぞき見をするように原画とかを見てああやっぱり格好いいアニメーションだったんだなあ「少女革命ウテナ」はって思いを新たに抱く。どのシーンのレイアウトも格好良ければ人物も格好良くって美しい。それが耽美で幻想的で少し猟奇な世界観と重なって暗黒の宝塚的雰囲気を醸し出していた。

 当時は「新世紀エヴァンゲリオン」こそあったもののロボットアニメで少年の成長を描くというストーリーライン自体はほかと大きく違っていない訳で、そんな中に少女マンガのようだけれども小劇場の演劇のような異形のような作品として「少女革命ウテナ」は登場して、やっぱりの阿鼻叫喚とそして感嘆と賞賛を一部に浴びて一部に盛り上がった。でも別に世間が騒ぐようなベストセラーにはならなかった。それが時代を越えてこうやって、愛され続けているところに、時代や流行に阿らないで見たい人の心を衝くような何かがあったんだろう。それが「輪るピングドラム」にあるかというとちょっと分からないけど。もうちょっと経たないとね。出てグッズ売り場の行列に並ぶとそこから30分は掛かりそうだったんで退散。月曜日にまた行ってカタログとか買うか。込んでるかなあ春休みだし。

 有楽町線で有楽町へと回って「アートフェア東京」の公開日をのぞいてみる。景気が回復気味だからなのか若い人でアート好きも増えているからなのか、結構な人手があってなかなかに楽しそう。超高級なデザインフェスタ、って言っちゃえば言えそうな感覚で来ている人もいたみたいで、そうした人たちがお小遣いを貯めて買っていくことで、未来のアート市場も作られると思えば決して劣化が進んでいるだけってことでもなさそう。会場では一昨日のプレビューでみかけた近藤智美さんによる、「のこそうヒトプラネスト」を描くための習作的なミニチュア版を買ってしまう。

 去年に上野の森美術館で開かれていたVOCA展で「のこそうヒトプラネスト」を見て気に入って、その後に取材もしていたアーティストなんだけれどもその作品が、4月26日から六本木ヒルズの森美術館で始まる10周年記念展の「LOVE展 アートに見る愛の形 シャガールから草間彌生、初音ミクまで」に出ると聞いて、いったい誰と一緒に並ぶんだと見て錚々たる面々に仰天。シャガールもいればフリーダ・カーロもいてオノ・ヨーコもいたりデミアン・ハーストもいたり荒木経惟もいたりといった具合に内外の凄まじいばかりにビッグネームが揃う場に、今はまだ無名に近い近藤智美さんの作品が並んだ曉に起こるのは超飛躍。そしてそこに飾られる作品の原型ともいえる絵は、将来においてというか現時点において貴重すぎるものになる。

 ならば持ちたい、持っておきたいというのが世の道理って奴で向こう何カ月かのお小遣いを考えつつ、一気に買ってしまった。まあ良いや、価値はともかく好きな絵だから。そういうものですアートって。一昨年は萩尾望都さんの版画を買い去年は江口寿史さんの原画を買ってと続いているけど、そうやって好きなものを集めていった何十年か後に、見せる場所を持てたらいいなと夢に見よう。無理かなあ、潰れそうだしなあ、阿呆がど阿呆をやったせいで。さてそこから新橋に言ってスパキングダムで食事をしてゆりかもめで東京国際アニメフェア2013へ。ぶらっと寄ったSTUDIO 4℃で手塚プロダクションの松谷孝征さんとスタジオぴえろの布川ゆうじさんとそして4℃の田中栄子さんがトークを繰り広げている場に行き合う。大ステージで500人を集めてお金をとって聞かせても良いくらいの貴重なイベントを無料で間近で見られて万々歳、こういうのがアニメフェアの好きな部分かなあ。

 そして始まった東京アニメアワードは、細田守監督の「おおかみこどもの雨と雪」が監督賞とか脚本賞とか映画部門の賞とか美術賞とかいろいろとってた見たいでいったい、2012年にはほかのアニメーションってなかったのかよって言いたくなるけれどもそれだけ総合的に優れた作品だったってことなんだろうなあ、としか言えない。でも僕はやっぱり「虹色ほたる 〜永遠の夏休み〜」に何かを上げたかった。音楽賞とかでも良いし脚本賞でも良いし。難しいなあ、その意味で言うなら「火要鎮」にアニメーション部門賞を与えた文化庁メディア芸術祭は先鋭的で独自性も発揮されていたって言えるのかも。「アシュラ」も「グスコーブドリの伝記」も入ってたし「LUPIN THE THIRD 峰不二子という女」も入って目配りが利いてたし。

 でもやっぱり東京アニメアワードでは功労賞に出てくる重鎮たちの姿に見え、言葉を聞くのが1番の楽しみ。だって滅多に会えない人たちだよ、そして伝説を作った人たいだよ、そんな人たちの言葉は経験もたっぷりあって深くそして重たい。アニメーションに関わる人なら何をやっていても演技に携わっている声優さんでも聞いて損はないんだけれど、そういう人は来ていたんだろうか、やっぱり受賞関係者だけだったなろうか。とりわけ今回は、声に関する声にとても深みと重みがあって聞いていて心にズキズキと刺さった。まずは大平透さん。いわずとしれた重鎮で「マグマ大使」のゴアもあれば「ハクション大魔王」の魔王もありそして「笑うせえるすまん」の喪黒服造なんかがある。聞けばすぐにその人だって分かるくらいに名前の通った人なんだけれど、それでも挨拶ではこう言った。

 「『葉隠』の武士道には、身を捨ててこそ浮かぶ瀬もありというのがある。声優は忍者でなくてはいけない。私はそう思うんです。描かれた人物には、自分の名前を出すのではなく、その人物になりきる。かつて有名な声優から、『え、ハクション大魔王は大平ちゃんがやってたの』と言われました。勲章だと思いました。自分の名前ではなくハクションはハクションとして受け入れられた。それが声優だと思います」といった大平山、話をあの太くて格好いい声でやってくれるからもうたまらない。会場に若い声優さんがいたとは思えないけれどももし聞いていたら、その言葉を何十回となく噛みしめて、アニメーションの声を演じるとはどういうことなのかってことを考えてくれればこうやって、功労賞というものが東京国際アニメフェアのアワードに関連して作られて、経験豊かな人に贈られている意味もあるんじゃなかろーか。

 そしてもう1人、音響監督として数々の作品に関わりそして声優を鍛え育て上げた斯波重治さんもこう話してた。「1観客として、1視聴者としてアニメーションを観て楽しませて戴いているが 勝手な1人だけの感じだけれど、今の日本のアニメーションには2種類ある。1つはアニメ(意味的には旧来から斯波さんが作ってきたアニメーションのことか?)とそれから「アニメ」(最近の賑やかなアニメのことかな?)。長くなりますから割愛しますが、どうしてもアニメーションが持っている根本的な大事な物が、少し置き忘れられているのではないかと、一介の視聴者として感じております」。

 ここで斯波さんがアクセントをやや変えて比べた「アニメ」と「アニメ」の間にある差異が、声優さんのことなのか別の音響全般のことなのかは伺い知れないけれど、こと声の演技について厳しかったと聞く斯波さんの言葉である以上は、やっぱり声優さんにまつわる指摘だったと感じ取るのが普通だろう。そしてそれがどういうことを指摘しているのか。苦言か賞賛かも含めて皆、今一度考える時に来ているのかもしれないなあ。そうした葛藤から離れようとした「おおかもこどもの雨と雪」がそれによって一般性を獲得し、いっぱいの賞をもらった例もすぐ横にあった訳だし。いずれにしてもこうやって、重鎮の生の言葉が苦言も含めて聞けるという意味で東京アニメアワードの功労賞にはとてつもない意味がある。石黒昇さんのように聞きたいのに声が聞けない事例もあってそれは悲しいことだけれど、だからこそ頑張って選ぶ人には昔の人の偉業を世に出し顕彰して、その言葉を改めて世に問うてアニメという場をさらに盛り上げていって欲しいもの。おめでとう御座いますと受賞者に言いつつ頑張ってと運営に激励。

 国会議員の人がある新聞社に書かれたことが名誉毀損に当たるって訴えていた裁判に判決が出たみたいで、その主張が認められて金額こそ要求していた3300万円には遠かったけれども80万円という支払いが、書いた記者と乗せた新聞社に命じられたという結果は国会議員の側に全面的な勝訴といった感じとなった。まあそれも当然な話で、記事によって指摘された阪神淡路大震災の際にその国会議員が絡んでいたグループが、反政府的なビラをまいたって話はネットの上でバラまかれた挙げ句に綿密な検証が出てデマだったってことがしっかり分かっている。

 当時なるほどグループはペーパーを配ってはいたけれど、震災直後の物が画像ファイルで見られるようになってそれを見ると、震災の後で大変な被災地の人たちに向けて為になる情報を伝える情報誌なものでしかなかったりする。東日本大震災の後もこうした役に立つ情報がネットやペーパーで伝えられたけれど、今ほどネットが発達していなかった1995年に現地でお役立ち情報をペーパーにして配ることに何の不思議もない。

 けどそんなペーパーの発信元を非難したい筋は何が書かれていたかなんて検証をせずに、日ごろのその国会議員の言動を受けて反政府的なことが書かれてあった自衛隊の活動を妨害するようなことがあったと騒ぎ立ててそれを受け、ネットでデマとして広まっていったっていうのがだいたいの状況。そうやって耳に入って来た話をきっと本当のことだと信じて書いてしまったんだろうその記者と、載せてしまった新聞社だけれど当時にどんなペーパーが配られていたかを示せば1発でそれがデマだったと分かる。逆にそういうことが書かれていたんだと訴えたいならそのペーパーを持ってきて示せば1発で、書いたことは事実だと認定されて国会議員の側に不利になる。

 でも結果として負けたってことはそうした、事実を確認するという記事を書く上でも、そして裁判で勝つためにも必要なことが何一つできなかったってこと。それはきっと書いた後で国会議員の側から抗議を受けた段階で、予想もついたことだったのに訂正をするなり引っ込めるなり謝るなりせずに置いたことが、裁判へと至ってそれでもまだ、間違いだったと謝れば手打ちにだって出来たのにしなかったためこうやて、裁判という最も厳しい場でもって虚偽だと暴かれてしまった。

 なるほど名誉毀損だから書いたことがやや大げさで、相手の面目を丸つぶれにするようなことになってしまって怒った相手に訴えられるということだってある。ただ、その場合はどこかに根なり葉もあって、それを繁らせあおり立ててしまったことが許容範囲を超えてしまったから怒られた。適度に抑え相手の面目も保ちつつ、してやられたって感じで筆を運ばせれば騒ぎになることもなかったけれど、この国会議員の名誉毀損の場合はまったく事実にないことを、ネット上で漂う噂を拾う形で記事にして揶揄し非難したから問題としてとてつもなく大きい。それこそ環境破壊を告発したいとカメラマンが自ら環境破壊を演出し、写真に撮って載せて大騒動になたあの事件に匹敵するくらいに酷い話だろう。他人を貶めるためることを目的に、ありもしないことを書いた訳だから。

 もう1つ、問題となっていたカンボジアでのPKOの現場でその国会議員が暴言をはいたという話も、それを書いたらしい本をひっくり返してもそうした記述がなかったにも関わらず、裁判で「本を引用した」とか言ってしまっては通らない。だったら「その本を出せ」と言われるだけで、けれども出せなかったからこその敗訴という結果がここにある。つまるところはまったくの虚偽であり、思い込みでもって当時の与党にある国会議員を誹謗中傷した訳でこれって新聞社がやっては絶対にいけないことの筆頭だって、普通に真っ当な人が状況を見ればそう思うんだろうけれども果たしてそこまでの認識が、負けた側にあったりするのかどうなのか。まあでも、あればこりゃあ裁判に行く前に勝てそうもないと思い手打ちに向かっていたか。だからやっぱりしばらく続いてしまうんだろうなあ、書いた記者も安泰に。

 だってこの期におよんでビラは確かにまいたけれども、そこに反政府的な記述はなかったと記事に書いて、なんだそうかビラまきなんてやったのかってビラという言葉に対するネガティブな印象を惹起して、相手に非がまだあったように見せかけようとしているくらいだし。でもほかのメディアでは事実無根であって当人にも取材していないってことがしっかり書かれている。それを敢えて外して一部に事実かもしれなさそうなことは書かれてあったといった印象を、醸し出そうとしてもほかのメディアを見ればそうした意図までまるわかり。応援していた人だってそういう態度なのかといった呆れを浮かべ始めている。そんな周囲を分かろうとしないで閉じこもり、耳を塞いで突っ走れば向かうのは何処の崖っぷち。そして……。参ったなあ。僕が参る話でもないんだけれど。


【3月22日】 というか、どうして「ももしも押井守監督だったら?」が前提で、実写版パトレイバーの話が進んでいるんだろうかというのがひとつの疑問で、東北新社の持ちコンテンツでVFXとかCGIとかが得意な監督を持ってくるんだったら、「宇宙戦艦ヤマト」を実写で撮った山崎貴監督を起用するのがまったくもって筋なんじゃなかろーか。篠原遊馬はキムタクで泉野明はショートにした黒木メイサさんで、カミソリの本性を笑顔に隠した後藤隊長はギバちゃんこと柳葉敏郎さんが演じてそして、南雲しのぶさんは高島礼子さんが演じるという、このキャスティングならバッチリにパトレイバーが持つ世界を再現できる、かもしれない。まあそれは冗談としても「ALWAYS 三丁目の夕陽」や「リターナー」といった作品を撮って、たとえSFであっても一般にも届きそうなハートウォーミングな内容をもって、それでいてしっかりとスペクタクルもある物語を作るとなると、実は山崎貴監督が最適な気もしないでもなかったり。どうなるかなあ、遊馬は香取慎吾さんになるかなあ。

 東北新社つながりってことでは「宇宙戦艦ヤマト」が実写化を経て今アニメーションとしてリメイクされ、そしてパトレイバーの実写化も進んでいるという展開の中で、次に来るのはやっぱり「サンダーバード」の実写化ってことになるんだろうなあ、あのスーパーマリオネーションで再現された世界を人間たちが縦横無尽に動き回って演技しそして、そんな活動をCGIによって生み出されVFXによって合成されたサンダーバードのマシンたちが飛び動き潜り泳ぐ……ってそれどっかで見たことあったっけ、2004年だてt、映画化されていたっけって記憶がすっかり飛んでしまうくらいに歴史のラインからそれてしまった実写版「サンダーバード」。声をV6があてたのが拙かったのかなあ、いやそれが問題として語られるほどにも至っていなかった気も。うーん。いっそだったらジェリー・アンダーソン氏への弔意を示してパトレイバーをスーパーマリオネーションによって製作するとか、それは金がかかるから下に棒をつけた人形で、いやいや立体も金がかるから平面に……それってどこの「ミニパト」?

 今日も今日とて東京国際アニメフェア2013へと向かう途中に新橋にあるビルの中のスパキングでもって家で作るとカルボナーラってこうなる的なパスタにベーコンとホウレンソウを混ぜて炒めてそこに卵を入れて胡椒で味付けしたスパゲッティをかき込んで、それからゆりかもめに乗って会場の東京ビッグサイトへと到着。入ってさっとあちらこちらを眺めつつ、氷川竜介さんがモデレーターを務めた最近のアニメにおけるCGの使われ方とかこれからの展開なんかを話し合うセッションを半目になりながらどうにか聞く。出ていたのはサンジゲンの人とカラーの人とスタジオ雲雀のデジタル部門らしいところの人とそして東映アニメーションの人。サンジゲンは言わずと知れた3DCGのモデリングをアニメっぽく見せることに長けた会社で「009 RE:CYBORG」なんてのを作って世界を驚かせた。

 僕はでもその前に森田修平監督の「コイ☆セント」とか見てたんでシリアス系とはまた違ったギャグ系の動きや表情を3DCGで作りつつ2Dの作画アニメっぽく見せる技を堪能して、それに比べると「009」はやや表情が硬いかなあ、なんて思いはしたもののでも1本、まるまる作ってしまったのはやっぱり凄い。ほかにも人物に限らずさまざまなモデリングを2Dっぽく見せて合成してのける技を見せてくれているだけに、それが世界の主流となった時に鉛筆で紙に絵を描くアニメーターなんてものがいらなくなって、3Dでまずはしっかりとモデリングした上でそれにどういう動きをさせるか、そして表情をつけてあげるかといった技術をもった人たちが、台頭して来て制作の現場に加わりあれやこれややりつつ1本の、見た目は2Dっぽい3DCGアニメってのを作って違和感なく見せてしまうことになってしまうのかもしれないなあ。いや流石に作画がいなくなるってことはないだろうけど、その方が費用面でも時間の面でも多分早いし、そして見た目の感じはどこまで行っても超えられないから、とは思うんだけれどそこがちょっと分からない。どうなんだろう。

なげるとくっつく不思議な目玉  カラーの人は「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q」なんかで見せたブンダーなんかをどうそこに描くかってあたりで特撮の要領でモデルをおいてその周りをカメラが回るような感じでもって描いていく手法と使ったとかいった話をしてたようなしてないような。絵を描いて重ねていくってよりは実写に近いアプローチ。それを絵に落とし込んでいって1枚に仕上げることがデジタルだと容易だってことなんだろうなあ。そういえばサテライトのブースでは「0048」を作る時に使っているんだろうか、カメラをもって動くとその視線がデジタル空間内におけるモデリングされたキャラの周りを動いているような映像が作られるってデモをやっていた。まずモデルを作りそれをカメラワークで見せるのってしっかり実写で俳優をカメラがどう撮るかってアプローチ。それがデジタルの力でアニメで出来るようになった時、作り方も見せ方も変わっていくんだろう。まだ過渡期でそこから動きとか表情なんかをつけてあげる必要があるけれど、いずれAI的なものが個々のキャラクターに埋め込まれ、シチュエーションに応じて演技し表情を作ったりするようになるのかも。もうそうなると人間の俳優と一緒か。どんな作品が生まれてくるのかなあ。

 会場を出てちょっぴりうろうろしてたら辿り着いたSTUDIO 4℃のブースは、変わらずPESってプロジェクトのPRに余念がないようで、投げるとくっつく不思議な生物のNaSuBiを的に投げさせ当たればくれるとかいったイベントを実施中。でもって機能に続いて投げたけれども当たらずステッカーをもらっていたら何か紹介してくれるんならあげますというんで紹介しますといって1つばかり投げるとくっつくNaSuBiをもらう。けど流石に会場では投げられないのでこうやってすみっこの方で1枚パチリと記念撮影。しかしスタイリッシュにハイエンドなアニメーション制作会社な印象があったSTUDIO 4℃なんだけれどこうやって、大資本と組んでプロモーションをやるとなると途端に明るく楽しいブースを作りあげてしまうんだから底力というか。公開されて間もない「ベルセルク」の第3部を紹介するだけでもファンには嬉しいんだけれど、それだと子供は見ても楽しめないからこっちはこっちでこういう感じにするのが正解だったのかも。一般公開日にはいったいどんな賑わいを見せるのか。見に行くか明日もやっぱり。

 やあ大友克洋さんだ、「ショートピース」って企画で4人のクリエーターが短い作品を持ち寄るオムニバス作品を作ったって発表があっ、てそこにすでに文化庁メディア芸術祭でアニメーション部門賞を受賞している「火要鎮」を引っさげ大友さんが入り、さらに「コイ☆セント」だったり「FREEDOM」だったりを手がけてきた森田修平監督が加わりそして安藤裕章監督が「鮫肌男と桃尻女」で「REDLINE」の石井克人さんと組んで1本作り、メカデザイナーとして世界に知られるカトキハジメさんがCANNABISこと田中達之さんのキャラクターデザインというかその大友克洋キャラをどうアニメで再現するかというメソッドを使いつつ大友作品をアニメに撮るということをやっていたりと、ゴージャスな面々が揃ってアニメ好きとして目が眩んだ。あの森本晃司さんまでもがオープニングのみだけれど参加していたりと、どこのSTUDIO 4℃かと思わせながらもここはサンライズで松竹でバンダイビジュアルなプロジェクト。まあ大友さんも森田さんもサンライズの荻窪スタジオで作業していた流れもあるからそれが普通なんだけれどほかのエッジが立った面々が入っていったいどんなオムニバスになるのか、「MEMORIES」を超えるのか、公開が楽しみ。


【3月21日】 片渕須直さんが監督をした「花は咲く」はまだ早送りでしか見てないけれど、こっちは録画したのを朝にすぐ見た「戦勇。」は、王様によって殺されたはずのロリコン騎士が譲治声で復活しては見かけロリだけれども実は200歳とかのババァに挑むかどうかを逡巡中。こういう主義の人って年齢を重視するのかそれとも見かけがそれならオッケーなのか。個人によるだろうけどでも見かけはそうでも壁にぶちあたって入れ歯が飛び出すようではやっぱりちょっと逡巡もあるのかもなあ、難しい。一方で牢屋の中ではドッジボールだかドッチボールが進行中。どう読むかは地域差があるんだけれど名古屋だとローカルヒーローになったのが「ドッチャー」だったから「ドッチ」と読んでいたような記憶。東京だとやっぱり「ドッジ」かな。つまりは“どっち”でもいいってことで。ああつまらないギャグ。

 そして起き出して向かうは東京ビッグサイトで始まる「東京国際アニメフェア2013」。折からの強風で京葉線が止まってたどり着けない可能性も考慮して、地下鉄で西船橋から日本橋を経て新橋に周り、そこからゆりかこめに乗って国際展示場まで行くルートを通ってどうにかこうにか到着した会場でセバタンを見た。なんでセバタンが。開会式にも現れていたけれどもきっとどこかが頼んでこういう新しいコンテンツがあるならと引っ張り出したんだろうかどうなんだろうか。スタジオフェイクのブースがあってセバタングッズも売っていたんで聞いてみよう。去年のメロン熊枠に近いのかな、でもメロン熊とセバタンではちょっとインパクトが違い過ぎるので、出来ればサングラスをかけた蝶野セバタンを引っ張り出してやって下さいな。あれなだドスきいて子供だって怖がらせられるから。怖がらせてどーするよ。

 そんな会場を開会式まで歩いている途中で見つけたのがあの「機動警察パトレイバー」の実写化の報。東北新社とオムニバスジャパンが制作するってことはオムニバスジャパンが得意としているCGIを使ってカメラで撮った実写映像に合成してあのロボットを見せるんだと思うけれども、せっかくの実写版と銘打つならばここは「巨神兵東京に現る」で試してみせた二人羽織の用法で、レイバーを後ろから棒で支えて動かすようなアナログの映像を見せて欲しいなあ、なんて思ったけれどもそれだとお金が逆にかかり過ぎるのか、あとで支えとか消なきゃいけない訳だし。それとも押井守さん的着想でレイバーが一切出てこないような話になるとか。なるほどそういえば押井さんには「番狂わせ 警視庁警備部特殊車輛二課」というレイバーっぽい小説があったっけ、それはだからサッカーの話がメーンでサッカーの練習とサッカーの試合とサッカーの蘊蓄とあと美女のあられもない姿でのランニングで締められていた。これならレイバー出さなくても撮れるし……って押井監督なの? 違うでしょ? そんな辺りももっと知りたいのでアニメフェアにまた行ってよっく様子を見てこよう。

 そんな東北新社のほぼ向かいにあるGAINAXのブースにあったのが「蒼きウル」のポスターで、ふうんまた昔のを引っ張り出してきてGAINAXの歴史を見せているのかなあと思ったら新作としてこれから手がける企画の1つだった驚いた。っていうか山賀博之さんが昨晩のイベントでちょろりと喋っていたそうだけれどこうやって、ポスターも含めて飾られると余計に信憑性が増してくる。なんだまだ信じてないのかって言われればやっぱりね、長く待ち続けていながら果たされていないものが、そう簡単に実現するとは思えない。そこはだから漫画による連載がちゃんとスタートして、企画が本当に動き出した段階で再びの快哉を叫んで復活だと喜ぼう。

 GAINAXのブースにはほかにダイビングしているっぽい少女の絵とか茶道に勤しんでいる女子高生だかの絵とか、いろいろ企画も出ていてこれからが楽しそう。「天元突破グレンラガン」のBDボックス化も近いし、トリガーの離脱でどうなるかって印象もあったGAINAXにも底力があるんだってことを、きっと見せつけてくれることだろう。ブース内のアニメ会社の雰囲気再現アトラクションも面白いので見よう、貴重な原画とか作業している机とかが並んでるし。アニメーション制作会社ではあとユーフォーテーブルのブースにグッズがいろいろ並んでいて賑やか。それより驚いたのがSTUDIO 4℃のブースでいつもだったらシンプルにハイエンドな作品を紹介していた程度なのが今回は、トヨタ自動車とのコラボが効いているのか卵みたいなキャラを使ったインタラクティブな装置を並べたりしてそこにどんどんと人を誘ってた。ベルセルクの原画なんかもあったりといたれりつくせり。いっそだったら「アリーテ姫」のブルーレイ化も……なんて期待したけどそれはなかった残念。いつになったら。どこがやってくれるのか。分からないなあこればっかりは。

 クリエイターズワールドとかもじっくり見たかったけれどもマンガ大賞2013の発表があるんで引き上げて新橋経由で有楽町へ。そして発表された栄えある大賞にはあの吉田秋生さんによる「海街diary」が輝いた。いやあ良かった、本当に良かった、って1次では入れなかったけれども誰か入れるだろうと思いこっちでは自己アピールに傾注してしまって、そして上がってきた2次ではしっかり投票、2位だけど。それは竹内友さんの「ボールルームにようこそ」が「ましろのおと」みたく1回のノミネートに終わって後、忘れ去られてしまうくらいなら受賞しても良いかもって判断からだったけれどもこれはこれで2位に入って存在感をアピールしてくれたんで個人的には良い判断。そして「海街diary」は2位に入れて得票にはちゃんと貢献した。11冊の候補が並んだ時にも1番見たい漫画家の人で、そしてもっと売れて欲しいと思った本。それがピッタリはまったってことは何だろうなあ、そういう歳の人が選考員に多かったってこと? かもなあ。

 ちなみにこれが僕の「海街diary」の推薦文。「不倫した父親が飛び出した家に残して来た、母親の違う姉たちのもとに引き取られる少女が主人公で、その姉たちも、勤め先の男性と不倫をしたり、ダメな男に引っかかったりと奔放な生き様。一方で、少女の同級生は病気で脚を切断して得意のサッカーを諦めざるを得なくなり、少女の知り合いの女性は遺産の相続争いに悩みつつ、自身は病気で余命いくばくもないという、そんなドロドロにグチャグチャな人間模様が描かれているにも関わらず、静かで明るくて、優しくて前向きな雰囲気に溢れているのは、時にコミカルで全体として丁寧な筆致の成せる技。ジンワリとにじんでくる人の心の機微を感じ、喧噪にあたふたしてばかりのわが身を省みて静かに、確かに生きる大切さをつかみとろう」。最初にノミネートされた2巻くらいまでの時でも存分に染みていたドラマが巻を重ねて広がり離別も経たりして深みを増した。これだけの作品を作りあげた吉田さん。やっぱり漫画家って凄いなあ。

 ちなみに2位の「ボールルームにようこそ」に着けた推薦文はこれ。「周防正行の『Shall we ダンス?』によって、どこか時代から取り残されていたダンスの世界にスポットがあたり、テレビ番組の社交ダンス部で芸能人が挑んだことで、見た目のゴージャスさの裏にとてつもない厳しさがあるんだと、ダンスの世界への理解もぐっと進んだ。とはいえ、さえない中年が、お笑いのタレントが、これはあり得ないと思われながらも挑み突破していく過程を見せ過ぎてしまって、取り組もうとする身にネガティブからの脱却という、下げて上げてのステップを踏ませなければ進めない世界になってしまっていたのも実際。そんなダンスの世界を、真正面から描いてこれは楽しい、これは凄い、これは挑みたいと純粋に思わせてくれるものとして引き戻し、持ち上げ広げた漫画として時代に名を刻まれることになるだろう。動かない絵でありながら、激しく動き歩みのけぞり回る映像を見せてくれる描写も凄い。遙か高みにあるだろう到達点へと向かい乗り越えていくドラマへの期待もたっぷり。今から入ればその成長に併走できる。共に踏もう、ステップを」。アニメ化なりドラマ化なり希望したいけれど、どうだろう。

 テレビを見ていたらニュースに「透明標本」が映ってそういやあ今日から東京アートフェアの内覧が始まってたんだと東京国際フォーラムに行ってのぞいたら透明標本がちゃんと並んでた。やっぱり綺麗だなあ。そして同じギャラリー戸村では高松和樹さんの作品が小さいものから大きいものまで並んで全部売れていたりと相変わらずに人気ぶり。ほかぐるりと回ってHEMISPHERES(エミスフェール)って昔買ってたセーターと同じブランド名のアーティストの人が作った木彫の作品がなかなかにユニークだった。人物もラコステのポロシャツもUチップのシューズも全部木で作ってあの皮の感じとかあの洗い晒しのポロシャツを畳んで重ねた感じなんかを表現してあった。どういう人なんだろう。っていうかどうしてエミスフェールなんだろう。気になるなあ。ハーレーのエンジンを描く牧田愛さんの絵も相変わらずにエンジン感がメチャ出てた。会期中にまた行っていろいろ見よう。買おう……ってのは無理か高いし金ないし。


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