縮刷版2009年10月下旬号


【10月31日】 30周年記念行事も先週の音楽祭でひとまず終え、商品ではプラモデルのセットが発売されて打ち止めとなりそうな「機動戦士ガンダム」だけれどプラモデルについては来年が本番ともいえる30周年だったりする訳で、番組30周年以上にすごい弾を用意してくれているんじゃないかといった期待ばかりが妙にふくらむ。今回の30周年では144分の1スケールの「ガンダム」をそれこそファーストから最新の「00」あたりまで含めて12個揃えてひとつにまとめた商品を投入。ラメ入りクリアって言葉じゃ感じがつかみにくい限定カラーで作ってそれを冊子めいたパッケージに1つづ入れてそして箱にまとめてあったりするから、買ってそのまま記念品として置いておきたい人も結構いそう。でもやっぱりプラモなんだから作りたい人も居るわけで、そういう人は作る用と取り置き用を2つ買うんだろうなあ、やっぱり。

 こうなるとガンプラそのものの30周年が何になるのかが楽しみで、ここはやっぱりMGのガンプラから12個をまとめて並べるくらいのことはして欲しいけれど、1つが4000円くらいになっているMGが12個では値段も5万6万といったところになりそうだし、パッケージのサイズも半端なくデカくなってしまいそう。いやでもそれでもやるのがガンプラ魂って奴だ。ホビー事業部の人にはがんばって企画化を進めて欲しいもの。そうまで言うんだったらいっそPGを出ているだけまとめてみましたって商品だてあって不思議はないかもなあ。1つですら巨大なのが12個ばかり重なったコレクションはゼロハリだかリモワだかの巨大なトランクに入って家に届けられるという。値段はそうだな30周年ってことで30万円。あの巨大フィギュアを30万で買った人が結構いるんだからこれだってやっぱり売れるよね。よね?

 第12回角川学園小説大賞の大賞受賞作ってことで猫砂一平さんって人の「末代まで!」(角川スニーカー文庫)を読んだらうーん。ちょっとばかり頭を抱えた。ストーリー自体は単純明快。霊が見えてしまう少年が入学した高校で、部活の勧誘会に出たところ、2人の少女が何か書かれたホワイトボードを置いてその脇に他っておしゃべりしている姿が見えたんだけれど、どーやらほかの生徒には少女たちもホワイトボードの文字も見えていない。これは一体どーゆーことかといぶかりつつ、彼女たちが勧誘していた心霊研究会に行ってそこで2人の少女がお岩さんと花子さんという有名な幽霊であり妖怪の類としり、そんな文字通りの幽霊部員に続く3号として部員となった少年は、100Kババアを操り幽霊と人間がペアになって騎乗して、夜の街を駆けるレースへの出場に向けた練習をこなしつつ、敵らしい存在との戦いも繰り広げる。

陽雲寺はとっても清潔で明るくて心地良い、か。  幽霊の存在を信じるかどうかという命題に対して、見えなくたって在るものなのだから在るのだと唱える少年に対して、見えないものは存在しないと唱える敵勢力もあって、そんな差異から信じる心の重みが浮かび上がってくる。けれども見えていないからといってそこに存在する花子さんが、かつて味わった悲しくも苦しい日々なり、お岩さんが怪談話のなかで背負わされた、苛烈過ぎる人生といったものを身に感じとった少年は、そうした経験が実際にあって今こうして幽霊になっている花子さんお岩さんが、例え目に見えないからって存在していないとは言えないって気持ちを強め、存在をなかったことにしようと企む勢力と対峙する。

 やや詰め込み過ぎなところもあってけれども通った筋を見つけにくくって、とらえどころのなさに戸惑いそうになるけれど、そうした主題の部分を踏まえればなるほど存在する意味について、考えさせてうれる物語だと見えてくる。表紙イラストや口絵の漫画なども著者が担当。漫画の新人賞にもひっかかった多芸ぶりに吃驚。

 とまあ、そこまでは良いんだけれど後書きがなあ。ほら、やっぱりお岩さんが物語に出てくるってことで作者の人も当然ながらに考えた、東京は四谷三丁目あたりにある於岩稲荷への参拝。けれども所用が重なり「お岩神社へのお参りは中止になりました。でも、大丈夫です。祟りなんて存在しません。すべては科学で説明できるはずなんです」なんて肩すかしなことを書いていたのを読んで呆然とする。見えなくたって在るものは在るんだと信じる気持ちの大切さを説いてる作者が、後書きでは見えなきゃないも同然ってな科学万能の考えを主張するのってどうなんだ? まあある程度は自虐のネタかもしれない後書きなんだろうけれども、そういう部分でハズしてしまうスタンスは、ちょっとあんまり好みになれない。

こちらは田宮神社於稲荷、深淵  そんな「末代まで!」なだけに、読んでレビューを載せるとなると原作への祟りのとばっちりが飛んで来ないとも限らないんで、ここは成り代わって行って置くかと電車を乗り継ぎ信濃町から歩いて四谷左門町の於岩稲荷を詣でてみる。随分と昔に行ったことがあったけれども久々にたずねて気づいたこと。2つあるのね於岩稲荷。っていうか新川にもう1つあるみたい。1つは田宮神社でこっちが於岩さんがお参りしていた神社。ここを芸人さんたちが手近にお参りしやすいよう、芝居小屋なんかから近い新川へとそのまま分社したみたい。もう1つは田宮神社のすぐ向かいにある陽雲寺。こちらは於岩さんを祭ったお寺でそこには絵馬なんかが用意されていたんで、参拝がてら1枚所望し「末代まで!」の紹介を、それこそ末代までお赦し頂けるように書いて絵馬掛けに吊しておく。

 あるいはそうした態度に読んだ人が出て、於岩稲荷への参拝をそれこそ聖地巡礼の喧噪に近いくらいに増やそうだなんて嬉しいことを考えて、わざと後書きに悪びれたことを書いたのかもしれず、それならそれで於岩さんも参拝客が増えてくれて喜ばしいと思ってくれるのかもしれないから、とりあえずは原作の人がこれからどんな作家人生を歩み漫画家人生を過ごしていくのかを眺めつつ、於岩稲荷のあらたかな霊験の程を確かめさせて頂き、その上でこれは素晴らしいものだと実感してから再び御礼のお参りをさせて頂くことにしようっと。さてはていったいどうなるか。でもやっぱりとりあえず、行っておいた方が良いと思うなあ。たとえ事実はとっても夫婦仲の良かった伊右衛門と於岩さんの功徳を祭った神社であり、そんな於岩さんの慈母心にあふれたお寺であっても。

 双子なだけにいろいろと考えさせられた映画「ブリュレ」が監督の林賢太さんの残念極まりない没後1年を機会に再び上映されることになったみたい。それもユーロスペースで上映された71分バージョンではなくって監督の人がカットしたままの92分バージョン。双子の少女の関係性がメインだった71分版とは違って、周囲にいる別の2人も絡んだ一種の群像劇になっているそうで、双子のあまりにピュアでそして美しい関係性に引っ張られて日本中をいっしょになって歩いた気分にさせられた物語とは、また違った印象を受けそうでちょっぴり怖い気もするけれども、編集によって映画がどう変わるのかってのを確かめる意味もあり、また監督が込めた思いをよりストレートに感じられるって意味もあるんで、見てみたい気も存分にしてる。DVDは71分バージョンだけだそうだから、別に見る機会もなさそうだし。日時は11月4日で場所は神奈川県川崎市の新百合ヶ丘駅から1分の日本映画学校大ホール。入場は何と無料。午後5時会場でトークもあって上映もあって午後7時45分閉会。遠いけど脚を運んでみるかなあ。


【10月30日】 「ガンダム戦記」はランキングから落ちていたのに「ラブプラス」は上位へと食い込んでいたエンターブレイン調べの10月のソフト売上本数から類推するにもはや「機動戦士ガンダム」の非日常的空間は、「ラブプラス」的な日常の恋愛にかなわないということであってだからなるほどテレビからロボット物が減ってラブコメばかりになっているのだという結論を、果たして支持して良いのかそれとも違うのか。いっそだったら「機動戦士ガンダム」で「ラブプラス」を作ってみれば「ガンダム戦記」で見せたガンダムゲームファン30万人の基礎体力に、「ラブプラス」が獲得した15万人の上積みが乗っかり話題性も加味されハーフミリオンのタイトルが生まれるかも、なんて妄想してみたりするハロウィンな週末。

 セイラさんミライさんフラウ・ボウの3人がでてきてホワイトベースの中でのラブラブな毎日を楽しませてくれるなり、ハマーン様キシリア様ハモン様の3人がでてきて上司としてツンツンしながら時折儚げな表情を見せて誘ってくれるなりするソフトが出ればもう最高。とりわけ後者なんて部屋で寝ていると榊原良子さんの声でハマーン様が現れ「いつまで寝ているんだこのクズ野郎」と罵倒し蹴り上げてくれ、学校で昼時になるとキシリア様が現れ小山茉美さんの声で「貴様のために作ったのではないが余ったので喰わせてやるから有り難く思え」と言ってランチボックスに詰め込まれた消し炭を差しだし日曜ともなればデート現場に現れたハモン様が「ぼうや、どこへいきたいの」と甘い声で誘ってくれる毎日が送れるんだからこれ最高、絶対売れると思うんだけれどそれってもはや「ガンダム」じゃあないもんなあ、ロボット出てこないし。かといってガンダムとマーク2とZガンダム相手に恋愛するゲームってのものなあ。せめてウイングゼロカスタムを入れておいて欲しいなあ、あれは美しい。

 「ラブプラス」といえば任天堂から新しく「ラブプラス」に最適化された携帯型ゲーム機が出るってんで取材の後で南阿佐ヶ谷から銀座へと飛んで決算説明会の脇に置いてあった「ニンテンドーDSiLL」って奴を触ってみる。なるほどデカい。もうデカい。旧来のDSiが「ゲームボーイmicro」なら新しいLLは初期型「ゲームボーイアドバンス」かと思われるくらいにデカくって、老いた目にもしっかりと文字が読めてキャラクターが見えて動きがつかめて手の筋肉にずっしりと来る、って最後のはあんまりよろしくはないか、んでも300グラム程度だから何だって、ウィルコムの巨大なPDAとかに比べればそれほど思いって気もしない。だいいち薄い。それ重要。

 画面が大きくなれば今のサイズのに最適化されたキャラクターなり文字なりの角がギザって見えるかもって心配もあってそれは文字なんかで観られそうな感じもあったけれど、手持ちの「ラブプラス」をぶっこんでみた感じではキャラクターの表情がいきなりドット絵かよと思わせられるようなギザった見栄えにはならないで、ちゃんと凛子が愛花で寧々さんに見えて聞こえて感じられる。もとが美麗さを追求したキャラではなく、表情と仕草と声の演技でそう感じさせていたゲームなんでデカくなったところで印象が薄まるものでもない。なおかつあのデカい画面。日常で大きく見えることは当然としてデートの果てにたどり着いたキスシーンで大きくなった顔が「キスして」と迫って来た時に、感じるであろう感動は画面サイズが1・5倍なら気持ちでは3倍、いや5倍にきっと膨らむことだろう。何よりほら、デカけりゃ画面にキスもしやすいってことで。するものなのかあれって? するものなんだろうなあやっぱり。

 「極上生徒会の一存」とかってあったらプッチャンとか出てきてあの不抜けた生徒会の奴らを引っかき回してくれるんだろうかとふと思った「生徒会の一存」。相も変わらず生徒会室を出ることなしにふんわりとした放課後が過ぎていくって展開に差異はなく、見ている間は楽しいけれども見終わって何かが響いてくる訳でもないという意味では、極上のテレビアニメではあっても最善の商品に成り得るかどうかが分水嶺。これでもしもパッケージ版には全員が水着もしくはそれに類する服装で出演しているバージョンが収録されているというのなら、あるいは買うとかする人が出るかもしれないいけれども1人余計なのがいるからなあ。そっちはそっちで違う需要があるのかも。胸元が再現されたマウスが付く? んでもそれで嬉しいメンバーがあの生徒会に1人でもいるのか! いやそれもそれで違う需要があるのかも。ちょっと盲点だった。どこか出さないか貧乳マウスを。誰のをだ?

 「ヤングキングアワーズ」の2009年12月号を買って読んで読んで読んで何読んだっけ。いやいや確かに「エクセルサーガ」はあるし「惑星のさみだれ」も載っているし「超人ロック」は会長だし「ドガボン天国」は感動のフィナーレだし「ドリフターズ」はババンババンバンバンってな具合に、読むべき漫画は揃っているからそれなりには楽しめる。「ナポレオン 獅子の時代」のポーラ・フーレスは仮面の下がどうなっていようとも美人でそして柔らかそう。触れられるものなら触れてみたいけれどもそれはナポレオンの特権だから仕方がない。「ブロッケンブラッドV」はイヤらしく「おいでませり」は縞パンで「並木通りアオバ自転車店」は自転車が取り持つ縁にほろり。けどやっぱり足りないのは「ジオブリーダーズ」が休載となって半年くらいは経って続きが読めていないからなんだろう。こればっかりは仕方がないけどでもやっぱり待ち遠しいので遠く綾金の地を仰ぎながら快癒を祈ろう。

 そして六塚光さん「レンズと悪魔」(角川スニーカー文庫)は12巻でもって完結。8人の能力者達のバトルロイヤルが終わっていよいよかと思われたラストが前巻でひっくりかえされ過去も含めた8回の勝者たちが再びバトルロイヤルを始めるって展開にこれからまた10巻くらい続くのかって浮かんだ心配も即座に覆されて示されていた次でラストという言葉どおりに、2つの精力に別れた八眼戦争の勝者たちが持ち得た力で戦い合い、潰し合いながらラスボス目指して突き進んでいく。いわゆる魔界な話に見せてラスト近辺で浮かんだ「トライガン」的な世界観。省みるなら先住の者たちにとっては迷惑以外の何物でもなかった状況への反攻だった訳だけど、生きるためには何かが犠牲にされる宇宙の掟の上では仕方がないこともあったということで、無事に封印された魔王と魔人をかたらに観つつ取り戻した平和を人類たちがどう謳歌していくのか、ってあたりに関心を向けつつページを閉じよう。テッキちゃんにはずっと万力娘でいて欲しかったなあ。


【10月29日】 てっきり今度はデギン公の胸像とか、ひらひらとした裾が刷毛になったララァのテーブルブラシとか作られなかったジオングの脚といった得体の知れないものも交じっているかと思った「機動戦士ガンダム」の1番くじだけれども30周年ということで、奇妙なものは作れないといった判断だったのか、11月にも発売となるそれはガンダムの頭部の貯金箱とか台座にのったガンダムの立像とかガンダムにドムにザクにハロといったタオルとかハロにガンダムにザクの湯飲みといった、比較的真っ当でストレートな品になっている。

 デカいって意味ではハロのぬいぐるみがデカくて気持ちよさそうだけれど、アルテイシアさんの水着姿がプリントされたクッションほどの吸引力はないよなあ。あとは小さい貯金箱にヒートホークなんかのボールペンにジオラマフィギュアといった真っ当傾。いっそだったら30pはあるヒートホーク型のサインペンとかにしてくれれば面白かったのに。大昔に観光地のお土産に売ってた巨大鉛筆をふと思いだした。とりあえず出たらやってはみるけれど、ハロは当たらないだろうからとりあえず立像狙いで行こうっと。あとはタオルか、ドムのモノアイ模様をした、顔に巻いて3人集めてジェットストリームアタックごっこをして遊ぶんだ。

 来た見たいなかった。「東京モーターショー」に人影無し。ってのは流石に言い過ぎだとしても、かつて1989年にとてつもない人波に揉まれながら見物した経験を持つ身には、駅前に人がおらずシャトルバスに立っている人がおらず会場に人垣ができず通路でオタ芸だって打てそうなくらいに広々とした「東京モーターショー」ってのはやっぱりちょっと信じられない。いったい何が起こったのかは巷間言われているとおりで、リーマンショックとやらで欧米からの出展社が減ってしまったことで見るものがぐっと減ってしまって来場者の脚を引き付けなくなってしまった。海外勢に見送りにはあと日本で外車がまるで売れないって状況があって、市場もないのに出したってムダって意識が日本からより市場性を感じられる上海へのシフトを招いている。

 この流れは多分もう変化することはなくってこれからも海外勢の上海重視は続きそう。フェラーリとかメルセデス・ベンツってのが日本では売れているっていうけれども買う人は別にモーターショーに出ていなくたってショールームで見て乗って触って買うし、買わない人はいくら見たって買うことはない。だったら高いお金をかけて日本まで来て意味のないショーをするよりは、同じ苦労でこれからの消費者を見込める上海に出そうってのは至極当然。かくして2年後も人は減り車も減ってチューニングカーの祭典「オートサロン」にすら負けるイベントへと堕していく、ってのもまんざら可能性ががない訳でもなさそうだなあ。1日の来場者が4万人に届かないなんて、50日で450万人集めた「機動戦士ガンダム」の等身大立像以下だもんなあ。日本の自動車産業はつまり「ガンダム」以下ってことか? いっそだったら自動車メーカーが総力を結集してリアルな「ガンダム」を津売れば良いんじゃなのかなあ。その方が絶対世界に受けるって。

 たぶん久しぶりな「なでしこジャパン」のメンバー発表を眺めたら、昨今話題の女メッシと評判を呼んでいる岩渕真奈選手の名前もなければ、男子キャプテンの中澤祐二選手とタメをはれるくらいの長身ゴールキーパーの山根恵里奈選手の名前もなくっていった何を考えて選んでいるんだと調べたら、同じ日程でU−19の合宿があってそちらに2人とも選出されていた。重なっていちゃあ仕方がないか。

 とはいえ、あれだけ話題になった岩渕選手ではあっても未だにフル代表でもそれから「なでしこリーグ」の所属チームでも、他を圧するだけの活躍を見せられてはいないだけのその実力がフル代表でも通用するのかどうかってのが誰もが気になっていたし、世界も気にしていた。だったらここはJビレッジから引っ張ってきてでもスキップでメンバーに加えてフル代表に混ぜて、女子ではそれなりに強豪ではあるニュージーランドとの戦いにぶつけて見るのが、日本の為にもなるし本人のためにもなるよーな気がする。

 山根選手も同様で、あの長身がそのままスピードも備わって世界に通用することを、より大勢の人が見るトップカテゴリーの場で見せて欲しいって気がしてならない。若いからって下に留めておくのって良くないんだよなあ、なでしこに限らず男子も。でも日本はそうした世代訳が激しすぎて下から選手が育たず世代が固まったまま歳をとってそして衰滅していってしまう。新陳代謝が進まない。男子だって若いの、いないもんなあ、宇佐見選手なんて放り込んだって良いような気がするのになあ、まあ良いとりあえずアメリカ帰りのおばんさんでヘンな言葉で言うんだよオー丸愛花鰹な沢穂希選手や宮間あや選手がどれくらいのパワフルさを持つに至ったかを確かめに浦和へ駆けつけよう。

 やっぱり作戦だったのかベアトリーチェ。ツンケンとした態度を一変させてデレっとしてみせて戦人(ばとら)をほろりとさせるものの最後の最後で自分を魔女と認めろなんて書類を用意しサインをさせようとして気づかれたところに12年後の世界から飛び込んできた縁寿がベアトリーチェたちとの対決姿勢を深めてそしてエピソード4の幕があける、といった感じか「うみねこの鳴く頃に」。最初はまるで興味がなくってただ撮り溜めてあっただけだったのが突然何の因果か単なる逃避か、見始めたらこれが面白くって一気に録画分を全部見てしまって今は毎週の展開が楽しみで仕方がない。

 単なる密室での殺人事件かと思ったら魔女って超常的な要素が加わりその上の層でもって推理合戦が繰り広げられて展開がリセットされ再生され改変されつつ再び起こる悲劇に悩み、それでもさらに新たな戦いの幕が開くっていった展開の異様さと複雑さが、目を離させない理由になっているけれど、もうひとつ、声優さん達の演技の凄さが引き付けてくれる理由になっているよなあ、ベアトリーチェの大原さやかさんといい、エヴァ・ベアトリーチェの伊藤美紀さんといい。ここまで引き付ける作品を作っている今千秋さんが、次に取り組んでいる「のだめカンタービレ」のファイナルもきっと次ぎから次ぎへどどんでん返しが起こる中で千秋とのだめの化かし合いとバトルが楽しめることだろう、ってそれはないない。


【10月28日】 「機動戦士ガンダム」が仮に実写化されてもアムロ役を古谷徹さんが演じ、シャア役を池田秀一さんが演じることがないのは多分確実なのは両者のビジュアルがどうこういったこともあるだろうけれど、そうしたことをファンが求めていないことが多分に大きい。アニメーションだからこその良さが「ガンダム」にはある訳で、それを無理に実写化したところで「ガンダム」の魅力を出せるとはちょっと思えない。

 それは「宇宙戦艦ヤマト」も同様なんだけれどもそうした意見などまるで通用しないかの如くに企画が回り、まるで得体の知れないキャスティングで撮影が進んでいるというから世の中は誠にままならない。どうしてそうなってしまいのか。「たまたま」で片づけてしまっては後にいろいろ禍根を残すからそうなってしまう必然を、見つけて潰しておく必要が世界のために良いという気がしてならない。

 アニメとして大人気を得た「時をかける少女」で主役の真琴を演じた仲里依紗さんが新しく撮られた実写の「時をかける少女」でも主役を演じたと聞いた時に、あの絵柄で描かれたキャラクターでありあの絵でつづられた物語の中だからこそ真琴は輝き、声を演じた仲さんにも脚光が集まったのであって、その声の人が真琴を演じたところで決して幸せな結果は招かないだろいうという不安を抱いた。ところが幸いというか新しく撮られた「時をかける少女」は、筒井康隆さんの原作を細田守さんが脚本の奥寺佐渡子さんと考え大胆に改変してみせたアニメ版「時をかける少女」ではない形の物語になるということで、アニメのイメージを実写によってぶち壊される心配は消えた。

 けれども一方で2006年に「時をかける少女」が公開されて大ヒットしたのはあのストーリーだったからで、かつて原田知世さんを擁して世の男性諸子を惑わせた1980年代でもないのにラベンダーが科学室で過去も未来もぐっちゃぐちゃなストーリーをただ見せられても、果たしてファンがついてくれるのかが分からない。これも幸いというか新しい映画の「時をかける少女」は、筒井康隆さんの原作からもやはり離れたところで20年後の芳山くんが過去に飛んでいくといったストーリーになる模様。ただそれだと未来に待っているのはヒロインの方ってことになって感動のベクトルに違いが出そう。それでもやっぱり感動の物語になっているのか、単なるアイドル映画になってしまっているのかあ、結局は見てのお楽しみということになるのだろう。いっそだったら「サマーウォーズ」を実写でやれば面白かったのになあ。

 縁起物というにはその最期を考えるとややはばかられるもののやっぱり一種の縁起物に違いないとマイケル・ジャクソンのニューアルバムというか一種のベスト集に近い「THIS IS IT」を買ってみる、輸入盤の限定版、値段は1300円くらい確か安かった、日本語の対訳とか別に入らないし。CDってこれが出来るから有り難い。ブルーレイとも見られるけれども、日本で公開されていないかされてすぐの作品のブルーレイは輸入版になぜか日本語字幕だけが入ってないのだよ。それはさており「THIS IS IT」は何か音が良いように聞こえるんだけれど単なる耳のせいか、それともしっかり作り込まれているのか。ツアーのリハーサルの模様を撮影した写真にはオリアンティ嬢も映っていてポール・リード・スミスを抱えてる。舞台でそのテクを見たかったなあ。映画の「THIS IS IT」ではちゃんと弾いているのかなあ。見に行かないと。2週間以内に。限定らしいんで。

 立場も状況もわきまえない輩にはまるで感情を逸れられない身として「キディ・ガーランド」のアスクールのESメンバー見習いにあるまじき奔放ぶりには絶えず苛々させられっぱなしで、おちついて番組が見られない。たかだかカボチャプリンを食べに行くのに厳重に警備された本部に乗り込んでいくなんて、宇宙を守るために戦うESメンバーになる人間にはまるで相応しくない行動で、そんな振る舞いをする人間が主役として存在しているという設定への違和感が、先に浮かんでしまって物語への気持ちの移入を妨げる。まあ性格に難があっても力がすごければ生きていける「ダーティペア」を元祖としたヒロインの系譜もあるからあるいは大丈夫なのかもしれないけれど。ギレンとラオウが漫才するシーンはちょっと面白かったかも。とはいえギャグ続きの展開ばかりで終わるとも思えないのは前のテレビシリーズなんかが照明してるんで、今はいろいろ文句も言いつつとりあえず毎週を追っていこう。

 竹槍を持った美少女が竹藪でパンダを相手に戦うビジュアルを思いついたらそりゃあ書かなくちゃいけないよなあ小説を。ってことなのかどうかまでは知らないけれども成田良悟さんの「世界の中心、針山さん」の第3巻では美少女がパンダを相手に竹槍で戦う導入部からパンダが実はパンダでそれも忍びのパンダで強くって、少女ではなかなかかなわないことが明かされそして少女がこれまた竹から生まれた竹子姫みたいなものだと明かされて、そんな少女に迫るメンインブラックな影もあったけれどもそこは世界の中心いにる針山さんのご加護か、すべてが円満に落ち着くっていったいつもながらのハートウォーミングな結末が待っていた。

 さらには巨大ロボットを作ろうとしたおっさんの話が繰り広げられてそこにはやっぱりロボットに載るのは少年が1番だっていう真理も繰り出されていて、童心だの何だのといって子供たちがしていることを大の大人がやっても平気な昨今の風潮の、先頭をひた走っている身としてちょっと居住まいを正さないとって気持ちにさせられる。そうだよなあ、巨大ロボットに載るのはやっぱり子供だよなあ、あるいは少女とか。ってことでここでもやっぱり針山さんの影響がどこかに出ていてすべてを丸く収めた模様。現実の世界では喧噪も少なくない所沢あたりも「世界の中心、針山さん」では世界の中心にいる針山さんによって実に平穏な土地になっている模様。所沢はだから早急に針山さんの探索か導入に務めること。それなくしては平穏も西武の優勝もあり得ない、と。


【10月27日】 発売日が待ち遠しかった「機動戦士ガンダム」絡みの映像ソフトというとやっぱり最初のレーザーディスクで出たボックスで、発売日とうか発売日の前日くらいに店頭に並ぶだろうと辺りをつけてあれは多分秋葉原のダイナミックオーディオで最初のLDボックスを仕入れて担いで帰り、それから1ヶ月だか何ヶ月だか後に出たセカンドボックスも買ってかついで帰ったっけ。いらないプラモデルとかもついてなかったけど、それにしてデカかったなあ、LDボックス。

 ビデオじゃあたぶん見られた「機動戦士ガンダム」のテレビシリーズだったけれども、ボックスとして全話をまとめて買えて見られる商品は確かLDが最初だったはずで、憧れだったものが手元に訪れる感動って奴を指折り数えて待ち望み、そうして手に入った喜び噛みしめ嬉しさに打ち震えながら家に帰ったような記憶がある。多分に美化された記憶。もっともそれで見たのは最初の11話あたりまでで、ククルス・ドアンが母と再会してランバ・ラルが特攻するあたりは未だに箱の中。さらにいうなら後半は1話も見ていなかったりする。だってデカいんだもん。

 だったらDVDボックスの方は見たのかというとこれまた実は見てないし、今はどこかに貸したまんまになって帰って来る気配がなくって見てません。貸すってことがそういうことになる場合があるってことは物の本で読んでいたけど物が物だけにって楽観してたらとんでもなかったということで。まあ良いや、家にはレーダーディスクがあってネット上にはアーカイブがあっていつだってララァには会えるから。そうなんだよなあ、いつだって会える環境が整いすぎた、だからパッケージなんて意味がない、かっていうと未だに元気なパッケージもある模様。

 発売日前日の秋葉原は「化物語」の第2巻「まよいマイマイ」を手に入れようとする若い奴らと元若い奴らでごった返していた模様。普通に予約しておけば手に入れられるはずなのに、その予約券を持った人たちで、発売日前日の店頭に行列ができたっていうんだから何というか賑やかというか、この不況でさらに映像ソフト不振の中で売れるものがあるんだなあってことを教えられる。原作の良さとアニメの出来の良さがやっぱり効いてるんだろーか。第1巻があちらこちらで消滅続出だったことも影響しているのかな。んでもブルーレイについては1ヶ月経って初回限定版が出まわっているみたいだし、品薄商法はあんまりとっていない模様。1巻が手に入れられないと後は買わないって人もいるはずで、そこで堰き止める無意味さに売り手もやっと気づいたんだろう。それとも見積もりを見誤って余ったとか。それはそれでちょっとヤバいかも。どっちだろう?

 そんな「まいよいマイマイ」は無事に手に入れられさらに「東のエデン」の第4巻もしっかり購入。あとは迷っていた「東京マグニチュード8.0」をおまけのクワンパくん入り手ぬぐいが気になったこともあって、とうのは半分くらいであとはやっぱり作り手側の熱意に敬意を示して購入。「ノイタミナ」は話数が短いんで購入してもそんなに長くつき合わされることがないのが有り難い。「東のエデン」もとりあえず来月で完結だし、って総集編の映画とそれから続編の映画が2本あってあと3本は買うことになるんだけれど。うーん。「よくわかる現代魔法」はブルーレイを買ったら参加できるイベントの案内が気になったけどその日は川崎フロンターレとの試合なんだよなあ、イベントには誰が出てくるのかなあ、それによって考えよう。

 あとは近所で見つけた「センコロール」のDVDの初回限定版って奴を購入。結局劇場では見られなかったけれどもあの即完売な入場者の多さからすれば、きっとそれなりに売れるんだろう。ってかそもそもいったいどれくらいの完成度だったんだろう。イベントとしては盛り上がったけれども「ほしのこえ」みたなムーブメントにはまるでなっていないんだよなあ、この「センコロール」も、ほとんど同時期に公開されていた「アジール・セッション」も。両方をまとめて紹介することが正しいかどうかは別にして、似たながれとして並べることにそんなに違和感はないにも関わらず、メディア系にそうしたキャッチの動きがあんまり見えず、盛り上がりの空気が漂わない。

 作品として持ち上げるに当たらない、って見解もあったのかもしれないけれど、そうした出来不出来に関わらず、目新しそうで面白そうなインディペンデントでアバンギャルドな活動を、引っかけ盛り上げ目立たせようとするタクラミってのが以前はどこかにあって誰かがやったんだけれど、今は流行っているものだけが流行っていることにされて、それいがいのものを流行らせるような動きってのを誰もあんまりとらなくなっている。なんでかなあ。そんなのつまんないのになあ。まあしかしそうしたマイナー趣味の雑誌もメディアもことごとくぶっ潰れて生きそうな醸成に、敢えて渦中の栗を間近で見つめる真似なんざあする人もいない。掬われない情報は掬われないまま消えていき、ひっかけられそうな情報がひっかけられて盛り上がってそして翌日にはやっぱり消え去る消費の連続が、積み重なっては後に何も残らない状況がずっと続いていくんだろう。

 えっともう戦争絡みのネタはやらないの? そうしたシリアスがあったからこそ現代の日常のダラーッとした感じがことのほか幸せそうに見えたのに。「夏のあらし」の第2シーズン「春夏冬中」は原作には絶対に描かれていない上賀茂潤の家へとあらしとそして八坂一までがたずねていくとう展開。もはや裸を見たってそれが女性とは認識しない一脳の前ではたとえウェディングドレスを着ていようとも女装ととられることは既定路線なのかもしれないけれど、だったらああやって直前にあたふたとさせている意味がまったくない。バレそうなのにバレないところのスリリングさをまるで見せず、バレないだろうという安心感の中にシチュエーションの楽しさを感じさせる手法もあるとは思うけど、そうしたお約束が見たいんじゃないんだよ、「夏のあらし」では。まあいいか、回数もまだあるし今後に期待だ、「思い出がいっぱい」はいつ聞いても良い曲だ。


【10月26日】 やっぱり来たぞ総集編、ってことで「機動戦士ガンダム」シリーズの最新作に位置づけられる「機動戦士ガンダム00(ダブルオー)」も当別編集版が3部作として27日に登場のご予定。3巻物らしくって最初の1本は「ソレスタルビーイング」ってことで第1シーズンの25話を再編集、ってことは第2巻「エンド・オブ・ワールド」と第3巻の「リターン・ザ・ワールド」は残りの話数が1巻目よりはこってりと収録されるってことなのか。話数の配分がちょっと謎。まあどっちにしたって買うことはなさそうだよなあ、ラクス・クラインとか出てないし。ああでもUMD版は1995円と安いからちょっと気がそそられる。得点映像の3分がないってのが気になるけれど。その3分って劇場版の特報だからあんまり関係ないんだけど。どうして入れないんだろう。これまた謎

 そんなバンダイビジュアルは1995円のDVDシリーズを大量発売な予定。劇パト3本に攻殻の劇場にS.A.Cの総集編2本とOVAのSSSなんかが第1回目のラインアップ。ぜんぶ当然守っているけど劇パトとかって特装版なんでハンドリングが思いんで、ここでいつでも見られる用を買っておくってのも手か? それはさすがに。んで11月は劇ヤマトが無印さらば新たなる永遠に完結編と5本リリース。さらばで止まっている人間には続きはどうもって感じだけれどもそこはそれ、映画も近いし見ておくって手もあるのか、ないよねえ。12月はCCさくらが2本に王立宇宙軍に人狼にエスカフローね劇場版にダーティペア劇場版にスプリガン。うーん、さくらくらいか、スプリガンはなあ、人狼はブルーレイを出しなさい、って出してたっけ、どっちでも良いか。やっぱりだから11月のリヴァイアスボックス1万5750円待ちだな。でもきっと判明している冬褒美の皆無さに厳冬のフトコロが購入を許さないな。涙。

 そろそろ次の小説を「ザ・スニーカー」用に探さないといけないかなあとか考えながら日本出版販売から届いた新刊リストををぱらぱら。おお冲方丁さんの時代小説「天地明察」が出るのか、確か「野生時代」で連載していた奴、でも発売が30日だからちょっと遅すぎるんでパス、御免、でも別にそんなに知人じゃないから良いか。んでもって国書刊行会から山尾悠子さんの「歪み真珠」が発売で、こちらは25日だからギリギリ? ちょっと無理か、っていうかそもそもどんな話なんだ? 女性作家では村山由佳さんの「遙かなる水の音」ってのも刊行予定で気になるけれどもこれも26日だから無理、か。来年に回そう、仕事がちゃんと続いていれば。

 光原百合さんの「扉守 潮ノ道の旅人」って本も出るけどこれはやっぱりミステリーなのか。荻原浩さん「ひまわり事件」と小林恭二さん「麻布怪談」もともに気になる。中旬だから拾えるか。そうそう藤谷治さんの「船に乗れ!」シリーズの第3巻「船に乗れ!(3) 合奏協奏曲」ってのも刊行予定。どうせ続きが気になるからと1巻から未読だったんでこれを機会に一気読みと行きますか。でも3巻物だと紹介しづらいなあ。おお「ミステリが読みたい! 2010年版」も下旬に刊行とな。情報によれば内容をこれまでとガラリと変えたものになるらしい。今年はライトノベルミステリの紹介とかないのかな。あったらそれはそれで興味深い。名前だけ見たらそんな感じ。あと小川糸さんの新刊なんかもあるけどそれら以外ややっぱり店頭で手にとって、雰囲気とか確かめないと何ともいえないなあ、そうした中から出会える意外な傑作も多々あったことだしなあ。

 文庫でライトノベルでは山と出る中で賀東招二さんの「コップクラフト DRAGNET MIRAGE RELODED」(ガガガ文庫)が気になりまくり。今はもうない竹書房ゼータ文庫から出ていた「ドラグネット・ミラージュ」をきっとどうにかした作品なんだろうけれど、イラストが前の篠房六郎さんから村田蓮爾さんに変わっているのは中身にも違いがあるってことなのか。1巻はともかく2巻は篠房さんの真っ当そうでどこかギャグ混じりのテイストが中身に合ってたんだよなあ。ともあれ復活を喜ぼう。集英社スーパーダッシュ文庫から出る八薙玉造さんの新シリーズ「神剣アオイ」も気になる。前のが鉄球姫だったからこんどは剣術姫か、違うのか。メディアファクトリーのMF文庫Jはリストに15冊も挙がっているだがこれは何かの間違いか。電撃文庫でも15冊なのに。うーむ。そんなに買う金はないぞ。というか中村恵利加さんの新刊があるぞ。目が離せないなあライトノベル。

 今日マチ子ってどんな冗談ネームなんだと思いつつも表紙の絵柄に引かれて買った「100番目の羊」(廣済堂出版)って漫画は修道院に捨てられていて3人のシスターに育てられたなおみって高校生を主人公にしたストーリー、といっても身の不幸を嘆くってkなじでもなく親切なシスターたちに囲まれちょい耐乏生活を余儀なくされつつ普通に日々を送っている。そんななおみが知り合ったハヤシさんという青年はライブとかに出入りしていてなおみに気があるような感じなんだけれどもどこかにヤバさが漂っている。風邪だといって薬をもってかけつければ部屋に大人の女性がいて、いとこだといわれたけれどもどうもそうではなさそう。時計を親父の形見だといってあと2ヶ月の余命だと告げられたけれどもそれも嘘っぽい。言うことやることが虚飾に満ちている、そんなハヤシさなけれどなおみは彼のことがやっぱり気になって仕方がない。

 お金持ちのお嬢さんでなおみのことが好きだという少女のマナにつきまとわれたりもして、マナはなおみを守ろうとハヤシさんに近づき正体を調べ上げたりもするけれども、それで修羅場が起こるということもなく、静かに淡々と物語は進んでいく。ハヤシさんの家にいたな典子さんという大人の女性は故郷に帰り、ハヤシさんはそんな彼女が本当は好きだったけれどもそれを言えなかった自分の至らなさを最後になってさらけだす。ハードな展開なのに淡々とした描写というギャップの中から漂ってくる、生きる難しさとそれでも生きている確かさが、生きることへの前向きさを誘い出してくれる。最後に改心したのか楽器を売って部屋を借り、歩きだそうとしているハヤシさんはどんな未来がきて、それはなおみとどんな関係のもとに刻まれるのだろうか、マナはどう絡んでシスターたちはどう見守り、帰ってしまったな典子さんは一体何を思うのか。気になる続きは想像のうちに膨らませ、描かれた世界に息づく人々の心の動きをじっくりと味わい直すことにしよー。秀作。


【10月25日】 女性の博士あるいは女性の医者がいたとしたら「機動戦士ガンダム」にいったいどんな可能性が開けたかについて考える。きっと医務室も研究室も若い男の子達の長蛇の列でマチルダさんもかすみセイラさんミライさんも小娘とあしらわれフラウ・ボウはキッカと同列に扱われてそして物語は年上の職業婦人への憧れを爆発させる若い男の子たちの姿を描いたラブコメ調になっただろう。せめてマチルダさんを1人置いただけでそれもすぐに志望させ、憧れを断ち切り現実に戻させたって意味で富野監督は男女の間に生まれる感情って奴にちゃんと想像をめぐらせていたってことになるのかも。

 表情がぼえーっとして美人で喋りがぼわーっとしてグラマラスな年上の女性が目の前に現れたらそりゃあもう傅くよりほかないっしょ、ってことで「とある科学の超電磁砲」に登場した木山春生さんは、暑いからってその場でブラウスを脱いで胸元を露わにしてしまう天然っぷりにまず目が眩み、子供のソフトクリームが着いたからってその場でタイトなスカートを脱いでしまおうってする直情ぶりに脳が解ける。そんな人がもしもいたなら部屋の温度は32度に設定し、おやつは1時間毎にソフトクリームにしちゃって上も下もすぽぽんってやってもらいたくなるけれど、あれで案外に計算していたりするところもあるから果たして本当に脱いでくれるかどうかは分からない。まあそれでも汗で透けるだけで儲け物ってことで。声が少佐な割にはにゃんこいよりも少佐っぽくない。この演技で少佐もやったらさぞや気怠い少佐になっただろうなあ。見てみたい。

 絵ではパラソルの下で伸ばした脚の線とか、トイレの中でスカートをはくためにちょい膝を曲げて屈んだ時の脚の線とかのとっても女性っぽさにあふれたラインに、画き手のフェティシズムな完成の高まりを感じたり。あとはストーリーがまるで進行していなくってひたすらに学園内でのあれやこれやを画いているって所に留まっているけれど、「とある魔術の禁書目録」より主人公の兄ちゃんも登場して来てイマジンブレーカーぶりを見せつけてくれたから、きっとこっちもこっちで何かジグジグと進展してく話しがあるんだろう。それがどう「禁書目録」に絡むかは知らないけれど。最近読んでないんだ「禁書目録」。でも木山春生さんとか特徴のあるキャラっぷりを見ると「禁書目録」への興味が湧いてきたかも。そこら中で品切れ続出菜「ヘヴィーオブジェクト」のキャラなんかも特徴あったし、そういうところから辿っていけば、自分的な難読率が「薔薇のマリア」と双璧な「禁書目録」にも手を再び伸ばしていけるかも。冬に向けて再挑戦。

 届いた「SFマガジン」2009年12月号でちゃんとあだ村むだらさん「ゴほうし」を紹介できていたのでまずは満足。エロさの向こう側にある過激さが凄いのだ。本当なのだ。知らないけれど。でもって冒頭のグラビアで9月の頭にあった神林長平さんのトークイベントの様子が紹介されていてそこに頭が写ってた。最前列に座っていたから当然だけれど帽子を被ってちょんまげをちょっぴりのぞかせたジャージ姿で映ってた。重なっているのは桜坂洋さんだ。耳しか見えないんでどんな野郎かは不明。背中のやや幅広い感じは9月ではまだ本格的なダイエットへと突入していなかったからってことなのか、パスポートの切り替え時に撮った写真のあまりの丸さに絶望して始めたダイエットに。

 実を言うなら2ヶ月くらいは、野菜サラダをメインに昼とかはおにぎり1つを着ける程度で、夜も野菜にご飯といった感じを続けてて、そうしたら効果は覿面でとりあえず腹が引っ込んで、持っていたジーンズが全部ユルくなってしまった。ちょい前は31インチですらもはやって感じだったのが、今は31インチがズルズルとズリ落ちる状況。どうしてそこまでって理由はひとつには顔の丸さに絶望したことがあるけれど、もうひとつは今からこうやって粗食になれておかないと、遠からず訪れるだろうサバイバルな日々に生き残れないからってことになる。でも野菜って高いんだ。やっぱり食べられる野草の見分け方を勉強しておおくべきかなあ。幸いにして船橋は校外に草とか割と生えてるし。部屋にキノコだって生えるかもしれないし。幼女姿の。宇宙に連れていってくれそうな。

 今日も今日とて「デザインフェスタ」でネタ仕込み。いろいろやっているんで機会を見つけて仕入れておかないと出せって時に出せなかったりするのだ。まずは前日にやたらと込んでいたくる屋+虎八+ねこのえ杏のブースを開場前につらっと眺めて人気の秘密をたずねるもブログ人気があったらしいと分かった程度。けど「ワンダーフェスティバル」でもない「デザインフェスタ」でこれだけの行列を作る人気の秘密がそうした部分だけなのかどうなのか、もっと別のドラマがあったりするのかは今後の検討が必要そう。それにしても「デザインフェスタ」に行列ディーラーが生まれるとは。次は壁際ディーラーの登場、そしてコスプレの……それは素手にいるか、パンダとかマジンガーZとか。

 入り口付近に店を出してて気になった「工房織色」でも話を伺う。成田空港なんかに染めののれんなんかを展示したりもしていた工芸家の人が、藍染めって伝統的な技法で現代にマッチした品々を作るってんで立ち上げ作り上げた品々らしく普通のワンピースもあればマントっぽいのもあり、バッグもあって暖簾もあったりするそれらが鮮やかな藍染めになっててとっても清楚。夏場なんかに着ると見るからに涼しげなんだけれどもこれからの季節にアウターとして羽織ってみても枯れた景色に点で色を与えられるかも。それからインドネシアから来たという青年が作った「kup−kup27」ってクラフト工房では、インドネシアの柔軟剤か何かのカラフルなパッケージをパッチワークしたエコバッグがあってなかなかに壮麗。気に入った。

 ドイツのフライターグだかがトラックの幌とシートベルト素材を組み合わせてバッグを作り評判になっているけれど、カラフルさではこっちだって負けてないしむしろ今時では貴重かも。お肉が使われたパッケージもあったりイスラムならではの豚肉は使われていませんってアラート部分を抜いて使ったものもあったりをメッセージ色も豊か。デザインという文化と食や宗教という文化がミックスされて日本の地で結実し、日本の文化と対決をし始めたってところかな。しかしイスラムであってもパッケージには美人が使われるあたりがインドネシアって国っぽい。こういう着想で南米あたりのものを使うとどんなのが出来るんだろう。ちょっと興味。

 歩いていたら少佐が「私は戦争が好きだ」とつぶやいている模様のTシャツがあってパチかとおもったらちゃんとした品だった。平野耕太さんがちゃんと絵を描いた品でそれらはOVAシリーズのパッケージなんかにも使われている絵で、だからとっても格好良い上に他のTシャツメーカーからは変えないデザインになっている。作ったのは「MARS SIXTEEN」ってイラスト系Tシャツをやってる工房さんで「ヘルシング」関係では少佐もあればインテグラルにセラスにウォルターが画かれたものもあればバレンタイン兄弟もあれば最新のベルナドットもあってとファンにはたまらない絵柄。だけどもそこはと思い至って少佐は抑えつつ眼鏡っ娘美少女と名高いリッップヴァーン・ウィンクルちゃんのを購入。眼鏡最強なんで仕方がない。次のOVAが上がればTシャツも増えそうだけれどどんな絵柄なんだろう、イスカリオテ13課かそれともヤングウォルターか。

 okamaさんとか冬目景さんとかの普通とかとはちょい違ったトーンの絵とかあって興味深そうなブランド。美少女が背中を見せてる絵とかもヒップラインがなかなかで、昨日買った奴とは違った意味で目立てそう。何かいろいろ企画も動いているみたいなんで楽しみ。KINGのTシャツとか欲しいなあ。そんな戦利品を抱えてバスで浜松町に向かいそこから山手線で秋葉原に向かおうとして窓越しに氷川竜介さんを発見。たぶんそうだろうと思ったらやっぱり「幻魔大戦」のイベントへと向かう途中だった。ブルーレイ化を前にしたイベントで、上映会もついていて到着するとスクリーンには当時の予告編がキース・エマーソンによる荘厳なテーマ曲とともにながれて気分が一気に高校生へと引き戻される。なかなかに熱中して読んでいたんだよ。でも劇場版の頃から先になると原作がどこか最初の熱気を帯びた超能力バトル的な雰囲気からインナースペースの戦いに組織内の勢力争いへと移ってどうにも読むのが苦くなっていったんだっけ。映画をひとつの頂点として自分の中ではシュリンクしていった「幻魔大戦」ムーブメントだけれど一部には着実に浸透し、後にとんでもないことになってしまうとは予想だにできなかった1983年であっった。

 上映前に監督のりん・たろうさんが登場するってんで見物。てっきりキャラクターが大友克洋さんになったのは、当時隆昌の大友さんを起用したいって角川側の要望があったからって思っていたけど、りんさんの話によれば角川書店がアニメーション映画の世界に入るってことで、キャラクターも映画のスタイルも全く新しくしたいって考えたりんさんが、その頃マイナーっぽくって知る人ぞ知る存在だった大友さんが、ミステリー作家の都築道夫さんの挿絵を画いていたのを見て、大蛇をクビに巻いたエガあってそれを1枚見てこれだと感じて角川へと持っていったらしい。でもって喫茶店で口説き落とすこと3時間。ようやく首を縦に振った大友さんの絵がアニメとなって動くこととなった。それがつまりは大友さんを映画の「AKIRA」へと向かわせアニメ作りへと向かわせ漫画を画かなくさせてしまったのだとしたらうーん、悩ましいけど「AKIRA」に「童夢」があるから個人的には十分だ。同じ個人的な感想ではやっぱり東丈は長髪の美形ってイメージなんだけれども大友さんの画いた東丈によってひとつ、「幻魔大戦」の世界に向ける目が冷静になってそっち方面へと引っ張られずに済んだってこともあるからそれはそれで幸運だったのかもしれない。どっちにしても昔の話だ。


【10月24日】 というかデジタルなのかコンテンツなのかと言われれば、等身大「機動戦士ガンダム」は立体の像であるという時点でデジタルではないし、完成された像という部分でコンテンツの利用物ではあってもコンテンツそのものではないけれど、造形においてデジタル技術は多様されていただろうし、450万人も人を集めたプロジェクトの総体がコンテンツをりようしていてもひとつの立派なコンテンツであるといった見方は存分に可能だろう。

 なので「デジタルコンテンツアワード」の賞のどれかに等身大「機動戦士ガンダム」プロジェクトが引っかかったことに異論はなく、むしろ適切であったと言って全然言い過ぎではないのだろう、たぶん。取りあえず1冠、っていうかほかにこういうのを評価する賞ってないもんなあ、敢えて言うなら「オタク大賞」? お膝元の東京都が絡んでいるイベントなんだから「東京アニメアワード」で何か差し上げてやって欲しいなあ。

 そんな「デジタルコンテンツアワード」では、細田守監督の「サマーウォーズ」がグランプリを受賞でまず1冠。授賞式には細田さんも来られて懇親会では参加していた人たちからサイン攻め。高校生の映像コンテストみたいなのも一緒にやってた関係で高校生もいっぱい来ていて「サマーウォーズ」に「時をかける少女」といった作品のヒロインを来る人来る人に丁寧に書いていた。それも最初っから最後まで途切れない行列を相手に。

 すごい情熱。そして親切。そうした観客達と触れあえる最前線での丁寧さが、作品への情愛を更に呼び寄せ熱いファンへと変えて、次のヒットを作り出すんだろう。もちろん作品自体の良さがあってのことだろうけれども、そうした作品の中ににも視てもらうためには何でもする的マインドが、込められていてそれがファンを呼び寄せているって言えるのかも。前にそういえば新宿で個展を開いた今敏さんも、来場者に丁寧に受け答えしていたしなあ。反応がダイレクトに返ってくるのってやぱる嬉しいことなんだろうなあ。そういう反応を得られるクリエーターって仕事、大変だけど羨ましいと、何も生み出さずただ情報を媒介して上前をはねるだけの身として時々思うのだ。

 ありゃりゃ蘇芳もあっさり契約者化しちゃったよ「DARKER THAN BLACK 流星の双子」。きっとそのまま感情を失い目も三白眼となっていって誰にも関心を示さず歓心も買わないような態度を取るようになっていくんだろうなあ。紫苑とは差別化もこめてずっとそのまんまのキャラで行って「能力者のことなんてわかんないよ」と言い続け悩み続けるのかと思っていたのに、たった3話でジョブチェンジ。あのやんちゃで陽気で前向きな蘇芳にはもう会えないのか。急展開が甚だしいなあ。そこが面白いんだけど。

 急展開で言うなら登場したばかりのMI6の偽コルネリウス・アルバことオーガスト7も第三機関の鎮目弦馬に頭叩きつぶされあっさり昇天。蘇芳の学校での友達だったニカもターニャの虫にまみれて血の海に沈んでやっぱり昇天、あるいは地獄送り。毎回1人どころか何人もザコではないキャラクターが死んでいく。容赦ないなあ。せめて第三機関の眼鏡ちゃんこと沢崎耀子にはちゃんとラストまで出ていて欲しいなあ、ツンケンとした女性キャラばかりんなかで数少ない癒し系なんだから、顔立ちも喋りもスタイルも。

 ところで能力者となった蘇芳のあの銃はどこかから取りだしたものなのか、それとも無から作り出したものなのか。「夜桜四重奏」の言霊使い、五十音ことははディテールを詳細に口にすることで銃でも何でも作り出していたけれど、それに比べてあっさり出せてる感じは引っ張り出したっぽい。でもそれだとどっかで無くなっている分もある訳だし。銃以外の何かも出せるんだろうか。対価は出した量によって変わるんだろうか。戦艦を引っ張り出したら鶴は千羽折れとかどうとか。鶴を折るくらいで済むのは対価としてラッキーかも。ターニャみたく毛をむしらないといけないのは女子としてやっぱり辛いし。葉月水無のキスは周囲の人にとっては嬉しいけれど、当人はやっぱり大変みたいだし。対価ってどうやって決まるんだろう。それについてもきっと説明は永遠にないんだろうなあ。それで良いんだけど。そういうものだって割り切れば。

 それにしても八丈島送りになっていたのか霧原美咲。前作の終わりでは変わらず契約者課みたいなところで働いていたよーに見えたのに、いったい何があったんだろう、BK201にのめり込み過ぎて仕事がおろそかになっていたのを見とがめられ、父親でも助けの手をさしのべられなかったか、あまりにのめり込み過ぎる姿に心配した父親が、逆に手を伸ばして田舎に謹慎させたのか。星の観察にはまあ適したところではあるけれど。でも空が契約者の星で埋め尽くされているなら都心部で見ても八丈島で見ても星の数は変わらないのか、都心部だとスモッグで見えないくらいに明かりが弱い契約者の星があるのか、そんな明暗の差はいったいどこにあるのか。謎めいてるなあ、あの世界。

 と言うわけで「デザインフェスタ」へと出かけたらどこかのブースに大行列が出来ていた。ついに行列ができるブースが出現するまでになったかと、かれこれ10年近く通っている身としてなかなかに感慨。それにしてもちょっぴり通路が広くなった感じがしたのは細かいブース出展をなくして広めのところばかりにしたのだろうか、ちょっと不明だけれどとりあえず歩きやすくはなっていた。今回はインテリア系を集中的に見物、したけれどもまず目に入ったのが「グラマラスグラマー」ってブランドが出してたTシャツで、アメコミ調ってよりは寺田克也さん調のグラマラスな美女や美少女たちが画かれていては媚態を見せてくれちゃっている。とりわけ首の部分にまでプリントの及んだデザインのが良くって1つ購入、8900円は高いけれどもアートだと思えばこのくらい。本当はスキンにまたがった美少女も欲しかったけれども着る機会が成さそう。いやそれを着るのがアートってことなのか。要検討。

 インテリア系だと自作キャンドルの人なんかが結構居て歩いて見て見つけた「luz」ってのがとっても可愛くって美味しそうに見えて見物する。果実みたいだけれど爆弾みたいな奴があって火なんか灯すと爆発しそう。というより火を着けるのがちょっと勿体ない感じも。四角くてぶっとい奴はちょっとづず燃やしていけば何百時間も灯ってそう。そうやってとろけていくロウのドロッとした感じを眺めるのもまた悪くない。陶器関係では勝村顕飛って人の磁器がなかなかに格好良かった。磁器だけどそんなに薄くなくってしっかりした感じがあって手にした感触もずしっとしてそう。表面に削りがはいってピラミッドっぽくとんがっているのがいっぱいついた奴とか、どうやって作業したんだろう。あと剣玉みたいな十字架みたいな一輪挿しとか。28くらいなのに独立して陶芸やってるなんてなかなか。磁器をお皿みたいなお椀みたいな形にして明かりに被せてランプシェードっぽく使う方法も提案中とか。磁器越しに滲む光とかちょっと幻想的。そいつもちょっと見てみたい。

 時計も幾つか。陶芸家の荒川洋子さんって人が持ち込んでいたのは文字盤にウミウシがいっぱいついていた時計。何故にウミウシ? って聞いたら留守番の人が先生はダイビングが好きで海によく出かけていってウミウシなんかをいっぱい見てそいつが大好きになって作っては張り付けているんだとか。何というこだわり。でもとってもカラフルで可愛らしい。好きになる気持ちも分かるなあ。1つ8000円とかか。買ってもいいかも。贈答用に、って誰に送れば喜ばれるんだウミウシ時計。

 もう1つは磐手から参加の木工房からんって所の気の時計。オイルを塗り込まれただけの地肌が見えた時計は木目によってどれも表情が違って見えて心が落ち着く。文字盤が色の違う木を象眼してあったり削った木を張り付けたりとそれぞれに工夫もあって手も込んでいる。ただ値段が1万円から2万円とは時計にしてはって感じ。それだけの価値はあるんだけど。文字盤をシルクスクリーンでプリントしたのもあるからそっちは安価。だけどやっぱり手の細やかな奴が良いなあ。こんなのが似合う家に住めれば良いよなあ。そっちがまずは先決か。


【10月23日】 寂しい気が半分でこれが新時代なのかという気が2割5分。あとはどうにも判然としない気分で受け止める「機動戦士ガンダム」シリーズ最新作にして宇宙世紀の正統たる後継らしい「機動戦士ガンダムUC」の放送概要講評。といっても放送は今んところないみたいでメインはOVAとしてのリリースとあと「PSstore」を使ったネット配信に劇場でのイベント上映。60分の6巻物で30分に直すなら12話から13話分といった分量では1クールの地上波アニメとして流しても一瞬で消費されて終わってしまう、それならそっちにお金を使って“宣伝”するよりそっちにお金をかけないことで“認知”してもらいつつ中身を高めていこうって算段ならば、その中身への期待もしてみたくなる。

 あとはそうした試みがトータルとしてどれくらいの収支に落ち着いたかを知られれば良いけれども一方ですでにして高い認知度を誇っている「ガンダム」って看板の上に成り立っているタイトルでもあるんで、他の何かに応用できるかているとそうでもないし、次に同じ事を別の「ガンダム」でやったところで2番煎じの雰囲気は拭えない。1年を通して50話だかを組み上げ世界を創造し、その上でながれる大河ドラマを作り上げる作法ってのも損なわれていってしまわないとも限らない。2クールですらまとめ切れてなかった少女が宇宙を何かした話もあったしなあ。シーズン2がある程度見込めて組み上げられてるタイトルってことでももなさそうで、1回こっきりのイベントとして盛り上がっては消費され、そのまま後退へと「ガンダム」が至っていかないためにも次の「ガンダム」を本編としてしっかり組み上げ見せることが多分必要になって来るんだろう。それはどんな「ガンダム」か。40周年あたりを見据えて想像してみよう。

 んでもってミネバ……ではなくとりあえずオードリー・バーンは藤村歩さんかあ、「狂乱家族日記」の凶華様っぽい雰囲気になるのかな、でもって「ガンダム」シリーズには必須の仮面をつけたニヒルなクールのフル・フロンタルには池田秀一さん、ってそのままじゃん、どういう解釈が原作にはあったのか、ちょいしばらく読んでないんでこれを機会に一気読みしてみるか、どうせならボックス仕様とか出してくれれば良いのに角川書店。古谷徹さんはやっぱり出ていないなあ、「00」は宇宙世紀物じゃないから出たって何かに書いてあったのを読んだから、今回はそうじゃなくって宇宙世紀物ってことで出演は遠慮か、それも通った筋ではある。大御所ではあと永井一郎さんも出演。でもって若いのでは戸松遥さんが出演の模様。どの戸松さんだろう、って最近はずっとナギ様だからこっちもそんなツンケン娘か。

 そんなナギ様が生で「motto☆派手にね!」を歌っていた場面に遭遇。「東京アジアミュージックマーケット」って今はもはや誰にも省みられることがなくなりつつある「コ・フェスタ」って総合名称の元に組み入れられている音楽イベントの中で、世界に日本のアニソンをプレゼンテーションするって試みのライブがあってそこに「sphere」としてまず登場して「初恋限定」とあと「宙のまにまに」の主題歌なんかを熱唱、テレビスポットのまんまだと遠巻きに眺めた後で4人から1人抜けてお色直しした戸松さんがナギ様とはちょい雰囲気違った黒系の衣装で現れ振り付けもそのまんまに「ふーわふわ」とやってくれた。良い物を見た。でも戸松さん単独ではその1曲だけ。他の人たちも持ち歌は2曲ってところで「sphere」と合わせて3曲ってところに今の旬っぷりが伺える。次はコーティカルテで出て欲しいなあ、もちろんデカい方のコーティで。サイズもそのままに。

 それにしても去年と同様というかただ騒ぎたいがために来ているっぽい人もいたのは何だかなあ、去年あたりはまだそいうのも含めてアニソンのムーブメントかもって見なせたけれども、比較的早い時間には入っているのにアーティストが見える前へと行かず、手前のそれも隅っこの方にわざわざ陣取り、アーティストのパフォーマンスを見るってよりはその歌声に合わせて自分たちの“芸”を見せ、叫びを聞かせる方向に走る人もいたりするのは何というかどこかハズしている感じがしないでもない。それも1つの応援の形って、言っても世間にはなかなか通用しないロジックだろうし。まだ最前列でとにかく目立ちたいって人の方が、行き過ぎて突き抜きすぎて迷惑になる部分もあるんだろうけどそれでもまだ少なくともアーティストへの敬意が伺える。

 まず作品ありきでクリエーターがいてアーティストがいてそこから生まれた物にたいして払う敬意があって成り立つ創造の輪って奴を、気にしないで与えられるものを自らのネタとして使い回し消費していく心理、ってのが芽生え育まれつつあるのかなあ。それが時に創造の場へとネガティブな形ではねかえって創造の場がシュリンクしても、他の創造の場へと移って生み出されるものをネタにして楽しみ消費していけるんだろうなあ。ちょっと調べてみたい動き。もう遅すぎるのか。

 ハルキゲニアってことだから「ゼロの使い魔」とつながった世界なんだろうなあ、でも細かく照らし合わせられるほど知識もないんでまあつながっているんだと認識した上でヤマグチノボルさんの「烈風の騎士」(MF文庫J)なかを読む。女装ではなく男装の騎士がやさぐれて見えるけれどもそれなりに気骨のある奴らといっしょに国の聞きに立ち向かう、ってストーリーは簡単で明快で分かりやすくって楽しめる。心の重荷になっていた相手が意外すぎる形で現れるって展開もあっていったい何が起こっているのかを興味津々で読んでいけそう。ぐうたらだけれど割に聡明な野郎がヒロインの間近まで寄ってあまつさえ胸に手まで当ててあの正体に気づかないってのはちょっと謎。つまりそれほどまでにぺったらこってことなのか、まだ中学生の「夏のあらし」の上賀茂潤よりもはるかにぺったらこなのか、それはちょっと未来が心配だぞカリーヌ。あと「色鮮やかな桃色がかった長いブロンド」ってどんな髪だ、絵がそう思わせたいがためにピンクな髪になってたんでそうしたのか、それとも世界には不思議なことがまだまだあるのか。

 封絶された空間に逃げ延びている人類が、一部に発現している超絶的な力を使い外部より来る敵と戦うって「鋼殻のレギオス」に連なる設定が何か大流行しているのか富士見ファンタジア文庫。先月も細音啓さんのそんな話を読んだけれども今月も日下弘文さんによる「クロノ・クローズド・クロニクル」って話がまさにそんな設定で、周囲が鉄によって金属化していくような世界にあって人間は壁をつくりそこで生活を営んでいた。時折現れる敵に備えて人類の間には想念士ってのが生まれて超常的な力を使い敵を撃退していたけれども、時には強大な敵によって大きく侵攻され多大な犠牲を出すこともあった。主人公のカイムも想念士だった両親がそんな侵攻によって死去。自分は助かったものの妹が鉄粉を吸い込み体が鉄化していく病気に冒されてしまう。それから3年。

 想念士となったカイムがまだ見習いとして働いているところにやってきた少女が彼をパートナーにしたいと言い出したから驚いた。目的は少女の知人らしい想念士の探索で、そりゃあ無理だと上司が却下すると少女はたった1人で鉄粉が舞い怪物どもが跋扈する地へと飛び込んでいく。やれやれと追いかけるカイムが見たものは、気丈そうでいてじつは内心に不安を抱えて涙ぐんでいる少女の姿。そんな少女と連れだって探索に出た先で見た怪物と、そして世界で起こっている事態の裏にいた存在が、2人を壮絶な戦いへと引っ張り込んでいく、ことになるみたい。こちらでも意外な正体って奴に驚け、信じ続ける心をくじかれます。とりあえず「ぺぽろってぃ3世」って縫いぐるみを出してくれると嬉しいかも。少女の涙が染みこんだ奴ならなお結構。


【10月22日】 「機動戦士ガンダム」から影響を受けてリアルにフィードバックしようと試みられたテクノロジーがあったとしたらやはり2脚歩行のロボットということになるのだろうけれど、30年が経った現在もやはりなかなか実現の域には達していない。サイコミュという一種の超能力ならメディアアーティストの八谷和彦さんが作品にそうしたニュータイプを見つけだす仕掛けを施したものを発表していたけれども、残念というか幸いというかそこからニュータイプが生まれたという話は聞こえて来ないからやはり実現にはほど遠いといった所なのだろう。

 これが「攻殻機動隊」となると去年の「デジタルコンテンツエキスポ」というイベントに、光学迷彩を実現させたような品物が出ていて目を驚かせた記憶があるし、やはり同じイベントに「電脳コイル」から派生して来たAR(拡張現実)を使った品物も、あれはキヤノンだったかどこかが出して見せていた。今年は今年で往年の「スター・ウォーズ」に繰り出された3D映像がずらりと勢ぞろい、しかたというと流石にスクリーンもない空間に立体を写し出すのは無理なようで、パイオニアが出していたのはディスプレーの手前に映像があるように感じさせる技術。そこに指を入れると映像がインタラクティブに反応する仕掛けはあるけれども、完全に独立した立体にはまだ至っていない。

 別のところが出していたのは瓶詰めのような中に立体が浮かんでいるように見える技術。なるほど立体ではあるけれどもそれの何が嬉しいのか、ってところを考えさせてくれないと、技術ばかりが先走ってなかなか実現しない二脚歩行ロボットの二の舞になってしまいそう。だいたいが平明のディスプレーに立体映像を写し出すような技術ですら、どれくらいの需要があるのかちょっと疑問。まず目が疲れるし、本当に立体に見えるかとうとCGで最適化された映像ならともかく、実写を3D化したものは平面の立て看板が奥に何枚か重なって連なっているようにしか見えない。CEATECで見たソニーのサッカー中継の映像がそんな感じだった。それだったら高精細で大画面のテレビで音場を工夫して見た方が、よっぽり臨場感を味わえる。もちろんスタジアムで見るのが1番だ。

 裸眼で3Dに見られる技術は目の疲れも眼鏡式に比べるとあんまりなかったように感じたけれどもそれとて3DCGの最適化された映像だからで、実写を3D化したものがどう見えるかはすこし謎。それで臨場感が得られるとはなかなかに思いづらい。可能性があるとしたらやあはりゲームってことになるんだろうけれど、それだったらすでに10数年前に「バーチャルボーイ」がやっていたからなあ。あのテクノロジーが進化していたら今頃はテレビで普通に立体ゲームが楽しめるようになっていたかもなあ。その意味で惜しいゲーム機だったなあ。

 そんな3Dばかりがデカいスペースをとっていた今年の「デジタルコンテンツエキスポ」。CEATECの余勢を飼いつつフラットディスプレーパネル展へと至るながれの中での展示なんだろうけれども、数の割には未だ感動を得られないでいる。劇場で3Dが流行っているのはそれが体験としてのアトラクションだから。日常ではない映画館という場で得られるしばしの幸福だからであって、家で始終3Dじゃあ正直飽きるし目も疲れる。そのあたりを踏まえたコンテンツ開発をしていかないと、今回もかけ声倒れに終わってしまいそうな気がするなあ。それともやっぱりアダルトから新しいテクノロジーの不急が進むのかなあ。3DでAR。指を伸ばすと指先に触れた感触が返って来るという。いっそ別の先っぽにフィードバックの装置をつけて、感触が返ってくるようにしたらどうだろう。TENGAな気分を最新のテクノロジーで、とか何とか。

 会場も早々に抜けだして六本木ヒルズへと向かい「ジャパン・ロケーションマーケット」のトークイベントを見ようとしたものの時間があったんで下の広場で「ばくだん焼き」を食べたら見た目の割にそんなに大きくなかった。1つがデカくても1つな「ばくだん」と1つは小さめでも6個8個あるたこ焼きの方が総体としてはデカいってことか。んでもって「ジャパン・ロケーションマーケット」ではアニメだってロケしちゃお、ってテーマでまずは細田守さんが登場して「サマーウォーズ」のロケハンについていろいろ語る。信州上田を選んだ理由はつまりはノロけかどうなのか。それはさておき現地では何か異様に盛り上がっているみたいで、例の小さいパンフレットも有志が作り上げたんだとか。歓迎してもらえるのはやっぱり有り難いというか、アニメの舞台になること歓迎してもらえる時代になったんだなあ。

 それは片渕須直監督の「マイマイ新子と千年の魔法」でも同様みたいで山口宇部空港あたりの時刻表とかに新子ちゃんが登場したり立て看板が出来たりしているらしい。高樹のぶ子さんではリアルな存在としてあっちこっちに引っ張り出すのは大変だけれど新子ちゃんならバーチャルなんでいつだってご登場願えるってことで特任だかの観光大使になった模様。山口に行けばあのマイマイに会えるのかな。しかし片渕監督、資料集めにかける精力が半端じゃなかった。前に古い航空写真とか地図とかは見せてもらっていたけれど、今日は現地で撮影した写真なんかを披露して、それがもうとてつもなく膨大で、学校を出て家に帰るまでのフォルダーが4つだか埋まるくらいにとりまくっていたみたい。

 なおかつ新子の家がどう見えるかってのをイメージとしてつかむために、実在する家が現在は他の家に囲まれ普通には見通せない状態になっているのを、過去の発掘調査なんかやってた当時の記録写真を探すことで、手前が空き地になっている新子の家のビジュアルを見つけだしたとか。想像してできないことじゃないんだろうけど、現実があるならそっちに勝るビジュアルなしってことなんだろう。

 あと1000年前の女の子がどんな格好をしているかってところでは、子供向けの十二単っぽいものを着せてもらえる場所があるってんで家族で出かけて娘さんに着せて、子供っぽい脚を投げ出したようなポーズをとってもらって写真に撮っておいたみたい。あのリアルさはそうした所から出ていたのか。っていうか片渕監督の娘さんってあんなに小さかったのか。そんなパパが作った「BLACK LAGOON」は良いアニメだからちゃんと見ているのかな、ってことはそのうち家を二挺拳銃で走り回り始めるのかな。それは何だか。せめて麦畑を泳ぐ程度にしておいて欲しいのが親心って奴で。

 しょせんは絵空事のアニメで何故に2人ともリアルさを貪欲に持ち込んだのか、ってところがやっぱり疑問として上がったみたいで、聞かれて細田監督は「アニメって、そのままの雰囲気でやると、絵空事になる危うい世界なんです。だからビジュアルのリアリティだけでなく、歴史も含めたトータルの場所の力が必要な時がある。こういう主人公像があったらお面白いといったことを、土地柄から想像する。主に人なんです。それを裏打ちするのが風景であり、土地なんだと思います」ってなことを話していた。風景をそのまま持ち込んだからといって説得力は出ない。そこに息づく人なり植生なりってものを取り入れてることで「土地の説得力が映画にリアリティを与える」ことになるんだという。

 片渕監督も「行かなければイマジネーションは生まれないかというと、そこは意見が別れるところで、空想の世界だけでやろうと思えば出来たけれど、空想だけで埋めてしまうと、どこか絵空事に陥ってしまうような気した。空想だけれれど本当だったかもしれないという縁(よすが)を残したかった」って話してた。高樹のぶ子さんの作品を洗って周囲にどんな植物が生えていたかもリストに残してそれをベースに現地で撮影して絵にしていったからこそアニメーションとなってスクリーンに現れた防府のリアルな風景。現地の人も太鼓判を押す空気感って奴になったんだろう。

 問題はそんな素晴らしい映画を防府や山口以外の人にどうやって知ってもらい、どうやって視てもらうかってところで、アニメったらトトロのマークが出てくる奴しか見ないし信じない人の多々あって、そんな監督の言うことは善って空気が色濃い国だけあって、そうじゃないけどそれ以上って作品が山とあることをどうやって知ってもらうかってことが、きっとこれからの日本にとって重要になって来るんじゃなかろーか。スタヅオ・ヅブソって架空のプロダクションをアラン・スミシー的な共用の財産にしてそこが作ったことにすれば或いは。


【10月21日】 タイに「機動戦士ガンダム」が出現したとの報が飛びまわり写真も出まわっていったいどこから現れたのかと探求して、お台場に立っていた等身大がいったとう説も出たけれどもこれは顔立ちが違うからと否定。ではあるいは前に松戸にあって今は栃木の「おもちゃの町」にいたりする半身のガンダムが出かけているのかというとそれについては誰も確認をしておらず、把握もしていないようなのでやっぱり正解とは言い難い。昔そういえばZだったかを自分で作った人もいたからタイでも誰かが自分で作ったのかって見方も出来そうだけれど、それにしては出来がなかなかに宜しい雰囲気。もしかしたら倉庫で眠らされているのに嫌気をさしたどっかの等身大が、自分で出かけていてそこに鎮座したのかもしれないなあ。次は鉄人が横に立つ。

 明け方に目が覚めて録画してあるアニメでも見ようとインデックスを眺めたら録った覚えがない作品が録画されてて再生したらエクレールだかリュミエールだかが出ていてまるで「キディグレイド」にそっくりだったけれどもどこか違う。こりゃ一体何だと調べるとどーやら「キディ・ガーランド」って作品だったけれども「キディ・グレイド」で唯一とは言えないものの絶対の楽しみであったところのチラリが欠片もない変わりに、パンツじゃないから恥ずかしくないブルマのモロリがあったりしてもうどうしたら良いものかと頭を抱える。どうしようもないわなあ。

 前の「キディ・グレイド」から50年後ってことだけれども妙にごちゃごちゃっとして終わった「キディ・グレイド」のテレビ版があってその再編集版だかの劇場版3部作があって、実はDVDは買ってあるけど第2巻以降を見ていないから劇場版のラストがテレビ版と比べてどうなっていたのかは不明。だから50年後とどう繋がっているかも分からないんだけれどもとりあえずトゥイードゥルディとトゥイードゥルダムって聞いたことがあるキャラも出ているから地続きになっていたりするのかな、それは単なるコードネームで中身は違っているのかな、50年後だもんなあ、クローン再生で復活してるって可能性もあるなあ。

 ライトノベルではラノベ業界ものがのべつまくなしに出ていてちょっぴり辟易。読めばきっと面白いんだろうけれどもそうした内輪噺的なストーリーに憧れいつかその輪に加わりたいと憧れる歳でもない、こともないけれどもそれ以上に新しい世界における新しい状況を読ませて驚かせてくれる物語たちに比べて浮かび上がってこない我語りて世界があるのだ的パッションが、なかなか手を伸ばさせないでいたりするうちにほらまた1作と新シリーズが積み上がっていく。いつかまとめて読まないといけないよなあ。ああでも杉井光さんの「ばけらの」だけはライトノベル業界物でありつつ精霊妖怪の存在物でもあるんで好きだったりするのだ。ようはだから書き手の信念のあるなしってことか。他のにはそういうものはあるのか。やっぱり読まないといけないかなあ。

 一方で邪神物もはびこりつつある醸成で、ちょい前に邪悪でかわいいニャルラトホテプが登場した「這いよれ! ニャル子さん」の第3巻が出たと思ったら今度は神野オキナさんが「刃の王」ってのを朝日ノベルズから上梓。邪神が残した力のかけらを黒い裸な女性が集めていたところに妨害が入ってかけらた散らばり、それを手にした人に力が芽生えて暴れ始めるというストーリー。仲の良かった中学生の3人組もそんな欠片を手にしたんだけれども、生徒会長の少女にサッカー部の部長の少年と比べて帰宅部で目立たなかった主人公は、研ぎ師の父の跡をつぎたいって気が芽生えナイフに興味を抱き始めていた矢先にかけらを拾い、力には目覚めたものの悪い方向へと傾くことなく平静を保っていた。

 劣等感のカタマリなはずなのにそうじゃない主人公に対して生徒会長な少女は義父の虐待への反発が暴発し、サッカー部の部長の青年も劣等生であった主人公の前向きさにどこかを刺激されたか、はたまた出会った悪の怪物に脅されたかして悪へと傾き少女と2人して何百人もの命を奪う挙へと出る。主人公はといてばそんな幼なじみの暴虐に憤り悲しみつつ戦う気持ちを固めてそして1巻の終わり。続く展開ではおそらく辛辣にして苛烈なバトルが繰り広げられることになるんだろう。猫耳の少女も出て来ず両性具有の少年も出てこないけどハードさはいつもの神野オキナ。師匠譲りの邪神への傾倒も交えて果たしてどんなドロドロとしてベロベロとした物語が繰り広げられるのかを期して待とう。「うかつに復活!!邪神大沼2」も登場か。牧野修さんの「少年テングサのしょっぱい呪文」もあったりと、やっぱり邪神ブームなのか。イア! イア!

 吸血鬼物も割と流行っていたようでそこにも新作が登場。有栖川ケイさん「ブラッディサガ 血とバラの戦慄」(トクマノベルズEdge)は吸血鬼になった青年がボスん家から抜けだし地方を回っている途中に1人の青年を吸血鬼にして2人して旅をしていたところに現れたボスの使い。かわして逃げ出した先は青年がかつて噛んだ男がいた場所で、そこで何やら得体の知れない殺人があり死んだ人間が復活する事件も起こったりして何やらどうやら過去の所業が影響しているって雰囲気。なのでここは頑張って禍根を断とうとしたものの、一方でかつてのボスが青年を追う手を強めようとしていた。込み入った設定はなくキャラクターに独特さもないからすんなりと読めて楽しめる、美形揃いの吸血鬼ストーリー。BLはまだない。


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