縮刷版2008年12月下旬号


【12月31日】 でもってもりしげさんの「フダンシズム」(スクウェア・エニックス)の第3巻なんかをぺらぺら。コスプレって楽しそうだなあ、と思ったものの冬場の西館(にし・やかた)4階の寒風とか思うとこの歳で今さらな参戦は無理過ぎるんで遠目に眺めるに留め於く。それとも1階部分に設えられた新しいコスプレ広場は冬場でも風とか吹き込まなくって露出の激しい格好でも大丈夫なんだろうか。いや自分が露出の激しいコスプレをしたら世間にどうなるかくらいは分かっているからやらないけれど、やっている人にとっては前と今ではどっちが嬉しいんだろう。夏は夏で風が回らないからやっぱり大変? これはやっぱりやるしかないのか「てんみこ」で。何だ「てんみこ」って?

 第3巻ではあんまり目立ってなかった委員長の六徳さんが男装コスで登場、っても当人は男子としてゴスな女装したいって気分がありありという捻りのかかったパーソナリティってところが特徴で、パーフェクトプリンスと呼ばれ女子より憧れられながらも姉とその知り合いで養護教員の女性に引っ張り込まれた同人の世界で、女装しアマネって姿で密かに心惹かれていながら姉たちの同人に通い詰めてるのぞみん小西望に少しでも近づきたいとがんばっている宮野数にやっぱり興味を抱きながらも、その彼がアマネになって目の前にいるとは気づかないものの、アマネが実は男性だと見抜いて事態はいろいろと複雑に。学校では割に地味目の委員長が脱ぐと凄いグラマラスだけれど実は……といった倒錯っぷりが今後の展開でどう爆裂していくかに興味津々。

 そんな陰でパープリが使っているシャープとか作って来たお弁当から「てんみこ」好きだと気づいてこれは何だとオタクに興味を急激に抱いて同人誌即売会へと参上しては六徳さんに引っ張り込まれて無理矢理コスプレさせられその後も引っ張り出されてアマネとのぞみんの買い物に付き合うことになった超お嬢様な東峰さんが、あたふたとしているもののキャラとしてなかなか立ってこないところが残念というか何というか。掃除でもしようとひっくり返した本の山から第1巻も出てきたんで読み返して割に初期から出ているキャラな割に六徳さんとかに追い抜かれてしまったその存在感を果たして次に取り戻せるのか。そんな方面への興味も深々な「フダンシズム」を読んで勉強しよう、腐とかコスとか乙女ロードとか。今さら? いえいえこれでも健全な男子、受け攻めとかまではさすがに分かりません。「みこてん」ではないんだよね?

 せっかくだからと部屋を少しだけ整理。流し台復活! ってどういうことだ。買ったばかりだけれども本編を見たんであとはまたの機会と「空の境界」の第4章「伽藍の洞」の原画集とかも含めて本を段ボールに詰め込んで倉庫へとキャリーで運んで戻ってせっかくだから街に出ようと総武線を乗り継ぎ秋葉原へ。せいぜいが花束1本なところが半年近く経ってすっかり記憶の埒外へと追いやられ気味な現状を寂しく思うけれども振り返ればあの時の派遣系に対するなかなかな仕打ちはここに来て顕在化した景気の本格的な調整局面の予兆だったとも言えそうで、わずかずつながらも吹き上がっていた不満があれだけの事態を引き起こしてしまったことを考えると、さらに何百倍とかの規模で起こっている調整がいったいどれだけの事態を招くのか、って辺りへの想像もふくらみいたたまれ無さも募る。さっそく六本木ヒルズあたりで一暴れ。あるいはただの自己顕示なのかもしれないけれどものっぴきのならなさに最後の一花が重なった時、起こる事態の凄まじさをやっぱり想定しておくべきなのかも。花束に、黙祷。

 「とらのあな」あたりでは買い逃したか買い忘れた冊子を求める人の大行列。それで1階の新刊売り場への進入も制限しているのは果たして商売として適切か? って懐疑も浮かぶが年末年始に新刊なんざぁ入らないからすでに買っているだろうお前達って判断か。まあ単純に交通整理のしやすさでそうしているだけなんだろうけれど。

なんかのむーぜんぶのむー  「ヨドバシカメラ」の上で炒飯とか書き込んで今年最後の夕食は終わり。帰る電車で行きから引き続いて入間人間さんの「嘘みー壊まー」とは違った「電波女と青春男」(電撃文庫)を読んでやっぱりこの人の才能は底知れないと実感、田舎にあった高校から都会にある高校へと転校することになって居候する叔母の家。駅に迎えに来ていたのは名刺に「39歳」と大きく入れ込んでいる見た目に若々しい叔母さんで家へと連れて帰ってさあお入りと招き入れられた玄関で少年はとんでもないものを目にする。簀巻き。布団巻き。ぐるぐぐるっと巻かれた布団が転がっていてそこから細い綺麗な脚が生えていた。何だこりゃあ。と驚くものの叔母さんはまるでスルー。まったくスルー。どういうことだ。と尋ねて蒟蒻がぬかに突き刺さって豆腐になったような問答の果てにその物体の中身が少女で叔母の娘らしいと知る。

 どうしてそうなっているのかは不明ながらもそういうものだろうと少年もスルーし学校へと行って帰りがけに元気な少女から話しかけられる。黄色いヘルメットを今も愛用している元気な少女。でもってしばらくしてから今度は身長が180センチ、近くある少女とも知り合いになる。2人とも同級生で元気さに気分を高揚させられ身長差に真夜中の逢瀬を寿ぎながら青春ポイントをいくら上げても帰ると布団女。ピザを頭上へと放り投げて布団の空洞へと放り込んでは頭を経て顔面をおそらく通り抜けさせ口へと運ぶ奇妙な喰い方をする従姉妹とコミュニケーションをとるうちに、どうやら彼女が自分は宇宙人で宇宙からやって来たんだと信じ込んでいるらしいことに気づいて始まる宇宙人探しの小旅行。自転車の前籠に簀巻きからのぞく下半身の尻を突っ込ませ、背後にはおそらくジョン・ウィリアムスのメインテーマでも奏でながら海へ山へと出かけていく。

 ああ青春。とっても青春。ボーイがガールとミーツしまくる果てしないほどに青春なストーリーながらもどこか不思議なシチュエーションを混ぜ込むことで、当たり前とはちょっぴり違った手触りを感じさせる話に仕立て上げているところに冴え。ぶちぶちと妄想もふくらませ脱線も交えた自問自答やら相手との会話でもって一人語りによって話を進めていくところは今どきのライトノベルのフォーマットながらもそんな問答のセンスが良くって次はどんな言葉が来るのか期待を引っ張り飽きさせない。いろいろと謎めいたところも未だにあるけどとりあえず片づいた話なだけに今後があるのかどうなのか。巨大な前川さんのナースだからとナスの格好をしてみせるぶっ飛び具合がさらに爆裂する所を読んでみたい気もするんで作者の人には是非に続編を。でもってアニメ化を。そうすれば夏コミに上半身を布団で巻いたコスプレイヤーがいっぱい現れ暑さを感じさせてくれるから。いや普通に死ぬから藤和エリオコスは夏は禁止の方向で。

 でもって帰って一眠りしてから天ぷら蕎麦にかき上げをぶっ込み貪りながら前に買って於いたとっておきの「らき☆すた」清酒なんかを煽りつつ今年の最後をしめくくる。日本酒ってするするはいるなあ。でもって後でドンと来そう。本当は鷲宮神社とか行ってみたかったけれども遠いし込んでそうだったんで行くのは2日目にしよう。いろいろと大変な年で左前はさらに傾斜を強めて地獄へと一直線の様相な中で環境もやや変わって夜が遅かったりと面倒だけれど厄年もとっくに終わって体調面はとりたてて変わらず精神面はゆとりはないけど切羽詰まってもいない状況。あとは本に関するお仕事がもっといっぱい舞い込んでくれれば前に展望も開けるんだけれどこの景気ではなかなか厳しそう。なんで今は貯金を固めて嵐に備えつつ本をいっぱいいっぱい読んで未来へとつながる糧としよう。せめて1度会った人くらいには覚えていてもらえるくらいの存在感を得たいものだよ。


【12月30日】 残りも少なくなった今年を振り返ってみたけどとりたてて何も思い出せず。読書感想文のページがようやくやっとこさ1000冊を積みきったこととそれから年間でもたぶん初めて100冊を積み上げたって辺りが記憶に残るけれどもそれだってただの自己満足だからなあ、誰に求められているでもなし、でも厭われている風でもないのでこれからも粛々と積み上げていくとしようか。1000冊越えの目標があった今年見たく、年間100冊は果たせるかどうかわからないけど、とりあえず1100冊くらいには載せよう。2000冊は2018年に日本でワールドカップが開かれることになった辺りに到達予定の方向で。僕ってその時何歳だ。

 夜のアニメーションもほとんどが休止状態なんでとっと寝ておきてちょい片づけてから東京ビッグサイトへと出向いて「コミックマーケット」。まずは西館(にし・やかた)の上へと上がって元が半分ついてる感じのコスプレ広場に集う面々を遠目で見たけど「てんみこ」はいなかった、ってそれは「フダンシズム」のお話だ。企業ブースへと入ったけれどもいつもの混雑が見られなかったのは更衣室を移して広くとった上にブース間の余裕もたっぷりとってあったからなのか、3日目でもう売るものがないんで人も引いていたからなのか。両方かな。

 とりあえず「サンデーGX」のブースで「BLACK LAGOON」のクリアファイルを調達。前に買ったっけこの柄? 最近物覚えが悪い。んでもって芸者東京エンターテインメントのブースで「電脳フィギュアARis」の販売模様を見物、その時はまだお客さんとかいなかったけれども聞くと1日に10本くらいは売れているとかでまあまあか。名にしろ九十九電機でしかおまけについていなかったゆかなさんコメント入り小冊子なんかがついた特別バージョン、これを逃すと買えないかもしれない貴重な品だったんだけれど、そういう部分で具体性をあんまりアピールできていなかったのがちょっと残念というか、まだ慣れていないというか、社長の人も初めて出てみたって行っていたしなあ、まあ社名はアレだけど根は真面目な会社なんで仕方がない。

 遠目だと音声もあんまり伝わらないけどどこぞのIT戦士がクリスマスの夜にイタズラした映像なんかを見るともう叫びまくりの泣きまくり。この声をインタラクティブに出せるんだったら買っておいて遊んで決して悪いものでは……良いものでも……悩ましいけどとにかくある意味で革新的。なので今度また機会があったら未購入の人は逃さない方が良いとは言っておこう。我が家にはすでに1本あるけどパソコンのスペックがちょっと足りなさそうなんでいつかの機会に。これがモデルにした「電脳コイル」が日本SF大賞を受賞したことだし、関連づけて「AR特集」なんてものもやってみたいよなあ。SF大賞記念の磯監督インタビューとかしたいけれども、どこに頼めば良いんだろう? 徳間?

 さらりと回ってユーフォーテーブルで劇場版「空の境界」の第4章「伽藍の洞」の原画集とあと4章および5章「矛盾螺旋」の傑作原画選集を確保、アニメーションそのものを見ないうちから1章2章と集めてそして3章が出る前後にDVDも揃えてみてからは買いそろえるのを義務っぽくしてたんでコミケは貴重な場。劇場は夜だし混んでそうなんで実はまだ行ったことがないのです。5章の原画集が並ぶとしたら3月の「東京国際アニメフェア」あたりかな。全編を通しても長大な作品らしいんで原画集も分厚くなりそう。買いに行こう。劇場版の公開はそろそろ最終段階にまで来ているのかな。

 せっかくだからと帰宅してから買ってはあったけどまだ見てなかった「伽藍の洞」を見てみた。地味……かも。劇場版の魅力になってる浮遊感に飛翔感のあふれたバトルシーンがほとんどなくってずっとベッドで寝たまま、だし。んでもこれがなければ両儀式の死と再生と覚醒はないんだから仕方がない。そういう回も必要ってことで。それでもラストあたりに来るバトルへが楽しいのも、そんな静かな展開があったればこそ。おさえていたものが急にポン、とはじけて爆発する感じがあって目にも楽しく格好良いバトルを見せてもらえました。蒼先橙子さんはいっぱいしゃべって胸元もくっきりとしていてこれまでで1番魅力が出せているかも。そういう方面が好みの人は嬉しい巻だったかも。終了間際に中田譲治の魅力が炸裂。まるで言峰綺礼みたいだったけどちょいニヤけたところがある言峰よりも荒耶宗蓮の方が超然としているか。2人の対決見てみたい、アーカードも交えて。

何枚の絵馬を収めれば手が届くのだろうあの雑誌に  ああそうだコミケではそのまま下へと降りてオタクな落語とかを見物。ナナメ後ろでチラシを配っていたのがモモーイ? でもってさらりさらりと見てから東館(ひがし・やかた)へと回って足立淳さんのところで絵馬コレクションが巻末についた今年を振り返るコピー紙とか、田村ひよりが泣き悩んだ果てに漫画家として開眼する聞くも涙の物語とかを買ってそのまま脱出して、有楽町でDVD−RAMとか買いだめをして自宅へと戻ってご飯を食べて寝る。ああいい週末だ。ちがう年末だ。誰が取るか決まり切ってるレコード大賞なんかねえ、見てもねえ、あんまりねえ。昔もそうだったのかもしれないけれども昔は年の瀬に1年の集大成が見られるって感じがあったんだよなあ、沢田研二さんとかピンク・レディーとか細川たかしさんとかが争っていた時代。誰でも知ってる流行歌が受賞していた時代。あんな時代はもう来ないのかなあ。

 だから阿久悠さんは活躍できなくなったんだってことを高澤秀次さんが新刊の評伝で確か書いていたっけ。東洋経済新報社が出ている「ヒットメーカーの寿命―阿久悠に見る可能性と限界」って本で阿久さんは、日本人の中にある憧憬とか飢餓の感情をうまくひろって歌詞に盛り込み70年代をうまくつかんだんだんだけれど誰もが裕福になってしまって、そうした感情を拾えなくなった90年代から2000年代にはもはやヒット曲を書けなくなってしまったという内容。なるほど分かる。今なんて演歌的なるもののパロディが新人賞な時代だからなあ。ジェロが唄っている歌の内容、誰が知ってる? 誰が口ずさめる? キャラとしての受賞であって歌の受賞じゃないあたりに今の音楽シーンのとりわけテレビ歌謡の何ともいえない空疎感が伺える。

 阿久さん自身も一種のパロディ的な雰囲気で波に乗っていた時代があったんだけれど阿久さんのは時代が求めているヒーロー像なりを切り取り過剰に演出してみせることでもって時代を称揚させていた。やれやれって気持ちもあったけれども一方にやってるねえって羨望もそこには浮かんだ。今はたぶん違って時代から裏側にあるものを引っ張り出して来てはいかがでございます?って感じに下手からもみ手して取りだして見せるって感じ。超然としたアイドルとしての像はそこにはなくって、寄せ集められた差異的なパーツをデータベースから引っ張り出して寄せ集め、組み合わせてはどこか憐憫さの中によくやるぜ感を誘い引きつけているだけって気がしないでもない。あるいはそうした憐憫さすらなく組み合わされた要素に動物的に反応している人たちがいるだけ、とか。「動物化するポストモダン」はいよいよメーンなカルチャーへと入り込んでは世界を動物化させているようで。


【12月29日】 宵風が。宵風が遂に、といった感じな事態へと至った鎌谷悠希さんの「隠の王」(スクウェア・エニックス)の第10巻はそれをきっかけに壬晴の森羅万象が発動しては世界をどこか変えてしまった模様。虹一はフクロウから元に戻ったもののうまく形をとれずに小さいけれどもそれでも一応は前の変化を知っている。けれども壬晴本人を含めて雪見も妹の和穂も変化に呑み込まれてしまったようす。とはいえそれがそうであることを認識してしまっているあたりに発動した森羅万象の完璧ではなさというか、あるいは仕組まれた事柄なんかが感じられて今後の展開にあれやこれやと影響を及ぼしそう。まさか復活、なんて事態もあるのか、っていうか1回使った森羅万象って次も壬晴に宿ったままなのか。

 そんな本編では関英さんとっても可愛らし過ぎ。年齢こそイージューな大台に至っているってことらしいけど絵なんでそんな感じはまるで無し。雪見あたりと干支でひとまわり以上違っているにも関わらず、同じくらいの佇まいでもって見る人にいろっぽさと気っ風のよさを感じさせてくれる。こんなおねいさんがいたらそりゃあ宵風だって惹かれるよ。そういやあずっと惹かれっぱなしの雲平先生はずっと行方が知れないまま。発動して世界を覆った森羅万象の力に対していったいどんな影響を受けたんだろう。再登場の折にはきっと何かを語ってくれるだろう。関英さんの良い人なんだから森羅万象もろとも壬晴が消してしまったってことはないよねえ。あと口絵部分の宵風の横にいる壬晴っぽいキャラがセーラー服を着ているんだけれどこれって壬晴? 朝日? ちょっと不明。

 尻、競演。な訳はないんだろうけどそれぞれにいろいろなバックスタイルが見られて良かった「ヤングキングアワーズ」2009年2月号はまずもって「エクセルサーガ」でエクセルとエルガーラに簀巻きにされて運ばれた松屋美咲が簀巻きから解きほどかれると同時にエルガーラに向かって目つぶしを一閃。そこは持ち前の野生の勘で避けたもののそれでもちょっぴりかすらせるくらいのスピードを美咲が持っていたとはちょっと驚き。だてに公務員ズのオピニオンを代表していないねえ。そんな美咲が相手をエクセルというか四王子照葉だとわかってこれは何かあると直感。自分についてる発信器をブラごと取り外そうとした際に来ていたシャツをめくったそのジーンズの後ろ姿が実にスリムで引き締まっててあのスピードも伊達じゃないと思わせる。たっぷりとはしていないけど触れればしっかりと手に弾力を返してくれそう。触ったことがないから知らないけれど。

 んで「ジオブリーダーズ」は梅崎真紀ちゃんのラストシーンがあっても引き続き神楽総合警備は大ピンチ。逃げ出した田波洋一に蘭東栄子に姫萩夕へと迫る公務員ズを蘭東が体を張って堰き止めている間に地下水路へと落ちた姫萩夕が、向こうに見つけたあればバモスをながめるバミューダサイズにカットされたジーンズの後ろ姿がこちらは丸くて柔らかそう。一方の蘭東さんは振り上げた足の付け根にすこしのぞいた丸みのこれはきっと筋肉とかで引き締まっていそうな雰囲気。だからこそ拳銃だけでなく格闘にも秀でた相手に真っ向挑んで引けを取らない格闘を繰り広げられるんだろうなあ。栄子ちゃんのステゴロなバトルっていつ以来だろう、テレビ塔の時以来? あれから随分と来てしまったなあ。そして夕ちゃん復活の兆し。タバコを手に入れハンドルを握った夕にかなう者なし、なんだけれども盛り上がりが最後の一花にならないことを今は切に願おう。

 でもって大石まさるさんの新連載「おいでませり」では猫の大暴走に巻き込まれたアマショウって少女が仰向けになってスカート姿のお尻を突きだし白全開。とはいえそこは猫たちに踏まれてしっかり梅のような模様もつけられ可愛そう。さらに、やってきたセリって女性を飼い猫のツナカンを引き連れ家へと向かいその隣にあったセリの伯父さんの家へと入ろうとして崩れてきた本に潰されてまたしても全開といった感じに2度までも見せて頂けるサービス精神の豊富さをここは素直に喜んで大石さんを讃えたい、けど大石さんの絵柄だもんなあ、健康さ爆発、エロスさ皆無。まあそういうものでも愛でれば心に幸いあれ、って納得しておくのが良いってことで。

 さらに石田敦子さん「新逆八犬伝 アウトカラーズ」では題字が描かれたページに尻尾をふさふさとさせた犬のお尻が。犬だろう? って言うけどその犬は妙齢の女性がほとんどまんまの姿で毛皮となって尻尾を生やしたものだから、つまりはオールヌードでジーンズごしでもパンツ越しでもないんだけれども毛皮越しだったりするから嬉しさはうーん、判断がちょっと難しい。それはそれで良いものなのかもしれないけれど。でも毛皮だし。うーん。真田ぽーりんさん「ドボガン天国」は鷹雄山とやらに向かったペットショップのご一行が遭遇したのはケーブルカー数時間待ちの大混雑。仕方なく徒歩で昇り始めたマコさんが先を行く下より見上げたその慕いに喜ぶ男子たち。普段のイジられっぷりからすりゃあ役得か。でも口に出して喜べばキックが飛んでくるから喜びは心の内だけに。ってな感じにいっぱいな2009年2月号。次はぜひにバストな方でもっていっぱいして欲しいと初詣。

 キスとかすると途端に脳内活性して女性にフェミニンないけすかない兄ちゃんとなりつつ頭脳もフル回転して強さもハイパー化する性質を持った探偵学校に通う少年を主役に、平和を守る探偵組織に挑む連中とのバトルを描いた赤松中学さん「緋弾のアリア2 燃える銀氷」(MF文庫J)はホームズの末裔らしいロンドン発の少女探偵アリアの接触に主人公の遠山キンジの幼なじみで巫女さんの星枷白雪が大爆発。もう激しく怒り憤りつつキンジを取り戻そうとするもののそこに迫る脅威すなわち魔剣デュランダルを相手に戦う羽目となり、ピンチにもなっていよいよ発動したキンジの能力。そんなこんなで解決してしまったさらに先に、意外な再開があってこの先どうなるんだろうって興味だけは抱かせる。とりあえず死んだとかいうキンジの兄がどうなっているかを早く明かそう。思わせぶり過ぎ。


【12月28日】 ややこしや、ややこしや。幼なじみの千夏(せんか)が死んだ。ある時とつぜん亡くなった。彼女の思いを引きずって、男が駅を歩いていたら、向こうに千夏の姿が見えた。誰だ彼女は誰なんだ。他人のそら似と思っていたら、クラスメートも千夏を見たし、双子の姉も千夏を見たと言い出した。ところがちょっぴり違ってた。クラスメートの見た千夏。背が伸び体もグラマラス。双子の姉が見た千夏。背はやや低めで三つ編み姿。それでも千夏に違いない。けれども千夏とは違う。誰だ彼女は誰なんだ。ややこしや、ややこしや。

 「レンズと悪魔」の筆を休めて六塚光さんが出した新刊「ムゲンのセンカ」(角川スニーカー文庫)とはまあそんな話。ムゲンとはつまり無限ってことで無限に連なる多元世界から主人公の少年がいる時空へと、幼なじみですでに死んでる千夏と同じ少女たちがやって来ては、それぞれに力を駆使して世界を宇宙を時空を揺るがす力を持った少年を守るってストーリー。多元世界だからそれぞれにタイプも違ってるし能力も違っているのは当然。さらには見方とも限らないって設定もあってひとりの少年をめぐってセンカたちがくんずほぐれつのバトルを繰り広げる様を楽しめる。

 でもなあ。歴史って奴はひとつズレればそこからぐいぐいっと違っていってしまいうもの。たった一人の人間が死んでしまって歴史が大きく変わった、なんて話もない訳じゃない(確認しようはないけれど)。センカだって少年のいる世界では死んでいるし別の世界では少年自身が死んでいる。ほかにも大きく人物が入れ替わっているはずなんだけれどもそれでもその時々で少年はいてセンカはいて鹿島って男もいたりするのはちょと妙な気もしないでもない。

 いやいやそこは無限の多元世界。センカがいて少年がいて周りの人物もほぼ同じ世界が無限に比例する数あっても不思議はない訳で、そこだけを取り出し似た人物たちがバトルを繰り広げているって解釈をすれば大丈夫だったりするのかも。という訳でセンカ’ズたちの活躍&悪巧みはまだ続き、新たな世界のセンカなんかも登場して来るかもって期待もあって先が楽しみ。何より表紙から口絵からイラストから全部“見え”てるってのが良いじゃない? 決してズボンじゃないよね?

この旗のはためく日も今日が最後、とは……。  目を開けると午前の9時前後ってことで慌てて試合の開始時間を調べたら午前11時とわかってこりゃあいかんとまわしをして(支度をしての意味)昨日買ったばかりの革ジャンを羽織って家を飛び出し午前9時50分の三鷹行きに飛び乗り総武線から東西線へと乗り換え三田線でもって本蓮沼に到着したのが午前9時40分とは案外に早く着くのだなあ、西が丘サッカー場。全日本女子サッカー選手権大会は管轄が違うんでぷれなすなでしこリーグみたいに無料ではなく1000円の有料試合。でもTASAKIペルーレFCがここで負ければ最後ってことで1000人を超える人たちが入ってメインスタンドはなかなかの賑わいを見せていた。

 これが永続的に続いていれば、って気もしないでもないけれど観客が1000人来て1000円づつとったところで1試合100万円の収入では年間の維持費にはほど遠い。企業の経営難って理由を覆す訳にはいかないところに運営を企業に頼らざるを得ない女子サッカーの現状が持つ問題も見える。かといってクラブチームに移管したらしたで皆がどっかで働かなくちゃいけないし。東京電力みたいに経営基盤がしっかりし過ぎている会社が福利厚生も兼ねて持つ、ってのが現状でやっぱり1番みたいなんだよなあ、でもバレーボールだって女子社員の福利厚生的な立場で繁栄したのが今ではスポンサー企業も様変わり。でもって将来展望は決して明るくないところを見ると未だ認知度が低い女子サッカーを持ってくれる企業もなかなか見つからなさそう。それ故にこうして観客動員を積み上げていく意味もある、ってことで起きられて貢献できてひとまず安心。でもまだまだだ。

 日差しもあった上にさすがはG−1だけあって下に薄手のセーター1枚でも十分に温かい中で観戦したTASAKIペルーレとINACレオネッサの試合は冒頭にまずレオネッサが1点を奪いさらに2点目を奪って試合を決したかに見えたけれども我らがロナウジーニョ娘の山本絵美選手がループ気味のミドルでまず1点。さあここから反撃か、って身構えたものの球際への寄席の速さを諦めない運動量でレオネッサが勝っていたことがそのまま結果にも繁栄されて、最終的には4対1でレオネッサが勝利し栄えある1月1日元旦の決勝へを駒を進めた。おめでとう。最後の1点なんてゴールキーパーの前までボールを追いかけたことが相手のミスを誘った1点。この動きこの希薄が残念だけれどTASAKIペルーレには足りなかった。日々綱渡りの試合で気持ちをずっと高めておくのってやっぱり難しいんだよなあ。それを思うといつかの横浜フリューゲルスはよくやったよ。

背番号10はいつまで見られる澤穂希  かくしてTASAKIペルーレFCは去りピンク色のユニフォームも消えて選手達もそれぞれにバラバラな道を歩むことになるんだろー。誰がどこに行くのかまるでわからないけど中には黄色いユニフォームを着てジェフユナイテッド市原・千葉レディースでプレーしている人もいたりするのかも。ストライカーは十分なチームだから中盤でコンダクターやアンカーを務められる人が来れば良いなあ。あるいはディフェンスの要とか。そう、TASAKIペルーレは消えても女子サッカーは消えずに続いていく訳で、そこにこれまでの経験とそれから悔しさをぶち込んで、こうした事態がもう起こらないようなくらいに女子サッカーへの注目を高め、盛り上げビジネスとしても成り立つくらいにしてやって下さいな。さらばTASAKIペルーレFC。

 でもって日テレ・ベレーザと東京電力マリーゼとの試合はマリー背の丸山佳理奈選手がやっぱり巧みなドリブルを見せてはいても冒頭のとられた1点と、あと自力の差から奪われた追加点もあってマリーゼ敗退。そしてベレーザが相変わらずの強さでもってリーグとの2冠を制覇に向かって元日の国立競技場へと乗り込んでいく。加藤與恵選手や小野寺志保選手や四方菜穂選手にとってもこれがラストの試合ってことで元日には行って応援してあげたい気持ちもあるけれど、天皇杯の前座でそこにはジェフ千葉はもちろん名古屋グランパスエイトも出そうもないから後でテレビで見て確かめよう。澤穂希選手ももしかして日本で見られる最後の試合? でもアメリカも喇叭を吹いてる割にはあんまり響いて来ないんだよなあ。興業としてのアメリカリーグよりも文化として地元に根付いている欧州の方で澤選手には活躍して欲しい気もするなあ。山口麻美選手はそういえばどうしているんだろう。

 三雲岳人さんの「ダンタリアンの書架」は「ザ・スニーカー」の最新号に収録の短編がダリアンのライバル的な焚書官とやらが登場してはサイドカーで突っ込んできたりと大暴れする一方で着々とすすむロンドンゾンビ化計画に、ダリアンとヒューイが機転を効かせてとある謀略を仕込んでみせるって辺りがサッカー好きとしてちょっと愉快。そんなことが起こったらひっくり返るけど現実に0対2から4点奪ったチームもあるんだからわからない。マンチェスター・ユナイテッドだってそういやあロスタイムに2点とか、取ってたんじゃなかったっけ。んで文庫本の「ダンタリアンの書架2」は村はずれの城に引きこもった貴族のお嬢様をめぐる話とかあったりするけど面白かったのは揚げパン大好きダリアンも下僕のヒューイも登場しないで、同盟国と連合国とが戦争している中で飛行機のパイロットたちが戦うというエピソード。そこにどう幻書が絡むのか、って辺りも読み所。ヒューイたちのいる時代から随分と下がりそうだけれどその頃もやっぱりダリアンが管理人をしているんだろうか。揚げパン食べながら。


【12月27日】 鎮守の神様が崇めてくれる人の少なさに一念発起し、顕現しては近寄ってきた少年を抱き込んで信者を増やそうとひと騒動を巻き起こす、ってそりゃあどこの「かんなぎ」ですかって意見も割に多そうだけれど佐々原史緒さんの「創立!? 三ツ星生徒会1 そのとき恋3がはじまった」(ファミ通文庫)は設定に工夫があって物語的な広がりがありそうな予感。信者を集めるには神様がいる池のそばに人を増やさなくちゃってことで少年がふともらした学校をひとつにまとめちゃえば良いって言葉を神様が了解。地域で1番の名門進学校とそれから地域で1番のお嬢様学校が、地域でもっとも大したことのなかった少年の母校に統合される羽目となってしまったからたまらない。

 エリート高の男性生徒会長は実力を発揮しようと高飛車るし、お嬢様学校の生徒会長は凛然として構えてやっぱり我を貫き通す。間に入った少年はといえば小馬鹿にされつつ役立たず扱いされて右往左往。これでは未来は真っ暗か、って嘆いていたところで神様がひとつの道を指し示す。少年にキス。すると少年の中に神様が入り込んで体が少女となって、神様の意思で自在に動き回れるようになった。ならばと神様は少年の意識を内に抱えつつまずはお嬢様学校の正統会長の家に行き、次にエリート高の正統会長の家に行って仲良くやろうと説得を試みる。そんな場面で学校では完全無欠に見えた2人が見せたどこか不思議な振る舞いが、高飛車でも超然でもない2人の人間らしさを垣間見せて、神様の中に入っていた少年の考え方を改めさせる。

 同じ人間なんだよね。でもって2人とも自分たちの学校がなくなってしまったんだよね。気づいたからといって少年がリーダーになる訳じゃないけれども、母校がそのまま残ったという経験を頼られ行事を勧めていくなかでだんだんとうち解けひとつにつながっていく。とはいえ騒動はここでおわらず、神様が入った姿で少年のいとこだと言ってうろついていた人物に、エリート高とお嬢様学校の出身のそれぞれの生徒会長が妙な興味を抱いてしまったから大変。そうして始まる奇妙な三角関係の行き着く先は、ってあたりをこれらの展開で楽しませてくれるんだろう。とりあえずお嬢様学校の生徒会長の私服センスがアレ過ぎる設定ってのをもっと見せて欲しいなあ、何故に赤緑? でもってリボン?

 「スカイ・クロラ」を見てからこっち、函南優一とかが着ていたフライトジャケットが欲しくなったところにどっかから、押井守モデルのボマージャケットなんてものも発売されててこれは良いかもなあ、でも8万5000円とかはちょっと高すぎるなあと逡巡していたらなぜか「スカイ・クロラ」とは全く無関係の「鉄人28号」って横山光輝さん原作の漫画を押井監督が舞台として演出をてがけるって話があって、あらにそんな押井監督に話を聞きに行くって仕事も舞い込んできた。

 そんな取材に押井さんオススメのボマージャケットを着ていったら、あの静かに淡々としつつも厳しい文言をはらんで紡ぎ出される言葉の嵐に圧倒されるままにならず、多少は向こうを身構えさせて、落ち着いたインタビューを出来るかなあ、なんて考えてそれならちょっと探してみるかとネットをいろいろと漁っていたら、税込み6万1950円ってバーゲン品を見つけてこいつは買いかと前のめりになったもののサイズが今ひとつわからない。Lサイズしか残ってないけどこれは自分には大きいのか小さいのか。フライトジャケットって奴はそもそも小さめを着るのか大きくゆったりを着るものなのか。

 こりゃあリアルで調べてみなくちゃと、アメカジだったらアメ横な上野御徒町あたりへと出向いてミリタリー系のショップを最近見つけて気に入ったメンチカツと唐揚げがセットで出てくる店なんかをのぞきつつ散策してたどり着いた、フライトジャケットならここしかないって中田商店で押井モデルの原型になっているショットのG−1を羽織ってみたらMサイズがほぼピッタリ。とはいえボマージャケットはまた微妙にサイズが違っているからなあとその時にはネットで購入はせず、別の日にまた上野へと出向いて今度はアビレックスのG−1って奴を羽織ってみたらやはり名が通っているだけあって格好良い。

 この作りとかデザインを見ると押井モデルの袖をリブではなくってカフスにした点がこだわりなんだろうけどどこか事務ジャンパーっぽさを高めてしまって気持ちが引いてしまい、押井モデルにするのは止めようかなあって気分になり、これだったらやっぱり世間に名前の通ったアビレックスが良いだろうとほぼ決意。とはいえ荷物になるんで決定は週末に持ち越そうとその場は逡巡。サイズも店員は大きめのMを勧めて着たもののSサイズでも大丈夫なような気がしたりと迷いつつ、まあまた行って決めればいいやと向かった中田商店でアビレックスを見ていたら、超ベテランっぽいおじさんから「アビレックスだったら本物が良いよ」と教えられたのがコックピットってブランド。

 あんまり知らないなあ、と話を聞くとどうもアビレックスを創設した人が自分で再び立ち上げたブランドで、今は大きくなりすぎて中国産とか増え始めたアビレックスが、初期に持っていた作りとかこだわりなんかを今も受け継ぎしっかりしたものを作っているんだ、ってそううんちくを効かされて揺れない奴なんていない。眺めていたアビレックスのと似たデザインのものだといって取り出されたG−1ジャケットは、しっかりと米国製でもってファッション用に裏綿が入って襟のボアも取り外し可能になったそれは、ミルスペックのようは質実剛健さはないものの見た目の上品さがあって着ても野暮ったくはならないと、まあそんな色眼鏡も重なってそちらに完全に目を奪われ、1万円高くなるのも承知で購入してしまう。相変わらず情報にながされやすい自分。

 勧められたサイズはSだから適応身長は170センチとほぼジャスト。大きめをぼったりと着るのが良いのかなあ、それとも町中で着ている兄ちゃんたちみたく体にほとんど張りつくように着て尻なんかを出すのが正しいのかなあと迷ったものの、プロが見立てたんなら間違いはないと理解。実際のところ体にピッタリにもならず、背中や脇にゆとりもあって体はしっかり動かし易いし裾も袖口も決して短くななくって、普段着ているトップガン仕様のアルファのMA−1とほぼ変わらない感じ。着ていれば皮もなじんでくったりとした感じが出てきてより体にスムーズになるんだろうと納得させつつ、部屋に飾って眺めてこれを着て歩けば可愛い草薙水素ちゃんが近寄って着てくれるのかな、なんて思ってみたりした年の暮れ。相変わらず物を買うのに迷う奴だ。散財もそろそろ止めないと年は越せても来年を過ごしきれないなあ。年明けから自重。

 しようとしているんだけれどすでに購入済みのものは仕方がない。帰宅すると届いていたのが「マクロスF」に出てきたバルキリーの超合金。割に大きめの配送箱にはいって着てたんで何だろうと持ち上げたら中に何も入っていないような軽さでこりゃあ入れ忘れたのかを開くとちゃんと中に製品。持ち上げるとプラモデルよりも軽そうな感じに超合金ならのう超合成樹脂なんかなないのかって疑念も浮かんだけれどもあれで「鉄人28号」なんかと違って細く出来ているバルキリー。この程度の軽さでも普通なのかと納得はしたものの開いて中に何も入っていない、なんて事態を想定すると恐くてちょっと箱を開けられない。というか開けて部品が散逸した場合に探し出せない状況にある我が家なだけに、これからも開けずに箱を積んで眺めておく日々が続きそう。だったら買わなきゃいいじゃんか、って気づいても遅いんだよなあ。気分が盛り上がっている時ってそういうこと、まるで考えないんだよなあ。いつの間にか頼んでいた拡張パーツもそのうち届くんだ。金が……。


【12月26日】 2話連続で締めた「ヒャッコ」は2話目が第13話ってことは、DVD−RAMに移すときに4話づつ入れて2時間ちょうどにする方式だと13話分が12話にくっついてきてはみ出すんで別に1枚用意して、1時間分だけそっちに入れなくちゃいけないけれども、まとめて見てこそうかぶ情感ってのもあったエピソードなんで逆にちょうど良い。んでまず第12話。登場した上下山鬼百合。名前とその佇まいから兄貴の狐にも勝るヤンキー姉ちゃんなのかと思ったら、逆に頭脳明晰容姿端麗運動万能な生徒会長さまだったとは。

 でもって虎子を猫かわいがりしていて情が走りすぎることもあって強要しているようで、虎子にとってはちょっと苦しかったのか、むしろ知らなかった父親とそれから鬼百合に狐の母親との相性の悪さが居づらくさせたか、中学時代から家出を繰り返しては雀とあちらこちらを彷徨っていたみたい。けれども今はそういうことがなくなったってことは龍姫に雀に歩巳といった仲間たちが出来て、逃げなくったって居場所があるんだと身に理解できたからなんだろう。校門の外に待ち受けていた面々の笑顔がなんか羨ましい。そんな境遇になろうとしてもなれない人になれるんだって希望、与えてくれたかな。

 それから13話。家庭の事情が明らかになった虎子の、そんな事情がまだ引っかかって生活を荒らしていた時代へと針を戻して雀といっしょに野宿していた生活を見せつつ、周囲では未だ出会っていないクラスメートたちの新しい生活に臨む意気込みと不安が描かれて、改めてそれぞれにしっかりと生き方を持ったキャラクターたちだったんだって思わせてくれる。類型的な配置に過ぎないってことがないってことか。

 いきなり窓から飛び出し中空を翔る絵から想像したのは、「ぱにぽにだっしゅ」の片桐姫子みたく徹底して明るくて脳天気なキャラクター。だからラスト2話で見せた複雑な家庭の事情に迷いながらも前を向こうと必死になる姿が意外だったし、それ以上に素晴らしかった。そんな虎子が、高校進学を景気に明るく振る舞い知り合いも増やしてしっかり居場所を見つけていく。脳天気女子高生によって誰もが振りまわされ幸せになっていくってストーリーとは一線を違えてそれぞれが、それぞれに人生を持って生きているってことを見せてくれた。

   特に大きな行事もなくスペクタクルもないけどそんな日常からだって、輪は生まれ人はつながっていけるんだってことを言いたい話。だから人によっては平板に見えたかもしれないけれど、生き方について考えざるを得ない人にとっては、見ていて見入るうちに何かを感じられたんじゃなかろうか。ああ面白かった。あとは続くか、か。原作だとすでに登場している弐街道火継がラストに頭良さげな所をチラリとのぞかせていたところを見ると、フレックスコミックス、原作に倣い飛び級で絡ませる話を第2期でやる気まんまんだな。期待しよう。そのためにはDVDを買わないと。買えるかな。

 個人的には2008年10月スタートの作品でベストだったりするんだけれども世間的には今ひとつ、認知もされていないしほめあげられてもいない中で唯一に近い上に頂点に近いくらい激賞している「新・アニメ・批評」ってところを発見、キラキラとした光りの描写や淡々とつづられた日常のドラマに対して支持しているそのほめ方が自分的な気持ちにとってもそぐう。他に評価している作品が「紅」に「ef」とあと第1期の「CLANNAD」あたりってところは趣味も似通っているのか。「ひだまりスケッチ×365」は放送を見逃していたんでちょっと気になる、いや第1期があまりにアレだったんで最初から捨てていた。逆に「CLANNAD」の第2期について触れていないのはやっぱりドラマがアレだからか。わからないでもない。

 世間的に聞こえてくる評判でも最大級にネガティブな小学生コンビの火継と八木ちゃんの会話シーンに対して実に前向きに評価している言葉も興味深い。あたしゃキャナァーリ倶楽部とTHE ポッシボーのファンで写真集とかCDなんかを買ってイベントなんかにも足を運んだことがあるんでフラットな立場から公平には見られない上に、一風変わった質の声にたいして異常なくらいに興味を見せる声フェチなんで、演技こそ棒なんだけれどどこかふてくされているように、けれども幼さも漂う声に感じ入って楽しみにしていた。そうした中身への関心だけではなく、場面としていろいろと使える「『カバリッジカット、およびシーン』の担い手として」指摘し支持しているってことを、作劇的な面から言われるとなるほどと確かにそうだったって思えて来る。

 この辺は見て感じるだけじゃなく、作り手として意図をもって作らなくちゃいけない立場ならではの意見。んまあ原作でのメインキャラに対する扱いとしてどうか、とか演技がやっぱり下手過ぎる、なんて意見に直接答えるものではないけれど、そんなものは気にするから気になるんであって気にしなければ気にならないのだby菊島雄佳、なので気にせず見たおしてやって下さいな。アニメじゃない本人たちもなっかなかの可愛さですよう。しかしこんなに濃密に批評を書いていてそれも連日の執筆で本業の方は大丈夫なんだろうかこのサイト主。というかいったい誰なんだろう? 大団円にプラスアルファで白ピンク縞前回のままハッピーなエンディングを迎えた「ロザリオとヴァンパイアCAPU2」についても意見、聞いてみたいなあ。こっちもこっちで良い話だった。ヴァンパイア萌香さんがやっぱりちょっと可愛そうになったけど。埋めておくには勿体ないよ、あのツンぶりは。

 現在最強のチーム「マンチェスター・ユナイテッド」のゴールマウスに君臨るゴールキーパーのファンデルサール選手に触れさせもしないでボールをゴールに叩き込んだ遠藤保仁選手こそが史上最強のPK者だと位置づけるならばその遠藤選手のPKを1度ならず2度も完璧に止めて見せた立石智紀選手こそが史上最強のゴールキーパーだってことでその下にはファンデルサール選手はもとよりブッフォン選手にチェフ選手、カシージャス選手にトルド選手といったビッグな選手たちが居並ぶという構図を果たして正解と呼ぶかどうかは別にしつつも今は、今だけは立石選手こそが最高にして至上のゴールキーパーであったと認めてその引退を讃えつつ見送りたい。ありがとう立さん。2005年のナビスコカップでの優勝、忘れないぞ永遠に。んで背番号1はやっぱり櫛野亮選手が引き継ぐのかな。永久欠番、はあり得ないからそれで良いってことにしよう。

 少しづつでも読み進んでいく週刊。んでもって桧山直樹さん「ブック×マーク!」(ガガガ文庫)は……ふつう……かなあ、異界本とかって中身が力を持って現世にあふれ出したり現世を買えてしまったりする状況を抑えるべく異界本を集めた図書館ってものがあってそこに迷い込んだ少年が、異界本を扱う能力を持った3人の少女たちに挟まれながら本よりあふれ出す世界で起こる事件を解決していくってストーリー。司馬遼太郎さんの「燃えよ剣」をまず取り上げてそこに描かれる格好良いことこの上ない土方歳三にスポットを当てて小説の中の活躍を逸脱しかかるのを抑えて見せつつ本への読者の思い入れ、なんてものを描き出してみせる。

 シリーズだとして毎回きっといろいろな本が持つ世界を描きそこを顕在化してみせて入り込む快楽なんてものを示し冒険の楽しさなんてものを感じさせるんだろうけれど、本が世界を侵食するほどまでの力を持つ境目って奴があんまりわからないのがちょっと気になる。土蔵に閉じこめられて読めなくなったくらいで本に思いが乗り移る? それならもっと本に真摯な気持ちを抱いている人だっているんだろうに。あとは主人公の少年がいきなり本を読めって教師に命令される導入が唐突。それとも背後に企みがあったんだとしても、赤点でもない少年を補習させると脅して本を読ませる強引さはやっぱり不思議だよなあ。異界図書館で出会う3人も爆裂さがやや薄い、か。まあ描いていくうちに特徴も出て本に入り込んで現実との境目を揺らがせる筆も巧みになっていくんだと期待して次が出るかを眺めよう。


【12月25日】 おめでとうおめでとう。だから書けばみんなが読んで高い評価をしているんだからもっともっと書いて欲しいと願うしかない桜坂洋さんの「SFマガジン読者賞」の「ナイト・オブ・ザ・ホーリーシット」による受賞。前の「遊星からのカチョーフーゲツ」が載ってからいったいどれくらいが経っているんだってことを考えると、前の話なんて無関係に面白いから投票したって人が大勢いたって考えてみればみられるけれども1年に平均年齢が1歳づつ上がるのがSFマガジンの読者って話もあるだけに、前のを読んでいる人たちだけが今も読んで投票したって可能性もあるから侮れない。いやそういうオールディーズな人が投票する作品でもないからやっぱり若い人はちゃんと桜坂洋を待っているってことで、書け書け書いて書いて書きまくるのだ。

 だから早く新聞社あたりも京都は南区の任天堂へと参内して、家庭用ゲーム機の「Wii」向けにネットで提供している「Wiiチャンネル」に、毎朝新聞のコンテンツをテレビで見られるような内容にして配信するサービスを始めるべきなんじゃないですか、でもって可能ならばそこからカードにリッピングして「ニンテンドーDS」で見られるようなサービスモデルを考え出したらどうですか、って2年くらい前から言っていたりしたんだけれど、どこも二の足を踏んでいるというか、まだ気がついていないうちに何でもメディアとみれば関心を寄せてそこに可能性を開きつつ、しっかり手元にマージンを残せるような仕組みを作り上げて既得権益化してしまう天才な広告会社の電通が、任天堂を手を結んで「Wiiお茶の間チャンネル」なるものを2009年春にオープンさせると発表。やっぱり考えているところは考えているものなのだなあ。

 まあこれは電通が得意とする雑誌とか新聞とかの代替ってよりは「Wiiチャンネル」をひとつの生活者につながったプラットフォームと位置づけて、そこに必要な情報を配信するって内容みたいでコンテンツに関しても創造するならそうしたお茶の間が欲しがるような広告みたいなものだったり、あるいは情報番組みたいなものだったりするのかもしれないけれどもそうした分野ってスポンサー離れが不景気もあって進むテレビ業界にとっても今後のドル箱な訳で、お金を払ってでも名がしたい広告あり情報を持っているところに電通あたりを通して働きかけたいか、すでに働きかけているよーな気がする。けれども一方にそーやった要望に応えてコンテンツを出して名がしてもらったところで、本当に見られているのか、効果はどれくらいあるのかってあたりが気になっているのも実際の所。ならばいつでも好きな時間にアクセスして見られるネットの方に期待したくなる。

 けどインターネットは極めてパーソナルなメディアで普く家庭にとどけるっていった情報のデリバリーには不向き、ってところで任天堂が最初っから家庭の誰にでも必要なものとされたいってアプローチをして中身を組み立ててきた「Wii」と「Wiiチャンネル」に、ついて来たユーザーにめがけてコンテンツを出した方が効果が高いって考えている企業なんかも実は多かったりするのかも。そこで電通。企業相手に広告を集めるのはお手の物な企業が出ていってはこれこれこういうチャンネルがあってお茶の間にダイレクトに届きますよと誘えば乗ってくる企業なんかもあったりしそう。リリースにある「生活者と企業の信頼の絆」って言葉なんかからも、そんなビジネス形態が伺い見られる。

 一方でこれこれこういう情報を載せれば主婦とか女性が「Wiiチャンネル」にアクセスするようになりますよ、あるいはそれならばと「Wii」を買うようになりますよっってプレゼンをして、数あるチャンネルの1つじゃないプライオリティを得て存在感を出し、一方的なアプローチじゃなく共存共栄を図っていくって図式が見えたりしてる。正しいのかはまだわからないけど。こうして「Wii」がひとつのオンデマンドな情報提供のプラットフォームとして存在感を増していくと、ますますもってテレビとかから情報を得る人が減っていきそう。なにしろ「Wii」がモニターにしているのは家庭のテレビなんだから、それが「Wii」に使われれば使われるほどテレビ番組に人の目は向かわない。電通にだってそれはゆゆしき自体なはずなんだけれど利益相反気味を承知でこうして提携をしてしまう決断力。それだけ未来に危機感を持ちネットに希望を見出しているのかそれとも単なる保険のひとつか。成果を見守りたいなあ、あとニュース系のどこが「Wiiチャンネル」に靡くかも。

 チャンパ王国にチャム族とはまた入り組んだところにまで入り込んでベトナム戦争を描こうとしているものだよ西島大介さん。「ディエンビエンフー」の第4巻がいよいよ登場してはヤーボ大佐が北ベトナムを相手に送り込んだチャム族の50人の兄弟たちが圧倒的な戦闘力でディン率いる北ベトナムの部隊を殲滅。そしてタバコさえあればマクナマラだって上回る明晰さで南ベトナムを圧倒して来たディンを追いつめ1人を失いながらも完全勝利。けれども次に現れた相手が例の姫では49人がきっと490人だって叶わないのも当然で、双子をやっつけかけつけた残党を一気に殲滅。そして乗り込んで来ては姫を相手に復讐のバトルを始めたティムに邪魔者扱いされてそのまま退場の憂き目に合う。

こんな絵柄の飛行機を落とせるか落とせないだろう?  何とも惨めな退場劇だけれどそれでもあの時代にあのベトナムにそんな存在がいたんだてことを、改めて露わにしてみせたことは大きな意味がある。泥沼の戦争に追い込まれた米兵の苦悩とかばかりが引き合いに出されがちな戦争で、北でも南でもない位置から復権を目指しつつ果たせなかった少数民族の悲劇ってものを知れば、戦争が一方の都合ではなく相手の都合でもない複雑な思いの渦巻くなかで行われてはさまざまな禍根を残すってことに思いが至り行動にも思考にも何らかの道を開くだろう。太平洋戦争が日本軍と米軍との戦いなんて単純な構図ではなかったように。しかし話はいまだ進まず。あの衝撃の1975年4月30日にたどり着くのはいつだ。またインタビューに行こうかなあ。せかまほの発売なんかも重ねて。

 切り抜かれた小窓からのぞくシェリルとランカの淫猥そうな絵にこれはやっぱり買わなきゃいかんなあと「マクロスF」関連として出たボビー・マルゴ姉御のシェリルとランカを相手にした強制コラボCDを買う。でも曲は聞くかどうか。引っ張り出して確認した絵柄は米軍なんかが爆撃機のノーズアートなんかに使ってそうな感じにシェリルとランカをモデルにちょいとエッチなポーズをさせて描いたイラストで、巨大な口紅にまたがった格好のシェリルもあればすっぽんぽんで腰をまげてお尻を付きだしたランカもあってと大きなポスターになっていたら是非に欲しい逸品だし、自分が飛行機乗りならノーズに描いて縁起を担ぎたい図案でもある。巧い人に革ジャンなんかにペイントして欲しいって気も。そういやあこれって見たことあるなあと記憶をさぐって例の「痛車」のイベントで、オフィシャル痛車にこの絵が確か描いてあったっけ。ってことはどっかにカッティングシートとかもありそうで、これをこのまま空自なりUSエアフォースなりに持ち込めば張る男気の持ち主とかも出てきそう。見たいなあランカの艶姿。


【12月24日】 イヴ。だからどうした。と言い続けて43年。それだからどうした。せっかくだからと自分へのプレゼントを探して立ち寄った秋葉原に現れた「鉄人28号」のポスター。すでに情報を知っているんでこれが1月10日から天王洲は「銀河劇場」で始まる押井守監督が舞台を始めて演出したという噂の「鉄人28号」の告知ポスターだってわかったけれども、知らない人にはいったい何がとつぜん「鉄人」なんだ? って感じだったような雰囲気。近寄って「これが話題の!」と一席ぶつオシイストの姿なんかまるで見えず、かろうじて40歳前後くらいのおじさん(人のことを言える歳でもないが)が近寄り「へえ鉄人かあ」ってな感じに見入っていたくらい。果たしてこの画期的かつ先鋭的な舞台が人々に届いているのかって不安が起こる。

オリンピックをめぐる物語がオリンピック誘致の告知を討つ  というのも12月の頭くらいにあった制作発表の後に、ネットなんかをざっと見返しても、芸能ニュースのサイトのほかは個人レベルで積極的にこの話題を取り上げている人とかまるで見あたらない。押井さんが何かをやったら注目せざるをえないアニメな業界の人たちが、「次は『鉄人』か」って話題にしている風もなくって、このまmでは押井さんが何かをやっているんなら見ておくか、って人に情報が伝わらないまま舞台が終わってしまいそう。

 かといって製作発表会に招かれていた演劇担当の記者の人たちなんかは、押井さんが喋る戦後昭和史がどうとか鉄人の正体がこうとか東京オリンピックがなにとかいった、押井さんの作品を営々と見続けている人は「また言ってやがる」的タームがまるで響かずいったい何を言っているのだこのおじさんは? 的反応が大半らしかったからそっちから演劇ファンを引きつけるのも難しい。まあそりゃそうだ、いきなり南果歩さんが正太郎くんと立喰師のケツネコロッケのお銀を二役やるって言われたって戸惑うよなあ、「立喰師? それどんな仕事」って感じに。自分が知っているほど世間は押井さんのことなんて知りはしない、ってことを改めて強く感じた次第。

 オタクな人には届かず、演劇な人には響かない情報の断絶。その狭間にあって鉄人も立ち上がるに立ち上がれないってあるいは状況にあったりするのか。打破する上で秋葉原って場所に告知をするのはアイディアとしてベストだけれども、ただ場所が、ヨドバシカメラなんかがある昭和通口で、アニメショップなんかが建ち並ぶ電気街口ではないところに再びの断絶を招きそう。まあそれでもないよりはあった方がましもまし。ここを起点に情報が広まっていけば、人も集まって華やかな舞台になるんじゃなかろうか。押井いわく「楽しんでもらえる舞台にする。休憩時間はお弁当を食べてもらえるくらいに長くとる」ってことらしいんで、期待に答えて皆様には「鉄人28号」にはお弁当持ってお出かけしてやって欲しいもの。「アニメージュ」あたりで「鉄人」のキャラ弁の作り方、お願いします掲載を。

 秋葉原あたりでもまだ「VF−25」の超合金は出回ってないみたいで「ユニコーンガンダム」に出てくる赤い奴のプラモデルもまだ届いておらず買うものは特になし。「コードギアス 反逆のルルーシュR2」の一番くじもついにほとんどが売り切れた、C.C.遂に手に入らず。漫画ではヤスダスズヒトさんの「夜桜四重奏」の第6巻が「ツンツンデレツンデレツンツン」の町歌入りのドラマCDがおまけについた特装版が並んでいたんで買って鈴ちゃんの大変さに涙。あと八重さんがなかなかに色っぽい。CDはまだ聞いてない。

 それからよしながふみさんの「大奥」第4巻。男性だけがかかる病気が大流行した江戸時代、将軍職すら男性が継げなくなりそうな中で、女性がついに家光として将軍となった場面から始まって、家綱綱吉とやっぱり女性に将軍職が引き継がれていって、そしていずれやがて第1巻での吉宗の時代に、すっかりと女性が将軍をつとめ社会的にも女性が主となっている構造が築かれる物語へと続いていきそうな予感を与えてひとまずの幕。続きが出るのが今からさらに待ち遠しい。1年くらい先かなあ。

 しかしよく出来た世界設定。端から見れば男女の入れ替わりなんて大激変も大激変。ウーマンリブだの中ピ連だのと女性が立ち上がればそれが大騒ぎとなって、やがて元の木阿弥に帰して来た経緯なんかを元にすれば、そんな大逆転がすんなりと起こったなんて信じられないかもしれないけれど、現実問題、畑仕事なんかにたぶん男女の区別はなかった訳で、思うほど男尊女卑って時代でも昔はなかったのかも。でもってそこで男子の全滅に近い現象を経て否応なしに得た実権が、既得権益的に続いていた男性主体の寄り合いなんかの場でも前面に出るようになって、いつしか社会構造も女性が主役になっていった、と。もちろんやっぱり最初は戸惑いなんかもあったかもしれないけれど、移行については革命的な騒乱もなく、世情的な激変も起こらずスムーズに行われていったのかもしれない。

 なるほど実によく出来たシミュレーション。豊作になって村が潤って、女性でも簡単に脱穀なんかができる道具が生まれ導入されて、さらに生産性も上がった、なんて史実のすり替えも妙に現実味がある。歌舞伎は史実と違って女性が男も演じるようになっているけど、これだって宝塚歌劇とか知る現代から遡れば、あって別に不思議はない。というか出雲の於国がはじめた歌舞伎が男性だけのものになったのって、徳川将軍の治世の影響もあってのこと。その治世が大逆転した状況で、於国の時代の原型がそのまま継承されて発達した、って考えれば良いだけだ。家庭とか学校とかのレベルでの男女大逆転、なんて話が最近は割に流行っていたりするけど、国政のレベルでひっくり返したその上に、あり得たかも知れない世界を築き上げてみせてくれる「大奥」は、どんな歴史改変物よりSFしてる。

 問題はだから現実のこの現代のこの世界と接続しているかどうか、ってところか。鎖国の中で女権帝国を築き上げても、開国によって露見し排撃されて男権が復活して明治大正昭和へと至り現在へと続くのか、それとも江戸の大逆転が深く社会に根を残したまま、時間が進んだ現代を創造して見せるのか。見てみたいけれども見せてくれるとは限らないし、それよりそこまで至るのにあとどれくらいの時間がかかるのか。まあ気長に待つよりほかにないなあ。漫画はあと西川魯介さんの漫画家アシスタント大戦的な作品が。てっきり業界内輪ものかと思ったらしっかりとエロだったよ。眼鏡っ娘も出てくるし女装っ子も出てきて、あんなことやこんなことをされていた。普通の漫画かと思って電車で開いて慌てて閉じる人とか続出しそう。それは道満晴明さんの新刊もいっしょか。表紙とか普通に普通の漫画だもんなあ。


【12月23日】 その一瞬にかける情熱に拍手喝采。最終回も迫っている「ケメコデラックス!」は、三平太を助けにミシマ電機に乗り込んだエムエムの前に立ちはだかる専務とのバトルがスピードも迫力もたっぷりあって、アニメーションならではの凄みって奴を存分に堪能したけどそ、れよりやっぱり目に入ったのは三平太が心配で夜もお休みしないで家を出て、ミシマ電機へと向かったイズミが家で着替えた場面で見せた一瞬の純白。これしかない。

 上着をはおって前のファスナーを閉める際の、両脇へとひろがった裾野が上着の中にぎゅっと収まる動きの弾力性にも感動したけど、やっぱり目にも鮮やかな白い三角形が、引っ張り上げられるスカートに隠れる一瞬にチラリと目に見えた、その作画のしっかりとした様に描いた人の描き抜くんだという信念を強く激しく感じ取る。言われて描いたんじゃあないよなあ。手をあげて描いたんだろうなあ。その一瞬が完璧な丸みを持つように鉛筆をしっかりと握り頭に柔らかさを創造しながら形づくったんだろうなあ。アニメーターって夢を創造するお仕事です。

 自分に絵心があればそんな絵だって幾らだって自家生産するんだけれどあいにくの無才。なので対価を払って受け取るより他にない。ってことで買った「コードギアス 反逆のルルーシュR2」のDVD第5巻はライナーノートの裏表紙に剣を振るおうとしているジェレミア卿が描かれた、その情報を飛び越える咲世子さんが描かれているんだけれどその格好がまた、実に、何というか、素晴らしいというか、やや長めながらも跳躍によって翻ったスカートの下に、背後の2つに別れた丸みが白ならぬ黒い三角形によって覆われている様がくっきり。

 といっても上から下までのすべては覆わず、下から持ち上げる格好なために丈夫の切れ目からは谷間が上へと伸びて起伏の大きさって奴を改めて強く感じさせる。前の谷間も悪くないけど後ろも後ろでなかなかに。これもいつかどこかの画集に入ってくれないものかなあ。それともアニメの中に出てくるシーンを抜き出したんだろうか。だとしたら抜き出してライナーに掲載した人はグッドジョブ。中もシャーリーがいっぱいでスクールっぽい水着姿もあって他にアッシュフォード学園の生徒の水着姿も満載。楽しく選んで明るく作ったシリーズ屈指のライナーに、敬礼。材料を作品の中に山ほど散りばめた制作陣にも当然に、喝采。

 でもって阿智太郎さん「魔界ヨメ」の第2巻を読んでも狼男もフランちゃんも出てこず当然ながら名前当てクイズもなくって今はひたすらに悪魔のヨメと吸血鬼のヨメとの間で綱引きされる日々。吸血鬼のヨメの方が最初はヨメを引っ込めさせようと真祖の吸血鬼を起こして魔界ヨメに対抗させようとしたものの暴れっぷりからやがて吸血鬼の側でも邪魔となったところを老いたるヘルシングが現れどうにかこうにか平定。でもってムコを見直した吸血鬼の一家がムコを引っ張り込もうとしたりする話となってダラダラと綱引き合戦が続いていく。それもそれで面白いけどエスカレーションする面白さって奴も期待したいだけに続く巻ではっちゃけるのか、それともしっとり2人のヨメの綱の引き合いで治めるのか、そのあたりを気にしながら3巻を待とう。とりあえずハリセン恐るべし。

 さらに大和田秀樹さん「ぶっちぎりCA」の第4巻はヤクザか傭兵にしか見えない機長機長が経験した最大の危機が明かされるエピソード。アフリカへと出向いていた時にチタン合金の耐火棺桶(西洋だから燃やさないからこれで良いのか)とか黒いワーゲンとかを積み込む不吉な中でのフライトで飛行機から火が吹き機長とそして少女だけが取り残される。周りは火。そこを機転を効かした機長がどうにかこうにか乗り切り少女を無事に救い出すって感動のエピソードの終わりにその少女が機長のヨメだという、羨ましくもナボコフチックな落ちがついてチャンチャン。どっちにしたって羨ましいことには変わりがないけど。ほかに洞爺湖サミットに関連して横柄な態度を取ったロシア外交官をとっちめる話とかいろいろ。相変わらずぶっちぎってるけどちょい、爆裂さが薄れて来ているなあ。もっと刺激を。さもなくばエロスを。

 どうなのか録音が単に優れているだけなのか素材自体が素晴らしいのかちょっと判然としないけれども「SHM−CD」で聞いてみた「GHOST IN THE SHELL/攻空機動隊2.0」のサウンドトラックは音の響きと広がりがiTunesに落とした後でも素晴らしくって前に録画した同じ川井憲次さんの「スカイ・クロラ」とか「機動警察パトレイバー THE MOVIE2」のサウンドトラックが妙にくぐもって聞こえる、ような気がするんだけれどおそらくは録音自体が「攻殻2.0」は工夫がされててマルチチャンネルのサラウンドになるような音像の設計がされているのに対してほかのサウンドトラックは、ステレオで聞いて普通に聞こえるような設計がされているから粒立ちがややまろやかになっているのかそれとも違うのか。どっちにしたっていくら音質が良くったって「攻殻」のサウンドじゃあ聞いて聞き込んで感動する、ってのとはちょっと種類が違うから嬉しさはやや薄。できるならこの設計で過去の押井作品のサウンドトラックも出し直して欲しいもの。とりあえず「スカイ・クロラ」から。ブルーレイのスペシャルエディションに入れてくれりゃあ、良いのになあ。


【12月22日】 帰宅して録画しておいた「FIFAクラブワールドカップ2008」の「リガ・で・キトvsマンチェスター・ユナイテッド」のとりわけルーニーのゴールシーンを確認。すいっとポストに入ったクリスティアーノ・ロナウドが足下で受けたボールをひょいと左から走り込んでたルーニーに蹴り出しそれを見逃さないで駆け寄りトラップもそこそこにシュート! 突っ込んできているディフェンダーも間に合わず身構えたゴールキーパーも届かずゴールネットにボールが突き刺さった場面に判断の速度の大切さって奴と、あとそれを支える技術の高さの必要性って奴を思い知る。

 瞬間の躊躇のあるなしはなるほどゴールをゲットするんだってフォワードの特質として大切なんだけれどもそれをさせないくらいに足下の、ベストな位置に瞬間的にボールを持ってくる技術と、それからそこでならゴールがねらえてボールもやって来るって場所に走り込んでいる読みの確かさに運動量があってはじめて、無駄打ちに終わらない得点をしっかり奪えるシュートを放てるんだろう。日本人はシュートを打たないんじゃなくってきっと打てる場所にボールを置けないし打てる場所にいないんだ。

 それが出来てた数少ない日本人フォワードが高原直泰選手だった訳なんだけれどいったいどうしたことかまるで姿が見えなくなってしまったのは、高原選手の判断力と技術力に適応できるボールの出してが日本にはまだいなかった、ってことなのか。ルーニーがいてクリスティアーノ・ロナウドがいてテベスまでいて反対サイドでは朴智星が果敢に上下し来そうだなって見るとゴール前に突っ込んでいくマンチェスター・ユナイテッドはだから当たり前だけど強いってことで。これでクリスティアーノ・ロナウドが消えたらどうするんだろう。片鱗を見せ始めたセルティックの若武者を引っ張る?

 そうその水野晃樹選手がついにセルティックで初先発を成し遂げその上初得点まで獲得。するりっと出てきた中村俊輔選手のパスを受けては相手ディフェンダーの寄せをかわしゴールへと綺麗に蹴り入れてみせる。得点。喜びかけよるゴール裏のサポーター席からは階段を下りてきて看板に裏までやって来たファンがいっぱい。その喜びように水野選手があのチームでちゃんと受け入れられているんだなってことが伺える。問題はこの後。次はいよいよライバルのレンジャーズ戦な訳でここで先発して得点でも奪えば一段の注目を浴び愛情を注がれること間違いなし、なんだけれども先発させてもらえるかなあ。活躍して注目されてそしてもっと大きなクラブでサイドをずばずば切り裂いている姿を見たいなあ。朴智星選手のように。

 鬼面人を驚かす的な全滅エンドからいきなり始まってどうなるのかって楽しみにい引っ張られた割にはラストは割りにすっきりというかすんなりというか、予定の範囲に収まってくれてそれはそれで安心なんだけれども作品として長く手元においておきたいかって言われると判断に迷いそう。「喰霊−零−」。いよいよ悪霊化も進んだ黄泉を相手に白叡を背中に背負った神楽が挑むもあれだけ父親に諭され退魔師としての覚悟を諭されたにも関わらず、マイケルの何号かを黄泉の首筋に叩きつけながらあとひと振りが出来ないで黄泉を断ち切れない。

 殺生石の力で半ば動かされ行き過ぎれば精神までをも殺生石に支配されてしまう身ではもはや後戻りは不可能。斬るしかないってわかっているはずなのにそこで迷いが出てしまうところに妙な甘さが見えていただけない。そこは先輩のおっさんたちが行き過ぎればもはや人の心を失ってしまうと喋り神楽にまだそこまで来てほしくないと語っているところに、人の優しさを持ったままで退魔を続けることは果たして可能なのか? って問いかけが込められているって言えるんだろう。それはそれで貴重なメッセージだけれど、迷いが多くの仲間の命を奪い心を奪った事実が一方にある以上、罪な甘さと非難されても仕方がない。どこが判断の分かれ目なのか。どこで踏み込むべきなのか。そこのところをやや成長した神楽を主役にしたドラマでもって描いて欲しいものだけど、続きとか作る代知枝はあるのかなあ。あっても黄泉はいないんだよなあ。

 「鋼の錬金術師」は第21巻で帯にアニメ化の文字。新シリーズってあるけどつまりはだから最初からってこと? 関係で言うならあれか、フジテレビの「ムーミン」とテレビ東京「楽しいムーミン一家」みたいに原作から自在か原作寄りかって違いか。それもちょっと違うかなあ。ともあれそっちを楽しみにしつつも本編はいよいよもってセリム・ブラッドレイが邪悪さを打ち出しアルを乗っ取りエドへとぶつけるもののそこは百戦錬磨のエドだけあって、閉じこもってはのぞき見ばかりしていたセリムが叶う相手ではなかった、っていうか。とはいえグラトニーをあっさり見捨てる辺りはやっぱり生きるに強欲。子供にこんな役をやらせることに海外あたりじゃあどう思われるかな、って辺りもアニメ化と絡めて気になるなあ。とりあえず黒いTシャツ姿のホークアイ中尉がとってもグラマラスで良し。反抗の果てに落命って展開だけは避けて欲しいけど如何に。

 おお「もやしもん」の第7巻。ナノブロック付きの特装版は表紙が結城蛍のゴスロリで買わずにはいられない。あとカバーをはがした時に出てくるイラストも通常版と特装版では違っているので要注意、蛍とあと「good! アフタヌーン」で連載の「魔女マリア」なんかがでっかく描かれ石川雅之さんの描く女の子好きにはたまらない。中身の方は味噌と醤油の作り方に酒の中身の秘密なんかが学べて醤油に味噌を喰わなきゃって思えて来る。農大地下に張り巡らされた通路の秘密も明らかに。ただの麹室? それもあるけど別にいろいろ秘密もありそう。何だあの湖は。どこにあるんだあの広さで。ざっぱーん。樹慶蔵教授やっぱりただ者じゃあない。こっちこそアニメの第2期とかやって欲しいよなあ。

 「煉獄」から「灼熱」へとタイトルを変えて新章入りした貴子潤一郎さん「灼熱のエスクード」第3巻は体液ほとばしる淫猥さに溢れえ子供にはちょっと刺激が強そうなストーリー。レイニーって魔族に噛まれて不死身となって1000年も前から生きながらも魔族の血は啜らず、夜ごとにもだえ苦しみながらも精神と薬物によって自分を抑えてはレディ・キィを守護して地表に残った魔族を相手に戦って来た女性にいよいよ起こったとんでもない事態。役目がら彼女の命を奪わなくては成らなくなったバチカンのエスクード、深津薫だったけれども甘さが全身をくるんで金平糖のような彼には無理らしく、逡巡した挙げ句によみがえった魔族の少女、に見えるけれども歳は魔族の盟主たちでも屈指の長さを持つアロマによって血を注がれ、レイニーと同じような身にされ選択を迫られる。

 そんな基本線を彩るのが淫靡さと体液と血と汗。復活したアロマは久々のエネルギー補充って感じでその体を露わにしては男たちを引っ張り込んでこねくりまわして潰して丸めてポイッ。果ては盟主のひとりで美少年好きな奴を力にあかせて引っ張り込んで屈辱を味わわせる。耽美さ溢れるイラストなんかからアロマとの同衾にちょい惹かれそうになる人もいそうだけれど、その中身を知ってどうなるかを考えればちょっとお相手は努めたくないかも。でも絶頂のうちに逝けるんだったら相手をするのも悪くないかも。どっちなんだ。ほか男好きする魔族の女が罰せられ吊され陵辱されて体液まみれになっていたり、薫が苦しみをレイニーによって和らげたりとあちらこちらで果たされる交合。より詳細な描写が加われば二次元がドリームしてたって遜色ないくらいだけれども過去に「デビル17」って淫猥さ炸裂の文庫を出した富士見ファンタジア文庫。むしろ血まみれが少ない分だけこっちの方が皇女陵辱、ではなく公序良俗的に真っ当なのかも。しっかり使えるけど。何にかは聞かない。


【12月21日】 散々っぱら応募しても当たらず名古屋のセンチュリーホールすら外れる始末に、これはもはや今回も見送るしかないのかと諦めていた山下達郎さんのコンサートの抽選に、先だって一か八かの保険でだした大宮ソニックホールの分がぴあで当たって超ラッキー、って喜んだついでにだったらこっちはどうだとだしたイープラスでのNHKホールまでもが当たってさてはてこれはお金が持つんだろうかとフトコロ具合の心配が湧いてきた。

 何せ日本経団連がまとめた大手企業の平均に遠く及ばない賞与に見舞われさらにこの先も見えない隘路が続く構造不況業界だ。来年なんて存在するかすら危ういなかで3月のライブに行く余裕があるのかどうなのか。わからないけどそこは過去の遺産を食いつぶしつつがんばってでも費用をひねり出し、あるいは毎日が日曜日になっているかもしれない境遇を生かしつつ渋谷へ大宮へと通うことにしよう。前に見たのが何年だろう、1989年だったっけ、鶴舞にある勤労会館で見てからかれこれ20年という時を隔ててなお美声を鳴り響かせる達郎の姿に酔いしれて来よう。髪型すっかり追い抜いてしまったなあ。こればっかりは予想していなかったよ。

 そうかこの回は録画しておいたけれども見ていなかったんだとDVD−RAMに移す作業をしながら「ロザリオとヴァンパイアCAPU2」のスキー場の回を視聴、幼い頃の萌香さんは髪こそ銀色のリアル萌香さんだったけれども声は別に野太くはなかったんだなあ、まあそりゃ性格は違っても肉体は同じで声帯も同じな訳だからだそうと思えばロザリオが外れたリアル萌香さんだって、前の「つくねー」って声は出せるはず、なんだけれど去ればそれはそれでなかなかに。そんな感じに処理をすすめてもまだHDDにはたっぷりの録画分。消すかどうかを迷う作品も多いけれどもこれを消せない心の弱さが家にDVD−RAMの山を作り上げる。どうせ見ることないのになあ。どうしたものかなあ。

 そんでもって起きたら「ワンピース」。鼻歌ブルックが仲間になって乗り込んだリゾートな島で出会った姉妹は宝石を作る数式が書かれた手帖を持っていて、ってストーリーより何よりプールがあれば当然に水着、ってことでナミさんとかの水着姿が拝める貴重な回ではあったけれどもニコ・ロビンの方はパレオなんか巻いてくれちゃっててちょっと残念、健康的なナミとは違った色香ってやつを醸し出す腰つきってやつを拝みたかったのに。でもって話は出会った姉妹の姉の方の奪還話へと向かってきっと大暴れするルフィたちがまた拝めそう。王下七部会だって倒す相手に挑むとはまた。袋叩きの先に何かデカい敵でも待っているのかな。見続けよう。

 でもって「赤い彗星」と書かれたタオルを首に巻いて「赤い悪魔」を見物に行く途中で小川一水さんの最新刊「不全世界の創造手」(朝日新聞出版)を読了、この混乱する世界を救うには何をどうすれば良いんだって誰もが考えて誰も成しえないことに挑戦しようって意欲に溢れた物語。戦争を止めようとして平和維持軍を送ったところでゲリラは山なりジャングルへと逃げ込み抵抗を続ける。押しつけられる秩序なんて認められないってことだけれども、そんな反抗心とは別にやっぱり力によって平定させようとしてもやっぱり無理が出る。地方には目が行き届かない。貧富の差が生まれて底辺での鬱屈を増大させる。結局はだから元の木阿弥になりかねないんだけれども、だったら放っておくのが良いのかというとそれも違う。違うけれどもじゃあどうすれば良いんだという堂々巡りに誰もが心を揺らされている。

 少年は考えた。何でも取り込み自分を複製する能力を持ったマシンを作ってそれを使い世界を変えようとした。原初は父親が経営していた工場を経済効率と生産性向上のお題目を振りかざす世界機関に奪われてしまったことへの憤りだったけれども一方に天才発明家として生みだした使い世界を変えられるのではないかと画策。アイディアをベンチャーキャピタルなんかに送って審査を仰いだところに現れたのがひとりで数百億円とかいう資金を動かす幼い少女。何でも母親譲りの生産性を見抜く異能の力を持っているとかで、その力で稼いだ金を使って何かしたいと考えて、少年が持ち込んできた機械に興味を抱いた。

 まずは南洋のリン鉱石が取り尽くされた島へと送り込んでは機械をつかって整地をさせた。人間だったら2000年はかかりそうな事業を少年が連れて行った子馬は自らを増殖させつつ一気に作業してのけた。これはすごいと世界が目を付け少年は少女の支援で会社を立ち上げ世界へと打って出る。ところが各地で子馬が作業をする度に、自分たちの仕事を奪われるのではないかといった恐怖心から地元の人たちの反発がおこる。新しく生まれた豊饒な地を使い何だってできるだろうにと少年は言うけど今を変えたくない人にとって未来の可能性なんてゼロ同然。そんな反発を食らいまた、かつて少年の父親の工場を奪った世界機関も載りだし少年や少女を追いつめる。

 自分たちのやっていることは正義か、それとも偽善か。葛藤はあるけどそれは国連なんかが行う世界平和のための行動にだって言えるおkと。何を決定的に変えてしまう訳ではないけど、やらないよりはやったほうが遙かにまし。そんな気持ちをより効率性と確実性を持った方法でもってやろうとする意思の確かさに、なるほどともかく前を向くんだって気持ちをかき立てられる。便利な機械がもたらす怠惰はなるほど恐い。けれども人がすべて怠惰に溺れることはない。余裕が生まれればきっとそこから何かを生み出そうという意欲が生まれてくる。

 水と知識。たったそれだけのことで人は大きく変われるんだと伝えるメッセージに答え、自ら足を踏み出す勇気を誰もが育むことができるようになれば、世界は大きな変化へと向かうんだろうけど、さてはて。考えればいろいろと難しい問題もありそうだし、少女とその母親が持つ生産性を見通す能力もちょっとファンタジーじみてて合理性に覆われてしかるべき物語のブラックボックスになっている。ご都合主義的ともいうか。けど一種の寓話としてメッセージを発するのなら、そうした能力を前提にしておくだけで十分だし、サスペンスフルな物語も不必要。読んで感じてあとは考え動くだけ、なのだ。こんな物語が複製されて世界中で読まれるようになるだけでも、何か変化は起こりそうな気がするんだけどなあ。

 とか言ってたら時間になったんで「横浜国際競技場」へと出向いてまずは3位決定戦のガンバ大阪とパチューカの試合。日がまだあって何とはなしに暖かいけどきっとこの先寒くなるんだとインナーにヒートテックを着てその上にタートルネックのウールをまといさらにショットのピーコートで武装。試合はガンバが逃げ切り3位となって去年の確か浦和レッドダイヤモンズと同じ位置に着けて日本代表の面目を保って拍手喝采してからさあいよいよ夜に入って寒さも厳しくなるなあと身構えたけれど一向に冷え込んでこない。せいぜいがジッポのカイロを背中に入れて、ヒートテックのオーバーパンツを上から履いたくらいで持っていったブランケットもタートルネックとピーコートの間に入れようとしていたフリースのプルオーバーも使わず。使い捨てカイロも結局最後まえ出さなかった。

最前線へと飛び込み中盤へと下がり守備に攻撃に大車輪。天才だって汗をかくから世界の頂点に立てるのだ  「トヨタカップ」のあれは2002年のレアル・マドリードとオリンピアの試合を見に行ったのを最初に途中のACミランとあと一昨年だかのバルセロナに行かなかったくらいで今回が5回目だったりする夜の横浜国際。もうちょっと早い時期に行われていた記憶もあるけどそのどれを取っても今回の方が暖かくってこれがあるいは地球温暖化ってやつなのか、って考えもしたけどきっとたまたま今年は暖冬の気配があるだけなのかもしれない。どっちにしたって来年からはアラブだかへと開催が移って真冬の横浜に行くこともなさそう。最後を飾る試合を快適に見られたのはきっとサッカーの神様がアメニティの良さを見せてまだ日本での開催を促したに違いない。そうであってくれれば良いけどきっともう2度と戻っては来ないんだろうなあ、トヨタだっていつまでも面倒、見られそうもないし。

 んで試合はルーニー、さすがルーニー、強いぞルーニー。中盤へと下がり最前線へと駆け上がるその動きもすごけりゃあ最前線でちょんとボールをトラップしてすぐ前に向かう体制を作り出すテクニックも最高。日本だとそこで弾ませては奪われ反撃を食らうところがルーニー選手もクリスチアーノ・ロナウド選手もまるでトラップをミスしないで1発で足下に治めて次の攻撃へと移っていく。そこで2秒手間取るだけて寄せられ固められる訳だからこれはやっぱり基本って奴が大事なんだと強く納得。それもこれも小さい頃からボールを友達にしつつ厳しい環境でボールを奪われないような練習を重ねて来たからこそのものなんだろー。シュートを打つとか打たないとかって以前の基本中の基本。そこをすっ飛ばしてバックバスがどうとか個人技がどうとか言っても仕方がないと知ればいつかは花も咲くんだけれど、そういう地味な部分よりも派手な切り返しやらに目を向けてしまいがちな所が日本にはあるからなあ。かくして世界からどんどんと引き離されていく、と。最高峰の試合が間近で見られなくあるのはやっぱり痛いなあ。


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