縮刷版2007年7月中旬号


【7月20日】 海の日、だったはずなのに海の日は知らないうちにどっかに移動していましたとさ。ロプ・ノールかってーの。なのでお仕事にいかなきゃいけない朝にやって来た宅配便から注文してあった「コミックガンボ」のオリジナルTシャツを代金引換で受け取り週末の憂鬱な気持ちもすかっと晴れる。いやあ可愛らしいぞ悪キューレ。そうやっぱり「コミックガンボ」で1番おもしろいだけじゃなくって昨今の4コマ系統漫画でも群を抜く面白さを持ったヨコシマンさん「パート怪人悪キューレ」の初めてのグッズが登場したとあっては、船橋界隈でおそらく100位以内に入る「ガンボ」マニアで「悪キューレ」親衛隊としては買わずにはいられない。

 「悪キューレ」Tシャツには2色があるよーで白ともう一つは父ちゃんに気を利かせてかイエローだけれど、けれどいかなジェフユナイテッド市原・千葉ファンといってもこいつを着てフクダ電子アリーナに行くのもはばかれるんで普段着に使えそーな白を購入。着て歩けばもう自分が悪の組織の一員になった気になって来る。来ないか。もう1つはやっぱり「ガンボ」でも群を抜いた面白さを見せ得つつある女性漫才師の漫画「ステージガールズ」のTシャツで、こちらも2色あってカラー版は「日テレ・ベレーザ」のカラーともいえる緑なんだけれどやっぱり着ていくのはちょっと。なんで白を選んで購入、着て神田花月あたりに行けばきっといかにもっぽいと評判になる、わけないか知られてないし、お話ではヨシモトがモデルの巨大プロダクションとは「ステージガールズ」、仲が悪いみたいだし。

 そーいやベレーザといえば元ベレーザで今はフロリダ州立大学に留学してサッカー部で活躍しているまみたんこと山口麻美選手が米国でがっしゅくしつつ試合をして来る五輪予選に備えるサッカー女子日本代表の候補に選ばれたとか。以前から実力はあっていつかは代表に入ってビジュアル面でも輝くはずって思い描いていながらこの数年は同じベレーザで永里優希選手にばかり世間の耳目があつまってちょっっぴり脇においやられてた。それもあってか一念発起しフロリダに行き女子サッカー部に入って頑張っていたらこれがなかなかの活躍ぶりだった模様で、めぐりめぐって日本代表に声をかけてもらえた。米国にいた、ってこともあるんだろーけどそれだけで呼ぶ監督じゃないからやっぱり実力も伴っていると見て、28日らしー試合での登場とそして活躍を刮目して待とう。どんなビジュアルになっているだろー。小林ゆうさん似? ってビジュアル系なの?

 戻って「ガンボTシャツ」で買ったのがこの2作品だったとゆーのは個人的に好きだってこともあるけど、別にぱっと見て見栄えがそれなりだったってこともある。だってねえ、今時キャラクターの絵をまんまプリントしているだけのTシャツなんてそうはない。絵字体は「ガンボ」の表紙に使われた奴だからキャッチーさは高いんだけれど表紙に描かれ目立ちまくるキャッチーさってのはどちらかといえば泥臭くってベタベタ系。一方でTシャツなんかで使われるキャッチーさには目立つことよりもいかに着て歩いた時の人体にとけ込んでいるかって部分もあって半ば相容れないんだけれどそーゆーことはお構いなしにこのTシャツ、表紙絵をまんま張り付けているから並んで見ると壮観とゆーか、どぎつい眩しさに目を開けていられない。

 目の悪い細面の少女が黒い眼鏡をかけてセーラー服を着て立ってるだけの「朧」Tシャツなんていったい誰が買って着るのか謎。それともセーラー服だからってそっちけいの好き者が買うのか、うーんしかしお話とことん暗いぞ。麻雀漫画の「鳳凰」Tシャツは気持ち絵がデカ過ぎな気が。それで乙女ならまだしも人相の悪い兄ちゃんだからなあ、雀荘にだってちょっと着ていけない。それらをざっと見れば「悪キューレ」に「ステージガールズ」はキャラの真っ当さで1、2位を争う位置にあって選択としても悪くないって分かってもらえるんじゃなかろーか。

 板橋しゅうほう先生の「G−Cup」Tシャツはプリントされてる女性のカップぶりがなかなかなんでまあ許せるか、あと伝統芸能に敬意を表して「昭和バカ囃子 林家木久蔵物語」Tシャツも。こいつなら寄席にだって着ていける、けど行くとスタッフと思われそう。デザインやっぱり次はもーちょっとスタイリッシュにして頂戴。もしも「コードギアス 反逆のルルーシュ」がこのベタもどベタなデザインだったら果たして手を出すか? バストショットのコーネリア。買う。目を赤くして血染めのドレスを着たユフィ。買う。ピザをほおばるC.C.。買う。塗り壁になって「やっとられるかー!」と怒鳴るカレン。買う……かな……。ああやっぱり元が良いなら買うよなあ。でも漫画の面白さと絵的な見栄えの良さは別なんで、そこんところがマッチした「悪キューレ」と「ステージガールズ」はやっぱり図抜けているってことで。単行本化はいつだ。版元はどこだ。

 やっぱりもうダメなのかそれとも単に順番の問題なのか。ずいぶんと昔にビーム・エンタテインメントが淀川長治さんの解説入り名画DVDシリーズを発売するってんで記者発表会が行われた時に行ったことがある、青物横丁駅から海っぺりへと向かい歩いたところに見える奇妙な台形をしたビルが松下電器産業からいつのまにかバンダイナムコゲームスのオフィスに変わってて、そこで「テイルズ・オブシリーズ」のラインアップ発表会があるってんでかけつけ入って久々に見たアトリウム的な空間の広さに、ここでバンダイグループに入ったシーシーピーだかのラジコンを飛ばしたら気持ち良いよなあ、あと床を流れる人口の水路で戦艦のプラモデルとか浮かべたら楽しいよなあ、せっかくのエンターテインメント企業なんだからそれくらい自由に社員にやらせたら社内も明るくなるよなあ、でも飛んだラジコンがガラスを突き破ってオフィスに突入してけが人が出ても事だしやっぱり無理だよなあ、なんてことを思い浮かべつつ始まった発表を聞いてやっぱりもう「プレイステーション3」は見捨てられたのかなあ、なんてことを考える。出ないんだもん。対応版。

 いやそれならまだハードが出たばかりで対応が終わってないってことだけなのかもしれないけれど、一方で任天堂の「Wii」向けには昔「ゲームキューブ」向けに出た「テイルズ・オブ・シンフォニア」を土台にマップとかを美麗にした上にストーリーなんかは完全新作となる続編が投入されるってアナウンスがあり、また「ニンテンドーDS」向けにも新作タイトルのリリースがアナウンスされてて「テイルズ」もすっかり「ファンタジア」が最初に「スーパーファミコン」で発売された時みたいな任天堂寄りタイトルに。まあプラットフォームの普及台数が半端じゃないんでそちらを狙うのは商売上大事なことなんだろーけれど、デモ映像が出た「Wii」対応の「シンフォニア」の見た目はさすがに次世代って感じで、でも「ファイナルファンタジー」みたいな等身の高いキャラじゃないんで「PS3」みたいな凄まじい描画力は必要としてなさそーで、「Wii」向けで必要にして十分のクオリティとマーケットを確保できるって判断も働いたんだろー。

 まあそれでも「プレイステーション2」向けとか「プレイステーションポータブル」向けには過去の移植とかがちゃんと出るんで昔遊んだ記憶を美麗な画面で振り返りたい人にとってまだまだ「PS2」「PSP」は捨てられないハード。ってそーゆー懐ゲー専用ハードなのかい「PS2」や「PSP」って。まあ去年出たとかゆー「テイルズ・オブ・デスティニー」の「PS2」向けリメイクがさらに「ディレクターズカット」版として再登場するってゆーからなおのこと、重視しているのかとことんかっぱぐつもりなのかがやや曖昧。でもシリーズ中で1、2を争う人気キャラクターのリオンをメーンにしたシナリオを追加搭載とあってはそっち系の人は男子も女子も買わずにはいられない、ってところか。いっそだったら徹底してそっちの路線で突っ走っていけばいつかの「ドリームキャスト」よろしく萌えゲー専門マシンの対極にある腐れゲー専門マシンとして、「PS2」は生き延びて」行くんじゃなかろーか。んで「PS3」は?


【7月19日】 えっとジミー・斎藤だったっけデビッド・末続だったって、すぐに名前が思い浮かばない「アイドルマスター XENOGLOSSIA」に出てくるモンデンキントジャパンの課長さんは胆石だか何かでおなかに痛みが走って入院していた病院から抜け出し床下から参上しては超音波でインベルに刺さった偽のキーを砕いて無事に危機を脱出。その後も何食わぬ顔で復帰したのは良いものの、インベルが修理に入って暇になった天海春香が高槻やよいに誘われクリスマスのイベントに出てテレビに映し出されている光景を見たデコちゃんから突き上げられても課長としておとがめなし。

 さらには入院していた間に書いた本を出版しましたとみせびらかすお茶目な所を見せているんだけれど昼行灯のカミソリ後藤とはタイプこそ違えどやっぱ切れ者っぽい所もあるから、インベルがどーして勝手に動きそれを誰が仕組んだかもきっとお見通し、なんだと思いたいけどそれだったらわざわざ暴走まで持って行くかなあ。暴走させてあぶり出そうとしているのかなあ、忍び込んで偽の機動キーを仕込んだ犯人を。それは誰かと言われたら……どうにも怪しい人ひとり。

 えっ。でもまさか。いやしかし。寝とぼけている姿も何かの擬態か。いったいいつから草だったんだ。課長補佐の朔響は何か知ってそう。というかそもそもどっちの見方なんだこの無精ひげ。んでもって次回予告。調子扱いてるジョセフ・真月(これが本当)に双海亜美ちゃんがキツい一言。「テレビなめんなよ」。見えなかったけどきっと笑顔で優しく怒る亜美ちゃんが怖くて可愛い。叱っておくれ僕たちを。いやそれより先にたしなめられそうなのが本当に事務所に入ってアイドルデビューしてしまった天海春香か。インベルとの対話もそっちのけで出歩きインベルを寂しがらせる。それはまずいという気はあって萩原雪歩ちゃんに声を吹き込んだレコーダーを渡して聞かせて頼んだらそれを、それを、それを。ああやっぱり何かあるぞこのチーム。明らかになってく今後が楽しみ。「.ANIME」の限定の水着バージョンが春香にデコちゃんと続いて誰になっていくのかも。予想では3巻は雪歩。ってーと4巻はやっぱりあれか、ジョセフ・真月か。オタクなめんなよ。どうせだったら「コードギアス 反逆のルルーシュ」でも水着バージョンとか欲しかったなあ、でも女性キャラ少ないんで男性の水着かランスロットの水着になってしまう難点が。まあそれはそれでおそれなりに。やっぱりオタクなめんな、だ。

 またしてもはるばるとあざみ野から横浜市営地下鉄を乗り継いでセンター北まで行って歩いて「たまごっち」とかで知られる「ウィズ」が作ったスロットカーを楽しめるアミューズメント施設を見物。ってか玩具の企画がメーンの会社でどっちかってゆーと裏方なはずだったなけど最近ではオリジナルの玩具を作ってメーカーとしても活動していくとか。その一環、とはちょっと違うけれども施設のプロデュースなんかにも乗り出して、国内でもこれだけの規模はちょっとないってゆースロットカーのレーシング場を作ってしまったとゆー次第。得意先だった玩具メーカーが「ニンテンドーDS」の台頭に押されてなかなかに厳しくなっている上に、経営統合も進んで数が減り、以前みたいに企画を持って回りあちらこちらで採用されるってゆー商売も、しづらくなっているって想像が立つ。ならばせっかくの企画力、自身で活かしていくにはどうすれば良いかってのを考えての玩具メーカー化であり施設プロデュースってことになったんだろー。いや勝手な想像だけど。

 それにしてもゴージャスな施設。何しろ富士スピードウェーをそのまま模したってゆーコースは全長が44メートルもあってなかなかの迫力。他にえっと4コース? くらいあって1度に5人くらいが遊ぶのがせいぜいってゆー過去にあったサーキットが抱えた遊べる人数の限度ってゆー制約を軽々とクリアしてしまっている。でもそんなにお客さんが来るの? ってところはなかなかに見えにくくって、都筑区って横浜でもベッドタウンな場所のショッピングセンターの上ってロケーションに、スロットカーから受けるおしゃれな大人が来場して来るってゆービジョンはあんまり見えない。大昔は割に硬派な遊びだったはずのスロットカーも、ちょい前だと割とおしゃれな場所にあっておしゃれな人のたしなみっぽい空気が出ていた感じ。タカラトミーなんかがクラブを借り切って中にコースをセッティングして、酒とか音楽とかをバックにスロットカーを遊ぶナイトイベントを仕掛けようとしてたっけ。

 そんなイメージを横浜のこのロケーションで作るのは不可能。でも考えようによってはクラブイベントなんかであくまでお酒のお供めいてスロットカーをやっていては昔のプールバーよろしくブームが終われば消えてしまう。そうじゃない、スロットカーってもののそのものの面白さをどう伝え、そしてどう受け止めてもらうかってところを主眼にしているらしーのがこの施設で、だから飲食の施設なんかはなくって入り口には山とレーシングカーが積まれ関連書籍が並べられて、行けばスロットカーだけを選び学んでそして遊び楽しめるよーになっている。

 だったら対象は? やっぱり親子連れってことになりっそー。子供がスロットカーってイメージがあんまりなくて大人の遊びって感じがあるけど、オープニングでショッピングセンターにやって来た子供が立ち寄ってはコントローラーを握っていとも感嘆にレーシングカーを操っている様を見ると、こーゆー層にこそ相応しい遊びなのかもって気すらしてくる。もちろん昔ちょっと触れたけれどもその後離れてしまった高齢者とか、「ミニ四駆」で遊んでカーレースにはなじみのあるお父さんとかが昔とった杵柄を疲労するって感じに子供からコントローラーを横取りして、遊び倒すよーになればしめたもの。1度やってみれば確実にハマる面白さ(体験者は語る)から土曜日曜には通い詰める親子連れってのが増えていってくれるって、そんな皮算用も出来ないこともないけれど、でもやっぱり場所がなあ。どんな展開を見せるかにちょっと注目。

 科学女子だ。おまけに白衣だ。なおかつ眼鏡だ。もう最高。最高としか良いようのないキャラクターが登場しては表紙にどかんと描かれている野中亮さん「マドカの科学研 彼女あ世界を滅ぼす日」(徳間ノベルズEdge)は、主人公のどこか不思議な行動パターンとそして起こる奇妙な事件、なおかつ絡むキャラクターの突拍子もなさが絡み合っては混ざり合って化学反応のように爆裂し、とてつもなく楽し物語がそこに創り上げられている。父の下にいるのを嫌い独立して高校に通い始めた宇隅光秋って少年は缶詰マニアで食事も缶詰なら収集するのも缶詰で、その日も缶詰の食事を終えて家を出て歩いていると子供が道路に倒れていて、助けようとしたら自分も転んだところに車が迫ってきて絶体絶命。だったところに現れた武芸の達人らしき青年に助けられて命を救われる。

 気になったのは轢こうとしていたドライバー。笑ってた。意識的だった。どうしてだ。朝方に携帯に受けた危険を知らせるメッセージが気になったものの光秋はそのまま学校へと行き、教員から校内の案内をしてもらっていたら屋上から飛び降りようとしている少女がいた。助けようとしたところに現れたのが白衣に眼鏡の女子高生。名を伊佐原窓華という少女は死ぬの生きるのと言い合う意味についてひとくさり持論を繰り出す。自殺志願者はその剣幕に呆れたのか押されたのか自殺はせずに校内へ。光秋は呆然としつつ教室へと行き自分をはかつて前世で一緒に宇宙戦争を戦った仲だと訴える美少女の告白に畏れおおのき学校を案内してくれた教師の薦めもあって科学部へと赴いたら魔女がいた。伊佐原窓華。学内でも噂の。しかし当人は徹底して科学を探究すると訴え、非科学的なものを拒絶して近隣で事件を起こしている眉毛描き野郎と怪力野郎とそしてひき逃げ野郎をプロファイリングにより捕まえようと躍起になる。

 もっとも部員は朝方に光秋を助けた達人に動物を手なずける力を持った不思議な少女と超常的な奴らばかり。ひとり窓華だけは科学を頼りに街に起こる事件の究明へと飛び込んでいく、って何だか書いてて涼宮ハルヒみたいだって思えてきた。まあハルヒは自分が超常的なものを求めながらも超常的なことには関わっていないと信じているんだけど窓華は不思議なことなんてないと言いながらも不思議さが生まれる可能性を探ってる。そうして見えた多元宇宙的な解釈から、光秋が実は受け継いでいるある力によって浮かび上がる“幽霊”のような存在との戦いへと進んでいく。伝奇的な退魔物のフォーマットにも近いところがありながらも、そうした超常的な存在を科学理論によって解釈し説明してしまおうとしている辺りが他の数ある作品との違いを感じさせる。なおかつその解釈も結構にリアルであり得るんじゃないか、って思えてしまうけれども科学で理系な人が読んだら違うのかな。いずれにしても顔見世興行は終わり特徴的な部員にさらに新たな要素も加わりそうで今後どんなドタバタを演じてくれるのかが楽しみになって来た。だから早いうちに続刊を。


【7月18日】 ざっと見た新聞の諏訪哲史さんによる芥川賞関連記事のどれにもやっぱり「ポンパは日立のカラーテレビの名前が語源だということを知らず、かといってグーグルでキーワードを打ち込み調べることも出来ない、ネットから隔離されたニートが語感だけを頼りに脳内で果てしない妄想を繰り広げた挙げ句に生み出された求道的小説」だって評価はなかった。当たり前か。でもまあ選考委員だってネットなんか見たりしている世代でもないんで異論とか意見とか出ず通ってしまったんだろーなー。

 おっと川上弘美さんなら出自がネットで応募する「パスカル短編文学賞」だからネットで検索かけてそうかって思って臨んでいたりしないのかな。分からないから選評待ち。でも選評だったら直木賞でどーして北村薫さんが落選したのかが最大の注目点だよなあ。人間がかけてない、かトリックが平凡、か前作の方が良かった、かそれの全部まとめてか。万城目学さん桜庭一樹さんにどんな感想がついているかにも注目。剣道少女はやっぱり凛々しいといった感想なんてあったら楽しい。

 いやほら剣道少女って何か今時ブームみたいだし。ホラーの分野でもっぱら活躍して来た誉田哲也さんの「武士道シックスティーン」(文藝春秋、1476円)って新刊は、「鹿男あをによし」で読み手をハラハラさせて感動させた剣道シーンを抜き出し増やしさらに濃密にして、最初っから最後まで剣道一色で塗り上げた美少女剣士たちの物語だから面白くない訳がない。かたや3才から剣道を始め中学の大会で準優勝をするくらいに強い上に、宮本武蔵の五輪書をバイブルとして愛読し、真剣勝負を尊び敵を切り伏せ勝利することこそが至上と思いこんでいる磯山香織。こなた日本舞踊を嗜んでいたものの、町工場を経営しえていた父親が大企業に技術を奪われ倒産した挙げ句に出奔してしまい、日本舞踊は止めて中学生からなぜか剣道を始めた西荻早苗。

 2人が最初に出会ったのは横浜市の小さな大会で、そこで香織は早苗の動きに翻弄されたのか面を奪われ敗北する。まさか自分が負けるはずがない。相手は達人に違いないと信じていたのに、入学した高校で下から進学してきた早苗は時々強いもののたいていは弱い。香織はそんな早苗の不思議な剣道を見て迷う。こいつが自分を倒した奴か。憤りつついじめつつも逃げずつきまとう早苗に、いつしか香織は相手の不思議な力を認めるようになるものの、今度は自分がどうして剣道をするのかを迷い勝てなくなってしまう。

 勝負とは何か。剣道とは何か。生きるとはどういうことか。剣道を挟んで向かい合った対称的な2人の少女のそれぞれの想いがめぐらされた果てに、ただ勝つだけでもなければただ楽しむだけでもない、剣道を続け、そして誰かと戦う理由というものが浮かび上がってくる。とてつもなく細かくってリアルな剣道の描写もは圧巻だし、どうして香織は早苗に負けたのか、って理由探しの部分はスリリングで、剣豪小説の修行シーンを思わせる。それを気付かせる香織の通う町道場の師範の達人ぶりもなかなか。武具屋の主人からいろいろ言われているけど格好良い奴じゃん、師範。

 武士道なんてものに染まって武蔵を読み込み、鉄アレイで腕を鍛えつつ剣道に邁進する香織の武士っぷりというかアナクロっぷりもなかなかに愉快。真面目なんだねえ。そんな香織が壁に当たって弱さをみせて崩れ落ちそうになるところはこれまた人間らしく、香織をいっそう好きになる。早苗も早苗で天然無垢で純真で真っ直ぐな姿が好感を与えてくれるし、そんな早苗が香織を変え父親を立ち直らせていく姿も愛らしい。本当は大好きな日本舞踊を諦め剣道に進み、そこでも剣道を大好きになってあまつさえ強くなる。最高なくらいに格好良い。

 読み出したら止まらないくらいに次々と出会いがあり事件があり、別離があり懊悩があってそしてすべてのクライマックスがあって最後まで一気に連れて行かれる傑作青春エンターテインメント。佐藤多佳子さんの「一瞬の風になれ」とか三浦しをんさんの「風が強く吹いている」とか桂望実さんの「Run、Run、Run」とかあさのあつこさんの「ランナー」とか、去年あたりから盛り上がりつつあるスポーツがテーマのエンターテインメントのジャンルにおいても新たな、そして極上の新作として喝采を浴びつつ迎え入れられることは間違いなしだ。

 タイミングさえ良ければ直木賞だって、って思うけれどもライバル多いからそれは不明。是非に実写映画化して欲しいけどでもこないだの日曜日に放送されて、やっぱり女子の剣道が出てきた「ハヤテのごとく」で言っていた。顔が見えなくなる剣道はエンターテインメントにとってあんまりね、って部分が気にかかる。が、そこはそれCG技術を使い面の表面に顔が浮かぶような映像で女子の剣道の戦いを描いてやっちゃくれまいか。香織は誰がいいかなあ。ちょい乱暴でそして強気。宮崎あおい? 脳天気な早苗は誰だろう、ガッキー?

 ポイして良いのはポイされる覚悟のある奴だけだ! って言葉が口をふと突いて出たのは「月刊サイゾー」2007年8月号に掲載された記事を読んだから。それも含めた特集は「オタクギョーカイの闇」はそれなりにまとまっていはいたんだけれと、当該の「”ノスタルジイ中年”が跋扈! 老害化が進むオタク論断の憂鬱」って見開きの記事はタイトルも示しているとおりになかなかに凄かったし、それ以上に添えられた「最新オタク・マスコミMAP」が凄まじかった。筆者の人が得意としている論壇マッピングって奴なんだけれど、基本的にオールネガティブな雰囲気があるのが見ていて気持ちをヒリつかせる。敬えってんじゃないけどでも、先達の活動あっての後進の活動。なのに一切を否定するところからしか語らないから読んでどこか違和感がつきまとう。

 あと適当さも。岡田斗司夫さんと唐沢俊一さんはともに「オタクアミーゴス」ではあるけど岡田さんは「と学会」とはちょっと違う。なのに一緒にまとめてる。「旧TINAMIX派」とまるめられているのは伊藤剛さん東浩紀さん竹熊健太郎さん永山薫さんだけれど80年代の始めっからオタクな世界の最先端で活動し続けてきた竹熊さん、やっぱり早いうちからエロマンガについて書き続け、それ以前には創作活動だってしていた永山薫さんを一世代から二世代下の伊藤さん東さんと一緒に括る乱暴さ。そりゃあ同じ「TINAMIX」に書いてはいたけど、たまたまでしょう、たまたま。同士でもないし同好でもない。

 悪罵も凄くてある意味ダークな冴えすら覚えてしまう。氷川竜介さん藤津亮太さんなんて80年代ノスタルジイの最左翼(マップの左に位置づけられているんで)として位置づけられてて、それられたカテゴライズが「御用ライター文化圏」。あまつさえ欄外ではとてつもなしに凄まじい悪罵が書き連ねてある。もはや営業妨害に近い。でもそうかなあ。そりゃあ仕事で基本ポジティブな言葉を書くだろうけどそればっかりじゃない。けど筆者の人はそうした活動を見ようとはしない。見たくない? 見ると書けなくなる? だからマッピングのためのマッピングでしかないって見透かされるんだよなあ。

 そのへんはトップクラスに君臨している層への下層が行うべきレジスタンスの一環と見てとれるけれども、ちょい上の世代にいる大塚ギチさん宮昌太郎さんをも「勘違いロック中年」と切り捨て、元木柾長さんについては「エロゲー論断中年」と叩き、その近隣に置かれている「90年代ノスタルジィ文化圏」なんか具体的な名前を誰も挙げていない。挙げるとしたら浮かぶけれども何故か挙げない。挙げたくない? そんなマッピングのほぼ中心に自分を置いて全方位ってスタンスを示しつつ、本文で繰り出す言葉は「『最近、マンガやアニメがつまらなくなった』と思っている読者はいないだろうか? だけど、それは間違い。今でも、いい作品はたくさんある。ところが肝心のアニメマスコミ−専門誌や評論家たちが、それをきちんと紹介できていないのだ」。

 うーん、ぶちあげるのは良いんだけれどだったら自分はいったいなにを良い作品だと思っているのかなんて語ってない。ここではないけど河岸を買えて語っているのが「SFマガジン」の連載だというなら「コードギアス 反逆のルルーシュ」か「デスノート」、んでもって突発性よしながふみ症候群患者らしく「フラワー・オブ・ライフ」なんかを挙げるんだろうけれど、それとて他を圧して説得力を持つ言葉で語られている感じじゃない。カウンターとして出しただけ。マッピングに必要なパーツとして。

 だいたいが評論家やマスコミが紹介するものだけを見てみんなつまらないと思っている読者や視聴者なんていないって。面白いものを見たい読みたいと新番組に新刊をチェックし自分たちなりの感想を抱いて語っている。ノルタルジックに走るマスコミが仮に結果として機能していないとしたら、それはマスコミだけをウィンドウにして世界をのぞき込もうとする別の國の人たちの話。それでつまらないんだと言われたって現場はまるで関係ない。はあそうですか分からないとはつまらない人生ですねと笑うだけで、現場は現場で今を一所懸命に謳歌してる。マッピングとか無関係に。

 だからつまり誰に向けて「最近つまらなくなったと思われがち」と書いているのかが分からない。マスコミとやらを非難するためだけに彼らの紹介しているものはつまらないからオタクな世界が全部つまらないと思われているのだというロジックを無理矢理組み立てているようにしか見て取れない。ああそうか、「SFマガジン」の連載といっしょだ。批判のためのロジック。だからそこに自分がない。「『自分のノスタルジイ』しか語らない中年評論家どもが、それを紹介しないだけ。彼らの天敵である筆者が、時代に乗り遅れたロー撮る中年を、華麗なマッピングでまとめて、ポイ!」って記事に添えられたリードが煽っているけれど、ノスタルジイの対抗軸すら打ち出せず、マッピングだけに精を出して前にドライブする言葉を生み出せないでどうして大勢を納得させられる? カウンターにしか成り得ない言葉はすがる相手がポイされればいっしょにポイされるだけなのに。

 まあいずれにしたっていろいろ火種となりそうな記事であることは確か。「SFマガジン」の誌上がにぎわったところで所詮はSFの中の嵐と傍観を決め込んでいた方面に、大きく類焼していくことは間違いないんでどうこれを見るか、そしてどう読み解いていくのかってところを感心持ちつつ見ていこう。TINAMIX派にもどこにも入れてもらえない末端の駆け出しにゃあどっかの異世界の火事なんで。フィクサーな大森望さんとか文芸な中俣暁生さんとかマッピングされていないのは好かれているから? 畏れられているから? 眼中にないから? うーんやっぱり分からないなあ。コミケとかで切り捨てた分も含めた1畳くらいのマップを作って打ってくれないかなあ。それくらいだったら相撲の番付よろしく虫眼鏡で見る序の口くらいには名前、載っているかなあ。


【7月17日】 そうかやっぱりジェフユナイテッド市原・千葉のレベルでは巻誠一郎選手に入れるクロスの精度が足りていないだけなのか。水野晃樹選手だって時々するどいクロスは入れるけれどもどこか見ないでたたき込んで合わせられたら合わせてみろよって感じがあってそれじゃあいかな巻選手だって10回に1回くらいしか当てられない。これが中村俊輔選手になると余裕があるのかちらりと見てそこに選手がいると分かってどんぴしゃりのクロスを入れるから選手もどんぴしゃりでたたき込める。

 遠藤保仁選手もまあ同様。とくにフリーキックの精度が高いからピンポイントで合わせられる。これが千葉だとなあ。水野選手はフリーキックにはまだ精度があるから合わせられるんだけれど右も左もクロスは今ひとつ。ここに例えば精度だけは抜群のデビッド・ベッカム選手がいたらジェフ千葉は今頃首位で巻選手も得点王として日本のファン・ニステルローイと呼ばれていたに違いない。サッカーってやっぱりチームなんだなあ。代表ってやっぱり凄いんだなあ。

 鹿島神宮と奈良の神社が仲の良いことになっている万城目学さんの「鹿男あをによし」(幻冬舎)とは対称的に、鹿島は伊勢なんかと連んで天孫の系譜と称して奈良とか諏訪とか厳島を地祗と蔑み、そんな地祇から神様の力を中に秘める齋が出たら攻撃するくらいに仲が悪い設定だった鷹野祐希さんの「秋津島」シリーズに第2巻の「秋津島 惑いし宿命の乙女」(GA文庫)が登場。諏訪から厳島へと向かいそこで宮崎方面から来た天孫の斎に襲撃されてどうにか撃退した少女はともあれ奈良へと向かってそこで神様が常に降りてこられるような道を造る儀式を受けようとしたら今度はかつて立ち寄った諏訪に危機。斎が危ないと思いかけつけかつて妹のように可愛がっていた双子の少女が天孫の斎となって襲って来たのと戦う羽目となる。

 とりたてて反抗する気も見せていないのにどーして天孫が地祗を襲うのか、すべての中心にある伊勢の斎に起こっていることが知らず漏れ伝わって天孫たちを焦らせているのかそれとも地祇に知らず反抗の意識が見えているのか。戦いに突入する明確な理由が見えないところが気にかかるけれどもいつの時代も戦いの始まりなんてささいな技師何基からうmれるもの。「虐殺器官」にも示されたような疑う心をそそのかし憎む気持ちを煽る何かが働いたって見るのがよさそう。じゃあそれを煽ったのは何者なのか? 気にかかる。伊勢にちょっぴり動きもあったみたいでそのあたり、どーして激しい争いになってしまったのか、でもってそれが目的とするものは何かが次巻あたりで明らかになってくれると期待して待とう。

 つまりはスクウェア・エニックスのCG技術だけが飛び抜けて凄いってことなのだな。ソニー・コンピュータエンタテインメントが開いた新作ソフトや期待のソフトをお披露目するイベントに満席だって謂われながらも潜り込んだら前3列がすっからかんだったりした光景にこれはカメラマンに配慮してのことなのかそれともと悩みつつ延々3時間半。当初予定を1時間半もオーバーするくらいに熱意を持ってプレゼンテーションされたソフト群を見た感想が冒頭のそれで、映画に100億円以上も突っ込んで人間を人間らしくそして美しく描くCGの技術を探求した成果ってのは確実に蓄積されているんだなあって感慨を抱く。

 表情も髪の毛の雰囲気も仕草も圧巻で、ほかの九州にある会社が3DのRPGに初めて挑むってことで作ろうとしていたソフトに比べるとそれこそ100年の差があるんじゃないかって思えて来る。まあ九州の会社のは巨大な騎士に変身する時の決めぜりふがそのまま「変身」だったりするから「仮面ライダー」世代にはなかなかに微妙な耳障り。あとは動きも何だかぎこちない。少女のキャラクターがスカートで下から煽ると見えてるっぽい感じがあった点は是非とも本編で達しかめてみたいところだけれど、同じスカート姿のキャラでも「FF13」のムービーに出てくる少女はスタイリッシュでアクロバティックさが際だっているから、見えるとかどうとかって感じさせないんだよなあ。つまりは他に見るところがないから下からのぞく、と。うーんやっぱり悩ましい。他のソフトも戦場が舞台のシューティングだとかゾンビを相手のバトルばかり。「XBOX360」の新作ラインアップ発表会を思い出した。ってそーした海外製のソフトは大半がきっと「360」とマルチプラットフォームで開発中な雰囲気。かけがえのないハードだった「PS3」が次善の2択の1つに堕してしまうのってもう、避けられないのかなあ。

 いえいえそうではありませんとソニー・コンピュータエンタテインメントが開発中の何とかってタイトルは、ティム・バートンでも描きそうな異形だけれど可愛らしいキャラクターがCGなんだけれど人形劇っぽい目触りの画面に現れては、粘土細工のようにさまざまなオブジェクトを現出させて、それを削ったりのばしたり操作していろいろな障害物を創り上げてそして、それを「スーパーマリオブラザーズ」みたいにクリアしていく内容がとっても印象的だった。ビジュアルもゲーム性もともに高そうで、ローンチされれば是非に遊んでみたいんだけれど問題はネットが中心になりそーだて点。作った障害物を見せあっこしたりネットを介して得た仲間とクリアしていったりって感じで、スタンドアロンな人間には楽しみの1割も味わえない、あとブロードバンド環境にない人間にも。それとも1人でも「パネキット」よろしくいろいろと楽しめるモードがあるのかなあ、あると良いけど期待薄。まあ待とう。それよりいっそ「パネキット」を現代の技術で蘇らせて欲しいなあ。あれは良いゲームだったよ。

 ほかに印象に残ったのはセガが作っているとゆー「戦場のヴァルキュリア」ってゲームか。アニメってよりはイメージボードに近いタッチの画面が動画している作品で戦車が動きキャラがバトルするストーリーが面白そうな上に描かれたキャラクターたちも2Dのアニメチックでとても可愛い。「サクラ大戦」に携わったスタッフが関わっているそーだからストーリーやゲーム性にも安心感を抱けるんだけどでも、何時出るかはまだ未定。遊びたい早く。そのセガは名越さんがなぜか婆娑羅な扮装で両脇に花魁を従えて登場。それが何かのゲームになるみたいだけれどタイトルも内容も未定。江戸時代版「龍が如く」かなあ。だったら発表会も「龍」が歌舞伎町だったよーにこっちは吉原ソープランド街で。吉原ってどこにあるの?

 「メタルギアソリッド4」はハードな内容にお馬鹿たっぷりで実に楽しげ。「プレイステーション3」のハイレゾで見るエロ本のグラビアはやっぱり凄い、ってそこ力入れるところなのか、いやいやそこに力を入れるからこその「メタルギア」なのだ。コーエー「真・三國無双5」は一騎当千がハイクオリティだけどまあそれくらい。どうせだったら漫画でアニメの「一騎当千」にキャラが全部すげかわっていてくれたら楽しかったのに、もう見え放題揺れ放題になっただろうから。「PS3」の技術だったら出来る。作ってくれバンダイがキャラクターを買ってコーエーと組んで。「コードギアス 反逆のルルーシュ無双」でも良いぞ、ユーフェミアが1人で1万人の日本人を大虐殺していくという……売れないか。

 「ソウルキャリバー」の新作はいつも以上にキャラがむちむち。これが「PS3」のパワーかと感心。「鉄拳6」も以下同文。そうかハイレゾと超パワーは女性を女性らしく描くためにあったのか。ありがとう久多良木健さん。夜空をみあげて感謝します。「メガゾーン23」……どうして「PC−FX」のタイトルが紛れ込んでいるんだろう? いや「PCエンジン」向けか? どう見ても「プレイステーション3」で何もやらなくてもと思えるタイトルが散見されて、むしろ「ニンテンドーDS」とかの方がぴったりだし台数も出てるんで売れるんじゃないのって思えたけども何か無理に「PS3」で出なきゃいけない理由でもあるんだろーか。「XBOX360」でもいろいろ無理くりタイトルを集めた感があったけどその点でも重なるなあ。ってことは未来は……。まあ共倒れにはならないだろーから今はやれハイレゾだ、これ低価格だってところをアピールしながらしのぎを削り合ってくださいな。気が付くとはるか高見に任天堂、スタン・ハンセンが指を掲げて勝利の雄叫びを。ウィーーーー!

 まあ可能性がない訳じゃないと芥川賞直木賞の会見場所へと立ち寄るとすでに芥川賞は諏訪哲史さんの「アサッテの人」に決まっていて、円城塔さんには残念至極。あっちは群像新人賞をとってそれが芥川。こっちは本家の文学界新人賞なのに落選とは。まあある意味でプロパーってことでここで外してもいずれって可能性が高いんだろー。一方の直木賞はなかなか張り出されず午後の8時を回っても決定しない状況にあるいは選考委員が殴り合いでもしてそれでも決まらないのかもはや該当作なしかと諦めかけたところに松井今朝子さん受賞の報。北村薫さんで鉄板であとは畠中さんか松井さんと踏んではいたけど松井さん単独ってのはちょい、予想をしていなかった。選考経過が楽しみ。北村さんには残念。万城目さん桜庭さんは次の候補作で鉄板と。いやしかし北村さんの例もあるから。うーんやっぱり僕にはメッタ斬らーは勤まりそうもありません。

 しかしなかなかユニークなキャラクターだった諏訪さんはニートみたいな生活をしながら何年もかけて書き上げた初めての小説で群像新人賞をとり芥川賞までとったんだけども当人はスリムで長身で見かけ悲壮感とかなくって喋りも饒舌。母親からは会見では謙虚なことを喋りなさいと言われたそうで「僕は暴言が多いので誤解されやすい性格。自分がこうだと思った事を言ってしまう人間。文章の上でも誤解を招くことを口走るというか、書き走ることが多々あると思う」と言ってのけてしまうあたりがこれで天然さとは正反対のしたたかさを感じさせる。とはいえネットはやらず携帯すら持っていないという人間。小説も最近のとかは読んでいないそうで、それでああいった突飛な言語感覚を持っているらしい小説が書けてしまうんだから不思議というか。あるいは世間の言語と始終すりあわせを行っていないが故に突飛なものになってしまうのか。

 読んでないから知らないけれど「アサッテの人」には「ポンパ」って言葉が重要なタームとして出てくるそうで諏訪さんはそれを去年に亡くなった父親が使っていた言葉って紹介してた。意味については教えてくれなかったから結局分からず仕舞いだったみたいだけれど僕らの世代にとって「ポンパ」って言ったら日立キドカラーのニックネーム「ポンパ」意外のなにものでもない。ポンと押せばパッと着くテレビ。真空管が暖まるまで何分間もかかったテレビが一変したって話題になたっけ。オウムみたいな「ポンパ君」ってキャラクターもあって東芝の店の前の光速エスパーに対抗して日立のお店の前に飾ってあったから見た人も多いだろう。

 そうでなくても気になる言葉だったらネットで検索して世間の常識をすりあわせてみたくなるのが普通なんだけれど諏訪さんはそれをせず、っていうかパソコンがないんで出来ないままただ不思議な語感だけを頼りにそこから想像力を膨らませていったらしー。情報に囲まれているより隔絶されていてこそ膨らむ想像力って奴か、こーやって言葉をいたずらに垂れ流している我が身では絶対になしえない事柄だよなー。今も名古屋に住んでいるそうでこれからも住み続けたいとのこと。東京はいると大変でもしいたら「東京タワー」って小説を書いてしまうかもしれないと言ってちょっぴり笑いをとっていた。続けて名古屋にいるから「テレビ塔」を書くかも、って言ったのには無反応。そうか名古屋のテレビ塔は東京の文化な記者には「ポンパ」以上に知られていないか。


【7月16日】 桜咲くなんちゃらかんちゃらって歌には聞き覚えがあったんだけれど何のアニメの曲だったのかがすぐに思い出せず調べたら「D.C」だった。見てないよこのアニメ。だけど曲だけは記憶に残っているのは番組の宣伝なりDVDの発売なりに関連して流れたテレビCMでよくかかっていたからなんだろー。録画はしたけど通してはまだみていないのに「ひとひら」のテーマソングが妙に記憶に残って頭の中に響いているよーなものか。そんな「らき☆すた」は進級したけどこなたとつかさとみゆきはやっぱり同じクラスなのにかがみだけが別のクラスになって妙な間合いで愕然とする場面がかつて、進級したとたんに元いたクラスの知人たちと離れてしまって呆然とした記憶をえぐられるよーでずしっと響く。

 振り返ってみればたいしたことじゃあないんだし、そもそもが今に至るまで仲の良い知人なんてものが作れず高校時代大学時代の誰とも没交渉になってかれこれ20年ってな人間にとってはもはやえぐられる傷もないっていゆーか、全身が傷でもはやこれ以上広がりよーがないんだけれど当事者たちにとてはやっぱり大きなこと。30年くらい前に戻ってががみの嘆きに身を重ねていっしょに泣いてあげることにしよー。でもねえ、双子が一緒のクラスになるのって良い面悪い面両方あるから考え物だよと経験者は語る。あれは小学3年と4年の頃、双子の弟と一緒のクラスにさせられ細面で割に女子にもてて男子にも人気の弟を横目に読書に勉学に励む姿が暗い鬱陶しいと思われていたっけ。そこで受けたコンプレックスは歳を重ねたってなかなか抜けず今もって幸せいっぱいな弟一家に対して孤立し底辺を歩む兄とゆー構図が続いている。だからかがみもここは我慢。そして圧倒的な学力で他を蹴散らして歩んだ先からつかさもこなたも見返すんだ。見上げると先をみゆきさんが歩いているんだろうけれど。

 んで「ナギの使い魔」……じゃない「ゼロの使い魔」を見たら川澄綾子さんが頑張っていた。アンリエッタ姫。見返した「スカイガールズ」じゃあ主役の桜野音羽を演じているし前日の「ぽてまよ」じゃあ脇ではトップの夏みかん役。放映中ではあと「怪物王女」で姫をフフンと演じていたりするその活躍ぶりと、それぞれの役柄に応じた演じ分けぶりから今や他の声優を圧してナンバーワンの座を確立しているんじゃないかって気にもなるけど役柄のインパクトでこなた1発の平野綾さんに負けてしまっているのは器用貧乏故か。お茶目で騒々しい夏みかんと高慢な姫と純真で強情なアンリエッタと活発で前向きな音羽とじゃあどれが本当の川澄さん? 案外にでらーっとしていたのだめこと野田恵が本人に1番近かったとか。

 そんな「ゼロの使い魔 双月の騎士」は死んだはずの王子が蘇ってやって来たのに連れ出されたアンリエッタを奪還に向かう話。過去の恋にとらわれ現実を見られずエゴを貫き遠そうとして臣民をないがしろにする女王なんてもはや女王の資格はないぞって、思うけれども人材不足故にアンリエッタを女王に据えておくしかないんだろーなー。「コードギアス 反逆のルルーシュ」よろしく王子王女を大勢作って競わせないからこーゆーことになる。下々の者も大変だ。そんなアンリエッタがかばおうとした王子に向かって、死んでいるとは分かっていても魔法で氷の刃を放ちずたずたにするタバサの決断力の早さに注目。それとも見てもう丸分かりなくらいに死体だったんだろーか。才人はこーゆー時は格好良い。ますますルイズとの仲も深まりそうだけれど事件が落ち着くと待っているのはエロスな宴。シリアスな展開ばかりで成分がやや不足しているんで次回あたりは白でもピンクでも何でもたっぷりと見せてくれることに期待。

 関連書籍を並べながらオシム監督の最新刊のサイン会を是非にやりたいとPOPまで作って呼びかけている池袋のジュンク堂の売り場をさらっと見てストイコビッチについて書かれた木村元彦一さんの「誇り」(集英社文庫)もストイコビッチを中心としたユーゴスラビアサッカーについて書かれた「悪者見参」(集英社文庫)も並べておいた方がいいかも、あとオシム監督が金では動かないけど情には厚いんでチャリティの意識も込めてINAS−FID国際知的障害者サッカー連盟の世界大会に出場する日本代表について書かれた「夢 プライドinブルー」(河出書房新社)も積み上げておくと好印象かも、なんて感じたけれどもそーゆーアピールをしたところで、1書店が本を売るために行うサイン会ではやっぱり来てはくれなさそー。

 ならばどうすればと考えるとうーん、正味を下げてもらうなり取り次ぎマージンを外してもらうなりした分をチャリティーとして寄付するとか、1冊売れるたびに書店員が1食抜いて寄付するとかサイン会に来てもらった人にサインをもらう代わりに自由に寄付を募り横で眼光するどく見守るとかしてサイン会が書店と出版社のためではなく、誰かのためにちゃんとなっているんだと分かってもらう必要があるのかな。いつかのボスニア・ヘルツエゴビナから来た子供達のサッカー大会に寄付するために開かれたイベントで、ゲストに来たのもそーゆー大義名分があったから。会場では当時の所属だったジェフユナイテッド市原・千葉の選手のサイン入りユニフォームをオークションにかけて、結構な金額を確保していたからなあ。誰かのためになるならやって来る。それを書店という商売の場でどう実現させるか。考えようによっては可能かな。見たいなあ間近であの巨漢。

 「鳴渡雷神於神全伝」(小池書院)が圧倒的に面白かったんで同じ作者のこいつはどうだともりもと崇さんの「大江戸綺人伝 のっぺら女房」(小池書院)を買ってよんだらこいつもやっぱり面白かった。すごい人だよもりもと崇さん。舞台は明治ではなく江戸になって吉原に生きる女達の丁々発止名生き様だとか、死体になりきる芸を見せる男の話だとか大酒のみを得意とする男たちが戦い合うとゆー話だとかのっぺらぼうを女房にもらった男の話だとか、もう爆笑するしかないネタをしっかり笑いに昇華させつつ中にちょっぴり人情味をいれたりしていあるんで読むと笑えてちょっぴり泣ける。のっぺら女房とかとくにのっぺら坊だから誰にだってなれるんだけれどそれ故に亭主の本当の愛って奴が分からなくなってもだえるのっぺら女房が何ともいじらしい。でもちゃんと亭主に“復讐”してみせるところが女の強さってやつを伺わせる。杉浦日向子さん亡き今、江戸を描ける漫画家としてトップに位置するのはもりもと崇さんかも。杉浦さんには絵柄もあってちょっと欠けてたエロスも満載。もっともっとこーゆー江戸奇譚を読みたいなあ。


【7月15日】 窓の内側を本で完全に固められた部屋から外の様子を伺うことは出来ず、一体果たして台風は吹き荒れているのかどうかなんて分からないまま目覚めてとりあえず「天元突破グレンラガン」の「総集片」とやらを見る。そうかいきなり実写パートか、そのままキャストがアニメづくりを始める映像が流されるのかドージンワークか、ってビクついたけれど幸いとゆーか残念とゆーか人は出てこず、手だけがしこしことアバンタイトルを描いて突入。その手が状況を説明していく文字をガツガツと書き連ねる絵を合間に挟んでこれまでの登場人物たちによるベストショットめいたものが繋がれ状況とキャラクターが説明されていく。まずはカミナ。

 とにかく格好良いセリフ満載。そんなセリフを歌舞伎調に見栄切って喋ってたんだと声優の人の演技力にも改めて感嘆。あの外連味は演出だけじゃなくってやっぱり演技も一緒にならなきゃ出なかったよなあ、でももう出ないんだよなあ、勿体ないことをしたよなあ、それともヨーコのおなかにカミナ・ジュニアとかがいるとか、でもって7歳にして親父そっくりのセリフを吐くとか、うーんそんな暇があの決戦前にあったかが微妙だ。んでヨーコ。ロープでターザンよろしく下りてきた後で突っ立ったカミナとシモンの前にすっくと立つシーンでは、まず土手が移り下腹部からおなかを経て突き出たバストに流れそして顔って絵が使われていたのか。

 よくぞ切ったなあこんなコンテ。でもって原画の人もよくぞ描いたよ。こうやればイヤらしさもちょっぴり加味しつつ新しい登場が描けるって確信がきっとあったんだろーなー。漫画じゃあ描いても一瞬だし3Dのライブアニメじゃあやっても前々イヤらしくならないレイアウト。2Dのテレビ漫画だからこそ描けそして魅せられる映像の作例として深く記憶にとどめて置きたい。永久保存だ。そしてこーゆーシーンを記憶にとどめた若い絵描きが10年後にさらにスケールアップしたイヤらしさと格好良さを持ったシーンを描いてくれるよーになれば日本のアニメもあだまだ安泰なんだけど、でもなあ10年後もあるかなあ、10年後にもやっぱりエヴァの映画化が話題になっていたりするんだよなあ、きっと。もちろんガンダムは最新作が放送中、と。んでもって「コードギアス 反逆のルルーシュ」は最終49話と50話の放映がようやく行われて完結。それはさすがに。止めてくれ。

 一気に7年後へと進むみたいでロシウが胃に穴を開けていそーな絵が出たあとは録画してあった「ぽてまよ」を見る。おおすごいぽてまよが下半身を丸出しだ。でもなんにも見えないぞ。いったどーゆー構造やマテリアルになっているんだろー。例えるなら猫が仰向けにごろんとなったよーなものか、ふかふかしていてさわるととっても心地よさげとゆーか。うーんそれだと「ぽてまよ」の顔に毛が生えていない理由が分からない。首だけ人間っぽくってあとは猫? それもちょっと不気味。一方で素直はぽてまよに頭上で浴びせかけられた関係で着替えてなぜかチアリーダー姿に。気付くのが遅いクラスメートの反応っぷりはまあお約束ながらもそーした視線をものともしないでいたはずが、ちょっぴり恥ずかしさを覚えて裾を押さえる素直の仕草が超絶的な可愛らしさ。これもやっぱりパーマネントコレクションとしてスミソニアン博物館に保存させたい。ああ良いものを何度も見られる日本のアニメってやっぱり素晴らしい。

 さらに「大江戸ロケット」を見て次週にソラが獣姿になって何かぽかぽかやられている図を見て切なくなったりソラが追ってる青い獣が化けた美女がソラにぶん殴られている姿を見て可愛そうになったりしつつ「ハヤテのごとく」を見てぎゅっと詰まったオタクなネタを分かったふりをしつつ見終えてそれから原稿を読みに涼しい環境へと出かけようかと外に出たら酷い土砂降りで3分先の駅に行く間ですら大変でこりゃあ無理だと断念。籠もって買い置きしてあったDVDとかを消化する方へと切り替える。まずは「神曲奏界ポリフォニカ」、っておいおい本放送中にはあんなに酷いことを言っていたのにどーして買うなって声も聞こえて来たけど、酷い事を言ったからには買ってさらに酷いことを言う権利を得るためってまあ、半ば自虐的なニュアンスもあっての振る舞いだと理解して頂ければ幸い。こーゆー気持ちって、時々なるよね、だから家には「ガラスの艦隊」のDVDが全巻揃っているのだ、それも豪華版が。まだ見てないけど。

 ブックレットの短編は何か同人誌向けの裏ネタっぽい内容で正直言って好みじゃない。コーティカルテがツンデレかどうかなんって話はファンが脇でガヤガヤとやるものであって作家自身がそーゆー属性によるレッテル張りをするもんじゃないってのが当方のスタンスで、さらに言うなら真剣な読み手もあんまりレッテルに引っ張られるんじゃなくどこがどう面白いのかを自分で探して考えるべきだてゆーのが基本姿勢。ああこれは何何系だこれは何何属性だって分類しながら読んで何が楽しいんだろう。でもってそうして分類された属性の中から自分の好みを無理矢理選んで今度はそれをよりどころに作品を見ては合致しているしていないで取捨選択をする。とっても対象に前向きではあるんだけれど前のめり過ぎて突き抜けてしまって受け取るべきメッセージを逃してしまうんじゃないか、って心配もあるけど余計なお世話か、書き手もそーゆー分類から取捨選択する読者の懐に飛び込もうって意識を巡らせ描く共犯関係を今や築こうってしているみたいだし。良いのかなあ、それで。

 んで肝心なアニメの方は……陰影がちょっとついているようないないような。ストーリーは1話2話ってのは全編でもまあ真っ当な方だったんで今見返して他の凄まじいのと比較して悪くないじゃんって思えないこともない。セリフの間合いが奇妙だなって印象を放映時には受けたけれどもそれもなし。こちらが慣れたのかそれとも編集し直されているのか。ともあれ買ったからには最終巻まで買い続けるんで当然のよーにイカ焼きでゴーグルなカーチェイス、鮫が海豚になるカーチェイスにも再度見えることは確実。それが果たして直っているのかいないのか。期して待とう。とりあえずは次巻に登場する海中戦だ。まるでファイヤーボールのビーチバレー大会になっていた戦闘シーンに果たして迫力は加わるか。加わってなくたって水着がいっぱいだから別に良いんだけれど。

 んで随分と見ないで放ってあったマドンナのCDに付属のライブDVDを見る。やっぱすげえよマドンナは、というかアメリカのエンターテインメントは。まずスケールが違う。そしてクオリティが違う。超巨大なアリーナで行われたライブはともすればステージでちょこちょこと動くアーティストを遠目に見つつモニターばかりを見るものになりがちなんだろーけどこのライブじゃあステージから張り巡らされた通路にダンサーがどんどんと出ていきパフォーマンスを繰り広げるから、会場にいた人もきっと見飽きなかっただろー。そのダンスの誰1人をとってもおそらくはブロードウェー級。圧巻の踊りを披露してくれるからまるでダレない。息も抜けない。日本じゃあダンスったって子供が適当に踊る程度ですっげえと言われているからなあ。でもってそれが圧倒的に喜ばれる。永久に追いつけないよアメリカには。

 そんな会場でのパフォーマンスを映像化する際の編集も見事。会場で使われただろー映像を織り交ぜつつそれを本編として流して間にライブの風景をインサートするような技術も使って1本の映像作品に仕立て上げている。もちろんライブの雰囲気を伝えるべき所はしっかりと撮ってクローズアップにして紹介。マドンナの顔も姿態もだからばっちり。当然に会場なんかよりも大きく見えるし歌もしっかり聞こえるから、ライブの雰囲気を楽しんだ人はそれを思い出しつつもそうだったんだこんな歌だったんだパフォーマンスだったんだて気付くことも多いんじゃなかろーか。何よりマドンナの存在感が凄い。デビューしてもう20年以上は経つのに衰えない容色に歌声。その歌がまたどれも楽曲的に素晴らしいと来た。懐かしい歌なんてなくったって現役感をバリバリ魅せて最新のライブパフォーマンスを披露できるアーティストが、日本に今どれだけいるんだろー、男子では長渕剛さんとかいないこともないけど女子ではなあ、ユーミンくらいか、でもパフォーマンスはともかく歌は……。MISIAはちょっと良い線行ってるかも。ともかくマドンナ。10年経ってもやっぱり最新のパフォーマンスで楽しませてくれそー。今度来た時はぜった行くから来てね日本に。


【7月14日】 映画「プライドinブルー」の初日。午前9時半の会場20分前に新宿到着。伊勢丹にエコバッグを買い求める行列。消費せず長持ちさせるのがエコなのに前のを捨てさせ買い換えさせて使わせ飽きたらたぶん捨てさせ消費のオーバードライブのどこがエコなのかと1億時間。まあ伊勢丹のやることだからなあ。新聞記者を集めた懇親会で日経にはお世話になっていますと臆面もなく挨拶できるくらいに気配りの指向性が超高い奴だから。エコって言葉だけが付いてりゃあ何か良いことしていて注目されると思っているに違いない。ない。

 んで「プライドinブルー」は02年にも西が丘で2試合と横浜国際で1試合を見た知的障害者によるサッカーの国際大会。別名「もうひとつのワールドカップ」に2006年、出場した選手たちを追ったドキュメンタリーで秋田にいるキーパーの加藤君とかどっかの施設の寮に入って頑張っている若林君とかいった面々が普段はどんなで試合にのぞんでドイツでいろいろとあって試合に出られたり出られなかったり頑張ったりがんばれなかったりっしながらも一所懸命にサッカーに取り組む姿を見せてくれてて誰がやってもサッカーは楽しくって辛いものだってことを伝えてくれる。

 っていうか加藤君とか若林君って他の健常者たちとまるで同じ。加藤君なんてむちゃくちゃ格好良い。それこそ楢崎正剛選手の若い時みたい。絶対にモテモテのはずなんだけどっっしょうじゃないのはやっぱり置かれた環境故か。たぶんちょっと読み書きが苦手だったり記憶することが面倒だったりするだけなんだけれども、それが健常から障害と”カテゴリー”が写ってしまうだけで世間の目にはフィルターがかかってしまう。映画はそんなことはないんだよって教えてくれるし彼らのように軽度ではなく重度の人たちであっても仲間を応援する気持ちの真っ直ぐさは皆同じ。そーゆー人たちの思いを汲み上げ前向きに行かす世の中の仕組みって奴がやっぱり大切なんだってことを教えてくれる。

 つかドイツ凄すぎ。日本代表とドイツ代表による開幕戦に3万人も集まった。日本代表の合宿場所も瀟洒で練習場も芝生が完備で近所の子供が入ってきては一緒にボールを蹴ったりしてる。歩いている選手にサインを求めに来て漢字で書いてあげると喜んで「ダンケシェーン」と言いながら走り去っていく。ちょっと可愛いドイツ少女。萌え。

 試合には兵役を務める変わりにボランティアを選んだ人が障害者を引き連れ見学に来ていたりとそーゆー社会貢献が何か特別なベクトルを持たずとも出来るように社会のシステムにとけ込んでいる。受ける方も与える方も特別な意識はもたずに生きていられる、それをノーマライズって言うんだろう。良いなあドイツ。日本はなかなか勝てなかったけれどもその度にロッカーでうなだれる選手達の姿は2002年のトルシエジャパンを追ったドキュメンタリーを変わらない。誰だって活躍できれば嬉しいし出られなければ悔しい、その悔しさを次に結びつけようと奮闘する姿は健常者障害者を問わず誰にでも感動を与えてくれる。頑張ろうって気にさせてくれる。良い映画でした。

 終わったあとでぴあが調査に来ていたけれど当然ながら満点ですべてにオール5。だって構成がどうとか映像がどうとかって言う映画じゃないもん、それ事態、撮られたことに上映されたことがすべてにおいて意味を持っている映画には無粋な点数など不要。とにかく見れば分かるし見せたくなる映画ってことでアピールしておいたけれども誉めすぎと使われない可能性も高いなあ。次号のぴあに注目。

 上映前にオークションがあって今はINAS−FIDに出場するチームを送り出した日本ハンディキャップサッカー連盟の会長をしている長沼健さんも登壇して監督の中村和彦さんと挨拶。何でもドイツと日本の生中継(!、これだけでもドイツにおけるINAS−FIDの位置づけがとっても高いって分かる。日本って中継、あったっけ?)を見たデッドマール・クラマーが電話をかけて来て誰かスタッフかと思い受けた長沼さんにいきなり「デッドマールだ、見たぞ、コーチしたい」と言い出したとか。それをどう受けたかは知らないけれどもドイツにおける理解度と、そして何よりデッドマール・クラマーの日本サッカー界への尽きせぬ情愛に感動した。

 こういう人がいて今がある。それを……と言い出しても始まらないけどでもなあ、ちょっと前に「エル・ゴラッソ」に掲載されてた長沼さんのインタビューで、日本サッカー協会はINAS−FIDに何の協力もしていないって書かれていたんだよなあ。理由があって各県に支部が幾つ以上ないとサッカー協会の会員になれないって規定があって日本ハンディキャップサッカー連盟はまだそこまで達しておらず加盟して助成してもらおうとしても出来ないってことがると、自身もサッカー協会の会長としていろいろと仕切ってきた身として事情を忖度した発現をして理解を示している。

 けどでもだ。長沼さんが会長をやってきた頃と今じゃあ扱える金額のケタが違う。スポンサーだって数多い。そーして集めた資金をたとえば会員に対しての枠とは別に、社会貢献ってゆー枠組みでもってプールした中から知的障害者のサッカーなり電動車椅子サッカーなり聾者視覚障害者脳性麻痺者といったハンディキャップを持った人のサッカーを援助する仕組みを作れば良いだけのこと、なんだけれどそーゆー発現が今のトップからあんまり聞こえて来ないのは悩ましい。

 長沼さんだって加茂周監督と共倒れするって発現がひんしゅくを買ったりした時代もあったけれど、辞めてなおマイナーな領域へと赴き会長となりトップとして企業を回り映画が出来れば早朝から会場に来て挨拶をし、オークションに参加した人に品物を渡して握手までして応援を求める。今の会長にそんな行動ってあるか? 乗ってるハイヤーをタクシーに切り替えるだけで岡野選手が浦和レッズの選手から集めた品々を売ったオークションの収益金の10倍くらいを節約できるんじゃなかろーか。講演1回のギャラで今日行われたオークションの収益金11万8000円の5倍は集められるだろーに。

 と、思うと日本ってやっぱりまだまだドイツの域にはほど遠い。それは協会の偉い人たちばかりじゃなくってメディアにも言えること、だってカメラマンで3人くらいだよ、今日の舞台挨拶の取材に来てたのって。記者を入れたって数社ってところ。自ら100万円を寄付してTシャツのキャンペーンにも現れた中村俊輔選手はだからやっぱり偉いよなあ、今回も来て欲しかったけど残念にもアジアカップ中。ある意味ではサッカーへの注目が集まっている時期の公開なのにこの程度の注目って所にやっぱり何か矛盾を感じる。悩ましい。

 悩んでいても仕方がないんでオークションに参加してまずは出てきた知的障害者サッカーの日本代表風ユニフォームに浦和レッズの選手がサインしたものを見物、2万5000円とはなかなかに剛毅、でも浦和ファンにはたまらないかも。続いてアディダスのボールにやっぱり浦和の選手がサインを入れた者が出たけど幾らで売れたっけ、1万5000円くらい? ボール代より安いけど浦和のファンじゃないんで買うわけには行かない。パス。あとmocの協力もあってなでしこリーグの選手たちのサインとかも出てきたけれども浦和レッドダイヤモンズレディースの選手のサイン入りボールとかはパスしてひたすらに待つ。

 そしていよいよ登場した伊賀FCくノ一の宮本ともみ選手のサイン入りユニフォームに参戦し、アルビレックス新潟レディースの選手のサイン入りポスターとセットで1万5000円で競り落とす。完璧。勝利。つかに日本代表でも澤穂希選手や荒川恵理子選手にならぶ注目の高い宮本選手のグッズのそれもユニフォームがこの値段って良いの? って申し訳なくなる。「コードギアス 反逆のルルーシュ」の先行上映会のチケットもこーしてチャリティにすれば良かったのに、何億円とか集まったかも。あとエコバッグも。ともあれ目的は完了。飾って愛でつつ北京での女子ワールドカップの開幕を待とう。映画の終幕に流れた映画への協賛者一覧に「江橋よしのり」の名を発見、貢献してるじゃん、本郷の鴉ビルの主よりよほど。

 とりあえずマティアのくしゃみを音声で聴きたいんで是非に「神曲奏界ポリフォニカ」の再アニメーション化を今度は黒ポリメーンでやって戴きたく。出たばかりの大迫純一さん「神曲奏界ポリフォニカ レゾリューション・ブラック」(GA文庫)は単身楽団なんかを収蔵している博物館で警備員が殺害されて高価な単身楽団が消えてしまった所に単身楽団見物に来た17歳の美少女にして神曲楽士のマティアと精霊で巨大な体躯を駆使して歩く精霊のマナガが巻き込まれてそのまま操作に乗り出すことになるんだけれど事件の成り行き以上に話の中心となるのがマティアの体調。雨に討たれて風邪でもひいたのかくしゃみばかりをしていたけれど、遂には肺炎かなにかで倒れてしまって病院に担ぎ込まれる。精霊は少々のハードな仕事でも簡単にこなすけれどもそれにつきあうマティアは人間な上に17歳の女の子。保たず倒れてしまったのを見てどーしてもっと気遣ってあげなかったんだとマナガが悔やむシーンがなかなかな親父っぷりを見せてくれえてて可愛らしい。男キャラでも男女問わずに惚れられる存在ってのはマナガみたな奴のことを言うんだろーなー。事件の謎解きもあってミステリーとしても楽しめそうな1冊。

 んでGA文庫から新シリーズとして登場の霧島ケイさん「カラクリ荘の異人たち もしくは賽河原街奇談」(ソフトバンククリエイティブ)は父親の再婚相手との折り合いがつかなかった少年が父親の薦めもあって下宿することになって赴いたらそこを半漁人が歩いていたり飛んできた鴉が喋ったり狢が現れ魂で出来た蝶を手渡したりとどこか妙。ってゆーかむちゃくちゃ妙なんだけれど少年はあんまり驚かず下宿へとたどり着いてそこで表と裏の世界が重なり合っている場所に下宿はあっていろいろな人たちが住んでいるってことを大家さんから聴かされる。でもって住民の中には拝み屋みたいなことをしている人たちもいればよくできた人形に魂が生まれて歩き出すようになったものもいたりして、そんな中で少年は生き別れた母親の記憶に縛られ引きずりながらもどうにか自分自身を取り戻そうとして足掻く。

 得体の知れない家業の人たちを束ね妖怪めいた存在とも交流を保つ大家さんがいる下宿、ってゆーと宮本福助さんの「拝み屋横町顛末記」なんかが浮かぶけど共通するところがあるとすれば悪霊退散って感じなハードさがなくって妖怪変化の類であっても理解し合えることもあるんだって感じに優しげな所があったり、死別とゆー悲しみを乗り越えて行く大切さを教えてくれるところがあったりする部分。ともに笑いあり涙ありの物語で楽しく読めるし感慨も得られる。アカネちゃんとかいったいどれだけの力を秘めているのかちょっと興味。主人公にとっての別離が大きなテーマとしてあったのが1巻目だとしたら次はもーちょっとバトルよりになるのかな、それとも境界に住まう存在として一般の人と妖怪変化の類が重なって起こる事件なりを解決していく話になるのかな。楽しみにして待とう。


【7月13日】 ジェイソンズ・デイ。あるいは真琴の日。の前に録画してあった「機神大戦ギガンティック・フォーミュラ」を見たら米国のギガンティックは何かマントみたいなのを身につけていて「新機動戦記ガンダムW」の確かOVA版に出てきたガンダムサンドロックカスタムかて思った、というのはちょっぴり嘘で確かそーゆーガンダムがいたなって調べたらそーだったってだけのこと。「W」は実は文庫の小説版しか読んだことないのです。そうかデスサイズヘルではなかったか、名前だけだとデスサイズヘルが凄く印象に残ってたんだよなあ、キャラではヒイロとあとトロワか。うーん書いているとちょっと見たくなって来たぞ、DVDボックス買っちゃおーかな。ドロシーちゃんの割れ眉毛とかも見てみたいし。

 そうそう眉毛と言えば平安時代の女性の眉毛は剃られて丸く描かれていたんだっけ、そんな中にあって普通に眉毛を残していたらどう思われるのかってゆーことが描かれた漫画が登場。実は書店で表紙を見かけて興味を惹かれたんだけれど、手に取らず見逃していたらたぶん島田さんが送ってくれてたみたい。名を武富健治さんとゆー人の「屋根の上の魔女」(ジャイブ、950円)は、どことなく諸星大二郎さん的なタッチで描かれる幻想と猟奇の世界が特徴的な短編群がまずは収められている。

 何だか知らないけれどもそーゆー技能を持った男性が、何人かで女性を担ぎ上げて放り出して飛ばすことが行われている世界で、飛ばなくなったか落ちて怪我をして意識を失った女性を看病するために、男性たちが千羽鶴を折っていたんだけれど長引く闘病に1人また1人と欠けていく中で、最後は女性の呼吸器を外し、一同沈痛な気持ちの中で見送ることになる短編。不条理な設定なんだけれども描かれる感情はピュアで深かったりする所に、これは凄い描き手なのかもって予感が走る。

 手を使ったサッカー(ラグビーじゃないみたい)が普通のサッカーとして呼ばれるくらいに人気になった近未来で、今あるサッカーがハンドレスサッカーとゆーマイナー競技に堕しても、それにこだわり競技を続ける青年たちが、訳あってハンドサッカーの弱小チームの2軍の面々と特別ルールで試合することになるって短編も設定がやっぱりどこか不条理。あり得ないシチュエーションが持つ不思議さにぎょっとさせられるけど、その上で繰り広げられる人間のドラマはやっぱり深い。

 ハンドレスサッカーの選手の1人に絡むハンドサッカーの選手がかつて同級生だったことがあったらしく、ハンドレスに進もうとして再開したハンドレスの選手のプレーなんかを見て断念してハンドレスへと進み、そちらでどうにか2軍であってもプロになったことを試合中に明かす。そのプレーぶりは、決してハンドレスが専門の選手に劣らずむしろハンドレス専業よりも巧いんだってことをかつて同級生だったハンドレスの選手に気付かせる展開は、自分たちが本家であり絶対だって思いこむことでプライドを守ろうとすることの愚かさを示しつつ、それでも頑張り続けることも大事なんだと思わせてくれる。なかなかな冴え。

 そして何より凄かったのが巻末に上下で収録された「蟲愛づる姫君」はそれこそ岡野玲子さんが「陰陽師」なんかで描いた平安チックなビジュアルでもって心優しくちょっぴりお茶目な男性と心強くてそしてピュアな女性とが出会い関わり合っていく様を描いて、1度ならず2度、3度と読み返さずにはいられない感動を与えてくれる。主人公は右馬の佐というすっと成り上がった貴族の息子で、不自由はないものの職を得て栄達を目指そうという気概にやや欠けていて、絵巻物を描いている姉のアトリエへと行きそこでアシスタントのようなことをしている。

 そこのところの描写が平安ながらも少女漫画家の仕事場みたいで愉快ではあるだけれどお話の主眼はそれじゃない。右馬の佐が大学僚の時の友人達と戯れていた時に聞いたのが、仲間の1人の中将がつきあっていた「蝶愛づる姫君」の隣に住んでいる「蟲愛づる姫君」の話で、毛虫のように眉をそらず残し歯黒にもしないで、大口を開けてげらげらと嗤いながら庭で集めた虫たちを見て喜ぶその奇矯な振る舞いが、他の人には馬鹿にされていたけれど右馬の佐にはちょっと気になってしまった。

 官位を望むでもなく姉の下で絵巻を続けるでもなく、未来に茫洋とした気分を抱いていたところに湧いた興味の対象に、右馬の佐は細工物の蛇を作ってまずは送りつけて反応を見ると、これが奇矯な様でなかなか筋が通っている。ならば1度は顔がみたいと中将と連れ立ち女官の格好で屋敷へと出かけて脇からのぞいていたところに、童子が捕まえた虫を見ようと御簾をあげ外へと姫君が出てきた。その眉はなるほどそられず現代から見てもなかなかに太い眉だったけど面立ちは整いなかなかに妙齢。且つ虫を好み身分の差など関係なしに童子たちを相手に戯れる姿が、さらに右馬の佐の心をとらえたようで、その場で歌を読み代筆の形ばかりの返歌を得ても懲りず、去り際に熱烈な思いを歌って去ると、姫君からそれへの返歌がしばらくして届けられる。

 どこかモラトリアム気味な男性が熱情を傾けられるものを得て少し大人になり、ずっと童女のようでいてこれからもそうなるのだろうと半ば開き直っていた女性が、自分を理解してくれる存在を得てやっぱり少し大人になっていく展開が、貴族とゆー存在のプライドがあるが故に譲れないまま泥沼にはまっていく愚かさ、悲しさ情けなさを対極として挟みつつ、そーしたプライドなんて生きる上では無関係、思うがままに生きることが大事なんだと高らかに歌い上げているよーで読み終えてそうなんだ、思い通りに生きるんだってゆー気持ちにさせられる。

 問題はそんな気持ちを傾けられるだけの相手が見つかるか、ってところなんだけれどもちょっぴり振る舞いが奇矯で性格は剛胆で、なのにどこか儚げな所ももっている、ある意味で理想的な存在なんてそうそういるもんじゃない。残念。ともあれ素晴らしく面白くって深い平安ツンデレラブコメディ。絵もタッチの荒々しさがかえって姫君の瑞々しさを引き出している感じ。この絵でこそのこの物語ってことなんだろー。あとがきには一種のパイロット版で長編化を希望とのこと。是非にどこかの雑誌で連載させて差し上げて欲しいなあ。まずは出会い編。そして二人が結ばれて生まれた虫を操る子供達の冒険編。どうです「リュウ」とか「アワーズ」とかで。

 思い出した「ギガンティック・フォーミュラ」だった、米国のギガンティックはゴツいおっさんと娘が乗って大規模な軍隊を従え欧州へと渡りそこでドイツの少年少女が操るギガンティックと見えるも軽く粉砕。その強さがあってどーしてこれまで戦いに参画してこなかったのか、そして日本のギガンティック乗りが共鳴感応をしよーとした時に政府はどーして許そうとしなかったのか、ってあたりにこれがUNの言う公明正大な決闘なんかじゃなく、裏に様々な思惑が動いているんだってことを改めて伺わせる。「コードギアス 反逆のルルーシュ」のブリタニアも傲岸だけど「ギガンティック」の米国は尊大。でもってしたたか。日本はどこに勝たせたいんだろう。やっぱり米国か。まあ良いその辺もいずれ分かってくるだろーから後はどーゆー段取りで戦いが進んでいくのか、未だ見ぬ南米のギガンティックには誰が乗っているのかサンバな女性みたいなグラマラス姉さんがそれともマラドーナみたいなサッカー選手か、期して待とう。

 まあ勝ったから良いけどさ。遠藤選手がボールをもらって足下で置き直してから前を向くまでの間に相手の守備が1枚2枚と増えていく様をさんざんっぱら見せられるといくら時々得点に絡むプレーをするからって何かどうにかしていただけないかって気になって来る。ガンバ大阪でもトップ下あたりでボールを預けられることがあるんだろーけどその時は誰かに即座にパスを出してるんだろーか、それともやっぱり横への安全パスに終始し誰かが奪ったFKでここぞとばかりに蹴り込むんだろーか。高原選手はピンポイントで仕事するから偉いもんだ。これをどーして去年のドイツで見せられないのかと1億人が思ったことは内緒にしたってすぐ分かる。


【7月12日】 北へ西へ東へと忙しい日。これが後厄って奴か。まずは総武線から山手線へと乗り継いで駒込へと行きコナミスポーツ&ライフが女子栄養大学と何か提携するって話を聞きに行く。途中で時間があったんで駒込駅のそばにあるマクドナルドに入って初めてマックグリドルって奴のソーセージエッグを食べたらバンズがバンズじゃなくってパンケーキで妙に甘いんだけれど全体にボリュームがあって朝にちょろっと食べるには良い感じ。手にした時のずっしり感が以前までのソーセージエッグマフィンなんかとは段違いだった。その分カロリーもあるんだろうなあ。でも朝にはなかなか。また行こう、でも駒込の店には行かない。

 だってすごいんだこの店。ビルの1階に入っているんだけど喫煙席が大半で禁煙席は全体の1割くらい? でもって壁もしきりもない、ほとんど真ん中あたりに設置してあって周辺でもくもくと出される煙が室内に満ちて当然のよーに禁煙エリアにまで漂ってくる、とゆーかすでに店内がいっぱい。タリーズなんかが完全に硝子で囲って喫煙エリアを“隔離”しているのと比べると段違い、これで健康増進法とか通るのかって心配になる。まあ個人的には吸わないけれども吸ってる煙はまるで気にならないたちなんで行けば利用するかもしれないけれど、そうでない人はきっと入るのもはばかられるんだろーなー、カウンター脇にある席からして喫煙バンバンなんで。マクドナルド何か時代にズレてる。いややっぱりここだけか?

 ちょい歩いて女子栄養大学へ。栄養士になんなんとする知的な乙女が群れるキャンパスに潜入できるかって期待したけど会見場は横の一般も利用してそーな教育センターだったのがやや残念。内容は女子栄養大学が持つ栄養に関するノウハウって奴と、コナミスポーツが持つ運動と健康のノウハウって奴を融合して食べて動いて健康になるにはどーするのかってことを研究したり、そーした知識を持った人を養成することで合意したってこと。なるほどメタボリックシンドロームを運動で解消だ、なんて簡単に言うけどだったら何をどう食べれば体を痛めないで健康になれるのかってところを教えてくれるフィットネスクラブはないし、逆に栄養の学校では栄養を消化するための運動は教えられない。

 適切な運動と適切な食を合わせ学ぶ必要性を満たすために生まれたのがこの連携ってことになる。なるほどなあ。こーゆーところはめざとい。ゲームの方でも米国で「メタルギアソリッド4」のデモとかあって名前も取りざたされたコナミだけれど21世紀産業の健康と運動でじわじわ地歩を広げてます。そこまでにらんでのピープル買収だったとしたらちょっと凄い。どーなんだろ。研究の要ありかも。学食で栄養の行き届いた食事を体験しても良かったけれどもむさくるしい人間が乙女の園に入り込んで乙女の食事を目の当たりにするのもアレなんで(惚れるか幻滅するかは不明)退散して池袋へと周りビックカメラで今日発売の「PENTAX K100D Super」をちょっとだけさわる。

 前の「K100D」よりISO感度が良くなったのとCCDの汚れ落とし機能が付いたくらいであとはモーター内蔵のレンズが使えるよーになったのかな、でもそれだけと言えばそれだけで、istDよりは良い性能の「K100D」で十分かなあ、値段も5万3800円まで下がって来てるしここでistDの予備機に買っておくかなあ、でもやっぱり最新式に惹かれるなあ、なんてことをうつらうつら考えたけれど結局買わずに大手町まで戻って原稿を書いて入れてから再び池袋へととって返して「ナムコ・ナンジャタウン」で14日にオープンする「ガウストパニック」の体験会を見物する、その前に「アニメイト」へと立ち寄り「コードギアス 反逆のルルーシュ」のポストカード自販機を回したらやったぁ! コーネリア殿下を確保できた。あとC.C.のチーズくんバージョンじゃない美麗な方。これで残るはカレンのパン食ってない奴とセシルさんか。こーなってからが遠いのがコンプリート道だけどひとつ頑張り目指すか全揃え。男子キャラははなっから無視だ。

 んで「ガウストパニック」は「トレジャーガウスト」ってゆー玩具をナムコが回遊型のアトラクションへと仕立て上げたもの。「トレジャーガウスト」ってのは元々はバンダイが出してる携帯電話型の機械を持ち歩いて電波だか電磁波だか何かをキャッチすると液晶画面に幽霊が出現、それをつり上げリールを回して確保していくって玩具で、05年からすでに売られているんだけどここんところ人気上昇中みたい。「次世代ワールドホビーフェア」でもバンダイブースで新型の「トレジャーガウスト」を体験しよーと群がる子供達の姿が結構いたし、「ニンテンドーDS」にソフトを刺して歩き回ると無線LANだかが何か拾って画面に幽霊を出現させるんでそれを捕まえて遊ぶゲーム版も売られて話題になっている。

 ポケモンだったらどこまでも画面の中に現れてくる世界に生息するポケモンを探してて集めるのが主眼だけれどそれはそれで愉快ながらも一方では、実際に歩き回ることで何か得られるってことの面白さもあったりして、例えるなら昆虫採集なり潮干狩りっていったリアルに集めて楽しむエンターテインメントを昆虫もおらず魚だって泳いでいない町中で、デジタルの力を使って新たな要素も加えて再現してみせたって言えそう。体を動かす「Wii」向けのゲームソフトが他のボタン操作でキャラを動かし進めるゲームの菜バイも売れている状況なんかも勘案するに、アナログ的に動き回ってこその楽しみって奴を子供たちが、求め始めている現れなのかもしれない。そーしたシチュエーションを類推して「Wii」を出した任天堂ちょっと凄い。でも「Wii fit」はザビックス戦略の後追いっぽくって気分沈滞。家にあれこれコントローラーを増やしたくないんだよなあ、だから汎用でも楽しめるよーに設計したんだよなあ、なのに増える様々な形のコントローラー。そのうちスキー板にサーフボードに算盤にパワーグローブだってコントローラーになって出てくるかも。

 さて「ガウストパニック」はなるほど愉快、あちらこちらを歩き回った挙げ句にひょいっと幽霊が出てくる時の感動といったら、ゲーム内で幻のアイテムを見つけた時にも劣らない感動があるし、手に持った機械に出てくる幽霊をつり上げ捕まえていく動作はボタン1発で完了するゲームとは違ったリアリティがある。なるほどだから「トレジャーガウスト」はヒットしたんだろーな、でもって「ガウストパニック」にもその面白さが活かされているんでやっぱりヒット? 分からないけどまあ1度、体験してみれば面白さも分かるし「トレジャーガウスト」をやってみたくもなるはず。子供に連れられ行ったお父さんがハマって手に「トレジャーガウスト」の機械かソフトが刺さった「DS」を持って大手町丸の内界隈を神妙な顔して歩き回り、リールを回しまくる光景が夏休み明けとかには見られたりしたらちょっと愉快、痛快。

 んでとって返して東京証券取引所で丸善と大日本印刷が資本業務提携するって会見を見物。いやあ行ったり来たりだ。丸善といえば書籍を売る本屋が中心ってイメージがあるけど聞くと違って学校図書館なんかの蔵書管理や入退室管理の仕組みも合わせて提案していくソリューション会社の顔の方が色濃いんだとか。そこに関しては大日本印刷だって学生証になるICカードを作れば学校のシラヴァスのウェブ化とかもやっていたりして学校教育機関とは取引がある。そこに丸善が持つネットワークを加味すればさらに大きなビジネスが出来るって目論見もあっての業務資本提携だったみたい。どこの出版社とも全方位でつきあう印刷会社だけに提携が何か差し障りをもたらす可能性も浮かんだけれど、別に出版社じゃないんで書店の丸善の株主にDNPがなったところで他の書店が、DNPで印刷された雑誌や本は売らなくなるってことはないからまあ安心。しかしいろいろあるよなあ、紀伊國屋は凸版が買収、なんてこともあったりするのかな。そーいや「コードギアス 反逆のルルーシュ」世界って本屋、映ってないなあ。丸善、どーなったんだろう?


【7月11日】 とりあえずピッコロ大魔王がいないことに拍手。日本じゃあそれがファンサービスにとっても前向きだって捕らえられているっぽいけど野球人が野球人にとて最高の栄誉ともいえるオールスターの場に出てすべきことは野球人としての誇らしさ、すなわちユニフォーム姿での立ち居振る舞いをプレー中もプレーしていない時も見せることであって決して漫画の登場人物になり変わることじゃあない。それが証拠に野球発祥の米大リーグで行われたオールスターゲームに出場した選手たちは誰もが自分たちの所属するチームのユニフォームをピシッと着込み、試合中は出場している選手は全力のプレーを見せベンチにいる選手たちは誰も下がらず誰も格好を崩さないままグラウンドを見つめている。

 これぞ野球人。その凛々しさを見て子供たちは野球人の仲間となってあの戦列に加わりたいと願ってプレーに勤しみ、努力の果てに加われればいずれ続くだろう後進の手本となるべく野球人としての矜持を、誇りを全身から発してみせようとするだろー。オールスターは確かにお祭りだけど決して仮装大会なんかじゃないことを選手もちゃんとわきまえている。でもなあ、もうすぐ開かれる日本のオールスターにはやっぱりピッコロ大魔王みたいなのが現れて、それをメディアもファンサービスの極意ともてはやすんだろーなー。ああ気持ち悪い。

 自分たちのフランチャイズでレギュラーシーズン中に何をやろうと勝手だけれど、リーグ最高峰の選手たちが選ばれ集ったオールスターで小手先のファンサービスなんて不要だ。むしろそれはプレーの凄さを認められ選ばれ同じオールスターの場に経った先達たちへの侮蔑に等しい行為だろー。以前だったらそーした珍妙なパフォーマンスをたしなめるベテランがいたものだろーけど、今やリーダー的な人がそっせんしてパフォーマンスに走ってそれがメディアに凄い素晴らしいともてはやされるんだから、選手もますます図に乗り道を踏み外す。

 でもって本来ならばこちらが目玉となるべき、グラウンド上で繰り広げられるプレーはパフォーマンスを超えていない平凡さ。全力をかけ全能を傾けリーグトップの選手たちの意地と力がぶつかり合った大リーグのオールスターを見て超えた目には、場外でのパフォーマンスしか目に入らずそれもただただみっともない日本のオールスターがどう映るのか。結果はいつにないプロ野球中継の視聴率悪化に現れている。同じ事は演技の出来ないアイドルによる漫画の焼き直しに過ぎないドラマの視聴率が本物のドラマの楽しさに溢れた米国のドラマを見た目に陳腐に映って飽きられ見捨てられているって現象にも言えそう。エンターテインメントの未来は、とりわけ旧体制的なテレビと野球の未来はなかなかに厳しそー。まあ自業自得て奴だけど。

 モモちゃんの生息地へと向かう途中にあったアニメイトで「コードギアス 反逆のルルーシュ」のミニプレートの自販機を回していきなりルルーシュが出てやっぱりこれも女子向け使用かと危ぶみもう1度回してジェレミア卿が出てやっぱり女子使用かと落ち込みかけたもののジェレミアの場合は裏返すとそこにはヴィレッタのレリーフが。裏表でまあ嫌らしいって非難はそれとして、男子キャラばかりを並べているって訳じゃないところに女子だけじゃない、男子にもちゃんと配慮した商品を作っているんだってメーカーのメッセージを感じる。でもルルーシュの裏はルルーシュだしC.C.の裏もチーズくんじゃなくてルルーシュてところにやっぱり女子偏重って感じは伺える。ユフィの裏はコーネリアじゃなくスザクだし、ロイドの裏なんてセシルじゃなくってシュナイゼルだもんなあ。どーゆー関係だこの2人。

 そんあ「コードギアス 反逆のルルーシュ」の24話と25話の先行上映会の抽選結果が贈られてきて見事に玉砕。いい年をして応募したのがやっぱり拙かったのか。まあおそらくは何万通とか応募もあっただろーから外れて当然だったとは思うけれども残念は残念、なにか秘密の回路でも使えば潜り込めるとかって想像もしてみたけれどもそもそもそんな回路はないんで潔く諦めて、返信はがきに掲載されてたTBSは7月30日とかゆー放送日を謹んで待たせて戴くことにしよー。でも変更になる場合があるって書かれているのが心配。参議院選挙で大惨敗した自民党で総裁辞任とかってなったらやっぱり特番がばんばん入って深夜番組なんて消し飛びそーだからなー。頑張って28日放送予定とかゆーMBSが入る地域に潜入するか。どこだ大阪か。ルルーシュよろしく上井草あたりに潜入してゴミ箱を漁って収録されたHDDが落ちていないか探すか。

 読み残していたルルル文庫から刊行の小学館ライトノベル大賞ルルル文庫部門ルルル賞受賞作らしー(長いぜ)片瀬由良さんの「愛玩王子」(小学館、476円)を読んだら「真夜中猫王子」だった、桑田乃梨子さんの、ってそう言うほどには重なっていないけれども異世界からある時突然に現れた皇子が長身で見目麗しい普段の姿ではなく小さい人形みたいな姿になっていて、それを元通りにするには王子を拾った少女が何とかしなくちゃいけないって展開部分に何か似た雰囲気を感じてしまった、こっちの王子も時々猫になったりするし。

 違うのはずっと現代の日本で話が進むんじゃなくって、王子の故郷の魔界へと行ってそこで王子から外れて少女の指にはまってしまった指輪を外す方法を探して歩くってところかな。王子も別に争乱で追放された訳じゃないみたいだし、「真夜中猫王子」よりはストレートの話を追っていける。ラストのまとめ方も実に少女向けレーベル風。運命って奴を感じて愛情って奴に思いを馳せる少女のための物語。桑田さんの漫画はそーじゃないもんなあ、どこかにイジワルがあってそれが愉快な気持ちにさせてくれるから。ああまた「真夜中猫王子」が読み返したいなあ、どこに行ったかなあ、探しても出てこないよなあ、買いそろえるか、でもまだちゃんと出てたっけ。


日刊リウイチへ戻る
リウイチのホームページへ戻る