縮刷版2006年5月中旬号


【5月20日】 というわけで酔いにまかせてネットで買った「スレンダートーン フレックス」を、届いて早速腰へと巻いてスイッチをいれるとビリビリビリビリビリビリビリビリ、低周波が流れて腰やら腹やらがぎゅっと引き締まる。感じはその昔にどっかでもらったオムロンの肩こり治療器とおんなじ。以前のEMSって奴は確か腹の回りにジェルを塗らないと効果がなかったけれど、新しい「スレンダートーン」は肩こり治療器では肩に張り付けるよーになっていた粘着パッドと同じよーなものがベルトの内側についていて、カバー代わりのシールを剥がして肌にペタリと接触させるだけで済むから利用も簡単、後始末も簡単。なるほど人気になる訳だ。

 あとは効くかが問題だけど、そこも肩こり治療器と同じでぎゅっと筋肉が収縮して効いているよーな感じはする。力も入れてないのにどーして筋肉が鍛えられるのか、原理は不明ながらもお天道様の下を堂々と売られている訳だから、まるで効かないってことはないんだろーし、そもそもが通販なんてものは実際に効くかどーかよりも、使ったら効くかもしれないってワクワクする気持ちともしかしたら誑かされているかもなってドキドキする気持ちを合わせて買うもの。それだけは充たしてくれているし、なおかつ何やらお腹をギュッギュッギュッギュッって刺激する作用は実際にあるからそれで十分。さらにしっかりお腹が引っ込めば言うことなしってことでとりあえずは1カ月、頑張って続けて結果が出るかもしれない時をワクワクドキドキしながら待とう。会社にはめていくべきかを迷い中。変身ベルトにカムフラージュすれば可能かな。

モカとキリマンとブラジルとカラメルとあれこれ混ぜてぶはっ  コンビニエンスストアで紙コップをもらってポットからコーヒーを買うのが何か不安なのは、いれたてじゃないコーヒーにつきものの酸味がピリッと口中を刺激して悩ましい気分にさせられるかもしれないからで、もちろん出してる方もそんなことはちゃんと考えているんだろーけれど、目の前でマシンからドリップされるコーヒーをスタンドなんかで見ていると、作り置きかれてずいぶんと経っているかもしれないコンビニコーヒーを敬遠したくなる気持ちは容易には消せない。だいたいが種類が少なすぎて、気分によってコクがあったりなかったり、香りがついていたりいなかったりするコーヒーを飲みたいのにコンビニではほとんど不可能。まあ「VELOCE」だって「ドトール」だって不可能なんだけど、その分は安いからいいやって諦めていた。

 ところがここに買い気をそそるコンビニコーヒーが登場。スリーエフってそんなに巨大ではないコンビニチェーンがこっそり静かにスタートさせてた新業態「gooZ」では、何と平常で17種類ものコーヒーを大きめのサーバーに入れてずらりと並べて売っていて、買う方は360ミリリットルか480ミリリットルといったカップに好きなだけ、好きなコーヒーを注いで買って持ち帰れるのだ。ブレンドもあるけどストレートも抱負でブラジルにモカにキリマンジャロなんかがあって、キャラメルやら何やらフレーバー系もあってそれから日本じゃ珍しいノンカフェインもしっかりと用意。そこからちょっとづず選んで自分なりのブレンドを作っても良いみたい。だからといって適当に混ぜて飲んでぶわっと吹き出す「探偵物語」ごっこはやっちゃダメ。やるなら家で。

 値段も小さい方で136円とドトール以下。座って飲む場所がなくってもそれはコンビニコーヒーなら普通のことで、なおかつ種類も抱負だったら文句はない。でもたっぷりの分量でいっぱいの種類があれば売れ残った奴から酸化して行き、飲めたものじゃなくなるって心配も当然生まれるんだけど「gooZ」では作ってから30分で残っていても流してしまう処置をとる。勿体ない? っても食べ物じゃなく豆の汁だからそーいった方面の批判は少なさそう。逆にそんな豆の汁に100何十円とかつけて売って儲けているコンビニエンスストアにとって利益源を自ら削ってしまうんじゃないかって経営面への不安が生まれて来るけれど、そこはそれ、新鮮さってものが付加価値になって売れる時代が今ふたたび訪れているってことになるんだろー。なるほどなあ。

 コーヒーの「gooZ」だけなら5店舗くらいが既にあるみたいだけど、弁当やパンも扱うフルラインアップの店は横浜とそして20日にオープンした「渋谷3丁目店」だけ。ほっけの丸焼きが入って410円とかって低価格の弁当もあって、ラーメン屋とか牛丼屋とかカレー屋さんに並んで大変な渋谷の昼食難民にヒットの予感。おかずを何品かにご飯を発芽米やら白米やらから選べる弁当もあったり焼きたてのピザもあったりするから毎日通っても今日も同じメニューって苦衷をなめずに済む。コーヒーも含めてむしろ選び放題で何を飲もうか、食べようかって迷ってしまうかも。羨ましいなあ。近所にも出来ないかなあ。

さすがはユース育ちの期待の逸材。だけど今ひとつひたむきさが……頑張れ川淵その名字に負けないように  ジェフ成分が不足して来たんでチームとしてはフクアリ初登場となったJFLの「ジェフ・アマチュア」の試合を見物に行く。前々からのジェフ人気の賜か、それとも巻誠一郎選手の代表入りが効いたかスタンドにはメインだけながらもそれなりな人数が来ていて一時の女子サッカーの様。企業をバックに持たず応援団が来ないチームにしてはな人数で、上から下までチームを編成してはトータルなクラブとしてファンを作っていくって戦略がとりあえずは効いてきている印象。相手は佐川急便大阪で大阪からの応援団はあんまり期待できなかっただけに、これだけの人数が来ればまずは上等って言ったところだろー。

 試合の方はまずまず互角。さすがにアマチュアだけあってトラップが大きかったり流れたりしてそこを奪われ反撃される所もあって不安だったし、佐川急便大阪の攻めてが実に多彩で切り込まれえぐられる場面も多々あってひやひやとさせられたけれど、そこをどーにかしのいでなかなか得点を許さない。それでも確かコーナーキックから流れたボールを蹴り込まれて1点を先取され、このままやっぱり崩れていくのかって懸念が膨らんだものの、後半も数あったピンチを170センチしかないキーパーの飛び出しにセービングでもってしのいで無得点。結局は負けたけれど最小失点で抑えて次への期待を持たせてくれた。

 途中から出てきたジェフユナイテッド市原・千葉から”出向”中の川淵勇祐選手はさすがにトップ所属だけあってトラップはうまくドリブルも異次元。だけど左サイドにはりついてボールが来るのを待っているところがあって、それをなかなか活かせない状況では瞬間的な凄みは見せられても決定的な仕事するには至らない。そんな存在感の今ひとつさがトップで楽山孝志選手のよーに残れずアマへと修行に出される理由なのか。シーズン前の東京ヴェルディ1969との試合でも若手チームでサイドを地蔵になっていたからなあ。まだ若いんだし修行して意識を立て直してトップでの活躍を願おう。188センチのジャンボ田中淳也選手はヘディングでは強さを発揮するんだけど足下から裏をとられる場面もあってちょい不安。強靱さとスピードを付ければ高さで劣るジェフ守備陣の要になれる逸材だけにやっぱり頑張って欲しいなあ。


【5月19日】 礼に始まり礼に終わる将棋の対局において棋士は、盤を挟み背筋を伸ばして正座の姿勢で向かい合う。規定はなく故板谷進9段のように途中で姿勢を胡座に変えて臨む棋士もいたけれど、昨今はそうした棋士を見かけることもあまりなく、加えて板谷9段のように対極中、煙草をふかして盤に向かう棋士も滅多なことでは見なくなった。いくら髪形を派手にしても服装をラフにしても、テレビだったら1時間強の対局時間をずっと正座で通す棋士ばかり。半日になんなんとするタイトル戦では途中で足を崩しているのかもしれないけれど、それを伺い知ることはできないからここでは除外する。

 話代わって将棋界には女流棋士という存在がいて女性ばかりの集団を作りリーグ戦やタイトル戦に臨んでいる。プロ棋士かというと実は曖昧な存在で、日本将棋連盟で言うところのプロ棋士、すなわち奨励会を経て3段リーグで上位に入り4段の昇段した棋士ではなく、あくまで女流育成会なりを経た棋士が、女流という枠組みの中においてプロとして認められているというだけに過ぎない。時折タイトル戦の予選に女流の棋士が登場して良い所まで勝ち上がることはあるけれど、最高峰と言われる名人戦にはその挑戦権を決める順位戦に女流が参加できないため、永遠に挑戦することはできず従って名人の座を女性が射止めることもない。名人を持つ棋士のハアトを女流が射止めることは出来ても。突撃とかされたりするような。

 んでもって何が言いたいかというと女流棋士でも礼については男性のプロ棋士と同様で、ほとんどすべての女流棋士が盤を挟んで正座で向かい合う。胡座をかく人はまず存在しないし座禅を組む人も皆無。何故ってそんな姿勢をとれば大切な部分を相手にさらしてしまうからに他ならない。スカートでそんな姿は流石にマズくても、パンツスタイルなら別にそれでも構わないと思えなくもないけれど、座敷などで例えジーンズ姿であっても女性があぐらをかいている姿をあまり見かけないことからも、どうもそういった姿勢を取れないよう、体に刻み込まれているようにすら思えてくる。残念無念。

 ならば正座ならスカート姿でも良いかというとこれもなかなかに微妙であって、長さによっては真正面に座る棋士からその奥が見えてしまうこともあるという。順位戦をのぞくタイトル戦の予選などで女流棋士を相手にするプロ棋士の男性が、その恩恵……か被害かは不明ながらも対戦相手の姿勢が気になり敗れてしまったといううわさ話も流れるほど。だからなのか、それで勝ったと思われるのも釈然としないということで、多くの女流棋士がスカート姿の場合は膝の上にハンカチを載せて対局に臨んでいる。残念至極。ただしだからといって油断は禁物。盤面にかがみ込む女流棋士のシャツの開いた襟元から奥をのぞいて、内心に歓喜を奮い立たせることだって可能なのだから。もしかしてそのために膨らませたのか林葉直子さん。いや膨らませたのは引退後だから違うか。

 さてここに登場した「瀬川四段、レースクイーンに将棋を手ほどき」という企画。NECと関わりの深い瀬川晶司4段がNEC関連のインターネットサービス「BIGLOBEストリーム」に登場して、レースクイーンに将棋を教えるという見出しそのままの内容で、棋士とレースクイーンというその組合せの飛びっぷりに最初はその2つが合致せず、瀬川4段が将棋を教えるコーナーがあり、それをレースクイーンが案内するといった展開かと思っていたらニュースのサイトでも、「将棋ニュースプラス」の方でもしっかりとレースクイーンが4人、2枚の将棋盤を挟んで向かい合っている姿が映っている。吃驚だ。

 礼節を重んじる将棋のファンにとってはどこか違和感のある企画だし、レースクイーンのファンにとっても立たず歩かず動かない対局中の姿など、見たってまるで意味がない。そんな企画のどこがいったい面白いのかと怒り出す人も多そうだけれどちょっと待て、サンプル画面をじっと見ろ。レースクイーンの誰1人として膝上にハンカチなど置いていない。もちろんパンツ姿でもジーンズ姿でもない。超ミニスカート。膝上何センチなんて言うより腰下何センチといった方が早いくらいの短いスカート姿で膝に何もおかず正座した場合にいったい何が起こるのか。懸命な人ならすぐに気付く。気付いて歓喜に身もだえる。

 そうかそうだったのか。だから「BIGLOBE」はレースクイーンに将棋を教えようとしてるのか。トップには横からの姿した映し出されていないけれど、対局中になれば真正面からその姿をとらえる機会もあるだろう。盤を見下ろす真剣な表情を下から見上げるアングルもあるかもしれない。逆に盤上を写すべく上からカメラでレースクイーンを見下ろすアングルも。楽しみだ。果てしなく楽しみだ。空前絶後に楽しみだ。絶対無比に楽しみだ。ブロードバンド環境にないのが残念だけれど本格的に、対局が始まったら、無線LANの引かれた近所の喫茶店へと持ち込み顔を画面に寄せて心ゆくまでそのコンテンツを堪能することにしよう。「ザ・加藤一二三九段伝説」を。しかし「BIGLOBEストリーム」。ウェザーニューズ提供のお天気お姉さんもなかなかにいい味を出してるなあ。

 たどり着いた門の下に立つのは1人の女性。幼女のような外見ながらも周囲を圧倒する大音声で「塾長の獅戸エールであるっ!」と吼えては、向かって来る手に武器を持つ女たちをなぎ倒す。そこは「帝塾」。国を統べる「大帝」を送り出すための機関で、入った者たちは「大帝」の座へと近づこう命すら削り合う切磋琢磨を繰り返す。試験はあるがそれとは別に、門に立つ塾長を退け門をくぐれば合格という仕組みもあって、腕に覚えのある女達がその道を進もうとやって来る。しかし相手は塾長だ。手すら伸ばさず声だけで群がる屈強な女たちを吹き飛ばす。

 そこに現れたの2人組。御間城和と水瀬皆見は和のどこか他人を謀るような技で易々と門をくぐり抜け、けれども戻って塾長と対峙し敗れたものの入塾を認められる。付き添いの皆見も既に門を越えていたからと共に入塾。かくして屈強な女たちの巣窟で、挑んで来る番長や絡んで来る組織を跳ね返しながら和と皆見は「帝塾」における序列のステップを上り詰め、やがて女たちの頂点に立ち国を統べる「大帝」の座をつかむのであった。って最初は思った定金伸治さんの「制覇するフィロソフィア」(集英社スーパーダッシュ文庫)。「女たる本懐は、闘いにあるのだ」と言わせ「漢たる女は、常に闘わねばならんのだ」と言わせる台詞に「男塾」の設定をただ女に置き換えて、「大和魂」だの「日本男児」だの「武士道」だのと言われ男に求められるべきと一般に認識されている資質を、女にあてはめ演じさせてはギャップに何かを考えさせる小説かと誰もが最初は感じるだろう。

 その上で戦う際に用いる武器が剣術武術の類だけでなく、それぞれが持つ「哲」という部分で例えばイデア哲学だったりソクラテスの哲学だったりヘーゲルの弁証法だったりと、論理倫理の部分で相手を圧倒しうち負かす観念のバトルも合わせて楽しむ変化球かと笑って楽しんでいただろう。ところが読み進むうちに、何とも実に練られて奥の深い設定の上に作られた近未来的SFアクションの様相を見せて来て吃驚。剣を取り武器を操り策謀をめぐらせ少女たちが闘い「大帝」を目指さなくてはならない理由がちゃんとあって、単なる男女の役割を置き換えギャップを楽しむだけの設定ではないと分かる。

 そんな設定の上で何が世界から求められ、それを持ち得る存在が狙われているという構図が作られ、その存在を守るべくすべてが動き始めるというエンディング。崩壊への道を歩む人類に救いはあるのか。救いをもたらす者は誰なのか。いやあ楽しみ。御間城和という存在が「女」である以上、その立場を越えて「友情」以上のものを皆見に与えることは叶わないんだろーけれど、かといって皆見が命すら平気で差し出し尽くそうとする和とは違う人を選ぶとも思えないし。そんな百合的展開の帰着する先も興味。性格は大人しめで体躯はスレンダーに見えて筋力は和以上という皆見が以前は2倍の体重を持つ力士だったという設定には笑ったけれど、それもおそらくは力士なら脂肪が抱負で不思議はないという説明を考えてのものか。だとしたらやっぱり練り込まれているなあ。勢いだけじゃないんだなあ。エナミカツミさんのイラストはやっぱり巧くて迫力あって可愛いなあ。


【5月18日】 こんな人を見た。5月16日の午前11時過ぎに秋葉原駅から山手線に乗り東京駅へと向かおうとしたホームに現れたその人は、30代半ばのサラリーマン風の顔立ちをしてストライプのシャツに赤いネクタイをしていた所までは良かったが、その上に着ていたのが何故かACミランのロッソネロのユニフォーム。本物かパチものかは不明ながらもV字型に着られた襟ぐりからVネックセーターよろしくストライプのシャツと赤いネクタイをのぞかせて、まるでサラリーマンが会社帰りに応援に行ってはレプリカを着た時のよーな雰囲気を醸し出している。

 それだけならまだ良いけれど、この人が下に履いていたのはスラックスでもなければジーンズでもなく白いサッカーパンツ。おまけにしっかり折り返し部分のある白いサッカーソックスを履いていて、靴もランニングシューズで下半身だけなら休日にサッカーをやりに着た中年男性って雰囲気になっていた。そして上から羽織っていたのが浦和レッドダイヤモンズのベンチコート。5月にもなりこの陽気にベンチコートは傍目にも暑苦しかったけど、下にまとったシャツにレプリカにサッカーパンツで股を出した格好に、ベンチコートがくっわることでサッカー場へと移動中に草サッカープレーヤーという感じに落ち着いた感じ。斜めにかけた日本サッカー協会のエンブレムが白地に青で描かれたショルダーバッグもスポーツマンって雰囲気作りに役立っていた。

 けど手に提げていた荷物がとてつもなく謎。東京ディズニーリゾートのシンデレラ城がデザインされたマークのはいった大きなビニール袋で、中には色と形からミッキーマウスと類推される体長1メートル近い巨大な縫いぐるみが入っている模様。そんな袋を1つのみならず2つも下げていったい秋葉原のどこから彼は現れたのかがまずは謎。総武線沿線のホテルからなのか。レッズだから京浜東北線でとりあえず埼玉から秋葉原へと出てきてそこで乗り換えたのか。分からないけど下りた場所は東京駅であるいはここから京葉線で再び東京ディズニーリゾートへと向かったのかもしれない。

 そう考えると手にした荷物から生粋のディズニーファンだと類推できるんだけど、それだと着ている服装との整合性がまるでない。ビジネスシャツにネクタイをしめた上からロッソネロのシャツって段階で既に整合性なんてぶっ飛んでいるのはさておいても、全体としてサッカー風な格好をして東京ディズニーリゾートへと向かう理由は何なのか。それも2人とかじゃなく中年男がたった1人で。分からない。謎めいているけれどもそんな人がいても別に平気なのが東京って街の幅広さ。おまけにこれからの季節はドイツでもないのに街に青いサッカー代表のグッズやユニフォームを身に着けた人があふれ出すだろーから、そんな風潮を先取りしてみせた新たなファッションの提案だったのかも。名付けて「」サッカービズwithディズニー」。真似してみる人いませんか?

 ちょい眠り目覚めて始まったサッカー「UEFAチャンピオンズリーグ」の決勝「アーセナルvsバルセロナ」を見る。のっけからアーセナルがバルセロナ陣営へと突っ込みアンリ選手のトラップからシュートって決定的な場面を作ったもののシュートがキーパーを超えず正面に行ってはじかれ無得点。それを再び拾ったアンリが左45度から強烈極まりないシュートを放ったもののこれも阻まれ好機を逃す。ここで入っていればと後になって思った関係者たちも多そうで、しばらく責め合った後に今度はバルセロナがアーセナル陣営へと迫り抜けだしたエトオ先取がペナルティエリア前へと迫り突っ込んできたキーパーに倒されながらもパスを出してそれをジュリが蹴り込みインゴール。認められればバルセロナが1点先取でそれを追うアーセナルの、積極果敢でスピーディーな攻めが見られたはずだったのに、ゴールは認められずその直前の、エトー選手がキーパーのレーマン選手に倒されたプレーがファールとなって、レーマン選手がレッドカードで退場となってそこからのフリーキックが指示された。

 危ない場所でのフリーキックで決まれば大変だけど外れる可能性もあって、その意味では先に首がつながったって言えなくもない。実際にロナウジーニョ選手のフリーキックは外れてバルセロナは先制のチャンスをふいにしたんだけど、アーセナルにとってはたとえジュリ選手のゴールが認められても、レーマン選手の退場がなければこの後の追加点を許さず逆にアンリ選手とピレス選手の抜群のコンビネーションによって、得点を重ねて逆転した可能性も高かった。実際にアーセナルはコーナーキックからソル・キャンベル選手が叩き込んで10人ながらも先取点を挙げる闘いぶり。フルメンバーなら更に凄い怒濤の攻撃が見られたはずなのに、退場したキーパーの代わりを入れる関係でピレス選手がアウトとなってアーセナルの攻撃は影を潜め、あとはバルセロナの縦横無尽の攻撃を、アーセナルの8人が守りアンリがトップで張ってカウンターをしかけるだけの展開になってしまった。

 結局はエトーに逆転されさらに追加されて最後は2対1で敗北。これが最後の試合になったベルカンプ選手も出せず海を越えてやって着た先生の雄姿を見たかったって意味も含めて、11人対11人のぶつかり合いが見られなくなったのが返す返すも残念。あの場面、やっぱりインゴールでアドバンテージを見るだけにして欲しかった。得点シーンでニアサイドを抜かれ股間を抜かれたキーパーの、それ事態は相手の凄さを讃えるしかないんだけれど調子に乗っているレーマン選手だったらあるいは両方とも驚異的な反応で止めていたかもしれないなあ。やっぱり退場が残念。その悔しさをドイツ代表としてぶつけておくれ。

 それでも8人で守備したからといって相手は屈指の攻撃力を誇るバルセロナ。並のチームだったらズダズタに守備網を切り裂かれては3点5点と得点されて試合をぶち壊しにしてしまっただろーけど、そこは逆の意味で屈指の守備力を誇るアーセナルだけあって、危険なプレーを事前に察知し抑え奪い抜かれてもカバーする技の冴えって奴を見せてくれて、そんな攻撃の最高峰と守備の最高峰のぶつかり合いが繰り広げられている試合から、最後まで目を離すことが出来なかった。なるほどこうやって崩すのか。なるほど個人の能力が爆発した様っていうのはこれほどまでに凄いのか。なるほどこうやって抑えるのか。こうやって囲めば相手も簡単には突破できないのか等々。どのシーンも実に見ていて奥が深い。途中で衛星放送の関係で画面が映らなくなってしまう場面があったけど、それをのぞいても実に貴重な頂点のプレーが詰め込まれた試合だったかも。また見てその凄さを堪能しよう。とりわけアンリの軽さと速さ、デコの屈強さ辺りを重点的に。

 どう頑張っても女装にしか成り得ない実写ドラマ化なんて考えるだけでも気持ちが霞んで目が曇る「プリンセス・プリンセス」だけど、アニメはビジュアルだけなら完璧に女の子みたいに描けるんでそこに重なる声が男だってまあ聞ける。ただしやっぱり歌を唄われるのは厳しいかもしれないなあ。ひとり四方谷裕史郎だけは声が朴ロミさんだから唄っても大丈夫で、まるで女の子の声になっているんだけど、フリヒラな衣装でほかの男が声を充ててる姫2人が唄っているシーンは、ビジュアルを見ないで声だけ聞いていたら何ともユカイにカユイ気持ちになって来た。これがドラマではビジュアルも含めてカユイ場面の連続ってことになる訳で、どっかのニューハーフパブのショーが公共の電波で繰り出されてはテレビの前に悶絶する人たちを大勢生み出しそー。さてもどんなドラマになることやら。アニメは何か面白い。ビジュアルが崩れないからかなあ。良い仕事しているね製作スタッフ。


【5月17日】 一転して真っ当。むしろ好調。「錬金3級まじかる?ぽかーん」は満月の到来にお月見を楽しみにするりるが、ゆうまやバキラや鉄子を相手にどれだけ楽しみにしているかを態度で見せたり、お月見で食べたり飲んだりするものを買い出しに行っては、お店の人たちと楽しく明るくコミュニケーションを取って、あれこれおまけをしてもらったりするほのぼのとした展開が何とも心地良い。

 でもって丘に上っていよいよ始まったお月見の途中で、わくわく疲れから犬だか狼になって寝てしまう姿が何とも可愛らしくって微笑ましい。前週にゆうまのマジックを尻尾ふりながら待ってた姿とはえらい違い。あの時は変身なんてしないで最初っから最後まで犬の格好で、おまけに同じ絵ばかりを繰り返す枚数稼ぎの典型だったし。

 後半はロボットを繰り出し街を破壊する敵を相手に立ち向かう正義の味方になったご一行。鉄子が捕まっていて胴体部分を操る人がおらず、出撃してもロボットを合体させられない困難に当たってどうするかって対応を、繰り返して見せて笑わせる展開はありがちだけど次はどんなので来るかってつい見ちゃう。胴体ばかりが5つも用意されているのって、あり得ないけどあったら楽しいギャグをちゃんとやってくれてるし。

 ロボットは5体合体なんだけど捕まっている鉄子と残っているゆうまにりるにバキラと主役の4人はともかくあともう1人、仮面を被ってそこに加わり合体シーンに臨んでいるメンバーが謎。誰なんだ。順繰りに描いていったコックピット乗り込みシーンで服がはじけてパイロットスーツに替わるシーンもちゃんとあったし。うーん。そんな説明無用さも実に「まじかる?ぽかーん」。また来週もぽかーんとさせてくれることを願おう。エンディングは相変わらず下手だなあ、のみこ。でもつい聞き入っちゃう。のみこ中毒?

 起き出して本屋に行くと並んでいたよ緑の2冊組。「ハリー・ポッターと謎のプリンス」(静山社)はいつもだったらダーズリー一家で虐めにもだえるハリーの日常から始まって友達も理解者もいっぱいいるホグワーツへと戻る快楽を冒頭で味わうはずなんだけど、この巻ではのっけから悪巧みが進行していてスネイプまで出てきて重苦しい雰囲気。ハリーもハリーでダーズリー一家に一切の手出しをさせることなくダンブルドアによって連れ出され、ひとつ役目を果たしてからウィーズリー家へと連れてこられてそのまま事件へと突き進む。

 フォーマットを崩して風雲急を告げるシーンから始めるのは起承転結で言えば転の用法。最後の1冊を前にして緊張感を高め終局への期待と不安を盛り上げよーとしているってことなんだろー。巧いなあ。まだ冒頭だけなんで「謎のプリンス」がどんなプリンスなのかは知らないけれど、ここに来ての登場は余程の大物ってことだと理解し、その正体と活躍ぶりを期待して読み進めよう。

 また11番とは期待の現れなのか、それとも鈴木隆行選手のよーに最前線での潰れ役を任された現れか。ワールドカップ独大会にのぞむ日本代表の背番号は巻誠一郎選手に全世界的に言うならエースの番号とも言えそうな11番が与えられてやや吃驚。久保竜彦選手が9番だっからそれを玉田圭司選手が受け継ぎ、高原直泰選手がエースの11番を付けるかなって思っていたけど高原選手は馴染みの9番を取り玉田選手は11番をつけず巻選手に回ってきた。

 これで名実ともに日本のエースとなったか巻選手。早速記念にユニフォームを作りに言ったけど、選ばれるかどーかも不明だったらしく「MAKI」のマーキングが足りず作れず。来週くらいには来るそーなんでその時に作ろう。ひとケタだったら安く作れたものが2ケタになって値段も上がってしまうけど、一世一代の晴れ舞台へと臨む巻選手を讃えるためにも是非に作って着て歩こう。前に作った10番は……お蔵入り? まあ着るけどね。


【5月16日】 今さら言うのも何だけど、イビチャ・オシム監督ってやっぱり大したタマだよなあ。巻誠一郎選手の代表入り、そしてワールドカップ行きに関してインタビューに答えて「日本のサッカー界にとってすごくよかったのは、巻というのは典型的な例でいえば一生懸命頑張った人間が選ばれたという、すごくいい例だと思います」って当たり前なんだけど、それだけにとても大切なことを集まった報道陣に向かって懇切丁寧に語ってる。ともすればラッキーボーイ的な扱いをされかねなかった所だけど、オシム監督が運とかじゃなく努力の賜だと説明することによって、集まった記者たちもそういうことなんだ、だからジーコ監督は選んだんだし、これがもたらす好影響って奴に思いを馳せてジーコ監督の決断の意義を類推できる。

 そこに畳みかけてオシム監督、「今度は私のほうから言いたいことがあります。まず、阿部(勇樹)が選ばれないことに対して、私はすごく残念です。阿部というのは本当にいろいろなポジションができる選手です。ただ、一つ良かったことは、まだ彼には時間があるということです。だからこそ、ここに集まっている人たちに、逆に選ばれなかった選手たちのことを少し考えてもらいたいと思います」って話して、単なる当たりはずれではなく、そのことに伴って大勢の人間が一喜一憂したんだってことに考えを及ばせなさいと諭してる。白か黒かで割り切りマルかバツかで区切る今時のメディアの風潮に、裏とか表ではなくいろいろな関係性の中で人々は生きているんだということを思い出させる。

 大久保選手や本山選手、そして久保選手を始め大勢の選ばれても不思議ではなかったけれど選ばれなかった大勢の選手たちに言葉を贈り、それが単なる採点ではなく苦衷の決断があってのものだということを訴えている。これはとても励みになる。オシム監督からそう言われればそうなんだと思うより他にない。一方で選ばれたメンバーに匹敵するくらいの力をお前達は持っていて、それを自分は理解しているんだというメッセージにもなっている。これは心強い。修羅場をくぐり鉄火場を生きのび今があるオシム監督ならではの、メディアにも選手たちにも有意義な言葉の数々を聞けたのは幸せだよなあ、記者さんたち。その薫陶を忘れず目先のドラマにすがるんじゃなく、長いレンジで何が行われ何が目標いんされているかを見極め記事を作って言って欲しいもの。なんだけどやっぱり目先の勝ち負けに一喜一憂する紙面になるのかな。なるんだろうなあ。はあ。

 今さら言うのも何だけど、金子達仁さんてどうしてこんな風に崩壊してしまったのかなあ。ジーコ監督によるワールドカップ独大会へと連れて行く日本代表選手についてコメントした「朝日新聞」06年5月16日付け朝刊に掲載された記事が実に痛々しい。曰く「巻がキリンカップのブルガリア戦(5月9日)で決めた得点はラッキーだった。ジーコが、その運にかけたのかもしれない」。付けられた見出しも「巻の運にかけた」ってなってて久保竜彦選手の落選に代わって代表入りした巻選手の運の良さを買ってジーコ監督は抜擢したんじゃないかって趣旨で貫かれている。

 ち・が・う・だ・ろ・う! 巻選手がブルガリア戦でアレックス選手のシュートの際に、ゴール前にいたのは別に運じゃない。アレックス選手は時折ああいったシュートを打つんだって頭にあってそれがこぼれたら、あるいは外れたら叩き込むなり押し込む必要があるって意識の元にゴール前へとポジションを移してディフェンスの間へと割り込んだ。冷静な読みと果敢な行動力が背景にあってのゴールであって偶然でもなければ運でもない。

 そもそも巻選手があの時間にあの場所に割り込むことが出来たのだって、Jリーグでの試合で常に得点を狙おうと走り続けた努力がまずあって、それが見初められて代表に入ってからも普段の練習で自分の持ち味をアピールし続け、なるほどこれならと眼鏡にかなって試合に出してもらえ、そこで普段からの練習の成果と熱いハートを発揮して得点という結果を生み、絶対のポジションにあった久保選手に迫る印象をジーコ監督に与えてブルガリア戦での先発の座を与えられたからに他ならない。

 そのプロセスをつぶさに見てきたからこそジーコ監督は、ワールドカップという舞台に立つに相応しい選手として巻選手を選び、コンディションの悪い久保選手を選外にした。ジーコ監督が書けたのはだから運ではない。運などではありえない。巻選手の持てる力とその心にかけたのだ。たゆまない努力と飽くなき向上心、尽きることのない闘争心にかけたのだ。なのに金子さんは巻選手の選考は運だったと見る。そして「朝日新聞」にそう書く。巻に対しても、選んだジーコに対してもこれほど侮辱的な言葉があるだろうか。

 同じコラムの冒頭で、久保選手が外された理由を「FWの残留争いで日本中が大騒ぎしたことに、ジーコも引っ張られた部分があったのかもしれない」とも書いている。金子さんにとってジーコ監督とは、そんな周囲の雑音に耳を動かされる人間だったのか。むしろ逆だろう。一切の雑音を聞かず己が信念にだけ従ってすべてを決めてきたからこそ、途中にその硬直ぶりが非難され、国民を不安に陥れたんじゃないのか。巻選手を選んだ今もそれは変わらない。だからワールドカップでの闘いぶりには不安が残るけど、それもジーコ監督の決めること。その信念に敬意をはらい、生まれた結果に対して讃えるなり誹るなりするのがスポーツに取り組む人間への、スポーツを語るジャーナリストとしての矜持って奴だ。

 それを分かっていれば決して「ジーコは巻の強運にかけた」なんて言えない。実際にそれを分かっているからこそ誰も「運」なんて言ってない。にも関わらず1人「運にかけた」とコメントを吐いて天下の「朝日新聞」を通じて数百万人にその持論を開陳する金子達仁さんに、練習と努力の積み重ねだけが結果を生む「スポーツ」を語る「スポーツライター」の肩書きを名乗っていることが不思議でならない。結果だけ見て運が良かった、根性が座っていたって語るだけならそれはただの感想屋。それも作品の良さではなくって存在しない悪さを無理矢理ひねり出しては泥を塗る皮肉な感想屋でしかない。

 思うにアトランタ五輪で起こったブラジル戦での勝利「マイアミの奇蹟」の裏で何が起こっていたかを描いて以降、大勢の共感を呼ぶ記事というものを書いたって記憶がまるでない金子さん。ピクシーことストイコビッチ選手に関する本を何冊も出し、それからイビチャ・オシム監督の評伝を本にした間に旧ユーゴスラビアで起こっていた民族浄化の悲劇に関する新書も書いて、民族とサッカーの問題に切り込んでいる木村元彦一さんと比べるとちょっぴり寂しい限り。

 戦術からサッカーを語っている所はまるぜ見ないし、かといってアスリートがその人生に背負っているドラマを紡いで選手への興味を惹起させ、ひいてはスポーツへの関心を高めるよーな仕事もあんまりしていない。そんな”スポーツライター”が今なおスポーツメディアにおいてベテラン中堅若手を含んだあらゆるスポーツジャーナリストの中でもぬきんでて、特別な地位を場所を与えられては感想を吐露し続けていられるスポーツメディアの不思議さたるや。評論をしないのならその代わり、良さを徹底的に熱く語って反感でも共感でも構わないから何らかの情動の変化を引き起こすような前向きさも見られない。読んで不愉快に人をさせるコラムを書き続ける人が悪いのか、それとも書かせる側が問題なのか。

 可能性としては金子さんが長時間いろいろと喋った中から記者がストーリーを作りやすい部分を選んで「巻は運が良いから選ばれた」って感じにまとめ上げただけなのかもしれず、その場合は「朝日新聞」ってメディアにスポーツを敬うスタンスが欠けているんだなって思えば済むんだけど、久保の落選に世間の騒ぎすぎがあるんだなんて、半歩さがって半身になって洒落たことを言っている気になってその実ただの嫌味でしかないコメントを、つぶやき平気で居続けられるって人はそうそういるもんじゃない。ってことはやっぱりこれが金子さんの真意であって、運だの流言飛語だのを一義的に見る、非スポーツ的なスタンスの人なんだなって理解をしておくのが正しい見方なんだろー。そう思えば何も気にならなくなる。スポーツを語っていないその存在など、スポーツについて知りたい身には何の関係もないものと最初から除外しておくだけで良いんだから。


【5月15日】 ところで古泉の能力って何だったっけ。読んでるんだけど記憶に残っていない超能力がカマドウマ空間でいよいよ発動したんだけど、手に出した光の球を叩きつけるだけのビジュアル的にもカテゴリー的にもありがちな技で、とりたてて目新しくもなければ圧倒的でもなく、未来から来た朝比奈みくるちゃんとか宇宙から送り込まれた長門有希さんほどの意外性を感じない。でもまあそれはカマドウマ空間での発現の形で他の場所ではもっと別の力を発揮していたのかも。それと古泉の場合は組織ってバックのエージェントって役目もあるから総体としてはそれなりの力を持っているのかも。「涼宮ハルヒの憂鬱」。いったい今は何話なんだ。

 サプライズなんてない。腰や膝や足首の調子が思わしくなく、試合にフル出場できない状態が長く続いて体力的にも万全ではないフォワードが、これからの1カ月でコンディションを上げて最高のパフォーマンスが演じられるようになるとはとても思えない。それならば、チームから外してまずは怪我を治してもらい、それから90分をフルに戦えるだけの体力を養わせるのが、監督としてのごくごく当たり前な対応。それが淡々と行われただけのことに、奇蹟だの、サプライズだと驚く方が本来だったら間違っている。むしろそんな状態のフォワードが選ばれるような事態をこそ、サプライズだと呼ぶべきだ。

走り続ければいつかたどり着ける舞台があるのだ  その意味でいうなら、最悪の状態にある久保竜彦選手が外れて、コンディションの良い巻誠一郎選手がワールドカップ独大会に出場する日本代表に選ばれたことに、何の不思議も違和感ない。ないんだけどもただそうした選考を行ったのが、過去にサプライズばかりを引き起こしてきたジーコ監督だったから誰もが驚いた。僕だってまさかそんなごくごく当たり前の、常識的な対応を行える人だとは思っていただけにまずはひっくり返り、それから歓喜にふるえて涙すら流しそうになったんだけど、よくよく考えてみればサプライズならぬ極めてオーソドックスな選考結果。最後の最後で神様も、奇蹟のバーゲンセールを引っ込め普通に真っ当なサッカーコーチに戻ってくれた。いやあ良かった。

 実際にジーコ監督のコメントなんかを読むと「腰の問題であるとか、ひざ、足首の問題を抱えてどうしても完璧なコンディションではないということで、最後まで考え抜いてこういう結果になりました」って実に当たり前過ぎる指摘をしている。こーゆーことを出来るんだったら、最後の試合で久保選手を先発なんかさせないで、さっさと返せば良かったのにとか思ってしまうけどそこまで見極めてみたかった、そして見極めがついて後半の途中で後退させたってことになるんだろー。あそこまで見極めて外したんなら、外された側も納得するより他にない。

 同じ故障ではあるけれど柳沢敦選手の場合は「骨折からはリハビリの結果がよく、フィジカル的な部分が整えば、ほとんど支障がなく動けると言うことを、私も自分の経験から知っています」とこれまた真っ当な意見。直感と思いつきで動いていた神様がいきなり人間になって、それも明晰な指揮官に変じてしまったよーでちょっぴり気色悪い。イングランドのルーニー選手もより酷い骨折ながら選ばれているしオーウェン選手も同じ。問題はプレミアシップのトッププレーヤーである2人ほど、セリエAのマイナーチームでレギュラーすら奪えなかった柳沢選手に復帰を待つ価値があるのかって部分なんだけど、現実問題普通に動けるよーになった柳沢選手に太刀打ちできる選手がいなかったってことなんだろー。

 もしも柳沢選手が間に合わなかったら、誰が入るかがこれからの興味の置き所。佐藤寿人選手はちょっとタイプが違うから、代わりに入れるってことは選択肢にはなさそー。これで連れて行ってもしもやっぱりダメだとなったら、代わりにはミッドフィルダーを1枚削った関係で外れたル・マンの松井大輔選手が入ってくるのかな。それもそれで面白い。

 しかし現時点ではサプライズなんかない結果であっても、それをつかみ取るまでに巻誠一郎選手が行ってきた努力はとてつもなしに素晴らしい。選ばれたことに対するコメントで巻選手は「日頃から楽しくサッカーをやれてこれたことが一番かなと思いますし、改めて努力というものは人を裏切らないんだなと感じました」と話してる。海外組の例えるならばまるで得点をしていないフォワードの選手が、これを口にしたら非難囂々だろーけど、巻選手の場合、このコメントを口にして誰もが心から納得できるくらい、果てしない努力を積み重ねてきた。それを知っているからこそ、ジェフユナイテッド市原・千葉のファンに限らないサッカーを知る誰もが選考の結果を喜んだ。

 なおかつ選ばれても失わない謙虚さに胸打たれる。「僕が選ばれたということは落ちた人もいますし、たくさんの応援してくれた人に失礼がないように、僕らしく、日本という国のために全力で戦いたいと思います」なんて言葉、普通の人間にはなかなか言えない。久保選手を慮り、松井選手や阿部勇樹選手にも配慮する心根の優しさ。その背景には「ビックリしていましたけど、そのなかでも『おまえが入ったということは、落とされた選手もいるし、そういう選手のためにもしっかりプレーすることが大事だよ』と言われました」と、巻選手を諭した両親の存在もあるんだろー。オシム監督から「決してあきらめない息子に育てたか?」と聞かれ「育てた」と答えたらしー両親の、強さと優しさが巻選手をワールドカップ日本代表へと押し上げた。道徳の教科書にだって載るかもしれないな。

 しかしやっぱりこれは励みになるだろー。走って走って走り続ければ、プロの選手になれるかもしれないって希望を高校生や大学生の選手たちに与え、あきらめないで走り続けることによって、代表に選ばれるかもしれないって可能性をプロのJリーガーたちに与えた。あまつさえワールドカップとゆー舞台。世界の釜本邦茂もキング三浦和良選手も立てなかったその舞台に走って走って走り続ければいつかたどり着けるんだと、巻誠一郎選手が自ら証明した。

 突っ立ってボールをさばいて王様気取りでいても、それなりの地位は確保できるけれどワールドカップの舞台には立てはしない。そう気付いたプレーヤーたちがが4年後を目指してがむしゃらに走り始めるだろーこれからのJリーグは、きっと面白くなるだろーなー。その点でジーコ監督、最後に良い仕事をしてくれた。ありがとう。そこだけは感謝します。あとは本戦でちゃんと巻選手、出してあげてね。クロアチア戦なら巻選手の後ろでズゴゴゴゴゴゴッて巨大化していくオシム監督のオーラ力(おーら・ちから)見て、クロアチアの選手も監督もきっと畏れおののくから。

 おおヒデだ。中田英寿選手が「報道ステーション」に出て喋っているけど実に冷静。でもってクレバー。普通に普通のことをしゃべれる人だったんだってちょっと驚く。語尾に「フォー」とも付かないし。古館は相変わらず何を聞きたいのか分からないけど記者がそれをやると何が言いたいんだってつっかかるのに相手が古館だと意を汲んで、コミュニケーションを取ろうとしているのはたっぷりのお金をもらったからなのか、それとも代表引退後のことを思っての媚態か。普通に大人になったんだとここは信じておくことにしよー。しかし代表選手が単独で出演することを禁じている日本サッカー協会の方針を破っての単独出演に、テレビ朝日へのどんなペナルティが待っているのか。何もペナルティがないんだとしたら、その辺についての矜持だけはあったJFAもどっかのスケート協会みたく、緩んで傷んで来ているのかなあ。いやだなあ。


【5月14日】 教育的指導、なのか「ブラックラグーン」は白人至上主義を掲げる謎の団体さんを蹴散らすべく、船へと乗り込み祝宴をあげていたご一行を次から次へと雀でも撃つよーに、蜂の巣にしていくレヴィとダッチの2人組だったけど、単行本では無抵抗の雇われ船員までをもブラッドバスに沈めて、その情け容赦無さって奴がどのエピソードよりもくっきりと出ていたレヴィが、アニメーションでは1人の膝をぶち抜いたところでダッチに止められ船員達は間一髪セーフに。漫画と同じ後味の悪さを覚悟していただけに、やや肩すかしを食らった気分だったけど、悲惨な画面を見ずに済んで翌朝の寝覚めは悪くはなかった。

 極力原作をなぞり、むしろ原作よりもハードな描写を取り入れて見せたりする片渕須直監督にしてはな改変が、果たして放映サイドのご意向なのか、それとも演出側の矜持なのかは不明。ダッチたちをはめようとしたギャングが椅子にくくりつけられた格好で、バラライカに吹き飛ばされるシーンはそのままやったから悪党には容赦なく、けれどもカタギは丁寧に扱うって線引きが一応は出来ているのかも。とりあえずはブラッドバスを作ろうとして見せただけで、レヴィの見た目はただの鉄砲好きな姉ちゃんだけど、心にはロックなんかじゃ想像も及ばない深い闇が広がっているってキャラクター設定だけは維持されたんで良しとしよー。武器庫に逃げ込み機銃を装備しようとして手に付かない男を見下ろすレヴィのカットジーンズから少しのぞいたハーフなヒップが丸いです。

 起きて「フクダ電子アリーナ」へと向かう途中で「スポーツニッポン」なんかを購読。久保竜彦選手のコメントなんかが出ていてまるで体力がもたなかったなんて話を聞くにつけ、日本代表のワールドカップも開幕を1カ月以上も残して終了したって感を強くする。試合でここんところフル出場していないくらいに体調が悪く、ゴールもほとんど奪えていない運気下がり目のフォワードが、これからの1カ月でコンディションをアップさせ1試合をまるまる戦えるくらいに体力を回復するなんてことがある訳ない。あれば奇蹟だけどそんな奇蹟にすがって勝てる場所じゃないよワールドカップは。上り調子の若手が運気を活かしてゴールを連発してもそれは奇蹟とは言わない。実力が発揮されただけ。死んでる人を生き返らせるよーな奇蹟は絶対に起こらない。

 だから真っ当な監督だっら久保竜彦は今回のワールドカップから外すか、例え選ぶにしてもスタメンから外して最後のパワープレーとかでその高さを使うってことになるんだけど、腰と足が故障気味な久保選手にそんな体力を削るよーなプレーが可能とも思えなからやっぱり日本でおとなしく静養して、再開後のJリーグでの活躍を願うってのが久保選手にとっても、日本のサッカー界にとっても素晴らしいことなんだけど残念なことに今の代表監督は、個々の選手の寿命とか日本のサッカー界の発展とか、一切気にせず脳内で「サカつく」を4年もやっては一向にビッグクラブを作れない人だからなあ。困ったなあ。やっぱりこれからの2カ月は記憶から消去して、7月以降に立ち上がる新代表への期待に胸を膨らませるか。最初の試合って何時になるんだろー。

同じようなシュートを大野は阻まれ鈴木は決める。落ち着きの差かそれとも大野の落ち着きすぎか  到着すると雨も上がって「なでしこスーパーカップ」は絶好のサッカー天気の下、リーグ戦と全日本女子サッカー選手権をともに優勝した日テレ・ベレーザに準優勝続きだったTASAKIペルーレが挑む試合に。リーグとカップの勝者がぶつかり合うって興味からはやや外れてしまったものの、来週から始まるリーグ戦を前に双方のチームの仕上がり具合を確かめるのには絶好のゲームってことで、とりあえずは米国戦を経てチームに合流した「なでしこジャパン」のメンバーを多く抱えるベレーザが、そこでの成果をどこまで発揮してくれるのか、関心を持って見ていたけれどどーもこれが宜しくない。

 どうも球離れが良くない。持つとドリブルで突っかけては2人3にとつめて来るペルーレのディフェンスに囲まれ奪われる繰り返し。周囲の走り出しの悪さがボールを持った選手の孤立につながってしまうよーで、仕方なく戻してはビルドアップしよーとするもののサイドに開いてもそこから前へと走り込んではクロスを上げる形にはならず、中央突破を仕掛けよーとしてやっぱり囲まれ奪われ反撃を食らう展開が延々と続く。全体にパスが弱いのも気に掛かる。緩くて届いた時にはつめられ奪われる。サイドチェンジも届かない。体力強化が進んでないのかなあ。

 対するペルーレもサイドまでは運べるもののそれを中央へと戻す動きが足りず決定機を作れない。1本、惜しいシュートがあったものの小野寺志保選手の腕一本で弾いた好守に阻まれ得点を奪えず、逆に前半途中で投入されたボンバー荒川恵理子選手のキープ力に大野忍選手の突破力から幾度となく1対1の場面を作られる。とはいえそこはペルーレのキーパーが足を伸ばし手を出しては1対1の場面をことごとくセーブ。大野選手なんか何本の得点を阻まれたか。あそこを決めていれば軽く突き放して勝利できたんだろーけど、ちょっとの迷いがキーパーの守備を生んでしまった感じ。失敗が続けば流れは相手に向くのが勝負の常。抜けだした鈴木智子選手がゴール前から小野寺選手のサイドをついてゴールにボールを流し込み、ペルーレが貴重な1点を奪いそれが決勝点となってカップ戦に勝利する。おめでとう。

 主力選手の合流が遅れて連携を熟成させる機会がなかったのかもしれなベレーザ。とはいえ全体に走りの足りない感じは兄貴分の東京ヴェルディ1969とまったく同じ症状か。ヴェルディも中盤でのポゼッションは良いんだけどサイドを走って崩して攻め立てるって感じがなく、固い守備ブロックにはばまれ得点を奪えないままずるずると負けていくパターンを繰り返している。ベレーザも大野選手や荒川選手の個人技で突破は出来てもそれくらい。サイドの中地舞選手や川上直子選手の鋭い上がりからの攻撃とか、近賀ゆかり選手のいやらしいドリブル突破とかが加わってこないと固い守備を誇る相手にはちょっと苦しい闘いが続くかも。とはいえやっぱり合流の遅れもあっての不調と考えるのがここは妥当。連携が取れてくれば圧倒的な攻撃力でもって向かう所敵なしのベレーザを見せてくれると信じよー。行くぞ開幕戦。けどナビスコカップのジェフ戦も見たいなあ。迷う迷う。


【5月13日】 国民の義務らしーので秋葉原へと出向き「ゲーマーズ」で「ハレ晴れユカイ」を買って国民の義務を果たす。2階のDVDと新作CDを売ってるフロアの一角に平積みされて周囲にはポスターがびっしり。昨日まで売り切れていたのを仕入れて朝から並べて積み上げたんだけど、それでもすでに結構な数が売れた模様。前の「ハッピーマテリアル」の時は何か一部が盛り上がっている感じだったけど、今回はファンどころか店も含めて秋葉原全体が、「ハレ晴れユカイ」をオリコン1位に押し上げようって意気込みで売りまくっている感じ。こいつはもしかすると本当に1位になってしまうかも。

 あのひたすらに顔と顔が繰り返し延々と近寄るだけの、凄まじくも苦々しかったオープニングへの違和感があったことに加えて、キャラクターごとに歌い手を代えて毎月のよーに同じ楽曲のCDを出して来る音楽会社の戦略にも鬱陶しさを覚えて、そんなアニメを持てはやし、そんな音楽会社の企みに易々と乗って動くファンのどこか独善的な行動を支持できず、「ハピマテ」に関する活動には、どちらかといえばネガティブな感情を抱いていた。

 それがどーして「ハレ晴れユカイ」ではお祭りに参加するかとゆーと、理由は単純、あの素晴らしい「鈴宮ハルヒの憂鬱」のエンディング映像に感動したから。好きなら買うしかないってことで、違和感も異論もなしに参加させて戴くことにした次第。だいたいが放映されるやすぐさま全世界的にコピーが出回り、大人から子供からフィギュアスケーターからガンダムに至るまで真似する奴らが大量発生。おそらくはカリフォルニア州の郊外に住む若い青年が、部屋でビデオカメラに向かい振りをまねたダンスを踊って見せる映像なんかが登場したエンディングなんて、過去に果たしてあっただろーか。

 つまりはあのエンディングが、国境を越えて影響力を及ぼすくらいに凄まじいインパクトを持っているってことで、そんな映像の存在がCDの話題とともに広まって、より大勢の人が目にした結果生まれるあっけらかんとして楽しい世界の登場を、想像するだけて楽しい気持ちになってくる。ブームとなって例えば「モーニング娘。」の舞台で全員があのダンスを踊りだし、「SMAP×SMAP」の歌のコーナーでキムタクが中央でくるりと回転し、果てはディスティニー・チャイルドがあの圧巻のボディで「ハレ晴れユカイ」を唄い踊る日は果たして来るのか。来て欲しいならまだ間に合う、行こう秋葉原へ、そして買おう、「ハレ晴れユカイ」を。ホントはオープニングの「冒険でしょでしょ?」の方が好きなんだけどね。

 帰宅すると届いていた時東ぁみさんの6月3日に原宿アストロホールで開かれるライブのチケット。整理番号が68番ってのは果たして早い方なのかそれとも遅い口なのか。すで4月には発売されているチケットだからファンの人は既に1番乗りを狙って買ってるはず。その最後列としての約70番なら残り30人くらいが遅れて買って当日に50人くらいが来ても150人くらいだから、400人のキャパをスタンディングで持つホールが満杯になるってことはなく、間近に見られて目一杯に踊れて飛べてる楽しいライブになりそー。頑張って振り付け覚えなきゃ。って本気で行く気なのか自分。原宿なんてオシャレさも頂点を極める場所へと乗り込み息が詰まらないか。来るんじゃねえとタトゥーを入れた兄ちゃんにこづき回されないか。怖いよお。心配だよ。精一杯にオシャレをして行こう。Tシャツはちゃんとズボンから出して。

 5歳の時の三島由紀夫割腹はまるで覚えていないけど、7歳の時にあった浅間山荘事件はテレビ中継で見ていて割にはっきり覚えている。今にして思えばあの巨大な鉄球が山肌にある別荘の壁を打ち壊していくシーンが、学生たちを中心にした勢力による社会や政治に対して熱く反抗していた時代の終焉を象徴していたりするみたいなんだけど、ともあれ僕が大学に入った年にはすでに学生運動の余波すら学内にはなく、時折トマホークが大変なんですと行って授業に乱入して来る化粧っ気のない女子とかいたり、ムカデ競争にしか見えない少人数が行列を作って学内をジグザグ行進していたりする程度で、中部地区では1番くらいに過激さを残していると言われていてこれなのかって、肩すかしを食らった記憶がある

 7歳上の鴻上尚史さんだったら、東大闘争とかあった時代にはすでに10歳くらいになってて、74年の三菱重工ビル爆破事件の時だともう高校生で、前後した日本赤軍が関与するハイジャック事件なんかもきっと強く印象には残っているだろーけれど、でもそれは過激派による活動であって別の次元の出来事で、同じ境遇にある学生たちが集まり徒党を組んで何かと戦っていた学生運動はすでに学校から消えていたみたいで、残り火のよーにちろちろと燃える活動家たち姿を見かけ、シンパシーを抱きながらもそれに染まることはなく、演劇へとのめり込んでは今へと至っている。

 とはいえ影くらいしか残っていなかった僕らの世代に比べれば、形も多少ながらまだあった時代の空気を吸った鴻上さんの場合には、より強い”取り残され感”って奴があるんだろー。だから「ヘルメットをかぶった君に会いたい」(集英社)って体裁上はフィクションとなっている一種の私小説を書いて、そんな時代に対する自分の感情って奴を吐露して見せた。最近になってテレビに流れるよーになった、懐かしのCD選集だかの通販番組でバックに流れる映像に映っている、ヘルメットをかぶって微笑む女性がいた。その女性に半ば一目惚れした鴻上さんが、今は相当な歳になっているだろー彼女が何をしているのか、消息を訪ねて歩くってゆーのが「ヘルメットをかぶった君に会いたい」のストーリー。

 何故一目惚れしてしまったのか。演出家ならではの人を見る目で女性の笑顔に惚れたって部分もあるんだろー。けれども、その後に巻き起こった凄惨な内部対立から受ける、暗くて厳しい学生運動への印象とは相容れない、まるで厳しさを感じさせない少女の明るさって奴に、どーしてそんな顔を出来るんだろうって不思議に思った方が、執筆の理由としては大きそう。あるいはそんな笑顔がこぼれるくらいに、あの喧噪の時代にだって人を引きつける何かがあったのかもしれず、自らは立ち会えなかったその時代への憧れめいた感情も根底にあって、ヘルメットの女性が気になってしまったのかもしれない。

 とはいえ当時の学生が定年を迎え始めるこの時代に、おいそれと学生運動でヘルメットをかぶっていた女性が誰かを言えるものでもないらしく、連載で消息を訪ねても、写真を編集者経由で配ってもなかなか良い反応は得られない。そんな中でぽつりぽつりと集まってきた情報から、鴻上さんは女性が今も存命な上にいろいろと厄介な立場にあることを知る。同時に匿名の手紙やファクスも届くようになって、自分にとっては懐かしさと憧れの感情を持った当時の喧噪が、当事者たちにとっては今も続く闘いの一幕であって、決して興味本位で取り上げて良いものじゃないって脅される。

 それでも、というよりだからこそ学生運動をやってた女性の居場所を突き止めたい、一言でも良いから話したいとゆー鴻上さんのこのスタンスは、傍目にはどこまでも興味本位にしか見えないんだけれど、かといってそこに現在の学生達の不甲斐なさを指弾し、政権や権力の強引さに対する反意を示す言説を延々と書き連ね、翻って当時はってやって理解を求めたところで説得力は生まれない。当事者ですらない世代による空想の学生運動への憧憬に、上の世代は反発を抱くし、下の世代は無関心を貫く。

 そこに美貌の女性に一目惚れして、彼女と話しがしたいんだってゆー、極めて私的な動機を付けることによって、鴻上さんがあの時代を探求する理由が生まれて来る。どうしても会いたいんだって想いの強さが前面に出ることによって、政治的だったり社会的だったりすることにあまり興味のない人でも、この本が紡ぐストーリーに関心を抱くことができる。その上で、自分のあの時代への感情を描き、今の状況への苦言を盛り込んだストーリーの中で、読む人はじんわりと今の恐々への懐疑を育むことになる。声高じゃない、低い目線から過去を斬り今を衝く啓発の書。それでもって映像の女性に恋心を抱いた中年男の、彼女を訪ねる心の旅ってゆーラブストーリーでもある不思議な書。7歳で浅間山荘に触れた僕でぎりぎり、残る喧噪への残り香を嗅ぎ憧れを抱いた鴻上さんの心情に理解を示せるかって所なだけに下の世代が呼んで何を思うか知りたい。


【5月12日】 聞いているか映画ファンドとやらを組成して一儲けしたいと企んでいる証券会社のハゲタカ共よ。カモが食いつきそうな企画をそれも世界的な監督が自らやりたいって手を挙げて資金を待っているから今すぐにファンドを立ち上げろ。世界中から30億円ばかり集めて注ぎ込め。そうすればとてつもなく今時な映画が出来上がっては「タイタニック」だって「千と千尋の神隠し」だって上回る興行収入を上げてガッポリと分配金を稼げるから。

 「月刊アニメージュ」2006年6月号掲載の「押井守の映像日記」。そこで世界の押井が訴えている。「J2で下位に低迷し、解散も囁かれる『FCグランスパ熱海』・吶喊主義のストライカーに、制御不能のドリブラー。元レスラーのセンターバック、乱視のゴールキーパー、八百長の前科のあるコーチに拝金主義のオーナー等々……選手もフロントもクズばかり。そんなチームに、颯爽と現れて人心を掌握し、チームを一部昇格に導く無名の監督。モデルは勿論、ジョゼ・モウリーニョです」

 「男子高校生のシンクロや女子高校生のビッグバンドより遙かに面白いと思うんですけど。誰か僕に撮らせてください」。撮らせてあげてください映画ファンドのみなさま。今が旬なサッカーネタですよ。でもって日本人の大好きなクズチーム再生物ですよ。絶対に受けます入ります。なおかつ監督が世界の押井。リドリー・スコットだって見に来ます。見てハリウッドでの再映画化権を買い取り100億円かけて映画化して1000億円の興行収入を上げて原作料をがっぽりともたらします。きっと主演はケビン・コスナーです。何故って元ネタがコスナーの出世作になった「さよならゲーム」だから。

 どうです? やるべきです。やりましょう。やりなさい。なあにサッカー物だからってロケとかあって制作が滞るなんてことはありません。スタジアムを借りたり観客を集めたりする必要だってないんです。その辺にいる人を写真に撮ってコンピュータに取り込みパタパタ動かすオシメーションで作りますから。セリフは全部山ちゃん山寺宏一さん。どんなタイプの選手だって監督だってコーチだって7色どころか11色のボイスで全部完璧に演じ分け、ついでに対戦相手だって演じてしまうだろー。見たいなあ。とか言ってたら本当に企画が立ち上がって動いていたりして。真っ当な実写だったら監督役は誰だろー。役所広司じゃあないよなあ。岸部一徳だったら不気味すぎるか。豊川悦司。ちょっと雰囲気あるかも。うーんやっぱり見たいなあ。

 カルビーから発売になった「サッカー日本代表チップス2006年版」を2つ買って1枚目が福西崇史選手で2枚目が高原直泰選手とゆーのはやはり屈辱か。福西選手についてはその屈強さを軸にした中盤の底での活躍を認めない訳じゃないけれど、ミスター100%と言われどんなにゴール前の好機であっても100%外すと揶揄されたスシ・ボンバーが、「代表」のそれも「06年版」に当然のよーに入っているのは納得できない。

 けどでもやっぱり入って来ちゃうんだろーなー、ドイツ語通訳として、選手が選手村から買い物に行くときに役立つってことで。つーかどーせ出られないんだし、移籍も考えているってゆーならとっと帰国してキリンカップの1試合でも出場すれば良かったのに。でもってそこでそれなりな相手のブルガリアとスコットランドを相手にミスター100%ぶりを見せつければ、代わって上がってきた誰かを堂々と代表に選べたのに。もちろんジュビロ磐田の在籍時に見せてくれた圧倒的な得点力を、ブルガリアにスコットランドを相手に披露してくれたのなら文句無し。堂々と選ばれカードにもなりパニーニのワールドカップトレカにも名を連ねてもらって構わなかった。

 けどでも来ない。間際の親善試合までそのパフォーマンスを確認できないのがやっぱり腹立たしい。この腹立たしさが果たして更にアップするのかそれともスカッと解消されるのか。15日。いても立ってもいられない。それよりゲン直しに次のカードを手に入れないと。出ないかな村井慎二選手とか阿部勇樹選手とか巻誠一郎選手とか。これで稲本潤一選手のカードとか出たらやっぱり鬱々とした気分になるのかあ。鈴木隆行選手が出たらどんな顔をしたら良いのやら。

 日本のトラッドはオンワードに集う、かあ。「ニューヨーカー」のブランドを販売しているダイドーが「Jプレス」なんかを取り扱っているオンワードと提携して子会社に。「POPEYE」なんかでトラッド特集が組まれる際に、「ブルックスブラザース」と並ぶアイビーリーガー御用達のブランドとして頭に強く高級感を擦り込まれながらも、何故かあんまり食指が伸びなかった「Jプレス」に比べると、「ニューヨーカー」は親の知り合いから稲沢にある工場での大規模社員販売会の案内が廻って来ていた関係で何度が出向き、スーツやジャケットやシャツやパンツやネクタイや諸々を買い込んでは、着込みトラッドにどっぷりと浸っていたブランドだったりする。

 それだけに愛着もあり関心もあったけど、世間的にはやっぱり「ブルブラ」「Jプレ」に「POLO」といった有名ブランドには知名度で叶わなかったんだろーなー。とはいえダイドーだって「ブルックスブラザースジャパン」の株式の49%を持つ日本での展開会社。これを傘下に入れたってことはつまりオンワードは2つの大きなトラッドブランドを手中に収めたってことになる。これで「VAN」まで加わったらトラッドの3大ブランドが勢揃い。ちなみにヴァンッヂャケットはちょっと前に報道されたよーには倒産なんかしてなくってちゃんと経営を展開中。だから今すぐに買収ってことはなさそー。

 それにしても多彩なブランドだったらまだしも、アメリカントラッドって同じブランドを1社がグループ内に持つのって経営効率的にどーなんだろー。センターベントとフックベントで違いはあっても似たネイビーのブレザーなんかを作っていたりする2つのブランド。これを別々に展開していくのっては非効率のよーな気もしないでもない。だったらどっちかを辞めてしまおうって話になったりしないか心配だけど、裏地の端に赤いラインが走っているのが好きって人だとか、ボタンダウンはブルブラのポロカラーシャツでなきゃって言う人だとか、それぞれに根強いファンもいることだし、これまで通りに「ブルブラ」「Jプレ」として展開していってくれることを願おう。どっちももはやあんまり着ないんで、関係ないっちゃ関係ないし。


【5月11日】 ああ村井。おお村井。村井慎二選手はやっぱり前膝十字靱帯断裂だったみたいで中継の時に見たスローの映像で、膝がぐにゃりとあらぬ方向に曲がり捻れていたのを見て、これはやっているなあと想ったら案の定、ぶっちりといってしまっていた。そりゃスピードのあるクロスを入れさせたら3バックの前に左のミッドフィルダーとして置かれるアレックス選手の方が上かもしれないけれど、時折ライン際に地蔵おごとく仁王立ちしてボールをもらいそれから前へと動き始めるプレーでは屈強な相手は削られそうでなくても囲まれ止められてしまう。

 村井選手の場合は元が試合自体が罰走の連続みたいなオシム監督の所で中との連携を計りながら前へと走り込む仕事を任されていたこともあって、時間をかけずに相手のゴールライン際までボールを運んでそこからクロスを入れたり相手ディフェンダーにあててコーナーキックをもらったりできるし、そこなら奪われたって守りを固める余裕はある。中田浩二選手にそーしたプレーが可能なのか、しばらく見てないから分からないけどそうでないなら村井選手をアレックス選手がドン詰まりになった打開策として入れるなりできただろー。

 けどそれも今となってはそれも夢。せっかく移籍までして掴んだ候補として呼ばれるポジションが、半年のブランクの後で残っているのか分からないのも辛い。ジェフユナイテッド市原・千葉に残っていたらあるいはもっと早く呼ばれ、ジーコ監督の脳内序列も高い所まで上がって選手選考の間際にあせることもなく、余裕で試合に臨み気負った果てに怪我を負うなんて事態にはならなかったかなあ。もっともジェフ千葉的には左で山岸智選手がスピードとテクニックを開花させて来たし後に楽山孝志選手も控えてる。村井選手がいたらたぶんそうはなっていなかったことを思えば移籍自体は将来のライバルを生みつつ全体の底上げにつながったんだと捉えて、今は早い回復と復帰を願おう。

 積み上げられたのは6万冊とも8万冊とも言われる「ハリポタ」の山。倉庫がだだっぴろいものだから、遠目にはそんなに圧倒される感じはないけれど、脚立に昇って上から見下ろすと遠くまでずらりと並んだ「ハリー・ポッターと謎のプリンス」の山にはただただ圧倒されるばかり。日本の人気ある小説家が書いた渾身のエンターテインメントであっても、初版でその山の半分も今時刷ってもらえないだろーことを思えば、積まれた山がアマゾンジャパンが予約として出荷する一部でしかない「ハリポタ」ってシリーズが、どれだけ凄い人気を誇りまた本にかかわる事業者を潤しているかが分かる。マージンが低いとか返品リスクがデカいとかって話もあるけど、数がざばければ総額も大きくなる訳だし。

 市川にあるアマゾンの倉庫まで行きそんな「ハリポタ」の”出荷式”を見物。静山社の社長で翻訳者でもある松岡佑子さんが新刊の表紙と同じエメラルドグリーンのマントに帽子で現れては、最初の1冊に手書きでメッセージとサインを入れたカードを添え、特製の巾着袋に入れてから段ボール箱に封印していた。これが誰に届くかは不明とのこと。届けるのがこれまた松岡さんだったら面白いけど、「エネミー・ゼロ」を手ずから届けた飯野賢治さんじゃないからそこまではしなさそー。でもマントを羽織り長時間の撮影にも始終笑顔を絶やさず応じ続けるサービス精神は流石というか、メディアに対して好意的にふるまうことで、メディアからも好意的に思われ好意的に報道してもらえてそれが結果としてネガティブな情報を減らして人気の継続と売上の安定につながると、多分分かっているんだろー。

 これだけ山になっていれば帰りに1冊、なんて不埒なことを考えたくもなるけれど、そこは秘密がいっぱいなアマゾンの倉庫だけあってそーやって出ようとすると上からレーザービームで射抜かれ海兵隊あがりの警備員に囲まれ東京湾へと連れていかれる、なんてことはなくても1冊在庫が消えただけで分かる仕組みがきっとあるんだろー。倉庫内へと私物を一切持ち込めない出入りの厳重さも含めて、あれだけの分量を扱いながらも発売前に中身が露見するなんてことにはならなさそー。だから当日に買って読むしかないんだけど、前巻であれだけ性格が悪くなってしまったハリーに果たして更正の道は開けているのか。んでもって最終巻につながる盛り上がりは期待できるのか。とりあえず楽しみ。


日刊リウイチへ戻る
リウイチのホームページへ戻る