縮刷版2005年12月上旬号


【12月10日】 わしわしと原稿を作り上げて送信してから眠り起きたら午前5時半。テレビをつけて2006年のワールドカップ独大会で日本が戦う相手を決める抽選会の様子を見守る。あっちのやることで予定より開始時間が遅れているようで、ドイツとブラジルの位置しか決まっていない中をぺれやらロジェ・ミラやらヨハン・クライフといった大物たちが組分けを行う籤を引くために登壇し、日本からも中山雅史選手らがこっちはその組での位置取りを決める籤を引く係りとして上がってスタートに備える。屋外でもないのに首からストールとは中山選手、寒いのか?

 んで始まった組分け抽選会で続々と決まる強敵ブラジルアルゼンチンドイツフランスらの対戦相手に場内阿鼻叫喚、とはならないまでも相手がどこになるかは内心穏やかではないよーで、映し出される各国代表の中には与しやすい相手のいる組に入って競馬新聞よろしく手に持った対戦相手か何かが紹介された新聞を、掲げガッツポーズをする所もあった。そんな中でいよいよ日本も入ったポッド4の組分けがスタート。ドイツやメキシコやアルゼンチンの相手が決まっていく中で、ブラジルのいる組に入る国として取り出された丸いカプセルから日本の名が見えジーコ監督、落ち込むかと思ったらさにあらず表情も変えず冷静そうに壇上の様子を見守っていた。相変わらず反応が遅いだけ? いやここで小躍りしたら相手を侮辱し落ち込んだら日本を卑下するだけだと努めて冷静に振る舞ったに違いない。だよね?

 そして決まった対戦相手はブラジルにクロアチアにオーストラリア。うーん難しい。初戦でブラジルだったらエンジンのかかっていない彼らのこと、96年のアトランタ五輪の時のよーにひょっとしたら勝てたかもしれないし勝てないまでも引き分けに持ち込めたかもしれないけれど、その恩恵はクロアチアに回され日本は次回から同じアジアに入るオーストラリアが相手。ここが相手なら勝てないまでも負けないって気も去年までならあったけど、今のオーストラリアは監督があのフース・ヒヂhング。02年の日韓大会で韓国をベスト4に導き今回は瀬戸際のオーストラリアを率いてレコバのいるウルグアイをプレーオフで下し出場権を獲得した、上昇機運ばりばりのチーム。半年後にはさらに強化も進むと予想されるだけにやっぱりちょっぴり難しい。

 続くクロアチアも難敵で、ボバンもシューケルもプロシネツキもいないとは言え旧ユーゴ連邦の中でも名うての競合国。今予選もグループを首位で抜ける実力を見せていただけに容易に勝てる相手ではない。これで日本代表の監督がイビツァ・オシムだったら存在感と知名度で相手にプレッシャーをかけられたかもしれないけれど、本気モードがナショナリズムを高揚させるワールドカップの空気の中、でオシムに注がれる眼も厳しくなって傷つく人も出そうなんで、やっぱりオシムが監督でなくて良かったか。でも情報だけはオシムいっぱい持ってそう。それを願って聞き出せれば日本代表にも勝機はある。ジーコにそれが出来るかな?

 そして最後はブラジルという超難敵が。こればかりはいくらジーコが情報を持っていたって関係ない。どうせどうしようもないって情報ばかりになるんだし。おまけにスロースターター故に初戦のクロアチア戦でブラジルがしくじる可能性もあったりして、そこで負けてオーストラリアに引き分けなんてして来た日には、ブラジルも必死になって最後の日本戦に臨む可能性もあったりするから困ったもの。それまでに勝ち点で4を積み上げていられたら、引き分け狙いも出来るんだけど狙って引き分けられる相手でもないからなあ。まあ良い本気のブラジルと対戦できることを今は素直に喜ぼう。ジーコ監督にとってはそれも記念だ。ポルトガルとの対戦は今回もまたお預けかあ。フィーゴ相手にアレックスがけちょんけちょんにされる様はやっぱり見られないのかなあ。

 しかし恐ろしい組に入ったものだよアルゼンチン。相手はドログバのいるコート・ジボワールに恐ろしい堅守で予選リーグを1位で上がったセルビア・モンテネグロにやっぱり恐ろしい勢いで勝ち続けているオランダが相手。実力を出せば負けないだろーけどそれでも勝ちきるには難しい相手ばかりで、油断をしなくても1次リーグで敗退って可能性もこれまた否定できない。どこが出てきたって優勝出来る実力を持っているからなあ。この組の試合を見る人は何て幸せなんだろう。お隣韓国はフランスにスイスにトーゴが同じ組。今のフランスだったら、あるいはトーゴなら与しやすいって言えなくもなくって日本よりはまあ抜ける可能性も高かったりする。ちょっと羨ましいけど他国は他国。まずはやっぱりオーストラリアにきっちり勝って勝ち点3を積み上げよう。

 日本がブラジルと同組に入るのを見届けてから総武線で秋葉原へと出向き「Xbox360」の発売で盛り上がる様を取材……できねえ、ぶっちゃけ盛り上がってねえ。いつも並んで新型機を買ってたラオックスの「アソビットシティ」の前に午前6時50分で並んでいたのが約15人。それから開店までの10分で5人増えたかどうかってところで、オープンと同時に店内へと何人かが入りそれから順繰りに入っていったら7時10分くらいには全員が中へと収まってしまった。当然ながら店頭にいる人はゼロ。他にいろいろハードのローンチを見てきたけれど、これほど寂しいのはちょっと初めてだったりするかもなあ。「ゲームキューブ」だってもっといたぜ。

 もしかすると新しく開店した「ヨドバシカメラ」の方へと回っているのかもと考え、とりあえず本体と「リッジレーサー6」と「FIFAワールドサッカー2006」を買って(買ったのか!)手にずしっと重たい箱をぶら下げ「ヨドバシ」へと回ったもののそこにも行列は皆無。店頭でイベントらしきものをやっていたけど群がっている人は数人で、オープンに相応しい光景はそこでも見られなかった。聞くと渋谷の方にはそれなりに集まっていたよーだけど、ビル・ゲイツが来た前回程には賑わっていなかった様子。これで果たして「プレイステーション3」を上回れるのか、つか既にある「プレイステーション2」にすら叶わないんじゃないかって不安が浮かぶ。

 まあスタートダッシュをかけて失速するよりは、静かに滑り出してそれからジグジグと台数を伸ばして行けば良い訳で、続く「デッド・オア・アライブ4」とか水口哲也さん坂口博信さんといった面々の作るゲームとかが出てくれば、またそれなりにファンをつかんで台数を稼ぐことが出来るのかも。諦めないでそれだけのサポートをし続ける覚悟は今回はマイクロソフトにもきっとあると信じて様子を見守ろう。せめて「DOA4」が同時に出てればもう少し店頭の雰囲気も違ったのかなあ。まあそれをやりたい人は月末に買うから一緒か。焦らずじっくりと。していたら知らず消滅? それは困る。

 しかし重いぞ「Xbox360」。開けて本体を取り出してもさほど重くはなくって一体何がこんなに重いのかとACアダプターを取り出したらこれが業務用かと思うくらいの巨大さ。人に当たれば怪我だけでは済まないくらいの重量もあって一体何故にこれほどまでのサイズになったのか、聞いてみたい思いで今はいっぱい。熱も相当に出そうで狭い我が家に夏場はちょっと厳しそうだけど、冬場は暖房の代わりになるから良しとしよー。問題は夏か。でもその頃にはきっと飽きて電源引っこ抜いている可能性が高いからやっぱり良し。

 しばらくいじくってハイデフとやらの恩恵を味わいつつ「リッジレーサー6」のレースで3つばかり1位を獲得してちょっとだけ先に進めつつ片づけて表参道で開かれたカプコンの新作ソフトの発表会に行ったらお姉さまおばさまお嬢様が山のよーに群がっていて気圧される。目当てはイ・ビョンホンさん。カプコンの新作ソフトに登場するって話だったんだけど混乱を避けるために会場を内密にしていたはずなのに、どっかからか聞きつけてやって来たらしー。ほとんど見るチャンスはなさそーなのに「Xboxラウンジ」の前だけじゃなく取り囲む駐車場の外にも人だかりが出来ていたのは、遠目でもいいから見たいって思いからか。叶ったかな?

 そんなにまで愛されるイ・ビョンホンさん本人を見てなるほどそんなにまで愛されるのだろーと納得。いや格好良いわ。顔立ちは甘さってよりは渋さがあって目鼻立ちもくっきりとしていて大人の二枚目って感じ。そして声も低くて韓国語のあの抑揚で喋られるとそれが腹の下から胸元に響いて来る。甲高くって賑やかなしゃべりって印象が韓国語にはあったけどそれは人それぞれ、日本語だって喋る人によってずいぶんと違う訳でイ・ビョンホンさんのしゃべりは太くって穏やかな雰囲気がって聞き惚れた。ギャグとか言いそうにないってのも人が夢を抱き続けられる背景にあるのかな、日本の俳優って売れるとすぐにそっちに走って人気を取ろうとして滑り逆に寿命を縮めることがあるからね。テレビのこれも弊害って奴か。

 何でも今年は映画にもほとんどでないで次の仕事の充電期間にあてていたそーで、そーした消費されないよーに気をつける部分も日本とは違った韓流スターのスターたるゆえんか。そんな合間を縫って”出演”したのがカプコンの新しいゲームソフトで、内容はといえば舞台をどっかの星に置き、そこのエイリアンたちと戦う展開は「スターシップトゥルーパーズ」と「スター・ウォーズ 帝国の逆襲」と「装甲騎兵ボトムズ」が混じったイメージ。それにカプコンお得意の実在俳優をCG化する技術でもってイ・ビョンホンさんがCGキャラになって出演している。

 撮った画像をそもまま3D化する技術でもって描かれているから本当にそっくり。それに表情もつけるんだけど笑ったり悲しんだりしてって言われた時にイ・ビョンホンさん、どうしてそこで主人公は悲しむのかを聞いてから演技をしたそーな。なるほど俳優としては当然で、悲しさにもいろんな悲しさがある中で画面に合った悲しさを選び演じることにこだわるとゆー、当たり前なんだけどどこか日本では蔑ろにされている部分の大切さに、改めて気づかせてくれた。そんな所も格好良いし言ってて嫌みにならないもの良い。すべてに消費され消化される速度のどんどん早まる中で生き残るのは本物のみ、ってことなんだろー。単なるブームじゃなしに韓流は根付き育って世界へと羽ばたくんじゃなかろーか。負けるな日本。今はゲームをカプコンが作っているけど気が付いたらそっちまで韓国製、ってことになりかねないから。


【12月9日】 まとめて見るアニメ。「ARIA」は温泉。でもバスタオル。うぉにゃおおーん。まいっか西洋だとお風呂でもすっぽんぽんになるこたぁあんまりないみたいだし。温泉宿から水面続きで海へと至るシーンは漫画だと記憶だと割りに神秘的だったけどアニメはその辺をどきどきっぽく描いてて印象としては普通。あるいは展開を漫画で知っているからわくわく感を得られなかったのかもしれない。アニメで初めて「ARIA」を見る人が羨ましいなあ。それはアニメで始めて「ハチミツとクローバー」を見た僕の喜びにも通じるんだろー。

 アニメで初めて見た「BLACK CAT」も面白いおもしろい。原作のあちらこちらを端折り切り抜き張り合わせてゴージャスなクライマックスを創り上げたって感じ。国際会議の場所でクリードとトレインの鉢合わせが実現してスヴェン=ボルフィードの眼の秘密も明かされて「星の使徒」の面子も揃い踏みしてとエピソードてんこ盛り。それでいてゴチャつかずアニメ版としてのストーリーをとりあえずはしっかり見せている辺りに切り張りした人の腕前の冴えを見る。動きも最高で絵も安定。良いGONZOが出たって感じ。気になるのはイヴの存在感がますます低下していることだけど、アニメ版ではメインヒロイン的に登場したイヴも原作版では脇だから、それが元に戻っただけって言えるのかな。原作ファンがどう思っているか知りたいところだけど「少年ジャンプ」のメイン読者が見られる時間帯でもないしなあ。ってかしかし何でこんな時間に放映なんだろ? 勿体ないねえ。

 こっちはこの時間帯がまあ当然? 「舞−乙HiME」は碧ちゃん登場で久々の「ガクテンオーーーー!」が見られて善哉善哉。だけどキャラが前よりもちょっぴり暗めなのはお話が違うからか。でも陽子先生とは昔からの知り合いみたいだったからその点での設定はいっしょか。これで結構な数、前作からのキャラが出そろって来た感じがあるけど未だ揃っていないっていったら誰になるのかな? そういやあ晶って出てたっけ? うーん覚えてない。オープニングで未だシルエットになっているキャラもいるしなあ。あとナツキ・クルーガーが「やつ」と呼びシズルから仲睦まじさを茶化されてたキャラが分からないけど、これは誰になるんだろー? 舞衣? まあいいやいずれ分かる物語、じっくり見続けて参りましょう。

 屋台のワゴンで出回っている「ゴーゴーカレー」を拾い食べたら秋葉原の店と同じ味。当たり前とは言えあの濃い味を等しくすべての店で出すために、練られ煮られるカレールーがいったいどれくらいの量に及ぶかと想像すると口の中がまったりして来る。もしかすると全店で「CoCo壱番屋」の100店舗分くらいのルーを作れるんじゃないかって濃さに硬さがあるもんなー、「ゴーゴーカレー」のルーは。驚いたのはご飯のちょっぴり硬い口当たりと、それがお皿にぎゅっと固めて詰められた感じまでもが店で食べる「ゴーゴーカレー」と同じだったことで、その当たりを行き届かせることによってブランドおアイデンティティって奴が作られ受け継がれていくんだろー。大手町には毎週金曜日に出現する模様なので近隣にお越しの片で未ゴーゴーな人は是非に。

 ディアメルがメイド。ディアメルがメイド。フォー! なんて声が今頃世界のあちらこちらで挙がっているに違いない渡瀬草一郎さん「空ノ鐘の響く惑星で 第9巻」(電撃文庫)は戦火もとりあえず落ち着き国に帰ったフェリオやブラドーたちが王宮で舞踏会を開くことになって貴族たちが集まる中に護衛を兼ねて潜り込んだウイスタルを筆頭とする騎士たちだけど、無粋な格好ではまずいってことでライナスティは楽師の扮装をして楽団に混じって入り込む。そして美人騎士のディアメルはそのはちきれんばかりの肉体をメイド服に包んで宴会場へ。描かれたイラストでどこか恥ずかしげに身をくねらせたディアメルの可愛さに、打たれリセリナよりもウルクよりもファンになってしまったと感じ入った青少年もきっと多いことだろー。

 これ1回ってことなしに永遠にメイドの扮装をさせてやってくれれば嬉しいけど、でも戦いにくそうだからダメだよなあ。お話の方は「機動戦士ガンダムSEED」に出てきたみたいな仮面のあんちゃんの登場があり、且つその正体に相当な謎があってなおいっそうの混乱の予感。まさかとは思うけどでもあるいは。さらにフィリオの秘密も浮かび上がっていよいよ難しくなる人間関係。外交に内政に恋愛に闘争と入り乱れる様々な関係が解きほぐされた果てに浮かぶクライマックスの地平や以下に。あと数巻ってゆー完結に否が応でも期待が高まる。描き続けてくれよ。メイドのディアメルともども。


【12月8日】 素晴らしい本が出た。その名も「萌えの研究」(講談社、1500円)という本は「消えたマンガ家」の大泉実成さんが世にはびこる”萌え”なるものとは何かを探求してくルポルタージュで、何やら分かったフリをして上澄みばかりをすくい上げてはこんなものありますと見せるだけの週刊誌的ワイドショー的なアプローチを否定して、まずは踏み込みエロゲーならプレイしメイド喫茶なら赴き、ライトノベルなら「ロードス島戦記」から「空の境界」から「イリヤの夏、UFOの空」から果ては「撲殺天使ドクロちゃん」まで読み込んで、”萌え”なるものをその血肉へと取り込み咀嚼していく。

 流石に「ドクロちゃん」には食あたりを起こし気味だったよーだけど、大泉さんの10歳になる子どもはそれをことのほか喜び一気に読み終えそして続きを買って来いと親に命じたとか。なるほど感性が何より先にたつ面白い物好きの子どもには、あの徹底したギャグ精神がストレートに伝わるってことか。つーかあれをワシワシと面白がって読んでいる僕の精神は10歳児に等しいってことか。なんてことも思いつつも「萌えの研究」はテーブルトークRPGからエロゲーから「舞−HiME」「ローゼメイデン」といったアニメへと及び進んでいく。

 そんな大泉実成さんの探求の旅路の、果てにたどり着いた「この国は大丈夫なのか」という疑問の、なるほど正しくもあり的確でもあるけれど、客観的なジャーナリストの目がそう言わせても、一方で1年の取材を通じてオタクたちといっしょに”萌え”にまみれた挙げ句、身に入ったそうしたものへの理解と共感の心はもはや消え去らない。何しろかつて「新世紀エヴァンゲリオン」の綾波レイに、当時はそうとは思わずとも状況として”萌え”まくっていた人なのだ。供に滅びの道を歩み冥府魔道へと進んでいってくれるだろう。会えば語ろう、同志として。

 といった内容面への所感もさることながら、それのみがこの本を素晴らしいと言わしているかというとそんなことはまるで全然ありません。素晴らしさの大半は、表紙に登場するモデルの女の子が短いスカート姿で膝を立てて体操座りをしている写真にあある。聞けばなるほどと納得し、見れば瞭然のそのポーズが当然のよーに醸し出す”白まる見え”の状況に、書店の店頭で見た瞬間からその脳天を刺激されてしまったのです。帯に隠されてはいるけれどその表紙の衝撃度は半端じゃない。なおかつ中の表紙にもカバーの折り返しにも同じポーズの写真が使われ大小モノクロでモロに見えまくり。そんな写真を配してみせる所に流石は1年間に渡り”萌え”を探求した人たちならではの本だと深い敬意を覚える。よくやった。感動した。

 とゆーのは半ば本気だとしても、内容もまた最先端のところを実によくすくい上げている感じがある。これがリアルタイムに生きるジャーナリストと、過去の傾向から分析するアカデミシャンとの違いって奴なのか。リアルタイム性は10年経った時に同時代的な共感が得られない人が見てこれはいったい何だと訝り悩むって面があって、それを避ける意味でもアカデミズムはより本質的な部分へと迫り抽出し分析しよーとするんだろーけど、今読む今の”萌え”って意味では大泉さんのアプローチはきわめて正しく且つ確実に最先端の”萌え”に近づいているんじゃなかろーか。ほとんど知らないまでもそーした中心に迫れるのも、ルポルタージュを職業にする人の嗅覚って奴か。あやかりたいなあ。

 そろそろ発売も近づいて来たんで「Xbox360」の勉強をしよーと久々に「ゲーム批評」を買う。最新のハードは出た日に買うってことを「ドリームキャスト」以来ほぼ励行して来た身ながら今回ばかりは値段も高いしソフトも揃ってないし家に置く場所もないんで遠慮をしよーかと思っていたけれど、読んで「デッド・オア・アライブ4」のおもしろそうな雰囲気とか「リッジレーサー6」の迫力とか、発売がさらに先になりそーな「ナインティナインナイツ」に登場する美少女キャラの見目麗しさとかにこれはやっぱり買っておかなくちゃって想いもメリメリ。やや迷ってはいるものの案外に10日の午前7時あたりには、秋葉原のどっかの店に並んで手に巨大な袋を持って中央通りを歩いてそー。かくして金は飛び部屋は狭くなる。

 そんな「ゲーム批評」06年1月号だけど、昨今次第に強まりつつある「ゲーム有害論」への反論めいた記事が載ってて相変わらず頑張ってはいるなと感心しつつも、アプローチとしてどこか僕たちはゲームのことを知っててゲームが有害じゃないのにそれを知りもしない人たちが、有害だって言って攻めてきて阿呆ちゃうか的な揶揄と嘲弄のニュアンスがややもすれば見える文言になっているのが気にかかった。確かに阿呆な論調ばかりでやってられない気はするけれど、でもそんな論調を信じる大人がいてメディアがある。強固なまでに凝り固まったそんな論調を世代的には下から煽るように揶揄したところで、上は身を固め眉をひそめて拒絶し更に激しく攻撃を繰り出すだけだろー。

 ひとつひとつのトンデモな言説に対してトンデモだと揶揄しているばかりではメディアも大人も説得できない。やはりひとつひとつに専門家の反証をつけて突破していくしかないんだろー。それは遠く険しい道だけどやらなければ道は縮まらない。頑張るしかないんだよなあ。あと「ゲーム有害論」を否定するのは良いけれど、すべてのゲームが無害なんだと言い切ることの危うさもまた認識しておく必要がありそー。テレビだって映画だってゲームだって、良い影響を与えるエンターテインメントがあるなら、悪い影響を与えるエンターテインメントだってあって不思議じゃない。エンターテインメントは良い影響しか与えませんなんて、そんな勝手な言いぐさが通るはずがない。だいたい良い影響しか与えないエンターテインメントが面白いか? 違うだろー。

 チャンバラ映画を見て人に棒で斬りつけたくなったり、タレントを虐めるバラエティを見て学校で虐めが行われたりするよーに、ゲームにだって一般通念から見れば有害な事態を引き起こしかねない影響を与える可能性を持つ内容のものはある。論じられるべきはそうした年齢によっては有害になりえるゲームを、排除するんじゃなくっていかにしてゾーニングによって区切り販売可能にするかを探ること。あるいは受けた有害な影響を、人は叩いてはいけませんとか虐めはいけないことですといった別のサジェスチョンによって、無害にし好影響へと転じること。それをしてこなかったからこそ、今、有害な影響力を与えかねないゲームが突出して業界全体に悪い印象を与えてしまっているのだと、認識した上で戦っていかないと勝利はない。

 仲間に向かって同志的な意識で結束を呼びかける論として間違ってはいなくても、戦いえる言説を積み上げるためにももうひとつ、強くて届く言葉を紡ぎだして欲しいと願おう。ポケモンのアニメが光過敏性てんかんを引き起こした時に、ゲームの「ポケモン」でてんかんが起こるというデマが飛び交った、なんて当時あんまり主流ではなかった言説を枕に引いて、ゲームを攻撃する人を攻撃するのも得策じゃない。あの時は確実にアニメの作り方の問題として論じられ、故に「テレ東チェック」なんてアニメを見張る仕組みが生まれ、ゲームについては従前からしっかりとしたチェックが行われていると任天堂がすぐさま発表して、なるほどそこは流石だっていった論旨に落ち着いたんだから。


【12月7日】 マドンナが来日中で個人的にはそれなりに話題だったりするんだけど周りにいる若い人の気分があんまり盛り上がってないことに気づいて20年とゆー時間が持つ意味を改めて強く痛感する。84年とか85年ごろにある意味で最初のピークを迎えていたアーティストが今なお現役で最前線にいるってこと事態は驚嘆に値するけれど、当時に二十歳前後でそんな全盛を見た人が、同じ気分で今なお現役のマドンナと讃えても当時によーやく物心がついたばかりの人がそれと同じ気分を抱けるはずがない。

 例えるならえっと誰になるんだろー、1965年頃にデビューして一世を風靡したアーティストがいてそれに同時代的にハマった人たちが抱く思いが僕には抱けないのと同じことか。ザ・ビートルズが確かそんな世代のデビューで、解散してもなおスタンダードとして残っていたこともあってちょっぴりは感慨がない訳じゃないけれど、ジョン・レノンが射殺されたと聞いてそれがどうしたって思った記憶もあったりする。それとまあ似た感情しか今の20歳前後の人はマドンナに抱いていないってことなのかも。テレビでは買ったばかりの「フリートウッド・マック」のライブが流れててスティーヴィー・ニクックスがしゃがれた声と歳に似合わない可愛らしい仕草を見せてくれているけれど、それに感慨を抱ける世代ってのもやっぱり相当に上なんだろーな。だからDVDも売れ残って安売りワゴン行きなのか。

 ライブドアによる買収の話があって一体テレビがどれほどのものだって認識が日頃の行いもあって一般に広まって、これはまずいと公正性に公共性とやらを打ち出すと唱えてはみたものの、何十年にも渡り染みついたおもしろおかしけりゃ何だってオッケーな体質が変わるはずもなく、ワイドショーを中心に悲しい事件があれば大量に人員を投入してはプライバシーを加害者も被害者も関わらず暴きたてて悦に入る、その態度にやれやれこいつはやっぱり誰かが何かしてやらないといけないぞって思い始めた矢先。

 ダウンタウンの浜ちゃんこと浜田雅功さんが来年2月に行われる「トリノ五輪」の司会者にフジテレビが起用したってニュースを呼んでやっぱりこいつらを変えるのは不可能だって絶望感がわき上がる。半分くらいは諦めていた所があったとはいえ、自社のホームページに設けている「武田薫の激辛スポーツ歳時記」ってコラムでスポーツライターの武田薫さんに「世界陸上とTBSの姿勢」て文章を書かせて、そこで「テレビで何種目かを観戦したが、織田・中井コンビ、ひどくないか。どうして東京の、しかも陸上競技のド素人にいちいちマイクを回すのか?」と織田裕二さんの起用を場違いと非難し「他局は、これをもって他山の石として欲しい。こんなことをやっていたら、日本のスポーツ界だけがどんどんゆがんで、沈下していく」とまで言わせたフジテレビだ。「トリノ五輪」にはそんな言葉に相応しい、分かっている人材を選び配してスポーツそのものの感動を伝える道を選んで当然だって想いがあった。

 それなのに選んだのよがよりのよって浜ちゃんだ。お笑いタレントでもくすぐりではなくどちかと言えばイジリを得意とする浜田雅功さんをキャスターに起用して五輪の報道に当たらせる。いったい何が狙いなのか。というより何かを狙ってさえいないのか。まるで意図が分からない。ってゆーか正直言って分かりたくもない。言えることはもはやテレビの民放にスポーツ番組の中継なんかを期待してはいけないってことだ。技術はあるし人材もいる。やればちゃんと中継くらいはやってのける。でも上で仕切る人たちの考えがもはや時代と大きく乖離してしまっている。人気タレントを乗せておけば視聴率がとれる? 誰でも知っているタレントがインタビューに来てくれれば選手も喜ぶ? そうかもしれない。けれどもそれだけだ。そこより未来はまるでない。

 スポーツがどうして面白いのか。どうしてそのスポーツに感動したのかをそんんたタレントによって仕切られたスポーツ中継は教えてくれない。教えられるのはスポーツに精通した元競技者なり知識を持った人であり、そーした人たちの解説なりがあって人はスポーツの面白さを知り、そして次もスポーツを見ようとする。あるいは自分で始めようとする。積み重なればスポーツ番組はもはやスポーツをのみ中継することで視聴率が取れるようになる。選手たちもそんな目の肥えた人たちの前で競技することに誇りが持てるようになり、企業も人を感動させるそんな選手達に価値を見出し支援する。そうなってこそスポーツを中継する意義をメディアは持つ。

 けれども今、メディアがしているのは瞬間瞬間に興る感動をただつまみ食いすることでしかない。目の前で興った感動の上澄みをすくいあげてはタレントの知名度に結びつけて流し、瞬間のエンターテインメントとして消費するだけ。明日の感動を育て未来の感動に結びつけようとする意識がまるで見えない。それではいけないと書いた身内のホームページのコラムですら無視して、ただひたすらに目先の視聴率、目先の収益にだけこだわり突っ走るテレビが果たして向かう場所はどこなのか。答えはすでに出始めているし、これからさらに出てくるだろう。その時にはもはやどこに買収されようとも誰も守ってはくれないぞ。とりあえずは武田薫さんが何を書くか、楽しみだなあ。

 日本出版販売の中間決算発表があったんで言ったら書籍も雑誌も前年同期比からマイナスになってて意外。去年あたりちょっぴり持ち直し傾向が見えていたんだけど、それは「ハリーポッター」の新作が出たり「世界の中心で愛を叫ぶ」が引き続きベストセラーに上がって書籍市場をちょっぴりだけど押し上げたからだったんだろー。今年は売れても「さおだけ屋はなぜつぶれない」とかいった新書や文庫ばかりがヒットで売上にはあんまり貢献していないみたい。一方で雑誌もフリーマガジンの台頭で「週刊ポスト」やら「週刊現代」といった出版社系の週刊誌を中心に売上が鈍ってるのがダメージとして出てきているらしー。トーハンについては書籍はダメでも雑誌は良いからあるいは他に何かいい手駒でもあったのかな。いずれにしても書籍は厳しいみたいで作家の人は大変そー。


【12月6日】 んでもって買ってきたマドンナのDVD「ライブ・イン・デトロイト2001」を見てたら途中に褌の兄ちゃんたちが逆さ吊りにされていたり、紅白歌合戦で小林幸子さんが着るよーな横幅の広い着物を身に纏ってマドンナが唄っていたりと和風ばりばりでげらげら。刀を振り回すおっさんとかいて日本人が見たら苦笑するしかないんだけどでもそれが21世紀になってもなお残る日本のイメージ、あるいは日本に対して米国人が抱いていたいイメージなのだとしたら、それに応えるってのがエンターテインメントで成功する秘訣なんだろー。

 立場とかに関する誤解はちょっぴりあっても服装とかに関してはきわめて時代にそぐうものになっていた「ラストサムライ」の例を見るよーに、如何なハリウッドだってしっかりと考証すれば日本に関して正確な描写を持った映画に出来るはず。にも関わらず、スピルバーグがプロデュースする新作映画の「SAYURI」で中国人が芸者を演じ置屋の雰囲気が中華風なことも、そーしたイメージが彼らの相手にする世界が抱く”ジャパン”なんだってことで。

 そのライブのそんな場面のちょっと先で、大画面にビデオが流れてそこに続々と日本のアニメーションが登場して2度びっくり。見たことのある映像は今敏さんの「パーフェクトブルー」でスターになりたいと思い描いた挙げ句に架空の未麻が現れ本人を混乱に陥れるって展開は、マドンナを筆頭とする虚飾の芸能界に生きる人たちにとってひとつのトラウマでそれを感じてあるいは使ったのだとしたら、ステージをプロデュースした人はなかなかのアニメ好きって言えそー。

 ストリップ小屋で未麻が観客に襲われ犯される場面を流しそれからそれが撮影だっったと明かし上で腰を揺すっていた俳優が未麻に声をかけ、それに未麻が応える場面はセリフも入ってて、虚飾に生きる大変さって奴を見る人に感じさせる。直後に未麻が家に帰って泣くシーンもあれば完璧だったかも。それにしても懐かしい映像だったなあ。

 なおかつ「ライブ・イン・デトロイト2001」には他に「うろつき童子」だとか「装鬼兵MDガイスト」だとかも使われていたけど「うろつき」はエロい場面の借用として他が謎。「MDガイスト」なんて日本でだってそんなに知られていなかったビデオアニメがどーして使われているのか分からないけど、米国では得てしてこーゆーアニメが売られヒットしているって可能性もあるからなー。実は絶大な人気を持った作品だったりして。

 あと「メトロポリス」のマリアみたいなアンドロイドが駆け回っている映像があってどこかで見たことがあると思い悩んでいたら、アニメの偉い人たちから「ザ・ヒューマノイド」との指摘があって、調べてクレジットを見返してその名を発見。これまたマイナーな所から持って来たもんだ。それともやっぱりアメリカでは大人気だったりするんだろーか。マドンナ事態が一種のアンドロイドじみたところがあるから何か、インスパイアを受けたのかもしれないなー。

 例えるなら築地にある「ともあろうものが」と呼んでその高踏さを讃えられる新聞社の同世代の社員が月々にもらっている手取り分にもしかしたら届いていない可能性がある金額が賞与として転がり込んで来て、子会社の悲哀からか親会社と比べるとハードディスクレコーダーの最高級機1台分くらいは少ないそれを果たしてどう使おうかと悩んだ挙げ句にDVDアニメの「鴉 KARAS」を3巻分、まとめ買いして今年の冬の買い物衝動をほぼ満たす。安易だねえ。

 とりあえずはコレクターズエディションってところがちょっぴりの贅沢。それはともかくお話自体は果たしてなけなしの金を注ぐに値するものなんだろーか。「ノエイン」を見ていてカラスってキャラクターが活躍した直後に流れるCMの偶然性はそれとして、その映像の不思議なダーク感といい指で印を結ぶゴーグルの女の子(?)の愛らしさといい、見て損はなさそうって気分にはなっているけど、お話ってのはビジュアルじゃないからまだ分からない。まずは帰ってじっくり見よう。

 それよりまず先にシャナイア・トゥエインのシカゴライブのDVDを鑑賞。ジャケットの黄色いピチッとしたシャツからこんもりダブルで盛り上がった山嶺に惹かれての購入だったけど聞けばなるほどアルバムが3枚連続で1000万枚を突破するのも分かる素晴らしいシンガー。ディーヴァってあるからソウルかロックの人かと思われ勝ちだけどベースはカントリーにあって北米の人たちの魂をくすぐる曲を歌ってて、突き抜けるよーな明るさがあって見て聞いていると何とはなしに心安らいでくる。2曲目に入ってる「UP!」は坂口憲二さんと坂口征二さんが親子で出演しているCMに使われている曲でCMのどこかクスッと笑える明るさがやっぱり全体にも満ちていた。なるほどこれを使うとは選曲した人は良いセンス。気に入ったんで来日したら是非に行こう。そこでは是非に前へと突き出す盛り上がりも見せて頂戴。


【12月5日】 眠ってしまって「ぱにぽにだっしゅ」のオープニングが何だったか分からない中を目覚めて会社に向かう途中の大手町にある紀伊国屋書店に資料を漁りに寄ったら音楽DVDが1枚1050円なんて値段でワゴンセールされているんで掘り起こす。和物は今井美樹さんのクリスマスライブっぽい奴とかALFEEの86年と89年のライブとか、甲斐バンドの2001年だかそんな時代のライブとかARBのライブとかLUNA SEAのビデオクリップとかチューリップの昔のライブとかがあって心惹かれる。

 けれどもそれより洋物になかなか楽しいものがあったのでそちらをまとめて購入。マドンナは2001年お「ライヴ・イン・デトロイト」があってまずは取り出しそれから懐かしの「フリードウッド・マック」の「ザ・ダンス」ってゆーグレイティストヒッツのライブがあって確保。それからこれまた懐かしの「ザ・スタイル・カウンシル」の「オン・フィルム」ってゆー2枚組があってライブ映像にビデオクリップにインタビューが入って1050円とは嬉しい限り。20年も昔に格好良い音楽をやってたって記憶ばかりが残っているけど改めて見てもきっと格好良いんだろー。スキマスイッチみたいに。

 あとはジャケットのスリムな肢体に惹かれてシャナイア・トゥエインのライブを確保しそれからタナカノリユキさんとか蒼々たる面々が参加しているUAのビデオクリップ集を選んでこれで5点。追加すればエルトン・ジョンのグレイティストヒッツライブとか、イエスの「ロンリーハート」も含んだビデオクリップ集とか欲しかったけどあんまり買っても家が混乱するだけなんでとりあえずはこのあたりに抑えておく。ビョークもいっぱいあって欲しかったけどこの年の瀬に聞く音楽でもなさそーだからパス。

 エリック・クラプトンが友人達と演ったライブとか同じくクラプトンにジェフ・ベックも加えたヤードバーズの昔のライブとかザ・フーの70年のライブとかもあって欲しいけど見ても流石に不明な所もあるんでこの辺りはそっちが得意な人に譲ります。しかし100分以上とか平気であってザ・スタイル・カウンシルなんて2枚組243分もあって1050円とはお買い得。何でまたこんな時期にわんさとワゴン行きとなったのか? ついでにいえばプロレス関係のDVDが1枚こちらは525円で大量に出ているんで大手町近隣のプロレスマニアは紀伊国屋書店大手町ビル店の店内にあるワゴンへと急げ。橋本真也さんの在りし日の勇姿を治めたDVDもあるぞ。見るときっと泣くぞ。

 ついでに大手町ビルにある「LAWSON」でサッカー「天皇杯」の決勝戦のチケットを掘ったらSSとS席は既に売り切れ。SA席のアウェイでとりあえず抑えておいたけどこれっていったいどこのチームが出てくる所になるんだろー。鹿島アントラーズや浦和レッドダイヤモンズが残っている組合せ表では左に位置するブロックをホームとするなら我らがジェフユナイテッド市原・千葉は右に位置してアウェイになりそーで、次の10日の試合でセレッソ大阪を撃破し12月24日でおそらくは出てくるだろーガンバ大阪をうち破り、29日におそらくは出てくるだろー因縁のジュビロ磐田を叩きのめすと期待したい。

 その暁に、ジェフ千葉が国立霞ヶ丘競技場のピッチへと立ち浦和レッドダイヤモンズを相手に戦ったとしたら、これはきっと相当に盛り上がるんだろーなー。その場合に買った席は果たして黄色かそれとも赤か。国立だったらすべてを赤で埋め尽くせる動員力を持つだけにアウェイでも赤に取り囲まれやしないかとちょっと心配。名古屋グランパスエイトとかが出てきたらジェフ千葉がホーム側になる配慮があるのかな。一緒に全日本女子サッカー選手権の決勝もあってこっちはおそらくは日テレ・ベレーザが出てきてTASAKIペルーレと戦うことになりそーだけどホームはそれだとベレーザか。これはやや残念。でもペルーレも嫌いじゃないから応援しよー。元旦は今年も国立で迎えます。

 有名なのかパク・ソルミって? 韓国から「サイワールド」って実に1600万人もの会員数を誇る人気ネットワークコミュニティが日本でもサービスを開始するってんで記者発表に言ったら芸能関係も含めたマスコミが結構な数来ていてゲストに登場のパク・ソルミさんにカメラの狙いを構える姿に、ひょっとしてとてつもない韓流スタアを目の前にしているのかもと興奮したけどでもなあ、当人を目の前にしてもわき上がる興奮って奴があんまりないのは自分の好みと大きく外れていたから? それとも一般的な審美眼から見た場合にハリウッドスターと互して戦うにはまだまだ役者が不足していただけのこと? 分からないけどまあそれなりな人気者ってことだけは伺えたんで目の当たりに出来たことをとりあえずは喜ぼう。ところで何に出てる人?

 さて「サイワールド」は出てくる社長とか代表が妙に明るくってトレーナーとか来ていて喋ると場内から拍手がわき起こって何かバックに神がかった存在でもいる会社なのかと一瞬心配になったけど、1600万人が利用しているナンバーワンのオンラインコミュニティと聞いてそれならと安心。普通に韓国ITベンチャーとして立ち上がり成功したってことだと思うけど、それが果たして日本に入ってきた時に既存の「ミクシィ」とか他のサービスとかを越えて普及する可能性はあるのかが今ひとつ不明。実際に「ミクシィ」を模して生まれたSNSってそんなにヒットしている訳じゃなく、ブログで十分って人も多い中で新たに会員を引き込み有料サービスを使わせられるのかってところで、パク・ソルミちゃんほか韓流スタアの名前が大きな役割を果たすんだろー。日本でもブログがそーだったよーに。さてはてどんな普及具合を見せるのか。その後の他のサービスが日本で台頭していくヒントを探る意味でもこれからを注視していこー。しかしいったい誰なんだパク・ソルミ。


【12月4日】 オープニングなしかい。んでもって「交響詩篇エウレカセブン」は過去の思い出からかけがえのない時間を2人で過ごす意味って奴を描いてみせつつ未来に見える不安って奴を描いて年の瀬から年度末へと一気に進むクライマックスって奴の凄味をちょっぴり垣間見せる。とりあえずはボダラクの何とかって高僧がようやく登場。でもってデューイら軍隊が目論むコーラリアンの完全退治にボダラクがおそらくは目指すコーラリアンの尊重の合間を縫って共和を目指すアドロックからホランドへと受け継がれた一派との、三つ巴の構造が何とはなしに浮かび上がって来た。勝つのはどこか。ホランドなんだろーけれどそのとkにホランドの命脈は。まずは観察。

 しかし老けたねタルホ。ホランドと出会った当時の写真って奴が登場して見ると実に初々しい。その残滓をしばらく前まで露出の高い衣装ともども引きずっていたけど、ファッションを変えた途端に立ち居振る舞いからしゃべり方まで年相応って雰囲気になって来た。その相応な歳がいったい幾つなのかは知らないけれど中の人にも近い歳ってことは言えるのかどうなのか。番組の最後に目がハウスから登場のタルホフィギュアって奴が登場したけど格好が前のでピチピチしているだけに今のムチムチとの対比が目にもハッキリ。選ぶならどっち? まあどっちとも縁なんて永遠にないんだろうけれど。

 起き出して録画の「銀盤カレイドスコープ」はタズサに恋のウワサ。ルポライターにコーチと2人の男性から挟まれていたよーに見えてその実それぞれには思い人がいたってゆーおちは常套なれどちょっぴりタズサ可愛そう。脳内彼氏への怒りを口に出しては友達に突きつけて誤解される展開を、2度ならず3度重ねるお約束もテンポの良さがあって実に心地良い。脚本の巧みさが今回も光った回でした。トリノ五輪への展開とそれからピートとの関係の終焉へと向かうこれからの展開を、このテンポで見せてくれたら結構な傑作になりそー。あとは五輪のスケートシーンをどう描くか、だな。描かないってのも手だけど。ともあれ楽しみ。

 もそもそと家を出てから再びの「横浜トリエンナーレ」。開幕直後の閑散っぷりから真冬に近づく今頃は、埠頭に吹く寒風にさらされながらぽつねんとアート作品が散財して寂しさも絶頂をきわめてて、そんななかをポケットに手を突っ込み見て歩く侘び寂びの境地を味わえるかと期待していたんだけど、意外やなかなかの混雑ぶりでとりわけガキんちょのお子さまが大勢来ていてあちらこちらを動き回って鬱陶しいやら邪魔っ気やら。何でまたこんなにも色々と子どもが来ているのかが分からなかったけどあるいは港横浜の山の手辺りに住んでいる上流な方々には、子どもにアートとやらを見せること流行になっていたりするのかも。見せられる子どもはきっと迷惑だろーなー、得体の知れないぼろ切れにガラクタのわんさと置かれた倉庫にしか見えないし。

 あとはカップルの多さも意外。こんな所に来たって楽しいことの1つもないのに2人で来てはあちらこちらを見てあるくアートくんアートちゃんの多さに名古屋ではまるで考えられないアートな方々の首都圏における多さってやつを痛感する。NHKの「新・日曜美術館」なんかでも紹介されたから来てみようって気になったのかな。お陰で前に来た時にはガラガラだった展示に行列が出来てて見るのに一苦労。外にあったビール箱で作られた望楼は雨だってことで立入禁止になっていたけど、これもオープンされていたら中はきっと鴨川に10メートル感覚で並ぶカップルたちと同様に、木漏れ日ならぬビール箱漏れ日の射し込む芸術作品の中でカップルどもが1メートル感覚くらいで体育座りをしながら海を隙間からのぞきつつ語らう凄まじい光景を、目にすることになったんだろー。ああ良かった雨で。

 その足で「パシフィコ横浜」へと回って「マジック・ザ・ギャザリング」の世界選手権の最終日を見学。準決勝が行われていて残った4人のうちの3人が日本人とゆー快挙に喚起。うち1組はどちらも日本人だったんで決勝にはうちの1人が進出。もう1組は日本人とオランダ人の対戦でオランダ人が2対2のスコアから5戦目を一気に勝ち抜いて決勝進出を決めてこれで、決勝は日本とオランダの対戦になって団体戦の日本対米国と合わせて日本が大躍進を見せていた。そんなに強かったんだ日本。この5年ばかりすっかり下火になったと思っていたけどそれだけ純度も上がったってことなのかも。関係ないけど決勝に出たオランダ人、足下に何故か「AIR」のトレーディングカードの箱が置いてあったけど、もしかしてファン? 日本に来たなら是非にといって買いに回ったのかなあ、横浜駅の近くの「ゲーマーズ」とか「アニメイト」へと。親近感。

 決勝までは見ないで横浜駅前のスポーツカフェみたいなところで開かれた「オシムの言葉」の著者の木村元彦さんとアーティストで「サラエボ旅行案内」を日本で出すのに携わった芹沢高志さんによるトークショーを見物。戦時下のスポーツやアートってのはどんなかってことをユーゴスラビア当たりの状況を織り交ぜつつ語ってもらうってのが趣旨で、本来ならば是非に伺いたかったストイコビッチってどんな人だとか、オシム監督は来期も続投してくれるのかといった話は出ず、どちらかといえば包囲下にあったサラエボが芸術的にはどんな活動が行われていたかとか、スポーツは行われていたのかって話に終始する。

 まあそれはそれで興味深かったんだけど、司会の人が割りに初心者を装って一般的な情勢を聞き関心しつつ意見表明をしていく感じになったため、分かりやすさの一方で話が深い所までいかず1時間半ではやや物足りない所があった。出たばかりの「オシムの言葉」についての踏み込んだ話もなかったし。この辺は別に是非にどこかでトークショーなんかやって欲しいもの。軽く100人は集まると思うんだけどなあ、今なら。

 内容的には木村さんはとにかく複眼的な視点と思考を持とうと強調。一方の目から見ればなるほどセルビアは悪逆非道に映るかもしれないけれど歴史を遡り事情を探れば逆にセルビアが被害者だって状況も現にある。ピーター・ハントケが「空爆下のユーゴスラビアで」(同学社、1500円)なんかにNATO空爆下にあるセルビアを擁護して当時は徹底して叩かれたけれど後に正しい部分もあると認められたよーに一方的過ぎる情報は時に間違うし、意図して間違わせようとする。それをだったらどう見破るかってのはやっぱり知識とそしてすべてにおいて疑問を抱く気持ちが大切なんだろー。

 ただし相対化の果てに机上の上でどちらも悪いと言ってそれで終わってしまう評論の、それがメディアを動かし世論に影響を与えるんならまだしもアリバイ的な言及だけで終わるのはやっぱり問題なよー。だから木村さんはバルカンに行くしハントケは弾圧もものともせずいセルビアへと赴く。行動。そして紹介。その大切さって奴を強く感じさせられた夜だったけどサッカーファンはそれで満足したのかな? リストにはサッカー日刊紙なんかで女子サッカーの記事を書いている人の名前も見えたけど、来ていたのかな。


【12月3日】 折角だからと文庫で出てきた「BLACK CAT」の原作を読んでなるほとと得心。2人組の掃除家が冒険しながら敵を倒していく過程で2人の過去が明らかになり新しい仲間が加わるって一種のバディ物だった原作を、アニメではそれぞれの立ち位置から描き起こしトレインとサヤの関わりも描き、平行してイヴってキャラクターも最初っから登場させてはイヴの自覚とサヤの悲劇を最初の何話かで描いてそして、クリードとの戦いへとなだれ込ませる。よくぞ端折ってまとめたと拍手。原作ファンは違和感を感じているんだろうなあ。

 アニメがいきなりバディ物になってトレインの性格が一辺したけど、これは原作で最初っからの性格だったのか。原作が進めば昔のクロノス所属時代の暗いトレインも描かれているのかな。続きの文庫を読んでみよう。火ふき少女のキョウコはアニメだとちょっと天然入ってる感じでクロさまクロさましてるけど、漫画だともうちょっと自分ってものを持って意識して行動しているっぽい感じ。キスも意識して相手を倒すためにするのか。情報だとクロさま一途にクリードの「星の使徒」を抜けるみたいだけどアニメでもそーなのかな。主題歌エンディングとも心地よくなって来てる所なんでとりあえずは最後まで見続けよう。何話なんだろう?

 そして目覚めて向かう「フクダ電子アリーナ」は見上げるに寒空で厳しさも予想されたので、途中で寒さしのぎのためのストッキングを買って履き込み手には手袋をして電車に乗り込みまずは千葉へ。千葉駅構内の書店に木村元彦さんの「オシムの言葉」が平積みになっている様を喜び近くのカレーショップでハンバーグカレーをかき込みそして外房線を蘇我まで乗って降りて「JEFロード(仮称)」を我らが「フクアリ」へと向かう途中に「オープンカフェ」なるものを見かけたけれどこれの一体どこがオープンカフェなんだろー? どー見ても普通の民家の軒先なんだけどそれでもいろいろ品物が並べられ販売員さんが唄っている様を見ると地元で応援してくれている人がいるんだと嬉しくなる。更に盛り上げていってやって下さいな。次は何か買いますきっとたぶん。

 入場すると場内はほとんどがジェフユナイテッド市原・千葉のスペースで名古屋グランパスエイトはアウェイの自由席の半分程度に押し込められてて可愛そう。それでも上に屋根が有る関係からか叫ぶ声や唄う歌は結構な広さで響き渡ってグランパスを応援する。対するゴール裏を埋め尽くしたジェフ千葉サポーターも揃って声を挙げて”不敗神話”の継続を後押し。そんなチームの戦いはジェフ千葉がやや押し気味で幾度となくチャンスを作るものの上に行ったりバーにあたったりして決めきれない。そうこうしているうちに後半になってゴール前へと出た櫛野亮が交錯して倒れたところにグランパスの選手が詰めてボールを放り込んで先制する。

 よその結果如何では優勝の目もあるジェフ千葉にとって勝利は最低条件。それだけに攻め手をゆるめることなく林統史選手やほかがゴール前へと殺到するものの運動量の豊富さがかえって選手たちを集めてしまって混戦してしまって決めきれない。これは負けかと諦めかけた後半も44分過ぎに、水野晃樹選手が放り込んだロングスローを受け取ろうとしたジェフ千葉の選手をグランパスの選手が倒してしまってPKゲット。阿部勇樹キャプテンがこれを動じることなく決めて同点に追いつきそしてさらにカウンター気味に攻め立てたジェフ千葉の選手が、ゴール前で混乱することなくワンタッチのパスを決めてそれを坂本隊長が決めて逆転する。

 ロスタイムに2点を上げて逆転してみせたその凄さ。これがオシム監督の3年間によって培われた、最後まで諦めない強さって奴なんだろー。もっともシーズンを通してそんな強さと集中力が出ていたら、もっと勝ち点を積み重ねて独走して優勝を果たしていた訳で、最後の最後で勝ち点の1点、得点の1点の重みって奴を突きつけられたジェフ千葉の選手たちが来年のシーズン、これからの選手人生のために得た糧って奴の大きさを、噛みしめて生きていってくれることを今はひたすらに願う。ロスタイムの1点に泣いて1位から5位へと転落したセレッソの方が感じる痛みと得る糧ははるかに大きいんだろーけれど。泣けるよなあ、あれは。

 それにしても2位以下に勝ち点59で浦和レッドダイヤモンズと鹿島アントラーズとジェフ千葉とセレッソ大阪が並ぶ異様なシーズン。上位の力が拮抗するリーグのこれは底上げが進んだ現れか、それとも突出したチームがおらずドングリの背比べになっているだけのことなのか。突出したチームがいないってことは事実だし、勝てる試合で勝ちきれない弱さをそれぞれが持っているのも事実だけど、だからといってガチガチに固めて逃げ切るチームがいなかったのも事実。攻め合う試合の結構な数あってスペクタクルを味わえて見ている方としてはどの試合も楽しめた。

 これはリーグが健全に発展して来ているって現れだろー。1シーズン制で降格争いにも優勝争いにも絡まない中位のチームが出るには出たけど、それを挟んで降格か優勝のかかるチームが結構な数あって、中位のチームの相手に出てくるから試合もダレない。ある意味で世界でも屈指の面白さを持ったリーグになったって言えそー。これを来期以降も見せていければいずれ実力でも世界に互せるリーグになれると信じて今シーズンの総括としよー。さあ次は「天皇杯」だ。


【12月2日】 「BLACK CAT」はオープニングに登場の火吹き美少女がセリフ入りで本格的に登場してその頓狂ぶりを見せてくれる。可愛いけど怖いかも。キスの途中に火なんか噴かれた日にゃあ胃が焦げちゃうよ。自分だって相当に熱いだろーに。ああだから常にアイスを加えて冷やしているのか。「舞−乙HiME」はまたしても水着のON・パレードか? と思わせてひたすらな行軍シーン。ナツキのちょっとしたお色気はあったけど、それよりもまたしても仕組まれたアリカへの妨害が、謎めいた強敵との邂逅へと至らせアリカを危機へと陥れる。こんなラストは初めてだけに続く展開に期待大。なんだけどでもそこは「舞−乙HiME」だけに来週も元気いっぱいお色気ちょっぴりな楽しい場面が繰り広げられるんだろー。マシロちゃんの薄さもいっぱい見せて長大な。

 やっと見た「機動戦士Zガンダム2 恋人たち」で女性の凄さに打ちのめされる。みんな強いよとてつもなく。フォウ・ムラサメは自らの記憶を得ようと必死になりつつも出会ったカミーユ・ビダンのために命を捨てて彼を宇宙へと送る。サラ・ザビアロフは若きも子どもも手玉にとってパプティマス・シロッコという希代の梟雄のために尽くし戦う。そしてハマーン・カーン。エウゴーの危機に自らモビルスーツを駆って乗り込んではクワトロ・バジーナならぬシャア・アズナブルを名指しし己が存在を見せつけながら策謀を巡らせる。

 戦いの中で人生の選択を狭められ踊らされているだけのことなのかもしれない。けれどおそれは男たちだって同じこと。状況に諾々と従うだけの男たちとは違って、女たちは誰もが自分の想いを貫こうとして戦いに身を投じて散らす。テレビではただ漫然とひとりのニュータイプの覚醒と崩壊を眺め、次から次へと現れるモビルスーツに目移りしていただけの「Zガンダム」だったけど、富野由悠季監督はそれを女性が軸となって宇宙を動かし変えていく物語へと変えてしまった。何という手腕か。名場面と言われた演説すら抜いてひたすらに強い女性とその周囲で惑う男性を描いて見せた富野監督の未だ衰えない熱情に感嘆。第3作にして完結編の「星の鼓動は愛」ではいったい、どれだけの震える愛、散る愛を宇宙に描き出してくれるのか。期待するより他にない。

 叫ぶべきかと迷う。「シュワーボ、オスタニ!」。意味は「ドイツ野郎、残れ」。1992年5月21日のベオグラードで響き渡ったこの言葉の向けられた先にイビツァ・オシムの体が震えていた。彼はこの日、ズベズダことレッドスター・ベオグラードを破ってパルチザン・ベオグラードをユーゴ杯の優勝へと導いた。そしてそのままパルチザンの監督を辞め、そしてスウェーデンで行われることになっていた「EURO92」に出場を決めたユーゴスラヴィア代表の監督も辞めると発表した。

 理由は故郷サラエボの危機。分裂が始まったユーゴスラビアではサラエボへとクロアチアとセルビアが迫り街を包囲。そこにオシムは妻と娘を残したまま、故郷を攻める勢力の片方、セルビアにある軍のチームを率いて戦っていた。気持ちは平穏ではあり得ない。けれども職務は真っ当するのが彼の流儀。サッカーを共に戦うセルビア人たちへの憤りもない。だからこそオシムはパルチザンを優勝へと導き得た。けれどもそれが精いっぱいだった。戦火は広がりユーゴ連邦から集まった選手達の周辺にも、その影が忍び寄っている。何より故郷が戦火にまみれている。辞めるより他に道はなかった。

 その時、選手たちが叫んだ。「シュワーボ、オスタニ! シュワーボ、オスタニ!」。ザボビッチが、ミヤトビッチが叫び手を振ってオシムを引き留めようとした。その叫びに込められているものは、単に自分たちを引き立ててくれ、優勝という栄冠へと導いてくれた監督に、今再びの栄冠をもたらして欲しいと依願する打算的な感情ではない。悪化する民族間の感情の中、自らの生命的な危険すら省みず、一切の打算を廃して選手たちの実力をのみ確信して起用するオシムのスポーツマンシップに対しての限りない敬意が、その叫びには込められている。同時に激しさを増す対立の中で、なおいっそうの困難に襲われるだろうオシムを守り続けるのだという覚悟も。

 2005年12月3日。オシムはジェフユナイテッド市原・千葉を率いてJリーグの最終戦を戦う。可能性は残されているとは言えそれは限りなく低い。けれどもジェフ千葉は注ぎ込まれたオシムの教えを守り且つ倍にして返す意気込みで戦い遂げることだろう。天皇杯が残っているが3年目のオシムの戦いはこれでほぼ終わりを迎えた。4年目があるかは分からない。ただ2年目より3年目より続投の可能性は小さくなっているように見られている。選手たちは叫ぶだろう。「シュワーボ、オスタニ!」。サポーターたちも声を合わせて唱えたいだろう。「シュワーボ、オスタニ!」。僕も叫びたい。一緒になって「シュワーボ、オスタニ!」と叫びたい。

 けれども迷う。それで良いのかと。サラエボの地で迫る将来に不安を覚えながらもオシムを慰留し、果たせないまま10年近い暗黒へと突入し、それでも怯まず立ち直ったパルチザンの人々程の覚悟が僕にはあるのだろうか。勝ち続けているチームが見たい。ただそれだけの気持ちでオシムを日本の地に縛り付けていて良いのだろうかと。木村元彦さんの書いた「オシムの言葉」(集英社インターナショナル、1600円)に引かれたオシムのエピソードを読み、あの時代、あのベオグラードで「シュワーボ、オスタニ!」と声を枯らして引き留められたオシムの、それでも戦火にまみれる故郷を思い、サッカーが政治に蹂躙される悲劇を嘆いて身を引いた慚愧を想うと、己が欲望から引き留めようとすることに恥ずかしさが浮かび言葉が詰まる。

 同じ本。オシムの故国ボスニア・ヘルツェゴビナがセルビア・モンテネグロとドイツワールドカップの予選を戦う試合が行われた時にサラエボを訪れていた木村さんが体験したエピソードに心を打たれる。1300日以上に渡って包囲されたサラエボで苦難の時間を過ごしたムスリム人女性のタクシードライバーが木村さんを案内する。戦時下の苦労を語りオシムがかつて指揮したジェレズニチャルのスタジアムへと連れてきてはそこが戦場となったことを話し、ユーゴ人民軍への憤りを語る。けれども木村さんが、何故日本からサラエボに来たかのか、それはジェレズニチャルで監督をしていた男のことで来たのだと話すと彼女は言葉を詰まらせる。そして語る。

 「オシムは、あの頃、サラエボの星だった」「想像を絶する暮らしが私たちを待っていた。そんな中で、オシムが我々に向けて言った言葉、『辞任は、私がサラエボのためにできる唯一のこと。思い出して欲しい。私はサラエボの人間だ』……。そしてその後の活躍を、皆が見ていた」「間違いなく……、わが国で……、一番……、好かれている人物です」。12年も前に一介のサッカーの監督が発した言葉がサラエボ市民の、ボスニア国民の心を捉えて放さない。それだけの人物を、故国が待ち望み敵対していた国の人々が敬愛を抱き続ける人物を、ただ凄い監督だからとこの島国に引き留めていて良いのか。人々を振るわせるオシムの力を、ただジェフ千葉を強くすることだけに注がせて良いのか。だから迷う。叫ぶべきか。叫ばざるべきか。

 木村さんはあとがきに書く。「夢は、いつか悲しいオシム離日の日が近づいたら、日本のファンとともに『シュワーボ、オスタニ(ドイツ野郎、残れ)』の大合唱で翻意させることである」。その夢には100%同感だ。「お前は悔いなく人生を走っているか? 今のままでいいのか?」と励まされたような気がすることも木村さんと同じだ。しかしけれども……分からない。その日が来るまできっと迷い続けることだろう。ただこれだけは心に刻んでおく。例えスタジアムで「シュワーボ、オスタニ!」と叫ぼうとも、僕はそこに一切の打算を込めないと。

 素晴らしいオシムの存在はただジェフ千葉のためのものではない。日本サッカーのためのものであり、世界のサッカーのためのものであり、地球に暮らすすべての人々のためのもの。それが今、千葉の地でたまたま偶然に煌めきを放っているだけのことであり、その煌めきを今しばらく千葉の地から放っていて欲しい。そんな想いから「シュワーボ、オスタニ!」と叫ぶ。それが例え入れられなくても一切の怨みは抱かない。哀しみも覚えない。偉大な存在がいるべき場所は世界の至る所にあって、そこにいても彼は地球の人々と世界のサッカーと日本のサッカーとジェフ千葉のサッカーのために言葉を発し続けてくれる。

 2005年12月2日の「フクダ電子アリーナ」に巨体は立つ。鍛え上げた選手達を率い采配をふるってピッチに素晴らしい絵を描き出すだろう。その日を前に心はさまざまな想いで乱れていた。優勝できるかもしれないと期待が浮かび、これを最後に帰国してしまうのではないかと怯えていた。けれども「オシムの言葉」を読んで乱れは静まった。その激しく起伏に満ちた人生を送ってきたオシム監督にとって、目の前の優勝争いなど怯むに値するようなことではない。彼ははるかに遠くを見ている。彼ははるかに広くをのぞんでいる。それが分かった。だから今はただ見守るだけだ。心に「シュワーボ、オスタニ!」という言葉を飲み込み、手に「オシムの言葉」を持って僕はフクアリに立つ。


【12月1日】 スキマスイッチDVD売れ行き快調、サンボマスターDVD見るからに暑そう、スキマスイッチCMに曲が使われる、サンボマスター「電車男」のエンディングはまずまずだった、スキマスイッチ紅白歌合戦出場決定、サンボマスター紅白歌合戦不出場確定。ほらやっぱり世間的にはスキマスイッチの人気が圧倒的ですよまるで無縁のNHKからだってお呼びがかかるくらいです。凄いなあ。

 今年の紅白歌合戦は司会がみのもんたさんなんで年の瀬にあの黒々と光る顔は見たくないって気持ちが浮かんでいたけど、出場の決まった倖田來未さんの露出たっぷりっぽい衣装に加えてあの常田真太郎さんのアフロ頭が、大晦日にどこまで爆発しているのかを見るために、翌日のおそらくはJEFユナイテッドが出場しているであろー天皇杯の決勝を前にして、紅白を見て鋭気を養おうって気になって来た。しかしサンボマスター、どーして出ないんだろう? 出ればみのもんたさんと並んで冬の寒さを吹き飛ばす暑さをテレビから全世界に向けて発せられたのに。

 日本野球機構が12球団の名前を付けたジュニアチームを作って12月末にトーナメントを開催するってんで会見に行く。題して「NPB12球団ジュニアトーナメント」は小学5、6年生の子どもたちで12球団のプロ野球チームがそれぞれにチームを作って戦いを繰り広げ、優勝を目指すってゆー子ども版の”日本シリーズ”。チームは各球団がフランチャイズの近隣にあるチームなり、近隣で活躍している選手を集めてそれぞれの球団のジュニアとして送り込む形を今回は取ったけど、会見に出てきた事務局長の人はいずれは各球団にサッカーのジュニアユースみたいな下部組織としてジュニアチームを持ってもらって、上がペナントから日本シリーズを戦うよーに、大きな大会へと育てていきたいって願望を話してた。

 そこから見えるのは、リトルリーグから高校野球、大学野球へと進みそしてプロへと行くしかない現状のシステムを、プロとその下部組織の小学生で挟み込むってゆー構図。甲子園や神宮がメディアの煽りを受けて尊ばれる中で、高校や大学に行かないとプロになれないという図式が出来上がってしまっていて、その結果有力な学校に入るために子どもが県境を越え産みすら渡って”留学”して、地元とはまるで縁のない子ども達によるチームが産まれて県の代表として甲子園に行く状況が生まれたり、また一発勝負の甲子園で勝ち残るために連投を重ね、挙げ句に体をこわして選手生命を縮めてしまう状況が生まれて来る。

 もしも幼い頃よりプロへと繋がる可能性を持ったジュニアチームでトーナメントをこなしながらプレーを学べる機会が出来れば、連投に継ぐ連投によって重ねる無理は減る。越境までして甲子園を狙うより、近隣の球団が持つ下部組織に入って頑張ろうって道を選ぶことも可能になる。自分たちの子どもが参加している球団への親たちの愛着も湧いて球団の地元密着ってゆー戦略も大きく前進する。いずれ中学高校のカテゴリーもできて1軍2軍の試合のようなリーグがそこでも繰り広げられるようになれば、その時にはプロのショーウィンドーとしての価値が前面に出てしまっている高校野球の持つ意義にも、変化が産まれることだろー。

 12球団しかなく所属できる選手の数が少ないのが問題だけど、そこはプロ野球をさらに再編して2部3部4部といった大人のカテゴリーを設けてその下にクラブチームをジュニアも含めてぶら下げる形にすれば、カテゴリー別の大会という横軸ができあがりプロへの道という縦軸も埋まる。1球団の繁栄こそがすべてってゆー体質が色濃くあった日本野球機構がそんな、すべての野球の統括者となってあらゆるカテゴリー、あらゆるセグメントの野球を平等に応援していけるかって疑問もあるけれど、一方でサッカーがそうした体制を取ることによって、ワールドカップとゆー世界最高峰の大会を成立させている状況を鑑みるに、いずれはそうありたいって願いを持って動いているって言っても大丈夫なんだろー。果たしてビジョンが実現するのか。しないだろうなあ。何故って高校野球の否定に繋がるから。そして高校野球をドル箱にしているのは新聞社だから。反対の論陣は張っても賛成に回ることなんてしないだろうから。

 所属していた会社があれやこれやで流浪の身となりかかっていたマラソン女子のアテネ五輪金メダリスト、野口みづき選手が臨床検査機器とかを作っているシスメックに所属することが決まったそーでまずは善哉。赤血球の数とか調べる機械を作っている会社で医療業界では高い知名度があっても一般にはまず無名。それが野口さんの所属一発で大いに名をはせることになる訳で、普段はそれほどCMなんかを打たない分を出したと考えればそれほどの出費ではなく、尚かつ絶大な評判の得られる訳だからこれは巧くやったと言えそー。

 そんな宣伝効果よりも上に見たいのが医療機器とゆースポーツに密接に関わる分野の業界がスポーツを支援する姿勢を見えたって点。CSR(企業の社会的責任)って奴を企業の価値に見る動きが強まる中で、そーしたことを実践として行っている会社ってイメージを高めることが出来る。社員にとっても大いに励みになるだろー。同じ医療検査機器の業界では心電図の分野で有名なフクダ電子がサッカーのジェフユナイテッド市原・千葉が本拠地にしているフクダ電子アリーナの命名権を獲得して、一躍名をはせた。

 これも商品を宣伝して買ってもらおうって意味合いよりもCSRの一環として企業のスポーツに対するスタンスを見せることで、広く認知してもらおうって意味合いが強かった。アリーナにAED(自動対外式除細動器)を11台も導入して、心臓が細動を起こし命に危険が及ぶぶ可能性があるかもしれない事態を防ごうとしている。サッカーで心臓が止まり亡くなった選手もいた訳で、そーした事故の減少に取り組む姿勢を見せてくれたことはそのまま、サッカー好きスポーツ好きのフクダ電子への評価につながっている。翻ってシスメックも血液とゆー人間に、スポーツ選手に欠かせないものを調べることを生業としている会社で、野口選手とのコラボレーションを通じて血液の問題に対する取り組みを見せてくれれば、それがそのまま会社の評価へとつながっていく。選手も会社も消費者もすべてがウインウインウインとゆー素晴らしい関係。マイナスイオン絡みの製品の広告塔でしかない某選手と比較してしまうなー。だったら直前まであれやこれやな会社の広告塔だった罪も浮かぶけど、今それを言っても始まらない。今度の会社ですべてを払拭して活躍して欲しいと願おう。


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