縮刷版2004年12月中旬号


  【12月20日】 会長だ。って言われたって物語内物語に設定と簡単なストーリーのみ出てくる「くじびきアンバランス」の会長の、立ち居振る舞いなんてまるで想像がつかないから学園祭の部隊で会長とこ律子・キューベル・ケッテンクラート(だっけ?)のコスプレをした咲がどこまで会長とそっくりなのかは分からなかったりするけれど、それを会長と誰もが認める所から逆算をしておそらくはそんな立ち振る舞いをする人なんだろうと、散りばめられた情報から物語内物語を組み上げていく楽しみってのがあるんだろー「げんしけん」。テレビ版でも咲さんの会長は格好良かったです。

 ってか動いて喋る分だけ迫力が増してたねえ。発売になるDVDにまるまる入っているってゆーアニメ版「くじびきアンバランス」にきっと出て来て動き喋る律子・キューベル・ケッテンクラートとどこまで似てるか似てないかを比較できそうで楽しみ。一方でそうやって”決定的”な情報が増えていくことで想像の余地が狭まるのはちょっぴり寂しい所。贅沢って言えば言えるけど。アニメ版で咲がコスプレを嫌がって逃げ出し吉祥寺の裏路地の食堂で親子丼を食べてた所を高坂に捕まったって話をちゃんと映像化したのは、それを喋りでやると説明っぽくなるからか。次回でとりあえず最終回っぽいけど第2期とかあるのかな。荻上が出ないのは寂しいし、コミフェスでの動く高坂の橘いづみコス見たいし。

 「エル・ゴラッソ」の12月20日/21日号では「なでしこジャパン」の対チャイニーズ・タイペイ戦がちゃんと取り上げられていて嬉しい。試合の経過もちゃんとしてるし大活躍した宮間あや選手をピックアップして紹介している所にも好感。ネームバリューで澤穂希選手をのみクローズアップして足れりってメディアもあったりする中でちゃんと目配りをしているのは流石専門紙。できれば評点でそんな宮間選手にハットトリックの大野忍選手、ボンバーな荒川恵理子選手と並んで最高の7・5点をもらっている我らが酒井與惠選手についても詳細なリポートが欲しかった。中盤の守備的ミッドフィルダーって浮かばれないなあ。マケレレもそうだったしなあ。とりあえず「週刊サッカーマガジン」「週刊サッカーダイジェスト」が土曜日の「なでしこ」の試合をどこまで扱っているのかに注目だ。

 何故カレー? って聞かれればきっと好きだから、としか答えないんだろー萌恵サマがいったいどーして針金を使った記憶操作術を自在に操れるにも関わらず、街を平気に闊歩しているのかがあんまりよく分からなかった吉田親司さんの「MM 記憶師たちの夜明け」(電撃文庫、670円)はワイヤーを使って能にアクセスしては記憶を自在にいじることが出来る力を持った女性と彼女の卵巣を使って作り出された少年が、若い母親とその息子とゆー歳まで育ち今な追われながらも一方でパラレルワールドな日本へとやって来て、記憶屋ってゆー人の記憶をいじる商売をしながら日々を送っていたって設定の物語。14歳で母親になったって所が大学生にして娘のいる父母が出てくる「DADY FACE」に感じ重なる。

 とは言えお話はまるで違って組織の追撃を逃れて日本で商売を営んでいたその記憶を操作する力をもった母親と子供が、仕事に行った先で拾ったカレー大好き少女。名を萌恵とゆー彼女はただの被害者ではなく不思議な能力を持った人間で高飛車に自分を崇めた手祀るよーな雰囲気をクラスに作り上げては記憶屋の少年に警戒感を抱かせる。いった彼女は何者なんだ。って疑問もふと浮かぶけどそっちよりも母子を狙う組織の魔手がいよいよ2人に迫ってきてもう大変。そこに萌恵サマも絡んで戦いの火蓋が斬って落とされるけどそこは屈指のMMだけあってハッピーなうちにドタバタを終わらせつつ、次への引きをつくって興味を持たせる。暫定政権も終わって立ち上がった最強の敵にどう挑むのか。続きがとっても楽しみ。摩周美沙さんのグラマラスな姿態に今再び見えられることも含めて。

 「さすがの猿飛」の画期的な巧さに驚嘆してからえっと20年? 25年? とにかくそんなにも月日が流れた中で細野不二彦さんは消えるどころかますます存在感を高めて数々の連載を持つ人気漫画家の地位を確固としたものにしていたけれどベストセラー作家というにはちょっと違う、どちらかといえばそこにいいて安心的な人かと思っていたらとんでもなくって1990年から連載が続いていた「ギャラリーフェイク」は知らないうちに単行本が31巻まで来て累計の売り上げも1000万部を突破と、立派にベストセラー漫画家の仲間入りをされていた模様。上には1億部の人とかいるからケタが違うけどそれでもあの小難しい内容で1000万部はちょっと凄い。「パイナップルアーミー」の頃は巧いけどマイナーな感じがあった浦沢直樹さんが「YAWARA」「HAPPY」を経て「モンスター」で爆発したよーに小学館系の漫画家って不思議と息が長いです。「少年マガジン」出で20年前から残っている人って……蛭田達也? 残っているっていうか同じ漫画、続けてます。これはこれで凄すぎ。

 んでその「ギャラリーフェイク」がアニメーション化されるってんで会場も作品に相応しくしつらえられたホテルオークラ横の「大倉集古館」へとゴー。かの大倉喜八郎が集めた日本画とか仏像とか工芸品なんかを集めて並べた美術館だけどこの日はショーケースの中に細野さんの生原稿と、それからアニメの設定画なんかが並べられて反対側に変わらず飾ってあった古い屏風絵なんかと対照を見せてフェイクっぽさを醸し出していた。実はこの日は閉館の所を口八丁で騙して開けさせ勝手に会見の場にしてしまい出資を募りそのままドロン、アニメ化なんて話も大嘘でしたなんて展開だったらさらにフェイクっぽかったけど。ってそれ犯罪。

 来年1月から公開のアニメはと言えばまあ無難。アニプレックスが製作だけど現場はトムス・エンタテインメントが担当していて画の雰囲気に「名探偵コナン」の街を描くタッチを感じてしまった。ただ映画なんかで見る圧倒的に動画しているコナンと違って深夜に放映されるアニメだからかそれとも絵画を扱う内容だからか動いていない止まっている絵が多くって、ニューヨークの街をなめていく場面では雑踏の人も路上のイエローキャブも動かさず1枚の止め絵で処理。場面がそれでもさくさく切り替われば気にならないものをちょっとずつ長めに見せているんでいくらカメラを動かしても、止まっている感が伝わってきて気持ちを不安にさせる。

 お話の方は「つみわら」の絵をめぐるオークションでのやりとりなんだけどサラを代理人に仕立てて絵画ブローカーと競り合う場面で合図が出ればどうで出なければどうだってゆー段取りが、あんまり説明されておらず緊張感が伝わって来ない。冒頭の取引がラストでの大逆転へとつながるってゆー展開の格好良さもそれがどうしてそうなるのか、つまりは冒頭の取引がどういう意味と内容を持ったものだったのかを説明しないと「あれ何でそうなるの」って頭をひねらされる人も出そう。

 大人にも見てもらえるお洒落なアニメにしたいってことだけどシナリオで小粋さを出せば出すほど実態は難しいことを考えることはしない、ストレートな娯楽に慣れてしまっている大人の視聴者は掴めないって気もすんでここは、説明過多でももうちょっとかみ砕いた説明が欲しいところ。その辺はナレーターとして参加の石坂浩二さんが請け負ってくれるのかな。ギュスターヴ・モローの絵を買った話とか、メトロポリタン美術館の北側にある入り口で影の向きが変だったとか、美術に関する蘊蓄を山と繰り出し細野さんを驚かせていたくらいだし。ちなににテレビ東京が細野さんの作品をアニメ化するって会見を、1面トップにストレートニュースとして掲載しようとした新聞があったとの噂。宣伝のためのフェイク? それだったらどんなに良かったか。


【12月19日】 盛り上げるといって専用のページを作って人も張り付けたものの、途中で息も絶え絶えとなって引っ込め人もひっくり返しておいて、今さらふたたび強化すると言い出して人も増やすという迷走ぶりに、心底路より呆れ返って死にそうになっている今日この頃。その右往左往ぶりを間近につぶさに見ておけば後生の語りぐさにできると思って付き合って来たけどそろそろ限界。鳴り物入りで立ち上げ作った紙面のために抜擢したメンバーを2カ月経たずに入れ替えるんだから笑うしかない。一体何がしたいんだか。今日も昨日もそして明日も駅のスタンドに束となって昼まで残っているる赤いタイトルロゴに、鳴り響く頭痛は収まりそうにもありません。刑務所で穴を掘って埋める刑罰から受ける徒労感ってのはこーゆーものを言うのかなあ。

 こっちは未来を拓く意味ある作業。そう信じて明け方から原稿を読み直してコメントをつけて宅急便で送り返す。真正面からとらえるべきかそれとも搦め手から論じるべきか。慣れない作業に戸惑う所も多々あって次につながる可能性も薄そうだけど、他人様の人生を左右しかねない作業である以上は、今のこの気持ちで精一杯にやったと言わなければそれは罪。精一杯に頑張りましたと言ってあとは偉い人たちの重ねられた経験におすがりすることに致します。さても果たしてどうなることやら。

 その足で秋葉原を散策。まずは秋葉原ラジオ会館にある「K−BOOKS」で一ノ瀬弓子クリスティーナさまのパンツをはいていないお姿を拝んでそれからヤングアダルトな文庫のコーナーで新刊&売れ行きをチェック。堂々と2列で積まれた桜坂洋さん「All Need Is Kill」(集英社スーパーダッシュ文庫)の様にさすがは日本で唯一ぐらいに「パンツをはいてない」コピー入りのPOPを置いてある店だと理解。あまつさえサイン本まで置いてあると手書きの案内を見てレジへとかけつけ、積んであった残り3冊くらいのサイン本の1冊をゲットする。ラッキーなり。

 思えば同じ店で「よくわかる現代魔法」の第1巻がサイン入りで積んであるのを見て買ってから約1年。まるで無名であった人がそれなりに、知られるようになるんだから小説ってもの、本ってものの持つ力はやっぱり凄い。ネットで幾ら書き散らそうとも大会に投げる瓶詰めの手紙みたいなもので多分に自己満足の要素が強い。他方本とゆー形、小説とゆー形式にまとめあげるのは当人の思い以上に他人の評価ってものが必要で、そーしたフィルターを超えて出来上がって来たものにはやっぱり力がるってことなんだろー。

 まあ活字でも幾ら何を書いても(涼元悠一&駒都えーじのコンビで新作が出たとか新海誠の新作が公開とが画像なり写真入りで200行近いスペースで紹介されていても)まるで評判にならない活字メディアもあるからケース・バイ・ケースなんだろうけど。ってことは公称がいくらかは知らないけれどもせいぜいが何万部ってヤングアダルトの文庫にとうてい届かない影響力しか持っていないってことなのか例の赤いタイトルロゴの新聞は。うーんやっぱり考えなくっちゃいけないか。いけないよなあ。ともあれサイン本はあれが全部だったとしたら残り僅かなんでファンは急げ。「狐と踊れ」に「あなたの魂に安らぎあれ」に「六胴落とし」と続いた初期作品をサイン入りで持ってるくらいの価値、きっと出るから。出ると信じてるから。

達筆、かは知らないけれどハンコはオリジナル、なんだろうけどあしあとは何だろう。  池袋へと回って「ジュンク堂池袋店」でこっちはコピーの入っていない一ノ瀬弓子クリスティーナに挨拶したり、萩原麻里さんの「そらのこども」がちゃんと揃っていることに感心したりしつつ適当に買いあさって退散。移動の電車で夏緑さんの「プロミス・ガール 男子ご禁制!?」(ファミ通文庫、640円)なんかを読む。警視庁に加えて魔物妖怪を取り締まる警魔庁が存在する日本。若き警魔総監で美貌の青年、神和皇から依頼されて桐という名の少年が、斎宮である皇のパートナーである斎宮代を見つけるべく少女ばかりが学ぶ巫女養成学園へと送り込まれて起こる大騒動。女性ばかりの学園ということで女装していったもののそこは男性だけあってつるぺたな胸をどう隠すかでドタバタし、助けた斎宮代候補ナンバーワンとかいう少女の奈子に恋慕する庭師の少女とバトルし、奈子をライバル視する高飛車お嬢様の蘭香やその取り巻きのちょっかいに耐える楽しいのか凄まじいのか微妙な学園生活を送るハメとなる。

 聞けばありがちな設定は流れもまあありがちではあるけれど、高飛車で成金上がりの蘭香がまき散らす毒もあるけどどこか正々堂々としたイジワルぶりは可笑しいし、男になんて興味ありませんわよと言って超然としている先輩のお姉さま方3人のその実内心にあれやこれや抱えてじぐじぐとしている様といった設定は、読んで物語に奥深さを感じさせてくれる。隠していた心情がある事件によってバレてしまった先輩3人組のリーダー的少女のこれからがちょっと心配。あるいはここで迷いを断ち切って本心に正直になるのかもしれないけれどそれだと折角の美少女3人戦隊に崩壊の兆しが生まれてしまうからなあ。さてどうなるか。

 あと学園では大人しくって純粋な美少女やってるヒロインの奈子とお転婆さ丸出しだった桐がかつて出会った少女との関係を想像しづたいところも悩みどころか。それより何より夏緑さんとゆー「テラリウム」シリーズで描けばとてつもない設定を秘めた物語を描ける人が萌えに多大にシフトしてしまっているこーゆー話を書いてしまっていることを、果たしてどう考えるべきなのかにちょい戸惑う。これはこれで面白いんで良しとするか、持てる才覚知識を存分に発揮しないのはやっぱり残念と嘆くべきか。小難しいのを書いても喜ばれるのが一部じゃつまらんと作者の人が想っているんならそれは尊重すべきだけど、出来るならば「テラリウム」にも盛り込まれた知識を「プロミス・ガール」の例えば園芸に関する描写の中に留めずもうちょっと大きな設定の中で、使って欲しい気もいたしますわ。桐の適当な口調が映ったか。

 帰りがけにふらりと立ち寄った後楽園のラクーアにあるアメカジのショップで見かけたアルファのMA−1のスペースシャトルバージョンにしばし心奪われる。背中に所狭しと張られたワッペンのそれぞれの価値については不明だけど、中央にシャトルを配して曼陀羅のようにつけられたワッペンの迫力とそして華やかさにはきっと、宇宙ファンでなくても目を奪われることだろー。聞くとちゃんと「NASA」には了解をもらった仕様だそーで肩には星条旗のワッペンも貼られてなかなかのゴージャスさ。ノーマルよりも1万円とか高くなるけどこれだけ派手なら、良いよね。ちなみにアポロなワッペンのも去年出てたとか。アポロ世代としてはそっちも興味、惹かれるなあ。さて買うべきか。どうすべきか。買っちゃいそうだなあ。


【12月18日】 ご無念であったとご推察申し上げる。高松宮妃喜久子さまご逝去は徳川慶喜15代将軍の係累という血筋も含めて、昭和のみならず大正明治から江戸時代をも遠く彼方へと押し流す大事であったと、それ事態では取れるけれども一方で今日は我らがサーヤさまこと紀宮さまのご婚約内定発表までもが延期となって、長くそのご成婚にお心を配られてこられた喜久子さまが、ご自身の逝去が因となってしまったことに仮にお気づきならば悔恨の念にとらわれ惑い現世に未練を残されてしまったことだろう。

 あるいはご自身の健康にあるいはと思われいち早い内定の発表を願っていたのかもしれないけれど、そうしたお心配りよりも形式を重んじ今日まで内定発表をお役所が伸ばしていたのだとしたら、そしてもちろん喜久子さまのご健康がすぐれないことも認識していたのだとしたら、お役所は2人の想いをともに蔑ろにして挙げ句にそれぞれのお心に影を残させてしまったってことになるけどその辺り、どーだったのかを宮内庁に出入り可能なメディアには、探って頂きたいものだけどそんなことが出来るメディアなんて日本には存在しないからなあ。ともあれご冥福をお祈りしつつ早い時期でのご成婚をサーヤさまには是非に。できれば来春の東京都なんかが絡んでる「東京国際アニメフェア」にも黒田さんと共にご来臨を。

 ただの引っ込み思案でいたいけな御姫さまではなかったのかアリッサ・シアーズ。「舞−HiME」はいよいよもって”敵”の正体が見えて来て、同じクラスメートなり学園の同窓生から敵の側に着くものも出て来て知らないどうしが呉越同舟しつつも楽しくやってた状況が、ガタリと音をたててフェーズを変えて同じ学園に在籍している者どうしが命すらかけた状態で戦いを繰り広げる展開へと、向かって行きそーな感じでますます先行きが楽しみになってくる。深優・グーリアの正体についてはすでに明らかになっていたけど、彼女に傅かれていた御姫さまにしか見えなかったシアーズが、本人の意思かあるいは内部に介入している何者かによってリーダーとして立ち上がって、これからどんな言動を見せてくれるのかに期待も膨らむ。ついでに声の人にも久々の大役を真っ当して頂けることを期待。

荒川酒井川上とレギュラー陣も緊張感いっぱいで練習。働く競争原理と高いモチベーションが女子代表を魅力的に見せ強さも増して観客も惹き付ける  到着した西が丘サッカー場は開門の1時間半前ですでに100人以上の行列。去年一昨年と女子サッカーのL・リーグとか全日本女子サッカー選手権大会とかを見に通ったけれど開門前に行列がそれこそ道路に出るほどまでに伸びた光景なんてものは見たことがなく、4月の対北朝鮮戦での勝利とそしてアテネ五輪での戦いぶりから女子サッカーへの世間の見る目が大きく変わって来たんだってことを強く激しく印象づけられる。大橋浩司監督による初陣となったサッカー女子日本代表こと「なでしこジャパン」のチャイニーズ・タイペイ戦は、午後1時の開門と同時に大勢がなだれ込んでメインスタンドはすぐ満杯に。バックスタンドもやがて人で埋まりゴール裏にも立って応援するサポーターが鈴なりとゆー状況。自在に移動しては好きな角度から見まくってた去年一昨年がもはや信じられない人気ぶりとなっている。

 そんな中を登場した新生「なでしこジャパン」は練習風景からして新生っぽい。レギュラー組が集まってまずしたことはトラップ練習とかヘディング練習とかストレッチ。そして左右に1人づつ立たせてターゲットとした間で5人づつが分かれてミニゲームみたいなことをして、スピードを競い動き方を競い合いつつコミュニケーションやらコンビネーションやら判断力やらの活性化を図ってる。動いている間にも大橋監督の檄が飛んでて、どちらかと言えばベンチで黙って様子を見ていた上田栄治監督とは印象として正反対。言われる方もそんな監督の目に印象を残さないといけないってんで必死になって動いてて、練習が終わったあともダッシュしたりスライディングをしてみせたりと、選手たちから滾るモチベーションが目に強く突き刺さる。

 当然にして試合は序盤から激しい責めが飛び出して、澤穂希選手を中央にトップの荒川恵理子選手から左右の大野忍選手に宮間あや選手が縦横無尽に走ってパス交換。中盤では酒井與惠選手が下げられたりこぼれ出して来たボールを確保しては前に送るなり左右へと散らす役割を引き受けそんな出されたボールを右サイドを駆け上がって川上直子選手が受けて、突破し中央へと送り返す。両翼を広く使い中央では常に受け手と出し手を意識し合った結果、起こるのは見た目も華やかでかつスピーディーな試合展開。ついていけないチャイニーズ・タイペイのディフェンスをくぐり抜け切り裂いて、1点2点3点4点5点……と面白いよーに前半からゴールを重ねていく。

テクニックもドリブルのスピードも超一流、なのにレギュラーをとれないのはどこかに衒いがあるからなのか。がむしゃらに。そしてクレバーになってくれ丸山。  澤選手荒川選手大野選手に酒井選手と日テレ・ベレーザ陣が揃っていたのもコンビネーションの良さにつながったのかもしれないけれど、L2チームに所属なんでベレーザとは普段は縁遠い宮間選手もライバルなTASAKIペルーレの川上選手柳田美幸選手もしっかり絡んでいる所をみると、トップ選手はつまりそれだけの意識をちゃんと備えているってことなんだろー。宮間選手は元ベレーザだから体が覚えてるってこともあるのかな。もちろんテクニックもトップだけあってボールを受けてから闇雲に突っ込まず1拍2拍ずらて相手を止まらせその隙に置き去りにする荒川選手の突破力なり、ボールをもらって迫るマークを体重移動のフェイントでかわし置き去りにする酒井選手の守備力なり、トラップを正確に処理して間髪入れずにシュートへと持ち込む大野選手といった面々は、体格が良ければそのまま男子のチームに入ったって通用しそー。

 これが後半になるとがたっと運動量が落ちて得点も北本綾子選手の3点に留まってしまったのは、トップに入った丸山桂里奈選手が、左サイドにいても前後に大きく動いてボールを受け取りに行くでもなく、また中央へと切れ込んだ渋滞したら再びサイドへと出てボールが回ってくるよー促す体力の必要なプレーをあんまりせず、もらえば確実に3人4人をかわしてクロスを送り込めるテクニックとスピードを持っていることに、どこか納得してしまっているよーなところがあったから。大橋監督も試合中にしきりにアドバイスを送っていたけれど、改善がなされたって風には見えなかったからあるいは次の試合では、後半早々に準レギュラーとして使われるよりも固められた相手を突破する武器として、起用される立場になってしまいそーな感じ。容貌ではチーム随一でドリブルのテクニックも同様なだけに、是非に再起を願いレギュラー定着を狙いたい所なんだけどさて。それとももしかして勝負パンツを忘れて来たのかな。

 そんな丸山選手ですら走る時には走り果敢に責める姿勢を見せていただけに、先だっての横浜でのドイツ戦なりその前の埼玉スタジアムでのシンガポール戦といった大事な試合、注目の集まる試合で男子の代表が見せた戦いぶりの不甲斐なさが、より際だって見えて来る。春まではリーグの明日がないかもしれないとゆー使命感、今はレギュラーに残れないかもしれないとゆー恐怖感が新生なでしこジャパンを競争原理の働く真っ当なチームへと仕立て上げている。馴れ合うばかりになりそーな時期に身を引いた上田監督にも、短期間でモチベーション満タンなチームへと仕立て上げた大橋監督にも拍手。ふがいない男子の試合を見るならテクニックでもやる気でも数こそ少ないながら熱気では男子以上な女子代表を、見た方が心に健康であると断言しておこー。サッカー評論家の人たちがどう見ているのかも楽しみ。「エル・ゴラッソ」はいつ付けで特集を組むのかな。ってか組め、ゼッタイ。


【12月17日】 朝日とか読売のホームページからニュースを見ようと項目をクリックするたびに飛び出してくる稲垣五郎メンバーの顔が描かれた広告に、マジウザイと好感どころか嫌悪感ばかりが募って逆効果っぽい某ポータルサイト一発検索サービスが、スポーツ専門誌に出稿した記事に見せかけている広告すなわちペイドパブに起用されて、すまし顔でパソコンに向かって「おれパソコン知らないんだけどこれ便利だよね」的コメントを出して、おそらくはもしかすると(しなくても)僕の月給より多い金額を出演料として頂戴しているサッカー評論の金子達仁さんが、昨日のサッカー「日本代表vsドイツ代表」について書いた「スポーツニッポン」の記事を見て死ぬ。まじ死ぬ。

 「無意味な試合だった」って書き出しのそのコラム。ならばどう無意味だったかについて書いているのかといえば「最終予選について自信をつける格好の相手だったのに」「日本選手のメンタリティーが、貴重な試合を台無しにしてしまった」とつないで試合に臨む選手の心理状態、つまるところは根性無しぶりに怒りの筆を向けている。なるほどそれは事実であって先のワールドカップ予選での対シンガポール戦でも同様に、出場した選手の不甲斐なさぶりを糾弾する声は多かった。けどそんなことは観客だってテレビを通して見ていた人たちだって一目瞭然のこと。”スポーツライター”と名乗るからにはどうしてその根性が選手たちにはなかったのかを書いて欲しいし、「日本とドイツとの間に3点もの実力差があったとは思わない」ならなぜそれでも3点の差がついてしまったのかを試合のポイント(巧の目みたいなもんだ)を挙げて指摘して欲しかった。そうすべきだろう。

 けどコラムは終始「闘おう、勝とうという気持ちにおいて、問題にならないぐらいに劣っていた」「情けない」「欧米コンプレックス」「これが払拭できない限り、本大会での躍進は望めない」と書きあまつさえ「日本人の国民性にかかわる問題だからだ」と結んでいる。情けない。これがアトランタ五輪の代表チームが何故ブラジル戦での奮闘の後に瓦解したかを選手間のロッカーでの模様とそして心理状態にまで踏み込み明かしたジャーナリストの書くことか。ドイツを相手にすくんだ? 今時の若い20代にガイジンが相手だからってひるむようなメンタリティーなんかあるものか。あったのは戦術面での歴然とした差であり、サブの選手を育てきれないチーム運営戦略の差であり、そこから生まれた選手のモチベーションの差であって、仮に選手が根性で立ち向かっても今度は戦術そして技術の差が、浮かび上がって来るだろう。監督の差もだ。

 なのに書かないのは、もうそうした細かい試合の分析を書けなくなってしまったからなのか、それとも書かなくても良い立場になってそこに安住してしまっているからなのか。スバルの車の前で佇み「これいいね」と言い、スコットランドへと出向いてスコッチならぬ日本の洋酒を飲んで「これだっていいよ」と日本を持ち上げつつわざわざスコッチの本場でそれをやることで逆説的な本場コンプレックスを浮かび上がらせ、グーグルダッテヤフーだって検索サービスの使い勝手では代わらないのに新興のポータルを「これ最高」とばかりに持ち上げる。おいしいよなあ。

 そんな場所で稼げるようになったのは根底にスポーツについて書かせたらやっぱり最高のものを書いてくれる人だからって意識があったからで、なのにその”本業”で出して来るのがこれってところが情けないしとても哀しい。今こそジーコジャパンのロッカーで起こっていることを一人ひとりに聞いて書き、川口選手と前園選手と中田選手の気持ちや西野朗五輪監督の不思議采配ぶりを暴いたようなこと書いて欲しいし書くべきだろう。けれどもしない。欧米コンプレックスを責める人だから、偉大なジーコへのコンプレックスなんてなく筆誅を下せるはずなんだけどしない。分からない。

 あるいは戦術レベル戦略レベル技術レベルの批判を今でも書いて書けるのかもしれないけれど、そーゆー戦術レベル戦略レベル技術レベルの解説を、「スポーツニッポン」というスポーツ専門であるべきメディアが求めていないのだとしたら、それはそれで憂うべき事態なんだけど果たして。おそらくは根性出して闘ってくれるだろう新生「なでしこジャパン」の試合に「根性があった」と書いてくれるんなら未だ決してメジャーではない女子サッカーの高揚につながるんだけど、そんなことしても一文にもならないからしない、かな。

 そーゆー根性論が跋扈するスポーツ紙に飽き足らない人にじわじわと浸透して来て駅では売り切れ続出(希望)なサッカー専門紙「エル・ゴラッソ」は水曜日号に続いて金曜日号もドイツ代表の試合がトップ。真っ赤なユニフォームに身を包んだバラック選手をどでかく抜いた写真は下地のピンクにも重なってより鮮やかに浮かび上がって駅のスタンドでも目に突き刺さる。ジーコの情けない顔とか知名度のあるカーンとかを、抜いて売れると思ってる日本の既存のスポーツ紙に比べて活躍した選手をちゃんと抜く。それを忠実に守っている編集方針こそがなるほど支持を集め始めている背景にあるのかも。次はだったらやっぱり澤穂希選手だな。あるいは得点を決める荒川ボンバー恵理子選手。そのビジュアルインパクトは凄まじいけど活躍するんだから当然だ、よね。

 実際に中面ではチャイニーズ・タイペイ戦を控えた「なでしこジャパン」から澤穂希選手に川上直子選手をピックアップして掲載。1ページをまるまる女子代表にあてている所にも好感を持てる。もちろん今年4月以降の女子サッカーの盛り上がりがあったあからこその大きな扱いなんだろうけれど、それでも未だ全日本女子サッカー選手権の結果を結果データのみで留めるスポーツ紙の扱いっぷりから考えれば破格だろー。高校サッカーなんて代表が決まる段階でそれなりな扱いになるのに、まがりなりにもトップのチームが闘っているにも関わらず女子サッカーだとあの扱い。スポーツ紙が衰亡していく訳ですね、ってそれは一般紙も一緒か、情動的なこととか経営的なことでもって紙面を作ってはばからない。団塊野郎どもの思い込みと思い入れが先行して変化の激しい時代の最先端から大きく乖離する。未来はやっぱり暗いなあ。

 しかし凄いぞ「エル・ゴラッソ」。最近めきめきと頭角を現しつつあるジャーナリストの宇都宮徹壱さんまで登場しては「特別コラム」を寄せているし、トヨタカップの時には後藤健生さんだってコラムを寄せていた。加部究さん小宮良之さんといった面々も名前を連ねて根性とかじゃなくちゃんと理由をあげてサッカーを語る文章を寄せている。キリンなんてナショナルなクライアントが広告をどかんと1ページ分も出したりと営業的にもそれなりな存在感を見せて来ているようであとは、販売網が大阪中京といった他の大都市圏へと広がればさらに威力を増していけるんだろーけど果たして。我らが日本代表がこのままふがいない戦いを続けてサッカーへの興味がダウンしてしまうのが今はいちばん恐いんだけど。

 水木一郎の兄貴に目の前で「マジンガーZ」とかを唄ってもらう幸せに浴したこともあったけど、ささきいさをさんに目の前で「新造人間キャシャーン」を唄ってもらう幸せもこれに負けないものがある。あとは子門正人さんに目の前で「科学忍者隊ガッチャマン」を唄ってもらえればもう引退しても良いとさえ思えるけれどこればっかりは無理なのか。ともあれ「キャシャーン」。それを生み出した竜の子プロダクションを率いる社長、というよりは名アニメーターでイラストレーターで漫画家でもある九里一平さんが講談社から懐かしい京都の街を描いた絵本を出したってんでその出版パーティーに潜り込む。

 見渡すとぴえろの布川ゆうじさんがいて「タイムボカン」の笹川ひろしさんがいてぶらざあのっぽの巨大な人がいて天野嘉孝さんがいて、IGの石川光久さんもいたようだけど風のように来ていなくなってタカラにトミーの社長がいてコナミの玩具の偉い人がいてと、いった具合にアニメに玩具に映像関連のお歴々がずらりと並んでさすがは業界で40余年を経た老舗のアニメスタジオを、創業から牽引して来た人のパーティだけはあると感心する。声優陣も大平透さんがいて森功至さんがいてささきいさおさんがいて、南部博士に大鷲のケンにコンドルのジョーのそろいぶみに、外見はともかく心の中で宙を舞い地を書けるガッチャマンたちの姿を瞼にうかべて泣く。でも目を開くと大鷲のケンがナイスミドルでパイプタバコをぷかりぷかり。ガルマさまは何処へ?

 いやそれよりも凄かったのは目の前でキャシャーンの西川幾雄さんが「フレンダー、ジェーッッットォ!」と叫んでくれたこと。歩いている姿はどう見ても定年を控えた窓際サラリーマンって風貌なのに声を聞けばそれなりにキャシャーン。いやもう良いものを見せていただきましたと来場していたアニメージュの編集長と感激に打ち震える。吉田3兄弟の次兄で会長の吉田義夫さんが挨拶で最近はテレビでなかなか映像を見せられないっていった旨、言っていてテレビの枠を抑えるルートを持てずオリジナルな企画を通しづらい実状がここでも如実に浮かび上がってアニメ大国とはなばかりの電波利権大国に、なり下がっている現実に背筋も震えたけれそそんな中でもアニメは作らなくっちゃいけないってことで作った記念作品「鴉」は3Dと2Dが入り混じった不思議な感覚の映像で、キャラの造型もアニメ的なセオリーをやや外れている感じがあって面白そー。主役の鴉はあれ男? ともあれ見てみよう第1話。


【12月16日】 新横浜から続く道を人種も雑多な人たちが埋め尽くし、横浜国際競技場へと歩いていく波に流されながら高まる気持ちに胸躍らせたあの日から2年とほぼ半年。今再び横浜の地に、雪辱を晴らしに帰って来たサッカーのドイツ代表の日本代表との初めてという試合を見に行く、なんて贅沢の出来る身ではないのが悔しいけれど、ドイツ代表が来日したのと歩調を合わせて来日していたドイツ代表と言えばこの人、皇帝フランツ・ベッケンバウアーが2006年のワールドカップ独大会をPRするってんで記者発表にかけつける。

 選手としての記憶はあんまりなくってかろうじて、ニューヨーク・コスモスってかつてアメリカにあったリーグでもバブル気味に輝いていたチームで確か、王様ペレといっしょにプレーしていた時期の評判を聞き及んでドイツには、そんなすごい選手がいたのかって知って以降、ドイツ代表監督になったりバイエルン・ミュンヘンの偉い人になったりする度にその中が取りざたされてそのメディアなんかの扱われぶりにすごい選手だったんだという思いを強くしていった。凄さではそんなに負けてないような気がする釜本邦茂さんが偉大さのオーラを歳を経るに連れて薄れさせているのとは偉い違い。ガンバ大阪ので監督時代の成績がやっぱ、影を薄れさせてしまったのかなあ。もはや代表監督の目なんてないし。

 さてベッケンバウアー。テレビで見て強く印象に残っていたのはクリント・イーストウッドばりの精かんな顔つきとやっぱりイーストウッドみたいにそり込みに利いた髪型のベッケンバウアーだったりするけど登壇した彼は面立ちに選手時代の精かんさを残しながらも順当に年齢を重ねて皺も増え優しげな感じになっていたのとあと、ネクタイ姿ではなくオープンシャツにジャケットって格好が隠居したお爺ちゃんって雰囲気にさせていて、皇帝ていわれていた程のオーラを間近にはそれほど感じなかった。ってかまだ59歳にしてはな老けようにやや吃驚。1歳上の釜本さんの方が全然若く見える。外国人の白人系ならではの変貌? カーン選手なんて35歳であの風貌だから仕方がないって言えるけど。

赤い。のにドイツっぽいのは基本の色をちゃんと抑えているからか。でも人によってはスペインと間違えそう。日本がフランスのもどきな様に。  会見はもっぱらドイツ大会のPRでチケットがいちばん安いので4900円程度で販売もネットだから誰だって公平に買えますよってことを言ってチケット獲得に苦しんだ想い出を持つ日本人には耳に嬉しさが届いたけれどでも、そーした恩恵を享受するにははるばるドイツへと行かなくちゃいけないのが哀しいところ。その旅費にその滞在費を考えると日本での大会でもっと恩恵を享受したかった。まあ日本人のそーした辛い思いでが、ドイツと近隣の人たちの利益につながっているんだと思えばかつて、枢軸国として共に戦った国として嬉しく思って思えないこともない。何より日本が出るのが肝心なんだが……出られるのか本当に。

 だってほら、夜にテレビでやってたドイツ代表との戦いで、それぞれのチームが見せてくれたパフォーマンスの違いっぷりに世界との距離がまた一段と、広がったよーに感じた人も決して少なくないんじゃなかろーか。ボールを奪った瞬間にドイツ代表、両翼も含めてとにかく前へと走る走る。怒濤のごとくにゴール前へと人が走り込んでは赤い(ドイツ代表のユニフォームが赤いんだよ!)波を作り出す。足下で止まってボールを受けてそれから走るなりパスを出す先を探すなんてプレーはほとんど皆無。簡単にはたくとそこにちゃんと人がいる、ダイレクトなパスプレーも頻繁に見せてくれて体力と根性って印象のあったドイツ代表にもちゃんと、テクニックとクリエイティビティが備わっているんだってことを確認させてくれる。

 ボールを出してもそこでお役ご免なんてプレーはなし。そのまま前へ、横へと走りこんではボールを受けるし受けなくてもディフェンスを惹き付けて他の選手を有利にする。こーゆーのを”クリエイティブな無駄走り”ってゆーんだろーなーby湯浅健二。ゴールキーパーに関しては久々に登場の楢崎正剛選手、1点目を遠くに弾かず落としてしまったところにクローゼ選手に走り込まれて決められたけれどあそこにちゃんと走り込むとゆー勘の良さとそれから反応している楢崎選手にも取れない所に即座に蹴り込むテクニックが、ちゃんと備わっていたからこその得点。危険なシュートを何本も弾いた活躍ぶりをその後見せてくれただけに楢崎選手ばかりを責めるのは難しい。

 2点目も走り続けた選手が何人もいたからこそのもの。走ってこそのサッカーって基本をしっかりと見せつけられてさて、日本代表はポゼッションという名目の足下サッカーをこれからも続けているんだろーか続けていくんだろーな。ファンブルをのぞけば失策のなかった楢崎選手も中身ではなく結果として3点とられたからと川口能活選手にとって代わられ、ディフェンス陣も茶野選手あたりはやっぱりお役ご免。日本でトップクラスに走るサッカーが出来てるジェフユナイテッド市原からのピックアップは消えてそして、見せられるは不安と焦燥の中で繰り広げられるアジア最終予選。その果てにあるのは遙かドイツのピッチに立つ日本代表をスタンドから見る僕たちか。それとも彼方の日本でテレビ越しに見る復活したドイツ代表とロナウジーニョ率いるブラジルとの雪辱の決勝か。後者に髪の毛かけます。

 会見ではあとアディダスのとっても偉い人も来日していてベッカムだとかジダンだとかを使ったCMとか代表チームへのサポートとかから2004年の売り上げが過去最高になたってことをアピール。地元ドイツでの大会を通してさらに売り上げを伸ばして2006年は10億ユーロをサッカー関連で稼ぐんだってことを喋ってた。なるほど協会なんかが絡む世界的なサッカーの大会におけるアディダスの関わりぶりは破綻したISLの創設なんかからもその深さが分かるし各国の代表チームへのサポートでも、日本にアルゼンチンにドイツにスペインといった国々にそれこそ5年10年といった単位で関わっていることからも強さは伺える。ボールなんて絶対アディダスだ。モルテンなんてありえない。ましてやミカサなんて。中身はどうだか分からないけど。

 もっともリーグへと目を転じるとスペインでトップのバルセロナはナイキだしイングランドのプレミアはアーセナルもマンチェスター・ユナイテッドもナイキでチェルシーはアンブロだったっけ、とにかくアディダスなんかじゃない。イタリアはACミランがアディダスだけどユヴェントスにインテルとナイキ組は増えててお膝元のドイツだってハンブルガーSVとかはナイキだったりする。代表だとポルトガルにブラジルにオランダが確かナイキか。フランスとドイツとスペインはアディダスだけどこの3国、ポルトガルでの「EURO2004」ではどんな成績だったっけ。イメージ先行でもって突っ走ろうとしても実力が伴わないとマーケティングもいずれ限界が来そうでその辺り、アディダスがどう挽回してくるのかにも興味が及ぶ。まあドイツの戦いっぷりを見るにつけて期待も持てそーなんで来るドイツの大会が、アディダスにとって世界に覇権を唱えるきかっけとなるかを見守っていこう。日本代表のユニフォームが売れるかは知らない。まず出なきゃ。


【12月15日】 そうだね例えば日本テレビ放送網が、傘下に「東京ヴェルディ1969」を持ってるってこともあってかサッカーをやりたい若い少年少女に向けてうまくすればヴェルディのユースチームに入れるかもしれないセレクションを実施して合格すればユースでしばらく試合をして、そこで更に認められたらサッカーの本場ブラジルにあるサッカー学校へと留学できるかもしれないよって企画を立ち上げたとしてそれを関連会社の読売新聞が1面でドカーンと「サッカー本場への夢開く、日本テレビ放送網が若手セレクション実施」って記事をトップで掲載するよーなものなのかなあ。

 加えてブラジルのサッカー人口とかブラジルでサッカーを勉強する意味とかブラジルにサッカー留学すると幾らかかるとかって情報も掲載して「サッカービジネスの現状」みたいな記事に仕立て上げるって寸法。系列ありあり。宣伝臭さばりばり。おまけに内容はピント外れ。そんな記事を仮にも読売が載せることなんてありえないし日テレもそんなことをしてもらおうなんて思いやしない。報道は報道で宣伝は宣伝。グループだからって情報は回さずむしろグループだからこそ一線はちゃんと引くってのが、結果として読む側見る側にメディアとしての信頼性をアピールできるって賢明にも理解しているからね。

 他のメディアグループだってそうなんだろーけど、メディアだてサラリーマン社会なんだってことで中に読者の信頼よりも上司上役偉い人の覚えに気持ちをシフトする人もいないとも限らないかあなあ。でもって大きく取り上げて「載せました」といって掲載された新聞を持参して5歩下がり頭を120度折り畳んで頭上で手を揉むんだ。もちろんそんな人でも流石に系列会社の他愛もない企画を、臆面もなく1面トップにドカンと持って来るなんてことはしないだろーけど。しないよね。うーん。他人事。

 穴から見えるこの尻は砂さんじゃん! って店頭で見ておそるおそる手に取りカバーをはがすと正解。はちきれんばかりに盛り上がった臀部をこれはカットジーンズじゃなくホットパンツでおさえつけたグラマラスな美女が中腰でまたを開いた格好でこちらに尻を向けつつ顔を半身に振り向かせた、砂さんならではのイラストが描かれていて、こんな所で密かに仕事をされていたのかと驚く。さすがに尻の部分に穴は開けてないけれど。

 よくよく見ると尻ポケットにはリーバイスのアーチならぬ六芒星の紋様が。そんな過激な美女のイラストがカバーにくりぬかれた三つの丸からのぞいて見えるこの本は、ギルアド・アツモンってゆーイスラエル出身のミュージシャン作家による「迷える者へのガイド」(東京創元社、1900円)。「2012年、イスラエル消滅?!」って帯の煽りから想像するに一種のSFかもしれないけれど根性がいりそーな本なんで買って一週間も積ん読状態で悔しい限り。ひがな一日気に入った本を読み耽られる暮らしにはやくなりたいものだ。”本場にサッカー留学できるかも”的内向け上向け記事とはもはや関係無しに。もう諦めたよ。

 初々しかったんだなあシャア・アズナブル。千葉テレビで絶賛放映中の無印「木戸運戦士ガンダム」は地球へと降りたホワイトベースにガルマ・ザビ率いる進駐軍が迫る。四面楚歌の状況を脱しようとコアファイターを射出して連邦軍に連絡を取ろうと試みたアムロたちに感づいたシャア。赤いザクを発進させてガンダムに迫るもののやっぱりかなわず退散する。そこにガルマが追い打ち。連邦軍のモビルスーツは、戦闘機を中心に自由にタイプを変えられるのだ。シャア吃驚。では私が見ていたのは敵のモビルスーツの一部分の性能なのか? 今後どう戦ったらいいのか。ガーン。いやあ初々しい。

 それから25年。合体しようと変形しようとお構いなしに受け入れ平気で相手をするモビルスーツ乗りが増えてしまったものだことよ。合体変形なんてあり得ない前提へと状況をいったん後退させて、それを突破して見せて驚きを、そしてリアリティを出そうとして成功した「ガンダム」も、もはや「リアルロボット」の看板は似合わなくなってしまってなあ。いっそだったら6体合体ゴッドガンダムとか出して完璧なまでにガンダム幻想にすがるオールドタイプどもを、ぶっこわして欲しいものだことよ。頑張れ種デス僕はついていきません。


【12月14日】 司馬遼太郎先生とか三島由紀夫先生とか太宰治先生とか島田清次郎先生とか、野坂昭如先生とか筒井康隆先生とか五木寛之先生とか遠藤周作さんとか、西村京太郎さんとか内田康夫さんとか西村寿行さんとか大藪春彦さんとか、夢枕獏さんとか菊地秀行さんとか田中芳樹さんとか綾辻行人さんとか、主義主張は関係無しにナベジュンにテルちゃんヤスオちゃんカッちゃんといった、その名が目次に載ればしっかりとお客が振り向いてくれる連載作家が、どーして打ち切りにするんだとゴネてるんならトップが出てきて頭の1つでも下げてしかるべき、稿料だって1頭抜けた額を払っておしくないけど誰も知らず誰も読んでなさげな連載記事が、どこか遙か天上界よりのささやきを受けたトップによって続行されることになり、稿料も他より2倍3倍の額を払っているとゆーメディアがもし仮にあったとしたらそれは先行きも不安だろーなー。他人事。

 「神林長平氏大絶賛」って帯がヤングアダルトな文庫の業界にどれだけの浸透力を持っているかは正直のところ分からないけどナインティエイティな時代をSFで生きたおじさん世代にとってその名は良質にして傑作なSFと等号で結ばれる存在だった訳でその人が、「必携の武器は三つ、愛と勇気と戦闘斧。高度な技術を桜坂洋が広うする。ハッピーなのにほろ苦い、ラストの味は、見事だ」と帯に寄せてる本があったらそりゃあもう読まずになんていられない。おまけにカバーは安倍吉俊さん。そう「lain」でその名をアニメなファンに浸透させ、「ネガティブハッピー・チェーンソーエッヂ」「NHKにようこそ」でひきこもりのアイドル絵理ちゃん&岬ちゃんを顕現させたあの人が、ダークなトーンの中に佇む初年兵らしからぬ眼光を輝かせる青年を、パワードスーツ然としたメカに搭乗させたイラストを寄せているだからもう、見て見逃すなんて出来やしない、たとえ周囲がサンタ美少女に下着ウエディングドレスに黒タイツ&雪だるまの超弩級萌え表紙に囲まれていてもだ。

 その名は「All You Need Is Kill」(集英社スーパーダッシュ文庫、600円)。「よくわかる現代魔法」でパンツをはいていない美少女キャラクターを世に送り込んでは喝采を浴び、一方でチェーンソーを振り回すヒロインをさいたま市に現出させてSF方面からもあっと驚かれた桜坂洋さんが、次にライトノベルとSFとひきこもりとさいたま市とそれからやっぱり房総半島方面に送り込んだスーパーにしてアルティメットなウエポンがこの本だ。その破壊力はメガにしてギガにしてテラトン級。うわおを叫んで卒倒し、気がつくとスーパーダッシュ文庫が枕元に置いてある目覚めを迎えられることだろう。いや凄い。

 舞台はギタイなんて呼ばれるバーボンの樽に手足が生えたような生き物によって侵略されつつある地球の中の日本列島のうちの房総半島。キリヤ・ケイジは志願して日本をギタイから守ろうと戦っている統合防疫軍に入り、訓練を終えて配属されたばかりの初年兵でろくすっぽ戦い方もしらないまま、ジャケットと呼ばれる一種のパワードスーツを着てギタイとの戦闘に送り込まれてそして瀕死の状況にあった。飛び交う弾丸の中で仲間はばたばたと死に、そしてその命も風前の灯火となっていた時、1機のジャケットが飛び込んできてギタイを相手に獅子奮迅といった戦いぶりを見せて群がるギタイを屠る。リタ・ヴラタスキ。戦場の牝犬。1つの戦闘で100ものギタイを殺す力を持った少女に救われ、少しだけ延びた命を使ってキリヤ・ケイジはどこか他とは違った雰囲気をまとったギタイを始末しそして死ぬ。バッドエンド。リスタート。

 そして目覚めると枕元に読みかけのペーパーバックが置いてあったという寸法。そこからキリヤ・ケイジの無限な時間の中における孤独な戦いが幕を開け、初年兵として繰り返される日々のなかで初年兵としての肉体を保ちながらも知識を増やし技術を高め、不敵さを満たした古参兵ばりの眼光を持つ男となっていく。いったい彼に何が起こったのか。明らかになる仕掛けはなかなかにハードでスタイリッシュでこーゆー設定があったのかと感嘆。なおかつその設定が状況を作り出したいがためのものではなく、しっかりと意味のあるものになっているところが箱庭的な空間で波風を起こしミニマムに反応を伺い見るタイプのものが結構あったりする中でいろいろ思考を重ねてあるなあと感心させられる。

 ギタイの目的なんかも単なる侵略者ではなくあれこれ考えてあってなかなかに奥深く、知れば知るほど未来に絶望を抱きたくなるけれどその割に世界が米国では映画が作られ日本ではフィギュアが作られるくらいに平静を保っているのは、情報統制が行き渡っていることもあるけどあるいはリタなりキリヤといった存在が世界のあちらこちらにいて、拮抗から反抗への狼煙をあげていたりするからなのかも。シビアな情勢であるにもかかわらずどこかドライな筆致と不条理な展開、コミュニケーション不全な相手との戦いといったトーンはなるほど神林長平さんに近いものがあって帯に推薦が寄せられた理由が単に「SF界の最高峰」だったからだけじゃないのかもって思えて来る。戦闘シーンは迫力あるし眼鏡でお下げの美少女キャラも出てきてそっち方面への配慮も万全。あとは売れるだけ、なんだけど下着ウエディングにサンタ美少女のオーラは強力だからなあ。勝てるか。


【12月13日】 魔法少女のぷにえも凄いがビーチバレーに挑む海月もやっぱり凄まじかった大和田秀樹さん「ビーチできゅー」(少年画報社、505円)はビーチバレーの部活に入った少女が仰ぎ見ればそこには「お像夫人」の異名をとるビーチ界のプリンセス王蔵院先輩。「いつかペアを組みたい」と言ったらなぜか「いいわよ」と帰して驚いたのは海月とそしてそれまでペアを組んでいた薄井先輩。理由は明快「だってあなた不細工なんだもの」っておとで「不細工がメダル取ったって扱い低いでしょうが」「スポルトでも5秒よ」と説得力も十分に断言されては薄井に復活の道はなく、かくして海月は王蔵院先輩に最適なペアとなるべく猛特訓をスタートさめる。

 もっとも引っ込んでいる訳にはいかない薄井先輩による海月虐めも合わせてスタート。ボーリングの球をレシーブさせ、ふぐの唐揚げにトリカブトの漬け物を食べさせ青酸カリ入りカクテルを飲ませても倒れず死なず海月は立ち上がってはますます強さを身につけて、王蔵院との絆を深めていく。そこに最後に立ちふさがるのはやっぱり薄井先輩。強靱な筋肉を身につけ美醜を超越したパワーで迫る薄井に果たして海月は勝てるのか? とまあスポコン漫画の装いを持ちながらも差し込まれるエピソードのことごとくが大げさにして破天荒。そのど外れっぷりは「大魔法峠」「超・大魔法峠」で見せた魔法少女ものからズレっぷりに勝るとも劣らず激笑の渦中へと読む者を投じて悶絶させる。ビーチバレーのっってこんなに凄いスポーツだったんだ(違います)。

 波田陽区さんとったら「流行語大賞」にもノミネートされた時の人。見ておくのも悪くはないと元気が波田さんを宣伝部長に任命するってゆー発表会へと出向いていよいよ登場して来た波田さんを見たらテレビのまんまの人だった。ふつう生でタレントを見るとそれなりな存在感といったものがあるんだろーけどやるネタはテレビとおんなじで、歌手のような唄とかダンサーのような踊り、落語やコンビ漫才のよーなアクションがある訳でもないってのがきっとテレビと同じに見せている要因なんだろーけれど、だからといってつまらない訳じゃないってのがなかなかに微妙で「テレビ芸人」って存在の持つ芸の意味ってのをあれやこれや考えさせられる。

 つまりは多分ネタの持つ普遍性って奴でたぶんビデオで見てもレコードで聴いても、同じだけの笑いを感じられるんじゃなかろーか。芸人にとってそれが利点なのか欠点なのかは分からないけれど、コントのよーな舞台が必要だったり形態模写のよーな映像が不可欠だったりする笑いに比べればあるいは、飽きられもせず息も長くネタさえちゃんと考え漬ければ保っていくよーな気がしないでもないけれど果たして。当人は1発芸にはしたくないから次を考えたいって何かで言っていたけどある種の”完成形”をここでチャラにしてしまうのは勿体ない。1つの芸で30年、食い続ける芸人さんだってザラにいる世界なんで無理にイメチェンして外すより、せめて5年は「ギター侍」のカタでもって極めていくのが肝要かと、思うんだけどそれは芸人魂が許さないのかそれともテレビとゆー世界で最も飽きっぽいメディアが認めないのか。テレビから消えるとそれがつまらなくなった証にとられてしまうからなー。この国って。

 ちなみに宣伝部長になったのは元気が出す幕末をテーマにしたゲームソフトで、侍もいっぱい出てくるから「ギター侍」にご登場願ったって流れっぽい。ステージではトレードマークとゆー「モーリスギター」(僕のギターはモーリスギターと言っていたのは堀内孝雄さんだったっけ)をかき鳴らしては「拙者のような物を宣伝部長にするとはこの会社、、元気じゃなくて病気ですからー」と吼えてくれて大笑い。元気をバカにしているように聞こえてその実、自虐とも韜晦ともとれる自分を下げて元気の決定を持ち上げる話法だから違和感もなく楽しく聴けたけど当の元気の社長の人がどう思ったかは知らない。最後はいっしょに掌を前に出すポーズを決めていたから嬉しかったのかな。これは別にしてタレントを弄る方では舌禍の結構あったりする人だけど、それでネタが面白くなくなってはつまらない。斬って斬って斬り続けていって欲しいけれど当人、アイドルだかのファンに脅されているそーで年を越さずに斬られて元気のCMが”遺作”になったらそれこそ元気じゃなくって病気なんでくれぐれもご自愛下さい。切腹するなよあと10年は。


【12月12日】 起き出して午前5時半に家を出て向かうは秋葉原。降り立つと駅の前にはすでに行列が出来ていて、並んで買いつつ取材をすることをすぐさま断念して完全取材モードで「ラオックスアソビットシティ1番館」前へと出向き、そこから辿って最後尾を確認すると、再開発中のダイビルの下をぐるりと回ってガード下をくぐり昭和通まで伸びていた。これから出来るヨドバシだかビッグだかの場所まで伸びる行列はラオックス最後の咆吼かそれとも秋葉に我ありとのアピールか。

並び続けてオクで流せば駐禁代は出るか、なんて計算した人がいたかは知らない。しかしよりによってこんな日に一斉とは。  待つこと40分余り。途中警察がやって着ては購入待ちの行列の人がきっと止めただろー路上駐車のバイクやら車やらを一斉に取り締まるとイケズなことをし初めて行列の一部に戦慄が走る。けどとりあえず中央通りからどかせば何とかなりそうだって雰囲気もあって移動してすぐさま戻ってくる人もいたみたい。ご苦労様。日曜の早朝なんて路上駐車してたって別に誰にも迷惑かからないと思うんだけど、そこを敢えてやる辺りに警察の秋葉原的風物詩へのチャレンジ精神昂揚なんかがあったりするのかな。先行きに暗雲。

 シャッターをくぐって出てきた手編みのトロちゃん帽子を被った女の子とかゴルフクラブを持って「みんなのGOLF」を真似てる店員さんとかが並んでいよいよ発売カウントダウン。順番に入れて販売していくスタイルは2日の「ニンテンドーDS」の時と同様でこれだと中が混雑しないから取材もしやすくレジ横まで行き取り出され渡される「PSP」の姿を写真に収める。ほとんどが男子で年齢はそうだな20代から30代? 行列には外国人も結構いたりして世界で初の発売にわざわざやって来たのかもしれない。でもって帰って売るんだ。

 せっかくだからと店頭のデモ機をプレーして驚いたこと感づいたことがいくつか。なるほど「みんなのGOLF」にしてもテレビにつないだ「PS2」とさほど変わらない感じでプレーできる。ってことは「PS2」で十分じゃんって気もしないでもないけれど、わざわざテレビの前に座ってコントローラーを構えてプレーするのが億劫な時って結構ある。そんな時。そんな気分の時に「PSP」って実はとっても便利にできている。ベッドの上に寝ころんでプレーできる。食卓に運んでプレーできる。トイレの中でプレーできる。庭の芝生の上でプレーできる。屋根に登ってプレーできる。床下に潜ってプレーできる。家のどこの部屋にいたって、テレビがなくたって「PS2」を運ばなくたって「PS2」と同じ程度のゲームを遊ぶことができる。

トロちゃんもいました腰はふってくれませんでした残念!  つまりは最強にコンパクトで軽快な”家庭用ゲーム機”が欲しいと考えた時に「PSP」ってのはベストパッケージ。電池が長くて6時間しかもたないゲーム機、複雑な機構と高級の液晶を搭載している関係で道ばたで落としたら確実に壊れたり、割れてしまうよーなデリケートなゲーム機を、いわゆる任天堂の「ゲームボーイ」やバンダイの懐かしい「ワンダースワン」と同じカテゴリーの”携帯型ゲーム機”と考えるのが間違っていたってことだ。テレビを搭載した究極にコンパクトな”家庭用ゲーム機”それがPSP。お正月にはこたつをひっくり返さなくても、消音マットをひかなくっても家族麻雀が楽しめるようになるってことでそれが元旦の計な家庭は一家に1台じゃなく1人1台を正月までに買おう。

 本とカセットとCDでテレビの前が埋もれて近づけない我が家にとってもこれはベストなゲーム機かもしれないってことが判明したんで、途端に欲しい熱が高まって来て取材をうち切り行列の後方へと向かって聴いたらすでに午前の入荷分は整理券がはけてしまってて、それでもまだ配布中だった正午の入荷分の整理券を頂戴して帰宅の途につく。寝て起きて午後に秋葉原へとまた出向こう。途中小学生っぽい女の子が総武線にいっぱい乗ってきてそのまま西船橋から京葉線で新浦安に向かうのかと思ったら小岩で降りていった。朝早くから小岩で小学生祭りでもあるのか。何だろうかと思ったけれど眠いので降りるのは断念。眠くなければ着いていったのか。いったかも。

 帰宅して午前9時に眠り午前11時半に起きてからまた秋葉原。正午からの到着便を待って並び始めた人が相当数にいたけれど朝の行列を見ているから「アソビットシティ」の裏側までの行列なんて行列のうちに入らない。待つことおよそ30分で店内に。「シンプル2000」シリーズの水着美女シリーズのパッケージに描かれた無表情CG美女たちに胸ざわつかせつつ店内をぐるりを回っていよいよレジに到着。宣伝の効果かハードの購買層の特性が「麻雀格闘倶楽部」が売り切れになっていたけれどもとより麻雀を知らないんで買う気はなく、とりあえず絵を見て感動した「みんなのGOLF」とそれから水口”スペチャン”哲也さんによる「ルミネス」を買って帰る。標準的かどうかはしらない。

 プレーしてみて案外に面白い「ルミネス」はサウンドがUMDだけあって電子音っぽくなくって耳にがんがんと鳴り響くけどパズルゲームに落ちモノゲームはもとより苦手なんで長続きせず連鎖も付くrずなかなかにクリエーターの本領を享受するまでには至らない。訓練せねば。「みんなのGOLF」はまんまテレビとおんなじ「みんゴル」で、小さい画面でテレビの中で繰り広げられたものと同じプレーが楽しめるってところで支持されそー。だけどやっぱり外でやるには電池寿命が気になるところ。ローディングまでの時間も結構長くてその間だにUMDがぶん回り、電池が消費されていくと思うとなかなかに胃が痛い。やっぱり家庭内モバイルゲームってことになるのかな。

 液晶保護フィルターも買ったけど隣から見えないタイプのものは貼り付けると干渉縞が酷くて目に痛いんではがしたほうが無難か。他の普通のタイプのがちゃんと素通しで見えるのかは分からないけど別に隣から見られて恥ずかしいガラでもないんで買い直そう。「バリューパック」におまけにイヤホンは果たしてまともかどうか。何かぺらっぺらなんだけど。あとケースはどうもなあ。ただの袋ってのはなあ。これもちゃんとした奴を買い直したいところだけど種類がまだあんまりないんで出そろうまで待つか。世界的に大流行すれば「iPod」みたく一流ブランドがケースを作ってくれるんだけど、どーだろー。期待。ってことでしばらくは「みんゴル」マシーンとして使う考え。持っている人はコンペしよ。って会社じゃ誰も持ってないんだけど。「DS」でバンブラもピクチャも出来ない寂しさが更に上積みされるのであった。新型ゲーム機でその日のうちに遊んでもらえる会社に行きたいなあ(ねえよそんなとこ。

これを止めてればエナオはスターだったのに。けど頑張ったよ。  はるばると新横浜。これが最後ってゆー「トヨタカップ」はポルトガルのFCポルトにコロンビアのオンセ・カルダスとゆーともに超大メジャーなクラブからは2段3段かけ離れた知名度だけに観客も少なく7万人近く入るスタジアムで4万5000人とゆー寂しさ。知名度はともかくとして実力的にはともに欧州と南米のそれぞれのトーナメントを勝ち抜いたチームだけあって見る価値はとってもあるはずなんだけど、そこを超満員にできなかった所に「トヨタカップ」が狙った日本のサッカー文化の底上げが、最後まで十分には出来なかったって現実が浮かび上がって来るよーな。とはいえどんなチームが来ても国立はいつも満員だったからなあ。東京で昼間にやってりゃなあ。

 試合の方はといえばうーん、去年の「ACミランvsボカ・ジュニアーズ」の試合に劣るとも勝らない膠着状態。FCポルトが攻めてもシュートを打ってもオンセ・カルダスのゴールキーパーのエナオ選手が横っ飛びから正面から、はじき受け止めゴールを割らせない。加えてゴールポストくんも頑張ってポルトのシュートを2本3本とはねかえす。一方でオンセ・カルダスはシュートが打てずゴール前にすら運べない状況で、暇から寒さがこたえたのかポルトのゴールキーパーのヴァイア選手が何故か途中でぶったおれるとゆー始末。接触プレーがあったのかそれともどっか別の要因があったのか分からなかったけど、エナオ選手がノリノリだっただけにPK戦となればオンセ・カルダスに勝利の目もあるかなって雰囲気が強くなる。

 そこでエナオ選手がFCポルトのシュートを2本3本と止めれば明日の朝刊で一大ヒーローとなったはずなんだけどポルトの1本が外れた以外は全部決められ、逆にオンセ・カルダスのシュートの2本がはずれて万事休す。1本とっても惜しい場面があって指がほとんどボールにかかっていたのに割られてしまった辺りに、才能は見えてもスターとなる運はないのかと可哀想になってくる。とはいえそれなりに活躍は見せられたはずだからコロンビアの怪人イギータ選手の後を襲うよーな正GKの座を、これで獲得できるかあるいは欧州進出を果たせるか、ちょっと先行きが楽しみになる。一方でポルトはマッカーシーを筆頭に大喜び。遙か彼方でしょぼい観客を相手に試合をして果たして嬉しいのかなって思ったこともあったけど、その喜びっぷりを見ればやっぱりタイトルとして大きな意義があったみたい。今さらながらに勿体ない気が。世界クラブ選手権はどんな大会になってどんな伝統が生まれてどんな喜びを生むのかなあ。


【12月11日】 家にいても原稿が読めないんで電車で秋葉原へと物見遊山。とりあえず「ラオックス アソビットシティ1番館」で「プレイステーションポータブル」の売り出しの事前チェックなんかをして明日の朝7時から販売だってことは確認したけど、それに並ぶかどうかを判断しよーとエスカレーターで2階に上がって「PSP」で発売されるゲームソフトのデモ映像なんかをまとめて見ているうちに、だんだんと欲しいぜ買おうぜって気持ちが醒めていく失せていく消えていく。

 やりたいゲームがない、って言うとちょっと誤解もあるから言い換えれば「PSP」で敢えてやるだけのゲームがない、っていったところか。将棋とか囲碁とか麻雀をいつでもどこでもやれるっていうけどそれだったら別に家でパソコンで「AI将棋」とか出来るし麻雀は携帯電話でだって出来る。対戦? そりゃやって楽しいかもしれないけれど相手があって初めて成立することで、麻雀に将棋と嗜む世代の保有率を考えると対戦相手を捜す方がまずは難儀。それだったったらゲーセンに行って「麻雀格闘倶楽部」をプレーした方が相手は見つけ放題だし雀荘よりカジュアルに本格的なゲームを楽しめる。

 「どこでもいっしょ」も相手探しに苦労しそー。「ポケットステーション」の頃なら「PS」の保有にプラスアルファで楽しむ人もいたんでそれなりな普及率になったったけど決して体勢ではなかった。わざわざ「PSP」を買ってあえて「どこいつ」を持ち歩いてあれやこれやと言葉の交換を楽しむ人のいったいどれだけいることか。そう考えると敢えて慌てて買う必要の大きさをあんまり感じなくなる。レーシングゲーム? ロボット格闘ゲーム? 家庭用ゲームだったらもっとリアルでハンドルコントローラーとかで、あるいはワイドな画面で楽しめるぞ。その方が絶対に楽しいぞ。

 リアルさが売りってゆーけどしょせんは携帯ゲームのリアルさで、家庭用にはわずかながらも追いつけない差が生じる。それがわずかであればあるほど惜しいって気が強まり、圧倒的な差を価格差で妥協できる他の携帯型ゲームへと気持ちを流す。携帯ゲームで究極を狙っても、ゲームでの究極でなければ手は向かわないってことなのかも。音楽が聴けたり映画が見られるってアドバンテージもなるほど魅力と言って言えないことではないけれど、見られる映画のいったいどれだけの数が揃うのか。10時間とか持つ「iMac」とか持って歩いて普通のDVDを見た方が画面もデカいし楽しめるんじゃなかろーか。

 音楽? 生のUMDに録音して持ち歩けるってんなら乗ったけどそれはなく、あくまでメモリースティックデュオに移して楽しむことになりそー。頑張ったって1ギガには届きそうもなく届いても光学なメモリースティックに録音をするなら「iPod」に1万曲を入れて歩いた方が便利だろーし電池の時間だって確実に長い。何でも出来る分だけそれぞれに出来ることが専門に出来るマシンに比べてちょっとずつ劣る。それを越えてあまりあるゲームの魅力が存在することが「PSP」の売れる必須条件って結論に至っったけど、そこに並んだゲームのラインアップがこれでは、ねえ。期待はバンダイが画策しているガンダムの映像とゲームを融合させたタイトルだけど、何時でるか分からないから焦って買う必要はない。

 ってことで明朝午前7時からの「PSP」売り出しを並んで迎えるかどーかは不明。確率的には下がり取材として午前7時頃に秋葉原には行っても午前6時に行列に並んでいるってことはなさそー。とか言いつつも儀式として、あるいはお祭りとして行列に並びたい気持ちも一方にはあって、そんな集団に入ると起こるのが当然ながらの共同幻想。ここで買わねば男が廃るとばかりに「ドリームキャスト」を抱えて帰ったあの秋の再来とばかりに並び「PSP」をゲットして天に掲げる快感を、味わいたいがために無駄金を使ってしまう可能性もあったりするから悩ましい。とにかく明日、朝、起きられるかどーかにすべてがかかりそー。買うならやっぱり「ぷよぷよ」かなあ。

 秋葉原を散策。CD屋で相曽晴日さんの初期のCD3枚が去年の秋に発売されていたのを今さらながらに発見してまとめて買う。すでにファーストの「トワイライトの風」は再発されていて購入済みで、これに「風はきまぐれ」と「紅いペディキュア」と「Intorizue」が加わってベストに「月の子供」なんかも加わって結構な枚数をCDで揃えられたことになる。ライブに行ってないから弾き語りとゆー「しあわせになろう」は未だ購入しておらず。いかんライブに行かねばって調べて今月はクリスマスイブに名古屋であることを発見、ひとりで相曽晴日を名古屋まで聴きに行くクリスマスイブって、オツじゃない?

 あとはカセットに録音した奴は持っているけどCDでは持っていない、昔出たベストの「TRIC TRAC」とか「宇宙の記憶」とかを今再びCDで聴ければこんなの嬉しいことはないんだけどそこまでヤマハが付き合ってくれるとも思えないからなあ。この辺はやっぱり中古屋で5000円とか1万円とか出すしかないのか。カセットがあるだけ良いんだけど。しかし今聞き直しても綺麗なメロディで綺麗な声。こんなに素晴らしいシンガーがいたことを、でもって今もいることをどーして世の中の人はもっと話題にしないのか。ここはやっぱり有名になって「コーヒーハウスにて」をモチーフにした小説でも書いて相曽さんの名を満天下に知らしめないといけないなあ。やる気がわいて来た。どんなやる気だ。

 秋葉原なので「K−BOOKS」に寄って「一ノ瀬弓子クリスティーナはパンツをはいてない」のコピーも完璧な「よくわかる現代魔法」の特製POPを拝みコバルトあたりの文庫を広いエロ漫画のコーナーに群れる人を見つつ退出。大人のコンビニのタワーを上から下まで舐めてコスプレのコーナーに「ディアーズ」のRenちゃんが着ていた衣装が何故か売っているのを見て不思議な感じを抱く。大人のおもちゃにエロビデオなんかが中心の大人のコンビニに置かれるコスプレ衣装てってのはつまり、ナース服やらメイド服やらバニー服といったどちらかといえばプレー(何の?)向けの衣装で、アニメキャラなんかに扮するためのコスパ的衣装とは一線を画するものがあるって思ってたけど場所が秋葉原だけにその辺はシームレスにつながっているってことなのか。大人のおもちゃを買ってついでにアニキャラの衣装を買う人がいるかいないか。要観察。


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