Last Updated 2017/10/18
日刊リウイチ
TUNAGATTEIRUNOYO
「1998-1999年lain日記」

リウイチとは誰だ?
リウイチとは奴だ!

薄い髪に伸びた髭
趣味はアニメと女子サッカー

日刊リウイチとは
そんな胡乱な野郎の日々を
無限に綴ったページなのだ

ワーニングワーニング

(ホントはただの日記です)

◎積み上げた本の数が這々の体で1700冊に達した『積ん読パラダイス』だけど記念事業もなく、これからも地味に静かに増量方針。ライブドアブログの方で『積ん読パラダイスinBlog』なんてのも作ってみたけど誰が見ているのやら。
落ち行く世界で孤独な少女がロボットと出逢い、つかの間の交流を経てそれぞれの道を選ぶ。切なくも哀しく、そして愛おしい狩野典洋の短編アニメーション『ノアのハコ庭』に全人類よ、涙せよ。
こうの史代の漫画を片渕須直が監督した長編アニメーション映画『この世界の片隅に』が2016年11月12日に全国公開。観れば覚える圧倒的な感動を味わいに行けよ劇場へ。この辺りに個人的な感想が。
【10月18日】 板東次男はどうしてホテル・モスクワなんかを引きずり込んでは暴走を許して止めようとして止められず、自らを盾にしようとしたって役に経たずにバラライカによって首をへし折られる無駄死にをする羽目になったんだろうなあ。それだけ鷲峰組が切羽詰まっていたってことなんだろうけれど、だったら関西あたりから進出したい勢力を呼び込んだ方がまだ、悲惨な結末は迎えなかったんじゃなかろうか。そこが読めなかったところがやっぱり食客ではあっても、組みを率いる器ではなかったってことなのかもしれない「BLACK LAGOON」。チャカみたいな不穏分子も抱えていたりするくらいだものなあ、でもって裏切られて雪緒を拉致されるという。さっさと潰すべきだったんだ鷲峰組は。

 とはいえそうはいかない事情があったのはやっぱり真っ当な(ヤクザだけれど)構成員もいたし任侠系のテキ屋もあったりしたからだそう。そういう凌ぎがうまくはいかず、そして上部団体の香沙会はヤクザの正道を行こうとはしない腐れ極道。それらがまとめてホテルモスクワによって排除されたって結果をみれば、板東がしたこともまんざら悪いことではなかったのかもしれない。ただそこで雪緒が自決などせず生き残っていれば……。銀次の後を追ったら残る鷲峰組の構成員はいったいどうする。それが大事だった割に見捨てて逝ってしまうところにやっぱり、極道にはなりきれない女子高生の性質も見て取れる。それとも動脈とか頸椎を避けて刀を首に通す曲芸でも見せたとか。ちゃらーんと刀を抜いたら無事だったりしたとか。それだったらまた会えるんだけれど。残り4話の戦い、見ていこう。

 両国でタカラトミーアーツが新商品の展示会をするってんで見物に行く。見たら江戸東京博物館が10月からしばしの閉館になっていて、内装なんかのリニューアルなんだろうけれども目当てで来た外国人とか江戸の風情を楽しむ場所がなくなってちょっと可哀相かもしれない。集客施設であると同時に学習施設でもあるだけに、全面休館ではないやり方もあって良かったんじゃないかなあ、あるいは江戸東京たてもの園へと足を運んでもらうとか、いっそ川越まで足を伸ばしてもらうとかすれば、江戸東京博物館ほどではなくても江戸の風情に近いものは味わえるんでおすすめしてあげて下さい観光協会。忍者だったら浅草の松屋の上にまだいるのかな。

 さて展示会ではやっぱりダース・ベイダーとストームトルーパーのおつまみサーバーに目が向かう。前にクリスマス商談会でも見かけていたけれど、ベイダー卿とトルーパーの頭があってそこの口の下あたりに手をかざすとセンサーか何かで中に入れてある柿の種が1口分、がさっと出てくるとうすぐれもの。ってベイダー卿が柿の種をサーブしてくれるシチュエーションなんでまるで思い浮かばないんだけれど、だからこそ強大で従えるなんてとても無理な相手に柿の種をサーブさせるという楽しみを味わうことができるのだ。トルーパーはまあ普通かな。ボイスも入っていてあの名セリフとかも聞かせてくれる。そしてパーティーモードでは1口どころが全部がどばっと出てくることもあるとか。サーブさせた復讐かも。家に置いておきたいけれど、ついつい試して1日で空っぽにしてしまいそう。亀田製菓の回し者なのかベイダー卿は。

 「スター・ウォーズ」関連ではガチャ向けにファースト・オーダーの面々のミニフィギュアがあったり「黒ひげ危機一髪」の小さいのにキャラを乗せたのがあったりとなかなか賑やか。小さいライトセーバーもあったっけ。灯りが付くかは分からないけれど、ちょっとだけ光れば嬉しいかも。昔はレーザーポインター的なものもガチャには結構あったけれど、今はやっぱり人に危害を加える可能性もあるからあんまり作っていないのかな。そうそうこれもおつまみサーバーと同じように大人向けのアイテムでライトセーバーの柄の形をしたリモコンってのもあったっけ。テレビなんかのリモコンのボタンを押して操作をその柄に転送しておくと、柄を振ったときに操作が再現されるという。6つだかの登録が可能だからチャンネルを変えるとか電源を入れるとかの操作に使えそう。家に帰って手に持ってブンと振ってテレビをつけて気分はジェダイ。なんか寂しい。

 キャラクターものでは「おそ松さん」がもう立ち上がっていて第1期の時との違いなんかを感じる。あの時はアニメが始まってすぐに話題になっていったけれどもすぐにグッズなんか出るはずもなく年が明けてそれこそ春になってようやく増えて来たって感じだったからなあ。一部まさめやさんなんかは早くからグッズとつくっていたけれど、少人数だから出せた機動力であって企業が人気をキャッチアップして企画を立てて許諾をもらい監修を受けてグッズを作り製造ラインに乗せるまで、半年くらいはかかって当然。そうしたラグが人気の衰退を呼んでしまうこともある。今回はすでに1期で爆発的な人気を得ていたから動きやすかったんだろう。

 とはいえ内容は下品さが10倍増しになっているんで、グッズを買う女性ファンはどこまでついていくか。番組内でもそうした人たちをイジっていたからなあ。でも面白いからやっぱりファンはいなくならず、グッズも売れていくんだろう。そうしたファンをしっかりキャッチアップできると良いかな。あとは「ハイキュー!!」があったり「カードキャプターさくら」があったり。前のアニメから18年くらい経っているのにしっかりと人気を維持しているところに作品の良さってのがあるんだろう。前は確かバンダイが作っていたけど今回はタカラトミーのグループが手掛けるみたい。何が出てくるかな。やっぱるステッキとクロウカードは必須だけれど前のと違うのが出てくるかな。あと「けものフレンズ」関係はなかなか大手玩具メーカーではグッズにならないなあ。そこがちょっと分からないのだった。

 巨人が本気を出し始めたってことなのか。マイクロソフトによるMR(拡張現実)の技術「Windows Mixed Reality」ってのがいよいよ動き始めたみたいで、対応したヘッドセットが5機種ほど展示される体験会があったんで見物に行く。基本はWindows10のアップデートで3D Viewerなんかに対応したりして写真を並べると自動的に音楽がついてスライドショーになったりする機能も面白かったけれど、それに加えて「Windows Mixed Reality」にも対応したそうで、そうしたOSのバージョンアップと対応したパソコンの普及なんかによって畑を作り、そこに手持ちのそうしたPCで利用できるVRヘッドセットを送り込むことによって、高いのを買わなくても売ってないPlaystationVRを探さなくても、すぐにVRだとかARだとかを楽しむことができる。

 インサイド・アウト方式っていうトラッキングの技術を使っているから、HTC Viveみたいに周囲にトラッキング用のセンサーを置かなくても大丈夫。手に光点がいっぱいついたコントローラーを持つと、それをヘッドセットのカメラが読み取り位置なんかを把握した上でトラッキングしていく。そこから歩いても回ってもちゃんと追随してくるから便利というか、ヘッドセットとPCさえあればどこにだって持っていけるところがHTC Viveなんかとは違う所と言えそう。値段もDellだとかAcerだとかHPだと富士通だとかLenovoだとかがそれぞに出しているから幅があってデザインもいろいろあって自分に合ったのと決められる。あとはコンテンツが充実すれば、だけれど東京ゲームショウ2017でDellのヘッドセットで試したゲームとか、面白かったし進撃の巨人風のもあるみたいだし、選ぶに困ることはなさそう。スペックを持ったPCを買ったら、あるいは持っているならどれか試してみても良いんじゃないかなあ、iPhoneとかGalaxyなんかを使って遊ぶのよりもはるかに性能は高いし。問題はWindows10が動くPCか。今だといくらくらいなんだろう。Windows7のサポートが終わるタイミングで買い換えるか。


【10月17日】 東武動物公園で行われている、「けものフレンズ」のフルルが描かれたパネルを見つめていたフンボルトペンギンのグレープ君死去に伴う献花台は、机だけでは場所が足りなくなって、花束をまとめて並べていく大きなボックスが用意されたみたい。いちいち下げずにずっと置いたままにしているのかな。毎日すごい量の花束が届けられているのかな。そんな献花台の設置は10月22日までだそうで、確実に献花をしたい人は頑張って週内に行くのが良さそう。22日は衆議院議員選挙だから朝早くに投票所に行ってそのまま駆けつけるとか、同じ埼玉県にある大宮でアニ玉祭が開かれているのに行く前なり行った後で立ち寄るとかすれば行けるでしょう。

 大宮からだと東武野田線で春日部まで出てそこからスカイツリーラインだか伊勢佐木線だかで東武動物公園まで。遠くはないけど園内に入ってから結構歩くんで、抱えきれないような巨大な花輪は止めて手に提げられる花束を用意していくのが吉。駅から動物園までの途中に途中に花屋さんもあるみたいだけれど、最終日はいっぱいの献花希望者で売り切れそうだからどこかで用意していこう。行ったらグレープ君を悼むだけでなく、ほかの動物たちも見ていくこと。ホワイトタイガーもいればアルパカもいるし野ブタが時々お散歩しているしラブラドールレトリーバーのキナコも檻の中に入って待ち構えている。ヒグマにゾウにライオンにキリンにほかいろいろ。いっぱいの動物に触れて生命を感じてそして21年を生きたグレープ君の生涯に思いを馳せて、動物園とは何かを改めて考え直す。そんな機会にしよう。閉園前にみんなで「大空ドリーマー」を歌って見送ってあげたいなあ。

 やっと見た「十二大戦」の第2話でも殺し合いは活発で、自分を弱いと見せかけて戌の戦士に近づいていってパワーアップの薬剤を注入された途端にとてつもないパワーを発揮して戌の戦士の頭を握りつぶして仕舞うからすさまじい。見かけによらないってあたりがやっぱりキーになっているらしく変態バニーボーイの卯の戦士がゾンビを従え闊歩していたりしていてこの先がちょっと読めない。でも丑の戦士は無限に強そうなんで根本的なパワーとあとは見かけによらない何かを追っていそうな申とか、未だ能力が不明な子あたりがぐいぐいと出てくるんだろう。個人的にはブルマみたいなものを履いている申が残って欲しいんだけれど、主役にはならない役回りだからなあ、まあ平和を願っているからあっさり降りてしまうのかな、でもどうやって? そこも含めて注目。

 日産自動車がしばらく前に検査の資格を持たない人が承認を出して出荷していて問題になったけれど、資格を持つ人間の不足を補うために基準は曲げずに承認をしていただけだったら、それもやっぱりいけないことでも品質そのものに問題はない。ある意味で良心的な過ちだったとも言えなくもないけれど神戸製鋼の場合はもはや企業として存在を許されないくらいに非道な振る舞いで、今後の燃え広がり方を思うと来年3月の入社が決まっていた人が気の毒になてくる。あるいはラグビー部への所属が決まっていたラガーメンたちも。

 だってデータの改ざんだよ、品質が良くなくても通してたんだよ、これってモロ、製品のクオリティに関わってくる問題じゃん、それも安全確保が必須の輸送機械とかに使われていたら、人の命にだて関わってくる問題じゃん、世界が戦慄して問い合わせ、謝っていたなら賠償を求めても不思議は無い。それが何千億円何兆円になるか解らないけれど、たとえ支払えたところで失った信頼を取り戻すのは用意ではなく、取引停止から売上の減少となって立ちゆかなくなり、どこかへと吸収されていってしまいそう。やっぱり住友金属と新日本製鐵が合併して出来た新日鐵住金あたりになるのかなあ、JFEスチールがかっさらっていくとか、あるいは韓国中国あたりに買われてしまう? バレなければ解らないうてもバレたら終わりのその不始末を、誰が始めてどう受け継がれ、今もなお続けられたかを解明し、二度と起きないようにしないと立ち直りは不可能。もっともそれが出来ていればこんな事態にはならないから、どっちにしても立ち直れないかも。名門もこれでサヨウナラ、か。

 しかし、かかる事態にいつもお隣の韓国の企業が不祥事をどうしたとか、中国の企業はやっぱりモラルがどうしたとかいった記事をほじくり返しているように書いている新聞が、この国で今起こっている大企業にして名門企業のとてつもない不祥事をいったいどれだけの分量を割いて報じているのかというと、1面トップで流す訳でもなく会見があった分だけそれなりのスペースで載せているだけ。悪逆非道な振る舞いだとかいって糾弾する訳でもないし、やっぱり国民性がああだからモラルもどうとかいった国全体を侮辱するような言い回しもしない。これが韓国や中国の企業だったら? 考えるとその非対称性にやれやれとなるけれど、自分が推したいところはとことん推しまくって非難したいところだけ非難しまくる体質は昔からあから仕方が無い。でもそういった不公正さは世間は先刻ご承知だから、いずれ見放されていくだろう。やれやれだ。

 というか、そんな未来をぐっと引き寄せるような妙な事態が。いわゆるネットワークビジネスというものを手掛けている企業は、その手法にいろいろと不穏なところおある関係で一般紙と呼ばれるところは経済面で取り上げることをあまり頻繁には行ってこなかった。そして系列の産業専門紙とか夕刊紙が取り上げることによってトータルでお金に換えてきた部分があるんだけれど、そうした媒体で意味がないと感じたからか、とくに喫緊のニュースでもない内容の記事が、代表者の写真が入ったインタビューとして経済面に堂々、掲載されてしまった。

 他紙になんかもちろん載っていない記事だから、ある意味では独占インタビューってことになるんだけれど、その内容が今まさに世界が必要としている記事かというと、あくまでも自社のメセナ的な活動の報告であって、それを敢えてインタビューで語る必要はない。読者が必要なのは企業が本来の活動として行っていること、製品でありサービスがどうなるかであって、被災地の支援を経済面で掲載する意味はあまりないにも関わらず、載せてしまっている状況を見る人が見ればそういうことだろうなあと思ってしまうだろう。それは当該の企業には目出度い話でも、同じ経済面に載ってる普通の企業は、そういった企業のあまりにもな記事が載ってしまっている新聞を、信頼に値しないと考え相手にしなくなるかもしれない。そういったリスクを抱えてなお縋らなくてはいけない状況はつまり、尻に火が着いているどころじゃないってことなんだろう。参ったなあ。

 何かがもう完全にどこかが焼き切れているのかもしれない長谷川某。どうやら交通違反か何かを起こして免許取り消しか免許停止あたりの可能性があって、警察側が処分の妥当性をはかるために聴聞会を開いて話を聞くため呼び出した話を、最初は知らない自分のことではないといった態度を見せ、デマだから訴えるかもとまで言って脅して取材にも「僕も(呼び出されているという話なんて)聞いたことないんですけど」「いや、デマに決ってるでしょ、それ。本当にもう『犯罪』として、選挙終わったら速攻で被害届出しますので」と言っていた。

 けれども、住所はいっしょで隠しようがなく、追究が及んだら今度は違うあれは呼び出されたんじゃなくて、京葉道路を高速道路と間違えて飛ばしていたら超過していて、そして覆面パトカーに捕まってしまったんだけれど周りを見てよもっと飛ばしている人たちがいるのに、どうして自分ばかり捕まえるのとプンスカして、文句言いたいんで公聴会を開いてと求めただけなんですよと言い始めた。おいおい。他の車がもっと速かろうとも自分だって速かった訳で、それを認めた上でけれども言うならまだしも自分は悪くないと言っているに等しい態度。こういう態度の人間が政治家になって贈収賄で捕まっても、みんな賄賂もらっているのに自分のは金額が低いから無罪でしょ、って言い出しそう。

 そうした反省がまるで見られないのも問題だし、自分から言って公聴会が開かれる制度なんてないにも関わらず、言い訳に言い訳を重ねて言いつくろおうとしたけれど、土台が嘘だから全部嘘になって崩れてしまうという、いつかの透析患者に対する誹謗発言と同様の事態を繰り返していることも問題。でも、当人にそうした自覚もなければ自省もないところに、やっぱりどこかが焼き切れているといった印象を抱く。どうして誰も止めないんだろう。引っ張り出した政党は諫めないんだろう。それはその政党もやっぱり焼き切れているから? そうかもなあ。


【10月16日】 海外の方で東武動物公園にあるペンギン舎の中の岩に「けものフレンズ」に登場したペンギンキャラクターのフルルと、そのパネルに見入っていたことで世界に知られたグレープ君とが寄り添ったパネルが立てられてる画像が出回っていて、それがコラだからあんまり喧伝するなといった話もあったりして、なるほど確かに虚偽であって14日にグレープ君の死去を悼みに東武動物公園に行った時には、献花台の横に吉崎観音さんが描いたその絵が立てられてはいても、ペンギン舎の岩の上には何も立てられていなかった。

 ただ、当該の画像が流れて来たのを見た時に、そうあって欲しいなあと思って嬉しくなったのも事実で、誰もが抱いていたそうした気持ちを代弁してくれたものであって、デマというより愛すべきコラだといった認識で眺めていたりする。いつか叶ってくれると嬉しいけれど、恒久的に置くべきかというとそれは別の話で、「けものフレンズ」という作品とのコラボレーションの中で生まれた一瞬の出会いは、コラボレーションが終わりそして当事者もいなくなった今は思い出の中に留めておくのが正解だ。ペンギン舎は何もグレープ君とフルルのためだけのものでなく、他の色々なペンギンたちもいてそれぞれにスポットが当たって欲しいと思うなら、過去をいつまでも引きずって置いておくのは失礼にもあたる。

 とはいえ、このまま永久に封印してしまうのも寂しい話なので、例えば予定されていたグレープ祭りの代わりとなる、グレープ君を悼み送るようなイベントに合わせて改めて立ててその存在を忍ぶようなことがあれば良いんじゃなかろーか。その日限りの復活であり新生であってそこから旅立っていくという儀式でもあるから。そんな場で飼育員さんから思い出を語ってもらい、来た人たちも思いを吐露した後で全員が「大空ドリーマー」を合唱するとかあれば、踏ん切りもついて良い思い出にもなる。是非に企画をして欲しいけれど、実現する可能性はあるのかなあ。まずはあの絵がパネルになるかどうかか。吉崎観音さんの許可がとりあえず必要か。その厚意を商業的に利用するのではなく、思い出を昇華へと繋げる儀式に必要だからとお願いすれば叶うかな。

 やっと観た「Just Because」の第2話がまたリアルに高校生たちの“日常”を描いていてキュンと来た。これを日常系と言ってしまうと今の4コマ漫画から来たSFでもファンタジーでもない平凡な日々をコミカルさも含めて描いた作品と混同されてしまうからそうは言えないし、「日常」と行ってしまうとはかせの顔が思い浮かんでしまうからこれも違う。じゃあ何と呼ぶかとなればもはやJust Because系とでも言うしかない、それだけの独自性を今のこの時代に持っている。

 「月がきれい」とか「true tears」なんかも似てはいるけど、共に絵がいわゆるアニメに寄っていた。「Just Because」はそこからもうちょっと実写に寄せつつ、アニメとして観られる絵にして描いているところがやっぱり独自と言えば独自かもしれない。それはともすれが特長がなくフックが乏しく観てもらえないデメリットをはらむけれど、そこをこの作品ではストーリーの妙、キャラクターたちの心理状態の描き方の巧みさでもってしっかりと引きつけ見入らせる。泉瑛太からホームランを放って告白すると決めた相馬陽斗だったけれど、見つけた吹奏楽部だった森川葉月に暇かと告げたところに現れた瑛太と夏目美緒も誘わざるを得なくなり、ついて行かざるを得なかった2人に加えて葉月の弟2人と葉月の友達の乾依子の大所帯で新江ノ島水族館へと赴く。

 姉に私服のコートを貸してと葉月の妹が頼んだところにあの家の家系の大変さといったものが伺える。一方で受験を決めたもののまだ先をどうするか迷っている美緒の中流めいた環境も見えて、そうした様々な境遇を背景に持った人たちがこの社会には生きているって当たり前のことを感じさせる。帰ればどこも同じ一軒家、なんて日常系はやっぱり日常ではないものなあ。そしてメッセージアプリを使っての写真やメッセージのやりとりは、今のこの時代といったものをそこにしっかりと刻み込む。10年後にこれを観た人たちが何を思うかが気になるけれど、携帯電話で話しているアニメーションを今見ても普通と思うのは僕がそういう時代を経験しているからで、そうでない人が携帯に覚えた違和感が10年後、違うコミュニケーション手段をとっている人たちにも同様にメッセージアプリに対して抱くのかもしれない。

 ただ、ツールは変わり環境は変わってそもそこに生きている人たちの生活様式までもがガラリと変わることはない。家計に差があって暮らしぶりにも格差があって性格も違うし目的も違った人たちが集まり、触れあい重なり合いながら生きている高校なり学校といった環境と、そして青春を生きる少年や少女が抱く恋心や将来への不安や諸々の気持は、10年前も同じだったし10年後だって一緒だろう。そういう人たちにも「Just Because」はきっと届いて何かを感じさせるアニメーションになるはずだ。永遠に語られ記憶に刻まれる作品になると行っても過言ではない。そうなることを願いつつ、物語で誰もが幸せになって欲しいと思いながらこれからの展開を観ていこう。年末はとりあえず湘南モノレールに乗りに行こうかな。瑛太や陽斗や美緒や葉月が吸った空気を味わいに。

 オシャレ方面で押して毀誉褒貶を浴びながらも最終回をロングバージョンで作ってしっかりとオリジナル展開をまとめ上げたアニメーション版「血界戦線」から一転、監督も美術も代わった「血界戦線&BEYOND」は、内藤泰弘さんの漫画の雰囲気をそのまま映像にした感じで展開も掛け合いも同じテンポで、なるほど漫画の世界が観たかった気持にはとってもピタリとハマる一方で、だったら漫画読んでれば良いじゃないかといった気持もこれありで悩ましい。まあ漫画では例えばチェイン・皇があんまり喋らず寡黙な中に突っ込みを入れてるキャラだけど、アニメだと小林ゆうさんのぞんざいさが混じってキャラが立ってる。それが漫画のようにイジられたりすると思うとなかなか興味をそそられるんで、賭博で寄生虫入りのビールをスルーさせた場面とか是非にアニメ化して欲しいけど、無理かなあ、傍目にはお漏らしに見えてしまうし、違うんだけれど,傍目には。

 今もってFateシリーズは最初のテレビ版「Fate/stay night」が大好きで、オープニングは1期の「disillusion」こそが至高と思っている頭ではあるけれど、それでも世代が1つ上がった「Fate/zero」シリーズはまるで無関係な「Fate/GRAND ORDER」とは違って同じ衛宮士郎と遠坂凜とセイバーとアーチャーが出てくるシリーズなだけに、やっと観た「劇場版 Fate/stay night[Heaven’s Feel]T.presage flower」はそれなりに過去の思い出をたぐるようにして見ていけた。もちろんセイバールートではなくイリヤのルートでもない間桐桜のルートとも言える「Heaven’s Feel」では登場人物たちの出方も行く末もまるで違っているから、そうかそう来るか的な感覚で見て楽しむことができた。

 長く割かれていたのが桜と士郎との関係で、いきなり通い妻的に士郎の家にご飯を作りに来ては藤村大河となれ合っている訳ではなく、惹かれ合うものがあって行かざるを得ない状況めいたものもあって近づいていったからこそのその時があって、そしてこれからがあるんだと解らせてくれる。一方で、聖杯戦争がどういった状況で起こってそこに士郎がどう巻き込まれていったかはすっ飛ばし。凜がアーチャーを呼び出したところもなければ士郎がセイバーと出会うところもなく、連れて帰って大河と桜に紹介をして同居を始め、そして士郎が戦いに挑んでいくといった具合にセイバーと士郎との関係にあまり重きが置かれてない。それはたぶん、「Heaven’s Feel」という作品全体のテーマとも絡んで、その2人ではない士郎と桜にフォーカスを合わせた展開になっていく、ってことの現れなのかもしれない。

 バトルロイヤル的な魔術師とサーバントによる聖杯戦争のはずが、間桐慎二はあっさりやられてライダーは退場し、そしてキャスターも葛木宗一郎ともども謎めく真アサシンによって退場へと追い込まれる。さらにはランサーまでもが。そうやっていきなり減ってしまった残りのイリヤスフィール・フォン・アインツヴェルンが操るバーサーカーと誰が呼んだかなギルガメッシュ、さらに真アサシンくらいが残って丁々発止するだけではビジュアル的に寂しいと、再びのライダーの登場となっては真アサシンにやられて寝転ぶ士郎の眼前にそのお尻を突き出してみせる。見えたかなあアンダーウェア。というか履いているのか。そもそも誰のサーヴァント? ってあたりが引っかかりつつセイバーを失った士郎がそれでも主役然としていられるのはなぜかを想像しつつ、これからの展開を見ていくことになりそう。次は2018年とだけあったけどいつなのか。気長に完結を待とう。


【10月15日】 東武動物公園のフンボルトペンギンで「けものフレンズ」のフルルのボードをずっと見ていたことで名前を知られたグレープ君が死去した件。献花台には初日から大勢が訪れ献花しメッセージを寄せていたけれど、ニュース自体も日本よりはむしろ海外で大きく取り上げられていて関心の高さってものを伺わせてくれた。英国のBBCなんかはサイトに長い記事を載せていたし、やっぱり英国のデイリーメイルも早くにその死去を紹介していた。ミラー紙とかフリーペーパーのメトロ紙なんかも取り上げていて、意外な英国での人気ぶりってものが垣間見えた。何か琴線に引っかかるんだろうか、ペンギンの老いらくの恋ってものが。

 あとはアジアでインドなんかが見たら2紙くらいが紹介していて、末尾に「さようなら、小さな友達」ってコメントを添えていたところもあって、ライターさんが情報としてだけでなく感情を持ってグレープ君の死去を受け止めたってことが伺える。ミラー紙もそういえば私たちは泣いてなどいない、それは別の何かだ的な強がりとやせ我慢を言葉にして載せていて、却って悲しみって奴を感じさせてくれた。そういう小粋な言葉が日本の媒体ではほとんど見られないというか、新聞だと毎日新聞が現地に行って写真も撮って伝えているくらいで、あとは時事通信は初日の午前10時には来て映像とかコメントととかを揃えて記事にして流してた。

 映像にはグレープ君の面倒を見ていたペンギン担当飼育員の山田篤さんが登場して、どんな具合だったかを話していて、割と急変したことが見えてきた。そりゃあ直前まで「グレープ祭り」と称してペンギンのトークをするイベントを告知していたんだから驚きだろう。ご飯を食べるんだけれど体重が減っていく異変があって、これはちょっと様子を見た方が良いと裏側に引っ込めたのが10月10日。けれども良くはならず11日は立っているのもやっとになって、そして点滴とかを受けたものの12日に入って息を引き取ったという。どういう病変かはまるで想像がつかないけれど、もとより歳も歳なんでどこかがずっと悪かったのが、急に出てしまったのかもしれない。

 そうした変化も含めてしっかり調べることが、動物園が動物を囲って飼い続ける意義でもあるから解剖その他の処置は当然。可哀相とか行って除外する方がその死を蔑ろにしてしまうものだから控えたい。ただやっぱり献花台だけでは限られた日数の中で来られる人と来られない人の差が出てしまうんで、改めてお別れの会めいたものを開いてそこで皆の気持ちを落ち着かせつつ、今一度、東武動物公園にいる動物たちへの関心を高めてもらうようにしてくれたら嬉しい。時事通信の動画で飼育員の山田さんは、グレープ君の存在から他のペンギンの名前へも関心が及んだと話して、ただのペンギンが個としての存在になったことを喜んでいた。それは他の動物たちにも言えること。その気持を改めて持ってもらう機会を是非。

 立憲民主党の勢いが凄いようで、街頭に立てば100人単位どころか1000人を超える人が集まり枝野幸男さんの言葉に耳を傾けるという。前々からクレバーでそしてリアリティのある言葉を述べる人だたけれど、右も左も空論に終始して上から脅しにかかるような言説が多い中で弱腰かと見做され目立てなかった。それが右も左も行き過ぎて空論どころか暴論から妄論へと流れる中で、真っ当な言葉を話して明日をいっしょに考えてくれそうな人に出会えた。ならばと集まりその言葉に耳を傾けようって気になるんだろう。その勢いがはたして投票日まで続くかが目下の大事ってことになる。

 さっそく、その足を引っ張ろうと公明党の偉いさんが2011年3月11日の東日本大震災後の時に官房長官だったのが枝野さんで、そして菅総理とともに原発事故の対処を謝ったとか言っている。らしいけれど、だったら公明党も含んだ今の政権だったら原発事故が止められたのかって話になる。そりゃあムリだろう。だって津波は避けられなかった訳で、それで電源が喪失した中で官邸が出来たのは東京電力を監視すること。それでもケーブルを間違えるポカをやり逃げだそうとして怒鳴られる失態を見せた。これが今の政権だったら締め付けないで逃げられ大変なことになった可能性だって考えられる。

 だいたいが津波対策を怠ったのは今の与党と同じ政権だった訳で、なにより政権とってもうすぐ5年経つのにいったいどれだけのことを成し遂げたか。それを言えないで当時を非難したって誰も聞き入れはしないんだけれど、そういう言葉を率先して報じて味方をしようとするメディアがあるからなあ。とにかく野党側への批判だったらその真否とか考えないで垂れ流す。サンデーモーニングでコメンテーターが野党に投票促すかのような発言をしたって書いても来たけど、読んだら野党のビッグバンが起こるかと前置きしても、ビッグバンを起こせとは言っておらず起こさせないと受け止める人もいて応援になってない。野党結集は尻すぼみしたと言った後で選挙に行けと言っているだけで野党への投票を促している訳でもない。でもそう書くとそうかと思わせ野党憎しを募らせる現れる。そんな書き方ばかりしてて呆れられないのかと思うけれど、内輪で受ければそれで勝ちって状況にでもなっているのかなあ。やれやれだ。

 ICAF2017で見てなんだこれはと驚いて、ネットで全編を見てやっぱり凄いとひっくり返った内沼なつみさんによる日本大学芸術学部の卒業制作となるアニメーション「最終ロケット・イェイ&イェイ」が上映されるってんで昨日に続いて練馬アニメカーニバル2017へ。何と専任講師で映像作家で「快速特急ガタゴトフィルム」を作った人で、そして何より「この世界の片隅に」で強く印象に残るノーマン・マクラレン風の映像で衝撃のシーンに続く暗転の中での慚愧を描いた野村建太さんが解説をしながらの上映で、それで初めてネットでは飛ばされている第5話「みりん2」が飛ばされた理由が分かった。

 上映の後に作者の内沼なつみさんが第5話も入ったDVDを配っていて、もらって見たらやっぱり納得の“封印作品”ぶりだった、ってことではなくてこ、卒制の時間既定を超えてて落とすならどれが全体から関係が薄いかを考えて、これになったといった解説に納得がいった。とはいえ上映版とかネット版で飛ばしておいたことが、逆に“封印作品”っぽさを醸し出していたから、その意味では怪我の功名だったのかもしれない。大きなスクリーンで改めて観ると、いろいろ細かな芸が伺えて面白かった。斜めに切って影入れるとか、絵は下手そうでも動きなんかに巧さがあるとか。あとは隅々まで油断できない言語感覚。ゴマはゴマでもごま油。意味は分からないけどそうかと納得できてしまう。不思議な作品。次はどこで上映を観られるだろう。

 そんな練馬アニメカーニバル2017での日大芸術学部制作作品集、篠原任成さんの「Rise in the world」はホームレス的な男が見上げたペントハウスで豪華に食事をするかつての同級生に近づこうとして阻まれる。良いアイデアが浮かんだけれど休むに似たりな感じ。身につまされるなあ。小寺竜輔さん「NEXUS」は人間をどこまで点だけで最低限人間として感じさせられるかに挑戦したテクニカルな作品。そうと思えばそう見える、的な。大川哲さん「Mr.Smoke」は煙の増えて広がり浮かび散る表現がちゃんとそう見えた。ユニークだったのが佐藤勇希・鈴木健生さんの「ハピネスを、ふちどって」で、インスタめいたハピネスにイイネを求め続ける姉が弟を巻き込みエスカレートしえいく様に戦慄。それを描く絵柄のサウスパーク的ビジュアルや胴体から離れた手の扱いに脱帽。こういうのが出てくるから学生のアニメーション作品を観るのは止められない。


【10月14日】 映画「ブレードランナー」について語るとき、僕があまり語るべき言葉を持っていないのは1982年の劇場公開を観ていないからだろう。それどころか劇場で「ブレードランナー」を観たのは2017年10月13日、すわなち昨日に丸の内ピカデリー3で開かれた爆音映画祭で「ブレードランナー ファイナル・カット」が上映された時が実は初めてだというからまったくの素人とさえ言えるかもしれない。じゃあ観たことがないかというと東京に来て(千葉だけれど)ビデオデッキを買ってVHSの「ブレードランナー 最終版」を買って観たことがあるし、その後もDVDを買ったりして幾度か観たものの他のバージョンについて眼を更にして違いを見比べるようなことはしていない。「最終版」と「ファイナル・カット」の違いも実はよく分かっていない。

 もちろん「ブレードランナー」という映画の存在自体は公開前から知っていた。「SFマガジン」を読んでいたからP・K・ディックに「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」という作品があってそれが映画になるという情報も得て期待はしていた。雑誌の「POPEYE」にも確か紹介が載っていて原田眞人監督によるレビューも載っていたかもしれない。デザインを手掛けるシド・ミードという名前も知っていたし音楽のヴァンゲリスは中学時代に流行ったテレビ番組「COSMOS」で印象的な音楽を作った人として記憶していた。

 だから観に行って当然だったかというとその頃はまだ高校生で、映画1本を見に行くことすらなかなかに困難な時代。そうこうしているうちに上映も終わってしまってその後、大学に入ったあたりでリバイバル上映があったようで前売券を買ったもののこれも行かずに終わってしまった。だったら見たのはVHS版を買った1997年ごろかとうとたぶん、テレビで吹き替え版が放送されたのを見ているような気がする。ラストシーンに近づいてプリスが回転してロイ・バティがホッハッを叫びながら走り回るシーンがやたらと記憶に残っているけど、それもVHS版を見て以降の記憶が混じっているかはっきりしない。

 かように偉大な映画と知りつつ敬いつつも劇場まで行くほどのものかと思っていた映画「ブレードランナー」をやっと劇場で見た。感想は? やっぱり映画はスクリーンで観るのが良いなあ。顔のクローズアップもテレビではドラマサイズだけれど、映画館で観ればスクリーンいっぱいにデッカードの顔やレイチェルの顔やロイ・バティの顔が広がる。あの苦悩に観ていたり逡巡に溢れていたり唖然としていたり。そんな葛藤が表情に表れていることがよく分かる。そして都市。俯瞰で遠くまで見える都市のマットペイティングな描写もスクリーンだからおそ広がりを持って感じられる。本当に空から観たような気になれる。これはやっぱり映画館で観る映画だ。そう思ったので今度上映があったらまた行きたいけれど、出来れば長く観ていた「最終版」が観たいなあ。違いはよく知らないけれど。本当に何が違うんだ?

 亡くなったグレープ君への献花を行いたいと朝から起き出し東武動物公園へ。とはいえ花なんて買ったことがない上に朝も早いためどこで帰るか分からないから花屋を探したものの見つからないし何か高そう。それならと乗換駅の南越谷でスーパーマーケットを探したら朝の9時からイオンが開いていたんで寄って食料品売り場の隅っこに店を構えていた切り花のコーナーから仏花としてまとめられていたものを1束買って手に下げ東武電車に乗って東武動物公演へと向かう。午前9時半のオープンから少し過ぎたあたりで門まで到着して、そこから歩いてペンギン舎へ。前を歩く人も手に花束を持っていたから、自分ひとりじゃないと安心する。

 それどころか到着したペンギン舎の横の献花台には既に何束もの花が置かれて賑やかに。グレープ君のパネルがあってフルルのパネルも置かれてそして、吉崎観音さんによるグレープ君模様になったあれはフルルかフンボルトペンギンがグレープ君とともに描かれたパネルがあって、10月13日の日付とサインも入れられていてその死を悼んでいることが伝わってきた。例の騒動からなかなかツイッター上で発言できる状況にはないようだけれど、こうした場面でしっかりと動物たちのことを考えメッセージを寄せるところは、やっぱり好きで立ちあげた企画なんだ「けものフレンズ」はといった印象を強く抱く。だからこそここで途絶えさせないためにも、僕たちがグレープ君と出会うきかけを付く手くれたアニメ「けものフレンズ」にまとわりついた暗雲を晴らし、次なる展開へと至って欲しい。そんな日は来るか。グレープ君がかすがいとなるか。今はそんな期待を抱きつつ、ありがとうとグレープ君に言って送りだしたい。黙祷。

 ぐるりと回って練馬へと行き練馬アニメカーニバル2017で実施の映画「この世界の片隅に」の大ヒット感謝祭とやらを見物する。その前に手前の建物で行われていた展示の方も観て「この世界の片隅に」の原画の複製とかがあってすずさんお顔の原画と修正が並んでいたけど素人目にはうまく違いが分からない。でもきっとフィルムになると違った印象になるんだろうなあ。「昭和元禄落語心中」とそれから「映画名探偵ホームズ」の2話分の上映もあってそうかこんなに「昭和元禄落語心中」は落語の演技があったんだと今粗ながらに知る。声優さんも大変だっただろうなあ。「名探偵ホームズ」はやっぱり柴田さんの声の方が落ち着くなあ。広川太一郎さんだとこの頃だと剽軽なイメージが滲んでしまってちょっとズレるんだ。

 そして感謝祭には片渕須直監督のほかにプロデューサーの真木太郎さん、径子さんの声を担当した尾身美詞さん、そしてリンさんの岩井七世さんが登壇してあれやこれやとおしゃべり。今でこそこの人しかいない径子さんの尾身さんだけれど別のプロフィルが監督の下にいったり違う担当パートが渡されていたりとガタ付く中、直感からか径子さんが晴美さんを連れて出戻ってきた時にすずさんと会話するシーンをやってといわれてやってそれがハマって起用となった話をしてくれた。偶然ってあるんだなあ。ご本人は「この世界の片隅に」が大好きで大好きでどうでも出たいと思っていたけどその直感がなかったらどうなっていたか。映画も違った印象になったかも。結果論だけれどそのプロセスに神はいる。そういうものだ。

 岩井さんはすずさんの役にのんさんが決まった後にどういうバランスにするかから選ばれたといった感じ。いわゆる花街の住人だから艶っぽさもあって不思議は無い声で、それを意識していたらすずさんと同年代で関係としては友人で、気兼ねなくしゃべれる人といった感じで可愛らしさの残る岩井さな選ばれたらしい。時に見せる大人びた雰囲気も厳しい世界で生きるリンさんにぴったり。でも出番はあの朝日町での出会いくらいであとは回想シーンのひとことで、すずさんと友達になったような会話のシーンはない。当人も物足りなかったようでもっとやりたいと言ったそうだけれど、果たして会話が重ねられるシーンは作られるのか。それはいつか。待つしか無いなあ、いつかのその日を。最後に真木太郎さんが海外で嬉しいことがありそうだと話していたからきっとアカデミー賞の受賞だろう、あるいはノーベル賞、ってまだ決まってもないけれど、アカデミー賞のノミネートくらいは行ってもらいたいなあ。


【10月13日】 チラと見た「Wake Up, Girls! 新章」のライブシーンの、これまでの作画ではなく3DCGになって感じた印象に、ヤマカンさんがどうこうというより作品としてどうなんだといった印象がやっぱり浮かんでしまったり。スタート時からこだわって、ちょっとしたズレとかそれぞれの個性なんかもしっかり描いていた作画によるダンスシーンが、3DCGによる人形劇のようになってしまっては、前のをアニメーションによる映像のひとつの形として評価していた人たちはあれって思うだろう。一方で主体を中の人、アイドルユニットとして活動しているWUGに置くなら、そのアバターが2Dでも3Dでも歌って躍ってくれていれば良いという考えもあるのかもしれない。

 ただし企画の発端が東北における震災から復興にあって、主体を地方で思いを抱えた少女達が結集して飛び出していくドラマであり、その登場人物たちに置いたとき、2Dによる作画も含めてそこにリアルを感じていた意識といったものがあって、それが表層としてのアイドルが具現化されたような3Dのダンスシーンに衝撃を受けただろう。どこに行ったんだ自分たちの愛したWUGは。そんな感じ。とはいえ中の人たちは、もはや歴としたアイドルユニットであって、発端のアニメのドラマのキャラを重ねられ続けてはたまらないといった思いもあるかもしれない。そうしたドラマがあってこそ巣立てたユニットでもあって、消し去りはできない中でいろいろと葛藤しているのかもしれない。どうなっていくんだろう。スパッと切断をするのか否か。見ていこう。

 なんだこりゃ。フェイクニュースの検証というから世を惑わす甘言をチェックし事実かどうかを検証していくファクトチェック的なものかと思った日本ジャーナリスト教育センターとやらによる今回の選挙戦におけるさまざまな言説に対するチェック運動が、大げさな見出しに対する揚げ足取りめいた活動になっていて、これでいったい何がどうなるんだといった気分。辻元清美候補者は「大発狂」していない。そりゃそうだろうしそういう見出しをつけるメディアの酷さには呆れかえるけれど、それなら「大発狂」とつけた根拠を問い質し、一方で自分たちがそうでないことを“証明”しなければフェイクかどうかは断定できないにもかかわらず、ただフェイクと判定したとのみ描かれている。

 どうやって確証を得たんだろう。本人に確かめた? 精神科医の診断書を取得した? そうでないならこれもまたフェイクではないとはいえない言説。そんな印象のおっかぶせあいを横目に、立候補者の甘言に世間は弄されていく。立憲民主党という商標が出願中か取得済みかは事実関係を確認できるからフェイクと断じて良いけれど、それで問題の何が変化する? かの大量出願社の行為が無意味なことは法律家たちによって指摘されている。だからどっちも無意味だとまで記してこそ意味があるのに、商標登録の出願中という“事実”は残ってそれで迷いが生まれる可能性もあったりする。フェイクか否かよりファクトの可否、それを論じてこそのジャーナリストって奴なんじゃないかと思うんだけれど。僕のことはさておいて。

 プリパラだプリパラだ、プリパラがVRなライブになるってんで横浜にあるDMM V R THEATERってところに行って「アイドルタイムプリパラ み〜んなあつまれヨコパマ! ゆめかわマジカるライブ」の試写イベントを見る。ライブといっても基本的には映像で、そしてVRといってもハーフミラーに映像を投影して立体的に見せるという、初音ミクのライブなんかで使われている手法で、それが常設で見られるシアターってところがちょっと珍しいかもしれない。場所も横浜駅から歩いてすぐだし、これを機会に演目を吟味してちょっと通ってみたくなった。もちろん今回の「アイドルタイムプリパラ」のライブを筆頭に。

 内容はといえば主にゲーム筐体の「アイドルタイムプリパラ」で使われてるだろう3DCGのキャラクターのモーションを投影していろいろと寸劇をやらせ、そしてライブパフォーマンスを演じさせるといったもの。途中、アニメーション的なシーンにもなるけどそこはハーフミラーから離れて奥の大型ディスプレイにシーンを投影させるって感じで、そうやって手前から奥、そして手前といった変化を見せて奥行きを出している。映像の立体感と空間の奥行きが、映像であってもリアルにそこにいる感じを増しているって言えるかも。CGじゃなくて実写の投影だったらよりそこにいる感が高まっただろうなあ。そういうライブもやっているみたいだいし。

 「アイドルタイムプリパラ」がメインなんで主役は主に夢川ゆいで進んでいくけれど、神アイドルとなった真中らぁらを始めそらみスマイルのメンバー、そしてドレッシングパフェのメンバーも登場して持ち歌を歌ってくれるから「プリパラ」のファン、そして演じているi☆Risのファンも見て楽しめるライブになっていそう。あの名曲「Make it!」をソラミドレッシングとそして夢川ゆいの7人で歌うシーンなんかもあって泣いちゃいそうになる。ほかのユニットもいっぱい出てくるからファンなら行って損なし。声優さんを観に行くんじゃなくてキャラクターとしての「プリパラ」であり「アイドルタイムプリパラ」が持つ人気度合いってのを確かめられるイベントだ。

 ライブ以外では初音ミクの登場とグッズの販売とかパネルやフィギュアとの記念撮影とか、いろいろ遊べる要素もあって行けば浸っていられそう。人気もありそうで、当初には予定に入っていなかった11月6日から12日までの21公演も決定。アーティストが実際に歌い躍る訳じゃ内から1日3回の7日間連続休養日なしの公演も可能なんだろう。そういう意味ではバーチャルアイドル最強かも。作品自体にスキャンダルがなければ永遠に使い続けられる“タレント”でもある訳あし。それにしても冒頭で、夢川ゆいがマグロ御苑の新米船長を想像してその多忙な毎日を考えつつマグロをご飯と食べることを強く思ってる展開とか、どうしてそうなった的なユニークさ。そういうところが「プリパラ」の底堅い人気を支えているのかもしれない。追加公演でそらみスマイルのメンバーが登壇する日もあるんでチケット、探してまた行ってみようかな。

 嗚呼。10日に体調不良で展示が中止されていた東武動物公園のフンボルトペンギンで、「けものフレンズ」に登場するペンギンアイドルユニットPPPのメンバーにしてフンボルトペンギンのフルルをかたどったパネルに反応して、長く見つめている姿が全世界的に話題になっていたグレープ君が12日に亡くなっていたことが判明。その日の夜にニコニコ生放送で東武動物公園からコツメカワウソの解説をやっていたくどうおねえさんが登場し、フルルを演じた築田行子さんも交えた番組の配信があったんだけれど、その時点ですでに亡くなっていながらも番組では触れず、築田さんも知ってか知らずか快癒を願っていたところがちょっともの悲しい。同時に伝えて混乱が起こるよりもまずは番組をスムースに終えることが大事と伝えなかった可能性も想像して、「けものフレンズ」譲りの優しさが根付いているんだろうかと思ったりもする。真偽は不明。

 凄いのは日本のメディアだけではなく海外のメディアや掲示板でも話題になっていることで、イギリスの大衆紙のデイリー・メイルが早速取り上げ、そして英国ではNHKに匹敵する大型メディアのBBCでもグレープ君の来歴や家族関係なんかを紹介しつつその死を全世界委に伝えていた。バリューがあるって判断なんだろう。そうやって世界がグレープ君を知っているのは、「けものフレンズ」への関心が世界的だったりするからで、そんなタイトルが今、直面している問題についてこうした寂しいけれど、同時に世界に知られていて嬉しい気持も抱きつつ、ちょっとばかり膠着状態にあるところからグッと動いていって欲しいもの。どうなっていくんだろう。そして世界での報道の輪はどこまで広がるんだろう。ちょっと気になる。


【10月12日】 投票棄権の賛同者を集めていると言われ非難されているあずまんこと東浩紀さんの言動だれど、ああれは自分も投票に行くならどこに投票するかを表明している訳で、別に棄権しろと言っている訳ではなく棄権してえなあといった思いを抱いている人たちがどれだけいるかを“可視化”するための装置であって、そうしたい理由は何かと考えさせてこの意味不明な解散っていったい何だよ税金たっぷり使っていったい何がやりたいんだよといった憤りの表明を世間に見せ、また憲法改正とか消費税率アップといった課題について旗幟鮮明にする効果があるとか言っても、それで細切れになっていったら野党の存在する意味がないじゃん、与党の方がもっと大ぐくりで剛柔混ぜて言ってくる訳で、それに勝てないんだったら分裂なんて阿呆じゃんと訴えていると取れなくもない。というかそういう意味ななんだろう本人的には。

 野党もたとえ野合と呼ばれようとももうちょっと、境界を曖昧にしてもっとふんわりやろうよ、そして徒党を組んで自民党的じゃない何かを作ってこの国を善くしようよといった意識を抱いている人が割といることをアピールする、そんなつぶやきでしかなくって、それをこの選挙で衆目が集まっているタイミングで言わないと広く届かないから言っているだけのことであって、だからといって選挙に行かなくても良いとは言ってなかったりして、人物本位で決めようと添えつつ終わってから改めて、この選挙の無意味さをちゃんと思い出させるために署名という数字をしっかり作って考えていこうといったものなんだけれど、世間的には棄権しようぜとしかとられないところに当人のパーソナリティってものもあるんだろう。

 世間から自分自身を主体として立つ、すなわち立候補して政策を訴え広く支持を訴えるといった覚悟がなければ、何かを選択するしかない制度において思考実験であっても棄権といった行為を推奨するような雰囲気を醸し出すのははやっぱり、甘えになってしまうといった声も出ていて、それは確かにそうなんだけれど実際問題、立候補しても当選できなければ意味はまるでない訳で、選択できる範囲から妥当性の高いものを選びつつ、それでもやっぱり無駄な選挙だった棄権に値する、だからそうでないタイミングで選挙が行えるようにするべく署名によって働きかけていくといった言論活動を行うことに意味はある。そういった説明を言葉を省略せずに行うことができればもうちょっと、共感も集めてこの選挙をバカバカしいと感じた人の数を可視化できただろう。その意味ではもったいないかも。だからとりあえず選挙には行こう。そして選ぼう最善を。

 無愛想な天才と一生懸命な凡才の組み合わせが事件を解決へと導くアイダサキさんの「サイメシスの迷宮 完璧な死体」(講談社タイガ)に対してこちらは破天荒な美少女にして底抜けの頓珍漢と聡明にして下僕の少年が突っ走っては壁にぶち当たり、それを乗り越え蹴飛ばし突破して事件を無理矢理にでも解決するような展開が対称的な御守いちるさんによる「霧ノ宮先輩は謎が解けない」(講談社ラノベ文庫)。ヒロインはタイトルロールの霧ノ宮才華という少女でご令嬢でそして名探偵。ただし自称。誰かの死がヒガンバナのビジョンとともに見えるというある種の異能の持ち主で、それで当該の人を訪ねていってお前は死ぬとか言い出す無茶苦茶さはあるけれど、それで惹かれ何もしないまま事件が起こってかけつけて、推理はするけどことごくが当たらない。

 事件い限らず学校内でも問題が起これば現れ推理めいたことを言うけれどもそれらはただの思いつきで簡単に論破されてしまう。それを補佐するのが同級生の日下部秀一という少年で、間違いを正しつつ条件を示しながら状況をクリアにしていく役目を果たしている。もはやワトソンだけでなくホームズでもある日下部と、金田一耕助の等々力警部なみに無用な霧ノ宮才華だけれどそれでもやっぱり才華の行動力は素晴らしく、とある学校で女子生徒が殺され首を切断されて飾られた事件の発生を知ってはかけつけ制服を調達して忍び込み、そして殺害された生徒の評判を周囲から無理矢理聞き出していって真相へと迫っていく。容疑者らしい不登校の少女がいたら家まで行ってピンポンを鳴らし続けて帰らず相手が根負けして出てくるまで待ち続ける鬼畜ぶり。それでも押しの強さで強引に話を聞き出す才能もあるいは探偵に不可欠な要素なのかもしれない。そんな才華と秀一の不思議なコンビが知った事件の真相は。そこに才華の役目はあったのか。読んで確認してみよう。お嬢様でお金持ちには勝てないってことが分かるはずだから。

 もうすっかりベテランに竹岡葉月さんがコバルト文庫ではなく集英社オレンジ文庫の方から1冊。「放課後、君はさくらのなかで」はブラック企業から転職した先がやっぱりブラック気味で入社早々に残業を押しつけられて帰るに帰れず終バスを乗り過ごし、電車出帰ると大回りで徒歩までついて大変だからと嘆き憤っていたら車に跳ねられ死んでしまった市ノ瀬桜。そして目覚めると円上咲良という名の女子高生の体に入っていて、そのまま学校に通い始めるとそこにいた担任が高校の頃まで同級だった鹿山守だった。彼なら若手くれると過去の悪行三昧を並べ立てて自分が中身は桜だと信じさせ、そして消えてしまった咲良の魂がどこに行ってしまったかを探る活動を始める中で、どうやら学校で不思議な立ち位置に咲良が置かれていたことが見えてくる。

 一種のいじめのような問題。そして優れた絵画を描く才能を認めてくれていた女性の美術講師との関係。そんな咲良の身になにが起こってそして体だけが残されたのかを追い求めていった先で、いつかの高校時代、夏に起こっていた不思議な出来事に突き当たり、そこから生まれた因果がめぐって現代に及んでいることが分かってくる。完璧なまでの入れ替わりではないけれど、2つの魂が2つの体を行き交う中で起こった時空の超越がねじれを起こし、そして歪みを解きほぐす方向へと動き出す。その結末を果たして良しとするかは判断に迷うところで、娘を失った家族はやっぱり寂しいだろうし、それを思う桜の心情にも同情したくなる。かといってそんな桜が入ったままの娘を育て続ける咲良の親もちょっと不憫。そんなギャップを埋めるだけの交流が、そして再生が得られるのか。続きがある話でもないんでそこは自分で想像したい。若返って受験勉強に就職活動をまたやる必要があるのってチャンスかそれとも苦行かも含めて。

 たつき監督がフリーハンドで活動できていたら何かイラストの1枚でも上がったかなあとちょっとだけ思った東武動物公園でのフルル大好きフンボルトペンギンのグレープ君が体調不良にて展示を取りやめたって話し。幸いにして今のところ命に別状はないようで、部屋の中で静養しているらしい。そんなグレープ君が見守っていたフルルのパネルもいっしょに部屋の中に持っていったところが優しいというか有り難いというか。近くにいればきっと心も穏やかにして体調の回復に専念できるだろう。明日から何か寒くなるみたいだけれどそこはペンギンなんで寒さは得意だろうから元気になって外に出て、パネルを見守るグレープ君を観に行きたいもの。その時にはまたコラボレーションが始まっていると嬉しいかなあ。楽しいから、やっぱり動物園で動物たちと触れあうのは。

 菊池寛賞を受賞したようだ、って別に何かした訳ではなくクラウドファンディングに応じて幾ばくかを支援したことで本格的に映画作りが指導した「この世界の片隅に」の関係者一同が第64回菊池寛賞を受賞。そこには監督やプロデューサー、出演声優はもちろん製作スタッフに配給の人たち、そしてクラウドファンディングに応じて作品作りを応援した人たちも含まれているそうで、だったら自分もやっぱり菊池寛賞に入るってことになる訳だけれどやっぱり現場で苦労してお金を集め作画を行い声を入れ配給に尽力して口コミで拡げた人たちにこそ相応しい。クラウドファンディングに応じていなくてもチラシを配り声をかけ観客を呼んだ人たちも含めて、みんなで受賞したってことにしたいもの。そういう受賞がトップダウンでもなければ商業主義でもない、作りたいものを作り見たいものを作ってもらう関係を、広め伸ばしていくための礎になるのだから。改めて喝采。


【10月11日】 同じ3DCGながらも「けものフレンズ」の柔らかくで優しい世界とは対称的な雰囲気を持っている、タツノコヒーローの4人が登場する「infini−T Force」。ヒゲのおっさんだけあってガッチャマンがあんまり融通の利かない性格だってのが見えてきて、そしてキャシャーンは何者かによって操られてガッチャマンやテッカマンやポリマーたちに向かってきたけどどうにかしのいで解放し、味方に引き入れることに成功したもよう。問題は現代においてあの格好は目立ちすぎで、けれどもバードゴーとかテックセッターとかハーリーケーンといって変身する人たちと違ってあの格好で生まれたキャシャーンどうするのと思ったらホログラフィで人間に見せかけた。

 それが空中投影なら三日月の角の部分とか触れると手に当たったりするかもしれず、鴨居の下とかくぐるのに注意が必要だけれどそうした難しいことはぬきにして、進めていくんだろう。ただしやっぱり新造人間なんで食事は苦手みたいだし、食べても栄養にならないらしい。キャシャーンって何を栄養にしてたっけ? 前のDVDボックスは持っているし「Sins」のブルーレイも持っているけど確かめるためにわざわざ見るのも面倒なんで、新造人間とはそういうものだと理解しておこう。そしてヒロインのお父さんが噂のZだと判明。いったい何を狙うのか。そして周りの奴らは何をしようとしているのか。謎もまだまだあるんでしばらく見ていこう。CGにはすでに慣れた。女の子結構可愛いし。

 試写で観た「機動戦士ガンダム サンダーボルト BANDIT FLOWER」が凄かった。音楽の使い方が相変わらず凄くって、第1期の4話までをまとめた「DECEMBER SKY」の時みたいにイオ・フレミングのジャズとダリル・ローレンツのオールディーズといった明確な区分けにはならずジャズもあればポップスもあって、そして串本節だなんて民謡まで混じってそこに僧侶による読経も加わってと複雑化する音楽が三つ巴になって複雑化する関係を示しつつ宇宙でのイオとダリルの無双とは違って他の面々による重力かでの空中で、地上で、海中でのモビルスーツどうしの度付き合いが存分に見られる。

 本当によく描いたよなあ。CGなのか作画なのかは分からないけれど、どっちにしても迫真にて迫力にして白兵の戦いといった感じ。そうした戦闘があまりない「機動戦士ガンダム THE ORIGIN」なんかよりも見てガンダムだあって気にさせてくれる。いくら主人公チームは死なないだろうと分かっていても、どれだけのピンチなんだと思わされ、どうやって凌ぐといった展開への興味も誘われる。さすがに個々人で打破するだけではムリみたいでイオの場合はジャズ仲間になった女性パイロットのビアンカ・カーライルが絡んで時に助けたりするし、ダリルの場合はニュータイプになったのかなり損ねているのか宙ぶらりんなイケメンのビリ・ヒッカムが仰ぎつつ様子を見つつ助太刀したりする。

 そんなストーリーの中でクローズアップされるニュータイプの存在。いわゆる宇宙世紀の“史実”に沿ったシリーズでは当然のごとくに現れては広がっていくけど、「サンダーボルト」の世界観ではようやく発動するか、強制的に発動させられるかといったあたりで特別な存在としてはまだ確立していなさそう。そな中で無双を続けるイオはどうかといえばガンダムの性能と独特の感性によるものが大きそうだし、ダリルの場合は両手両足を切断したことによってサイコザクと接続され、無双をしたことで何かが解放されたかのよう。あるいは性質はあったのかもしれないけれど絶対の異能として発現してはいない。

 そんな中に現れた真のニュータイプ。それは強制的に作られそして肥大化したまま一大勢力となってしまった存在で、その傘下にて繰り広げられる実験めいたものをジオンの残党も連邦軍も狙っているといったところ。そんな三つ巴の戦いはだったら連邦とジオンが協力するとも思えないし、それではイオとダリルの決着にも到らない。だったらどう進んでいくのかははまあ、原作を読めば分かるんだろうけれどそれはしたくないんで今はネットでの配信すらも追わず、こうして劇場版として上映されるのを見て行こう。あの巨大なスクリーンでなければモビルスーツどうしの戦闘なんて見えやしないし、あの極上のサウンドシステムでなければ菊地成孔さんによる凄まじいばかりの選曲による楽曲を体感できないから。11月18日劇場上映。同時上映の「機動戦士ガンダム Twilight AXIS 赤き残影」ははさっぱり訳が分からなかったので公開までに勉強し直そう。

 秋葉原で日本維新の会の選挙カーに乗って声優の横山智佐さんがウグイス嬢をやっているって話が流れてきて、昔そうえば若本規夫さんが街宣車に乗って選挙の街宣をやれば誰もが注目するだろうなあと言っていたことを思い出した。若本規夫さんが例えばウグイス嬢ならぬウグイスガイとなって選挙カーの壇上から「人は平等ではない。生まれつき足の速い者、美しい者、親が貧しい者、病弱な身体を持つ者。生まれも育ちも才能も、人間はみな違っておるのだ。そう、人は差別されるためにある。だからこそ人は争い、競い合い、そこに進歩が生まれる。不平等は悪ではない。平等こそが悪なのだ」と叫んだら評判になること請負だけれど。でも声援がオールハイルブリタニアになって投票先もブリタニアになってしまうか。

 若本さんに中田譲治さんや銀河万丈さん、速水奨さんに大塚明夫さんに大塚芳忠さんに柴田秀勝さんといった渋くて良い声のおじさんたちがウグイス嬢ならぬウグイスガイをやったら、もうこれは聞かざるを得ない気持になるし、促されて選挙行かざるを得なくなるんじゃなかろーか。もちろん神谷浩史さんとか中村悠一さんとか小野大輔さんとか福山潤さんとかいったイケメンボイスも大勢の心に届くし響くだろうけれど、忙しいし現役過ぎて印象尽き過ぎるのも拙いだろうからさすがにやってくれないだろう。だからおじさん声優の出番。聞きたいなあ、銀河万丈さんの「立てよ国民!」の言葉。これだと投票先はジオン公国、あるいはギレン総統になってしまうか。それはそれで面白いんだけれど。

 スペインのサッカーチームのバルセロナにスポンサードして話題になった楽天が、何とアメリカのプロバスケットリーグのNBAから日本における放映権・配信権を獲得したとか。これでずっとNBAを放送し続けていたNHKのBS1とそれからWOWOWが手を引くかどうかが注目だけれど、開幕も控えたこの時期での“横取り”めいた自体で、ずっと試聴してきたNHKのBS1から別の有料配信・放送サイトへと移ってしまった時、どれだけのファンがついていくかが疑問だし、そうした番組を見ていたからこそのファンがいなくなってしまって、果たして日本におけるバスケットボールの振興につながるかもやっぱり疑問。視聴習慣ってそうは簡単に変えられないものだから。

 というか楽天ってNBAのウォリアーズのスポンサーになっていたはずで、リーグ内に特定の応援するチームを持ちながら、リーグの放映権を独占してフェアな試合の中継が期待できるのか。プロ野球チームを持つテレビが放映権を持ってはいても、リーグ全体ではなく特定のチームに肩入れしているだけで、それをさまざまなメディアが行うことでバランスはとれていた。今回はJリーグの配信権を持つDAZNが鹿島なり浦和のチームスポンサーにもなったってことで、それで鹿島や浦和を筆記するような配信をしたらファンはサッと引いてしまうし、そうでなくてもそこにフェアがあるかどうかを疑ってしまう。だからならないのがモラルなのに、そうしたものをぶっ壊してすっ飛ばして取りに行くところに、冒険心以前の切羽詰まったものを感じないではいられない。あれもこれもそれもどれもは孫正義さんの十八番。真似して巧くいくかなあ。お手並み拝見。


【10月10日】 しばらくぶりにたつき監督がツイートを更新したら日刊スポーツが記事にしていた。それくらいやっぱり衝撃的な“事件”だったし今も関心が高い事柄なんだろう。ただし特に「けものフレンズ」そのものについての進展は書かれておらず、ただirodoriというたつき監督が所属するアニメーション工房の3人は元気で、そして何であれアニメーション作りを行っていくよといった近況報告に過ぎなかった。これをもって具体性がないからやっぱり「けものフレンズ」は降ろされたんだという声が出たり、あれだけの騒動を起こしたのだから謝罪するのが普通だろうといった声が出たりしている。

 とはいえ新聞が取り上げ週刊誌だって追いかけるくらいの事柄に関して発言するのに、慎重を期しているのは明かであって、精査され吟味された言葉がそこにあると考えるのならツイートに書かれた内容は今言えることであり、あるいは言わなくてはいけないことであって言わなくて良いことも言えないことも書かれていない。そう考えるなら謝罪の言葉がないのは謝罪をする必要がないといった判断を当人も含めて全体が共有していることだとも言えなくもないし、明言を避けているのは決して外れた訳ではなく、まだ決まっていないかいずれ決まると見る方がこの場合は良いのかも知れない。そうあって欲しいという気持も混じっているけれど。だから今はたつき監督を信じて待とう、復活の狼煙が上がるのを。

 「つうかあ」はそうか三宅島がニーラーことレーシング用サイドカーによるレースの会場になっていて、それを女子高生たちがやっていて全国から集まった女子高生のニーラーのドライバーとパッセンジャーのペアが競い合う中に地元の三宅島のペアも混じっていて、それが隣同士で幼馴染みで中が良いかと思ったら、ニーラーを始めたきっかけとなったコーチへの恋情がぶつかりあって恋敵的関係になってしまっていろいろと複雑だといった設定のアニメーション。それが世界でどれだけの意味がある存在なのかも明かされないまま、サイドカーといったら浮かぶハーレーだとかの横に箱がついてるディテールとはまるで違った、流線型の横に板がついてる不思議な乗り物が現れこれはなんだと思わせる。
 それを2人がどういう役割分担で乗って操っているのか、パッセンジャーと呼ばれるサイドに乗る人がどういった体の動かし方をしてバランスをとったり重心をズラしたりしているのかといった説明もされないまま、何かそういうものがあるんだといった感じで描かれ想像力を刺激される。でもきっと見ていればそれがどういう原理で動いているかも分かってきて、そして自分でも調べでどれだけの面白さがあるかも見えてくるだろう。世界がいつも親切だとは思わず、興味があったら自分で調べて理解するという人間なら当然の行動を学ぶことができるアニメーション、なのかも。でもやっぱり不親切。はやくだからファン向けのイベントでニーラーのレースを実演して見せて欲しいなあ。やるならやっぱりサーキット? まさか三宅島まで来いって? それもひとつの機会かも。

 聞き覚えのある名前だったアイダサキさんを調べたら、2013年に「永弦寺へようこそ 幽霊探偵 久良知漱」(講談社X文庫ホワイトハート)という本を出していた人だった。幽霊が見える男と、再婚する父親に反発して家を飛び出した女子高生とがペアになって幽霊絡みの事件を解決していく話だったそうで、シリーズも3冊出たみたいだけれおd、そのアイダサキさんが講談社タイガから新シリーズの「サイメシスの迷宮 完璧な死体」(講談社、660円)を刊行。見たもの経験したことを絶対に忘れられない性質を持った、警視庁特異犯罪分析班に所属する刑事の羽吹充にまだ若い刑事の神尾文孝が異動してきて付くことになる。

 とっつきにくい相手だけれど、だからこそ暴走を防ぐ相手と必要と選ばれた神尾。だから羽吹にも無視され気味の中、事件だと聞いてかけつけた先で、ラップにぐるぐる巻きにされて目を抉られ両手で覆わされた女性の死体に見え、そんな奇妙な死体にされた理由をコンビで探っていくといった展開になっている。羽吹はその姿などから連続殺人の最初の1件だと分析して会議で訴えるものの、大学の後輩で羽吹とは因縁のあるようなキャリア管理官は無視。すると今度は耳を切り落とされた女性の遺体が発見され、それみたことかといった具合になりながらも、厄介な存在として見られガチナ羽吹は前と変わらず神尾とともに捜査を続けていく。

 警察組織の警備局にいる幹部を父に持ち、東大も出ていならがらキャリアにならず捜査官となった羽吹が何でも覚えては忘れられない超記憶を持つに到ったある事件。そして警官となった理由。唯我独尊で暴走気味な羽吹にくっつき共に活動する中で、神尾はそうした羽吹の過去を知り、そして凄さも知っていっしょに犯人へと迫っていく。暴走する鬼才と賢明な凡才とのコンビではあっても、凡才に人徳があってそれがお互いをカバーするような関係は、前の「幽霊探偵 久良知漱」シリーズとも重なるところがあるし、他にも見られるパターンと言えば言えそう。だだ、まったくのまっさらから始まったと思えた関係に少しだけ繋がりがあったことが分かって、傍若無人に見えて羽吹の気遣いや親切さといったものも浮かんで来る。

 そんな2人を中心にして、同僚のプロファイラーの女性とか羽吹とは友人で推理小説を書いている男とか、立ったキャラクターも結構いて読んでいて楽しい。完璧なまでのプロファイリングがあり、そこに超絶的な、けれども来歴や副作用めいたものを思えば手放しでは喜べない記憶力が乗って事件が解決へと向かう展開も、推理の余地を残しつつ圧巻の活躍でもって喜ばせてくれるところが良い。どうやら潜んだ強敵もいそうなで、それが羽吹充と競い合うような展開が続いていくんだろうかが今は気になっている。きっと間抜けな神尾文孝も巻き込まれてしまうんだろう。それとも彼の妹が? いろいろと想像も浮かぶ。やっぱり敵は彼かなあ。だとしたらどうしてなんだろう。続きが早く読みたい。出してくれるかな。

 確かめに行ったらノーベル文学賞とノーベル物理学賞に加えてノーベル経済学賞を受賞した人の本を出していることを宣伝していた早川書房のショーウィンドウ。文学賞のカズオ・イシグロさんの本は70万部もの増刷を行うそうで、商売としてはウハウハだろうけど売れずに返品される可能性も考えると果たして決断は良かったか。それを見込んでこれくらいと決めたのなら読みたい人がそれだけいるってことなんだろう。そんな早川書房の1階にあるクリスティーで行われているPKD酒場2017に行って、前は頼めなかった「アンドロイドは電気羊の野菜炒めを食うか?」を食べたら美味しかった。羊の肉が野菜と炒められスパイシーに味付けられている。ご飯と定食で食べたい逸品かも。デッカ丼を合わせるかなあ。でも今回も前に頼んで美味しかったうどんヌードルを頼んで、2つで十分に腹ごなし。ノンアルコールの飲料を頼んでのんでスタンプにはんこを押してもらって退散する。見渡すと結構な人の数。これはノーベル賞効果? やっぱりフィリップ・K・ディック効果だろう。それだけの偉大な作家が、存命だったらノーベル文学賞を獲得していたか。ちょっと気になる。


【10月9日】 紹介されて第1巻を読んだ瞬間に梅田阿比さんの「クジラの子らは砂上に歌う」はファンタジーでありSFの傑作であってマンガ大賞にも日本SF大賞にもなって不思議は無いと思い推薦し続けて来たけれど、マンガ大賞にノミネートされることもなければSF方面に関心を持たれることもないまま来てしまってもう巻数的にマンガ大賞は無理になってしまった。知る人ぞ知る作品でそして知る人が少ないといった状態は舞台「クジラの子らは」が幕を開けるあたりまで続いていて、初日の初演の客席がそれを表していたとも言える。けれどもそれが数日でひっくり返った。

 舞台の素晴らしさと物語の凄まじさを見知って口コミで来場者が増えて千秋楽は満席に。3度のカーテンコールをスタンディングで迎えるといった快挙を受けてDVDのリリースも決まり再演までもが決まってしまった。そんな賑わいがアニメーション化にとってどれだけの後押しになったかは分からないけれど、世間への認知が多少は広まっただろう今の状態で迎えたアニメーション版「クジラの子らは砂上に歌う」は舞台に負けず原作の世界観をしっかりと捉えて描いてあって、ファンなら大好きになりそうでない人も描かれる不思議な世界観に惹かれ見続けてしまうだろう。

 どこか幻想的で未来がありそうなイントロダクション。泥クジラで暮らす人たちで超能力を持った者は短命だけれどそれを精一杯に生きている。ただ中には泥クジラで過ごすことを不満に思っている若者たちもいて外に興味津々のところに飛び込んで来た外からの少女。感情を失っている彼女はいったい何者で、どうして砂の海を彷徨う島に取り残されていたのか。仲間はどうして死んでしまったのか。そこから始まるストーリーは胎内モグラのオウニが見せる外への興味に引っ張られて外へと向かうと思われていそうだけれど果たして。第2話から第3話にかけて起こる諸々にすでに展開を知っている僕たちは泣く用意が出来ている。それはいったいどういうことか。知らない人は刮目して待て。そして明かされる様々な謎に驚け。

 名古屋の百貨店の一角を担っていた丸栄がいよいよもって閉店の上取り壊しだそうで、今だと松坂屋に名鉄百貨店、そして名古屋三越を合わせた4M(名古屋三越は三越ってことなのかな)の一角がいよいよもって崩れ落ちることになる。「やつは4Mの中でも最弱、名古屋百貨店界の面汚しよ」とかいった会話でも交わされているのか気になるけれど、それをいうなら名古屋三越だって昔はオリエンタル中村だった分で、それが名古屋三越となって岡本太郎さんの壁画が消えてカンガルーがライオンに変わった段階で、名古屋独自の百貨店文化には陰りってものが見えていた。それから40年近く、ジリジリと沈下を続けて来た名古屋は栄の商業圏としての地盤がさらに深く沈んだ現れだとも言えそう。

 今の百貨店といえばだいたいが名古屋駅前にある高島屋へとみな通っているうようで、オープン前には大行列が出来ていたりする。そんな名古屋駅を中心として名鉄百貨店なんかもリニアの開通に向けて大きく立て替えなんかを行う様子。ますます発展が期待出来る名古屋駅地区に比べて栄は商業施設だけはあってもそれを補完するような何かが欠けている。名古屋駅だったらジャンクションとしての立ち位置であり、映画館なんかもあっての文化圏としての立ち位置。これが栄だと劇場はなくなり映画館もたいしてない。あってSKE劇場か。これだって大量の集客に役立つものではない場所で、テレビ塔とセントラルパークだけあっても人はやって来ない。

 いっそだったら百貨店といった業態ではない何かをそこに作り上げ、人が来ざるを得ない雰囲気を作る必要があるんだけれど銀座のように老舗が並ぶ場所ではなく新宿のように百貨店と路面店と飲食店が連なる場所でもない。渋谷のように若者が集まるようなテナントビルもこれでなくなってしまったらいったい何が栄の中心になるんだろう、ってことで河村市長はやっぱり何か対策を打たないと、名古屋全体の地盤沈下って奴へと到りそう。SKEのために2000人のホールを作ってあげるとか、2.5次元ミュージカルが常に演じられている劇場を作るとか。そんなアイデアがあればとっくに実行に移しているか。あとはセントラルパークに屋台を出せるようにする施策がどこまであのあたりを活性化させるか、か。ど祭りの毎週開催でもやるしかないのかなあ。

 吉祥寺の駅前にある吉祥寺オデオンで「きみの声をとどけたい」の上映があるってんで観に行くついでに井の頭自然文化園へと出向いて「けものフレンズ」のコラボレーションなんかを見物する。入り口に大きなポスターはあってもそれに注目する人はおらず、あんまり知られていないかなあと心配になったけれど、中に入ったら手に「けものフレンズ」のキャラクターが描かれたスタンプシートを持って歩いては、フェネックの前に置いてあるスタンプ台によじのぼってスタンプを押す子供がいっぱいいて、テレビアニメーションから広がった「けものフレンズ」の浸透ぶりというものを改めて感じ取る。だからこそやっぱりその人気を支えた核を外してはいけないとも思うのだった。強く。激しく。

 そんなフェネックはインディアンサマーとも言えそうな暑さも気にせず砂の上でぐうぐう寝ていてお気楽な感じ。対称的にアライグマはケージの中を行き来しつつ室内に入れてくれよとドアをガジガジやっていた。泰然自若のフェネックに明後日の方向へと突っ走るアライさんというのは動物の特長そのままなんだなあ。いやどうだか。ほかはヤマアラシとフンボルトペンギンとカピバラの所にフレンズのパネルが。ヤマアラシのは初めて見たかも。カピバラはもっさりしていて起き上がると水浴びしていて気持ちよさそう。ヤマアラシはずっと寝ていた。カワウソも寝ていた。つまりはだいたい寝てたてことで、夜行性の動物たちを見せる昼間の動物園ってやっぱりちょっと大変かも。ゾウは舎だけ残っていた。いつかあそこにまたゾウが……。夢かなあ、今の時代。

 そして観た「あなたの声をとどけたい」はたぶん3回目だけれどやっぱりクライマックスにかけての感情の盛り上がり方が良い。壊れて別れて諦めてしまいそうになるところを引き留めて繋げて治してしまうその流れを、ご都合主義と言うのは易いけれども本当に思ったからこそ、思い続けたからこそかなう奇跡ってものがあるのだと、感じ取ることで思い続ける勇気ってのを得られる。それがかなわなくたって良い、そしてかなえばもっと良い、そんな気持にしてくれる。それなりの広さを持った劇場で前目に座ってスクリーンを独り占めするようにして観ることができるのは嬉しいけれど、いっぱいの劇場でいっぱいの感動を感じ浮かぶコトダマに浸りながらまた観たいなあ。そんな機会が来ることを願おう。この映画は永遠に見続けられるべき作品だ。

 ノーベル経済学賞が発表になってシカゴ大学の教授で行動経済学の権威らしいリチャード・セーラーが受賞したとの報。調べたら最新の本は去年に早川書房から出た「行動経済学の逆襲」で、これでノーベル物理学賞を受賞した重力波についてのルポとなっている「重力波は歌う」、そしてノーベル文学賞を受賞したカズオ・イシグロさんの一連の著作に続いて早川書房が3部門で関連の書籍を“独占”していたことになる。何という炯眼。そして来るだろう特需。年末の早川書房のボーナスはきっと3桁万円に到達して田園調布に家が建つに違いないと思うけれどもすでに3桁万円もらっていたならもうやらなくていいからその分をSFの発掘と刊行に回して欲しいとお願い。ミステリでもいいや。いっそライトノベルの創刊を……ノーベル賞をとらないSFになど金は使えない? ごもっとも。


【10月8日】 つまりはやっぱり日本の女子高生ってことなのか。いや、別にそうでもないのか、途中でやられかかっていたところを救われてもいるし。少なくとも元世界的なヒットメーカーには匹敵する強さを見せていたんで後、アメリカでタレントとしてデビューしつつ共に戦うヒロインとして大活躍する可能性なんかも感じた「THE REFLECTION」の最終回は、終わった後に次回予告でスタン・リーが「ドトール!」とは言わずもちろん「エクセルシオール!」とも言わなかったから続編はなさそう。それでもボスのレイスを失いながらもフレイミング・フューリーやらミスターミスティックやらが地下へと消えていったから、何か企んでいるに違いない。戦いはまだ続く?

 それよりやっぱり気になった、戦いの後で上空に現れたあの光はいった何? またしても起こるリフレクション? 強い引きを持ったエンディングだけにこのまま終わらせてはいけない。期待するとなれば英語表記のタイトルに「WAVE ONE」ってついていることかなあ。だとしたら第2波があっても不思議は無いけれど、とりあえず期待はさせておいて評判なんかを見て取りやめるなんてことはアメリカのドラマ界じゃあ普通にあるから、そこは期待半分で待っていよう、っていうかアメリカでは放送されたんだっけ。そうでなくても現時点での評判はどうなんだろう。いろいろ気になるんで調べてみよう。9nineの評判も含めて。「JAPANESEなJKはTUEEE!」かなあ、やっぱり。

 さあ、「けものフレンズがーでん」でお祭りだあ! なんて叫び声も聞こえてきた幕張メッセでのイベント「お祭りだよ! けものフレンズがーでん」。グッズなんかの物販が混むかな、売り切れなんかも出るかなと思って朝の10時からの入場チケットを買ってしまっていたんで、入るなり朝っぱらから空きっ腹にビールを流し込むという惰弱な生活。まあこれが休日でありお祭りってことで。食べ物ではセルリアンたこ焼きが人気だったけれども行列が出来ていたんで脇にそれてセルリアンお好み焼きを1枚。焼いたベースに青い何かを乗せていたけどあれは卵白に青色を混ぜて焼いたものかなあ、ちょっと謎。そして味は美味しかった。1000円だけれどお祭りだからこんなものだ。

 あとはフランクフルトとかイカ焼きを食べ、もらったジョッキにビールをそそいで1杯2杯で顔が真っ赤に。遠くから来た人とかと話しつつ楽しんでいる様子を感じ取りつつ、突然始まるアニメーション「けものフレンズ」の出演者たちによるトークとか乾杯に応じ、流れる音楽に合わせてライトを振ったりして遊んでいると本当に気持ちが高揚してくる。そうした同じ思いをどこからともなく集まって来た人たちが共通に発揮できるという空間がまず素晴らしく、そしてその核となっている「けものフレンズ」という作品がやっぱり素晴らしいってことに改めて思い至る。

 いろいろあってガタついていながらも気にせず集まるファンたち。そしてそんなファンを一生懸命にもてなそうとする主催者と働いているスタッフたち。ただただ素晴らしい。その意味で感動したのはまだ入場前で行列を作っていた時に、親といっしょに来ていた女の子がサーバルと同じ格好で、背中にリュックを背負ってそこからはみ出んばかりにラッキービースをのぬいぐるみをのぞかせて、そして「ジャパリコイン!」と叫んで走っていた姿を見かけた時。深夜アニメの頃にはまず得られなかった低年齢層が、ここに来てたぶん朝の再放送なんかをきっかけに見るようになって大好きになってくれている。

 コミックマーケットとかライブとかでは見かけない層だけれど、そこにもしっかりとファンが生まれている。そうしたファンを作ったのはやっぱりアニメーション版「けものフレンズ」でありたつき監督なんだと思うからこそ、いろいろあっても辞めず辞めさせられないで第2期の監督を続けて欲しいと心から願うのだった。そうでなくてもコラボアニメーションを作り続けて欲しいと。どれをとっても決してCMに流れず、ちゃんと「けものフレンズ」の面白さ、動物の素晴らしさを紹介しているうから。本質を理解して映像に替えてなおかつ作品性も整える才能を、捨ててしまうのは世界的な損失なのだと知ろうと改めて訴えたい。心底から。

 そんな「お祭りだよ! けものフレンズがーでん」では射的や輪投げやボーリングを楽しんだりと本当にお祭り気分。投げて当たれば会場にかざってあるジャパリバスをもらえるダーツもあったけれど、投げ慣れていないのか思いっきり外して的にすら当たらず。ちょっと恥ずかしい。グッズもいろいろあったけれど、ここはメインヒロインだからとサーバルちゃんとサーバルキャットがプリントされたTシャツを買ってボその後は会場に来ていた動物たちと触れあって戯れ合う。実はこれが1番楽しかったかも。ミーアキャットは立ったり走ったりしていてプレーリードッグはひたすら掘ってた。餌やりもやれるコーナーがあって、キャベツとニンジンをもらってマーラ(カンガルーの小さいの)に食べさせいたら、寝ていたウサギが飛び起きて近寄ってきて横取りしようとしていた。これが生存本能って奴か。

 ビーバーは動かず太り気味の体が潰れてまるで饅頭のよう。そしてサーバルちゃん。ずっと座ってた。夜行性だし昼間はやっぱり動かないのかな。そんなこんなで堪能した「お祭りだよ! けものフレンズがーでん」は、池袋で開催されているビアガーデンの延長でありながらも、しっかりと作り込んで「けものフレンズ」の世界にどっぷりと浸れるようにしてくれた。フレンズたちの幟がいっぱい立っていたし、パネルもいっぱいあって眺めているだけでも嬉しくなる。フォトスポットにはサーバルちゃんのいるさばんなちほーと、ギンギツネやキタキツネがいる温泉もあってとファンを喜ばせてくれた。突如はじまるへいげんちほーの戦いには、「アイスクリーム」と「フリーパス」の幟を用意。分かってる。そんな分かっている度合いをこれからも楽しい気持で味わっていけるように、権利者には何が人気の鍵なのかをしっかり認識してこれからの展開を考えていって欲しい。分かっているよね?

 嘘は100回繰り返したって嘘なんだけれど、聞いている側には100回もそれだけ聞かされると本当だと思い混む人もいたりするから厄介で、けれどもそうした“効果”を狙って嘘ばかりを繰り返し続けて、言っていそうにそうした嘘を本当だと信じてしまう層を作りだしてしまったこと、その中にルサンチマンを抱えた為政者がいたりしたことがこの国をちょっとヤバい方向へと進めてしまっている感じ。今日も今日とて日本記者クラブで次の衆議院議員選挙に臨む各党の党首さんたちが討論を行ったみたいだけれど、そこで内閣総理大臣であるところに自由民主党総裁が、朝日新聞と毎日新聞は森本学園や加計学園の問題で、政権に味方するようなことを喋った前愛媛県知事の言葉をまるで取り上げていないと言ったらしい。そしてそんな総理を応援する新聞が、やっぱり朝日新聞と毎日新聞は記事で一切取り上げていないといったことを言っている。

 これは違っていて、記事というのを特殊な眼鏡で見た場合にのみ成立する文言で、一般記事、というかあるいは本記と呼ばれる何をメインに伝えたいかを考え書かれた記事において取り上げられていないといった言い方ならまだ当てはまるけれど、そうした記事とは別に、状況をより複眼的に語る記事でもって前愛媛県知事の証言はちゃんと取り上げられていて、それは同じ紙面に載っている。だから読者はどちらの意見もちゃんと同じ紙面から受け取れるんだけれど、自民党総裁とそれに味方する新聞は、朝日新聞と毎日新聞は徹底して一切乗せていなかったといった言葉を発し続けてそうなんだと世間に思わせようとしている。いったい何がしたいんだか。そうやって信頼を失わせることで自分たちへ敵対する勢力の勢いを削ごうとしているのか。分からないけれども狭い視野で限定された状況をそれが絶対と言い募る無謀を繰り返していたら、どっちの信頼が失われるかをそろそろ考えた方が良いんじゃないのかなあ。やれやれだ。


【10月7日】 事前に120ページ近くも立ち読み部分が公表されて、これが普通の文庫だったら3分の1とかが読めてしまって話も中盤にさしかかっているところがそこは1冊が1000ページに達することだってある川上稔さんの「境界線上のホライゾン」シリーズ。最新刊の「境界線上のホライゾンX(上)」はそれでも760ページくらいと少なかったけれど、普通の文庫の倍はある分量だけに冒頭の120ページでは28歳のクリスティーナと14歳の細川忠興との間で取り沙汰される剃るとか剃らないとかいった話に終始して、それ以降にまるで絡んで来なかったところに立ち読み公開の意味の無意味の意味なんかを感じ取る。

 とはいえそこは中から下へと3分冊で流れるストーリーの上で、クリスティーナがスウェーデン総長としての立ち位置を発揮して欧州へと逃れる武蔵を支援して創世計画を阻止してウェストファーレン会議まで持っていく手助けをする、そのエピソードでの重要なフックとはなっていくんだろう。剃られた毛に意味があるかは別として。ただしそんな展開へと向かうには超えなくてはいけない山が立ちはだかってちょっと混乱しそう。それは羽柴の抱える十本槍でも竹中・半兵衛と情報体の石田・三成を除いた8人についてのことで、その出自だとかその能力だとかですでにいろいろと言われていたことが、「境界線上のホライゾンX(上)」の最後で明かされる。

 武蔵の当該者たちのリアクションはまだないけれどもひとり、本多・二代が目の前で告白されながらも明後日の方向へと話をぶんなげてしまっているから参考にはならない。他の面々はやっぱり戸惑うんだろうけれども、とりあえず相手は誰なんだって話しになってやっぱり大半が葵・トーリってことになるのかどうなのか、それを知ってホライゾンはどんな反応を見せるのか、ってのが中でのとりあえずの注目ポイントになりそう。そしてもちろん目下真っ最中の山崎の合戦の行方も。明智光秀が討ち取られて終わりではあるんだけれど、仮襲名のその名前を敗戦によって返上すれば命は失わない。ただ面目は失われて武蔵の進行は止まって創世計画が遂行され、そして起こるのはいった何だ? それは十本槍の運命やら存在に影響は与えないのか。SFチックな解釈がどう繰り出されるかが気になる続刊。いつ出るかな。表紙は誰かな。

 その原因は複合的で一時の造林がコストの問題で止まってしまって山への手入れが行われないまま植えられた杉だの檜だのが伐採もされないまま成長しては花粉をまき散らすようになったことがあったり、あるいは大気中の物質に変化があってそれが花粉とかと結び付いて人間に害を為すようになったり、はたまた人間そのものがアレルギー物質を幼少の頃より取り入れるようになってしまって、早くにアレルギーを発動するようになってしまっていたりとひとつの理由では語れないくらい、花粉症の問題は複雑でかつ広範囲に及んでいる。

 そんな現代の謎に対して「花粉症ゼロ」とかいった政策を打ち出したどこかの党の党首さまは、具体的に何か方策って奴を示せるんだろうか。これって考えようによっては、水虫ゼロだからガン撲滅まで現代医学の最高峰が挑んだところで解決できそうもない難事でもあって、成功すればそれこそノーベル賞だってもらえそうな偉業な分だけれどそうした具体性を帯びた施策をなにひとつ語らず、フィーリングでもって人が迷惑していることを解消すると空手形を切っているだけ。そこには信じるに足る根拠がまるでない。

 けれども世間は、というより頭をあまり働かせなくないマスコミあたりはそうした耳障りの良い発言をすごいよやてくれるんだと言って喝采を浴びせる。もちろん世間はそんな無謀をアホかと笑っているからノリはしなだろうけれど、未だにテレビを信じる世代の人にはささってちょっとの票の上積みをもたらし、比例なんかで押し込んだお友達あたりを国会に送り込んでしまいそう。ライトな態度を隠さなくなっていることもあってきっとウルトラライトが並ぶんだろう。そんな選挙をどうしのぐ? こリアルで正確な情報が求められそう。それをリアルで性格だと読み取る能力の醸成も。

 午前中のうちに新宿ピカデリーへと立ち寄って「RWBY VOLUME4 <日本語吹替版>」の劇場限定ブルーレイとそれからパンフレットを購入し、少しばかり都内を散策してから戻って夕方からの舞台挨拶付き上映を見物。すでにネットでも見ているし試写でも観ている本編についてはとりあえずブレイク・ベラドンナのお母さんの声がピュラ・ニコスと同じ豊口めぐみさんで出演を果たしていたこと喜び、それからワイス・シュニーの身の回りを世話している執事のクライン・ジーベンを演じていた魚建さんが巧くて楽しい声優さんだと分かって名前を覚えておこうと思った。変幻する瞳の色に合わせて雰囲気を変えつつシュニーを温かく見守る執事にピッタリ。次も出番、あるかなあ。

 そして上映が終わって次が舞台挨拶なら袖に登壇者も控えているだろうと口火を切って拍手。それが館内に響いたあとで登壇した早見沙織さんと下野紘さん州崎綾さん斉藤壮馬さんによるトークをしばらく。前の3人がアイム所属で斉藤さんだけ81プロデュース所属という、観る側にとってはたいして関係のないことでも話題にしたがるのは何だろう、今の声優さんって事務所の意味が大きくなっているてことなんだろうか、それが世間にも通じると感じているてことなんだろうか、ちょっと謎。芸人さんたちが吉本かワタナベかをネタにすることがあるように、声優の事務所もそんな力と知名度を持って来た? だからいろいろメディアに対してもプレッシャーをキツくして来た? 分からないけどちょっと気になった。

 それはそれとして初登場となったチームJNPRからのジョーン、ノーラ・ヴァルキリー、そしてライ・レンの3人はやっぱり役にぴったりの感じで、とりわけジョーン・アークを演じている下野さんはホームに帰ってきたようだって離していたからああいった役がピッタリなんだろう。州崎さんはただ元気なだけかと思ったら「VOLUME4」では過去が明かされ辛かったことも分かって、そうした雰囲気がこれからの演技に乗ってくるのかどうなのか。とりあえずライ・レンをレンと呼ぶのが「斉藤」と呼んでいることに気づいたらしくおかしいねって笑ってた。確かになあ。レンで良いのになあ。早見さんは150章くらいまで続けたいとのこと。ファンも増えているしVOLUME5が完結したら早い時期に日本語吹替版の上映も決まりそう。そうなったらまた早見さんも登壇しての舞台挨拶が行われると期待。今再びのチームRWBY結成を。1回しか揃ったこと、ないんだっけ。

 文春砲とやらが映像ニュースまで付くって「けものフレンズ」の問題に挑んだらしいけれども伝わってくるのは通り一遍の話で事後の検証もなくそして“真相”にも近づいていないというおそまつなもの。その取材力でも活かして当事者のコメントでもばっちり取って、なおかつそれをバラされたくないとバーターを引きだし番組内で手打ちでもするかと思ったらネット以上ではなく以下かもしれない内容に堕していたという。それともやっぱり真相に迫るとヤバいと感じて世間的な風評を追認する程度でお茶を濁したとか? それならそれで問題が広がらず終息へと向かうから良いんだけれど。どっちにしても今の宙ぶらりんの状態だけは早く解消して欲しいもの。そしてたつき監督の再登板宣言を見たいもの。待ってます。あすは「お祭りだよ!けものフレンズガーデン」で僕と乾杯。


【10月6日】 明けて早川書房の下にあるクリスティーのショーウィンドウがPKD酒場の宣伝から、カズオ・イシグロさんのノーベル賞受賞祝いに変わってしまったようで、あのどことなく退廃的な雰囲気が消えてしまって気分もちょっと下がったけれど、中の方はちゃんとPKD酒場のままらしいんで行けばちゃんとデッカ丼もうどんヌードルも食べられるだろう。NHKのニュースなんかにはクリスティーでインタビューに答える副社長か誰かのバックに「ブレランの目玉」とかいったメニューが掲げられていたそうで、なんだそりゃと想った人が押しかけ食べていそう。

 ファンの間だとデッカ丼がやっぱり人気だろうから売り切れ前に行くなら開店直後がベストかなあ。野菜炒めも売り切れていたからこれは次に行ったらためしたい。お腹がふくれるのならうどんヌードル。2つで十分どころか十二分なんでこれはひとつで十分です。飲み物では次に行ったらやっぱり飲みたい「カクテル銀河の壺なおし」。いったいどんな味なんだ? 「ニックとグリマング」は読んでいてもこっちの方は原作を読んでないので味も形もまるで見当が付かないのであった。サンリオSF文庫から出ていた本自体がほとんど幻だったからなあ。今度新訳が出るんで読んでみよう。

 しかし今のところの代表作とも言える「わたしを離さないで」を紹介する時のテレビとかの配慮のなさには唖然呆然。そこがただの学校めいた場所に見えて実はでそして生徒たちは本当はってところが作品の大きなキモなのに、実はこれこれこういう話でって説明しながらバラしてしまっているから読んだ時の驚きが大きく減殺されてしまう。ミステリでいうなら密室の謎をバラしてしまうような無茶さなんだけれど、そうした配慮をしている暇なんてなくただどういう話かと聞かれこういう話だと答えたのをそのまま放送してしまっているんだろうなあ。やっぱり日本の文化報道は最低レベル。

 それは新聞でもいっしょみたいで毎日新聞なんかが「わたしを離さないで」のドラマに出演した綾瀬はるかさんのコメントを載せた記事で本の説明の前にモロにバレバレの惹句をつけている。文化部じゃなく社会部が作ったコメントなのかそれともデスクが配慮しないで添えたのか分からないけれども面白さの7割くらいが削がれてしまった格好。あとはだから綾瀬はるかさんの揺れる胸でも想像しながら読むしかない、っていったい原作じゃあ誰の訳を演じているんだ綾瀬さん。ドラマも見てないし原作も忘れてしまっているからなあ。両方チェックし直すか。

 なんだろうこのしっとり感としっくり感。新しく始まったテレビアニメーションの「Just Because!」は転校というか前にいた町に親の転勤で戻ってきた高校生の泉瑛太が3年生の3学期だけ通うために出向いた高校で中学時代の昔馴染みと再会するといったイントロダクション。その展開はどこまでも淡々としていて常識的で、廊下で幼馴染みとぶつかるといった展開もないし、秘められた才能を認められて一躍スターになるといった展開もない。会議室か何かで副校長と転校の手続きについて話して、それから学校内を見学していたところで瑛太は校庭にいた相馬陽斗という昔馴染みの少年と出会う。

 クラスメートを誘ってバッティングをしてた陽斗が、ボール集めをしていたところに出くわした瑛太は、陽斗が願掛けといってホームランを打とうとしているのを投手として受けて立つ。出会いこそ偶然ではあるけれども劇的ではなく、流れとして割と自然にそうなってしまった感じで、そこから瑛太の高校最後の1学期が再会の中に進んでいきそうな雰囲気を感じさせる。そして、瑛太と陽斗の対決を、一方では吹奏楽部で3年生ながらも後輩に校舎の渡り廊下でトランペットを教えていた森川葉月という女子が、途中から野球部の応援か何かで吹いた戦慄を奏で始めてそれに後輩達も乗ってきて、やがて他のセクションも音を重ねてきてちょっとした応援風景ができあがる。

 夏の高校野球で強豪校に挑み敗れて甲子園には行けず、良いところを見せられなかった陽斗へのもしかしたらせめてもの支援? そんな2人に浮かびそうな関係といったものを想像させつつ一方で、転校してきた瑛太についても過去に関わりがありそうな夏目という少女の名前が陽斗から告げられ、ハッとしたところでとりあえずの第1話終了となる。 メインとなる登場人物を示しつつ、周囲では写真部の女子が部員不足で活動実績も足りず部室を取り上げられそうになっていて困っている描写があって、あるいはそこに主人公も巻き込まれていくことになりそうな予感。ほかにもいろいろなキャラクターがさらりと登場していて、諸々のドラマがこれから演じられることになるんだろう。

 面白いのは、やっぱり高校3年生の3学期という、ちょっと特別な時期を選んで舞台とした点。大学受験を前にして緊張している生徒もいれば、推薦が決まってあとは遊ぶかトレーニングに精を出す生徒、そして専門に進むから受験勉強とは無縁の生徒もいたりして、そして進路が決まったものから遊びに呆けたりしてく中で、決まらず焦りを見せるものもいたりと、向かう方向がバラバラになっているふわふわとした状況にある。そうした中で、その学期しかいられない瑛太がどんな言動を見せ、長い人生でもちょっと不思議な気分になっているあの時間をどう描くのか。そこが今は気になっている。かつて同じ時間を過ごしてきただろう大人たちと、今まさにそんな時間を目前に控えている少年少女たち、そして未来にそんな時間を迎える子供たちが見て何を感じるのか。自分も含めてそんな興味を抱きながら最終回まで見ていこう。湘南モノレールってあんな場所をあんな風に走るんだ。風景を見に行って来ようかな。

 「十二大戦」もスタート。西尾維新さんの原作でイラストを中村光さんがつけている小説のアニメーション化だけれど読んでいない原作を想像するならサーバントならぬ12人の殺人者たちが12年おきに殺し合って勝者を決めるといったもの。その前の戦いで勝利をした男の娘が両腕にマシンガンを抱えて妹に与えられていた挑戦者の権利をひっぺがし、自分のものとして勇んで挑んだら最初にやられてしまったという。何という噛ませ犬ぶり。そういったミスリーディング的な導入から誰を主人公として見ていいのか分からない状態を作りだしつつ、次は何が起こるのかって感じに引っ張っていく話なんだろー。とりあえず申の子が妙だけれどやっぱりこれも噛ませ犬? そしてやっぱり戌が1番? 分からないから見ていこう。

 話し合いが始まったらしい「けものフレンズ」のアニメーションだけれどもその後、音沙汰がないのはあんまりよくない結果になって、それを言ってしまうと週末に幕張メッセで開かれる「お祭りだよ! けものフレンズがーでん」に影響が出るから躊躇っているんだろうか、それともお祭りの場でもって誰もが快哉を叫ぶような発表をするつもりでいるんだろうか。分からないけれども会場は「フリーパス」と「アイスクリーム」の幟が立ってへいげんちほーでの戦いを再現しているようでもあり、また大量に注文してしまったからと運営が呼びかけ遊んで欲しいと訴えている型抜きが登場したりと楽しそう。千葉市動物公園でのコラボレーションを応援する幟とかも立つみたいで、後でどうするんだろう処分するんだったら売って欲しいなと思っている人も多そう。物販も抱負そうだし食べ物だっていっぱいありそう。そんな雰囲気の中を高床のバスに乗って声優さんも動き回る。賑やかだろうなあ。初日は行けないんで2日目に行って雰囲気だけでも味わってこよう。朝からビール、のんで来るかな。


【10月5日】 31歳のNHKの女性記者が突然死したのが労災と認定されていて、つまりは過労死だったことが明らかにされて記事とか読むと都議会議員選挙とか、参議院議員選挙なんかの取材が重なり残業時間が月に159時間とかになっていたそうで、そりゃあ心臓だって止まるかもと思ったけれども問題はどうしてそこまで働いてしまったのか、ってあたり。そうしろと言われていたのかそうせざるを得ないシチュエーションだったのか。メディア企業だから業務命令としてそうした長時間労働が指示されなくても、周囲とかの状況からそうしなくちゃいけないと思ってしまいそうなだけに根が深い。

 何かを製造している仕事と違って情報を届ける報道は、その瞬間こそが大切で明日に仕事を繰り延べしたら意味がなくなってしまう。そして製造だったら注文がいっぱい入ってきたら製造ラインに人を増やして生産量を増やすことが可能だけれど、報道ではそうやって人をかき集めようにもバッファーなんて見積もっていないから、ぜんぶを自分でやらざるを得ない。一方で自分がやらなければ誰がやるんだといった“使命感”めいたものも働いてついつい長時間を働いてしまって気がつけば体が悲鳴を上げ、心臓が壊れ始めている。だったらそれは働き過ぎる自分が悪いのかというと、そうさせてしまう状況がやっぱり悪いんだろう。そこそこで。それなりに。そんな働き方が許容されない空気。それがやっぱり問題なんだろう。

 こうした事態が露見するたびに働き方を改めなくちゃってなるけれど、一方で報道の仕事はネットに押されて儲けが減って人員に余裕をおけなくなっている。そしてネットに頼って情報を貼り付けるだけの仕事が出てきて質が下がってさらに儲からなくなるといった悪循環すら見えている。どうするか、ってところでやっぱり報道する内容に付加価値をつけ、分業的に速報は速報で人海戦術をとり分析は分析で少数精鋭をとるしかないんだろうけれど、そんな少数精鋭の分析ですらネットによる拡散でもって薄められて儲けを得られなくなる状況。受けてが情報の価値を認めて支払いたくても、一方に無料で情報が流れていればそっちに傾くのもまた真理。ってことでやっぱり報道は死へと向かい働く人は過労で命を縮めるか、赤貧でお腹を空かせるしかないのかも。明日はどっちだ。

 アニメーションの2期についてのしこりが出てもタイトルとしての「けものフレンズ」への関心は尽きないというか、騒動が起こる前から動いていたからこのタイミングで続々と決まって来ているというか、そんな事情なんだろうけれどもまたひとつ、あたらしい商品がバンプレストの一番くじとして登場。フィギュアなんかが多い会社だけれど今回は大きいバスタオルとアクリルスタンドとラバーマスコットがメインでそしてデザインがいずれも描き下ろし。ちょっとづず違っているサーバルちゃんとかかばんちゃんを楽しめる。そしてキングコブラとかインドゾウとか他であまりないキャラクターが混じっているのも嬉しいところ。あとカバとか。サーバルカバンにアラフェネだけだと寂しいから。とはいえこういったサブキャラでも注目されるのはアニメ版での登場があったからで、そこを踏まえて功績を認めて次の展開へと向かって欲しいと今は願う、再登板を、心から。

 中国の卓球リーグの最高峰にあたるスーパーリーグに参戦しようとしていた平野美宇選手と石川佳純選手がともに参戦を拒否されたというニュース。日本人選手に限らずすべての外国人選手の排除だから多士済々の中国で武者修行を考えいた外国の選手達にとっては門戸を閉ざされちょっと大変かもしれないけれど、日本だって振り返って見ればバスケットボールの女子リーグは今年まで四半世紀くらいにわたって外国人選手の参加を認めていなかった訳で、あっても日本の学校に留学して卒業した選手に限っていたりして参入の障壁は高かったし、バレーボールも外国人選手を排除していた時代があってそれでヨーコ・ゼッターランド選手は引退を決意したって話が伝わっている地元の選手を強化したいスポーツにはよくあること。そういう意味で中国も、外国勢が伸びてしまって地元の選手が伸び悩んでいるのをどうにかしたいと動いたって見て取れる。

 まあ日本のバレーやバスケの場合は多士済々でもないため外国人選手はエースとして迎え入れられ圧倒的なプレーを見せて無双を演じるのに対し、中国の卓球はレベルが切磋琢磨していてそこに参加させると競って強くなってしまう可能性があるから排除に動いたともいえ、事情に多少の違いはあるけれどもどっちも地元がヤバいといった感覚での対応で、その意味では王国・中国の卓球にも何か陰りが見えていたのかもしれない。いずれにしても参加できないのなら平野選手や石川選手は日本で強化に励むか、海外でも中国以外のプロリーグなんかがあるドイツに行って修行するとかするしかなさそう。そっちはそっちで帰化した中国人選手の層が分厚くて日本人だって手こずることになるだろうから。閉鎖して鍛えるか解放して切磋琢磨するか。どっちが良かったかが2020年のオリンピックで明らかに。その前に世界選手権とかあったっけ。

 そしてノーベル文学賞が発表になって吉田拓郎さんでもなければ村上春樹さんでもなくカズオ・イシグロさんが受賞。まだ若くて現役バリバリ感のある作家さんの受賞ってちょと意外な気もしたけれど、別にお爺ちゃんお婆ちゃん向けの功労賞でもなく権力と戦ったり弾圧に挑んだりしている運動性を持った作家を選んであげている訳でもないから、今が旬でなおかつ世界的な評価を受けている作家が受賞したって不思議はないってことなんだろう。年齢だって莫言の方が57歳での受賞で今のカズオ・イシグロさんの63歳よりも若かったし。

 もっと下なら戦後だったらアルベール・カミュが43歳くらいで受賞しているから次はそれくらいの若い作家が受賞することだってあり得るかも。宮内悠介さんとか。なんでまた。世界で読まれていたっけ。だったら円城塔さんとか? それはちょっとあって欲しいかも。むしろここで取り沙汰されそうな日本ルーツ問題で、日本人の両親のもとに長崎県で生まれて5歳まで育ったからその意味では日本人だけれど、生まれた土地より親の国籍の方が重用だったりするこの国では生まれた場所が英国だったとしても国籍が日本のままだったら日本人として騒げただろう。でも今のカズオ・イシグロさんは英国に帰化して英国籍で英国人として本を書き「日の名残り」でブッカー賞を受賞し話題になってその後もいろいろな作品を書き続けてきた。

 そんな活動が評価されてのノーベル文学賞ならそこに日本がルーツだとかいった情報はまるで意味を持たない。浮世絵だとか書いてたりジャポニズム的な部分があったりと言われそうだけれど、それが本人の血筋で書かれたものではなく状況として取り上げられただけならやっぱり意味はない。というか日系人としてブッカー賞を取った段階で、日本人かも問題が取り沙汰されてはそれがたいして意味を持たず、名前こそ日系っぽいけど書く物は堂々と世界敵な作家としてずっと見做されてきた。すでい終わった問題をここで持ち出されても仕方が無い気がするんで、文化勲章だの芸術院会員だのとかいった誘いがあっても「だが断る」とやって欲しいなあ。日本語で語りかけるようなリポーターとかいたら無視するなりポリスメンに突き出すなりしちゃって。名誉長崎県民賞くらいなら生まれ故郷だから、良いかな。かな?


【10月4日】 国内での動きはまだ良く見えないけれど、うまい具合に解きほぐされて欲しいと期待したくなる「けものフレンズ」問題。お隣の韓国でもテレビ放送やらネット配信が始まるみたいで、吹き替えの予告編とかが流れて来ていてアライさんとかフェネックの声がもう日本の声優さんをそのままなぞったような感じで実に良くマッチしていたし、「ようこそジャパリパークへ」も韓国語版になっていながら日本語版のあのノリが絶妙に再現されていた。それだけ韓国の人たちも本編をリスペクトしてそっくりにしようと努力している現れで、そんな世界を作った功労者をこのまま埋もれさせて良いはずがないと思っているだろう。韓国でまた爆発的な人気となって是非に第2期をという声があがってたつき監督とのセットを必須とすれば、それもまた後押しとなって事態が丸く収まると信じたいところ。さてもどうなる。

 普通に言うなら2期だけれど、クールでいうなら第3クールにあたる「おそ松さん」が相変わらず攻めているというか、人気となった松たちが金儲けに走って太ってファンを蔑ろにしてそれでもファンは見放さないといった描写を見てファンが憤るかというと、実際問題そんな感じに群がっている自分を認識しつつ客観視して喜んでいるから面白いというか。酷い作りのグッズを出してもそれを買ってしまうファンの意識もしっかり汲みつつ、それが結果として失敗する展開を入れてちゃんとしようと気を取り直させるところも筋としては正しい。そしてちゃんとしたバージョンではサラリーマンからサイボーグから入れ替わりラブコメから3DCGから実写から展開されていく可能性なんかを見せて、今度は作り手側の見境の無さをチクリ。それもまた責められて崩壊した先に、普通に普通の「おそ松さん」を作り放送していく大切さって奴が浮かび上がったかどうなのか。ともあれ挑戦的なのは変わらないんで発売禁止めいたものが出てくる可能性なんかも踏まえながらテレビ放送を追っていこう。

 ガッチャマンにヒゲがある。まあそれも時代なんだろうなあ。ってことでタツノコヒーローが勢ぞろいする「infini−T Force」がスタートして、今時にしてはツクリモノっぽい3DCGのキャラクターだけれど動きとか見ていれば慣れるし声優さんたちが超一流なんで聞いていてそこに魂を感じてしまう。ストーリーの方はと言えばまずはガッチャマンがひとり異世界へと飛ばされ現れたのは渋谷あたりで、そこにはすでに破裏拳ポリマーが来ていて宇宙の騎士テッカマンも現れて、何か極太の鉛筆をもらった少女に襲いかかる何かと戦う羽目になる。来週は新造人間キャシャーンも登場して勢ぞろいしたタツノコヒーロー。敵も四天王っぽいけど集団戦になるのか個人戦になるのか戦隊ヒーローみたく向こうの繰り出す怪人なんかと戦っていくのか。オリジナルなだけに先が読めないストーリーが気になる。ヒロインの造形とかボディスタイルは割と好みなんでしっかり追いかけていこう。

 東京都議会議員だって都民の代表であって有権者たる都民が何か求めたら答えなくちゃいけないはずなんだけれど、おそらくは今の都民ファーストの会ではそうした人前で喋ること全般に対して規制がかかって有権者であっても答えられないと言いそう。それが積み重なった時に次の選挙でどうなるかを不安に思っているだろう都民ファーストの会の都議会議員たちも少なくなさそうで、音喜多俊さんと上田令子さんの離脱表明を受けて雪崩を打って党を出て別の勢力なんかを築いた時、だったらと都政を投げ出し小池百合子東京都知事が衆議院議員選挙に立候補だなんて動きになるのかどうなのか。そうした可能性なんかももしかしたら見ておかないといけないのかもしれない。ようするに名分さえ立てばあとは言いくるめられるって自信に充ち満ちた人たちだから。

 とはいえ一方で状況を見ないで失言を繰り返してどんどんと評判を落としていたりもするから、この先の流れ次第では討って出て討ち死にとかって展開もあったりしそう。ただでさえ所属の議員さんたちに外で喋るなと言明をして管理社会的な雰囲気を醸し出していたところが、さらに「排除」だなんて聞こえの悪い言葉を使っていっそう閉鎖的で独裁的な雰囲気を漂わせて近寄っていた人たちを惹かせてしまった。さらに「踏み絵」だなんてタームを使って意に沿わない人たちを拒絶しているようなところもあるからこれはもう世間受けは悪そう。

 そもそも「踏み絵」とはキリスト教徒の信教という人間の思想信条に対して、抑圧を加え弾圧を行うために江戸幕府が行った行為であって現代においては批判的な文脈で語られるターム。それを周囲が言い出すならまだしも内々でもそうしたタームを使って服従を呼びかけているらしいところがあって、つまりは抑圧と弾圧の集団なのかといった印象を世間に与えてしまった。選ぶ言葉の拙さが相次いだ感じで、ここにさらに世間を逆なでするような言葉が発せられれば一気に瓦解しかねない。そうでなくても言葉尻をとらえるのがメディアの得意技でもあるんで注意する必要があるんだけれど、かといって立候補してきた候補者にも舌禍を気にして喋るなと言えばそれはそれで選挙という場で有権者を愚弄する態度ととられかねない。どっちにすすんでも大変そうなこの数週間をどう乗り切るか。その先に何が現れるか。日本史の上からも目を離せない10月になりそう。

 異世界転移+お仕事物に俺TUEEEEが重なればもう無敵といったところか。有り体だけれどでも実際、読んでいろいろと願望をかなえてくれてなおかつ興味も満たしてくれるから人気が出るのも当然だろー。そんな1冊となりそうな三上康明さんお「異世界釣り暮らし」(集英社ダッシュノベル)は釣りに行ってマグロにあたって死んだかと思った主人公が異世界の海辺で釣り競争が行われている場に現れて、競争に参加させられそこで手持ちのルアーを使って魚をバンバンと釣り上げて、なおかつ現地では魔魚として財宝と同様に扱われる魚すら釣ってしまってそれをさばいて食べてしまったから誰もがひっくり返った。売れば一生は大げさでも相当な年月を遊んで暮らせるものを料理するだけでも異色なら、それを無償で振る舞ってしまうのも異色。でも主人公にとって魚は釣ったら食べるもの。だから気にせずやってしまう。

 とはいえ世界にとっては驚きの連続。これはやっぱり調査しないといけないと、都に呼び出された主人公は旅の途中で奴隷商人に売り飛ばされそうになっていた少女をみかけ、ちょうどまた釣ったばかりの魔魚と好感してしまったから周囲も当の少女も驚いた。それが大金になるともう分かっているはずなのに曲げない信念は釣り人ならではのものなのか。それともやっぱり気づいていないのか。そこがいろいろ気になるところ。そして都でも釣り勝負をして勝利したものの妨害を受けて命の危険に陥ったとき、以前に釣りながらも小さいからとリリースした魔魚に実は化けていた海龍の娘に助けられて地上へと戻される。なるほどやっぱりリリースは大事。そして情けは人のためならず。釣りさえできれば成り上がれる世界は釣り人には嬉しいだろう。そんな願望を満たしてくれるストーリー。そして釣り人でなくても魚の美味しい食べ方を教えてくれる作品。今晩はサバにしようかアジにしようか。そんな気分。


【10月3日】 今日も今日とてCEATEC JAPAN 2017へと出向いていって昨日のメディア内覧では見逃していたところをあれやこれや。サーブを打てるようになったオムロンの卓球ロボットって横にトスを上げるマシンを置いただけなんだけれど、それをしっかりとらえて打って返ってきたのをまた打つ動きはさすがというかなかなかというか。あとはスマッシュの動きを察知して構えることもできるみたいだけれど、フェイントをかけられたらどうするんだ、ってのも気になった。ラリーの流れを呼んでここでスマッシュだって判断するAIが乗ればなおいっそうか。あるいはスマッシュかフェイントかの微妙な違いまで読み切るとか。そうなれば無敵だなあ。

 これは面白いというか、無茶だけれど心意気を買いたいというか。あの原哲夫さんによる漫画「北斗の拳」を1冊にまとめた電子書籍が登場、ってそれなら別にキンドルだって何だって、電子書籍版をダウンロードすれば見られるじゃないかって話もあるんだけれどこれの凄いところは本の形をした端末のページを開いたところに電子ペーパーのディスプレイを2枚並べて置いて漫画の単行本のように見開きを実現しているところ。なおかつダウンロードとかできず「北斗の拳」だけを見るように特化しているところ。つまるところは「北斗の拳」全一冊を電子書籍でやってしまったってことになる。これはなかなか冒険かも。

 iPadとかだったら他に用途もある中での「北斗の拳」の閲覧だし、キンドルのホワイトペーパーだって他にいろいろと書籍をダウンロードして閲覧できるけれどもこの「全一冊 北斗の拳」は他に漫画は読めないし、追加することだってできない。すごい割り切り。だからこそ手にして一冊の本としてずっと手元において「北斗の拳」だけを楽しめる。18冊を積みかさねておいて取り出し崩れる心配をしなくてもその1冊だけあればどこまでも読んでいけるというユニークさ。モノクロというハンディはあってもそこは「北斗の拳」だから存分に面白い。なおかつそこだけは電子書籍の特徴を活かしてすぐに英語へとセリフを変えられる。日本だけでなく海外からも注文があるのもよく分かる。あれだけ「北斗の拳」が人気でも英語版では全巻を読めなかったらしいから。

 電源だって単四電池が4本だから世界中のどこでだって買おうと思えば買える。充電のためのコンセントなんて探す必要は無い。なんて便利、って思うけれどもそこはやっぱり電子端末だけあって、見開きとなったページとページの間にすきまができてしまう。ここを繋げるならばやっぱりiPad Proを横にして見開きで読むしかなんだろうけどそれだと値段は10万円超え。これなら高いとは言え今なら2万8000円でどこでも取り出し好きな所を読める「北斗の拳」を手に入られるとあったらさあ、どうする? ちょっと考えてみたくなる。これが成功すれば、っていうかすでに成功してとんでもない額をクラウドファンディングで集めているんだけれど、評判になれば他の長大な漫画とかを全一巻で出してくれるかもしれないなあ。「こちら葛飾区亀有公園前派出所」とか? 幾らになるんだろう。でもちょっと欲しいかも。

 FLOWの「COLORS」が冒頭ちょっとに流れてグッと高まる意識がそのまま悲劇に伴う悲しみによって萎むことなく一段落を迎えていた劇場版3部作の第1部にあたる「コードギアス 反逆のルルーシュ1/興道」。その分続く第2部であの悲劇とかこの悲劇とかが襲ってきて、気分も大きく沈みそうだけれどももしかしたらそこはまた別の時空としていろいろと改編が入って来るのかそれとも。とりあえず第1部については再編集はされていても大きく筋立ては変わっていなかった感じ。端折られた部分とかもあるけれど、藤堂も混ぜてラクシャータも入って戦列は整い、さあ打って出るぞといった感じになっている。あとはヴィレッタ・ヌウのポロリもあるよ。それを劇場の巨大なスクリーンで目の当たりにして劇場の音響で「COLORS」を聞いて高まってこのどうしようもない現実を乗り切ろう。

 これはいろいろと含みがある言葉だなあ、KADOKAWAの井上伸一郎専務がついに「けものフレンズ」のたつき監督降板あるいは排除に伴う騒動に言及。「この度の騒動にいたるまでの事態を正確に把握してなかったのは不徳のいたすところです。先週ヤオヨロズのみなさんと2回のミーティングを行なう機会を得ました。その際、製作委員会のご意見とヤオヨロズ様のご意見に大きな溝があることが分かりました。特に『監督降板』の経緯、版権使用についても認識相違があることと、監督のツイッターでのご発言の真意にはそういったことが積み重なったことが原因であるということが分かりました」。

 ここで気になるのは「大きな溝」があることを認めた点。もしも製作委員会側の言うようにヤオヨロズの側に無断利用等の瑕疵があるなら「大きな溝」だなんて言葉は使わないだろう。だって相手が悪いんだから。けれども「大きな溝」と言い「認識相違」と言っているのは、深読みするなら製作委員会側が版権の勝手な利用があったと糾弾したのは間違いで、ヤオヨロズの側はしっかり認識して使っていたのにハシゴを外されたって理解もできる。それで文句を言われ外され戸惑いたつき監督は“告発”に到ったといった感じ? だから福原慶匡プロデューサーも「この度は皆様にご心配をお掛けしてしまいました。これから話し合いを始めますので何卒よろしくお願いします」とだけ言って、騒動へのお詫びはしても間違っていたからと謝罪はしていない。

 双方が話し合った上でこうしたコメントが出た以上はヤオヨロズの側に問題はなかったかあっても些細なことといった認識も浮かぶ。だったら問題はKADOKAWAなのか? ってところがやっぱり大きな謎となっていきそう。その向こう側に何かあるのかそれともいるのか。週刊文春が騒ぎ立てる前にどうにか手打ちをしてダメージをコントロールした上で次のフェーズへ、それも僕たちが望むたつき監督によるアニメーション版「けものフレンズ」の続編展開へと向かっていって欲しい。すぐには無理でも見て楽しくクリエイターなら嫉妬を抱かざるを得ない「けものフレンズ」のコラボアニメーションの展開を少しずつ進めていって欲しいもの。僕は待っているから。僕たちはみな待ち続けているから。

 早川書房のあるビルの1階でまた「PKD酒場」が始まったんで見物に。デッカ丼のカレー味ってのがあって頼んでそして野菜炒めを頼もうとしたらもうなかったんでうどんヌードルだか何かって食べ物を頼んだらどっちもそれなりな量だった。ひとつで十分だったかな。でもまあ夕飯にはちょうどくらいだったんで良しとしよう。ご飯とかいろいろ品切れになるのが早いんで行くならオープンしてすぐが良いかも。カクテル類とか結構そろっているようで、「トータルリコール」とか「シミュラクラ」とかディックの作品にちなんだドリンンクがあるけれど、中に「銀河の壺なおし」ってのがあってこれは何だと戸惑った。久々に復刊されるんで並べたのかな。でも味はさっぱり想像つかない。甘いんだろうか辛いんだろうか。壺だから壺漬けの味だろうか。なんだそりゃ。次は試してみようかな。


【10月2日】 それが清貧で鳴る集団で高潔さゆえに資金が足りず、けれども是非に国政へと出て欲しいちった願いが有権者の間から起こってカンパの意識も含めて党首とのツーショット写真を1枚1万円なり3万円で売るような状況だったら世間もまだ、頑張っているなあといった理解も出来ただろうけれども自分たちで立ちあげた党から党勢を維持するために募った主義員議員選挙の候補者と、党首とがツーショットを写真を撮ってポスターなんかに使う際に3万円を持ってこいとかいったどういう了見なんだろうとニュース記事を読んでひっくり返る。

 アイドルだったら自分たちの肖像を換金しつつもファンに喜んでもらえればとツーショットのチェキ会とかやって不思議はないけれど、候補者は当選すれば自分たちの党勢を表す存在としていろいろと働いてくれる人たちで、つまりは大切な手駒でもあるんだけれどそうした人たちを養うどころかツーショット写真で搾り取り、そして供託金も持参を求めてしぼりとるような党は果たして親と慕い社長と讃えてすがるに相応しいものなのか。ちょっとがめつくないかって、世間だって思うだろう。そういった感情が湧いて広まることすら分からずツーショット写真への料金支払いを求めたんだとしたら、やっぱりちょとt世間ズレし始めているような気がする希望の党。まあお金を持ってきてくれそうな民主党が腰を引くような選別と排除を大っぴらに言い出すあたりで妙なんだけれど。

 というか、そういった条件を出してこそ民主党の党首な分だけれどもそう言ったはずなのに聞いてもらえなかったのか、言ってないのに言ったふりをしていたのか、いずれにしても前原誠司代表はここに来て果てしない頼りなさってやつを満天下に示してしまった。あるいは毅然として日本という国のために立ち政権というものを得るために苦渋の決断をしたのであると、陰腹でも入れて壇上に立ち演説でもぶてはまあしょうがないかといった声も上がったかもしれないけれど、擦り寄って振り回され袖にされかかってもなお縋るようなみっともなさは、「金色夜叉」の貫一お宮の逆を行くように、お宮に蹴りトバされる貫一のよう。これではついていけないと大きな支持母体の連合が眉をひそめるのも分かる。

 さすがにこれではついていけないと、枝野幸男さんたちが新しく立憲民主党を立ちあげたのもよく分かる。というか党を骨抜きにしかねない前原代表をこそ裏切り者だと叩き出して民主党を取り戻し、右派左派リベラルを問わず現政権への範囲をしめし消費税増税を阻止しつつ経済対策をメインに据えて動くと言って選挙に出て、共産党とか社民党なんかと連携した方がよっぽど勝てるような気がする。希望の党が無茶と無理を押し出して衣の下の鎧が見えてしまってがめつさもクローズアップされてしまって世間から眉をひそめられている今ならなおのこと、そうした方向性を示して立てば世間にも理解が及ぶと思うんだけれど、無理なのかなあ、だったらここは枝野グループの動静を見て候補者も確認しつつこちらで何をするかを考えよう。

 幕張メッセでCEATEC JAPAN 2017がスタートするってんでその事前取材会をのぞく。レノボがドイツで出して大受けしていたらしいスター・ウォーズのジェダイになれるARヘッドセット「Star Wars/ジェダイ・チャレンジ」が展示されていたんで駆けつけ予約を入れてそしてプレイ。差し込まれたスマートフォンの画像をバイザーに映し、その向こうに透けて見える現実空間と重ねて見つつ楽しむARゲームで、センサーの情報なんかを元に手にしたライトセーバーの柄からにょーんと光の刃が伸びてそして、目の前にはダースモールが現れそれと戦うことになる。

 はた目には柄にすぎないライトセーバー・コントローラーをかざすと、AR上では伸びた光刃がダースモールのライトセーバーを止めてガードしていて、そこから反撃のためにライトセーバー・コントローラーを振ると、画面の中ではダースモールにダメージが出るといった感じで進んでいく。現実空間に重ねつつスター・ウォーズ空間が現れるといった不思議な体験。そしてそんなに広くない場所で存分にジェダイごっこを楽しめる。これでヘッドセットとコントローラーとボール型のマーカーがセットになって3万800円なら安いよなあ。ただしアンドロイドのスマートフォンかiPhoneが必要だからそれは揃えないといけない。iPod touchじゃあダメなのかなあ。大丈夫なら買うかそれともセルラーにつながずwi−fiだけつないで楽しむか。考え中。それくらいに面白い。

 CEATEC JAPAN 2017ではあとバンダイから出ていた「ハロ」のロボットが面白かったというか。基本的には止まったままで喋るだけのロボットなんだけれどもその会話が「機動戦士ガンダム」のファン的に嬉しいというか心をとらえて話さないくらい細かくてずっと相手をしたくなる。ガンダムを切り口にしていろいろな会話を繋げていける点が特長で、ガンダムに乗っているのがアムロなら、それ以外に乗ったことがあるのは誰とかいった質問が飛んできたりして答えられないと教えてくれたりといった具合に会話がはずむ。

 そして質問もトリビアじみていて、たとえば31話で宇宙に戻ったホワイトベースを襲ったモビルアーマーは何だといった質問で、グラブロだったかザクレロだったか迷っていたらビグロだったという。マニアなら知っていて当然かもしれないけれど、ファン程度なら迷う知識が得られる面白さ。そしてクラウド上のデータベースを増やしていけば「機動戦士Zガンダム」「機動戦士ガンダムZZ」に「機動戦士ガンダムUC」といった作品へと広げていける。どこまでも楽しめるガンダムおたく会話。それを家でひとり延々とやっている姿はうん、他人には見せたくないかもなあ。

 アメリカのラスベガスで野外コンサートに向けてホテルから銃が乱射されて50人以上が亡くなられたとの報。前にフロリダのクラブで銃の乱射があって50人が亡くなられた事件があったけれど、それを上回っての被害状況だし、いわゆるマイノリティへの差別意識が根っこにあったらしいフロリダの例と違って、クラスターとしてよりオープンな野外コンサートが狙われたといったところで被害者の側に防ぎようがなく今後の社会に少なからず影響を与えそう。もとより乱射可能な銃が蔓延っていることが問題なんだけれど、それを行っても止まった試しはなく、おまけに今は大統領がアレな分でオバマ大統領だったら即座にスピーチを行ったところを、ツイートでコメントを出すくらいだったりするからやっぱり止まりそうもない。銃こそが銃を止められるならコンサート会場の参加者が手にハンドガンを持って反撃すれば良かったと? ただの殺し合いになってしまいそう。そんな状況がこれからますます色濃さを増す世界で人はどう生きる? 未来は暗くそして狭い。

 昨日行った千葉市動物公園で展望台にあったはずのサーバルちゃんを撮り逃したのがちょっと残念だと思っていたら、10月9日に「けものフレンズ」でコツメカワウソを演じた近藤玲奈さんとジェンツーペンギンの田村響華さん、そしてフンボルトペンギンの築田行子さんが来園してトークショーを繰り広げてくれるそうで、そんなに遠くない(近くもないけど)場所なんでちょっと寄って見たい気がむらむら。アミメキリンとかも取り逃していたからなあ。あとは天気次第か。ジャストプロに所属の田村さんが今も頑張ってお仕事できている状況からするにネックはそこじゃないって雰囲気も。じゃあどこだ、ってのはやっぱりまだまだ見えないか。週刊文春が本気で動いて暴かれたら類焼も激しさを増すんで今のうちにしっかり手打ちをお願いしたところ、であります。


【10月1日】 千葉市動物公園で始まっている「けものフレンズ 〜すごーい! 動物観察ってたのしー! 〜 クイズラリー」を見物に行く。入り口でクイズラリーの用紙をもらった子供も大人もあちらこちらを巡ってクイズに答えようとしている。この下地にあるのが「けものフレンズ」という作品の知名度で、それを作ったのがたつき監督によるアニメーション版「けものフレンズ」であることに間違いはないのだとするなら、それを振り払って動物への関心だけを上澄みのようにすくって盛り立てていこうとするのはやっぱり違うと思うのだった。深夜アニメーションが人気とならなければ朝に再放送されて子供たちに見られ、関心を持たれることもなかったのだから。

 動物園とのコラボレーションは多摩動物公園とか井の頭自然文化園とかでも行われていて、これからもいろいろなところで始まったりするだろう。それでも牽引役となるメディアがなければいつか人気は下火になる。そこでまたアニメーション版を再々放送するなりして人気をブーストしたくても、今のこのねじ曲がった状況では放送にだって二の足を踏むだろうし、放送されても嬉しさと楽しさで見られない。となるとあとは野となれ山となれ? それは寂しい。いくらゲームアプリで盛り立てたって残念ながらマスには届かない。子供たちにだって知られない。それだけテレビってウィンドウは強いのだ。子供たちに届けるには今も最強のメディアなのだ。そこを切り開いた功労者に今一度の道を。そのために僕は「けものフレンズ」のコラボに通い続ける。人気を維持して関心をつなぎ止め続けることでしか僕たちはたつき監督に報い、そして呼び戻すことに貢献できないのだから。

 2020年の5月の大型連休中に東京ビッグサイトを明けてコミックマーケットに使わせても良いよと急に言い出した小池百合子東京都知事だけれど、これでいったい誰が得するのかがまるでまったく分からない。まず主催者。中途半端な規模を与えられ、そして期間も果たして3日なのか5日かなのか分からないような時期にいつものようにボランティアを集め機材を揃えて場を提供するとかいったワークフローを組み立てられるかが心配だし、そもそもそういった時期であっても東京ビッグサイトで開催を臨んでいたかが見えてこない。

 そして参加者。5月には他にもいっぱい同人誌即売会が開かれていてそれと重なるような時期にぶつけられても困るだけ。そしてそうした即売会を押しのけてまでコミケがどーんと入ることを喜ぶとも思えない。これはコミケの主催者だて同じ気分だろー。なにより東京ビッグサイトが使えなくなる問題は、コミックマーケットに限った話ではなくむしろ全体から言えば微少ではなくてもマストではない。あの場所を使って毎週のように繰り広げられているビジネス的な展示会が開けなくなって、商売の機会を多くの企業が奪われてしまうことの方が問題であって、だから恒常的に使える展示場を作ってくれ、あるいは東京ビッグサイトを今のまま使い続けられるようにしてくれと嘆願している。そうした本質を脇においてコミケだけが重大事のような認識を示してしまうところに、問題の本質を小池都知事が理解してない実態が見えてくる。

 それとも何かと面倒なコミケのファンをこれで晦渋できると思ったのか? そんなに単純でもないし簡単でもないのは、すでに聞こえてきている反応からも明か。自分たちさえ良ければといった考えに染まらず、社会との共存を願うのがコミケであり参加者だという自負を汚しなじるようなその施策を、受けることはないと思うけれどもだったら2020年の夏コミはどうなるか。そこはやっぱり考える必要があるんだろう。出口をどこに定めるか。よしんば5月の東京ビッグサイトでの開催に落ち着くならどういうロジックを整えるか。そこがこれからの注目点か。5月だったらまだ幕張メッセを全館使えるんだっけ。それともやっぱり名古屋とかに持っていくことになるんだろうか。判断が出るのを待とう。

 槐柳二さんという声優さんが亡くなられたとの方が漂う。放送されたばかりの「天空の城ラピュタ」にもドーラの相手になっている機関士の爺さんの役で出演しているけれども、最近の印象ではやっぱり「東京ゴッドファーザーズ」に出てきたホームレスの老人で、どこか神々しさを漂わせつつあっさりと亡くなったと思ったらまた目覚めてそして亡くなる姿に世の儚さといったものを感じさせた。その飄々として能天気そうでいて、けれども寂しさも感じさせる声は老人を演じる人達の中でもどこか仙人めいた立ち位置にあったんじゃなかろーか。年配だからそうなったというより「天才バカボン」でレレレのおじさんを演じていたころからどこか超然とした感じがあった。若い人が転向して老人になるんじゃなく、ずっと老人を、あるいはおじさんを突きつめてきた声だからこその重みなんだろう。そういう声優さん、今いるかなあ、若くしておじさん声。立木文彦さんなんかそうだたけれどもうそれなりの年齢になってしまったし。30年後には爺さんまでイケメン声になっていたりして。それもなんだか。

 子供で居続けられても迷惑だけれど、大人ぶられても面倒な年頃というのがある。それはたぶん高校生くらいで、すぐ先に来る進学や卒業からその先にある人生そのものへの不安と期待をいろいろと感じて、今に留まっていたいと手足を子供のようにじたばたさせるか、どうせ来る明日ならと割切って諦めてしまうかして、そしてしばらくして後悔をするのだ。あの時もっと大人だったらと。あるいは子供を通していたらと。武田綾乃さんの原作小説を京都アニメーションがテレビアニメーション化した「響け! ユーフォニアム」の第2期を、石原立也総監督のもとで小川太一監督が大胆に再編集した「劇場版 響け! ユーフォニアム 〜届けたいメロディ〜」は、そんな子供と大人の間で悩み翻弄される、そして翻弄された人たちを描いて今、まさにそんな時期にさしかかっている人たちに未来を思い抱かせ、すでに通り過ぎた人たちに過去を思い起こさせる。

 テレビアニメーションの第1期と、それを再編集した「劇場版 響け! ユーフォニアム 〜北宇治高校吹奏楽部へようこそ〜」の中で弱小だった北宇治高校吹奏楽部に入部した黄前久美子は、一緒に入部して優れたトランペットの腕前を持った高坂麗奈らと知り合い、新しく顧問に就任した瀧昇の下で微温的だった空気が払拭されて、本格的に全日本高等学校吹奏楽コンクールへの出場を目指す体制となっていく中で起こるさまざまな諍いや、それらを乗り越えて得られるさまざまな決断を経験していく。ソロパートを誰が吹くかで揉めながらも、上手な人が吹くべきだという当然の、けれども情愛からは遠い結論なども経てたどり着いた県の大会で、北宇治高校吹奏楽部は金賞を得て関西地区大会へと駒を進める。

 大きく近づいた全国という檜舞台に向けて、一丸となって練習に邁進していくはずの第2期においてより深刻な問題が起こる。それが「映画 響け! ユーフォニアム 〜届けたいメロディ〜」でのメインストーリーとなっている。といっても、テレビシリーズの長さをそのまま映画にはできないため、大胆な構成の変更とそしてエピソードのカットが行われている。例えば合宿。テレビシリーズでは関西大会へと向けて行われるものが、関西大会で勝って全国行きを決めた後に帰られている。それで現実のスケジュール的に合うのかは、この際気にしない。問題は、前年にあまりやる気を見せない部員たちに業を煮やして吹奏楽部を退部した傘木希美が合宿前に現れ、復帰したいと告げながら、三年生で副部長の田中あすかに拒否されるエピソードがまるまるカットされていること。オーボエのパートを担当している鎧塚みぞれと希美との間に生じていたわだかまりを描く中で、思い詰める性格とくよくよしない性格の差異めいたものが浮かび、人生に向き合うスタンスといったものを考えさせられる。

 もっとも、それを混ぜていると今回の映画で見せたいことが見せられなくなるという判断から泣く泣くカットされたのだろう。そうした希美とみぞれの物語は、新しく山田尚子監督によって作られる「リズと青い鳥」の中で紡がれ、「映画 響け! ユーフォニアム 〜届けたいメロディ〜」を補うことになるのだろう。だったら麗奈の瀧先生に対する思いはどこへ行くのか。これも大胆すぎるくらいにカットされて、ひとつのトピックだったコンクール会場での「先生好きです」の叫びも聞けなかった。こちらも別の形で拾われるなり、石原立也監督が二年生になった久美子たちを描く新作映画の中で、未だに瀧へと思いを寄せ続ける麗奈のエピソードとして拾われることを願いたい。寡黙でいながら時に情熱的な少女の姿を見たいから。

 そんな2本の大きな柱を削って組み立てられた「映画 響け! ユーフォニアム 〜届けたいメロディ〜」でほとんど1本の太い柱として屹立したのが、久美子とあすか先輩との関係だ。といっても恋情が行き交うようなものではなく、ユーフォニアムであり吹奏楽部に向き合う意識をめぐる物語。父親がユーフォニアムの奏者であり作曲家でもあって、書いた教本はユーフォニアムを始める人たちはたいてい読んでいて、コンクールの審査員も務めるほどでありながら、母親に引き取られたあすかは父親を苦手にする母親によって勉強と進学を強制され、コンクールを前に退部させられそうになる。そのことを口では仕方が無いと良い、たかだか部活だからと言って後輩に譲って平気そうな態度を見せるけれど、その心理の奥にあるものを久美子は見逃してはいなかった。

 久美子には姉がいて中学までトロンボーンを吹いていながら進学のため、そして就職のためだと吹奏楽部を辞めて勉強に励んでそれなりの大学に進んだ。けれども今、自分が本当にやりたかった道に進みたいと大学を辞め、美容学校に行こうとしている。父母は反対し久美子も自分を置いて止めていった形になっていた姉の転進ぶりに非難の目を向けるけれど、本当にやりたかったことをやらずに過ごして後悔する寂しさは感じ取った様子。その感情をあすかにぶつけ、大人ぶって賢しらに振る舞おうとしても本心では吹奏楽を続けたい、コンクールでユーフォニアムを吹いて審査員として来る父親に聞かせたいと思っているはずだと訴える。

 まるで子供のような感情のほとばしりは、相手にとっての最善をもしかしたら奪ってしまうことになったかもしれない。けれども大人ぶって選んだ道に後になって後悔をしてやりなおそうとする姉の姿も視野にいれ、同じような間違いをあすか先輩にはして欲しくないと思っていたのも事実。子供のようには振る舞えないけれど、大人のようにも妥協したくない。そんな間をあすかがどうやってくぐりぬけ、自分自身のやりたいことを目一杯にやり遂げるかがたぶん、この「映画 響け! ユーフォニアム 〜届けたいメロディ〜」のメインテーマなのだろう。そしてその決断に刺激された久美子が、あるいは周囲で見ていた麗奈たちが次に我が侭でも妥協でもない、自分自身の決断をして子供と大人の間を乗り越えていくかが描かれるのだろう。期待したい、続きの物語を。

 メインテーマだけでなく、メインヒロインももしかしたら田中あすか、その人なのかもしれない。勉強も出来てユーフォニアムも巧く副部長でありパートリーダーでもありドラムメジャーだってそつなくこなす。そんな万能の女子であり誰もが頼もしいと期待を寄せたくなる一方で、そうした期待を受けるふりをしてするりとかわして自分自身は孤高を行くようなところもあって、容易に他人を寄せ付けない。気持を寄せてたらかわされて、けれどもだからといって目をそらせない雰囲気を持ったヒロインはなかなかいない。老獪で達観していて狷介ですらある性格もお近づきになってなじられたいといった気持を喚起させる。黒タイツで眼鏡っ娘というビジュアルもフェティッシュな感情をそそる。そんなヒロインが退場をした次のシリーズなり映画は果たして大丈夫なのか。憎まれ役を買いつつ意識を引きつけ放さない小悪魔とも魔女とも言えるヒロインはいないのか。そこは久美子に期待するしかないのかも。あれでなかなか底意地が渋くて下にはクールな態度を見せそうだから。



(ACCESS COUNTER '96.07.20)


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