Last Updated 2019/7/23
日刊リウイチ
TUNAGATTEIRUNOYO
「1998-1999年lain日記」

リウイチとは誰だ?
リウイチとは奴だ!

薄い髪に伸びた髭
趣味はアニメと女子サッカー

日刊リウイチとは
そんな胡乱な野郎の日々を
無限に綴ったページなのだ

ワーニングワーニング

(ホントはただの日記です)

◎積み上げた本の数が這々の体で1800冊に達した『積ん読パラダイス』だけど記念事業もなく、これからも地味に静かに増量方針。ライブドアブログの方で『積ん読パラダイスinBlog』なんてのも作ってみたけど誰が見ているのやら。
落ち行く世界で孤独な少女がロボットと出逢い、つかの間の交流を経てそれぞれの道を選ぶ。切なくも哀しく、そして愛おしい狩野典洋の短編アニメーション『ノアのハコ庭』に全人類よ、涙せよ。
【7月23日】 吉本興業の社長の人が出てきて会見をしたそうだけれど、全員クビを和ませようとした発言だとか言ってる時点でもう駄目っぽい。最高権力者が冗談でもクビとか口にしたらそれはもう冗談にはならない訳で、そうした自覚を持たずにトップになってしまったこと、というかトップにしてしまったことの責任をもっと上の人であるとか、株主とかは自覚した方が良いんじゃなかろーか、ってことはやっぱりテレビ局あたりか。会長の人は平成の吉本を盛り上げた人だからその実績を買われたって分かるけど、社長の人ってまるで聞かない名前だった訳だし。その進退に極楽とんぼの加藤さんも進退を賭けているみたいで、明日のテレビで何を報告するかに注目。まあ見ないけど。

 女流の身で奨励会の三段リーグに入りながらも将棋界を去った女性が改めてプロ棋士を目指そうとしてアマチュアでも参加できる棋戦に挑む「将棋指す獣」って漫画があって、出てくる人たちのそれぞれに将棋を指す理由めいたものが語られていてその辛さ、大変さ、けれども求めざるを得ない強情さを感じさせてくれたけど、同じように奨励会の三段リーグを全勝で突破し四段のプロ棋士になる資格を得ながら将棋を辞めてしまった天才棋士の男子が出てくる八奈川景晶さん「黒猫のおうて!」(ファンタジア文庫)でも将棋を指す理由が描かれて、将棋指しの業のようなものが感じられる。

 三段リーグを全勝で抜けながら辞めてしまった元奨励会員の名前は長門成海。最終局で7手詰めとなりながらも相手が最後まで投了しなかった将棋の際に自分がやっていることの意味にふと気付き、これ以上は続けられないと将棋界から離れる。四段昇段は決定事項だし今だと勝利した瞬間に四段になるのかな、けれども棋戦には参加していないそうした棋士が引退なんて出来るのか、ってあたりは調べてないから分からない。これはそこから復帰できるのか、って問題にも関わってくるからちょっと聞いてみたい。

 ともあれプロにならずニートになってアパートで寝起きするだけになていた成海の部屋の扉を叩く音。明けるとそこにはゴスロリ衣装を着た女子がいた。聞けば三河美弦という名の女流棋士で、それなりに知られてはいたけれど、プロ棋士を相手に勝てないという話しで、何が悪いのかを成海に見てもらいに来たという。将棋を離れたことを伝えておひきとりねがいたかったけど、なかなか引かない相手のプロ棋士には勝てない理由を探ろうと対局して理由を感づく。そこで教える立場になる義理はなかったけれど、翌日からも迷わずゴスロリ服で通ってくる美弦を相手に師匠めいたことを続け、美弦の姉で女流タイトルの持つ主でまる美夏や大家の娘の安芸茜らを巻き込んで、ニートの元棋士による将棋道場が作られる。

 相手をリスペクトしすぎるのか、それで手が止まってしまうのか美弦が男性のプロ棋士に勝てない理由はだいたい成海にも見えている。それをしっかりを自覚して、戦い方に反映すれば解決する問題だけれどそれが出来ないからこその相談なんだろう。おまけに克服したと思ったら早速別の問題が持ち上がってゴスロリ姿での対局がそのまま続いてしまいそうになる。嬉しいけれども棋士としてはどうあんだろうなあ。とはいえ、白鳥士郎さん「りゅうおうのおしごと」(GA文庫)にもゴシックな衣装で対局する女流はいるから関係ないのか。結果、得られる憧れの棋譜をまね、最善を尽くして戦う価値を教えて貰えるストーリー。

 「りゅうおうのおしごと」のように宙ぶらりんの立場にある女流棋士の難しさを世に知らしめる啓発的な展開は薄いし、棋士が対局に臨むのにどこまででも自分を深め、削って立ち向かうシリアスな描写も少ないけれど、棋士という存在に興味を抱き将棋という遊びをやってみたいと思うようになることは確か。いろいろあって何歩が進んだ将棋界の中、成海と美弦の将棋とプライベートでの関係がどう進むかがちょっと気になる。というか美弦は女流で奨励会三段に入ってプロ棋士を目指している訳ではないし。究極の可能性を突き詰めた「りゅおうのおしごと」よりもふんわりと、将棋界と女流棋士について感じたい人はこちらから読んでも良いかもしれない。

 いろいろなアニメーション会社が追悼と応援のメッセージを出す中で、アニメーション会社が加盟する日本動画協会が京都アニメーションのための支援を始める姿勢を打ち出したみたい。海外では京都アニメーションの作品を配信か配給している会社がクラウドファンディングを行って結構な金額を集めてくれたみたいで、他に方法がない海外の人にとては有り難いタイミングでの実施だったけれど、日本はいろいろな窓口がきっとできるだろうからクラウドファンディングのようなものに乗る必要もないし、新しく立ち上げる必要もない。そう考えていたらアニメーションのいちおうは業界団体がちゃんと立ち上がってくれたので、あとはその方法や目的を見て乗るかどうかを決めれば良いんじゃなかろーか。もちろんアニメイトとか先行しているところの募金も有効に。仲間なんだから無茶はしないだろうから絶対。

 ふと気がついたら池袋に移転してきたニコニコ本社が7月いっぱいで閉鎖だそうで、スタジオなんかもあってそこからいろいろな配信も行われたけれど、同じ池袋に出来るスタジオに移転だそうでどれだけの規模になるか分からないものの、池袋という場所にはとりあえず根付いてくれるみたい。映画館も出来たしハロウィンに絡んだアニメっぽいイベントもあるし東京アニメアワードフェスティバルも池袋が中心。ポップカルチャーの街となりつつある池袋に根を下ろしてくれればこれは嬉しい。ニコファーレも閉鎖というのは意外だけれど、最近は使う機会も減っていたから仕方がない。叡王戦とかの大盤解説はどこでやるのかなあ。所沢? それもまたKADOKAWAじみてて良いかも。


【7月22日】 そういえば事件が起こってからこっち、というよりそれ以前からずっと朝のワイドショーという奴を見ていない。しばらくは早朝に目が覚めて、居ても立ってもいられない気分にテレビとか見ていられなかった時期があり、クリニックに通い始めそしてとりあえずの仕事場を得てからは早朝に目覚めることはなくなったけれど、起きてもやっぱりワイドショーは見ずニュースも見ないでタブレットを眺めているか、本を読んでいるか洗濯をしているかといったところで、やっぱりワイドショーは見ていない。

 だから、吉本興業で起こった闇営業に関する所属芸人の問題についても、誰がどういうスタンスで何を言っているかはあまり知らない。ひとつ思うところがあるとしたら、吉本音社長が自分たちはテレビ局の株主だから影響力を行使できるといったことを嘯いたのに対し、テレビ局はもっと真剣に違うと反論するか、態度で示すべきだといった点。それは吉本に限らずテレビなりメディアに影響力を行使して、特定の誰かを排除するよう誘っている事態に対し、従属なのか忖度なのかは別にして従っていた歴史を改めて検証し、今後の対応を決める必要があるから。自分たちもまた荷担していたことを認めないまま、叩かれた権力を叩いて別の権力に阿る繰り返しでは、同じ事態が続くことになるだけだろう。

 もうひとつ、京都アニメーションを襲った惨劇についてもテレビのワイドショーが何を言っているかを見ていない。セルロイドがたくさんあるから燃えやすいとかいった、いつの時代の話をしているんだ的なコメントは即座に否定されるから良いとして、ポップカルチャーを狙った犯罪に対しポップカルチャー事態も犯罪への親和性があるのではなんて雰囲気へと誘導しかねない雰囲気があるとしたら、それは最悪あけれど見ていないので何ともいえない。京都アニメーションの作品が海外でとてつもなく支持を集めている事態をワイドショーがどう捉えていいか迷っている点も、作品性なり技術面なりに踏み込んで話しているのか単純にジャパンのアニメだからグッドと言っているだけなのか、気になるけれどもそれも見ていないので分からない。

 “世間”というものが果たしてアニメーション会社なりアニメーション作品なり京都アニメーションという会社なり事件そのものなりにどういう認識を示しているか、気になるところはいろいろある。三菱重工が爆破されたテロで亡くなられた方は8人。そして地下鉄サリン事件では13人。今回はすでに34人もの方が亡くなられていて企業を狙ったものでも無差別でも、最悪な事態となっているにも関わらず、それだけの重さを持って世間が受け止めているかがちょっと見えない。

 もしかしたら、アニメーション会社だから、といった枠内で語られ矮小化されているのか、なんて想像も浮かんでしまう。それはお笑いの会社のお笑い芸人だから、お笑いの質問をぶつけても構わないと感じて気持を色で現してと訪ねて批判されたテレビ番組のスタッフにも言えることかもしれない。そんなやりとりをテレビ見れば感じられることもあって、そこから突破し改善していく道を探るべきなんだろうけれど、今の自分の元気力(げんき・ちから)では圧倒されて流されてしまう。だからしばらく見なさそうだけれどそうも言ってられない時が来たらその時は。っていうかそんな時を作り出さないといけないなあ。僕にできることはあるはずだから。どこかに。きっと。

 斧を振り回して大暴れしていた髭の男ややっぱりプロデューサーだったらしい「キャロル&チューズデイ」、というかほとんどA&Rの人っぽくって楽曲ににケチをつけるというよりは演奏と歌声にダメだしをして最高のテイクをとるまでひたすら歌わせ演奏させるという、昔ながらの録音方法をといっていた。それに付き合うキャロルとチューズデイも凄いけれど、招かれた有名ミュージシャンも凄くって、なおかつたったそれだけでOKを出したキャロル&チューズデイを誉めていたからなお凄い。過去にもミュージシャンとして参加してとんでもないテイクをプレイさせられたんだろうなあ。それでも付き合うからには相当な凄腕ってことになる。これは期待出来るか。

 一方でアンジェラの方はAIがアンジェラの歌い方を完璧に再現して歌ったことのない歌まで唄わせていたりして、それならもうアンジェラいらないじゃんって話になっていろいろ悶着が起こりそう。いやきっと彼はAIを越える何かを出してくることを期待しているのかもしれないし、だからキャロル&チューズデイに関心を持ったともいえるけれど、それを感じて自分で発憤できるかが今後に関わってくるのかも。そしてキャロルの父親が判明。彼だったか。でも自分の過去と境遇を考えあっさりと身を引く格好良さ。まるで高倉健さん。だからこそキャロルも赦せたのかも。2人がまた会う時、世界がバラ色に輝くと良いな。

 ネット発らしい笹塔五郎さんによる「最強の傭兵少女の学園生活 ―少女と少女、邂逅する―」(ダッシュエックス文庫)は俺TUEEEE系にして百合ものという重層的かつ多様性に富んだ設定がまずは面白い。竜すら倒す伝説の傭兵の娘として育った少女が、普通を学びに魔法学校に入ってそこで……という展開。でも普通ではなかなかいられない。入学試験の実技で父の言いつけを守り、勇者の力を手加減しながらも教師を倒してしまうし、知り合った少女も含め狙ってくる暗殺者をあっさりと撃退してしまう。それどころか命すら奪ってしまうところが結構シリアス。ふんわりほのぼのの展開にはしないところがネット発にしては珍しい。そんなヒロインに驚かず引かない友人もまた、命をかけてすれすれのところを歩いている身の上なんだろう。敵も本格的に狙ってきそうだし、百合百合しい関係を見せつつバトルなんかでも楽しませてくれそう。


【7月21日】 どこかに落としてしまったか、次の通院までワイパックスの錠剤の数が足りなさそうなので囓るのを半錠に抑えたせいか、いろいろと心配事が浮かんでモヤモヤとした気分。仕事に通っているのは良いんだけれど、金曜日までに目先の仕事をあらかた片付けてしまって、月曜日いからやることがあるのかが見えず、果たして行っても良いのかどうかを迷ってしまう。聞けばいろいろと教えてくれるんだろうけれど、聞いて良いのかどうかすら迷うあたりにネガティブ思考のスパイラル状態が効いている感じ。自信を失うとはそういうことなのだ。

 あとはやっぱり収入か。それなりに出ればあとはリストラの際にもらったお金で月に10万くらいずつ、埋めていけばどうということはないんだけれど、それだって10年は保たないと考えると、やっぱり不安になってしまうのだった。もちろん、そのまま勤めてたって6年で定年で、延長なんてきっとなく、そして経営状況を考えれば10年先なんて分からなかったんだけれど、今この時点ではそれなりの収入で安心できた訳だしなあ、なんてマイナススパイラルが始まってなかなか止まらない。これも薬が足りてないせいか。明日は1錠まるまる飲んで気鬱を晴らし、そして仕事をもらって働こう。幸いにしてアニメーション界にとって、そして日本の文化にとって重要な意味を持つ仕事に携わっている訳だし。

 そんな気分であっても家に居たら暑さで余計に気持が沈むんで、前売りを買ってあった国立映画アーカイブでの企画上映「逝ける映画人を偲んで2017−2018」の中の「白蛇伝」とそして「天までとどけ」という短編の上映を観る。「天までとどけ」は童話を元にした作品観たいで不勉強ながらも未見で未知。漁師の父親と2人で暮らしている少年がいたけれど、父親が海で遭難して戻って来なくて、それで家の灯りを灯し足りないとなると家の前でたき火を焚いてそれを目印に海から父親が戻って来ることを願っている。

 遭難したんだから船で戻ってくるはずもなく、小屋を焼き家も焼き教科書も焼いてしまっても燃やすものがなくなってしまった時、友だちが集まって難破船を運んで燃やしてそれを囲んで躍っているのを海上から観ていた外国船があった。以前にも灯台ではないその場所で燃える火を美しいと評していた船長。天まで届くほどに伸びる炎に近寄り輪になって踊る子ども達を観ようとしたことで生まれた奇跡。ってそこまで結論は出てないけれど、きっとあの後に幸せが戻ってきたと思いたい。1人原画らしい掌編。これがどうして「白蛇伝」と同時に公開なのかはちょっと不明。

 そして「白蛇伝」。東映アニメーションこと東映動画が最初に手がけた長編アニメーション映画で、1958年というからもう60年も前に作られてフィルムなんかは相当に痛んでいた。色はくすんで光が混じり色彩も整わず黒いコマも出ていたりしたものを修復して今さっき作られたかのようにピカピカの映像にして上映してくれた。もう本当に美しい映像によって描き出された、人も動物もよく動くアニメーションだけれどストーリーの中盤に大道芸が長くはさまり、動物たちが悪さをしている描写もあってこれがどういう関わりを持つのか、ちょっと分からなかった。人間や動物の仕草や芝居をこれだけ作れるんだというアピールがしたかったのかな。

 そうした映像を挟みながらも白蛇が変じた白娘という女性と人間の青年との恋路を描いたストーリーでは、白娘がとにかく美しくてなまめかしくて可憐で可愛い。表情も仕草も古びてなくってこれならディズニーに負けてないって声を大にして言えたんじゃなかろーか。「太陽の王子ホルスの大冒険」のヒルダもよく東映のアニメーションきってのヒロインと言われるけれど、どこかアニメ的なキャラクター設定でもあってディズニー的とは言いがたい。その意味で東映動画がディズニーに挑んで最初に成し遂げた成果として、白娘は永遠に讃えられそう。動物よりも大道芸よりも和尚よりも見せろと言いたいくらいに。

 鑑賞に来ていた朝日の小原篤さんと上映前に「天気の子」についていろいろと話して、とりあえずSTORYという川村元気さんの会社のクレジットが出たことの意味なんかを考えたけれども浮かばない。あとやっぱり全体の起伏についてか。ミュージックビデオ的にポンポンと展開する感じではないし、途中で大きく場面が切り替わる感じではなくラストまで行ってそこでドカンと突きつけられるものがあるから、やっぱりどこか平板かもと映ってしまうのかもしれない。ただその分、終盤のインパクトが凄いんでこれはこれで余韻がもらえる映画だとは思う。その展開をどう受け止めるかで賛辞も非難も生まれそう。興行については100億は行くと見たいけれど50億がやっととの説も。果たして?

 立川のシネマシティにもあった京都アニメーション作品の原画が、町田にあるアニメガ町田にも少し飾られていてそれが今日までと聞いて京橋から出向く。行くと行列が出来ていて、「響け!ユーフォニアム」や「リズと青い鳥」、「free」「ヴァイオレット・エヴァーガーデン」「ツルネ」といった多彩な作品の原画が飾ってあってそれぞれの作品のファンが熱心に見入って撮影していた。立川のオリオン書房にもあったスタッフによる寄せ書きはこちらは映画「free」のもので、並ぶスタッフの名前と言葉を観ながら涙ぐむ女子とかいて、男性ファンばかりではなく女性にもファンをちゃんと広げて確保し続けた京都アニメーションというスタジオの立ち位置を改めて思い知る。それだけに……。だから祈る、無事を、快復を、再起を、そして安寧も。

 噂も飛び交っていて心配される木上益治さんが三好一郎名義で監督した京都アニメーションオリジナルの短編アニメーション「バジャのスタジオ」のBlu−rayが売られていたので購入したら、結構な厚さの製作資料がついてきた。監督名の三好一郎さんが記されマネージャーとしてキャラクターデザインや作画監督として知られる池田晶子さんの名前もあってと観ればどうにも居たたまれなくなる表紙。開くとそこにはさらに情動を揺るがす絵とかが描かれているんだろう。聞くとアニメーションにはスタジオとして京都アニメーションの内部が登場しているとか。それはつまり……って思うとさらに心が揺れ動く。もう観られないその風景が、アニメーションの中に残されているという、これは悲しいけれども同時に心の支えでもあるのか。もう鉛筆を持てない人たちに比べたら、命ある自分の何と幸せであることか。その意味を噛みしめ、携わっている仕事の意義を確認しながら込められた思いを身に受けよう。


【7月20日】 気になっていたのは夏美のその後で、須賀圭介が娘を合っている時に凪といっしょに割り込んできているということは、今も近くにいるってことだけれど帆高がそんな圭介が経営する編集プロダクションを訪ねた際、帰りがけに見えた誰も座っていない机の上にバイクのヘルメットとゴーグルが置いてあったから、きっとそこがカブを今も転がしているだろう夏美の席で、就活は止めてそのまま圭介の会社に入ってライターを続けてるってことなのかもしれない。単に未だに助手か雑用かもしれないけれど。

 高校を卒業して大学に進学するために東京へと出て来た帆高もいずれそこで働いたり、アルバイトをしたりするようになるんだろうか。それとも陽菜といっしょのアルバイト? そういう意味でもやっぱり続きが気になる新海誠監督の長編アニメーション映画「天気の子」。角川文庫から出た小説版を読んだら未だに東京は首都らしく、沈んでしまった場所から西とかへと大勢が移り住みながらもしっかりと都会として存在して動いているらしい。大手町丸の内銀座有楽町新橋あたりは当然海の下で霞が関も永田町もやっぱり海に沈んでいるなら国会や官庁はどこにある? 防災拠点のあつ立川あたりに移ったのかな。どうして移転させなかったかは新海誠監督に聞いてみたかったなあ。もうそんな機会は一生訪れないだろうけれど。

 観たのは池袋に新しくできたグランドシネマサンシャインで、劇場は最大規模となる12階に作られたIMAXレーザー/GTテクノロジーとやら。その効果が音響的にはどれほどのものか、感覚でしか分からないけど結構響いてきたし、映像に関しては高さが20メートル近くあって幅も25メートルを超えている巨大スクリーンにくっきりと投影されて、ボケず霞まない映像を見ることが出来た。といってもベッドになった最前列のすぐうしろの2列目センターで、スクリーンが真正面に視界ぎりぎりに広がっている感じ。そこに投影された夏美の胸の谷間とか、堪能はできたけれど全体にエロティックなシーンは少ないからかぶりつくほどではなかった。

 ただ、広くなっただけあって緻密に描きこまれた東京の街の全景だとか池袋や新宿や代々木、田端といった地域の街並みだとかが隅々まで見えて、よくもまあ手を抜かずに描いていったものあと美術の人たちの頑張りを讃えたくなった。テレビが高解像度になって葉池に手を抜けないのとは違って、映画は昔から大きい画面に映すために手抜きなんか出来なかっただろうけれど、上映の品質が上がってなおのこと緻密な描き込みが必要になってきたのかおしれない。この東京の描写がこれ1作で終わってしまうのはもったいないと思う人が、バンクとして貸してもらって別の物語を乗せるとかいった試みが、行われたらちょっと面白いかもしれないなあ。そういう前例ってあるんだろうか。

 池袋を出て代々木方面を見て回りたい衝動もあったけれど、立川シネマシティで18日まで上映されていた「響け!ユーフォニアム〜誓いのフィナーレ〜」に連動して、映画の原画がちょっとだけ展示されていたのが今もまだ、展示されていると聞いて居ても立ってもいられず見に向かう。月曜日にも来たばかりでその時もザッと眺めて、久美子がユーフォニアムを持って立つシーンでの久美子とユーフォニアムが別々に描かれた原画のそれぞれの緻密さに感じ入ったものだった。その時はまさかこんなことになるとは思っておらず、写真もとらなかった。

 けれども京都アニメーションの八田英明社長が第1スタジオにあった作画や過去の資料、そしてPCに保存してあったデータがすべてダメになってしまったと話しているのを報道で見て、そうした被害を逃れて残された貴重な資料だと感じてやっぱり見ておきたいと強く思った。あと関東からではなかなか京都アニメーションに通じる場所がない中で、舞台として描かれた埼玉県の鷲宮神社か、原画が置いてあるここが繋がっている場所かもしれず、ここから京都へと向かって無事を祈り、回復を祈り再起を祈って安寧を祈った。いつかやっぱり京都まで出向きたいけど今はこれが精いっぱい。いつまで展示してあるかは聞かなかったけれど、返す場所も大変な状態で、しばらくは置いてあるんじゃなかろーか。

 原画では、画面いっぱいに描かれた泣く久美子の原画を見ていたらこちらも泣けてきた。そして改めて損失の大きさがひしひしと浮かんで来た。スタジオの全焼だなんて事態は誰も想定できず、従ってあらかじめ耐震耐火が成された場所に原画類は保存し、データ類はバックアップをとってハードディスクごと安全な場所に保管するようなシステムをとっておくのは作業的にも労力的にも金銭的にも大変で、よほどの経営側の理解がなければ行われることはない。そうした中、制作工程の効率化といった意味合いも含みつつ財産としての利用も考えアーカイブ化を進めているアニメーション会社があって、そこで手伝いのようなことをしている身としてやっぱり、頑張っていて欲しかったなあと悔やみつつ今を坂に多くの会社が頑張って欲しいと願うのだった。そうなる理由が大変な損失ととてつもない犠牲だという辛さを噛みしめつつ、世界が嘆いた損失を鑑み国だって行政だって動いてくれると思いたい。

 という訳でなかのZEROホールで「ケムリクサ」のスペシャルイベントを開催。放送中に会社がいろいろあって身分がぐらぐら揺れて心ががたがたになったけれど、気鬱になって沈み込むことなく耐えていられたのは毎週の放送が楽しみで、次にどうなるかが気になって心を保っていられたからかもしれない。4月に入ってほとんどアニメが観られなくなってしまったことを思うと、「ケムリクサ」が持っていた心をドライブさせるストーリーテリングはやっぱり凄かったと改めて思うのだった。

 イベントは昼の部夜の部があってたぶん構成的には同じ。最初にキャスト陣が登場してりん役の小松未可子さんりつ、役の清都ありささん、りな役の鷲見友美ジェナさん、りく役の天沢カンナさん、りょう役の三村ゆうなさん、そしてりょく役の関根明良さんと来てわかば役の野島健児さんも入れて6姉妹にりりにワカバにシロまで勢ぞろい。加えてたつき監督伊佐佳久作画監督白水優子美術監督も交えてトークが繰り広げられては、ペンギンを被っていないたつき監督がくぐもらない地声でもって訥々と喋ってその真面目に作品に取り組む人柄を感じさせてくれた。

 たつき監督は声優さんたちの演技なんかにも指導を入れていたみたいで、りょくが自分の日記を見られたと分かった時に出す叫びなんかをもっと汚くと指導していた様子。あとりんがわかばの名前を初めて呼ぶときとか感情を込めたり速くいったり中黒をいれて強く読んだりといろいろなパターンを試したみたい。どれが使われたかはあとでBDで確かめよう。声優陣が準備で引っ込んだ時に繰り広げられた3監督への質問でたつき監督が3Dアニメーターになるにはと聞かれて目指すところを想定して近づけていくのが良いとかいっていた感じで、我武者羅にやるんじゃなく得意なところを伸ばしていくのが幸せになれる道なのかもしれないと感じた。

 たつき監督がサンライズの荻窪スタジオとかで関わっていた頃はまだ3Dのモデリングでキャラクターを作って2Dライクに見せながら動かすのって珍しく、やれるだけで仕事になったけど今はモデリングにしても表情や仕草にしても特徴が必要。『けものフレンズ』にしても『ケムリクサ』にしても、たつき監督的な仕草に表情があって伊佐監督的な作画があってとirodoriメンバーならではの色がある。そこに一気に迫るのは大変でも、自分らしさを出せるようになれば勝負は出来るのかもしれないなあ。

 そしてライブはナノんが登場してオープニングテーマの「KEMURIKUSA」を熱唱。アルペジオのOPでも迫力のある歌を聞かせてくれていたけれど、「KEMURIKUSA」もまたパワフルで印象的で詞も意味深。聞けば聞くほどその世界にどっぷりとハマりこんでける。アニソンイベントとか最近行ってないんで次に聞けるか分からないけど、でもまた聞きたいなあ。ワンマンとかやってるんだろうか。

 続いてはみかこしに清都さんに鷲見さんが登場してエンディング「INDETERMINATE UNIVERSE」を歌ったんだけれど1番だけで脇い逸れ、2番に入って天沢さん三村さん関根さんが登場して歌うというリレーを披露。そして6人が揃って歌うというバージョンをたぶん昼の部に続いて披露して、最後は映像にあったようなポーズを決めてあのアニメの世界を思い出させてくれた。次に6人が揃うなんてこと、ありそうもないし歌う機会があるとも思えないからきっと、歴史の上で2度だけ披露されたバージョンってことになるのかな。どうなんだろう。これで続編とか作られイベントが行われたらありそうだけれど、そういうコンテンツなんだろうか。

 ラストの挨拶でたつき監督は、数字的に最初はこうしたイベントが開かれること自体、考えられなかったようなことを言っていた。それがいろいろあってそして作られたオリジナル作品でありながらも人気となって有償のイベントも大人気となって大勢がつめかけた。才能を出しただけとはいってもそれが常に成功するとは限らない世界で、前作に続いて歴史に残る作品を作り上げた才能はやっぱり凄い。今きっと最も次に何を作るか期待されている監督のひとりじゃなかろうか。いやたつき監督というよりirodoriが。そういう話はなかっただけにこれからの動向が「めっさ気になる」。野島健児さんが好きなセリフとして言ってた言葉をここで使って次に期待だ。


【7月19日】 雲ひとつなく晴れ渡った空から降り注ぐ陽光をしばらく見てなくて、遠くまで連なる灰色の雲によって天井を塞がれたような場所で、ただ気温ばかりが上がって蒸し暑さが増す中を、行き先も見えずに這いずり回っている気がしていて、そうした気鬱な状況を射す陽の光によって振り払って世界を甘くて優しい世界に変えてくれる物語かと、新海誠監督の新作アニメーション映画「天気の子」について想像していた。だってそうじゃないか、家出してきた少年が、少女と出会って100%の晴れ女らし彼女といっしょに東京の街を走り回る物語だとしか、予告編からは見えないんだから。

 でも違った。ほろ苦くてほの甘い予定調和へと向かってまっしぐらに進んでいるかのように見せた物語を新海誠監督はぶち壊して来た。それはもう完膚なきまでのぶち壊しぶりで、ファンタスティックな出会いをし、エキサイティングな冒険をしながらリアリスティックな社会に跳ね返され、そこから新たな一歩を進んでいこうとする少年と少女の成長の物語ではなく、壊れて狂った世界の上で新たに刻み始める、常識とか通念とかもはや通用しない人生の物語がそこにはあった。そして思った。そこからの物語が観てみたいと。

 公開されたばかりで、ストーリーについてはだから触れないでおくけれど、いったん滑り落ちかけると、なかなか這い上がりづらい社会の状況というのが打ち出されていて正直いって心に痛い。今か5年後かという違いであって延命せずに早めに手を打てたとここは喜ぶべきだし、着の身着のままで放り出された少年とか少女に比べて幾ばくかの蓄えを持った我が身はまだまだ気楽ではあるものの、いつまでも続くものでもないだけに頑張ろうと思っても本田翼さんが声を当てていた若い夏美ですら跳ね返される社会の壁は年寄りにはことのほか分厚く、そこを経験でどうやって突破していくかを目下模索中。

 上映前に来年の6月公開が発表された「シン・エヴァンゲリオン劇場版」までにはどうにかしたいと思うけれども、どうなんだろうなあ、小栗旬さんが声を演じてた編集プロダクションを斬り折りする須賀圭介のように落ち着ければ良いんだけれど、それもままなりそうもないし。どうしたものか。あとはキャラクターとしてヒロインにして天気の子らしい天野陽菜の弟の凪がなかなか最高。すでに彼女を振り回し、才知を見せたりもする彼が育てば陽菜も安心かというと、それだけでは這い上がっていけない社会だからなあ。女装が似合っていたのでそっち方面とか? あれはもっと見たかった。

 陽菜のショートジーンズに夏美のホットパンツの良さが沢山見られた作品ではあるけれど、そうしたキャラクタービジュアルとは別に東京という場所の描かれ方がとにかくリアルで美術の人たち頑張ったというか凄かったというか。代々木や新宿や池袋や、あとは田端とか日暮里とかそっち方面? の路地なり風景が出てきては見覚えのある感覚を喚起し、あるいは訪ねてみればありそうな気分を誘う。メインとなる代々木の廃ビルまで存在しているかは不明だけれど、いったらありそうでちょっと怖い。でもそこでお祈りをして力を授かったところで、後で大変な目に遭うなら通り過ぎるだろうか。

 というか、そもそも彼女はどうして選ばれた? もともとが雨ならそれを晴らしても対価を得てまた戻すだけ。そのもともとが異常な雨続きだったというなら世界は雨に満ちているということになり、それを嫌がる人間を誘って贄として得る神様たちの習慣がどこかにあるってことになる。それに応じなければ世界は沈むだけというか。そして世界はかつてはずっと沈んでいたちうか。どうなんだろう。そうした世界もまた悪くないし、誰かが犠牲になる必要なんてないんだと理解した上で、もともと狂っていた世界なんだからこぢんまりとまとまるなんてことはせず、自由に生きていこうぜって思うことで救われる気もしないでもない、ってこれはちょっと踏み込みすぎか。結論から言えば婦警さん、可愛い。以上。詳細はあと何度か見て大勢が見てからね。

 TOHOシネマズ日比谷で「天気の子」を観てそれから電車を乗り継ぎ三鷹まで向かってJRの駅を降りたら降り注ぐ日差しがまるで夏のように刺さって、これで映画のように本当の夏が来るのかなと思いつつ倉庫にこもってカット袋を撮影したり、カット袋が入った段ボール箱を上げたり下ろしたりして時間を過ごしたあと、夜になって外に出たら雨がパラついていてそしてとてつもなく蒸し暑かった。まだ夏本番にはほど遠い天気。しばらくは外回りの取材仕事とかもらってないんで、屋内で過ごしながら季節感を身に覚えることなく夏が終わって秋になってたりするのかも。せめて週末は外に出よう。お金はないけど。明日は2度目の「天気の子」を池袋のグランドシネマサンシャインで観よう。スクリーン超デカいそうだから。

 京都アニメーションの件は伝わる被害が甚大ではなく、心からいろいろと悲しさがこぼれてしかたがない。怪我をされたかたの回復をとにかく祈る一方で、安否の不明な名の割と知られた方々の存命も同時に祈る。その作品、その絵で僕たちを楽しませ喜ばせてくれて、そしてこれからも活躍が期待されていた方々だけに本当に心が震える。もしも……なんてことは考えたくはないけれど、でも……って浮かぶ気持ちはやっぱりしばらく続きそう。とにかく存命であって欲しい、それならいつまでだて待つからと今は思う。強く思う。

 アーカイブってアニメーション関係の制作に関わる資料をまとめて束ねて記録する仕事をちょっとばかり手伝っている関係もあって、それらが後に仕事の効率化だとかにつながったり、原画展のような場へと展開されて収益に結びついたりする可能性を日々考えていたりすることもあって、京都アニメーションで起こった放火による火災で過去の作画だとか制作の資料だとかが焼けてしまってコンピュータも記録が壊れてしまっているようで、再現のきかないものだけにどうしておけば良かったんだろうかと考えてしまう。まずは命でありそれから作品であって過去は過去だとしても、あれば次へと繋げられた訳だし。 別に運び出しておくのが良いのか。バックアップは常にとってどこかに保管しておくのか。起こった事態がとてつもなくレアケースなだけに想定のしようがなかったと言えるけど、それでもこういう事態を受けて、今後を考えることもあるいはあっても良いのかも。


【7月18日】 ジャニーズ事務所が独立した人たちを使わないようにとテレビ局に圧力をかけたといった話を公正取引委員会が聞いて注意を行ったといったニュースが広まったけれど、ジャニーズ事務所はそんなことはしていないと言って反論。とはいえ、注意されたことまでは否定せず誤解を招いたといった言い訳をしていたからには、そこに実態としてのパージがあったと見るべきなんだろう。だとしたらそれはどうして起こったのかって話で、たとえ口でも態度でもそうは言わなくても、出せばどうなるかってことをテレビ局側が感知して、抑えたのならそれはやっぱり問題だろー。

 とはいえ、ジャニーズ事務所が悪いのかといえば、彼らは自前のタレントたちを最大限に活用してもらいたいといった意図もあったりする訳で、それを阻害する要因を排除したと考えたことを察知したテレビ局側が、流行りの言葉でいうなら忖度をして出さなかったってことになる。つまりは判断はテレビ局の側にあって、そこが平気で駆動してしまう今状況が最大の問題なんじゃなかろーか。ジャニーズ関連に限らず独立絡みで出ないタレントなり女優の結構いること。のんさんとかNHK以外の東京キー局民放にずっと出てないものなあ。出せば良いのに出さないのはテレビ局の側であって、そこを突かない限りは問題は解決しなさそう。でも自分たちが悪いとは言えないテレビ局。闇は深い。

 書店に寄ったら新海誠監督の新しいアニメーション映画「天気の子」のノベライズが並んでいた。書いたのは新海監督自身で初版が50万部とはなかなかのもの。すでに試写が回り始める中で確か売られた前作「君の名は。」のノベライズと違って誰も映画を見たことがない状況で、売って果たして売れるのかというとやっぱり売れるんだろうなあ。とはいえ映画を観ていない段階で読んで展開を知る訳にはいかないので、ページを開かず表紙を剥がして新海誠監督の印刷してあるサインをARにかけてインタビュー動画を呼び出したりしつつ、展開についても一切知らないまま明日午前9時からの映画に行くことにする。どんな世界が広がっているかなあ。天気になると良いなあ。

 なんて浮き立っている気分を一気に土砂降り模様にするニュース。京都アニメーションの第1スタジオに男が侵入して火を着け燃え上がってほとんどビルの1棟が全焼した感じで、働いていた人の夜8時くらいで分かっているだけで25人もの人が亡くなられたという。ほかにも重傷者がいて怪我人もいてと状況は最悪。いろいろな話題作を手がけた監督さんとかクリエイターさんの安否も不明だったりして、そうしたクリエイターさんたちが送り出して来た作品に励まされ喜ばされた身としてただひたすらに悲しくて、悔しくて腹立たしくて泣けてくる。

 あっという間に燃え広がった炎に行き場もなかったような状況。出勤をして仕事を始めたあたりで起こった火災に、いったい何事かと考える間もなく煙にまかれてしまい、下には降りられず上に行こうにもたどり着けない中で意識をなくされていくような感じだったんだろうかと思うと、本当に居たたまれない。客観的には日本でも屈指の力量を持ったアニメーターたちが集まって、組織の中で切磋琢磨しながら育ち育てていく状況を持ったスタジオなだけに、そうした人たちの少なくない命が奪われたことは、日本どころか世界のアニメーションにとって大きな損失だとも言える。その作品に触れて喜んできた世界の人たちから、驚きの声があがり追悼の言葉が寄せられていることからも、京都アニメーションが持っている存在感の大きさが分かる。

 それだけに、どうしてこんなことになってしまったんだろう、といった思いが強く浮かぶ。おそらくは過去にも多々あった通り魔的な事件の類例なんだろうけれど、放火となると青森の武富士なり歌舞伎町のビルといったところが思い浮かんで、そうした事例と比べてあまりにも放火対象のタイプが違いすぎて訳が分からなくなる。いったい京都アニメーションが何をした? アニメーション作品を作って世の中を楽しませている会社じゃないか。そこを狙って燃やして大勢の人の命を奪っていったいどんな意味がある? 考えるほどに訳が分からなくなって憤りの持って行き場を失う。

 いや、まったく想像がつかないということはなく、諸々の思考が筋を違えて絡まって広がっていった先に見える光景の中に、そうしたビジョンを見いだしてしまったのかもしれないけれど、それがとても間違っていることだを途中で誰かが気付かせてあげてさえいれば、こうした悲劇は避けられたかもしれない。それは各所で起こった通り魔的な事件でも同様で、どこかの段階で勘気を抑えるような状況は生まれなかったのか、なんて思いも浮かぶ。

 一方で、不審者が簡単に入り込めないような制度であり、火災自体を即座に鎮火するような仕組みであり、何か起こった場合に大勢が無事で済むような仕掛けなりはなかったのかといった考えも浮かぶけれど、今はそうしたことを話すより、存命な方が命をとりとめそして回復をして社会に戻ってきてくれることを祈るばかり。作られていたアニメーションがしばらく作られなくたって、命が助かってくれる方が重要だから。そして社会はそうした命がむげに奪われないような制度や仕組みや仕掛けについて、もっともっと考えること。世界が惜しみ悲しむ事態であることは確実なこの件を、ただの事件い終わらせては絶対にいけない。


【7月17日】 第58回日本SF大会「彩コン」の参加証が届く。そういえば日本SF作家クラブの総会の時にゲスト参加の案内とかもらっていたけれど、失職して間もない時期で将来への不安にろくすっぽ物が考えられなくて、それからゴールデンウィークを挟んで気鬱も酷くなって遂にはクリニックに通うほどに壊れてしまったので、ゲスト登録とかをするのをすっかり遠慮してしまっていたので参加は普通に一般で、企画とかは出ずいろいろと見て回ることになりそう。ライトノベル系では上遠野浩平さんが登場するみたいで見に行きたいけれど、AIの企画がちょうど重なっているんだよなあ。ai×sfに協力したこともあって見て見たい気もするけれど、さてどっちを選ぼうか。

 そこで仕事をするには業務委託契約が必要で、、結ぶならば中身のしっかりとした長期のものにならざるを得ず、その場合は失業という状態ではなくなるため失業保険がストップしてしまう。そのままずっと止めたままだと期限が終わって再就職手当に類するものがもらえなくなってしまうので、開業届を出して期間が1年以上保証されることを示して、残り期間の金額の7割くらいを受け取る方が賢明だという理解を一方におきつつ、週に3日で18時間程度の仕事に止め、失業保険をもらい続ける手もあったのかどうかをやっぱり迷っていて今も頭がグルグル状態。

 仕事に行こうにも仕事がなかったりしたら、それこそ1円も入らない訳でそうしたリスクを避けるために失業者の身分は保持しつつ、業務委託は形だけだと言い抜けする、って手も可能だったかどうなのか。そこが専門家ではないので分からないのだった。まあ今は過渡期らしくて仕事もまだまだ別にあるものが、今は単純作業と力仕事に偏っているといったところらしいから、気鬱を煽るこの雨模様が終わってからりと晴れたら、仕事にもバリエーションが増えて多少はクリエイティブな分野にも触れて気持を落ち着かせられると思いたい。あとはやっぱり月にどれだけ稼げるかだなあ。今の状態だと滞ればそこで終わって稼げない。主体的にできるようになればどこまでだって出来るなら、早くそういう状態になりたいけのだけれど……。夏よ来い早く。

 職安から離脱したのでキャリア支援会社からも一応の“卒業”となってこれで、所属している“機関”めいたものがなくなってしまった。どちらも肩書きを無職から変えるだけのものではないけれど、そこに繋がっていれば何かしている気にはなれた訳で、離れてしまった今はまったくの無所属としてただ人間として存在しなくちゃいけないというのが、どうにも慣れていなくって足下がグラつく。家族でもいれば家庭に所属とでも言えるのかもしれないけれど、職もないのに家庭に所属していたらそれはそれで居心地も悪そうだからなあ。まあ一応は三鷹のアニメーション制作会社と業務委託契約を結んでアーカイブ構築の業務を手伝うことになっているから、アニメーションを作るアニメーターと立場的には似たような感じになっている。アニメーターが制作会社に帰属意識を持って仕事しているかは知らないけれど、とりあえず居場所として口外して良いのかな。そこもまた悩むことろ。

 朝1番でキャリア支援会社に寄ってそこから、朝1番で上映される19日の「天気の子」のチケットを先に引き出して置こうと立ち寄ったTOHOシネマズ日比谷でちょうど、湯浅政明監督の「きみと、波にのれたら」が始まったので見ておく。2度目。同じ東京宝塚劇場の地下ならがらも部屋がぐっと小さくなっていたのは残念。それでも何人かが観に来ていたのはやっぱり観ておくべきアニメーション映画だって認識が浸透し始めているからなのか。お話自体はやっぱり泣けるというか、今がまったくダメダメで落ち込んでいて溺れてしまっている身には辛いところがあるけれど、そこから来る波をとらえて乗ってまた行こうって部分は否応なしに学ばなくてはならない訳で、改めて決意を固めるのだった。しかし「海獣の子供」とはまた違って凝った動きをするキャラクターたち。あのモーションをいったい誰が考えているんだろう.湯浅政明監督なんだろうなあ。そんな作家性をエンターテインメントに混ぜて出せるようになった訳で、カルトからメジャーへとこれで飛躍して欲しかった。惜しむらくは興行が……。これは誰の責任なのかなあ。もったいないなあ。

 第161回芥川賞と直木賞が共に決まったみたいで、芥川賞は今村夏子さんの「むらさきのスカートの女」が受賞した模様。高山羽根子さんは残念だけれど円城塔さんといっしょでいずれ必ずとるだろう。古市憲寿さんは受賞を狙って作風を寄せすぎたのかなあ、こちらもいつかとるかもしれない。候補者が全員女性だということも話題になった直木賞は大島真寿美さんが「渦 妹背山婦女庭訓魂結び」で受賞。どんな話なんだろう? そしてプロフィルを調べたら昭和高校の出身だった。そして山田正紀さんの講演を聞いて小説家になろうと決めて投稿を開始したそうで、その意味ではSFの血脈を引く人って言えるのかな、違うかな。まあどちらも読んだことがないんでこれをきっかけに読んでみよう。話題性とか知名度とかで受賞をしないで作品本位で選んだ感が割と漂う結果だったかもしれないなあ。


【7月16日】 「ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか」のアニメーションの第1期を13話分、映画館でずっと見続けて楽しいかと聞かれれば、楽しい場合もあれば楽しくないかもしれにあ場合があると答えるしかなさそう。「ガールズ&パンツァー」のテレビシリーズを6時間くらいかけて観るようなイベントに出たことがあるけれど、それはイベントで唯一性があってなおかつ連帯感も醸し出される中での鑑賞だから長時間でも耐えられるし、むしろだんだん楽しくなる。これが何度か企画されるプログラムとして、日中の平日に街中の映画館で実施されて果たしてふらりと入って見続けるか。それならNetflixなりAmazonPrimeVideoをながら観た方が楽じゃないか。そんな気がしないでもない。

 池袋にあるシネ・リーブル池袋が始める「アニメZONE」という企画は、「ダンまち」に限らず「さらざんまい」とか「ちはやふる」といったテレビシリーズを全話一挙だったり半分ずつだったりするものの、割とまとまって上映して見てもらうというもの。オールナイトで1回限りではなく、都合に合わせて選んで行けるメリットはあるものの都合を付けてでも観に行かないとといったモチベーションは沸きにくい。そのどっちがアニメ好きにとって原動力となるか、ってあたりが正否を分けそうな気がする。「ちはやふる」の1期24話一挙見とか、したいかって言われるとちょっとと口ごもる。

 「さらざんまい」の13話まとめても似た感じ。そこまでのめりこめるアニメだったっけって思うし。ましてや「さらざんまい」の応援上映っていったい何を応援するんだろう。見て見たいって気もするけれど、見なきゃいけないって義務感は沸かない。これがキンプリだったら毎日だって行きたいかも知れない。そういう層が確実にいることは分かるから。その意味ではなかなか不思議なプログラム。一挙見をしたファンがいそうな作品をもうちょっと選んで並べれば面白いのになあ。「serial experiments lain」の一挙見だったら行く人割といたりするかも。あと「ジェネレイターガウル」とか「ココロ図書館」みたいに今はNetflixだって見られないような作品なんか。どういうラインアップになっていくのか、お手並み拝見と今は決め込もう。

 そうか「ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか」のアニメーション第2期はアポロンとの戦争遊戯から開幕か。英雄への道を少し歩み始めたとはいっても泡沫ファミリアでヘスティアとふたり、日々をどうにかしのいでいるだけのベルたちでは勝てる相手ではないけれど、そこは過去に繰り広げてきた戦いや広げてきた交流がものを言って仲間が集い、ベル自身も大きく成長をして挑んでいく展開がすでに小説で書かれている。そんな中でリリルカ・アーデというサポーターの少女の過去とベルへの思いが明かされ、美の化身でベルに執着するフレイアの企みめいたものも巡らされていく、といったところ。

 豊穣の女神亭で働くシル・フローヴァにまつわる謎も仄めかされていたけれど、その後にイシュタルとの諍いや言葉を話す知性をもったモンスターとの交流、そして地下深くでの壮絶な戦いなんかもあってそうした奸計が浮かび上がって来ることはなかった。地上へと戻ってインターミッション的な展開になっている小説版の方でこれから、ベルという少年の生い立ちやシルとフレイアとの関係なんかも語られつつ、一方でアイズ・ヴァレンシュタインの出自とその存在の持つ意味なんかも語られていくんだろう。重層的になって来たけど風呂敷やや広がり過ぎなんでちゃんと畳んでくれるかが心配。どこまでも広げて畳まないまま30年とかちょっと年齢敵についていけないから。

 日本から異世界へと行ってチートな能力を得られればそれは幸福かもしれないけれど、日本から異世界へと来られてチートな能力を爆発でもさせられたらそれは迷惑極まりない話。過去に世界を幾つも滅ぼした異能の発動なんかがあったことから、その世界では日本から召喚された「迷い人」なる存在を、片っ端から殺害するようになっていた。そんな役目を受け持つのが処刑人。メノウという少女もそんなひとりで、日本からまた2人が召喚されたらしいという話を聞いて駆けつけては、無能だからと王に言われて追い出された男を橋の下で見つけ保護するふりをしてグサッと頭にナイフを刺す。

 いきなりの処刑。いきなりの絶望。無能なのにと思ったら、それでどうして近くにあるものを完全なまでの消滅させる力を実は秘めていた。その使い方を覚えてなおかつ暴走させたら世界はどうなった? だから処刑して当然といった設定がまず明かされて、そしてそけいしたくてもできないパターンに陥った時にどうなるかを描いたのが、GA文庫大賞で「ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか」以来の大賞作品となる佐藤真澄さんの「処刑少女の生きる道(バージンロード) ―そして、彼女は甦る」(GA文庫)」という小説だ。

 メノウという少女がようやく見つけ出したもうひとりの召還者は、ほんわかとしていて優しげでそして暴走する気配もあまりにあ。けれどもやっぱり殺そうとしたら殺せない。死んだはずなのに時間を巻き戻して甦ってくる。そんな体質ではいかんとしもしがたいと、確実に殺せる場所へと連れて行く旅が続く中にメノウの同僚で戦闘のプロだとか、王族の姫でこちらも戦えば強い女子が出てきてくんずほぐれつする中で、メノウを動かしていた使命感の元になっていた人物の裏切りも発覚。さらには確保した召還者にもどこか謎めいたところがあって、何層にも話が重なって見えてきた。旅は続くけれどどこへ向かうのか。世界を滅ぼす力を持っただけの少女を守るって点は「筺底のエルピス」に加えて最近登場した「破滅の義眼と終末を望む乙女 〈方舟〉争奪戦」(電撃文庫)とも重なる。流行りなのかな。これを総じて爆弾娘系と呼ぶ? ちょっとニュアンス違うかな。


【7月15日】 連休となる3日間はいろいろと、興味深いイベントもあったけれども最終日が締め切り日となっている5000字ほどの原稿が、ほとんど手つかずのまま残っていたのでそれを仕上げることに時間を使って船橋西図書館い朝から通う。前は丘の上の松林に囲まれた中にあって建築物としても特別だったけれど、耐震の問題とかもあったのか移転して今は西船橋駅から総武線を船橋へと向かう線路脇に登場。近くなって良かった上に、電源が使えてキーボードをたたける席が用意されてて、無料で使えるコワーキングスペースっぽくって利用のしがいがなかなかる。

 平日だとほぼ空いているし、土日でも朝から行けばだいたい座れるので土曜日から毎朝かよって制限時間の3時間ほど原稿執筆。とある漫画について書くことになっていて、ほかの作品はいっぱい読んでいるけどそれだけは読んでなかったことおあって難渋し逡巡しつつも締め切りだとうことで、メモを作って流れを考え組み合わせつつ主題めいたものをすくい上げ、それに沿ってまとめ直してどうにかこうにか流れを作ってまずは一段落。これを今日もまた船橋西図書館にこもって清書して、一応の完了を見たけれども果たして求められている水準に達しているかが分からない。

 こういうタイプの原稿を書くときはやはりいつも自分には書けるだろうかと逡巡し、迷い悩んだ挙げ句にとにかく仕上げて送りつけ、あとの反応を眺めているけれども酷いという声も亡ければ凄いという声もなく、とりあえず平均点はとれているって感じ。今回は有名な歴史上の人物が主人公になった漫画だけに、いろいろと言われそうな気もするけれどもそれを気にせず自分の意見だからと押し通せるようになって、それが120点くらいの評価を受けてようやくライターとして独り立ちできるんだろうなあ。僕はまだまだ。自信を早くつけないと、いつまでも仕事のたびに書けるかどうかで気鬱に囚われそう。頑張らないと。

 船橋の家の近所でセブン=イレブンといったらちょっと離れた道路沿いに長く1軒あったらくらいだったけれど、しばらく前に交差点にあるビルが建て替えられた時に1軒入って2軒となり、そして船橋駅前にもう1軒が出来て随分と増えたなあと思っていたら、それらを頂点とする三角形の中央付近に新しく立てられたマンションかなにかの1階に、新しくセブン=イレブンが入るみたいでこれで4軒。三角形なら外側に引っ張られるようして膨らんで行けたものが、中に1軒はいって奪い合いめいたものが起こりそう。

 これがいわゆるドミナント戦略って奴なんだろうけれど、昔は地域の集客を増やしてそれぞれが蔵宗になっていたものが、今は奪い合いが起こってトータルでは他店から奪って伸びても、個々には売り上げが下がるだけってことになっている。それで潰れて店主や家族が自殺した、なんて話も広がり始めている。本部だけが儲かって下が疲弊していったらいずれ、全体が崩れてしまいかねない戦略をどうして平気で繰り出せるのかといてば、今が良ければあとは知らない経営者なり経営幹部ばかりになって、それで下につけを回し外につけを押しつけて逃げ切ろうとしているからなんだろう。船橋は果たしてどうなるか、って言ってもすでにファミリーマートなんてサンクスからの変更もあって近所に5軒もあってどこも潰れてないんだけれど。駅前ってのはそれだけ有利なのかなあ。小売店が潰れていたりするんだろうなあ。

 コリン・ジョイスという人がニューズウィークでサッカーの女子日本代表ことなでしジャパンが、FIFAサッカー女子ワールドカップ2019フランス大会に出場した際に国歌斉唱で胸に手を当てていたことに違和感を抱いたとコラムに書いていた。主張としては愛国心が強くなりかかっている現れといっっところで、アメリカ代表がよくやるこうした行為が世界に広まっていることを憂いているんだろう。英国もオランダもやらないところを見ると国は国だけど自分は自分といった主義が確立されているみたい。日本はむしろ逆で、自分だけれど国の代表なら国家国旗には敬意を払う、それくらいの教育は行き届いている。

 だから違和感がないかというと、逆に日本という国で国家を斉唱し国旗を掲揚する際に、胸に手を当てるという習慣は過去にあまりなく、どうしてサッカーの現場でああいったポーズをとるのかといった方面から違和感が浮かぶ。学校の朝礼で国歌斉唱国旗掲揚があって、生徒や児童の誰が胸に手を当てている? 直立不動でまっすぐ前を向き、目線は昇っていく日の丸を追いながら「君が代」を歌うんじゃないのか。ボーイスカウトでもそうだった。なのにスポーツはああやらないといけないみたいな風潮を、誰か言ってあげないといつか学校でも胸に手を当て歌えってなるぞ。それとも既になっている? 歌わない権利ってのには今回は触れない。

 「韻が織り成す召喚魔」のシリーズが出て、それから幾つかシリーズを重ねていたけれど、最近は1巻ものが続いていた法真代屋秀晃さんの最新作となる「異世界帰りの俺(チートスキル保持)、ジャンル違いな超常バトルに巻き込まれたけれどワンパンで片付けて無事青春をおくりたい。」(電撃文庫)はキャラクターの配置の巧妙さと展開の面白さがあってしばらくシリーズとして続いていきそう。異世界で大活躍してとてつもないスキルを溜め込んで、世界を救って帰還したらまだ時間が経ってなくって高校生のままだった主人公の桐原武流。ずっと空気のような存在だたのが異世界で鍛えられ多少も自信がついたのか、普通の高校生活を送れると期待していたもののそう簡単には馴染めない。

 かろうじて幼なじみが声をかけてくれるものの、学級委員に立候補しても相方には彼女以外の誰も名乗りを上げずくじ引きとなってクラスでもひときわクールな雛代紗姫が同じ学級委員に選ばれた。とはいえ会話なぞはずまず話しかけてこないでといった拒絶すら示される。仕方なく武流は居場所を求めて文芸部に入部。ギャルの部長と慌ただしい下級生がいてどうにかこうにか居場所を得た帰り、町で紗姫が炎を扱う超能力者を相手に戦っている姿を見たどうにか相手を倒した紗姫は武流に気付いて驚き、そして倒し切れていなかった敵が炎を武流に浴びせても彼が平気だったことに驚く。

 同じ超能力者だと信じ込み、そして超能力者を束ねる組織があって、属していない能力者は追われる運命にあるからもうこの町に自分も含めていられないと告げる紗姫に武流は、せっかく戻ってきた平穏を壊したくないと異世界で得たスキルで組織をぶっ潰し、紗姫に居場所を与える。監視する必要があると文芸部に入ってきた紗姫と2人で、内緒の超能力を駆使した戦いが始まるのかと思いきや、文芸部にはまだまだ不思議な人たちがいて、平穏を求める武流を驚かし脅かしていく、といった展開。アンドロイドに吸血鬼。それぞれの事情で戦い続ける少女たちの平穏を、お互いに知られないようにしながら武流が圧倒的な力で取り戻していく。

 宇宙人と未来人と超能力者が集まったSOS団にも似た空気だけれど、ひとり無能ながらも世界を思念で歪めてしまう力があって、周囲を振り回すハルヒとは違い、全員がなにがしかの力を持っているという文芸部。けれどもそれをお互いには知らず、武流だけがだんだんと把握していってはそれぞれが居場所を得られるように力を振るう。結果、平穏は得られなかったけれども仲間は得られた。途中、単なる中二病の少年が近づいてきて、本当の日常が得られるはずだったのに周囲が周囲だったこともあって疑っては逃げられてしまったのは残念。でももはや平穏には浸っていられない運命だったってことで。さらにひとり、異能の持ち主が現れ武流に絡みそうで、続けばほかにもいろいろな異能力の持ち主がそれぞれれの事情で戦っていそう。偶然にも行きあって助けていった先、武流の周囲にはどれだけのアベンジャーズが出来上がる? それは互いを知らずに活躍し続けられる? 興味を持って続きを待とう。続きが出るならだけど。出るよね?


【7月14日】 ブリドカットセーラ恵美さんという名前にも驚いたけれど、ファイルーズあいさんという名前にもちょっとビックリした「ダンベル何キロ持てる?」の主演声優。紗倉ひびきという役名でもって間食ばかりとていたから体がちょっと丸くなったことを指摘され、ジムに通って体を鍛えることを決意したものの行った先がマッチョなボディビルダーがわんさかといるジムで、そこで同じ学校に通うお嬢様で成績優秀にして容姿端麗にして筋肉フェチの奏流院朱美と出会って、ともに鍛え上げていくような展開が描かれていきそうな感じ。間にボディラインもくっきりなフィットネスの衣装でポーズをとる2人が出てきて、見ていて割とエロいところが受けそう。

 一方で、トレーニングには役立ちそうで、ベンチプレスは道具がないから無理だけれどスクワットはその場に立つ場所さえあればあとは腰を落として太ももを床と並行にするようにしてまた戻すという、基本動作を教わったのでそれを頑張ればここのところ、歩かずぷよぷよとして来た太ももを引き締められるかどうなのか。貧乏になったのであまり間食をとらなくなったものの、夜に帰ってご飯を食べてそのまま寝てしまうこともあってそっちは脂肪に変わりそう。完全にフリーとして独立できれば時間をコントロールしてジムに通う時間もとれるかもしれないけれど、そこまで稼げる当てもなし。なので今は部屋でのスクワットと最上和子さんに教わった舞踏でもって体と心を絞り、未だ未練をのこしてうごめく身心を整えたい。

 原稿を書く合間にネットにつないで情報を探ることもなくなったので、新しい情報へのアクセスが減って調べようとする意識も減退していたりするけれど、ちょっと長めの原稿を書くために図書館にこもっていたりする中で、ネットを眺めていたら流れて来たのが映画「若おかみは小学生!」がイギリスでパッケージとしてリリースされて、そして上映も行われたというニュース。これに合わせて「ザ・ガーディアン」という新聞がレビューを掲載していて、星5つが最高の中で4つというなかなかの好評価を下していた。スタジオジブリのポニョラーメンに匹敵する春の屋プリンだとかどうとか。英語得意じゃないから分からないけれど、あのプリンは世界に衝撃を与えたらしい。

 英語版の予告編の流れていて、前のフランス版とは違ってキングスイングリッシュで分かりやすい上にもともとが見知ったセリフだから何を行っているか分かるところが面白い。あと割と声優さんが日本版のイメージに近いってこと。おっこもウリ坊も映画に近い感じで、秋野真月も水樹奈々さんの声のようなイメージをちゃんと踏襲していた。鈴鬼くんはまあ、小桜エツ子さんのようなタイプの声優さんが世界にあまり見当たらないことを考えるなら、よく近づけたんじゃないかといったところ。グローリーさんは喋ってないから不明。超化粧の占い師モードと浴衣を着せてもらっている薄化粧モードは出ているけれど、同じ人物だってイギリスの人に伝わったかな。そこは気になった。

 予告編に重なる音楽を聞く抱けて思い出される映画のストーリー。辛いことがあって、それを認めたくなくてふわふわおつぃた夢のような場所に漂い続けているあの感覚が、4月に会社を離れてどこに所属することもできず、夢であったら良かったのにといった思いも抱えながらフワフワとしている自分いちょっとだけ重なって、こういう感じなのかなあと分かった。両親の死と自業自得のリストラでは立場も違うし衝撃も違うけれど、失われる現実感という部分は分かって欲しい。おっこの場合は1年近くが経ってようやく吹っ切れたし、「きみと、波にのれたら」の向水ひな子も火事の現場で消える港に納得できた。僕はいったいいつ、どうやって自分を納得させられる? それがまだ見えないところが未練がましい。

 浮かぶのは、残っていたらたとえ数年は販売部数をエクセルにひたすら打ち込む仕事だったり、寄せられる読者からの意見や苦情に答えたりする仕事をさせられても、これからの読者が求めるだろう記事を書く力を求められ、書く現場へと引き戻されたかもしれないという未練。これをを沈めるのは、なかなか生半可なことではなさそう。そんな現場が復活する可能性なんて億にひとつもなさそうだし、提案して立ち上がったかというとそれも微妙だけれど、空想は果てしなく浮かんで身を焦がす。

 リストラの果てにフジメディアホールディングス入りが果たされた暁に、余剰人員をあちらこちらに配転するというならそれも面白かったかなあ。そういう可能性なんてあるとは限らないのだけれど。というか、リストラの過程で指名解雇でも何でも食らって追い出されているか、飛び出している可能性の方がやっぱり高い。販売部数のエクセル入力でも読者からのクレーム対応でも、もらえるお金は変わらないならもらい続けて休日を自分に当てれば良かったのではという未練もあるけれど、それにどこまで耐えられただろうかというのもあってまとまらない。まあこれも、今、目の前の原稿が滞って書けないかもしれない不安が伝播して気鬱を煽っているものであって、出来上がれば何どうということはないのかもしれない。締め切りまであと1日、がんばって仕上げよう。

 出てくる全員がイカれていた「キリングメンバー〜遥か彼方と冬の音」(電撃文庫)の秋月陽澄さんならこれくらい書けて当然かも。「破滅の義眼と終末を望む乙女  〈方舟〉争奪戦」(630円)はどこからともなくわき出る装飾具の『レヴェリー』に触れて異能を持つ人が誕生する社会になっている日本が舞台。5年前に両親と妹を目の前で斬首されて殺された経験を持つ少年の一ノ瀬唯兎は、今は協会に所属してレヴェリー適合者たちが問題を起こした場合に捕まえて排除する仕事を請け負っている。レヴェリーは異能の代償に生命力を奪うため、使いすぎていればいつかは途切れてそして死ぬ。唯兎も同僚の少女や青年ももうすぐ終わることは確実。そんな中、唯兎の隣家に澄んでいて、彼女を家まで送った日に家族が惨殺された幼なじみが方舟という特別なレヴェリーの適合者として現れる。

 唯兎たちは彼女を使って世界を“平和”にする、すなわち平穏な思考によって全世界の人を洗脳してしまうような異能を発動させようとする勢力から彼女を守ることになる。とはいえ異能を使えば消耗を死ぬばかり。飽和攻撃でもされたら堪らないところにとんでもない事態が起こって、唯兎は身近にあって最強に近い敵と戦うことを強いられる。その糧で転がる首2つ。ひとつは吸血鬼なんだから首くらい落とされたって生きていそうな気がするけれど、そうはならない不可逆な残酷さが醸し出されて全員が殺人者だった「キリングメンバー」のハードさを少し思い出させる。

 未来を完全なまでに予見してしまえるレヴェリーの能力者が別にいて、その手のひらの上で躍らされている感もあったりする唯兎たち。制約もある中で戦い続ける苦悩があり、平和になるという可能性を拒絶して戦わなくてはならない苦衷もあってと、たたの異能バトルには止まらない思索を求められる。唯兎の場合は両目にあって2つの異能を発動可能に見せかけて、実はもうちょっと発動できたりするし、敵も単純にひとつふたつの異能を発揮できるだけではないところに、裏を読んだり上を行ったりする戦い方の工夫が求められるのも展開に深みを出す。予見された未来を回避するために戦うあたりは「筺底のエルピス」にも重なったりする殺伐系異能バトルの新シリーズ。生き延びた敵とかろうじて生きている唯兎、そして守るべき少女による戦いの行方は? 壊滅した組織の立て直しに登場する新キャラは? いろいろと気になるので続きを早く。


【7月13日】 坂本竜馬についていよいよ原稿をまとめなくちゃいけないんだけれど、うまくまとまらないなか検索したら、なんと「Fate/GrandOrder」に坂本竜馬と岡田以蔵がサーヴァントとなって登場していることに気がついた。坂本はライダーで以蔵はアサシン。特に後者は他にないくらいのハマり具合だけれど、過去にいろいろ描かれて来た以蔵のビジュアルと違ってちょっと格好良すぎる気もしないでもない。郷士でも足軽の出身で泥にまみれコンプレックスに苛まれながら犬のように人を斬り続けた男、って感じじゃないものなあ。

 竜馬はスーツ姿の伊達男。福山雅治さんが演じてからこっち、格好いい男というイメージがついたのかな。30年とか昔だと自分こそが竜馬といったアピールを武田鉄矢さんがし続けていたこともあって、かっこ悪いけど這いつくばってでもニッポンの夜明けを近づけようとしていた芋男といった雰囲気だったものなあ。そんなキャラクターがFGOにいても逆に困るか。可哀想なのは武市半平太で、竜馬や以蔵と並んで土佐の志士として必ず登場するはずだけれど、竜馬のように活躍した訳でも以蔵のように斬りまくった訳でもなく、指導して成り上がって裏切られ刑死しただけの人間では、英雄として召喚しても役に経たないって判断なのかなあ。歴史って残酷。

 直接敵に明日のご飯に関わってきそうでいろいろと見て考え込んでしまうプロダクション・アイジーを傘下に持つIGポートの決算とそして収益改善策。ジーベックを店じまいして制作能力はサンライズへと売却した関係で減損処理も出たのは仕方がないとして、全体に低調だったかあるいは人気の一巡から赤字決算を計上。そして子会社管理プロジェクトというのを立ち上げて、プロダクション・アイジーだって含むだろう子会社が2期連続で赤字になるようだったら経営管理組織からプロジェクトメンバーが行って諭して経営を管理することになるそうな。

 具体的に何をやるのか? 企画に携わる訳にはいかないからやっぱりコストカットだろうけれど、クオリティを落とすカットをやってそっぽを向かれては見もふたもないなら、管理費だとかいった部分を削って黒字転換を測ろうとした時、働き始めた部署とか先行きがちょっと気になってしまう。赤字になるのは承知でいったんは減らしながらも必要ということで増やした経緯もあるから明日明後日にお取りつぶしになってまたしても路頭に迷う、なんてことはないと思うけれどもそうなった時、すでに失業保険はもらえない訳でどうしようかと今から求人サイトをあれやこれや見たりしてしまいそうになる。でも今は始まろうとしている新生活に全力を傾注する意味で、未来は気にせずやるべきことに邁進する、ってのが態度としては正しいのかも。毎日新聞出版の募集って通るかなあ、って言った先からそれかい。

 アニメ関係といったらノイタミナ編集長として活動したあと、独立した山本浩治さんが立ち上げたプロデュース会社のツインエンジンが8億6766万円の資本金を減資して900万円にするってことが明らかにされて、いったい何だろう債務超過にならないように減資するんだろうかと噂が飛び交ったけれど、山本さんの方から一応は増資して資本を増やしたもののそれは資本剰余金へと持っていってキャッシュとして使いやすくした、ってことになるのかな、ともかく安心して欲しいといったアナウンスが出ていた。

 だったら増資分に応じた人はそれが株式としてもらえるのかどうなのか、気になるし最初から増資じゃなく借り入れでもしておけばとか思ったものの、増資は借金じゃないから株主が納得すれば良いのかとも考えた。正解は不明。作っているものは当たっているし利益も出ているみたいだから、こちらは安心して良いのかもしれない。でも分からない。アニメってやっぱり波があるから。先のIGポートもWIT STUDIOが「進撃の巨人」で稼ぎつつシグナルMDは「バースデーワンダーランド」がどうなったかが微妙。IGに関しては「銀河英雄伝説」があって「PSYCHO−PASS サイコパス」の第3期も動くけれど、TRIGGERみたく熱さで世間の耳目を集める画期的な企画があるかどうか。次期については増収案だから成算はあるんだろー。だったら安心してしばらく三鷹通いを続けて良いのかな。どうなのかな。リクナビ転職のページをいそいそ、ってやっぱりそれかい。

 NHKの朝のドラマで何かと話題の「白蛇伝」が4Kになってピカピカの状態でDCP上映されるみたいなんで予約する。いつの間に国立近代美術館フィルムセンターから独立していたらしい国立映画アーカイブが7月21日に長瀬記念ホールOZで上映。ってまあ昔からあるホールでの上映な訳で、状況は変わってないものの劇場で視たことがあったかあっても記憶にはまるでない「白蛇伝」をスクリーンで見られるだけでもなかなかの僥倖。それがDCPで作られた当時すら上回ってしいそうな映像なら、これは見て置くしかないってことだろー。なつや大沢麻子が描いた部分とか出てくるかな、ってそれは「白蛇姫」の方。こちらでは大工原章さんに森康二さんの原画とそして大塚康生さん中村和子さん奥山玲子さんといった面々が関わった動画を堪能しよう。

 2000通を配布して2人だけだった試写があったとかいった話も流れてきた映画「ロング・ウェイ・ノース 地球のてっぺん」。東京アニメアワードフェスティバルでグランプリを受賞しながらも日本での公開がまとまらず、ようやくやっとこの秋に公開になるようなんだけれどそれを宣伝するにあたってどうしてこういう事態が起こるのか、ってあたりにやっぱり今時の、映画宣伝における手法の映画を見たい層とのミスマッチが現れているような気がしないでもない。行った人をみると声優さんとかアニメーターさんとか、関係はしていて見ればきっと当人たちに役にたつ人たちではあっても、アニメーション好きに広がるかというとそこはなかなか。すでに報道から降りてしまった自分はともかく、アニメライターの主要な層が観に行ってないようではやっぱり違うってことなんだろう。まあまだ公開までに時間はあるので立て直し、宣伝してヒットにつなげて下さいな。「この世界の(さらにいくつもの)片隅に」が公開を控えた片渕須直監督だって応援している映画なんだから。


【7月12日】 昨日は家を出がけに財布が見つからないという悲劇を食らって大わらわ。積んであった本は崩れてなお一層発見しづらい状況の中、可能性も考え駅前交番に問い合わせてみたものに、届いてはいないことを確認した上で、崩れた本の下を掘って足元の隙間に発見。これでどうにか家を出られたけれど、崩れた本はそのままだったので帰ったら直すのに時間がかかった。読みもしない本がいっぱい。それが出来た身分だったなあ。週末にかけて玄関を片付けたいけど抱えている原稿もあって可能か否か。もはや家にいても1日8800円を330日間もらえる身分ではないので書くか働くかするしかないのだった。それが選んだ道だから。

 そういえばまたぞろ似たようなことをやるといった噂が出て来て残った人たちが大変そう。いやまあ自分だって残って日々、エクセルにデータを埋めたり苦情に返事を書いたりしながら600万円とかもらていた方が生活も楽だったかもと考えない訳じゃないけれど、それを続けて1年2年経った時、自分い何が残っているかを考えるとやっぱり出た方が正解だったかもと思えなくもないのだった。それでスパッとどこかにハマれば良かったけど、そういう歳でもなければスキルもないから仕方がない。今は修行と割り切りつつ、残った面々に起こる事態を眺めていこう。しがみつけるならしがみついた方が良いとも言いつつ悪いかもとも思いつつ。

 気がついたら7月19日に公開の新海誠監督の最新長編アニメーション映画「天気の子」の朝9時からの回が予約開始になっていたんで、TOHOシネマズ日比谷の回をとりあえず予約。浴びるような雨と射す陽の光を全身で浴びて外に出たらカラリと晴れた夏空が広がっていると気分的には晴れやかで良いかも。働き直しを始めたもののどうにも上の空で、やると面倒な失敗なんかをしでかし重ねている感じで、もうちょっと落ち着きを取り戻さないといけないのだけれど、ついつい気分が飛んでしまう。意識でも失っているのか注意力が散漫になっているのか。飲んでる薬のせいってことはないと思うから、やっぱり緊張感が足りないんだろうなあ。3週目に入ることだし、引き締めよう。

 三鷹へと10日ほど通って大手町から倍の距離はあるものの、どうせ乗ってる間はネットを見るかパソコンで文字を書いているので、時間なんかはあまり気にならずむしろいろいろと作業できる分だけ有り難いような気がしないでもない。JRで船橋から三鷹まで直通だと2万2000円はかかる定期代が西船橋で乗り換えて地下鉄東西線で三鷹まで向かうと1万5000円ちょっとになるのはそれだけ時間がかかるからだろうけど、そんなに早くない行きはもちろん帰りも三鷹から西船橋へと向かう地下鉄東西線に乗れて座れるから、総武線でそのまま向かわずとも体には優しい気がする。

 だいたいが大学時代は毎日2時間かけて通っていた訳で、1時間ちょっとなんてその半分。気にするほどでもない。あとは本が読めるようになれば良いんだけれど、フィクションに耽溺できるだけの元気はまだないので、そこは仕事の具合を見つつ稼げるかどうかを感じつつ、徐々に世間に自分を馴らしていくことにしよう。ここのところずっとカット袋にバーコードを貼りそのカット袋を撮影しといった作業が中心で、段ボール箱を上げたり下げたりしていたら背中が痛くなってきた。帰っても寝るだけになって本も読めなかったけれど、体力も復活してきたんで寝る前とかに本を読みつつ寝るような生活を作っていこう。そして土日に感想文を書いてアップする、と。1990年代はずっとそんな感じだたなあ。頑張ろう。

 なでしこJAPANが敗退した途端に情報も中継も消えてしまったFIFAサッカー女子ワールドカップ2019フランス大会は、日本が敗れたオランダと決勝を戦ってアメリカが優勝したみたいで、それは順当とはいえ相手にオランダが上がったことに日本もそこで勝っていればと思わないでもない。逆にいうならオランダはそれだけ強いチームだったということで、敗れても致し方がなかったとも。この借りはだから東京オリンピックで返して欲しいなあ。

 でもって優勝したアメリカ女子代表は、ラノピー選手が優勝したからといってホワイトハウスにはいかないと明言。いわゆるLGBTと呼ばれる性的マイノリティの志向をもった選手も結構いたりする女子サッカー界でありアメリカ代表にとって、そうしたマイノリティを攻撃し差別的な発言を平気でするトランプ大統領が君臨するホワイトハウスなんざ行けるかっていったところだろー。早速トランプ大統領から攻撃を食らっているみたいだけれど、それで屈することがないのがアメリカのアスリート。むしろ対立する議会に呼ばれて表敬訪問をするみたいで、そこで何を言うかがまた注目されそう。日本も総理大臣に呼ばれたからといって、その言動を批判して行かないと訴えるアスリートなりタレントなり出てこないかなあ。激しい攻撃を受けるから無理かなあ。

 この3カ月くらいが地獄のような心境だったので、海外サッカーの結果もまるで見ていなくってそれぞれのリーグでどこが勝ったかを確かめたら、リーガエスパニョーラはバルセロナでブンデスリーガはバイエルン・ミュンヘンでセリエAはユベントス、プレミアリーグはマンチェスター・シティと順当すぎる結果になってて、ちょっと面白みがない気がしないでもない。それぞれの国で順位が硬直化しているというか。そんなリーグを果たしてファンはいつまでも応援し続けてくれるのか。地元チームがあれば応援し続けるとはいったところで上位に出て優勝争いに加わってようやく気持ものるというもの。そうはならないリーグから関心が薄れていって、ブームが沈滞してしまったらちょっと怖い。その点、日本は毎年強豪が変わるからその意味では面白い。応援し続ければいつかはって夢を抱けるから。ただしジェフユナイテッド市原・千葉は今年もダメみたい。応援し続けているのになあ。来年こそは。


【7月11日】 そして気がついたら「ルパン三世」が今度はフル3DCGでもってアニメーション映画になるそうで、「STAND BY ME ドラえもん」とか手がけた山崎貴監督が起用された映像は、なるほどアニメーションのたぶん第2期あたりのテイストを残しつつキャラクターをモデリングして描かれたコミカルでスリリングでエロティックさもあったりする「ルパン三世」になりそう。でもそれって第2期の放送中とか、その後とかに年に1回放送されてたテレビスペシャルみたいなもので、それなりに良いとろまで迫るんだけれど「ルパン三世 ルパンvs複製人間」だとか「ルパン三世 カリオストロの城」といった傑作にはならないものだったりしないの? って不安も浮かぶけど、「STAND BY BE ドラえもん」を普通のドラえもん映画に負けないヒット作にした山崎監督ならまあ、きっと見て楽しいものに仕上げて来てくれるだろう。

 気になるのは最近は、テレビシリーズでも小池健監督による劇場シリーズでもニヒルさをもって残酷ささえ感じさせるルパン三世を演じる機会が多い栗田貫一さんが、かつてぶたいで芸として見せていたような山田康雄さんによる第2期のルパンの剽軽な声をまた演じて、ピッタリだと感じられるものになるかどうかで、どこかモノマネ感が漂って抜けなかったそのルパン声を渋く低いものへとシフトしていき、それに合わせて役柄もニヒルさをもったルパンへと移ってマッチしたって印象がある。今さら昔の第2期のイメージでやってと言って、やってくれても合っているかどうなのか。違和感は覚えないかどうなのか。そこが心配。沢城みゆきさんの峰不二子はまあ、大丈夫だろうなあ、エロくても可愛くてもオッケーな人だし。次元大介……はいっしょか、「峰不二子の嘘」で出してたくらいの声が出ればもうオッケー。不安も覚えつつそれでも期待して公開を待とう。

 なんだ2クールだったのか「キャロル&チューズデイ」。まあ先週の総集編で分かってはいたけれども導入はやっぱりアンジェラは先を行って契約も済ませて大々的にデビューしていく感じ。そしてキャロルとチューズデイの方も同じレコード会社から誘われながらも条件面でいろいろ制約も感じられたのか、マネジャーが拒否してインディペンデントで行こうと決定。でもプロデューサーが決まらずどこか町はずれにあるスラムのような場所にいるらしい伝説のプロデューサーを探したら現れたのが暴れ回るおっさんだった。大丈夫か? 大丈夫なんだろうなあ、そういう風に出来ているアニメーションだから。

 途中、コインランドリーに現れた合気道をつかうおっさんかもとか最初は思ったけれど、彼はまた別の役割を果たすことになるのかな。あとチューズデイの母親が火星の大統領選挙に出ていてそれを嗅ぎ回るジャーナリストがいたりして、そこでチューズデイのことも話題になって来るんだろう。っていうかチューズデイがこれだけ有名になったんだから背後関係くらい調べるのが普通じゃないの? キャロルの方は自分から捨て子だったと名乗り出たこともあって、親だという申し出がわんさかあったみたい。でもそれが本当だとは限らないから今しばらく、そっち方面で騒動が起こることはないだろう。ってことはやっぱりチューズデイの母親絡みで騒動が起こり、それが奇跡の7分間とやらに繋がっていく? それも考えられない。ってことは何だろう、何が起こるんだろう。予定調和から崩れて来たストーリーの先、追っていこう。

 バンドに「海援隊」と名付けたり「3年B組金八先生」では名字を「坂本」としたりして坂本竜馬への憧れを若い時から表明してきた割には武田鉄矢さん、映画の「幕末青春グラフィティRonin坂本竜馬」とかテレビドラマ版「幕末青春グラフィティ坂本竜馬」なんかで竜馬を演じていたりするけれど、映画の方で興味深かったのは志士として血気盛んに倒幕とか勤皇とかを標榜せず、周囲が盛り上がる中でひとり冷静になって商売の道を考えているような雰囲気があること。あの高杉晋作を前にしてもことさらに煽るようなことは言わず、土佐勤皇党が糾弾されて武市半平太も岡田以蔵も処刑なり切腹を強いられた時も土佐に残ったのはバカだ、自分たちに付いてくればよかったと嘯く。

 でも、ひとりになったら泣いて悔しさを吐露してそして近くに居た少女の膝を借りてわんわんとむせび泣く。幼なじみでもあった仲間たちが意思半ばにしてやりたいこともやれずに死んでいったことはやっぱり悲しかったんだろうなあ。そういうところに片山蒼という名で武田鉄矢さん自身が書いた脚本への思いた込められている。だったら武田さんが原作を書いた「お〜い!竜馬」ではと読んでむと、そこは漫画を描いた小山ゆうさんとの共同作業でもあるから、まったく同じ展開にはなっていない。桶に首を突っ込み、ひとり船で川に出てそこでうつぶせになってむせび泣く。そこによって来たおりょうが全裸となって竜馬に訴え抱いてもらう。竜馬の方から求めることはしない。

 どちらが格好いいのか。武田鉄矢が演じる竜馬の醜態は、けれどもひとりではどうしようもない哀しみを吐き出したいという悲痛、他人の前でははれない虚勢をせめてその時だけはと脱ぎ捨てる人間性が伺える。一方の小山ゆう描く竜馬は自分ひとりから出た哀しみをどこかにそらすなんてできないような気概が漂う。それでもやっぱり女は海か。縋って抱きしめてそして関係を深めていく。全体として強い女性が多く登場する「お〜い!竜馬」という漫画では、その方が相応しいと思ったのかもしれない。というか武田さんとはまるで違って小山さんが描く竜馬は若々しくて格好いい。そしてモテる。武田さんは見て自分とは違うと思ったのか格好良く描いてくれて嬉しいと思ったのか。そこがやっぱりちょっと気になるなあ。2000年代は福山雅治さんだからさらに格好良くなった訳で、もはや武田さんが竜馬役に戻る時代ではないんだろう。そう思うと昔はキャスティングに自由さがあったなあ。

 見て真っ先に10人が10人、プレイステーション・ポータブルだと思った感じの任天堂によるスイッチ・ライト。サイズこそPSPよりちょっと大きめだけれど横長のモニターが付いたボディを両脇から両手で握って操作する感じはPSPと同じ。それはニンテンドー・スイッチと同じとも言えるけれども家庭用の据え置きを無理に持ち出している感もややあったスイッチからはグッと携帯型ゲーム機へと近づいている印象がある。それはやっぱり家でゲームを楽しむ人が少なくなって、外へと持ち出して遊ぶ際に3DSではちょっと足りないけれどもスイッチでは大きいという、その間でハイスペックなゲームを大勢で楽しめる環境を作り上げようとしているのかもしれない。eスポーツ的な? ただ気になるのはニテンドー・ラボ的なものはライトで使えるのかってあたりで、不可能ならそれはちょっぴりの路線変更の匂いも漂う。どうなんだろう。多分買わないけれども遊べるゲームによっては考えるかもしれないなあ。ゲーム以外のコンテンツがどこまで見られるかとかも。



(ACCESS COUNTER '96.07.20)


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