紅伝説


 すべての存在を圧倒する力を生まれながらに持ちながらも、理由(わけ)あって力を印封されていた少女が、幾多の危機を乗り越え最後に目覚める……。マンガや小説やアニメで読んだり見たことがありそうな設定だが、読んでいて「またか」といったような気分に不思議とならないのは、人間の関心を惹き付けてやまない魅力が、そういった設定にはあるからなのだろう。

 とるにたらないように見えても、自分の中には本当は秘められている力があって、いつか爆発するんだと人は思いたがっている。もちろん現実には自分に力なんてないことを感づいている訳で、そこに浮かび上がる気持の微妙なズレを物語によって埋めようとする。こうした設定の物語に人が惹かれる、それが大きな理由だろう。

 ただ、いくら似た設定でも”棚からぼた餅””瓢箪から駒”とばかりに力を目覚めさせるだけの物語では、長く人を惹き付けておくことは難しい。自分を仮託している人間が、リスクを背負わなずメリットを甘受するだけの姿に我慢がならなくなって来る。だから危機に遭遇させ、力と引き替えに過酷な運命を背負わせて選ばせる。力か、それとも安寧か。そういった心の葛藤を物語に見ることで、人はより深く自分の”内なる力”を切実なものとして感じることができるのだ。

 渡邊裕多郎の「紅伝説」(朝日ソノラマ、580円)は、妖怪変化を屈服させながら東京の治安を護って来た退魔の一族「破礼門」の総帥の一人娘でありながら、死んだ父親によって魔物をいっさい殺せないよう封印をほどこされていた少女、乱麗を主人公にした葛藤と覚醒の物語が、復活しようとする強大無比な敵との激しいバトルを通じて描き出される。

 「破礼門」は通称<渋谷区>として渋谷区内に現れる妖怪変化を滅し、押さえつける役割を担って来た。いっぽうで都内を代表する退魔一族として「夜城院」がおり、通称<新宿区>として代々都内の退魔一族を取り仕切って来た。というのも「夜城院」は、魔物たちを退ける力を持った護法の剣が伝わる数少ない一族だったからだ。

 「夜城院」はその時期、家に伝わる護法の剣「時雨丸」に宿る力を別の憑代(よりしろ)へと移す「御魂移しの儀式」を行う年にあたっていた。そして「破礼門」からは、乱麗の父親が死んだ後、魔を滅する力を出せない乱麗の代わりに一門を束ねていたた乱晴が、「御魂移しの儀式」を魔物たちによって邪魔されないよう、「夜城院」に護衛に赴くことになっていた。

 そこに乱麗が割り込んでくる。魔物は殺せなくても能力だけはあるんだと確信している乱麗は、乱晴にかわって「夜城院」に出向くことを主張し、本筋の娘に配慮してか乱晴も護衛の役割を譲る。やがって始まった儀式の最中、3年前に行方不明になった「破礼門」の退魔行者が現れ、その娘で乱麗とも仲の良かった理真をさらう。理真を取り戻しに歌舞伎町へと乗り込む乱麗の前に出現したのは、かつて退魔行者たちが総掛かりで封印した悪霊を復活させようとする驚くべき企みだった。

 スピード感があり、重量感にあふれ、肉と肉とがぶつかりあう音まで聞こえて来そうな緻密なバトルシーンの描写と、魔物たちの社会が、人間社会とも重なり合い時には反発しあいながら時を刻んで来た中で、人間社会を護るために様々な退魔の一族が勃興して来たという設定の強さはなかなか。吸血鬼と人間社会との関わりを描いた「ヴァンパイア・ガーディアン」(小学館スーパークエスト文庫、543円)の著者らしいと言え、「紅伝説」が同じ幻想や怪奇、魔物やオカルトへの指向の延長線上に、心機一転の意欲も込めて書かれたものなのだろうということが分かって来る。  敵を倒すためにはあらゆることにタブーをもたない「破礼門」の、たとえば魔物ではなく同じく東京を護るために組織された別の一族とプライドをかけて戦う場面での、乱晴が見せる何とも身も蓋もない戦いぶりが、笑えるけれども理にかなっていて感心する。人質を取ろうとしたり丸腰の相手に拳銃を向けたり明かりを消して暗闇の中で皆殺しにしたりと、”フェアプレー”などという人間の傲慢さが生み出した偽善的な態度の対極を行く、勝つためには容赦のない行動パターンが面白い。

 そんな陰惨な戦いに巻き込まれたくないといういう親の欲目が働いていて、乱麗の父親は乱麗の魔を滅する力を封じ込めたのかと思いきや、明される理由がこれまた身も蓋もなく残酷で怖ろしい。大好きだったものを失ってまで手に入なければならない力が果たして正義と言えるのか。そんな葛藤の中から、読み手は力を持つことの楽しさと裏腹の苦しさを知り、強く振る舞うことで生じる義務を知る。

 しかしそこは乱麗、過酷な運命をしっかりと受け止め、犠牲を踏み越えて魔との戦いに身を投じることになる。それを諾々と理解し軽々と越えているようにふるまう主人公の強さにも憧れる。先に広がるはさらに過酷な運命。充実した1冊を終えて浮かぶ混沌と騒乱への予感に乱麗と、「夜城院」の総帥・夕弥とがどう立ち向かっていくのか。その葛藤と恢復の姿から、ごくごく普通の生活では得られない心の機微を得られるものと期待して、続きを待ちたい。


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