ヴァンパイア・ガーディアン

 吸血鬼っていったい世の中に何種類くらい存在するんでしょうか。一般的な社会通念では、吸血鬼といえば真っ先に、トランシルヴァニアに端を発する、ニンニクが嫌いでお日様が嫌い、夜ともなると蝙蝠に変身して飛び回る、あの吸血鬼を思い浮かべます。しかし世界中の伝説伝承をひっくり返しますと、それこそ伝説伝承の数だけ、異なる種類の吸血鬼が存在しているようなのです。吸血鬼とならぶ怪物の双璧、人狼についても同様のことが言えます。

 渡邊裕太朗という新人が書いた「ヴァンパイア・ガーディアンズ」(小学館スーパークエスト文庫、543円)には、世界中の伝説伝承に登場するヴァンパイアたちが次々と登場して、一般的に知られたトランシルヴァニア産の吸血鬼しか知らない読者は、結構戸惑わされます。おまけに小説では、吸血鬼や人狼が純粋種・雑種とりまぜてわらわらと登場して、お互いに噛んだり噛まれたりを繰り返します。生来の力(といっても怪物なんですけど)と、噛んだ怪物の力とのどちらが強くなっていくのか、それから誰が誰に噛まれて誰が誰に操られているのか、その辺りを抑えながら読んでいかないと、ちょっと混乱させられます。

 主人公は女性です。名前は来須前直(くるすまえなお)と言います。男の子のような名前ですがれっきとした女子高生で、みんなからはナオをと呼ばれています。2歳の時に母親を亡くして、今は父親と2人で暮らしています。朝早く起きて新聞配達をしながら学校に通う、けなげな勤労女学生ですが、たった1つだけ、他の女子高生とは、というより一般普通の人間とは違ったところを持っていました。彼女は自分を超能力者だと知っていたのです。

 彼女は壁を歩くことができます。空中をスーッと移動することができます。小さな頃から持っていた不思議な力を不思議とは思わず、かといって大っぴらに見せびらかすような真似もせずに、胸の内にしっかりと隠して、その歳まで育って来ました。ところがある新聞配達の朝、彼女の前に頼往凱(らいおうがい)という超絶美形ですが喋りがべらんめえな1人の青年が姿を現します。

 凱はナオに向かってこう言います。「俺の名前は頼往凱。吸血鬼シバテテオ種と人間の混血であるおまえを保護するため、怪物愛護協会から派遣されたビースト・ガーディアンだ」。自分が超能力者であることを知っていたナオですが、その超能力が吸血鬼の子孫であることに由来することを、生まれて初めて知らされます。そして2歳の時に死んだ母親が、ナオより前に生んだ子供が死産だったことを深く悲しんで、人間からシバテテオ種という吸血魔女に変化をとげたのだと教えられます。

 「ヴァンパイア・ガーディアン」では、のっけからシバテテオ種、マニトー種、そしてヴァンパイア種といったさまざまな吸血鬼が登場して来ます。凱の説明によれば、世界中にはいろいろな吸血鬼の種類が存在して、それらが繁殖力の高い人間の勢力によって、いまや絶滅の危機に瀕しているのだそうです。加えてヴァンパイア種、トランシルヴァニア産直の一般に知られた吸血鬼たちが、出自が貴族階級だった関係で高いプライドをテコに人間社会に悪さをしかけ、他のヴァンパイアたちを仲間にしようと暴れ回るものですから、ますますナオのような希少種のヴァンパイアが人間に追われ、吸血鬼からも付けねらわれる羽目に陥っているのだそうです。

 「ヴァンパイア・ガーディアン」にも、「男爵」と呼ばれている美しい女性のヴァンパイア種吸血鬼が登場して、ナオを仲間に引き入れようと暗躍します。”ダイナマイトバディ”をボンデージファッションで包んだ、まるでSMの女王様然とした「男爵」ですが、純血種だけあってその怪物的能力は極めて高く、凱たちは苦しめられます。

 おまけにかつて凱が師事した人間の魔導師、我執影が「男爵」によって吸血されて敵方についていたため、凱は肉体的にも精神的にも厳しい闘いを強いられます。ナオも人間になるか、それとも吸血鬼になるかの分岐点にたって、はげしい葛藤に陥ります。それぞれの心の葛藤をそれぞれが解決したその先は? 続編が書かれるとしたら、次は新しい「ヴァンパイア・ガーディアン」となったナオが、凱といっしょに同じ悩みに苦しめられている希少種の怪物たちを、ヴァンパイア種の魔手から護る話となるのでしょう。

 それにしても、国連の上層官僚がトップを務めるといわれている「怪物愛護協会」という存在の曖昧さが、これからのストーリー展開の上で支障とならないか、少しばかり心配しています。凱自身はそこからもらったお金を自然保護に役立てていますが、ではいったい誰が、希少怪物を保護する行為にそれだけのお金を払っているのでしょうか。怪物であっても、希少生物なら保護しなくていはいけないという国際的なコンセンサスとして怪物保護協会が設立され、そこに各国から補助金なり助成金なりが寄せられているのだと凱は説明を受けているようですが、貴族階級が大半で政治力も資金力もあるであろうヴァンパイア種を敵に回してまで、国連や各国政府が「ヴァンパイア・ガーディアン」を組織するとはちょっと考えられません。

 あるいはヴァンパイア種の跳梁を嫌気する別の勢力が、国連をかたって「怪物保護協会」を組織したのかもしれませんが、その場合でも世界平和と動物愛護の精神が根底にあるとはちょっと信じられません。巻が進むに従って、その辺りもおいおいと明らかになって来るのでしょう。編集部の指示を「仕打ち」と公言してはばからない自信満々な作者ですから、そして「仕打ち」でさえも易々と咀嚼して面白い小説に仕立て上げられるだけの力を持った作者ですから、とりあえずは期待しておきたいと思います。


積ん読パラダイスへ戻る