こちら文学少女になります

 「格闘するものに○」というタイトルだけ見て、いったい何の話なんだと思わない人は少ないだろう。小説だと聞いても格闘技がテーマになった話なのかと思いそうだが、三浦しをんのデビュー作となったこの話で描かれるのは女子大生の就職活動。試験会場で目にしたり、耳にすることがある言葉が捻られこうなった。それが就職活動というシリアスな場面に真正面からでなく、斜に構えて身をそらそうと思いたがっている主人公の心理を感じさせ、熱血とは反対のユーモラスな雰囲気にしている。。

 そんな三浦しをんを生んだ著作権エージェントのボイルドエッグズから、「気障でけっこうです」(KADOKAWA)で新人賞を獲得して登場した小嶋陽太郎の最新作、「こちら文学少女になります」(文藝春秋、1750円)も同様に、どこか不思議な肌触りを持ったタイトルが読む人の興味を誘いそうだ。

 まず「……になります」とあるが、「これからそうなっていくんだよ」という意味かというとそうじゃない。どちらかといえば「であります」といった意味。そうしたニュアンスの齟齬がちゃんと作品の中で使われていて、編集者という仕事が言葉に対して抱くこだわりめいたものが漂ってくる。

 そう編集者。この「こちら文学少女になります」は編集者が主人公の作品だが、それは「文学少女」というタイトルにあるような文芸の編集者ではない。漫画だ。漫画の編集者。そこにもタイトルに仕込まれたひっかけのようなものが感じられる。素直じゃないというか。

 漫画の編集者が主人公の物語と言えば、過去には土田世紀の「編集王」があり、最近でも松田奈緒子の「重版出来」があって、新米の編集者が漫画を負かされ悪戦苦闘をしなががらも、最高の漫画を作りだそうと頑張る姿が描かれる。「こちら文学少女になります」もこうした作品と同様に、新米の女性漫画編集者がぶちあたる様々な壁といったものが描かれる。

 そんな壁を、新米ならではの、そして“文学少女”だったからこその破天荒な仕事ぶりが、業界に良くある馴れ合いや固定観念といったものを暴き立て、漫画や編集の本質に迫っていく。タイトルにあるように、本当は文芸志望の“文学少女”だった主人公の山田友梨だったが、なぜか漫画雑誌に配属されてしまう。同期には逆に漫画雑誌を望みながらも文芸誌に配属になった男子もいて、会社という組織のままならさなさが浮かんでくる。

 そして友梨は、任されるとこになった大御所におべっかではなく本音を吐いて怒らせ、連載を止めるとまで言われる。次に任された、童貞の妄想で描いたエロで人気の漫画家は、前の担当のように微に入り細を穿つようなアドバイスが出来ず、雑誌での人気が落ちてしまって前の担当の再登板を願うことになる。

 看板漫画家の担当にもなったが、その漫画家には著作権エージェントがいて自分はただ原稿を受け取るだけ。単行本の装丁も右から左にデータを送っては装丁家から案をもらい、エージェントのオッケーをもらうだけというから仕事なんかまるでしていない。漫画嫌いな自分だからそれで良いのか? やはりダメだろう。

 どうして友梨は漫画を読まないのか。そんな過去のトラウマも含めて、突破できない自身の壁を、漫画編集の仕事を通して突破していく成長のドラマが繰り広げられていく。嫌われたはずの大御所漫画家には、再起を共に果たそうと二人三脚で新作作りに挑む。相手の矜持と自分の思いとが真正面からぶつかり合っても、反発せず離別もしないで共に高め合おうとする方向に行くのが読んでいて心地良い。

 自堕落に見えたり自分勝手に見えたりするほかの編集者たちが、実はそれぞれに漫画に強い情熱を傾けていることもうかがい知れる展開も好ましい。そんな環境から漫画って生まれて来るんだ、だったら面白くないはずないじゃないか。そう思わされる。それからもうひとつ、著作権エージェントなる存在の仕事ぶりにも触れられるのも面白いところか。

 講談社の編集者たちが立ちあげたコルクとか、編集者で原作者でもある竹熊健太郎が面倒を見る電脳マヴォといった、漫画家を契約を結んで売り込みをするエージェントが生まれている。電撃文庫のやり手編集者だった三木一馬も独立してエージェント業を立ちあげた。そんなエージェントの先駆けとして、三浦しをんを世に出したボイルドエッグズが行っている新人賞から小嶋陽太郎は出てきた。

 作中のエージェントもそれだけに身近にいる人の仕事ぶりも交えつつ書いたのかも。とはいえ小説の人だから漫画の編集者は知らないのに、結構踏み込んで書けている。そこはだから小島陽太郎の調査力と描写力のたまものだろう。

 漫画好きだが漫画が作られる場面については想像でしか知らない人たちに、漫画の世界はこんなに大変なのかといった感嘆を与えてくれる。やりたくないことでも、やってみたら面白いかもしれないことが世の中にはいっぱいあることも教えてくれる。そんな物語。パワハラやセクハラといった現実には認めがたい言動も登場するが、それも漫画というひとつの成果に向けて気持ちを昂ぶらせた過程のもの。改めつつ学べる部分は大いにありそうだ。


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