彼女捕手になった理由

 ラブコメやファンタジーしかライトノベルにはない訳でないし、SFやミステリーといった分野が多くを占めてはいても、ほかのさまざまなジャンルがライトノベルというカテゴリーの中で言葉使いを変え、キャラクター設定を変えながらも刊行されて、比較的若い世代の読者に、そうしたジャンルの面白さを感じさせている。

 例えばスポーツ。見渡せばこれが結構、ライトノベルという枠の中で取り扱われていたりする。苦手なダブルスを組んで戦うテニスプレーヤーの話があった。小学生のバスケットボールチームをコーチする高校生の話もあった。ラクロスもあれば駅伝もあり、卓球もあって槍道もあった。

 槍道? それは槍術から進化した架空のスポーツだけれど、そうした想像もまたライトノベルというジャンルの醍醐味。先に挙げた駅伝だって、宇宙人が参加し宇宙にまで行ってしまうのだから、もはや駅伝と言えるか怪しいけれど、それでも走ることの大変さ、チームで走る面白さといった駅伝の特質だけは忘れず描き、伝えている。

 そんな種々あるスポーツの中でも、野球はやはり国民的といった人気があるだけに、少なくない数のライトノベル作品が刊行されている。そして少なくない作品で、男子にまじって女子がプレーをしている姿が描かれている。

 一色銀河の「若草野球部協奏曲」にも、柏葉空十郎の「ひとりぼっちの王様とサイドスローのお姫様」にも、女子の野球選手が登場して、男子に負けない活躍を見せてくれる。石川博品の「後宮楽園休場 ハレムリーグベースボール」に至っては、野球は基本的に女子のスポーツ。ファンタジー世界の後宮で野球が流行っていて、そこに入った女性たちが、複数ある殿舎ごとにチームを組み、リーグ戦を繰り広げている中に、皇帝暗殺を目論む少年が女装して占有し、攻守に大活躍を見せる。

 てんこ盛りの設定から醸し出される状況そのものの面白さもあるけれど、この作品の場合は、ひとりひとりの選手の質やプレーの質、そしてチームを率いる監督のチーム編成の妙などにも触れられていて、野球というスポーツが持つ組織面や戦術面の深さを知ることができる。そんな野球そのものの醍醐味を、これも味わわせてくれるライトノベルが、明日崎幸の「彼女が捕手になった理由」(一迅社、638円、)だ。

 舞台となる白倉柏シニアは、高校の野球部ではなく、リトルシニアと呼ばれる中学生が対象になった硬式野球のチーム。全国大会に行くための関東予選で、2回戦まで進めれば上出来といった弱小チームだったけれど、そこにひとりの選手が参加したことで、状況が一変する。選手の名前は梶原沙月。女子で捕手(キャッチャー)で、そして黒岡早良シニアという全国大会の常連チームからの移籍だったことに、白倉柏シニアの選手たちは驚いた。

 そこで沙月は控えの捕手だったと聞いて、白倉柏シニアで捕手をしていた阿瀬という少年は一安心。ところが、監督から野球への深い知識を買われた沙月は、チームの采配を任されると、速球ながらコントロールが定まらなかった投手の司城龍宏をセンターに持っていき、ショートには珍しい左利きの本摩敬一をピッチャーに指名する、大胆極まりないコンバートを断行する。

 捕手だった阿瀬はファーストに回して、得意の打撃に専念させる。当然、異論を唱えて不平を漏らしていた阿瀬だったけれど、奇策に見えたコンバートがピタリとはまり、チームが勝てるようになると次第に不平も減っていく。沙月には捕手としての才能もあって、敬一の投手としての才能を引き出しただけでなく、剛球の司城が本気で投げる球も受けられるところを見せて、チームの投手力に幅を持たせる。

 個々の特質を最大限に発揮させてかみ合わせることも大切だけれど、それでバランスが崩れては意味が無い。それぞれがそれなりの力量でも、ベターな場所で発揮させることで全体としての力を高めることの方が、野球のようなチームスポーツでは重要なんだといったことが浮かんで来る。

 一方、プレーの中で、バッターの心理を読んでボールを投げさせ打ち取っていく沙月のリードぶりから、プレー中の選手たちの複雑なメンタルを読みとれる。そして、野球とは技術だけでなく、メンタルのスポーツでもあるのだと教えられる。それは、沙月が黒岡早良シニアで追い越せなかった正捕手が繰り出す戦術にも言えること。彼はバッターボックスに立つ選手に言葉をかけて動揺させる。

   野村克也や、直弟子の古田敦也が繰り出した“ささやき戦術”に似た方法は、スポーツマンシップから外れた振る舞いに見えなくもないけれど、これでへこむような弱いメンタルでは勝てず、気にしない強いメンタルがあれば勝てる。勝敗が重要なスポーツにとって、だからメンタルの強さは不可欠なのだということが示される。

 黒岡早良シニアでは、女子だからという理由で正捕手の座に挑むことすら許されず、辛い思いをして来た沙月が、気丈な振る舞いの奥に隠していた苦悩を、当の正捕手につかれて動揺する場面は、メンタルの重要さといったものを改めて思い知らせる。ただ、ひとりが動揺しても、信頼によってカバーできる部分もある。周りから信じられ、自分も信じて前を向く。それがチームをチームとして機能させ、強敵であっても倒せるようになるのだといったことが、ストーリーから浮かび上がる。

 読み終えて知るだろう。野球という競技の面白さを。チームスポーツの奥深さを。メンタルを強くすることの大切さを。もうひとつ、野球の醍醐味をしっかりと残しつつ、そこに青春エンターテインメントを繰り広げてしまう、ライトノベルという分野の何でもありの素晴らしさを。


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